IB 生物学的な限界環境下における人間生活の危機 とその克服方法の学際的比較研究 : 砂漠化と都市 生活が生み出す限界環境を中心に (『人間と地球環 境』研究報告 : 環境変動と生態系・人間(生活)へ の影響)
著者 嶋田 義仁
雑誌名 静岡大学学内特別研究報告
巻 2
ページ 14‑15
発行年 2000‑03
出版者 静岡大学
URL http://doi.org/10.14945/00008222
IB
IBチ
ームの研 究 の 分 担嶋 田 義仁 人 文・ 教授 社 会 人類 学 総 括・砂漠化への社会的宗教的対応 の研究
1)生物学的限界環境の研究班
増 沢 武 弘 農 学・ 教授 植 物 生態 学 生物 学的限界環境の研究
岩 崎 一孝 情 報・ 助教授 自然地理 学 気候 変動のメカニズム と乾燥地地 理 の研究
2)自
然的限界環境 における人間 生活の研究班 横 田 博実 農 学 ・ 教授 乾 燥 地 農 学 乾燥地 における農業 と緑化の研究河 合 香 吏 人 支・ 助教 授 生態 人類 学 牧 畜 民の民族医学・ 生態の研究
3)都市的限界環境 における人間 生活の研究班 諸井 克英 人丈・ 教授 社 会心理 学 都 市社会人の孤独感の心理的研究
1 生 態 学 的 冒険者 と して の 生 命
本研究は、乾燥地 にお ける砂漠化 と都市環境問 題 を学際的に比較研究す ることを通 じて、現代環 境 問題 について新 たな知見 を得 る こ とを目的 と して発足 した。乾燥地 も都市 も生物 学的には限界 環 境 にある。しか し人類文明はむ しろ生物学的限 界環境下 において こそ発展 を遂 げた かの観が あ る。このパ ラ ドックスの解明 も本研 究 の深い問題 意 識 としてあった。
3年
間の研究 の総括にあたっ て は、この問題 をめ ぐる反省を整理 しておきたい。このパ ラ ドックスは、生命進化 の歴史にまで さ か のぼって、人間 と環境、生命 と環境 の関係を考 察 す るな ら、けう して不思議ではな い。なぜな ら、
生命 の歴史は、新たな棲息地(ニッチ)をもとめ て の フロンティア 開発 と冒険の歴 史 であった か らである。オズポー ンは これを適応放散 と呼ぶ。
生命 はまず海で生成 した後、陸へ と進化 を遂げる。
ある時期まで、陸は生命 によって利用 されること のな い、未開拓の地であった。両 生類爬虫類が こ の処女地に上陸 して、陸ははじめて動物の天下 と
生 物 学 的 な 限 界 環 境 下 に お け る 人 間 生 活 の 危 機 と そ の 克 服 方 法 の 学 際 的 比 較 研 究
―砂 漠 化 と都 市 生 活 が 生 み 出 す 限 界 環 境 を 中心 に 一 人文学部 嶋田義仁
なった。こう して生命は次第 に地球全体にひ ろが りなが ら地球環境 を利用 し尽 くして ゆくので あ るが、そのク ライマ ックスは、河合雅雄氏の『森 林がサル を生んだ』によると、霊長類 による森 の 開拓である。森林はサルによっては じめて開拓 さ れ、サルは森 の王者 となった。
2 生 態 学 的 冒険 と して の 人類 進 化
人類の 進化 もまた新たな 冒険のは じま りで あ った。それ を象徴するのは二足歩行で、人類が三 足歩行 をマス ター したのは、霊長類がが森 を出て サヴァンナヘ と歩 みをすす めたか らだと言わ れ ている。人類 の祖先は楽園 としての森を去 り、危 険な猛獣 な どのパ ッコす る草原世界 への冒険 者 となった。それ は、これ までの生命進化 とは異な る生命進化 のは じまりとなった。
人類以前 の生命進化は、生命が様 々な種へ と分 化・特殊化 しつつ、地球上のさまざまな環境へ と 適応す る ことによって、生命が地球 上へ と拡散 し てゆくプ ロセスであった。しか し人類は特定 の環 境への適応 による特殊化 を拒否 し、人類 自体 が地 球全体へ と拡散 していつた。これ を可能に したの が、火や道具 、言語な どの文化の発明である こと はいうまで もないが、それ は、特定環境に安住 す ることな く、環境 とのよ り強 い緊張関係のなかで 生きることの選択であった とも言 える。こうした 人類進化 のの プロセスは文化的放散 とよばれ る。
人類は もうひ とつの冒険 もお こなった。ネオ ト ニー とか生理 的早産 とよばれてきた現象で、人間 の子は未成熟 の状態で うまれ るよ うになった。動 物はほとん ど完成 した状態 で生まれ、親か ら独立 す るのも早 い。しか し人類の赤子 の場合は、保護 な くして は成育不 可能な状 態 に長期 間身をお く のである。そ の間に人間の子 は様 々な学習 をお こ な うので あ るが、自然環境 に対 して まった く不適 応の形で誕 生す るのだ と言 ってよい。
3 文 化 的 適 応 放 散 と文 明 形 成
―‑14‑一
人類進化 には しか し
2段
階が認め られ る。その 第一段階は、文化 的な適応放散 のプロセスである。人類は文化放散 に よって地 球全体へ と拡散 して いったが、同時 にさまざまな環境 に文化的に適応 し、様々な文化 、様 々な部族・民族集 団を形成す るに至 ったか らである。それは生命が様 々な生物 種 に分化・特殊化 していつたプ ロセセスと似てい る。人間環境問題 において重要なのは、このプロ セスにお いては ま だかな り強固な環 境 との調 和 がはか られて いる ことである。
しか し歴史上のある時点か ら、この運動が逆転 しは じめる。人類 とその文化 は もう一度統合 にむ かいは じめたか らである。同時 に、人間生活の環 境への依存度は減少す る。これ を文明形成のプロ セス と呼びたい。文明の特徴は国家・都市の形成 であるが、国家・都市形成 にともな って1様々な 文化や民族集団が、ふたたび統合へ と向かいは じ める。これは、政治的のみな らず、交 易な どの商 業活動 を通 じて も、宗教的にも、言語的にも、さ まざなの レヴェル を通 じてお こなわれ る。か くし て広範な地域的統 合 をお こなった文 明圏が世 界 各地 にい くつ も形 成 され次 第 に巨大 化 してい つ たが、その間の闘争 を経て、現代地球規模の統合 が現実の もの とな った。言 いかえると世界は小 さ くなった。この測定 を野沢慎司は「小 さな世界問 題」 として社会学的な実験 を通 じて試みている。
文化的な適応放散 の段階にお いて も、様々な社 会関係が形成 された。しか しこの段階 においては、
対 自然関 係が人間 生活の関 心の中心 を占めて い た。しか し文明のは じま りとともに、多様な文化 や人間集団、異な る生産活動 をどのよ うにして結 び付 けるか とい う、人間の諸活動の地域的統合 シ ステムの構築 とその維持、発展が人間生活の主要 関心事 とな りは じめ る。乾燥地がな にゆえに文明 発展の揺監地であったかというと、家畜 を使って の運搬手段が存在 す るな ど長距離移 動が容易 な 乾燥地はそ うした 広範囲におよぶ地 域的な統 合 構築が比較的容易な環境であったか らである。
4文
明 のパ ラ ドックス文明の発展 とともに、人間の 自然環境への依存 度 は激減する。場貴妃が馬 を飛ばさせて熱帯産の 果物 を食卓にのぼ らせたよ うに、人間の生活基盤
としての環境 は人 間が直接 居住する地域の環 境 をはるかに越 えて広 がること になるか らである。
各人の生 は今や異 なる生態 環境 にまたが って 営 まれることにな る。人類以前の生命進化段階にお いて、多様な地球環境 を全体 と して支配 していた のは生命であったが、人類 の誕生 とともに、人類 という一 つの生物 種が地球 環 境 を全体 として 支 配 しは じめる。ところが「文明」の形成 とともに、
人類 メンバーー人 一人によ る地球環 境の広範 囲 の利用が可能 になったので ある。
しか し人類文明 が地球規 模 に拡大 あるいは肥 大化す るにともな い、新たな危機がは じまる。そ のひ とつは、資源の収奪 とそ の消費後の廃棄物処 理が天文 学的量 にのぼ り環 境負荷が膨大 にな っ た という事実である。しか しもうひ とつ重大な危 機が うまれている。それは、文明の肥大化 によ り、
人間はそのなかに呑み込 まれ 、自然環境 に関 して は直接の 認識 を持 ち得な くな って しまってい る ことである。そのため人間・環境関係の適正なコ ン トロールが困難 になった。
比喩でいえば、ヨッ トな どの小 さな船で航海す るばあい、船乗 りはたえず 自然 の荒波を直接認識 しているが、巨大船舶で航海す る場合、船乗 りは 巨大船舶の複雑な システムに関心 を奪われ、海 自 体の認識がお ろそかになる。それだけな らまだよ いが、船乗 りが船舶の複雑な システムの管理 を怠 けた り、船長の座 をあ らそ って船 のか じ取 りを忘 れることもある。システムの複雑 さに神経症 を病 む船乗 りもでて くるだろう。ここに最大の危機が ある。諸井は現代人の対人能 力はけつ して衰えて いないと いうこと を社会心 理学 の実験 を通 じて 指摘 して いる。しか し問題 は、対人能力の向上 に 反比例 して対 自然 の感性や 能 力が衰 えて しま っ ていないか、とい う点 にあるだ ろう。対人能力に 優れた者が船長の座 を得た時、船 は座礁 していた
ということこそが恐れるべ き ことである。
生 命・ 環 境 関 係 の 図 式
生命進化 種 的適 応 放 散 分 化・
特 殊 化 人類 進 化
文化的適応放散
文 明形 成 統 合 化
一‑15‑―