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談話室-香川大学学術情報リポジトリ

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Academic year: 2021

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談 話 室

一般教育の擁護

小 池 和 男

1り ある「声」をめぐって 大学審議会の答申により,−・般教育は重大な局面を迎えている。そのような 時にある新聞の投書欄に,ことの重要性を鋭く指摘する投書が目についた。執 筆者はつつましく「元大学教授」とのみ名乗っておられるが,私の記憶に間違 がなければ,ある大学の理学部長を勤められ,さらにある国立大学の学長を歴 任された方であるように思われる。退職されて以来,生々しいことがらには触 れないできたが,「この問題だけは,前の大戦の体験者として心の奥底から噴 き出してくるものがある」というのである。(折りしも,論評誌「AERA」 の最近号によれば,現在の政治・経済状況は,太平洋戦争の直前頃に酷似して きているという分析が特集として掲載されていた。) この投書者の叫びには,われわれが正面から受けとめねばならぬことがらが, あるいは一つの「原点」というべきものが含まれているように思われるので, 以下に転載する。 一般教養こそ重要 京都市 森 主−・(元大学教授 78歳) 「大学教育の改善について」とする大学審議会の答申を九日付の新聞が報じた。私は 教育の現場を退いて以来,生々しいことがらには触れないことにしてきたが,この問題 だけは,前の大戦の体験者として心の奥底から噴き出してくるものがある。そこで−・文 を皆さまに読んでいただきたく筆を執った。 大学教育改善の要点は,−・般教育と専門教育の区分の廃止にあると思う。大学教育の 実務経験者ならば,この“改善’’がいろいろの理由から一腰教育の軽視圧迫であり,大 学によってはその実質的廃止にまで導くものであることは冒に見えているであろう。

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太平洋戦争の終わったあとで,あのような戦争を引き起こした原因が各方面から探ら れた。その中で,視野のせまい専門家があふれ,平和の中でことを進めるという広く健 全な教養に基づく思考があまりにも軽視されたことが指摘された。 これもーつの大きい動機となって,大学の教養課程が新設されたのである。かつて歩 んだ誤りの道を,日本の大学は再び歩もうとしているかに見える。専門は大学院なり, 就職先の企業なりで修めればよい。大学は人間としての教養豊かな卒業生を世に送り出 すことを第一・義とすべきである。大学関係者と文部省の思慮深い再検討を切に望みたい。 (朝日新聞1991年2月16日付「声」欄より) 2.いわゆる「一般教育論」の没論理性 ところで,「−・般教育」とは何か。前掲の「声」にも述べられているように 「視野のせまい専門家があふれ,平和の中でことを進めるという広く健全な教 養に基づく思考があまりにも軽視されたこと」への反省は,われわれが決して 忘却することができない原点であることには,いささかの異論もない。それに 対する反省の意味もあってか,現実には広汎な科目が用意され,その選択は学 生にまかされてきた。それは必ずしも十分に検討され系統づけられたものでは なかったのにもかかわらず,大きな役割をはたしてきたといえる。 しかしながら,現実の社会的諸条件の変化の中で,−−・般教育はその理念と現 実の位置との間の隔りをしだいに拡大させてきているように思われる。このこ とは飯島宗一・氏によって鋭く指摘されている。 「大学における−・般教育の本質が何であるのかについては,いまだに不明瞭 である」‥。「ことばの本来の意味における−・般教育,すなわち〟全体的人 間の育成〟とはなになのか」…‥「ある分析によると,日本的スタイルの教養 教育は,大学での−・般的カリキュラムに含ませるようなものであると,その性 質上,いえない。学生はそれを自分で学ばなければならない」。「初期人文主 義の核を形づくる,ヨーロッパ啓蒙の哲学的思想は,現代社会の条件のために その魅力をしだいに失ってきている。その位置を占めることのできる−・般教育 の哲学が求められているけれども,いまだそれは発見されていない。ここにも 日本の大学での一・般教育が成功するのを失敗に導いた背後にあるいまひとつの

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ー・般教育の擁護 185 要因を知る」。「Liberalarts division として知られる授業者の組織体」 は,「ニ,三の例外を除くと,西欧で使われる表現としてのacollegeOfarts andsciencesへと発展することに失敗した」(「今日における−・般教育の動 向」一・般教育研究第29号(1986年3月参照) とくに,「その位置を占めることができる−・般教育の哲学が求められている けれども,いまだそれは発見されていない」という指摘は重要である。それは, 専門教育に対しては,それぞれの目的に応じてFacultyが組織され,「専門教 育部」ではなく,それぞれの固有名が冠されるのに対して,−・般教育において ほ,漠然と「−・般教育」あるいは「教養教育」という域を出ることができない という事実にも表われているように思われる。飯島氏の批判に対して,われわ れは,いかにこたえるべきであろうか?

3.Proto−DiscipIinary

「それにかわるべき一・般教育の哲学」の位置を占めうる理念の一つは,「PrOtO−

Dicipline」(学術基礎or科学基礎)という理念であろう

。それは,あれこ 確固としたDiciplineの下に成立する専門教育に対比して,それぞれの,ある いはそれらの総体の,およそ人間の社会的存在の所産である学問の成立の基礎 と根拠にまで遡るところの,Proto−disciplinaryという概念である。藤沢令夫 氏によれば,「学問としての原方向性を自覚的に再確保して与えるという上述 の意味において,いま要請される一腰教育のあり方として,Proto−disciplinary という概念を提唱したい。ttブロート”とはギリシア語の『ブロートン』(第 一・の,最初の)から来た『もともと本来の√』といった意味である。このような PrOtO−disciplina∫yの教育としての一・般教育が,実際の大学教育の現場におい て,どういう制度的な位置づけの下にどういうカリキュラムを具体的にとるべ きかば,決して簡単なことではなくて,長い模索と試行錯誤を重ねなければな らないような難しい課題である。」(−・般教育学会誌Vol121990,P8∼P9) Proto−disciplinaryという概念は,「トータルな人間」の形成という理念を も内包しうる深さをもつものであるが,しかし,ともすれば従来のtt経験主義 的’’−・般教育論における「人間形成」という側面が多少とも後退する可能性が

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ないとはいえない。このことを考慮して,Protodisciplinar・yを基礎にしつつ, この理念と「トータルな人間の形成」という理念を二本の柱とした構成をとる 方向が模索されるべきであろう。 4.一般教育の擁護 フランス革命で処刑されたラヴォアジュは,燃焼の理論の確立,元素概念の 提唱等の仕事で知られる大科学者であった。しかしながら当時は,学問研究を 社会が維持するシステムが存在しなかったために,科学研究は王候貴族か,あ るいはその保護を受けた科学者に限られていた。ラヴォアジェもまた例外では なかった。彼はルイ王朝に仕えた徴税官として得た収入により,こつこつと研 究を続けてきたのであろうが,そのことが,ラプラスとして「この首をはねる ことは一偶にして足りたが,その頭脳を復活させるには人輯はおそらく一世紀 を要するだろう」と喚かせたところの悲劇へとつながったのであった。 現代における大学は,高等教育機関であるとともに,社会による学問研究と 文化の維持発展のための重要な制度でもある。このことは−・般教育においても, それはカリキlユラムの問題のみに解消されるものではなく,Proto−disciplinary な学問と文化の創造の場を維持すべく使命をいかにして果していくのかという 問題でもなければならないのである。現代社会の諸条件は,このことの重要性 をますます増大させているように思われる老大家の「心の奥底から噴き出 してくる」呼びか桝こ対し,われわれはこの観点からもこたえなければならな いのである。 注

1)Alvin Toffler「The Third Wave」

2)J.n Bernal「ScienceinHistory」第3版序文 ト…・・われわれは歴史上 ●● はじめて,…1“…万人が科学の進歩に貢献し,かつ科学の進歩を享受することができ る一つの世界をもつ可能性を獲得するであろう。」 3)Kar・1Marx「経済学批判要項」ノートⅦP.653∼P.654(いわゆる「ソ連型社会主 義」の延長上ではなく,Bernalのいう意味での「科学=産業革命」の進行による生産力 の飛躍的増大の結果として引用者注)

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ー・般教育の擁護 「労働はもほや生産過程に内包されたものとして現れないで,むしろ人間が生産過 程それ自体にたいし監視者ならびに規制者として関係する。・労働者は生産過程の主 作用因でなくなって,生産過程とならんで現れる。 …・直接的形態での労働が,富の偉大な源泉であることをやめてしまえば,労働時 間は富の尺度であることをやめ,・…1したがって交換価値は使用価値の尺度である ことをやめ,・…イ′それとともに交換価値に立脚する生産は崩壊する。・‥‥もろもろ の個性の自由な発展。一般に社会の必要労働のある最低限への縮減。そのばあい この縮減には,すべての諸個人のために遊離された時間と創造された手段とによる諸 個人の芸術的・科学的等の教養が照応する。…・…… 」

参照

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