日本小児循環器学会雑誌 3巻2号 193〜199頁(1987年)
〈原 著〉
臓器・心房錯位症候群の脾診断
一 熱処理赤血球脾シンチグラフィーによる選択的描出一
(昭和62年2月3日受付)
(昭和62年3月10日受理)
1東京女子医科大学放射線科
2東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器小児科
近藤 千里1 日下部きよ子1廣江 道昭1 河野 重田 帝子1 安藤 正彦2 高尾 篤良2
key words:臓器・心房錯位症候群,脾シンチグラフィー,無脾症候群,多脾症候群 敦1
要 旨
臓器・心房錯位症候群の脾形態の直接的診断のため,熱処理赤血球法脾シソチグラフィーによる選択 的描出を試み,その診断的有用性を検討した.right isomerism 2例, left isomerism 4例の計6例を対
象とした.脾シンチグラフィーはテクネシウム99mで標識した患者自己赤血球を熱処理したのち1〜3 mCiを静注しガンマカメラを用いて撮像し一部の例にはSPECTを実施,断層像を得た.5例でさらに
X線CTを行い脾の所見を比較した.結果は, right isomerism 2例では脾の描出はなく無脾と診断し た.left isomerism 4例では脾は選択的に描出されたが,いずれも形態の異常を指摘することができた.このうち1例は3個の互いに区別される連珠状,他の3例は2〜4個の大小不同のある脾の集族形態を 呈した.全例でX線CT所見と一致した.以上より,本法は脾の有無を明瞭に表現し,形態異常を指摘
しうる非侵襲的診断法であると結論された.
1.はじめに
臓器・心房錯位症候群は複雑な心奇形を高率に合併 する全身の系統的な先天性奇形症候群である,本症候 群は,新堀,高尾らによって提唱されたように正位お よび逆位以外の心房内臓位の異常を総称し1),そのな かにasplenia2), polysplenia3), Landingらのいわゆる aniso−splenia4), right isomerism, left isomerism8)な
どの個々の概念を包括する広い概念である.本症候群 は,脾臓の形成異常をしぼしば合併することが知られ ている.これまで,この脾形態に関しては心,内臓,
静脈系の奇形などから臨床的に推定するか,血液学的 な方法から診断する間接的な方法5),より直接的には 脾動脈造影や,最近ではX線CTによる診断が試みら れている6).本症の脾診断は心房内臓位の診断とは独
別刷請求先:(〒162)東京都新宿区河田町8−1 東京女子医科大学放射線科核医学部 近藤 千里
立になされるべきであり7),非侵襲的でしかも確実な 方法によるのが望ましい.今回,私達はテクネシウム 標識熱処理赤血球による脾シンチグラフィーを,本症 患者に行い診断上,有用であると考えられたので報告
する.
2.対象と方法
対象は,気管支一肺動脈形態から診断したright isomerism 2例, left isomerism 4例の計6例(1〜19 歳男3例,女3例)である.気管支一肺動脈形態は,
胸部X線写真,胸部X線CT,肺動脈造影のいずれか の方法により診断し,bilateral eparterial bronchi,
bilateral hyparterial bronchiの場合をそれぞれright isomerism, left isomerismとした7). right isomerism 2例はHowell・Jolly小体陽性, left isomerism 4例は 陰性であった.表1に対象患者の臨床所見の一覧を示
した.
脾シンチグラフィーはテクネシウム99mで標識し
194−(4)
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日小循誌 3(2),1987 表2 標識法
1.患者血2mlをヘパリン採血
2.キットの還元剤を10mlの生食で空気を加えないよう にして溶解
3.2の還元剤O.5mlを1の血液に加え,静かに3〜4 回,5分間撹拝
4.2000rpm,10分間遠心分離後,上清を除去 5.Tc−99m 15mCi(1m1以下)を添加後,静かに3〜4回,
5分間撹絆
6.2000rpm,10分間遠心分離後,上清を除去 7.生食1mlを加え静かに撹拝後,30分間,49.5℃でイ ンキュベイション
8.室温で冷却後,静注
た患者自己赤血球を熱処理したのち,1〜3mCiを静注 しガンマカメラを用いて前面,後面,側面より撮像し た.一・部の症例ではSPECT(Single Photon Emission CT)を実施,断層像を作製した.使用した脾シンチグ
ラフィー用試薬キットは,ミドリ十字社テクネシウム ー
99m赤血球キットである.表2に脾シンチグラ
フィーの方法を示した.
さらに6例中,5例には腹部X線CTを行い,脾の
有無および形態についてシンチグラム所見と比較した.
3.結 果
right isomerismの2例では脾シソチグラム上,選択 的な脾の集積を認めず,無脾と診断した.left isomer−
ismの4例では脾の選択的な描出を得たが,全例で形 態の異常を認めた.すなわち4例のうち1例では3個 の互いに区別されるほぼ同じ大きさの脾が連珠状形態 を呈し,他の3例では2〜4個の大小不同のある脾が 集族形態を示し,多脾あるいは分葉異常と診断した.
全例で脾形態はX線CT所見と一致した.図1に無
脾,図2に連珠状形態の多脾,図3に集族形態の多脾 のシンチグラムとX線CT像を示した,4.考 案
本症候群の直接的な脾形態診断を行う意義は,無脾 あるいは多脾に合併しやすい心,内臓,静脈系奇形の 検索に際しその予測を容易にし,また本症候群の臨床 的スペクトラムを明瞭にする点にあると考えられる.
今回検討したのは,本症候群のなかでもisomerismの 例をえらんだが,このほかにも気管支の形態が正位あ るいは逆位のsitusを示し,腹部のsitusと不一致を示 すものも存在し,両側同側性から左右分化の方向への 種々の中間的な症例が存在する8} v1°).したがって,本 症候群のなかには心房,肺,腹部内臓のそれぞれの
昭和62年10月1日 195−(5)
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(前面像)
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(後面像)
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(CT)
図1 脾シンチグラフィー上は,前面,後面像のいずれでも脾の特異的集積を認めな い.血液プールが明瞭である.X線CTでも脾と考えられる構造を認めず無脾と診 断した(症例5).
situsの不一致を示すものも含まれるのが適当である と考える.一方,right isomerismやleft isomerismは 必ずしも無脾または多脾と一致しないことがあり,内
臓位と脾の関係においてもvariationが存在す
る7)〜9)11).さらに,本症候群の脾はほぼ正常のものから 分葉異常,大小不同の脾の集族,ほぼ均一な大きさの 多脾,無脾にいたるものまで分布しているユ)4).とくに 多脾症例は,従来より確診は剖検によっていたため症 候群の広がりが充分につかまえられておらず,その中 核部はよく分かっているが,正常心に近い方向への広
がりや,aspleniaとの重なりなど明らかになっていな い事が多い.このように,本症候群の多岐にわたる形 態を臨床的に明らかにしていくうえで,心形態,内臓 位の診断とともに脾形態の診断が活用されるべきであ
ろう.
脾シンチグラフィーは,従来よりスズコロイド法が 行われてきたが肝の集積が高く12),とくに本症候群の ようにしぼしぽ対称肝を合併して脾に重なる場合は詳 細な検討は困難であった.そのため,脾シンチグラ
フィーの診断的価値については否定的な見解が述べら
196−(6) 日本小児循環器学会雑誌 第3巻 第2号
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(前面像) (後面像)
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(CT)
図2 脾シソチグラフィーの前面像でほぼ対称肝の左側に重なって脾の特異的集積を 認めた.後面像ではより明瞭に3個の連珠状の集積として描出された.X線CTで も球形の構造として脾が認められた(症例1).
れていた13).しかし,今回用いた熱処理赤血球法は選択 的に脾の明瞭な描出を得ることができ14),肝の取り込 みとは明らかに区別でき,しかもSPECTを用いるこ
とで集族した多脾の検討が容易になった.本法により,
どの程度の大きさの脾が検出されるかについては未だ 明らかではないが,私達の経験では,外傷性脾破裂後 に自家脾組織を大網に移植した例では,手術時の1cm 角の脾切片がシンチグラム上描出されており,少なく とも1cm大あれば検出されると考えられる.今回の right isomerismの2例では,脾シンチグラム上,脾と 鑑別困難な集積は認められず無脾の診断は容易であっ た.X線CTでは,呼吸の影響で画像が不鮮明になり
無脾の診断が困難な例が少なからずあることが指摘さ れている15).また,胃の後方にある構造をX線CTの みで脾と診断しうる特異性の点で問題がある.脾シソ チグラフィーはその点,腹部全体を検索でき,また呼 吸の影響は無視することができ,したがって脾の有無 についての特異性は高いと考えられる.一方,4例の left isomerismの脾形態については集族した多脾は全 体の形態に異常があり,正常脾形態と区別できた.脾 シソチグラム上,多脾あるいは分葉異常と診断できた が,1個1個の脾の境界は必ずしも明確ではない場合 もあり,両者のいずれかの決定は困難な例も存在した.
このような場合にX線CT所見が鑑別に役だった,脾
昭和62年10月1日 197−(7)
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(CT) (後面像)
図3 3〜4個の横にならぶ集族した脾がシソチグラム(後面像)上,およびX線CT 上認められた(症例2).
シンチグラフィーはX線CTに比し被爆線量が少な
く14),しかも脾の有無と形態異常の診断をつけること ができるので,CTよりも先に実施される適応がある だろう.一方,X線CTでは集族した脾相互の境界は 明瞭に表現されるので6),多脾と分葉異常をさらに区 別する必要がある場合にCTの適応があろう.
今回の症例について興味深いことは,均一な脾の集 合であるLandingらの言うtypical polysplenia )に比 較的該当するのは症例1のみであるのに対し,症例2
〜4はanisospleniaの記載に酷似していることであ る.Landingの報告ではtypical polysplenia 6例に対 しanisosplenia 7例である4).日本人の場合C・X aniso−
spleniaが多いのであろうか.今後とも検討を重ねた
い.
無脾症では血液中にHowell−Jolly小体が認められ る.しかし無脾症でもときに出現しない事実16),逆に正 常大の脾があってもJolly小体が認められた例17),ま た多脾でJolly小体陽性の例の報告18)がみられる点を 考えると,Howell−Jolly小体の有無のみで脾の状態を 決定するのは困難な場合が存在すると言える.した がってJolly小体が陰性でしかもright isomerismの 場合や,気管支のsitusがisomerismを呈さず無脾症 か多脾症か判定が困難な場合などは,とくに脾シソチ グラフィーは適応があるとかんがえられる.多脾と分
葉異常を脾の形成異常という共通の範疇でとらえれ ぽ1),先天性心奇形と臓器錯位と脾の形成異常の関係 を検討し,臓器心房錯位症候群という広い概念を臨床 の場で検証するうえで,脾シソチグラフィーはひとつ の有力な方法となるだろう,本法が適切な再評価を加 えられ,活用されることを望みたい.
以上より熱処理赤血球法脾シソチグラフィーを用い た臓器心房錯位症候群の脾形態診断に関して次のよう に結論される.
(1)本法は脾の有無を明瞭に表現しうる非侵襲的診 断法である.
(2)多脾または分葉異常のいずれかを決定すること は困難な場合があったが,脾の形態異常を診断するこ
とが可能であった.
(3)臓器心房錯位症候群の多岐にわたる形態の臨床 的分析に今後活用されることが期待される,
付記 本稿投稿後に論文中で使用したテクネシウ ム・インビトロ赤血球標識キットがメーカー側の都合 により販売が中止され使用できなくなった.そこで著 者らは現在以下の方法により熱処理赤血球法脾シンチ グラフィーを実施しており,同様に良好な画像が得ら れているので紹介する.
1.塩化第1スズ溶液(日本メジフィジックス社)を 塩化第1スズとして10〜20μg/kgを静注30分後に患
198 一(8)
者血2mlをヘパリン採血
2.Tc・99m 15mCi(1ml以下)を血液に添加後,静 かに数回撹拝しながら15分間置く
3.2000rpm,10分間遠心分離後,上清を除去 4.生食2mlを加えて静かに撹拝後,3と同じ条件で 遠心分離,上清除去
5.生食1mlを加えた後,30分間,49.5℃でインキュ ベイション
6.室温で冷却後,静注
文 献
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昭和62年10月1日 199−(9)
Splenic Scintigraphy Using Tc−99m−Labeled heat Denatured Red Blood Cells in the Viscero−Atrial Heterotaxic Syndrome
Chisato Kondoh, Kiyoko Kusakabe, Michiaki Hiroe, Atsusi Kouno,
Akiko Sigeta, Masahiko Ando and Atsuyushi Takao Department of Radiology and the Department of Pediatric Cardiology,
Tokyo Women s Medical College, Tokyo, Japan
Six patients with viscero−atrial heterotaxic syndrome underwent selective splenic imaging using heat・denatured red blood cells labeled with technetium−99m(Tc−99m DRBC). These patients consisted of 2 cases with right isomerism and 4 with left isomerism. In 5 cases, abdominal X−ray CT examination was also performed, and the findings of scintigrams and CT findings were correlated. The 2 patients with right isomerism had no demonstrable splenic tissue on scintigrams;4with left isomerism were found to have multiple or multilobulated spleen(s). In 5 cases, the findings of CT examinations corresponded well with those of scintigraphy. The results suggest that scintigraphy using Tc−99m DRBC is a non・invasive and definitive diagnostic procedure for assessments of splenic tissue in patients with viscero・atrial heterotaxic syndrome.