原著 ■要旨:本研究の目的は、自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)のある当事者が運動制御を行なう場面や自己身 体を認識する場面で、視覚情報と体性感覚情報の統合について検討することである。能動的な運動制御である描画運 動をする図形描画課題と、受動的な触刺激位置弁別課題の 2 つの身体関連課題を設定し、検討を行なった。各課題と もに、視覚情報あり条件と視覚情報なし条件の 2 つ条件で行ない、視覚情報の有無が課題遂行に及ぼす影響を検討し た。その結果、ASD のある当事者は視覚情報が得られず体性感覚情報のみを頼りに描画するとき、描画運動の初期 で描画行動の調整が困難になることが示された。また触刺激位置弁別課題では、視覚情報が得られずに触刺激の提示 された身体位置を判断する際に ASD のある当事者は、課題の難度に左右されず身体表象の明確さに個人差が大きい ことが示された。 ■キーワード:自閉症スペクトラム障害、身体感覚、運動制御
ASD のある対象者における体性感覚情報と視覚情報の統合に関
する検討
―身体関連課題を用いて―
Integration of somatosensory and visual information in adults with autism spectrum disorder 富士本 百合子(北海道発達障害者支援道北地域センターきたのまち)
Yuriko Fujimoto(Hokkaido Douhoku Support Center for Persons with Developmental Disorders, Kitanomachi) 安達 潤(北海道大学大学院教育学研究院 臨床心理学講座)
Jun Adachi(Department of Educational Psychology, Graduate School of Education, Hokkaido University)
Ⅰ.本研究の目的
自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)のある当 事者は、自身の体験について語る際、特徴的な身体感 覚について言及することがある。例えばニキ(2004) は、「コタツに入ると脚がなくなる」と表現し、隠 れて見えなくなった身体部位が、消えて無くなった と感じることを報告している。また、2013 年に改訂 された DSM-5(DiagnosticandStatisticalManualof MentalDisordersfifthedition)において、ASD の診 断基準の 1 つとして「感覚刺激に対する過敏さまたは 鈍感さ」の項目が追加された。このことから、特徴的 な身体感覚は、ASD の特性の 1 つとして注目されて いる。 自己身体の認識には、身体に関する複数の情報を統 合することが 1 つの重要な役割を果たすと考えられて いる。特に、身体に生じる情報である体性感覚情報 と、その体性感覚情報を生じさせている場面を捉えた 視覚情報の統合によって、身体表象が形成されていく と考えられている(積山,1995)。 自 己 身 体 の 認 識 に 焦 点 を 当 て た 研 究 の 一 つ に RubberHandIllusion という実験がある。この実験で は、実験参加者は腕を机上に置き、仕切りによって腕 が見えない状態にされる。仕切りの横には参加者に見 えるようにゴム製の腕が置かれ、参加者の腕とゴム製 の腕の両方に、同時に筆で触刺激を与える。そのよう にして同時に触刺激が与えられ続けると、参加者が視 認できるゴム製の腕を自分自身の腕であると認識する ようになるという現象が報告されている(Botvinick &Cohen,1998)。体性感覚情報と視覚情報が、一時的 に誤って結び付けられるため、このような現象が生じ ると考えられている。 RubberHandIllusion によって確認される、自己身 体を認識する際に重要な体性感覚情報と視覚情報の整 合性は、随意運動を制御する際にも確認することがで きる。つまり、意図した運動を行ない、運動に随伴する自己身体の動きを視覚で捉えることで、運動してい る身体部位が、自分のものであると確認できるという ことである。ところで、随意運動には、フィードフォ ワードとフィードバックという 2 つの制御様式が想定 されている(今水,1995)。フィードフォワード制御 は設定した目標地点に至る運動を企図し、その企図通 りに運動を完遂させるときの制御であり、的に向かっ てボールを投げるときなどに使用されると考えられて いる。フィードバック制御は常に自己身体の状態と運 動目標の誤差を検出し、修正しながら遂行する制御で あり、線画をなぞるときなどに使用されると考えられ ている。
Fuentes ら(2010)は、ASD のある青年と ASD の ない青年を対象に書字検査と微細運動の検査、知能検 査(WechslerAdultIntelligenceScale:WAIS)を行 ない、ASD のない青年よりも ASD のある青年の方 が書字の質が低下したことを報告している。しかし、 ASD のある青年の中でも、WAIS における知覚推理 の特典が高い参加者は微細運動に苦手をもつかどうか によらず、書字の質が高いという結果も報告してい る。つまり、書字運動の苦手さがあったとしてもそれ を補うための方略を身につけ、書字の結果には影響を 示さない可能性が示唆された。このことから ASD の ある当事者には、運動の過程に何らかの困難さがある と推測される。 上記のことと先述した「コタツに入ると脚がなくな る」現象(ニキ,2004)を考え併せると、この現象 は、自分の身体が見えないときにその身体に関する知 覚が困難になることを表現していると考えられる。つ まり、自己身体に関する視覚的情報が得られない状況 下で、ASD のある人たちは運動制御や自己身体の認 識が困難になる可能性が考えられる。本研究では運動 制御と自己身体認識という身体関連現象を反映する 2 つの実験場面を設定し、体性感覚情報と視覚情報の統 合について検討した。
Ⅱ.方 法
1.参加者 実験参加者は臨床群と統制群合わせて 22 名の 10 代 から 50 代の男女である。臨床群は知的障害を伴わな い ASD の診断をもつ 10 名であり、男性が 8 名、女 性が 2 名であった。診断は発達障害医療に関して 20 年以上の経験を有する発達障害専門医により行われて いる。平均年齢は 31.70 歳(標準偏差= 11.54 歳)、利 き手は 1 名が左利き、9 名は右利きであった。本研究 における利き手とは、日常生活で文字や絵を描く方の 手とした。知能検査等のデータは、可能な場合のみ開 示していただき、知的障害を伴わないことを確認し た。また、臨床群の参加者は、主に、青年期以降に ASD の診断を受けた方が参加し、当該地域では、高 機能 ASD の成人当事者の会として知られている当事 者の会を通じて募集した。 統制群は ASD の診断をもたない 12 名であり、男 性が 5 名、女性 7 名であった。平均年齢は 25.85 歳 (標準偏差= 4.95 歳)、利き手は全員が右利きであっ た。利き手の定義は、臨床群と同様である。両群の参 加者とも、研究の目的や方法、データ管理の方法、プ ライバシーの保護についての説明を行ない、書面で同 意を得た。なお本研究は北海道大学大学院教育学研究 院に設置された研究倫理審査委員会において研究実施 の許諾を受けた。 2.実験Ⅰ (1)手続き 実験Ⅰは、図形描画課題である。参加者の課題は、 ペンタブレットで簡単な図形を描くこととした。視覚 情報の有無が描画結果に及ぼす影響を検討するため、 視覚情報あり条件と視覚情報なし条件を設定した。視 覚情報あり条件では、参加者は、ペンタブレット上に 提示された見本の図形を、なぞるように描いた。視覚 情報なし条件では、参加者は、ペンタブレットと腕が 隠れるようにおおいを被せ、腕が見えない状態で、同 じ図形を描いた。課題に使用した図形は本多ら(2009) や池田ら(2016)の描画課題で用いられていること から、丸(正円)、四角(正方形)、三角(正三角形) の 3 種類を使用した。各図形の大きさは、丸の直径が 8.4cm、四角と三角の一辺が 8.4cm であった。描画の 順番は、1)丸(視覚情報あり条件)2)丸(視覚情報 なし条件)3)四角(視覚情報あり条件)4)四角(視 覚情報なし条件)5)三角(視覚情報あり条件)6)三 角(視覚情報なし条件)とした。 (2)分析方法 実験Ⅰの記録は、画像編集ソフト Inkscape(The InkscapeTeam)を使用した。ソフトに装備されてい る画像の面積を算出するツールを用いて、分析を行 なった。 視覚情報あり条件で描かれた図形については、描画 結果の図形と見本図形を重ね合わせ、両図形の差の面積を求めた。すなわち、見本図形を見ながらなぞって 描いたときに、見本図形からずれた部分の面積を算出 し、描画結果の正確さを数値化した。差の面積が小さ いほど、描画結果が正確であったことを示す。 視覚情報なし条件で描かれた図形については、描画 結果の図形と視覚情報あり条件で描かれた図形を重ね あわせて、両図形の差の面積を求めた。つまり、見本 図形を見ながらなぞって描いたときと、見本図形が見 えない状態で描いたときの、描画結果の差を検討し た。また、描画のプロセスを検討するため、各図形を 小片に分割し、その推移を分析した。具体的には、各 図形の描画の開始点から中心角が 15°になるまで進行 した地点までを 1 つの小片、その地点からさらに中心 角が 15°になる地点までを次の 1 つの小片とし、描画 全体を 24 の小片に分割した。 さらに、描画プロセスには、運動方向の転換が含ま れることを考慮した分析を行なうため、それぞれの図 形を個別に象限分けした。描画プロセス内に存在する 描画方向の転換について以下、簡単に説明する。たと えば、四角では、一辺を描くときに、運動方向は一定 のまま変化しない。一辺の終わり、すなわち頂点に到 達したときに、水平あるいは垂直方向に、運動方向を 転換する。この場合、頂点で運動方向を転換する時点 以外の各辺では描画運動の制御値は一定の値を入力し 続けることで描画が遂行されると考えられる。この描 画運動の特徴は三角においても同様であり、頂点での 運動方向転換の時点以外各辺では描画運動の制御値は 一定である。しかし、丸の場合は、描画を進行すると きに、ペンを置いている地点から中心に向かう力と、 その地点における接線とが、描画の進行方向を定めて いる。つまり、運動の制御値は常に変化をしていると 考えられる。以上のことより、四角と三角では、一辺 を描き切るまでは運動の制御値が一定である区間と捉 え、これを 1 つの象限と定めた。一方、丸の描画で は、ペンを置いている地点によって常に制御値が変化 していると考えられ、丸の中心を座標原点に置いたと 考えれば、接線方向の描画運動の符号と中心方向への 描画運動の符号が大まかに+の値あるいは-の値を維 持するのは、90°ごとの区間である。たとえば、丸を、 描画の開始点(正円頂上)から時計回りに描画を進め た場合、90°までの描画では制御値の符号は(+,-) の組合せが維持される。90°から 180°までの描画では (-,-)が維持され、180°から 270°までの描画では (-,+)が維持される。270°から 360°までの描画で は(+,+)が維持される。そのため、90°ごとを 1 つの象限として定めた。表 1 に各図形の象限の範囲を 示す。描画の開始点を 0°として示している。このよ うに定めた象限ごとの面積の推移を、群間比較した。 分析は、①群による全体の差の面積の違い、②各象限 における、群による変化の割合の違い、の 2 つを検討 した。①の分析については、図形ごとに各群における 描画結果の差の面積の平均を求め、Weltch の t 検定 によって比較した。②の分析については、図形ごとに 各象限に含まれる区間の差の面積をプロットし、参加 者ごとに回帰直線を求めた。その回帰直線の傾きを群 間比較することで描画プロセスを通じた面積差の変化 を検討した。 3.実験Ⅱ (1)手続き 実験Ⅱは、触刺激位置弁別課題である。参加者の手 首から肘の間に、手首(手と腕の境界線)から 7cm ずつ等間隔に 4 つの印をつけ、4 か所のうちいずれか の位置に触刺激を与えた(図 1)。参加者の課題は、4 か所のうちどこに触刺激が提示されたか、あるいは 4 か所のうちどこに触刺激が提示されていないかを答え ることであった。4 か所には手首に近い方から肘に向 かって 1 ~ 4 の番号が与えられ、参加者は番号を回答 した。腕の位置と番号との対応を常に確認できるよう に、番号を腕の横に提示した。触刺激の提示には木製 の直径 1cm ほどの棒を使用し、実験者が木製の棒で 表 1 各図形の象限の範囲 第一象限 第二象限 第三象限 第四象限 第五象限 丸 0°~ 90° 90°~ 180° 180°~ 270° 270°~ 360° 315°~ 360° 四角 0°~ 45° 45°~ 135° 135°~ 225° 225°~ 315° 三角 0°~ 120° 120°~ 240° 240°~ 360° 1 2 3 4 図 1 腕に与えられた番号
参加者の腕に触れて触刺激を提示した。実験Ⅱにおい ても、視覚情報の有無が課題遂行に及ぼす影響を検討 するため、視覚情報あり条件と視覚情報なし条件を設 定した。視覚情報あり条件では、腕が見える状態で回 答した。視覚情報なし条件では、腕におおいを被せて 腕が見えない状態で回答した。 提示された触刺激の弁別について検討するため、以 下に示す①②の条件で練習試行を行なった。①視覚情 報あり条件;腕が見える状態で触刺激が 1 回提示さ れ、腕と腕横に提示した番号を見ながら、触刺激が提 示された番号を回答する。②視覚情報なし条件;腕に おおいを被せた状態で触刺激が 1 回提示される。おお いの横に提示された番号を見ながら、触刺激が提示さ れた番号を回答する。練習試行は、確実に正答できる まで繰り返し、各番号につき、断続・連続を問わず 2 回正答することを基準とした。そのため、練習試行の 最小試行回数は 8 試行であった。誤答があった場合 は、基準をクリアするまで試行を続けた。練習試行は 視覚情報あり条件、視覚情報なし条件ともに同様の基 準で行なった。練習試行を行なったあと、本番試行へ と移行した。本番試行は提示された触刺激を判断する ことによって、触刺激が提示されていない位置を回答 するものであり、練習試行よりも難度が高いと想定さ れる。本番試行でも視覚あり条件と視覚なし条件を設 定し、以下に示す③④の条件構成で本番試行を行なっ た。③視覚情報あり条件;腕が見える状態で触刺激が 3 回提示され、腕と番号を見ながら、触刺激が提示さ れていない番号を回答する。④視覚情報なし条件;腕 におおいを被せた状態で触刺激が 3 回提示され、おお いの横に提示された番号を見ながら、触刺激が提示さ れていない番号を回答する(視覚情報なし条件)。本 番試行は、視覚情報あり条件については、練習試行と 同様の基準で行ない、最小試行回数は 8 試行であっ た。視覚情報なし条件は、3 つの番号の提示順パター ンを加味し、全パターンを実施するため、全ての参加 者が 32 試行行なった。 (2)分析方法 練習試行、本番試行ともに、各条件での累積正答率 を算出し、分析対象とした。また、本番試行における 各番号の正答率を算出したものも、分析の対象とし た。算出した正答率を Weltch の t 検定によって群間 比較した。また、pearson の積率相関係数を用いて、 群内の相関関係を検討した。さらに、群(臨床群・統 制群)と触刺激が提示された番号(番号 1・番号 2・ 番号 3・番号 4)を要因、正答率を従属変数とする 2 要因参加者内計画で、分散分析を行なった。有意水準 は、Bonferroni 法により調整した。
Ⅲ.結 果
1.実験Ⅰ (1)視覚情報あり条件 視覚情報あり条件で描かれた図形と見本図形の差の 面積を、図形ごとに求めた。臨床群の丸の差の面積は 2.15cm2(標準偏差= .76)、四角の差の面積は 4.41cm2 (標準偏差= .96)、三角の差の面積は 2.03cm2(標準偏 差= .54)であった。統制群の丸の差の面積は 2.21cm2 (標準偏差= .89)、四角の差の面積は 4.38cm2(標準 偏差= 1.31)、三角の差の面積は 2.25cm2(標準偏差 = .55)であった。仮に見本図形から 2mm 内側ある いは外側に同一円心状に描画した場合を想定して描画 結果と見本図形の差の面積を求めると、丸は 2.66cm2、 四角は 3.38cm2、三角は 2.60cm2となった。このこと から視覚情報あり条件では、両群とも見本図形との差 がほとんどなく、正確に描画できたと示唆された。ま た、両群のあいだには有意な差が認められなかった。 (2)視覚情報なし条件 視覚情報なし条件で描かれた図形と、視覚情報あ り条件で描かれた図形の差の面積を、図形ごとに求 めた。臨床群の丸の差の面積は 54.56cm2(標準偏差 = 28.71)、四角の差の面積は 33.15cm2(標準偏差= 13.10)、三角の差の面積は 22.07cm2(標準偏差= 8.47) であった。統制群の丸の差の面積は 45.57cm2(標準 偏差= 18.28)、四角の差の面積は 33.82cm2(標準偏 差= 9.69)、三角の差の面積は 24.90cm2(標準偏差= 8.29)であった。臨床群の差の面積と統制群の差の面 積を比較したところ、どの図形においても両群のあい だに有意な差は認められなかった。 (3)各象限における面積の推移 視覚情報なし条件で描かれた図形の、描画のプロセ スを検討するため、各図形を 24 の小片に分解し、上 述のように定めた象限ごとに検討した。象限ごとに差 の面積をプロットし、差の面積の推移を、群間比較し た。プロットした点は差の面積を表し、グラフの傾き は差の面積の推移を表す。グラフの傾きが小さいほど 差の面積は変動の幅が狭く、描画が進行しても見本図 形からずれる範囲が狭かったと考えられる。つまり、 視覚情報が遮断されたことによる影響を受けにくかっ たことを示すと考えられる。また、傾きが大きいほど、描画が進行するにつれて見本図形からずれる幅が 大きくなり、視覚情報が遮断されたことによる影響を 大きく受けたと考えられる。グラフの傾きを Weltch の t 検定によって群間比較したところ、丸の第一象限 で、臨床群のグラフの傾きが、統制群のグラフの傾き よりも有意に大きいことが示された(t=5.70,p=.04, d=1.10, 効果量大)。丸の第二象限、第三象限、第四 象限では、両群とも群内でグラフの傾きのばらつきが 大きく、有意な差は認められなかった。四角と三角 は、どの象限においても両群のグラフの傾きのあいだ に有意な差は認められなかった。四角と三角でも、第 二象限以降でグラフの傾きのばらつきが大きくなる傾 向が認められた。参加者の男女比に偏りがあったもの の、臨床群と統制群のあいだに有意差の見られた丸の 第一象限では、男性 13 名と女性 9 名のあいだに有意 な差は見られなかった(t=-.44,p=.66)。 表 4 に各図形について、象限ごとの傾きの平均値と 標準偏差を群別に示した。 2.実験Ⅱ (1)練習試行 練習試行における視覚情報あり条件の累積正答率 は両群とも 1.00 であり、見ながら回答した場合は誤 答することがなかった。視覚情報なし条件では、最小 試行回数の 8 試行目までの累積正答率を求めた。臨 床群は .90(標準偏差= .09)、統制群は .98(標準偏差 = .04)であった。Weltch の T 検定を行なった結果、 臨床群の累積正答率が統制群の累積正答率よりも、有 意に低いことが示された(t=3.22,p=.04,d=1.10,効 果量大)。 (2)本番試行 本番試行では、視覚情報あり条件の累積正答率は、 両群とも 1.00 であり、見ながら回答した場合は誤答 することがなかった視覚情報なし条件では、32 試行 全ての累積正答率を求めた。臨床群は .86(標準偏 差= .09)、統制群は .92(標準偏差= .04)であった。 Weltch の T 検定を行なった結果、両群の累積正答率 のあいだに有意な差は認められなかった(t=5.36,p =.10,n.s.)。 (3)群の特性 また、pearson の積率相関係数を用いて群内におけ る練習試行と本番試行のあいだの関係を検討した。臨 床群では、練習試行の累積正答率と本番試行の累積正 答率のあいだに比較的高い正の相関が認められた(r 表 2 視覚情報あり条件における 図形と見本図形の差の面積(cm2) 丸 (標準偏差) 四角 (標準偏差) 三角 (標準偏差) 臨床群 2.15(± .76) 4.41(± .96) 2.03(± .54) 統制群 2.21(± .89) 4.38(± 1.31) 2.25(± .55) 表 3 視覚情報なし条件における 図形と視覚情報あり条件における図形の差の面積(cm2) 丸 (標準偏差) 四角 (標準偏差) 三角 (標準偏差) 臨床群 54.56(±28.17) 33.15(±13.10) 22.07(± 8.47) 統制群 45.57(±18.28) 33.82(± 9.69) 24.90(± 8.29) 表 4 象限ごとの傾きの平均値と標準偏差 群 第一象限 第二象限 第三象限 第四象限 第五象限 丸 臨床群 .43±.35 .04±.45 .04±.57 .08±.39 統制群 .14±.12 .17±.24 .13±.32 -.17±.41 四角 臨床群 .24±.17 .15±.14 -.001±.06 -.13±.24 -.01±.62 統制群 .23±.21 .14±.21 .004±.08 -.07±.11 -.31±.60 三角 臨床群 .04±.09 .03±.09 .05±.16 統制群 .07±.06 .02±.05 .03±.09 表 5 練習試行における正答率と標準偏差 正答率(±標準偏差) 視覚情報あり条件 視覚情報なし条件 臨床群 1.00(± .00) .90(± .09) 統制群 1.00(± .00) .98(± .04) 表 6 本番試行における正答率と標準偏差 正答率(±標準偏差) 視覚情報あり条件 視覚情報なし条件 臨床群 1.00(± .00) .86(± .09) 統制群 1.00(± .00) .92(± .04)
=.64,p=.04)。統制群では、明確な関係は認められな かった(r=-.30,p=.35,n.s.)。 さらに、本番試行における番号ごとの正答率を算 出した。臨床群における番号 1 の正答率は .90(標準 偏差= .30)、番号 2 の正答率は .90(標準偏差= .30)、 番号 3 の正答率は .73(標準偏差= .44)、番号 4 の正 答率は .91(標準偏差= .28)であった。統制群におけ る番号 1 の正答率は .97(標準偏差= .14)、番号 2 の 正答率は .88(標準偏差= .32)、番号 3 の正答率は .83 (標準偏差= .37)、番号 4 の正答率は .99(標準偏差 = .10)であった。番号×群の 2 要因分散分析を行 なった結果、番号と群に関する交互作用は認められな かった(F(3,60)=1.07,p=.37,n.s.)。番号における主 効果が認められ(F(3,60)=9.75,p<.01)、番号 3 の正 答率が番号 4 の正答率よりも有意に低いことが示され た(番号 3 <番号 4:p=.001)。
Ⅳ.考 察
1.実験Ⅰ 視覚情報あり条件で、描画図形と見本図形の差の面 積を臨床群と統制群で比較したところ、両群に明確な 差が認められなかった。また両群とも、見本図形から の描画線のずれは 2mm 程度で、正確な描画であるこ とが示された。視覚情報が利用できる場合の描画は、 両群とも正確であった。視覚情報なし条件で、描画図 形と視覚情報あり条件での描画図形の差の面積を、臨 床群と統制群で比較したところ、各図形の全体の差の 面積に明確な違いは示されなかった。 しかし、描画のプロセスを検討したところ、図形に よって結果が異なることが示された。丸で描画を開始 してから 90°までの地点で臨床群と統制群の群間差が あり、描画プロセスに伴う差の面積をプロットした際 の回帰直線の傾きが、統制群よりも臨床群で大きく なった。つまり、臨床群では、描画運動の初期で見本 図形からのずれが大きくなる傾向が示された。一方、 四角と三角では、両群のあいだに明確な描画プロセス の違いは認められなかった。 図形による描画プロセスの違いは、運動制御のタイ プを反映していると考えられる。直線を繰り返し描画 することで描画が完了する四角や三角では、一辺を描 画するまでを目標としやすく、視覚情報が得られずに 描画するときにも、短い運動目標を立て直しながら進 行するフィードフォワード制御の運動方略を採りやす いものと考えられる。そのため、フィードバック制御 で進行する局面が少なく、両群の描画結果のあいだに 差が見られなかったと考えられる。一方、丸の場合、 描画運動の目標地点を設定しづらく、描画が進行する たびに細かな制御が必要であると考えられる。つま り、フィードバック制御による描画行動の調整が求め られると考えられる。実験Ⅰの結果は、臨床群では統 制群よりも、フィードバック制御による調整を求めら れる局面で、描画運動の開始直後から調整が困難にな ることを示唆していると考えられる。実験Ⅰでは、視 覚情報が得られれば視覚情報と体性感覚情報を頼りに 見本図形との誤差を修正しながら描画することができ るが、視覚情報が得られなければ体性感覚情報のみを 頼りに描画の調整をする必要がある。以上のことか ら、臨床群では、体性感覚情報のみに基づいた運動制 御が、統制群よりも困難であることが示された。臨床 群は、視覚情報が得られないときには、体性感覚情報 を受け取り処理することが困難であると推察される。 2.実験Ⅱ 練習試行において、臨床群の累積正答率が、統制群 の累積正答率よりも有意に低下した。一方で、本番試 行では、両群の累積正答率のあいだに有意な差は認め られなかった。練習試行のみで両群の累積正答率に差 が見られたことは、統制群の累積正答率が練習試行よ りも本番試行で低下したことが関係している可能性が ある。練習試行は触刺激が提示された位置を回答する 課題であるため、提示された 1 か所を判断することで 回答が可能である。一方、本番試行は提示された触刺 激位置を判断することによって、相対的に触刺激が提 示されていない位置を判断しなければならない課題で あった。本番試行は提示された 3 か所全ての位置を判 断しなければならず、本番試行は練習試行に比べ、難 度の高い課題であったことが推察される。 また、臨床群では、練習試行の累積正答率と本番試 行の累積正答率のあいだに比較的高い正の相関関係が 認められた。これは、練習試行で累積正答率の低い参 加者は、一貫して本番試行でも累積正答率が低くなる 傾向を示していると考えられる。臨床群は統制群より も、課題の難度による累積正答率の低下が表れにく く、参加者による刺激弁別の感度の違いが表われやす かったものと考えられる。つまり臨床群では、個人に よる違いが統制群よりも大きいことが示唆された。こ のことは ASD のある当事者が、感覚刺激に対し、過 敏さや鈍感さをもつことと関連すると推察される。番号ごとの正答率については、両群ともに同様の傾 向であったことから、弁別が困難な身体位置について は、両群とも同様の傾向を示すものと推察される。