ローマ書の書簡論的分析
著者 原口 尚彰
雑誌名 ヨーロッパ文化史研究
号 15
ページ 135‑153
発行年 2014‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024340/
ヨーロッパ文化史研究 : (2014年3月31 「I }
第15号
135
論文
ローマ書の書簡論的分析
原口尚彰
はじめに
1 . コミュニヶー3, ヨンの手段としてのパウロ書簡
2 ローマ苫の書簡擶造
3 沓補類型
4 各部の書簡論的分析
5. 結論
はじめに
近年.新約書簡を書簡論的研究が, 主として英語倦lとドイツ語圏の研究者を中心に展開 されて来た口新約書簡の耆簡論的研究は 新約聖書を古典古代の文学的伝統の中に位置づ ける文学的研究法であり. 新約書簡を占典占代の苦簡の一種として分析を加える% ・実際 のところ, 新約書簡の書簡論的研究{よ個々の文苦の苦簡タイプの分析と,導入部と結語 部に見られる定型的表現の分析に集中し, 一定の成果を挙げてきた'』ロローマ害の書簡論
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'36
論文的研究に関して言えば,新約苦簡全体の書簡論的考察の一環として, この書簡の構造分析 とジャンル分析が積み重ねられて来たが, 本体部分への書簡論的考察は少なく、研究はま だ初期段階にある印象を受ける'3'□
日本の聖書学者の中には古代書簡論の視点から新約耆簡に本格的な分析を加える者がほ とんとゞいないが.筆者はこの方法に関心を持ち 主としてパウロ書簡を中心に書簡論的考 察を重ねてきた'4'・本論考は過去の書簡論的研究の積み重ねを踏まえた上で.真正パウロ 耆簡の最後に書かれたローマへの信徒への手紙(以下, ローマ吉と略記) を書簡論的視点 から考察することを目的としている。分析の視点としては, ローマ害の中にパウロ書簡に 共通に見られる書簡的要素を確認すると共に, 他の書簡には見られない固有な要素に着目 し 本書簡が吉かれた状況・目的とパウロ固有の思考との関連から解釈することを目指す ゴ
1. コミュニケーションの手段としてのパウロ書簡
ギリシャ・ローマ世界のコニュニケーション手段の中心は 口頭でなされる会話, また は, 演説であった。古典古代世界において耆簡を苦き送ることは,著者が名宛人と直接に 顔を合わせて行う会話の代用と位置付けられていた(デメトリウス「文体について」
223 ;キケロ『友への手紙」2.4.1 ; 12.301; 『アッテイクスヘの手紙」8.14.1)s'ロパウロの手
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DWeina> < Prea,zhingtheG(JsPel inRcme:AStud)'oftheEpistolaryFramEwGrkofRomanS," inG""i'l PLMI : Srll[jj"0"C<)rjFTrノII[IMF,Gq/"加"s"1dRD"1α"s/b'・Rirノ1(zr(JNLDrlgEFIEEAEJr (ed.LAJervisandR Richardson; She価eld: ShefneldACademi,EPress) 1994) 337‑366¥A, 1,Guerra,R(7"1"Is(mdrIIEAPDIqgerif 乃 in f刀泥PI""fJ,Gど"繩aII[JA"diEII"D/P鯉イハL蛾どr (SNTSMS81 ;Cflmbridge:CambridgEUnivcr‑
巾〕
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1994年、 13 22頁;同「パウロ苔間導入部の修辞学的分析」 I東北学院大学キリスト教文化研究
所紀要」第18号、" 2000年 1‑20頁¥ 「11コリント l : l llの書簡論的・修辞学的分析:書簡導入部 に置かれた神の賛美の問題」 「ぺディラヴィウムj第52号、2001年. 3 16頁; Inl 「黙ボ録l : 43: 22 の苔:臨諭的考察:両義性の文学的効果」 『基督教諭集」第46号, 2003年, 2"40頁;同「ガラテヤ
人への手紙」新教出版社, 2004年, 1 12頁;同「フイリピ書の統一性問題と書簡論的分析」 「東北
学院ノ<学キリスト教文化研究所紀要」第30号, 2012年, 1 28頁; │司「デイアスポラ書簡として
のローマ沓」 「ノ、文学と神学」第5号, 2013年1 15頁を参照.
J! DAunc,WIENど肺'Yrsm"1EF1〃〃〃g血睦mr]ノEm'"0""1E"r (Philadclphia:WEstminst"1987) 158‑160;A、 I.
Millherbe,Afld"1IEpji;IOJ! '耐"r""(SBLSBS19;Atlanta: SCht)larS, 19881 12̲
ローマ苫の苫前描的分析 137 紙も同様に距離的な遠隔等の理由で直接教会を訪問して対i満することが出来ないとき悟 会話を代紳するコミュニケーション手段として用いられた(Iテサ2: 17 18;ガラ4: 20)p ローマ書は, コリントに滞在す‑る使徒パウロが. ローマ帝国の束半分のギリシア語圏での 伝道を終えた時点で(ロマ15: 14‑21) . 将末のスペイン膳道の拠点教会の役割を期待し て (15: 22‑24) . まだ訪問したことがないローマの教会へTli:き送った手紙である (1 : 10‑
15) .この時,パウロは献金をI闇けるためのエルサレム旅fTを目前に控えておi) ,直ちにロー マを訪ねることが出来ない報情があり (15: 25‑27) 将来のローマ訪問に先立って宣教者
として自ら説く福音理解への理解と賛│1ilを求めて手紙を認めたのであった ]
当時の公的耆簡は口述鍋氾きれるのが通例であり, パウロ普補もこれに倣って基本的に は口述筆記きれた。書簡の終わりの方で大切なことについて パウロが口述筆記を停止し て自ら筆を執ることがあるが( Iコリ 16: 21 ;ガラ6: 11 ) このことはその時点までパウ ロの語る言葉がI」述筆記されていたということを示唆している' 口特に, ローマ害では書 簡の末尾の挨拶の部分では. 筆記のテルティオが自ら名乗り出て、 ローマの教会へ挨拶の 言葉を述べている (ロマ16: 22)。尚. この時代の地中海世界において. 公の手紙は使者 によって朗読されるのが通例であI) ,パウロ111柵もこの例に洩れなかった ( Iテサ5: 27;
シリ ・バル黙86: 1を参照) 7 & ローマ苔の塒介は, ケンクレア教会の奉仕背フェベがパウ ロの使苦としてこの手紙をローマの教会へ持参し (16: 1‑2) 救会の集まりの中でそれを 朗読する手筈になっていたと推定きれるニ ローマ書もパウロが語るように筆記され ロー マの教会の渠会においてIIl読されて, 信徒たちによって│iHかれたのであった『, この時代の コミュニケーションにおいて, 吉:〈言葉と袖す言葉の距離は非常に近かったことは見逃し てはならない大切なポイントである削・
2. ローマ害の書簡構造 2.l パウロ書簡の基本構造
真正パウロ耆簡(ローマ 1コリン}、 . Ⅱコリント. ガラテヤ フイレモン)は, 下記のような共通の書簡構造を示している。
フィリピ. Iテサロニケ
。 M、LStirewalt, 1r.,P['''/, IJMLtwfr'Wr"Er(GrandRapid5: Eerdman5,2003) 10n.43を参照
Sirewalt, 14 16;White, "NewTIBslamentEPi5![]1ar)'Lilerature,'' 1743; idem., :GApOStoliCMiSSiOn,'' 148.
当時のllt界におけるl l噸でのコミュニケーションの重要性については.W1,0n9,Orglil)'qmdL"
b
Er[Jc)'. Tノ1階晩rhnc/pgizi'I9q/"'uWDrd (London: Routledge, 1988) ¥ PL I.Achtemeier, "OmneVerbum Sonat : .lhigNewTIBstament i'ndtheOralEI]vironmcntofLateWes!emAntiqLlity,''ノBLlO9( 1990) 3‑27を参
Hと(
凸側黒へ問 二 口
83
1
導入部
前書き (定型句) :送信人, 受信人, 祝祷 感謝の祈り (神の讃美呪いの宣言)
本文 結語部
結語
結び(定型句) :挨拶 祝祷
この基本構造は.耆簡の侭きや本文部分の内容的な差異とは関係なく認められ, パウロ 書簡の形式上の恒常的な要素である (但しⅡコリl : 3 11は感謝の祈りでなくてむしろ 神の讃美)い・例外をなすのがガラテヤ耆の導入部であり, ガラl : 69は感謝の祈りでな く,驚きの表明と│呪いの宣言を内容としている' |' ・他方,パウロ書簡の基本織造は第二パ ウロ書簡や(エフェ、ノ コロサイ, Iテモテ, 11テモテ. テトス) 、 公同耆簡の一部(Iペ トロ, IIベトロ IIヨハネ、 1IIヨハネ) にも影響を与え. 初期キリスト教書簡の一つの 伝統を形成している
パウロ普簡の構造はヘレニズム舌:簡の構造(プラトン 「第1 13吉簡上BGUI.
140;V1. 180; P‑Brem.62 ; P.Genfl1.72; P.Ox)' 1‑ 111 ;X・l295; P・Hamb.II. 192; P.Mich.
191 ; 281 ; 2798; 4527; 4528) を基礎にしているが.導入部に祝祷と感謝の祈りがあるこ ととと,結語部に祝祷があることは, 一般のヘレニズム書簡には見られない特色であ る' 1Ⅲロヘレニズム期のユダヤ教苦簡の導入部には.前書きの定型句の後に受偏人たちの ための祈りや(1Iマカl : 2‑6) ' 神の讃美(1Iマカl : ll‑17)が存在する12.恐らくパウ ロ耆簡の構造はヘレニズム・ユダヤ教菩簡の形式の影響を受けたのであると推測され
ブ{ 1J
ィD C
崎 White, ('New"I1BstamentEpistolar)'Literature,"AIVRW25/2、 1731 ; idem., ! :APostollcMission,'' 149も│両l様 な構造を認めている
、 原u尚彰「祝福と呪いの辰i菜」 「新約学研究」輔275 1999年17‑30‑i同「ガラテヤ人への
手紙」新散出版社20〔}4年、 33‑]4頁を参照、
1 1 デモステネス「第一菩簡j z; BGUI1.423.2; 8162には感謝の折l)が見られるが, これらはヘレ
ニズム書間の例外であり. 感謝の祈りはヘレニズム櫛:簡の恒常的要索ではない□
u' EBIckermann,"EinjudIsIgh,arF"tbriefv・mlahrel24v,Chr,''ZNW32 ( 1933) 244‑46を参照㈲ こうした
へしニズム ユダヤ教書:irjの形式的特徴は. アラム 箭やへフライ諾評餅の形式の影響であると考え
られる.アラム語やへプライ語tll楠の形式に│Miしては. 1A.Fitzmyer, 4SomeNotesonAramaiEEpIsto‑
IograPhy,'、 ノ虹93 ( 1974) 201 225; idem., "、AramaicEPIstOIDgraphy,''SE"肥jq22 ( 1981 ) 5976; PEDi。、,
、 ・rheAramaicFamilyLIB1terandRelaledEpistolar)'FormsmOtherOriental LanguagesandmHellenisti[
Greek,' 'SEF71fj"22 {1981)7788iD.Pardee, 、$AnOverviewGf.AndentHehrewEpislolGgraphy,''ノBL97(1978 321 46を参照、
l1 Byrskog│ 3738; I.Thatz,Frij""jsEノIEBrie/EDIcIJ"IIMis[‑ノ1筐〃Br雛〃'│R"/''"c"derqffizie"e"rEIjgidsc"
ローマ沓の脊簡諭的分析 139 2.Z ローマ書の書簡構造
ローマ:許は. 導入部(1 : 1‑15)に前苔:き (l : 1‑7) と感謝の祈り ( l : 8‑15) を備える と共に, 本文部分(l : 16 15: 29)の後に, とりなしの祈りの要請(15: 30‑32) と頌栄 6J (15: 33) と挨拶( 16: 1 27)からなる結語部(15: 30‑16: 23) を含んでおり, パウ ロ書簡の定型を踏まえている。 ローマゞ11│:の内容と構成をよ')詳しく分析すれば,以ドの通
I)となる
導入部 1 lグ前書き (発信人, 受偏人,頌栄句)
8 15感謝の祈り
16‑17主題の提示:神の力 神の義の啓示としての福音
l : 8 15感謝の菰り
l : 16‑17主題の提示:神の力 神の義の啓示としてC l : 18‑3 : 20罪のもとにある人間
} : 182: 16異邦人の罪 2: 17‑3: 8ユダヤ人の罪 3: 9‑20人類の罪
3 : 21‑8: 39神の義のもとにある人間 3: 21‑31神の義の啓示
4: 1‑25ピスティスの人アブラハム 5z l l1神との平和 神とのキll解 5: 1221第二のアダム
6: l 23キリストと共に死に キリストと共に甦る 71 1 25律法と罪の問題
8: 1‑39終末の希望,鑑の助け 9: 1‑1 1 : 36イスラエルの顕きと倣い
9: 1‑5パウロの同族への思い 9: 629神の選びと神の裁き 9: 30‑10: 4神の義とイスラエル 10: 521御言葉の宣教とピスティス 11 : 1‑24神の選びの秘誕
1l : 25‑36イスラエルの究極的救い 本体
BritZ/t(J"Fr"Ijii!Je'Im''IJ (FreiburginderSChwciz: Univ,arsititsverlagiGOttingen: Vandenhoeck&Rupre‑
chI, 1991 ) 33, 106‑7, 111 12を参照,
I4o
滞文12r 1‑15: 29悟仰者の生き方について 12: 1 2生活即礼拝:神ハ、の活ける捧げ物 12: 38神の恵みの賜物:キリストのからだ 127 921兄弟髪
13 : 1‑7上なる権厩r、の服従 13: 8‑1()鍵は律法を成就する
13: 11 14終末の希望:救いの時の接近 14: 1‑23相互の寛容:習慣的事柄 15: 1 l3弱い音への配慮
15: 14‑21パウロの宣教の生涯の総括
15: 22‑29今後の計画: スペイン伝道とエルサレム行きとi駄金問題 結語部 15: 30‑33とりなしの祈りの要請と祝祷
16: 1 16挨拶(1) 16: 1720群告 16: 21‑23挨拶(2) [16: 25‑27頌栄] ' {''
3. 書簡類型
R・ジューウェットは ローマ書をパウロが訪れたことのないローマの教会に対して,
スペイン伝道への助力を得るために 自らを使徒として公式に受け入れて貰うために書き 送った使節的苫簡(AmbassadorialLetter)であるとした'、 □ このタイプの手紙は.古代の 書簡理論では. 「外交的苦簡」にあたると考えられる (偽リバニオスI書簡類型論』第4 類型) '6。
D‑ ドールマイアーは, 修辞学的関心からローマ書の配列櫛成を, 序言(l : 1 7) , 導入(1 : 8‑17) . ,茄祇( l : l8‑ll : 36) ,勧告(12: 1‑15: 13) ' 結語(15 : 14‑16: 23)で あるとした1..で, この苔簡は, 福音理解の内容を保持するために書かれた「旗示的書簡」
凹 口弓' 16: 25‑27の輔栄句は文体・内容の点から. ローマ杏の本唯の櫛成部分ではなく二次的挿入 句であると判断川来るさらに16: 24を有力写本の多くはにえておらず. この節も二次的付加で ある㈲従って. il}:簡i構的考察の印象となるローマ苫本文はl : l 16: 23である
' ; R. lewet[, (!RDmansasLIAmbassadOriaILelt"'、IFIf36 ( 1982)529を参照 ' Klauck,303を参照
ローマ苫の,l}補 浦的分析 I41 であると規定したが,助言的要素も含んでいるとした(ロマ12: 1 15: 13を参照) ' 1捌口但し,
「演示的耆簡」という類型は,古代菩簡理論には出てこない。古典修辞学において「演示的」
とは, 共│司体の価値観を保持するために, ある行為や人物を賞賛した肌非難したりする ことである (アリストテレス「弁論術』 1358b;キケロ 『発想論」 L5.7; I弁論術の分析」
24.83‑87; 「弁論家について」L6.22; 1.31.141 ;偽キケロ『ヘレンニウスに与える修辞学書」
1.2.2; クウインティリアヌス 「弁論家の教育」 3.4.1 16)。演示的内容を持つ沓:簡類型は,
敢えて言えば,古代菩簡理論の「推薦状」 (偽デメトリオス 「書簡タイプ論」第2類型;
偽リバニオス「苦簡形式論」第55類型) , 「非難の耆簡」 (偽デメトリオス第3類型) . 「賞 賛の耆簡」 (偽デメトリオス第10類型) , 「祝辞」 (偽デメトリオス第19類型)なと.に該当 するであろう。
M・L ・スタイアワルトは. ローマ普の内容が客観的.理論的であることに注目して.
この書簡がギリシア・ローマ│Ⅱ:界の哲学者達の耆簡に見られる「論説的手紙(letter essay)」
と評価出来るとした'勝α 「碕説的手紙(letteressay)」は,手紙の形式を取った論説であり,
理論的事柄を論証すると共に. その立場を読者に受け入れるように勧めるものであ') .古 典耆簡理論の「助言的普簡」 (偽デメトリウス『書簡タイプ論」第7類型;偽リバニオスi菩 簡形式論』第5類剛)のタイプに該当す‑る! '、
筆者自身は, この普棚がlll:かれたI]的に若回しその果たす役割を機能諭的に考察して,
耆簡タイプを決定すべきであると落・える。 この書簡はパウロがまだ訪れたことがないロー マの教会に対して(ロマl : 7, 10‑15") 、将来のスペイン伝道の拠点教会の役割を期待して (15: 22‑25) ' 宣教苫である使徒としての自己紹介をするために苔かれている。使徒とし ての自己紹介に当たってパウロは宣く伝える独自の福音理解を提示して(l : 16 17) . そ の真理性を体系的に.述べることを主目的としている(1 : 18‑8: 39; 9: l‑ll : 32)。従って
ローマ耆はヘレニズムの手紙のタイプから言えば, 「推薦状」 (偽デメトリウス「書簡タイ プ論」第2類型;偽リバニオス 「脊簡形式論」第55類型)の性格が強い。他ノj, 受信人 であるローマの教会が, この「推聴状」を受け取り, パウロを使徒として受け入れ, その 説く福音に真理性を見出すための前提として. パウロとローマの信徒達との間に信頼関係 がそんざいしなければならない。 この普簡の書き出しの部分(前背きと感謝の祈り) と結 語部分には (挨拶と祝待イリ)には発信人とローマの信徒たちとの密接な│塊I係を強調してお
17 Dormeyer, 197; さらに Aune,219‑221を参照
IH M,LStir'awalt, 1T""ThcFormandFun亡110noftheGreekLelterEssay,'' inK. PLDonfriedcd. ,R()加α"5 I)Eb[JrfJ (Re''isedimdExPandtrded、 1 PeabUd)',MA:Hendrkkson, 1991 ) 147 171 ; idenl,PJJIII,"IIJL(J〃Er Wr"ぜr (GrandRaPid5 : Eerdmall5、2003) I07112を参照
IJ KlauCk,303も│面l意見
I4z n論文
り, 「友好的書簡」 (偽デメトリウス「吾簡タイプ論」第1類型;偽リバニオス「書簡形式 論」第1l類型)の要素が強く認められるのである。
さらに, 信仰者としての生き方について語る部分には(12: 1 15: 29) キリスト教徒 の生き方一般に通じる倫理的勧告(12: 1 13 : 14) とローマの教会の事情に応じた助言 (14: 1‑15: 1l) とが含まれてお│) , 「助言的書簡」 (偽デメトリウス『耆簡タイプ論」第 7類型;偽リバニオス『書簡形式論」第5類型)の要素もある。古代書簡理論は様々な手 紙が果たす目的に応じて,手紙を様々な書簡類型に分類しているが, 個々の類型は相互に 排他的であるとは限らない口場合によっては, 一つの手紙が複数の機能を果たす結果,複 数の耆簡類型の要素を併せ持つ混合型を示す場合も存在するのである '。
4. 各部の書簡論的分析 4.1 導入部(1 : 1 15)
この書簡に特殊なことは. 発信人名と受信人名と祝祷句からなる前書きが合計7節にお よび. 他のパウロ書簡と比べて非常に長くなっていることである (ロマl : 1‑7)2' 。そこ には, 発信人であるパウロの名前の前に 「キリスト ・ イエスの僕, 使徒として召され 神の福音のために聖別きれた」という句が記されている(l : 1)。それに続く部分において 福音の説明として.御子キリストの受肉と死と復活を内容とする信仰告白句が付け加えら
: ,
が表明されている (1 : 5‑6) {z2'、このことは, パウロがかつて伝道した教会に宛てた手紙 の書き出しが概して非常に簡素であり,発信人の名前と受信人の名前が短く述べられるだ けであることとは対照的である (Iテサl : 1 ; フィリ l : l i フィレl : l他を参照)。ロー マの教会はパウロがまだ訪れたことがない教会であり (l : 10‑15) , しかも. パウロは将 来のスペイン伝道の拠点教会の役割を期待していたので(15: 2225) .宣教者である使徒 としての自己紹介をする必要があったために, このような長大な書き出しが必要になった のである口使徒としての自己紹介に当たってパウロは自伝的なことは語らず,宣く伝える 福音の内容と宣教者としての使命感を提示することに集中している。 しかもその福音の
J! Sir,awalt,26を参照。
'z' 1 1AD.Weina, !PreaChingthIgGospel inRome:AStud);ofthEEpistolaryFrameworkofRomans,'、 inG ‐ 〆I加P ノ ; Smd"(フ打C●r"1rノ""13,G[JIJJIm"sIwidRDITI"'5̲/tJrRic/1(JrdN‑Lor'ge施政どr (ed.L、Aler,,lsandR Richardson; Sheffield: SheifieidA,aademicPress, 1994)339もこの点に注目している,
唾↓ Weima,341342は このことが福音を説く使徒としてのパウロの権威の主張と結び付いていると
する。
ローマ苔の普簡論的分析 Ⅱ43 内容は初代教会に起源するキリスト論的信仰告白伝承によって定義きれており, ローマの 教会の信徒たちと説明抜きに共有できるものであった'郡・
前書きの結びの部分は, この耆簡がローマの教会に宛てられていることを明らかにして いる(1 : 7「ローマにいるすべての神に愛されている者, 聖徒たち」)。 ローマにおける最 初のキリスト教宣教を何時誰がどのような形で行ったかについては,資料が不足しておl) . はっきI)したことは分からない。後49年に, 皇帝クラウディウスが出したユダヤ人追放 令は. キリスト教の宣教を巡るユダヤ人の間の争論を機縁に出されているので(「ローマ 皇帝伝」 「クラウデイウス」25;使18: 21 40年代後半には, ユダヤ人キリスト者がロー マのユダヤ人社会の中でキリスト教の宣教活動が活発になり 回心者が生まれる一方で,
反対する者も多くいたと推定される'叫'・最初期のローマのキリスト教はユダヤ人信徒に よって構成きれていた。使徒言行録の記述によると. ボントス出身のユダヤ人信徒アキラ とその妻プリスカもクラウデイウスの追放令に従って, ローマを離れてコリントへ移り住 んだときれている (使18: 2)。彼らはコリントにおいて、 パウロの宣教の協力者として 宣教に従事したが(18: 2,26) , 後には, エフェソ伝道に同行しそこでは自分の家を宣 教活動に提供し, 家の教会の指導者となっている (Iコリ 16: 19)。パウロのローマ害執 筆時には,再びローマに戻り,家の教会の指導者となっている (ロマ16: 35) 25'・パウロ
ユ3 Welma,342.
ユ4 E.Schure,3771EHIsI0り'q〃ヒwjs/1Pヒ叩Igj〃"IEAgeqj./""scノ1risi ( 175B.C JJ5AD) (edsGVErmes/M.
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127; Esler,99;Wilckens, 133.
144
論文は彼らを通してローマの教会の事情を知り. また, ローマの信徒達との知遇を得ていた。
クラウデイウスの死後に,他のユダヤ人たちと共にユダヤ人キリスト教徒もローマへ 戻ったが(例えば, ロマ16: 35を参照) , 追放令が解除されるまでの間にローマのキリ スト教徒の構成が変わり 既に異邦人信徒が多数となっていたと推測される皿6'・パウロは 手紙の名宛人であるローマの信徒たちの多数が異邦人信徒であることを前提にしている (ロマl : 57, 13; 11 : 13; 15 : 7 13, 15 16)。 ローマ害執筆時には, 首都ローマにキリス ト教徒が存在することは良く知られていた(l : 8)。パウロは過去に何畦もローマの教会 を訪ねようと試みたし (I : 13‑15) .今後, パウロが企てるスペイン伝道の拠点教会とな ることを期待して.訪問の予告を行っている (15: 2224)国7・
パウロはローマ書の冒頭で, コリント書の場合とは異なり (Iコリl : 2; IIコリ l : 1 ) 名宛人をローマにある教会({KK入叩iα)ではな<" 「ローマにいる神に受きれているすべ ての巻聖なる召きれた人々へ」 としている (ロマl : 7)。このことは, ローマ耆執筆時 のローマには統一的な教会組織はなく, 複数の家の教会が存在し,礼拝と宣教を行ってい たことの反映である(16: 5, 10, 11, 14, 15を参照) 2H。その頃のローマ教会は.伝統的な神々 への信仰を離れて, 唯一の神への信仰へと回心した異邦人を中心とする信徒集団であった
(1 : 7; 8: 27; 12: 13; 16: 2,15) , gll造主なる神を崇めることをしない圧倒的多数の異邦 人世界(1: 21)の中に散らきれて存在するディアスポラ共同体であった。
手紙の前書き (ロマl : 1 7)の後に感謝の祈り (1 : 8‑15)が続くのは, パウロ書簡の 定型の通りである(Iコリl : 49; IIコリ l : 3‑10;フイリ l ; 3‑10; Iテサl : 2 10; フィ
レ4−7を参照)・感謝の祈りにおいて, パウロは受信人達の過去や現在の信仰の有様を恩 い起こしながら.神に感謝を献げるのが通例である (Iコリ l : 4‑9; 1Iコリ l : 3 10;フィ リl : 3 10; Iテサl : 2 10;フィレ4‑7を参照) '29'ロ ロマl : 8においてパウロは, 世界中 で評判になっているローマノ、たちのピステイス (信実, 信仰) を肯定的に想起して,神に 感謝の祈りを捧げている。 この感謝の祈りはローマ訪問の希望(ロマl : 10‑12)や,
実現しなかった過去のローマ訪問計画(1 : 13) AP. 将来のローマ訪問の希望(1 : 14 15) z6 Walters, l78−179; E.Kiisemann,AI1ditJR6"1Er (HNT8a;TUbingen:MohrSiebe,gk, 1973) 12;WilCk‑
Ens, 134;Dunn, liii ; Fitzmyer,238; lewetk,59,7072;Hultgren, 11、
Z7 Fitzmyer,79;Haacker, 12 13; Stuhlmacher,5‑6; 1ewett,87‑91.
z8! Cranheld, 122 ; Lampe,Djど$r 〃〔j加応ピノ1 CノIr"fw,130131; idem., 、TheRomanChri5tianR inR(]mans l6、 '' 229230; Brdndle/StegemaIm, 125; IEHETs, 1415,41‑47iEsler,120‑122;Haacker,lliF.Matera, RIJM('FTs (PaideiaCDmmentarieso''theNewTセstament ;GrilndRapids 二 Baken2010)7,
ユリ LA. 1ervis)TAEP"rP"Eq/R(JF7IIz'":ACo"'"mij1'fLEぱどrS加』 イrE II'''""8"ioFI ( ISNTSup
55; Sheifield: SheffieldAcademicPress, 1991 ) 86 109を参照。
ローマ書の書簡論的分析 143 等の自伝的発言によって大きく拡張されている 。 しかも,パウロがローマの信徒達のこ とを常に祈りに覚え. ローマにいけるように願っていた事実は,神を証人として引き合い に出しながら述べられている (1 : 9‑10)。パウロが過去に何度もローマ行きを企てが実現 しなかったことは. 「・ ・…・を知らないで欲しくない(o'j e凱①碇bl'dgdY"oE1'')」 という,
事実の告知をする定型句によって強調きれている (ロマl : 13; さらに, Iコリ 10: I i l2z l ; 11コリ 1 : 8; Iテサ4: 13)。この手紙の執筆目的が, パウロがエルサレム へ行った後. ローマを経由してスペインへ宣教旅行を企てることをローマの教会の人々へ 告げ, その協力を仰ぐことにあったので(15: 2224), パウロは受信人の信仰と生活を賞 め上げると共に, ローマ教会訪問に対して抱いている自分の熱意を強調したのであろう。
4.2本体部分(1 : 16−8: 39)
パウロはまず,受信人であるローマの教会員たちと福音についての共通理解を冒頭で確 認した後に (ロマl : 2‑4を参照) , 手紙の本体部分でピステイス(信実, 信仰) を通して 示きれる神の義(1 : 16‑17) という彼独自のテーゼを提示し,論理的に立証するという手 順を踏んでいる。本体部分は. 「1 : 16 17主題の提示:神の力, 神の義である福音」,
「l : 18‑3 ; 20罪のもとにある人間」 「3: 21 8: 39神の義のもとにある人間」, 「9: 1‑
11 : 36イスラエルの蹟きと救い」' 「12: 1‑15: 29信仰者の生き方について」 という四つ の部分に分かれており,非常に体系的な記述となっているので, 「論説的書簡(letteressay)」
という性格が認められる刷! 。但し. ローマ書の本体部分に,受信人であるローマの教会の 状況を念頭においた助言が存在しているのも事実である (14: 1‑15: 13を参照)。この書 簡は, 発信人や受信人の置かれた具体的状況や必要を念頭に置きつつも, それを普遍的な 原理のもとに考察し,具体的結論を導き出そうとした論説であると言える。
l : 16‑17主題の提示:神の力.神の義の啓示としての福音
この部分は(ロマl : 16‑17) , 非常に短い言葉によってパウロ固有の福音理解を表現し ており, ローマ書の主題を提示している。福音の機能は, 「信じる者に救いを得きせる神 の力」 としての働きである (1 : 16)。福音の内容は. ピスティスを通して与えられる神の 義の啓示である (1 : 17)*> 17節は信仰義認のテーゼを, 旧約の預言書(ハバ2: 4)の引 用によって裏付けてお│ 八聖書証明の性格も併せ持っている。
凹叩 1ervice,104107を参照。
'』' 上記. 注18に挙げられている文鰍を参照
/一 垂畢 IAr
I4o iT冊 へ
17節の「神の義は福音に啓示され, ピスティスからピスティスヘと到らせる。」 という テーゼには、普遍的真理の叙述に相応しい三人称単数形が用いられている。これに対して,
福音が救いを与える神の力であることを述べる16節後半には, 三人称単数形が用いられ ているが# 16節前半には「私は福音を恥としない」 という一人称単数形で書かれた文章 が置かれている。 これは、 この耆簡は福音の宣教者である自分をローマの教会へ紹介する という目的を持つので,福音は神の力であり,神の義の啓示であるということは,客観的 真理であると共に宣教者である使徒が確信する主体的真実であることを明らかにする必要 があったためである。
l : 18‑3 : 20罪のもとにある人間
ロマl : 18‑3Zにおいてパウロは,多神教的な宗教文化のただ中で,人の手で作った神々 の像を神殿に安置して拝んでいる異邦人世界を念頭に置きながら.異邦人世界の倫理的混 乱の問題を論じている。敬鹿と正義は.ギリシア・ローマの倫理思想において主要な徳目
として挙げられる。 しかし,この場合の敬展とは.オリュンポスの神々等のギリシア・ロー マ世界の神々を敬い.仕えることである (プラトン 『国家」 10.615C;アイスキュロス「ア ガメムノン」 338;デイオドロス・シクーロス「歴史叢書」 4.39.1他)。 これに対して. ユ ダヤ人であi│) , キリスト者であるパウロにとって,敬廣とは天地の作│)主なる神を敬い,
仕えることであるので. 異邦人世界の神々を敬うことは 忌むべき偶像礼拝(出 20: 4−6;申5: 8 11)であll不敬度且つ不義であり, 「不義をもって真理を妨げる」こ
とと評価きれる。パウロは, 周辺世界の多神教的宗教文化そのものを断罪している□
2: 1‑28では文体が三人称複数形から二人称単数形に変わり.対話者に対して語り掛け るスタイルになる (「あなたは弁解出来ない, すべて裁く者よ。」)。 これは記述を生き生き とさせるためにパウロがデイアトリベーという論述法を採用していることを示すコデイア トリベ−とは, ギリシア・ローマ期の哲学者たち (例えば テレス, エピクテトス. ムソ ニウス・ルーフス, ディオ・クリュゾストモス, セネカ)が効果的な教化手段として用い た語i'ノ方であ│1仮想のパー│、ナーを想定して行う対話的スタイルを特徴とする ・パウ ロはローマの信徒への手紙において, 仮想の対話の相手を想定し,彼らの主張を論駁する 形で信仰義認の思想を提示する (ロマZ: 1‑16, 17‑29; 3 : 2731 ; 4: 1 12; 6: 1‑
'] R.Bultmann,DerSfilde'・""/inix・/!"P'""!"'側《jiek)'"isc/1 sr・isiJ'EDi"irjIJE(G<>ttingen: VKIndenhoeck
&Ruprecht,1910) ;SK.Stowers,#、Diatribe,''ABDII.190‑193; idem.,7ルビDね〃j6E(1nfJPHIJI'sLE"Ermr/1tJ Ro"1("7s (SBLDS57;ChiCO,CA: SCholars, 1984) ; idenl, 、<Diatribe," inGrE(Fo‑Ro"1(IP1LjiEmmre(1"drAF NIFwnf;IIwMHI (ed.D.E.Aune; SBLBS21 ;Atlanta¥ Scholars, 1988) 71 84̲
ローマ書の書簡論的分析 147 23; 7: 7 13)。
他方,異邦人であるとユダヤ人であるかを問わず, すべての人が罪の下にあることを語 る3 : 1‑20では, 主として「私たち」 という二人称複数形が用いられ(3: 59,9, 19) , 民 族的区別を超えた全人類の連帯性が強調されている。
3: 20の「従って 律法の業によって, すべての肉は神の前に義とされることはなく,
律法を通して罪の認識が生じるからである。」 という句は3: 9‑20の部分のみならず.
罪のもとにある人間の状況を描写するl : 183: 20全体を締め括り, 神の義の啓示を語る 3: 21 31の部分の準備をしている。
3: 21‑8: 39 神の義のもとにある人間
ロマ3 : 21は現在完了形を用いて, 神の義が「顕きれた(TTE"し印⑩T[IL)」 と述べる。こ こで用いられている動詞 し印duは,新約聖書や初期キリスト教文耆において(iTToKaAljTTT(jJ と並び, 神の啓示を表す術語として用いられている (マコ4: 22; ヨハl : 31 ; 2: 11 ; 3:
21 ; 7: 4; 9: 3; 171 6; 21 : 1, 14; ロマl : 19; 3; 21 1 16: 26; 11コリ21 14; 3: 3; 4: 10, 11 1 5: 10) ll ; IIクレ20: 5; イグ・ロマ8: 2他)B'。 しかも, ここでは「顕された (而E巾αl'<p(jてαL)」 と現在完了形で述べられている。現在完了形の使用は,先行する1 : 18の ところで,世界に対・する神の怒│)の啓示についても用いられており (1 : 18) ,両者は呼応 し合っている。つまり, パウロによれば人間の不信仰に対する神の終末的怒りが現在する 一方で(ロマl : 18) , 人間に救いを与える神の義の啓示も現在している (3: 21)。
3: 21‑30では 神の義を主語にして 三人称単数形の動訶が用いられているが(3: 21‑
26) ところと≦ころで 「私たち」 という一人称複数を用いている (3: 28,31) . 「人は律法 の業なしにピスティスによって義とされると私たちは考える」 (3: 28) という文章におけ る「私たち」 とは, 手紙の発信人と受信人に限らず.信仰者全体のことを指していると考 えられる (3 : 31も同様)。信仰義認の原理が一般的真理であると同時に, 信仰者全体の 確信であることを示している。
同様に, 4: 1‑25において, アブラハムが「私たちの父祖」であるという言い方がき れるが(4: 1,17) , この「私たち」 とは民族共同体であるイスラエルに属するユダヤ人の ことではなく, キリストへの信仰を共有する宗教的共同体である教会に属するキリスト教 徒のことを指している。パウロの理解によれば,ユダヤ人だけでなく, アブラハムのビス
3'! BauerAland, 1700‑1701 i P.‑G、MnⅡどr, ""vEPdu),"EWNT3,988‑991 ; R.Bultmann/D.Lnhrmann
""'ノ印6⑩》 刀'WNT9.46.
148
論文テイスに従う者も, 「アブラハムの子ら」であるからである (4: 16‑17)。
さらに, 神と義とされた者たちとの和解の主題を転回する5: 1 11の部分や, 洗礼を受 けた者が, キリストの死と復活に与り.新しい生を生きることを述べる6: 1−7: 6の部分 や.終末時の救いの希望を述べる8: 1 39の部分は,一人称複数形の文体で書かれている。
この部分における「私たち」 も, 4章におけると同様に,信仰者全体を表現しており,和 解や,洗礼による新生や, 究極的救いの主題を述べる叙述に信仰告白的な性格を与えてい
る。
これに対して. 7: 725の部分には, 一人称単数形が用いられている。ここで用いられ ている「私」 よ自伝的な意味でパウロ自身を指しているのでなく, 人間一般の内的体験 を体現した自己を表していると考えられる'洲1口律法が神の意思の表現として.聖なるもの (7: 12) ,霊的なものであると知りながら (7: 14) ,罪の力に支配きれているために律法 を守ることが出来ず,悪を働く状況は, キリストにおける神の義の啓示(3: 21以下)以 前の人類が置かれた状況を表しているのである。
9: 1 11 : 36イスラエルの頤きと救い
基本的な人間観と救済論を提示する教理的部分には,通例であれば,信徒の生き方を提 示する倫理的部分が続く (例えば,ガラ2: 15‑4: 31と5: 1‑6: 10を参照)。 しかし.ロー マ耆の場合は.教理的記述であるl : 18‑8: 39と倫理的記述である12: 1 15: 29の問に,
イスラエルの運命についての記述である9: 1 11 : 36が存在している。このことは. パウ ロがテサロニケやアカイアの教会から集めた献金を. 原始教会へ届けるためにエルサレム 旅行を目前に控えていることという事情と関係がある (15 : 2527)。パウロはユダヤ人で あり (ロマ9: 2; フィリ3: 5を参照) ,元々は熱心なユダヤ教徒であり, 教会の迫害者 であったが,復活のキリストとの出会いによってキリストの使徒となった前歴を持つ(I コリ 15: 8‑10;ガラl : 13 17;フイリ3: 5‑11を参照)。特に,律法から自由な福音を宣 教するパウロは(ガラl : 11‑12; 2: 45; 2: 15‑21 ;ロマ3: 21‑26; 9: 30‑10: 4) , ユダ ヤ教の側からすると棄教者であり,ユダヤ教の根本を否定する者となるので,ユダヤ人の 強い反発が予想されるのである (ロマ15: 30‑32を参照)。
「9: 1 l l : 36イスラエルの顕きと救い」という部分は,修辞学的にはローマ耆の本体
坤 WKummel,R6"'cr7rmdd"B蝿㎡露Merl"/'E'1 j"INEIIE"713sm"1"r (MUl1chen; Kalser, 1929) 6790, 118‑132.これに対して. B.Dodd,PLJIJIIjP""憩加[Jrk"1' ;PcF・soHIIIEx""IPIE"〃舵、ぴS""gg)' (ISNTSup l77; Shemeld: SheifieldAcademIcPress, 1999)222‑234は折衷的な立場をとり, 一人称単数形の使用
は修辞的であh. 、 人類一般を表すがパ,ラロの個人的体験も反映しているとする。
ローマ書の香簡論的分析 I49 部分の論述の流れからすると, 本題から一時離れて違う主題を取l)上げる脱線(digressio) であるが(キケロ『発想論」 1.51.91 ; クウィンティリアヌス「弁論家の教育」 4.3.12‑17) 、 エルサレム行きを控えたパウロの切実な関心事であるユダーヤ人問題を.救済史的な視点か
ら深く考察した.他には見られない独自の論述となっている。
12: 1‑15 : 29信仰者の生き方について
この部分は倫理的勧告を内容としており.二人称複数形の文体で書かれている。この場 合. 「あなた方」とは, 「兄弟たち」と呼ばれている(1 : 13; 10: l ; l1 : 25; 12: 1 ; 15: 14, 30) , ローマ教会の信徒たちであI入パウロは使徒としての権威を持って(1 : l), 信仰者 としてとるべき行動の指針を示すために. 彼らに直接に語り掛けている。特に, ロマ 12: lにおいて. 彼は勧告の言葉を導入する際にしばしば使用される動詞汀apaKa雄⑩を用 いている (ロマ15: 30; Iテサ2: 12; 3 : 2,7; 4: 1, 1o, 18; 5: 11, 14) ] また, 二人称複 数命令形を多用して,受信人に対してパウロの助言に従った行動をするように促している (12: lb,2, 14; 13: 1,6,8, 14; 14: 1, 13他多数)。
12: 1 13: 14の部分は, キリスト教的な生き方の原則を一般的に述べており, どの共 同体にも妥当する内容の勧めである (2; 1 2生活即礼拝:神への沽ける捧げ物, 12: 3‑8 神の恵みの賜物:キリストのからだ, 12: 921兄弟愛13 : 1‑7上なる権威への服従の問 題, 13: 8 10愛は律法を成就する. 13: 11 14終末の希望:救いの時の接近)。 しかし,
14: 1 15: 13の部分は, ユダヤ教的食物規程をキリスト教徒が守るべきかどうかという ことについてローマの教会の中で生じた争いを前提した発言であり, 受信人の具体的状況 を踏まえて問題解決の道を示している。根本にあるのは食物に関する浄不浄の問題であり,
パウロは神の被造物としてすべては清いと考え (ロマ14: 14,20;使10: 15) , 何を食べ ても良いと考えていた(ロマ14: 20)。食物規定も含めた律法からの自由が福音の真理で あり (ガラ2: 5, 14) , キリストの福音を信じる者は基本的な自由を与えられている。信 じる者は何を食べるかということについても自由であると考えていた(Iコリ9: 1)。 と ころが, 一部のユダヤ人信徒はまだ、 旧約聖耆の食物規定から解放きれず, 食べ物に浄不 浄の観念を当て嵌め, 清い食べ物と汚れた食べ物の区別をしていた (レビ11‑13;使 10: 14;ガラ2: ll‑14を参照)。 しかも,市場に供きれる肉は一旦異教の神々に捧げられ たものであるという事情もあった(Iコリ8: l)。パウロの目からすれば, キリストを信 じる者は, 食物規定からも自由であり, 何を食べても良い(ロマ14: 14) (] こうした信仰 理解を持つ者は信仰において「強い」のであり,持てない者は信仰において「弱い」 (口
Iぅo 論文
マ14: 1 2)。こうした基本的理解の下にパウロは, 14: 1 4において肉を食べる強い者が,
食べない弱い者を侮ることなく, 食べない者は食べる者を裁くことがないように勧める。
59節において, 彼は祭儀暦の例をとり, 肉を食べる者も食べない者も主のために食べ,
食べない者も主のために食べないという事実に注意を促す。 141 10 12においてパウロは,
1 4節の主題に立ち返り, 食べない者が食べる者を裁くことなく 、食べる者が食べない者 を侮ることがないように修辞的疑問文と旧約引用をしながら論じる。 14: 13 18におい ては. 主として「強い者たち」を念頭に置きながら, 兄弟に蹟きを与えないように配慮す るように勧めている。食物や飲み物のことは信仰にとって二次的であり,大切なのは. 「義 と平和と聖霊における喜び」である (14: 17)。 14: 1923においてパウロは特定の食物を 食べるのか控えるのかという問題を教会論的視点から論じ.兄弟の間の平和と共同体を建 てることを求める目的からして, 兄弟に蹟きを与えるのを避けるために肉を食べることを 控えることを勧めている。
15: 14‑29の部分においてパウロは急に文体を変える。彼はここで一貫して一人称単数 形の文体を採用すると共悟「兄弟達」であるローマの信徒たちに対して(15: 14) , 「あ なた方」と呼んで二人称複数形で語り掛けている(15: 14,22,24,28,29) 「35)。 この部分にお ける一人称単数形の使用は自伝的であり, ローマ帝国の東半分の地域で異邦人の使徒とし て働いてきた宣教者としての歩みを振り返り (15: 14‑21) , 献金を届けるためのエルサレ ムへ旅の後に, ローマを経由してスペインに赴く宣教計画を紹介する文脈で用いられてい る (15: 2229) [] この部分は一般的な倫理原則を語為ことをせず, パウロの宣教者として の個人的履歴を開示した上で, これからの行動計画を示しローマの教会に理解と協力を えようとしている。従って, この部分は, 手紙の導入部と呼応しながら (1 : 11‑15) ,手 紙の具体的執筆事情・ 目的を明示している.
4.3結語部(15: 30‑16: 23)
16: 1 20の部分においてパウロは, 宛先の教会の構成員の名前を具体的に挙げて挨拶 しているが,その人数が非常に多く ,パウロ書簡として異例に長大なリストとなっている。
まだ訪問したことがない教会の構成員の名前をパウロがこれ程多く知っているのは不自然 であるとして. 16章の部分はローマ書のコピーをエフェソの教会に送る際に手紙の末尾
!]3 RFun[k, ([APostolicPfxmusm: FormandtheSigni6(gance,'' inC/"jgrmrlHkm" "ldJrliE巾} 疎 IC〃 {FS IchnKnoxi eds.1YRFarmer,C.EDMouleandR.R,NIEbuhr¥CambridgezCambridgeUnivIgrsit)「Press, 1967ノ 249268; Iervis>ll2ll4IWEima,353358は.書簡が使徒の臨1帯の代用となっていることを重 視して使徒的現臨(apostolicparousia) と呼ぶ。
ローマ耆の耆簡論的分析 IラI に追加された結びの挨拶の言葉であるとする見解がある '。 この見解の傍証として,上記 のように16章の部分を含まない写本が存在していることが挙げられている。
しかし.挨拶のリストに出てくるフ・リスカとアキラのように, ローマの教会出身の信徒 でコリントやエフェ、ノでパウロの同労者として働いた者たちもあるので(使18: 1 3) 18 19; ロマ16: 3; Iコリ 16: 19) . パウロが彼らを通してローマの教会の内部事情に通 じていた可能性がある'3和。 また,エパネイエトのように. アジア州でパウロと出会って回 心した後ローマへ移った信徒達もあるし (16: 5) , アンドロニコやユニアのようにパウ ロと共に宣教活動の過程で入獄した後, 釈放されてローマへ移動した人々なと§もあり, パ ウロとローマの信徒達の間に共通の知人も存在したと考えられるのである (16: 7)。
主要写本が支持している現在の本文を維持すれば, 15: 33と16: 1 , 16: 20と16: 21 の間に切れ目が存在し, 結語部は15; 30‑33と16: 1 16と16: 1720と16: 21 23の四つ の部分に明確に分かれている。15: 3033においてパウロは,ローマの教会員たちに対して,
パウロがエルサレムへの旅において,敵対する人々から身の安全が守られるように, また,
マケドニアやアカイアで集めた献金がエルサレム教会によって受け入れられるように祈る ことを要請している。 この献金は. かつてエルサレムで行われた使徒会議の際に原始教会 の指導者たちとパウロらの間で結ばれた, 「貧しい者たちを覚える」 という協定に基づく
ものであり (ガラ2: 1O) , ユダヤ人教会と異邦人教会の一致のしるしとしてパウロが重 視していたものである (ロマ15: 25‑28; 11コリ8: 1 9: 15)ロパウロはローマの教会の 信徒達に対して 祈りを通して地域を越えたキリストの教会の連帯に加わるように勧めて いるc
16: 1‑16において, パウロはまずパウロの代理としてローマに赴くケンクレアイの教 会の奉仕者フェベを紹介した後に(16: 1 2) . ローマの教会の有力信徒達の名を挙げて挨 拶の言葉を重ねる (16: 3 16)。さらに, l6: 21 23のところではコリントにおいてパウ ロと共に宣教している同労者たちからローマの教会へ宛てた挨拶を伝えている。ここで筆 記のテルティオが名乗l)出て, 自らの名前でローマの教会へ挨拶の言葉を述べているのは 全く異例である (ロマ16: 22)。
この部分は,挨拶の言葉の積み重ねによって,非常に親密な個人的タッチを加えており,
客観的な記述が多く,論説的な手紙の本体部分(1 : 16‑15: 29) とは対照的になっている□
'6 T.W.Manson, <:St. Paul,sLetter tctheROmans̲andOthers," inROPHIJFIJDe""(EdKF Donfrled; RevisedandExpandeded̲ ; PeilbDdy,MA:HendriCkSon, 1991 1| 3−15.
、. K.RDonfried, 、LAShortNoteonRomans [6、''R()"1(JrJsDE釦rE,44‑521 RLamPe, "、ThcRomanChristiansof Romansl6,"R・けIα灯sDEb(JIE,216‑230を参照,
IラZ 論文
手紙の結びの部分では 自己紹介のための推薦状という性格が再び前面に出てくるのであ る'粥'。
5. 結論
ローマ書は上記のように,導入部(l : 1‑15)に前書き (l : 1 7) と感謝の祈り (l : 8‑15) を備えると共に. 本文部分(1 : 16‑15: 29)の後に, とりなしの祈りの要請(15: 30‑32) と祝祷(15: 33) と挨拶(16: 1‑16,21 23) 及び警告(16: 17‑20)からなる結語部 (15: 30 16: 23) を含んでおり, パウロ耆簡の定型を踏まえている。 しかし, ローマ耆を 枠付ける導入部と結語部において, 当時の書簡の定型を踏まえながらも, パウロは修辞的 な必要に応じて, 信仰告白的要素を付加したり (1 : 3‑4) ローマの教会員達への挨拶の
とがないローマの信徒達に対して. 使徒が彼らと共通の信仰的基盤を持ち,親しい関係に あることを強調しているコ
パウロがエルサレムへ行った後, ローマを経由してスペインへ宣教旅行を企てることを ローマの教会の人々へ告げ. その協力を仰ぐことにあったので(15: 2224) .パウロは受 信人の信仰と生活を賞め上げると共に, ローマ教会訪問に対して抱いている自分の熱意を 強調したのであろう。
この書簡はパウロがまだ訪れたことがないローマの教会に対して(l : 7, 10‑15) , 将来 のスペイン伝道の拠点教会の役割を期待して(15: 22‑251宣教者である使徒としての自 己紹介をするために書かれている。ローマ書はヘレニズムの手紙のタイプから言えば, 「推 薦状」 (偽デメトリウス「書簡タイプ論」第2類型;偽リバニオス「書簡形式論」第55類 型)の性格が強い。他方, この書簡の書き出しの部分(前苦きと感謝の祈り) と結語部分 には (挨拶と祝祷句)には発信人とローマの信徒たちとの密接な関係を強調しておlノ〃友 好的耆簡」 (偽デメトリウス『苦簡タイプ論」第1類型;偽リバニオス『書簡形式論」第 1l類型)の要素が認められる。
パウロは手紙の本体部分(1 : 16 15: 29)でピステイス(信実, 信仰) を通して示され る神の義(1 : 16‑17) という独自のテーゼを提示し, 論理的に立証しようとしている。こ の部分は, 「l : 16 17主題の提示:神の力,神の義である福音」, 「l : 18‑3: 20罪のもと にある人間」. 「3: 21 8: 39神の義のもとにある人間」, 「9: 1 11 : 36イスラエルの蹟き
JH Weima,362‑363を参照
ローマf11:の11}荊絢的分怖 Iうぅ と救い」. 「12: 1‑15: 29信仰苦の生き方について」 という四つの部分に分かれており.非
常に体系的な記述となっておI人 「論説的耆簡(letter‑essay)」 という性格が認められる。
この書簡は発信人や受信人の世かれた具体的状況や必要を念頭に置きつつ(14: 1 15 : 13 を参照lそれを普通的な1%醜'1のもとに考察し, 具体的結論を導き出そうとした論説であ ると言える。
本文部分において, 記述内容に応じて, パウロは一人称単数形(l : 8 15, 16; 7: 7 25; 15: 14‑29) , もしくは複数形(5: 1‑11 ; 6 1 7: 6; 8: 1‑39) ,或いは, 三人称単 数形(4: 1 25) , もしくは,複数形(l : 1832; 3: 1‑20,21 26) , または. 二人称単数形 (2: 1‑11 ; 15: 1421L もしくは, 複数形(12: 1 15: 29) を使い分け修辞的な効果を上 げている
ローマ害における二人称単数形は. 仮想のパートナーを想定するディアトリベーという 論述法の中で用いられている。パウロはこの手紙において, 仮想の対話の相手を想定し 彼らの主張を論駁する形で信仰義認の思想を提示している (ロマ2: 1‑16, 17‑29; 3: 27‑
31 ; 4: 1 12; 6: 1‑23; 7: 7‑13) L,
7: 725の部分に用いられている「私」は、 自伝的な意I │未でパウロ自身を指しているの でなく. 人間一般の内的体験を体現した自己を表している。それに対して, 15: 14‑29の 部分における一人称単数形の使川は自伝的であり, ローマ帝国の東半分の地域で異邦人の 使徒として働いてきた宣教者としての歩みを振り返り (15: 1421) ' 献金を届けるための エルサレムへ旅の後に. ローマを経由してスペインに赴く宣教計画を紹介する文脈で用い られている (15: 22‑29)。他方. 12: 1‑15: 29の倫理的勧告に用いられている「あなた方」
とは ローマ教会の信徒たちであlj 、 パウロは使徒としての権城を持って(1 : l) ' 信仰 者としてとるべき行動の指針をノ」くすために,彼らに直接に語Ij掛けているスタイルを採用
している.
導入部の感謝の祈り (l : 8‑15) と結語部の挨拶と頌栄(16: 1 20,21 23) は. 祈りや 挨拶の言葉の積み垂れによって.書簡に親密な個人的タッチを加えている」出簡全体とし ては.親密で個人的調子の導入部と結語部が.客観的,論説的な手紙の本体部分(1 : 16 15: 29) を包み込む形式になっている。