魑 湘
第2節 授業改善案プランの設計
第2節では改善案のねらいと,授業のプランを示す。本研究の目的は,小学校第6学年 における歴史人物学習のより実践的な授業開発を目指すことである。そこで,改善案では 実践の成果と課題を踏まえ,より現場の実態に即した内容のものにしたい。
1 授業改善案のねらい
本実践をする前の段階では,人物の立場が理解できれば自ずと人物の立場に立った判断 ができると考えていた。しかし実践後の分析では,人物の立場に立った判断をしていたの は37人中5人であった。このことから,人物の立場が理解できていても,画一的なイメー ジが拭えない児童が多くいることがわかった。改善案においては,現在の見方が固定化さ れた状態から脱却し,「日常的エンパシー」「ステレオタイプのエンパシー」の段階にいる 児童の歴史的エンパシーをさらに深化・発展させ,「区別されたエンパシー」の段階に到達
させることを最大のねらいとする。
2 授業改善案における単元の構成
改善案における単元構成は次の通りである(表4−D。
表4−1 改善案の単元構成
次 時 活動内容
1 「なぜ徳川家光は参勤交代をさせたのだろう?」という問
「を追求する。
事実関係の分析
2 「なぜ徳川家光は鎖国したのだろう?」という問いを追求 キる。
3 「なぜ徳川家光はポルトガルの来航を禁止したのだろ
、?」という問いを追求する。
意思決定過程の分析
4 「自分が徳川家光だったらどんな選択をするだろう?」と
「う問いを追求する。
5 「徳川家光が目的を達成できる選択肢はAとBのどちら セろう?」という問いを追求する。
第1次「事実関係の分析」と第2次「意思決定過程の分析」はそのままである。また,
第1時〜第4時までの内容も変えていない。この理由は,本実践の成果の項でも述べた通
り,歴史的エンパシーの深化・発展には「事実関係の分析」と「意思決定過程の分析」が 必要なためである。本実践の課題は,人物の目的を意識し人物の立場に立って判断をした 児童が少なかった点にある。そこで,改善案では第5時の活動を新たに設定する。第5時 では「徳川家光が目的を達成できる選択肢はAとBのどちらだろう?」という問いを追求 することで,人物の立場を意識させた上でもう一度選択肢の吟味を行う。
3 授業改善案における第5時の授業構成
本項では第5時の授業構成についてまとめる。なお,第5時学習指導案については図4−1
に示す。
第5時の目標は「徳川家光の目的を意識し,選択肢を吟味した上で,人物の立場に立っ て判断することができる。」である。なお,第5時の目標は,課題の要素①とも対応してい
る。
学習活動1では,前時のワークシートにおいて選択の理由に人物の目的を記述している ものが少なかった点を児童に伝える。そして主発問「徳川家光が目的を達成できる選択肢 はAかBのどちらだろうか?」を提示する。なお,主発問の提示は,課題の要素②とも対 応している。
学習活動2からは主発問について追求をする。主発問に対しては,選択肢Aを選ぶ児童 と選択肢Bを選ぶ児童に分かれると考えられる。選択の理由として,選択肢Aの場合では
「キリスト教を広めないことで反乱がなくなり,徳川家光は民衆を支配することができる。」
という内容が挙ると予測できる。一方,選択肢Bの場合では「キリスト教を取り入れるこ とで反乱がなくなり,徳川家光は幕府を保つことができる。」という内容が挙ると予測でき る。選択肢Aは「キリスト教を排除する」という意見,選択肢Bは「キリスト教を取り込 む」という意見である。
学習活動3では二つの意見を基に選択肢の吟味を行う。選択肢の吟味ではそれぞれの選 択肢に各班で点数をつける活動を行う。それぞれの選択肢に対し,徳川家光にとってリス
クの高い「危険」な選択肢であれば一10点,リスクの低い「安全」な選択肢であれば一1点 とし,一1点〜一10点で点数をつけさせる。各班の点数を発表し,それを板書の図にまとめ る。ここでの結果は,選択肢Bのリスクが高くなると予想される。その理由は,キリスト 教の教えと江戸幕府の政治では根本が相反するため,キリスト教を取り込むことは難しい からである。なお,学習活動3における選択肢の吟味は,課題の要素④とも対応している。
学習活動4では徳川家光の立場に立って選択肢を選ぶ。ここでは固定化された現在の見 方から脱却し,過去の人物の見方で判断することが求められる。選択肢AかBを選び,選 択の理由を記述させる。なお,選択の理由を記述させることは,課題の要素③とも対応し
ている。
本時の目標(5/5 時間目)
○徳川家光の目的を意識し,選択肢を吟味した上で,人物の立場に立って判断するこ
とができる。
学習活動 主な発問(◎)と 指導上の留意点 資料
予想される発言(●)
1.前世のワークシ ○前帝のワークシートに ○平時のワー
ートの内容から本時 おいて,選択の理由に人物 クシート(「選
の課題をつかむ。 の目的を記述しているも 択」の理由欄)
(5分) のが少なかったことを伝
える。
徳川家光が目的を達成できる選択肢はAかBのどちらだろうか?
2.「徳川家光が目的 ●選択肢A。
を達成できる選択肢 ●選択肢B。
はAかBのどちらだ ◎選んだ理由を発表しましょう。 0選択肢Aはキリスト教
ろうか?」という問 ●(選択肢A)キリスト教を広め を広めないこと,選択肢B
いを追求する。 ないことで反乱がなくなり,徳川 はキリスト教を取り入れ
(m分) 家光は民衆を支配することがで ることで目的を達成しよ
きる。 うとしていることを確認
●(選択肢B)キリスト教を取り する。
入れることで反乱がなくなり,徳 川家光は幕府を保つことができ
る。
3.それぞれの選択 ◎班の形になって、選択肢Aと選 ○選択肢AとBに,一1点 ○本時のワー 肢を吟味する 択肢Bではどちらの方がリスク 〜一P0点の点数をつける。 クシート
(20分) が高いか,点数をつけましょう。 ○リスクが高ければ「危 (「選択肢の
●(班で話し合って、それぞれに 険」リスクが低ければ「安 吟味」の欄)
点数をつける。) 全」な選択肢だといえる。
◎各班の点数を発表しましょう。 ○各班の点数を黒板で表
●(各界の代表が発表する。) にまとめる。
◎点数を決めた理由を発表しま ○理由の発表は挙手で行
しよう。 う。
●キリスト教の教えは民衆を支 配するという徳川家光の目的に 反するため,選択肢Bの方がリス
クが高い。
4.徳川家光が目的 ◎徳川家光の立場に立って,Aか ○班でつけた点数を参考 ○本降のワー を達成できる選択肢 Bを選択しましょう。選択の理由 に個人でAかBを選択す クシート(「選
を選ぶ。 も書きましょう。 る。その理由もワークシー 択」の記号欄
(10分) ●(AかBを選択する。選択の理 トに記入する。 及び理由欄)
由を書く。) ○書けた児童から発表さ
せる。
図4−1第5時学習指導案
第5時では「日常的エンパシー」「ステレオタイプのエンパシー」の段階にいる児童の歴 史的エンパシーを,「区別されたエンパシー」の段階へ高めることを最大のねらいとしてい
る。「区別されたエンパシー」とは,過去の見方と現在の見方の区別ができている段階であ る。つまり,歴史上の人物の意思決定場面においては過去の人物の見方で判断しなければ ならない。第5時の学習活動では,人物の目的を意識させ,人物の立場に立った判断がで きるように留意した。これにより,児童は「事実関係の分析」において獲得した過去の観 点と,「意思決定過程の分析」で行った選択肢の吟味を踏まえた選択ができ,「区別された シンパシー」への深化・発展を可能にすると考える。
結論
1 本研究の成果
本研究の目的は,歴史的エンパシー論を基に,歴史人物学習のより現場の実態に即した 授業開発を目指すことである。第1章で仮説を立て,第H章で構想を練り,第m章で実践
と分析を行った。第IV章では,実践の課題に対して授業改善案を示した。以上の過程を踏 まえた本研究の成果は次の2点である。
①意思決定を吟味する歴史人物学習においてエンパシー能力の育成が可能であること を実証した。
②実践での成果と課題を踏まえ,より現場の実態に即した改善案を示した。
成果①は,第二章における授業仮説の検証によって明らかにすることができた点である。
社会科歴史人物学習において,人物の意思決定を吟味することによって,過去の見方での 判断を促し,エンパシー能力の育成を可能にすることを示した。
成果②は,第IV章において改善案の設計を行うことにより現場の実態に即した授業開発 の指針を示すことができたができた点である。授業を構想する段階では,人物の立場が理 解できれば自然と判断もできるようになると考えた。しかし実際は,人物の立場が理解で きていても,現在の見方が固定化された状態では,過去の見方で判断することは困難であ った。そこで改善案では,児童が獲得した過去の観点を,意思決定場面で活用させること に留意した。人物の立場を意識させることによって,現在の見方と過去の見方を区別した 上で判断することが可能になると考える。
成果①において研究の妥当性を明らかにし,成果②において研究の目的が達成できたこ とを示した。以上の2点が本研究の成果である。
2 今後の課題
本研究の課題は次の2点である。
①改善案の実践。
②エンパシー能力と意思決定力との関係。
課題①は改善案に関する課題である。本研究では,実践を通して明らかになった成果と