人間と環境
人間と環境
Journal of Human Environmental Studies
Electronic Edition
August 2016
Okazaki, JAPAN
No. 12
人間環境大学
The University of Human Environments
《論文部門》
成人を対象とした心の減災教育プログラムの開発とその効果
………吉武久美、窪田由紀、坪井裕子、
栗本真紀、松本真理子、森田美弥子
1
セルフヘルプ技法としての心のつぼフォーカシング(KTF)
………伊藤 義美
12
take…shape についての一考察
………岡 良 和…
25
《Articles》
Development and Evaluation of an Educational Program to Mitigate Psychological
Impact of Disasters for Adult
………Kumi YOSHITAKE, Yuki KUBOTA, Hiroko TSUBOI,
Maki KURIMOTO, Mariko MATSUMOTO, Miyako MORITA
1
Kokoro-no-Tsubo focusing (KTF) as the self-help technique ……… Yoshimi ITO
12
A study on ‘take shape’ ………Yoshikazu OKA 25
成人を対象とした心の減災教育プログラムの開発とその効果
吉武久美、窪田由紀、坪井裕子、栗本真紀、松本真理子、森田美弥子
〈キーワード〉
心の減災教育プログラム、防災教育、10 秒呼吸法、自尊感情〈論文要旨〉
本研究では、予防的視点に立った心理教育とこれまで一般的に行われていた防災教育を組み合わせ、 「心の減災教育」プログラムを成人対象として開発し、その効果を検証することを目的とした。A 県 内の市民講座や研修会においてプログラムを計 11 回実施した。受講者は 426 名(女性 151 名、男性 269 名、不明 6 名)であった。プログラムは、「災害時の心理的反応」、「災害ストレスのしくみ」、「対 処法① 10 秒呼吸法」、「対処法② 認知の修正」、「対処法③ 信頼関係・思いやり」、「事後対応か ら未然防止へ」で構成されていた。プログラムの実施前・実施後に質問紙調査を行い、心の減災教育 プログラムの効果を検討した。その結果、実施前よりも実施後が有意に高い数値が得られ、プログラ ムの効果が認められた。自由記述の分析からもプログラムの有効性が示された。Development and Evaluation of an Educational
Program to Mitigate Psychological Impact of
Disasters for Adult
Kumi YOSHITAKE, Yuki KUBOTA, Hiroko TSUBOI,
Maki KURIMOTO, Mariko MATSUMOTO, Miyako MORITA
〈Key words〉
educational program to mitigate psychological impact of disasters, education for disaster prevention, 10-second breathing technique, self-esteem
〈Abstract〉
The purposes of this study were:(1)developing an educational program to mitigate psychological impact of disasters for adult, and(2)validating the effects of the program.
This program consisted of four steps:(1)post-disaster psychological reaction,(2)mechanisms of disaster stress,(3)coping strategy(10-second breathing technique, modification of cognition),
and(4)importance of mental preparations for disaster.
A questionnaire survey was conducted involving 426 students participated in this educational program, and answered a questionnaire at pre and post program. Pre- and post-tests were performed to evaluate their perceptions regarding self-esteem, their modification of cognition, and interpersonal trust. Their self-esteem, their modification of cognition, and interpersonal trust improved after the program.
成人を対象とした心の減災教育プログラムの開発とその効果
吉武久美、窪田由紀、坪井裕子、栗本真紀、松本真理子、森田美弥子
問題と目的
2016 年 4 月 14 日に熊本地震が発生した。震度 7 クラスの地震が 2 度も起き、地震発生後の余震が 1000 回を超えている。大きな揺れが複数回続くことは想定外であり、多くの建物が被害を受け、倒 壊の危険があるとされる建物が 1 万件を超えるとみられている。現在大きな被害をもたらしている熊 本地震、2011 年に大きな被害をもたらした東日本大震災をはじめ、日本各地で地震だけでなく、さ まざまな大規模自然災害が起きる中で防災・減災への関心は何度となく高まり、防災・減災関連の情 報に注目が集まっている。災害への備えとしては家具の固定や水や食料の備蓄といった行動レベルの 内容が身近な問題として多くのメディアで取り上げられ、特集などが組まれている。行政機関による 提言も多くなされ、取りまとめられている(文部科学省、2013)。しかし、このような行動レベルの 内容だけでなく、「災害時に起こり得る心理的ストレス反応」や「対処方法」といった「心の減災」 の視点を含めた防災・減災教育が求められていることが指摘されている(坪井・吉武・窪田・松本・ 森田、2015)。 著者らは、災害時に生じる心理的被害を減らし、さらに、日常的な心の健康を増進させる心理教育 「心の減災教育」プログラムを開発し、小学校高学年を対象に試行実施、効果検証を行ってきた(松本・ 窪田・吉武・坪井・鈴木・森田、2014)。小学生を対象とした研究を 2012 年から 2013 年に研究 1、 2013 年から 2014 年に研究 2 を行った。研究 1 では、災害によるストレス反応に対して、自ら実施可 能な対処スキルである 10 秒呼吸法を体験させる「ストレス対処プログラム」を開発し、効果検証を行っ た(鈴木・窪田・松本・坪井・森田、2015)。さらに、研究 2 では、研究 1 と同様の「ストレス対処 プログラム(第一回目)」に加わえて、ものの見方や考え方を変えることでストレス状況についての 認知を修正する方法の理解を目指した「認知修正プログラム(第二回目)」、そして、震災後に生活の 変化が生じることを理解し、他者との助け合い協力することの重要性について学ぶための「対人関係 プログラム(第三回目)」を開発し、これらを 3 回に分けて実施した(鈴木ら、2015)。研究 1、研究 2 ではプログラム実施前と実施後、実施から 3 ケ月後のフォローアップの 3 時点で質問紙調査を行っ た。その結果、研究 1 では、呼吸法対処効力感(10 秒呼吸法を災害時に行うと心が落ち着くという 感覚)が自尊感情や対人関係スキルに影響を与えることが示唆された(吉武・石川・藤井・窪田・坪 井・松本・森田、2013)。また、研究 2 の結果からもプログラムに一定の教育効果が認められた(鈴 木ら、2015)。 さらに中高生を対象としたプログラムについても開発を行い、年齢に即したプログラム内容となる ように修正を加えた。具体的には、10 秒呼吸法と認知の修正に加え、「協力・助け合い」不自由な生 活の中で、周囲の人の役に立つ体験に繋がる要素を組み込んだプログラムとした。災害時に考えられ るストレス反応の理解を深めたり、さまざまな世代の人の立場になり、災害時の状況でどのような気 持ちになるかを想像したり、地域の人をどのように心理的な側面から支えることができるのかを考えるブレインストーミングを体験したりする内容となっている。2015 年 1 月から 2 月にかけて行われ た A 県内の B 高校での試行授業においても好意的な意見を生徒、教師から得ている。今後、より詳 細にプログラムの効果検証と問題点の検討を行う必要がある。 これまでに、小学生と中高生を対象としたプログラムの開発と実施を行い、プログラムの検証を重 ねてきた。その結果、それぞれの心の減災教育プログラムには一定の効果があることが認められた。 次の段階として、災害発生時に避難所の運営や子どもたちのサポートなどの重要な役割を担うと想定 される親や地域の大人たちを対象とするプログラムを開発する必要性が高いことが考えられる。成人 を対象とする心の減災教育プログラムを開発することで、子どもたちに限定されることなく、より多 くの人々に向けた「心の減災」の視点を含めた防災・減災教育を提案することが可能となる。そこで、 本研究では、成人を対象とした「心の減災教育プログラム」を開発し、そのプログラム実施前後の調 査結果やプログラム実施後に受講者が記述した感想・意見から、プログラムの効果や今後の課題を検 討することを目的とする。
方法
プログラムの開発と作成 本プログラムの開発の際には、小学生対象、中高生対象のプログラムを参考にした。災害時の心理 的反応の理解、災害ストレス反応への対処方略(10 秒呼吸法、認知の修正、他者との信頼関係等) の要素を組み込んだ成人を対象とした心の減災教育プログラムを開発、作成した。すでに開発した小 学生対象、中高生対象プログラムと比べ、ストレスのしくみなど心理的反応に関してより詳細に解説 した。心理的反応の理解などプログラムの概要は、「災害時の心理的反応」、「災害ストレスのしくみ」、 「対処法① 落ち着く方法」、「対処法② 認知の修正」、「対処法③ 信頼関係・思いやり」、「事後対 応から未然防止へ」であった。詳細を Table 1 に示した(坪井ら、2015)。プログラムは Microsoft Office の Power Point のスライドを使用し作成した(Figure 1)。プログラムの実施と質問紙調査 2014 年 9 月~ 2015 年 12 月にかけて、A 県内の市民講座や研修会においてプログラムを計 11 回実 施した。吉武・坪井・窪田・松本・森田(2015)で用いた 5 回分のデータに、7 回分のデータを加えた。 受講者は 426 名(女性 151 名、男性 269 名、不明 6 名)で、質問紙による調査をプログラムの実施前 と実施後の 2 回行った。受講者は教職員や公務員など行政関係、企業の防災担当者、地域の防災リー ダーやボランティア、一般会社員や学生、無職などさまざまな立場であった。受講者はプログラム実 施前に 29 項目、実施後に 32 項目について 4 件法で回答した。質問紙調査で用いた項目の一部を Table 2 に示した。さらに、自由記述欄を設け、「今日の感想やご意見を自由にお書きください」とし、 プログラム受講者に自由な記述を求めた。
Table 1 成人対象「心の減災」プログラムの概要 テーマ 内容 1 災害時の心理的反応 災害時に心身に起きる反応の知識を深める 2 災害ストレスのしくみ ストレス反応のしくみを知り,理解を深める 3 対処法① 落ち着く方法 10 秒呼吸法を実際に体験する 4 対処法② 認知の修正 ものごとの見方やとらえ方でストレス反応(強度)が異なることを知る 5 対処法③ 信頼関係・思いやり 人と協力することで対処できることを知る 6 事後対応から未然防止へ 事前に心の準備をしておくことの意味を理解する Figure 1 プログラムで用いたスライド
Table 2 プログラム実施前における調査で用いた項目 1 地震がきても、落ち着いて避難できると思う 2 誰でも大変なこと(災害など)があると、体調が悪くなることもある 3 自分が困った時には、周りの人々からの援助が期待できる 4 悲しそうにしている周囲の人に「どうしたの?」と声をかけようと思う 5 誰でもいやな気持になっても考え方で気持ちが楽になることがある 6 自分に満足している 7 困ったことがあっても、頑張れば自分で解決できると思う 8 誰でもストレスがかかるとイライラすることがある 9 私には頼りにできる人がほとんどいない 10 周囲の人に「頑張ってね」などのはげましの言葉をかけようと思う 11 自分は物事の悪い面だけでなく、よい面にも気づくことができる 12 いやなことがあっても我慢できると思う 13 誰でもストレスがかかると落ち込むことがある 14 一般的に、人間は信頼できるものであると思う 15 相手の気持ちになって物事を考えようと思う 16 自分に自信がある 17 やる気になれば、いろいろなことをやりとげることができると思う 18 誰でも不自由な生活が続くと、ストレスが溜まることもある 19 周囲の人々によって自分が支えられていると感じる 20 周囲の人の気持ちを考えながら話をしようと思う 21 物事を違った面からも考えようと思う 22 いろいろなことができる感じがする 23 (災害後に心や身体に起こる)ストレス反応にうまく対応できるか不安である 24 私は頑張ってもたいしたことはできないと思う 25 (自分は)ストレスを感じたとき、リラックスする方法を知っている 26 普通、人はお互いに誠実にかかわりあっているものだと思う 27 元気がない周囲の人に「大丈夫?」と声をかけようと思う 28 少しいやなことがあっても全部ダメなわけではない 29 いいことをたくさん思いつくことができる感じがする
Figure 2 受講者の男女別年齢構成
結果
回答に不備のなかった 352 名(女性 121 名、男性 231 名)を分析の対象とした。分析対象者の年齢 構 成 は 10 代 4 名、20 代 38 名、30 代 47 名、40 代 69 名、50 代 65 名、60 代 74 名、70 代 48 名、80 代 7 名であった(Figure 2)。特に 40 代、50 代、60 代、70 代で男性の受講生が多かった。 心の減災教育プログラムの心理的効果の測定に用いた 7 つの尺度は「一般的な効力感」3 項目、「ス トレス反応の理解」5 項目、「対人的信頼感」5 項目、「他者との信頼関係」4 項目、「認知の修正」5 項目、「自尊感情」4 項目であった。このほか、「ストレス対処への不安」、「避難行動の効力感」、「自 己制御」、「呼吸法の対処効力感」、「平常時の呼吸法の行動意図」を 1 項目、「呼吸法の対処効力感」、「平 常時の呼吸法の行動意図」はプログラム実施後にのみ測定した。先行研究の尺度構成にしたがって信 頼性係数を算出したところ、「一般的な効力感」、「ストレス反応の理解」で値が低くなり、改善する ためにそれぞれ 1 項目を削除し、「一般的な効力感」2 項目、「ストレス反応の理解」4 項目として分 析を行った。Table 3 には、プログラムの実施前と実施後で調査した平均値と標準偏差、そして信頼 性係数αの値を示した。信頼性係数αはで若干低い結果となったが十分な値が概ね得られた。 また、実施したプログラムの効果を検討するため、実施前・実施後を比較した対応のある t 検定を 行い、その結果と効果量 d を示した(Table 3)。その結果、すべての項目で有意な差が見られた。「ス トレス対処への不安」は実施前よりも実施後が低く、「ストレス反応の理解」、「一般的な効力感」、「対 人的信頼感」、「他者との信頼関係」、「認知の修正」、「自尊感情」、「避難行動の効力感」、「自己制御」 は実施前よりも実施後が高い結果となった。ただし、「ストレス反応の理解」は統計的に有意な差が 見られたものの、効果量 d の値は小さかった。 自由記述欄に回答があった 82 名の記述内容(122 件)を分析対象とし、KJ 法に準じて、共同研究 者複数名による分類を行った結果を Table 4 に示した。Figure 3 に KJ 法による分類した結果を図示 した。各カテゴリーについて検討した(坪井ら、2015)。Table 3 プログラム実施前・実施後の信頼性係数α、平均値と標準偏差、t 値と効果量 d α係数 実施前 実施後 t 値 効果量 d 一般的な効力感 (2 項目 ) .61/.66 2.810.63 3.080.57 9.34 *** 0.45 ストレス反応の理解 (4 項目 ) .63/.77 3.540.44 3.600.46 2.69 ** 0.13 対人的信頼感 (5 項目 ) .69/.78 2.770.35 2.930.39 8.70 *** 0.43 他者との信頼関係 (4 項目 ) .74/.83 2.930.54 3.320.54 6.26 *** 0.27 認知の修正 (5 項目 ) .72/.80 3.320.43 3.490.43 9.65 *** 0.39 自尊感情 (4 項目 ) .70/.78 2.650.57 3.060.48 17.87 *** 0.79 避難行動の効力感 2.390.86 2.860.73 11.15 *** 0.77 自己制御 2.880.71 3.120.65 6.29 *** 0.36 ストレス対処への不安 3.060.75 2.770.74 6.86 *** 0.39 呼吸法の対処効力感 3.200.68 平常時の呼吸法の行動意図 3.560.60 注 1)α係数 実施前/実施後 注 2)上段:平均値 下段:標準偏差 注 3)N=352 注 4)**p<.01 、 ***p<.001 1.心の減災教育について(24 件;19.7%) 「事前にこういったことを学んでおくと、いざというときに心の持ちようが違ってくると思う」など、 事前の心理教育の重要性を認識したという意見が挙げられた。 2.災害ストレスの理解と対処法(77 件;63.1%) 災害ストレス(29 件;23.8%)では、「災害が発生した際に心に大きな負担がかかる」、「日々のス トレス対処についてもたいへん参考になった」などが示された。10 秒呼吸法について(14 件; 11.5%)は、自分だけでなく「家族にも伝えたい」など、行動意図が多く示された。また、認知の修 正について(14 件;11.5%)は、「心の持ち方で世界は変わる」と理解が示された一方で、「考え方(も のの見方)を変えるのは大変」という意見もみられた。協力や信頼について(16 件;13.1%)は、「誰 かを助ける、お手伝いをするという気持ちを持てるように」という意見とともに「人と協力すること や思いやりは今できない人が増えている」といった現状についての意見も示された。全体としては、
災害時だけでなく、日常のストレスへの対処にも使えるという意見が多くみられた。また、心の準備 の大切さや対処できることが「自己効力感」につながることについても意見が述べられており、これ らのことからプログラムの意図は概ね伝わったと考えられる。 3.その他(21 件;17.2%) 全体的にはプログラムに対する肯定的な意見や感想が多く示された。一方で、「実際に人の命がか かっているときにできるのか」といったプログラムで扱ったストレスへの対処法に対する疑問も示さ れた。また、プログラムの受講生にはストレスに対する知識を十分に持っている人もみられ、もっと 踏み込んだ内容を求める意見も示された。 Table 4 自由記述のカテゴリー分類の結果 カテゴリー % 心の減災教育について 19.7 備えること の大切さ 事前にこういったことを学んでおくと、いざというときに心の持ちよ うが違ってくると思う 心の減災教育の必要性を感じた 震災が起きる前から減災教育しておくことの大切さを実感 災害ストレスの理解と対処法 63.1 災害ストレス の理解 災害が発生した際に心に大きな負担がかかることが分かった 23.8 心に寄り添うことがストレスのたまった人には大事である 対処法 10 秒呼吸法 「10 秒呼吸法」で落ち着く 11.5 日常でも使ってみたい 家族にも伝えたい 認知の修正 心の持ち方で世界は変わる 11.5 別の方面からのかかわりも大切だということを学べた 考え方(ものの見方)を変えるのは大変だと思う 協力・信頼 誰かを助ける、お手伝いをするという気持ちを持てるように 13.1 暖かい言葉を考える時間があっていいと思った 人と協力することや思いやりは今できない人が増えている その他 17.2 意見・感想 含む 日頃から使えると思うヒントがたくさんあった 自己効力感と日頃の心のケアが深くつながっていることを知り、非常 に勉強になった 実際に人の命がかかっているときにできるのか(疑問) 欲を言うともう少し踏み込んだ内容が入っていても良い ※坪井ら(2015)の発表ポスターより
Figure 3 KJ 法による分類結果 ※坪井ら(2015)の発表ポスターより
考察
本研究は成人を対象とした「心の減災教育プログラム」を開発し、さらにプログラムの実施前・実 施後の調査結果や自由記述から、本プログラムの効果や今後の課題を検討することを目的とした。そ の結果、プログラムの効果が認められるとともにプログラムの今後の課題を明らかにすることができ た。 まず、プログラム実施前・実施後の「一般的な効力感」、「ストレス反応の理解」、「対人的信頼感」、 「他者との信頼関係」、「認知の修正」、「自尊感情」、「避難行動の効力感」、「自己制御」は実施前より も実施後の数値が高かった。また、「ストレス対処への不安」は実施前よりも実施後が低かった。こ の結果は、いずれも期待方向への有意な変化であり、プログラム実施効果が認められた。小学生、中 高生を対象とした心の減災教育プログラムの効果が認められたのと同様に、成人を対象とした本プロ グラムにも一定の効果が認められたといえる。 つぎに、自由記述の分析結果から、災害が起こる前に心の減災教育を行うことの重要性が認識され たことが示された。また、災害時に生じるストレスの理解を深め、ストレス対処方法としての「10 秒呼吸法」、「認知の修正」、「協力と信頼」が認識された。特に、心の準備の大切さや対処できること が「自己効力感」につながることについても意見が述べられており、本プログラムの意図は概ね伝わっ たと考えられる。このほか、踏み込んだ内容を求める意見も示されたことから、より専門的なプログ ラムの開発を進める必要性が考えられる。これは、本プログラムの受講生が防災、減災に関して興味関心を高く持っていることを示唆している。今後、専門性の高い内容の心の減災教育を進めることは 災害時の子どもたちのサポートにもつながることから重要であると考えられる。 本研究の限界としてはつぎのことが考えられる。まず、「ストレス反応の理解」はプログラム実施 前と実施後の t 検定において統計的に有意な差が見られたが、効果量 d の値は 0.13 と小さかった。 これは、今回の調査協力者が地域の防災に関心を持ち積極的に市民講座を受講したり、地域や企業内 での防災活動を担う立場にあったりしたため、事前にストレスに関する知識を十分に持っていたこと が考えられる。受講者のストレス知識の量には個人差があることから、先述したように、それらに対 応できるような専門性の高い内容のプログラムを開発する必要がある。 つぎに、本研究では、市民講座や研修会などでプログラムを実施した。そのため、プログラムの実 施前後にしか質問紙調査を行うことができなかったことが課題として考えられる。小学生や中高生の 試行授業においてはプログラムの実施前後だけでなく、実施後から 3 ケ月経過したフォローアップ時 点の 3 時点における質問紙調査が可能であった。その結果として、一定の期間経過後でもプログラム の効果が認められることが明らかとなった。しかし、本研究では 3 時点での調査ができなかったこと から、今回の結果が長期的な効果であるのか、一時的な効果に過ぎないのかを検証することができな かった。今後、成人を対象とした心の減災教育プログラムの長期的効果を検証するために調査実施を 工夫する必要がある。
引用文献
松本真理子・窪田由紀・吉武久美・坪井裕子・鈴木美樹江・森田美弥子(2014).児童生徒を対象とした心の減災能 力育成に関する研究―現状調査とプログラム開発を中心に . 東海心理学研究、8、2-11. 文部科学省(2013). 文部科学白書 . 国立印刷局 鈴木美樹江・窪田由紀・松本真理子・坪井裕子・森田美弥子(2015). 小学生対象心の減災教育プログラムにおける効 果検証の試み―呼吸法対処効力感、認知の修正、対人的信頼感の関連― 学校メンタルヘルス、18、147-152. 坪井裕子・吉武久美・窪田由紀・松本真理子・森田美弥子(2015). 心の減災教育プログラムの効果測定に関する研究 (7)―成人対象プログラムの概要と自由記述の分析―. 日本教育心理学会総会発表論文集、57、201. 吉武久美・石川沙紀・藤井菜摘・窪田由紀・坪井裕子・松本真理子・森田美弥子(2013). 心の減災教育プログラムの 効果測定に関する研究(3)―プログラム施行後および 3 か月後の効果―. 教育心理学会総会発表論文集、55、 340. 吉武久美・坪井裕子・窪田由紀・松本真理子・森田美弥子(2015). 心の減災教育プログラムの効果測定に関する研究 (8)―成人対象プログラムの開発・試行実施と効果の検討―. 日本教育心理学会総会発表論文集、57、202. 吉武 久美 人間環境大学 窪田 由紀 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 坪井 裕子 人間環境大学 栗本 真紀 心療内科・内科リエゾンメディカル丸の内 松本真理子 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 森田美弥子 名古屋大学大学院教育発達科学研究科セルフヘルプ技法としての心のつぼフォーカシング(KTF)
伊 藤 義 美
〈キーワード〉
セルフヘルプ、心のつぼフォーカシング(KTF)、4 つの適用例、利点と問題点〈論文要旨〉
本稿では、セルフヘルプ技法としての心のつぼフォーカシング(Kokoro-no-Tsubo focusing、 KTF)とその手続きを紹介し、4 つの実例を提示するとともに心のつぼフォーカシングの特徴、利点、 及び問題点について考察を行った。KTF では、大きめの「心のつぼ」の中に、気になる事柄やから だの感じを浮かばせ、それからそれを小さい「心のつぼ」にひとつずつ分けて入れていく。このよう に小分けしたつぼを一つ選んで、それを鑑賞するようにしばらく眺めてみたり感じたりする。そこで 浮かんだ全体的な感じをことばやイメージで表現する。最後に癒しのつぼを描いて、そのつぼの中に 入って癒しを味わい、つぼから出て終わる。こうした KTF の適用例を 4 例提示し、セルヘルプ技法 としての心のつぼフォーカシング(KTF)の特徴と利点、及び問題点について論じた。Kokoro-no-Tsubo focusing (KTF) as the self-help technique
Yoshimi ITO
〈Key Words〉
self-help technique, Kokoro-no-Tsubo focusing (KTF),four examples,advantages and problems
〈Abstract〉
In this paper Kokoro-no-Tsubo focusing (KTF) as the self-help technique was introduced. Tsubo is a kind of Japanese container. KTF is the method of floating worrisome matters in a large Kokoro-no-Tsubo,and then dividing them into several small tsubos,putting one matter in one small tsubo. A focuser chooses one tsubo from them. Then he/she looks at it for a while and feel it enough. Finally,a focuser enters into an imaginary healing tsubo,is cured,and comes out of the tsubo. Four examples to which KTF was applied were shown. Several advantages and problems of KTF as the self-help technique were disucussed.セルフヘルプ技法としての心のつぼフォーカシング(KTF)
伊 藤 義 美
問題と目的
フォーカシング(Focusing)は、心理治療にも、予防にも、開発(発達や成長)にも活用できると される(Gendlin、1978;伊藤、2000 など)。また単独でも、ペアでも、小(大)集団でも実施可能 である。治療セッションの中だけでなく、あるいはそれ以上にセッションとセッションの間の日常生 活においてフォーカシング的態度やフェルトセンス的かかわりが重視されてきている。現実の日常生 活で特定のフォーカシング・パートナーを見つけて、パートナーシップをもつこと(電話でのフォー カシングもOK、必ずしもフォーカシングをしなくてもOK)、さらに月例会的なフォーカシング・ コミュニティや世界的なネットワークへの展開が推進されている。 実際にフォーカシングを習得するにはある程度の練習が必要となるが、どのようにするとフォーカ シング的態度や行為が効果的に体得できるかは検討を要する。ここでは「セルフヘルプ ・ フォーカシ ング(Self-Help Focusing、SHF)の構築」を目指して、セルフヘルプの観点から、心のつぼフォー カシング(Kokoro-no-Tsubo focusing、KTF)をとりあげる。これは、壺イメージ(田嶌、1987、 1992)を活用するフォーカシングである。心のつぼフォーカシング(KTF)は、サイコセラピーと してだけでなく、セルフヘルプ技法として相互に、あるいは単独で行うことができる方法である。海 外の国際会議などでも紹介されているフォーカシングである(Ito,2008: Ito et al.,2008)。本稿は、 心のつぼフォーカシング(KTF)とその具体的な手続きを紹介し、セルフヘルプ技法としての利点 と問題点を検討するのが目的である。心のつぼフォーカシング(KTF)
1.心のつぼフォーカシング(KTF)とその手続き 心のつぼフォーカシング(KTF)は、容器を象徴的に表すものとしての「つぼ(壺)」のイメージ を活用したフォーカシングである。A 4 大の用紙の表面に大中の 2 重円が描かれ、裏面に大 1、中 1、 小 2 の 4 つの円が描かれている用紙を用いる(図 1 と図 2 参照)。心のつぼフォーカシング(KTF) の教示用紙は、図 3 に示されている。 その手続きは、次の通りである。 ① 静かな場所にゆったりと座り、ほどよくリラックスする。からだに不快感があれば、用紙の裏面 の円の中につぼを描いて、そのつぼの中に不快感を入れる。この際に不快感を模様や記号などで 表わす。 ② 用紙の表面の真ん中の円の中に大きく「心のつぼ」を描く。 ③ その「心のつぼ」の中に自分のこと(気になる事柄や気持ちなど)が入っているとしたら、どん なものがあるか一つずつ思い浮かべてみる。 ④ 思い浮かぶごとに、浮かんだものをつぼの中に模様や記号などで描いていく。この場合、すべて思い浮かべてからつぼの中に描くようにしても良い。
⑤ 「心のつぼ」に描いた気がかりな事柄などを、周りにつぼを一つずつ描いて、そのつぼの中に入れ ていく。つまり、小さいつぼにつぼ分けを行う。
⑥ それぞれのつぼを憶えておくためにつぼに名前をつける。
図 3 心のつぼフォーカシングの教示用紙
心のつぼフォーカシングの教示
準備するもの : 心のつぼフォーカシングの記入用紙と教示用紙、鉛筆か色鉛筆かカラーペン 手続き : 1. からだにかたさや緊張があれば、ゆっくりと深く呼吸したりからだをほぐしたりして、こころもからだも楽 な感じになりましょう。 2. からだのどこかに不快な感じがあれば、用紙の裏にある円の中に壺(壺状の入れ物*)を描いて、不 快な感じを簡単な絵や模様にして壺の中に描きましょう。絵のうまいヘタは関係ありませんし、自分だ けがわかるように描けばいいのです。壺は、その感じを入れておくのにふさわしいものを描きましょう。 3. こころの中のことがいろいろと入っている壺(こころの壺)を用紙の表にある円の中にできるだけ大き く描いてください。 4. 「今、こころの壺にどんなことが入っているかなー」と自分に優しく尋ねてみて、何かが浮かんでくる のを待ってみましょう。例えば、気になっていること、モヤモヤした気持ちが浮かんでくるかもしれませ ん。楽しいことかもしれません。目を軽く閉じた方が浮かびやすいでしょう。浮かんできたら、何でもそ れを認めてあげてください。いくつ浮かんでもかまいません。 5. 浮かび終わったら、それぞれを簡単な絵や模様や記号でこころの壺の中に描きましょう。この場合、 浮かぶごとに一つずつこころの壺の中に描いてもかまいません。 6. こころの壺の中に描いたものを別々に分けましょう。真ん中の円のまわりに中身にふさわしい壺を描 いて、その壺の中に一つずつ描いて移していきましょう。そのときに中身が出てこないように安心でき る「ふた」をしましょう。そしてどういう壺かわかるように壺に名前をつけましょう。そうしたければ、壺を 円でかこみましょう。 7. 壺に分けたものを全体的にながめてみましょう。そのなかから、見つめてみたいものや取り組めそうな ものを一つ選びましょう。そして、それをゆったりとながめてみましょう。しばらくながめていると、どんな 感じや気持ちがしてくるでしょう。目を軽く閉じて、その感じとしばらくいっしょにいてみましょう。その感 じを表わすことばやイメージを浮かべてみましょう。浮かんできたことばやイメージはなんでも受け入 れ、それがしっくりくるかその感じに尋ねてみましょう。感じとことば(イメージ)を重ねるようにしてよく味 わいましょう。 8. 目を開けて、描いた絵を見てみましょう。最初の感じと比べて、どんな感じでしょうか。もし不快な感じ が残っていれば、用紙の裏に壺を描いて、その中に不快な感じを描きましょう。そして、「ふた」をして どこかに片付けましょう。 9. 最後に、癒しの壺を描いて、その中にしばらく入ってそこでの感じをよく味わいましょう。もう十分だな という感じがしてきたら、癒しの壺から出てきましょう。 10. 自分にとって大事なものや意味がありそうなものはときどき思い出して、見つめたり感じたりしてみま しょう。 *壺状の入れ物 : 箱、びん、カプセル、戸だな、引き出し、ふくろ、かばん、かめ、おけ、はち、つつ、ポット、 コップ、カップ、ポケット、金庫、トランク、部屋、物置、倉庫、ふろしきなど。図 4 心のつぼフォーカシングのふりかえりシート 年 月 日
ふりかえりシート
No. 氏 名: ( 男 ・ 女 ) 歳心の壺 (つぼ) フォーカシング
1. この実習で、どのような体験をしたでしょう。 2. 自分のことで改めて確認したことは、どのようなことでしょう。 3. 自分のことで新しく気づいたことは、どのようなことでしょう。 4. この実習で良かったことは、どのようなことでしょう。 5. この実習で改善すべき点は、どのようなことでしょう。 6. あなたは、この実習について魅力と満足をどの程度感じましたか。あてはまる数字を○でか こんでください。 (1)魅力度 (2)満足度 ひじょうに かなり や や わからない や や かなり ひじょうに 魅力がない 魅力がない 魅力がない どちらでもない 魅力がある 魅力がある 魅力がある 1 2 3 4 5 6 7 ひじょうに かなり や や わからない や や かなり ひじょうに 満足しない 満足しない 満足しない どちらでもない 満足した 満足した 満足した 1 2 3 4 5 6 7⑦ つぼを 1 つ選んで、その中のものをつぼごと鑑賞するようにゆっくりと感じてみる。 ⑧ 必要ならば、つぼの中に入ってみてどんな感じかからだで感じてみる。 ⑨ その感じをことばやイメージで表わしてみる。 ⑩ ことばやイメージとからだの感じを重ねて感じてみる。 ⑪ ここで浮かんだものや気づいたものを受け取るようにする。 ⑫ からだに不快な感じがあれば、裏面につぼを描いて、その中に入れてふたをする。そして、その つぼを片付ける。 ⑬ 用紙の表面に「癒しのつぼ」を描く。 ⑭ その「癒しのつぼ」の中に入って、癒しを十分に感じる。 ⑮ 癒しを十分感じたら「癒しのつぼ」から出る。現実の場に戻ってくる。 ⑯ この体験で得られた自分にとって大事なものはときどき思い出しで、味わうようにする。 このような一連の手続きで取り組み、つぼの中に気がかりを一つずつ収めるように記入していく。 気がかりの質に応じて、つぼ ( 容器 ) の大きさ、かたち、材質、機能、位置などは自由に変えるこ とができる。 2.心のつぼフォーカシング(KTF)の用紙(記入用)とふりかえりシート 心のつぼフォーカシング(KTF)の記入用(図 1 と 2)とふりかえりシート(図 4)を用いる。フォー カシング体験のふりかえりシート(A4 大、1 枚)では、①体験したこと、②改めて確認したこと、 ③新たに気づいたこと、などの自由記述を求め、フォーカシングの魅力度(「1.非常に魅力がない」 ~「7.非常に魅力がある」)と、満足度(「1.非常に満足していない」~「7.非常に満足している」) をそれぞれ 7 段階評定法で尋ねている。 3.実施方法 心のつぼフォーカシング(KTF)の用紙(教示用と記入用の 2 種類)とふりかえりシートを配布 して、フォーカシングとやり方を説明する。静かな場所で単独で、もしくはペアでフォーカシングを 行うよう教示する。自分のペースでフォーカシングを行い、実施の場所(自宅など)や時間などは各 自に任せる。心のつぼフォーカシング(KTF)の体験を記入用紙とふりかえりシートに記録する。 単独で行っても、ペアで行っても良いことにする。
実例と考察
1.心のつぼフォーカシング(KTF)の実例 ここでは、心のつぼフォーカシング(KTF)の実例を 4 例提示しておく。特別の例というよりも 通常範囲の実例である。また、実例は、公表する場合の了承を得ており、個人情報保護の観点から一 部を改変してある。実例 1 男子 18 歳 図 5 参照 6 つのことを思い浮かべ、それらを容器の中に収めて、「どうしようか」と「もやもや」という名 前の容器については、さらに丸(円)で囲っている。浮かべたものの感じの質によって対処が区別さ れているといえる。「もやもや」を簡単なもの(ハンドル)で表現することで、その「もやもや」が 何に対しての感じなのかについての理解が進んでいる。
表 面 裏 面
図 5 実例 1 の心のつぼフォーカシング 男子 18 歳 (ふりかえりシートから) 1.もやもやした不安ってこんなものかと不快な感じを描き出したときに思った。 2.楽しいことよりも不安な要素の方が多く出てきた。 3.1 つの要素でも、具体的に何に対して不安を抱いているのかが少しわかった。 4.パッと思いつく心の要素で、自分が気になっていることがわかった。
実例 2 女子 18 歳 図 6 参照 4 つのことを思い浮かべ、それを各容器に入れて、その容器の口に重しを置き蓋をして、さらに円 (丸)で各容器を囲っている。それぞれ周到な収め方をしているといえる。気持ちの 1 つ 1 つを取り 出して、ていねいに見つめ直す体験をしていると思われる。 図 6 実例 2 の心のつぼフォーカシング
表 面 裏 面
女子 18 歳 (ふりかえりシートから) 1.自分の心の中にある気持ち 1 つ 1 つを丁寧に見つめなおすことができました。 2.楽しい気持ちやポジティブな気持ちは、心に残っていることが少ない。 3.ヤモヤした気持ちや、イライラした気持ちを、よく心で覚えていることがわかった。 4.自分の気持ちを 1 つ 1 つ取り出して見つめなおすことができた。
実例 3 女子 18 歳 図 7 参照 6 つのことを思い浮かべ、6 つの容器(つぼ、袋、箱、そこの深い器など)に収めて、容器の口を縛っ たり、蓋をしたりしている。さらにすべての容器を円(丸)で囲っている。頭の中にある 「もの」 や「こと」を整理して、今最も優先しなければいけないことは何かということに気づいている。
表 面 裏 面
図 7 実例 3 の心のつぼフォーカシング 女子 18 歳 (ふりかえりシートから) 1.今、何を悩んでいるのか、何を考えているのかということが改めてよく分かった。また、その 悩んでいる、考えている、それぞれのことが自分の頭の中を占めている割合のようなものが分 かるようになった。 2.やらなければいけないこととまだ向き合えていない。やりたいこととやるべきことをまだ区別 できていないから、なかなか行動できず、もやもやした状態が続いている。 3.前は悩んでいたこと(バイト)などが、今では自分の中での逃げ道や、安心できるものになっ ている。自分にとって 1 番大きなものは、人間関係だから。 4.自分の頭の中の整理がつくこと。今 1 番やらなければいけないことが何なのかが分かった。
実例 4 男子 20 歳 図 8 参照 12 個と比較的多くのことを思い浮かべ、容器や袋状のものの中に入れて、なかにはさらに蓋や栓 をしている入れ物がある。いずれの容器も円(丸)では囲まれていない。かなりの数のものを見つめ て、心の根底にあるもの(絶望感)と、心の中心にあるものを区別して、その違いに気づいている。
表 面 裏 面
図 8 実例 4 の心のつぼフォーカシング 男子 20 歳 (ふりかえりシートから) 1.不快なイメージを取り出して境界を引くことで、多少なりとも自分の心から切り離して見るこ とができた。 2.絶望感が心の根底にある。 3.心の中心には、ポジティブな要素の方がたくさんある。 4.不快な感じという捉えどころのないものを、いくつかのイメージ画として捉えられる形に加工 できた。
2.心のつぼフォーカシング(KTF)の特徴と利点 心のつぼフォーカシング(KTF)の特徴と利点としては、次の点が考えられる。 (1)つぼは、安全な容器として機能する。用紙(第一の枠付け)に描かれた丸(円)(第二の枠付け) の中につぼ(第三の枠付け)を描いて、その中に気がかりを収め、必要ならば蓋をする。このよ うに安全に行うことができるよう三重の枠付けによって護るように配慮され、工夫されている。 (2)心の中にあるもの(こと)が何らかの形で心の外に表現されること、つまり外在的表現化に意味 がある。気がかりの内容を具体的に表さなくても良く、本人だけがわかるような簡単な模様や記 号などの表象で表わせば良い。とりあえず何らかのかたちで表現されることによって、どういう もの(こと)かはっきりする、明らかになる。思っていたもの(こと)と異なるもの(こと)で あることに気づくことになる。とらえどころのないもの(こと)がイメージとして把握でき、視 覚化、対象化される。 (3)最後の段階で、「癒しのつぼ」が用意されていて、例えそれまでの段階で心地良い感じが得られ なくとも、この最終段階においてうまく癒されれば、肯定的な感じの体験で心のつぼフォーカシ ング・ワークを終わることができる。 (4)自己内に浮かんだ事柄や気持ちが、区分けされて整理される。思い浮かんだことが、肯定的と否 定的、類似と対比、近接と遠隔、過去・現在・未来、優先順位、重要な順位などに並べられ、整 理され、ながめられる。 (5)こうした作業(心の空間づくり)が、「むかむか感、いらいら感が消える」「スッキリする」「心 がすっと軽くなる」「もやもやしていたものがなくなる」「いったん心が空っぽになる」といった カタルシス効果をもたらす。 (6)普段意識しているもの以上の、その奥底にあるものや、その周辺や背景にあるものに気づくこと ができる。表面と心底の違いがわかる。もやもや、いらいらの正体が明確になる。自己への気づ きの感度が高まる。人によっては、不思議な感覚、神秘感などを体験することがある。つまり、 心の前意識領域にあるものを意識領域に招いて覚知することができると考えられる。 (7)自分の中にある気がかりや悩み、気持ちの存在を、①認める、②表現する(表現化・視覚化)、 ③距離を置いて向き合う(客観視・観察・鑑賞・直視)、④対話する(かかわる)、⑤新たに気づ く(理解・発見)、といった一連のプロセス段階が得られる。こうして間がとれ、心身の快適感 が得られるとともに、意味の発見・創造が可能となり、自己肯定感・自己効力感を向上させ、自 己成長が促進されると考えられる。 3.心のつぼフォーカシング(KTF)の問題点 人によっては、(1)「つぼの中味がどんどん増えていく」、(2)「用紙に記入するときに、自分との 対話から現実世界に戻される」「誰かの教示があるほうがやりやすい」などの報告がみられる。 前者の(1)の問題について言えば、思い浮かべるものは、不快な緊張感を与えているものであり、 それ以上のものには立ち入らない、深入りしないようにするのが肝要である。根掘り葉掘りの詮索は しないようにするのである。 後者の(2)の問題について言えば、初めて行う場合には、やり方に戸惑ったり、わからなかった
りするので、教示ややり方を説明する人がいるほうが進めやすい。セルフヘルプの方法として、やり 方の手順がよくわかるまで、フォーカシング・パートナーがいることが望ましいだろう。 少数ではあるが「心身の不快感」が報告されることがなくはなく、フォーカサーがそうした場合に それらの取り扱いや処理をどのようにしたかは明らかでない。特に初心者がそれらをどのように取り 扱うかを工夫する必要がある。心のつぼフォーカシングでは、不快感があるときには最後に 「癒しの つぼ(容器)」 に入って十分に癒された上で、つぼ(容器)から現実世界に戻るのである。これをよ り活用しやすくするか、さらに確実な安全策の工夫が求められる。
おわりに
フォーカシングをセルフヘルプに活用することをめざして、単独で行った場合の心のつぼフォーカ シング(KTF)とその手続きと実際を紹介し、その特徴と利点及び問題点を検討した。全体的には 間がおけること、自己の気づき、肯定的体験などが報告されており、セルフヘルプの方法として期待 できる。心のつぼフォーカシング(KTF)の特徴を活かして、個人の好みや目的に応じて適宜に使 い分けることが考えられる。しかし特に初心者が単独で行う場合には、より安全に使えるようさらに 工夫することが求められる。参考文献
ジェンドリン・E・T(村山正治・都留春夫・村瀬孝雄訳)1982 『フォーカシング』福村出版 Gendlin,E.T. 1981 Focusing(2ed ed.), New York: Bantam Books. 池見 陽 1995『心のメッセージを聴く』講談社現代新書 Ito Y. 2008 Tsubo image focusing(TIF)and mind view focusing(MVF)as self-help focusing, XX ⅳ International Congress of Psychology. 伊藤義美 2000『フォーカシングの空間づくりに関する研究』風間書房 伊藤義美編 2005『フォーカシングの展開』ナカニシヤ出版 伊藤義美・栗野理恵子・小畑豊子・金 慶美・高橋美知子・三輪佳子・津田恭充・岡田敦史 2006「ことばや語句」と「絵 や写真」についてのフォーカシング体験の比較検討 カウンセリング研究 , 39(2), 63-71. ITo Y., Takasawa, K. et al. 2008 A Study of self-help focusing(SHF): Comparison between“Tsubo image focusing” and“Mind View focusing”, XX ⅳ International Congress of Psychology. 増井武士 1994『治療関係における「間」の活用』星和書房 村山正治編 1999『フォーカシング』(現代のエスプリ No.382)至文堂 村山正治他 1984『フォーカシングの理論と実際』福村出版 田嶌誠一 1992『イメージ体験の心理学』講談社現代新書 田嶌誠一編著 1987『壺イメージ療法―その生いたちと事例研究―』創元社 伊藤 義美 名古屋大学教授take shape についての一考察
岡 良 和
〈キーワード〉
take shape、意味論、機能、メトニミー〈論文要旨〉
本稿の目的は、「主語 +take+ 動詞の名詞化語句」の一種とされる「主語 +take shape」を分析す ることである。先行研究においては、「主語 +take+ 動詞の名詞化語句」における主語が動作主と一 致する事例のみが扱われてきたことに対して、本稿では「主語 +take shape」の主語が動作主ではな く論理的目的語であること、そして、「主語 +take shape」がどのようなプロセスを経て生じるのか が示される。A study on ‘take shape’
Yoshikazu OKA
〈Keywords〉
take shape, semantics, function, metonymy
〈Abstract〉
The purpose of the present paper is to clarify the semantic and functional structure of subject take nominalized verb construction with specific reference to subject take shape. While most studies on this construction have been restricted to subject(=actor) take nominalized verb construction, this paper will point out the fact that the subject of subject take shape construction is goal(=logical object), and show how subject(=logical object) take shape is generated from subject(=actor) take nominalized verb construction.
take shape についての一考察
岡 良 和
はじめに
本稿では英語表現の 1 つである take shape を分析対象とするが、この表現は下記(1)に分類され 扱われている。下線を施した「O にくる名詞によって表される行為を主語が行なう」という記載が take shape にも適用されるか否かを論じることを本稿の目的とする。(1)S take O(M)S〈人〉が O〈行為[行動]〉をとる[する];S〈人〉が O〈感情〉[考え, 精神状態など]をもつ[抱く]・・・ この語義では O にくる名詞によって表される行為を主語が行なうことを示す。名詞はしば しば a[an]を伴うが、おもなものは次の通り:approach, average, bet, bite, bow, break, count, crack, dig, dive, drink, drive, escape, exit, fall, fling, glance, glimpse, guess, halt, hint, journey, jump, lead, leap, look, lunge, nap, pause, peak, peer, photograph, pledge, plunge, poke, poll, pop, profit, recess, resolve, rest, ride, risk, row, run, sample, shine, shower, slant, smell, smoke, sniff, spill, spin, stand, step, swerve, swim, swing, taste, tour, try, turn, venture, wager, walk, whirl, etc.
次の語は a[an]をつけずに用いられる:account, action, advice, aim, comfort, command, control, counsel, delight, encouragement, exception, exercise, heed, hold, leave, note, objection, pity, permission, pleasure, revenge, rise, satisfaction, shape, thought, etc. さらに the のつくものが少しある:measure, initiative, etc.[cf. Live(1973)] ― Konishi, T. et al.(eds.)(1980: 1579)(下線筆者) 上記(1)のタイプの英語表現においては、主語の指示物が目的語の物理的な指示物を摑むわけで はない。下記(2)take+ 物理物と(3a-c)take+ 動詞の名詞化語句を比較する。 (2)He took some apples from the shelf and put them into the box. (3)a. Take a deep breath, stick out your tongue, and say “AH! ” b. I took a stroll to the drugstore. c. He took a shot at the target. ― Konishi, T. et al.(eds.)(1980: 1579)(下線筆者) 上記(2)においては、主語の指示物である人物が動作主として被動作主のりんごを手に摑むのに 対して、上記(3a-c)では、いずれも主語の指示物が何らかの行為を行う事象が、take に行為[行動] 動詞が名詞化された語句が後続することで表現されている。このような場合には主語の指示物と目的
語の指示物は物理的に独立した 2 者ではないため、動作主と被動作主の関係にあるわけではない。こ のことは、上記(3a-c)は下記(4a-c)のように表現できることからも明らかである。 (4)a. Breathe deeply, stick out your tongue, and say “AH! ” b. I strolled to the drugstore. c. He shot at the target. 上記(4a-c)においては、take +動詞の名詞化語句と同じように、主語が動作主として、その意思 により「深呼吸すること」や「ぶらぶら歩くこと」や「射撃すること」などがなされることが表示さ れている。この限りにおいて、上記(1)の「O にくる名詞によって表される行為を主語が行なう」 という記載は適切である。動作主 + 動詞 + 被動作主が英語における中心的な構文であることから考 えると、上記(3a-c)のような take +動詞の名詞化語句構文は、この中心的な構文を動機づけとして、 上記(4a-c)から拡張した表現として捉えることができる。
1.先行研究
このセクションでは、認知言語学の立場から take+ 動詞の名詞化語句を分析した Norvig and Lakoff(1987)、瀬戸賢一他編 (2007)、田中茂範他編(2003)にそれぞれ検討を加える。1.1. Norvig and Lakoff(1987)
Norvig and Lakoff(1987)では、take +動詞の名詞化語句構文として 2 種の表現が取り上げられて おり、そのうち、take a glance は下記(1)の事例を用いて説明されている。 (1)John took a glance at Mary. 上記(1)は、下記(2)のような知覚に関するメタファー的な拡張とされている。 (2)THE METAPHOR THAT PERCEIVING IS RECEIVING ― Norvig and Lakoff(1987: 204) 次いで、下記(3)のような、take に動詞が名詞化した punch が後続する take a punch が取り上 げられ、これは下記(4)と結びつけられている。
(3)John took a punch at Harry.(Take-4) (4)John took the book to Mary.(Take-2)
― Norvig and Lakoff (1987: 196)(( )内表記筆者) 上記(3)と(4)の関係については、下記(5)で示されるようにメタファーによる上記(4)から
(3)への拡張とされる。 (5)The relation between take-2 and take-4 is metaphorical. In the metaphor, a quick, forceful action is understood as an object delivered by the agent to the patient. ― Norvig and Lakoff(1987: 201)(下線筆者) 1.2.瀬戸賢一他編 (2007) Norvig and Lakoff(1987)による分析については、瀬戸賢一他編(2007)による、下記(1)のよ うな批判がある。 (1)Norvig and Lakoff(1987)は、… Lexical Network Theory に基づいて、take の 7 つの主要 の意義の関係を分析している。中心的な意義を grab にあたる意味と設定し、そこからの意 味ネットワークを記述する。とくに take a sniff, take a glance, take a look などの take の意 義に関しては、中心的な意義からのメトニミー展開1が関係するが、意義展開の基本パタン についての見通しが必ずしも明確ではない。 ―『英語多義ネットワーク辞典』(s.v. take)(下線筆者) 上記(1)のような批判を行う同書においては、take の中心義については下記(2)のように説明 されている。 (2)「〈人が〉〈物などを〉手でつかみ取る」が中心義。自分の領域に入ってきた物を「受け取る」 ことを表す。積極的な努力を要しない。 ―『英語多義ネットワーク辞典』(s.v. take)(下線筆者) そして、動詞が名詞化した語句が take の目的語になる表現については、下記(3)のように記述さ れている。 (3)〈人が〉〈行動を〉自分のものとして取り込む(◆プロセスを表す名詞を目的語にとり、その 行為の実現を意味する)―take a nap [a rest, a bath, a walk]/ decide to take action / Take care of yourself. / I took a cold sip of beer. / He took a good look at the food. / They took notice of the rapid changes in their society. ―『英語多義ネットワーク辞典』(s.v. take v. 2-c) 上記(2)において「積極的な努力を要しない。」と記述されてはいるものの、上記(3)に挙げら れている英語表現は、主語が動作主であるものばかりであるため、積極的な努力を要するかどうかは あいまいである。さらに、上記(3)にある decide to take action については、下記 1.3.(3)にある We should take action[steps, measures] to eradicate drugs. で表示される意味内容も考え合わせる
と、積極的な努力を要する行為ではないのかと思われる。 1.3.田中茂範他編(2003) 田中茂範他編(2003)においては、take の中核的な意味は下記(1)として記載されている。 (1)自分のところに取り込む 何かを手にして自分の所に取り込む動作が関与し、「あるところから何かを取る」「何かを(手 に)取る」「何かを自分のところに取り込む」の 3 つの側面のどこを強調するかで、さまざ まな意味が展開する ―『Eゲイト英和辞典』(s.v. take) 上記(1)は「コア」と呼ばれ、「コア」は下記(2)のように定義されている。 (2)その単語の中核的な意味や機能を表したものです。 ―『Eゲイト英和辞典』(表紙見返し) このような理論的枠組みのもと、take に動詞が名詞化した語句が後続する表現は、下記(3)のよ うに記述されている。 (3)〔行為・動作〕((行為・動作を含意する名詞を伴って))(主体的に)…する(◇「取り込み」 のイメージから主体性が連想される…Let take a break. Shall we take a walk around the lake? We should take action[steps, measures]to eradicate drugs. The pilot took a reading of the cabin pressure. The Democrats took an early lead in the election. The batter took a look this time. The tourists took a picture of the ancient castle. ―『E ゲイト英和辞典』(s.v. take ― 動 ⑱)(下線筆者) 上記(3)における「主体的に」や「主体性が連想される」という記載にあるとおり、英語の例文は、 いずれも主語が動作主である。
2.take shape における主語の機能
『英語多義ネットワーク辞典』と『E ゲイト英和辞典』では、前者に「〈人が〉〈行動を〉自分のも のとして取り込む」(上記 1.2.(3))、後者に「(主体的に)…する」(上記 1.3.(3))という記述があ る通り、いずれも主語が動作主となっている表現のみが分析対象にされている。また、Norvig and Lakoff(1987)における、「知覚」や「素早い動作」に関する表現の分析においても、主語が動作主で あることが前提になっている。 しかしながら take shape については、主語は動作主ではなく被動作主と考えられる。まずは、 shape が動詞として用いられている、下記(1a-c)の事例を見る。(1)a. She ~ d clay into a vase. = She ~ d a vase from[out of]clay. b. How are your plans shaping up? c. Her idea is shaping(up)well. ―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. shape 動 他 1自 1)(下線筆者) 上記(1a)では shape が他動詞として用いられており、主語が動作主であるのに対して、上記(1b-c)では shape は自動詞として用いられており、主語は論理的には被動作主である。また、下記(2) において、her の指示物は考える主体であることから、take shape の主語の指示物は動作主ではなく、 被動作主であると考えられる。 (2)A thought was taking ~ in her mind. ―『ジーニアス英和大辞典』(s.v. take shape)(下線筆者) このようなことから、上記 1.2.(3)の「〈人が〉〈行動を〉自分のものとして取り込む」や上記 1.3.(3) に見られる「主体的に」や「主体性が連想される」ということは take shape に対しては適用できな くなる。 主語(= 動作主)+動詞+目的語(= 被動作主)構文は、英語の中心的な構文である。意思のある 主体(特に人間)が、或る対象物や相手に対し、何らかの働きかけをし、或る結果が生じるという事 は、我々が日常生活を営む上で基本的な事象である。Take についても、上記 1.2.(2)の「〈人が〉〈物 などを〉手でつかみ取るが中心義」、また、1.3.(1)の「何かを手にして自分の所に取り込む」といっ た記述から、中心的構文を取る動詞の 1 つであると言える。以上の事から、上記(1a)の構文から上 記(1b-c)の構文が生じ、上記(1b-c)から中心的な構文に合わせるようにして take shape が生じた と考えることができる。
3.容器としての名詞 shape
このセクションでは、into に後続する名詞句の指示物が、「物理的三次元空間」から「製作物」を 経て「外形(shape)」に至るプロセスを考察することで、 shape が take の目的語となる道筋をつける。 3.1. 「容器」から「製作物」へのメトニミー的拡張 言語表現は、具体的な事象の表現から抽象的な事象を表現する「拡張」のプロセスをたどるとする と、take+ 名詞(句)+into+ 名詞(句)における 2 つの名詞(句)がいずれも具体物を指す、下記(1) のような事例が基本的であると考えられる。 (1)I took the report into my office and put it on my desk. ― 『動詞を使いこなすための英和活用辞典』(s.v. take in(to))(下線筆者)動作主が材料を用いてある特定の形を持つ物体を作る事象は、「材料が三次元空間内部に移動する」 概念で表示されることがある。この概念では、下記(2)のようなメタファーが基盤となる。 (2)THE SUBSTANCE GOES INTO THE OBJECT. (物理物が対象物の内部に移動する。) ― Lakoff and Johnson(1980: 73)(和訳筆者) 上記(2)により、下記(3a-b)や(4)のような事例が生じる。 (3)a. I made a sheet of newspaper into an airplane. b. I made the clay you gave me into a statue. ― Lakoff and Johnson(1980: 73)(下線筆者) (4)She shaped clay into a statue. Into が物理的三次元空間概念表示語であるため、上記(3a-b)は、それぞれ「私は、一枚の新聞紙 の形状を変えて飛行機という物理的三次元空間の内部に入れた。」、「私は、あなたがくれた粘土の形 状を変えて像という物理的三次元空間の内部に入れた。」という概念を表示していることになる。そ して上記(4)は「彼女は、粘土の形状を変えて像という物理的三次元空間の内部に入れた。」という 概念を表示していると考えられる。 上記(3a-b)および(4)は into に後続する名詞(句)の指示物は三次元空間を有する物理的容器 ではなく、行為の結果として材料の形状が変化した製作物であるという意味で、メトニミーによる、 上記(1)のタイプからの拡張として分析できる。 3.2. 「製作物」から「形(shape)」へのメトニミー的拡張 下記(1a-b)において、名詞 shape は物理的三次元空間として捉えられている。 (1)a. The trees were lopped into (proper)shape. (木は刈り込まれていい形になった。) ―『新英和大辞典』(s.v. shape)(下線筆者) b. a monster in a human shape (人の形をした怪物) ―『ランダムハウス英和大辞典』(s.v. shape)(下線筆者) 上記(1a)は木が刈り込まれることによって一定の形状に変化する事象が「或る物理物が三次元空 間を有する容器の内部に移動する」こととして捉えられている。また上記(1b)には、「人の形をし た三次元空間を有する容器の内部に怪物が存在する」という概念がある。 下記(2a-b)は正常な形状が消失する事象が、或る物理物が外部からの作用により、shape という「三
次元空間を持つ容器の外部に存在する」概念で表示されている。 (2)a. The rails lay bent and twisted out of shape like spaghetti. (線路は飴のように曲がっていた。) ―『新和英大辞典』(s.v. あめ【飴】)(下線筆者) b. The doorways were warped [forced out of shape]by the earthquake. (地震で戸口がいびつになった。) ―『プログレッシブ和英中辞典』(s.v. いびつ【×歪】)(下線筆者) 下記(3)のように、抽象物が具体的になる事象は、その抽象物が「一定の形をした物理的三次元 空間(shape)の内部に移動する」こととして捉えられる。 (3) Put [get] one’s thought into shape (考えを具体化させる[まとめる].) ―『新英和大辞典』(s.v. shape)(下線筆者) 上記(1a-b)および(3)においては、in(to)に後続する shape が、上記 3.1.(3a-b)および(4) のような、「状態変化の結果として生じる製作物」から、メトニミーを介して、「その形(shape)」に 拡張されたと考えることができる。
4.take shape の生成プロセス
下記(1)のように shape の前に物理的三次元空間概念表示語 in(to)が現れない事例もある。 (1)水は方円の器に従う Water assumes [takes] the shape of its container. ― 『プログレッシブ和英中辞典』(s.v. ほうえん【方円】)(下線筆者) 上記(1)においては、下記(2) (2)主語(= 動作主)+ assume [take]+ 目的語(= 被動作主)+ into shape における主語が、動作主から被動作主に交替したと考えることができる。水を動作主ではなく被動作 主と見なす理由は、物理的三次元空間として一定の容積を持つ容器(container)の内部を、水がそ の容器の形に従って満たすのであり、水は容器の影響を受ける対象物であるためである。さらに、上記(2)の into shape のうち、into が削除されて shape が assume[take]の目的語と なることで上記(1)が生じたと考えられる。この場合も、英語の中心的構文である主語(= 動作主) + 動詞 + 目的語(= 被動作主)に合わせるように、上記(1)が生成されている。