『こころの科学とエピステモロジー』(Vol. 3) https://sites.google.com/site/epistemologymindscience/ 93
映像メディア時評特集
――京アニ事件の深層
はじめに
――追悼の聖地巡礼
渡辺 恒夫
11 衝撃と狼狽の中でのハルヒ研究会
2019 年 7 月 18 日の朝。吹き上げる炎と黒煙の映像とともに、そのニュースは飛び込んできたの でした。 私の反応は、衝撃だけでなく、狼狽の混じったものでした。 なぜなら、ちょうど二週間後の8月初頭に、京都アニメーションの代表作「涼宮ハルヒシリーズ」 の聖地、西宮でハルヒ関連の研究会を開催し、ついでに聖地巡礼も予定していたから。 そればかりか、この研究会の開催計画そのものが、事件の遠因になったのではないかという、迷 信めいた不安に襲われてしまったのでした。 なにしろ、研究会の名称は、「人文死生学研究会・番外編『涼宮ハルヒ』」というのでしたから。 死をテーマにした研究会の中でハルヒネタを論じるという計画が、37名の死者を出した事件に つながった‥‥ そんな懸念を友人に話したところ、「妄想だ」と一蹴されてしまったのですが。 とはいえ、なんらかの関連を認める人もいたようでした。いつも「人文死生学研究会」の定例案 内を掲載してもらっている心理系学会のMLニュースに、この番外編の案内を送ったところ、担当 者に「よりによってこのタイミングで死生学の研究会で京アニ作品を扱うのは、関係者の方々を傷 つける恐れがある」という理由で、掲載に難色を示されてしまったのです。 そこで案内文を書き直し、「私ども研究者にできることは、今まで以上に京都アニメーション制 作の作品を鑑賞し享受し、かつその深い意義を各々の専門分野から論じあうこと‥‥」の一文の入 った「緊急アピール」を付けたものを再度送ったところ、掲載になったのでした。 この一文に籠めた思いは、今も変わっていません。 そして― この事件についてのメディアの取り上げ方があまりに少ないのに業を煮やして、ファン=研究者 の立場から立ち上げたのが、この特集です。 まず、2019 年 8 月 4 日に予定通り開催された研究会の案内文を引用します。次にその後の聖地巡 礼を簡単に報告し、さらに特集全体の趣旨について説明した後、他の執筆者に場所を譲ることにし ます。 1本誌編集委員長。専門は心理学・現象学。著書に『夢の現象学・入門』(講談社選書メチエ、2016) 等。ブログ「夢日記・思索幻想日記http://fantastiquelabo.cocolog-nifty.com/ で夢の現象学を実践している。映像メディア時評特集――京アニ事件の深層 渡辺恒夫(2021)はじめに 94 人文死生学研究会・番外編「涼宮ハルヒ」2019 年 8 月 4 日午後 1 時-5 時(西宮市夙川公民館) 【趣旨】2018 年 2 月の『エンドレスエイトの驚愕』(三浦俊彦、春秋社)出版。2018 年 10 月の 「涼宮ハルヒシリーズ」7 年ぶり新作発表(『ザ・スニーカーLegend』)。そして、2019 年 2 月か らの「涼宮ハルヒシリーズ」角川文庫新装版発刊。これらを記念して表記の研究会を、「聖地」西 宮市で決行します。アニメ、ライトノベル、ファンタジーには、永劫回帰、異世界転生、平行世界 など、現代の「標準的」な死生観とは一線を画すような、多様にしてオルタナティブな死生観が見 られます。本研究会では、特に奥深い死生観の展開への手がかりが散りばめられているハルヒシリ ーズの研究を通じて、オタク時代にふさわしい死生観の構築をめざします。会の進行は、まず『ハ ルキとハルヒ―村上春樹と涼宮ハルヒを解読する』(大学教育出版、2012)の著者の土居が、ライ トノベル全般の考察を通して「涼宮ハルヒ」を位置づけます。次に現象学的心理学の渡辺が、ハル ヒ関係の二次創作には多様な死生観への手がかりが散りばめられていることを、事例を通して明ら かにします。最後に分析哲学・美学の三浦が、ハルヒに含まれる人間原理やアンドロイドの自我な どの哲学的問題を取り上げて、フロアとの討論の促しとします。 【話題提供1】土居豊(作家/文芸ソムリエ)「涼宮ハルヒとランサム・サガ ― ライトノベル と児童文学の遠くて近い関係 」 【話題提供2】渡辺恒夫(東邦大学/心理学・現象学)「二次創作がひらくオタク時代の死生観 ― 長門有希とは誰のことか」 【話題提供3】三浦俊彦(東京大学文学部/分析美学)「涼宮ハルヒ、人間原理、バートランド・ ラッセル」 ・8月5日 【聖地巡礼】 2019 年版「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」に即した散策・適宜討論 ・緊急アピール:京都アニメーションを支援します! 本研究会でテーマとしている「涼宮ハル ヒ」は、京都アニメーションの制作で『涼宮ハルヒの憂鬱』(TV版第1期、2006;第2期、 2009)、『涼宮ハルヒの消失』(劇場版、2010)として上映されたものです。先月の放火事件に は深い悲しみを覚えると同時に、亡くなられた方には心よりの哀悼の意を表し、負傷された方 には一刻も早い回復を祈っております。このような非常時にあたって私ども研究者にできるこ とは、今まで以上に京都アニメーション制作の作品を鑑賞し享受し、かつその深い意義を各々 の専門分野から論じあうことだと思われ、そのためにも本研究会を意義あるものにしたいと考 えております。
2.聖地巡礼
その日は西宮市夙川公民館での研究会を5時に終えた後、土居豊氏の先導で夾竹桃の咲き乱れ る堤防沿いに 15 分ほど歩いて、西宮中央図書館に赴きました。「涼宮ハルヒシリーズ」でも、ス ピンオフアニメ『長門有希ちゃんの消失』でも、長門有希にキョンへの想いが萌したとされている 聖地の中の聖地です。同行の山下敦久氏に、「あれが『劇場版 涼宮ハルヒの消失』のエンディン グロール中に長門が座っていたソファです」と教えられてカウンター正面の環状ソファに座ると、
『こころの科学とエピステモロジー』(Vol. 3) https://sites.google.com/site/epistemologymindscience/ 95 改めて長門の異世界異時間異性別同位体 としての自己を確認した気分でした。 翌日は阪急夙川線の終点甲陽園駅で一 行と待ち合わせ、タクシーに分乗して物 語の舞台となった北高に向かいます。 「聖地巡礼に来たんですか」とドライバ ーさんに話しかけられます。「そうは見 えなかったですけど。」「やはり皆さん、 二十代が多いですか?」「三十代から四十代が多いですね。」そして、事件のあと増えていると教 えてくれました。「どっちにしても我々は最高齢ですね。特に私なんか‥‥」と実年齢を言うと、 「それじゃ最高齢だ」と感心した様子。 北高正門前にしばらく佇んで写真を取ったりします(右上写真。著者撮影)。夏休み真っ最中。 校舎から吹奏楽が蝉しぐれを縫って流れてくるだけで、ひとっ気がありません。そこからタクシー に戻り、長い坂道を下って阪急線の踏切そばでタクシーを下ります。そこは『涼宮ハルヒの憂鬱』 (谷川流、角川スニーカー文庫、p.224ff)の中では、小学6年の時に球場に行って人数に圧倒さ れ、それまで自分が宇宙の中心と思い込んでいた世界観が木っ端みじんに砕かれた体験を、ハルヒ がキョンに語った場所。といっても何の変哲もない単線の踏切なのですが。ちなみに似たところの ある回想を、「フランス語圏発達心理学 を原書で読む会」で輪読しているジャ ン・ピアジェの『子どもの世界観』の中 に見つけたので、脚注に引用しておきま す。もちろんピアジェは「子どもの自己 中心性」の例として挙げたのですが2。 聖地巡礼のクライマックスは、踏切か ら徒歩5 分のところにある「長門マン 2「我々の友人の一人である某教授は、子どもの頃に長い間、次のような信念を抱いていた(我々に語 る以前には誰からも隠していたのだが)。彼は世界の《支配者》、すなわち、太陽も、月も、星々も 自分の《所有物である》と」(Piaget, J.: La représentation du monde chez l’enfant. Paris: P.U.F., 1985. p.125)。「ジ ェームズは、教師になった聾唖者の例を引用している(彼は三人称で自分の回想を物語っている)。 ‥‥《‥‥どうして月は規則正しく出るのかと、彼は驚きをもって自問した。そして、ただ自分ひと りに会うために出るのに違いないと考えた。それ以来、彼は、月に話しかけるようになり、彼女〔フ ランス語lune は女性名詞〕が自分を見てほほ笑んだり眉を寄せたりすると想像した。ついには、月が 見える時に限って頻繁に鞭うたれることに気がついた。あたかも彼女が自分を見張っていて、悪さを すると監督者に知らせているかのようだった(彼は孤児だった)。彼はしばしば、月はいったい誰な のだろうかと考えた。そしてついには、自分の母なのだと信じるにいたった。なぜならば、母が生き ていた時には月を見たことがなかったから。‥‥》」(ibid., p.127)
映像メディア時評特集――京アニ事件の深層 渡辺恒夫(2021)はじめに 96 ション」(左写真。著者撮影)。長門が708 号室に、同じ宇宙人製有機アンドロイドである朝倉 涼子が505 号室に、住んでいたという設定の高級マンションです。すでに行きの電車の中から見 えていたのですが、そばに立つと改めて威容に打たれます。同時に、ある種の不在感が漂っている ことも感じないでいられません。京アニのアニメに最後に登場して10 年。銀河を統括する情報統 合思念体によって作られたヒューマノイド型インターフェ ースたちは、いったいどこに行ってしまったのでしょう。 長門の、人間の少女になりたいというあえかな望みが叶え られ、それゆえ死を獲得したというのなら別ですが。 その後は、夙川沿いの散策路に戻り、朝比奈みくるがキョ ンに自分が未来人であることを告白したベンチに腰掛けた りした後、阪急電車でSOS団の集合場所となっていた西 宮駅北口へ赴きます。前日の土居さんの話に出ていた、一 度撤去されてまたファンの手で立て直されたという時計塔 を、感慨深く眺めます。 聖地巡礼の最後は、SOS団の溜り場になっていた珈琲屋 ドリーム(右写真、著者撮影)。アニメの中で長門が注文 したと言うことで、実際になかったメニューをその後作ったというメロンクリームソーダを、みん な揃って注文して聖地巡礼を終えました。ドリームの店内にも、駅北口の銀行にも、「涼宮ハルヒ の憂鬱」「長門有希ちゃんの消失」のパネルと並べて京アニへのお見舞いと支援のパネルが貼られ ていて、改めて聖地西宮の受けた衝撃の大きさが思いやられました。 その後は、宇治の京都アニメーションまで献花に行こうかと京都駅でいったん降りたのですが、 うっかりすると待ち構えていたマスコミのカメラに追い回されそうだとスマホで調べて分かったの で、そのまま新幹線に乗って帰りました。秋になって、土居さんから京都アニお別れの会に出たと いう報告を受け、編集中の本誌第2号に「京都アニメーションお別れの会参列報告記」を寄稿して 貰い、自分自身も参列した気分になれたことには感謝しています。