同
和
保
育
社会教育研究室 後 はじ
め
に 昭和
53年
の夏,米
子市の尚徳中学校で同和教育 の研究があった。その際の全体会の席上 で,参
力日 してお られたあるお母 さんか ら,次
のような質問が出 された。 「先生方 はいま,一
所懸命に同和教育 をな さってお られ る。 それは非常 にあ りがたいことだ し,敬
意 を表 したいが,い
ったい,い
つになった ら,部
落解放が完全になされ るのだ とい う,日
途 を持 っ てやってお られるのか。 その 目途 についてお教 えいただ きたい。」 この質問は,私
をはじめ,並
いる小・中学校の教員 に とって,す
ぐに答 えうるものではなかった。 この質問は,我
々すべてが,当
然,教
育実践の中で,想
定 しておかねばな らなか ったはずの もの であった ことなのに,常
に不明確の まま残 し続 けて きた状況への,す
るどい告発 であ り糾弾で もあ ったのである。我々は,何
のために,何
故 に同和教育 をせねばならないのかについては,常
に視野 の中に入れて きた。 しか し,現
在 自分達の実践が将来 を展望 した筋道の中で,
どこに,
どの ように 位置づけられ,ど
の時点 をゴール として,ひ
た走 っているのかは,こ
れ まであ ま り明確ではなか っ ヽ たので あ る。 その後,私
は,別
の研修 や研 究会 の席上 で,参
会者 に この質問 に答 え うるか をた ず ね てみた。 で も,い
ずれ も納得 で きるような答 は引 き出せ なか った。 日々の実践 の中で,い
ま自分 の してい る ことが,ゴ
ー ル に向か って どの ような位 置 づ け と意味 を 持 って い るか を点検 す る こ とや,い
ま我々 は,部
落 解放 へ 向 けて何 を しな けれ ばな らな いか,
とい う具体 的課題 を明確 にす るためには,部
落 解放達成 の 日の想定 は,不
可 欠 の こ とで あ つたの に。 この 日の想定 な しには,我
々 の同和教育 の実践 は,た
だや らされ てい る とい う受 身 の もので しか な い こ とを,如
実 に物語 る ことになって しまう。 目の前 にいる子 ども達 への教育 が,そ
れ を受 けた 子 ども達 に よって,い
つの 日にか最大 の効果 を発揮 して もらえるよ う,十
分 な配 慮 の も とに行 わ れ な い限 り,そ
の教育 は,一
過性 の もの に終 って しまう。 先 の質 問 に対 す る回答 を用意 す る こ とは,私
自身 に とって は,ど
うして もせ ね ば な らない もの と 位 置 づ け られ た。 と同時 に,そ
れか ら後 の私 の学習の重要 な よ りどころ とせね ばな らない もので も あ った。 ほぼ3ヶ月後,再
度,同
校 で行 われ た研 究会 で,説
得力 の弱 い もの で あ ったが,私
な りに 回答 を試 みたので ある。遅 々 として進 まなか った私 の学 習 に,就
学 前 の子 ど もの 姿 が 見 えは じめたの
課
題
也 誠 藤ことを手 は じめに
,軌
道修正がなされた一 つの転機 になった ものであった。 部落の解放 に,よ
り大 きな光明の見 える時点 をわが子達の世代 に置 きたい。わが子達が,成
人 し て親 となった時,彼
らの子 ども達 に,部
落問題 をそ して人間のね うちの尊 さを,い
かに教 えるか, これが,我
々のいまの同和教育実践 の評価 を定 めるものである。 わが子達が大人 になった時代 において,部
落解放達成の 日が,近
くに見えることを希求 し,そ
め ために,我
々は教育 をせねばならないのだ,
と考 えてい きたい。 この ことが しっか り確認 され る時 に,い
ま我々は何 をしなければな らないのか,の
自覚が生 まれて くるはずである。我々の責務 は, この発想 に支 えられて,子
ども達 を教育す ることである。 ここでは,上
述の発想 に支 えられて,部
落解放の教育の十全 なる達成 を考 える時,何
よ りもその 基盤 となる就学前の子 ども達への教育的働 らきかけに,焦
点 を合わせ,私
な りの課題 を整理 してみ たい と思 うのである。就
学
前
教
育
の
重
要
性
1.低
学 力 の 克 服 へ 向 け て(1)学
力 の 問 題①
進路保障と学力
「進路保障は解放教育 の総和である(1也と言われてか らかな りの時間が経過 した。この進路保 障 とい う発想 は,一
面では差別の大 きなあ らわれの一つだった就職差別か らの解放 を願 うものであ り,一
面では,部
落の子 ども達が,現
実の学校教育の中でかかえている低学力の克服 をめざす ものに支 え られている。 ことに低学力の問題 は,高
学歴取得への大 きな障害 となる。 能力主義,学
歴主義 に支配 されているかの感 のある,わ
が国の教育 の実情 は,多
様 な問題 を含 み, 改革せねばな らない点が多々ある。だが,現
実に学歴が,就
職 の機会,職
業選択の自由をコン トロ ール している状況か らすれば,部
落解放への一つの突破 口を開 こうとすると,被
差別部落大衆の高 学歴化 は,当
然考慮 されねばならないことになる。差別の累積が,子
ども達 を低学力のままに放置 している現状 は,改
善 されない限 り,解
放への筋道の一 つをふ さぐことになって しまう。 低学力の原因が どこにあ り,ど
のように阻害の要因を除去 してい くかが,現
在の学校教育 に課せ られた,進
路保障上の課題 である。 ② 実態 学力の定義 は多様 であって,一
義的に定 めるのは困難 な ことである。だが,現
実的に,進
路保障 とい う観点か らは,高
校 あるいは大学への進学に耐 えうる力 として,把
握することも必要だ ろう。 県内い くつかの小・ 中学校で,被
差別部落 の子 ども達の学力 (学習到達度で示 された もの)が
, 学校平均値 に比べ,か
な り低位にある事実証拠があるの。従 って,そ
れに基づ く高校進学の率 も,そ
して公私立別の進学者数比 も,低
位 にあることを示 している。 この事実 としての低学力 (学力の一 部分か もしれないが)は
,一
つには,基
礎学力の不足 と学 びの習慣化の欠落 に起囚す るもの と考 え られ る。現状 では,そ
れを差別の重要な事象 ととらえ,地
区進出学習会等で,克
服の手段 を講 じて いる。だが,そ
の効果のほどは確認 されていないのが実態のようである。 我々の発想の中に,そ
れぞれの学校段階での学力保障のための実践 は,そ
れぞれの学校 に在学中 の児童・ 生徒のみに焦点が合わされてなされるべ きもの とする とらえ方があるだろう。た しかに,鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 237 現在
,小
学校 や 中学校 に在学 す る者 に対 して は, 前段 階 に も どって,基
礎 か ら学 力 の向上 を図 る こ とはで きな い。 だが この実態 か ら,我
々 は,就
学 前 の段 階 に あ る子 ども達 に対 す る,必
要 な教育 的 働 ら きか け を,早
期 か ら行 うこ との重 要性 を,大
きな教訓 として,引
き出 しておかね ばな らない。 ③ 克服 を考 える前 に 知能指数 は絶対視で きない として も,一
定の指 数幅 を考慮 すれば,あ
る程度の可能性 を示 して く れ るもの とみてよい。 この可能1生と学カ レベルが 一致 しない原因は追求 されねばならないだろう。 門田氏 によれば,部
落の子 ども達の知能指数 は 決 して部落外 の子 ども達 の それ と比 べ て,劣
る こ とはな い とい ダ 働。この こ とは,部
落 の子 の低学 力 が,生
来 の学 習 可能性 の低 さに対応 す る もの で ない こ とを示 して い る。 可能性 と到達度 との相 関 を 低 め る要 因が,
どこか の段階 で作用 してい る と見 な ければ,説
明 が つか な くな る。一般的 には,低
学力状 態 は,被
差 別部落 に加 え られ て きた諸 々 の差別 によって生 みだ され て きた,被
差別部落 での 暮 しや意 識 の集約 的結果 と見 るこ とがで きる。 わが子 には,で
きる限 りの学校教育 を受 けさせ たい と願 って も,そ
の ため に,親
として何 をせね ば な らないのか を,多
くの親達 は,彼
等 の体験 の 中に持 ちあわせ て いな いの も事 実である。願 いは 強 くとも,日
標 達成 に必 要 な手段 も資料 も彼 等 の生活 の 中 に はな いの で あ る。 学力 の基 礎 が,学
校 入 学以 前 の保育 や生 活 の中 にあ る こ とな ど,
ま して知 る よ しもない。 また知 らされ て もいない。 それ故,学
力 とい うこ とばで表現 され る学校教育 の段 階 にな って,は
じめて, 学力 とい う こ とばの重 み を,全
身 で受 け とめね ばな らな くな る。 そ こで,わ
が子 の将来 を考 えた時 に,わ
が子 なが ら,自
分 の手 を離 し,他
に委 ね なけれ ばな らな くな るのであ る。(2)生
活 能 カー ー 学 力の基礎 となる もの ① 学力 に対応 す る もの 我 々 は,学
力 を基礎 的 な もの と応用 的 な もの に分 けて考 えてい る。 だが,学
力 とい うこ とば 自体 は,小
学校 入 学後 に形 成 され る諸 力 につ いて適 用 す る。 この考 え方 は,は
た して妥 当な もの であ ろ うか。学力 は小学校 に入学 しては じめて,形
成 され て くる もの で はな い とみ るほ うが妥 当で はない のだ ろ うか。河ヽ学校 入学後,学
び とった力 を学力 とす るな らば,学
力 につなが る基 礎 とな る もの を も,我
々 は把握 す る必要 があ る もの と思 う。 我 々人 間が,誕
生 以来営々 として,自
己 に定着 させて きて い る諸力 は,初
歩段 階 か ら次々 と積 み あげて,高
度 化 して きた もの で あ る。 それが,学
校 で は,学
力 に象徴 され る もの なので あ る。 とす れ ば,小
学校 入学 以前 での,学
力 に対 応 す る何 か を,学
力 の上 台 として想 定 しな い限 り,学
力 の向 上 を図 る土 台が ない と考 えざるをえない。 い ま,
これ を,「 生 活能力」とい うことばで総括 的に表現 す る こ とに しよう。 この乳幼児期 を通 し て獲得 され た生活能力 こそが,小
学校 以 降 の学 力 に対応 す る もの で あ り,学
力 を確 か な もの に させ る培 養上 であ る とい うこ とがで きる。 ② 生活能 力 の内容 た 鳥取市立高草中学校 :観 究の よとめ P42図的 よ り転載生活能力は幼児期 までに
,個
々の子 どもに定着 した諸力の総和 と定義 してお きたい。従って多様 な内容 を持つ ものである。 ② まず感覚器官の鋭敏 さと活用の技能があげ られ る。 目,耳
等の感覚器官 を通 して外界の物や人 や事象を見聞 し,そ
して識別する力が,何
に もまして基礎 となる。感覚器官 を通 しての直接的経験 の確かさが要請 されねばな らない。④基本的生活習慣がある。一人の人間 として,社
会的に生 きる ためには,最
低限身につけておかねばならない,日
常行動の技能,
リズム感覚,ル
ールがある。 こ れ らの ものが,自
己の生活 とその中か らの学習 を確かな ものにする基礎なのである。②物 を創 り出 し,そ
れを使用す るための技能がある。道具の使用のための技能 は,単
に器用 さのためだけではな く,そ
の技能を駆使す ることによって,生
活 に変化 をもた らす と同時 に,豊
富 な直接経験 を も生み だす力 となるものである。○ 自我意識。 ひ とりだちして生 きる上では,自
我意識 をどのように持つ かが重要 となる。 これ は,自
己認識 だけではな く,他
者の認識 との対応 において,人
間関係のあ り 方を学 びとってい くヵギ となるものである。特 に他者の認識,他
者 とのかかわ りは,集
団行動や遊 びの中での具体的場面や仲間 と引 き起す トラブルの経験の中で,自
他の権利 の意味やその尊重の し かたなどを体得 させてい くことになる。④健康保持や安全に関する知識や態度や技能 も含 まれ らる。 それに裏 うちされた体位や体力 も,内
容の重要な もの と数 えられ よう。②人や物 のね うちを見分 け, 受 けとめる価値観 も,概
念形成の道具たることばの数 も使 い方 も,意
志伝達 の熟練 も,そ
して外界 か らの刺激 を素直に受 け とめる感性 も,美
しい ものを,す
ば らしいものを感動で きる心 も,生
きる 営みに欠かせない力である。○学ぶ という旱との意味の理解,そ
のあ らわれ としての 自発的な学び の意欲や姿勢 もまた,
この生活能力の重要な内容 を構成するもの と思 う。 これ らが十分に定着 していることが,学
力 を保障する基礎 となるはずの ものである。2,同
和保育の重要性――発達保障 ① 発達保障 ここで我々は,学
力保障の出発点 を,就
学前 に置いて発想せねばな らないことを確認 してお こう。 誕生以来の6年
余にわたる子 ども達の生活 は,生
きることの,そ
して学ぶ ことのそれぞれの筋道 と,そ
の筋道 を決定 させ る出発点 を構成する。従ってこの期間の保育のあ り方如何 は,子
ども達個 個の生 きざまを規定 して しまうともいえよう。元来,保
育の概念 は,「子 どもの教育 を考 え,零
才児 か ら始 まる人間の文化受容 を,十
分 に満足 させ ることを含めて養育 し,保
護す るい となみ(DJを言 う のである。 もし,
この営みに欠落す る部分 があるとすれば,子
ども達が持 つっ発達す ることの権利 を保障することにはな らない。同和保育0は,こ
の欠落が被差別部落 に きわだって顕著であること, その放置は,発
達疎外 を当然 とす る差別 を残存することとな り,将
来,部
落解放 をな しとげるはず の子 ども達 に,解
放の資質 を養な う課題 を,我
々が怠ることになって しまう。 ② 発達阻害 被差別部落の子 ども達の生活 をとりまく環境条件の中には,発
達 を保 障する条件が極 めて乏 しい と考えられ る。子 ども達が,母
親の胎内にある時か ら,阻
害の条件が発生する。失業率が きわだっ て高い°)被差別部落では,主
婦 はほ とん ど何 らかの形で収入の道 を求 めざるをえない。過半の者が, 中学卒業の学歴では,就
きうる仕事 は限定 されざるをえない。肉体労働か夜の仕事か,い
ずれに し て も,肉
体的,精
神的な疲労の度 は大 きい。経済的基盤の もろさ,不
安定 さが重なるので,母
体の 安全 もはか られな くなる。母親の妊娠中か ら,こ
のように阻害の芽 をもって生 まれた子 ども達が, 誕生後 も,更
に累加 され る環境 か らの諸々の阻害条件にさらされることは,容
易 に想像 で きる。鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 発 達阻 害 は
,子
ども達 の生育環境 との関係 の中で起 る(のとされ る。だが,単
に阻 害 な らば,そ
の条 件 な り要 因 な りを,環
境 か ら除去 すれ ば,発
達 の遅 延状態 は回復 させ るこ とが で きる。 表 被差 別部落 にお け る労働 力人 口・ 非 労働 力人 口 と失業率 立 ロ落 〔
I〕 立ロ 落 全 国15歳
以 上 人 口 lAl 労 働 力 人 口 lB)1壁
全奏業薯 (C) 非 労 働 力 人 口 労 働 力 率 lB)/1Al 失 業 率 ⑥/1Bl 37,018ノ入ヽ 31,826 22,953 8,873 5,19286.0%
27.9 37,018ノ( 29,988 22,953 7,035 7,03081.0%
23.5 801510千人 51,820 51,090 730 28,69064.6%
1.3 注 部落解放研究所編 :部 落問題要説、P185、 表H-1転
載 ③ 発達 疎外 被差別部落 の子 ども達 の生育環境 の中 にあ る,発
達 阻 害 の条件,要
困 は,従
来,発
見 され て も, 完全 な る除去 が され な い まま推 移 して きている。事 の軽 重 が,死
と隣 りあわせ の ところで しか,発
想 で きなか った被差別部落 の生活 は,単
に,環
境 改善 の問題 も,そ
の置 かえ て い る社会的関係 の中 で,見
過 さね ば な らない もの で あ った。被差別部落 の置 かれ ていた,差
別 を軸 とす る社会 的位置 で は,人
間 と して必 要か つ十分 な文 化受容 を,阻
害 す る要 因 は発見で きて も,そ
れ を除去 す る ことも 不 可能 な暮 しの事 実があ った。極論 すれ ば,子
ど も達 が受容 すべ き文化 す ら,提
示 され て いない し, また受容 しうる条件 す らも構 成 されていなか った とも見 る こ とがで きる。 従 って,子
ど も達 は,生
活能 力 を確 実 に伸 ば し定着 させ ることのない まま,い
わ ば 自然成長 の ま まに放 置 され て きた と言わ ざるをえな い。 地域 に,子
ども達の発達 を保 障 す る条件 が ないの な ら,い
や む しろ発達 を疎外 す る条件 の みが 目 立 つ とい うの な ら,子
ど も達 のために,親
や地域 に代 わ って,発
達 を保 障す る手段 を講 じざるをえ な い こ と とな る。同和保育所 の設立 と十分 な る保育 は,発
達保 障,そ
の基礎 の上 に確立 され る進路 保 障の ために,
どうして も不 可欠 の こととな る。Ⅲ
同
和
保
育
の
視
点
1.同
和 保 育 の ね ら い と 出 発 点(1)ね
ら い ①部落解放 を進 めうる資質 を養な う 解放教育 の重要な視点 として,差
別 に負 けない,差
別 を許 さないぅ差別 にうち勝 つ ことので きる 人間に育 てあげることが言われ る。 この ような人間 に育 てあげるためには,社
会 の諸事象 を,科
学 的に認識で きる力 を持たせることが肝要 だ,と
される。 科学的認識の力は,自
分の置かれている社会的状況 と,そ
の状況 を作 りだ してい る,社
会的諸関 係に冷徹 な目を向け,そ
の中か ら本質 をとりだす ことので きる力である。 もしこの力が十全 に育 て られれば,被
差別部落の子 ども達 は,自
己の社会的立場 についての自覚 を明確 に し,状
況の変革ヘ向 けて限 りない情 熱 と行動力 を持 つ ことにな ろ う。 幼 児 の段 階で は
,未
だ科学的認識 には十分 な力量 を持 ちあわせて いない。 だが,幼
児期 か ら,こ
こへ 向 けての基礎づ くりが行 われな けれ ば,学
校 教育 段 階以後 の発達 は到底望 め そ う もな い。 この意味 で,ま
ず,子
ども達 は,自
分 の身 の まわ りの諸事 象 を,見
て知 ることの習慣 が形 成 され ね ばな らな い。事 実 を事 実 として見 る こと,そ
れ が何 で あ るか を知 る ことを,我
々 は,幼
児期 にお け る科学 的認識 の力 として,把
握 す る こ とが必要 で あ る。子 ども達 は,一
つの事 象 を見 て知 る こ と と,そ
れ に対 す る大人 の判 断,評
価 を見 習 うこ とを通 して,事
実認 識 の基礎 としよう とす る。 それ 故,保
育 者 自身の科学的認識 の根底 を確 かな もの に してお くこ とも忘 れてはな らない。 ② 進路保 障のための基礎 づ くりを行 な う 進路保 障 は,解
放教 育 全体 を通 して基本 に据 え られ る発想 であ り,命
題 であ る。就学前教 育 にお いては,特
にその出発点 であ り,基
礎 とな る もの で あ る こ とを,ね
らいか ら外 す ことはで きない。 前述 した ように,人
間 の諸力 は基礎 づ くりか ら始 まる。進路保 障が,学
力保 障 を根 幹 として考 え られて いるか らには,そ
こにつなが る発達保 障の考 え方 は,極
め て大事 な もの になる。 学力 につなが る生 活能力 の点検 と向上 は,進
路保 障の基礎づ くりの中での,最
大 の課題 で あ る。 選別 の機能が一段 と強 ま りつつあ る,現
代 の学校 制度 の 中で は,小
学校入学時 に,す
で に大 きな ハ ンデ ィキ ャップを背負わ されてい る,被
差別部落 の子 ども達 の問題 は,座
視 す るわ けに はいか な い。 その ままの状 態で学校教育 に送 りこむ ことは,差
別 を残存 させ る こ とにほか な らな い。 幼児期 に持 た され た発達格差 は,現
状 で は進路保 障の格差 とな ってあ らわれ,部
落 解放 へ の筋道 が遮断 された ままに終 って しまう。 ヘ ッ ドスター トの発想 が,学
力 保障 に持 ち こまれね ばな らな い ので あ る。 このヘ ッ ドスター トを可能 にす る,大
きな役割 を果 たすのが,就
学前 の解放 教 育 なの で あ る。(2)
出発 点 ① 親 か ら託 され た もの 生活能 力 づ くりを役割 とす る就学前教育 であ るが,我
々 は,
このね らいに対 し,何
を,
また どの よ うな視 点 を もって出発せね ばな らないのだ ろ うか。 被差 別 部落 の子 ども達 の生育環境 が,部
落 外 の子 ども達 の それ に比 べ て,い
か に低位 の状 況 にあ るか は,多
くの資料 を持 ち出す まで もない。我々の 目の前 には,断
片 的であ ろう とも,子
ど も達 の 日常の姿 の中か ら,生
まな ましい事 実 を数多 く見 る ことがで きる。 この子 た ちの親 の心 には,せ
つ ないほ どの願 い として,自
分達 の子 ども時代 の ような状 況 には置 きた くない,
とい うものが あ る。 だが,そ
の願 いが力 とな って,子
ども達 の生活条件 や環境 を変 え た とは言 い難 い。 た しか に,い
まの子 ども達 の生活 の表面 は,親
の時代 に比べ て少 な くとも変 わ っ た とみ る こ とはで きる。衣服 も清潔 で きれいな もの を身 につけてい る。 お もちゃに して も,親
が無 理 して買 いあた える。食生活 も変わ った。勉 強の時間 も少 しは持 て るようにな っている。学力 につ いての関心 も高 くな った。 だが,こ
れ らは,子
ども達 の人間 としての発達 に,必
要 か つ十分 な条件 で はない。親 のせ つない までの願 い と子 どもへの期 待が,
この よ うな形 で表現 されてい る と見 る こ とがで きる。 しか しそれ は,子
どもの将来 を展望 す る ことによって,い
ま必要 な しつ けは何 か に, 裏 づ け られ た もの で はない。一種 の期待 を表現 す る雰囲気 であ る こ とに過 ぎない。 子 ども達 の生活能力修得 の重要性 を承認 し,子
ど も達 の学習 を成立 させ ようとす る,基
盤 だ けが で きあが った状態 であ る。願 い と望 みだ けが突 出 した まま,ひ
と りひ とりの親 には,何
らの具体 的鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 な願 い達成 の手段 も技能 もない。親 の こうした実態 その ものが
,過
去 にお け る差別 の結果 で もあ る し,社
会 的関係 の中で,子
ども達 への望 ま しい教育手段 を持 つ ことを許 され なか った事 実の表現 で もあ る。 この状 況 か ら,親
の子 どもに対 す る願 いが,そ
の まま,保
育施 設 への願 い と要求 にな って いる と,我
々 は受 け とめな けれ ばな らない。親 が保育施 設 に託 さざるをえない,教
育 へ の願 い を, まず,出
発 点 に きっち りと据 えな けれ ばな らないので あ る。 ② 子 ど もの現 実の姿 か ら 子 ども達 が現実 の生活 に見せ る姿の中には,発
達上 の 問題 点 が多数発見 され る。 ひ と りひ と りの 子 ど もの,現
時 点 までの発達 の様 子 の確認 は,
どうして も欠落 させ るわ けにはいかない。年齢相応 の生活能力 の具わ り方,水
準 の点検 は,保
育 の方針,内
容,方
法 を生 みだす うえで,重
要 な資料 と な る もので あ る。 解放 教育 の実践 にあた って は,多
数 の子 ども全体 として,あ
るい は平均 的 な様相 のみで論 ず る こ とは許 され ない。 あ くまで,個
々 の子 どもが対 象 に されね ばな らない。 こう した,現
実的,具
体 的 な原点 を設定 しておかね ばな らない。 この発想 が,個
々 の子 どもに,い
ま してや らね ばな らない緊 急 かつ重 要 な課題 を,浮
きあが らせ て くるのだ し,保
育 の 内容,教
材選択 の よ りどころ ともな るか らで あ る。 ③ 子 ど もの将来 を展望 す る ところか ら い ま保育 されてい る子 ども達 が,や
が て青年期 に達 し,成
人 とな って,部
落 解放 の担 い手 として 活躍 す る頃 を,想
定 してかか らね ば な らな い。 とすれ ば,
もう一 つの出発点 は,将
来 を展望 す る と ころか ら出 て くるであ ろ う。 それ は,進
路 保障 に,我
々 の保育 実践 が,ど
うつ なが る もので な けれ ばな らないか を追求 した ところに生 まれ る。保育 によって,子
ども達 に確 か め られ,定
着 してい く 諸技能,諸
力 は,直
接 に は小 学校 での学 び とその結果 に直結 す る もので な けれ ばな らない。 この点 か ら,具
体 的 に,子
ども達 に学 び とらせ るべ きことが らが何 か を明確 に されね ばな らない。 ④ 部落 問題 の正 しい認識 の上 に 子 ど もの現 実の姿の把握 は,子
どもの言動 を介 して表現 され る,生
活環境 の生 まの姿の把握 で も あ る。 それ以上 に,子
どもの生活環境 の現実態か らあふれ出 る,親
の願 いの把 握 で もある。 子 ど もの将来 が,子
どもだ けの問題 で はないように,親
の た ど りついた現在 の生活 は,決
して親 だ けの生活 で はない。被差別部落 の親 に加 え られ て きた差別 の諸事 象 は,単
に彼等親 の生活 を拘束 す るだ けに とど ま らない。親 の つ くっている暮 しの現実 その ものが,彼
等 の二世 で あ る子 ども達 の 環境 と暮 しと生活能力 を も拘 束 して しまうか らであ る。 親 の願 い も,子
どもの姿 も,被
差 別部落 に加 え られ て きた差別 の結果の表現 であ る。 ここか ら, 部落 問題 の本質 を認識 し,保
育 を通 して,部
落 解放 の運動 にかかわ って いるこ との意味 を,体
得 し ていかね ばな らない。 そ こで,②
親 の願 いの具体 的 な内容 は何 か。 ④子 どもの将 来 に対 す る期 待 は どの よ うな こ とか。 ② その ような願 いや期待 の出 て くる社会的背景 と心情 は どの よ うな ものか。○ そ こか ら,保
育 者 と して,子
ど も達 の ために何 をい ましてや らな けれ ばな らないか を,出
発 点 に置 くこ とを,常
に想起 せねば な らない と考 えるのであ る。2.具
体 的 目 標0
①目標
「教育は子どものためにある°ち
J一
見あたりまえに思えるこの文が
,私
の頭に重 くのしかかって
い る。 教育 す る こ とは,た
しか に教 師 や親 の仕事 であ る。 だが,そ
の仕事 はすべ て子 ども達 の明 日につ なが る もの で なければ な らない。 この ゴールに想定 され る人間像 は,明
確 な形 で保育 者 に も意識 さ れ てお らね ばな らない。解放保育 の視点 に立 てば,そ
れ は,年
齢相 応 の発達課題 としての意味 と, その課題達成 に対 す る阻害要因 とのかかわ りの中で,発
見,措
定 され るべ き もの だ ろ う。 現在 まで に,結
論 的 に確 認 され て い る,解
放保育 の具体 的 目標 は次 の ようで あ る。 ②健康 で しなやか な体 をつ くる ④基本的生活習慣 を身 につ けさせ 自立 させ る ②高 い知 的能力 を育 て る ○解放 の思想 を育 て る豊 かな感性 を重視 す る ④集団の中で力 を伸 ばす発想 を身 につ け させ る 私 は,以
上 加 えて もう一 つ,②
生 活 に必 要 な基礎 的技能 を高 め させ る,を
あ げて お きた い。 ② 健康 な体 健康 な体 は,保
健 衛生 にか かわ る習慣 の確立 と,遊
び を核 とす る運動 的活動 と,食
生 活 の あ り方 に よって規制 され る。 ことに体力 は,環
境 との力動関係 の中で行 われ る,社
会 的遺伝 に負 うところ が大 きい。 鳥取市の あ る小学校 でみ られた,子
ど もの生活 の一事 象 として,次
の ものが あ る。 帰宅 してか らの子 どもは,両
親 の とも働 らきや仕事 の関係 か ら,テ
レ ビやお金 にせわ され てい る とい うのであ る。毎 日定 まった額 の お金 を手 に した子 ども達 は,定
まった とお りに,コ
ー ラ,缶
ジ ュース類 と菓子パ ン,あ
るい はカ ップラー メ ンを買い,そ
れ を相手 に時 を過 ごすのだ とい う。 この 結 果が,体
力 や身体機 能の発達 に,障
害 を もた らすので はな いか と,教
師 た ち は推 側 して い る。 ③ 遊 び 遊 びが,ど
れ ほ ど体 力 の向上 や知恵 の増加 に寄与 するか は,は
か りしれ ない ものが あ る。 `君 の 目に は空 が どう見 える俺 には長 い空 が 見 える
屋根 と屋根 とのす きまに わ ずか に 見 え る長 い幅 の ない空 が俺 の空 だ(10″ こんな空間の中 に遊 びの場 を局 限 され ている子 ども達 は
,成
立 させ る遊 びの種類 もまた,制
限 さ れ た もの にな ろう。遊 びの貧弱 さは,子
どもの摂 取 すべ き文化が,ふ
ん だん に存在 す る学 びの場 を 阻 害 す る もの にな る し,
この放 置 は疎外 につなが って しまう。 遊 びの中での豊富 な体験 は,子
ど もの知 恵 を増 や して くれ る。地域 に好環境 が ないの な ら,何
と してで も,ど
こか に場 を設定 し,遊
び を確保 してや らね ばな らない。 ④ 感性 美 しい もの を美 しい と感 じとれ,素
直 に感動 で きる心 は,自
己の力 を向上 させ る原動力 とな る。 わ ずかな ことに も鋭敏 な感性 を対応 させ,不
思議 さをおぼ え られ る心 は,積
極 的 な学習への駆 動力 とな る。子 どもの学 びの特性 か らみて も,彼
等 の周囲 に,豊
か な感性 を持 って生活 す る者が少 ない と,子
どもの心 に,鋭
い感性 を芽生 え させ は しない。 幼 児期 に根 づかせ ておかね ばな らない情 緒の社会化 は,こ
の感性 に支 え られ て進行 す る。暮 しに 追 わ れ る親 の一 日は,情
緒 表現 の適切 な時 と型 を,十
分 な形 で教 えるわ けにはい くまい。情緒 の社鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 243 会化 は
,人
間 関係 の 中での 自己 中心性 を消 滅 させ て い く過 程 で もあ る。 豊 か な感 性 に支 え られ,情
緒 の社会化 が進行 す る時,子
どもの 目には,自
分 を と りま く多 くの事 象の中 に不合理 や矛 盾 が映 って くる。 これ が科 学 的認 識 力 の基 礎 とな る もの で あ る。 ③ イ中間 仲 間 の重 要性 は,幼
児期 にあ って は特 に大 きな もの で あ る。三歳 前後 か らの 自我 意 識 の芽 生 えは, 一個 の独立 した社会 的人間 として誕生 しよう とす る,子
どもの果敢 な学習 なの で あ る。 それだ けで な く,自
我 意 識 は,他
者 の認 識 と対 応 す る。他 者 は,ま
だ 自己中心 的 な幼 児の発想 の中で は,自
分 とい う太陽 の周囲 をめ ぐる惑星 に過 ぎない けれ ど,自
分以外 の者 を明確 に措定 させ る こ とにな る。 他 者 の存 在 を意識 す る こ とこそが,人
間関係 の あ り方 を,そ
して人権 を学 び始 め る出発 になる もの で あ る。 友 達 を欲 し,積
極 的 に仲 間 との関 係 を持 とう とす る,幼
児 の心 と体 の動 きは,人
間 の集 団化 を促 進 させ る動 因 で あ る。 また,仲
間 の 中 で こそ,自
分 の学ぶべ きことがあ る とす る,自
己教育 の表現 で もあ る。 この時期 において,仲
間 と ともに生 きる こ との意味 を,集
団生 活 を通 して体 得 させ る こ とが,重
要 な発達課題 ともな るの で あ る。 ⑥ 知 恵 知 恵 は,自
分 で学ぶ もの と,他
者 か ら模 倣 す る もの とか ら,受
容 と定 着 が始 まる。知 恵 は,畜
え られ ていかね ばな らない。知恵 は,具
体 的 に また概 念 化 され て存在 す る。 我 々の 日常 が,知
恵 の相互交換 を,
こ とば とい う道具 で成立 させ てい るため,子
ども達 は こ とば に習熟 しなければな らない。幼児期 で は,
この交換 に直接必要 な `話 す〃,` 聞 く〃の二 つの力が, 十 分伸 ば され な けれ ばな らな い。 しか も,で
きる限 り,身
振 り手振 りを省 略 し,
こ とばだ けで理 解 した り,意
志 を伝 えた りで きるよ うにす るこ とが望 ま しい。 親 の暮 しの 中で,子
ども達 への積極 的 な語 りか けが あ るか否 かの点検 も,目
標 達 成 へ 向 けて,実
践 の中で確 め られて いかね ばな らない。 ⑦ 補足 若千 の補足 を含 め て,同
和保 育 の め ざす子 ども像 を見 て きた。 この よ うな形 で 目標 化 され た こ と の背景 には,部
落 の子 ども達 の現 実 の姿 を見 た時,こ
れ らの ものが欠落 ない しは発達 の遅 れがあ る との,事
実判 断が あ った はず で あ る。 この意 味 で,
この具体 的 目標 は また,同
和 保 育 の 出発点 で あ る こ とも示 していよう。3.子
ども達 の現 実の姿 か ら――― 保 育実践 の基盤 と して 一――(1)子
ど も達 ① 基礎 何故,子
ども達の現実の姿 を直視せねばな らないのか。部落の子 ども達が,差
別 の中に生 き,制
約 された条件の中で,精
いっぱい生 きる営みをしているこの姿か ら,保
育 のあ り方 を学ぶ,
とい う 意味か らだけではない。子 ども達の姿 を通 して,そ
うあ らしめた差別 という社会的疎外の意味 を知 ることを点検 することで もある。 子 ども達 は,生
育環境 との力動的関係の中で,諸
能力 を仲ば し,定
着 させ ようと努力 している。 環境 の中に阻害条件があ り,疎
外状況が存在するとな らば,そ
の除去に努力 しなければな らない。 また一方では,保
育施設の中に少 しで も好条件 を設定 し,発
達の筋道の保障に努力せねばな らない。 だが もう一つ,我
々は,子
ども達の言動一つ一 つの中か ら,そ
れぞれの子 どもの置かれている,社 会的状況 に想 い を寄 せて いかねばな らない。 ② 実例 で 差別 は思 いが けない ところに
,そ
の果実 を実 らせ てい る。子 どもの言動 には,そ
の時 点 まで に, 環境 の中で最善 と受 け とめ られた行動様 式が表現 されてい る。 それが,差
別 の果 実 で な い とは言 い きれ ない ものがあ る。 い まただ一 つだ けだが,実
例 で考 えてみ よ う。 保育所 等 で は,
トイ レ使用 のあ とに,必
ず手洗 い をさせ ている。 さて,子
ども達 の行動型 は どう で あ ろ う。 水道栓 の下 に手 を入れ て水 の流れ に浸 すだ けの子 がい る。掌 だ け を こす り合 わせ て終 る子 が い る。 形 式的 に二,三
度指 を こす り合わせ て納 得 す る子 が い る。 ていね い に水洗 いす る子 がい る。 石 けん で洗 わ ない と気のす まない子 がい る。 中には洗 わ ないで平気 な子 がい る。 この多様 な行動型 の個 々 は,健
康,安
全教育 の立場 か らは,問
題 とせね ばな らな い こ とが あ る。 だが子 ども達 は,そ
れ ぞれの行動型 で,わ
が家 の家族 の行動型 を再現 してい るにす ぎない。 この 事 実 を見 た時,保
育 者 と して,ど
の よ うな配慮 で対応 すべ きなの だ ろ うか。 時 と して我々 は,こ
の事実 に気づ く時,手
洗 いの技術 にのみ,視
点 を合わせ て終 る場 合 が多 い。 で は,手
洗 い後 の行動型 は どうであ ろ う。 あた りか まわず手 を振 って,水
を振 り落 して満足 す る 子。 自分 の衣服 で水気 をふ きとる子。 中には友達 の衣服 で間 にあわせ る子。 自分のハ ンカチでふ く 子。友達 に借 りる子。 等々。 手洗 いの問題 は,手
洗 いの しか ただ けで な く,そ
の後 の ことまで,関
係 が出 て くる。 ③ 対 応 我 々が保育 の中で,上
述 の一事 だ けに限定 して 目を向 けた とした時,何
をそ こか ら考 えね ばな ら な いの だ ろ うか。子 ども達 に多 く見 られ る行動型 は何 か。 それ は何 故 なのだ ろ うか。 ② まず,子
ども達が,そ
の よ うな行動型 を示 す背景 としての,家
庭 での生活 の ルー ル,そ
こに, そ うす る こ とが必然 となっている暮 らしの状況 に,注
目せね ば な らない。何故 そ うな るのか。何 故 そ うせね ばな らないのか。 この発想 は,子
ど もの生活の真相 にかかわ る,現
実認識 の原点 で あ る。 ④何 故 トイ レの あ とは手 を洗わな けれ ばな らないのか,を
理 解 させねばな らない。 これが,清
潔 の必要性,病
気予 防 の こ とな ど,健
康 に気 をつ け る子 ど もを育 て る目標 とかかわ って くる。 ②手 の洗 い方 は,基
礎 的技能 に含 まれ る。最 も望 ま しい洗 い方 は どうす るこ とか。基本 的生 活習 慣 の形成 にか かわ る問題 であ る。 ○洗 った あ とには どう始末す るのか。何故水分 はふ き とらね ばな らないのか。 そのため には何 を 使 用 す るの が望 ましいのか。 ハ ンカチ等 の携帯 については,常
に 自分 の もの を用意 す る ことの大事 さを知 らさね ば な らな い。 が,保
育 所 等 で も,清
潔 な もの を,幼
児 の使用 に供 す る よう準備 す る ことも,条
件 整備 の点 で配慮 しておか な くてはな らない。 十分 とは言 えない まで も,こ
れ らの考慮 は,生
活 の き ま り,約
束 の形 で,「手 を洗 わ な けれ ば い け ませ んJ式 の形式 のみの保育 に終 らせ るこ との ない ものが含 まれ てい る。 ここには,` 何 故 だ ろ う″, `どうした らよいのだ ろう″ ` 何 の ため にす るの か″な どの配慮 が含 まれてい る。 ④ 生活 子 ど もの生 活 は,「与 え られ る。その生活 は大人 たちの組織 す る生活 なのであ って,そ
こで子 ども は精 い っぱいに子 どもらし く生 きよう と努力 しつつある(11も の で あ る。 換 言 すれば,大
人 に よって い ま与 え られてい る条件 の範 囲で しか,人
間 とな るための学 習 は,行
鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 われ て いな い
,
と言 える。 もし,与
え られ てい る条件 が劣 悪 な らば,子
ども達 による最善 の学 習が 行 わ れて い る として も,多
くを望 む こ とは不 可能 であ る。保育 所等 で は,
この現実か ら,子
ど も達 に必要 な知識 や技能 の習得 のための,組
織 化 を図 らな けれ ば な らな い こ とにな る。 保育所 等 での訓練 の手 だてが考 え出 された ら,そ
れ を家庭 との連 携 を通 して,保
育 の統 一 が要請 されねばな らない。 この「24時
間 の生活 の組織 を確立 す る(12七 こ とは,被
差 別部落 の子 ども達 の十 全 な発達 を,保
障 す る こ とに な るので あ る。 ⑤ 子 どもの位 置 母親 が仕事 を持 つ こ とは,幼
児 へ の配慮 時 間 を制 限 す る。 だが,
とも働 らきをせ ざるをえな い状 況 は,父
親 の,家
族 全体 の仕事 の不安定性,収
入 の不安定性 の上 に乗 って い る。生活 の不安定 は, 両親 の,家
族 の心理 的不安定 を ともな う。家庭 内の不和状態 を起 す強力 なひ きがね に もな る。 こう した家庭 その ものの,い
つ崩壊 す るかわか らないような,
もろい均衡 の上 に乗 っかっている不安定 状況 は,子
ど も達 も巻 きこんで しまってい る。 家族 の中での 自分 の位置 を確 かめ るために,絶
えず心 を緊張 させ ておかね ばな らないだ ろ う。 こ の よ うな生活 は,必
要 な学 習への関心 を奪 って しまう。常 に心 の安定 を求 め ることのみに専念 す る 限 り,他
の学 習への関心 を持 つ ほ どの心の ゆ とりは許 され るべ くもない。 親 に よる子 どもへの関心 も,時
には厚 く,時
に は薄 くな る。放任 と過保護 の両対極 間 を揺 れ動 く 振子 の よ うに,親
の しつ け も揺 れ動 くことになっている。子 どもへの期 待 は大 きい。 だが,
ど うす れ ば よいか の点 で,親
の心 は迷 い悩 む ことになっている。子 どもは自分 ひ とりで育 っていかね ばな らない。 ⑥ 保育一―社 会的遺伝 こんな子 ども達 に予想 され るのは,親
の教育力 に,大
半 はゆだね られ る,
ことばの学習や感性の 陶治,更
にはその基礎の基本的生活習慣確立 までの欠落状態である。あわせて,黙
っていて も局限 されている人間環境 か ら,親
が脱落 して しまう危険性 も存在する。被差別部落の,似
たような生活 背景 を持つ子 ども達 とのかかわ りは,す
ぐに共感 を持 ちえて も,人
間関係の複雑 さの中での学習に は広が っていかない。 人間関係 は,人
間か ら人間へ と文化 を伝 えてい く,重
要な染色体の役割 を果たす。 いわゆる社会 的遺伝の型 をきめる重要な基盤である。 この人間関係の単純 さは,遺
伝子 に相 当する多様 な文化の 伝達 には,極
めて悪い条件 となって しまう。多様 な文化 を荷 っている人間関係の中で生活すること は,多
くの文化 を継承す ることになる。 そして,文
化伝達 の場面の中で,他
者 とのつ きあいのあ り 方,人
間尊重のあ り方 を知 るのである。その意味で,こ
こに,子
ども達だけで構成 され,多
分 に人 工的な色彩 は濃いが,保
育所等 は,被
差別部落の子 ども達 に対 し,特
に重要な,社
会的遺伝 の染色 体 を果たすべ く,大
きな期待が よせ られるのである。(2)保
育 の 条 件 整 備 ① 前提 上述の点 を上台 として,我
々は保育のための条件整備 を考慮 しなければならない。一つは園内の 問題であ り,
もう一つは園外 とのかかわ りの中での問題 である。 ②園内での問題 は,三
つに分 けられ よう。一つは,遊
びの確保 をめざしての ものである。二つは 心の環境整備 に関す るものである。三つは保育者 自身の 日常での保育評価の問題である。 ④園外 とのかかわ りの問題 も二つに分 けられ よう。一つは家庭や地域での子 どもの生活実態の確認である。二つは家庭
,親
との連絡 の問題 である。三つは,園
の保育方針確立の問題である。 ② 遊びの確保 ⑦遊 びの確保 をめざす問題 は,ま
ず何 よ りも,体
力の向上 と,遊
びの種類 を豊富に し,多
くの学 習が見 こめることとが,ね
らわれなければならない。 そのためには,園
庭 にある固定遊具の見直 し や移動可能な遊具の点検がなされねばな らない。既存の遊具は,ど
の ような運動や遊 びに役立つの か。それ らを活用することで,
どの ような力がイ申ばされ るものか,を
十分確認 しておかねばならな い。 また,既
有ではないが,今
後,
どのような遊具が備 えられねばならないのか も,検
討 されねば な らない。 ④子 ども達の自由な遊 びはその まま認 め られねばならないが,で
きる限 り,集
団的な遊 びが成立 す るよう,働
らきかけがなされねばな らない。 そのためには,保
育者 自身が,豊
富な遊 びについて の知識や技能を身 につけておかねばならない。 これ らは,そ
れぞれの年齢層 にあわせて選択 され, 年間の保育計画の中に,意
図的に位置づけられてい くことが必要であろう。 ②健康であることは,幼
児の多様 で,実
り多い学習の基礎 として大切である。そのため,健
康保 持のための諸習慣の形成 も,遊
びや運動の前後 に関連 して,十
分な配慮がなされねばな らない。 ③ 心の環境 ②心の環境整備では,教
材 さが しと数材づ くりが課題 となる。 教材 とするための素材 は,子
ども達の生活の中で,数
多 く見 うけられ るだろう。 被差別部落の子 は話がへただ とよ く言われ る。 ここで我々は,そ
の ことが保育の具体的な教材 と なることに気づ くだろう。 どんなことばで話 しているのか。 どのような論理 と表現がされているの か。 これだけの点 をとりだ して も,子
ども達 に何 を伝 え,
どのような力 としてや らねばな らないか が分 って くるはずである。 ④被差別部落の子 どもは,感
動す ることが苦手だ と言われ る。心 に感動 を呼び起す ことを知 らな い感性は,家
庭での文化的環境 に起因する。 この子等に,保
育者 自身の感動 を媒介 にして,ど
のよ うな形での刺激 として与 えた らよいかは,保
育者な らばす ぐに気がつ くはずである。 ②保育者か らの語 りかけは,こ
とばの学習上,不
可欠の要素 となる。子 ども達 に,聞
く力が養な われれば,そ
れを土台 に して,話
す力 を向上 させてい くはずである。 そのためには,保
育者 自身の 語 りかけの ことば,語
りにあ らわ され る感動が,吟
味にかけられていな くてはならない。 ○子 ども達の生活の範囲に,き
れいな花があ り,美
しい絵が見 られ,す
ば らしい音楽が聞 こえ, イメージを豊かに広 げさせてい く,絵
本や物語 りの本があることが望 まれ る。 ④ 保育の評価 ②その 日に見 られた子 ども達の言動一つ一つが,そ
の 日の うちに保育者全体で検討 される雰囲気 がほしい。わずかな時間で も,相
互で情報交換がなされれば,翌
日の保育 に生かす ことがで きる。 それは,子
ども達の言動が,解
放の資質づ くりに,ど
の ようにかかわ っているか,の
観点で とら えられ,解
釈 され,評
価 されていることが基盤 となることを,承
知 しておかねばならない。 ④担当す る子 どもひ とりひ とりについての,保
育者の理解 と評価,,その尺度 となる保育観が,巻
頭 にある保育経営案が,個
々の保育者 によって持たれていなければな らない。年度当初 にあたって, 一年間の保育実践 の方向を定めるものだ し,日
々の保育の実践記録が,そ
れに残 されれば,保
育の 自己評価の材料 ともなる。 ②少な くとも,そ
の保育経営案の中には,子
ども達の仲間づ くりについての,援
助の手だてが含 まれていな くてはな らない。特 に三歳以上の幼児期では,仲
間関係の重要 さは言いす ぎることがな鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 い。集 団 を上台 に据 えて
,い
か に学 びの豊 かな もの に してい くかは,看
過 で きない こ とで あ る。 ○ それ ぞれ の年齢 層 にお け る発達 の課題 を,十
分 に知 っていな くて はな らな い。 そ して,幼
児期 全体 を通 しての課題 間 の関係,系
統性 につ いて,理
解 を深 めておか な くて はな らない。 ⑤ 環境 理解 ②保育 所 等 の外 で広 が って い る子 ど も達 の生 活 は,保
育所 内 に居 る限 りで は,真
相 は把 握 で きな い。保育所等 での保育計画 の樹立 にあた って,子
どもの生活実態 に学ぶ こ とが必須条件 で あ る とす れ ば,地
域 で,家
庭 で の子 ど も達 は ど うなのか,を
知 る こ とに努 めね ば な らな い。 ④子 ど も達 の環境 や生活 の 中で,発
達 上 どの よ うな問題 点 が存在 して い るの か。 そ して,子
ども の成長 の中で,ど
の よ うな問題 点 が見 えは じめているかが,確
め られね ばな らな い。 そ して,
どの ような点,事
実 を,保
育 上 の課題 とせね ば な らな いか を発 見 し,ど
の よ うに保育 内容 の中 に組 み入 れ て い くべ きか を,納
得 す る必 要 が あ る。 ② この課題 を達成 す るた め に は,で
きる限 りの時 間 を利 用 して,子
ど も達 の生活背景 にふれ,観
察 して こな けれ ばな らない。 ③ 家庭 との連絡 ② ひ と りひ とりの子 どもの成長 の様 子 は,親
も承知 したい ものである し,今
後 の保 育 の重 要 な よ りど ころ と もな る。 ことに被差別吉焉落 の親 の願 い は,日
標 的 には きっち りき まって い る として も, 子 どもの発達段階 ご とでの願 い,保
育 者 へ の期 待 や要求 は,ま
た多様 で あ ろ う。 ひ と りひ と りの子 ど もを育 て る上 においては,そ
れ ら子 どもの親 ひ と りひ と りの願 いや要求 を,
きちん と把握 してお かね ばな らない。 ④子 ど も達 の育 って い る具体 的 な家庭 環境 は一様 で ない。 それ故,発
達 もまた一様 で はない。 そ こに,ひ
と りひ とりの願 いが生 まれ るのだ し,ひ
と りひ と り異 なる願 いの実現 に向 けての努力が, な され ていかね ばな らな い。 ひ とりの脱落 も見逃 さない(13)保育 が行 わ れ るた め に は,家
庭 との連 絡 は必要不可欠の こととな る。24時
間 の生 活 を組 織 化 す るため に も,不
可 欠 なので あ る。 ⑦ 保育 方針 ②保育 方針 の樹立 は,保
育所 等 の主体 的役割 で あ る。 これ は,親
の願 いや要求,子
どもの持 つ現 実 の姿の中での問題 点,そ して年齢相 応 の発達課題,の
三 者の観点 が合体 していな くて はな らない。 そ こで,保
育所 等 の保 育 方針 とその 内容 について は,す
べ ての子 の親 に理解 され,支
持 され る もの で な くはな らない。 ④親 との話 しあい は,数
多 く持 たれね ば な らな い。部落解放 の資 質 づ くりと,将
来 の幸 せ な生 活 づ くりの基礎 がためを,ど
の よ うに方針化 し,具
体 的 な実践 プログ ラム を持 って い るか を示 す こ と になる。部落外の親 には,何
故 同和保育 を行 うのか。 その ことによって子 ども達 すべ ては どう変 わ るのか。 どの ような力量 が,心
情 が育 て られ て い くの か を,理
解 して もらわ ね ば な らな い。 その こ とが,部
落 外 の親 に,部
落 問題 につ いて,部
落差別 の事 実 につ いて,よ
り深 い,そ
して現 実的 な認識 を持 たせ るこ とにな る。同時 に,部
落 解放 へ のかかわ りも,持
って もらえる ことにな る。 保育 所 等 も,子
ども達 への同和保育 を通 して,親
に対 す る教育 もしていかね ばな らないのであ る。Ⅲ
人 権 教 育 の 出 発 点
1,人
権 教育 の出発 点 と しての就学前教育(1)
幼 児期 か ら人権教育 を始 めね ば ① 基礎 人権の理論 を主 とす る人権教育 は,幼
児期ではまだで きない。 これは,憲
法 を基本 とす る法律的 な恵味で,そ
して,歴
史 を基本 として部落差別 の現実 を学 ばせ る,
という意味でである。理論的な 形での学習は,小
学校高学年以降であろう。だが我々 は,
どうして も,人
権教育 を実 りあるものに してい くためには,そ
の基礎づ くりを,就
学前,こ
とに三歳以後 において,積
極的に始 めねばな ら ない。 それは,人
権 にかかわる,最
も基礎的な態様 を,こ
の年齢か ら体験 を通 して学び始 めるか ら である。 ② 二 つのあ り方 子 ども達の学びに対 し,我
々 は二 つのあ り方 を想定することがで きる。一つは,子
ども達の遊 び やその他の生活の具体的場面で,子
ども達 にあ らゆる差別の現実 を認識 させることである。 自己中 心的である子 ども達の発達特徴 は,い
たるところで,子
ども間に トラブルの種子 をまき散 らしてい る。 どのような事実や結果が,人
間の差別 につなが るのか,具
体的場面に即 して,悟
らせ る働 らき かけが必要 となる。他の一つは,保
育者が,子
ども達の姿や,遊
び,生
活の中で見 えた差別事象 に 鋭 い感覚 を養ない,差
別 を許 さないための,実
践的配慮 を持つ ことである。 この保育者の姿勢が, 子 ども達の,差
別 に対する鋭い感覚 を養ない育て る手本 となるはずである。 ③ 学びの特性――特 に模倣が 子 ども達の学びの特性 を,我
々 は忘れてはな らない。幼児 は,自
然環境や人間環境か ら,人
間 と なるための文化 を学び とる。 その際の幼児の学びの特性 は,具
体的体験 を通 して,自
己の感覚器官 を総動員 しなが ら,繰
り返 し体 で確 めなが ら行われる。同時 に,周
囲の大人がつ くる人間関係 の中 で,そ
れを価値判断せずに,模
倣 を通 じて学ぶのである。従 って,親
の,地
域の大人の,保
育者の そして,接
触す る多 くの人の,た
った一 つの言動 まで も,没
価値的に学び とるのである。 これ を, 大人 によってつ くられた生活の中で生活す ると言 うのである。差別の体質を持 った大人達の中で育 てば,幼
児 は,い
とも簡単に差別の体質 を自己の血 とし,肉
として しまう。 子 どもは,生
まれなが らに差別の心 を持ちあわせているのではない。では何故,成
長 するにつれ て,教
えられな くて も,差
別の体質 とそれを表現 しようとする心情 を持つようになって しまうのか。 それは,子
ども達の周囲の大人達の言動,即
ち,親
を始 め とする大人の うしろ姿によって教 えられ るのである。そこで学 び とった差別の心 を,子
ども達 は,当
然の こととして生活の中で,
ことばや 行動 に表わ して くる。 そして,他
者の反応 を確かめ,制
止 されなければ,意
識下 に定着 させ る。大 人達の態度で,行
動で,更
に多 くの見本 を見れば,ま
さに,確
固たる差別の信念 に固めてい く。 従 って,日
々の生活の中で,子
ども達 に直接 に接す る者の うしろ姿が,こ
とに問題 にな らざるを えない。 ④ 保育者の うしろ姿 保育者 としては,子
ども達の生活のすみずみまで,鋭
い目を配 っていなければならない。子 ども 達の人間関係の中には,常
に,差
別事象の起 こる危険性が存在 している。 仲間 はずれ という事象は,い
たるところで見 られ る。我々はこの事象にどのように対応せねばな鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第22巻 第2号 らないのだ ろ うかき また