印度學佛敎學硏究第68巻第2号 令和2年3月 (7) ― 1100 ―
『ジャーバーラ・ウパニシャッド』において
見出されるアーシュラマ観
唐 怡
1.はじめに 古代インドにおいて一般に承認されているアーシュラマ制度は, 人生を学生期,家住期,林棲期,遊行期という四段階にわけて,前段階より次の 段階へと順次に経ることであり,人はひとつまたはそれ以上の段階を放棄して次 の段階に進んではならないとされる.このようにアーシュラマのひとつひとつを 定められた順に従って経過する考えは段階説(samuccaya)といわれる.段階説で は,出家 世が説かれても,それを称讃する立場は示されず,家住期が最上とさ れている.この段階説に対して,アーシュラマとはそれぞれが独立して存在する 四種に類別される生き方であるとする見方がある.このように四アーシュラマの 順を確定的に捉えず,アーシュラマの選択の余地を認める考えは選択説(vikalpa) といわれる.四アーシュラマについての上述のような見方をアーシュラマ観1)と いうが,アーシュラマ観は大きく二つの系統に分かれる.ひとつは段階説と選択 説のように,四アーシュラマの並存を認める系統であり,もうひとつは家住期を 唯一のアーシュラマと認め,それ以外のアーシュラマの存在を否定する系統であ る.家住期のみを承認する後者の系統は否定説(bādha)といわれるが,この否定 説では,林棲期と遊行期が否定され,学生期が家住期に入るための準備段階とし て位置づけられている. 四アーシュラマの中で,家住期以外の三アーシュラマは禁欲主義を貫いている ため,子供を産むのは家住期に限られる.そのため,家住期は,社会の維持に不 可欠であるとともにそれ以外のアーシュラマの拠り所ともなっているから,古代 インド一般では重視されている.しかし,捨離を特徴とする 世遊行生活は,世 間への執着を断ち,一切を放棄してアートマンのみを追求することであるから, 人が家住期を完全に果たさずに 世すれば,社会的・宗教的・経済的義務を十分 に果たさないことになる2).そこで, 世遊行するための資格が規定される. 世遊行主義を説くサンニヤーサ派ウパニシャッドにおいては,そのための資格に 関する記述がみられる.本稿で取り上げる『ジャーバーラ・ウパニシャッド』(8) ― 1099 ― 『ジャーバーラ・ウパニシャッド』において見出されるアーシュラマ観(唐) は,サンニヤーサ派ウパニシャッドの古い文献群に属し,いつ遊行すべきか,誰 が遊行すべきかなどの 世遊行生活の儀軌を示している.特に第4章は,遊行期 に入る時期と,遊行者になることができる有資格者について述べている.そこ で,本稿では『ジャーバーラ・ウパニシャッド』の第4章を取り上げ,そこに見 出されるアーシュラマ観を考察する.使用テキストはSchrader(1912)による. 2.遊行の時期に関するアーシュラマ観 第4章の最初に,ヴィデーハ国の ジャナカ王は,ヤージュニャヴァルキヤにサンニヤーサについて尋ねる.そし て,ヤージュニャヴァルキヤは次のように答える(JābU 64, 1–2).
brahmacaryaṃ samāpya gṛhī bhavet. gṛhī bhūtvā vanī bhavet. vanī bhūtvā pravrajet.
学生期を修了してから家住者となるべきである.家住者となってから林棲者となるべきで ある.林棲者となってから出家すべきである. ここでは,四アーシュラマは階段の一段一段のように順に経るべきものとして 述べられ,遊行期は,学生期,家住期,林棲期の後,つまり最後の段階に位置づ けられている.この記述からすると,このアーシュラマ観は段階説であるが,続 いてヤージュニャヴァルキヤはほかの選択肢を提示する(JābU 64, 2–3).
yadi vetarathā brahmacaryād eva pravrajed gṛhād vā vanād vā.
あるいはもし,別のあり方にすれば,まさに学生期より出家すべきである.または家住期 より,または林棲期より[出家すべきである]. この記述からすると,世間を厭離する者は,学生期,家住期,林棲期のいずれ からも意のままに出家することが可能である.つまり,学生期を修了した後に家 住者になるか,出家するかについての選択は,学生の任意とされているのであ る.このように『ジャーバーラ・ウパニシャッド』は,如何なるアーシュラマか らも遊行生活に入ることができるという時期の選択に関する余地を認めている. 3.遊行生活の有資格者に関するアーシュラマ観 上のように遊行の時期を 示した後,ヤージュニャヴァルキヤは遊行生活の有資格者についても述べる (JābU 64, 3–5).
atha punar avratī vā vratī vā snātako vāsnātako vā utpannāgnir anagniko vā3) yad ahar eva virajet tad
ahar eva pravrajet.
そしてまた,誓戒を守らない者であれ,または誓戒を守る者であれ,[学生期を修了して] 沐浴を行った者であれ,または沐浴を行わない者であれ,祭火を持つ者であれ,または祭
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『ジャーバーラ・ウパニシャッド』において見出されるアーシュラマ観(唐) 火を持たない者であれ,捨離しようとするまさにその日に出家すべきである.
こ こ で は,(1)avratin, (2)vratin, (3)snātaka, (4)asnātaka, (5)utpannāgni, (6)
anagnikaという,遊行生活の六つの有資格者が挙げられているが,実はこれらは 遊行に入る時期をも示しているのである.まず,(2)vratinとは,ヴェーダ学習 のために師への入門式を行った者を指すが,(1)と(2)は遊行を決心した者が入 門式の前でも後でも,換言すれば,学生期前でも学生期途中でも,出家可能であ ると示している.次に,(3)snātakaとは,学生期を修了するための沐浴儀式を 行って家住期に入るバラモンのことである.したがって,(3)snātakaは学生期を 修了して家住期に入った者を指し,(4)asnātakaは学生期を修了していない者を 指す.そして,(5)utpannāgniは家住期に入った者,(6)anagnikaは家住期に入っ ていない者を指す.以上のように(1)と(2)はそれぞれ[1]学生期前と[2] 学生期中,(3)と(4)はそれぞれ[3]家住期中と[4]学生期中,(5)と(6)は それぞれ[5]家住期中と[6]家住期前に対応しており,どの時期からも出家す ることが認められているのである. 4.まとめ 第4章で説かれている内容は次の表のようにまとめられる. 『ジャーバーラ・ウパニシャッド』第4章は家住期を唯一のアーシュラマとし て認める否定説には全く触れず,家住期が最上とされる段階説を示しているが, その一方で選択説も示している.つまり,師に入門してヴェーダを学び,修業後 結婚して家長の道を歩むという伝統的な生き方のほかに,如何なるアーシュラマ からも 世遊行に入ることができるという,別の選択肢を詳しく示しているので 表1 遊行の時期に関するアーシュラマ観 アーシュラマ観 遊行生活に入る時期 段階説 学生期→家住期→林棲期→遊行期 選択説 学生期/家住期/林棲期→遊行期 表2 遊行生活の有資格者に関するアーシュラマ観 アーシュラマ観 遊行生活に入る時期 選択説 学生期前→遊行期:(1)―[1] 選択説 学生期中→遊行期:(2)―[2],(4)―[4] 選択説 家住期前→遊行期:(6)―[6] 選択説 家住期中→遊行期:(3)―[3],(5)―[5]
(10) ― 1097 ― 『ジャーバーラ・ウパニシャッド』において見出されるアーシュラマ観(唐) ある.以上のことから,『ジャーバーラ・ウパニシャッド』はヴェーダの伝統を 継承しつつも,新たなアーシュラマ観と遊行の問題を提示していると言えよう. 1)段階説,選択説,否定説というアーシュラマ観は,Kane(1941, 424–425)によって指摘 された.それに基づいて,渡瀬(1981)はダルマ・スートラのアーシュラマ観を分析して いる. 2)Upadhyay (1979, 185–197)参照. 3)当該箇所はOlivelle(1992, 143)を参 考して翻訳する.なお,Ramanathan(1978, 31)はDikshit(1966)による異読のutsannāgni
を採用して翻訳する.Dikshit(1966, 44)は家住期途中から遊行期に入る条件を注釈で説明
し,承認されている祭火(svīkṛtāgni)が妻の死(kalatra-maraṇa)にともなって無くなり,
祭火の無くなった者は祭式を行わない状態におり,ゆえにかれは祭火を持たない者となっ て出家すべきであるという.
〈略語表〉
JābU = Jābāla-Upaniṣad. Schrader 1912 を参照. 〈参考文献〉
Dikshit, T. R. Chintamani, ed. 1966. The Saṃnyāsa-Upaniṣad-s: With the Commentary of Śrī
Upaniṣad-Brahmayogin. Adyar Library Series vol. 12. Madras: Adyar Library and Research Centre.
Kane, Pandurang Vaman. 1941. History of Dharmaśāstra (Ancient and Mediaeval Religious and Civil
Law). vol. 2, pt. 1. Government Oriental Series, class B, no. 6. Poona: Bhandarkar Oriental
Re-search Institute.
Olivelle, Patrick, trans. 1992. Saṃnyāsa Upaniṣad: Hindu Scriptures on Asceticism and Renunciation. New York: Oxford University Press.
Ramanathan, A. A., trans. 1978. The Saṃnyāsa Upaniṣad-s (on Renunciation). Adyar Library Series vol. 104. Madras: Adyar Library and Research Centre.
Schrader, F. Otto, ed. 1912. The Minor Upaniṣads. Vol. 1: Saṃnyāsa-Upaniṣads. Madras: Adyar Li-brary.
Upadhyay, Govind Prasad. 1979. Brāhmaṇas in Ancient India: A Study in the Role of the Brāhmaṇa
Class from c. 200 BC to c. AD 500. New Delhi: Munshiram Manoharlal Publishers.
渡瀬信之1981「Dharmasūtraにおいて見出されるĀśrama観」『東海大学紀要文学部』36: 59–76.
〈キーワード〉 Jābāla-Upaniṣad,saṃnyāsa,āśrama,遊行期