博 士 ( 生 命 科 学 ) 長 根 智 洋
学 位 論 文 題 名
クロロフイル分解経路の解析 学位論文内容の要旨
高 等 植 物 に お い て ク ロ ロ フ イ ルaは グ ル タ ミ ン 酸 か ら 約15段 階 の 酵 素 反 応 を 経 て 合 成 さ れ る 。 ク ロ ロ フ イ ル 代 謝 系 に お け る 中 間 体 は 活 性 酸 素 を誘 導 す る た め 、 ま た 、 光 化 学 系 の 形 成 に 必 要 な ク ロ ロ フ イ ル を 過 不 足 な く 供給 す る た め 、 そ の 合 成 は 厳 密 に 制 御 さ れて いる。 この 制御 は、 酵素 遺伝 子の 発現 、 酵 素 タ ン パ ク 質 の 安 定 化 、 フ イ ー ド バ ッ ク 機 構 に よ り 活 性 調 節 な ど 、 様々 な 機構によって行われている。
クロロフイノレaは7.ヒドロキシメチノレクロロフイノレaを経てクロロフイノレ 6に 転 換 さ れ 、 ク ロ ロ フ イ ル6は 再 び7. ヒ ド ロ キ シ メ チ ル ク ロ ロ フ イ ルaを 経 て ク ロ ロ フ イ ルaに 戻 る 。 こ の 相 互 転 換 系 は ク ロ ロ フ イ ル サ イ ク ル と呼 ば れ て い る 。 葉 の 老 化 時 に お い て 、 ク ロ ロ フ イ ル6は ク ロ ロ フ イ ルaに 転 換 さ れ た 後 、 数 種 の 中 間 体 を 経 て 液 胞 に 輸 送 さ れ 分 解 す る と 考 え ら れ て い る。 こ の よ う な 意 味 で 、 ク ロ ロ フ イ ル6か ら ク ロ ロ フ イ ルaへ の 変 換 は 、 ク ロ ロ フ イ ル 分 解 の 最 初 の 反 応 で あ る 。 し か し 、 ク ロ ロ フ イ ル 合 成 系 と 異 な り 、ク ロ ロ フ イ ル サ イ ク ル 及 び ク ロ ロ フ イ ル 分 解 経 路 に お い て は 、 酵 素 や 調 節 因子 な ど 未 解 明 な 部 分 が 多 く 残 さ れ て お り 、 そ の 実 態 は 明 ら か に な っ て い な い 。 そ こ で 、 本 研 究 で は ク ロ ロ フ イ ル サ イ ク ル お よ び ク ロ ロ フ イ ル 分 解 経路 に 関 わ る 新 た な 知 見 を 得 る こ と を 目 的 と し 、 光 合 成 色 素 が 野 生 株 と 異 な る蓄 積 パ タ ー ン を 示 す シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ エ チ ル メ タ ン 硫 酸 塩(EMS)処 理 株 を 高 速液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ イ ー(HPLC) に よ ル ス ク リ ー ニ ン グ し た 。 そ の 結 果 、 クロ ロ フ イ ル サ イ ク ル の 中 間 体 で あ る7‐ ヒ ド ロ キシ メ チ ル ク ロ ロ フ イ ルaを 蓄積 す る 変 異 株 を 単 離 す る こ と が で き 、hmcヱ (7‑hydroxymethyl ch10rophy11a accumulation)と名付けた。
五 皿cヱ変 異株 の表 現型 を解 析し た結 果、五 皿cj変異 株は 野生 株と 比べ て植 物 体 が 小 さ く 、 成 長 遅 延 が み ら れ た 。ま た、HPLCに よる 色素 解析 の結 果、 由皿cj 変 異 株 で は 野 生 株 に 比 べ て10倍 以 上 の7‐ ヒ ド ロ キ シ メ チ ル ク ロ ロ フ イ ルa が 生 育 初 期 段 階 か ら 蓄 積 し て い る こ と が わ か っ た 。 ク ロ ロ フ イ ル6が 分解 さ れ な い 皿ycjと の2重 変 異 体 ゐ 皿cj/nycjを 解 析 し た結 果 、 こ の 変 異体で は7‐ ヒ ド ロ キ シ メ チ ノ レ ク ロ ロ フ イ ノ レaは 蓄 積 し な か っ た 。 こ の こと によ って 、 ムmcヱ 変 異 株 に お い て 蓄 積 し た7 ̄ ヒ ド ロ キシ メ チ ル ク ロ ロ フ イ ルaは クロ ロ フ イ ル6か ら ク ロ ロ フ イ ルaへ の 転 換 で 蓄 積 し た こ と が わ か っ た 。 ま た 、 生 育4週 間 後 、 暗 所 で5日 間 老 化 誘 導 を 行 う と 、7‐ ヒ ド ロ キ シ メ チ ル ク ロロ フ イ ルaに 加 え ク ロ ロ フ イ ル 分 解 の 中 間 体 で あ る フ ェ オ ホ ル ビ ドaを 蓄 積 す る ことがわかった。
五 皿cヱ 変 異 株 で は フ ェ オ ホ ル ビ ドaの 蓄 積 に 伴 い 、 細 胞 死 が 誘 導 さ れ、 葉 緑 体 が 崩 壊 し 、 内 部 に 大 量 の 小 胞 が 蓄 積 し て い る こ と が 光 学 顕 微 鏡 及 び電 子
顕微鏡により観察された。また、 hmcl 変異株では老化誘導を行うと、光化 学系 I 及び光化学系 II の中心集光タンパク質の分解が野生型に比べて早く、
ク ロ ロフ イ ル分 解に 関 わるタンパ ク質の蓄積が 多いことがわか った。
マッピングにより、hmcl 変異株の原因遺伝子はシロイヌナズナ第 4 染色 体上のAt4904770 であることがわかった。この原因遺伝子 (NAPI) は NAP6 、 NAP7 と複合体を形成し、葉緑体内における鉄硫黄クラスター形成に関わる ことがこれまでに報告されている。EMS 処理による 1 塩基置換により、238 番目のアミノ酸がプロリンからロイシンに置換していた。このアミノ酸置換 に よ り、 タ ンパ ク質 の 高次構造が 変化したこと が予測される。 NAP1 の T‑DNA 挿入株を解析した結果、種子の段階で致死であることがわかった。
以上の結果より、hmcl 変異株において7 ‐ヒドロキシメチルクロロフイル a とフェオホルビド a の蓄積は鉄硫黄クラスターの供給がうまくいかなくな ったために起きたことが予測された。しかし、Pa0 (フェオフオルビドa 酸 素添加酵素)及びHAR (7 ‐ヒドロキシメチルクロロフイルa 還元酵素)それ ぞれの酵素反応に必要な還元カであるFd は内部に鉄硫黄クラスターを配位 するが、ウエスタンブロッティングの結果、タンパク質の蓄積量に大きな変 化はみられなかった。また、Pa0 も内部に鉄硫黄クラスターを配位するが、
タンパク質の蓄積量に大きな変化はみられなかった。
NAP6 遺伝子の3 ‑utr にT‑DNA が挿入された変異株を解析した結果、あmc ヱ 変異株と同じように植物体が小さく、成長遅延がみられ、クロロフイル量が 低下していることがわかった。しかし、ムmcl 変異株で特異的に蓄積する7 . ヒドロキシメチルクロロフイル a 及びフェオホルビドa の蓄積はみられなか った。これらのことからhmc ヱ変異株におけるクロロフイル中間色素の蓄積 は 鉄 硫 黄 ク ラ ス タ ー の 供 給 と は 関 連 が な い こ と が 示 唆 さ れ た 。 さら に NAP1 遺 伝 子は 複合体 因子である NAP6 、 NAP7 と発現 パターンが 異 なり、老化誘導 後に mRNA の発現が上昇することがわかった。ウエスタ ンブロッティングの結果からも NAP1 は老化誘導後に蓄積が増加していた。
以上の結果より NAP1 は鉄硫黄クラスター形成以外に独自の機能を有してい る可能性が示唆された。
hmcl / nycl の二重変異体を老化誘導すると、ゐmcl で蓄積するフェオホル ビド.a の蓄積がみられなくなることがわかった。また、共焦点顕微鏡の観察 の 結 果 、 hmcl 変 異 株 に お い て 老 化 誘 導 時 に 小 胞 が 観 察 さ れ た 。 以上の結果からhmc ヱ変異株においては、現在広く受け入れられている経 路以外の経路でクロロフイルの分解が起こり、その結果、フェオホルビドa が蓄積したことが示唆された。
本研究において、NAP1 がクロロフイル分解経路に関わっていること、ま
た ク ロ ロ フ イ ル 分 解 経 路 が 複 数 存 在 す る こ と を 明 ら か に し た 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
クロロフイル分解経路の解析
クロロフイルは、光合成において、光捕集や電子伝達など、中心的な役割を果たすテトラピ ロー ル化合物である。植物のクロロフイル代謝は、植物の生育や環境適応とも密接に関係し てお り、クロロフイル代謝に対する理解を深めることは、植物の代謝を理解する上で欠かす こと はできない。近年、クロロフイルの生合成については、分子レベルでの詳細な理解が進 み、 クロロフイル生合成経路に関与する酵素なども、ほばすべて同定された。一方で、クロ ロフ アルの分解経路や、また、クロロフイルサイクル(植物 が持つ2種類のクロロフイル、
chlorophyllaとchlorophyll6を 相互 転換 する 経路 )に つい ては、まだ、酵素や経路の同 定など、多くの課題が残されている。
著者は、クロロフイル生合成経路とクロ.ロフイルサイクルについての理解を深めるために、
これ らの経路に異常のあるシロイヌナズナの変異体、hmclの解析を進めた。著者は、まず、
hmcl変異体では、クロロフイルサイクルの中間体7ーhydroxymethyl chlorophyll (HMChl)が 蓄積 していることを見いだした。さらに、hmcl変異体では、葉の老化時にクロロフイル分解 の中 間体、pheophorbideaが蓄積 していることを見いだした。これらの結果は、hmcl変異の 原 因遺 伝 子がHMChlとpheophorbideaという2種類 の化合物の代謝に何らかの形で関与して いることを示している。
続いて、著者は、IiMC1遺伝子のクローニングに成功した。fhWC1遺伝子は、NAP1とよばれる、
鉄硫 黄合成に必須のSuf複合体のサブュニットをコードする遺伝子のホモログであった。hmcl 変異 体においては、このNAP1タンパク質の238番目のプロリンがロイシンに置換していると 考え られた。著者は続いて、Suf複合体の別なサブュニットの変異体の解析も行ったが、これ ‑ 1361一
歩 二
哲
淳
中 口
藤
田 山
内
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
ら の変 具体 では、HMChlとpheophorbideaの蓄積は見られなかった 。この結果は、NAP1が、
ほかのサブュニッ トとは異なる独自の役割を、クロロフイル代謝において果たしていること を示している。
著者は、クロロ フイル代謝に関するさらなる知見を得るために、さらに、hmcl変異体とほ か のク ロロ フイル代謝の変異体(chlorophyll6からHMChlに変換す る反応に異常のある変異 体ycl丶 また、chlorophyllのフィトール側鎖を切断する酵素の変 異体clh)を掛け合わせる 事によって、以下の2つの事実を発見した。(1) hmcl変異体におけるpheophorbidea蓄積に、
chlorophyll6をHMChlに代 謝す る反 応が必須である。(2)同様に、chlorophyllのフィトー ル側鎖を切断する 反応も必要である。これらの知見は、まず、第一に、hmcl変異体における HMChlの 蓄積が、HMChlからchlorophyll6への反応(クロロフイル サイクルの最後の反応)
の 阻害 によ るこ とを 示し てい る。 第2に、hmcl変異体においてchlorophyll6を起点とし、
chlorophyllのフィトール側鎖を経由 する経路において、pheophorbideaが蓄積しているこ とを示唆している 。このような経路は、従来、考えられてきたクロロフイル分解経路とは異 な って おり 、こ れま でに 報告 のな い 未知 のク ロロ フイ ル分 解経 路であると考えられる。
著者 は、 さらに、hmcl変異体の共焦点顕微鏡による観察を行い 、hmcl変異体において、
pheophorbideaではないかと思われる色素を持 つ小胞が、葉緑体外に多数発生していること を見いだした。こ の結果は、上記の未知のクロロフイル分解経路が葉緑体外に存在すること を示唆すると思わ れる。著者は、過去の報告などをもとに、この未知のクロロフイル代謝経 路が、植物のウイ ルス感染や細菌感染の際に誘導される、緊急的なクロロフイル分解経路で はないかという仮 説を提唱している。
これらの結果を 要するに、著者は、未知のクロロフイル代謝経路に存在に関する新知見を 得たものであり、 これらの知見は、植物のテトラピロール研究に対して、非常に大きな貢献 である。
よ って 著者は,北海道大学博士(生命科学)の学位を授与さ れる資格あるものと認め る。
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