技術の概念
並
川
宏
彦
Ⅰ.はじめに Ⅱ.技術の対象は生産技術か製品技術か Ⅲ.意識的適用説批判 Ⅳ.「技術の概念」を考える視点 Ⅴ.技術は人間が物をつくることによって生まれた概念 Ⅵ.技術の概念 Ⅶ.おわりに Ⅰ.はじめに 今日,「技術」という言葉は,極めて広い範囲に用いられており,各種産業においてはも ちろんのこと,芸術や医術,運動や外交など,様々なジャンルの色々なところで使われてい る。 この「技術」という言葉は,古くは中国や日本の古典に登場するが1),ヨーロッパに産業 革命が起こり,色々な文物,殊に工場制度がわが国に入ってくるまでは,技術という日本語 はあまり使われていなかった。使われるようになったのは,西周の『百学連環』2)(1870年) 以降であり,広く使われるようになったのは20世紀に入ってからである。 当初ギリシア語の系続を除いて,ヨーロッパ人は,art によって,今日われわれがいうと ころの技術と芸術のいずれをも言い表していた。しかし,機械がつくり出され,産業革命が 進むにつれて,工場における art は学問や芸術としての art と区別する必要に迫られ,前者 は “mechanical art” と呼ばれ,その定義が行われるようになった。 フランス啓蒙思想の集大成であるディドロ,ダランベール共編の「百科全書」(1751~72 年)の Art の項で,ディドロ(Denis Diderot)が「対象が実際に作製される場合,それを 作製するにあたって手引きとなる諸法則の,集合や技巧上の手筈は技術と呼ばれる」「一般 にすべての技術の目的は,あるいは同一の目標に協働するところの手だてや規則のすべての 体系の目的は,自然によって与えられた土台に,ある一定の形式を印刻することである」3) と規定したのが,技術の規定の先がけである。 1)飯田賢一著『技術』(一語の辞典),三省堂,1995年12月,11頁。 2)前掲 1)の6頁。 3)ディドロ,ダランベール編,桑原武夫訳編,『百科全書』岩波文庫,昭和46年6月,296頁と299頁。 キーワード:製品技術,生産技術,技術と技能,技術と自然科学それ以来,多くの人々が様々な定義を試みている。 わが国で,最初に「技術とは何か」を積極的に取り上げ研究したのは,1930年代に,生産 力の内容規定から議論に入り生産技術について議論した一部の経済学者たちと,技術の問題 を文明批評の立場から取り上げて論じた哲学者4),技術を広く「行為の形」5)とか「過程とし ての手段」6)とした哲学者,また,1940年代には,いわゆる「客観的法則性の意識的適用で ある」7)とする物理学者の規定が挙げられる。 多くは生産技術を対象としたいわゆる「技術の哲学」で,生産過程での「技術」を総括し 得るようなものとして求められ,提出されており,その当然の結果として,漠然とした抽象 的な解釈にとどまっていた。 しかし,これらの概念は,今日一般に技術者らに用いられている「技術の概念」にはそぐ わない。 それで,まず,生産技術を対象とした技術の概念を振り返って検討・批判し,すべての生 産物につくり込まれている「技術」について,概念を明確にする。 Ⅱ.技術の対象は生産技術か製品技術か 過去の議論においては,ほとんどの論者が,本源的には,技術は「生産技術」を意味する と述べられているが,「生産技術」をどのように考えているかは示されていない。 今日,「生産技術」という言葉は,製品をつくるために必要となる道具・機械の類など生 産設備とその工程などを整備・段取りし,生産システムを構築して生産に供すること,およ び生産活動を維持・改善するなど効率的・経済的な物づくりを推進するための生産に関係す る仕組みや技法に使われている。これは,物づくりにおける対象材料の変形,加工,組み立 てなどに関係する物的手段を中心に成り立つ物的技術と,それらの生産過程の作業能率や品 質の問題,コストや完成期日といった問題など,人による統制である管理手法からなるが, 管理手法は物づくりの物的技術から生じる一定の枠内で組まれるので,従属していると言っ てよい。また今日では,これらのことは情報技術の進展によって,直接,人が介在する領域 は狭まりつつある。 生産技術の物的技術のみを対象に技術を議論すると,物づくりに用いられる道具や機械の 類につくり込まれた技術に限定することになる。物づくりに用いられることによって役割を 発揮するが,技術は必ずしも物づくりに用いられる道具や機械の類のみにつくり込まれてい るものではない。人間が日常生活において使う製品,道具や機械の類にも技術はつくり込ま 4)戸坂潤著「技術の問題」,『思想』第131号,昭和8(1933)年4月,岩波書店,1~23頁。『戸坂潤 全集』第一巻,勁草書房,昭和41(1966)年5月,232~245頁に再録。 5)三木清著『技術哲学』,岩波書店,昭和17年9月,8頁。 6)三枝博音著『技術史』,東洋経済新報社,昭和15(1940)年10月,7頁。 7)武谷三男著「技術論」,「新生」1946年2月号所載。「弁証法の諸問題」,『武谷三男著作集』,勁草書 房,1968年6月,125~141頁に再録,139頁。
れている。生産技術に拘ると,これらが抜け落ちることになる。人間がつくり出したすべて の物,少なくとも工業製品には,技術はつくり込まれているのである。このときの技術は 「製品技術」である。人間がつくり出した物が人間によって使われてはじめてその技術が物 の機能や性能として現われるのである。その技術はつくり出された物の中に存在し客観的で ある。繰り返し述べるが,つくり出される物は物づくりに用いられる道具や機械の類に限ら ない。すなわち,先述の経済学者や哲学者が述べている物づくりの道具や機械の類の設備や 施設以外でも,すべての生産物に技術はつくり込まれているのである。 生産物は,生産のために使用される財ばかりでなく,人が日常生活において直接用いる製 品もある。たとえば,最近のテレビなど映像機器には高解像度の 4K や 8K の映像を導き出 す新技術がつくり込まれている。 さらに,技術は,体系といわれるような積分値ではなく,個別的なものである。また,日 本の製鉄技術とか日本の自動車技術と言う場合,高張力鋼を生み出した技術水準やハイブ リッド・エンジン車,燃料電池車,電気自動車,あるいは予防安全性能評価の高い車を生み 出した技術水準を言っているのであって,日本という領域でつくられている個別技術の積分 値としての技術水準を評価,表現したものである。技術が個別的なものでなければ,産業遺 産のような固有の残存物の技術を研究調査し評価することができない。今注目の自動運転車 の衝突回避のための技術にしても,カメラやレーダー,ソナーなどを探知器に用いて道路状 況を認知,処理する機能を持たせる取り組み,また,高精度地図,衛星からの測位信号を用 いる取り組みもあり,道路状況の認知,判断,制御に関する高度な技術が求められ,競われ ている。いずれにしても,自動車に組み込まれ,個別具体的な役割を果たすものを技術と 言っている。 技術を論じるのに,生産技術のみに拘ると,生産に関わる道具や機械の類を一連のシステ ムとして,それをもってどのようにつくるかの側面だけしか見ず,体系としての技術とか, 技術水準をもち出さざるを得ないことになる。これは技術とは異なる。したがって,経済学 者が生産過程での道具や機械のみを対象にして,生産技術の概念を根拠に説明しようとした が,生産技術だけでは拾い上げることができない技術もあり,技術の意味するところを言い 表せなかった。 生産技術を対象にしていたのでは,技術を技術水準と言い換えたり8),技術を労働手段の 体系だと言ったのでは片付かないと言ったり9),技術を物的生産力水準と言ったり10),「技術」 の概念が定まらず,解明がなされていない。 8)戸坂潤著「五 科学と社会」,『科学論』,三笠書房,1935年10月。『戸坂潤全集』第一巻,勁草書房, 昭和41(1966)年5月,190~206頁に再録,192頁。 9)戸坂潤著「技術的精神とは何か」,『科学主義工業』,1937年10月号。『戸坂潤全集』第一巻,勁草書 房,昭和41(1966)年5月,342-348頁に再録,348頁。 10)戸坂潤著「科学と技術の概念」,『東京帝国大学新聞』,1941年6月6日付。『戸坂潤全集』第一巻, 勁草書房,昭和41(1966)年5月,352~355頁に再録,354頁。
技術が技術水準という言葉に置き換えられても,技術と技術水準では,意味がかなり違う。 技術水準という言葉は,工場,製造者・企業,業界,地域,国などある領域やある時期にお ける,ある技術の積分値の高さを言っているのであろうし,かなり主観的な評価が入った言 葉となるであろう。技術そのものとは区別されるべきである。 Ⅲ.意識的適用説批判 「技術とは人間実践(生産的実践)における客観的法則性の意識的適用である」と規定す る説である。 人間の行動(活動)は,人間が客観的自然の中で生きているので,客観的世界に相対し, 自然法則によって規定されつつ,外界を変革する。したがって,物づくりにおける客観的法 則性の意識的適用は,計画・設計(一定の目的を実現するための創意工夫)であり,それの 製作,すなわち,生産における人間の行動,労働である。生産物につくり込まれたものをいっ ているではない。言い換えれば,技術の規定ではない。技術は,生産において生産物につく り込まれ,生産物が使われるときに機能や性能として現れるものである。 以上,技術の概念の主流をなすといわれている諸説を振り返ったが,これらの概念では, 人間がつくるあらゆる物につくり込まれた技術の意味内容を規定することにはなり得ない。 Ⅳ.「技術の概念」を考える視点 上記の諸説の批判的検討の結果,および少なくとも,常識的,習慣的に使われている言葉 の中で,その意味するところから考えて,「技術の概念」を考える上での視点は次のことに 注目しなければならない。 ⑴ 技術の概念は,人間の物づくりの全歴史において社会のニーズに合わせて創造され, 生産物につくり込まれた技術が一貫して扱え,技術の発展,技術の評価が正しく行えるもの でなければならない。 ⑵ 先に述べたように,物づくりにおいてつくり出されるすべての生産物(製品)に技術 がつくり込まれる。物づくりに使われる道具や機械の類は,すでに(過去に)つくられた生 産物であり,その生産物につくり込まれた技術を使い,それによって生産されるすべての物 (製品)へは,その物の一定の目的(機能や性能)を実現するための技術がつくり込まれる。 したがって,技術を考える場合,「生産技術」における物的技術だけではなく,すべての生 産物(製品)につくり込まれる「製品技術」について満たされる「技術の概念」でなければ ならない。 ⑶ 人間の外に客観化された技術と,人間の活動(労働)の中にある技能,技量,技,腕, 腕前などに類する意味を区別しなければ,明確な規定はむずかしい。 ⑷ さらに,工学や農学など,自然科学の分野である技術学に類することと技術の混同を 避けねばならない。
古代においては,物づくりは農業や牧畜の従事者もあるが,主として奴隷,そして科学研 究は一部の知識人,中世においては,職人と神学者というように,物づくりと科学研究は, 全く別の世界において別の担い手によって行われてきた。産業革命後,道具から機械への発 展の中で,生産技術の飛躍的な進歩によって生産力が増大しはじめ,科学が急速に発展を遂 げ,新しい科学分野として産業分野に対応する技術学(工学,農学など)が分化してくる。 技術の進歩が科学研究に必要な諸条件や課題を提供し,科学研究の成果が技術問題に適用さ れるという関係が成立し,ほぼこの時期に近代科学の最初の枠組みが形成された。工業技 術に関わる科学が芽生え,工学が形成されたのであって,物づくりに伴う技術と科学研究は 接近した。すでに石谷清幹によって示されているように,「工学は工業技術に関する自然科 学」11)であり,技術ではない。 また,技術を自然科学と結びつけてのみ論じようとする見解は,技術を産業革命以降の自 然科学との接近の中でしか捉えていない見解であり,技術が人間の物づくりのはじまりから あることを見落としていることになる。有史前における石器や弓矢,車輪などに示された偉 大な技術が抜け落ちることになる。 これらの明確な認識の上に立って,技術の発展のために最も適切に役に立つような概念が 規定されなければならない。技術の形式的一面的な定義は何の役にも立たないのであって, 人間生活のあらゆる領域に係わりのある「技術の問題」の全体的,統一的な把握を通して, 現代の技術の問題に正しい解釈と方策を示すためのものでなければならない。 Ⅴ.技術は人間が物をつくることによって生まれた概念 技術は,人間の生活あっての技術であり,人間の存在が技術を考えていく基礎である。こ のことから,先ず人類と物づくりの関係を考え,人間の起源と物づくりのはじまりを考えて みることにする。 現在,人類学者は,遺伝子や化石などの証拠から,人類が地球に出現したのは約700万年 前のサヘラントロプス・チャデンシス,脳容積 360~370 cm3にはじまると考えている12)13)14)。 直立二足歩行が人類を定義付ける特徴と言っている。 300万年前から200万年前頃には,アフリカに幾つかのヒト科の種が住んでいた。その一つ がアウストラロピテクス・ロブトゥスと呼ばれ,脳容積が 550 cm3,もう一種はアウストラ ロピテクス・アフリカヌスと呼ばれ,脳容積は 480 cm3ほどのものがいた15)。同じ頃,アフ 11)石谷清幹著『工学概論』,コロナ社,昭和54年,28頁。 12)リチャード・リーキー著,馬場悠男訳『ヒトはいつから人間になったか』,草思杜,1996年,14頁。 13)三井誠著『人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」―』,講談杜現代新書,2005年,22 頁。 14)河合信和著『ヒトの進化 七〇〇万年史』,ちくま書房,2010年12月,13頁。(朝日新聞2016年2月 11日「エチオピア中部で類人猿『チョローラピテクス』の歯の化石発見。」「通説より100万年以上古 い約800万年前の可能性がある」という記事がある。) 15)ロジャー・レヴィン著,三浦賢一訳『ヒトの進化―新しい考え』,岩波書店,1988年,58頁。
リカに出現したヒト科の第3の種,ホモ・ハビリスは,ヒト科の系統における脳の著しい拡 大の出発点となった。オルドヴァイ峡谷の約200万年前の堆積物から見つかった標本の脳容 積は 650 cm3以上 800 cm3近くあった16)。今までに発見された最古の石器群は260~250万年 前のもので,剥片の他に,大きい礫器や小さな鋭い剥片などの原始的な石器が,見つかって いるようである17)。脳の拡大と石器の発明は,人間としての生活を切り開いていく。 さらに,脳の一層の拡大は200万年前頃に登場したヒト科の新しい種ホモ・エレクトゥス の誕生で起こった12)。初期は 800~900 cm3,後期になると 1100 cm3程の脳容積を持ってい た18)。遺物はずっと複雑になり生活の根拠地の存在を示す証拠が見つかっている。肉食が重 要な部分を占めるようになった19)20)。ホモ・エレクトゥスはアフリカから外へ出た最初のヒ ト科動物であり21)22)23)24),ヨーロッパ,アジアヘと広がった。最初の火の使用,最初の計画 的な石器の製作,計画を持ち共同で行われた狩猟の最初の証拠などがある25)26)27)。素晴らし い工作品の一つが握り斧である。アシュール式握り斧と呼ばれている25)。 今,石器とともに発掘された化石は,約250万年前に現れたホモ・ハビリスとされており28), 2015年3月6日付の朝日新聞には,約280万年前のエチオピアの地層からホモ属の最古のも のと思われる化石が発見されたと報じている。したがって,約700万年前から280万年前の間 には,直立二足歩行をしていたとしても,すなわち,手が歩行に使われず,自由になってい たとしても,道具をつくらない,すなわち,つくった道具を持たない人類が存在していたこ とになる。その間,つくる過程を持たずに天然のものを使い,自然にそうなっていく適応の 過程を長い間経験していたわけで,あくまで意識し,計画して物づくりをするという人間の 存在はなかったということである。手が自由になっていたとしても,認知能力を高め,手や 指の技量を備えるのに途方もない長い期間を経たことになる。 ごく簡単な道具を使う動物はいる。その多くは天然の物を使うか,ごく簡単に変化させた だけの天然の物の使用である。この点,人間は,ある石を道具に使って,他の石を加工して つくられた道具を持っていた。人間が道具をつくるときには,自然の物であってもいろいろ と手を加え,完成品はしばしば,元の材料とはまるで違った物になる。こうした創作的な道 具をつくる動物は人間の他にはいない。 人間の歴史は道具の歴史,つくられた物の中につくり込まれた技術の歴史でもある。この ように物の製作とともに生成された人間は,人間であると同時に動物である。同じ動物であ りながら他の動物から分化し,人間は全く他の動物と質的に異なった動物として生成されて きた。すなわち,新しい質として生成されたのである。この人間の新しい質とは,人間は道 16)前掲15)の61頁。 17)前掲14)の48頁と155頁。1992~94年にかけての調査で,97年発表。前掲12)の73頁では250万年前 となっている。 18)前掲15)の69頁。 19)前掲12)の73頁。 20)前掲15)の65頁。 21)前掲12)の15頁。 22)前掲13)の92頁。 23)前掲14)の143頁。 24)前掲15)の72頁。 25)前掲12)の76頁。 26)前掲13)の100頁。 27)前掲14)の80頁。 28)前掲14)の81頁。
具を使うだけではなく,人間が使う道具をつくる。物をつくるための道具をつくり,道具を 使って生活に必要な物をつくることである。 物づくりは,自然に対する人間の能動性を生み出し,人間の自然への働きかけや人間の人 間への働きかけ,すなわち,物的生産過程やそれに基づく社会関係の基礎となる。人間の物 づくりは,あらゆる時代を通じて基本的なことである。 人間の活動は,人間の身体器官の延長としての道具を使って,物の製作のはじめに,あら かじめ何をどうつくるかを意識的に計画し,設計するのであり,目的意識的行動である。こ の点が本能的に動く他の動物とは質的に異なる。人間は道具をつくり,これをもって自然に 働きかけ,意識的目的にしたがって自然を改造・利用し,能動的に自らの合目的性を実現す る。このような道具をもって合目的性を実現する活動が,人間を動物から区別する独特の活 動,すなわち労働である。 道具を創造し利用する人間は,自然の対象に直接働きかけるのではなく,それ自体一つの 客観的存在である道具を媒介として,身体器官のもつ活動力の限界を超えて拡大し多様に働 きかけることができるのである。すなわち,身体器官には,押し引く力の強さや走る速さ, あるいは見える範囲など,自然的・肉体的な限界が制約としてあるが,道具をつくることに よってその制約を脱することができるようになった。また,天然にある石ころや棒切れだけ を使っている限り,それを使った生活活動には限界があるが,人間が道具をつくり出し,そ の道具を使って自分の力を合理的に使うようになると,創意工夫により,より良い物をより たくさんつくる余地があり,次々と道具の拡大再生産が可能になったのである。 道具をつくり,使うのは,天然の物をその在るところから取り出して使うのとは違って, これを次の生活行為に使うためにするという計画的目的意識性を,外に対して客観化してお り,この時人間はこれまでの長い人類の自然史から己を特殊化し,ここからが人間の歴史の 世界となる。それは,道具の製作,したがって,加工的生産を基礎として切り開かれた。 われわれの祖先が鋭利な剥片をつくる秘訣を手に入れたとき以降,動物の皮を切り開いて 肉を取り出すのに便利な道具となり,以前には手に入れることが難しかった食物を手に入れ ることができるようになった。食物の変化は,身体機能の向上をもたらした。 人間は,道具をつくり,道具を使う動物であるが,このことが生活の技術性に関係してい る。すなわち,人間がつくった道具を人間が使うことが人間独自の生活行為を形づくるので あって,技術の本質的規定がここに含まれているのである。言い換えれば,物づくりをする 人間的側面が重要であり,つくった物の中にこそ技術があるのである。技術は,人間独自の 生活活動の中にあり,人間が物をつくることによって生まれた概念である。 Ⅵ.技術の概念 物づくり,すなわち石器の製作は300万~200万年前のホモ属の誕生とともにはじまり,今 日に到る人間の歴史の中で,圧倒的に長い期間を占める石器時代の間,人間は手頃な石を打
ち欠くことによって,鋭いエッジを得,様々な生活上の利便を得てきた。その後,物づくり の道具や機械の急速な発達があった。 物づくりの道具の発達とは,人間が扱う単一道具,人間が扱う用途に応じて分化した多様 な単一道具の蓄積,人力や畜力・風水力運転の複合道具の開発,用途に応じて分化した多様 な複合道具の蓄積である。 物づくりの機械の発達とは,機能が分化していない万能機械,機能の分化・単能化した単 能機械,単一の原動機で運転される単純機械体系または連鎖機械体系,機械ごとに原動機を もつ機械(体系),稼動部ごとに原動機をもつ機械(体系),原動機が自動制御された機械 (体系),自動制御複合機械体系[トランスファーマシン],情報通信自動制御機械体系で, 現在は AI や IoT などを取り込んだ情報通信自動制御機械体系に入りつつある。 単一道具が仕事を成しうる能力にはおのずから限界があり,この限度を超えて能力を必要 とするとき,たとえば,力や速さを必要とするときには,構造を変えなければならない。柄 をつけるとか転がす構造とか,飛ばす構造などの工夫が必要となり,穴あけ法も工夫され石 斧に柄がつけられ,車輪がつくられ,弓矢がつくられ,複合道具が出現する。狩猟・採取の 生活から動物の飼いならし(牧畜)と植物の栽培(農耕)がはじまる頃になると,それに合 わせた道具が必要になり,鋤や鎌,あるいはカラサオ,挽き臼などがつくり出され,土の中 から見出された粘土を焼いて,土器がつくられるようになる。 このようにして道具や機械の類の生産において,社会的な必要こそが重要な要因となり, 最も決定的な役割を果たして必要な物が工夫され,つくり出される。物づくりにおける創意 工夫は,そのときの社会の必要に適合しなければ,早すぎても遅きに失しても社会に受け入 れられにくい。 道具や機械の類の初期の段階の発展は,主として,材料や構造・機構を変えることによっ てなされてきたが,18世紀の段階で電気を起し蓄える方法が見出されてから,19世紀には電 気の本質を探り実用化に向けての研究が展開され,電磁気理論の進展と平行して電池や電動 機・発電機,電信,電話,電灯,発電所などの技術的成果が現われた。そして,1855年に, H. ガイスラー(独)の水銀ポンプの発明により真空管がつくられるようになり,1897年の 電子の発見につながり,エレクトロニクス技術が生まれる。真空管は電気的音声信号を増幅 でき,高周波信号(電波)を発生し,整流・検波ができる。この機能が1920年代30年代にラ ジオ放送に,また40年代にはテレビの発展に寄与した。真空管は電子回路を形成する部品と して使われた。これが1948年のトランジスターの発明以降,集積回路(IC)⇒大規模集積回 路(LSI)⇒超大規模集積回路(超 LSI)へと半導体集積素子の微細化が進み,装置の小型化に 寄与し,情報機械や家電製品から産業用機器まで生産分野と生活用具など,あらゆるものに つくり込まれるようになっている。 コンピュータは1946年の ENIAC に続いて,1949年にはプログラム内蔵方式が生まれ,今 日のコンピュータの原型となっている。一般に,入出力装置,演算装置,記憶装置,制御装
置からなる。コンピュータは,電子回路を用いて,高速度で計算やデータ処理,また情報の 記憶保存・検索などができる装置である。 このことにより,機械の材料や構造・機構の変化だけでなく,コンピュータのプログラム の変更により機械の機能を発展させ,性能を高めることができるようになった。 仕事の内容が違っても,ハードウエアを変えることなくプログラムだけを変えれば作業が 進むというきわめて好都合なものが生まれた。すなわち,ソフトウエアが生産物につくり込 まれるようになった。このように見てくると,あらゆる生産物につくり込まれた技術につい ては,次のように言い表すことができる。 「技術は,人間が社会的必要に応じて一定の目的を実現するために創意工夫し,物づくり の手段を用いてハードウエアやソフトウエアとして生産物につくり込んだものである。」 生産物につくり込まれた技術は,その生産物が人間によって使われるときに,その物の機 能や性能として現れる。 ここで,機能とは,物が本来備えている固有の働き,または役割。性能とは,物の性質と 能力,また仕事を成しうる能力。また,ハードウエアとは,コンピュータの機器本体を含む 道具・機械の類。ソフトウエアは,コンピュータによって情報処理を行う上で必要なプログ ラムなど知的生産物の総称をいう。 社会的必要は顕在化しているもの,あるいは潜在状態にあるものもあるだろう。また,同 じ社会的必要に対しても,製作に関わる人は既存の物の改良によって達成しようとする場合, あるいは,全く新しい構想から世の中になかったもので達成しようとする場合もあるだろう。 だが,社会的必要性がどれだけあっても,技術の持つ固有の発達法則を離れては実現できな い29)。 「一定の目的を実現するために創意工夫し」の中には,物づくりにおける人間の知的活動 のすべてを取り入れて表現している。構想・設計,工程表,機械配置を考える,検査工程を 準備する,コストを計算するなどは,物づくりに伴う知的活動であり,人間の労働に属する ことであり,すなわち,技術を形成する過程の活動である。知能,技能は人間の活動ととも にあるが,技術は物の中につくり込まれた客観的なものである。石器づくりには,図面も工 程表もなかったが,頭の中には,この石ならここをこう叩けば,このように割れるとか,経 験の積み重ねをもとに知的工夫,一定の目的を実現するための創意工夫があったと思われる。 「物づくりの手段を用いてハードウエアやソフトウエアとして生産物につくり込んだもの である」の中に,道具や機械,今ではコンピュータも用いて知的活動の成果を生産物の中に つくり込む意味を含んでいる。 上記のように技術を定義すると,技術は物づくりの手段(道具や機械の類)に限らず,広 29)前掲11),175頁。および,日本機械学会編『技術のこころ一』丸善,昭和59(1984)年,255頁。 石谷清幹「技術の内的発達法則と技術史観」には「技術は自律系ではあるが自立系ではないこと」(279 頁)と表現されている。
く生産物(製品)につくり込まれたもので,すでにつくられた生産物や生産物につくり込ま れた技術は,人間の過去の労働における一定の目的の具体化であり成果であり,物として形 成された客観的存在である。 道具や機械の類は,人間の身体器官の延長である。たとえば,眼鏡,虫眼鏡,顕微鏡,望 遠鏡は目の見える限界を広げ,目の作用の延長・拡大をもたらすのである。 労働は人間の身体器官と道具との分離・分化を前提として行われ,人間の活動力は労働力 として現われることになる。 生産物のうちの物づくりの道具や機械の類は,生産において,人間と対象物(自然財や原 料)との間におかれて,その対象物への人間の生産活動を媒介するものとして役立つ客体で あるということによって,重要な意義を持つ。 技術と労働力の関係は,人間あっての技術であり,労働力が出発点となる基本的要素であ るが,技術の積極的役割も重要である。技術は,人間が自己の生活(活動)のために創造し たものであるから,人間の生活の物質的基礎となるのである。 技術は,使われなければ発達できない。使われる中で一層の工夫がなされ発達する。それ は既存の技術の改良である場合もあり,また飛躍的発展を示す場合もある。産業遺産の評価 には,ここらの見極めも必要である。 一定の技術は常にそれを使いこなす,対応した人間の技能,知能を生み出すことになる。 そして,すぐれた技術が高い技能で使われるとき,すぐれた付加価値を生む力,技術力とな る。 このように,技術と技能は密接不離の関係にあるが,技術は生産物につくり込まれた客観 的なものであり,技能は人間の活動(労働)に属するものである。そのため,技術と技能は 「技術」および「技能」として区別されるべきものである。 人類の人間への進化において決定的な役割を果たしたものは物づくりであり,物づくりを 行なった労働であった。物づくりの道具や機械の類につくり込まれた技術の蓄積が,物づく りの手段(道具や機械の類)の進歩発展,種類の多様化,精密化となり,さらに機能の発展, 性能の高度化となり,より少ない労働量によって,より生産性を上げることとなって現れる。 それは,人間の労働力の一定の水準の高まりを現すことになる。すなわち,人間の活動は, 過去から伝えられた一定の技能水準を己の活動の中にもつことになる。また,新しい技能も 訓練や教育によって身につけることになる。 物づくりの手段によってつくられたあらゆる生産物につくり込まれた技術の進歩発展は, 新しい機能の追加や性能の向上・高度化となり,あるいはより使い勝手がよく,便利さをも たらすことになり,人間の社会生活を豊かにする。 技術は,つくり込まれた生産物の使用において,それが果たす役割,必要な条件下での機 能と性能が人間の生活に如何に役立つかによって評価される。
Ⅶ.おわりに 技術について,過去の諸説を検討・批判し,「技術」の意味を考えた。その結果,技術を 生産技術のみに拘っていてはすべての技術の概括的意味を規定することはできず,これらの 概念は使えない概念であり,以下のような「技術の概念」でなければならならないと考える。 「技術は,人間が社会的必要に応じて一定の目的を実現するために創意工夫し,物づくり の手段を用いてハードウエアやソフトウエアとして生産物につくり込んだものである。」 生産物につくり込まれた技術は,その生産物が人間によって使われるときに,その物の機 能や性能として現れる。 コンピュータの開発以前においては,技術はハードウエアとして生産物につくり込まれる 時代であったが,今日では,ハードウエアとともにソフトウエアが生産物につくり込まれる 時代になっており,技術において,人工知能や物のインターネット,あるいは大規模データ 処理など,ソフトウエアの役割が大きくなってきている。ソフトウエアのことが分かってい て,ハードウエアの計画・設計ができる必要が生まれてきている。 (日本機械学会関西支部第95期定時総会講演会2020年3月【基調講演(2)】) (2020年11月9日受理)
The concept of the technology
NAMIKAWA Hirohiko
In the argument about the concept of the technology, many people were arguing it about the production technology. The production technology consists of the technologies that material means used in the process of production has. However, the tool and machinery that use in everyday life have each technology. Therefore, we must argue about the product technology consisting of the technologies that all tools and machines have. I give the concept of the tech-nology about the product techtech-nology.