氏 名 中村 小百合 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医 学 ) 学 位 記 番 号 医工博4甲 第166号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年3月18日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 先進医療科学専攻
学 位 論 文 題 名 Expression of Astrocyte-Related Receptors in Cortical Dysplasia With Intractable Epilepsy
(難治性てんかんを伴う皮質形成異常の星状膠細胞関連受容体の 発現解析) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 喜多村 和郎 委 員 准教授 犬飼 岳史 委 員 客員教授 星野 幹雄
学位論文内容の要旨
(背景・目的) てんかんは反復性の痙攣発作を生じる疾患で、神経疾患の中で最も頻度の高い疾患の一つである。 てんかんの病態として、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の機能的異常が知られている。近年の研究 から、星状膠細胞がこのバランスの制御に関与していることが注目されている。星状膠細胞はシナプ スを被覆し、各種神経伝達物質受容体及びチャネルを介してシナプス活動に応答し、さらに化学伝達 物質(グリア伝達物質)放出及び神経伝達物質の再取り込みにより、隣接した神経細胞のシナプス興 奮性を制御している。一方、限局性大脳皮質形成異常(FCD)、結節性硬化症(TSC)はともに難治性 てんかんの原因であり、大脳皮質の層構造の異常と神経細胞の形態異常を特徴とし、発作焦点部位の 星状膠細胞の増殖を伴う疾患である。同様に、低分化型神経膠細胞種(LGA)も難治性てんかんの原 因の一つであり、星状膠細胞の異常増殖を認めることが知られている。 これまで、多くの星状膠細胞受容体が報告されているが、てんかんに関与するものとしてP2受容体 (ATP・UDPなどをリガンドとし、イオンチャネル型のP2X受容体とG蛋白結合膜貫通型のP2Y受容体が ある)や電位依存性カリウムチャネル(Kv)、内向き整流性カリウムチャネル(Kir)、代謝型グル タミン酸受容体(mGluR)が知られている。しかし、てんかん患者脳組織における、これら受容体の 挙動を論じた報告はない。そこで本研究は、FCD、TSC、LGAを伴う難治性てんかん患者の脳組織にお ける星状膠細胞受容体の発現を調べ、これらてんかんの分子病態との関連性を解析した。(681字) (方法) 国立精神・神経医療研究センター病院で、難治性てんかんと診断され発作焦点切除手術による治療 を受けた、FCD23名、TSC5名、LGA3名、計31名の患者を対象とした。対照は剖検例で、てんかんのな い21名(CTL)とグリオーシスを認める非てんかん患者5名(PG)を用いた。対象とした手術例と剖検例間で免疫組織化学の染色性に違いがないことを確認して以下の発現解析を行なった。
対象患者の手術後、国際てんかん分類に従って病理診断を行った。FCDは、組織診断により細分類 した(FCD I(皮質層構造の異常)、FCD IIa(異型神経細胞)、FCD IIb(バルーン細胞))。
病理診断後、切除脳のパラフィン包埋切片を用い、抗P2Y1、P2Y2、P2Y4、Kv4.2、Kir4.1、mGluR1、 mGluR5抗体、GFAP(星状膠細胞を標識)、NeuN(神経細胞を標識)、CD68(ミクログリアを標識)で 免疫組織化学染色を行った。各症例につき、同一切片内の3カ所の視野における一視野(38mm2)あた りの受容体・GFAP共陽性細胞数を数え、全GFAP陽性細胞数で割った。各症例で3カ所の平均値を計算 し、疾患群で比較検討した。また、各受容体の発現量を調べるために、これら脳組織の凍結標本を用 いてウエスタンブロット解析を行い、トランスイルミネーターで定量化した。 本研究は、当該施設における倫理問題等検討委員会の承認を得て行ない、患者および患者家族の研 究参加の承諾の後実施した。 (結果) (1) 免疫組織化学的解析:星状膠細胞における各受容体等の陽性率を調べるために、GFAP陽性細胞に おける比率を求めた。P2Y1+GFAP共陽性細胞数/GFAP陽性細胞数の割合(P2Y1/GFAP)、P2Y2/GFAP、 P2Y4/GFAP、Kv4.2/GFAP、Kir4.1/GFAP、mGluR1/GFAP、mGluR5/GFAPは、いずれも対照1-10%(平均値) に対し、難治性てんかん患者(FCD I、FCD IIa、FCD IIb、TSC、LGA)では50-90%と有意に高かった (Student t-test, P<0.05)。
次に、各星状膠細胞受容体の発現を疾患群間で比較すると、P2Y2/GFAP とmGluR1/GFAP に違いがあ った。P2Y2/GFAPでは、FCD IIa、FCD IIb、TSC、LGAでFCD Iに比し有意に高く、FCD IIbはFCD IIa に比し有意に高かった。mGluR1/GFAPは、FCD IがFCD IIaに比し有意に高く、FCD IIaがFCD IIbに比 し高かった。 (2)ウエスタンブロット解析:星状膠細胞の各受容体等の発現量をGFAP発現量で補正し定量化した。 P2Y1/GFAP量比(P2Y1/GFAP量)、P2Y2/GFAP量、Kv4.2/GFAP量、Kir4.1/GFAP量、mGluR1/GFAP量、 mGluR5/GFAP量は、いずれも対照に対し難治性てんかん患者で有意に高かった(Student t-test, P<0.05)。しかし、疾患群間に差はなかった。 (考察) 難治性てんかん患者の病巣部では、星状膠細胞における各種てんかん関連受容体の発現が高いこと が分かった。星状膠細胞のP2Y1受容体は、本細胞における主たるP2受容体であり、その活性化により 強いCa++興奮性を示す。これにより、海馬ではATPが放出され、興奮性神経細胞前シナプスからのグ
ルタミン酸の放出を抑制して、シナプス興奮性を抑制する(Koizumi et al., PNAS 2003)。しかし、 各種病態モデルではP2Y1受容体に依存的にグルタミン酸の異常放出が認められ、これが当該部位にお ける神経細胞の異常興奮性を呈すると考えられている(Koizumi, FEBS J, 2010; Santello et al., Neuron 2011)。このように神経膠細胞P2Y1受容体を介するシグナルは、神経細胞の興奮性とダイナ ミックにリンクしている。今後、P2Y1及び各種P2受容体発現亢進と、これら難治性てんかんの分子病 態との関連性解明が待たれる。また、Kv4.2とKir4.1は細胞内外のK+濃度を調整して神経細胞の再分 極を促し、神経細胞の興奮を抑制する。一方、mGluR1とmGluR5は細胞内Ca++濃度を上昇させ、その結 果星状膠細胞はグルタミン酸を分泌して興奮性神経細胞シナプスを活性化させる。これらの結果から、 てんかん病巣では神経細胞の抑制性と興奮性の駆け引きが活発化している状態が恒常的にあるもの
と考えられ、そのバランスの破綻が難治性てんかんの病因とリンクしている可能性が示唆された。 P2Y2とP2Y4は星状膠細胞の増殖に関与していることが知られている。PGではP2Y2とP2Y4発現の増加が なかったことより、てんかんにおける星状膠細胞増殖は変性疾患などによるグリオーシスとは異なる 機序があることが考えられる。その病態形成にP2Y2、P2Y4の発現の関与が示唆される。さらに、P2Y2 がFCD IIbでFCD IIaより有意に高いことは、FCD IIbに特異的にみられるバルーン細胞の出現との関 係が示唆される。 これまで、てんかん研究は神経細胞を中心に進められてきた。近年、星状膠細胞の役割が明らかに なる中で、そのてんかん原性への直接的な関与が知られるようになった。ヒト難治性てんかん患者脳 を用いた星状膠細胞の研究はこれまでになく、中枢神経系における神経細胞-星状膠細胞ネットワー クを理解する上で重要な知見を与えることができた。 (結論) 難治性てんかん患者の病巣では、星状膠細胞のP2Y1、P2Y2、P2Y4、Kv4.2、Kir4.1、mGluR1、mGluR5 受容体の発現が増加していた。これらの発現異常が難治性てんかんの病態に関与しているものと考え られた。
論文審査結果の要旨
てんかんは神経疾患の中でも頻度の高い疾患であり、長期のてんかんの持続は発達の遅れをも たらし、生活の質の障害にもつながる。しかしながら、患者の約 30%が薬剤抵抗性であり、その 分子病態の解明と治療法の検討が必要である。これまで、てんかんの薬物療法は、ニューロンを 標的とするものが主であった。今回の研究はアストロサイトに着目しており、アストロサイト受 容体のヒトてんかん脳組織における発現について初めて明らかにしている。それらがヒトのてん かんに関与する可能性を示しており、アストロサイトがてんかんの薬物療法の新たな標的となり うることを示唆したという点で、非常に有意義である。また、てんかん患者の脳組織を用いた研 究という点でも有意義である。てんかん患者の脳組織はてんかん手術を行っている限られた施設 でしか入手できず、研究も不可能である。今回のように、てんかん手術を行う病院に併設してい る研究所で、貴重な標本や臨床情報を用いて研究されたことは意味があり、またそれが当該研究 所の役割とも考える。 アストロサイト受容体、チャネルの発現上昇が、てんかんの原因となっているのか、またはそ の結果なのか(FCD などの形態学的異常の結果、あるいはてんかんの結果)、は今回の研究では不 明である。これらを明らかにするには、手術標本の中の形態学的に正常部な部位における受容体 発現を調べること、動物にてんかんを誘発させた際に受容体発現の変化を調べること、などが必 要である。 また、特にウエスタンブロット解析において、コントロールでまったく分子発現が検出されな い点は、ニューロンでこれらの発現がみられるという既報告に矛盾する結果であり、コントロー ル(てんかんのない患者)の脳凍結標本の入手が困難ではあるが、できる限りコントロール症例 を増やして検討を行うとより信頼性が増すと考える。また、受容体発現がアストロサイト、シナ プス活動に変化を及ぼしているかどうか、は疑問として残る。アストロサイトにおける受容体・ チャネル発現上昇を再現させた動物のアストロサイトやニューロンを用いて、アストロサイトのカルシウム興奮性、グリア伝達物質の放出、またシナプス伝達について調べる必要がある。さら に、今回の研究は、新たな難治性てんかんの薬物療法につながる可能性がある。薬物療法に応用 できるために、アストロサイト特異的にこれらの受容体、チャネルの発現を上昇させたモデル動 物の作成が今後の展開として検討されるべきである。残された問題点、疑問点についての実験結 果、考察も加えると内容が充実したものになると考える。また、免疫染色においてアストロサイ トの形態自体がてんかんで変化していることには触れられていず、今後、その点についても研究 が進むことが期待される。 実験は文献をもとに、これまで報告のある信頼できる方法で進められている。全てのデータに 捏造や改竄はないと認められる。 以上のように、本研究は難治性てんかん患者においてアストロサイト特異的に受容体発現が変 化していることを直接明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。