経済分析
第126号 平成3年12月
☆土地税制の理論的・計量的分析
−固定資産税が宅地供給と地価に及ぼす 影響についての計量分析−
経済企画庁経済研究所 編集
経 済 分 析
第 126 号
平成 3 年 12 月 経済企画庁経済研究所
目 次
<分析>
土地税制の理論的・計量的分析
−固定資産税が宅地供給と地価に及ぼす影響についての計量分析−
はじめに
... 2要約 ... 4
第 I 章 東京・神奈川モデルの推定
...121.基本的モデル...12
宅地と農地の需要...12
需給均衡条件と地価関数...14
伝統的理論と保有税の中立性...14
2.モデルの推定方法...16
合理的期待形成...16
パネル・データとヴァリアンス・コンポーネント・モデル...17
3.データの加工(地価と実効税率)等について...20
4.回帰方程式の推定結果...22
予想地価関数...22
地価関数...24
宅地と農地の需要関数...25
第II章 東京・神奈川モデルによる税制変更の効果分析
...311.シミュレーションの標準解...33
外生変数の設定...33
標準解と各種シミュレーションの推定結果...33
2.農地の宅地並み課税の効果...36
理論的分析...36
シミュレーション...38
3.固定資産税増税の効果...41
理論的分析...41
シミュレーション...42
4.固定資産税増税と住民税減税の効果...50
理論的分析...50
シミュレーション...51
第III章 全国都道府県レベル地価関数の推定とシミュレーション
...541.全国における地価の長期動向...54
都道府県別地価の推定...54
全国平均地価動向...54
都道府県別地価動向...55
宅地資産額の動向...55
2.推定モデルと主要データ...57
モデルの基本型...57
データの収集と加工...58
固定資産税関連データ...60
3.モデルの推定結果...60
三大都市圏と地方圏における構造の相違...60
予想地価関数の推定結果...63
現在地価関数の推定結果...65
4.地価のシミュレーション分析...67
標準解の地価動向...67
実効税率 1.4%のケース...69
実効税率 0.7%ポイント上乗せのケース...70
実効税率0.35%ポイント上乗せのケース...71
地価下落パターンの相違...73
固定資産税負担に関する試算...75
5.東京・神奈川モデルとの比較...86
おわりに
...87補論 I 地価と土地保有税の理論
...881.地価の理論...88
前提になる諸仮定...88
資産選択の対象としての土地...88
期待効用最大化の仮説...88
地価の変化と土地需要額...89
地価と土地需要量...90
2.土地保有税の転嫁問題...91
土地保有税と転用費用...91
土地の開発と土地保有税...92
割引率上昇による転用促進効果...94
流動性プレミアムの上昇による転用促進効果...95
補論 II 固定資産税制度
...961.固定資産税...96
課税の根拠...96
課税標準としての時価...96
土地の固定資産税の現状...96
負担調整措置...97
負担調整の根拠...97
小規模宅地の軽課措置...99
2.市街化区域内農地の固定資産税...99
市街化区域内農地に対する課税の適正化措置...99
長期営農継続農地制度...99
適正化措置までの経緯...99
付録 I 地価の作成手順
... 101付録 II 市街化区域内農地の実効税率算出の手順
... 102付録 III データの出所一覧
... 106参考文献
... 107資料
資料表I−1 地目別の固定資産税の課税標準額...110
資料表I−2 地目別の固定資産税実効税率...110
資料表I−3 農地宅地面積の推移...110
資料表I−4 用途地域別の地積...111
資料表I−5 用途地域別の地価水準...111
資料表II−1 標準解の推定結果...112
資料表II−2 ケース1の推定結果...115
資料表II−3 ケース2の推定結果...117
資料表II−4 ケース3の推定結果...119
資料表II−5 ケース4の推定結果...121
資料表II−6 ケース5の推定結果...123
資料表II−7 ケース6の推定結果...125
資料表II−8 ケース7の推定結果...127
資料表II−9 ケース8の推定結果...129
資料表II−10 ケース9の推定結果...131
資料表II−11 ケース10の推定結果...133
資料表III−1 都道府県別単位面積あたり宅地固定資産税額...135
資料表III−2 都道府県別実効税率...138
資料表III−3 ケース11の結果(都道府県別)...141
資料表III−4 ケース12の結果(都道府県別)...164
資料表III−5 ケース13の結果(都道府県別)...187
土地税制の理論的・計量的分析 * **
−固定資産税が宅地供給と地価に及ぼす影響についての計量分析−
安東 格 岩田規久男 山崎 福寿 花崎 正晴 川上 康 蛯名喜代作 山崎 高章 石川 達哉 渡辺 俊生
*)安東格(経済企画庁経済研究所総括主任研究官)、岩田規久男(同客員主任研究官、上智大学経済学部教授)、
山崎福寿(同客員研究員、上智大学経済学部助教授)、花崎正晴(同客員研究員、日本開発銀行調査部調査役)、 川上康(同委嘱調査員、琉球銀行)、蛯名喜代作(同行政実務研修員、神奈川県)、山崎高章(同行政実務研 修員、埼玉県)、石川達哉(同委嘱調査員、日本生命)、渡辺俊生(同委嘱調査員、東邦生命)。
**)本稿の作成に当たっては、経済企画庁経済研究所の吉冨勝前所長、青木雅明前次長、安田靖次長、澤田 五十六前総括主任研究官、春田尚 前総括主任研究官、我妻伸彦研究調整官から様々な支援と有益なコメン トを頂戴した。また、第7回EPA国際シンポジウムにおいては、目良浩一東京国際大学教授、野口悠紀雄 一橋大学教授、金本良嗣東京大学助教授、Peter D.Boone NBER研究員から適切なコメントを頂戴した。さ らに、データ加工等の段階において、部外協力者の大倉正典、寺木彰浩、嶌田明子の各氏の協力を得た。記 して感謝を申し上げる次第である。
は じ め に
土地あるいは地価問題の解決策が、現在各方 面で議論されている。固定資産税・相続税の見 直し、また都市計画・土地利用計画の詳細化、
金融面からの規制強化等さまざまなものである。
本研究はこれらの中で、固定資産税の税率変更 が地価に及ぼす影響について研究したものであ る。
Ricardo(1817)以来の伝統的理論の応用や
現代の資産選択理論によれば、日本の地価の水 準を高める大きな要因として次の二つを挙げる ことができる。その一つは、土地に対する固定 資産税の実効税率がアメリカの各都市等と較べ ても著しく低く、土地保有のコストが低いこと が、他の資産に比較して、土地に対する需要を 高め、地価を押し上げるというものである。も う一つは、市街化区域内農地の固定資産税額が 宅地に比べて著しく低いことが、農地から宅地 への転用を阻害し、地価を高めるというもので ある(岩田(1977)、野口(1989)、金本(1990)
などを参照)。
しかし、固定資産税だけでなく、一般に土地 税制が土地供給や地価に対してどのような影響 を及ぼすかという点については、実証的な観点 から計量的に把握するという研究は極めて少な い 。 日 本 に お け る 例 外 的 な 業 績 と し て は 、
Kanemoto, Hayashi and Wago(1987)、金本
(1990)、橋本(1989)があるくらいである。
Kanemoto, Hayashi and Wago(1987)は日本 の土地譲渡所得税が農家の土地供給に及ぼす影 響を実証的に分析するために、合理的期待形成 仮説とAR仮説(Autoregressive Model 自己 回帰モデル)のもとで構造方程式である宅地の 需要関数と供給関数を推定している。これらの 研究は実証的な意味で先駆的な業績であるが、
十分満足のいく推定結果は得られていない。ま た、金本(1990)は各土地税制のもとで、シ ミュレーションによって、農家がいかなる条件
のもとで土地売却のインセンティブを持つかに ついて分析している。橋本(1989)は農家の土 地供給関数を推定したうえで、固定資産税制の 変更が農業所得の変化を通じて土地の供給にい かなる影響を及ぼすかを計算している。しかし、
これら二つの論文はいずれも主体的な均衡条件 を分析したものであり、固定資産税の変化がど のような市場均衡の変化をもたらすかを分析し たものではない。
他方、アメリカでは、市単位のような狭い地 域について、地域内の公共投資の利益や財産税 の負担が地価にどのように反映されるかといっ た研究はあるが、より広域のレベルで、土地税 制が土地市場の均衡にどのような影響を及ぼす かといった研究は見当たらない。
本研究の目的は、岩田(1977)で示された資 産選択の理論に依拠しつつ、計量的な手法を用 いて、構造方程式である土地の需要関数を推定 し、それによって、(1)市街化区域内農地の固定 資産税を宅地並みに引き上げること、(2)固定資 産税を増税すること、さらに(3)固定資産税の増 税と住民税減税を組み合わせることが、それぞ れ、宅地および農地の需要と地価に対してどの ような影響を及ぼすかを数量的に検討すること にある。
理論から予想されるように、市街化区域内農 地に対する固定資産税を宅地並みに引き上げる と、農地需要が減少して、農地から宅地への転 用が進行するであろうか。仮に宅地の供給が増 加するとして、その効果はどの程度のものであ ろうか。そのとき、地価はどの程度下落するで あろうか。また、市街化区域内農地の宅地並み 課税を実施したうえで、宅地の固定資産税を増 税したり、固定資産税の増税と住民税減税とを 組み合わせると、宅地供給と地価はどのように 変化するであろうか。本研究は、推定された構 造パラメーターの値を用いて、固定資産税の実
効税率の変更に関してシミュレーションを実施 し、土地市場の均衡がどのように変化するかを 分析することによって、いま述べたような問題 に一つの解答を与えようとするものである。
本研究は、東京都と神奈川県の市レベルと全 国の都道府県レベルの二つの計量分析からなる。
両者は相互に補完関係にあり、土地税制の効果 の推定を相互にチェックし合うという役割を担 っている。
以下、第I章では、東京・神奈川モデルによっ て宅地や農地の需要関数等を推定する。まず第 1節で、基本的なモデルを、第2節で推定方法 を説明する。次に、第3節で、利用される各種 データを説明し、宅地と農地の実効税率を求め る。第4節では、回帰方程式の推定結果を明ら かにする。
第II章では、第I章第4節の推定結果を用いて、
シミュレーションによって、税制変更が宅地と 農地に対する需要や地価にいかなる効果を及ぼ すかを分析する。まず第1節では、現行税制が 持続すると想定した場合の標準解を設定する。
第2節では、市街化区域内農地の宅地並み課税 の効果、第3節では、固定資産税増税の効果、
第4節では固定資産税の増税と住民税減税を組 み合わせた場合の効果をそれぞれ分析する。
第III章では、全国都道府県レベルにおける地 価変動の要因と固定資産税の増税が地価に及ぼ す効果を分析する。まず第1節では、全国的な 宅地地価の長期的動向を概観する。第2節では、
モデルとそこで利用するデータを説明し、第3 節でモデルの推定結果を説明する。第4節では、
推定されたモデルを用いたシミュレーションに より、全国的な固定資産税増税の効果を分析す る。第5節では、第I章と第II章の東京・神奈川 モデルによる分析と第III章における全国モデ ルによる分析を比較する。
なお、本稿が依拠している地価の理論と土地 保有税の転嫁に関する理論については、補論I で、日本の現行の固定資産税制度については補 論IIで、それぞれ説明されている。
要 約
〔第I章 東京・神奈川モデルの推定〕
回帰モデルの推定
都市部における固定資産税の効果を分析する ために、都心から50km圏にある東京都と神奈 川県の33市の市街化区域を対象にしてデータ を収集した。推定期間は1978〜88年の11年間で ある。宅地と農地に対する需要関数(構造型)
を推定するために、二段階最小二乗法を採用す る。第一段階において地価関数(誘導型)を推 定する際に、予想地価が説明変数に現われるの で、人々は利用可能な情報(推定にあたっては、
われわれが用いた地価関数モデルと整合的な情 報という意味)をすべて用いて合理的に予想を 形成するものと仮定する。
土地需要の説明変数としては、土地の期待収 益率、利子率、固定資産税の実効税率、実質資 産等が選ばれた。第1図は宅地と農地の実効税 率の推移を示したものである。宅地の実効税率 は1985年まではほぼ安定していたが、それ以降 急速に低下し、1988年は約0.06%と1978年の値 の約半分である。農地の実効税率は1981年以降 徐々に上昇した結果、1988年で約0.005%の値 を示している。宅地と農地の実効税率を比較す
ると、1978年時点では農地の実効税率は宅地の
約1/40であったが、その差は年とともに縮小
し、1988年では約1/12程度までになっている。
しかし、依然として農地の実効税率は宅地に比 較して極めて低い状態にあるといえる。
第1図 宅地と農地の実効税率の推移
(資料)東京都、神奈川県『市街化区域内農地に対する課税の適正化措置の実施状況について』
東京都『土地に関する概要調書報告書』、神奈川県『市町村税財政概要』により作成。
予想地価関数の推定結果は第1表のとおりで ある。この予想地価関数から、もし人々が当期 の説明変数の変化から将来にわたるその変数の 恒久的な変化を予想するとすれば、農業所得以 外の変数はほぼ理論的に予想されたとおりの影 響を将来地価に及ぼすことがわかる。ここで問 題なのはτtH の係数の有意性がτtAに比較して低 い点である。この有意性の差は、人々が、今期 の税額の変化をみて、その変化を根拠として、
将来の税額の恒久的な変化を予想するかどうか、
という予想形成の相違を反映しているように思 われる。
政府の土地税制や土地政策に対するこれまで の経緯を考えると、今期の宅地税額の変更から 将来にわたる宅地税額の変化を正確に予想する ことは極めて困難である。これがτtH の係数の有 意性を低めている一つの原因であると考えられ る。これに対して、この推定式から判断すると、
人々は宅地の需要者も含めて将来の土地税制に 関する予想を形成する際に、より信頼のおける
(credible)情報として農地の税額(毎年税額 は安定的に2割アップしている)を観察してい ると考えられる。
第1表 予想地価関数の推定結果
) 50 . 1 ( ) 61 . 0 ( ) 79 . 1 ( ) 40 . 3
(2.0415 4.2139 1 0.0338 0.0211
1 = − − − − − − −
+
A t H
t t
t r
p* τ τ
) 43 . 15 ( ) 85 . 3 ( ) 96 . 1
(.1177 0.0977 0.6239
0 1 1 1
− +
−
+ − − −
H t A
t H
t y w
y ) 87 . 3
(0.0985 1 A
wt−
+
) 41 . 0 ( ) 94 . 0 ( ) 42 . 3
(.1791 0.4943 0.2187
0 1
−
−
− − −
− −
t t T
t
H l l
k
i i dummyi 16
∑1
+ = β 9240 . 0 R2 =
需要関数の推定結果は第2表のとおりである。
二つの推定式における第2項は土地保有の期待 収益率、第3項は固定資産税の実効税率、第4 項は地代の代理変数としての所得、第5項は資 産効果をそれぞれ示している。理論的に考える と、土地の収益率が上昇すると、土地に対する
需要は増大する。固定資産税の実効税率の上昇 は土地保有のコストを高めるために、土地需要 を減少させる。所得の増加は地代の上昇を意味 しており、それは土地需要を増加させる。以上 が理論から予想される符号条件であるが、宅地 の需要関数については、すべて符号条件を満足 している。
固定資産税のパラメーターは今期だけの一時 的な税額の変化が土地需要に及ぼす効果の大き さを示している。この税額の変化から恒久的な 変化が予想される場合には、予想地価の変化を 通じて土地需要に影響を及ぼすことになる。固 定資産税の実効税率のパラメーターの有意性が 低いのは、理論から予想されたように当期だけ の一時的な税制変更が宅地需要に大きな影響を 及ぼさないことを示唆している。これに対して、
予想地価の係数は高いt 値を示し、有意性が高 い。恒久的(permanent)な税制の変更が予想 される場合には、予想地価の変化を通じて宅地 需要を有意に変化させることになる。
地代の代理変数である時間距離変数の有意性 が低いのは、鉄道沿線に沿って環境が良いため に地代が都心に近い地点よりもかなり高い地点 が多く存在する結果、地代が時間距離の単調な 関数になっていないことを反映しているように 思われる。他方、農地の需要関数については、
符号条件をすべて満たしており、有意性も高く 良好な結果が得られている。
両者を比較して興味深い点は、期待地価上昇 率のパラメーターが農地の方が宅地よりも大き い点と、当期の税制の変更に対しても農地需要 は安定的に反応するという二つの点である。こ れらの点は、農家の方が非農家よりも、地価や 税制の変化に対して安定的に反応し、売却のタ イミングを十分に考慮していること、また、税 制の変化に安定的に反応するのは、農家の方が 定期的な収入が少ないために、流動性の制約が 強いことを反映した結果であるかもしれない。
第2表 需要関数の推定結果 (1) 宅地の需要関数
) 64 . 11 ( ) 52 . 2
(.4726 0.5316( )
0 t1 t t
H
t p p r
l = + + − −
*
) 88 . 5 ( )
88 . 0
(0.0151 ( ) 0.1020 ( )
− − + −
− t
H t t
H
t p y p
τ
) 09 . 0 ( )
73 . 124
(.9802 ( ) 0.0020
0 1
− −
−
+ − H
t H
t p k
w
i i
i i i
ri dummy 16 dummy
15 1
7 +∑
∑= =
+ γ
9709 . 0 R2 =
(2) 農地の需要関数
) 66 . 11 ( ) 55 . 2
(.4559 0.9869( )
0 t1 t t
A
t p p r
l = + + − −
*
) 28 . 4 ( )
38 . 3
(.0155 ( 0.0339 ( )
0 )
− − + −
− t
A t t
A
t p y p
τ
) 36 . 96 (
dummy )
( 9734 .
0 16
8
1 i
i i
t A
t p
w − +∑
+ − =δ
9318 . 0 R2 =
〔第II章 東京・神奈川モデルによる税制変 更の効果分析−シミュレーション〕
前節で得られた関数のパラメーターの推定値 を用いて、今後、(1)農地の宅地並み課税を実施 するケースと、(2)(1)に加えて、宅地の固定資産 税の実効税率を引き上げるケースおよび(3)(2) と個人住民税の減税を組み合わせるケースのそ れぞれについて、宅地と農地の需要や地価がど のように変化するかを検討しよう。まず、この ような税制の変更がなかった場合に予想される 地価や地積の推移を導き、それを標準解と呼ぶ。
すべてのシミュレーションの結果は第3表に まとめられている。
(1) 農地の宅地並み課税の効果
ケース1からケース3までは東京都(ただし、
23区を除く)と神奈川県の東京都心から50km 圏の市街化区域内農地の固定資産税額を、標準 解における宅地の固定資産税額に等しい水準ま で引き上げた場合のシミュレーション結果を示 している。なお、以下の結論は標準解自体が変化
してもほとんど変わらないことが確認されてい る。
(a) ケース1:農地の税額を1991年に宅地並み に引き上げる。
(b) ケース2:農地の税額を1991年から1995 年の5年間で宅地並みに引き上げる。
(c) ケース3:農地の税額を1991年から2000 年の10年間で宅地並みに引き上げる。
いずれのケースも理論的に予想されたように 地価の下落と農地面積の減少、宅地面積の増加 を示している。農地面積は標準解に比べて20〜
24%前後減少するが、地価は標準解に比べて7
〜8%前後低下する。以上の結果、理論的に予 想されたように、農地の実効税率が宅地に比べ て低い水準にあることは、農地の宅地への転用 を阻害し、地価を高める原因であることが確認 された。
(2) 固定資産税増税の効果
農地を宅地並みに課税するとともに、固定資 産税率を引き上げるという想定で5つのシミュ レーションを実施した。
(d) ケース4:1991年に農地の宅地並み課税を
実施した後に、1992年から1995年まで4年間 かけて農地・宅地の固定資産税の時価評価課 税を実現する。
(e) ケース5:1991年に農地の宅地並み課税を
実施した後に、1992年から2000年まで9年間 かけて農地・宅地の固定資産税の時価評価課 税を実現する。
(f) ケース6:1991年から1995年まで5年間か
けて農地の宅地並み課税を実施した後、1996 年から2000年まで5年間かけて農地・宅地の 固定資産税の時価評価課税を実現する。
ここで時価評価課税というのは、地価公示価 格を課税標準として、それに名目税率1.4%で課 税するというものである。地価公示価格が実勢 の70%程度といわれている点を考慮すると、市 場価格に対する実効税率は、1.4%ではなく 0.98%(1.4×0.7)程度である。
(g) ケース7:1992年から宅地・農地の実効税
第3表 シミュレーション結果の要約
(上段:1995年、下段:2000年)
ケ ー ス 地 価 宅 地 面 積 農 地 面 積
(千円) (%) (ha) (%) (ha) (%)
標 準 解 520 − 60,756 − 8,639 −
634 − 62,299 − 7,096 −
ケ ー ス 1 484 (△ 6.9) 62,304 ( 2.5) 7,090 (△17.9)
580 (△ 8.5) 64,010 ( 2.7) 5,385 (△24.1)
ケ ー ス 2 490 (△ 5.8) 62,002 ( 2.1) 7,393 (△14.4)
582 (△ 8.2) 63,922 ( 2.6) 5,473 (△22.9)
ケ ー ス 3 499 (△ 4.0) 61,607 ( 1.4) 7,788 (△ 9.8)
587 (△ 7.4) 63,735 ( 2.3) 5,660 (△20.2)
ケ ー ス 4 426 (△18.2) 62,743 ( 3.3) 6,652 (△23.0)
474 (△25.3) 64,479 ( 3.5) 4,916 (△30.7)
ケ ー ス 5 458 (△11.9) 62,493 ( 2.9) 6,902 (△20.1)
493 (△22.3) 64,398 ( 3.4) 4,997 (△29.6)
ケ ー ス 6 490 (△ 5.8) 62,002 ( 2.1) 7,393 (△14.4)
510 (△19.6) 64,244 ( 3.1) 5,151 (△27.4)
ケ ー ス 7 422 (△18.9) 62,631 ( 3.1) 6,764 (△21.7)
492 (△22.4) 64,368 ( 3.3) 5,027 (△29.2)
ケ ー ス 8 440 (△15.4) 62,479 ( 2.8) 6,916 (△19.9)
517 (△18.5) 64,254 ( 3.1) 5,141 (△27.6)
ケ ー ス 9 449 (△11.4) 62,590 ( 3.0) 6,805 (△21.2)
505 (△20.4) 64,363 ( 3.3) 5,032 (△29.1)
ケ ー ス1 0 452 (△13.1) 62,655 ( 3.1) 6,740 (△22.0)
515 (△18.8) 64,487 ( 3.5) 4,907 (△30.8)
(注)( )内は標準解からの乖離率である。
率をともに、標準解の宅地の実効税率に0.7%
ポイント上乗せした水準に設定する。
(これは路線価に対する1%一律課税の保有 税に相当する。)
(h) ケース8:1992年から宅地・農地の実効税
率 を と も に 、 標 準 解 の 宅 地 の 実 効 税 率 に 0.35%ポイントを上乗せした水準に設定する。
(これは路線価に対する0.5%一律課税の保
有税に相当する。)
第3表からわかるように、ケース4(1995年 時価評価課税)が最も大きな影響を地価や宅地
・農地面積に及ぼす。この場合に地価は2000年 に47万4,000円/m2になり、もし一切の税制変 更がなかった場合(標準解)と比較して25.3%
下落する。農地面積は4,916haまで減少し、税 制 の 変 更 が な か っ た 場 合 ( 標 準 解 ) よ り も
30.7%減少する。他方、宅地面積は64,479ha
(2000年)に増加し、これは標準解と比較して
3.5%の増加にあたる。また地価(100m2)の標
準勤労者世帯の年収に対する倍率は4.1倍まで 低下する。この期間の年間平均宅地供給量は約 570ha(標準解353ha)である。2000年の税収 総額は4兆5,428億円となり、標準解の約9.3倍 の増収となる。ケース4では、2000年における 1m2あたりの宅地の固定資産税額は標準解の 779円に対して6,573円にまで増加する。
(3) 固定資産税増税と住民税減税の効果 固定資産税の増税と住民税減税の組み合わせ の効果を分析するために、次の二つのシミュレ ーションを実施する。
(i) ケース9:1991年に農地の宅地並み課税を 実施し、2000年までに、固定資産税を1m2 あたり標準解に比べて約3,000円増税する。
(j) ケース10:1991年に農地の宅地並み課税を
実施し、2000年までに、固定資産税を1m2 あたり標準解に比べて約3,000円増税すると ともに、住民税を減税して1m2あたりの税引 き後給与所得を同額増額させる。
2000年における両者の地価等に対する効果
を比較すると、ケース9では農地が標準解に比 べて約29%減少し、地価は約20%低下するのに 対し、ケース10では、前者は約31%減少し、後 者は約19%低下する。これはケース10では住民 税減税が住宅サービス需要を高めるからである。
しかし、両者の差は小さいといえるであろう。
したがって、固定資産税増税と住民税減税の組 み合わせは、ネットの税負担の増加を避けつつ、
農地の宅地化と地価の低下を図る政策としては、
効果的であるといえよう。
〔第III章 全国都道府県レベル地価関数の推 定とシミュレーション〕
第I章と、第II章の東京・神奈川モデルに引 き続いて、本章では全国の都道府県レベルの宅 地地価関数を推定する。本章の全国モデルでは 誘導型の地価関数が計測されるのみであり、そ
の手法は東京・神奈川モデルに比べて簡便であ る。全国規模の課題であるとの指摘に応えるの みならず、東京・神奈川モデルに比べてより長 期の地価動向を分析している。
モデルの推定方法
本章で用いられる地価関数は、基本的には第I 章と、第II章で用いた東京・神奈川モデルの地 価関数と同様に、土地の需給均衡条件から解か れた誘導型モデルである。復帰以前のデータの 入手が難しい沖縄県を除く46都道府県のクロ スセクション・データを1971年から1987年まで 収集して推定した。
地価の説明変数として予想地価、県内総生産、
建築物の着工床面積(土地の限界生産性の指標)、 マーシャルのk(金融の緩和、引き締めの程度 を指す指標)および宅地資産額宅地地積および 宅地固定資産税額を用いた。
予想地価関数の推定結果
第4表は第一段階の予想地価関数の推定結果 を示している。三大都市圏および地方圏ともに パラメーター推定値の符号は、総じて理論から 導かれるものと整合的であり、多くの場合有意 性も高い。実績値と推定値との関係をチェック すると、全般的に両者の乖離幅は小さく、推定 値が実績値を比較的良くフォローしている。た だし三大都市圏における近年の推移をみると、
実績値に比べて過小推定が続いており、実際の 地価高騰がモデルで予想された以上に大幅なも のであったことがうかがわれる。
なお、この推定においては、東京都では1986
年、1987年、埼玉、千葉、神奈川の三県では1987
年について、それぞれダミー変数が用いられて いる。これは、その頃における東京都を中心と する飛躍的な国際金融都市化という期待の変化 を示す連続的な変数が見つからなかったために 採用された便法である。その他の地域の地価が ダミー変数なしに説明されることを考えると、
1986年から1987年頃の首都圏の地価高騰は、マ ーシャルのkの上昇によって示される金融緩
第4表 予想地価関数の推定結果 (1) 三大都市圏
推定期間:1971年〜1987年
対象地域:埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・
愛知県・京都府・大阪府・兵庫県 推定式: Pt*−1
) 72 . 3 ( ) 59 . 3 ( ) 36 . 15
(23.0850+0.4918 −2 +0.3383 −1
= yt ct
) 50 . 4 ( ) 26 . 2 ( ) 86 . 4
(.7712 1.8336 0.4791
3 1 1
− +
−
+ kt kt− wt−
) 15 . 1 ( ) 30 . 12
(.2833 0.1952 dummy
1 1 1
− +
− lt τt−
) 83 . 0
(.2694 dummy
0 −1 2
+ τt
) 10 . 1
(.2582 dummy
0 −1 3
+ τt
) 69 . 1
(.3279 dummy
0 1
− − τt
) 48 . 1
(.4928 dummy
0 2
− − τt
) 74 . 1
(.4206 dummy
0 3
− − τt
i
i i +
= +
+∑ 4
2
0α13 dummy
(2) 地方圏
推定期間:1971年〜1987年
対象地域:三大都市圏及び沖縄県を除く38道県 推定式: Pt*+1
) 65 . 5 ( ) 27 . 5 ( ) 29 . 41
( .1579 0.2687 2 0.1758 1
21 + − + −
= yt ct
) 00 . 31 ( ) 50 . 2 ( ) 70 . 2
(.4692 1.3496 0.7593
1 1 1
− +
−
+ kt kt− wt−
) 18 . 0 ( ) 55 . 27
(.1968 0.0197 dummy
1 1 7
− +
− lt τt−
) 68 . 1
(.1579 dummy
0 −1 8
+ τt
) 90 . 1
(.1804 dummy
0 −1 9
+ τt
) 12 . 1
(.1324 dummy
0 7
− − τt
) 44 . 2
(.2492 dummy
0 8
− − τt
) 81 . 2
(0.2853 dummy9
− − τt
和要因だけでは説明できないことを示している。
現在地価関数の推定結果
次に、上の予想地価関数の推定値を説明変数 の一つに含んだ現在地価関数の推定結果を検討 しよう(第5表)。現在地価関数についても、パ ラメーターの符号条件および有意性とも比較的 満足できる結果が得られた。ただし、三大都市 圏(第5−1表)では予想地価および県内総生 産、また地方圏ではマーシャルのk などの係数 のt 値は、低水準にとどまっている。
宅地地積および宅地固定資産税額のパラメー ターは、三大都市圏および地方圏とも理論どお りマイナスの符号が得られた。パラメーター推 定値を絶対値で比較すると、地積については両 者とも最も高い弾性値を示している。一方固定 資産税額においては、税額に前述の地域別ダミ ー(三大都市圏および地方圏ともそれぞれ3地 域に分割)を乗じることによって、各地域ごと の推定値を算出している。
地方圏における3地域のパラメーターは、す べて−0.04を若干上回るほぼ同等な値を示し、t 値も2.0程度の有意な水準にある。このように地 方圏においては、固定資産税額の変化に対する 地価の感応度は、地域別にみて極めて同質的か つ安定的であることがわかる。一方三大都市圏 においては、税額のパラメーターの絶対値は地 方圏に比べて若干高く、かつ地域別にも相違が 観察される。
地価のシミュレーション分析
前節で推定された地価関数のパラメーター推 定値を用いて、税制変更が地価に及ぼす効果を 定量的に把握しよう。
三つの税制変更のシミュレーションを実施し てみよう(第6表)。
(k) ケース11:固定資産税の実効税率を1991 年以降徐々に引き上げ、2000年に標準税率 1.4%に等しくおく。
(l) ケース12:1992年から標準解の実効税率に
0.7%ポイント上乗せした水準に設定する。
第5表 地価関数の推定結果 (1) 三大都市圏
推定期間:1971年〜1987年
対象地域:埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・
愛知県・京都府・大阪府・兵庫県 推定式 : Pt
) 10 . 1 ( ) 99 . 0 ( ) 71 . 6
( .0826 0.1163 0.0935
18 + +1 + −1
= Pt* yt
) 74 . 10 ( ) 28 . 2 ( ) 12 . 4
(.1846 0.6535 0.7624
0 + + −1
+ ct kt wt
) 56 . 1 ( ) 68 . 6
(.0130 0.0601 dummy
1 1
−
− −
− lt τt
) 66 . 1
(.0795 dummy
0 2
− − τt
) 57 . 1
(.0629 dummy
0 3
− − τt
i
i i +
= +
+∑ 4
3
0β10 dummy
(2) 地方圏
推定期間:1971年〜1987年
対象地域:三大都市圏及び沖縄県を除く38道県 推定式 : Pt
) 33 . 1 ( ) 29 . 2 ( ) 11 . 6
( .7442 0.2643 0.0619
14 + +1 + −1
= Pt* yt
) 86 . 7 ( ) 10 . 0 ( ) 58 . 2
(.0622 0.0173 0.7110
0 + + −1
+ ct kt wt
) 99 . 1 ( ) 07 . 6
(.8321 0.0421 dummy
0 7
−
− −
− lt τt
) 08 . 2
(.0408 dummy
0 8
− − τt
) 04 . 2
(.0419 dummy
0 9
− − τt
(m) ケース13:1992年から標準解の実効税率 に0.35%ポイント上乗せした水準に設定する。
ケース11では、2000年における地価水準は、
三大都市圏では26万2,000円/m2また地方圏で は3万1,000円/m2と、1988年の推定値に比べて それぞれ1割以上低下している。
ケース12では、1992年に直ちに実効税率を引 き上げるため同年の地価はかなりの下落を示す
(前年に対する下落率 三大都市圏:16.6%、
地方圏:10.4%)。ただしそれ以降については、
第6表 シミュレーション結果の要約
上段 1995年 下段 2000年
( )内は標準解からの乖離率(単位:%)
ケ ー ス 三 大 都 市 圏 地 方 圏 東 京 都
標 準 解 376.2 千円
415.0 43.7 千円
50.0 1,210.7 千円
1,314.0 ケース11 283.3 (△24.7)
262.4 (△36.8) 34.2 (△21.7)
30.6 (△38.8) 874.0 (△27.8) 785.4 (△40.2) ケース12 266.8 (△29.1)
275.2 (△33.7) 32.2 (△26.3)
31.7 (△36.6) 830.3 (△31.4) 835.8 (△36.4) ケース13 296.7 (△21.1)
314.5 (△24.2) 35.7 (△18.3)
36.9 (△26.1) 927.6 (△23.4) 961.8 (△26.8)
税率大幅上昇の影響が徐々に緩和されることか ら、地価の下落率はしだいに小さくなり、三大 都市圏では1998年以降また地方圏では1999年 以降、地価は再び上昇に転じる。2000年の地価 水準は、三大都市圏では27万5,000円/m2また 地方圏では3万2,000円/m2と、ケース11のシミ ュレーションより若干高い水準となった。
標準解とケース12の地価推定値の推移をみ ると、政策が施行される1992年から両者は1割 を上回る乖離を示し、以降乖離率は年々拡大し ている。ただし2000年に近づくにつれて、乖離 率の拡大スピードは鈍化し、定常状態に近づき つつあることがうかがわれる。
ケース13では、標準解からの地価の乖離率が ケース12の半分よりもかなり大きい点が注目 される。すなわち、2000年における政策効果は 三大都市圏が24.2%、地方圏が26.1%と、ケー ス12の7割にも達している。
三つのケースのシミュレーションにおける地 価水準を2000年時点で比較した場合、ケース11 が最も低水準となり、ケース12、ケース13の順 序となっている。また2000年に至るまでのプロ セスは、ケース11とケース12および13とでは大 きく異なる。すなわち、ケース11の場合には低 下する地価が比較的直線に近い軌跡を描くのに 対し、ケース12および13では政策発動当初のマ イナス勾配がとくに険しく、しだいに緩やかに なったのち、プラスの勾配に変化している。
東京・神奈川モデルとの比較
第I章と第II章の東京・神奈川モデルと本章の 全国モデルとは、前者が構造型であるのに対し、
後者が誘導型であるという大きな違いが存在す る。また、説明変数や使用データ、推定期間な ども異なっている。このような点を考慮すると、
推定結果が両者の間で微妙に食い違うのはむし ろ当然であるともいえる。
全国モデルと東京・神奈川モデルの税制変更 のシミュレーションを比較してみても、各パラ メータの差を反映したものとなっている。すな わち、毎年段階的に税額を引き上げ、2000年時 点の実効税率を1.4%に調節するシミュレーシ ョン(全国モデルのケース11、東京・神奈川モ デルのケース5)において地価の推移を比較す ると、両モデルとも2000年時点で標準解をかな り下回る地価の推定値が求められる(標準解か らの下落率 全国モデル三大都市圏:37%、東 京・神奈川モデル:22%)、政策効果の方向性 は一致しているが、程度は全国モデルの方が高 くでている。
各市レベルのマイクロなデータを用いて推定 した東京・神奈川モデルと、各都道府県ベース のデータに基づいて推定がなされた全国モデル が、比較的方向性の合致する結論を導いた事実 は、固定資産税変更が地価に対して普遍的な効 果を及ぼすことを意味するものと解釈できる。
おわりに
シミュレーション分析によれば、「市街化区域 内農地を宅地並みに課税すること及び宅地並み 課税を実施したうえで、固定資産税を増税する ことは、ともに農地の宅地化を促進し、地価を 引き下げ、したがって、地価−所得比率を低下 させる」という結果が得られる。
ただし、土地対策は、本研究で取り上げた農 地の宅地並課税や固定資産税の増税などの土地 税制だけで行うべきものではなく、相互補完的 な政策を組み合わせた総合的なものである必要 があろう。例えば、農地の宅地並課税や固定資 産税の増税を実施すると、農地の宅地化が進む
ため、整合的な都市計画が伴わないと、乱開発 が起きて都市環境が悪化する可能性がある。ま た、宅地に対する固定資産税が大幅に増税され た場合、宅地の高度利用が促進されて、短期的 に家賃が上昇するようなことがあれば、低所得 者が転居を強いられたりする可能性も存在する。
前者の資源配分上の問題については都市計画に よって、後者の分配上の問題については公的住 宅の提供などによって、それぞれ解決が図られ るべきであると考えられる。
第I章 東京・神奈川モデルの推定
1.基本的モデル
第I章では、土地需要を資産選択の一環として 説明するモデルを構築し、それを東京都と神奈 川県の33市に当てはめて各パラメーターを推 定する。そのために、まず検証可能で単純なモ デルを提示することにしよう。なお、この章で 導かれる土地需要関数は岩田(1977)で展開さ れた、土地を明示的に含んだ資産選択の理論に 依拠している。岩田(1977)の地価理論は補論 Iに要約されているが、土地需要はなぜ個人や企 業の資産選択の問題として捉えることができる か、また、以下に示される土地需要関数はどの ようにして資産選択理論から導かれるか、とい った点の詳しい説明については、岩田(1977)
を参照されたい。
宅地と農地の需要
いま、単純化のために、土地に不可分性は存 在せず、無限に分割可能であると仮定する。以 下では、土地保有に関する意思決定はストック でなされるものと仮定する。また、固定資産税 以外の税制は存在しないものとする。土地の利 用方法には、農業と非農業(住宅用、商業用、
工業用など)があるとし、前者として利用され ている土地を農地、後者として利用されている 土地を宅地と呼ぶ。後に述べるように、農地を 宅地に転用する際には転用費用がかかるものと する。
土地を資産選択の対象と考えると、t 期の宅 地の資産価値額に対する需要関数は次式のよう に定式化することができる。
(1) PtLHt
− + −
= + −H
t t t
tH tH t
t r W
P T R P
h P 1
1 , ,
*
ここで、PtとPt*+1は、それぞれ、宅地の現在 価格と現在予想される来期の地価の期待値(以 下、予想地価と呼ぶ)、LHt は宅地の需要量、RtH は宅地地代、TtH は宅地1単位面積あたりの固 定資産税額、rtは利子率、WtH−1は(t−1)期期 末の非農家の総資産額を示している。添字H は 宅地を示し、後に説明するように添字A は農地 を示す。
以上の定義から、(1)式右辺の第1項は、宅地 を保有するときの期待収益率を意味している。
宅地の価値額で測った需要PtLtH は、宅地の期待 収益率が上昇すれば増大し、宅地と代替的資産 である債券や預金の利子率rtが上昇すれば減少 する。他の事情を一定として、現在の地価Ptが 上昇すれば宅地保有者の期待収益率は低下する から、宅地の価値額で測った需要PtLtHは減少す る。同様に、宅地の固定資産税額TtH が増加す る場合にも宅地の期待収益率が低下するので、
宅地の価値額で測った需要PtLtH は減少する。
固定資産税額TtH の増加は次の二つの効果を もっていると考えられる。ひとつは今期の税額 の変更から生じる期待収益率の低下である(一 時的(temporary)な効果)。もうひとつは、こ の税額の変更が将来の予想地価Pt*+1の低下を通 じて土地保有の期待収益率を低下させるという 効果である(恒久的(permanent)な効果)。
期待形成が合理的であれば、将来の税額の変化 は将来の土地市場の需給を変化させる結果、将 来の地価にも影響が及ぶことが人々に予想され る。今期の税額の変更が一時的、すなわち将来 の税額を変化させないと予想される場合には、
前者の効果だけが生じる。
これに対して、人々が現在の税額の変更から 将来にわたる恒久的な税額の変化をも予想する 場合には、いま述べた二つの効果が同時に働く
ことになる。したがって、今期の税額が変化し ても、人々がその変化から将来にわたる恒久的 な変化を予想するか、それとも今期だけのもの であると予想するかによって、効果は異なるこ とになる。その結果、恒久的な税制の変更の方 が一時的な変更よりも一般的に効果が大きくな る。
以上は、通常の資産選択モデルから得られる 結論であるが、(1)式の需要関数では、説明変数 として、非農家が保有する総資産額WtH−1が考慮 されている。ここでは、非農家が保有する総資 産 額Wt−H1 の 増 加 は 価 値 額 で 測 っ た 宅 地 需 要
Ht tL
P を増大させると考えられている。このよう な資産効果が存在することは、土地保有から得 られる利益の不確実性や狭義の流動性の低さ
(売却によってその最大の価値を実現しようと すると時間がかかるということ)を考慮した資 産選択モデルによって明らかにされる。
この資産選択モデルによれば、個人や企業が 保有する資産額が増加するときに、投資家の絶 対的危険回避度が低下すれば、任意の宅地の期 待収益率のもとで宅地需要は増加することが導 かれる。したがって、ここでのモデルでは、土 地の期待収益率と利子率の差、すなわち、土地 と金融資産の各々の収益率の期待値の差がプラ スであっても、そのプラスの差が個人や企業の 危険負担(広義には、流動性)に対するプレミ アムを超えていなければ、個人や企業は土地を 購入したり、保有し続けたりはしない。この危 険負担に対するプレミアムの大きさを決めるの が個人や企業が保有する資産額であり、前者は 後者の減少関数と考えられる。言い換えると、
土地と他の金融資産とは、広義の流動性(狭義 の流動性に不確実性や不可分性を含めた流動 性)が異なるために、完全な代替財ではなく、
不完全な代替財である。
ここでは、t期の危険負担に対するプレミア ムは、t期期首、すなわち、(t−1)期期末 の資産保有額WtH−1に依存すると仮定する。した がって、前期の総資産額WtH−1 が今期の金額表 示の土地需要PtLtH に影響を及ぼすと考えるわ
けである。
いま、投資家の絶対的危険回避度は総資産の 減少関数であり、相対的危険回避度は一定であ ると仮定しよう1)。この仮定のもとでは、(1)式 の土地需要額(金額表示)PtLtH は総資産額Wt−H1
に関して線形になる。すなわち、
(2)
− + −
= − t
t
tH tH t H t
t r
P T R P H P
L *1 ,
t tH
P W−1
⋅
が得られる2)。この仮定は土地に対する需要の 実質資産(土地で測った資産の意味)弾力性が 1であることを意味している。
同様に市街化区域内農地の需要関数は、
(3)
− + −
= − A t
t
tA tA tA tA
tA r
P
T R P A P
L 1* ,
tA tA
W P
−1
⋅
となる。ここでPtA+1*とPtAはそれぞれ農地の予 想地価と現在の地価である。TtAは農地1単位 面積あたりの固定資産税額であり、RtAは農業 地代である。Wt−A1は農家の総資産額である。農 地に対する需要関数の符号条件も宅地の需要 関数の符号条件と同じである。したがって、農 地の固定資産税額TtAが増大すると、他の条件 にして等しければ、農地の期待収益率が低下す るため、農地需要LtAが減少し宅地への転用が 促進されると予想される。ここでも農地の固定 資産税額TtAの変化は二つの効果をもっている。
税額の変化が恒久的な変化であると予想され る 場 合 に は 、 予 想 地 価PtA+1*の 変 化 を 伴 う た
1) 補論I参照。
2) (2)式のような資産需要関数については、
Tobin (1969) を参照。
めに、農地の固定資産税額TtAの変化は農地需 要LtAに相対的に大きな効果を及ぼすことにな る。
いま、市街化区域内農地を宅地に転用するの には、農地価格に比例した限界費用(転用面積 には依存しない)が発生すると仮定する。その 比率をα とすると、Pt =(1+α)PtAとなり、農 地の需要関数は次のように宅地価格Ptの関数 として書き直すことができる。
(4) LtA
− + + −
= + t
*
,r P
) )(
1
A 1 (
t
tA tA t
t P R T
P α
Pt
) 1
( A1
Wt−
⋅ +α
計測ではこの方程式を対数線形化して推定する ために、αの項は定数項に吸収されている3)。
需給均衡条件と地価関数
市街化区域の面積をLTとすると、市街化区域 内の土地の需給均衡条件は
(5) A Tt
H t
t L L
L + =
である。(2)(4)(5)式を解くと、
(6) (( )1(, ),( ),( ),( ),( ), ( )1, + + +
−
−
−
= ++ −H
A t H t A t H t t t t
t ƒ P r T T R R W
P *
) ( )
( 1, )
− +−
Tt
tA L
W
が得られる。各変数の下に付けた符号は各変数 の微係数の符号を示している。他の事情を一定 として、予想地価Pt*+1が上昇すると、土地保有 の期待収益率が上昇するため、宅地と農地の需 要はともに増加する。その結果、現在の地価Pt
も上昇する。逆に、利子率rtの上昇は土地の需 要を減少させ、地価Ptを低下させる。
宅地と農地の固定資産税TtH ,TtAの増税はと もに土地保有の期待収益率を低下させる結果、
土地保有を不利にし、地価Ptを低下させる。も
ちろんこの効果は、すでに説明したように、一 時的な税額変更の効果を示している。恒久的な 税制の変更が生じる場合には予想地価Pt*+1の変 化によって生じる効果が追加されることになる。
したがって、一時的な税制の変更が地価に及ぼ す影響は相対的に小さなものとなることが予想 される。
農業地代RtAや宅地地代RtH の上昇は、土地の 期待収益率を高め、土地需要を増大させるので、
地価Ptの上昇をもたらす。他方、農家と非農家 の保有資産額Wt−A1,WtH−1の増加は流動性プレミ アムの低下を通じて、土地需要を高め、地価Pt
を上昇させる。線引きの見直しによって市街化 区域の面積LTt が増大すると、土地の供給(存在 量の意味での供給)が増加する結果、地価Ptの 下落が生じる。これが理論から予想される地価 関数の符号条件である。
伝統的理論と保有税の中立性
推定方法を説明するまえに、以下で推定され るモデルがどのような世界を想定しているかを 説明するとともに、ここでのモデルと土地保有 税の中立性命題および伝統的な理論との関係に ついて簡単に述べておくことにしよう。
いま定式化した土地に対する需給均衡条件式 を次のように線形化してみよう。
(7) H t
H t t t
T a b a Pt P R T P
L = 0+ 0+ 1( *+1− + − )/
A t A t t t
t P R T P
P
b1( 1− +(1+ )( − ))/
+ *+ α
) / ( )
( 2 2 3 H1 t t
t a W P
r b
a + + −
+
) / )(
1
( 1
3 A t
t P
W
b + −
+ α
ここでai ,biはそれぞれ宅地と農地の需要関数 のパラメーターである。この資産選択モデルに、
転用費用は無視できるほど小さいという仮定 )
0
(α = を 追 加 す る と 、 毎 期 毎 期 最 大 の 収 益
3) 実際の計測では、インカム・ゲインとキャピタ ル・ゲインの流動性の違いを考慮するために、
t A
t P
T / や t
A
t P
R / は(Pt*+1−Pt)/Ptと独立の項とし て推定されている。