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(1)

イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権 : 「 黙秘からの不利益推認」に関する議論からの示唆

著者 梶 悠輝

雑誌名 同志社法學

巻 69

号 8

ページ 3513‑3651

発行年 2018‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000329

(2)

    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号九七三五一三

――「黙秘からの不利益推認」に関する議論からの示唆――

             

                     『   『     『     『

     「

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(3)

    同志社法学 六九巻八号九八イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五一四

はじめに

  日本国憲法三八条一項は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定し、いわゆる自己負罪拒否特権を保障している。また、現に刑事手続の対象となっている者の自己負罪拒否特権をより実効性のあるものにするため、刑事訴訟法三一一条は、被告人に対して包括的な黙秘権を、同法一九八条二項は、被疑者に対して、自己の意思に反した供述を拒否できるとする供述拒否権を認めている。そのため、訴追対象者は、捜査から公判に至るまで、一貫して沈黙することが許される。

  また、訴追対象者が実際に黙秘している場合に、そこから同人にとって不利益な推認を導くことは許されないと一般に考えられている。このことは黙秘権の最大の効果であるといわれてきた

。もっとも、その禁止の根拠が、訴訟法上の権利としての黙秘権にあるのか、憲法上の権利である自己負罪拒否特権にあるのか、その他の刑事手続上の原則にあるのか、あるいはそれらの権利や原則の趣旨から導き出される政策的な配慮

にあるのかは、必ずしも明らかではない。そのため、禁止される不利益推認の内容は定かではなく、不利益推認が許されないといっても、そこから事実認定、量刑判断、訴訟手続上の判断といった刑事手続の各段階において、訴追対象者の黙秘が考慮されることの可否や限界が、一律に導き出されるわけではない。事実認定における不利益推認の問題を扱った札幌高判平成一四年三月一九日

は、捜査段階からの一貫した被告人の黙秘の態度を一個の情況証拠とし、その殺意の認定に用いれば、被告人に黙秘権、供述拒否権が与えられている趣旨を実質的に没却することになると判示した。本判決は、学説上、ほぼ一致して支持されているが、やはり、その理由づけを巡っては必ずしも見解の一致を見ていない

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    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号九九三五一五   前述の通り、不利益推認の禁止は、黙秘権の最大の効果であると一般的に説明されてきており、自己負罪拒否特権そのものの問題と理解されてきたわけではない。というのも、黙秘が後に不利に扱われるかもしれないという脅威により促される供述は、弁解などの自己に有利な事項に関するものであるため、憲法三八条一項にいうところの「不利益」な供述が強要されるわけではないと考えられてきたからである

。しかし、こうした理解に対しては、被告人の無罪と整合する内容の供述であっても、同人の負罪に関わる情報と極めて密接に結びついている場合があることを考慮すると、説得力がないとの指摘が加えられている

。実際、促される供述の内容が、厳密な意味で、犯人性の有無または犯罪事実の存否や範囲に関して被告人の有罪を根拠づけうる性質のものでないときは、「不利益」にはあたらないとするならば、被告人による有罪の自認を法的に強要する規定、またはそのような自認を行わなかったことを処罰するような規定でない限り、自己負罪拒否特権の問題は生じないということになりかねない。また、前記の指摘は、その当否は措くとして、量刑判断についても妥当するように思われる。事実認定と同様、量刑判断においても、訴追対象者の黙秘を不利益に扱うことはできないという考え方が一般的であるが、自白した場合に比べて、黙秘した場合、その事実が被告人に不利に作用することまでは否定されていない。その理由は、自白に反映された被告人の反省の態度を量刑に考慮してはならないとするのは不合理である一方で、被告人に有利に酌むべき事情が黙秘に阻まれて顕出されなかった結果、そのような事情が斟酌されなかったとしてもやむを得ないことに求められている

。しかしながら、量刑に有利に作用しうる事情と不利に作用しうる事情が密接に結びついている場合があるとするならば、自白に比べて黙秘が相対的に不利益に作用することがやむを得ないと言い切れるのかどうかについても、より重い罪を根拠づけうる「不利益」な供述を被告人に強いることにならないかという視点から、改めて考えてみる必要があろう。

  もちろん、氏名のような人定事項には原則として自己負罪拒否特権は及ばないとした判例

によれば、訴追対象者の返

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    同志社法学 六九巻八号一〇〇イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五一六

答が要求されるあらゆる事柄が「不利益」な供述にあたるとはいえない。しかし、「不利益推認によって促される供述の内容が被告人に有利に働くものに限られるために自己負罪拒否特権の問題は生じない」という理解が説得力を欠くのであれば、検討は要するものの、従来、もっぱら黙秘権の問題として位置づけられてきた不利益推認の問題も、根本的には、自己負罪拒否特権の問題と位置づけなおすことが考えられ、不利益推認によって促される供述の内容は「不利益」に該当しないという従来の理解について、再考する必要があるように思われる。そのような見直しは、憲法三八条一項にいう「不利益」の内実を明らかにし、政策的な理由や法律の変更によっては揺るがすことのできないものとしての不利益推認の禁止の内容を明確にする作業に他ならないといえ、そうした作業に取り組む重要性は小さくないであろう。

  こうした作業の第一歩として、本稿では、イギリス(イングランドおよびウェールズ)における「黙秘からの不利益推認」に関する議論を概観する。後に詳述するように、イギリスでは、刑事法改訂委員会(

Criminal Law Revision

Committee

)が、一九七二年に公表された『第一一報告書』の中で、不利益推認を禁止してきた従前の判例法を「非常識」であると批判したのを契機に、不利益推認を許容する法改正の是非を巡る議論が活発となった。そして、二二年後には、一九九四年刑事司法および公共秩序法(

Criminal Justice and Public Order Act 1994

)において、事実認定者が、被疑者や被告人の黙秘から不利益な推認を導くことを許容する条項(以下、「不利益推認条項」)が導入されるに至った。こうした動向を経て、イギリスでは、それ以前の自己負罪拒否特権や黙秘権にいかなる変容が迫られたのであろうか。日本と同じ当事者主義・弾劾主義的刑事手続を採用し、自己負罪拒否特権のいわば母国でもあるイギリスの動向は、日本国憲法三八条一項にいう「不利益」の内実を明らかにするうえで、見逃すことができないものであるように思われる。なぜなら、イギリスにおける法改正の前後を比較し、自己負罪拒否特権の保障態様に変化がみられた部分とそうでなかった部分を峻別することは、黙秘からの推認を明示的に許容した制定法によってさえ揺るがすことのできない自己負罪

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    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号一〇一三五一七 拒否特権の根本原理を浮き彫りにしうるからである。

  そこで本稿では、まず第一章において、自己負罪拒否特権の形成過程を巡り戦わされてきた議論の整理を通じ、その特権が実効性を獲得するに至った経緯を跡づける。続いて、第二章では、『第一一報告書』公表以前の、訴追対象者の黙秘の証拠法上の扱いが問題とされたイギリスの判例の動向と、同報告書以降に公表された各種報告書を参照することで、二〇世紀後半における不利益推認に関する議論の展開を把握する。そのうえで、第三章では、「不利益推認条項」に関するイギリスの判例・学説の整理に努める。これらを踏まえ、第四章では、「不利益推認条項」が、従前の自己負罪拒否特権や黙秘権にいかなる変容を迫ったのかについて検討し、日本国憲法三八条一項にいう「不利益」の内実を探るうえでの有益な示唆を得たい。

 〕。) 』(

』(使) 西

)  』( 使姿 )」 、石、安 ) 

(7)

    同志社法学 六九巻八号一〇二イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五一八

使、不、梅、「

R v Director of Serious See, 』(稿 、「)  Fraud Office, ex parte Smith1992 3 All ER 456, 1993 1 AC 1, at pp. 30-31.

   』( 、「 , at p. 102. Andrew Choo, The Privilege Against Self-Incrimination and Criminal Justice2013() 

) 』(

、「) 、「

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    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号一〇三三五一九 第一章  イギリスにおける自己負罪拒否特権の展開   イギリスにおいて、自己負罪拒否特権は、判例法上、尊重すべき重要な慣習と位置づけられている

。首席裁判官であったイゴール=ジャッジは、その特権を「深く判例法に根差している」ものと捉え、その歴史の長さと重要性を示した

。もっとも、自己負罪拒否特権がいかなる過程を経て確立したのかについては、実のところ明瞭ではなく、これまでも激しい論争が戦わされてきた

。伝統的には、高等宗務官裁判所や星室裁判所の廃止を契機に自己負罪拒否特権は成立したと説明されてきた(伝統的見解)

。ところが、こうした伝統的見解に疑問を抱いた論者により、現代の自己負罪拒否特権は、刑事弁護人の役割が確立し、刑事手続の諸原則が発展した一八世紀の後半から一九世紀までの時代に由来するとの理解に改められるべきであるとの主張が展開されている(革新的見解)

。そこで、まずは、イギリスにおける自己負罪拒否特権の確立過程に関する伝統的見解と革新的見解を整理し、その確立過程を跡づけたい。

第一節  伝統的見解による自己負罪拒否特権確立過程の説明   一五世紀に始まる絶対王政期のイギリスには、反逆や異端に関する事件を管轄する高等宗務官裁判所と星室裁判所が設けられていた。ローマ・カトリック教会法の体系であるローマ=カノン法に基づき、異端審問などの宗教裁判を執り行っていた高等宗務官裁判所は、真実を述べることを宣誓したうえで質問に答えるよう被告人に強制する、「職権宣誓(

ex officio oath

)」と呼ばれる手続を採用していた。この宣誓に応じずに黙秘した被告人は、自白したものとみなされ、

(9)

    同志社法学 六九巻八号一〇四イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五二〇

被告事件について有罪を言い渡されるか、法廷侮辱罪により処罰された

)(

。また、国王大権に基づき、コモン・ローの手続では対処困難な法的紛争を迅速に処理していた星室裁判所においても、高等宗務官裁判所と類似した手続が採用されていた

)(

。すなわち、被告人は、被疑事実について宣誓のうえで答弁し、その答弁に基づき原告が作成した質問書に関する尋問官からの質問に、宣誓のうえ、直接、明確に答えることを強制された。その一方で、黙秘は自白とみなされた。

  今日よりも宗教的信条が重視され、教会の権力も強大であった当時、二つの裁判所で用いられた強制的な宣誓は、拷問と同様に、証言を強制する手段として極めて重要な役割を果たした

。イギリス国教会が、これらの強制的な宣誓を伴う刑事手続を、国教会への信仰の徹底と異教徒の弾圧に活用したのを受けて、異教徒らは、宣誓から逃れるための対抗策を模索した

。そうした対抗策の一環として、ピューリタンらは、「何人も自己を告発する必要はない(

Nemo tenetur

prodere seipsum

)」との原則を重視し、強制的な宣誓の手続に従わないことについて処罰されるべきではないと訴えるようになり、彼らは、宗教裁判における同原則の適用について、コモン・ロー裁判所による承認を獲得することで、強制的な宣誓への抵抗にしばしば成功した ((

。なかでも有名なのが、一六三七年から一六四一年にかけてジョン=リルバーン(

John Lilburne

)によって行われた一連の抵抗であった ((

  一六四一年のピューリタン革命に伴う政治的・軍事的な体制の変更により、時の国王チャールズ一世は、議会の招集を迫られた。ピューリタンを支持した議会は、星室裁判所と高等宗務官裁判所を廃止し、さらに「職権宣誓」手続の利用を禁止した ((

。そしてコモン・ロー裁判所が、これらの裁判所に代わりその権威を確立するに至った ((

。以上の推移をたどり、「職権宣誓」手続はまたたくまに一掃されたのであった ((

  伝統的見解によれば、強制的な宣誓の手続、およびその手続を利用する裁判所の廃止の影響がコモン・ロー裁判所に伝播したことにより、「何人も自己を告発する必要はない」との原則が、いかなる訴追についても、かついかなる裁判

(10)

    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号一〇五三五二一 所においても提唱されるようになったのである ((

。しかも、こうした傾向は、チャールズ二世による治世の終期である一六八五年までには、人権への配慮が軽視されがちな政治的色彩の強い類型の事件で、かつ大きな騒動を招いたものであってもみられるようになったといわれている ((

。このような状況を捉えて、伝統的見解を説く代表的論者の一人は、自己負罪拒否特権が、一八世紀になるまでには、コモン・ロー裁判所の刑事裁判において「最大限に普及していた」と述べ、ここにその特権の確立を見出したのであった ((

第二節  革新的見解による自己負罪拒否特権確立過程の説明   他方、一九九〇年代以降、伝統的見解を疑問視する論者により、イギリスの自己負罪拒否特権の確立過程に関する理解を改めようとする見解が提示されるようになった。この革新的見解を説く論者は、自説の根拠として以下の点を指摘する。第一に、一六四一年以降にコモン・ロー裁判所において度々言及されており、伝統的見解がその主張の拠り所としていた自己負罪からの保護と、現代における自己負罪拒否特権は、その内容を全く異にしている ((

。第二に、自己負罪拒否特権はイギリス革命の過程で全く議論の的にならなかった ((

。すなわち、自己負罪拒否特権は、「スチュアート朝の廃止を進めた議会による一切の抗議書、嘆願書、宣言の中のどこにも ((

」姿を見せないことから、一六八九年におけるイギリスの憲法の改訂に関わった人々により、言及に値せず、権利章典の中に盛り込むべき価値のないものとみなされた ((

。第三に、一六九〇年代において、改革への熱意にあふれていたホイッグ党の改革者らは、自身らが重要と考える被告人の保護の中に自己負罪拒否特権を盛り込まなかった ((

。以上の三点を踏まえて、革新的見解を説く代表的論者は、一六世紀から一七世紀のイギリスでは、自己負罪拒否特権は現実に行使可能なものとはなっていなかったと説き、そうし

(11)

    同志社法学 六九巻八号一〇六イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五二二

た状況で行われていた刑事裁判を、「被告人が話さなければならない」公判と名づけている ((

。そして、自己負罪拒否特権の行使が困難であった時代にその特権の起源や確立期を見出そうとするのは誤りであり、特権の行使の困難さが解消されていく一八世紀から一九世紀の終わりにかけての時期に見出すべきであると主張するのである。革新的見解においては、「被告人が話さなければならない」公判を基礎づけて自己負罪拒否特権の行使を困難なものにしていた事情として、①刑事弁護が禁止されていたこと、②弁護側証人の利用が制限されていたこと、③証明水準や挙証責任の概念が不完全であったこと、④被告人の防御のための準備が妨げられていたこと、⑤公判前の手続がすでに「被告人が話さなければならない」構造であったこと、⑥公判で量刑評価が先取りされていたことがあげられている。

一  「

被告人が話さなければならない」公判

  では、それぞれの事情に関し、自己負罪拒否特権の実効的な保障はどのように展開されてきたのであろうか。以下では、革新的見解に依拠しつつ、一九世紀までの自己負罪拒否特権の確立過程を確認することにしたい。

 

⑴   刑 事 弁 護 人 の 利 用 の 禁 止

 

判な臨まなければら公ならなかったまに (( くし弁代を益利場や立の己自、りて家れてまいなわ伴を門る専律法のずはおれ原弁として、刑事護さ人の利用を禁止則   「告ば判」公いならなは人れけなさ話がで被、重訴、は者象対追た大さ追訴で罪犯なれ

。この原則下では、裁判官こそが、刑事弁護人に代わり被告人の弁護人としての役割を果たさなければならなかった ((

。しかし、実際のところ、一七世紀の終わりまでは、司法権の独立が不十分であったため、高度に政治性を有する事件を扱う裁判官が、被告人の利益に対して誠実に振る舞うことはほとんどなかった ((

  その一方で、そうした政治的色彩の濃い事件とは対照的に、非政治的な事件を扱う裁判官は、被告人の利益を、より

(12)

    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号一〇七三五二三 誠実に保護する傾向にあった ((

。もっとも、当時の通常の刑事裁判では、弁護人のみならず検察官をも欠いていたのが一般的であったため、裁判官は、刑事弁護人としての役割のみならず、訴追側の立証を助ける役割も担っていた ((

。しかも、裁判官が弁護人としての役割を果たすのは、法律問題の限度であった ((

。そのため、被告人は、事件の政治的色彩の程度を問わず、事実の問題に関しては専門家の援助を得られなかった。

  刑事弁護人の利用の禁止は、スチュアート王朝後期の体制下で行われた反逆罪についての裁判が極めて不公正であったとの批判を受けて制定された一六九六年の反逆罪法により、初めて緩和された ((

。もっとも、反逆罪に関する裁判では、検察官が国王の代理人として常に出廷したのに対し、通常の重罪に関する裁判では、検察官の出廷は極めてまれであったことなどから、刑事弁護人の利用の承認は、あくまで反逆罪についての裁判に限定されていた ((

  ところが、その後、一七一〇年代から一七二〇年代にかけて、通常の重罪に関する裁判においても訴追側の法律家の利用が著しく増加したのを受け、一七三〇年代には刑事弁護人の利用が拡大した ((

。この拡大は、反逆罪法のような立法によるものではなく、訴追側の法律家の利用の増加が招いた不均衡を看取した裁判官の裁量により実現したものであった ((

 

⑵   弁 護 側 証 人 の 利 用 に 対 す る 制 限  

なれけたっかならなば (( ずつに人証側護弁、たま、利れらえ与がて権るす喚召にい宣はおわ行を言証で誓宣、、り無てこれを行う誓とが禁止さ 消的制強を人証な的極に人さ際実。たいてれ限一制も用利のと証側、七弁にこるすを言証、は人世告被、てじ通を紀護   「、判告人が話さなければならない」公でずは、刑事弁護人の利用にとどまら被

。その後、刑事弁護人の利用と同様の経緯をたどり、まずは反逆罪に関する裁判で、弁護側証人の強制的な召喚や弁護側証人による宣誓が認められるようになり、これに続き、通常の重罪に関する裁判でも同様の取扱いがなされるようになった ((

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    同志社法学 六九巻八号一〇八イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五二四

 

⑶   不 完 全 な 証 明 水 準 お よ び 挙 証 責 任 の 概 念

   革新的見解を説く論者は、「被告人が話さなければならない」公判を基礎づけ、自己負罪拒否特権の行使を妨げていた要因として、証明水準や挙証責任の概念が不完全であった点を指摘する ((

  イギリスの刑事裁判において、「合理的疑いを超える」証明水準への明確な言及がなされたのは、一八世紀の終わりであった ((

。そのため、それ以前において、「合理的疑いを超える」証明水準は、明確な定式を欠く不完全なものであった。こうした証明水準の不完全さが、被告人に供述を迫ることとなった ((

。そこには、被告人は、無罪であるならば、訴追側が提出した証拠に反論することで、身の証を立てることができるはずという発想があった ((

。また、証明水準の概念に加えて、証明責任の概念も不完全であり、たとえば、自身のアリバイを証明する証拠を被告人が提出しなかったことが、同人の有罪の決定的な根拠とされる場合があったという事実が、「被告人が話さなければならない」公判を後押ししていた ((

 

⑷   防 御 の た め の 準 備 に 対 す る 障 害

   一定の重大犯罪で訴追された被告人は、未決期間中、長期間にわたり、劣悪な環境の拘置所で勾留され、裁判を待たされることが少なくなかった ((

。こうした未決拘禁自体により、被告人の防御のための準備は妨げられていた ((

。加えて、当時の刑事手続は、被告人に対し、同人に向けられた訴追内容に関する正確な情報を提供せず、起訴状の閲覧も許さず、さらに、訴追側証拠を開示することもなかった ((

。とりわけ、起訴状の閲覧さえ許されなかったことは、公判に向けた被告人の準備に対する著しい制限を象徴していた ((

  その後、起訴状の閲覧は、まず反逆罪に関して許されるようになり、通常の重罪に関する事件については、一九世紀になりようやく解禁されるようになった ((

 

⑸   公 判 前 手 続 に お け る 「 被 告 人 が 話 さ な け れ ば な ら な い 」 理 論

   一七世紀の終わりまで採用されていた公判前の

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    イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権同志社法学 六九巻八号一〇九三五二五 尋問手続は、被告人の自己負罪を促す方向での圧力をかけるものであり、自己負罪拒否特権が保障されているとは到底いえないものであった ((

。当時の公判前の手続を規律していた一五五五年メアリ拘禁法(

Marian Committal Statute

1555

)のもとでは、治安判事は、被告人が逮捕された直後に尋問を行わなければならず、そこでの被告人の供述内容、および犯罪の証明に資すると考えられる事柄の一切を書き記し、その記録を公判廷に送付するよう求められた ((

。その記録は、公判において、被告人に不利な証拠として用いられる場合があった ((

。しかし、そうした記録を行うにあたり、被告人に対して、返答をする必要はないと助言したり、話した内容が同人にとって不利になるように用いられる場合があると告知したりするという考えはなく ((

、公判において、治安判事は、その証言の中で、被告人が黙秘していた事実を報告することもあった ((

  このように、供述しないことが被告人にとって困難であった公判前の手続の状況は、一八四八年サー=ジョン=ジャービス法(

Sir John Jervis ʼ Act 1848

)において、治安判事が、被告人に対し、尋問への返答を拒絶できること、および供述内容が公判で証拠として用いられる場合があることを告知しなければならないと定められるまで続いた ((

 

⑹   量 刑 手 続 と し て の 公 判

   事実認定手続と量刑手続の区別や、陪審と裁判官の役割の区別があいまいであった一七世紀後半から一八世紀にかけて、陪審は、事実認定を通じて、事実上、量刑判断にも重要な役割を果たしていた ((

。たとえば、被告人を侵入強盗の罪で有罪とする場合には死刑を宣告しなければならなかった当時の状況において、重窃盗罪のみを認定することで死刑を回避し、流刑を科すという慣行がみられた ((

。また、被告人のスリの犯行による被害額が一シリング以上であった場合には死刑を宣告しなければならなかったことから、ここでも、死刑を回避するために、被害額を一シリング未満と認定するという慣行がみられた ((

。前者のような、重い罪責と軽い罪責が競合する場合に、軽い方の罪責のみを認定することで刑を減軽しようとする慣行はダウンチャージ(

downcharge

)、後者のような、犯罪から

(15)

    同志社法学 六九巻八号一一〇イギリス刑事手続における自己負罪拒否特権三五二六

生じた被害額の評価を過少に見積もることで、より軽い罪責を導こうとする慣行はダウンバリュー(

downvalue

)と呼ばれた ((

。両者を併せて「一部無罪の評決(

partial verdict

)」と称する場合もあった ((

。こうした慣行の結果、死刑宣告が差し迫り、陪審による寛刑の言い渡しを欲した被告人は、陪審の同情を得るために供述せざるを得ない立場に追い込まれたとされている ((

  この「一部無罪の評決」の慣行は、一八世紀後半から一九世紀前半にかけて、実体刑法の改正に向けた動向や、自由刑が重罪に対する刑として一般に用いられるようになったことなど様々な要因により次第に消失していった ((

二  「

訴追側の主張を吟味する」公判と黙秘権の成立

  革新的見解を説く論者は、「被告人が話さなければならない」公判を基礎づけていた事情が解消され、公判における実体審理の焦点が、被告人の態度にではなく、訴追側の主張の当否に当てられるようになったことで、自己負罪拒否特権が実効性のある権利となった時期の公判を、「訴追側の主張を吟味する」公判と呼んだ ((

。そして、「被告人が話さなければならない」公判が、「訴追側の主張を吟味する」公判へと転換したことに、自己負罪拒否特権の確立を見出したのである。

う想発きづ基に (( いたっかなはでけわうらとたじ生とか性要必の。、いはいといし乏に性用信言う証の者係関害利保もの護の告被らぱ人   「判論弁は人告被、はでる公」場す味吟を張主の側追の訴かとっも、は態事のこ、もっらも。たっなととこす消姿を

、当該事件と利害関係を有する者の証言を排除する取扱いはすでに証拠法の原則とされており ((

、そのような利害関係者の典型例と捉えられていた被告人についても、証人としての適格が否定されるようになっていたからである ((

。こうした状況に対しては、真実発見を重視する立場から、最も有益な証拠である被告人を公判から排除し、安全

参照

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