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小学生の学習に関する自己効力感と動的学校画における描画特徴との関連

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*  兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科学生(Doctoral program student of the Joint Graduate School in Science of School Education,Hyogo University of Teacher Education)

** 鳴門教育大学(Naruto University of Education)

兵庫教育大学 教育実践学論集 第22号 2021年 3 月 pp.51−57 問 題  文部科学省(2016)(1)の「不登校児童生徒への支援に 関する最終報告」では,児童生徒の不登校のきっかけと して,学校に係る状況の中で,学業の不振が小学校では 7.1%,中学校では9.3%といじめを除く友人関係をめぐる 問題に次ぐ要因として挙げられている。小学生の学習に 関する問題については学習理解だけではなく,学校適応 感や自尊感情といった子どもの心理的な側面に影響を与 えることが明らかにされており(渡邉・前川,2011; 富 岡,2013)(2)(3),低学年での学習のつまずきは学習意欲の 低下や自信の低下など二次的な問題につながる可能性が 指摘されている(田中・福元・岡田・小倉・畠垣・野邑, 2011) (4)。またNewman(2000) (5)は,学習が得意な子ど もほど積極的に質問する学習者になっていく一方で,学 習に困難を抱える子どもほどわからないことがあっても 支援を求めることに消極的になること,支援を求めるこ とについての恥ずかしさは低学年児童を含めてすべての 学年で認識されており,学年が上がるにつれて実際の支 援希求行動の阻害要因として作用することを明らかにし ている。そのため,子どもの学習面について把握するこ とは二次的な問題を防ぐ上でも非常に重要であると考え られる。  渡邉・前川(2011)(2)は子どもたちの学習に関する研究 において,学業適応は学業に対する自主性や学習意欲と いう指標でとらえられており,教師が子どもに求める適 応した姿が中心となった教師視点のものであり,学びの 当事者である子どもが学習をどのようにとらえているか という視点を持つことが重要であると述べている。   そこで本研究では,子どもが学習をどのようにとら えているかという視点から,学習に関する自己効力感 (Academic Self-Efficacy)に着目して検討を行う。この学 習に関する自己効力感とは,授業や宿題など日常的な学 習に対する「できる」という主観的な認知のことをさす (Sharma & Nasa,2014)(6)。先行研究では,この学習に関

する自己効力感が学校適応感や授業に対する不安感に影 響を与えることが明らかにされている(Pajares & Urdan, 1996; Tyler, Anna & Crayton,2015)(7)(8)

 ところで,学校において子どもがどのような心理状態 であるかを理解する手立てとして,唯一学校をテーマと した描画法である動的学校画(Kinetic School Drawing: 以下,KSD と記載)に期待が寄せられている(名島・津 田・船木・原山・津藤,2005)(9)。KSD は Prout & Phillips

小学生の学習に関する自己効力感と

動的学校画における描画特徴との関連

山 西 健 斗*,小 倉 正 義**

(令和2年7月2日受付,令和2年12月23日受理)

Association Between Kinetic School Drawings (KSD) and Academic

Self-Efficacy Among Elementary School Students.

YAMANISHI Kento*

,OGURA Masayoshi**

The purpose of this study was to examine the association between academic self-efficacy and the Kinetic School Drawing (KSD) technique by grade. Elementary school students (N = 166) completed questionnaires intended to assess their academic self-efficacy. The KSD technique was used during activities throughout the school. The results suggested the following: 1) When drawing one s face in a simplitied manner and one s teacher, students in lower grades with low academic self-efficacy might have low feelings of intimacy towards teachers in the classroom due to difficulties with routine learning, and 2) students in higher grades with low academic self-efficacy might have low confidence and school adaptation owing to learning difficulties, with the possibility that a secondary problem has occurred. The results suggested that using both questionnaires and KSD made it easier to grasp the psychological characteristics of students with low academic self-efficacy.

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(1974) (10)によって動的家族画(Kinetic Family Drawings) との相互補完を目的に開発された描画法の一つであり, 描画者の学校での対人関係や学校生活への態度,自己認 識を推測することを目的としている。  KSDの数量的な検討については近年多くなされはじ め,信頼性及び妥当性の検証もされつつある。例えば田 中(2007)(11)は,小学校3年生から中学校3年生までを対 象にKSDを実施し,KSDの描画の発達的特徴について検 討している。その結果,小学校3年生及び4年生が身体的 特徴を豊かに描画し,活動的で笑顔の自己像を多く描く 傾向にあることや,小学校5年生及び6年生では授業場面 など受動的なコミュニケーションをする自己像を多く描 き,静的な描画が多くなることを明らかにしている。田 中(2009)(12) 及び田中(2011)(13)は,KSDの描画特徴と 学校適応感及び学級の荒れとの関連を調査する中で,教 師や友人への親密性が高い児童は人物像の表情を笑顔で 描き,自己像・友人像・教師像ともに横向きあるいは正 面向きで描く傾向があることを明らかにし,また教室で 安心感を得ている児童は友人像を多く描き,描画のその 後の物語がポジティブな内容であることを示している。 さらに荒れ傾向・行動化傾向が高いクラスでは,人物像 の脚の省略が多く,自己像の腕が長い描画,教室外及び 校舎外の場面の描画が多く出現したと報告している。ま た大門・宮下(2016)(14)は,小学校1年生から6年生まで にKSDを実施し,各学年の描画特徴を検討し,KSDの発 達的変化について検討している。その結果,低学年にお いては校舎外で友人と遊ぶ様子を描いた活動的な描画が 多い一方で,中学年になると学習場面の描画が増えるよ うになり,高学年では静的な描画が多くなることを示し, 学年段階に応じてKSDに描かれる描画特徴が異なること を明らかにしている。  学習面とKSDの描画特徴についての関連についても,研 究の数は少ないが検討されており,Prout & Celmer(1984)(15)

は,KSDの描画特徴と学業成績との関連を検討し,自己 像の身体パーツの省略,小さい自己像及び教師像及び学 習以外の行動は低い自己概念,学校や学業での自己同一 性の欠如として解釈されるとしている。  これらの研究から,KSDの描画特徴と子どもたちのさ まざまな心理的側面と関連しており,描画特徴に心理的 側面は投映されていると考えられる。  Newman(2000)(5)が指摘するように,学習に困難を抱 える子どもほどわからないことがあっても支援を求める ことに消極的になり,支援を求めることについての恥ず かしさが学年の上昇に伴い実際の支援希求行動の阻害要 因として作用するとすれば,学習に関する自己効力感が 低い子どもも同様に,自身から支援を求めることが難しく, 困難さについて話したがらないだろうと推察される。  そのため,言語化が難しい児童生徒が取り組みやすく, 無意識的な水準のアセスメントを実施できるとともに学 校においては, 子どもたちが自分たちの体験を絵に描く機 会が多くあることからも描画法が有用だと考えられる。 橋本(2009)(16)はKSDの利点として,学校について話し たがらない子どもの言語的なコミュニケーションを補い, 学校イメージに関するさまざまな情報が得られると述べ ている。  以上をふまえて,本研究では学習に関する自己効力感 の高低とKSDの描画特徴との関連を明らかにするととも に,学習に関する自己効力感の低い児童の描画特徴から わかる心理的特性について検討することを目的とする。 学習に関する自己効力感の低い児童の描画特徴が明らか になることによって,視覚的な側面から教員を含む援助 者側の児童への共通認識が得やすくなるとともに, 描画特 徴の経時的な変化を通した児童の心理状態の変化を比較 検討する際の一助になると考えられる。また田中(2007)(11) や大門・宮下(2016)(14)が報告しているように,学年段 階によっても描画特徴が異なると考えられるため,学年 段階別の検討も行う。 方 法 1. 調査対象者  A県内の公立小学校2校の1年生から6年生166名(1年 生26名【男児7名,女児19名】,2年生28名【男児17名, 女児11名】,3年生27名【男児12名,女児15名】,4年生 35名【男 児17名,女 児18名】,5年 生25名【男 児14名, 女児11名】,6年生25名【男児12名,女児13名】)を対象 に調査を実施した。調査対象となった地域は,人口1万人 程度の地域であり,一校あたりの子どもの数も少なく, 特徴として学校と地域の結びつき及び子ども間の結びつ きが強い点が挙げられる。 2. 調査手続き  2016年の10月から11月にかけて,子どもに対して,授 業時間内に学習に関する自己効力感の質問紙調査とKSD を集団式で実施した。最初に学年,クラス,性別を尋ね るフェイスシートを記入してもらい,学習に関する自己 効力感の質問紙に回答してもらった。回答後,調査者が KSDの教示を各クラスで提示し,KSDを集団式で実施し た。なお小学2年生以下の子どもに対しては調査者が質問 紙の質問項目を読み上げて子どもが選択肢から選ぶとい う方法をとった。研究上の倫理的配慮として,研究協力 の依頼に際し,各小学校及び保護者に文書にて研究の同 意を得た。第一著者が研究の趣旨について文書及び口頭 で子どもたちに説明したうえで,回答内容によって個人 を特定したりすることはなく,データは統計的に集計及 び分析することや,研究結果公表の可能性を伝え,同意 した場合にのみ回答するように求めた。また収集された

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データはR(ver 3.5.2)を用いて分析された。 3.調査内容  学習に関する自己効力感 森・福元・岡田・小倉・畠垣・ 野邑(2014) (17)の学習に関する自己効力感・学習観尺度 のうち,学習観尺度の2項目を除外した11項目を用い, 「1.そう思わない」∼「4. そう思う」までの4段階評定で 回答を求めた。本尺度は一因子構造が確認されており, 本研究においても一因子として分析に利用した。また渡 邉・前川(2011) (1)は,児童が学習に対する満足感や困難 感を教科の枠組みに関係なくとらえている可能性を示唆 している。そのため算数や国語といった教科を限定して いる項目3から項目6以外の項目では,教科の枠組みを設 定せずに分析を実施した。質問項目をTable 1に示した。 動的学校画(KSD) KSDは集団実施が可能であることか ら(Prout & Phillips,1974) (9),集団法で実施した。ただ

個別法とは異なり,どのような場面を描いたかといった 描画後の質問(Post Drawing Interview: 以下PDIと記載) を実施できないため,PDIについては記述式で回答しても らうこととした。調査者が動的学校画の教示を各クラス で提示し,児童に1人ずつA4判画用紙を配布したあと, 田中(2009) (12)の教示を参考にし「あなたが学校でクラ スのみんなと何かしているところをかいてください。か くときには,あなたとあなたの先生,そしておともだち(2 人以上)をかいてください。かくときには人のからだ全 体をかくようにしてください。」と指示した。描画が終了 した時点で,同一時間内に「この絵は学校で何をしてい るところの絵ですか?」「絵の中でこのあと何が起こります か」という自由記述式の2項目を画用紙の裏に書いてもら うように指示,施行した。また小学2年生以下の児童に対 しては,調査者が自由記述式の2項目を児童それぞれに直 接尋ね,調査者が記入する方法をとった。スコアリング 基準は,田中(2009) (12)のスコアリング基準を参考にして,

Prout & Celmer(1984) (15)の結果に基づき「子どもの学習

面や自己評価」が反映されやすいと考えられる描画特徴 に着目し,描画指標を選定した。それぞれのスコアリン グ基準をTable 2に示した。⑧人物像の大きさ(全身があ る場合には,頭頂から足先までの高さ。もし身体の一部 が隠れている,省略がある場合には,描かれている範囲 の高さを測定。全てmm単位),⑨自己像―先生像の距離 (自己像の頭頂から自己像から最も近い位置に描かれてい る教師像の頭頂を結ぶ直線距離を測定。全てmm単位)に ついては筆者単独で定規を用いて測定し4段階に分類し た。①から⑦の項目については,PDIの回答をもとに特定 の描画特徴として判断できるものについては筆者単独で 評定を行い,筆者単独で評定を行うことが難しい顔の表 情,描画場面,描画状況のスコアリング基準においては, 研究協力者(教育領域をフィールドとしている臨床心理 士1名,臨床心理学を専攻している大学院生1名)ととも に複数評定を行い,それぞれの研究協力者との一致率を 算出した(顔の表情: 85%,描画場面: 89%,描画状況: 87%)。 結果と考察  欠損値のあったデータ及び描画のされていないデータ を含む合計25名分のデータを除外した141名分のデータ (回収率85%)を学年段階(低学年【1年生・2年生】・中 学年【3年生・4年生】・高学年【5年生・6年生】)の3群 に分類した。そのうえで学習に関する自己効力感尺度の 6学年全体の平均値(M = 35.79)を用いて2群 (以下,自 己効力感低群をASE低群,自己効力感高群をASE高群と 記載)に分け,低学年・ASE低群( n = 15; M = 31.93), 低学年・ASE高群( n = 34; M = 39.82 ),中学年・ASE低 群( n = 24; M = 30.75 ),中学年・ASE高群( n = 23; M =38.91 ),高学年・ASE低群( n = 24; M = 31.83),高学年・ Q1 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 Q10 Q11 計算問題はとける自信がある。 質問項目 授業中に習うことはわかる。 授業中に先生に教えてもらうだけでわかる。 宿題はスムーズにできる。 宿題は人に聞かなくてもできる。 漢字の問題はとける自信がある。 算数の文章問題はとける自信がある。 国語の文章を読んで答える問題はとける自信がある。 勉強にすぐとりかかることができる。 問題がすぐにできなくてもできるまでやってみようとする。 テストができなかったとしても,もっとがんばろうと思う。 Table1 学習に関する自己効力感尺度 ( 森他を一部改変,2014)

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低学年・ASE低群 低学年・ASE高群 中学年・ASE低群 中学年・ASE高群 <身体描画> パーツの省略有 3 (-1.21) 7 (-1.90) 11 (1.33) 6 (-0.88) パーツの省略無 12 (1.21) 27 (1.90) 13 (-1.33) 17 (0.88) <眼の描画> 眼がない 0 (-2.03)* 4 (-1.36) 5 (0.13) 5 (0.25) 瞳のない眼 12 (1.98)* 15 (-1.61) 15 (0.70) 15 (0.97) 瞳のある眼 3 (-0.39) 15 (3.13)** 4 (-0.94) 3 (-1.36) <顔の表情> 表情なし 0 (-2.04)* 4 (-1.36) 5 (0.13) 5 (0.25) 笑顔 12 (1.49) 23 (2.35)* 15 (0.01) 14 (-0.17) 中立・悪意 3 (0.24) 3 (-1.56) 4 (-0.15) 4 (-0.05) <自己像顔の向き> 正面 12 (2.15)* 24 (2.24)* 12 (-0.42) 10 (-1.10) 横向き 3 (-0.88) 6 (-1.78) 7 (-0.07) 8 (0.57) 後ろ向き 0 (-1.81) 4 (-0.82) 5 (0.66) 5 (0.77) <先生像の大きさ> 小さい 3 (-0.70) 4 (-2.37)* 10 (1.68) 7 (0.33) やや小さい 2 (-0.92) 5 (-1.28) 4 (-0.77) 7 (0.97) やや大きい 5 (0.81) 12 (1.62) 5 (-0.50) 7 (0.68) 大きい 5 (0.81) 13 (2.08)* 5( -0.50) 2 (-1.95) 高学年・ASE低群 高学年・ASE高群 度数(調整済み残差) 15 (3.23)** 6 (-0.57) 9 (-3.23)** 15 (0.57) 8 (1.82) 6 (1.08) 5 (-0.43) 13 (-0.20) 9 (-1.32) 3 (-1.46) 6 (0.52) 11 (-0.87) 7 (-2.05)* 11 (-1.84) 9 (-2.01)* *p <.05, **p <.01 8 (1.82) 6 (1.08) 5 (0.44) 6 (1.41) 7 (0.83) 7 (1.26) 3 (-1.53) 3 (-1.21) 4 (-1.02) 6 (0.43) 7 (-0.07) 11 (2.45)* 6 (1.26) 3 (-0.27) 10 (1.68) ASE高群( n = 21; M = 38.86 )の6群に分類した。  その後6群においてKSDの描画特徴に違いがみられる かを確認するためχ2検定を行った。なお,セル期待度数 が5未満のセルがある場合はFisherの直接確率検定を行っ た。分析にあたって,本研究では児童の学習に関する自 己効力感と描画特徴との関連を探索的に検討するため有 意水準を10%に設定した。その結果,1%水準で身体描画 (χ2(5) = 15.13, Cramer’s V = 0.33),5%水準で眼の描画 (Cramer’s V = 0.26),10%水準で顔の表情,自己像の顔の 向き及び先生像の大きさ(【顔の表情】 Cramer’s V = 0.23, 【自己像の顔の向き】 Cramer’s V = 0.24,【先生像の大きさ】 Cramer’s V = 0.24,【先生像の大きさ】 Cramer’s V = 0.23) で描画の出現率と学年・自己効力得点群との連関が有意 であった。また描画の出現率と学年・自己効力得点群と の連関が有意であった描画特徴において,どのセルが特 徴的であるか検討するために残差分析を行った。残差分 Table2 本研究で設定した KSD スコアリング基準 Table3 学習に関する自己効力感の高低及び学年段階において有意差が示された描画特徴

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析の結果をTable 3に示した。

学年段階及び学習に関する自己効力感と人物像の描画特徴 1) 身体描画

 残差分析の結果,高学年・ASE低群では1%水準で身体 パーツの省略がある描画が多くなっていた。この結果は Prout & Celmer(1984)(15)の結果を一部支持するものであっ

た。Prout & Celmer(1984)(15)の研究では学業成績とKSD

との関連を検討する中で,身体パーツの省略がある描画 は低い自己概念や学校や学業での自己同一性の欠如とし て解釈されるとしている。また大門・宮下(2016)は児 童のKSDの描画特徴の発達を検討し,低学年及び中学年 の児童と比較して,高学年の児童の描画では身体パーツ の省略が多く見られることを明らかにしている。本研究 では高学年の児童の中でもASE低群で身体パーツの省略 がある描画が多くなっていた。児童の学習に関する問題 として,上野・牟田・小貫(2001)(18)は義務教育の特徴上, 学習につまずきのある子どもは学年を経るにつれ,ます ますその困難さを積み重ねてしまうことが多いことを指 摘している。また,児童の学習面の困難さは行動面の困 難さよりも教師に認知されにくく,対応が遅れ,学校適 応感が低くなってしまう可能性も指摘されている( 井, 2003)(19)。そのため高学年・ASE低群の子どもたちは学習 に対する苦手さに加え,自信の低下,自己評価の低さが 投映された結果,身体の一部が省略されたと考えられる。 2) 眼の描画  残差分析の結果,低学年・ASE低群では5%水準で瞳の ない眼の描画が多く,低学年・ASE高群では1%水準で瞳 のある眼の描画が多くなっていた。低学年・ASE 低群と ASE 高群の間で瞳の有無で眼の描画が異なっていたのは 興味深い結果である。明 (2010)(20)は人物画知能検査 ( Draw a man:DAM)における描画の発達段階をまとめる 中で,8歳ごろの子どもたちの半数以上が瞳のある眼を描 き,事物・事象を客観的・分析的に観察し,描画し始め る時期であるとしている。一方で田中(2009)(12)はKSD を用いた研究において,低学年の子どもたちは瞳のない 眼の描画を多く描くとともに,眼を詳細に描画していた 群の方が,眼を省略して描画していた群に比べて,教室 の中で安心感を得ており,友達への親密性を表現しやす い傾向にあることを報告している。    本研究では子どもたちの学習面とKSDの描画特徴の関 連を検討したが,低学年・ASE高群の子どもたちは低学年・ ASE低群の子どもたちよりも安心感や友達への親密性を 教室の中でより表現している可能性が示唆された。渡邉・ 前川(2011)(1)は,中学年から高学年までの児童では,児 童の学業に対する満足感と学校適応感との間に関連があ ることを報告している。本研究の結果を踏まえると,低 学年の児童においても,中学年及び高学年の児童と同様 に学習面が学校適応感と関連している可能性がある。 3) 顔の表情  残差分析の結果,低学年・ASE低群では5%水準で表情 のない描画が少なく,低学年・ASE高群では5%水準で笑 顔の描画が多くなっていた。また高学年・ASE高群では 5%水準で笑顔の描画が少なくなっていた。  KSDにおける描画の発達に着目した大門・宮下(2016)(14) は,描画の表情の観点においては低学年児童では笑顔の 描画が多くなり,学年が上がるにつれ笑顔の描画が少な くなることを明らかにしている。本研究においても低学 年・ASE高群及び高学年・ASE高群で同様の結果が得ら れた。また田中(2009)(12)は,笑顔など親しい表情の描 画を描いている子どもの方が,中立的な表情の描画を描 いている子どもよりも「わかってほしい」「見てほしい」 といった教師への要求的な親密性及び教室でのリラック ス得点が高いことを報告している。描画の発達の側面を 考慮する必要はあるが,低学年・ASE高群の子どもたち は低学年・ASE低群の子どもたちよりも教師への要求的 な親密性が高く,教室でリラックスして過ごしている可 能性が示唆された。また本研究では,表情に反映されや すい眼の描画においても特徴的な描画が異なっており, 低学年児童では顔の表情という描画特徴に学校生活の中 での情動を投映している可能性が考えられる。 4) 自己像の顔の向き  残差分析の結果,低学年・ASE低群,低学年・ASE高 群ともに5%水準で正面を向いた描画が多くなっていた。 また高学年・ASE高群では5%水準で横を向いた描画が多 くなっていた。大門・宮下(2016)(14)はKSDの学年段階 別の描画特徴を検討する中で,低学年の子どもたちの描 画では正面向きの自己像が横向き及び後ろ向きの自己像 よりも多く描かれていることを明らかにしている。宮崎 (2009) (21)によると,人物画の発達において小学校低学年 の年齢においては,三次元的な視点を持つことが難しく, 横向き及び後ろ向きの人物画が描かれることは少ないと 報告している。そのため低学年では,自己像の顔の向き という描画特徴は子どもの学習の側面よりも年齢に応じ た描画技術の発達の側面をより反映することが示唆され た。一方で,高学年・ASE高群では,横向きの描画が多 くなっていた。田中(2009)(12)は,後ろ向きの自己像を 描いている子どもよりも,横向きの自己像を描いている 子どもの方が友人への親密性及び学校適応感が高いこと を明らかにしている。同様にTyler, Anna & Clayton(2015)(7)

は学習に関する自己効力感が高い生徒は学校における向 社会性や学習意欲が高いことを明らかにしている。その ため高学年・ASE高群は勉強の得意さから学校における 人間関係や学校生活が良好だと感じている可能性があり, 横向きの描画の増加につながったと考えられる。

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5) 先生像の大きさ  残差分析の結果,低学年・ASE高群では5%水準で大き い先生像の描画が多くなっていた。Reynolds(1978)(22) 人物像の大きさは描画者にとってその人物の心理的な影 響度の大きさを意味するとしている。低学年で学校での 集団活動の要となるのは担任教師である。特に低学年・ ASE高群では勉強が得意だと感じていることから,学習 意欲も高く日常的に勉強を教えてくれる教師の影響も大 きくなっていると考えられる。そのため低学年・ASE高 群では大きい先生像の描画が多くなっていたと推察される。 総合考察  本研究では小学生の学習に関する自己効力感とKSDの 描画特徴との関連を学年段階別に検討した。その結果, 学習に関する自己効力感の高低による学年段階に応じた 描画特徴が明らかになるとともに,それらの描画特徴か ら学習に関する自己効力感が低い子どもたちは学習意欲 や学校適応感が低くなってしまっても,Newman(2000)(16) が指摘するようにそれらの困難さを主な支援者である教 師に適切に表現できていない可能性が示唆された。また 高学年の学習に関する自己効力感が低い子どもたちの描 画では瞳などの部分的な省略ではなく,より大きな身体 パーツの省略が特徴であったことなど低学年の学習に関 する自己効力感が低い子どもと高学年の学習に関する自 己効力感が低い子どもの描画特徴が異なっていた。この ことから,子どもの学習への自己効力感の低さが与える 影響が学年段階によってやや異なることが示唆された。 具体的には,低学年の頃は学習への自信のなさが教室で の居心地の悪さにつながっていると思われるが,高学年 になると自己概念やアイデンティティの形成に影響を及 ぼしている可能性が考えられる。以上のことから,学習 に関する自己効力感が低い子どもたちの学校での心理状 態をより詳細に把握するためにも,質問紙だけではなく KSDのような描画も併せて活用することの意義が大きく, 今後さらに検討が必要であるだろう。  一方で,本研究では学習面とKSDの描画特徴の関連を 検討したProut & Celmer(1984) (9)の結果とは一部異なる

結果も得られた。その理由として以下の2点が考えられ る。一つは子どもたちの学習に関する主観的な側面が描 画に反映された可能性である。Prout & Celmer(1984) (9)

は学習面の中でも客観的な事実である学業成績に着目し てKSDの描画特徴との関連を検討しているが,本研究で は子どもたちの学習に関する自己効力感という主観的な 認知を取り扱ったため,同じ学習の側面でも確認された 描画特徴が異なったと考えられる。もう一つは描画の文 化的特徴の差異である。田中(2007)(11)によると日本に おけるKSDの自己像及び先生像の平均的な大きさは海外 の先行研究における自己像及び先生像よりもはるかに大 きく描かれることを明らかにしている。本研究を実施し た小学校は小規模校で,子どもたちも学年に関係なく一 緒に遊んでおり,その学校に特徴的な学校文化が描画に 反映されている可能性も考えられる。大門・宮下(2016)(14) は中学年で多人数の遊びの描画が多くなることを指摘し ているが,本研究では,学習に関する自己効力感の高低 に関わらず低学年から高学年にわたって多人数の遊びが 多く描かれていたため,大小の文化的特徴の差異を考慮 したうえで描画特徴を解釈する必要があると考えられる。  また本研究のスコアリング基準の中で,顔の描画,描 画場面,学習状況,自己像の大きさ,自己像―先生像の 距離では学習に関する自己効力感の高低と描画特徴の統 計的に有意な関連は見られなかった。KSDの利点として, 学校場面に特化して子どもたちの心理的側面をとらえら れるが,バウムテストなどの描画法と異なり,学校とい う実際の生活場面を描画するため,描画者の心理状態が 描画に投映される一方で,現実の学校体験や学校状況を 描画者が知覚したまま描画している可能性もある。また 描画場面によっては描画特徴が省略されたり,像の大き さや距離についても描画場面に応じて調整されたりする ことも考えられる。そのため一部項目において,本研究 では学習に関する自己効力感の高低と描画特徴の統計的 に有意な関連は見られなかった可能性が考えられる。 今後の課題  最後に,本研究の結果は重要な示唆をもたらしたと考 えられるが,課題も挙げられる。先行研究では,学年段 階に応じて描画特徴が異なることが明らかにされている が(大門・宮下,2016)(14),本研究では学年段階による描 画特徴の出現率の高低といった要因を統制できていない ため,本研究で得られた描画特徴の出現率の高低が,学 習に関する自己効力感のみによって生じたものか,学年 段階と学習に関する自己効力感の両方が働いて生じたも のか弁別することが難しくなってしまっている。そのため, 今後は学年段階の影響を統制したうえで,学習に関する 自己効力感がKSDの描画特徴とどのように関連している かをより詳細に検討していく必要がある。 ― 注 ―  本研究は筆頭著者の修士論文(平成29年2月に鳴門教 育大学大学院学校教育研究科に提出)に加筆・修正を行っ たものである。 ― 謝 辞 ―  本研究にご協力賜りました小学校の先生方,児童の皆 様に深く感謝いたします。

(7)

― 文 献 ― ( 1 ) 文部科学省「不登校児童生徒への支援に関する最終報告」 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/108/ houkoku/1374848.htm(2020/10/31),2016 ( 2 ) 渡邉はるか・前川久男「子どもの学業適応感が学校 生活適応感へ及ぼす影響の検討―重回帰分析による再 検討―」『特殊教育学研究』49(4),pp.351-359,2011 ( 3 ) 富岡比呂子「子どもの自己概念と自己効力感―学 校適応感との関連性について―」『創大教育研究』22, pp.79-93,2013 ( 4 ) 田中裕子・福元理英・岡田香織・小倉正義・畠垣智 恵・野邑健二「軽度発達障害分野における治療教育的 支援事業『にじいろプロジェクト』の取り組み―特別 支援相談室「にじいろ教室」の実践報告と今後の展望―」 『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要(心理発達 科学)』58,pp.93-103,2011

( 5 ) Newman, R.S. Social influence on the development of children s adaptive help seeking: The role of parents, teachers, and peers. Developmental Review,20(3),pp.350-404, 2000

( 6 ) Sharma, H.L., & Nasa, G. Academic self-efficacy: A reliable predictor of educational performances. British

Journal of Education,2(3),pp.57-64,2014

( 7 ) Pajares, F., & Urdan, T. Exploratory factor analysis of the Mathematics Anxiety Scale. Measurement and Evaluation

Counseling and Development,29,pp.35-47,1996

( 8 ) Tyler, L.R., Anna, C.J.L., & Clayton, R.C. Assessing Adolescents Positive Psychological Functioning at School: Development and Validation of Student Subjective Wellbeing Questionnaire. School Psychology Quarterly,4,pp.534-552,2015

( 9 ) 名島潤慈・津田真裕美・船木智美・原田梨沙・津藤 優香「心理アセスメントにおける描画法概観(2)」『山 口大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要』 19,pp.111-126,2005

(10) Prout, H.T., & Phillips, P. D. A clinical note: The Kinetic School Drawing. Psychology in the schools,11,pp.303-306,1974 (11) 田中志帆「小・中学生が描く動的学校画の発達的変 化」『心理臨床学研究』25,pp.152-163,2007 (12) 田中志帆「どのような動的学校画の特徴が学校適応 状態のアセスメントに有効なのか?―小・中学生の描 画からの検討―」『教育心理学研究』57,143-157,2009 (13) 田中志帆「荒れている学級の動的学校画―小・中学 生の描画特徴の比較・検討―」『青山學院女子短期大学 紀要』65,pp.125-147,2011 (14) 大門秀司・宮下敏恵「小学生が描く動的学校画の描 画特徴の発達的変化に関する実証的研究」『兵庫教育大 学大学院連合学校教育学研究科紀要』17,pp.51-63, 2016

(15) Prout, H.T., & Celmer, D.S.School drawings and academic achievement: A validity study of Kinetic School Drawing technique. Psychology in the schools,21,176-180,1984 (16) 橋本秀美「家族画,動的家族画(KFD),動的学校画 (KSD)」高橋依子(監修)『スクールカウンセリングに 活かす描画法―絵にみる子どもの心』金子書房,pp.12-20,2009 (17) 森裕子・福元理英・岡田香織・小倉正義・畠垣智恵・ 野邑健二「学習支援を通した学習困難児の心理的変化 の検討―子ども・保護者・担任教師による評価を通し て―」『学校心理学研究』14,pp.45-57,2014 (18) 上野一彦・牟田悦子・小貫悟 『LDの教育―学校にお けるLDの判断と指導―』日本文化科学社, 2001 (19) 井正次 「高機能自閉症児の特別支援教育の現状と 課題」『発達障害研究』24,pp.340-347,2003 (20) 明 光宜「人物画の発達臨床心理学的分析」『中京大学 心理学研究科・心理学部紀要』10(1),pp.9-20,2010 (21) 宮崎百合「子どもはなぜ顔を描くのか:∼顔の描画 における目の意味について∼」『鳥取短期大学研究紀要』 60,pp.21-28,2009

(22) Reynolds, C.R. A quick-scoring guide to the interpretation of children s Kinetic Family Drawings(KFD). Psychology

参照

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