公 害 訴 訟 に お け る 因 果 関 係 の 証 明
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(2) ︵−︶. はじめに. 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 一. 二八六. 一九九五年三月︑西淀川大気汚染公害訴訟は︑原告側と被告企業一〇社との問で和解金約四〇億円に上る和解が成. 立した︒また︑大気汚染公害訴訟では︑一九九五年一二月には川崎公害訴訟が︑一九九六年一二月には倉敷公害訴訟 が︑それぞれ原告側住民と被告側企業との間で和解が成立している︒. 一方︑水俣病問題については︑一九九五年六月﹁水俣病問題の解決について﹂という与党三党の合意を基礎として︑. 同年一二月閣議決定により︑政府解決策が出された︒そして水俣病被害者・弁護団全国連絡会議は︑一九九六年五月 ︵2︶ にチッソとの問で協定書を締結し︑和解を成立させて訴訟を終結させ︑また︑国と熊本県に対する訴訟を取り下げた︒. これらの大気汚染公害訴訟及び水俣病訴訟においては︑因果関係の存否が主要争点の一つであった︒大気汚染によ. る疾病及び水俣病とも︑長期微量汚染による健康被害が問題とされていること︑そして︑疾病が被告の排出した有害. 物質以外にも原因となりうる因子が存在する︑いわゆる非特異性疾患であることが︑共通しており︑原告各個人につ いての因果関係の立証が困難となっている︒ ︵3︶. ︵4︶. このような因果関係の証明困難に鑑みて︑因果関係の認定の困難性の対処策として︑学説においては蓋然性説の復. 権を主張するものと因果関係の確率的ないし割合的認定を主張するものとの二つの理論動向があることが認められる︒. 本稿は基本的に前者の主張を支持するものであるが︑蓋然性説はかつて一定の支持者を集めたにも拘わらず︑一般に. はそれを採用する裁判例がないとされている︒したがって︑従来の見解を繰り返すだけでは今後も受容されることは. ないと観測され︑その再構成が必須の課題であるといえる︒また︑近時の民事訴訟法学における証明度に関する研究 の動向を摂取して理論構成することも不可欠であろう︒.
(3) さらに︑蓋然性説を見直し︑再構成するための基本的視点としては︑蓋然性説と同じく被害者が証明責任を負う因. 果関係の証明の困難さを緩和するために提唱された間接反証及び疫学的因果関係論との関係をいかに把握するかとい ︵5︶. う間題があることを指摘したい︒三者の関係については︑これを重層的に把握すべきであるという指摘が既になされ. ていたが︑本稿はそれに代えて従来の訴訟法理論を基礎とする伝統的な因果関係論に属する部分と民事訴訟の原則的. 証明度の例外としての証明度軽滅の部分という︑いわば複合的な構成を施すことにより蓋然性説を再生する試みを提 示することにする︒. なお︑蓋然性説に関する議論は概して抽象論に流れたため︑具体的事案においてより緻密な解釈論を展開すること. ができなかったと思われる︒そこで︑以下では︑まず従来の蓋然性説をめぐる議論を概観・検討し︑蓋然性説の複合. 的構成を提示した︵二︶後に︑具体的に近時の公害訴訟において因果関係の証明が重要な争点となっている大気汚染. 公害訴訟及び水俣病訴訟について蓋然性説の複合的構成という観点を加味しつつ︑それぞれ検討を加える︵三︑四︶. 蓋然性説再考. 事実上の推定説と証拠の優越説. 二. ことにする︒そして最後に議論を総括し︑今後の課題を述べる︵五︶︒. 1. 蓋然性説を法技術的にどのように構成するかという観点から見た場合︑ドイツ法に由来する事実上の推定ないし一. 事実上の推定説. 応の推定で基礎づけるもの︵狭義の蓋然性説︶と︑英米法における証拠の優越として構成するものとに大別される︒. ω. 二八七. 蓋然性説の最初の提唱者である徳本鎮教授によれば︑蓋然性説の大まかな内容は︑立証困難による原告被害者の民 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(4) 早稲田法学会誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. 二八八. 事的救済上の不利益をできるだけさけるため︑原告被害者の︑公害原因行為と損害との問の因果関係の立証は︑そこ. に因果関係の存在することの︑かなりな程度の蓋然性を示す程度で十分であり︑原告被害者の︑このような立証の結. 果︑立証の現実の必要性が被告に生じ︑もし︑被告において︑そこに因果関係のないことについて証明し得ない場合. には︑それでもって因果関係の存在を認定しうるものと解そうとするものである︒そして︑このように解する根拠と. して︑原告被害者側の︑ω被告企業内部の不案内さ︑ω公害知識の低さ︑㈹訴訟資力の乏しさなどの事情︑反面︑被. 告企業者側の︑㈲企業内容の精通さ︑@高度の知識・技術を備えた技術者の存在︑㈹訴訟資力の豊かさなどの事情を︑. それぞれ考慮した場合︑あながち公平を失するともいいがたいことをあげられている︒さらに︑徳本教授は︑蓋然性. 説の内容として︑①形式的な挙証責任は︑原告被害者が負うものと解しているが︑実質的にはその転換を試みるもの. であること︑②蓋然性説は事実上の推定もしくは一応の推定の一応用場面であり︑事柄は自由心証の範囲内のことで. あるが︑従来の事実上の推定理論は事実上の推定が相手方の反証でもって覆されると解されているのに対して︑蓋然. ︵7︶. 性説は因果関係のなかりしことが証明されない限り覆らないと解する点が異なること︑③かなりな程度の蓋然性を示 ︵6︶ す立証とは︑疎明の域は越えるが証明には至らない程度の立証をいうこと︑とされている︒. ㈹証拠の優越説. これは加藤一郎教授の主張にかかるものである︒加藤教授は︑アメリカの証拠の優越説に基づいて︑民事事件の場. 合には︑原告と被告とどちらを勝たせるかという間題であり︑どちらの主張する事実の方が確かといえるか︑すなわ. 中間的検討. ち五〇%以上の蓋然性があるといえるか︑ということによって結論を出すことができるとして︑因果関係があるとい ︵8︶ うのが一応もっともだというだけの証明があれば責任を認めてもよいとされている︒ ⑥.
(5) 蓋然性説に関して問題となる点は︑第一に証明度が蓋然性の程度で足りるとして証明度を引き下げていることであ ︵9︶. る︒裁判官の心証の程度といっても︑裁判官の内心の問題であるから︑客観的にどの程度立証の負担が軽減されるの ︵10︶. かが不明である︑どの程度引き下げるかが明らかでないから︑公害訴訟では事実の認定はいいかげんでよい︑という ︵11︶. ことになりかねない︑民事訴訟法が証明と疎明とを区別し︑公害訴訟の因果関係については︑疎明で足りるとするの. は︑証明を大原則とする民事訴訟の建て前に反する︑といった批判説はこの点に関連している︒. 周知のように・最高裁は証明度に関する7ディングケ亥であるルンバル事件灘において・﹁訴訟上の因果. 関係の立証は︑一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく︑経験則に照らして全証拠を総合検討し︑特定の事. 実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり︑その判定は︑通常人が疑を差. し挟まない程度の真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし︑かつ︑それで足りるものである︒﹂と判示し. ている︒この最高裁判決に基づき︑民事訴訟における原則的証明度は高度の蓋然性であると一般的に解されている︒ ︵13︶ 証明度に関して裁判官の心証をパーセンテージで示すことは単なる比喩以上の含蓄を含み︑好ましくないとされるが︑ ︵14︶ 高度の蓋然性を数値化した場合︑一般に八○%になるとされている︒. ただし︑蓋然性説が現れた後︑民事訴訟法学においては証明度に関する研究が進捗しており︑証明度の軽減を認め. る学説も少なからず現れている︒その一つがいわゆる確率的心証論であり︑裁判官の心証が﹁高度の蓋然性﹂の証明 ︵15︶ 度に達しない場合でもその確率的心証に応じた事実認定を可能にすべきという理論である︒この他にも︑小林秀之教. 授は︑民事訴訟では︑原則として︑刑事訴訟で要求される﹁合理的な疑いをいれない証明﹂よりも低い高度の蓋然性 ︵16︶. である﹁明白かつ説得的な証明﹂が要求されるが︑例外的に︑一応の推定などにより証明度の軽減が図られる一定の. 二八九. 事件類型については﹁証拠の優越﹂で足りるとされる︒また︑太田勝造教授は︑通常の高い証明度では︑証明困難の 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(6) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 二九〇. ゆえに︑不当な証明責任判決を導き︑適用実体法の規範目的・趣旨に反する結果となる場合に証明度を軽減すること. を説かれる︒具体的な類型としては︑医学・化学・物理学等の因果関係の証明の困難な場合︑公害・鉱害・製造物責 ︵17︶ 任の場合︑交通事故のように被告が保険に入っていて損害のリスクを分配転嫁しうる場合︑が挙げられている︒さら. に︑加藤新太郎判事は︑1事実の証明が事柄の性質上困難であること︑H証明困難である結果︑実体法の規範目的・. 主旨に照らして著しい不正義が生じること︑皿原則的証明度と等価値の立証が可能な代替手法を想定することができ ︵娼︶ ないこと︑という三要件の下に例外的に証明度軽減を認めるべきであるとされている︒ ︵19︶. これらの学説においては民事訴訟における証明度の問題から出発して議論を行い︑いかなる場合に証明度軽減が認. められるかに関して︑精緻に要件を定立するという共通の方向性が見いだされる︒. これらの議論と対比した場合︑蓋然性説は証明度を軽減する理論的根拠を明らかにしているといえるであろうか︒ ︵20︶. ︵21︶. 因果関係の証明が困難なのは︑公害訴訟にかぎらないのに︑なぜ公害訴訟だけを特別扱いするのか︑その理由が明ら かではないという批判にかかわるものである︒. 公害訴訟において被害者の因果関係立証の負担を軽減することが公平に合致する根拠として︑徳本説では︑原告被. 害者側のωから@の事情︑及び被告企業者側の@から@の事情があげられていた︒この他に蓋然性説を根拠づける理. 由としては︑㈲莫大な資力と高度の科学的知識を備えている企業は原因調査に非協力的であること︑圃行政機関によ. る調査が不備であったり政治的配慮から調査発表が妨げられることが少ないこと︑㈹公害原因究明のための科学技術. の開発は公害を発生させる生産技術の開発に比べて立ち後れがちなこと︑ω企業は何らかの化学物質やエネルギーを ︵22︶. 社会に放散している以上︑自己の放出する物質やエネルギーの無害性を立証する社会的義務があることといった公害. の特質があげられている︒これらの特質は︑被害者や加害者の社会経済的地位の大きな格差に由来する事情及び当事.
(7) 者をとりまく政治・社会構造に関する要因であるといえる︒しかし︑事実的因果関係の立証困難は︑公害事件の他︑. 製造物責任・薬害・医療過誤事件等いわゆる現代型訴訟といわれる事件類型においては一般にみられることである︒. この観点からみると︑右記の公害の特質といわれる諸事情も他の事故類型とほぼ共通しているといえる︵公害に特有. なものを強いてあげれば国がそれにあたるが︑物質・エネルギーの放散を市場への商品供給に置き換えれば製造物責. 任にも共通するものがあるともいえる︶︒故に︑右の批判説には相応の根拠があり︑蓋然性説は公害に限って証明度 を軽滅することの十分な理論的根拠を明らかにしていないといえるのではないだろうか︒. 第二の問題としては︑事実上の推定や証拠の優越といった法技術を用いる点である︒まず︑事実上の推定説と証拠 の優越説とではいずれが妥当であろうか︒. 証拠の優越説は︑公害事件に限らず民事訴訟一般において︑証拠の優越によって証明が認められるとするものであ ︵23︶. ︵24︶. るが︑わが国の民事訴訟法は︑証拠の優越による事実認定という考え方を採用しておらず︑現行法の解釈論としては. 無理がある︑という批判を考慮すれば︑従来用いられてきた事実上の推定ないし一応の推定によって基礎づける方が. 妥当であろう︒ただし︑両者を異質なものとして捉える必要はない︒証拠の優越説は︑原告︑被告双方からの証拠が ︵25︶ 出そろった時点での判断基準であり︑事実上の推定説は︑証明のプロセスに重点を置いた考え方であるという評価が. あるが︑証明度を軽減するという点では両者は同一線上に捉えられるであろう︒また︑加藤教授の考えられる証拠の. 優越の証明度は五〇%以上であるから︑徳本教授が蓋然性の程度とされる疎明より証拠の優越は証明度が低いと考え. られ︑証拠の優越説を取り込めば︑蓋然性説でいうところの﹁蓋然性﹂の幅は被害者に有利な方向に広くなるであろ ︑つ︒. 二九一. しかし︑事実上の推定を蓋然性の基礎付けに用いるとした場合︑そこには内在的なディレムマがあるように思われ 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(8) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 二九二. る︒そもそも事実上の推定は証明困難の場合に︑直接証明に代えて︑経験則に基づき問接事実から主要事実を証明す ︵26︶. るという証明緩和の手法であるが︑証明度自体は事実上の推定も直接証拠による認定の場合も異ならないとされてい. るからである︒そこで徳本教授は︑蓋然性の程度で証明は足りるとするとともに︑証明責任を被告に転換させること. によって︑蓋然性説を従来の事実上の推定と差別化することを試みられたのであろう︒しかしこれでは︑蓋然性がた. 証明責任の転換がおこなわれ︑事実上の推定が法律上の. とえ証明に値しない低いものであっても因果関係が推定され︑これを覆すには相手方が因果関係の不存在を立証しな ︵27︶. ければならないということになり︑そこでは法律上の推定 推定に変質しているという難点が生じてしまう︒. そこで︑蓋然性説を事実上の推定ないし一応の推定の一応用場面として構成する場合︑証明責任は転換されないと. いうことが︑蓋然性説の支持者から主張されている︒例えば︑牛山積教授は︑事実上の立証責任の転換︵一応の推. 定Vは︑あくまで裁判官の自由心証の範囲内の間題であり︑その結果裁判官の心証が具体的に形成された場合︑相手 ︵28︶ 方に挙証の現実の必要が生ずるというにとどまり︑挙証責任の転換が生ずるとみるべきではないとされる︒. しかし︑これはこれで別の問題を抱えてしまっているように思われる︒事実認定過程という観点からみた場合︑蓋. 然性説は証明責任の転換でなく︑自由心証主義の範囲内の間題であるとすることは︑とりあえず五〇%以上の確率が. あれば事実上の推定を認め︑その後の当事者の攻撃防御活動により︑最終的に心証が高度の蓋然性に到達すればよい︑ ︵29︶. あるいは被告の反証が奏効しない限り︑蓋然性の程度でも高度の蓋然性があったとみなす︑さらには被告に反証提出. 責任を課し︑反証が提出されない場合︑蓋然性の程度でも高度の蓋然性に格上げする︑のいずれかに該当することに ︵30︶. なるであろう︒しかし︑特に前二者の場合︑原告の立証が蓋然性の程度でよいのならば︑被告の反証も容易に奏功し. てしまうのではないかという懸念が生じよう︒しかし︑より重要な問題は︑蓋然性説は自由心証主義の枠内において.
(9) ︵33︶. 2︶. ︵31︶ 理解されているのだとすれば︑訴訟指揮上の効果は別として︑何事をも語ったことにならないのではないかというこ ︵3 とである︒もしそうだとすると︑蓋然性説は単に弁論に望む裁判官の心構えを述べているにすぎない︑といった評価. が妥当することになるだろう︒. 2 蓋然性説の再構成 ︵34︶. ︵35︶. ︵36︶. 1において蓋然性説の問題点として抽出した事実上の推定説と証明度軽減の問題及び証明度軽減の理論的根拠に関. する問題について︑蓋然性説の再構成を試みる淡路剛久教授︑阿波連正一教授︑吉村良一教授の議論を参照しつつ︑ さらに検討を進めることにする︒. ω 事実上の推定説と証明度軽減との問題. これについては︑まず︑右の﹁再構成﹂を試みる三者の議論に共通して取り上げられている間接反証の間題を検討 することから接近してみたい︒. 問接反証とは︑主要事実の存否を不明ならしめることを目的とする︑証明責任を負わない当事者のする反証の一種. であるが︑直接反証とは違って︑証明責任を負う当事者が証明した事実それ自体を争うのではなく︑それとは異なる. 事実であって︑しかも主要事実の不存在を推定せしめる事実︵問接事実︶を証明することをいう︒この場合︑直接反 ︵37︶ 証とは違って︑相手方はその事実の証明につき証明責任を負う︒すなわち︑間接反証は︑本証である︒. 公害篶ける問接反証のモデルと奮たのが・新潟水俣病篁次第一審撫である・判決は・因果関係を①被害疾. 患の特性とその原因物質︑②原因物質が被害者に到達する経路︑③加害企業における原因物質の排出︑の三つに分解. 二九三. し︑①②について状況証拠等から矛盾ない説明ができれば法的因果関係については証明があったとすべきであり︑こ 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(10) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 二九四. の程度の①②の立証がなされて︑汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合︑③については︑企業側で自. 己の工場が汚染源になり得ない所以を証明しない限り︑その存在が事実上推認され︑その結果すべての法的因果関係. が立証されたとみるべきだ︑と判示した︒この新潟水俣病判決を契機に竹下守夫教授は︑問接反証を公害の因果関係 ︵39︶. 論に適用して︑①②が認定されれば③が推定され︑③でないこと︵被告企業の操業過程では当該物質は発生しないこ. と︶を被告が証明責任を負う間接反証事実と構成された︒そして蓋然性説は全般的に証明責任についての検討が不十. 分であるという認識を下に︑淡路教授も竹下教授と同様に公害の因果関係の主要事実を類型化して︑間接反証を適用. されている︒淡路教授によれば︑公害における因果の過程は︑被害発生の原因物質ないしそのメカニズム︵病因論な. いし原因論︶︵A︶︑原因物質の被害者ないし被害地への到達︵汚染経路︶︵B︶︑企業における原因物質の生成・流出. ︵C︶の三つの主要事実に分解され︑原則的に︑A︑B︑Cのうち二つの事実︵および場合によっては︑その他の間. 接事実︶が証明されれば︑因果関係は︑一応の推定により証明度に達し︑あとは被告企業の側で三つめの事実の不存. ︵40︶. 在を立証しなければならない︒なお︑この類型論は︑水質汚濁だけでなく︑大気汚染についてもあてはまるとされて. いる︒竹下説との違いは︑三つの主要事実のうちいずれか二つの事実を証明すればよいとする点であろう︒ ︵41︶ しかしながら︑問接反証のいうところの反証とは︑実質的に証明責任の転換をもたらすものであるとすると︑事実. 上の推定に法技術的基礎を置く蓋然性説においては証明責任は転換されるものではないという見解とは隔たりがある. と思われる︒しかし︑この矛盾については明快な説明はなされているとはいえない︒さらに︑問接反証論のモデルで. ある新潟水俣病第一次第一審判決については︑これを間接反証で捉えることに対して疑問が提出されている︒すなわ. ち︑第一の間題として︑ここでは︑原告が勝つためには︑どこまでの事実を主張立証しなければならないか︑つまり. ①②で足りるか③まで含むかという法解釈の問題が問われているのに︑問接反証論はそれを事実認定・裁判官の心証.
(11) ︵興︶. ︵45︶. の問題にすり楚ているというもので魁・第二に・③は因果関係の要件事実ではな文加害行為それ撫あるいは 過失の間題であるという指摘もなされている︒. 一般に問接反証の有用性に対しては懐疑的な学説が少なくなく︑また因果関係の主要事実を竹下︑淡路両教授のよ. うに分類できるケースがどれだけあるのかといった問題もあり︑少くとも間接反証を公害の因果関係の証明に適用す. ることについては筆者としては消極に解したい︒吉村教授は蓋然性説と問接反証の関係についてこれを重層的に捉え. るとして︑蓋然性説の狙いは証明度軽減の問題を除いて問接反証に吸収されたとされるが︑あくまでも問接反証の趣. 旨を蓋然性説にとりこむ方向で︑事実上の推定ないし一応の推定を活用する方途︵経験則の明確化等︶を具体的事案 に即して探求するべきであろう︒. また︑問接反証は証明度につき高度の蓋然性を前提とするから︑証明度の軽減の間題を吉村教授が主張されるよう. に蓋然性説の守備範囲とすることには賛成であるが︑事実上の推定という構成と証明度軽減とを調和させるためには︑. 比喩的に言えば蓋然性説は事実上の推定をべースに間接反証の趣旨を取り込んだものをコアにする部分とその周縁の. 証明度の軽減を認める部分とによって構成されるといういわば複合的な構造として観念すべきであると思う︒要する ︵46︶. に︑事実上の推定ないし一応の推定の手法を活用しても裁判官の心証形成が高度の蓋然性に達しない場合︑はじめて. 証明度を軽減する理論的根拠に関する問題. 証明度の軽減が問題となるとするのである︒. ㈲. 右の三者の﹁再構成﹂の議論では︑吉村教授のみがこの間題を正面から取り扱っておられる︒吉村教授によれば︑. 蓋然性説の再評価・再構成を行う場合の最大の課題は︑なぜ公害における因果関係の証明については証明の程度が引. 二九五. き下げられうるのか︑その理論的根拠は何かを明らかにすることである︒吉村教授は︑この問題を考えるにあたって︑ 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(12) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶ ︵47︶. 二九六. 阿波連教授が示された証明対象からのアプローチと証明の程度からのアプローチとを採用される︒まず︑証明対象に. 関しては︑民事訴訟における証明とは一〇〇%の真実を明らかにすることではないこと︑因果関係の証明は因果の連. 鎖の逐一の解明ではないこと︑その証明は科学法則の解明とはレベルの異なる間題であることといった︑因果関係要. 件とその解明の持つ特質が︑具体的な訴訟においてどのような程度においてまでその存在を証明すれば因果関係あり. とされるのかに大きな影響を与え︑結果として︑蓋然性説における因果関係証明の負担軽減という狙いのある部分が︑. 証明度を引き下げるというプロセスを通ることなしに実現されることになる︒一方︑証明の程度の引き下げについて. は︑訴訟において要求される証明度の判断基準は︑常識人ないし通常人であり︑この通常人の判断こそが︑訴訟の種. 類により要求される証明度の変わること︑立証困難な場合には低い程度の証明度でよいことを正当化しうる︒また︑ ︵48︶. 立証困難の程度により要求される証明の程度も異なるという考え方は︑法律の最も基本的な理念である公平の理念に も適合している︒. しかしながら︑以上の吉村教授の議論では︑本来蓋然性説の適用対象である公害事件における特殊事情と証明度軽 減との関連についての問題意識は後景に退いているように思われる︒. この問題に関する私見は試論の域を出るものではないが︑近時の証明度軽減に関する学説の動向に鑑みると︑従来. の蓋然性説のように一般的に公害事件であるからという理由で証明度軽減が公平に合致するとするのではなく︑一定. の要件ないし判断要素を措定し︑公害事件における特殊性を斜酌した上で︑証明度軽減が妥当であるかどうかについ ︵49︶ て判断するという手法が妥当ではないかと思われる︒また︑証明度の決定はすぐれて規範的評価の間題であるとすれ. ば︑太田教授︑加藤判事︑吉村教授らが指摘されるように︑証明度を軽減するかどうかは︑終局的にはそれが法の理. 念ないし正義に合致するか否かによって決すべきであると思われる︒結局︑公害の民事損害賠償請求訴訟における適.
(13) 用規範たる民法七〇九条の趣旨目的である被害者救済と公平な損害の填補に照らして︑立場の非互換可能性等公害事. 件の一般的特性︑及び当該事案における具体的諸事情を総合的に考慮した上で証明度軽減が相当であると判断された. 大気汚染公害訴訟における因果関係の疫学的証明. 場合︑証明度の軽減を認めるべきであると解する︒. 三 1 問題の所在. ω課題の限定. 大気汚染公害訴訟で大きな争点となる︑原告らの患う慢性気管支炎・気管支喘息・肺気腫等の閉塞性肺疾患と︑そ. の発病︵増悪︶原因︵誘因︶との因果関係に関しては︑これらの疾病は︑大気汚染のほか︑アレルギー体質︑加齢︑. 喫煙歴等多種多様の原因が考えられる非特異性疾患である点に特徴がある︒したがって︑大気汚染のない地域におい. ても一定の有症率︵以下︑自然有症率という︶を占めるそれらの患者が存在する︒しかしながら︑現在の医学水準の. 下では個々の患者の臨床的検査ではその原因が大気汚染によるか否かを識別することができない︒. 大気汚染公害訴訟における発病の因果関係を証明する手法として︑被害者救済の立場から因果関係の立証の負担を. ︵50︶. 軽減するものとして︑四大公害訴訟を契機として疫学的手法を用いた発病の事実的因果関係の立証の手法の利用が主. 張された︵疫学的因果関係論︶︒因果関係の疫学的証明には︑種々の問題があり︑論議の対象となっているが︑本稿. では︑疫学は集団的レベルにおける疾病の大量観察により原因を探究するものであるのに対し︑損害賠償請求訴訟に. おいては原告個人と疾病の原因との因果関係が問題となるのであり︑疫学上因果関係が認められたとしてもそれを個. 二九七. 人の因果関係に置き換えることができるのかという問題に限って検討対象としたい︒近時︑この問題については︑疫 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(14) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 二九八. 学上の概念である相対危険度を利用する手法が注目されている︒例えば︑後掲西淀川︵第二〜四次︶訴訟判決は︑集. 団への関与自体を加害行為ととらえた上で︑﹁加害行為の集団への関与の程度を評価するうえで︑相対危険度⁝⁝は. 一つの客観的な判定基準を与えるものである︒西淀川区の有症率︵有症率を罹患率とみなしたもの︑以下同じ︶に対. する非汚染地区の有症率の比率を相対危険度とし︑これを基に有症率の増加分の西淀川区の有症率に対する割合を求 ︵51︶︵52︶. めれば︑具体的個人の疾病罹患が疫学的に原因とされた因子に曝露されたことによって︑増大したところの危険に帰 ︵53︶. せしめることができる確率を判定することができる﹂と判示している︒この判示部分について︑大きな影響を与えた. 4︶. と思われる文献として︑新美育文﹁疫学的手法による因果関係の証明︵上・下︶﹂及び瀬川信久﹁裁判例における因 ︵5 果関係の疫学的証明﹂があるが︑相対危険度概念を中心に疫学の基礎概念を整理した後︑両教授の所説の検討を行う. ことによって︑右の課題にアプローチしてみたい︒その上で集団的因果関係の判断とそれに基づく個別的因果関係の 推定の問題を中心に︑大気汚染関連裁判例の分析を試みることにする︒. ロ﹈津地判昭和四七年七月二四日判例時報. 大阪地判昭和四七年七月二四日判タ五二二号二二一. 本稿で検討の対象とする大気汚染公害関連裁判例は次の通りである︒ 六七二号三〇頁︵四日市ぜんそく公害訴訟第一審判決︶︑﹇二﹈. 頁︵関西電力多奈川公害訴訟第一審判決︶︑﹇三﹈千葉地判昭和丞二年=月一七日判時平成元年八月五日臨増号︼六. 五頁︵千葉川鉄公害訴訟第一審判決︶﹇四﹈大阪地判平成三年三月二九日判時二二八三号二二頁︵西淀川公害訴訟第. 一次訴訟第一審判決︶﹇五﹈横浜地川崎支判平成六年一月二五日判時一四八︸号一九頁︵川崎公害訴訟第一審判決︶︑. ﹇六﹈岡山地判平成六年三月二一二日判時一四九四号三頁︵倉敷公害訴訟第一審判決︶︑﹇七﹈大阪地判平成七年七月五日 ︵55︶ 判時一五三八号一七頁︵西淀川公害訴訟︵第二〜四次︶第一審判決︶︒.
(15) ㈹ 疫学上の基礎概念−罹患率・有病率及び相対危険度・人口寄与割合について. 疫学の基礎概念に関しては・既に法学者による詳細な紹介誌があ似また大気汚染公害訴訟の裁判例で笑気汚. 染疫学の基礎的な概念は判決文中において整理されているので︑ここでは特に新美︑瀬川両教授の所説の検討に必要 な限りにおいて触れておくにとどめる︒. 疫学の基本概念は︑環境汚染物質の曝露があった集団となかった集団における︑環境汚染により生じたと考えられ. る疾患の罹患率を比較することにある︒疫学・公衆衛生上罹病状態を示す率︵翼Φ︶としては︑この罹患率の他に有病 率がある︒. 罹患率︵帥昌&窪8発生率ともいう︶とは︑ある一定期間内に人々が疾患に罹る率をいう︒ある集団中一定期問内 に新たに発病した例数を表す︵要するに患者の新発生数を表す︶︒すなわち︑. 騰貯卿鰍購 翻珊蟻ー齢謬鰍瞬>ロ. 曾. 一方︑有病率︵冥︒轟一霧8有症率ともいう︶とは︑ある時点で︑集団内にある疾患に罹患している人数を示すもので︑ 次のように表される︒. 掛激繍ー曲針醜雌輝 ゆ>□. 二九九. このように罹患率︑有病率は︑いずれも特定の人間集団︵宕2一豊8人口︶ 中の疾病頻度を表現する尺度である 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(16) 早稲田法学会 誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. 三〇〇. といえるが︑この疾病頻度を︑ある特定の因子に曝露された集団と︑曝露されていない集団について観察することに. よって︑その曝露が疾病頻度に及ぼす影響︵その曝露による疾病発生効果︶を知ることができる︒その指標の一つが︑. 相対危険度︵邑畳く雲露︶であり非曝露集団での罹患率に対する曝露集団の罹患率︵有病率ではない︶の比として. 舅︒. 1. 田一. I. I. 定義される︒すなわち︑相対危険度Rは︑曝露集団での罹患率を恥︑非曝露集団での罹患率を恥とすると︑. 勾. εである︒また︑相対危険度以外の指標としては︑寄与割合︵舞き暮畳Φ. として︑求められる︒例えば︑ある因子への曝露集団の疾病発生率が一〇万人に五〇人︑非曝露集団のそれが︑一〇. 万人に五人とすると︑菊08お. 冥80益8︶がある︒これは︑罹患率差が曝露集団の罹患率のうちのどれだけの割合をしめるかを示すもので︑曝露 集団の罹患率のうち︑曝露に由来する部分の割合ということになる︒すなわち︑. 理器−一勾靴望 と表されるが︑相対危険度 圓多\多であるから︑. r﹄山 理器−図刃靴罰 一L 勾 力.
(17) となる︒寄与割合は曝露集団の罹患率のうち曝露をなくすることによって防止できる部分の割合を示す︒これを拡張. 田↓. 田︑i一男︒. して曝露者と非曝露者とが混在する人口における寄与割合︑すなわち︑人口寄与割合︵宕2蜂一8葺善信鼠げ一Φ 冥80三8︶は︑. >ロ珊蕪辱. 閃︵勾1一︶+一. 目. 三〇一. と定義できる︒ここでH㌍は対象とする人口の罹患率で︑ここにおける曝露者の割合をB︵例えば︑人口二〇〇〇人. ヵ1一 閃+一\ωー一. 毯ゆ. ゆ︵力1一︶. ゆ・笏一+︵一ioo︶・田︒. 毯ゆ﹄.多+︵一1ω︶.一勾︒lH勾︒. 中曝露者が一〇〇〇人だとすると切 εOO\800目O包とすると︑. >ロ瑚. >口珊. となり︑分母分子を甲舅︒で割ると. ︵58︶. となる︒. 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(18) 2. 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 確率的認定説の検討. 三〇二. ︵59︶. ここでいう確率的認定説とは︑新美教授の論文﹁疫学的手法による因果関係の証明﹂において︑疫学調査の結果に. 基づき集団的因果関係から個別的因果関係を認めるための方策として提唱されたものを指すことにする︒なお︑この ︵60︶. 論文は集団的因果関係と個別的因果関係との関係を問題にする議論は従来存在したところ︑わが国で初めて﹁集団的. 因果関係と個別的因果関係の︑相対危険度を介する関係を明確にした﹂点で重要であり︑また大気汚染公害訴訟にお ける因果関係の疫学的証明に関する問題を検討する上では必須の文献といえる︒. 新美教授は︑非特異性疾患において︑疫学的因果関係の存在のみから個別的因果関係があるといえるためには︑当. 該患者が係争因子以外には曝露されていないことを証明するか︑あるいは係争因子に曝露された者の罹患率が非罹患 ︵61︶. 者のそれの五倍を超えることを証明し︑個別患者の係争因子への曝露と当該疾病との具体的因果関係の存在が高度の ︵62︶. 蓋然性︵心証度八○%以上︶をもって肯定できることを要するとされ︑相対危険度によって媒介される集団的因果関 ︵63︶. 係と個別的因果関係の関係を明晰に説かれる︵以下︑この推論を瀬川教授に倣い﹁相対危険度ないし有病率増加分に よる因果関係の推定︵推認︶﹂の論理と呼ぶ︶︒. また︑疫学的因果関係の存在が同定され︑当該疫学的因果関係に述べられる諸条件を充足する事実が証明されたな. らば︑個別的因果関係の存在を事実上推定することができるかについて︑新美教授は次のように評価されている︒す. なわち︑疫学調査により︑事実上の推定を行い︑証明責任の軽減を図ることができるだけの定型的事象が存在すると. はいえないし︑また相手方の証拠へのアクセスも容易ではない︒さらに︑危険因子αに曝露された者はαの負荷を等. しく受けているということから︑直ちに患者全員について疾病罹患ないしは症状悪化をもたらしているとはいえない︒. また︑かりに︑αへの曝露が患者全員について疾病罹患ないし症状悪化をもたらしているとしても︑疾病罹患と症状.
(19) 悪化とを区別せずに個人の疾病罹患という結果とαへの曝露との間の因果関係を推定することは許されない︒以上の ︵64︶. ことから︑疫学的因果関係から因果関係を推定することは︑反証がほとんど不可能であるということもあり︑不当で ある︑と︒. しかしながら︑事実上の推定に基づく疫学的証明の利用を否定する右の論拠については次のような疑問がある︒ま ︵65︶. ず︑疫学的知見・データには定型的事象が存在しないという批判については︑たとえ当該集団に関する疫学データに. 不備があったとしても︑他の集団の調査によってこれらの知見・データは補強されるといったこともあり︑高度の蓋. 然性に達するほどではなくても事実上の推定の基礎となる経験則は疫学的知見からも十分に得られると言えよう︒さ. らに︑危険因子の負荷を受けていることから直ちに患者全員について疾病罹患ないしは症状悪化をもたらしていると. はいえないという点に関しては︑確かに疫学的証明によって集団的因果関係が認められるとしても︑直ちに個別的因. 果関係が認められるわけではないが︑個人が当該地区に居住し︑大気汚染の暴露等当該集団の特性を備えている以上︑ ︵66︶ 少なくとも一定の程度では個別的因果関係の存在についても一定の推定を行うことは許されると解される︒また疾病 ︵67︶. 罹患と症状悪化との被害態様︵損害類型︶の差異の問題についてであるが︑大気汚染の健康影響を調べる疫学調査に. 一般に用いられるBMRC調査やATSIDLD調査が有症率を調査するものであることを考えると︑疫学調査から ︵68︶. 得られた有症率をもとにして罹患率を推定するのはやむを得ないと思われる︵なお右論文は大気汚染による非特異性. 疾患に関わるものとされている︶︒最後の被告の反証の可能性については︑被告の反証に要求される証明度ないし反. 証の内容をどのように考えるかという間題であって︑これも直接的に疫学的手法による事実上の推定を否定する論拠 とはなり得ないと思われる︒. 三〇三. 次に︑確率的認定説の間題点を指摘しておこう︒新美教授は︑患者の救済を図るために︑疫学データしか利用でき 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(20) 早稲田法学会 誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. ︵69︶. 三〇四. ない場合︑伝統的因果関係概念を放郵し︑疫学的因果関係の認定において用いられた相対危険度をもとに算出される. ︵70︶. ﹁起因確率ないし原因確率﹂︵前出1の人口寄与割合に当たると思われる︶に基づく確率的認定説が妥当であるとさ れる︒. しかしながら︑確率的認定説に対しては︑第一に賠償額の低額化ということが問題とされなくてはならない︒証明. 1︶. 度の軽減の割合を賠償額に反映させない蓋然性説とは比較するべくもないが︑一例として︑確率的認定説︵新美教授 ︵7 は現時点では確率的認定説から改説されたが結論自体は同一とされる︶と従来の学説のうち確率的認定説に近いとさ. れる澤井教授の見解とを比較してみよう︒澤井教授は︑﹁公害につき︑疫学的調査の結果︑大気汚染によって︑患者. が自然発病率の五割増になったとする︒患者の半分は汚染がなくとも発病したとすると︑他の推定条件のないかぎり︑ ︵72︶. 全患者は一人当たり半額取得することで調整すべきであろう﹂︵なお︑全体の文意から﹁五割増﹂という語は﹁二倍. 増﹂の意昧と解せられる1筆者︶とされる︒これに対し︑新美教授は︑澤井教授の見解は当該因子のもたらす罹患率 ︵73︶. の増加率をそのまま当該因子が当該疾病の原因である確率であると捉え︑その割合で賠償を認めようとするものであ. り︑算術的に正しくない︑とされる︵つまり︑罹患率の増加率から当該因子が当該疾病の原因である確率を求めるに. は︑﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶を算出しなければならない︶︒そこで新美説を右の設例にあてはめ. てみると︑この設例における当該因子が当該疾病の原因である確率は澤井教授の見解に比すると低くなり︑その確率 の割合で賠償額を認めるとすると︑被害者・原告側に不利な結果となることがわかる︒. というのは︑この設例では﹁他の推定条件がない限り﹂とされているので︑当該原告は当該因子に曝露されている. ことが証明できない︒したがって︑ここでは澤井教授が賠償額算定の基礎とされた寄与割合ではなく︑﹁起因確率な. いし原因確率﹂︵人口寄与割合︶を求めるべきであり︑その限りで新美教授の指摘は正鵠を射ている︒すなわち︑私.
(21) 見では当該個人が曝露群の特性を有している場合は前出1㈲の寄与割合︵罹患率増加分と呼んでもよいであろう︶を ︵74︶. 算出し︑それが不明な場合は﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶を算出するのが一応筋が通っていると考. えられるのである︵前出1働の寄与割合及び人口寄与割合の定義を参照されたい︶︒とすると︑この説例では相対危. 険度は二だから︑前出の﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶を求める式でB畦○・五︵人口中にしめる曝. 露群と非曝露群の割合が同じ︶と仮定すると﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶は○・三三となり︑認容. 賠償額は満額の三・三割となる︒﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶が寄与割合よりも︑被告の排出因子に. 帰せられる危険の確率ひいては賠償額が低下するのは︑後者は曝露群中の罹患率の増加の割合を示すのに対し︑前者. は曝露群と非曝露群とをふくめた人口中の罹患率増加の割合を示すのだから当然であろう︒しかし︑このような賠償 額の低額化は現実の訴訟において具体的妥当性を有するものといえるのであろうか︒. この間題は︑確率的認定説ではそれが適用される場合がかなり限定されているという第二の問題と関連している︒ ︵75︶. 新美教授は専ら疫学的知見・データのみから個別的因果関係を認定するケースのみを想定して確率的認定説を論じら ︵76︶. れており︑また澤井教授の右の説例もそのような事例であった︒しかし︑公害訴訟等においては因果関係の証明が困. 難な要件事実については間接証明の方法が一般化しているわが国においては︑実際の訴訟で疫学的データ・知見のみ. を個別的因果関係の唯一の認定材料とするケースはまずありえない︒要するに︑原告本人について間接事実から当該. 因子の曝露を受けていることが証明できれば︵例えば居住歴︑生活歴︑発症時期等の事実から曝露集団に属している ︵77︶. ことは強く推認されうる︶︑﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶にもとづく確率的認定説を云々する余地は ないのである︒. 三〇五. さらに︑確率的認定説については︑疫学的因果関係から個別的因果関係を確率的に推論するための基礎に罹患率を 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(22) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 三〇六. 取り上げるだけでは・大気汚染の負荷により相加的ないし相乗的に症状が増悪した者が考慮外におかれるという魅 ︵79︶. がある︒前述のように確率的認定説が確率論的根拠とする﹁起因確率ないし原因確率﹂︵人口寄与割合︶を求める式. では相対危険度を組み入れているが︑相対危険度は罹患率をもとに算出されるからである︒仮に右の問題をクリアで. きたとしても︑既に疾病罹患と症状悪化との被害態様︵損害類型︶の差異の問題に関して述べたように︑BMRC調. 査など大気汚染の健康影響を調査する疫学調査では︑有症率を調べるのが通常であることに鑑みると︑罹患率を有症. 率に置き換えることを認めない限り確率的認定説の出番はないのではなかろうか︒さらに︑伝統的因果関係概念との. 抵触という問題があることはもちろんである︒西淀川訴訟︵第二次〜四次︶判決は︑確率的認定説につき事実的因果. 関係の証明についての従来の枠組みを変更するものであり︑証明の対象を不明確にしたり︑事実の存否の判断にあい まいさをもちこむとしている︒. 以上︑確率的認定説の問題点を摘示してきたが︑同説は疫学における曝露効果測定の一手法である人口寄与割合. の算出方法を︑個別的因果関係の認定及び賠償額の算定の間題に応用したものであるが︑その適用条件の非現実性︑. 賠償額の低額化といった問題点が見出された︒が︑このことは法的な因果関係の認定に当たっては︑科学的知見を基. 礎としつつも法的思考による独自の判断枠組みを設定する必要があることを示唆するともいえる︒. 3 ﹁相対危険度ないし有病率増加分による因果関係の推認﹂の論理の検討 ︵80︶. 瀬川教授は︑論文﹁裁判例における因果関係の疫学的証明﹂において疫学的証明を用いる裁判例の分析から析出し. た﹁相対危険度ないし有病率増加分による推認﹂の論理に基づいて︑疫学的因果関係から個別的因果関係を推定する. ための議論を展開されている︒瀬川教授による﹁相対危険度ないし有病率増加分による因果関係の推認﹂の論理の概.
(23) 1︶. ︵8 要は次の通りである︒. 第一に︑相対危険度ないし有病率増加分による推認は︑データの不足などからおよその目算になるとしても︑個別 的因果関係を認定するときの大枠として重要な役割を果たす︒. 第二に︑この推論は︑集団が被告の排出因子に曝露されていることと︑当該患者がその集団に属していることのみ. に基づいて︑集団的因果関係から個別的因果関係を推認する︒また︑個々の患者について︑被告の因子への曝露の有. 無・量︑他の因子の有無がわかる場合には︑そのような他因子がある者︑被告の排出因子に曝露されている者につい. ては︑有病率増加分よりも高い確率をもって個別的因果関係を認定できる︒逆に︑そのような競合する他因子がない. 者︑被告の排出因子に曝露されていない患者については︑当該汚染との因果関係の確率は︑有病率増加分よりも低く なる︒. 以上の点を考慮して︑七〇〜八○%の証明度を超えるときは︑個別的因果関係を推定し︵一応の推定︶︑それ以下. でも五〇%を超えるときには事実上の推定を認めるべきである︒ただし︑個別的因果関係は推定されるにすぎないか. ら︑反証の可能性が残る︒反証に要求される証明度は︑推定の基礎となった有病率増加分の大きさに反比例する︒. この﹁相対危険度ないし有病率増加分に基づく因果関係の推認﹂の論理について︑留意すべき点を二︑三指摘して おこう︒. まず新美教授の確率的認定説と同様︑相対危険度を個別的因果関係の推認に用いた場合︑罹患率の差のみに依拠す. ることになり︑他原因により罹患し大気汚染により増悪した患者を考慮しないことになるという問題がある︒これに ︵82︶. 対して瀬川教授は︑賠償さるべき症状を基準にすることにより︑回避できるとされる︒具体的には︑賠償すべき症状. 三〇七. を基準としてそれより重度の症状を問題とし︑汚染がない状態でのその発病率と︑汚染曝露の下で増加したその発病 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(24) 早稲田法学会 誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. 率とを比べればよいとされている︒. 三〇八. 次に瀬川教授は︑相対危険度ないし有病率増加分による推認により証明度が五〇%を超えた場合は︑個別的因果関. 係の事実上の推定を認めるべきだとされるが︑五〇%という数値の理論的根拠は加藤一郎教授の証拠優越説と多奈川 ︵83︶ 判決とに基づいていると思われる︒なお︑多奈川判決の説く﹁相対危険度ないし有病率増加分による推認﹂の論理は︑. 一定の条件の下で︑賠償の対象となる症状を呈している者は︑全有症率集団との同一性を立証すれば︑︵数値自体は. 明示されていないが︶五〇%以上の確率をもって大気汚染による疾病罹患又は増悪が推定されることを明らかにして ︵84︶ おり重要である︒. ところで︑蓋然性説の再構成という本稿の基底的な問題関心から見た場合︑瀬川説はどう評価されるであろうか︒. 瀬川教授は有病率増加分による確率が五〇%を超えた場合︑事実上の推定として個別的因果関係を推定するとされる. が︑これは証拠の優越説と事実上の推定説を巧妙に取り込んだ構成であるといえる︒なお︑被告の反証に関しては︑ ︵85︶. 反証に要求される証明度は︑有病率増加分の大きさに反比例するとされているから︑反証の証明度はそれほど高くな. らないであろう︒既にみたように︑蓋然性説を事実上の推定と構成する立場では︑被告に証明責任が転換されるか否 ︵86︶. かについて見解の対立があったが︑筆者は後者を支持するものであるが︑推定と構成する限り反証の余地を認めるべ きであり︑妥当な見解といえよう︒. また︑蓋然性説と疫学的因果関係論との関係についての従来の議論を確認しておくと︑まず︑疫学的因果関係論を ︵87︶ 因果関係の蓋然性説と等値する︑あるいは前者を後者の具体化とみる見解が存在したところ︑この考え方に対しては︑ ︵88︶. 疫学を科学的方法論としては不十分なものとみる考え方を前提としているという批判がなされた︒その後︑学説の大. 勢は︑疫学的証明によって因果関係の基本構造が明らかになっているのならば科学的理論としては完結しており︑蓋.
(25) ︵89︶. ︵90︶. 然性の程度の証明を超えていると理解するようになったとされている︒瀬川説においても因果関係の疫学的証明は事. 実上の推定ないし一応の推定を用いる場合の経験則として把握されているが︑その経験則の蓋然性の程度をはかる目. 安としての﹁相対危険度ないし有病率増加分﹂という定量的手法の活用が伝統的因果関係論の枠内で展開されている︒. これは畢寛︑疫学的因果関係論を事実上の推定としての蓋然性説の中に取り込む試みとみることが可能であり︑蓋然. 性説を事実上の推定の部分と証明度軽減の部分とに複合的に把握するという本稿の問題関心からみても蓋然性説の発. 展型の一つと評してもよいように思われる︒しかしながら︑瀬川教授の﹁相対危険度ないし有病率増加分による因果 関係の推認﹂の論理に対しては次の疑問︑問題点があると思われる︒. 第一の疑問は︑個々の患者についての被告の因子への暴露の有無・量を相対危険度・有病率増加分による因果関係. の推認の確率を高めるファクターとしてとらえることに関するものである︒特に個人が被告の因子に暴露されている. 事実︵居住歴︑生活歴︑発症時期等︶は︑集団的因果関係から個別的因果関係が推認されるところの︑集団の特性を. 有している︑すなわち当該原告が当該集団の構成員であるという︑当てはめの問題に関わるものではないかと思われ. る︒つまりこれらの事実は︑被告の排出因子を原因とする有症者集団との同一性を有することを示すために原告が主 く91︶. 張・立証すべき事実であると解されるのであるから︵反対に原告がこれらの事実を主張立証できなければ推定自体問 ︵92︶. 題とならない︶︑推認の確率を高めたり低めたりする因子というよりは︑疫学的手法による因果関係の判断の要件と. いうべきであり︑個別的因果関係の推定の確率は︑相対危険度・有病率増加分による推認の程度と個人に関する問接. 事実から推認される被告の因子への曝露の程度との和としてとらえられるであろう︒結論的には同じことになると思. われるが︑このように考えると︑個別的因果関係の推定の程度は︑相対危険度に基づく推認のレベルを常に上回るこ. 三〇九. とになる︒なお︑大気汚染訴訟では個人の暴露量を正確に知ることはほとんど不可能であるから︑大気汚染濃度が推 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(26) 早稲田法学会誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. 定を高める因子として重要になると思われる︒. 三一〇. 次に疑問を感じる点としては︑集団的因果関係から個別的因果関係を推認するのに︑疫学調査によって示される. データの中で相対危険度にのみその説明変数を求めることの妥当性についてである︒瀬川教授は︑相対危険度のほか. に相関鰍鍵も︑集団的因果関係の認定には有用であるが︑個別的因果関係の判断にとって意味があるのは︑相対危険. 4︶. 度︵及びその有意さ︶であるとされる︒その例証として︑有病率が暴露量に正比例して相関係数が最大値の一であっ ︵9 ても︑有病率の増加が小さいときには︑個別的因果関係を推定することができないことがあげられている︒しかしな. がら︑相対危険度を明示しない裁判例もある大気汚染訴訟を念頭に置いて考えてみると︑汚染濃度の上昇と有病率の. 増加との問に正の相関が認められる︵量−反応関係︶場合は︑高濃度の大気汚染状況を前提にした場合︑大気汚染有. 害物質を原因とする高有病率現象の存在を推測するための一つの判断要素とすることも可能ではないかと思われる︒ ︵95︶. また︑瀬川教授は︑相対危険度が疫学データ中に示されていない西淀川第一次訴訟判決につき︑原告が全員公健法 ︵96︶. 認定患者であることから︑相対危険度は高いとされている︒しかし︑公健法認定患者であるということは︑まず各原. 告が指定疾病に罹患しているということを推認させる重要な間接事実であると考えるべきであり︑原告全員が公健法 ︵97︶. 認定患者であることから原告が属する暴露集団における罹患率ないし有症率が非暴露集団におけるそれより有意に高. いことを推定することは︑論理的な飛躍を感じさせる︵さらに︑原告の中に未認定患者がいる場合はどう説明するの か︑という間題もある︶︒. 以上の疑問を前提として︑次に大気汚染公害訴訟関連の裁判例について集団的因果関係の認定及び集団的因果関係 からの個別的因果関係の判断の論理に着目して若干の分析を提示してみることにしたい︒.
(27) 4 裁判例の分析 ω 集団的因果関係の判断と個別的因果関係の推定. 瀬川教授によれば疫学的手法を用いる裁判例は︑疫学的手法により集団の疾病要因が認定されている場合︑それを. ︵98︶. 個別的因果関係の認定において事実上の推定のための経験則として用いている︒これはさらに次の二類型に分けられ ている︒. A疫学的因果関係が高度の蓋然性をもつときには︑コ応の推定﹂に近くなり︑被告が︑個々の患者について大気 汚染が原因でないことを証明しない限り︑因果関係を認める︒. B疫学的因果関係の蓋然性が低いときは︑疫学的因果関係は単なる問接事実に止まり︑原告が他の事実をも主張立 証して大気汚染が原因であることを証明しなければならない︒. ここにいう疫学的因果関係の蓋然性の尺度として︑﹁相対危険度ないし有病率の増加分﹂の利用を考慮した場合︑ ︵99︶. 3における瀬川教授の見解や多奈川判決の検討により両者を区分けする大まかな基準としては有病率増加分による推. 認の確率が五〇%︵相対危険度が二倍︶を越えるか否かで十分であろう︒少なくとも高度の蓋然性があるといえるた. めに八○%を超えなくてはならない︵五人中四人は大気汚染の影響によって罹患ないし症状が増悪したことになる︒ ︵m︶ 一人についてみると疾病罹患ないし症状の増悪の確率が八○%を超えることになる︶とする見解もあるが︑まず五. 〇%以上の確率があれば推定を行い︑被告の反証を通じて最終的に心証が高度の蓋然性の八O%に到達すればよいと. 思われるからである︒具体的な大気汚染関連裁判例では︑相対危険度が比較的高い四日市判決︵磯津を含む塩浜地区. における昭和三八年度の気管支ぜんそく累積罹患率は約四倍︑磯津における慢性気管支炎の有訴症率は五・三倍︶︑. 三一一. 千葉川鉄判決︵四五ないし四七年県学童調査で喘息児の頻度が一・六倍〜二・八倍︑四七年BMRC調査で︑単純性 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(28) 早稲田法学会誌第四十八巻︵一九九八︶. 三一二. 慢性気管支炎症状につき約三・八倍︶︑川崎判決︵川崎市における気管支喘息患者実態調査報告によれば︑川崎全市. 平均の気管支喘息有病率は︑昭和四七年度で全国平均の一・九倍︑同四八年度で二・三倍︑同五三年度で二・五倍︶︑. 西淀川︵第二次〜四次︶判決︵例えば︑昭和三九年から昭和四三年までの大阪ばい調では︑慢性気管支炎の地区別訂. 正有症率は︑有症率のもっとも低かった金岡地区の四・八倍︶は︑Aに属すると考えてよい︒. したがって︑大枠としてでも相対危険度を集団的因果関係から個別的因果関係を推定する際に重要視するならば︑. これらの判決の推論は正当化できよう︒一方︑相対危険度を示していない西淀川訴訟第一次判決︑倉敷判決について. も︑原告が全員公健法認定患者であることから相対危険度はかなり高いと推定することができれば︑Aの類型に属す. ることになる︒結局︑Bに属する裁判例は︑発病の因果関係の疫学的手法を経由して得た間接事実とそれ以外の一般. 的な発病の因果関係推定のための間接事実とを総合して判断する︑と明示的に述べている多奈川判決︵大阪府衛生部. の住民健康調査では︑相対危険度は職業汚染︑肺結核による有症率を控除した訂正有症率で︑一・三三︶のみという ことになる︒. しかし︑相対危険度を明示しない判決につき︑原告全員が公健法認定患者であることから相対危険度が高いことを. 推定することに難があることはすでに3で述べたとおりである︒そこで集団的因果関係から個別的因果関係を推定す. る際に相対危険度以外の尺度を考えることができるか︑あるいは公健法認定患者であること以外に相対危険度の高さ. を推定する事実が存在するのかが問題となる︒疫学調査中に相対危険度が示されていない西淀川第一次判決及び倉敷 判決を簡単に検討してみよう︒. 西淀川第一次判決は︑@西淀川地区は特別措置法の指定地域に指定され︑公健法の指定地域とされた我が国でも. トップの大気汚染地域であること︑㈲第一種地域における指定地域別の現在認定患者数と対象人口比は︑西淀川区が.
(29) 全国一であること︑@公健法は大気汚染地域にある指定疾病患者は︑一定の暴露要件を満たしていればその疾病と大. 気汚染との間に因果関係ありとみなす制度的割り切りをしていること︑@昭和三〇年代後半から昭和四〇年代前半の. 疫学調査においては︑その殆どにおいて一致して持続性せき・たん有症率と二酸化硫黄及び大気中粒子状物質との間. に強い関連性を認めていること︑本件地域における疫学調査においても同様の関連性が認められていること︑@大気. 汚染対策により二酸化硫黄及び大気中粒子状物質の濃度が顕著に減少した昭和四〇年代後半の疫学調査においてはほ. ぼ⑥の関連が依然みられていること︑ω大気汚染以外に︑認定患者数と対象人口比が全国一の高率である現象を説明. しうる仮説がないこと︑という諸事実をあげた後︑@〜ωの事実と専門委員会報告の結論を総合すれば︑昭和三〇年. 代から昭和四〇年代にかけての西淀川区における慢性気管支炎︑気管支喘息及び肺気腫の原因は同地域の高濃度の二. 酸化硫黄︑浮遊粉塵にあったと認めるのが相当である︑とする︒結論として︑昭和三〇年代から昭和四〇年代にかけ. て西淀川区に居住して相当期間高濃度の二酸化硫黄︑浮遊粉じんに曝露され︑同区の高濃度の二酸化硫黄︑浮遊粉じ. んが大阪市内平均並に改善された昭和五〇年初期の頃までに発症しているものについては同区の高濃度の二酸化硫黄︑. 浮遊粉じんによる本件疾病の罹患を推定することが相当である︑としている︒ ︵瓢︶ 以上の@からωの事実については︑それぞれ問題があることが指摘されているが︑ここでは︑多奈川判決があげる. 疫学的手法による発病の因果関係の判断のための三つの要件︵注︵雛︶参照︶が充足されているかどうかという観点. からみてみる︒まず︑㈲の認定患者数の事実は︑非汚染地域との比較において認定患者数の対象人口比に言及するも ︵皿︶ のではなく︑大気汚染の原因性を直接示すものではないという批判があるが︑@の西淀川区の大気汚染が高濃度であ. るという事実は︑⑥︑@から︑西淀川区における高有症率集団の存在を推認させる一つの事実と考えられるから︑結. 三=二. 局@︑㈲︑⑥︑@の問接事実を積み重ねれば︑右要件①は充足されているとみることができる︒また︑⑥・@の他地 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
(30) 早稲田法学会 誌 第 四 十 八 巻 ︵ 一 九 九 八 ︶. 三一四. 区の疫学調査及び﹁大気汚染と健康被害との関係の評価に関する専門委員会報告﹂等を経験則として︑⑥・㈲の西淀. 川区の疫学調査及びωから要件②はみたされていると判断される︒また︑@の事実は︑多奈川判決のいう要件①及び. 要件②の存在が認められれば︑要件③を主張立証できた者については︑因果関係を推定するという論理を補完してい. るとみるべきであろう︒ここでは︑相対危険度を示すデータがなくとも︑要件①の﹁高有症率現象の存在﹂が認定で きることに留意すべきである︒. 一方︑倉敷判決においても︑相対危険度を示すデータは疫学調査の中に示されておらず︑また大気汚染濃度と人の 健康被害との関わりは︑いまだ医学的に十分に解明されていないと判示されている︒. 具体的に判決が引用する疫学調査のデータをみてみる︒専門委員会報告では︑①昭和三〇年代後半のほとんどの疫. 学調査は︑持続性咳︑疲症状と硫黄酸化物や大気中粒子状物質との間に強い量ー反応関係を示唆するようなものを含. む強い関連性を認めている︑②昭和四〇年代後半の調査においては右の関連は依然みられたが︑その末期においては︑. 持続性咳︑疾症状と二酸化窒素との問に有意な相関が認められたこととしている︒一方︑水島地区の大気汚染濃度の. 測定結果では︑二酸化硫黄につき︑原告らの多くが付近に居住している測定局の年平均値は︑昭和四二年は○・〇二. 七PPm︑四三年から四七年までは○・〇三PPm強︑五〇年から五四年まで○・〇一PPmであり︑また︑窒素酸. 化物につき︑一時問値の一日平均値が○・〇二PPm︵NO旧基準︶を超えた日数は︑昭和四九年において五地区で. 一〇〇日を超え︑また昭和五二年で二地区で一三〇日を超えたとされている︒そして︑岡山県公害対策審議会︑同専. 門委員会作成の﹁健康影響調査分科会報告書﹂は︑呼吸器症状有症率と大気汚染測定結果との関連について︑県下各. 地で実施された大気汚染に係る呼吸器症状有症率調査結果と大気汚染物質の濃度又は量との関係を解析した結果に基. づき︑二酸化窒素による大気汚染と呼吸器症状との関係について︑統計的に有意な関係を認めている︒さらに同報告.
(31) 書をまとめた坪田論文では︑①持続性咳︑疾有症率とNO2︑Sq︑Nαとの間︑NO2︑SO2の環境基準超過率と持続. 性咳︑疾有症率との間でも関連性が認められる︑②呼吸器症状に対する大気汚染物質の寄与の程度は︑窒素酸化物︑ 硫黄酸化物の順と考えられるという結論が示されている︒. これらのデータは︑持続性咳︑疾の有症率と二酸化硫黄︑二酸化窒素の濃度との間の関連性を推定させることの有. 力な問接事実であると思われる︒そして︑水島地域において大量の居住者に持続性咳︑疾の症状が発症した事実を示. すその他のデータ︵倉敷市調査︑受信率調査︑CMI調査︑協同病院調査等︶とをあわせて考えると︑当該地区にお. ︵期a︶. いては︑二酸化硫黄︑二酸化窒素を原因とする慢性気管支炎等の高有症率現象の存在を認定することは可能でなかろ. うか︒また︑相対危険度を示すデータがある場合でも大気汚染濃度や︑有症率と原因物質との関連性の強さといった. 要素は重視されるべきであると考えられ︑裁判例も相対危険度のみならず︑これらのファクターを考慮した上で﹁高 ︵鵬V. 有症率現象の存在﹂及び﹁高有症率現象の存在﹂と原因物質との因果関係を認め︑集団的因果関係から個別的因果関. 係を推定ないし認定していると考えられる︒このように解すると︑相対危険度は疫学的因果関係の関連性の強固さを. 認定し︑また集団的因果関係から個別的因果関係を認定ないし推定するための一つの重要な説明変数であるが︑不可 欠な尺度であるとまではいえないことになるであろう︒. 大気汚染濃度との関連では︑多くの裁判例は︑大気汚染濃度と環境基準の関係につき︑環境基準は大気汚染による. 健康被害の程度を計る目安として活用している︵千葉川鉄︑倉敷︑西淀川︵第二次〜四次︶︒ただし︑多奈川は環境. 基準の有用性を否定︶︒環境基準については︑それが健康に望ましいことに関する数値であり︑また︑安全係数を織. 三一五. り込んで設定されていることなどから︑環境基準は︑直ちに疾病罹患ないし症状増悪についての重要資料となるとす ︵脳︶ ることには論理の飛躍があるという批判がある︒しかし︑例えば︑倉敷判決では︑大気汚染の程度と基準値との関係 公害訴訟における因果関係の証明︵山下昭浩︶.
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