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   平成24年度 特定の課題についての学修成果

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   平成24年度 特定の課題についての学修成果

人物の意思決定を吟味する社会科歴史人物学習の授業開発     一エンパシー能力の育成を目指して一

  兵庫教育大学大学院 専門職学位課程 教育実践高度化専攻 小学校教員養成特別コース

     P10070B 常田義人

(2)

目次

序論………

 1 問題の所在……

 2 研究の目的・……・…

 3 研究の方法…

第1章歴史人物学習とエンパシー……・…

 第1節 歴史教育とエンパシL一一一……一     1 PISAとエンパシー…・…

    2 歴史的エンパシー…………・……・…

 第2節 先行研究の分析…一

    1 意思決定力を育成する歴史授業・………・……・

    2 小原の授業構成とエンパシー……

 第3節 歴史人物学習におけるエンパシー能力を育成する授業づくり・

     一意思決定のプロセスを踏まえて一     1 授業づくりの意義………・…

    2 授業づくりの視点…・……・

 第II章 人物の意思決定を吟味する歴史授業の構想・…・……・……・・

     一単元「江戸幕府による政治」の場合一  第1節 江戸幕府の政治に関する教材研究…・…

    1 単元「江戸幕府による政治」…・

    2 鎖国完成までの経緯・………

    3 徳川家光の意思決定・………・一……

 第2節 授業プランの設計…・………

    1 単元の授業構成…一一一………・…

    2 事実関係の分析・…・

    3 意思決定過程の分析…・…・

第m章 授業の実践内容と授業分析………・……

    一児童の発言内容と記述内容を手がかりとして一  第1節 授業仮説と分析の視点……・・

    1 授業仮説……一一     2 分析の視点…一

 第2節 第1時における実践内容と授業分析・………

    1 本時のねらい…一

112244457790

・10

・・P0

・14

445688813 11111韮122

・・Q3

・・Q3

・・Q3

・・Q5

一・Q5

(3)

   2 本時の展開………

   3 本山の授業分析………

   4 本時の成果と課題・…・…

第3節 第2時における実践内容と授業分析・・

   1 本立のねらい・…

   2 長時の展開……

   3 立時の授業分析・…………

   4 本立の成果と課題………

第4節 第3時における実践内容と授業分析・・

   1 立時のねらい………

   2 本心の展開………・………・

   3 三時の授業分析・………

   4 本立の成果と課題…

第5節 第4時における実践内容と授業分析・・

   1 本時のねらい……・………・・……一    2 長時の展開………・…

   3 立時の授業分析…・…・

   4 本論の成果と課題…・…………

第6節 授業仮説の検証………・

i⊥2

3

授業仮説の検証と考察………

本実践の課題………

一歴史的エンパシーの段階に着目して一 本実践の課題………

一選択肢Bを選んだ児童の記述に着目して一 第IV章 授業改善案の構想・………・

 第1節 本実践における成果と課題の整理・……・…

    1 本実践における成果の要素………・…・…

    2 本実践における課題の要素…・………・

 第2節 授業改善案プランの設計………

    1 授業改善案のねらい…・……・

    2 授業改善案における単元の構成………

    3 授業改善案における第5時の授業構成・・

結論・

 1 本研究の成果・・

 2 今後の課題・・…

557999924445800003660222222233333344444445

一・T0

3333555699955555555555

(4)

謝辞

引用・参考文献 資料

(5)

序論

1 問題の所在

 小学校第6学年における歴史学習の特徴として,「人物の働きや代表的な文化遺産を中心 に」ω学ぶということが挙げられる。時代の流れや移り変わりといった視点ではなく,あ くまで代表的な人物や文化遺産を取り上げて具体的に学ぶことがねらいとされている。歴 史上の人物を中心とした授業において,特に重視されてきたことは「歴史上の人物に思い を寄せること」(2)である。渡辺(2003)は4人の日本人教師の教1受パターンから,この授 業構造を3つのステップにまとめている。「まず教師はある歴史的事実の時代背景を説明す る。次にその状況を身近な日常生活として追体験することによって,歴史上の人物がその 状況下でどのように感じたかを児童に想像させる。そして最後に想像した人物の気持ちと 行動を結びつけるのである」(3)。この場合,教師は人物の感情を想像させる時,共感を通

じて得られる普遍的な感情や行動を児童に問う。歴史上の出来事と日常生活の出来事を結 びつけ,「共感」によって歴史の因果関係を説明することで児童の理解を促すこととなる(4)。

 これまでの学校現場では,上述のように「共感」を通じた歴史学習が行われてきた。歴 史教育における「共感」の問題点について原田(2012)は,「英語にはシンパシー(sympathy)

とエンパシー(empathy)という共感を指す二つの語がある。(中略)シンパシー論とエン パシー論が混在しながらも,それを意識せずに論を展開した」(5)と指摘している。シンパ シーとエンパシーの違いについて北川(2009)は,「相手のことがわかるという前提で考え るのがシンパシー,相手のことはわからないという前提で考えるのがエンパシーである」

と述べ,シンパシーは「感情移入」,エンパシーは「自己移入」と訳している(6)。また,原 田は「同質性の高いコミュニティであればシンパシーも生かされようが,異文化の交錯す るグローバル社会ではむしろエンパシーが不可欠である」⑦と述べている。渡辺がまとめ た3つのステップにおける普遍的な感情や行動に対する共感はシンパシーであると言える。

しかし歴史学習においては,現在とは異なる過去の世界を捉えるため,人物の立場を分析 し自分自身の問題として思考するエンパシーの方が有効だと考えられる。

 歴史で語られる遠い過去の世界は,児童の生活からすれば異質なものである。その世界 にある人物の気持ちを想像だけで捉えることは児童にとって困難ではないだろうか。対象 とする人物の目的や立場,その場面で置かれていた状況等を分析することで,始めてその 人物像が浮かんでくる。したがって,同じ人物への「共感」でも,シンパシーのような普 遍的な感情の想像に基づく授業ではなく,エンパシーのような人物の分析に基づく授業づ

くりが必要ではないかと考える。

(6)

2 研究の目的

 歴史教育におけるエンパシーについて,原田(2012)は米国の歴史的エンパシーの活用 事例を基に人物学習の授業プランを示している(8)。しかし,この事例は中学校の歴史教育 を対象としたものである。また,小学校における歴史的エンパシーを意識した授業実践は まだ殆ど見られない。そこで,本研究では歴史的エンパシー論を基に小学校第6学年にお ける歴史人物学習のより現場の実態に即した授業開発を目指すことを目的とする。

3 研究の方法

研究の方法については,次の通りである。

①先行研究や文献資料を基に理論研究を行い,授業仮説及び分析の視点を設定し,単元  構成を設計する。

②単元構成を基に授業実践を行い,実践内容の分析と授業仮説の検証を行う。

 研究の流れとしては,まず第1にエンパシーに関する文献資料や授業実践の先行研究を 基に理論研究を行う。その上で実践をする上での授業仮説と分析の視点を設定し,授業の 単元構成を設計する。そして第2に設計した単元構成を基に授業実践を行う。その上で分 析の視点を基に実践の内容について考察し,授業仮説の検証を行う。さらに授業実践での 成果と課題を基に改善案を作成し,現場の実態に即したより実践的な授業開発を目指す。

(7)

〔註および引用文献〕

(1)

(2)

︶ ︶

34くゾ

︵ ︵

(6)

(7)

(8)

文部科学省『小学校学習指導要領解説 社会編』2008年,p.73。

渡辺雅子「歴史教育における説明スタイルと能力評価一日米小学校の授業比較一」

『教育社会学研究』東洋館出版社,2003年,p.56。

同上,p.48。

同上,p.49。

原田智仁「時代把握ができる歴史人物学習:素材の調理法でここまで変わる?!(4)

人物学習の基礎・基本(2>めざすはシンパシーではなくエンパシー」『社会科教育』

明治図書,2012年,p.112。

清宮普美代・北川達夫『対話流未来を生みだすコミュニケーション』三省堂,2009

年,P.114。

前掲書(5),p.113。

原田は米国の歴史的エンパシーを日本の人物学習に応用し,西郷の「征韓論」を事 例に授業プランを示している。

同上,p.115。

(8)

第1章 歴史人物学習とエンパシー

第1節 歴史教育とエンパシー

 先行研究の分析に入る前に,エンパシーと歴史教育の関係について概観する。まずはエ ンパシーがどのようなものか確認し,エンパシーがどのように歴史教育と結びつくのかを

見定める。

1 PISAとエンパシー

 「ゆとり教育」の見直しや学習指導要領の改訂などに影響を与えたOECD生徒の学習到 達度調査(以下PISAと記す)は,今なお日本の教育界における関心事として取り出され る。「読解力」は,2009年での調査で重点分野となり話題を呼んだ。PISAの読解プロセス は,「情報の取り出し」「解釈」「熟考評価」の3つから成り立っている。「情報の取り出し」

とはテキストに書かれている情報を正確に取り出すこと,「解釈」とは書かれた情報がどの ような意味を持つか理解したり,推論したりすること,「熟考評価」とはテキストに書かれ ていることを知識や考え方,経験と結びつけること(1)である。この3つの活動は独立して いるわけではなく,それぞれが連続して関連し合っている。北川(2009)は,解釈の根拠 となる情報,あるいは解釈の手がかりになる情報を集めることがPISAの「情報の取り出 し」(2)であると述べている。つまり,「情報の取り出し」そのものを目的とするのではなく,

「解釈」で推論を成立させるための「情報の取り出し」を目的としているのである。また,

「熟考評価」は推論をたくさん積み重ねていくことで生まれる主張(3)であり,PISAの読解 力で最も重要なのは「推論の網目」,あるいは「推論のはしご」をつくること④だという。

 PISAの読解力の背景にエンパシーという発想がある(5)。エンパシーとは,自分を相手の 立場に置いて考える技術(6)である。エンパシー型のコミュニケーションでは相手の立場を 論理的に分析し,「自分だったらどう考えるか」を考える(7)。相手がその「解釈」に至った 思考のプロセスを「情報の取り出し」によって明らかにし,推論の積み重ね(「熟考」)で 生まれた相手に対する自分自身の「評価」を主張するPISAの読解プロセスはエンパシー 型のコミュニケーションと酷似しているといえる。

 PISAへの関心が高い理由としては,それが国際テストであり,グローバル・スタンダー ドの学力(8)を示す調査だからである。グローバル化の時代においては,異文化との交流を 避けては通れない。異なる価値観をもつ相手を理解するためには,自分の価値観をぶつけ るのではなく,相手の立場に立って考えを推理する必要がある。相手の思考のプロセスを たどるエンパシーという発想は,グローバル社会において欠くことのできない要素である。

(9)

2 歴史的エンパシー

 序論でも述べた通り,英語にはシンパシーとエンパシーという共感を指す2つの語があ る(9)。これについて北川は,相手のことがわかるという前提で考えるのがシンパシー,相 手のことはわからないという前提で考えるのがエンパシーであると述べ,シンパシーは「感 情移入」,エンパシーは「自己移入」と訳している(10)。エンパシーでは,一定の解釈をあ らかじめ示し,それがなぜ成り立つのかを考えさせる。つまり,その解釈にいたった他人 の思考プロセスをたどる㈹のである。

 これまでの日本で行われてきた「共感」を通じた歴史学習は,歴史上の人物から普遍的 な感情を想像によって取り出し,歴史上の出来事と日常の出来事を結びつけるものであっ た。これは,普遍的な感情に当てはめれば歴史上の人物の感情がわかるという前提で考え るため,シンパシー型の授業であると言える。では,エンパシー型の授業とはどのような

ものか。

 歴史教育におけるエンパシーを原田(2012)は「歴史的エンパシrと呼び,米英での 研究をもとにその基本原理を次の6つに要約している(12)。

①歴史的エンパシーは想像力,同一視,シンパシーとは基本的に異なる。

②人物の行為の理解に関わる。

③過去の文脈の吟味に関わる。

④複数の証拠とパースペクティブを必要とする。

⑤子どもに自らのパースペクティブの検証を求める。

⑥確かな根拠に基づく仮説的な結論を奨励する。

また,歴史的エンパシーの深化,発展の過程を次のように捉えている(13)。

123

4

歴史上の人物の資料を単なる情報として見ている(エンパシーのない状態)

現在の見方を過去に応用し始める(日常的エンパシー)

過去の観点を理解し始めるが現在と異なることに気づかない(ステレオタイプのエ

ンパシー)

過去の人々は我々と異なる見方や信念をもち,しかもそれが人により大きく異なる ことを理解する(区別されたエンパシー)

 歴史的エンパシーの深化発展において,日常の,固定的な見方を,それとは「区別され たエンパシー」へ高めることが重要㈹であると原田は述べている。シンパシー型の授業で は,過去の出来事を普遍的な感情を手がかりにして現在の見方で捉えていた。これは歴史

(10)

的エンパシーの深化,発展における「2 日常的エンパシー」の状態に近いと言える。こ れに対してエンパシー型の授業では,過去の見方は現在と異なることを前提とし,現在の 見方を越えて過去の人物の見方に迫っていく。そうして過去の人物の見方と現在の自分の 見方が異なることを理解することが歴史的エンパシーの目的である。

 現在と過去の違いを認識することは,過去を認識するという知的行為そのものである。

したがって歴史的な思考を促す手段としてエンパシーは有効であると考える。

(11)

第2節 先行研究の分析

 第2節では,小原友行の「意思決定力を育成する歴史授業構成一「人物学習」改善の視 点を中心に一」を先行研究として取り上げる。現在,歴史人物学習においてエンパシーを 直接取り扱った授業実践の先行研究は殆ど見られない。しかし,小原が構成した授業の学 習活動にはエンパシーの発想と重なる点がいくつか見られる。ここでは,小原の歴史授業 構成をエンパシーに依拠しながら分析する。

1 意思決定力を育成する歴史授業

 小原(1987)は意思決定について,「問題を解決するために考えられる実行可能ないくつ かの解決策(行動案)の中から,より望ましいものを選択・決定すること」(15)であると定 義している。その上で,歴史上の人物の行為を,「衝動的行為・習慣的行為・強制された行 為のような非選択的行為ではなく,意識的・主体的な意思決定を伴うところの選択的行為 である」(16)と捉え,人物の意思決定の追体験的な学習や,意思決定の歴史的評価や意思決 定を実際に行わせることで意思決定力の育成を図ることを目指している(17)。

 つまり「追体験的な学習」「歴史的評価」「意思決定の実践」の3つが,小原の主張する 意思決定力育成に関わる活動であると言える。「追体験的な学習」とは,人物が意思決定に 至るまでのプロセスを分析によって明らかにする学習活動である。「歴史的評価」とは,人 物の行為がもたらした歴史的な価値を評価する学習活動である。「意思決定の実践」とは,

児童が歴史上の人物の立場に立って意思決定を行う学習活動である。これら3つの活動を 踏まえて,小原は「記述」「説明」「判断」の流れで授業展開を構想している。

 まず「記述」では,人物の行為に対して「どのように」「どのような」と問う。例えば,

人物はどのような歴史的状況の中に生きていたのか,どのような性格で,どのような集団 に所属し,どのような地位にあったのか,どのような問題状況に直面していたのか,問題 を解決するためにどのような行為を行ったのか,どのような結果が生じたのか(20)といった 問いを挙げていき,その人物に関わる事実を押さえていく。

 次に「説明」であるが,これについては「目的論的説明」と「因果的説明」の2つが挙 げられている。「目的論的説明」について小原は「人物の目的・意図・動機とそれを実現す るための手段の関係から説明しようとするものであり,行為がなされる現在と,行為の結 果目的が実現されることが期待される未来の事態との関連に視点を当てた説明である」(18)

と述べている。つまり,ここでは目的・意図・動機といった人物の内面にフォーカスが向 けられており,人物の立場に立って考えることが求められる。

 一方の「因果的説明」について,小原は「原因と結果の関係から説明しようとするもの であり,行為がなされる現在と,その原因となった過去の事態との関連に視点を当てた説

(12)

明」(19)と述べている。また,「因果的説明」の説明過程の推論を次のように示している(20)。

OAは, Bという状況に直面していた(原因)。

OBという状況に直面した人間は, aという行動をとる。

○それゆえ,Aはaにとりかかる(結果)。

つまり,ここでは人物の内面ではなく,外側にある状況(原因)を捉え,その状況に置か れた場合の「人間」の一般的な行動パターンから結果を導くことが求められる。

 最後に「判断」であるが,ここでは1価値的判断」と「実践的判断」の2つが挙げられ ている。「価値的判断」について小原は,「人物の行為の結果として生じた変化(何が解決 され,何が解決されなかったのか)の事実に基づいて,人物の行為の価値づけや評価を行 う」(21)と述べている。ここでは,行為の結果の事実から客観的な視点で歴史的な評価を下 すことになる。一方「実践的判断」では,同じ問題場面に自分自身が直:面していたら,ど のような選択と行動を行うか(22)を考える。つまり,ここでは歴史上の人物の立場に立って 実際に判断をすることになる。

 「記述」「説明」「判断」する授業展開の中で,「記述」や「目的論的説明」及び「因果的 説明」は事実を基に人物の意思決定のプロセスを明らかにする活動であり,「追体験的な学 習」の活動場面であると言える。また,「価値的判断」は人物の行為がもたらした歴史的な 価値を評価する活動であり,「歴史的評価」の活動場面であると言える。最後に,「実践的 判断」は人物の立場に立って考える活動場面であり「意思決定の実践」をする活動場面で あると言える。小原の授業構成を表にまとめると次のようになる(表1−1)。

表1−1意思決定力を育成する歴史授業構成(小原による)

授業展開の分類 意思決定力育成に

@関わる活動

活動内容

「記述」 人物の行為に関連する知識を記述する。

「説明」 「目的論的説明」 「追体験的な学習」 人物の目的と手段の関係から説明する。

「因果的説明」 人物の原因と結果の関係から説明する。

「判断」 「価値的判断」 「歴史的評価」 人物の行為の歴史的な価値を判断する。

「実践的判断」 「意思決定の実践」 人物の立場に立って判断する。

 これらの活動でより人物の立場に迫るためには,意思決定場面を児童に丁寧に理解させ る必要がある。まず「追体験的な学習」の活動場面においては,豊かな事実認識と事実間 の関係認識によって意思決定のプロセスを明らかにし,人物はなぜその選択をしたのかを

(13)

理解させなくてはならない。次に「歴史的評価」の活動場面では,人物の意思決定の価値 に迫るために,意思決定場面での選択肢について吟味させなければならない。そこでは歴 史上の人物が実際に選択した選択肢だけではなく,他の選択肢についても考えさせる必要 があるだろう。なぜならば,実際の人物の意思決定場面においても複数の選択肢の中から 選択が求められていたと考えられるからである。人物の意思決定のプロセスを明らかにし,

複数の選択肢についての吟味ができて初めて,「意思決定を実際に行う」活動場面において 歴史上の人物の立場に立った選択をすることができるのである。

2 小原の授業構成とエンパシー

 小原の授業構成にはエンパシーを想起させる活動が見られる。「追体験的な学習」の活動 場面においては,人物の意思決定のプロセスを明らかにする。意思決定のプロセスとは,

言い換えるならば思考のプロセスである。つまり「追体験的な学習」は,「他人の思考プロ セスをたどる」(23)エンパシーの発想と一致する。さらに「意思決定の実践」の活動場面で は,実際に人物の立場に立って考えている。この活動も,「相手の立場を論理的に分析し,

「自分だったらどう考えるか」を考える」(24)エンパシーの発想と一致する。

 では「歴史的評価」の活動はどうか。ここの活動場面では,行為の結果を事実として確 認する(25)ことで,人物の行為が当時の民衆や後世に与えた影響を評価することとなる。つ まり意思決定の結果を評価するのであって意思決定そのものを評価するのではない。エン パシーでは,相手の行為を分析しつつも最後には「相手の立場に立つ」姿勢が求められる。

しかし「歴史的評価」の活動では当時の民衆や後世の立場に立って行為の価値を判断する ため,エンパシーとは離れてしまう。

 しかし,「歴史的評価」の活動場面における選択肢の吟味は,人物の行為を分析するにあ たって有効な手段である。従って,「歴史的評価」の活動場面では複数の選択肢を吟味する 活動に留め,それを踏まえて「意思決定の実践」の活動場面に移るのが望ましいであろう。

 以上のことから,小原の意思決定力を育成する歴史授業構成は,エンパシーの発想と非 常に類似していることがわから。

(14)

第3節 歴史人物学習におけるエンパシー能力を育成する授業づくり     一意思決定のプロセスを踏まえて一

 第3節ではエンパシーの理論と小原の授業構成を基に授業づくりの意義と視点について

考察する。

1 授業づくりの意義

 社会科教育の本質的な目標は「社会認識を通して市民的資質を形成する」(26)ことである。

そしてその市民的資質育成に不可欠であるのが意思決定力の育成である(27)。

 意思決定力とは,問題を解決するために考えられる実行可能ないくつかの解決策の中か ら,より望ましいものを選択・決定する力のことである(28)。意思決定型授業の内容の中心 は社会問題である。社会問題には,地球規模の人類の生存に関わる長期的で永続的な問題 と,現在進行形の短期的な問題がある。また,歴史・文化・政治・経済など社会背景の異 なる集団・組織間で起きている問題がある。これらの問題の中から現実社会と関わり,人々 の間で意見が対立し,多様な観点から論争が起きている重要な問題を選択して授業を構築

することが求められる(29)。

 歴史においても,現在的な課題が反映されている内容が望ましいと言える。これを踏ま えて小原は,歴史人物学習によって意思決定力の育成を目指している。しかし意思決定型 の授業で歴史を取り扱う場合,歴史上の出来事が児童にとって遠い過去の出来事であり,

切実感をもって意思決定をすることが難しいという実践上の問題点がある。

 このことから,歴史上の人物が行った意思決定に迫るためには,「人物の立場に立つ」と いうエンパシーの能力が必須であると考える。児童のエンパシー能力を育成することによ り,歴史上の局面においても人物の立場に立って,質の高い意思決定を行うことが期待で きる。また,エンパシーは社会科教育のみならず,これからのグローバル社会においても 欠くことのできない要素である。以上の要因から,歴史人物学習における人物の意思決定

を吟味するエンパシー能力の育成を目指した授業の構想を行うこととする。

2 授業づくりの視点

 小原の授業構成の過程は,人物の意思決定のプロセスを明らかにし,人物の立場に立っ て考えるという流れであった。これは,相手の思考プロセスをたどることで立場を分析し,

「自分だったらどう考えるか」と思考するエンパシーの過程と同義である。このことから 1っの授業仮説を立てる。

(15)

〈授業仮説〉

「歴史人物学習において,人物の意思決定のプロセスを明らかにし,人物の立場に立っ て意思決定をすることで,エンパシー能力の育成が可能となる。」

 小原は歴史人物学習において意思決定力の育成を目指している。確かに人物の意思決定 のプロセスを明らかにすることで,児童に意思決定のモデルを示すことができる。しかし,

モデルを示すだけでは歴史学習において実践的な意思決定はできない。意思決定を実際に 行う場面では,「人物の立場に立つ」ということが重要となる。人物の立場を理解するだけ ではなく,児童自身が歴史上の人物の立場に「自己移入jしなくてはならないと考える。

歴史上の人物の立場に立って意思決定をする際には,エンパシーの能力が必要不可欠であ

る。

 意思決定力を育成する授業の実践は数多くなされてきている。しかし,そのほとんどは 現代における社会的論争問題を題材にしており,歴史学習における意思決定力を育成する 授業の実践は少ない。その理由として,歴史上での出来事が児童にとって遠い過去の出来 事であり,意思決定をするにしてもそこに「切実感」が乏しいことが考えられる。そのた め,どうしても過去と現在を切り離して考えてしまうことが否めない。

 歴史人物学習において意思決定力の育成を目指すためには,まず歴史上の人物の立場に

「自己移入」するエンパシー能力を育成する必要がある。つまり,「人物の立場に立つ」こ とができて初めて人物の意思決定に迫ることができ,自分自身が意思決定を行う際にも実 践的な判断ができるのではないかと考える。

(16)

〔註および引用文献〕

(1) 「文部科学省 PISA調査(読解力)結果等に関する参考資料」

  http://vvvvw.mext.go.jp/a−menu/sliotou/gakuryoku/siryo/05122201/007htm

(2) 清宮普美代・北川達夫『対話流未来を生みだすコミュニケーション』三省堂,2009

  年, P.100。

︶ ︶ ︶ ︶ ︶︶ ︶

34くゾ6789

︵ ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ ︵

同上,p.106。

同上,p.105。

同上,p.109。

同上,P.119。

同上,p.116。

同上,p.60。

原田智仁「時代把握ができる歴史人物学習:素材の調理法でここまで変わる?!(4)

人物学習の基礎・基本(2)めざすはシンパシーではなくエンパシー」『社会科教育』

明治図書,2012年,p.112。

(10)前掲書(2),p.114。

(11)同上,p.110。

(12)前掲書(9),p。113。

(13)同上,p.114。

(14)同上,p.114。

(15)小原友行「意思決定力を育成する歴史授業構成一「人物学習」改善の視点を中心に   一」『史学研究』広島史学研究会,1987年,p.45。

(16)同上,p.47。

(17)同上,p.49。

(18)同上,p.48。

(19)同上,P.48。

(20)同上,p.48。

(21)同上,p.48。

(22)同上,p.48。

(23)前掲書(2),p」10。

(24)同上,p.116。

(25)前掲書(15),p.49。

(26)岩田一彦『社会科固有の授業理論・30の提言一三:合的学習との関係を明確にする   視点一』明治図書,2001年,p.17。

(27)杉田直樹・桑原敏典「意思決定を促す小学校社会科授業方略一ロールプレイングに   よる価値の共感的理解と吟味を手がかりに一」『岡山大学教師教育開発センター紀要

(17)

  第2号』,2012年,p.92。

(28)前掲書(15),p.45。

(29)文の内容に関しては,以下の文献を要約した。

  峯明秀「社会科における意思決定」社会認識教育学会編『新 社会科教育学ハンド   ブック』明治図書,2012年,p.189。

(18)

第皿章 人物の意思決定を吟味する歴史授業の構想      一単元「江戸幕府による政治」の場合一

第1節 江戸幕府の政治に関する教材研究

 第ff章では授業の構想を練る。まずは授業づくりにおいて,取り上げる教材を示す。

1 単元「江戸幕府による政治」

 授業実践では単元「江戸幕府による政治」ωを扱う。本単元では江戸幕府が264年間続 く礎となった政策について学習する。授業計画の立案に際し,本単元で扱う江戸幕府の全 体像および江戸幕府とその他の:事象との関連を把握するために,ウェッビング(2)を用いて まとめた(図2−1)。

生活者としての人間

江戸文化

・寛永文化

・化政文化

・元禄文化

支配者としての人間

社 会 的 条 件

キリスト教禁止令

→島原・天草の一揆 出島(海外との貿易)

幕府政治

・武家諸法度

・参勤交代

・鎖国

徳川家の政治

 (政治システム)

家康・家光の政策

武家政権

学問

・儒学

・国学、蘭学

・寺子屋

政  治

日本の国土 大名統制

→親藩、譜代、外様

江戸幕府

(大名支配)

幕溜体制

産業(特産物)

経済(自給経済)

交通(五街道の発達)

自 然  的 条 件

身分・階級

身分制度

・士農工商

・年貢(税)

・御触書(法令)

日本の風土 小氷期

→飢餓、凶作の発生 子ども

図2−1 「江戸幕府」を中心としたウェッビングの基本的視点

 図2−1の中心にあるのが江戸幕府である。武家政権としての江戸幕府は,幕藩体制や身 分制度を敷くことで全国の大名や民衆を支配した。その中でも,参勤交代や鎖国といった 江戸幕府の政治システムを完成させたのが3代将軍の徳川家光である。徳川家光の幕府政

(19)

治は「国内政策」と「国外政策」の2つに分けることができる。

 「国内政策」にあたるのが参勤交代である。参勤交代は,徳川家光が武家諸法度を改訂 する際に定めた制度である。これにより,大名は1年ごとに江戸へ参勤しなくてはならな

くなった。参勤交代には莫大な費用がかかり,諸大名のカを押さえて幕府の支配を盤石な ものにした。

 一方,「国外政策」にあたるのが鎖国である。鎖国は貿易に関する側面と禁教に関する側 面の2つがある。貿易に関しては,1635年「海外渡航・帰国の禁止」によって大名が行う 貿易が制限され,オランダや中国との貿易を出島に限ることで,幕府が貿易を独占した。

禁教に関しては,1612年「キリスト教の禁止令」からキリシタンへの弾圧が始まり,1637 年「島原・天草の一揆」によってキリスト教の取り締まりが一気に加速する。そして1639 年「ポルトガル人の来航禁止」により,鎖国が完成する。なお,幕府は最初から鎖国を意 図したわけではなく,様々な政策を重ねる中で結果的に鎖国の状態になったと考えられて いる。大名の貿易を制限し,幕府が貿易を独占することは,江戸幕府が諸大名よりも経済 的優位を保ち続ける。また,キリスト教を禁止することによりキリシタンが団結し幕府に 反発するのを抑えた。このことから,鎖国も江戸幕府の支配体制を支えたと考えられる。

 以上のことから,単元「江戸幕府による政治」における歴史人物学習では,徳川家光を 中心人物として取り上げ,参勤交代と鎖国について学習していくこととなる。

2 鎖国完成までの経緯

 歴史人物学習で徳川家光を取り扱う場合,どの問題解決的行為を教材として扱い,意思 決定のプロセスを明らかにしていけばよいか。今回の授業構想では,1639年「ポルトガル 人の来航禁止」の政策を教材として取り上げたい。その理由としては,この政策により鎖 国が完成し,時代が1つの節目を迎えたと言えるからである。まずは「ポルトガル人の来 航禁止」までに至る時系列的経過を示す。

 ポルトガル人との国交を断絶する決定的なきっかけとなったのが,1637年「島原・天草 の一揆」である。1612年「キリスト教の禁止令」以来,各地で厳しい弾圧が展開され多く の殉教者や棄教者を生んだ。しかし,棄教した者の中には,表面仏教徒を装いっっ,地下 活動としてキリシタン信仰を続ける者もいた(3)。天草四郎は,一度は棄教した状態にあっ たキリシタンたちに呼びかけ一揆を蜂起した。天草四郎率いる一揆勢は原城に集結し,3 ヶ月に渡り城に立てこもった。

 これに対して幕府は,一揆鎮圧のためにオランダの助力(4)を得ている。オランダ船は船 上の大砲から,連日反乱軍を砲撃した(5)。一方の一揆勢はイエズス会の影響下にあった(6)。

当時のヨーロッパでは宗教改革以来,プロテスタント(新教)の勢力が漸次強くなるが,

カソリック側(旧教)からは当然に宗教弾圧を受けていたの。カソリック会の男子修道会

(20)

が,イエズス会である。また,オランダは当時プロテスタントを信仰していた。このこと から, 幕府一オランダー新教 と 一揆一一ポルトガルー旧教 の対立図式があったと考 えられる。

 一揆鎮圧後の1639年,徳川家光は「ポルトガル人の来航禁止」によってポルトガルとの 交易を断絶した。ポルトガルは,フランシスコ=ザビエルなど多くの宣教師を日本に排出 した国でもある。そのため,一揆勢を含め日本のキリシタンの多くにポルトガルのカソリ ックが浸透しており,旧教であるポルトガルの来航が禁止されたと考えられる。

 また鎖国体制下においても通商を許したオランダに対しても,幕府は一揆鎮圧後に平戸 のオランダ商館及び倉庫をくわしく視察(8)している。このことからポルトガルのカソリッ クだけでなく,キリスト教そのものを幕府は警戒していたことがわかる。

3 徳川家光の意思決定

 徳川家光が「島原・天草の一揆」から「ポルトガルの人の来航禁止」を決断するまでの 意思決定のプロセス(9)を表にすると次のようになる(表2−1)。

表2−1徳川家光の意思決定のプロセス

目的 大名や民衆の支配 問題の発生 島原・天草の一揆

選択肢の創造

A

ポルトガルとの貿易を禁止する

B

ポルトガルとの貿易を続ける

意思決定の流れ

未来予測

A

匝]キリスト教を入れない一メリット ポルトガルとの貿易ができなくなる

B

区コニΣユ]ポルトガルとの貿易ができる

「 キリスト教が広まる

選択

A

ポルトガル人の来航禁止(鎖国の完成)

 「大名や民衆への支配」が徳川家光の目的である。この目的意識のもと,参勤交代やキ リスト教の禁止などの政策を行った。そこへ、「島原・天草の一揆」という問題が発生する。

一揆鎮圧後,幕府は「ポルトガル人の来航禁止」を決断することとなる。これは,選択肢 Aの「ポルトガルとの貿易を禁止する」ことを意味し,メリットとしては,国内に「キリ スト教を入れない」ことが挙げられる。反対にデメリットとしては,「ポルトガルとの貿易 ができなくなる」ことが挙げられる。意思決定は複数の選択肢があるときに起こる。この 時の徳川家光のもう1つの選択肢Bは,「ポルトガルとの貿易を続ける」である。このメリ

(21)

ットとしては,「ポルトガルとの貿易ができる」ことが挙げられ,反対にデメリットとして は,「キリスト教が広まる」ことが挙げられる。

 徳川家光は選択肢AorBの二択を迫られていた。この2つの選択肢の特徴について,繁 枡(2007)は次のように述べている(10)。

①自己実現に近づくが,当面苦労の多い選択肢

②自己実現からは遠くなるが,当面楽な選択肢

 徳川家光の場合,「大名や民衆への支配」が実現すべき目的である。このためには,反乱 の要因であるキリスト教の取り締まりを徹底しなくてはならない。よって,「A ポルトガ ルとの貿易を禁止する」の方が自己実現に近づくが困難な選択肢と言える。一方の「B ポ ルトガルとの貿易を続ける」は貿易の利益は代わらずに得られ,今まで通り続ければ良い ため楽ではあるが,自己実現からは遠くなる選択肢である。

 では徳川家光はどちらの選択肢を選ぶべきか。繁枡は、「意思決定に当面した者は、どん な結果になるかをなるべく客観的に予想し、かつ自分の価値観に正直にならなければなら ない」(11)と述べている。ここで言う「価値観」とは、その人物の志や目標や目的のことで ある。つまり、徳川家光は自分の目的に従い,結果を予測した上で意思決定しなければな らない。「A ポルトガルとの貿易を禁止する」は未来予測のメリットが徳川家光の目的に 従う結果となるため,徳川家光が決断した「ポルトガル人の来航禁止」は的確な意思決定 であったと言える。

(22)

第2節 授業プランの設計

第2節では,教材研究を基に具体的な授業構成を設計する。

1 単元の授業構成

 授業構成については,「事実関係の分析」と「意思決定過程の分析」の2つに分けた。表 に表すと次のようになる(表2−2)。

表2−2 単元の授業構成

活動内容

事実関係の分析

1 「なぜ徳川家光は参勤交代をさせたのだろう?」という問

「を追求する。

2 「なぜ徳川家光は鎖国したのだろう?」という問いを追求 キる。

3 「なぜ徳川家光はポルトガルの来航を禁止したのだろ

、?」という問いを追求する。

意思決定過程の分析

4 「自分が徳川家光だったらどんな選択をするだろう?」と

「う問いを追求する。

 単元は前半の第1・2時と後半の第3・4時で分かれている。全ての問いの主語を「徳川 家光」とし,一貫して人物の立場を意識させるようにしている。前半の「事実関係の分析」

では,参勤交代と鎖国について学ぶ。この学習で意思決定過程を分析するための材料を獲 得することとなる。後半では人物の意思決定過程を基にエンパシー能力の育成を図る。第 3時でポルトガルの来航禁止に焦点化し,第4時で人物の立場に立って考える,エンパシ ー型の発問を投げかける。詳しい内容については,次項に述べていく。

2 事実関係の分析

 ここでは徳川家光の代表的な政策である参勤交代と鎖国について学ぶ。意思決定過程を 分析するための材料となる知識をここで得るわけであるが,ただ単に断片的な知識を詰め 込めばいいというわけではない。岩田(2001)は「社:会科がいつまでも知識の暗記教科で あるとの非難を受けつづけているのは,知識分類が定着していないからである。説明力の 大きい,質のよい知識は,当然,子どもが自ら学び習得していかなければならない」(12)と

(23)

述べ,知識の分類を次のように示している(図2−2)。

知識

事実関係的知識

価値関係的知識

記述的知識 分析的知識 説明的知識 概念的知識 規範的知識

図2−2 「知識の分類」

さらに,この「知識の分類」によって授業で子どもが行う知識操作の構造と過程をより授 業に即した形で表したのが図2−3に示した「認識過程の構造図」である(13)。今回は参勤交 代と鎖国の内容を基に設計をした。

 参勤交代と鎖国の学習を通して理解させたいことは,「大名や民衆を支配する」という徳 川家光の目的である。これが説明的知識である。説明的知識とは,一般性の高い概念的知 識と,単元で扱う学習材とを結びつけた知識(14)のことである。つまり,ここでは支配者の

目的が徳川家光という学習材で結びついていると言える。

 この説明的知識獲得のために必要なのが,参勤交代と鎖国に関する分析的知識である。

分析的知識とは,原因・結果の関係ではないが,社会の中に見られる諸関係を述べた知識

(15)のことである。

 分析的知識を構築するための材料となるのが記述的知識である。記述的知識は分析的知 識,説明的知識概念的知識の形成につながっており㈹,断片的な知識にならないことが 必要である。また,記述的知識は資料を読み取ることで獲得する。教師は意図する記述を 児童が読み取ることができる資料を選別しなければならない。

 以上のように,知識分析によって明らかになった子どもの認識過程の構造を手がかりに して授業設計を行えば,主体性を生み出す有効な授業をつくることができる㈹と岩田は述 べている。「事実関係の分析」に関する授業は,この「認識過程の構造図」を基にして作成

していきたい。

 また,「事実関係の分析」において明らかにしたい徳川家光の目的は,次の「意思決定過 程の分析」においても重要な要素である。従って,ここでの理解が次の学習段階に大きく 影響を与えるのである。

(24)

説明的知臓響6記述的知臓響邑分析的知識資料

大名には江戸への参勤が義務づけられていた︒

1

 度 法①詰料家資武

金沢から江戸までの道のりを歩いて参勤していた︒  図 の 置③配料名資大  図 殉 衛 倣 嬬 枷 舶遡煎資江

藩内よりも江戸での支出費用が多く︐江戸への参勧が大名の負担になっていた︒  の 出 支 の④藩け料賀わ資加内 日本町がアジア各地につくられ︐大名たちの間で貿易が盛んに行われていた︒  の と謹⑥アの料ジ易資ア貿

1635年に日本人の海外渡航・帰国が禁止された︒

長崎に出島がつくられ︐幕府だけが中国やオランダと貿易を行った︒  す め⑦の料島資出

キリストの絵を踏ませることで︐キリシタンではないことを確かめた︒  図 の⑧絵料み資踏

 揆  一 の 草 天⑨ ・図料原絵資島の

キリスト教儒者を中心に民衆が団結し︐九州の島原・天草で反乱をおこした︒

図2・一3参勤交代・鎖国に関する認識過程の構造図

(25)

3 意思決定過程の分析

 ここでは徳川家光の意思決定場面を取り上げ,人物の意思決定のプロセスを分析するこ とによって立場を理解し,人物の立場に立って考えるエンパシーの活動を行う。

 今回の授業では「ポルトガル人の来航禁止」の決断を徳川家光の意思決定として取り上 げる。この政策によって鎖国が完成することとなる。決断のきっかけとなったのが,「島原・

天草の一揆」である。キリシタンを中心としたこの反乱は,徳川家光の支配体制を脅かす 出来事であった。まずは問題場面において人物が置かれていた意思決定場面の状況を具体 的に捉える必要がある。

 また,意思決定過程を明確に示さなければならない。人物の意思決定は,先の表 2−1で 示した通り,目的→問題の発生→選択肢の創造→未来予測→選択というプロセスを踏んで いる。この流れを示すことによって,児童が徳川家光の意思決定を追体験することができ,

人物の立場に立った決断ができると考える。また,意思決定の要素が示されているため,

判断の根拠が明確となり分析がしゃすい。

 意思決定場面において決断の根拠となり得るのが,「目的」と「未来予測」である。徳川 家光も,この2つに従い意思決定をしたと考えられる。つまり人物の立場に立って意思決 定をするためには,「目的」と「未来予測」を判断の根拠にしなければならないと言える。

 「意思決定過程の分析」で目指すのは,意思決定力の育成ではなく,エンパシー能力の 育成である。歴史上に起こった出来事は現代的な課題に比べ,児童にとっての切実感が薄 い。過去の出来事を取り扱う場合には,まずその状況に置かれた人物の立場に立たなけれ ばならない。そのためにエンパシーの能力が必要なのである。つまり授業においては,人 物の立場に立って考えて判断することが求められるのである。

(26)

〔註および引用文献〕

(1)

(2)

︶ ︶ ︶ ︶凸﹂4.ζJrO︵ ︵ ︵ ︵

︶︶︶

706Qノ

︵︵︵

清水毅四郎他『小学社会 6年 上』日本文教出版,2011月2月8日発行,p.60。

「図2−1 「江戸幕府」ウェッビング」については次の文献を参考に作成した。

關浩和『ウェッビング法 一子どもと創出する教材研究法一』明治図書,2002年,

p.20.

大橋幸泰『検証 島原天草一揆』吉川弘文館,2008年,p.14。

永積洋子訳『平戸オランダ商館の日記 第四輯』岩波書店,1970年,p2。

同上,p.3。

服部英雄「IV 原城発掘」『目本の時代史14 江戸幕府と東アジア』吉川弘文館,

2003年,p.312。

同上,p.312。

前掲書(4),P.4e

「表2−1徳川家光の意思決定のプロセス」については次の文献を参考に作成した。

ディアナ・サンズ/ベス・ドール『リサーチから現場へ 第8巻自分で決めるゴー ル設定と意思決定の指導』学苑社,2006年,p.17。

(10)繁枡算男『後悔しない意思決定』岩波書店,2007年,p.12。

(11)同上,p.6。

(12)岩田一彦『社会科固有の授業理論・30の提言一総合的学習との関係を明確にする   視点一』明治図書,2001年,p.45。

(13) 「図2−3 参勤交代・鎖国に関する認識過程の構造図」については次の文献を参考   にした。

  岩田一彦『小学校社会科の授業設計』東京書籍,1991年,p.108。

(14)前掲書(12),p.46。

(15)同上,p.47。

(16)同上,p.47。

(17)前掲書(13),p.110。

(27)

第皿章 授業の実践内容と授業分析

     一児童の発言内容と記述内容を手がかりとして一

差1節 授業仮説と分析の視点

第1節では本研究で明らかにしたい「授業仮説」とその「分析の視点」を挙げる。

1 授業仮説

授業仮説は先に「授業づくりの視点」の項で示した通りである。

〈授業仮説〉

「歴史人物学習において,人物の意思決定のプロセスを明らかにし,人物の立場に立っ て意思決定をすることで,エンパシー能力の育成が可能となる。」

 「人物の意思決定のプロセスを明らかにし,人物の立場に立って意思決定をする」こと は,言い換えるならば人物の意思決定を吟味することである。つまり本研究においては,

人物の意思決定を吟味することで,エンパシー能力の育成を目指す。

 歴史人物学習における意思決定型の授業には,歴史上の出来事が児童にとって遠い過去 の出来事であり,意思決定をするにしてもそこに「切実感」が乏しいという課題がある。

そこで,歴史人物学習で意思決定力の育成を目指すためには,まずエンパシー能力の訓練 が必要であると考える。そこで本研究の授業仮説を設定した。

2 分析の視点

分析の視点は次の通りである。

〈分析の視点〉

「人物の意思決定を吟味することで,歴史的エンパシーの深化・発展が見られたか。」

なお,「歴史的エンパシーの深化・発展」ωについては,先に「歴史的エンパシー」の項で も挙げた,原田(2012)が要約したものを基にする(表3−1)。

(28)

表3−1歴史的エンパシーの深化・発展

① エンパシーのない状態 歴史上の人物の資料を単なる情報とし ト見ている

② 日常的エンパシー 現在の見方を過去に応用し始める

深 化 ・ 発 展

③ ステレオタイプのエン

pシー

過去の観点を理解し始めるが現在と異 ネることに気づかない

④ 区別されたエンパシー 過去の人々は我々と異なる見方や信念 もち,しかもそれが人により大きく異 ネることを理解する

 歴史的エンパシーの深化・発展における第1段階「エンパシーのない状態」とは,歴史 上の人物の資料を単なる断片的な情報として捉えている状態である。第2段階「日常的エ ンパシ■一一一・」とは,人物の目的や立場などを漠然と捉え,無意識のうちに現在の見方で見て いるシンパシーに近い状態である。第3段階の「ステレオタイプのエンパシー」とは,過 去の人物の目的や立場などを理解しているが,現在の画一的なイメージが拭えず区別がで きていない状態である。第4段階の「区別されたエンパシー」とは,過去の人物の目的や 立場を理解しており,画一的なイメージから脱却して区別もできている状態である。

 第1段階と第2段階では人物の目的や立場といった,過去の見方を獲得していない。そ れ故,現在の見方でしか判断ができない状態である。第3段階は,過去の見方を獲得して いるが,人物の立場や目的とは無関係に現在の見方で判断をしている状態である。第4段 階は過去の見方を獲得した上で,人物の立場や目的に従って判断ができている状態である。

 エンパシー能力の育成は,歴史的エンパシーの深化・発展を目的としている。授業実践 による歴史的エンパシーの深化・発展を検証し,人物の意思決定を吟味することでエンパ シー能力の育成が可能であることを示す。そこで本研究の分析の視点を設定した。

 次節から第5節までにかけては,第1時〜第4時までの1時間ごとの実践内容と授業分 析を示す。なお,実践の対象と時期は次の通りである。

 【対象】兵庫県1市立1小学校第6学年の児童37名  【時期】第1回授業(2012年9,月21日金曜日1時間目)

     第2回授業(2012年9月24日月曜日5時間目)

     第3回授業(2012年10.月9日火曜日6時間目)

     第4回授業(2012年10月11日木曜日1時間目)

最後の第6節では,第1時〜第4時までを包括し,分析の視点に基づいて授業仮説の有効 性を検証する。

(29)

第2節 第1時における実践内容と授業分析

 第2節では第1時の授業の実践内容と授業記録に基づく授業分析について述べる。なお,

第1時の学習指導案は巻末の資料に示してある。

1 本時のねらい

 第1時のねらいは,参勤交代を通じて大名を支配し幕府を存続させるという徳川家光の 目的に迫ることである。「事実関係の分析」では複数の事実から人物の目的を導きだす。し たがって,第1時では参勤交代や武家諸法度といった事実から徳川家光の「大名支配」と いう目的を導きだすことになる。

2 本時の展開

 導入では教科書の巻末にある年表を見て江戸時代が長く続いたことを確認し,「なぜ江戸 時代は264年間も続いたのだろう?」と発問した。児童の予想としては,「良い政治をした」

「大名を支配していた」という発言が挙げられた。この政治というキーワードから江戸時 代の法律である武家諸法度に結びつけた。そして武家諸法度の内容から参勤交代に焦点化

した。はじめは参勤交代の意味について資料集の記述から読み取り,次に参勤交代が大名 にとってどうか考えさせ,主発問「徳川家光は何のために参勤交代をさせたのだろう」を 提示した。つまり,参勤交代については大名の立場と徳川家光の立場で考えさせたことに

なる。

 大名の立場に立って考える活動は,大名の移動距離や費用の支出などについて,児童の 実体験と照らし合わせながら考えさせた。つまりこれはシンパシー型の活動と言える。一 方,徳川家光の立場に立って考える活動では,参勤交代をすることによって徳川家光にど んなメリットがあるのかを考える。つまりここでは児童の実体験ではなく歴史的な事実か

ら根拠を探すため,エンパシー型の活動だと言える。

3 本時の授業分析

 本項では授業記録を基に分析を行う。表2−2でも示した通り,第1時の活動内容は「な ぜ徳川家光は参勤交代をさせたのか」という問いを追求することである。教師の「なぜ徳 川家光は参勤交代をさせたのか。」という発問に対する児童の発言は次の通りである。(児 童の発言どおりに記載。以下同様。)

(30)

「大名の力をおさえるのに、都合のよい制度だったのだと思います。」

「参勤交代というのは、江戸がどんなんかなとか、他の領地がどうなってるかなとかを 見るためにしていると思います。」

「おつきい藩や、...で、そんときに、なんか、協力して、家光に_反乱されるかもしれ

ない。」

 匪萱二]は教師の発問に対して的確に答えた発言と言える。しかし,この発言の内容は教 科書に記述されている内容(2)をそのままを抜き出しているため,ここからさらに追求する 必要がある。

 匪1…至]は大名にとっての参勤交代を述べた発言であると言える。ここでの活動は徳川家 光の立場に立って考えることを意図しているが,この児童は大名の立場に立っていると読

み取れる。

 匪i萱葺]は参勤交代と「反乱」を結びつけた発言であると言える。徳川家光に対して大き な藩が反乱をおこすかもしれないという内容であると読み取れる。徳川家光の立場に着目

した発言であるが,このままでは内容が不十分であるため,「参勤交代をしたらなぜ反乱が されないのか。」という切り返し発問を行った。それに対して児童からは次のような発言が 挙った。

「武家諸法度をちゃんと守ってる確認するため。」

「参勤交代をさせるためにはお金が必要やから、大名が参勤交代をするためにお金を使 い込んだら、大名たちの貯金やお金が無くなるから、反乱するためのお金が無くなって、

従うしかなくなる。」

「妻とか子どもが殺されるから。」

(31)

 匪蚕互]は教師の切り返した発問とは関連しない内容であるが,「なぜ徳川家光は参勤交 代をさせたのか」という主発問に対する答えであると考える。

 圖は参勤交代の費用に着目した内容である。参勤交代で大名は莫大な費用を費やす ことと,大名の反乱を関係づけた発言であると言える。

 El19]]は大名の妻や子が人質に取られたことに着目した内容である。幕府は江戸への参 勤を強いるために,大名の妻や子を人質にして江戸の屋敷に住まわせた。このことから,

大名は江戸幕府に簡単に手が出せず,反乱ができない。人質と反乱を関係づけた発言であ

ると言える。

匪萱玉]と[麹の根拠を板書から見取ると,次のようになる(図3−1)。

匪亘司の根拠

」己.;⊥ 臨}1、

は.2.64年間も続 いたの」た ろう2

.良〔螺

・夫箔

   ノご

 ,

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剛口「願

ミ網

画の根拠

図3−1第1時の板書と児童の発言の根拠

 SS]は,「加賀藩の支出の内わけ」の円グラフから読み取った,「江戸への参勤には費 用がかかる」を根拠にしていると考えられる。匪亘:司は,資料集の記述(3)から読み取った,

「大名は江戸に人質をとられている」を根拠にしていると考えられる。

4 本時の成果と課題

本項では児童が授業の最後に書いた本島のまとめの記述を基に考察する。例を2つ挙げ

(32)

る。(児童の表記どおりに記載。以下同様。)

徳川家光にとって、大名の妻子を人質にしたりした参勤交代の制度は、大名の力をおさ えるのに、都合のよい制度だったので、行ったと思います。

家光にとっては都合がよく、反らんさせられたとしても人質もいるし、反らんは費用も いるから。大名にとってはすごく不便で従うしがなかった。/徳川家光は大名を支配し

た!!

上の2つのまとめは,「大名の力をおさえるのに都合がよい」や「大名を支配した」など,

第1時のねらいである徳川家光の「大名:支配」に結びつくキーワードが書かれてある。よ って,本丁のねらいは達成されていると言える。この他にも,徳川家光の目的意識に関わ る記述が多くの児童のまとめから見られた。

 一方,次のようなまとめを書いていた児童もいた。

家康は、大名を支配するため、きびしい政治をしないといけないことに気づきました。

この児童は徳川家光ではなく徳川家康に関する記述をしている。原因としては,授業者が 授業の中で徳川家康の政策について少し触れたことが考えられる。この他にも数名,徳川 家康と徳川家光が混同している記述が見られた。このことから,次時以降も徳川家光を中 心人物として強調する必要があると考えられる。

(33)

第3節第2時における実践内容と授業分析

 第3節では第2時の授業の実践内容と授業記録に基づく授業分析について述べる。なお,

第2時の学習指導案は巻末の資料に示してある。

1 二時のねらい

 第2時のねらいは,第1時と同じく徳川家光の目的意識に迫ることである。前回は参勤 交代をテーマに徳川家光が大名を支配したことを学習したが,今回はそれに加えて鎖国を テーマに取り上げる。鎖国は「貿易の制限・独占」では大名を,「キリスト教の禁止」では 民衆を支配する目的があった。つまり,第2次では徳川家光が大名だけでなく民衆も支配

したことを理解させる。

2 本論の展開

 まずは第1時の学習を振り返り,徳川家光が参勤交代によって大名を支配したことを確 認した。また,人物の立場を意識づけるために,前回に引き続き徳川家光の絵を黒板に提 示した。次に主発問「なぜ,徳川家光は鎖国をしたのだろう?」を提示した。鎖国の」e・一

ワードとしては「貿易」と「キリスト教」が挙げられる。「貿易」に関しては,アジア各地 で朱印船貿易をしていた様子から,1635年「海外渡航・帰国の禁止」によって貿易が出島 に限定された様子を2つの絵を使って示した。「キリスト教」に関しては,キリスト教の教 えが幕府の目的に反していたことと,島原・天草一揆によって民衆と宗教の力を恐れたこ

とを述べた。

 第2時の板書(図3−2)の構造は,図2−3の「認識過程の構造図」を基にしている。複 数の事実からその関係をフローチャートで示し,最終的にはそれらが徳川家光の「支配す

る」という目的に結びつくように意図した。

3 本訴の授業分析

 第2時の活動内容は「なぜ徳川家光は鎖国したのか」という問いを追求することである。

教師の「なぜ徳川家光は鎖国をしたのか。」という発問に対する児童の発言は次の通りであ

る。

團「日本人が、外国に行くことを禁止し、貿易を制限する、制度です。」

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