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後
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短
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い
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(
序
論
)
ライナー・ケネッケ
竹 岡 健 訳 著 成立とテーマII九四五年以降のドイツ短編 短編の歴史の包括的叙述は、ヨーロッパの叙事文学において少な-とも十八世紀半ば以降に形成された'比較的短い散 文のすべての発展方向を、それらの形式史的関連においてたどるという課題を持つことになろう。比較文学的傾向を有す るそのような企てはtと-わけドイツ'フランス'ロシア、およびアメリカの'ご-広い意味で短編作者とみなされてい る作家たちの重要な作品をも考察に含めることに巻き込まれざるをえまい。すなわち、ヨ-ハン・ベーター・ヘ-ベルの 暦物語'クライストの逸話t wfr>'< ホフマンの個々の物語'カフカの寓話、ローペルー・ヴアルザIの散文細密画 が'そしてまた最後にプレヒーの暦物語が'問題とされねばならないであろう。むろん'それに加えて、ドイツ語圏以外 では'モーパッサンのノヴエレ、チェーホフの物語'ならびにポーのショー-ストーリーと'それを継承するものとして、 ウルフ'0・ヘンリー'マンスフィールドのショートストーリー、およびと-わけまたヘミングウェイの物語が、顧慮さ れねばなるまい。これらの作家はみな'それぞれ異なる権利を持って、戟後ドイツ短編の祖先とみなされうるのである。 さて、しかしながら'そのような考察は、本書の枠からはみ出すばか-でな-、その事柄から見ても、必然性がないで あろう。マンフレッド・ドウルツァク (﹃現代ドイツ短編﹄) が強調しているように'ドイツの短編を上記の先駆者と疑い 戦後ドイツ短編について (序論)ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 なく結びつける形式史的伝統にもかかわらず'ドイツ短編の作者たちにとっての決定的な刺激は'明白にアメリカ圏に由 来するということが前提とされうる。しかし'そのためには'形式史的根拠よ-も'むしろ大変具体的な歴史的根拠が指 摘されねばならないのである。 したがって、ここで試みられるのは、次のようなことだけである。すなわち、「戟後」 の、つま-およそ一九四五年か ら一九六八年の間の短編に、少な-ともこの時期の初めには、それを他の文学ジャンル ー ラジオドラマは一旦度外視す るとして - よりもはっき-と上に置-ような地位が与えられえた理由を説明することである。 「 短 編 ( K u r z g e s c h i c h t e ) 」 が 独 自 の 文 芸 概 念 と し て ド イ ツ に 存 在 す る の は ' 比 較 的 最 近 の こ と で あ る 。 ノ ヴ エ レ ' 寓 話'説話'あるいは童話と違って、短編は'大変新しいジャンルと呼ばれうるものでうその突然の登場と普及は'その時 代からのみ説明されうる。つま-、このジャンルがそのさし当た-の絶頂を迎えたのは'崩壊の後'すなわち'一九四五 年五月に連合国がヒトラー・ドイツに勝利した後のことであった。それについては'まず二つの理由があげられうる。す なわち、ベル'ボルヒエルト'ベンダー、シユヌレ、およびボブロフスキーのように、若い兵隊として戟争を自らともに 体験し、当時、帰還兵として執筆を始めた'かな-若い作家たちにとっては、使い古されていないジャンルに、そしてま た文学的なものにおいても'不評をこうむった伝統と価値から離れた新たな方向性を許容するジャンルに従事することは、 自然なことであった。書-ことは'彼らによって'彼らを直接苦しめたものと'嘘偽-な-'美化されることな-対決す るための'唯一のとは言わぬまでも'一つの可能性とみなされたのである。これに対し、自分の体験を文学的に消化する という彼らの関心事にとって'小説とノヴエレという統一のとれた叙事的形式は'それらがナチ時代の作家によって宣伝 に利用されて以後'もはや明らかにふさわし-なかった。実存的'道徳的'および政治的な諸問題を伴う零時刻は'詩的 転換のまったく新しい特殊な可能性を要求した。つま-、破壊されたドイツにおける人間の緊急の心配ごと'および内面
的・外面的衝動に'適切な、確かな表現を与えることができる可能性をである。 しかし、既存の形式およびジャンルと無関係な文学上の発展は存在せず'文学の領域においても、新しいものがそれ自 体からのみ生じることはあ-えない。したがって'ドイツ以外の伝統に'つま-アメリカのショー-ストーリーに、意識 的に関連させられうる。そのさい'英語の概念が、翻訳されると同時に、借用された。十九世紀の初め、ないしは半ば以 降tと言うことはア-ヴイングとポー以後'文学の営みの中にtと-わけ合衆国の文芸雑誌市場に確かな地位を占めたショー トストーリーは、手本'いやそれどころか模範とさえみなされえた。ドイツの若い作家たち - その一部は'アメリカ軍 の戟争捕虜となって、ヘミングウェイ'フォークナI t スタインベックなどのテクストと取-組んだ - を特に魅了した のは、このジャンルの二つの特徴だったようである。すなわち'簡潔さと的確さ'およびそれらに基づいた直接性と迫力 である。生き延びるために'戟後の現実の問題と困窮に取-組まねばならなかった作家も読者も、小説というものの叙事 的冗漫さに対しては'暇も忍耐も持ち合わせていなかった。この時間節約的な要素も、ドイツにおけるこのジャンルの - 他の文学形式と比べて - 相対的な成功を、ともに根拠づけたかも知れない。すなわち'短編は、新聞や娯楽雑誌の 読者によって素早-受容されえ、しかも'うま-行った場合には、読者のもとに、消え難い印象を残すのである。そのさ い、短編は、読者を、場合によっては彼自身の生の現実へ向かって突出する、時代に典型的な葛藤状況へと、単刀直入に 導-。そして、強-凝縮されたテクストおよびその陳述意図との'時間の消費の点ではご-わずかだが、しかし集中的な 思考上の対決を、読者から要求するのである。 もちろん、そうしたことが生じうるのは、読者もまた'そのような経験の文学的表現と掛か-合う心構えがあるという 前提の下でのみである。「それについて聞-つも-も、読むつも-もない」、または「私には私自身の問題がある。もうた -さんだ」といった異議でもって'多-読者は'そっぽを向いたであろう。このことがとりわけ当てはまるのは'自己の 戟後ドイツ短編について (序論)
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 世界の不快さからしばし逃れるために、いわゆる文学作品によって別の世界へ連れ去られるにまかせる例の読者である。 この可能性を、短編は、まさに彼らに開かないのである。そして'それゆえ'短編の 「成功」は'大量の受容とは同一さ れえないであろう。 一九四五年以後に執筆を始めたドイツの若い作家の多-は'アメリカのショートスー-リーの模範を指向していたにせ よ'短編の創作のさいに'独自の芸術的要求を追求することを決して諦めなかった。ジャンルに即して短編に固有である' 特定の形態上の要素を別とすれば'個人的な'交換不可能なスタイルを発展させる可能性は'十分ある。そのスタイルが' 物語が常に同じ図式に基づいた移し絵に退化することを防ぐのである。こうした退化の危険は、もちろん十分存在する。 したがって、すでに一九四九年、もはや必ずしも若-はなかったエリーザベー・ランゲッサーは、短編のアンソロジーを 読んだ後'彼女の若い同僚たちに対して'彼らの物語の 「交換可能性」と「紋切-型」 について警告するよう誘惑される の に 気 づ い た の だ っ た ( ﹃ 短 編 の 十 字 架 ﹄ ) 。 すでに詳述したように、短編の本質には'具体的経験の反映であるということが含まれる。したがって、短編は、その 初期には、直前の過去を批判的に再検討することによって'テーマ的に特徴づけられている。つま-'ヒーラー政権の終 わりまでは'国内に留まった作家たちによって'宣伝的・弁護的な観点でしか扱われることが許されなかった過去である。 若い作家たち - 彼らの圧倒的多数は後に「四七年グループ」 への道を見出したのだった1は'ナチズムの犯罪的シス テムから市民の日常に生じた結果についてのみ書いた。すなわち、政治情勢への適応の強制または自発的用意について、 少数派'とりわけユダヤ人の迫害について、それらと並んで'繰-返しまた、自らまだほとんど消化していない戦争体験 について、および過去数年間に彼らまたは他の人々の身に起こった身体的・精神的破壊についてである。明白にであれ、 暗黙にであれ、これらの物語は、個々人の つま-1介の兵隊として、将校として、家族の一員として'ナチ党員とし
て'秘密情報員として'ユダヤ人として、あるいは単に同調者として、個人の体験を示すとともによ-大きなグループを 代表してもいる個々人のⅠ人生'運命'苦悩に対する責任と罪に関する問いによって規定されている。これらの物語に 特有の内面的悲劇性が'融和的な主旨で和らげられた-することはご-希である。一見肯定的な結末でさえ'例外を除け ば'1すでに短編の開かれた構造に条件づけられて - 未決定のまま留保されている。戟前'戦中'および戟争直後の 時代と取-組む物語は'もっぱら四〇・五〇年代に成立した。と-わけ重要な作家は、一九四七年に死去してしまったヴオ ルフガング・ボルヒエルトの他'ハインリヒ・ベル'ハンス・ベンダー、ヴオルフディ-ーリヒ・シユヌレ、およびマリー・ ルイ-ゼ・カシユニッツである。ドイツにおける初期の短編のテーマ上の枠を形成しているものは'政治的・人種的迫害' 前線体験、および戟争の影が刻まれた廃嘘の風景における飢餓および困窮との対決である。 しかし、五〇年代には、早-も焦点が移動し始めた。今や'前面に出てきたのは、復興という枠の中での新しい状況か ら生じた諸問題である。ナチ時代の個々人の個人的罪とその克服についての問いも'たしかに引き続き出された。しかし' 今や増加しっつ問題とされたのは、別のテーマであった。すなわち'経済的不安定と失業'いわゆる奇跡的な経済復興の 結果、価値喪失、方向性のなさ'人間の孤独化'精神的荒廃などである。そのさい、全体としては'歴史的・政治的局面 よ-も、個人的・精神的局面がはっき-と強調された。つま-、これ以降は、平均的市民'日常の人間という姿で現れる 個人の精神状態と苦悩が'短編のテーマを占めたのである。そのようにして'例えば、二人の人間の関係における困難が' 級-返し中心に置かれた。この困難は、第一には'互いに有意義にコミュニケーションする能力のなさの結果と解釈され ねばならない。一方'この困難の根底にある社会的局面は、むしろ、二次的に視野に入った。 全体としては'危機的 瞬間は'ジャンルに特徴的な手段でもって'説明されるというよ-は、示された。 表面的にはなるほど希で'私的なt Lかしその本質においてはまった-代表的なこの関係という問題への取-組みは' 戦後ドイツ短編について (序論)
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 六〇年代の短編において'単に継続したばか-でな- 、さらに強まった。このテーマ領域に対しては'ドイツ史によって ほとんど影響されなかったスイスの作家たち (マルティ'ピクセル)も'決定的な貢献をした。 六〇年代の終わ-とともに、学生運動の進行する中で'文学の存在の正当性およびその機能が'根本的に問われた。そ して、そのとき初めて、短編においても'再びまた、政治的・社会的な具体的問題設定へのよ-強い自覚の取-戻しが成 功した (ヴオンドラチェック'ヴアルラフ'プラムバッハI t クーネルトなど)。
短編の形式的特徴
短編というジャンルの理想的な描写を定式化しようとする試みは、最初から挫折する運命にある。形式的基本要素の記 述を含めて、このジャンルの個々の例すべてに対して妥当性を要求しうる精確な定義は'文学的創造の現実を無視するこ とになろう。すでに詳述したように'ドイツの短編作家は、ショーーストーリーというアメリカの手本に感謝の気持ちを 持たねばならないことを意識していた。にもかかわらず、素朴に仮定されうるであろうことは'彼らが、それと同時に' すでに一つの規範となる詩作法(ついでながら'それはショートスー-リーにもないものである) に従ったかも知れない ということである。だが、叙事文学の調理書に従って仕事をする物語作家はおらず'また、短編を書-間、文芸学の参考 書を膝に置いてお-作家もいない。真剣に受けとめられるべき作家の中に、奴隷のごと-'予め定められた物語技法ない しは文芸規則に従う者がいるだろうか。むしろ'彼は、その都度、彼が自由に使える物語手段を用いるのである。その手 段は、すっか-模範に方向づけられているかも知れない (しかも、通常はそうでもある) が、しかし、第一には、彼の物 語対象と陳述意図に合わされねばならないのである。 ヴイトゲンシュタインが'短編という概念一般の特色としてあげた事柄から、短編の理論と概念にとって、次のようなことが結論づけられる。つま-'それらの作者'ならびに解釈者の様々な'一部には互いに相異なる叙述の試みが持続的 に証明しているように'短編は'「ぼやけた縁」を有するのである。ジャンルとしての生存能力を持つことができ'死ん だ模範へ'随意に用いられうる語-の紋切-型へと退化する危険を冒さないために、短編はそれを持たねばならない。終 戦後のドイツ短編の著名な代表者の一人であるシユヌレは、すでに一九六一年'そのジャンルの 「典型的な衰退現象」 の 現れを見、次のように記した。すなわち'「単なる芸術的完堅さ、マンネリズム'常套句への堕落、単純化」 (﹃批評と武 器 - 短 編 の 問 題 に つ い て ﹄ ) と 。 そうした事柄すべてから結論づけられるのは'短編「というもの」は存在せず'存在するのは、多数の交換不可能な短 編だということである。そのさい、この概念が正当化されるのは、全体として繰-返し - テクストの特色を失うことな しにt現れる一連の特徴を示す叙事的テクストの一つのグループが'それによって表されうることによってである。 つまり'以下において、これらの特徴の幾つかがあげられる場合、それらは規範として通用するものではないというこ とが'常に顧慮されねばならない。そうではな-'それらは'終戟後の時代の比較的短い叙事的テクスIの、当面のでき るだけ多数の在庫から、典型的なものを漉し出そうとする、経験に基づ-考察結果とみなされねばならないのである。そ れゆえまた'このジャンルにとって「典型的」とはまった-みなされないような特徴を持つ短編も、かな-の数あるとい うことである。 他の箇所では、こう強調された。つま-、と-わけ終戟直後の時期の短編は、その固有の歴史に基づいて、素材上時代 への密接な関連を示してお-、この特別な状況に基づいて、むしろ激烈な'本物の語-方が優先されたと。しかし、それ と並んでまた、厳格にリアリズムへ方向づけられた形の語-から解放され'物語を風刺的な、グロテスクな、または寓話 的な変形で提供しょうとする作家もいた (本書では'ジークフリート・レンツとイルゼ・アイヒンガ-)。風刺作品を有 戦 後 ド イ ツ 短 編 に つ い て ( 序 論 )
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 するハインリヒ・ベル'および一九五六年の﹃愛なき伝説﹄を持つヴオルフガング・ヒルデスハイマIも'ここで叙述さ れたような短編の通常の模範から'かな-早い時期に離れながら'しかもこのジャンル自体には忠実であ-続けたあの作 家たちに属している。 ほとんどすべての短編に該当するイメージとして、シユヌレは、すでに引用した論文において'「切り取られた生の一 片」を話題にした。事実'それでもって'まった-一般的な形で、このジャンルの本質的な内容的・テーマ的要因が把握 されうる。短い時間の広が-しか含まないが、特別な'たいていは危機的に先鋭化された出来事が、強い光を当てられた ように照らされる。というのも、一つの生、または生の共同体に対して、運命的な脅威が呼び覚まされるからである。多 -の短編の中心には'不確かな、疑わしいものとして経験された世界の中に突然置かれた個人の危機がある。つまり'そ の世界では'方向づけのための確かな地点が失われた-'あるいは'少な-とも根本的に疑問視されざるをえないのであ る。行動への決意が生じる限界状況は開ける。だが、個人は'その瞬間の意味を完全には見誤らないとしても'しばしば 彼の行動能力のなさを認めざるをえず、この無能力の結果と対決させられるのである。 しかし'シユヌレのイメージ (「切-取られた」) は、内容の形成にのみならず、小説とノヴエレが示すような語-の完 全な仕上げが欠けているという限-で'形式の形成にも関連している。つま-、多-の短編は'断片という印象を与える のである。読者は、大変しばしば、導入なしに、直接物語の中へ 「投げ込まれ」、通常は、その後の出来事を未解決のま まにした、予期せぬ開かれた、時として山場のような結末とともに、放-出されるのである。語-手は、あ-までこの結 末へ向かって仕事をする。時間的によ-大きな枠への出来事の埋め込みは'意識的に放棄される。極端な状況の危険性' およびしばしば悲劇的な転換を、それだけいっそう鋭-際立たせるためにである。 ■ 意識してジャンル原理へと高められた、分量と時間的規模におけるこの短さは'語-の圧縮を要求する。それは、この
ジャンルを特徴づける目印として'雰囲気の異常な密度を生むものである。それゆえ'直線的な語-の原理から逸れる処 置が用いられることは'ご-希である (例えば'﹃ある耽美家﹄と﹃明日のための木﹄)。 最後に'時としてもっぱら人称代名詞の形で語られる、ご-少数の登場人物への限定もまた'重要である。一回的な' 変換不可能なアイデンティティーを特徴づけるための名前は'ほとんど用いられない。もし用いられる場合には'フィク ションの中で意味深長な名前(「ヴイルデンベルク」)としてであることが多い。相手役として筋の担い手が二人しか登場 しないこともしばしばであ-(﹃パン﹄'﹃トンネルの中で﹄'﹃ハッピーエンド﹄'﹃海について﹄)'また'中心にいるのは 唯一人の登場人物で'その周-に、よ-少ない意味しか持たない他の登場人物が幾人かいるというケースも時折見られる ( ﹃ 私 が 住 ん で い る と こ ろ ﹄ ' ﹃ 明 日 の た め の 木 ﹄ 、 ﹃ あ る 耽 美 家 ﹄ ) 。 短編の筋の担い手は'通常、日常の人間、目立たぬ、平均的な人物であ-'その社会的・個人的状況の点で'環境から 際だっていない。つま-'彼らの生の状況は、読者には、たいていは馴染みのないものではない。そのようにして'思い 浮かべられた登場人物と自己を同一視する可能性が、読者に生じる。にもかかわらず'多数の短編は、逆に、登場人物 それが「私」 の形式で語られている場合でさえ の行動'意図'および考え方に対して'読者が距離を置いた態度 を取ることを狙っている。 距離を生み出す目的に'たいていの場合役立っているのが、語-の態度である。語られたものは'作中人物に反映して、 すなわち'行動する登場人物の視点から想像されるか'または'語-手が出来事を中立的に、すなわち直接関与しないカ メラの冷静さをもって提示するかである。局外の語-手は、短編においてはかな-希にしか見甘されえない。というのも、 混乱したものとして経験される現実の概観を所有する全知の語-手への信頼が失われたということが'このジャンルの本 質に属するからである。ただし'これに対する例外もあ-'本書では'エリーザベト・ランゲッサーの ﹃シーズンの始ま 戟後ドイツ短編について (序論)
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 -﹄ が そ れ に 当 た る 。 言葉の観点でも、短編には、典型的な、少な-ともしばしば見出されうる目立った特徴が幾つかある。例えば'しばし ば美辞麗句のない、それどころか極端に飾-気のないスタイルが目につ-。それは'文構造においては'並列の圧倒的な 利用によって特徴づけられる。日常の文字通-の発話から借用されていると思われるばか-か'その簡素さという点では それ以上でさえある短い'単純な文が'覚めた'時には冷た-'息の詰まるような雰囲気を生み出すのである。この日常 会話風の、実用的なスタイルは、表面的には(芸術的要求に価値を置いていないように見える。にもかかわらず、より詳 し-見れば'たいていの場合、十分に計算された言葉の彫琢が姿を現す。その証拠として指摘されうるのは'文彩の多様 な利用である。しかし、それはここでは、装飾的な、詩的な完全さを狙った性格ではな-'厳密に冷静な'機能上の性格 を有する。しばしば見出されるのはtと-わけ'語と文の反復であ-'それは、しばしば首句反復'平行法'および ー かな-希ではあるが - 前辞反復と結びつけられている。こうした手段でもって息のつまるような雰囲気が措かれること は'ボルヒエルーからノーヴアクまでの短編によって、容易に読みとられうる。ただし、それらが大げさに'常に繰り返 して使用されると、 - すでに引用したヴオルフディ-トリヒ・シユヌレの留保の意味で - 効果を狙い過ぎた表現だと いう非難が正当性を獲得する危険も生じるのではあるが。装飾的な、描写的な形容詞は'集中と短さが目指される短編に は'ほとんど見出されない (その例は、本書では'ボルヒエルト、ピクセル、マルティ、およびノーヴアクのテクス-で ある)。しかし'これにも例外はある。例えば'﹃シーズンの始ま-﹄と﹃トンネルの中で﹄ では、描写と隠嘘も'内面的 緊張の叙述に欠かせないのである。 雷 電 置 け - ぷ 屈 耶 -N H 仙 H 患 い 月 別 ボ -r 1 ㌢ -チ -㌫ ︺ -凱 滋 訂 巷 耶 -い せ 朝 式 台 -小 額 郭 御 ポ i 葛 篭 凝 幻 別 r
語りの技法の叙述に使用された専門用語について
「 語 -の 理 論 ( N a r r a t i v i k ) 」 と い う 言 葉 を ' 比 較 的 古 い ﹃ ド ゥ -デ ン 外 来 語 辞 典 ﹄ で 捜 し て も 無 駄 で あ る 。 こ の 言 葉 は t Iアドルノとヴオルフガング・カイザーのい-つかの研究を除けばtようや-六〇年代以降'叙事文学の領域におけ る形式的問題にもよ-熱心に取-組んだ文芸学における発展の結果現れた新語である。叙情文学テクスIの韻律とリズム の特性などの記述にとってと同じように、叙事文学テクスーのために'保証された理論と練-上げられた概念の手段を獲 得しょうという試みがなされたのである。このことは'過去数十年の経過の間に'ほとんど見渡しがたい'大量の語-理 論の研究をもたらし、またその結果'新たな専門用語のまさに混乱した集積をもたらした。語-手の立場、語-の状況、 語りの形式、語りの姿勢、語-の視点'語-の態度'語-の方法などは'そのい-つかに過ぎない。 - ここに'物語テ クス-の理解にとって結局はむしろ妨げとなるであろう専門用語のジャングルが生じた。なんと言っても'上記の諸概念 が'文献において'決して統一して用いられておらず'平行して用いられ'それ相応に異なって理解されているのだから なおさらである。 こうした状況は'授業において、物語文学の学習のさいの教授法の変換にも'首尾一貫している。例えば、文芸作品の 社会的'歴史的'時代特殊的'および伝記的背景の説明のような'方法論上の他の前提と並んで'おそら-基本的な意見 の一致として'次のことが前提とされうる。つま-'文学的対象がもっぱらその形式と内容の関係について適切に把握さ れ、満足の行-ように解釈されうるということである。このことは、もちろん'アイヒエンドルフやツエラーンの詩と同 様'フォンタ-ネの小説やボルヒエルトの短編にも妥当する。したがって、すぐに次のことについて合意が達成されうる であろう。つまり'ギムナジウム上級三学年のドイツ語授業は、叙事文学の領域でも'形式的分析の基準を伝達するため の予備教育的要求を断念しえないのである。従来ご-普通であったような'内容的問題設定に一面的に限定された授業の 戟後ドイツ短編について (序論)ライナー・ケネッケ著 竹岡健1訳 敬-扱いは、生徒にも対象にも相応し-ない。というのも、そうした取-扱いは'美的現象の特殊性を顧みないからであ る。そのさい'生徒との具体的学習においては'常に次のことが保証されていな-てはならない。つまり'必要な形式的 分析が内容的問題から切-離されて成功した-'自己目的に堕落した-せず'機能の上では'目的から見て対象の全体的 解明に組み入まれたままに留まるということである。 しかし、分析のプロセスから形式上の概念を獲得することは'授業の課題とはな-えない。それゆえ、教師は'通例' 次のような措置をとるだろう。つま-、彼は生徒に'注意深-選ばれ'実例を手がか-に詳し-説明された概念の手段を 予め与え'それを使って生徒がテクスIに取-組み、その語-の技法の特性を際立たせることができる、というようにで あ る 。 上で話題にされた語-の理論の分野における概念の多様性を考慮したとき'意義深いのみならず'まさし-必要なのは' 教師が、そのドイツ語授業で用いられるべき専門用語の選択にさいして'二通-に注意することである。つま-、それら の専門用語は'生徒に見渡せ'操作可能であるように'すなわち学習の助けとな-、過重負担とならないように'比較的 容易に理解でき、量が限られていなければならない。それらは'あま-にも大きな理論的前置きなしに、すぐに使用でき るべきであ-'若い読者に'批評されるテクストの特性を、その語-の技法上・形式上の形態という点でも把握する可能 性を提供すべきである。・しかし、この概念手段の適性は'分析と解釈のプロセスの中で'繰-返し新たに試されねばなら ず、そのさいには'もちろん批判的な再検討もなされねばならない。 文芸学に関するたいていの参考書などにおいて'長年に亙-、一般的に通用する基準とみなされたのは'一九六四年に 出版された著書﹃小説の典型的な形式﹄ において'フランツ・K・シエタンツエルが「語-の状況」という概念の下に発 展させた類型学であった。シエタンツエルが本質的に区別したのは、彼によって次のように命名された三つの 「語-の状 盲 UL・い止 套UIhtいさrIい・軌Hh'.i量甘
況」である。すなわち、局外の語-手による語-の状況'作中人物に反映する語-の状況、「私」 の語る語りの状況であ る。もう一つの、「中立的な」と呼ばれた語-の状況は、彼によってそれ以上追求されなかった、ないしは、作中人物に 反映する語-の状況に加えられた。 続いて'様々な文芸学者によって'シエタンツエルの成果を修正する試みがなされた。そのさい、しばしば'彼によっ て予め与えられた概念が解釈し直された-'あるいは批判され'それに代わって新しい概念が置かれたりした。私見では' この関連において納得の行-試みを提示したのは、ユルゲン・H・ベーターゼンの研究、すなわち著書﹃近代ドイツ文芸 学入門﹄ (一九八四年'改訂第五版) の「語-の形式、語-の態度」である。ベーターゼンは、シエタンツエルの概念形 成から出発した後'それを細か-分け'明らかにしている。しかも、 - それがこの研究を際立たせている点であるが - まざらわし-'ほとんど実用的でない専門用語を読者に強いることがない。それゆえ、「解釈の補助」 である本書で は'この著者の解説にしたがった概念が用いられる。 シエタンツエルは、他の二つのもの'すなわち局外の語-手による語-の状況と作中人物に反映する語-の状況と並ん で、「私」の語る(一人称の)請-の状況を置いた。これに対し'ベーターゼンは'まず第一に、根本的に異なる二つの 語りの形式のみを区別する。つまへ「私」の形式(一人称形式)と「彼」の形式(三人称形式) である。しかしながら' この二つの語-の形式は、細分化を必要とする。ここで、ベーターゼンは、シエタンツエルの概念を引っぼり出す。すな わち'ベーターゼンは、「私」 の語-の形式(一人称形式)と「彼」 の語-の形式(三人称形式)それぞれに、彼が「語 -の態度」と名づけた三つのものを'つま-局外の語-手による'作中人物に反映する'中立的なを割-当てるのである。 そ れ ら を ' 彼 は 、 シ エ タ ン ツ エ ル と 同 じ よ う に 次のように定義している。 戟 後 ド イ ツ 短 編 に つ い て ( 序 論 )
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 一、「局外の語-手による語-の態度を、私たちは、語-手が自分自身を関与させ'解説しっつ、反省しっつ、判断し つつ介入する節と理解する。」局外の語-手は'読者を導き、語られた出来事を次のように提示する。つま-'語られた 事柄と読者との間の虚構の媒体というその機能の点で、語-手が常にご-はっき-と感じられうるようにである。 二、「叙事的媒体が外に立つ見物人のように報告するとき'つま-'観察者の距離をとって出来事を伝えるとき'私た ちは'この語-の態度を中立的と名づける。(中略)また、(ほとんど)もっぱら直接話法が見られるとき'すなわち'例 えば会話が再現されるときにも、中立的な語-の態度が問題となる。」中立的な語-手は、目に見えない手に操作され、 出来事に向けられているカメラのように振る舞い、出来事について解説した-、評価した-せず、関係者の視点をとるこ ともない。ここでもむろん語り手が仕事をしているにもかかわらず'出来事が一人で話しているように思われ'その結果' 読者にとっては'感情を欠いた'中立的な'そしてそれゆえ特別客観的な叙事的叙述が生じるのである。 三㌧ 「最後に'作中人物に反映する語-の態度は'語-手が登場人物たちの背後に後退Lt 世界を登場人物たちの目で 見る、つまり登場人物たちの視覚と見方を選択する節で見出される。」 この概念は'ラテン語の 「ペルソナ」'すなわち仮 面に由来し、それでもって、語-手がいわば行動する登場人物たちの仮面をかぶることによってとる視点を示している。 作中人物に反映する語-の態度には'内的独自と体験話法が属する。 ベーターゼンに倣って'二つの語-の形式にそれぞれ三つの語-の態度が割-当てられうるなら、シエタンツエルの場 合とは違って、語-を記述するその都度の可能性は、三つではな- 、六つになる。つま-'例えば、作中人物に反映する
「 私 」 ( 一 人 称 ) の 語 -手 と か ' 中 立 的 な 「 彼 」 ( 三 人 称 ) の 語 -手 な ど が 存 在 す る の で あ る 。 そのさい、注意されねばならないのは、全体としてただ一つの語-の態度のみを示す叙事的テクスIに出会うことは' ご-希だということである。そうではなく語-のプロセスの内部で、しばしば交替が生じ(それらの語りの機能は'そ の都度明らかにされねばなるまい)'時には'局外の語-手による'作中人物に反映する'または中立的なを'特定の節 に一義的に割-当てることさえ'まった-不可能である、ないしはそうすることが疑わしい可能性がある。しかしながら、 このような状況は'方法論上・教授法上の観点では'欠点ではな-'その道である。生徒らが語-の技法について'とり わけ語りの態度の記述と割-当てについてさし当た-意見が一致しえず、対立して導かれた'テクス-に緊密に関連した 議論の中で、論拠を示して話し合わねばならないとき、彼らの動機づけは、是が非でも刺激され'強められうる。このよ うにして集中的に対象と取り組むことによって'生徒らは、叙事的諸現象に対する、それとともに、一般的に言語的諸現 象に対する彼の問題意識と感受性を深められるのである。 たとえ教師が、授業における共同学習のために、概念的枠組みを、本書ではユルゲン・H・ベーターゼンのそれを前もっ て与えようとも'主体的受容は、誘導された-'限定された-しない。実-豊かな議論の一切の可能性は、完全に保たれ たままである。 テクストの選択について ドイツ語で書かれた戦後期の短編の代表的側面を提供するという要求を'本書での選択は、必然的な紙幅の制約という 理由から、掲げることができない。にもかかわらず、すでに教授法上の理由から、このジャンルのある程度の幅を見せる ことが断念されてはならず、そのさい、内容的観点も、形式的観点も、顧慮されねばならなかった。加えて'ドイツ連邦 戟後ドイツ短編について (序論)
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 共和国の作家のテクストのみならず、旧ドイツ民主共和国の作家(ボブロフスキーとノーヴアク) も取-上げられねばな らず'さらに'オーストリアの短編作家(アイヒンガ- 、アイゼンライヒ)とスイスの短編作家(マルティ、ピクセル) を紹介することも'当初から意図されていた。 言葉と形式の要因という観点では、一九四九年に「皆伐」という標語で特徴づけられた初期のドイツ短編が、それ相応 の地位を割-当てられたことは'当然のことである。この理由から'個性的な表現力ある言葉に基づいて'終戟直後の多 -の作家にとって手本として役だったヴオルフガング・ボルヒエルーの短編は、その文学的重要性に相応し- '二度登場 している。このほか'むしろ伝統的に語られた短編(レンツ)も、言葉上の非常な短縮を目指して形成された六〇年代の 短編(マルティ'ピクセル'ノーヴアク)も収録された。このジャンルの風刺的'および寓話的変形は'「解釈の補助」 である本書では'レンツ'ないしはアイヒンガIのテクスーでもって提示されている。他方で'残念ながら'グロテスク な変形 - それはtと-わけヴオルフガング・ヒルデスハイマIによって'有名になった ﹃愛なき伝説﹄ (一九五二年) において優遇されたものであるIは'紙幅の理由から顧慮されえなかった。 選ばれた短編は'テーマとモチーフの観点で'相互に明確な関連を認識させる。そのさい、寡黙というモチーフは'ほ とんどすべてのテクストで証明されうる。ベルの ﹃あの頃オデッサで﹄を除けば'登場人物たちは'ほぼ例外な-'互い に話しをする能力がないことがわかる。人々は'内面的実体が欠如しているために'なにも言うことができないか (﹃海 から﹄)、あるいは'彼らの心を非常に動かすものを外部へ移す能力がないことが明らかになる (﹃パン﹄'﹃明日のための 木﹄'﹃-ンネルの中で﹄'﹃私が住んでいるところ﹄など)。もはやなされない会話に代わって'内的独白'ないしは体験 話法が登場する。 - 個人は、葛藤を自己の内面に移し、問題を自分ひと-で処理するのであ-'それを自分の外へ出し、 会 話 の 対 象 と す る こ と は な い 。 言 葉 は 、 途 方 に 暮 れ た 身 ぶ -に よ っ て ( ﹃ パ ン ﹄ ' ﹃ シ ラ カ バ の そ ば の 兵 隊 ﹄ ' ﹃ あ る 耽 美 家 ﹄ ) 、
お よ び ( ま た は ) 意 味 空 虚 な 言 葉 に よ っ て ( ﹃ ト ン ネ ル の 中 で ﹄ ' ﹃ 海 か ら ﹄ ) 取 っ て 代 わ ら れ る の で あ る 。 コミュニケーションの能力は'個々人から明らかに失われた。登場人物たちは'対等のパートナーとして自分たち'お よび自分たちの精神状態、自分たちの欲求'期待、失望について意志疎通させる能力がなく沈黙へ'または無愛想へと 引きこもる。一面的な'または相互の責任の認識として、状況から話すことが求められるときに'登場人物たちは、問題 をまった-あっさ-と抑圧してしまうため'役に立たない (﹃パン﹄'﹃ある耽美家﹄'﹃私が住んでいるところ﹄'﹃そ-滑 り﹄)。そのさい、抑圧の形式は'危険を否定し、軽視する試み(﹃私が住んでいるところ﹄)から'偽善的な自己満足と偽 -の 弁 解 ( ﹃ あ る 耽 美 家 ﹄ ) を 経 て ' 利 己 主 義 的 に 動 機 づ け ら れ た 無 関 心 ( ﹃ そ -滑 -﹄ ) に ま で お よ ぶ 。 し た が っ て 、 行 動 力のなさ'および意志と責任の弱さの表れとしての寡黙と抑圧は、しばしば'互いにごく緊密に結びついている。 まさにこの二つのモチーフが、戟後期の短編において'そのような重要性を獲得したのはなぜかという問題は、歴史的 状況から理由づけられうる。一九四五年五月の軍事的・政治的崩壊以前には、たいていのドイツ人は、彼らが正しい判断 へ到達するさい'国家的権威をすっか-拠-所とすることに、またついでながら'沈黙することに慣れていた。その一方 で、戟後期の政治的大変革にもかかわらず、ヒーラー独裁の恐るべき犯罪の批判的再検討はなされなかった。 - 今や起 こ-うる'そして必要とされる会話に代わって'またもや、沈黙の共同体が'集団的抑圧への個人の同意が現れたのであ る。今や対話の中で可能となったであろう過去の道徳的・政治的克服は'戟後期の日常の現実的な'または単に表面的な 要求と必要を前にして、行われなかった。この展開に対する多-の作家の不快感が'直前の過去に関する彼らの取-組み の中に、読みとられうる。つま-'彼らの短編においては'多-の登場人物の態度は'復興の段階における大多数の住民 の態度を反映しているのである。それどころか'﹃パン﹄と ﹃私が住んでいるところ﹄ のように大変相違する短編が、こ の意味では、共通のテーマを有している。すなわち'この二つの事例では、人間を寡黙にするのは'ほかならぬ自己の言 戟 後 ド イ ツ 短 編 に つ い て ( 序 論 )
ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 語行為の結果に対する恐れである。この二つの物語においては'彼らの世界のもろさを否定する'ないしは無視すること が'主人公にとって'有効な生き残-の手段だと誤解されるのである (それにもかかわらず、老婦の態度は'﹃私が住ん でいるところ﹄ における「私」 の語-手のそれとは'道徳的に違った風に評価されねばならない。が、それについては' ここでは'これ以上詳述される必要はない。)。 寡黙と抑圧というモチーフと並んで'本書で取-上げた短編の多-においては'もう一つ別なテーマも見出される。つ ま-'生への渇望というモチーフである。内面的・外面的破局が、い-人かの登場人物の中に'間近な死を目の当た-に して、もう一度なんの束縛もな-楽しみたい、感覚的欲求になんの顧慮も用心もな-屈したいという願望を呼び覚ます。 そのさい、登場人物たちの中には'彼ら自身にとって'驚-べき変化が生じる。彼らは'その生への渇望'その制御しが たい激しい欲望を通じて'それ以前に通用していた彼らの原則を放棄せざるをえない状況へと自己をもたらすのである。 ﹃パン﹄ の老人は'一片のパンのために'ほぼ四〇年間続いた結婚生活を危険に晒す。というのも'彼の道徳が、彼の感 覚的欲求に対して'もっとよ-言えば'彼の激しい欲望に対して降伏したためである。生きることと生き残ることが'突 然、それまで生の基準であった他の一切のものよ-も重要になる。ボブロフスキーの短編の兵隊は'暖かさへの願望を通 じて'自己を死ぬほどの危険にもたらす。というのも'彼は'歩哨の職務を怠けた罪ゆえに、即決裁判で銃殺される危険 を冒すのである。また'小屋の中の女は、丁度殺されたばか-の夫の死体の横で'見知らぬ兵隊と寝ることを蒔躍しない。 衝動と生への渇望が、あらゆる道徳的'および職務上の制限を無意味にするのである。ベルの﹃あの頃オデッサで﹄ の三 人の若い新兵も'抑え切れない、被造物に特有の生への渇望を覚える。彼らは、おそら-は死を招-クリミアへの投入の 前に'禁止されたやり方で、飲み屋を訪れる。服務規程上の恐るべき結果を無視して'彼らは'彼らの全財産を'酒i)食 事に費やす。まるで、それが最後の享楽の機会であるかのように。間近な死を前にして'脅かされた人間たちにとって'
カ ル ペ ・ デ ィ -エ ム 「現在を楽しめ」という言葉にあらゆる観点で無思慮に従うことが'無意識のうちに、唯一通用する原則となるのである。 戦後期の幾つかの短編における寡黙、抑圧、および生への渇望というモチーフでもって'一九四五年五月前後の多-の 人間の状況について、歴史的・理論的考察が明らかにしうる以上に感じられるようになる。このなるほど虚構であるが' しかし具体的・感覚的な叙述の可能性という点に'現実と取-組む他の一切の形式に対して文学が主張しうる特別な長所 があるのだということが、生徒たちに、明らかになることが望まれる。
付記
こ の 翻 訳 の 底 本 は 、 R a i n e r K o n e c k e : I n t e r p r e t a t i o n s h i l f e n d e u t s c h e K u r z g e s c h i c h t e n 1 9 4 5 -1 9 6 8 . 1 2 T e x t e u n d l n t e r p r e t a t i o n e n . S e k u n d a r s t u f e I I . S t u t t g a r t \ D r e s d e n : K l e t t 1 9 9 4 , S . 7 -2 1 , , , E i n l e i t u n g " で あ る 。 原 文 に お い て イ タ リ ッ ク 体 で 強 調 さ れ て い る 箇 所 は ' 訳文ではゴシック体で表記した。 ところで、このケネツケの著書は、表題の通-、一九四五年から一九六八年にかけてのドイツの短編から十二編を選んで解釈を試み たものである。各々の作品について、全文と作者の経歴を紹介した後、作品の形態的特徴、登場人物の特徴、及びメッセージについて 考察がなされている。本来はギムナジウムの六・七学年の生徒向けに書かれた参考書であるが、と-わけ「語-の理論」 の成果を踏ま えた形態的特徴の分析には'決して専門書に見劣-しないだけのものがある。そこで'数年前から'紀要・学会誌への翻訳紹介を行っ てきたが'今回の 「序文」をもって、この仕事は完結することになる。以下'原書の目次に従って、改めて掲載雑誌のデータを記して おくので'参考にして頂ければ幸いである。 Ⅲ戦後ドイツ短編について (序論) (鹿児島大学法文学部紀要﹃人文学科論集﹄第五九号三三∼五二頁、平成十六年) Sエリーザベ-・ランゲッサーの﹃シーズンの始ま-﹄ (一九四七年) について (九州大学独文学会機関誌﹃九州ドイツ文学﹄第十五号、 十三∼二三頁、平成十三年) ㈱ヴオルフガング・ボルヒエルーの ﹃パン﹄ (一九四六年) について (﹃人文学科論集﹄第五二号'三九∼五八頁、平成十二年) 戦後ドイツ短編について (序論)ライナー・ケネッケ著 竹岡健一訳 相ヴオルフガング・ボルヒエルトの﹃明日のための木﹄ (l九四七年) について (﹃人文学科論集﹄第五三号'六七∼八四頁'平成十三 年) ㈱ハインリヒ・ベルの﹃あの頃オデッサで﹄(一九五〇年) について(﹃人文学科論集﹄第五四号、六一∼八三頁、平成十三年) ㈲ヨハネス・ボブロフスキーの﹃シラカバのそばの兵隊﹄ (一九五一年) について (﹃人文学科論集﹄第五六号、五三∼七〇頁'平成十 四 年 ) Sヘルペルー・アイゼンライヒの﹃ある耽美家﹄ (一九五三年) について(﹃人文学科論集﹄第五七号、三三∼五二頁、平成十五年) ㈲ジークフリート・レンツの﹃偉大なヴィルデンベルク﹄ (一九五八年) について (﹃九州ドイツ文学﹄第十六号、一∼十四頁、平成十 四 年 ) ㈱ギユンタ-・グラスの﹃-ンネルの中で﹄(一九五九年) について(研究同人誌﹃かいろす﹄第四〇号、二四⊥二七頁、平成十四年) 個クルト・マルティの﹃ハッピーエンド﹄(一九六〇年)について(﹃九州ドイツ文学﹄第十四号、十九∼二八頁'平成十二年) 旭イルゼ・アイヒンガIの﹃私が住んでいるところ﹄ (一九六三年) について(﹃人文学科論集﹄第五八号'四五∼六三頁、平成十五年) 個ベーター・ピクセルの﹃海から﹄(一九六四年) について(﹃九州ドイツ文学﹄第十七号、。一五l一五頁、平成十五年) 個ヘルガ・M・ノーヴアクの﹃そ-滑-﹄(一九六八年)について(﹃かいろす﹄第三九号'八〇∼九〇頁'平成十三年)