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密教研究 Vol. 1933 No. 51 013大屋 徳城「三教指帰制作の背景としての寧楽朝の思想 P265-290」

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一 讃 岐 の 人 、 佐 伯 眞 魚 弱 冠 に し て 帝 都 に 遊 び 、 大 學 の 業 を 受 け 、 心 を 儒 典 に 傾 け た が 、 後 漸 く 疑 惑 を 生 じ 、 煩 悶 懊 惱 の 結 果 、 佛 門 に 投 す る に 至 つ た 。 而 し て 、 そ の 韓 向 の 心 的 經 過 を 記 述 し た も の が 聾 瞽 指 歸 で あ り 、 三 教 指 歸 で あ る 。 兩 者 の 關 係 は 始 め 聾 瞽 指 歸 と い ひ 、 後 改 刪 し て 三 教 指 歸 と し た と い は れ る 。 何 れ に し て も 内 容 は 大 同 小 異 で 、 唯 序 文 を 異 に し て ゐ る 。 そ の 制 作 の 年 代 に 就 い て は 、 前 者 の 序 の 終 に 、 于 時 平 安 朝 御 宇 聖 帝 瑞 號 延 暦 十 六 年 窮 月 始 日 と い ひ 、 後 者 の 序 の 終 に 于 時 延 暦 十 六 年 臘 月 之 一 日 也 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 六 五

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 六 六 と あ る か ら 、 延 暦 十 六 年 十 二 月 一 日 に 完 成 し た も の で あ る 。 眞 魚 は 賓 龜 五 年 の 出 生 で あ る か ら 、 此 の 時 二 十 四 歳 で あ る 。 併 し 之 れ に は 異 説 が あ つ て 或 は 十 入 歳 の 作 と も い ふ 。 若 し 正 確 に 時 間 の 上 か ら い へ ば 、 平 安 朝 に 屡 す る が 、 思 想 上 の 關 係 か ら い へ ば 、 正 し く 寧 樂 朝 の 系 統 に 屡 し 、 そ の 末 期 の 表 現 と 親 る を 妥 當 と す る 。 そ の 制 作 の 動 機 は 三 教 指 歸 の 序 に あ る や う に 、 無 常 親 に 促 さ れ て 、 出 塵 の 念 が 動 い た が 、 出 家 は 五 常 や 忠 孝 に 背 く と い ふ 非 難 が あ つ た に 封 し 、 凡 そ 物 の 情 は 一 な ら ざ れ ば 、 聖 人 教 を 立 つ る に 三 あ り 、 謂 は ゆ る 鐸 李 孔 之 れ な り 。 淺 深 の 隔 て は あ る が 、 皆 聖 説 な れ ば 、 そ の 一 を 修 奉 せ ば 、 何 ら 忠 孝 に 背 か ん と い ふ 考 へ か ら 、 一 人 の 表 甥 を 點 出 し 、 縞 毛 先 生 を 儒 客 、 兎 角 を 主 人 、 虚 亡 隠 士 を 道 士 、 假 名 乞 兒 を 出 家 と し 、 各 所 懐 を 述 べ 、 終 に 李 孔 を 斥 け て 釋 門 に 歸 入 す る 趣 き を 述 べ た の で あ る 。 即 ち 序 に 、 遂 乃 朝 市 榮 華 念 念 厭 之 、 巖 藪 煙 霞 百 夕 飢 之 、 看 輕 肥 流 水 則 電 幻 之 歎 忽 起 、 見 支 離 懸 鶉 則 因 果 之 哀 不 休 、 燭 目 勸 我 誰 能 係 風 と 無 常 観 を 描 き 、 愛 有 一 多 親 識 、 縛 我 以 五 常 索 、 断 我 以 乖 忠 孝 、 と 出 家 に 反 封 す る 思 想 を 記 し 、 進 ん で 、 自 己 の 見 解 を 述 べ て 、 余 思 、 物 情 不 一 、飛 沈 異 性 、 是 故 聖 者 駆 人 教 網 三 種 、 所 謂 鐸 李 孔 也 、 雖 淺 深 有 隔 並 皆 聖 説 、 若 入 一

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羅 何 乖 忠 孝 と い つ て 居 る 。 何 れ に し て も 、 斯 書 は 釋 李 孔 の 三 教 比 較 論 で あ り 、 佛 老 儒 の 優 劣 論 で あ る 。 而 し て 、 歸 す る と こ ろ は 佛 勝 老 儒 劣 の 結 論 と 爲 つ て 居 り 、 そ の 到 達 し た 見 解 に 依 つ て 、 帝 都 の 大 學 で 儒 教 本 位 の 教 育 を 受 け た 一 青 年 は 轉 向 し て 、 佛 教 に 歸 入 し 、 釋 子 空 海 と 爲 つ た の で あ る 。 一 大 學 生 眞 魚 の 斯 る 轉 向 は 之 れ を 思 想 史 の 上 か ら 親 察 す る と 、 寧 樂 朝 か ら 平 安 朝 へ の 過 渡 の 時 代 寧 樂 朝 の 最 末 ︱ を 如 實 に 表 現 し た も の で あ り 、 動 揺 の 色 彩 が 強 烈 に 光 つ て 居 る 。 一 青 年 儒 生 の 心 的 憂 化 は そ の 背 景 と し て 、 寧 樂 朝 に 於 け る 三 教 思 想 の 葛 藤 や 交 渉 を 十 分 に 豫 想 せ す し て は 解 釋 が 出 來 な い 。 余 は 今 三 教 指 歸 の 思 想 そ の も の を 本 質 的 に 剖 判 研 究 す る の で な く 、 そ の 思 想 の 背 景 を 爲 す 寧 樂 朝 最 末 の 思 想 の 傾 向 を 指 摘 し 、 そ の 大 勢 を 描 寫 せ ん と す る の で あ る 。 二 寧 樂 朝 の 教 育 は 中 央 に 大 學 を 置 き 、 地 方 に 國 學 を 置 く と い ふ 制 度 で あ る 。 そ の 大 學 の 課 程 は 如 何 と い ふ に 、 學 令 に 依 れ ば 、 經 は 周 易 、 尚 書 、 周 禮 、 儀 禮 、 禮 記 、 詩 、 春 秋 左 氏 傳 を 各 一 經 と し 、 孝 經 と 論 語 と は 之 れ を 兼 修 せ し め る 規 定 で あ つ た 。 即 ち 儒 教 本 位 の 教 育 で あ る 。 佛 教 は 大 學 で 教 へ な い が 、 老 荘 の 學 又 は 道 教 は 教 へ な い の み な ら す 、 排 斥 さ れ た の で あ る 。 即 ち 寧 樂 朝 の 教 育 は 老 荘 を 斥 け て 、 政 道 に 有 害 と す る 方 針 を 採 つ た 。 そ の 可 否 は 別 と し て 、 當 時 唐 朝 の 道 教 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 六 七

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 六 八 崇 拝 に 對 し て 、 確 に 一 見 識 で あ る と い へ よ う 。 寧 樂 朝 に 於 け る 道 教 排 斥 の 鋒 鋩 を 示 す 文 献 は 除 り 多 く は な い が 、 決 し て 絶 無 で は な い 。 拾 芥 抄 に 載 す る 吉 備 大 臣 私 教 類 聚 目 録 の 中 に 、 第 三 仙 道 不 用 事 の 一 條 が あ り 、 明 に 道 教 無 用 を 示 し て 居 る 。 而 し て 、 私 教 類 聚 は 吉 備 朝 臣 眞 備 の 撰 す る と こ ろ で あ つ た が 、 今 は 亡 佚 し て 僅 に そ の 篇 目 の み を 遺 し て 居 る か ら 、 そ の 内 容 を 知 る 事 が 出 來 な い の は 遺 憾 で あ る 。 鑑 眞 和 尚 東 征 傳 に は 、 日 本 國 大 使 藤 原 清 河 等 が 延 光 寺 に 至 り 、 鑑 眞 に 封 し て 言 へ る 語 の 中 に 、 日 本 君 王 先 不 崇 道 士 法 と い つ て 、 日 本 の 國 風 を 示 し て 居 る 。 併 し 最 も 明 に 老 荘 や 道 教 排 斥 の 思 想 を 述 べ て 居 る の は 、 萬 葉 の 詩 人 山 上 憶 良 や 、 當 時 の 對 策 で あ る 。 憶 良 は 令 反 惑 情 歌 一 首 並 序 に 於 い て 、 自 ら 異 俗 先 生 と 稱 す 、 父 母 に 侍 養 を 忘 れ 、 妻 子 を 顧 み す 、 放 縦 無 頼 、 山 澤 に 亡 命 す る の 徒 に 封 し て 、 三 綱 五 教 を 示 し て 、 そ の 惑 情 を 反 省 せ し め ん と し て 居 る 。 蓋 し 異 俗 先 生 と い ふ の は 、 清 談 者 流 の 末 徒 、 老 荘 の 溺 愛 者 を 指 す も の と 思 は れ る 。 令 反 惑 情 歌 一 首 並 序 或 有 人 、 知 敬 交 母 忘 於 侍 養 、 不 顧 妻 子 輕 於 脱 履 、 自 稱 異 俗 先 生 、 意 氣 雖 掲 青 雲 之 上 、 身

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、遺

父 母 を 見 れ ば 尊 し 、 妻 子 見 れ ば 、 め ぐ し 愛 し 、 世 の 中 は 、 斯 く そ 道 理 、 黐 鳥 の 、 拘 泥 し も よ 、 行 方 知 ら ね ば 、 穿 沓 を 、 脱 ぎ 棄 る 如 く 、 踏 み 脱 ぎ て 、 行 く ち ふ 人 は 、 石 木 よ り 、 成 り ひ し 人 か 、 汝 が 名 告 ら さ ね 、 天 へ 行 か ば 、 汝 が ま に ま に 、 地 な ら ば 、 大 王 い ま す 、 こ の 照 ら す 、 日 月 の 下 は 、 天 雲 の 、 向 伏 す 極 、 谷 蟆 の 、 渡 る 極 、 聞 し 食 す 、 國 の ま ほ ら ぞ 、 彼 に 此 に 、 欲 し き ま に ま に 、 然 に は あ ら じ か 、 反 歌 ひ さ か た の 天 道 は 遠 し な ほ な ほ に 家 に 歸 り て 業 を 爲 ま さ に (萬 葉 集 巻 五 ) 又 對 策 の 一 例 と し て 、 李 耳 嘉 遁 、 以 示 虚 玄 之 理 、宣 尼 危 難 、 而 脩 仁 義 之 教 、 或 以 爲 精 、 或 以 爲 鹿 、 其 理 云 爲 、 仰 聴 所 以 、 と い ふ 策 問 に 對 し 、 葛 井 廣 成 の 對 策 を 讃 ま ば 、 此 の 時 代 に 於 け る 對 老 荘 思 想 の 一 斑 を 察 す る こ と が 出 來 よ う 。 ' 竊 聞 、 眷 山 林 以 披 黄 緇 、 道 徳 之 玄 教 也 、 是 則 柱 下 之 風 、 入 皇 朝 以 地 青 紫 。、 仁 義 之 敦 儒 也 、 彼 亦 司 冠 之 訓 、 故 清 虚 之 理 、 換 二 篇 、 而 同 春 日 、 折 旋 之 蹤 、 明 五 經 、 而 類 秋 月 、 誠 能 極 蒼 生 之 沈 溺 、 繼 皇 風 之 絶 癈 、 伏 惟 、 聖 朝 徳 光 萬 寓 、 化 高 五 岳 、 動 植 苞 其 亭 育 、 翔 走 荷 其 陶 鑄 、 烈 風 五 日 、 曾 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 六 九

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 〇 不 鳴 條 、 崇 雨 旬 、 徒 無 破 塊 、 復 乃 南 香 裸 壊 、 占 青 靄 以 航 海 、 北 秋 章 身 、 蹈 白 雲 以 梯 山 、 魏 兮 藹 分 、 其 化 如 此 、 猶 懼 聴 丘 之 教 、 未 備 汚 隆 、 玄 儒 之 旨 、 有 虧 雄 雌 、 思 欲 分 其 條 目 、 辨 其 精 麁 、 竊 以 無 以 濁 善 爲 宗 、 無 愛 敬 之 心 . 棄 父 背 君 、 儒 以 兼 清 爲 本 、 別 尊 卑 之 序 、 致 身 鑑 命 、 困 茲 而 尋 、 鹽 酸 可 断 、 即 ち 儒 は 兼 清 を 以 て 本 と 爲 し 、 尊 卑 の 序 を 分 ち 、 身 を 致 し 、 命 を 盡 し 、 極 め て 社 會 性 を 帯 び 、 道 徳 教 で あ る に 反 し 、 老 荘 は 獨 善 を 以 て 宗 と し 、 愛 敬 の 心 な く 、 父 を 棄 て 、 君 に 背 く と い ひ 、 そ の 極 端 な る 反 社 會 性 と 反 道 徳 性 を 指 摘 し て 排 斥 し て 居 る 。 そ れ が 當 時 の 識 者 の 思 想 で あ つ た 。 さ れ ば こ そ 、 唐 朝 に 於 い て 、 我 が 入 唐 大 使 清 河 に 向 ひ 、 道 士 を 日 本 に 件 は ん こ と を 慫 慂 せ る に 對 し 、 之 れ を 固 辭 し 申 繹 ま で に 、 春 桃 原 等 四 人 を 留 め て 道 士 の 行 を 學 ば せ た 鑑 眞 和 尚 東 征 傅 と い ふ 意 味 が 了 解 せ ら る ゝ で あ ら う 。 寧 樂 朝 の 爲 政 家 は 斯 く の 如 き 政 策 を 以 て 、 老 荘 乃 至 道 教 に 臨 ん だ 爲 に 、 老 荘 や 道 教 の 理 想 と す る 神 仙 の 思 想 は 全 く 行 は れ な か つ た か と い ふ に 、 決 し て 左 様 で な く 、 随 分 歸 依 者 も あ り 、 愛 好 の 徒 も あ つ た ら し く 、 懐 風 藻 や 萬 葉 集 に は 、 往 々 夫 れ 等 を 謳 歌 せ る 作 に 接 す る の で あ る 。 例 へ ば 、 懐 風 藻 に 收 む る 越 智 直 廣 の 述 懐 と 題 す る 五 含 絶 句 に 、 文 籍 我 所 難 老 荘 我 所 好 行 年 已 欲 半 今 更 爲 何 勞

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と い へ る が 如 き 、 葛 野 王 の 遊 龍 門 山 の 五 言 命 駕 遊 山 水 長 志 冠 冕 情 安 得 王 喬 道 控 鶴 入 蓬 瀛 の 如 き 、 其 の 例 に 乏 し く な い 。 萬 葉 集 に 於 い て も 、 ﹁ 右 歌 一 首 、 作 者 未 詳 ﹂ と し て 出 す 藐 姑 射 山 歌 首 、 心 を し 無 何 有 の 郷 に 置 き た ら ば 藐 姑 射 の 山 を 見 ま し 近 け む の 如 く 、 眷 十 六 藐 姑 射 の 山 は 荘 子 に 、 藐 姑 射 山 有 神 人 居 焉 、 肌 眉 若 氷 雪 、 綽 約 若 處 子 、 と あ る 、 老 荘 の 理 想 郷 を 詠 ん だ の で あ り 、 同 じ 巻 十 六 に 收 む る 竹 取 翁 の 長 歌 の 如 き 、 春 三 月 、 竹 取 の 翁 が 丘 に 登 つ て 遠 く 望 ん で 居 た 。 時 に 九 個 の 仙 女 が 羮 を 煮 て 居 る の に 遇 ふ て 、 互 に 歌 を 贈 答 し た 事 を 述 べ た も の で あ る が 、 斯 る 仙 女 は 正 し く 神 仙 の 夫 れ で あ る 。 其 の 序 を 出 さ ば 左 の 如 く で あ る 。 昔 在 老 翁 、 號 日 竹 取 翁 也 、 此 翁 季 春 三 月 、 登 丘 遠 望 、 忽 値 煮 羮 九 個 女 子 也 、 百 嬌 無 儔 、 華 蓉 無 止 、 干 時 娘 子 等 、 呼 老 翁 嗤 日 、 叔 父 來 乎 吹 此 燭 火 也 、 於 是 翁 曰 唯 々 、 漸 趨 徐 行 、 着 接 座 上 、 良 久 娘 子 等 、 皆 共 含 咲 相 推 譲 之 日 、 阿 誰 呼 此 翁 哉 、 爾 乃 竹 取 翁 謝 之 日 、 非 慮 之 外 、 偶 逢 神 仙 、 迷 惑 之 心 無 敢 所 禁 、 近 狎 之 罪 、 希 贖 以 歌 、 即 作 歌 一 首 並 短 歌 、 (長 歌 並 に 反 歌 二 首 と 娘 子 等 の 歌 九 首 略 す ) 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 一

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 二 そ の 他 、 斯 類 の 歌 が 少 く な い が 、 最 も 有 名 な の は 巻 三 に 收 む る 太 宰 帥 大 伴 卿 讃 酒 歌 十 三 首 で あ る 。 大 件 卿 は 族 人 で あ る が 、 此 類 の 絶 唱 で あ ら う 。 今 そ の 二 三 を 録 し て 、 思 想 の 一 斑 を 観 よ う 。 古 へ の 七 の 賢 き 人 達 も 欲 せ し も の は 酒 に し あ る ら し 現 世 に し 樂 し く あ ら ば 、 來 世 に は 虫 に 鳥 に も 我 は 生 り な む 三 排 斥 さ れ た 老 荘 乃 至 神 仙 の 思 想 で さ へ も 、 斯 様 に 盛 ん に 一 部 の 人 々 の 間 に は 流 行 し た の で あ る か ら 徳 治 主 義 と も い ふ べ き 政 治 上 の 根 本 原 理 と し て 採 用 さ れ た 儒 教 思 想 の 流 行 は 論 す る ま で も な い 。 唯 此 に 一 考 す べ き は 、 寧 樂 朝 の 儒 教 は 佛 教 に 對 し て 、 如 何 な る 考 へ を 有 っ 儒 教 で あ つ た か 、 反 撥 か 、 協 調 か 、 こ れ が 問 題 で あ ら ね ば な ら ぬ 。 聖 武 、 孝 謙 (又 稱 徳 ) と 申 す 列 聖 佛 教 の 篤 信 家 統 治 下 の 儒 教 は 反 佛 教 的 の も の で あ り 得 な い こ と は 自 然 の 勢 ひ で あ る 。 随 つ て 極 め て 協 調 的 の も の で あ つ た 。 就 中 、 社 會 道 徳 の 邊 に 於 い て 、 佛 儒 互 に 握 手 す る 風 の も の で あ つ た 。 具 體 的 に い へ ば 、 佛 の 五 戒 と 儒 の 五 常 と の 調 和 を 説 く 底 の 儒 教 で あ つ た 。 特 に 顔 氏 家 訓 が 流 行 し て 、 そ の 歸 心 篇 の 思 想 が 中 軸 と 爲 つ て 回 轉 し て 居 る 。 今 少 し く 之 れ を 觀 察 し よ

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う 。 大 陸 に 於 け る 佛 儒 の 協 調 は 梁 の 沈 約 均 聖 論 を 出 す に 始 り 、 顔 之 推 の 家 訓 歸 心 編 、 孫 綽 の 喩 道 論 李 士 謙 の 三 教 説 、 王 通 の 文 中 子 な ど に 至 つ て 盛 ん に 爲 つ た 。 就 中 、 顔 之 推 は 北 齋 、 北 周 よ り 随 初 の 人 で 、 文 三 十 巻 、 家 訓 二 十 篇 世 に 行 は る と 北 齋 書 卷 四 十 五 、 列 傳 三 十 七 、 に 見 え 、 唐 書 藝 文 志 、 子 部 編 に ﹁ 顔 氏 家 訓 顔 之 推 ﹂ と 著 疏 さ れ て あ る 。 顔 氏 家 訓 は 其 の 名 の 示 す 如 く 、 子 孫 を 誠 む る 書 で 、 七 巻 あ り 、 歸 心 篇 は 第 五 巻 に 收 め 、 又 廣 弘 明 集 誰 に 收 め ら れ 、 其 の 要 は 因 果 の 信 す べ き を 説 き 、 内 教 外 教 本 一 體 に し て 、 漸 極 異 る の み 、 内 典 に 五 種 の 禁 五戒 を 設 く る は 、 外 書 に 五 常 あ る に 同 じ と い ふ 趣 意 を 述 べ 、 佛 儒 調 和 の 説 を 持 し 、 更 に 當 時 佛 に 樹 す る 五 個 條 の 批 難 を 墨 げ て 、 一 々 之 れ を 會 釋 し て 居 る 。 内 外 兩 教 本 爲 一 體 、 漸 極 爲 異 、 深 淺 不 同 、 内 典 初 門 設 五 種 禁 、 外 書 仁 義 禮 智 信 符 同 、 仁 者 不 殺 之 禁 也 、 義 者 不 盗 之 禁 也 、 禮 者 不 邪 之 禁 也 、 智 者 不 酒 之 禁 也 、 信 者 不 妄 之 禁 也 、 至 如 畋 狩 軍 族 醸 饗 刑 罰 、 因 民 之 性 不 可 率 除 、 就 爲 之 節 、 使 不 淫 濫 耳 、 歸 周 孔 而 背 釋 宗 、 何 其 迷 也 之 が そ の 中 心 思 想 で あ る 。 最 も 佛 教 は 出 世 間 の 教 即 ち 宗 教 で あ り 、 儒 教 は 世 間 の 教 即 ち 道 徳 で あ り 、 政 治 で あ る 以 上 、 兩 者 の 本 質 的 協 調 は 望 ま る べ く も な い が 、 佛 教 に は 又 道 徳 的 一 面 を 具 へ て 居 る 。 い は い 戒 定 慧 の 戒 は 即 ち 夫 に 當 る の で あ り 、 そ の 戒 の 中 で も 五 戒 は 優 婆 塞 、 優 婆 夷 の 社 會 人 の 戒 に 當 る の で あ る か ら 、 佛 教 の 社 會 人 に 對 す る 道 徳 的 一 面 と 、 儒 教 の 道 徳 と の 歸 一 融 和 を 説 く こ と は 可 能 で あ 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 三

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 四 る と 共 に 最 も 卑 近 で あ り 、 俗 耳 に 入 り 易 き 次 第 で あ る 。 随 つ て 、 斯 る 説 明 は 寧 樂 朝 の 大 學 出 身 者 ︱ 儒 教 々 育 を 受 け た 人 に 對 し て 最 も 容 易 に 受 け 容 れ ら れ た も の と 思 は れ る の で あ る 。 今 そ の 證 據 と し て 當 代 の 事 例 を 列 擧 し て み よ う 。

周 孔 之 垂 訓 、 前 張 三 綱 五 教 、 以 濟 三郡 國 、 と い ひ 、 又 釋 藝 之 示 教 、 先 開 三 歸 五 戒 而 化 法 界 、 と い ひ 、 釋 尊 慈 尊 の 三 歸 五 戒 と 、 周 公 孔 子 の 三 綱 五 教 と の 調 和 歸 一 を 説 い て 、 故 知 、 引 導 雖 二 、 得 悟 一 也 、 と い つ て 居 る 。 即 ち 五 常 と 、 五 戒 と の 調 和 を 説 い て 居 る 譯 で あ る 。 空 海 の 綜 藝 種 智 院 式 の 序 に 、 ﹁ 備 僕 射 之 二 教 、 石 納 言 之 芸 亭 、 如 此 等 院 ⋮ ⋮ ﹂ と か ゝ れ た 備 僕 射 は 吉 備 眞 備 で 石 納 言 は 石 上 宅 嗣 で あ る が 、 二 教 と い ふ の は 佛 儒 の 二 教 で あ ら う か ら 、 吉 備 眞 備 は 佛 儒 二 教 を 並 び 説 く 院 を 建 て た の で あ る 。 随 つ て 彼 れ も 亦 佛 儒 並 説 乃 至 調 和 の 意 見 を 有 し た 人 と 推 察 さ れ る 。 拾 芥 抄 の 私 教 類 聚 目 録 の 首 に 左 の 如 く 、 五 戒 と 五 常 を 並 説 し て 居 る の は 固 よ り 然 る べ き で あ る 。 第 一 略 示 内 外 事 内 外 五 戒 一 不 殺 生 二 不 偸 盗 三 不 淫 欲 四 不 妄 語 五 不 飲 酒 外 教 五 常 一 仁 不 殺 二 義 不 盗 三 禮 不 邪 四 智 不 妄 五 信 不 亂

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石 上 宅 嗣 は 芸 亭 と い ふ 文 庫 を 建 て 、 内 外 の 典 籍 を 置 き 、 志 有 る 者 に 閲 覧 せ し め た 人 で あ る が 、 深 く 維 摩 經 を 信 じ 、 私 邸 を 棄 て て 寺 と 爲 し 、 阿 閔 寺 と 號 し 齋 食 講 論 し た 。 そ の 芸 亭 式 は 全 文 が 傳 は ら す 、 僅 に 後 記 に 一 節 を 残 し て 居 る に 過 ぎ な い が 、 そ の 中 に さ へ も 、 内 外 兩 門 本 爲 一 體 、 漸 極 似 異 、 善 誘 不 殊 、 と い ひ 、 全 く 歸 心 篇 の 語 を 踏 襲 し て 居 る 。 即 ち 歸 心 篇 に は 實 に 左 の 如 く 記 し て あ る 。 内 外 兩 教 本 爲 一 體 、 漸 極 爲 異 、 深 淺 不 向 、 因 に 、 今 に 残 つ て 居 る 芸 亭 式 の 一 節 は 左 の 通 り で あ る 。 内 外 兩 門 本 爲 一 體 、 漸 極 似 異 、 善 誘 不 殊 、 僕 捨 家 爲 寺 、 歸 心 久 矣 、 爲 助 内 典 加 置 外 書 、 地 是 伽 藍 、 事 須 禁 戒 、 庶 以 同 志 入 者 、 無 滞 空 有 、 兼 忘 物 我 、 累 代 來 者 、 超 出 塵 勞 、 歸 於 畳 地 、 而 し て 、 彼 れ は 正 三 位 大 納 言 に 昇 り 、 天 應 元 年 六 月 辛 亥 五 十 三 歳 を 以 て 亮 し た の で あ れ ば 、 實 に 寧 樂 朝 末 期 の 人 で あ る 。 四 寧 樂 朝 の 思 想 は 老 荘 乃 至 神 仙 を 排 斥 し 、 儒 教 を 以 て 準 據 と し 、 而 し て 、 そ の 儒 教 は 顔 氏 家 訓 の 影 響 を 受 け 、 佛 教 と 握 手 す る 底 の も の で あ つ た と す れ ば 、 斯 る 雰 園 氣 の 裏 に 教 育 さ れ た 大 學 生 眞 魚 が 三 教 指 歸 を 書 い て 、 李 孔 倶 に 斥 け 、 釋 家 に 歸 し た と い ふ こ と は 、 そ の 儒 生 と し て の 遙 か な る 飛 躍 で な く て 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 五

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 六 は な ら ぬ 。 即 ち 此 に 儒 か ら 佛 へ の 轉 向 が あ り 、 社 會 人 か ら 出 家 人 へ の 轉 身 が あ る 譯 で あ る 。 果 し て 然 ら ば 、 李 孔 倶 に 非 と す る 思 想 は そ の 背 景 を 何 處 に 求 む べ き で あ ら う か 。 こ れ 一 つ の 疑 問 で あ る 。 こ は 寧 樂 朝 の 儒 生 の 思 想 に 求 む べ か ら ざ る も の で あ る と す れ ば 、 必 す や 他 に 求 め ね ば な ら ぬ 。 而 し て 、 寧 樂 朝 の 思 想 は 老 儒 を 除 け ば 、 全 く 釋 家 の 世 界 で あ る 。 此 に 於 い て が 、 寧 樂 朝 の 釋 家 の 老 儒 に 對 す る 思 想 を 檢 討 せ ね ば な ら ぬ 順 序 と 爲 る 。 さ て 、 此 に 困 難 な る は 、 寧 樂 朝 に 於 い て 釋 家 の 撰 述 の 甚 だ 乏 し い 事 で あ る 。 固 よ り 成 分 の 撰 述 は あ っ た が 千 年 の 歳 月 は 殆 ん ど 彼 れ 等 を 亡 佚 せ し め て 、 今 残 る も の は 極 め て 少 量 で あ り 、 , そ の 大 部 は 斷 簡 で あ る 。 僅 に 智 光 の 浄 名 玄 論 略 述 の 機 關 を 始 め 、 蜜 々 た る も の に 過 ぎ ぬ 。 よ し 懐 風 藻 や 萬 葉 集 を 経 い て も 、 何 等 ま と ま つ た 思 想 に 觸 れ る こ と は 困 難 で あ る 。 斯 る 場 合 に 採 る べ き 方 法 は 、 寧 樂 朝 佛 教 の 淵 源 で あ り 背 景 で あ る 唐 朝 の 佛 教 思 想 を 研 究 し て 、 寧 樂 朝 の 佛 教 思 想 も 亦 此 く の 如 く な る べ し と の 推 定 を 下 す よ り 外 に 方 法 が 無 い 。 余 は 今 斯 る 方 法 に 依 つ て 、 寧 樂 朝 佛 教 の 對 老 儒 思 想 を 攷 へ よ う と 思 ふ の で あ る 。 寧 樂 朝 の 佛 教 は 謂 は ゆ る 六 宗 を 以 て 代 表 せ し め る こ と が 世 の 通 説 で あ る 。 即 ち 、 倶 舎 、 成 實 、 三 論 法 相 、 華 嚴 、 律 の 六 宗 で あ る 。 最 も 六 宗 と は 稱 す れ ど も 、 後 世 に い ふ が 如 く 宗 派 の 意 味 を 存 す る も の で は な く 、 六 朝 に 行 は れ た 宗 と い ふ 程 度 の 意 味 で 、 正 し く は 學 派 ︱ 六 宗 派 ︱ と も い ふ べ き も の で あ つ

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た 。 就 中 、 倶 舎 と 成 實 は 小 乗 論 部 で あ つ て 、 平 安 初 に は 既 に 寓 宗 と 定 め ら れ た 程 で あ れ ば 、 寧 樂 朝 の 佛 教 學 派 と し て は 、 三 論 、 法 相 の 論 部 と 、 華 嚴 の 經 部 と 、 戒 律 の 四 宗 で あ つ た と す べ き で あ る 。 果 し て 然 ら ば 、 此 の 四 宗 の 對 老 觀 、 對 儒 觀 は 如 何 な る も の で あ る か 、 こ れ 大 に 興 味 あ る 問 題 で あ る 。 先 づ 吉 藏 の 三 論 學 派 か ら い へ ば 、 老 儒 は 全 然 排 斥 せ ら る べ き も の で あ る 。 此 の 思 想 を 受 け た 智 光 は 浄 名 玄 論 略 述 序 軒 炎 探 願 、 猶 居 生 滅 之 界 、 孔 文 歴 選 、 未 渉 眞 如 、 と い つ て 居 る 。 吉 藏 の 對 老 儒 觀 は 三 論 玄 義 に 據 る を 捷 径 と す る 、 三 論 玄 義 に は 、 ﹁ 次 排 震 旦 衆 師 ﹂ の 條 が あ つ て 天 竺 四 術 既 是 外 言 、 震 旦 三 玄 應 爲 内 教 、 と い ふ 一 段 が あ る 。 震 旦 の 三 玄 と は 、 眞 玄 は 周 易 、 虚 玄 は 老 子 、 談 玄 は 荘 子 の こ と で あ る か ら 、 三 玄 の 内 教 た る べ し や と の 論 は 、 即 ち 老 儒 と 釋 教 と の 優 劣 論 で あ り 、 比 較 論 で あ る 。 此 の 論 に 二 段 を 分 ち 、 一 に 法 に 就 い て の 比 較 、 二 に 人 に 就 い て の 比 較 を 説 い て 居 る 。 先 づ 法 に 就 い て は 、 僧 肇 の 老 荘 と 浮 名 と の 比 較 論 を 擧 げ 、 老 荘 に 對 し 、 美 則 美 矣 、 然 期 神 冥 累 之 方 猶 未 盡 也 、 と い ひ 、 浮 名 に 對 し 、 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 七

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 八 欣 然 頂 戴 、 ⋮ ⋮ 吾 知 所 歸 極 矣 、 と い ふ 言 を 引 き . 次 に 羅 什 の 比 較 説 六 義 を 陳 べ て 居 る 。 即 ち ( 一) 外 但 辨 乎 一 形 、 内 則 朗 鑒 三 世 、 ( 二) 外 則 五 情 未 達 、 内 則 説 六 通 窮 微 、 ( 三) 外 未 即 萬 有 而 爲 大 盧 、 内 説 軍不 壊 假 名 而 演 實 相 、 ( 四) 外 未 能 写即 無 爲 而 遊 萬 有 、 内 説 不 動 眞 際 建 立 諸 法 、 ( 五) 外 存 得 失 之 門 、 内 冥 二 際 於 絶 句 之 理 、 ( 六) 外 未 境 智 兩 泯 、 内 則 縁 觀 倶 寂 、 と い ひ 、 次 に 二 書 の 問 答 を 設 け て 、 先 づ 註 は 略 す ( 一) 問 、 伯 陽 之 道 、 道 日 大 虚 、 牟 尼 道 、 道 稱 無 相 、 理 源 既 、 則 萬 流 並 同 、 什 肇 抑 揚 譜 佛 、 と い ふ 難 に 樹 し 、 答 、 伯 陽 之 道 、 道 詣 虚 無 、 牟 尼 之 道 、 道 超 四 句 、 淺 深 既 懸 、 體 何 由 一 、 蓋 是 子 倭 於 道 、 非 余 謂 佛 、 と い ひ 、 更 に 問 を 設 け 、 問 、 牟 尼 之 道 、 道 爲 眞 諦 、 而 體 絶 面 非 、 伯 陽 之 道 、 道 日 香 冥 、 理 超 四 句 、 彌 験 體 一 、 奚 有 淺 深 、

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と い ふ 難 を 駁 し て 左 の 如 く 述 べ て 居 る 。 答 、 九 流 統 揖 、 七 略 該 含 、 唯 辨 有 無 、 未 明 絶 四 、 若 言 老 教 亦 辨 双 非 、 蓋 以 砂 糅 金 、 同 盗 牛 之 論 、 第 二 に 人 物 の 比 較 に 於 い て 、 又 二 番 の 問 答 を 設 け 、 老 儒 倶 に 斥 け 、 佛 を 上 述 と 爲 し 、 老 儒 を 次 述 と 肥 し 、 佛 を 大 畳 と 稱 し 、 法 を 出 世 と 名 く 、 老 儒 に 人 天 福 喜 の 小 利 の み で 、 三 乗 賢 聖 の 大 利 無 く 、 有 を 説 く を 儒 と 爲 し 、 無 を 談 す る を 道 と 爲 し 、 益 を 辨 す る に 聖 を 得 る 事 無 く 、 利 を 明 す に 即 ち 世 間 に 止 る を 以 て 、 老 儒 倶 に 佛 に 及 ば す と 弾 し て 居 る 。 漢 書 亦 顯 品 類 、 以 伯 陽 爲 賢 、 何 晏 王 弼 稱 老 未 及 聖 、 令 孔 是 儒 童 、 老 爲 迦 葉 、 雖 同 聖 迹 、 聖 迹 不 問 、 若 圓 應 十 万 、 八 相 成 佛 、 人 稱 大 覺 、 法 名 出 世 、 小 利 即 生 人 天 福 喜 、 大 益 即 有 三 乗 賢 聖 、 如 是 斯 之 流 爲 上 述 也 、 至 如 孔 稱 素 王 、 譯 有 爲 儒 、 老 居 柱 史 、 談 無 日 道 、 辨 益 即 無 人 得 聖 、 明 利 即 止 在 世 間 、 如 是 之 類 爲 次 迹 矣 、 次 に 唯 識 學 派 は 如 何 と い ふ に 、 唐 朝 は 姓 李 で 、 老 氏 の 姓 と 同 じ と い ふ の で 、 老 荘 の 尊 ば れ た 事 は 非 常 な も の で あ り 、 老 子 を 以 て 、 佛 の 上 位 に 置 き 、 道 士 を 以 て 僧 徒 の 上 に 位 せ し め た 事 が あ る 。 之 れ に 對 し 、 玄 奘 は 上 表 し て 、 そ の 不 可 を 論 じ た 事 が 慈 恩 傳 卷九 に 見 え て 居 る 。 往 貞 觀 十 一 年 中 有 勅 日 、 老 子 是 朕 祖 字 、 名 位 稱 號 宜 佐 佛 先 、 時 普 光 寺 大 徳 法 常 、 總 持 寺 大 徳 普 應 等 数 百 人 、 於 朝 掌 陳 譯 、 未 蒙 改 正 、 法 師 還 國 來 、 已 頻 内 奏 、 許 有 商 量 未 果 中略 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 七 九

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 〇 法 師 毎 憂 之 、 因 疾 委 現 慮 、 更 不 見 天 顔 、 乃 附 人 陳 前 二 事 、 於 國 非 便 、 玄 奘 命 垂 旦 夕 、 恐 不 獲 後 言 、 謹 附 啓 聞 、 伏 枕 憧 懼 、 而 し て 、 玄 奘 の 老 子 に 樹 す る 意 見 の 最 も 明 か に 分 る の は 、 道 徳 經 の 梵 譯 に 際 し 、 彼 れ の 述 べ た 批 評 で あ る 。 そ の 事 は 道 宣 の 集 古 今 佛 道 論 衡 誰 に 收 む る 文 帝 詔 令 奘 法 師 飜 老 子 爲 梵 文 事 第 十 、 並 に 績 高 僧 傳 卷 四 、 玄 奘 傳 に 見 え て 居 る 。 唐 の 初 、 西 域 使 李 義 表 が 東 天 竺 童 子 王 の 所 で 、 佛 法 未 だ 行 は れ す 、 外 道 の 盛 ん な る を 觀 、 王 に 對 し て 、 支 那 大 國 に て も 、 .佛 教 渡 來 前 に 、 聖 人 あ り て 經 を 説 き 、 俗 間 に 流 布 し て 居 る 。 然 る に 、 此 の 文 は 未 だ 王 の 所 に 來 て 居 ら ぬ か 、 若 し 來 る な ら ば 必 す 信 奉 さ れ る で あ ら う と 申 し た と こ ろ 、 童 子 王 は 卿 若 し 本 國 に 還 ら ば 、 梵 文 に 譯 し て 送 り 來 れ 、 我 れ そ れ を 見 ん と 欲 す と い は れ た 、 そ こ で 、 貞 觀 二 十 一 年 李 義 表 が そ の 趣 き を 還 り 奏 し た の で 、 敕 し て 玄 奘 を し て 、 諸 道 士 と 共 に 譯 出 せ し め ら れ た の で あ る 。 此 に 於 い て 、 道 士 蔡 晃 、 成 英 二 人 、 李 宗 之 望 等 三 十 餘 人 、 五 通 觀 に 集 り 、 毎 日 道 徳 經 を 評 覈 し 、 玄 奘 は 句 々 披 析 し 、 其 の 義 類 を 窮 め 、 其 の 旨 理 を 得 て 譯 し た 。 諸 道 士 等 は 佛 經 の 中 論 百 論 等 を 引 用 し て 譯 語 を 議 し た が 、 之 れ に 對 し 、 玄 奘 は 佛 教 道 教 理 致 天 乖 、 安 用 佛 理 通 明 道 義 、 と 反 對 し 、 夫 れ よ り 稱 々 の 異 論 が 續 出 し て 居 る 。 就 中 、 老 子 の 道 と い ふ 語 を 梵 語 の 末 伽 と い ふ 語 に 譯

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し 、 菩 提 と い ふ 語 を 用 ゐ な か つ た 事 が 道 士 等 の 不 満 を 買 ひ 、 大 分 紛 議 を 起 し た 。 厥 初 云 、 道 此 乃 人 言 、 梵 云 末 伽 、 可 以 翻 度 、 諸 道 士 等 一 時 擧 袂 日 、 道 翻 末 伽 失 於 古 譯 、 昔 稱 菩 提 、 此 謂 爲 道 、 未 聞 末 伽 以 爲 道 也 、

道 士 成 英 日 、 佛 陀 言 覺 、 菩 提 言 道 、 由 來 盛 談 道 俗 同 委 、 今 翻 末 伽 、 何 得 非 妄 、 奘 曰 、 傳 聞 覧 眞 良 談 匪 惑 、 未 達 梵 言 、 故 存 恆 習 、 佛 陀 天 音 、 唐 言 覺 者 、 菩 提 天 語 、 人 言 爲 覺 、 此 則 人 法 兩 異 、 聲 采 全 乖 、 末 伽 爲 道 、 通 國 齊 解 、 如 不 見 信 謂 是 妄 談 、 諸 以 此 語 問 彼 西 人 、 足 所 行 道 彼 名 何 物 、 非 末 伽 者 、 余 是 罪 人 、 非 惟 惘 上 、 當 時 亦 乃 取 笑 天 下 、 又 、 玄 奘 は 河 上 公 の 序 を 淺 慮 に し て 、 彼 土 に 示 す に 足 ら す と し 、 除 い て 繹 し な か つ た の で 、 復 異 議 が 起 つ て 居 る 。 要 す る に 、 ﹁ 佛 教 道 教 理 致 天 乖 、 安 ん ぞ 佛 教 を 以 て 、 道 義 を 通 明 せ ん ﹂ と い ふ の が 、 玄 奘 の 老 子 觀 で 、 亦 唯 識 學 派 の 道 教 觀 で あ ら ね ば な ら ぬ 。 此 の 派 の 儒 教 に 對 す る 思 想 は ま と ま つ て 表 現 さ れ た も の は な い や う で あ る 、 諸 書 に 散 見 す る も の 何 れ も 片 言 隻 語 で 、 儒 さ へ 然 り 、 況 ん や 佛 に 於 い て を や と い ふ 底 の 口 吻 で あ る 。 唯 識 論 述 記 序 に 云 く 、 竊 以 、 六 位 精 微 資 象 翼 而 笙 理 、 二 篇 舌 妙 諸 蒙 列 以 探 、 況 乎 、 非 有 非 室 息 詮 辨 於 言 蹄 之 外 、 不 三 教 指 麟 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 一

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 二 生 不 滅 絶 昌 名 相 於 常 寂 之 津、 至 覺 迥 照 其 宗、 將 聖 獨 甑 真 宰、 無 言 之 言 風 驚 、 韜 遂 彩 而 月 玄 、 非 有 之 有 波 騰 湛 幽 章 而 海 濬 、 如 來 所 証 の 理 甚 深 に し て 量 り 難 く 、 遠 く 儒 道 の 及 ぶ 所 に 非 る を 示 し て 居 る 。 善 珠 解 し て 云 く 、 先 擧 外 書 儒 道 二 教 微 妙 不 測 、 況 乎 以 下 明 内 典 佛 教 幽 深 難 解 、 始 中 又 二 、 先 擧 僧 書 周 易 六 爻 一爲 六 位 、 後 擧 道 教 、 老 子 五 千 文 爲 二 篇 也 、 五 律 宗 の 對 道 儒 觀 は 、 南 山 律 宗 の 祖 師 道 宣 の 撰 述 す る が 最 も 便 利 で あ る 。 道 宣 は 單 な る 律 宗 の 學 匠 に 非 す し て 、 學 甚 だ 博 く 、 集 古 今 佛 道 論 衡 や 、 廣 弘 明 集 の 如 き 有 益 な る 編 纂 も あ れ ば 、 續 高 僧 傳 、 大 唐 内 典 録 の 如 き 僧 傳 や 目 録 も あ り 、 釋 迦 方 志 の 如 き 印 度 關 係 の も の ま で あ る 。 廣 弘 明 集 の 序 を 讀 む に 、 諸 教 の 興 記 を 述 べ て 、 震 旦 に 及 び 、 儒 道 の 二 教 に 論 及 し て 云 く 、 是 以 、 九 十 六 部 、 宗 三上 界 之 天 根 、 二 十 五 諦 、 計 極 計 之 冥 本 、 皆 陳 正 朔 、 號 三 寳 於 人 中 、 咸 稱 大 濟 、 敷 四 等 於 天 下 、 又 有 魯 邦 孔 氏 、 導 禮 樂 於 九 州 、 楚 國 李 公 、 開 虚 玄 於 五 嶽 、 匪 稱 教 主 、 皆 述 傳 先 王 、 賛 時 體 國 、 各 臣 吏 於 機 務 . 斯 並 衢 分 限 域 、 謂 流 沙 以 東 孔 老 之 化 、 及 葱 河 以 西 異 諦 之 所 緑 也 辮 御 乖 張 、 理 路 天 誅 、 居 然 自 別 、 而 し て 、 そ の 立 義 を 評 し て 、 印 度 の 外 道 は 我 神 を 計 し 、 東 華 の 儒 道 は 大 略 身 國 に 存 す と い つ て 居 る 。

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故 西 宇 大 夏 、 衆 計 立 於 我 身 、 東 華 儒 道 、 大 略 存 於 身 國 。 而 も 佛 獨 り 尊 く 、 天 に 二 日 無 く 、 國 に 二 王 無 き が 如 く 、 大 聖 と 稱 す べ き の み 、 彼 の 孔 老 の 如 き は 、 名 位 俗 に 同 じ く 、 常 人 は 異 ら す 、 先 生 を 祖 述 し て 自 ら 教 訓 無 し 、 何 ぞ 佛 に 比 し て 、 以 て 相 抗 す る を 得 ん 乎 と 結 ん で 居 る 。 若 夫 天 無 二 日 、 國 無 二 王 、 惟 佛 稱 爲 大 聖 、 光 有 萬 億 天 下 、 故 今 門 學 日 盛 、 無 呂國 不 仰 真 風 、 教 義 聿 修 、 有 識 皆 参 席 。 彼 孔 老 者 名 位 同 俗 不 異 常 人 、 祖 述 先 王 自 無 教 訓 、 何 得 比 佛 以 相 抗 乎 、 且 據 陰 陽 八 教 之 略 、 山 川 望 秩 之 祠 、 七 衆 委 之 若 遺 、 五 戒 損 而 不 顧 、 歡 此 一 途 、 高 術 自 足 投 誠 、 澤 有 聖 種 賢 蹤 、 則 爲 天 人 師 表 矣 、 是 知 天 上 天 下 惟 佛 爲 尊 、 六 華 嚴 學 派 に 至 つ て は 、 時 少 し く 後 る 主 嫌 ひ は あ る が 、 對 老 儒 の 思 想 は 澄 觀 、 宗 密 の 兩 師 に 至 つ て 、 最 も 顯 著 な 表 現 に 接 す る 事 が 出 來 る 宋 高 僧 傳 等 に 依 れ ば 、 澄 觀 は 玄 宗 の 開 元 二 十 五 年 日 本 天 平 九 年 に 生 れ 、 文 宗 の 開 成 三 年 承 和 五 年 に 寂 し 、 享 壽 實 に 一 百 二 歳 、 宗 密 は 徳 宗 の 建 中 元 年 賓 龜 十 一 年 に 生 れ 、 武 宗 の 會 昌 元 年 承 和 八 年 に 寂 し . 享 年 六 十 一 で あ る さ れ ば 三 教 指 歸 の 出 來 た 延 暦 十 六 年 に は 、 澄 觀 六 十 一 歳 、 宗 密 十 入 歳 で あ れ ば 、 證 觀 は 兎 に 角 、 宗 密 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 三

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 四 を 此 に 援 引 し て 三 教 指 歸 の 思 想 上 の 背 景 を 論 す る は 明 に 時 代 錯 誤 で あ る が 、 宗 密 は 大 體 に 於 い て 、 澄 觀 の 説 を 祖 述 し て 、 一 歩 を 進 め た も の で あ り 、 そ の 思 想 の 範 疇 は 各 同 一 轍 に 出 る も の で あ る か ら 、 暫 く 一 緒 に 之 れ を 論 じ て 華 嚴 學 派 の 老 儒 觀 を 測 定 す る 事 と し よ う 。 澄 觀 は 華 嚴 經 疏 卷三 に 於 い て 、 西 域 九 十 六 種 の 外 道 を 論 じ て 、 其 の 所 計 は 四 見 を 出 で す 、 即 ち 歎 論 は 一 を 計 し 、 勝 論 は 異 を 計 し 、 勒 沙 婆 は 亦 一 亦 異 を 計 し 、 菩 提 子 は 非 一 非 是 を 計 す 、 若 し 一 を 計 す る 者 は 因 中 に 果 あ り と い ひ 、 若 し 異 を 計 す る 者 は 因 中 果 無 し と い ひ 、 亦 有 亦 異 を 計 す る 者 、 並 に 非 有 非 無 を 計 す る 者 、 餘 諸 異 計 者 皆 此 を 出 で す 、 多 く 不 同 と 雖 も 、 其 の 結 過 に 就 い て 二 種 を 出 で す 、 虚 室 よ り 自 然 に 生 す と い ふ に 無 因 で あ り 、 餘 は 皆 邪 因 で あ る と い ひ 、 此 方 の 儒 道 二 教 は 亦 此 の 類 で 、 邪 因 か 無 因 の 計 を 執 す る も の で あ る と し て 云 く 、 此 方 儒 道 二 教 亦 不 出 此 、 如 荘 老 皆 計 自 然 、 謂 人 法 地 地 法 天 、 天 法 道 道 法 自 然 、 若 以 自 然 爲 因 能 生 酪萬 物 、 即 是 邪 因 、 若 謂 萬 物 自 然 生 、 如 鶴 之 自 、 如 鳥 之 黒 、 即 是 無 因 、 即 ち 道 教 は 自 然 が 因 で 萬 物 を 生 す と い は い 邪 因 で あ り 、 萬 物 は 自 然 に 生 じ た と い は い 無 因 で あ る と い ひ 、 次 に 儒 教 を 論 じ て 云 く 、 周 易 云 、 易 有 大 極 是 生 兩 儀 . 兩 儀 生 四 象 、 四 象 生 八 卦 、 入 卦 定 吉 凶 、 吉 凶 生 大 業 者 、 大 極 爲

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因 即 是 邪 因 若 謂 一 陰 一 陽 之 謂 道 、 即 計 陰 陽 變 易 能 生 萬 物 、 亦 是 邪 因 、 若 計 一 爲 虚 無 自 然 、 則 亦 無 因 、 然 無 因 邪 因 乃 成 大 過 、 更 に 進 ん で 、 此 れ 等 の 異 計 を 總 評 し て 、 因 果 を 知 ら れ る も の と 爲 し て 居 る 。 謂 自 然 虚 室 等 生 應 二常 生 鱒故 、 以 不 知 三 界 由 乎 我 心 、 從 癡 有 愛 流 轉 無 極 、 迷 正 因 縁 故 異 計 紛 然 、 安 知 因 縁 性 室 眞 如 妙 有 、 言 有 濫 同 釋 教 者 、 皆 是 佛 法 之 餘 、 圃 於 涅 繋 盗 牛 之 喩 、 乳 色 雖 同 不 能 善 取 醍 醐 、 泥 拝 驢 乳 安 成 酥 酪 、 華 嚴 經 疏 は 徳 宗 の 貞 元 三 年 延 暦 六 年 の 撰 で あ る が 、 更 に 夫 れ を 評 釋 し た 随 疏 演 義 鋤 蜷 + に 、 先 づ 然 此 方 儒 道 玄 妙 不 越 三 玄 、 周 易 爲 眞 玄 、 老 子 爲 虚 玄 、 荘 子 爲 談 玄 、 今 疏 有 二 、 先 合 引 荘 老 、 後 別 引 周 易 、 前 中 亦 二 、 先 引 文 、 後 斷 義 、 と 文 段 を 説 き 、 老 子 の 有 物 混 成 章 、 荘 子 の 大 宗 師 篇 、 周 易 の 繋 辭 傳 を 引 き 無 因 邪 因 の 義 を 明 か に し て 居 る 。 文 甚 だ 詳 密 で み る か ら 、 此 に 引 用 さ れ る 事 能 は ぬ の は い か に も 残 念 で あ る 。 宗 密 は 澄 觀 を 祖 述 し 、 圓 覺 を 註 す る を 以 て 有 名 で あ る 。 圓 覺 經 大 疏 の 序 に 、 宗 密 髫 專 魯 諾 、 冠 討 竺 墳 、 倶 溺 纂 第 、 唯 味 糟 粕 、 幸 於 溶 上 、 針 芥 相 投 、 釋 遇 南 宗 、 教 逢 斯 典 、 一 言 之 下 心 地 開 通 、 一 軸 之 中 義 天 朗 耀 、 と い ふ だ け あ つ て 、 老 荘 、 周 孔 に も 詳 で あ り 、 同 疏 の 序 文 の 首 に も 、 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 五

(22)

三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 六 元 享 貞 乾 之 徳 也 . 始 於 一 氣 、 常 樂 我 浄 佛 之 徳 也 、 本 乎 一 心 、 専 一 氣 而 致 柔 、 修 心 而 成 道 、 と 如 何 に も 儒 佛 一 如 的 口 吻 を 洩 し て 居 る が 、 而 も 彼 の 本 心 は 澄 觀 と 同 一 で あ り 、 其 の 著 原 人 論 に 於 い て 、 明 に 看 取 す る 事 が 出 來 る 。 原 人 論 は 斥 迷 執 第 一 、 斥 偏 議 第 二 、 直 顯 眞 源 第 三 、 會 通 本 末 第 四 の 四 章 よ り 成 る が 、 第 一 に は 習 儒 道 一者 と の 註 が 附 い て 居 て 、 正 し く 儒 道 二 教 を 迷 執 と し て 斥 け て 居 る 。 序 の 一 節 に 云 く 、 然 今 習 儒 道 者 、 牴 知 近 則 乃 祖 乃 父 、 傳 體 相 續 受 得 此 身 、 遠 則 混 沌 一 氣 剖 爲 陰 陽 之 二 、 二 生 天 地 人 三 、 三 生 萬 物 、 萬 物 與 人 皆 氣 爲 本 、 と そ の 主 義 を 録 し 、 三 教 の 比 較 に 及 び て 云 く 、 然 孔 老 釋 迦 皆 是 至 聖 、 随 蒔 應 物 、 設 教 殊 塗 、 内 外 相 資 、 共 利 群 庶 、 策 勤 萬 行 、 明 因 果 始 終 、 推 究 萬 法 、 彰 生 起 本 末 、 雖 皆 聖 意 、 而 有 實 有 権 、 策 萬 行 、 懲 悪 勸 善 、 同 歸 於 治 、 則 三 教 皆 可 導 行 、 推 萬 法 、 窮 裡 盡 性 、 至 於 本 源 、 則 佛 法 方 爲 決 了 、 即 ち 孔 子 、 老 子 、 釋 尊 皆 至 聖 、 三 教 皆 選 ふ べ し と 雖 も 、 萬 法 を 推 し 、 理 を 窮 め 、 性 を 盡 し 、 本 源 に 至 つ て は 、 佛 教 を 以 っ て 決 了 と 爲 す と い ふ の で 、 佛 教 を 以 て 無 上 の 法 と し 、 孔 老 の 及 ぶ 所 に 非 ら す と す 意 は 明 か で あ る 。 斥 迷 執 第 一 に 於 い て 、 而 し て 儒 道 の 立 義 を 叙 し 、 終 に そ れ を 破 し て 居 る 。 儒 教 二 教 説 、 人 畜 等 類 、 皆 是 虚 無 大 道 、 生 成 養 育 、 謂 道 法 自 然 、 生 於 元 氣 、 元 氣 生 天 地 、 天 地

(23)

生 萬 物 、 故 愚 智 貴 賎 貧 富 苦 樂 皆 禀 於 天 .. 由 於 時 命 、 故 死 後 却 歸 天 地 、 復 其 虚 無 、 即 ち 澄 觀 の い ふ 無 因 で あ り 、 邪 因 で あ る 。 而 し て 、 之 を 評 し て 、 外 教 の 字 旨 は 依 身 立 行 で 、 身 の 元 由 を 究 覧 し な い も の で あ る 。 所 説 の 萬 物 、 象 外 を 論 せ ず 、 大 道 を 本 と な す と 雖 も 、 順 道 起 滅 染 浄 の 因 縁 を 明 に せ す と 爲 し 、 更 に 全 章 に 亘 つ て 、 之 れ を 駁 し て 居 る 。 先 づ 盧 無 自 然 を 論 じ て 云 く 、

.

行 無 く し て 貴 く 、 行 を 守 つ て 賎 し く 、 徳 無 く し て 富 み 、 徳 有 つ て 貧 し く 、 道 に し て 吉 義 に し て 凶 、 信 に し て 夭 、 暴 に し て 壽 な る も の あ り 、 有 道 に し て 喪 ひ 、 無 道 に し て 興 る も の あ り 、 皆 こ れ 天 な ら ば 聖 人 教 を 設 け て 人 を 責 む る は 何 の 意 そ や 、 天 を 責 め す 、 命 を 罰 せ ざ る は 不 當 と 難 詰 し 、 然 則 詩 刺 亂 政 、 書 讃 王 道 、 禮 稱 安 上 、 樂 號 移 風 、 豊 是 奉 上 天 之 意 、 順 造 化 之 心 乎 、 終 に 、 是 知 、 專 此 教 者 、 未 能 兼 人 、 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 七

(24)

三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 想 思 二 八 八 と 結 ん で 居 る 。 彼 れ は 斥 偏 議 第 二 に 、 佛 の 了 義 教 を 習 ふ 者 を 論 じ 、 佛 初 心 の 爲 に 、 且 く 三 世 業 報 、 善 悪 因 果 を 説 く こ れ 即 ち 人 天 教 に し て 、 五 戒 十 善 の 教 へ で あ る が 、 そ の 五 戒 を 説 く は 、 世 の 五 常 を 説 く に 類 す と い ひ 天 竺 世 教 儀 式 雖 殊 、 懲 悪 勸 善 、 釜 別 亦 不 離 仁 義 等 五 常 、 而 者 中徳 行 可 .修 、 と 述 べ 、 五 戒 を 註 し て 、 不 殺 是 仁 、 不 盗 是 義 、 不 邪 淫 是 禮 、 不 妄 語 是 信 、 不 飲 畷 酒 肉 、 神 氣 清 潔 益 於 智 也 、 と い つ て 居 る の は 、 顔 氏 家 訓 と 同 一 で 、 宗 密 は 儒 道 二 教 を 以 て 人 天 教 の 分 齊 と 看 徹 し た の で あ る 。 上 述 の 如 く 、 三 論 も 、 法 相 も 、 律 も 、 華 嚴 も 、 其 の 學 派 々 々 の 抱 懐 す る 對 老 樹 儒 の 思 想 は 大 同 小 異 で あ つ て 、 廢 し て は 無 因 邪 因 の 外 道 と 爲 し 、 立 て ゝ は 人 天 教 に 類 す る 分 齊 と 爲 し て 居 る 。 随 つ て 、 寧 樂 朝 釋 家 の 思 想 も そ の 範 疇 を 出 で ぬ も の と 考 ふ べ き で あ り 、 十 分 の 文 献 を 歓 ぐ も 、 斯 く 考 へ て 、 殆 ん ど 誤 り は な い の で あ る 。 七 寧 樂 朝 に 於 け る 三 教 相 互 の 思 想 は 、 儒 家 は 老 荘 神 仙 を 排 し 、 佛 教 と 親 し み 、 釋 家 は 老 荘 儒 家 に 對 し 一 段 の 於 持 を 有 つ て は 居 た が 、 別 般 排 斥 的 態 度 を 現 は し て は 居 な い と 觀 る が 妥 當 で あ ら う 。 併 し そ の 内 心 に 至 つ て は 、 老 荘 儒 家 共 に 探 る に 足 ら す と し 、 僅 に 人 天 教 の 分 齊 と し て 世 教 を 補 ふ も の あ る も 、

(25)

解 脱 得 證 の 一 路 に 至 つ て は 、 倶 に 談 す る に 足 ら す と し た 事 勿 論 で あ る 。 斯 る 雰 園 氣 に 育 つ た 眞 魚 (後 の 空 海 )︱ 當 代 の 儒 生︱ が 老 荘 乃 至 神 仙 に 嫌 焉 た る も の あ る は 、 固 よ り 環 境 の 然 ら し む る と こ ろ 、 理 の 當 然 で あ る 。 儒 に 對 し て は 、 遙 か 後 年 の 作 に も 、 往 々 當 代 思 想 の 反 影 が 発 見 さ れ る 。 例 へ ば 、 秘 藏 賓 鍮 卷上 に 、 外 號 五 常 、 内 名 五 戒 、 名 異 義 融 、 と い ひ 、 十 住 心 論 卷二 は 、 夫 五 戒 同 於 外 書 有五 常 之 教 、 と い ふ の 類 で あ る 。 之 れ 等 は 眞 備 、 宅 嗣 の 如 き 、 寧 樂 朝 の 儒 臣 と 全 く 同 一 程 度 の 思 想 で あ る 。 若 し や 、 眞 魚 が 此 の 程 度 に 止 つ た な ら ば 、 彼 れ は 眞 魚 で 終 に 室 海 と は 爲 ら す 、 又 終 生 儒 臣 と し て 、 眞 備 乃 至 は 宅 嗣 程 度 の 佛 教 信 者 と し て 止 つ た で あ ら う 。 然 る に 、彼 れ が 道 儒 を 評 し て 、 三 教 指 歸 卷 下 假 名 乞 兒 諭 、 吾 聞 汝 等 論 、 警 如 鏤 氷 盡 水 有 勞 無 益 、 何 其 劣 哉 、 と い ひ 、 佛 教 を 讀 し て 、 同上 吾 今 重 述 生 死 之 苦 源 、 示 涅 繋 之 樂 果 、 其 旨 也 則 姫 孔 之 所 未 談 、 老 荘 之 所 未 演 、 其 果 也 則 四 果 獨 一 所 不 能 及 、 唯 一 生 十 地 漸 所 優 遊 耳 、 と い ひ 、 終 に 、 同上 三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 八 九

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三 教 指 歸 制 作 の 背 景 と し て の 寧 樂 朝 の 思 想 二 九 〇 彼 周 孔 老 荘 之 教 、 何 其 偏 膚 哉 、 と 傲 語 し 、 壽 を 賦 し て 云 く 、 同上

依 傳 道 觀 臨 金 仙 一 乗 法 義 益 最 幽 深 自 他 兼 利 濟 誰 忘 獣 與 禽 春 花 枝 下 落 秋 露 葉 前 沈 逝 水 不 能 住 廻 風 幾 吐 音 六 塵 能 溺 海 四 徳 所 歸 岑 已 知 三 界 縛 何 不 去 纓 簪 即 ち 、 ﹁ 金 仙 一 乗 の 法 は 義 益 最 も 幽 深 な り ﹂ と い ふ に 至 つ て は 、 當 代 釋 家 の 思 想 を 如 實 に 表 現 せ る も の で 、 既 に 儒 家 の 領 域 を 逸 脱 し 、 遠 く 大 陸 に 於 け る 三 論 、 法 相 、 律 、 華 嚴 の 諸 家 と 正 し く 一 致 し て 居 る 。 若 し 眞 魚 に し て 忠 實 に 儒 家 の 分 齋 を 守 つ て 、 其 の 上 佛 に 歸 し た と す れ ば 、 石 上 宅 嗣 と そ の 揆 を 一 に す べ く 、 又 、 宅 嗣 に し て 、 今 一 歩 を 佛 に 進 め た な ら ば 、 或 は 空 海 と 爲 っ て 、 彼 の 周 孔 老 荘 の 教 、 何 ぞ 夫 れ 偏 膚 な る や と 叫 ん だ か も 知 れ ぬ 。 此 に 寧 樂 朝 の 黄 昏 が あ り 、 此 に 平 安 朝 の 黎 明 が あ る 。 三 教 指 歸 は 實 に 眞 魚 に 依 つ て 撞 か れ た 曉 鐘 で あ る 。 (昭 和 九 年 一 月 九 日 京 都 に 於 い て 稿 了 )

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