証券不実開示訴訟における「損害因果関係」
―― 合衆国連邦最高裁判所 Dura Pharmaceuticals, Inc. v. Broudo 判決とその示唆を中心に ――
前 越 俊 之*
一 はじめに
二 規則10b−5訴訟における因果関係と損害の訴答 1 情報開示義務違反に対する民事訴訟
2 会社荒し訴訟
3 損害 因果関係に関する判例の展開 4 1995年私的証券訴訟改革法
5 Dura Pharmaceuticals, Inc. v. Broudo 判決 6 Dura 判決の検討
三 損害額の算定 1 損害の考え方
2 差額損害(out-of-pocket damage)の検討 四 考察
五 むすびに代えて
* 福岡大学法学部准教授
−329−
(1)
一 はじめに
(1)近年、証券不実開示を理由とする民事訴訟が増えている(1)。わが国で は、従来、粉飾決算にともない有価証券報告書虚偽記載(金商法197条1項)
や違法配当(会963条5項2号)による刑事事件がほとんどであった。本稿 では、従来民事判例の乏しかった金融商品取引法(以下、旧証券取引法を指 す場合は証券取引法という)上の不実開示に対する民事責任、とりわけ流通 市場における情報開示責任に関する金商法21条の2、24条の4を念頭におい て、民事責任成立の要件である因果関係と損害を中心にその理論的検討を行 う。
検討の素材としては、2005年に出されたアメリカ合衆国連邦最高裁判所 Dura Pharmaceuticals, Inc. v. Broudo 判決を中心として、連邦裁判所によっ て認められるようになった「損害因果関係」(loss causation)という概念をと り上げて分析する。合衆国連邦証券諸法の検討から、わが国金融商品取引法 の条文(例えば金商法21条の2第2項損害額推定規定)の理論的根拠を明ら かにし、金融商品取引法に規定されるその他の不実開示に関する民事責任規 定の適切な法解釈、さらには立法論の検討を行う上での示唆を得たい。
(2)上場証券価格は、証券市場において日々変動する。最近の日経平均株 価を借りて表現すれば、例えば、ある企業の1年前の株価が1株当り14,000 円であったとする。ところが、合衆国におけるサブプライム問題のような信 用収縮を招く金融危機の発生によって、現在価格が1株当り8,000円になっ たとする。じつに6,000円の開きがある。ともに証券市場の評価である。証 券価格は、当該会社に起因する要因のほか、外部の経済的要因によっても変 動する。証券は、このように価格が絶えず変動するという特徴を持っている。
そこで、不実開示の問題である。発行会社が金融商品取引法上の情報開示 義務に違反して、不実開示をおこなったとする。発行会社に不利な情報(例
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(2)
えば、収益が落ち込み、配当を行うどころか赤字に転落したような財務諸 表)を隠して(つまり、粉飾決算を行い配当できるという虚偽の財務諸表を 作成して)情報開示をおこなう。しかし、じきに粉飾決算が暴露され、市場 が経営の実態を知るようになれば、証券価格は下落するだろう。証券価格は、
基本的に会社の経営状態を映しており、業績の悪い会社の株価が下落するこ とは、正当な評価である。不実開示を信じて、というよりも、より現実に即 して言えば、経営の実態を 知らなかった 投資者は、粉飾決算に基づく不 実開示の後にこの会社の証券を購入した場合、その後、真実が明らかになり 証券価格が下落したことで損を被る。このような不実開示に起因する損を、
投資者は、不実開示者(発行会社、その役員等)または財務諸表を監査した 公認会計士・監査法人に対して、法律上の民事賠償要件を主張・立証するこ とで、損害賠償請求が可能である。金融商品取引法で規定(2)があるほか、民 法709条による責任の追及も、あるいは株式会社の役員等に対しては会社法 429条による責任追及もあり得る。
しかし、日々価格が変動する証券にとって、「損をしたこと」が直ちにこ れら民事賠償上の損害を構成することにはならない。また、株価に影響が及 ぶ重要な不実開示がなされたとしても、他方で昨今のサブプライム問題発生 以後のような、あるいは昔日のバブル崩壊以後のような大幅な株価の下落が 同時に生じた場合、下落額のどの部分が不実開示に起因しあるいは不実開示 に起因しないその他の要因によるものなのか、明確に区別は可能なのか疑義 がある。
さらに投資者は、不実開示を信じたと言うが、彼は実際に重要な事項につ いて虚偽の記載があり、または記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさ せないために必要な重要な事実の記載が欠けている財務諸表を読んで証券購 入を決めたのだろうか? 不実開示がなくとも、別の理由(例えば、「鉄道 が好きだから鉄道会社の株を買う」とか、「犯罪率の増加という新聞記事を
−331−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(3)
読んで警備保障会社の株式を買う」とか、その程度の理由)でその会社の証 券を購入したのではなかったか。民事責任成立のためのいわば定番の法律要 件である「あれなければこれなし」という因果関係の公式は、証券市場を舞 台とした場合、どのように適用されるべきなのだろうか。本稿は、このよう な問題を考えるための端緒をなすものであり、その基本的な考察を試みるも のである。
(3)本稿の構成は、つぎのようなものである。本稿二では、合衆国におけ る証券不実開示訴訟における因果関係と損害の問題を取り上げる。私的訴権 の判例法を作り上げた規則10b−5の展開を、連邦最高裁判所の判例を中心 として明らかにし、損害因果関係要件の発生と連邦巡回区控訴裁判所での対 応を描き出す。その背景として、もっぱら金銭の取得を目的とする「会社荒 し訴訟」の存在を指摘する。会社荒し訴訟の存在を背景として、1995年に
「私的証券訴訟改革法」が成立した。その条文には、原告が損害因果関係の 立証責任を負うと規定されている。連邦巡回区控訴裁判所は、損害因果関係 の訴答(pleading)基準について、基準が厳格な多数派ルールと基準が緩い少 数派ルールに分かれていたが、2005年連邦最高裁判所 Dura Pharmaceuticals, Inc. v. Broudo 判決は、裁量上訴によって上告をとりあげ、少数派ルールを 採用する第9巡回区連邦控訴裁判所判決を破棄した。連邦最高裁判所 Dura 判決の評価について、本稿は、コロンビア大学の Fox、Coffee 両教授の議 論を中心に検討する。
本稿三は、二をうけて、証券市場を舞台とした不実開示の事例における「損 害」をいかに理解すべきかを明らかにする。合衆国においては、おもに判例 が損害因果関係概念を発展させてきたのに対して、学説は、この概念に批判 的であり、損害因果関係概念(それどころか因果関係要件自体)の破棄が主 張されてきた。本稿では、Kaufman 教授および Fox 教授の議論を紹介して、
このような見解の対立が、単なる体系や説明の違いではなく、請求として認
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(4)
められるべき損害額に影響を与える実益ある議論であることを示す。証券市 場における不実開示の事例で、証券民事賠償請求における損害は、「差額損 害」(out-of-pocket damage)と考えるのが適切であるが、差額損害の算定に ついては、困難が伴うことも明らかにする。
本稿四は、二と三で述べられたことをまとめ、わが国における民事賠償請 求のあり方への示唆を得ようとする。本稿で得られた知見は、わが国におけ る金融商品取引法または関連する法律条項に関する解釈論、さらには、今後 あるべき金融商品取引法の立法論の検討と考察を試みる次稿の基礎をなすも のである。
本稿五は、全体の簡単なまとめを行い、本稿における考察を通じて明らか になった今後の課題を記す。
二 規則10
b−5訴訟における因果関係と損害の訴答
1 情報開示義務違反に対する民事訴訟
(1)合衆国において「1933年証券法」(The Securities Act of1933)(以下、
33年法と略称する)は証券(securities)の発行市場を、「1934年証券取引所法」
(The Securities Exchange Act of 1934)(以下、34年法と略称する)は流通 市場を規制する。両法は、わが国の証券取引法(また、金融商品取引法)の 母法であり、当然ながらわが国の金融商品取引法と同様、正式の情報開示書 類に不実開示がなされた場合の民事責任に関し明示の条文を持っている(3)。 しかし、合衆国において情報開示に関する民事救済の実現にもっとも力の あった条文は、これら明文の規定ではなく、むしろ34年法第10条の下、米国 証券取引委員会(SEC)によって制定された規則10b−5であり、これに依拠し て判例法が形成された(4)。
規則10b−5は、本来、罰則規定であり、規則制定担当者自身が民事救済規
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証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(5)
定として制定したものではなかった。ところが、この規則が、制定者の意図 を離れて広く民事救済規定として発展することになった。規則10b−5は、
正式の情報開示書類ばかりでなく、発行会社による証券に関するすべての情 報開示を対象とし、かつ情報開示に限らず証券の不公正な取引全般をも対象 とする。規則10b−5は、連邦証券諸法の雑品入れ規定(catch-all provision)
として機能することとなった。その始まりは、1947年の連邦地方裁判所にお ける Kardon 判決であった(5)。
証券取引法の大家であった故 Loss 教授が書いているように、規則10b−5 の展開は事前に計画されたものではなく、「立法府のどんぐりよりももっと 小さいものから成長した裁判所による樫の樹」であり「血統は怪しいが、非 常に足の速い馬」なのである(6)。従って、規則10b−5においてどのような要 件が満たされれば、民事救済が認められるかは、じつに判例法によって形成 されてきた(7)。
(2)規則10b−5に基づく民事賠償責任が成立するための要件は、概ね、
粉飾決算などに代表される不実開示の場合、①情報開示されたあるいは開示 されなかった情報が重要(material)なものであったこと、②不実開示がサイ エンタ(scienter)になされたこと、③投資者が情報開示を「信頼」(reliance)
して、④実際の証券の売買を行い、⑤それによって(因果関係)、⑥損害
(damage)を被ったこと、の6つである(8)。規則10b−5違反に基づく民事責 任の成立と、先に述べた33年法および34年法中の明示の民事責任規定は両立 する。さらには、明示の民事責任規定の解釈自体が、規則10b−5の要件の 影響を受けて解釈されるようになった。一見して明らかなように、判例法と して成立した規則10b−5の上記要件の原型は、コモンロー上の不法行為
(torts)の要件にある。
公開市場における証券売買(非個性的な証券市場)(9)において、例えば、
発行会社が、自社にとって不利な事実(bad news)を、開示義務があるにも
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(6)
かかわらず、これを隠して情報開示したとする。この場合、開示すべき事実 が開示されていないので、当該証券の市場価格は、真の価格ではない。この とき「発行会社の行った不実開示を信頼して投資者が証券を購入し、その後、
真実が明らかになって証券価格が下落し、この投資者が損害を被った」とい う場合、信頼要件(reliance requirement)を厳格に解釈すると、投資者は民 事賠償請求ができなくなる。なぜなら、発行会社の情報開示書類を実際に見 て「それによって」証券を購入する投資者が、現実にはまず存在しないから である。ほとんどの投資者は、情報開示書類を直接見てはいないし、情報開 示書類を見て証券の購入を決めたわけではない。投資者は、「真実の情報が 反映していない価格で証券を購入した」事実はあっても、「発行会社による 情報開示によって証券を購入した」のではない。信頼要件の充足を厳格に解 釈して「真実ではない情報開示によって証券を購入させられた」ことに限定 した場合、公開市場を舞台とする不実開示の事例において、投資者に救済の 道はないことになる。コモンローの不法行為法に由来する「信頼要件」はも ともと、相対取引を前提としており、発行会社の情報開示の下で不特定多数 の投資者が売買を行う証券市場を想定したものではない。規則10b−5の適 用において、信頼要件は、証券市場の現実に適合して解釈されなければなら ない(10)。
(3)1972年、連邦最高裁判所は、Affiliated Ute Citizens v. United States 判決(11)を下した。この事例は国家賠償の請求等を含む複雑な事件であるが、
情報開示と因果関係に関して、学説上および判例法として展開される「市場 に対する詐欺理論」(fraud-on-the-market theory)を生み出すきっかけを作っ た判決である。なお市場に対する詐欺理論については後で述べる。
さて、この事案は、相対取引の事例であるが、規則10b−5の信頼要件に 関し「積極的な情報開示義務のある者がその行うべき開示義務を怠った場合、
原告である投資者は積極的な信頼の立証を要しない」とした。この判決の事
−335−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(7)
案で、相対取引であることを重要な事実と見て、この判決の射程(ルーリン グ)を狭く解釈することも可能である。一方、原告である投資者が情報開示 義務者に期待していたのと同様の信頼を想定できる事例には、相対取引であ るか市場取引であるかにかかわらず、Affiliated Ute Citizens 判決が適用さ れると判決の射程を広く解釈することもできる。規則10b−5の適用におい て、この判決のルーリングの解釈を巡り連邦裁判所の判断は分かれた。しか し、裁判所の多くは、広く解釈することで、公開市場における不実開示の事 例に対し、規則10b−5に基づく救済を拡大した(12)。
多くの投資者が参加し相当量の売買数を達成している証券市場において、
開示された情報は証券売買を通じて瞬時に証券価格に反映する。発行会社が いまだ公表していない情報さえも、情報を入手した投資者によって証券売買 を通じて証券価格に反映する。このような市場を効率的な市場といい、統計 学的手法で分析された金融経済論の研究によって、現実の証券市場はこのよ うな市場であると考えられている。このような前提を効率的市場仮説とい う(13)。市場に対する詐欺理論とは、効率的市場仮説を前提として、不実な 情報開示を行った者は、証券価格に影響を与え、証券価格を騙したことが投 資者を騙したことになるという。投資者は、情報開示書類や公表された情報 に基づきそれによって証券の売買をしてなくとも、証券価格を信頼して証券 の売買を行えば、規則10b−5の信頼要件が推定される、というのが市場に 対する詐欺理論である。
(4)1988年、規則10b−5の下、重要性要件の基準を統一するためおよび 下級審裁判所における集団訴訟(class action)において「信頼の推定」の正 当な適用を決定するため、連邦最高裁判所は、裁量上訴によって第6巡回区 連邦控訴裁判所の判決を取り上げ、最高裁判所として判決を下した。Basic Incorporated v. Levinson 判決(14)である。
事例は次のようなものである。すなわち合併交渉の存在を2年間内に3度
−336−
(8)
にわたって否定していた被告会社に対して、その最初の交渉否定の声明の発 表後から合併するという公式の発表が行われるまでの期間(約1年2ヶ月 間)に同社株式を購入した株主たちが、被告会社のこれら声明が規則10b−5 に違反するとして、被告会社およびその役員に対して損害賠償を提起した。
規則10b−5の信頼要件に関し、Affiliated Ute Citizens 判決等を引用して連 邦最高裁判所は、次のように判示した。
「われわれ〔連邦最高裁判所〕は、信頼(reliance)が規則10b−5の訴訟 原因の一つの要素であることを認める(判例名引用省略)。しかしなが ら、因果関係を証明する方法は一つだけではない。確かにわれわれは先 に、重要な情報を開示するという義務が違反された場合、原告の損害と 被告の不法な行為との間の必要的なつながりが確立したと結論し、信頼 に関する積極的な立証を免除した(Ute 判決〔を引用〕)。…/文字通り 日々何百万株もの取引が行われている現代の証券市場は、初期の詐欺訴 訟によって考えられた相対取引と異なり、規則10b−5の信頼要件に関 するわれわれの理解は、これらの違いを考えなければならない。」(15)
続けて、裁判所は、投資者が情報開示義務者による重大な不実開示のゆえ に市場で証券の売買を行ったのではなく、市場によって決定された価格の完 全性を信頼して市場で証券の売買を行った場合、信頼が推定されるという市 場に対する詐欺理論について述べる。非個性的な証券市場において、このよ うな信頼の推定は、証券訴訟における当事者間の立証責任の分配のための有 用な手段であり、連邦議会の政策にも合致するという(16)。ついで、裁判所 は、次のように述べた。
「確かに、連邦議会の前提を考えてきたほとんどすべての裁判所は、人 を誤らせる重要な声明が非個性的で十分に発達した証券市場に流布され た場合、証券価格の完全性(integrity)についての個々の原告の信頼が、
推定され得ると結論してきた。一般に、論者たちは、市場に対する詐欺
−337−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(9)
理論の一類型若しくはその他の類型の採用を賞賛した。市場において決 まる価格で株式を売買する投資者は、その価格の完全性に関する信頼に おいて売買する。ほとんどの公表された利用可能な情報が市場価格に反 映されているゆえに、かくて、すべての公表された重要な不実表示も、
規則10b−5訴訟の目的のため、推定され得る。」(下線は筆者による)(17)
1987年のブラック・マンデーの後であるにもかかわらず、連邦最高裁判所 は、効率的市場仮説を前提とする市場に対する詐欺理論を採用した。信頼要 件に関し、連邦最高裁判所は、Ute 判決のルーリングを広く解釈する立場を 採った。
このような連邦最高裁判所の立場に対しては、連邦証券諸法および規則 10b−5の違反行為に対し民事責任を認めることが、情報開示を促進し、証 券取引に関する投資者の信頼と市場の完全性を増大させるとして、これを評 価する見解がある(18)。一方、市場に対する詐欺理論の採用が、因果関係を拡 張して解釈することによって規則10b−5の私的訴訟としての性質を不明瞭 なものにし、「原因」である不実表示とそれに直接的に起因しない証券の売 買(いわば「結果」)にまで損害賠償請求を認めることで、因果関係という 観点から、それは伝統的な損害賠償の原則ではない、という批判もある。さ らに、市場に対する詐欺理論の採用は、連邦裁判所が取り扱う能力を超える 数の訴訟を招き、裁判途中での和解によって、もっぱら金銭を取得すること を目的とした「会社荒し訴訟」(strike suits)を増大させるという批判があ る(19)。
連邦最高裁判所は、Basic 判決において、重要な不実開示が存在する場合、
「信頼に関する推定」を与えると判示したのであり、決して、投資者の損害 が不実表示によって生じたと「看做す」ものではない。非個性的な証券市場 において、不実開示により真実でない価格で証券を購入した投資者は、その 実際の購入額と真の証券価格の差額を損害として、損害賠償請求が認められ
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(10)
なければならない。Basic 判決は、不実開示に起因しない、その他の要素に よって生じた損害までも、情報開示義務違反者に負わせる趣旨ではない。こ の意味で、第1の批判は当たらない。問題なのは、第2の批判である。
2 会社荒し訴訟
(1)合衆国における民事訴訟手続きは、正式事実審理前手続き(pretrial procedure)と正式事実審理(trial)手続きの大きく2つの手続きに分かれてい る(20)。
裁判は、訴えの提起に始まるが、原告、被告の両当事者がそれぞれの主張 を相互に書面で相手方および裁判所に伝える手続きが、訴答(pleading)であ る。原告の訴答においては、裁判所の管轄の基礎についての簡明な陳述のほ か、「訴答者が、救済を受ける権利があることを示す請求の根拠についての 簡明な陳述」および訴答者の求める救済を与える判決の申し立てが記載され なければならない(21)。さらに、規則10b−5の訴訟の場合、証券詐欺(fraud)
に関わるため、連邦民事訴訟規則第9条(b)号にあるように「詐欺又は錯誤 の主張においてはそれを構成する事情を個別具体的に陳述しなければなら」
ない(22)。訴答により、特定事件の訴訟が開始し、両当事者の主張する事実 が提示される。裁判所は、訴答の後、開示(discovery)の手続きとなる。
開示手続き(ディスカバリ)において、両当事者は、自らに有利な証拠・
情報ばかりでなく不利な証拠・情報もその一切を提供しなければならない。
開示手続きは、実体的真実を発見するための強力な装置となっていると評価 される反面、当事者にとって時間および費用の点で負担が大きく、できれば 回避したいと言うのが本音であって、開示手続き開始を武器として、これを 訴訟戦略に利用しようという濫用の問題も指摘されている(23)。開示手続きに は、①証拠保全機能、②争点整理機能、および③陪審制を採用し集中審理で 行われる正式事実審理(trial)のための準備機能という3つの機能を持つこと
−339−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(11)
が指摘されている。また証拠の共有によって相手の主張の強弱が分かること から、正式事実審理後の結果の見込みが合理的に把握でき、正式事実審理前 の和解による解決を促進することが指摘されている(24)。
開示手続きの後、正式事実審理(トライアル)に入り、審理の結果、判決 にいたる。しかし、裁判所は、正式事実審理に入らなくとも、つまり正式事 実審理前手続きの段階で、重要な事実に関する真正の争点がない場合には、
当事者の申請に基づき、法的判断をするだけで終局判決を下すことができ る(25)。「正式事実審理を経ないでなされる判決」(summary judgment)である
(連邦民事訴訟規則第56条)(26)。
(2)証券にかかわる民事訴訟において、損害の立証と損害額の算定は、た とえそれが市場で取引されている証券であった場合でも、困難な問題である。
損害額の算定は、正式事実審理において陪審(jury)によって行われる。不実 の情報開示に関する証券訴訟で、被告である発行会社、役員または会計監査 人等は、不実の情報開示がなされた期間(相当に長い期間である場合も多 い)に証券を購入した投資者から、巨額の損害賠償を請求されることになる。
長期間にわたって裁判が続き、かつ敗訴した場合に天文学的な数字の責任を 負わなければならないとしたら、被告は、正式事実審理前に、和解で一定の 和解金を支払って、訴訟を終わらせるのが合理的な選択の一つである。
一方、集団訴訟(class action)制度の下で成功報酬制によって訴訟を遂行 する原告の弁護士にとっても、一定の和解金をとって早期に訴訟を終わらせ ることが便宜である。あるいは、会社荒し訴訟であれば、原告側弁護士は、
正式事実審理に入って事実調べが開始される前に、できるだけ早くに和解に よってお金を取って訴訟を終わらせる必要がある。
裁判所も、規則10b−5訴訟において、先に述べた「詐欺…の主張におい てはそれを構成する事情を個別具体的に陳述しなければならない」(連邦民 事訴訟規則第9条(b)号)の解釈において、訴答が十分でないとして、正式
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(12)
事実審理に入る前に、「正式事実審理を経ないでなされる判決」(サマリー・
ジャッジメント)で結審することが訴訟経済的にも必要であり、会社荒し訴 訟を防止することにもなる。
(3)前述した1988年の連邦最高裁判所 Basic 判決は、効率的な市場を前提 として信頼の推定をすることで、投資者が規則10b−5に基づき訴訟を提起 することを容易にした。重要な情報開示義務違反があり、この期間に当該証 券を購入した投資者が、真実が情報開示された後、証券購入時よりもその証 券価格が低かった場合、損害を被ったとして規則10b−5に基づき、情報開 示義務違反者に対して損害賠償請求を行う。この場合、Basic 判決によれば、
信頼が推定され、情報開示義務違反によって真実でない価格で証券を購入さ せられたことを損害として損害賠償が可能である。しかし、被ったという証 券購入時の損害とは、実際には開示されなかった情報が「もし開示されてい たら証券の市場価格は○○円になっていた」という仮定に過ぎない。真実が 開示された後、その情報が bad news であって証券価格が下落したとしても、
証券価格は外的な経済的要因によっても影響を受けるのだから、この下落額 は、「もし情報が開示されていたら証券の市場価格は○○円になっていた」
という仮定と、少なくとも証券価額の評価時点が違うのだから、厳密には同 じだとはいえない。投資者が当該証券を取得したこと自体には間違いがなく、
そもそも証券価格が日々変動することを当然の前提とした場合、彼は、この ような性質を持った証券を取得したのであるから、損害を被ったといえるの だろうか。あるいは、その被ったという損害を科学的に評価することができ るのだろうか。困難な問題である。
ところが、市場に対する詐欺理論の採用(信頼の推定)によって、投資者 である原告の立証責任が軽減され、訴訟が提起し易くなった。これは、情報 開示義務違反者に対する投資者の権利実現を容易にし、もって情報開示の信 頼性の増進と証券価格形成の健全性の促進を図ることであるが、一方、前述
−341−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(13)
のような訴訟制度の下で「会社荒し訴訟」の提起を促進することとなった。
このような状況の下で、連邦裁判所は、「損害因果関係」(loss causation)と いう要件をとりあげて、この要件の訴答において、「会社荒し訴訟」を含め、
証券訴訟を正式事実審理に入る前に結審させる方法を取った。
もっとも、以下に述べるように、損害因果関係の訴答の基準は、連邦巡回 区控訴裁判所によって異なり、厳しく判断する「多数派ルール」と緩く判断 する「少数派ルール」に分かれる。なお、多数派ルールに分類される裁判所 でも、その基準が分かれている(27)。多数派ルールは、規則10b−5違反者の行 為が、申立てられている損失をいかに引き起こしたのかを具体的に明らか にすることを求める。一方、少数派ルールは、申立てられている損失と規則 10b−5違反行為との間の一般的な関連を立証することだけで、損害因果関
係の要件充足を認める。
3 損害 因果関係(loss causation)に関する判例の展開
(1)今日、規則10b−5に関する民事訴訟判例において、因果関係要件は、
確立した要件となっている。因果関係には2種類あり、取引因果関係(trans- action causation)と損害因果関係(loss causation)の2つを満たさなければな らない(28)。しかし、1980年代まで、因果関係要件は、証券取引に関する信頼 要件と明瞭には区別されず、一体の問題として取り扱われていた。
ここで、この2つの因果関係について説明する。因果関係要件の一つであ る「取引因果関係」とは、「当該規則10b−5違反行為(例えば、粉飾決算の 発表)がなければ、当該証券の売買を行わなかった」という因果関係である(29)。 公開市場では、前述したように「市場に対する詐欺理論」によって、信頼が 推定され、重大な不実開示の場合、不実開示と証券取引の間に「あれなけれ ばこれなし」の事実的因果関係が推定される。
これに対し、「損害因果関係」とは、上記規則10b−5違反行為によって惹
−342−
(14)
起された証券取引と投資者の損害との間に関連があることであり、投資者の 被害(例えば当該証券価格の低下)が、規則10b−5違反行為と惹起された 当該証券取引の結果(状態)の間において直接的に連関していることである。
つまり、損害因果関係とは、当該違法行為と投資者の金銭的な損害との関連 を意味する(30)。従って、重要な不実開示が、投資者の損害を惹起した唯一 の原因であることは要求されない。重要な不実開示が、損害(証券価格の下 落状態)の重要な要因であればよい。「取引因果関係」は、たとえ市場に対 する詐欺理論を介するとしても「あれなければこれなし」の事実的因果関係
(but for test)のかたちをとり、理解し易い。しかし、「損害因果関係」は、
いわば「あれもあり、これもある」というかたちをとり、行為と結果の単な る関連(言うなれば帰責関係)を問題にしているため、理解することが(取 引因果関係の場合に比べて)難しい。
ここまで損害という用語を何気なく使い、それを仮に「証券価格の下落」
と等値してきた。しかし、「損害」とは何かということも明らかにしなけれ ばならない問題の1つである。たとえば、ある上場会社が粉飾決算を行い、
不実開示を行ったとする。不実開示後、投資者が当該会社の証券を購入した として、その後この粉飾決算が明らかになり、証券価格が下落したとする。
この投資者の当該証券の購入価格と、真実が明らかになった後で下落した証 券の現在価格(あるいはこの時点で、売却した場合はその売却価格)の関係 であるが、この二つの価格の差額を仮に損害とした場合、不実開示とこの損 害(購入価格と現在価額の差額)との間に損害因果関係は、成立するのであ ろうか? 少数派ルールに拠れば、損害因果関係が成立する。
しかし、厳密に考えると、証券価格は様々な要因によって形成されるので あるから、「投資者が当該証券を購入した時点での証券価格」と「真実が開 示された後での当該証券の価格」は、真の情報の反映(これは不実開示のコ インの裏面である)のみに因っている、とは言い切れない。真の情報以外の
−343−
証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
(15)
別の経済的要因によって、現在の証券価格が形成されているかもしれない。
あるいは、仮に当該投資者が証券を購入した時の証券購入価格と、その時点 で真の証券価格(不実開示がなされなければ形成されたであろう証券価格)
の差額を損害であると考えた場合にも、証券購入時点での真の証券価格とは 実現しなかった想定上の価格であり、現実には成立していないこの証券価格 をいかにして算定するかという問題がある。
以上のように損害には2つの捉え方がある。1つは、不実開示後の投資者 による証券購入価格と、隠されていた真の情報が明らかになって形成された 証券の現在価格(あるいは真の情報が明らかにされた後売却した場合はその 売却価格)の差額である。もう1つは、不実開示後の証券購入価格と、その 購入時点で正しい情報開示がなされていれば形成されたであろう真の証券価 格との差額である(本稿では「差額損害」という)。このような損害という 用語の意味に留意した上で、損害因果関係を考えた場合、いずれにしても不 実開示は、投資者の被った損害に関連する必要がある。しかし「どの程度関 連すれば」損害因果関係が成立するのか。それは単なる相関関係(帰責関 係)なのであるから、取引因果関係のように明確ではあり得ない。
(2)損害因果関係という概念をとり上げた初めての判例は、第2巡回区連 邦控訴裁判所による1974年の Schlick v. Penn-Dixie Cement Corp. 判決(31)で ある。
事案は、次のようなものである。すなわち、親会社(ペンディクシー社)
と子会社(コンチネンタル社)間の合併において、委任状勧誘に不実開示が あったとして、子会社の株主が、親会社等に対して連邦証券諸法(34年法規 則10b−5、34年法第14条(a)項)および詐欺・不公正に基づくコモンロー違 反を理由として損害賠償請求の訴えを提起した。原告は、合併比率の不公正、
親会社による子会社株価の操作等の事実を主張している。第1審判決は、連 邦証券諸法によって救済されるべきいかなる種類の損害をもたらすような不
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実開示や情報不開示の立証に失敗しているとして、原告の請求を斥けた。し かし、第2巡回区連邦控訴裁判所は、親会社が子会社を支配していることに 注目し、原審の破棄・差戻を命じた。判決中、因果関係について次のように 述べた。
「もし〔規則10b−5の請求が委任状資料において重大な省略若しくは 不実表示を基礎としている〕なら、明らかに、損害因果関係(loss causa- tion)−その不実表示若しくは省略が経済的な損害を引き起こしたこ と−と取引因果関係(transaction causation)−当該違反行為が当該取引 を控訴人〔原告 Schlick〕にさせたこと−の双方が示されなければなら ない。/規則10b−5の訴因の下で、取引因果関係の証明は、相場操縦や 有利な条件による合併という詐取行為(scheme to defraud)の遂行に関 す る 申 し 立 て に 基 づ き、不 必 要 で あ る。…従 っ て、控 訴 人 は、規 則 10b−5の下での救済に対する彼の請求に関して、まさに損害因果関係 を立証する必要がある。〔原審の〕Metzner 判事が判決したように、わ れわれも、〔損害因果関係が〕立証されていることを認める。すなわち、
控訴人は、〔次の事実を〕主張している。合併の結果として、控訴人は、
Continental 社の株式価格にとってマイナスに操作され、その影響を受 けた交換比率を基にして Penn-Dixie 社に対し彼の所有する Continental 社を売却するように強制された。かくて控訴人は、損害を立証した、と いうことである。」(32)(下線は筆者による)。
なお、本判決には、上記2つの因果関係の区別に関し、損害因果関係概念 の不明瞭さを指摘する Frankel 判事の補足意見(33)が付いている。また事案 は、規則10b−5の(b)項による不実開示の事案というよりも、同規則(a)項、
(c)項に基づく欺罔的策略に該当する事案であった。
(3)規則10b−5に基づく証券民事訴訟において、すでに述べたように原 告は、規則10b−5の要件を個別具体的に訴答しなけ れ ば な ら な い。前 述
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証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
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Schlick v. Penn-Dixie Cement Corp. 判決は、親子会社間の企業結合に関す る公開買付という事実関係の下、比較的容易に損害因果関係の訴答を認めた。
この損害因果関係の訴答に関して、次なる展開は、第5巡回区連邦控訴裁判 所による、1981年の Huddleston v. Herman & MacLean 判決(34)である。こ の判決は、損害因果関係要件を採用するリーディング・ケースといわれてい る。この判決以後、連邦裁判所は、損害因果関係の訴答の問題として、原告 である投資者の訴えを棄却するようになった。
この事件は、自動車競技興行事業を行う会社(Texas International Speed- way)の株主による集団訴訟(class action)である。TIS 社は、自動車サーキッ ト場を建設するために株式を発行することとして、有価証券届出書を SEC とテキサス州証券委員会に提出し、目論見書も用意した。原告の主張によれ ば、上記書類において、財産の水増しおよび建設計画での費用の過小評価が なされていたという。株式は、1969年10月30日に発行されたが、TIS 社は、
1970年11月30日に破産の申し立てを行った。そこで、原告は、TIS 社の前社 長であり財務担当役員であった LoPatin、前副社長であった Share および TIS 社の会計監査人(H&M)を規則10b−5およびテキサス州証券法に違反し たとして損害賠償請求の訴えを提起した。テキサス州北部地区連邦地方裁判 所において、陪審(jury)は、原告による損害賠償請求を認めた。
しかし、第5巡回区連邦控訴裁判所は、地裁判事が損害因果関係の問題に ついて陪審に対して説示(instruction)を誤ったとして、原審を破棄・差戻し た。
「因果関係は、信頼〔要件〕に関係しているが、信頼〔要件〕とは区別 される。信頼〔要件〕は、投資者が真実を知っていたなら、彼は証券取 引をしなかったであろうという事実的因果関係の一種として、『不可欠 な原因』(causa sine qua non)である【脚註24】。因果関係は、その分析 においてもう一つのさらなる段階を必要とする(Herpich v. Wallace,430
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F.2d 792, 810(5th Cir. 1970))。原告は、もし彼が真実を知っていたら 彼が証券取引をしなかったであろうということばかりでなく、さらにそ の不実表示が、彼の損害に対しても多少なりと、直接的または主原因と して(in some reasonably direct, or proxmate)責任を負うものであった こと、を証明しなければならない。不実表示が投資者の証券価値の下落 の原因に関わっている場合にのみ、因果関係要件は、規則10b−5の事 案において満たされたことになる。もし投資決定が重要でありかつ原告 によって信頼されていた不実開示若しくは省略(misstatements or omis- sions)によって導かれたのであるが、投資者の金銭上の損害の主たる原 因(proximate reason)でないなら、規則10b−5の下での損害賠償請求は、
認められない【脚注25】。因果関係要件を不要とするなら、規則10b−5
〔に基づく損害賠償請求〕は、重要な不実開示若しくは省略を信頼して 購入された証券の損害に対する、保険となってしまうだろう。」(35)(下線 は筆者による)。
【脚注24】は、取引因果関係と比較して、損害因果関係を次のように説明 している。
「この文脈で、『取引因果関係』という用語は、被告の詐欺的行為が投 資決定を引き起こさなければならないという要件を表現するために用い られる。信頼(reliance)は、『取引因果関係』と密接に関係する。他方、
『損害因果関係』とは、不実開示と原告の経済的な損害との間の直接的 な因果的繋がり(a direct causal link between the misstatement and the claimant s economic loss)として言及される。」(36)
なお【脚注25】には、下記のような損害因果関係を説明する設例が述べら れている。
「ある投資者が海運会社の株式を購入した。この会社は1隻の輸送船し か所有していない。投資者は、目論見書に記載されたこの輸送船の能力
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証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
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を信じて、株式を購入した。ところが、目論見書に記載された輸送船の 能力より、実際の輸送船の能力は低かった。また目論見書には、この輸 送船に保険が掛けられていないことが、きちんと開示されていた。株式 の購入から1週間後、輸送船は、事故の結果沈没した。そうしてこの海 運会社の株式は価値を失った。このような設例において、不実表示が重 要なものでかつ投資者によって信じられたものであっても、不実開示は この損害の原因ではないのである。」(37)
以上のように、この判決で第5巡回区連邦控訴裁判所が採用した基準は、
損害因果関係の訴答について、「規則10b−5に違反する不実表示が、投資者 の主張する損害に対して、直接的または主原因として帰責できることを証明 しなければならない」とする。この問題に関して連邦裁判所の採用する基準 の中で、もっとも厳格な基準であり、判決で使われている言い回しから「直 接的な因果的繋がりアプローチ」(direct causation approach)とも言われる(38)。 第4巡回区、第5巡回区、第6巡回区および第11巡回区の各連邦巡回区控訴 裁判所がこのアプローチを採用する(39)。
(4)多数派ルールの中でも「直接的な因果的繋がり」ではなく、損害因果 関係に関して「開示されなかったリスクの具現」を訴答しなければならない という基準を採用した裁判所もある。これは、第7巡回区連邦控訴裁判所に よる1990年の Bastian v. Petren Resources Corp. 判決(40)である。
この事案は、石油とガスの有限責任組合に投資をした投資者が、同組合の 発起人に対しその開示義務違反を理由に、規則10b−5等に基づいて損害賠 償請求訴訟を提起したものである。第1審であるイリノイ州北部地区連邦地 方裁判所は、損害因果関係と損害の訴答がなされていないとして、原告によ る請求を棄却した。第7巡回区連邦控訴裁判所(Posner 判事による意見で ある)も、請求を棄却した第1審裁判所の立場を確認した。裁判所の見解は、
次のようなものである。すなわち、投資は損をする可能性のある契約であり、
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これが大前提となる。従って、投資契約(証券)が無価値になったとしても、
それが直ちに、不実開示と証券が価値を失ったことの間で損害因果関係にな るわけではない。原告である投資者は、規則10b−5等に違反して「開示さ れなかった(投資者が損を被る特別の)リスクが実現したことで、損害を受 けたこと」を訴答しなければならない、というのである(41)。
損害因果関係の訴答についてこの裁判所が採用した「リスク具現アプロー チ」(materialization-of-the-risk approach)は、前述の「直接的な因果的繋が りアプローチ」よりは、少しだけ緩い基準であると言われている(42)。ポズ ナー判事の手になる本判決を読むと、事業が失敗し、投資が無価値となった のは、1980年代における石油価格の暴落等、不実開示以外の外的な経済的要 因によることがうかがえる。
(5)第2巡回区連邦控訴裁判所は、ウォール街を抱えるニューヨーク州を 管轄としていることから、証券訴訟においては伝統的に重要な裁判所と位置 付けられてきた。Schlick v. Penn-Dixie Cement Corp. 判決後、第2巡回区 では、損害因果関係の訴答についてどのような立場が採られたのだろうか。
第2巡回区連邦控訴裁判所は、「予見可能性アプローチ」(foreseeability ap- proach)を採ると言われている(43)。この基準は、投資者の経済的損害が、規 則10b−5違反者の違反行為の予見可能な結果であることを要件とする。リー ディング・ケースは、1980年の Marbury Managemnt Inc. v. Kohn 判決(44)で ある。
証券会社(Wood, Walker & Co.)の従業員(Kohn)が「ポートフォリオ・マ ネージメント・スペシャリスト」という肩書きを騙って、原告である投資者
(Marbury Management Inc. 等)に証券売買を勧誘し、原告たちがこの投資 の失敗によって損失を被り、Kohn と Wood, Walker & Co. に対して規則 10b−5等を根拠として、損害賠償請求を求めた事例である。第1審である
ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所は、被告 Kohn の責任を認める一方で、
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証券不実開示訴訟における「損害因果関係」(前越)
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Wood, Walker & Co. の責任を認めなかった。第2巡回区連邦控訴裁判所は、
Kohn の責任を認めた原審を確認し、また支配を行う者の責任(34年法第20 条)と使用者責任(respondeat superior)の競合を認めた上で、被告 Wood, Walker & Co. に関する原審の判断を破棄した。損害因果関係に関する本判 決の判旨のみを取り上げる。
「…もちろん、近因(proximate cause)は、不法行為法から拝借された 概念であり、〔近因概念〕は、一般に、人の不法な行為が他の人の被っ た損害の招来に 相当な 若しくは 本質的な 役割を演じていること、
を求める。/これを一般化すると次のようになる。すなわち、詐欺的な 不実開示に対する信頼において、行為または不作為の結果から合理的に 予想され得る(might reasonably be expected to result)損害のみが、そ の不実開示によって法的に、つまり近因として生じたのである。第2次 不法行為法リステイトメント548A 条(1977年)。(〔判例引用、省略〕)。 まさに Oleck v. Fisher 判決〔出典省略、1980年第2巡回区連邦控訴裁 判所で認容〕は、損 害 が 不 実 開 示 の 予 見 可 能 な 結 果(the foreseeable consequence of misrepresentation)の一つであることを求める。」(45)(下 線は筆者による)。
なお、本判決には、因果関係に関して、Meskill 判事の反対意見(46)が付い ている。多数意見が採用する「予見可能性アプローチ」は、多数派ルールの 中では、もっとも緩い基準であると言われ、かつもっとも融通が利く(言い 換えれば、不明瞭な)基準であると評価されている(47)。
(6)さて、最後に、以上のような厳格な多数派ルールに対して、損害因果 関係の訴答に関して緩い基準を採用するのが少数派ルールである。このルー ルを採用するのは、第8巡回区および第9巡回区連邦控訴裁判所である(48)。
第8巡回区連邦控訴裁判所におけるリーディング・ケースは、1991年の In re Control Data Corp. Securities Litigation 判決(49)である。この事案は、上
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