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厚生年金の適用拡大がもたらす貧困率改善効果 ( 財政計算の問題 ) 2004 年財政再計算以降は 計算プログラム がデータとともにほとんど公開されており お そらく 計算プログラム上の大きな問題はない と考えてよいであろう ただし 膨大なプログ ラムであり 本来の意味での仕様書は公開され ておらず

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自 由 論 題

1 . はじめに

我が国の公的年金制度は、すべての国民が加 入し、原則として保険料の納付実績に応じて老 後に年金給付を受けるという社会保険方式によ る国民皆年金の仕組みとなっている。また、公 的年金の財政は、いわゆる積立方式でスタート したが、その後、現役世代が納めた保険料を原 資として老齢年金受給世代に給付するという賦 課方式に事実上移行した。賦課方式の場合、高 齢化の進展に伴って現役世代の負担が急激に上 昇することから、年金財政に対する不安が高ま り、公的年金への信頼も必ずしも万全ではない。 さらに、国民年金の第1号被保険者では保険料 の未納率が40%にも達しており、国民皆年金 の仕組みと本当に言えるのか、老後生活の基礎 的部分さえも保障できていないのではないかな ど、公的年金としての本質的な問題も提起され ている。 政府は、2004年改正において、高齢化が進 展しても年金財政が破たんしないよう、マクロ 経済スライドという仕組みを導入し、財政の健 全性をアピールしているが、この仕組みは給付 を実質的に削減して財政のバランスを保つ仕組 みであることから、将来の年金水準に対する不 安は消えていない。政府の説明では、モデル 世帯の所得代替率が50%を下回ることはなく、 長期的な財政のバランスが保たれることを強調 しているが、額面どおりとらえて大丈夫であろ うか。我が国の高齢化率は、欧米諸国と比べて も著しく高く、将来もその状況が変わらないと 見込まれている。世代間扶養の仕組みである公 的年金制度がこうした状況下で本当に持続可能 なのか、直感的にはなかなか理解しがたい。 そこで、本稿では、①年金制度の財政バラン スには本当に問題がないのか、②モデル世帯の 所得代替率が50%を超えていれば、公的年金 制度の役割(全国民の老後生活の主柱)が果た されているといえるのか、③厚生年金の適用拡 大が有力な制度改正オプションとされているが それほど大きな効果が望めるものなのか、とい う3つの論点から公的年金制度を考察した上 で、年金財政の観点から残されている問題を提 起したい。

2 . 年金制度の財政バランス

公的年金制度は財政的に破たんするという論考 が多くみられている。その理由としてよくあげられ るものとしては、①経済前提が楽観的過ぎる、② 財政計算に問題がある、③保険料未納が財政破 たんを引き起こす、といったものがある。 (経済前提の問題) 超長期にわたる経済指標の見通しは、(短期 でも難しいが)一般的には困難であり、その見 通しが楽観的かどうかについては、おそらく主 観的な判断によらざるを得ないことになる。よ ほど極端な前提でない限り、適否の合意は得ら れないであろう。2014年財政検証では、経済 前提専門委員会において、専門家の議論の結果 得られた8通りの前提を利用しており、また、 これらは「シナリオ」であるので、そういう位 置づけで結果を読むべきである。シナリオに よっては破たんするかもしれないし、(年金財 政が)「100年安心」であるかもしれない。

厚生年金の適用拡大がもたらす貧困率改善効果

稲垣 誠一* * 国際医療福祉大学  E-mail: s.inagaki@iuhm.ac.jp

(2)

自 由 論 題

1 . はじめに

我が国の公的年金制度は、すべての国民が加 入し、原則として保険料の納付実績に応じて老 後に年金給付を受けるという社会保険方式によ る国民皆年金の仕組みとなっている。また、公 的年金の財政は、いわゆる積立方式でスタート したが、その後、現役世代が納めた保険料を原 資として老齢年金受給世代に給付するという賦 課方式に事実上移行した。賦課方式の場合、高 齢化の進展に伴って現役世代の負担が急激に上 昇することから、年金財政に対する不安が高ま り、公的年金への信頼も必ずしも万全ではない。 さらに、国民年金の第1号被保険者では保険料 の未納率が40%にも達しており、国民皆年金 の仕組みと本当に言えるのか、老後生活の基礎 的部分さえも保障できていないのではないかな ど、公的年金としての本質的な問題も提起され ている。 政府は、2004年改正において、高齢化が進 展しても年金財政が破たんしないよう、マクロ 経済スライドという仕組みを導入し、財政の健 全性をアピールしているが、この仕組みは給付 を実質的に削減して財政のバランスを保つ仕組 みであることから、将来の年金水準に対する不 安は消えていない。政府の説明では、モデル 世帯の所得代替率が50%を下回ることはなく、 長期的な財政のバランスが保たれることを強調 しているが、額面どおりとらえて大丈夫であろ うか。我が国の高齢化率は、欧米諸国と比べて も著しく高く、将来もその状況が変わらないと 見込まれている。世代間扶養の仕組みである公 的年金制度がこうした状況下で本当に持続可能 なのか、直感的にはなかなか理解しがたい。 そこで、本稿では、①年金制度の財政バラン スには本当に問題がないのか、②モデル世帯の 所得代替率が50%を超えていれば、公的年金 制度の役割(全国民の老後生活の主柱)が果た されているといえるのか、③厚生年金の適用拡 大が有力な制度改正オプションとされているが それほど大きな効果が望めるものなのか、とい う3つの論点から公的年金制度を考察した上 で、年金財政の観点から残されている問題を提 起したい。

2 . 年金制度の財政バランス

公的年金制度は財政的に破たんするという論考 が多くみられている。その理由としてよくあげられ るものとしては、①経済前提が楽観的過ぎる、② 財政計算に問題がある、③保険料未納が財政破 たんを引き起こす、といったものがある。 (経済前提の問題) 超長期にわたる経済指標の見通しは、(短期 でも難しいが)一般的には困難であり、その見 通しが楽観的かどうかについては、おそらく主 観的な判断によらざるを得ないことになる。よ ほど極端な前提でない限り、適否の合意は得ら れないであろう。2014年財政検証では、経済 前提専門委員会において、専門家の議論の結果 得られた8通りの前提を利用しており、また、 これらは「シナリオ」であるので、そういう位 置づけで結果を読むべきである。シナリオに よっては破たんするかもしれないし、(年金財 政が)「100年安心」であるかもしれない。

厚生年金の適用拡大がもたらす貧困率改善効果

稲垣 誠一* * 国際医療福祉大学  E-mail: s.inagaki@iuhm.ac.jp (財政計算の問題) 2004年財政再計算以降は、計算プログラム がデータとともにほとんど公開されており、お そらく、計算プログラム上の大きな問題はない と考えてよいであろう。ただし、膨大なプログ ラムであり、本来の意味での仕様書は公開され ておらず、完全に正しいかどうかの検証を行う ことは容易ではない。もちろん、大規模なプロ グラムであり、軽微なバグが全くないというこ とはないかもしれないが、それよりも、基礎率 の精度(有効数字)の問題の方に留意すべきで あろう。たとえば、有効数字の長い死亡率でも 高々5桁であり、3桁程度のものも多い。 (保険料未納の問題) 第1号被保険者の保険料の未納率が40%と 高く、その結果財政破たんを起こすのではない かとの懸念である。強制加入の制度で40%も の者が法令を順守していないという制度上の問 題は深刻であるとしても、財政上の問題はこれ とは別に考える必要がある。正確には、未納率 (納付猶予や免除は「未納」にカウントされない) ではなく、第1号被保険者に占める保険料納付 者の割合が財政上問題となるが、ここでは議論 をわかりやすくするため、未納率の高低で議論 する。 まず、国民年金第1号被保険者の保険料は、 公的年金制度全体の保険料収入のごく一部であ ること1から、公的年金制度全体の財政からみ ると、未納率の上昇の影響は、マイナスである としても軽微である。 ただし、この問題は単純ではない。公的年金 制度は、国民年金勘定(第1号被保険者)と 厚生年金勘定(第2号・第3号被保険者)に 財政単位が区分されており、それぞれで財政バ ランスを図る必要があるという仕組みであるこ とに加え、両勘定の財政調整が行われているた めである。さらに、加入種別が第1号から第2 1 平成 26 年度の保険料収入は、国民年金(第1号被保険者)が1.6 兆円、厚生年金被保険が26.3 兆円である(平成26 年度厚生 年金保険・国民年金事業の概況(厚生労働省年金局))。 号に変更になったとき、当該変更者の積立分に 相当する資産を、国民年金勘定から厚生年金勘 定に移管する仕組みになっていないことが、未 納率の上昇の財政影響の問題を非常に複雑にし ている(図 1 公的年金の財政構造(概念図))。 図 1 公的年金の財政構造(概念図) 公的年金制度は積立方式ではないが、一定水 準の積立金を有している。現在未納であっても、 かつて第1号被保険者として保険料を納付し ていた者の保険料の一部は、将来の給付に備え るために国民年金勘定の積立金として積み立て られている。しかしながら、基礎年金給付のた めの拠出金は、給付(拠出)が行われる時点で 保険料を納付している者の人数で、国民年金勘 定と厚生年金勘定の負担に按分されるため、こ の者が積み立てた分は使われない形になってい る。すなわち、かつては保険料を納付していた が、未納や免除になったり、第2号被保険者に 移行したりした場合には、その分だけ国民年金 勘定の財政が改善することになる。 稲垣[1]が示しているとおり、現実的な経済 前提等のもとでは、未納率の上昇は、国民年金 勘定の財政を改善させ、未納率の低下は、国民 年金勘定の財政を悪化させる。その結果、未納 率が低下すると基礎年金部分の所得代替率が低 下する結果となる(社会保障審議会年金部会 [2])。この不合理さは、基礎年金の財政調整の 仕組み等に起因するものであり、基礎制度発足 時から生じている問題である。 以上のことから、基礎年金財政の仕組みの不

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合理さはあるにしても、その不合理さが国民年 金勘定にプラスに働くことによって、財政上の 問題は生じにくいと考えてよい。もちろん、経 済前提が想定したシナリオよりも大きく悪化す ると、財政破たんが起きることはありうる。な お、基礎年金の2分の1について国庫負担が なされることが所与の前提とされているが、今 日の国家財政の状況に鑑みると、その持続可能 性について留意した方が良いかもしれない。

3 . モデル世帯の所得代替率

公的年金は、老後生活の所得保障の柱とされ ている。もちろん、老後生活のすべてを支える 必要はないが、確かな支えとなるべきものでな ければならない。そのため、必要な年金水準を 定め、それを賄うために必要な保険料を現役世 代から徴収するという基本的な考え方のもとに 制度が創設された。しかしながら、この考え方 のままでは、高齢化の進行とともに、保険料が 著しく上昇し、現役世代の理解が得られないこ とが危惧されたことから、当初必要とされた水 準を自動的に削減するシステム「マクロ経済ス ライド」が2004年改正において導入された。 しかしながら、財政の事情だけを考慮して給 付水準を引き下げた場合、老後生活の保障とい う公的年金の本来の目的が達成されなくなる恐 れがあるため、チェック基準として、「標準的 な夫婦の所得代替率(新規裁定時)が50%を 下回らないこと」という基準が導入された。た だし、①ここでいう夫婦が標準的なのかという 問題、②第2号被保険者を基準とした指標であ り、非正規雇用者などもっぱら第1号被保険 者であった者の年金水準を示す指標でないこと、 ③新規裁定時に50%であったとしても受給開 始後はその水準が低下していくことなどが、問 題点として提起されている。 (標準的な夫婦) 所得代替率の算定に用いられる「標準的な夫 婦」は、同年齢で20歳で結婚し、夫は40年 間正社員(第2号被保険者)として働き、妻は 生涯専業主婦(第3号被保険者)というモデル である。かつての日本社会では典型的なライフ スタイルであったが、現在ではライフスタイル の一つに過ぎない。女性の第3号被保険者の比 率も、28.8%(2013年度)にとどまっており、 第3号被保険者制度が導入された1980年前半 では「標準的」であったかもしれないが、その 後のライフスタイルの変容に伴い、今日では、 標準どころか少数派に過ぎない。 (第 1 号被保険者であった者の年金水準) かつては、自営業者・農業者などが多く、第 1号被保険者としてはそのような就業形態が想 定されていた。これらの者は、所得の把握が必 ずしも十分でなく、サラリーマンと違って定年 がなく、高齢になっても働くケースが多かった ため、所得代替率のような給付水準の指標はな じまないものであった。 しかしながら、その後の経済就業構造の変化 によって、自営業者・農業者は著しく減少し、 一方、サラリーマンであっても厚生年金の適用 にならない者、いわゆる非正規就業といった雇 用形態が増えてきた。これらの者は、正規雇用 のサラリーマンと同様に、老後は公的年金に頼 らざるを得ないケースが多いが、給付水準が全 く考慮されていない。 (新規裁定後の年金水準) 年金額は、新規裁定までは賃金スライド、裁 定後は物価スライドという仕組みになっている。 一般に賃金上昇率は物価上昇率よりも高いこと から、所得代替率で給付水準を測定すると、年 齢が高くなるにしたがって給付水準が低下して いく。2014年財政検証の前提では、実質賃金 上昇率が0.7~2.3%とされており、経済前提 にもよるが、80歳くらいまでに給付水準が2 割程度は低下することになる。 このように、モデル世帯の新規裁定時の所得 代替率をもって年金水準の十分性を判断すること については、一面的であり、問題が多い。さらに、 この水準が50%を超えればよいという基準値につ いても、特段の根拠はない。国民全体をカバーす

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合理さはあるにしても、その不合理さが国民年 金勘定にプラスに働くことによって、財政上の 問題は生じにくいと考えてよい。もちろん、経 済前提が想定したシナリオよりも大きく悪化す ると、財政破たんが起きることはありうる。な お、基礎年金の2分の1について国庫負担が なされることが所与の前提とされているが、今 日の国家財政の状況に鑑みると、その持続可能 性について留意した方が良いかもしれない。

3 . モデル世帯の所得代替率

公的年金は、老後生活の所得保障の柱とされ ている。もちろん、老後生活のすべてを支える 必要はないが、確かな支えとなるべきものでな ければならない。そのため、必要な年金水準を 定め、それを賄うために必要な保険料を現役世 代から徴収するという基本的な考え方のもとに 制度が創設された。しかしながら、この考え方 のままでは、高齢化の進行とともに、保険料が 著しく上昇し、現役世代の理解が得られないこ とが危惧されたことから、当初必要とされた水 準を自動的に削減するシステム「マクロ経済ス ライド」が2004年改正において導入された。 しかしながら、財政の事情だけを考慮して給 付水準を引き下げた場合、老後生活の保障とい う公的年金の本来の目的が達成されなくなる恐 れがあるため、チェック基準として、「標準的 な夫婦の所得代替率(新規裁定時)が50%を 下回らないこと」という基準が導入された。た だし、①ここでいう夫婦が標準的なのかという 問題、②第2号被保険者を基準とした指標であ り、非正規雇用者などもっぱら第1号被保険 者であった者の年金水準を示す指標でないこと、 ③新規裁定時に50%であったとしても受給開 始後はその水準が低下していくことなどが、問 題点として提起されている。 (標準的な夫婦) 所得代替率の算定に用いられる「標準的な夫 婦」は、同年齢で20歳で結婚し、夫は40年 間正社員(第2号被保険者)として働き、妻は 生涯専業主婦(第3号被保険者)というモデル である。かつての日本社会では典型的なライフ スタイルであったが、現在ではライフスタイル の一つに過ぎない。女性の第3号被保険者の比 率も、28.8%(2013年度)にとどまっており、 第3号被保険者制度が導入された1980年前半 では「標準的」であったかもしれないが、その 後のライフスタイルの変容に伴い、今日では、 標準どころか少数派に過ぎない。 (第 1 号被保険者であった者の年金水準) かつては、自営業者・農業者などが多く、第 1号被保険者としてはそのような就業形態が想 定されていた。これらの者は、所得の把握が必 ずしも十分でなく、サラリーマンと違って定年 がなく、高齢になっても働くケースが多かった ため、所得代替率のような給付水準の指標はな じまないものであった。 しかしながら、その後の経済就業構造の変化 によって、自営業者・農業者は著しく減少し、 一方、サラリーマンであっても厚生年金の適用 にならない者、いわゆる非正規就業といった雇 用形態が増えてきた。これらの者は、正規雇用 のサラリーマンと同様に、老後は公的年金に頼 らざるを得ないケースが多いが、給付水準が全 く考慮されていない。 (新規裁定後の年金水準) 年金額は、新規裁定までは賃金スライド、裁 定後は物価スライドという仕組みになっている。 一般に賃金上昇率は物価上昇率よりも高いこと から、所得代替率で給付水準を測定すると、年 齢が高くなるにしたがって給付水準が低下して いく。2014年財政検証の前提では、実質賃金 上昇率が0.7~2.3%とされており、経済前提 にもよるが、80歳くらいまでに給付水準が2 割程度は低下することになる。 このように、モデル世帯の新規裁定時の所得 代替率をもって年金水準の十分性を判断すること については、一面的であり、問題が多い。さらに、 この水準が50%を超えればよいという基準値につ いても、特段の根拠はない。国民全体をカバーす るような指標、あるいは複数の指標で十分性から 総合的に判断していく必要があろう。

4 . 厚生年金の適用拡大の効果

現在の年金制度は、伝統的な家族を想定した 仕組みになっている。伝統的な家族といっても、 戦後の高度成長期だけのものであるが、男女は 結婚して離婚はせず、夫が終身雇用の正社員で 妻が専業主婦、子どもは二人といったライフス タイルを指している。したがって、遺族年金や 専業主婦(第3号被保険者)に対しては手厚い 給付が行われ、所得代替率のモデルもこうした 夫婦を想定している。 今日では、これらのライフスタイルはいずれ も過去のものとなっているが、ここでは、これ らのうち、「夫が終身雇用の正社員」という条 件がもはや成り立たなくなっていることに注目 する。近年増加している非正規雇用者は、厚生 年金に加入することができないために、公的年 金制度からは、十分な年金給付を得ることがで きない。これらの者の多くは、まだ年金受給世 代に達していないので、潜在化したリスクにと どまっているが、今後顕在化して大きな社会問 題になろうことは論を待たない。 そこで、これらの非正規雇用者に厚生年金を 適用拡大しようとの改革案が提起され、2014 年財政検証ではオプション試算としてその改革 の効果が定量的に示された。オプション試算で は、被用者保険の適用対象となっていない雇用 者1500万人の う ち、2024年4月 か ら220万 人(週20時間以上の短時間労働者を適用)ま たは1200万人(一定以上の収入のある全雇用 者を適用)を新たに適用拡大するケースが示さ れた。いずれも、その改革効果は標準的な世帯 の所得代替率として測定されている。前者では、 0.5ポイント程度にとどまるが、後者では5~ 6ポイント程度の効果があるとしている。 一見して、被保険者の立場からは望ましい改 革であり、また、その改革効果も大きい。しか しながら、本当に目を見張るような効果が得ら れるのであろうか。 重要な問題は、適用拡大したとしても、それ は、2024年以降の期間のみに適用されるため、 すでに中高年になっている非正規雇用者には、 その恩恵が極めて限定的であるという事実であ る。これは、現在の公的年金制度が基礎年金部 分を含めて「社会保険」の仕組みになっている からである。要するに、これらの者はすでに低 年金あるいは無年金になることがほぼ確定して いるからである。所得代替率による改革効果の 測定は、遠い将来の高齢者の年金水準にかかる ものであり、近未来、2020年代の高齢者の年 金水準は全く考慮されていない。 さらに、マクロ経済スライドによる毎年の年 金の削減率には、当分の間、影響を及ぼすこと はない。マクロ経済スライドの終了年のみが前 倒しになるので、2020年代には顕在化するで あろう貧困高齢者の問題には効果がないといっ てよい。 稲垣[3]は、適用拡大の効果について、マイ クロシミュレーションモデルを用いて、2100 年までの高齢者の年金額の第1四分位値と中央 値(図2)の将来見通しを示すとともに、生活 扶助基準を貧困ラインとしたときの高齢者の貧 困率の将来見通し(図3)を示している。  これによると、220万人への適用拡大では効 果は限定的であるが、1200万人への適用拡大 は貧困率の改善に大きな効果があるとしてい る。しかしながら、顕著な効果がみられるのは 2030年代後半以降であり、それまでの間はほ とんど効果が見られない。これは、すでに中高 年となっている非正規雇用者では、低年金・無 年金が確定しており、適用拡大の効果が及ばな いことを示している。

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図 2 適用拡大の効果 (年金額の第 1 四分位値・中央値) 出所:稲垣 [3] 図 3 適用拡大の効果(高齢者の貧困率) 出所:稲垣 [3]

5 . 結びにかえて

本稿では、年金財政に関して、必ずしも正し く理解されていないと考えられる問題を取り上 げた。超高齢社会においても年金制度が持続可 能という政府の説明は、直感的には理解しがた い。これは、政府の言う「持続可能」の定義と、 一般国民の考える「持続可能」との間には大き な隔たりがあるからではないであろうか。少な くとも、現在の高齢者が享受しているような、 生活の支えとなる年金は、若い世代では全く期 待できない。 この隔たりが、政府の財政検証の正確性に対 する不信感につながっていると考えられる。お そらく、政府の財政検証は、細かいバグ等はあ るかもしれないが、正確に計算されていると考 えてよい。ただし、計算の前提条件が、必ずし も正しく理解されていないことが、その背景に あるかもしれない。 国民年金の未納問題が財政に与える影響につ いても、ほとんど正しく理解されていない。専 門家であっても、「未納者は年金が受給できな いので財政影響はない」、「未納の影響は深刻で、 財政破綻する」という誤った理解がある。 正確には、本稿で述べたように、公的年金全 体をみるとマイナスの影響はあるが、国民年金 勘定の財政だけをみると、プラスの影響があり、 所得代替率でもプラスの効果があるというのが 正しい説明である。これは基礎年金の財政調整 の仕組みが不合理なために起きる事象であり、 本来は修正すべきものと考えるが、未納率が 数%変動する程度であれば、影響は小さく、気 にする必要はない。ただし、1200万人もの第 1号被保険者が第2号被保険者に移行する場合 には、この仕組みで問題がないかどうか再検討 する必要があろう。 公的年金制度が、今日の高齢者の生活の大き な支えとなっていることは、事実であり、とり わけ1990年代以降、成熟した公的年金制度が 大きな実を結んだと考えて間違いはない。 これは、伝統的な家族を想定した仕組み、す なわち、男女は結婚して離婚はせず、夫が終身 雇用の正社員で妻が専業主婦、子どもは二人と いったライフスタイルが想定されており、現在 の高齢者は、まさにこの典型的なライフスタイ ルを歩んできたため、非常にうまく機能してい るわけである。 しかしながら、これらのライフスタイルはい ずれも過去のものとなっており、新しいライフ スタイルの世代が、2020年代には高齢者とな り年金受給世代となるわけである。ところが、 本稿で述べたように、現在の年金制度は、著し い高齢化については考慮されているが、これら のライフスタイルの劇的な変化は十分に考慮さ れていない。 すなわち、2020年代には顕在化するであろ う潜在的なリスクは残されたままである。仮に 厚生年金の適用拡大が実現したとしても、この リスクが解消されることはない。現在の高齢者 の状況と遠い将来の所得代替率の数字のみを議

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図 2 適用拡大の効果 (年金額の第 1 四分位値・中央値) 出所:稲垣 [3] 図 3 適用拡大の効果(高齢者の貧困率) 出所:稲垣 [3]

5 . 結びにかえて

本稿では、年金財政に関して、必ずしも正し く理解されていないと考えられる問題を取り上 げた。超高齢社会においても年金制度が持続可 能という政府の説明は、直感的には理解しがた い。これは、政府の言う「持続可能」の定義と、 一般国民の考える「持続可能」との間には大き な隔たりがあるからではないであろうか。少な くとも、現在の高齢者が享受しているような、 生活の支えとなる年金は、若い世代では全く期 待できない。 この隔たりが、政府の財政検証の正確性に対 する不信感につながっていると考えられる。お そらく、政府の財政検証は、細かいバグ等はあ るかもしれないが、正確に計算されていると考 えてよい。ただし、計算の前提条件が、必ずし も正しく理解されていないことが、その背景に あるかもしれない。 国民年金の未納問題が財政に与える影響につ いても、ほとんど正しく理解されていない。専 門家であっても、「未納者は年金が受給できな いので財政影響はない」、「未納の影響は深刻で、 財政破綻する」という誤った理解がある。 正確には、本稿で述べたように、公的年金全 体をみるとマイナスの影響はあるが、国民年金 勘定の財政だけをみると、プラスの影響があり、 所得代替率でもプラスの効果があるというのが 正しい説明である。これは基礎年金の財政調整 の仕組みが不合理なために起きる事象であり、 本来は修正すべきものと考えるが、未納率が 数%変動する程度であれば、影響は小さく、気 にする必要はない。ただし、1200万人もの第 1号被保険者が第2号被保険者に移行する場合 には、この仕組みで問題がないかどうか再検討 する必要があろう。 公的年金制度が、今日の高齢者の生活の大き な支えとなっていることは、事実であり、とり わけ1990年代以降、成熟した公的年金制度が 大きな実を結んだと考えて間違いはない。 これは、伝統的な家族を想定した仕組み、す なわち、男女は結婚して離婚はせず、夫が終身 雇用の正社員で妻が専業主婦、子どもは二人と いったライフスタイルが想定されており、現在 の高齢者は、まさにこの典型的なライフスタイ ルを歩んできたため、非常にうまく機能してい るわけである。 しかしながら、これらのライフスタイルはい ずれも過去のものとなっており、新しいライフ スタイルの世代が、2020年代には高齢者とな り年金受給世代となるわけである。ところが、 本稿で述べたように、現在の年金制度は、著し い高齢化については考慮されているが、これら のライフスタイルの劇的な変化は十分に考慮さ れていない。 すなわち、2020年代には顕在化するであろ う潜在的なリスクは残されたままである。仮に 厚生年金の適用拡大が実現したとしても、この リスクが解消されることはない。現在の高齢者 の状況と遠い将来の所得代替率の数字のみを議 論の俎上にあげ、この大きなリスクを見逃して はならない。 前節で示した稲垣[3]の試算は、必ずしも十 分ではないかもしれないが、こうした試算を前 提に、潜在的なリスクへの対処はもちろんのこ と、現代のライフスタイルに合った年金制度に 再構築する議論を進めていく必要がある。もち ろん、こうした試算は、このような学術研究と してだけでなく、財政検証の一環として政府が 責任をもって提示する必要がある。 政府が5年ごとに実施する財政検証につい ては、社会保障審議会年金数理部会の専門家に よるピアレビューが義務付けられている。平成 26年財政検証結果に対するピアレビュー(社 会保障審議会年金数理部会[4])では4つの 課題が指摘されているが、その3つ目と4つ 目に重要な指摘が含まれている。一つは確率的 将来見通しであり、もう一つが年金額の分布推 計である。前者は、賃金上昇率が消費者物価上 昇率を下回る確率などを前提に、財政影響を評 価するものである。後者は、本稿の試算に相当 するものである。いずれも、早急に政府が対応 すべきものであり、こうしたエビデンスをベー スに、とりわけ「持続可能性」とその裏腹の関 係にある「給付水準」はどうあるべきかという ことについて、専門家だけでなく、国民的な議 論が行われることが望まれる。   <参考文献> [1] 稲垣誠一(2016),「第3号被保険者制度廃止の 財政影響と貧困率の将来見通し」, 『日本年金学会 誌』, 第35号 , 30-35. [2] 社会保障審議会年金部会(2014),「第21回社会 保障審議会年金部会(平成26年6月3日)」, 資 料1-1. [3] 稲垣誠一(2015),「年金改正・物価上昇が将来 の高齢世帯の貧困にもたらす影響」, 『貧困研究』, 第15号 , 34-44. [4] 社会保障審議会年金数理部会(2016)『平成26年 財政検証・財政再計算に基づく公的年金制度の財 政検証(ピアレビュー)』http://www.mhlw.go.jp/ file/05-Shingikai-12601000 -Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000113657. pdf

図 2 適用拡大の効果 (年金額の第 1 四分位値・中央値) 出所:稲垣 [3] 図 3 適用拡大の効果(高齢者の貧困率) 出所:稲垣 [3] 5 . 結びにかえて 本稿では、年金財政に関して、必ずしも正し く理解されていないと考えられる問題を取り上 げた。超高齢社会においても年金制度が持続可 能という政府の説明は、直感的には理解しがた い。これは、政府の言う「持続可能」の定義と、 一般国民の考える「持続可能」との間には大き な隔たりがあるからではないであろうか。少な くとも、現在の高齢者が享受しているよう

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 筆記試験は与えられた課題に対して、時間 内に回答 しなければなりません。時間内に答 え を出すことは働 くことと 同様です。 だから分からな い問題は後回しでもいいので

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな

これも、行政にしかできないようなことではあるかと思うのですが、公共インフラに

(注)