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公務の『中立性』はどう理解されてきたか : 政策立案における行政官の役割確保に向けた考察

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公務の『中立性』はどう理解されてきたか

-政策立案における行政官の役割確保に向けた考察-

嶋田 博子

Confused Interpretations of Neutrality of the Civil Service and

their Implications:

On Securing Bureaucrats Fulfilling their Expected Roles in

Policy-making

Hiroko SHIMADA-Logie

Abstract

Textbooks indicate that the civil service is required to maintain political neutrality. However, there is no formal interpretation of its meaning, especially in phases of policy-making where politicians and the civil service work in cooperation; neutrality has been interpreted with meanings ranging from detachment to subordination.

Until the 1960s the Japanese civil service interpreted neutrality as a ‘detachment from political parties, representing the common good’, and regarded this as their behavioural norm, whereas today’s civil service regard neutrality as inapplicable to themselves. The civil service believe that their role is to sincerely serve the ruling party by offering well-informed analysis and policy alternatives covering the whole community. They also believe that they have an obligation to oppose orders which ignore logic or historical facts but to obey final decisions by politicians.

These current beliefs align with the traditional principle of the UK civil service where this type of sincerity to the government is expressed as impartiality or neutrality. In the mind of the Japanese civil service and politicians, however, neutrality is considered in almost the opposite sense.

Such confusion in the interpretation of neutrality when used as a norm is undesirable. In this respect, the UK has recently clarified its Civil Service Code to define Impartiality more clearly and revised its Ministerial Code to demand that ministers give due weight to well informed advice from the civil service. Despite these Codes, a number of senior civil servants

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have been dismissed by dissatisfied ministers. Consequently, civil servants have come to withhold advice. A House of Commons Public Administration Select Committee reported that a good governance code protecting civil servants from being made public scapegoats is needed. This British experience suggests that if the expected role of the civil service is not one of subordination but that of sincerity as an expert, certain devices to protect those who fulfil this role are also required.

はじめに

官僚制には中立性が要求されるという考え方は絶対君主制下にまで遡るとされる1。とりわ け近代以降の議会制民主主義国家においては、選挙によって選任される政治職とは別に、行政 を担当するために成績主義に基づき任用される職業公務員制度が発達してきた経緯があり、そ の役割分担の帰結として、職業公務員には政治的中立性が要求されるとするのが講学上の常識 となっている2 とはいえ、中立性はもともと多義的な言葉である。現場での執行(implementation)に限定 すれば、公務員の「中立性」とは大まかに「一切の価値判断を交えず、相手によって左右されず、 存在している法令に則って実施すること」と定義できよう。しかし、わが国、特に本府省では、 政策・法令の立案が公務員の職責の大きな比重を占めるところ、公務と政治の協働が不可欠で ある政策立案の局面になってくると、「中立性」として要求される内容について一般的な合意 があるとはいえない。例えば、1990 年代後半に端を発し 2014 年の国家公務員法改正に結実す るまでの一連の公務員制度改革の過程では、国会の場等で公務に「中立性」など要するのかと いう議論があったが、そこで「中立性」として想起しているものは論者によってばらばらであっ た。しかし、「中立性」という言葉が政治に対する行政官の在り方を示すために使われる際には、 本来、その要否を論ずる前に、具体的に何が要求されているのかについての共通理解が不可欠 であるはずである。 この問題意識に基づき、本稿では、政策立案における公務の「中立性」がどのような意味で 使われ、理解されてきたかについて、判例や閣議決定、行政官へのヒアリング、主要国の実情 等を基に整理した上で、政治に対する行政官の在り方に関する価値判断としていくつかのタイ プに類型化し、求められる役割の確保に向けて何が必要かを考察したい。 なお、議論の焦点を明確にするため、本稿の対象は「中央官庁で政治の下で政策立案に携わ る行政官3の中立性」に絞り、現場での執行場面4や、教育公務員に係る中立性の議論などに は踏み込まないこととする。また、本稿における意見はすべて筆者の個人的見解であり、筆者 の所属する組織とは一切関係がない。

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1.

「公務の中立性」の根拠規定

公務の「中立性」に関する解釈が一定しない理由の一は、国家公務員に係る法令上、この文 言がないことにある5・6。ただ、政治的行為の制限を定める国家公務員法第 102 条の合憲性が争 われたいわゆる猿払事件(最大判昭和 49.11.6 刑集 28 巻 9 号 393 頁)において、憲法の「全体 の奉仕者」を根拠に、「政治的な一党一派に偏することなく職務の遂行に当たる」という「中 立性」の維持が公務員に求められるとする司法府の見解が示されている。(下線は引用者によ る。以下、本稿において同じ。) 国民の信託による国政が国民全体への奉仕を旨として行われなければならないことは当 然の理であるが、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」とす る憲法 15 条 2 頁の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その 全体に対する奉仕として運営されるべきものであることを理解することができる。 公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会 制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体 に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるので あつて、そのためには、個々公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の 立場を堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中 立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうも のであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならな いというべきである。 上記判旨は現在まで踏襲されているが、いずれの事例も「執行に当たる公務員」の「勤務時 間外」の「政党活動」に集中している7。本稿で議論の対象としている政策立案の局面で求め られる「政治的中立」については、司法府判断の空白領域となっている。 上記猿払事件判決以降、「公務の中立性」が学問的関心を集める機会は少なくなったが、リ クルート事件等の不祥事を契機として政治改革が大きな政策課題となった 1990 年代から、今 度は閣議決定等でこの言葉が登場し始める。これは、細川非自民党政権(93 年)、自社連立に よる村山政権(94 年)、自由党が加わった小渕自自政権(99 年)などが次々に成立し、1955 年以降の「与党=自民党」の構図が崩れた時期でもある。とりわけ自自連立政権成立の際、当 時の小沢一郎自由党党首が政府委員制度の廃止や副大臣制導入等を求めたことが、いわゆる ウェストミンスターモデルによる政官関係の再編につながったとされている8 まず、2001 年 1 月の省庁再編時の副大臣・政務官の導入に合わせて「国務大臣、副大臣及 び大臣政務官規範」(以下、「大臣等規範」という。)が閣議決定された(数次の改正を経て、 現在は 2014 年 5 月 27 日決定が最新版9)。この大臣等規範の目的は、「政治家であって国務大 臣等の公職にある者としての清廉さを保持し、政治と行政への国民の信頼を確保するととも

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に、国家公務員の政治的中立性を確保し、副大臣等の役割分担を明確化する」こととされ、末 尾近くに公務員との関係に関する記述がある。 (10)公務員との関係 ①国家公務員法等の趣旨を踏まえ、国民全体の奉仕者として政治的中立性が求められてい る職員に対し、一部の利益のために、その影響力を行使してはならない。国務大臣は、 職員の任命権を一部の政治的目的のために濫用してはならない。 ②国務大臣等は、その指示が法令に違反することのないよう十分留意するとともに、指示 が法令違反のおそれがある旨の職員の意見については十分に考慮するものとする。 ここでは職員(行政官)の「政治的中立性」が当然の前提とされた上で、大臣等に「一部の 利益のための影響力行使」及び「一部の政治的目的のための任命権濫用」が禁じられている。 また、法令に違反する指示をせず、その点に係る部下からの意見には十分考慮すべきことも求 められている。 さらに、2002 年 7 月には、政治家と行政官とのあるべき関係を規定するため、「政・官の在 り方」と題する閣僚懇談会申し合わせが行われた10。これは、鈴木宗男衆議院議員(当時)と 外務省との不適切な関係が問題になったこと等を契機として、与党政治家から行政官への直接 的な指示を防ぐなど「政府の政策決定における内閣主導を徹底する観点」から行われたもので、 数次の改正を経て現在は第二次安倍内閣発足時の 2012 年 12 月 26 日のものが最新版となって いる11。行政や「官」の「中立」は冒頭から出てくる。 1 基本認識 〔1〕「政」は、行政が公正かつ中立的に行われるよう国民を代表する立法権者として監視 責任を果たし、また、国務大臣、副大臣、大臣政務官等(以下「大臣等」という。)と して行政を担うとともに、「官」を的確に導き得る体制を構築する。   「官」は、国民全体の奉仕者として中立性、専門性を踏まえて、法令に基づき、主に 政策の実施、個別の行政執行にあたる。 〔2〕政策の立案・調整・決定は、「政」が責任をもって行い、「官」は、職務遂行上把握し た国民のニーズを踏まえ、「政」に対し、政策の基礎データや情報の提供、複数の選択 肢の提示等、政策の立案・調整・決定を補佐する。 〔3〕「政」と「官」は、役割分担の関係。それぞれの役割分担に基づき一体として国家国 民のために職務を遂行する。 〔4〕「政」と「官」は、それぞれが担っている役割を尊重し、信頼を基本とする関係の構 築に常に努める必要がある。 ここでは、「政」の中で「立法権者」と「大臣等」との区別が明示されていること、「官」の

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役割として「政策実施・行政執行」と「政策の立案・調整・決定の補佐」の双方が想定されて いることが重要である。この政官の役割分担に以下の記述が続く。 2 対応方針 〔1〕「官」は、国会議員又はその秘書から、個別の行政執行(不利益処分、補助金交付決定、 許認可、契約等)に関する要請、働きかけであって、政府の方針と著しく異なる等のため、 施策の推進における公正中立性が確保されないおそれがあり、対応が極めて困難なもの については、大臣等に報告するものとする。報告を受けた大臣等は、要請、働きかけを 行った国会議員に対し、内容の確認を行うとともに、政・官の関係について適正を確保 するなど、自らの責任で、適切に対処する。(〔2〕略) 〔3〕法律案の作成等、政策立案の過程において、大臣等以外の「政」から「官」への具体 的な要請、働きかけがあった場合は、大臣等へ報告する。「官」から大臣等以外の「政」 への働きかけは、大臣等の指揮監督下にあって、その示した方針に沿ってこれを行わな ければならない。 〔4〕「官」は、大臣等に報告すべき情報を秘匿したり偏った情報提供を行うことのないよう、 報告責任を全うし、国家公務員法(昭和 22 年法律第 120 号)の精神に則り、国民全体 の奉仕者として、「基本認識」 で明らかにした 「官」 の役割を誠実に果たすものとする。  (以下略) 引用中、〔1〕〔3〕は行政府外の個別の議員からの働きかけに関するもので、〔1〕では執行場 面での「政府方針に沿った執行の貫徹」が再確認され、〔3〕では政策立案等においても「官」 が従うべきは「行政府内の政」であることが強調されるなど、与党が官邸や大臣を迂回して各 府省と強い直接的な結びつきを持っていたわが国の特徴を反映している。上司たる大臣等に対 する誠実を「官」に求めている〔4〕も、与党との直接的結びつきへの警戒がうかがえる。 この申し合わせでも、官に「中立性、専門性」が要求されることは所与とされ、その反映と して「行政府外の政」との関係では「(大臣等を経由しない)影響力の排除」、「行政府内の政」 との関係では「偏らない情報の誠実な提供・報告責任の完遂」が挙げられている12 しかし、今世紀冒頭のこれら閣議決定や申し合わせ以降、「政」「官」が公務の「中立性」を 改めて尊重する意識が確立した気配はない。逆に、大臣等の「政」からは、自公、民主いずれ の政権下でも、「公務員が中立であるという表現を使うと、どの政権の言うことも聞かないと いうことになってしまう13」「執行における党派的な中立性は特に堅持すべきだが、企画立案 においては政治的な中立性がアプリオリにあるわけではない14」など、政策立案における中立 性には否定的な答弁がなされている。また、後にみるように、「官」側でも、幹部行政官には「中 立性」への意識はほとんどない。

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2.行政官側の認識:過去

なぜこのような「中立性」への否定的見方が根強いのか。現状分析に入る前に、まず、過去 の行政官が「中立性」をどう考えていたかを振り返ってみたい。 明治憲法下の行政官には、「天皇の官吏」として「政党政治の上に立ち、天皇の大権に由来 する行政権力を行使する15」という超然主義が求められた16。日本国憲法の下では公務員は全 体の奉仕者とされ、その位置づけは抜本的に変化したが、戦前からの官吏の多くはそのまま各 省に残り、公務を「政党政治を超えた役割を担うもの」ととらえる意識は変わらなかった。 こうした認識は、1963 年に出版された田中守の『行政の中立性理論』に端的に表れてい る17。内務官僚として出発し、戦後も行政官を続けた田中は、「積極国家の到来により、行政 の中立性とは消極的意味から公益の実現という積極的意味に変わってきた」と述べた上で、「行 政公務員の政治的中立性は…国家のそれに一致せねばならぬ」として、「国家」の内政的中立 性に関するカール・シュミットの「積極的意味」「消極的意味」論18を、大胆にも「公務」の 中立性の二分論に置き換える。 田中はまず、「政治的中立性」を「行政公務員の非政治化であり、その職務執行過程におけ る無党派性・無政治性をいう」と総括した上で、それを「国家と政府の政治的中立性を堅持す るために、その侵犯者に対して敢然と防戦する、責任を伴う義務」である積極的中立性、「局 外的中立性…あるいは放任主義ないし政治よりの逃避」である消極的中立性に二分する。一言 で言えば、積極的中立性とは、公益の擁護者としての「超然性・超越性」、消極的中立性とは こうした責務からの「逃避性」である。 田中の主張は、長濱政寿への批判という形をとる。戦前からナチス国家論を分析していた長 濱は、シュミットの主張を的確に理解した上で、行政国家の増大に伴って官僚が政策立案に関 与して権力化していくことを危惧し、「官僚機構や官吏の政治的中立とは、…一切の政治的決 断から手を引くという意味の機械としての中立でなければならない」として、官僚の恣意性、 超然性を戒める19。しかし、この主張を「中立性に名を借りた放任、政治からの逃避」にほか ならないと見る田中は、「公の決定に個人的にかかわることから都合よく逃れる手段として、 あるいは、政治的責任を負う者の袖に隠れていることについての弁明として用いられるとする ならば、それは中立という概念の悪用である」という F.M. マークスの言葉20を引いて批判する。 田中にとって、行政権力は「分裂した社会利益を止揚する」存在であり、行政官は「民主主義 的政党制の樹立による政治機能の行政過程への侵蝕」に対峙して「統一的な公益の実現のため に闘う」役割を担っている以上、役割放棄は断じて許されないのである。 こうした発想の根底には、「公益概念の客観化は不可能とも考えないし、客観的公益の実在 も認識し得ると思惟する21」「『客観的思惟における社会の理性』こそ、現代公務員制における 『神』でなければならぬ。集団としての公衆がそのまま神ではなくて、客観的抽象によって感 得せられる社会的理性が、公務員制の神である。従って、現代公務員に求められるものは…抽 象化され客観化された全体としての住民の理性に対する忠誠奉仕観念である22」という公益観

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があり、そこには侵犯者たる政治家や理性を欠く公衆を排除すべき対象とみる優越感が滲んで いる23。官僚を国家や社会理性とほとんど等置する田中にとって、正しい「中立性」は「超然性・ 超越性」であり、シュミットがライヒ大統領に期待した「中立」の役割が、国民の政治的な信 認を経ない官僚制の役割に置き換えられている24 こうした「中立=超然」観、「公益は行政官が理性により判断すべきもの」という考え方が この時代の多くの官僚の常識であったことは、同時期の他の行政官の発言や著作物からもうか がえる25・26。その理由は改めて分析する必要があるが、戦前の官吏制度の運用の多くが事実上 受け継がれていたこと、全体のパイが増大する高度成長期において、政策の方向に関する暗黙 の国民的合意があったこと、法学部教育においてドイツ行政法が重視されていたこと等の影響 が推測できる。 しかし、こうした国士型官僚(古典的官僚)は 1970 年代以降、徐々に少数派となっていく。 行政官の意識の変化については、村松岐夫等による 3 回の調査(1976-77、1985-86、2001 年)27 により、「行政も政治の一部であり、公益はさまざまな利害の交差から生み出されると認識し ている」調整型官僚への移行、さらに調整型官僚の挫折による「能率を重視し、政治によっ て与えられた課業の遂行に役割を見いだす」吏員型官僚への変容等が指摘されている28。他方、 行政官自身の「中立性」解釈がこの間にどう変化したかに特化した分析は見あたらない29

3.行政官側の認識:現在

今世紀に入ると小泉政権以降の官邸主導の推進、省庁再編、民主党政権の成立、自公政権へ の再交代などが続いた後、2014 年 5 月には国家公務員法の改正により内閣人事局が創設され、 幹部人事への官邸の関与が強まった。田中守が積極的中立性を唱えた頃に生まれた世代が各府 省の幹部行政官に到達しつつある30現在、行政官の「中立性」認識はどう変わったのか。 筆者は 2015 年夏から 2016 年にかけて、内閣人事局創設後に幹部に昇任した 9 省庁の行政 官(総務省、外務省、財務省、文科省、厚労省、農水省、経産省、国交省、警察庁31)に対し、 ①政策立案における中立性を意識するか、この言葉で何を想起するか、②行政官として政治に 対する自らの役割は何だと考えるか、等をヒアリングした32 その概要が次表である。限られたサンプルという留保の下ではあるが、これを見る限り、現 在の幹部行政官は、「中立性」という言葉を(田中とほぼ同様に)超然性又は無政治性ととら えているが、そうした「中立性」を自らに向けられた規範として考えていないという点では大 きく様変わりしている。政策判断は政権与党の行うことであって、田中の時代のような公務の 「中立性」はあり得ないという共通認識が見られる。

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表:各省庁幹部の回答の概要(建制順とは無関係、順不同) ①政策立案の中立性 ②行政官としての自らの役割 a 議院内閣制である以上、与党の意 思ありきなのは当然。与党了解な しに政策を提示できないという意 味で中立性はない。決定する主体 は政治。普段から政治とは密接に かかわり、理解をとりつけている。 政治家はすべての分野で民意を詰めて考えているわけではな いので、より情報を持っている立場から、様々な意見の存在 や、現場の実情、経緯などを整理して政策決定に向けて助言 する。行政官の強みは、マネジメント経験や制度屋としての 専門知、日本のためによかれとのバランス感覚。 b 中立性など、まったく考えたこと がない。政治を離れた政策はあり 得ない。他方、(政策を)考えるの は官側という意識がある。 民意に従うのは当然だが、政策には相手やこれまでのコミッ トメントもある。行政官の正統性は歴史と記憶。先例も含め た歴史を踏まえ、現状分析を行って、将来の検証に耐え得る 具体的政策オプションを提示するのが仕事。 c 中立性の意味がわからないが、議院 内閣制下で与党の尊重は当然。政 治の関心は予めインプットされて いる。党派性がない政策分野なら、 公正性の貫徹は可能。 政策には価値判断が求められるが、そこには専門性が要求さ れる。行政官の仕事は、専門家や現場の意見も聞き、問題 を整理して選択肢を示し、政治に決定してもらうこと。特定 の意見だけに偏らず意識的に多くの意見を聴くようにしてい る。行政官の正統性はどれだけ多くの人を説得できるか。 d 中立性とは何か不明確。それ自体を 意識することはない。価値判断する のは与党。ただ、特定者ではなく 国民全体を考えるべきという全体 の奉仕者、不偏不党の意識はある。 行政官の役割は、フェアな情報と、メリット・デメリットを 含めた選択肢を提示すること。官庁の良さは上司にも正論を 主張できるオープンさ。過去からの経緯があってここを譲る と元に戻れないという危機感を感じた政策については、政治 にも直言した。 e 中立性を意識したことはなく、概 念がわからない。与党の政策に沿っ て仕事するのは当然。政策立案と 執行は一体的。 全体の奉仕者という意識はあり、日本を豊かにするために働 いている。公務の役割は、広義のフェアネス、納得感が得ら れるようにすること。個人的な知見を元に論点を詰めていく。 前例主義より挑戦が重視される省で、省内でも率直に意見を 言うことが許されるが、いったん決まれば従う。 f 所管法令に「不偏不党」の文言が あり、執行中心の省庁でもあるの で中立性は日々意識。このことは 実際に末端まで徹底している。 行政官の役割は法的正義の実現。「公正性」と言い換えても よい。論理性、知への忠誠心がテクノクラートとしての誇り。 g 中立性をふだん考えたことはない。 政策立案に中立性はなく、政権与 党の指示に従うべきもの。 ただ、政策立案の基本はボトムアッ プ。 行政官の仕事は政策案の提示。日本全体の発展の妨げになる 政策は不可という意識がある。マネジメントの経験値やバラ ンス感覚などの専門性は持っている。正統性の根拠は、筋が 通るか。また、制度・政策は歴史的に積み重なった経緯を背 負っており、それを無視する政治からの指示には反対した。 h 中立性をふだん考えたことはない。 与党には忠実に仕えるべきで、「ど の党にも等距離・超然」という意 味ならば現実に不可能。ただ、節 度ある関係は必要との感覚はある。 社会や産業が望ましい方向に進むようリーダーシップをとる 役割であり、それが張り合い。政治は現場の情報を持つが、 行政官の強みは、専門性や総合的・長期的視点、生産者と消 費者双方の視点を持つこと。政治からの指示が将来に禍根を 残す、あるいは理屈が通らないものであれば、粘り強く説得 すべきだと思う。 i どの与党であれ政治に従い政権に尽 くすのは当然。それが議院内閣制で あり、「中立性」とは表現しない。 他方、行政官が選挙の方向に影響を 与えるような対外発言を行うことは 許されない。 私利私欲でなく何が全体の利益のために最善かを考えている。 ただ、その判断基準は難しく、絶対的に公益と呼べるものはな いと思う。行政官の強みは組織を背景にし、情報や人のつなが りを持ち、仕組みが複雑になる中で予算化・制度化のテクニッ クを持つ点。省としての価値判断はあるが、与党の意思が決ま ればそれに従う。

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まず、「中立性」に対しては、1 名を除きふだん考えないし意味もよくわからないというの が共通回答である33。その上で、あえて「政策立案における中立性をどう考えるか」と尋ねた ところ、「政権与党が政策を決定するのは当然で、与党の意思はもともと組み込まれている」 ので「中立性など不可能」とする回答が大半であり、「中立性」を、政治からの自律(超然性 又は非政治性)ととらえていることがうかがえる。f のみ「中立性」を意識し、それが実現し ていると回答した点で特異であるが、理由を「業務が執行中心だから」と説明する。裏返せば、 政策立案の局面という限定を付せば、全員が「価値判断は政権与党が行うものであり、その決 定を忠実に支えるのが公務の役割」と考えている34 次に、自らの行政官としての役割については、「特定者ではなく日本全体にとっての最善を 考えること」「将来も含めて論理が通るかを考えること」、具体的な職責として「データ・情 報を集めて現状分析し、論点を詰めて、選択肢を提示すること」「偏らず広く意見を聞くこと」 などが挙げられている。政治との関係に対しては、「どの政権にも誠実に仕える」としつつ、「歴 史的経緯や筋を無視し、将来に禍根を残す政治の指示には意見を述べる(べき)」だが「それ でも決められれば従う」とする。 この役割認識は、上記村松らの 2001 年調査で示された政治主導へのシフトと一致する35 他方、今回のヒアリングから浮かび上がる幹部行政官像は、国士型でないことはもちろん、行 政と政治が対等だとは考えず、政治に影響しかねない表立った社会との関わりを控える点で、 調整型とも異なるが、「必要最小限の仕事だけしようと考える」という吏員型でもない。政治 に仕える立場をわきまえ、政治の決定には従うとしつつも、バランス感覚や中長期を見越し た知見の提供という役割を通じて、積極的に政策立案を支えようとするタイプである。シュー バートの三類型36では現実主義に属するが、理想主義の色合いも帯びている。 なお、2000 年代初頭に主要府省事務次官であった OB にも同内容のヒアリングを行ったと ころ、特に異なる傾向は見られなかった37。このため、こうした認識は、民主党政権の誕生や 内閣人事局の創設とは無関係に形成されたと言える。 上記の認識は、後に見る英国の伝統的公務員理念である「専門家としての直言も含めた政権 への誠実」に酷似しており、笠の指摘する「ウェストミンスター型」への認識移行を裏付けて いる38。ここで特筆すべきは、英国ではこうした役割が公務員の中立性(impartiality)として 理解されているのに対し、わが国の行政官はこれを「中立性」の語とは結びつけて考えていな いという点である。しかし、仮に「中立性」を「専門知を踏まえた上での政権与党への誠実」 とあらかじめ定義した上で「それを自らの役割と思うか」と質問したとすれば、回答者全員が 肯定したであろう。 1 に挙げた閣議決定等は、英国における政官関係の在り方を参照しつつアレンジしたもので あり、そこでの「中立性」ももともと英国における含意を前提としていた。にもかかわらず、 政策立案に従事する日本の行政官が「中立性」という言葉から想起するのは依然として「政治 からの自律(超然性、非政治性)」であり、現代において政治を支える立場にはそぐわないと 認識されている。大臣等の答弁からも同様の傾向がうかがえ、(執行は別として)政策立案の

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当事者間においては、公務の「中立性」は守るべき規範とは認識されていない。一方で、行政 官の役割認識のほうは英国型の impartiality に近づいている。

4.わが国における「中立性」解釈錯綜の背景

上記のような「中立性」の解釈と役割認識とのねじれはなぜ生じたのだろうか。 行政官が「中立性」を「超然性」又は「非政治性」と認識している理由として推測できるのは、 日本の公務員法制の経緯、すなわち明治憲法下ではドイツ(プロイセン)型の官吏制を導入し、 戦後は米国の強い影響の下に国家公務員法が制定されたという二つの源流の存在である。公務 員法の条文解釈は米国型となる一方、戦前官吏制の運用の多くが引き継がれたこと、日本国憲 法第 15 条の「全体の奉仕者」という訳語がドイツ官吏制を想起させやすかったこと39等から、 ドイツ型解釈も並行して残ってきた。以下にみる両国における「中立性」概念もその一環で ある40 ①ドイツの Neutralität -「国家」の体現- 政党政治が成熟する前に官僚制が完成したドイツでは、「国家」に奉仕する「国王の官吏」 が高い能力と職業倫理を誇ってきた歴史がある。明治時代のわが国が範としたのはこうした帝 政下の官吏制度であり、党派を超えた「国家」を体現するという「中立性」の含意41はヴァイ マル共和政下でも受け継がれた42 第二次大戦後、連邦共和国基本法(憲法)では「公務に関する法は、伝統的な職業官吏制度 の諸原則を考慮して定めなければならない」(第 33 条第 5 項)と規定された43。「政党政治的 中立性(parteipolitische Neutralität)」はこの諸原則の一つと解されており、根本的考え方は 引き継がれている44。「官吏制は、国家行政の安定的な運営を保障し、政治的勢力に対する調 整要因となるものであるため、多様な社会勢力に対して中立な立場に立ち、その決定は公正か つ正しくあらねばならない45」という解説が示すように、「中立性」として政治的勢力を超え た「超然性」「正しさ・公益の実現」が期待されている。一方、この諸原則には「官吏の政治 的自由」も含まれ、身分を持ったままの連邦議会への立候補など政治的活動が広く認められて いることも、後述する米国とは対照をなしている。 なお、19 世紀半ばに政府への忠誠を担保するため政治的官吏制度(Politische Beamte)が 設けられ、現在では、事務次官・本省局長などが該当する大臣がいつでも更迭できる特別のカ テゴリーとされている。政治的官吏には「超然性」よりも政党政治への貢献が期待される一方 で、成績主義に基づき職業行政官の中から選ばれるのが原則であり、更迭された場合も給与は 保障するなど、政治に対して過度の迎合が生じない工夫がなされている。 ②米国の Neutrality -政官分離の建前- 米国の法令上、公務の「中立性」に直接言及した規定は見当たらない。立法府と行政府とが

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分離された同国では、行政府内においても大統領を頂点とする「政」と「官」との分離が図られ、 政策立案を担う幹部等は政治任用であり、職業公務員はもっぱら執行を担って政策判断には携 わらないのが建前である(ただし現実との大きな乖離が指摘されている46)。 戦後のわが国の国家公務員法制定に主導的な役割を果たしたブレイン・フーヴァーは、本国 での「理想の公務員制度」を日本に輸出しようとした節がある47。彼の念頭にあった「公務の 中立性」とは、政官分離の徹底であり、人事における猟官制・情実の排除、政治的圧力の遮断、 公務員の政治的活動の禁止・労働運動の制約であった48。議院内閣制を採り、かつ、行政官が 政策立案に深く関与するわが国とは前提が大きく異なっているが、フーヴァーは政治との協働 はもっぱら政治任用の範囲の問題としてとらえていた模様であり、政策立案における中立性を 考察した形跡は見あたらない49。このため、わが国の法令には、政治的行為を禁ずる国家公務 員法第 102 条や人事院規則 14-7 など、政官の役割分離を建前とした米国の影響が色濃く、「中 立性」をもっぱら「執行における政治からの遮断」とする解釈にもつながっている。 上記①の「国家の体現」と②の「政官分離」という考え方は、いずれも「中立性」を「政治 的応答性の対立概念」ととらえる点で共通しており、こうした両国の公務員制度に由来する解 釈が、条文と継続性を重視するわが国行政官の「中立性」観を形成していると考えられる。上 記ヒアリングでは、英国型の「政権への誠実」概念に対し、「それは議院内閣制の趣旨であっ て当然のこと。公務員の『中立性』の話ではない」「そんな中立性はどの法令にも書かれてい ない」という趣旨の回答が複数あったことも、この推論の裏付けとなろう。 一方、近年の政治主導に向けた改革において範とされたのは、英国をはじめとするいわゆ るウェストミンスター型の国であった。参考まで、人事院による各国政官関係の概念図を示 す50。(図 1) 図1:各国における政官関係の概念図 出典:人事院(2004)より一部加工

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英国と日本とは、行政の枠組み面において、議会選挙で多数を取った政党が行政府を組織す る議院内閣制をとっていること、政治任用・自由任用が少なく、事務次官まで職業公務員が占 めること、政策立案の補佐が職業公務員の重要な仕事として広く認知されていることなど共通 点が多い。さらに 1990 年代以降は、二大政党制の下で定期的な政権交代が生ずること、政府・ 与党が一体化し首相の権限が強いことといった英国の特徴が政治主導の先進例として着目さ れ、与野党政治家がしばしば現地調査に出向いて日本への移植を図った51。1で見た大臣等規 範はこうした例の一である。 ただ、仕組みや規定は即座に持ち込むことができても、その前提となる運用や規範観までが 広く受け入れられるには時間がかかる。英国における伝統的「中立性」は、時の政権に誠実で あることであり、独米と違って「政治的応答性」の対立概念ではない一方、「党派的戦略とは 一線を画し、専門的知見に基づくこと」の含意がある。しかし、こうした英国型「中立性」解 釈は、先のヒアリング結果が示すようにわが国の行政府内では異端のままである52

5.規範としての「中立性」の多義性

前節では行政府内における解釈の錯綜を見たが、政治家と行政官とのあるべき関係に関し 「中立性」が多様な意味合いを持ち得ることは、多くの研究者が指摘している53 森田朗は、公務員の中立性について、「①実体としての公共の利益が存在し、それと異なる 政治からの要求は拒絶すべきである、という最も強い意味の『中立性』から、②政策の決定は 政治の任務であり、それが例え党派的な偏向をもっていたとしても、その政策を忠実に実施す るのが公務員の役割である、という『弱い中立性』に至るまで、幅がある。その中間には、③ 公務員に求められる態度として、専門家としての判断および自らの信じる公共性の判断に基づ いて、政策決定を行う政治家に誠意をもって助言する、あるいは異なる価値観に基づく複数の 政策案を提示し、政治家の選択に委ね、もし、政治家が、その者の助言に反する選択をした場 合には、それを受け入れ誠実に実施すべきである、というものもある」という 3 つを挙げてい る54。その上で、森田は「わが国の場合、『中立性』はかなり強い意味合いで理解されているが、 このような理解は今後も妥当するのであろうか」として、執筆時点(2000 年)では①の理解 が主流であると評価している55。上記ヒアリングは、現在も大きな変化がないことを示している。 同じく公務員の中立性について 3 つの意味を指摘しているのが山口二郎である56。山口は、 日本の官僚の意識においては「行政官庁に存在する政治的任命の職員(特別職の職員)は夾雑 物としてしか位置づけられていない57」として、「行政権の帰属先としての内閣の担い手」は 政治でなく官僚であるという自己認識を指摘する。その上で、「行政の中立性58」の二つの側 面として「第一は、官僚制はどの政党、政治家が指導者になってもこれに忠実に従うという 原則」、「第二は、行政機関の有する資源を党派的に利用しないという意味59」を示しつつ、「日 本の場合、第一の面での中立性にある種の倒錯現象がみられる」「内閣上部の政治的指導層に おいても党派性は否定されている。むしろ官僚制は全体的な見地から政党の政策の行き過ぎを

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正し、国益の体現者として政党内閣を後見するところにその役割を求めている」と指摘し、「能 動性・党派性に対する超越性」と結びついた三つめの中立性があるとする。 こうした分類を、各国の「中立性」と対応させると、森田の①と山口の「倒錯」はドイツ型の「超 然性」(A)に、山口の第二は米国型の「政官分離(政治的影響の遮断)」(B)に、森田の③と 山口の第一は英国型の「政権への誠実」(C)にほぼ対応する。残るのが森田の②で、これは 風間規男のいう「(政治トップの支配装置として行動する)従属性60」(D)に対応し、政官関 係の 3 規範61で言えば、B は「分離」、C は「協働」、D は「統制」を色濃く反映している。政 治からの自律性の観点からは、A が最も強く D が弱く、BC はその中間にある。また、ACD はいずれも政策形成への積極的関与を前提とするのに対し、B は政策形成から距離を置く。さ らに、田中が批判する「政治からの逃避」という中立性62(真渕の「吏員型」)もあるとされ、 自律性が弱い点では D と共通するが、政策への関与から身を引くという点では D とは正反対、 むしろ B に近く、4 つのいずれとも異なる(E)63・64 上記をまとめると、講学上の「中立性」は、「自律 - 従属」という軸のほか、政策形成への 関与が「強い - 弱い」という軸によって、A:超然性、B:政治的影響の遮断、C:時の政権 への誠実、D:従属性、E:逃避性、という 5 タイプに分類でき、両軸に沿って並べると、図 2 のようになる。 この 5 タイプを使って先ほど見た現代行政官の意識を表現すれば、「『中立性』の意味は A 又は B。自らの役割は C。したがって、政策立案には『中立性』はあてはまらない」となる。 一方、1990 年代末からの公務員制度改革の議論において、人事院が多用し、その尊重を求 めた「公務の中立性」とは、「職業公務員には専門知識・能力をもって内閣や大臣を全力で補 佐することが期待されている(ゆえに政治的な支持関係や縁故を排して能力本位で採用、配置 される必要がある)」という英国型の C であった65。この方向自体は幹部行政官の自己認識と違っ てはいないが、言葉の用法としてはズレがある。この結果、「どの政権のいうことも聞かない」 という A の主張と誤認されることが多かったと考えられる66 図2:5 つの「中立性」の含意

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6.具体的役割への置き換えとその確保に向けて:英国からの示唆

「中立性」が単なる言葉であればどのような意味で使おうと自由であろうが、特定の相手に 向けた規律・規範として使われる場合には、様々な受け止め方が可能である曖昧な言葉は好ま しくない。少なくとも名宛て人たる行政官に対しては、具体的に何を求めるのかという明快な 言葉に置き換えることが望まれる。 5 つの「中立性」は、上記図の基軸を使うことにより、それぞれ固有の価値として表現でき る。まず、政治と公務との位置関係では、A では公務が政治の上、CD では公務が政治の下に あり、BE では公務と政治が切り離されている。公務の役割は、A では「公益の判断」、B で は「価値判断を排除した、法令に基づく平等な執行」、E では「与えられた仕事の機械的実施」 である。C と D は公務の役割を「政治に仕える」とする点で共通するが、D では指示の実現 に全力で邁進することが期待されるのに対し、C では、政治が求める方向が現実に機能するの か、専門家として冷静にチェックする補佐役が求められる。すなわち「政治の価値判断に服し つつも、個々の指示に対し専門的・客観的な見地から異論を述べる余地を認めるか」という問 いに対し、C は「認める」、D は「認めない」とする差異がある。D と E は政治的決断の回避 では共通するが、E が最小限の仕事を志向するのに対し、D は結果の実現に徹底的に尽くすこ とが期待される。また、ABDE がそれぞれ明確な象限を代表するのに対し、C は自律と従属 との微妙なバランスの上に成り立っている。 このように整理した上で、どれを今後の行政官の役割規範として掲げていくかは価値判断の 問題となる。もし政治主導の下で政策立案に深くかかわる姿を想定するのであれば、C または D、すなわち「専門家としての判断に基づき政治に助言すること」か、それとも「選挙の洗礼 を経た政治の判断に徹底的に従属すること」かに絞られてくる。 この論点に特化した議論はほとんど見られないが、数少ない例外として、実業界、マスコ ミ、学界などの有識者からなる研究会が 2009 年に人事院事務総長の委嘱に応じて提出した報 告書がある67。同報告書では、政治主導の時代に行政官に求められる役割として、「担当分野 の専門家として、政権の目標に従いつつ、中長期的な影響も分析した上で、政策の選択肢を提 示し、主張すべきは主張するという積極的な役割を担っていくことが必要」という結論を出し た上で、それに向けた行政官の育成の具体策として、「失敗も含めた過去の行政事例の分析を 通じた問題解決能力の涵養」「政治との節度ある距離の確保」「使命感や気概の涵養」を挙げ ている68。この報告書の中に公務の中立性への言及はないが、示された方向は上記 C そのもの であり、幹部行政官自身の役割認識ともほぼ重なる。ただ、この提言が広く支持されていると いう証左はなく、今後の議論を待つ必要がある69 行政官のあるべき姿に関する価値判断が下されれば、如何にしてそれを確保するかが次の課 題となる。この観点から、C タイプを志向してきた英国における近年の状況を見てみたい。

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6.1.行政官・大臣双方に対する「中立性」尊重の明記と義務の具体化 成文法の国ではない英国では、公務員制度についても制定法が存在しない時代が長らく続い たが、行政官は中立的・専門的立場から大臣に政策案の提起・助言を行うとともに、行政の執 行を公正に行う役割を担うものという解釈が慣行として根付いていた70 しかし、公務員の情報漏洩や大臣との不適切な関係等の発生を契機に、政官関係を規律する 明文の規程を求める声が高まったため、1996 年、メージャー政権の下で、国家公務員規範(Civil Service Code)が策定された。これ自体は法令ではないが、2010 年 4 月にブラウン政権下で 憲法慣習の一部を成文化する形で憲法改革及び統治法が制定されて以降、同規範は、同法第 5 条第 1 項に基づいて国家公務員担当大臣たる首相の権限により策定されたものという法的根拠 を与えられている。 当初の規範では、「時の政権に誠実に忠誠を尽くすこと」などが規定されていたが、2006 年、 同規範の改正に当たり、オドンネル内閣府事務次官とパラスケバ人事委員会委員長の協議を経 て、国家公務員が遵守すべき 4 つの中核的価値として、清廉性(integrity)、誠実性(honesty)、 客観性(objectivity)、中立性(impartiality)(政治的中立性(political impartiality)を含む) が規定された。ここにおいて、慣行として受け入れられていた公務の「中立性」が、初めて明 文の根拠を持ったことになる。 その後も同規範は数次の改訂を経ており、2015 年 3 月時点での「中立性」「政治的中立性」 に関する記述は以下の通りである71 中立性 (公務員が)すべきこと:   ・公平、正当かつ公正で、平等及び多様性に対する公務の責任を反映する方法で職務を     遂行する (公務員が)してはならないこと:   ・特定の個人や利害に不当に有利あるいは不利になるような方法で行動する 政治的中立性 すべきこと:   ・自分の政治的信条にかかわりなく、いかなる政治的方向を持つ政権にも政治的中立性     を保ち、本規範の要請に沿った方法によって全力で仕える   ・将来の政権とも同じ関係を築けるようにしつつ、大臣の信任に応えるよう行動する   ・政治的活動に係る制限を遵守する してはならないこと:   ・党派政治的(party political)考慮に基づき行動し、あるいは党派的な政治目的で公     的資源を用いる   ・自らの政治的考え方で助言や行動を決める

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「将来の政権とも同じ関係を築けるようにしつつ、大臣の信任に応える」という文言が示す ように、ここでは定期的な政権交代を前提に、公務員はいわば共有資産として、どの党派が政 権を取った場合でも分け隔てなくその党の方針を実現するために全力で仕えることが求められ ている。 こうした「中立性」は、政治への積極的貢献を前提とした「政治的応答性」に意味が近い と説明されることもある72。R. ローズも、「公務に求められるのは政治的に中立な助言ではな く、党や圧力団体等が見過ごしがちなしっかりした技術的専門的助言である」という政治家の 発言73を引きつつ、英国の公務の役割を「政策や政治に広く関与しつつも、特定の立場に肩入 れしすぎず、政治の方向が変わればそれに応じる」という中立的党派性(impartial partiality/ impartial partisanship)と表現する74。この点が政治と一線を画すドイツや米国との違いであり、 ヘクロのいう米国型の中立的能吏性(neutral competence75)と対比して、「政治的価値判断の 共有までを含む」と説明される。 また、こうした公務員の「中立性」が担保されるには、上司たる政治家側の自制こそ必要 であることも認識されており、そうした観点からの大臣への戒めの原型は 1917 年の大臣手引 (Instructions to the Secretary)にまでさかのぼる。その後、累次の加筆を経て、1997 年、ブ レア政権下で大臣規範(Ministerial Code)の形となり、政権交代時に適宜見直しが行われて いる。2015 年 10 月時点の大臣規範においては、公務員の政治的中立性に関し、以下のように 規定されている76 5.1 大臣は公務員の政治的中立性を尊重し、国家公務員規範や 2010 年憲法改革及び統治法   に抵触するような行動を求めてはならない。 5.2 大臣は、政策判断を下す際に、(公務員の助言以外の)他の考慮や助言と並んで、知見   に基づく中立的な(informed and impartial)公務員の助言に対し、公正に配慮し適切に

  尊重する(due weight)義務を有するとともに、「政府への科学的助言の基準77」を尊重   しなければならない。(以下略) ここでは、国民の審判を得たことが部下への命令をすべて正当化するわけではなく、「知見 に基づく中立的助言」等を尊重し、自らの判断がこれらに抵触すれば再考すべきという大臣の 自覚が促されている。この点において、大臣等が行政官の意見を考慮すべき場合を「法令に違 反するおそれがある場合」に限った日本の大臣等規範との大きな差異が見られる。バーナムら は「高い倫理観、公平性、『権力者に対して直言する姿勢』」が「公務の最も優れた特質」と評 価されてきたことを指摘しており78、政官双方の規範の文言からも、「中立性」には政治への 盲従ではなく専門性を基礎とした自律性の含意があることが読み取れる。 このような行政官の役割は、「専門家としての意見を十分に大臣に伝え、最後は口をつぐむ」 などと説明されてきた79。かつては前段が強調され、「知識の乏しい政治家を官僚が牛耳る」 という構図で受け止められることが多かった80が、官僚不信の強かったサッチャー以降、徐々

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に行政官の意見が政治家に忌避されるようになり、政治家への過剰な迎合による不祥事も指 摘されている81。上述のように、英国型の中立性には、政官双方の相互尊重による微妙なバラ ンスを前提とする特徴がある。公務員や大臣の行為規範が明文化され、「公務員の助言の尊重」 があえて規定されたのは、伝統的解釈頼みでは大臣が部下を押し切ってしまうという危機感の 表れと見ることもできよう。 6.2.幹部行政官の役割認識 次に、行政官が自らの役割をどうとらえているかを見たい。2014 年 10 月、ビジネス革新

技能省 M.Donnelly 事務次官82が『公務員の積極的中立性(The positive neutrality of civil

servants)』と題して中国で行ったスピーチ83では、英国の政官関係を次のように説明してい る84 ・1854 年のノースコート・トレヴェリアン報告では、政府の効率的な運営のためには、そ   の時々の上司に助言し、補佐し、ある程度影響を及ぼせるように、独立性、個性、能力、   経験を持つ公務員集団が必要であるとされた。 ・2010 年代においては、「独立性」が、大臣への迎合に抗し、より客観的な選択肢の評価   を示す態度の拠り所となる。大臣がこうした助言を真剣に受け取るには十分な信頼が必   要なので、公務員は信頼を勝ち得るよう努めなければならない。 ・特定の大臣の意思にあまりに寄り添い過ぎようとすると良い政策助言ができにくくなる。   大臣への業務上の強いサポートと、無批判な人格的献身とを区別することが大事である。 その上で、ドネリーは大臣との信頼関係の確立に必要な三つの要素を挙げる。 ①他の政党の大臣にならしないことを大臣に対してしないこと。政府の政策を適切に擁護   するのが官僚の本領であり、野党を貶めることではない。 ②生じ得る全可能性を大臣に伝えること。過度の楽観主義は戒めつつ、それが不作為の言   い訳にならないようにする。 ③受け入れられない助言でも行うこと。反論を全く聞かされないのは、良い助言が得られ   ないこと。異なる選択肢を大臣の耳に入れることが幹部公務員の役割である。 さらに、ドネリーは、「大臣は民主的正統性に支えられており、最後に決めるのは大臣である」 「政治家は優先順位に応じた迅速な対応を求めるが、公務員は証拠を重んじ、他の選択肢の検 討も重視する立場」という大臣と公務員の違いを述べた上で、「大臣の引きで昇進が決まるわ けではないので、公務員は喜ばれない助言でも正直に行うことができる」、「こうした役割分担 によって、大臣が面倒に感じることがあるとしても、結果的には政策が良くなり、より広く社 会の信頼に応えることになる」と、役割分担の意義を説明している。 こうした言説から、英国の行政官は、中立性を「政治をしっかりと支えるためにこそ、上司 に迎合せず、客観性の観点からの諫言や反対も厭わないこと」と認識していることがわかる。

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併せて、長らくジェネラリスト尊重の伝統があった同国においては、公務員の「専門性」とし て想定されているのは、所掌分野に係る細かな実務への精通ではなく、府省横断的な共通感覚 や知的理解力等であるというローズの指摘にも留意する必要がある85。この意味で、公務員か らの助言は、実態認識が正しい情報に基づいているか、財源等の点で実現可能か、各方面への 波及効果が詰められているか、中長期的な不利益をもたらすことはないか等が中心となろう。 同国の公務員はもともと知的背景等が議会政治家と近く86、幹部公務員は部下ではあるが敬意 を払われるべき相手とされてきたことも、こうした役割認識と無関係ではないと考えられる。 6.3.特別顧問との異同 行政官の中立性を考える上では、大臣特別顧問の役割との異同も重要である。特別顧問は、 議会政治家が就く副大臣や政務官とは別に、成績主義の適用を受けない政治任用による臨時的 公務員であり、1964 年にウィルソン政権下で初めて導入された。職業公務員も特別顧問も「政 治への誠実な応答」「価値判断の共有」が求められる点では共通しているが、目標の実現に向 けて、党派政治的な戦略やアイディア等を大臣に提供する特別顧問に対し、職業公務員には健 全な理屈の上に立った適切な選択肢を提供する役割が期待されるという違いがある。 特別顧問に対しても 2010 年 6 月に「特別顧問に係る基本原則」という形で行為規範が策定 された(その後改正があり、最新版は 2015 年 10 月)87。策定の引き金となったのは、ブレア 政権下で職業公務員への指揮命令権を一部の特別顧問に付与したことであった。 1 特別顧問は大臣を支えるチームの重要な役割を担っている。大臣が得られる助言や支援 に政治的な広がりを加え、政治的助言や支援を行う役割を切り分けることで、職業公務員 の政治的中立性を強めている。 2 特別顧問は、政府機能に完全に統合されなければならない。大臣の優先事項を伝えるた め、職業公務員と密接に職務を遂行するチームの一員である。また、職業公務員が関与す べきではない、政府と与党の業務が重なる部分で大臣を支える。任命権者である大臣のみ ならず、首相及び政府全体を支援するために任用されている。(中略) 5 特別顧問は以下を禁じられる: ・公務員規範による義務に抵触、あるいは当該府省の規則に抵触する行為を職業公務員 に求めること(中略) ・他の特別顧問に関する場合を除き、公務員管理に関する権限を行使すること(中略) 6 特別顧問が有効に仕事できるよう、府省は非政治的(non-political)な支援を提供する公 務員を配置しなければならない。特別顧問は日々の業務に関し指示を与えることができ、 その判断は業績評価の基礎に加えられる。ただし、公務員のラインマネジメントや、公務 員の採用、昇進、賞罰などのキャリアに影響する事柄にかかわったり、公務員の人事記録 にアクセスしたりすることはできない。

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上記規範により、現在、特別顧問は、職業公務員への指揮命令はできず88、許認可等の執行 業務や職業公務員の管理事務等にも関与できないなど、「官」との一線が画されている。 このように、政策立案に携わる職群として特別顧問と職業公務員の二層が用意されているこ とは、「党派政治への献身」が「政治・政策への献身」とは峻別し得ること、換言すれば、「政 党政治からの遮断」と「時の政権への誠実」とは両立可能と考えられていることを意味する。 党派性を前提とする特別顧問に国家公務員規範上の「中立性」は要求されないが、上記の 5 タ イプでいえば D(従属性)の役割を体現している。 6.4.人事非介入原則との関係 職業公務員の任命権は大臣にはなく、ドネリーも指摘したように、政治家が人事への介入を 自制することで意見具申を担保するのが英国の長年の伝統である。 ただ、近年、大臣の不興を買った公務員が人事や処遇上の不利を被る例が増え89、下院行政 委員会は 2007 年の大臣と公務員の関係に関する調査報告書の中で、「公務員が大臣に率直な助 言をしても不利益な取扱いを受けないこと」などを提言しており90、大臣が昇進を左右するこ とになれば公務員の意見具申が妨げられるとも警告している91 こうした提言にもかかわらず、キャメロン政権(2010-2016)下では、行政の失敗を理由に 大臣が幹部公務員を処分したケースがむしろ目立つようになった92。また、大臣が政府の政策 に意欲的に取り組まない幹部公務員を排除できるよう、公務員の人事評価結果に対して意見を 述べる権利や、事務次官の任用において候補者リストの中から特定の人物を選定する権利を大 臣に与えるべきとの議論を受けて、2014 年には事務次官の任用に対する大臣・首相の関与を 強める規程改正がなされている93。こうした中、政治に率直な助言ができる「中立性」と密接 に結びついてきた人事非介入の原則が今後も維持されていくのか、注意深く見守る必要がある。

7.むすび

公務員の「中立性」という言葉は、「超然性」「政治的影響の遮断」「時の政権への誠実」「従 属性」「逃避性」など様々に理解されている。本稿では、他国から受容した各種制度が混在す るわが国では、言葉の解釈と価値判断との結びつき方に様々なねじれが生じたため、議論の錯 綜が生じていることを明らかにした。こうした錯綜を避けるためには、「中立性」をどの意味 で使うのかを明示する必要があるが、大事なのは言葉の定義を一つに絞ることではない。政策 立案に携わる行政官に政治との関係でどのような役割を求めるのかについて、開かれた議論の 下に、社会的合意を形成することである94 1990 年代以降の政治制度改革は、英国型の政官関係をモデルとしたものであった。その英 国における公務の「中立性」には、政策形成に深くかかわり(「非政治性」ではない)、価値判 断においては選挙によって示された民意に従い(「超然性」ではない)、政権・大臣に誠実に全 力で仕えつつ(「逃避性」ではない)、党派的計算ではなく専門家としての意見を述べる(「従

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属性」ではない)という含意がある。 近年、同国では、公務員が守るべきこうした「中立性」を含む価値を法令に根拠を置くわか りやすい規範として明文化するとともに、大臣側への規範でも「知見に基づく公務員の助言の 尊重」を求めている。しかし、これら規範が遵守されず、行政官が自己の処遇への反映を気に するあまりデータ隠し等の不祥事が生じている事態も指摘されている。公務に求められる役割 が(特別顧問のような)上司への「従属性」ならば規範化で足りるが、行政官が上司たる大臣 に対して圧倒的に弱い立場にある現実の前に、規範化だけでは「誠実な直言」は確保し得ない ことがわかる。この点において、下院の超党派委員会が、好まれぬ助言でも行い、政策の失敗 の見せしめとされないことを公務員に担保するよう、大臣との関係を規律する規定が必要だと 主張したことは注目に値する95 今回のヒアリングは(体系的サーベイによる裏付けを待つ必要はあるが)現在のわが国の幹 部行政官が筋や歴史を無視した政治の指示には専門家として直言すべきだという役割認識を 持っていることを示している。しかし、彼らは「実際にそれが貫けるかは別問題」「人事に影 響する以上、不興を買いたくない意識はある」など、理念を貫く難しさも吐露しており、個人 としての使命感とは裏腹に「従属性」に転じていく可能性は常にある。もし行政官の率直な意 見具申が国民の利益に適うのであれば、それが担保される仕組みも必要であることを英国の経 験は伝えている。

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1 正木(2007)30 頁。

2 田中(2006)61-64 頁。他に辻(1991)、西尾(1990)、村松(2000)(2012)等。

3 本稿において「行政官」という場合、国家公務員法第 2 条の一般職(同法上の「職員」)を指し、中でも

長期において公務に従事する職業公務員を念頭に置いている。

4 ただし、実際には執行と企画立案とが截然と分けられるわけではない。Pressman, Jeffrey L. and Aaron

Wildavsky, Implementation(1984)、西尾(1990)参照。 5 「不偏不党」の文言であれば、国家公務員は採用時に「不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たること」を 宣誓することとする政令がある(職員の服務の宣誓に関する政令(昭和 41 年 2 月 10 日政令第 14 号))。 また、特定職種の公務員の職務に関する条文として、「その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中 正を旨とし」と規定する警察法(昭和 26 年 6 月 8 日法律第 162 号)第 2 条第 2 項がある。 6 他方、地方公務員法(昭和 25 年 12 月 13 日法律第 261 号)第 36 条 5 項には「本条の規定は、職員の政 治的中立性を保障することにより、地方公共団体の行政及び特定地方独立行政法人の業務の公正な運営 を確保するとともに職員の利益を保護することを目的とするものであるという趣旨において解釈され、 及び運用されなければならない。」との文言がある。 7 堀越事件(最判平成 24.12.7 刑集第 66 巻 12 号 1337 頁)、世田谷事件(最判平成 24.12.7 刑集第 66 巻 12 号 1722 頁)など。いずれも休日における政党ビラ配布の事例であるが、罰則の適用については前者は無 罪、後者は有罪と判断が分かれた。なお、禁止される政治的行為につき、猿払事件では「公務員の政治 的中立性を損なうおそれのある行為」とされたのに対し、2012 年の両判決では「公務員の職務遂行の政 治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為」と限定的に解釈されている。 8 飯尾(2004)385 頁。 9 内閣官房 HP。 10 当初、英国に倣った政官接触制限も検討されたが見送られた。大貫(2002)。 11 内閣官房 HP。 12 文面上、「中立性、専門性」が「実施・執行」のみにかかると解釈する余地もないわけではないが、「全 体の奉仕者として」が大臣等との関係でも繰り返されている以上、「政策立案等の補佐」にもかかると読 むのが自然であろう。 13 2009 年 3 月 16 日参議院予算委員会での甘利明公務員制度改革担当大臣の答弁 14 2010 年 6 月 1 日参議院内閣委員会での仙谷由人公務員制度改革担当大臣の答弁。 15 人事院(2004)。 16 この方向を明確にしたものとして、明治憲法発布翌日(明治 22(1889)年 2 月 12 日)に行われた地方 長官たちに対する黒田清隆総理大臣の演説「政府ハ常ニ一定ノ方向ヲ取リ、超然トシテ政党ノ外ニ立チ、 至公至正ノ道ニ居ラサル可ラス」がある。 17 同著書によれば、田中守は 1939 年に内務省に入り、厚生省や福井県、兵庫県、福岡県での勤務を経て、 この本の執筆当時は香川県の総務部長であり、日本行政学会理事でもあった。1962 年に京都大学より法 学博士授与。 18 シュミット(1989)。 19 長濱(1950)90-92 頁。 20 田中(1963)62 頁、Marx(1957)。 21 田中(1963)57 頁。 22 前掲書 187 頁。

参照

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