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神経リハビリテーションにおける物理療法と運動療法の新たな治療戦略

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経頭蓋直流電気刺激と運動療法 717

はじめに

 神経リハビリテーションにおける新しい治療の方法として, 神経調整テクニック(Neuromodulation)があり,そのひとつ の方法として経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation: 以 下,tDCS) が 存 在 し て い る。 医 学 に お け る tDCS 使用の歴史的変遷としては,1960 年代ごろがそのはじま りとされている。その後,一旦 tDCS への医学的関心が低下す るも,2000 年はじめごろから再び注目を集めるようになって きた。リハビリテーション関連領域への応用も 2000 年以降よ り徐々に増加してきており,現在では運動障害,感覚障害,注 意機能,精神機能,疼痛などの様々な機能障害に対する tDCS の応用が報告されてきている1)。今回は,tDCS の基本的理論, 方法,そして神経リハビリテーションへの応用について述べる ことにする。 経頭蓋直流電気刺激とは?  tDCS は,頭表に経皮的に電極を設置して,微弱な直流電 流を暴露することで脳の興奮性を調整する非侵襲性脳刺激 法である。別の非侵襲性脳刺激法として,経頭蓋磁気刺激 (transcranial magnetic stimulation: 以 下,TMS) が あ る。

tDCS と TMS を比較した場合,幾つかの相違点がある。作用 機序に関する相違点として,tDCS は膜電位を変化させる程度 の刺激であるが,TMS は活動電位を引き起こす程の刺激を使 用する。刺激の時間・空間解像度に関しては,TMS がミリ秒 単位で 1 cm 範囲での刺激が可能であるのに対して,tDCS は 数分単位で数 cm 範囲での刺激が可能な特徴をもつ。また,機 器に関しては,tDCS は TMS に比べて比較的安価であり,小 型で持ち運びも可能な点が利点とされている2)。tDCS の臨床 応用に関しては,現在国内では薬事法承認が得られておらず, アメリカでも Food and Drug Administration(FDA)未承認 の段階であるため,研究レベルでの使用にその範囲が制限さ れている。しかしながら,tDCS 研究は徐々に活発になってき

ており,その発表論文数も年々増加の一途をたどっている3)。 「transcranial direct current stimulation」のキーワードを使用

して PubMed で検索したところ,904 件の tDCS 研究が確認で き,その中でリハビリテーション関連の研究は 162 件発表され ている。TMS と比較すると歴史が浅く,発表論文数はまだ少 数であるが,最近数年間での論文増加率は大きく,tDCS 研究 が世界的にも注目を集めていることがあきらかである。 経頭蓋直流電気刺激の作用機序,方法,適応範囲  tDCS の基本的な作用機序としては,まず極性依存的に脳の 興奮性が調整されることが挙げられる。陽極刺激の場合には, 電極直下の皮質膜電位を興奮方向に作用させ,反対に陰極刺激 の場合には,抑制方向に作用させる。一般的には陽極で興奮, 陰極で抑制として解釈されており,皮質興奮性が低下している 場合には陽極刺激,皮質興奮性が亢進している場合には陰極刺 激として,その目的に合わせて皮質興奮性を調整するために極 性を決定することになる4)5)。極性の決定に関係する重点的事 項として,半球間相互作用メカニズムがあり,脳卒中などの片 側脳損傷者に対して tDCS を適応する際に考慮しなければなら ない理論である5)6)。この半球間相互作用メカニズムとは,正 常では左右半球における興奮および抑制バランスが恒常的に維 持されていると考えられており,互いの半球が別々に機能して いるわけではなく,脳梁を介して機能的な半球間の調整が行わ れている。この考え方は,半球間抑制あるいは脳梁抑制とも呼 ばれている。片側脳損傷者の場合,この半球間抑制のバランス 状態に機能不全が生じると考えられており,損傷半球の興奮性 の低下に加えて,非損傷半球の興奮性の過剰亢進によって,脳 梁を介した対側半球への抑制信号の増大を引き起こし,結果的 にさらに損傷半球の興奮性の低下が惹起されると考えられてい る。これらの問題解決の際には,極性を変化させて tDCS を実 施する必要がある。損傷半球の興奮性を直接的に促進させたい 場合には損傷半球上に陽極刺激を実施し,非損傷半球の過剰興 奮状態を抑制することにより,損傷半球の興奮性を促進させた い場合には,非損傷半球上に陰極刺激を実施することになる。 tDCS は頭表からの非侵襲性刺激になることから,刺激電流密 度のすべてが大脳皮質細胞に伝達されるわけではなく,その多 くは皮膚,頭蓋骨で減衰される。実際には,刺激電流密度の約 10%が大脳灰白質へ伝達すると報告されている7)。  tDCS の作用機序として,Na チャネルに対する影響が考え 理学療法学 第 40 巻第 8 号 717 ∼ 720 頁(2013 年)

神経リハビリテーションにおける物理療法と運動療法の新たな治療戦略

─経頭蓋直流電気刺激と運動療法─

松 尾   篤

**

専門領域研究部会 物理療法 特別セッション「シンポジウム」

Transcranial Direct Current Stimulation and Therapeutic Exercise

**

畿央大学健康科学部理学療法学科

(〒 635‒0832 奈良県北葛城郡広陵町馬見中 4‒2‒2)

Atsushi Matsuo, PT, PhD: Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, Kio University

キーワード: 経頭蓋直流電気刺激,神経リハビリテーション,運動 療法

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理学療法学 第 40 巻第 8 号 718 られている。Nitsche らの薬理学的研究では,Na チャネル拮抗 薬を投与後に陽極刺激を実施した際,その即時的・長期的効果 が消失することを報告している8)。このことから,tDCS によ る電流刺激がイオンチャネルを変化させることによって,皮質 興奮性を調整していると考えられる。Merzagora らは,被験 者の前頭部に 10 分間の陽極 tDCS と sham(偽)tDCS を実施 し,その直後から近赤外イメージングによって前頭部の酸素化 ヘモグロビン濃度長を計測し比較している9)。その結果,陽極 tDCS では刺激後 15 分間程度,酸素化ヘモグロビン濃度長の増 加を示したが,偽 tDCS ではそのような現象を観察できなかっ た。このことから,陽極刺激によって皮質興奮性が増大し,そ れに伴い酸素化ヘモグロビン濃度長の増加が引き起こされてい ると考えられる。  tDCS の具体的方法を紹介する。はじめに電極の設置部位を 決定する必要があり,それは脳の機能局在にしたがいながら, 機能に一致した目標脳領域を定める。運動機能の場合には運動 野,ワーキングメモリや注意機能の場合には前頭前野,問題解 決の場合には側頭葉などのように,その目的によって機能的 脳領域は異なる。本来であれば,核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI)あるいは TMS を使用した運動誘 発電位(motor evoked potential:MEP)計測によって目標脳 領域を決定すべきであるが,臨床的には一般化しにくい。そこ で,これらを頭表から推定するために,国際的基準である脳 波 10 ‒ 20 法にしたがう方法が臨床的である。たとえば,運動 野であれば C3 あるいは C4,背外側前頭前野であれば F3 ある いは F4 に一致した部位を選択することになり,それぞれの部 位は頭囲計測からの比率によって算出される。電極の設置部位 が決定すればマーキングを行い,生理食塩水で浸したスポンジ カバーを設置した刺激電極をその部位に設置する。さらに,電 極と頭表間にすき間ができないようにバンドや包帯などで固定 し,あらかじめ設定した強度と時間で通電を開始する。  tDCS の効果を決定する要因としては,電極の設置部位,刺 激強度と刺激時間,患者の病期が挙げられる。電極の設置部位 に関しては先に述べた通りである。刺激強度と刺激時間に関し ては,1 ∼ 2 mA の刺激強度で,5 ∼ 40 分間の刺激時間の範囲 での研究報告が多い。また,単純に刺激強度を決定するのでは なく,電極サイズとの関係によって電流密度や電荷量を考慮に 入れて刺激強度を検討していく必要がある。電流密度は電流× 電極サイズの式,電荷量は電流密度×刺激時間の式で算出する ことができる。電極サイズと皮質脊髄路興奮性の関係を検討し た最近の報告では,電極サイズが小さいほど限局性に刺激が可 能となり,同じ電流密度であっても皮質脊髄路興奮性がより増 大することが示された10)。もうひとつの要因である患者の病 期に関しては,急性期,亜急性期,慢性期のいずれかによって も皮質興奮性の状況が異なる。より効果的・効率的な条件下で 治療的刺激を適応する必要があり,そのためには「いつ」刺激 を暴露するかを慎重に吟味する必要がある。最近 Yoon らが, 脳損傷ラットに tDCS 刺激を行い,シナプス形成に関わるタン パク質 GAP43 の発現量とラットの行動レベルの変化を検証し ている11)。損傷 1 日後に tDCS を実施したラットと比較して, 損傷 1 週間後に tDCS を実施したラットの方が GAP43 の有意 な増大があり,さらに行動レベルの改善も大きいことがあきら かとなった。損傷初期に tDCS を実施するよりも,損傷後一定 期間後に tDCS を実施する方が効果的であることが示され,介 入前の脳の興奮性状況に依存して,tDCS の効果が変化するこ とが考えられる。 経頭蓋直流電気刺激と神経リハビリテーション  tDCS による非侵襲性脳刺激には,大きく分けて 3 つの方法 がある。1 つは,片側損傷半球への陽極刺激で皮質の興奮性を 高める方法,2 つめは,非損傷半球への陰極刺激で皮質の過剰 興奮を抑制し,結果的に損傷半球の興奮性を高める方法,3 つ めが,損傷半球側に陽極を設置し,対側の非損傷半球に陰極を 設置するような両側性刺激(dual-tDCS)の方法がある。いず れの方法においても,tDCS 単独での機能的なパフォーマンス が改善するとは考えにくく,実際には併用して実施する運動療 法の方法を吟味し,検討しなければならない。  片側半球への陽極刺激の例は,おそらくもっとも多く研究さ れてきており,我々も健常者を対象とした sham コントロール 研究を実施している。右利き健常者の左手で円描画課題を実 施し,見本図形からの偏位距離や偏位面積を計測し,それら が右半球運動野への陽極 tDCS によってどのように変化するか を検討した。その結果,偽 tDCS では変化がなかったが,陽極 tDCS 条件において課題パフォーマンス成績の向上が認められ, 運動野への陽極 tDCS が運動皮質の興奮性を高め,あるいは同 期的な神経活動パターンへ微調整したのではないかと推察して いる12)。また,Hummel らは,左側1次運動野への陽極 tDCS により高齢者の右手の運動機能が向上することを報告してい る13)。  最近では,四肢の運動ばかりではなく,嚥下障害に対する tDCS の報告も散見される14)15)。最近では,日本でも脳卒中後 の嚥下障害に対する tDCS の研究が実施されており,1 mA で 20 分間の陽極 tDCS を損傷半球の咽頭運動皮質に実施し,10 セッションの介入後に対照群に比べて有意な改善を示し,その 効果は 1 ヵ月後まで持続していると報告されている15)。重度 な嚥下障害患者に対して,嚥下リハビリテーションと tDCS を 組み合わせることで,より有効な治療効果が得られる可能性が ある。  tDCS 介入と患者の病期に関連した興味深い報告がある。 Rossi らは,脳卒中患者 50 名をランダムに 2 群に割りつけ, 発症後 1 日目から損傷側運動野への陽極 tDCS を行う群と偽 tDCS を行う群を用いたコントロール研究を実施している16)。 5 日間の連続介入の効果を介入直後より 3 ヵ月後の回復で評価 しているが,結果は両群に改善を認めたものの,群間に有意な 差がなかったことを報告している。このことから,現時点では, 急性期脳卒中に対する陽極 tDCS は,患者の機能的予後に大き な利益をもたらさないと考えられる。  次に,陰極 tDCS を使用した研究として,Zimerman らの健 常高齢者に対する報告がある17)。彼らは健常高齢者を対象に して右手での手指連続タッピング課題を実施し,この際に運動 肢と同側である右半球運動野に陰極刺激を実施し学習成績を検 討している。偽 tDCS と比較した際に,陰極 tDCS 条件で有意

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経頭蓋直流電気刺激と運動療法 719 な学習成績の向上をあきらかにしている。このことから,健常 者であっても運動肢同側への陰極刺激によって,運動肢を支配 する対側運動皮質の興奮性を高めて半球間のバランスを調整す ることで,運動パフォーマンスの向上が可能であることが示唆 された。また,彼らは慢性期脳卒中者に対する陰極 tDCS の効 果も検証しており,一定の成果を報告している18)。この研究 では 1 セッションの陰極 tDCS の効果を検討しており,12 名 の慢性期脳卒中者の非損傷半球運動野へ陰極刺激を実施してい る。1 mA で 20 分間の刺激を行い,刺激中から刺激後 24 時間 までの効果を手指連続タッピングと皮質興奮性のアウトカムで 経時的に評価している。その結果,手指連続タッピングの成績 が練習中(オンライン)および練習後(オフライン)において も陰極 tDCS で有意に向上し,また皮質内抑制の解除と練習中 の成績向上に相関関係を認めた。  最後に,両側半球に対して電極を設置する dual-tDCS につ いての報告がある。Bolognini らは,慢性期脳卒中者に対して 2 mA,40 分 間 の dual-tDCS と CI 療 法(Constraint Induced Movement Therapy)を実施している19)。偽 tDCS に比較し て,dual-tDCS では,非損傷半球から損傷半球への半球間(脳 梁)抑制の減少率が大きく,損傷半球の皮質脊髄路興奮性が 増大することを示し,神経生理学的パラメータの変化と運動 パフォーマンスの変化にも相関関係を示した。CI 療法のみで は,皮質の局所的興奮性を調整できるが,半球間アンバランス の問題は十分に解決できないことから,dual-tDCS との組み合 わせがより大きな回復を導く可能性があるかも知れないと述べ ている。また,最近では,1 セッションの dual-tDCS の効果を 19 名の脳卒中者で検討した報告もある20)。損傷半球運動野へ 陽極,非損傷半球運動野へ陰極を設置して,1 mA で 20 分間 の dual-tDCS を実施し,麻痺手のグリップ能力とペグボードテ ストでの有意な改善を証明している。Lindenberg らは,5 日 間の連続 dual-tDCS の効果を慢性期脳卒中者で検討しており, 偽 tDCS 条件では 5%程度だった上肢運動機能の改善が,dual-tDCS 条件では 20%も有意に改善することを証明している21)。 また,fMRI による脳活動計測によって,損傷半球運動野およ び運動前野の有意な活動増大を確認している。最近では,陽極 tDCS や陰極 tDCS などの片側刺激と dual-tDCS のような両側 刺激を,脳の安静時機能的結合を使用して比較した研究が実施 されている22)。この結果では,dual-tDCS のみで運動皮質内 機能的結合の増大が示され,半球間機能的結合は片側刺激でも dual-tDCS でも減少することが報告されている。このことから, 刺激方法の選択の相違によっても,治療効果に影響を及ぼすこ とが考えられ,適切な電極設置の条件を明確にする必要がある と思われる。 ま と め  tDCS が,運動機能や認知機能に及ぼす効果に関して徐々に 研究が実施され,その検証が実施されている23)。神経リハビ リテーションにおける tDCS の応用や効果は,世界的にもいく つかが実証されている。しかしながら,まだまだ歴史的には日 が浅く,これから検証しなければならない課題も存在してい る。運動障害に対する tDCS の応用に関しては,運動療法との 併用が通常であり,また末梢神経電気刺激との併用報告もすで に存在している24)。神経リハビリテーションにおいて,脳の 機能的レベルから治療を 3 つに分類できる。1 つは,運動実行 前にその準備状態を作る運動先行型の治療であり,tDCS や運 動イメージ治療などがそうである。次に,皮質脊髄路を積極的 に頻回に使用する運動実行型の治療であり,これは通常リハビ リテーションにおける身体練習であり,課題指向型トレーニン グや CI 療法などがこれに含まれる。最後に,運動の結果を脳 へ知らせる感覚フィードバック型の治療があり,これには言語 的・視覚的フィードバック,バイオフィードバックなどが含ま れる。これらの治療をどのように効率的に組み合わせるかが重 要なポイントであると思われる。また,これらの介入を実施す る時期に関しての議論はほとんどされていない。原が紹介して いる運動麻痺回復のステージ理論25)などを参考にして,脳の コンディションを考慮に入れて,それぞれの回復段階におけ る必要な治療条件を整備する必要がある。さらには,皮質脊 髄路の損傷程度を評価可能な MEP や拡散強調画像(diff usion weighted image:DWI)などの神経生理学的手法による評価 と,臨床的評価スケールを組み合わせて,重症度に一致して tDCS の適応方法や電極設置の方法を検討する必要があると考 える。  tDCS に関連した神経リハビリテーションの未来は,患者の 身体活動に一致して刺激条件を調整可能にした tDCS や TMS などの新しい脳刺激手法の発展26),皮質内・皮質間の機能的 結合を改善させるために,同期的神経活動を誘発するような tDCS の使用が検討されている5)。tDCS による非侵襲性脳刺 激法は,ニューロリハビリテーションにおける治療手段のひと つであり,様々な治療選択肢の中から必要な治療を選択するの はセラピストである。ニューロリハビリテーションにおける広 範な知見をセラピスト自身が吟味しながら,目の前の患者に真 摯に向き合いながら,最良の治療を提供できることを期待して いる。 文  献

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