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大学教育におけるタイム・マネジメント : 質保証を学生の視点から考察する

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大学教育におけるタイム・マネジメント

―質保証を学生の視点から考察する―

中村 章二

【要旨】

 近年の大学改革は、教育内容が注目されるとともに、教育改善であるFD活動が充 実してきたが、その成果を活かす「教育現場」の教育システムは、大学生がエリート であった時代から全入時代と評される現在、学生の変化に対応し機能しているのだろ うか。  本研究では、万人に公平に流れる時間の概念から、現行の教育システムについて教 育を受ける立場である学生の視点を基に課題を示すとともに、近年、取り組みが進ん でいる初年次教育、キャリア教育について、学習時間の確保という観点から、その運 営方法に課題を提示しながら、FD活動の成果を活かし、大学教育の質を保証するため には「タイム・マネジメント」の視点が必要であることを提示したい。  キーワード:タイム・マネジメント、教育の質保証、学期制度、職員、FD

はじめに

 我が国の大学は、進学率の向上と18才人口の減少により、今、まさにマーチン・トロウの示 した「誰もが高等教育にアクセスできるユニバーサル段階」を迎えている。  このような状況の中、近年の大学改革は、2008年の学士課程答申を契機に、従来の学部・学 科や研究科という組織中心の考えから、学位プログラムである「学士課程教育」という教育プ ログラムに着目し、大学の使命である学生への教育内容・方法に関する改革が求められている。 そして、これに呼応するようにFD活動が進展し、個々の教員が行う教育内容・方法という教 授法の改善が活発に行われていることは、文部科学省の統計資料や各種学会等の内容を見ても

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 これについては、これまで改革の主体となってきた大学教員が、特定分野の研究者であるが 故に個々の授業改善が中心となり、GPA制度やCAP制等、組織的な対応が必要な場面におい て、多くの教員が必ずしも大学(高等教育)という分野の専門家ではなかったこともあり、十 分な議論ができなかったことが想定される。これに関し、学士課程答申では、インストラクシ ョナルデザイナーという教育方法の改革の実践を支える人材が大学職員の新たな職能として示 された。これは、入学から卒業までの学習の道標となるカリキュラム設計や学生生活に大きな 影響を与える学期制度やGPAに代表される教育システムの構築に、通常業務として学生生活 を俯瞰的に見ることができる高度な専門性を持った大学職員が関わることが望ましいことを示 していると考えられる。  本研究では、長く教務関係業務に携わった大学職員としての経験を基に、教育の質を保証・ 充実させる視点から、現在の大学における教育システムを学生(学習者)の視点から分析・評 価し、誰にも公平に流れている時間を計画的に捉える「時間管理=タイム・マネジメント」を キーワードに、学習を中心に営まれるべき学生生活を充実させるための方策を示しながら、近 年、新しい概念の教育活動として注目されている「初年次教育、キャリア教育」についても考 えてみたい。

1.学生の変化と教育の質保証

 現在の大学を巡る厳しい情勢の一つとして18才人口の減少が挙げられるであろう。そして 全入時代を迎えた今、一部の大学を除いて大学入試は学力に関する選抜の機能を果たしておら ず、推薦入試やAO入試等の多様な選抜方法により、多様な大学生を生み出している。しかし、 このことは高等教育の拡大という視点から観れば、むしろ望ましいことであり、このことを、 2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」では、他の先進国と比較して少 ない大学在学者数の対人口比率、において、先進諸国と大学進学率を比較した上で、「大学が幅 広く多様な学生を受入れ、学士課程教育を通じて、自立した市民や職業人として必要な能力を 育成していくことが求められる」(中央教育審議会2008:4)と述べている。  このように大学教育が社会に身近になっている中、なぜ、今、改めて質の保証が問題となる のであろうか。  それは、進学率の拡大とともに増大した学生の変化によるものであろう。かつて、進学率の 低かった時代を表した逸話に、「講義に出席しなくても優を取る」というものがある。これは、 ある大学教授が自らの学生時代を語ったことだが、講義に出席しなくても友人とのディスカッ ションやテキストを自分で読破することで、試験に合格し「優」を修得する、というものであ る。  これは、かつて選ばれた大学生であった時代、自分の能力に自信を持ち、講義に出席するよ りも、友人とのディスカッションに時間を費やし、自らを研鑚していたと推察される。当時の 進学率や「学士様」と呼ばれた社会情勢からも、「大学生」という存在は選ばれた集団であり、 一種のステータスを持ち、自らが学ぶことを身に付けていた集団と言えるであろう。ノーベル

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物理学賞を受賞者した益川敏英も当時の雰囲気を(益川2009:7–8)、①ちょっと背伸びしたよ うなことを議論していた、②遊びも勉強も同時にやって、全人格的につき合っていた、と自身 の学生時代を省みている。  しかし、進学率の上昇とともに学生の意識は変化し、大学改革のきっかけとなった「大学レ ジャーランド化」、そして、現在は、「全入時代」と学生を巡る状況は大きく変わってきた。そ して、迎えた全入時代は大学入試の圧力を弱め、大学受験を目指す高校生の学習習慣に影響を 与えている。次のグラフは、高校生の学習習慣を示したものだが、上位レベルが維持又は若干 の向上であるのに対し、中位レベルが大きく落ち込んでいる。  この状況を耳塚寛明は(耳塚2007:17)①やさしくなった大学入試がもたらした脱受験競争 時代、②学習からの離脱はセカンドランクの高校生、と述べているが、この中位レベルが多く の大学の受験者層ではないだろうか。 図1 高校ランク別平均家庭学習時間(分) 出典:第4回学習基本調査・国内調査報告書 高校生版 Benesse教育研究開発センター  このように、18才人口の減少による「全入時代」は、大学側に入試による選抜を実質的に不

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2.学習におけるタイム・マネジメント

 ここでは、学生の学習に関し、入学から卒業までの4年間をデザインする「カリキュラム」、 1年間(年度)の枠組みである「学期制度」、学習の最小単位である講義(授業)の枠組みである 「学期」、毎回行われる「授業」という、4つの視点から現状の課題と改善の方向を考えてみた い。 (1)カリキュラム設計におけるタイム・マネジメント(入学から卒業まで)  入学から卒業までの4年間に、各大学の目的に基づき、どのような教育を行い、どのような 力をつけさせるのか、を実際の学習形態(方法)として表したものがカリキュラムである。一 般的には、社会人として必要な教養を得るための科目や当該学部・学科の専門的な科目が、4 年の学習期間に計画的に修得できるよう配置されている。  また、資格に関するコースの場合、多くは、その資格取得に必要な専門科目が系統的に取得 できるようデザインされているのが一般的である。  この4年間に修得すべき学習量、つまり、大学卒業に必要な単位数は、大学設置基準により 124単位と定められている。これは、1単位の修得に45時間の学習を課す、という単位制の基 本に基づくもので次のように解されている。 ①1単位は45時間であり、1週当たりの労働時間45hに相当 ②1セメスターは15週のため、1セメスターの修得単位数は15単位 ③1年間に2セメスターのため年間修得単位は30単位 ④4年間の学習期間のため卒業までの修得単位は120単位  このように週当たりの学習(労働)時間と4年間の学習期間を基に120単位が定められ、こ れに後の改革で保健体育科目 4 単位が加わり、最低修得単位数が 124 単位と定められている。 この卒業に必要な単位を計画的に履修させるカリキュラムの設計は、学部・学科の目的を成し 遂げるためのタイム・マネジメントであり、学士課程答申における「教育課程編成・実施の方 針」を体現するものである。 (2)学年(学期制度)におけるタイム・マネジメント  4月から始まり3月に終わる1年間の学生生活を規定する「学期制度」については、以前の主 流であった通年制から、多くの大学がセメスター制に移行しているが、大学設置基準には、1 学期を10週程度とする3学期制も位置付けられている。  次の図は、これらの学期制度を、改革のモデルとされたアメリカのセメスター制、日本のセ メスター制とかつての主流であった通年制、さらに小中学校の主流でもある3学期制とを比較 したものである。

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図 2 大学の学期制度の比較  このように学期制度を比較すると、日本のセメスター制の夏季休業が少しずれていることが 判る。そこで夏季休業はどのような趣旨で設けられているかを考えてみたい。  まず、米国について中山茂は(中山1988:147–149)、①農業を手伝う期間を夏季休業、②ク リスマス前に学期末試験を終える、等、休業期間に関して学生の生活面を考慮していることを 述べている。これは、アメリカの高等教育に「よき市民」を育てるという目的があり、その運 営には、社会生活に支障のない学習期間(学期)が必要であったと考えられる。  日本においても「夏季休業(夏休み)」は、暑い時期の授業を避けることや農作業の繁忙期で あったことが知られている。この「夏休み」について沖原豊(沖原 1982:5)は、千年以上前に作 成された養老律令の中の「学令」に、大学生及び国学生に毎年5月(旧暦、現在の6 ∼ 7月頃) に播種期の休暇を与える、と定められていたと述べており、日本の学校制度において千年以上 の伝統があることを示している。  このように自然に合致していた夏季休業期間が、大学においては、セメスター制を導入した ことから、暑い時期に授業を行うこととなり、講義室にエアコンを設置する必要性が生じるこ とになった。このことを、電力消費の面から見てみたい。下の図は、1年間の電力消費を表し たものである。

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図 3 1年間の電気の使われ方の推移      http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_06/index.html  折しも、東北大震災(2011.3.11)により、東京電力の福島原子力発電所が被災し、電力の供 給不足が懸念されている今、大学という事業体も節電を考慮する必要がある。  もちろん、通常の電力消費を抑える努力も必要だが、セメスター制の学期運営が使用電力量 のピーク時にエアコンを稼働させている現実を直視するべきであろう。  近年、一部で国際化を進める観点から9月入学の検討が始まっているが、その背景には、4月 当初に関東地区の大学が被った震災による混乱と、夏に向けた電力需給に対する危機感もある と考えられる。  学期制度は、1年間の学ぶスケジュールでもあり、その構築には、その国の歴史や気候風土 を十分に考慮する必要があり、大学設置基準にも示されている10週程度を基本とする3学期制 は、夏の電力消費や国際化の課題を解決できる要素がある。この3学期制について、舘昭は(舘 1997:117)、①アメリカでも連続10週のクォーター制が1 / 4程度あることを示し、学期制度 の検討において、「はじめに15週ありきの考え方から脱却する必要がある」と厳しく指摘して いる。現在、求められている大学改革は、大学毎の特色に応じた多様化が求められていること に加え、3学期制は、入学者である高校生から見た場合、高校では一般的に3学期制による週複 数回授業が行われていることから、入学した学生に違和感はないと考えられる。  今一度、学習者である学生の視点に立ち、教育の質を維持・向上させるための方策として各

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大学の特色に応じた第二段階の学期制度改革が必要であろう。 (3)学期におけるタイム・マネジメント  次に、実際の授業運営に直接影響する学期に関し考えてみたい。  大学改革において推奨された学期完結型授業の特色として、まず、少数科目の集中履修があ る。そして授業運営方式としての週複数回授業や授業運営を支える各種ツール(シラバス、 GPA、CAP)とこれらを活用した履修指導がある。  文部科学省(2011)の調査によれば、セメスター制を採用している617大学の内、556大学が 2コマ続きや週複数回の授業を開設しているが、筆者が2009年に全国の国立大学と愛知県の公 私立大学に行った調査では、「2 コマ連続や週 2 コマ以上は例外的」「2 コマ連続は実験実習科 目」とのコメントがあったことや、CAP制の上限単位数が20単位台を主流としていることか ら、週複数回の授業運営は、語学や実験・実習等の一部に留まり、以前から行われていた週1 回の授業運営が主流と考えられる。 表1 CAP 制の上限単位数 区 分 19以下 20 ~ 24 25 ~ 29 30 ~ 34 計 国 立 1 17 15 8 41 県内公私立 13 6 1 20 学期に関するアンケート集計抜粋(2009.7、筆者作成)      このCAP制は、学生がしっかり学ぶ時間を保証する制度であるが、その現状は、1単位の学 習時間を45時間と定める大学設置基準から想定すると、過大であり、学生に大きな過重労働を 強いていることになる。次の図は、学生の1週間の生活時間を表したものだが、20単位以上の 学習がいかに厳しいものであるかが判る。これについて、現実には「それほど厳しくない」と の意見もあるかと思うが、それは、単位制に基づく学習指導が行われていないことを示し、質 の面で疑問が生じる授業運営が行われていることを表すのではないだろうか。 図 4 学生の1週間あたりの生活時間の比較(筆者作成)

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 また、先に示した学生の変化を考えると、全入時代の到来により、十分な学習習慣と学習意 欲を持たない現代の学生に対し、このような過大な学習を強いる現行の教育システムこそ、教 育の質に対して悪影響を与えているのではないだろうか。 (4)授業時間におけるタイム・マネジメント  大学の授業時間については、多くの大学が1コマ2hとされ、15週を基本とするセメスター制 の場合、講義2単位に必要な「教室内授業時間」である30hが確保されるが、実際に2hという 授業時間に学生と教員は集中しているのだろうか。  これについて、舘昭は、「2時間話しつづけることは無理があるから、実際は1時間を50分、 さらには45分に縮めてしまい、合わせて90分という授業が一般化した」(舘 2007:63)と実質 的に無理があったことを指摘し、小笠原正明(2009)は、集中力の時間経過を表すデータを基 に、①集中力の維持には、1回の授業を60分以内、と指摘するとともに、記憶を受け入れるた めのフィードバックとして、②週複数回授業の重要性、と授業を受ける学生側からの問題点を 述べている。  ここで、アメリカ型の授業を展開している国際基督教大学の授業形態を見ると、1コマは70 分設定であり、3単位の科目では、週に3回の授業が行われている。  ICUwebサイト(http://www.icu.ac.jp/liberalarts/educational/system.html)  また、国際基督教大学は、全国大学満足度ランキング(ベネッセ教育研究開発センター)に おいて、4期連続の1位となり、その要因を「授業面での評価は高く、学ぶ側、教える側、相互 のコミットメントが高く評価」と分析している。  ICUwebサイト( http://icu.bucho.net/icu/icu_1023ICU%E6%BA%80%E8%B6%B3%E5%BA% A6ICU%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%BA%80%E8%B6%B3%E5%BA%A6.html)  このように、学生、教員双方が集中力を維持し、授業の教育効果を高めるためには、現行の 1コマ90分よりも短い授業時間を設定し、週複数回授業を行うことが有効と考えられる。  これらの中でも、特に学期制度がセメスター制に画一化したことについて、溝上智恵子も文 部科学省の公表資料を基に「セメスター制の空洞化が起きている」(溝上2009:121)と述べ、① 大学はセメスター制の導入により教育改革の達成感、②教員は通年授業を分割し教育改革に対 応、③学生は学習が負担にならないことに満足、と現状を厳しく指摘していることに加え、舘 昭は、「教員の忙しさが増すわりに教育効果が上がらない」(舘 1997:100)と指摘している。こ れについては、3(3)教職員の協働と分担 で改めて述べる。  全入時代には、入学者選抜が実質的に機能しないため、入学生の能力も多様となる。  授業運営を支える各種ツール(シラバス、GPA、CAP)は、多様な学生を学習に導くツール でもある。シラバスは、各科目の授業内容と教育方法を学生へ示し、CAP制は、学生の学習す る時間を保証、GPA制度は、良い評価を得た学生にメリットを与えることにより、学生の学習 意欲を喚起する制度である。多様な学生に個別に対応するためにも、学生の生活時間を意識し ながら各種のツールを効果的に組み合わせた教育システムを構築することが教育の質を維持・

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向上させるために各大学が見直すべきことであろう。

3.

「初年次教育」、「キャリア教育」のカリキュラムへの位置づけ

(1)初年次教育、キャリア教育の現状  近年、大学に「初年次教育」、「キャリア教育」という、従来の教養教育、専門教育とは異な る新しい概念の分野が登場してきた。これは、それぞれ、多様な学生に対する対応として取り 入れられてきたものであり、文部科学省の調査によれば、授業科目として位置づけられるとと もに単位化が進んでいる。 【初年次教育及びキャリア教育の実施状況】 ○初年次教育の取り組み状況  2006年度:501大学(71%)→2009年度:617大学(84%) ○キャリア形成を支援する授業科目の実施状況  2008年度: 実施674大学(90%) 内授業科目として実施612大学、授業科目以外365大学  2009年度: 実施684大学(94%) 内授業科目として実施627大学、授業科目以外393大学  出典:大学における教育内容等の改革状況について(文部科学省:2009a,2010,2011)  初年次教育の単位化は、文部科学省の調査では対象となっていないが、日本私立大学協会の 調査によれば(日本私立大学協会 2011:34)、初年次教育を必修とした学部は712学部の内66.2 %を占め、単位化が進んでいると考えられる。  中央審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」(2008:15)では、「学士課程教育を通じて到 達すべき学習成果は、こうした科目のみではなく、課外活動を含め、あらゆる教育活動の中で、 就業年限全体を通じて培うものである。」と正課外の活動を含めた指導の重要性を示し、初年 次教育、キャリア教育についても同様に、教育課程の内外を通じた取り組みが必要とされ、従 来から行われてきた入学者向けのガイダンスや就職指導ガイダンス等もこれらの指導に含まれ るとともに、当該学部・学科の目的や教育課程の内容に資するよう見直しが求められている。

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○初年次教育  初年次教育とは、教育の受益者であった高校生(入学者)を知の生産者である大学生になる ことを支援するために設けられたものと理解することができる。 その上で、「1.学生の変化と教育の質保証」で示した、図 1 高校ランク別平均課程学習時間 (分)に目を転ずると、中位レベルの低下に対し上位レベルは、維持・向上しており、上位層に は学習習慣が根付いていることが判る。彼らは、高等学校で、どのような学習の経験をしてい るのだろうか。次の資料は、上位層の高校で行われている学習指導の一例を示したものであ る。   上位層の高校で行われている学習指導の一例   ・情報を精選・整理し知識として記憶   ・何のために記憶するのか、意味、目的、効果、意義を意識   ・単なる知識に止まらず、状況に応じて想起できるように   ・知識に推論を加えて問題解決へ   出典:愛知県立明和高校進路指導資料より抜粋(筆者作成)  このことは、初年次教育と同等の教育が一部の高等学校では、既に行われていることを示し ており、上位層の高校が入学する大学が用意する初年次教育の内容は、専門教育への導入を中 心に自大学の理解やカリキュラムの特色等、入学後の学びのガイドライン等、自らの学びに繋 がるプログラムに限定されるであろう。  もとより、初年次教育には、正課外に行われてきた入学者向けガイダンスも含まれることか ら、初年次教育の単位化は、全ての大学に必要なものではなく、当該大学の入学者層や教育課 程の特色を十分に検討すべきである。 ○キャリア教育  キャリア教育は、単に卒業時点の就職を目指すものではなく、生涯を通じた就業力の育成を 目指すものと理解されるが、各大学の目的や特色によって大きく内容が異なると考えられる。 文系・理系、また、特定の資格・職業に関連するか否か、等である。  中でも、特定の資格・職業に関連する「職業人養成コース」の場合、多くは、関連する資格 取得の規制や関係団体における実習が位置付けられていることが多く、それらそのものが、キ ャリア教育であるとも考えられる。  例えば、教員養成大学では、教員免許状を取得するために、教育課程に教育職員免許法に指 定された科目が組み込まれており、教育実習という教育現場で行う科目も必修として位置付け られている。これは、現場の教員と同じように児童・生徒の指導を行うことから、就業体験で ある「インターンシップ」でもあると考えられる。  また、1998年の教育職員免許法施行規則改正により新設された教職に関する科目「教職の意 義及び教員の役割」の趣旨は次のように示されており、教員養成大学におけるキャリア教育科

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目にもなり得ると考えられる。 教職の意義や教員の役割、職務内容等に関する知識の修得を通じ、教員を志願する者が教 職についての理解を含め、将来教職に就くことについて多角的に考察する過程を援助し、 動機付けを図るもの  このほか、教育職員免許法等に指定されている科目は、それぞれ、教員という職業に必要な 資質を修得するために設定されており、これらの科目がカリキュラムに組み込まれている教員 養成大学にとっては、教育課程そのものがキャリア教育とも考えられる(図5)。このような教 育課程を持つ大学・学科の場合、改めてキャリア教育科目を設定することが、その大学の教育 目的を向上させる要素があるのだろうか。むしろ、これらの科目を運営する中で、学生が巣立 つ社会(この場合は、教育界)を想定した授業運営を行うことが、職業人養成コースにおける キャリア教育ではないだろうか。 図 5 教員養成大学におけるカリキュラム・イメージ(筆者作成)  このような状況において、学部・学科の専門分野とは異なる初年次教育、キャリア教育の単 位を卒業に必要な単位の一部に組み入れることは、大学毎の本来の学びを軽くしてしまう危険 性があるのではないだろうか。図7は、学生が学ぶ4年間の学習時間をモデルとして表したも のだが、安易な単位化は、教養教育や専門教育の時間を圧迫することが判る。

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図 6 4 年間の学習時間におけるカリキュラム・イメージ(筆者作成)     ※□は1単位を表し、年間30単位の学習時間を基に4年間を表した。  過去に行われた大学設置基準の改正では、外国語科目の単位数増が検討された際、専門分野 から大きな抵抗があり、後に専門教育の導入となる基礎教育科目新設となった経緯がある。こ のことからも、安易に初年次教育やキャリア支援科目を正課の科目・単位として位置付けるこ とは、誰にも公平に流れている時間という概念から、本来の大学教育の質を低下させる危険性 を孕んでいることを指摘しておきたい。  では、なぜ単位化が進むのであろうか。それは、先に述べたように各種答申等で必要性が注 目され、もともと成果外に実施されていた初年次教育、キャリア教育を単位化することにより、 改革の実績を示そうとしているのではないだろうか。  もちろん、初年次教育やキャリア教育を否定しているのではない。むしろ、多様化した現在 の学生には必要であろう。中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」(2008:18 –19) では、①この10年で大きく伸びた科目・内容として文書作成の訓練、インターンシップ、と初 年次教育、キャリア教育に関する事項を示しているが、一方、「各大学では、学生の変化や社会 的ニーズに柔軟に応えようとする努力が見られる。しかし、努力が、学士課程教育の本来の姿 を実現し、教育水準の維持・向上に寄与しているとは言い切れない。」と、その質に疑問を呈す る厳しい意見が述べられていることを忘れてはならない。  さらに、単位化が進む背景として、評価を背景とした「改革しなければ」という空気が各大 学に漂っていることが懸念される。一例として、筆者が2009年に学期制度に関する調査を行っ た際、セメスター制への移行が大学に競争の概念が示された21世紀大学像答申後の短い期間 に集中しており、「改革しなければ」という外圧から、検討が不十分なままセメスター制への移 行が進んだことが明らかとなったが、先に示した教育水準への指摘からも正課に位置付け単位 化する場合には、大学の目的、教育課程の方針等を念頭に十分な検討を重ねることが必要と考 えられる。 (3)教職員の協働と分担  ここでは、少し視点を変えて、近年、注目されている教職協働について、あえて分担という ことを含めて考えてみたい。

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 先に述べたように、初年次教育、キャリア教育は、従前の教養教育、専門教育とは異なる教 育内容であるが、筆者の経験からも、入学後に行われる学生生活や履修に関するガイダンスや 就職に関する情報提供や相談業務は、主に大学職員が担当してきた実績がある。初年次教育、 キャリア教育には、これらを組織的に再構築したケースが多いのではないだろうか。近年の大 学改革のモデルとされる米国においては、多くが正課外の学習支援として行われており、教員 外専門職(大学職員)が担うことも多い。  これらはアドバイジングと称されているが、教育に関するものとして、アカデミック・アド バイジングという指導が行われており、初年次教育、キャリア教育に関する指導項目は、次の ように示されている。 アカデミック・アドバイジングの目標(初年次教育、キャリア教育関連事項を抜粋) ・適切な教育計画を発展させる ・キャリアと人生の目標の明確化 ・適切なコースの選択と他の教育経験の選択 ・学生が利用できる教育上の資源について、それを知ってもらうことを促進する  (例えば、インターンシップ、留学、賞、学生支援プログラムなど) ・意志決定のスキルの発達 ・学生のセルフディレクションの強化 ・制度上またはコミュニティー支援サービスへのリファーと活用 出典:「アカデミック・アドバイジング CAS基準とガイドライン」日本学生支援機構 (http://www.jasso.go.jp/gakusei_shien/documents/academic_advising.pdf)  次に、教員の勤務状況には、どのような変化があったのだろうか。  まず、授業の担当状況であるが、学校教員統計調査(文部科学省 2007:26)によれば、平成10 年度には6.2時間であった学部の平均週担当授業時数が平成19年度には7.3時間と増加してい る。さらに、大学等におけるフルタイム換算データに関する調査(文部科学省 2009b)によれ ば、2002年の調査と比較し、「総職務時間はあまり変わらないが、研究活動時間が減り、教育 活動時間および社会サービス活動時間が増えた」ことが述べられている。これに関して舘昭は、

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担ってきたガイダンス等を、カリキュラムとの関係を意識して内容を見直し、質を高めながら も「単位化しない」ことが、教員の負担をいたずらに増やさないことに繋がるのではないか。 近年の各種答申では、職員の資質向上(SD)を進めるために教員との協働が推進されている が、協働は双方が協力する必要があるが「餅は餅屋」の諺にもあるように、分担すべきものと 協働すべきものを区別し、相互の負担を減らすことも考えるべきであろう。  IDE現代の高等教育№524(2010:48)一滴「教育を言う前にまず教える中身の開発を」では、 教員が形式的な改革を受け入れる現状を憂いながら「教える中身の開発、つまり研究とされる ものの内実の改革なくして、教育の改革などありえない」と厳しく指摘しているが、この中身 の充実、つまり、研究活動を推進し、教員に充実した教育活動を求めるためにも、時間管理(タ イム・マネジメント)の視点が必要と考える。

おわりに

 近年の大学改革は、大学設置基準の大綱化を契機に始まったと考えられるが、この大綱化を 大崎仁は、「教育目的に即した教育課程を各大学が科目区分の制約を受けず自主的に編成する という常識的システムが、これでようやく実現」(大崎1999:311)と述べている。  つまり、それまでは、大学設置基準という障壁により、大学が自由に設計することができな かったことを表しており、見方を変えれば、全ての大学が制度の上では、同じような教育課程 を求められていたとも考えられ、日本の大学全体が特色を持つことが遮られていたとも言え る。このような状況から、18才人口が減少し、社会がグローバル化することにより、大学毎の 特色を示すことが求められたと同時に、制度面の質保証として評価制度が導入されたが、長い 間、自らが考えることを封じられてきた大学にとって、これら一連の大学改革の動きは、大学 毎の十分な検討を待たずに、目に付きやすい(評価されやすい)部分のみが改革されるという 現実を生み出してしまった。それが、多様化を目指したにも関わらず、セメスター制に画一化 されてしまった学期制度であり、初年次教育、キャリア教育の安易な単位化ではないだろう か。  そして、それは、3(3)教職員の協働と分担 で述べたように、安易な単位化は、いたずらに 教員の負担を増やし、教育内容の低下に繋がる恐れがある。折しも、2008年の中央審議会答申 「学士課程教育の構築について」では、改革の視点が学士課程という教育プログラムに移り、教 育内容・方法に関する質の保証に注目が集まっている。筆者は、大学職員として勤務しながら、 大学院において高等教育に関する学習と研究活動を行ったが、これまでの勤務経験から、大学 の様々な活動は「経験則」によるものが多いと感じている。これは、高等教育に関する研究が 始まって、まだ、日が浅いこともあるが、やはり、多くの大学で意志決定に関与する管理職(教 員)等が、自らの学生時代や勤務上の経験を基にしているからであろう。これは、マーチン・ トロウの示したモデルの「アマチュア大学人の兼任」であることを示しており、先に述べた 「同質性を持つ高等教育機関」であることからも、大学運営の面では、エリート段階に留まって いることを示し、進学状況から示されるユニバーサル段階と比べて、対応が大きく立ち遅れて

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いることを示している。  このような状況において、今後、改革に必要となるのは、教育の対象であり、学習者である 「学生の視点」に立って改革を進めることであろう。それは、教育を始めとするすべての支援 が、特色や目的に応じて「学生を学びに誘う」よう計画的に行われることが重要である。そし て、その実現には、万人に公平に流れる時間を意識する「大学教育におけるタイム・マネジメ ント」の視点が必要であり、全ての大学関係者がタイム・マネジメントの視点から自大学の教 育システムを特色に応じて再構築することが、教育の質を保証するための重要なキーポイント と考える。

引用(参考)文献

A,2010,「教育を言う前にまず教える中身の開発を」『現代の高等教育』524:48 愛知県立明和高校,2010,「進路指導資料(平成23年度PTA進路指導研修会)」 中央教育審議会,1963,『大学教育の改善について』 中央教育審議会,2008,『学士課程教育の構築に向けて』 大学審議会,1991,『大学教育の改善について』 大学審議会,1997,『高等教育の一層の改善について』 大学審議会,1998,『21世紀の大学像と今後の改革方針について』 国際基督教大学,「教育システム」 (http://www.icu.ac.jp/liberalarts/educational/system.html 2011.9.18) 国際基督教大学,「・ICU(国際基督教大学)学生の満足度」 (http://icu.bucho.net/icu/icu_1023ICU%E6%BA%80%E8%B6%B3%E5%BA%A6ICU%E5%AD%A6 %E7%94%9F%E6%BA%80%E8%B6%B3%E5%BA%A6.html 2011.9.18) 益川敏英,2009,「ぼくはどうして科学者になったのか」日本記者クラブ (http://www.jnpc.or.jp/files/opdf/388.pdf 2011.9.18) 耳塚寛明,2007,「学習基本調査の結果からみえること」『第4回学習基本調査・国内調査報告書 高校 生版』:14–19 Benesse教育研究開発センター 溝上智恵子,2009,「大学改革と教育課程の課題」『高等教育研究』第12集:113 –128 文部科学省,2008,学校教員統計調査-平成19年度調査結果の概要 (http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/kekka/k_detail/__icsFiles/ afieldfile/2009/06/22/1278608_2.pdf 2011.9.18) 文部科学省,2009a,大学における教育内容等の改革状況について(平成19年度) (http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/03/__icsFiles/afieldfile/2009/05/08/1259150_1

(16)

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図 2 大学の学期制度の比較  このように学期制度を比較すると、日本のセメスター制の夏季休業が少しずれていることが 判る。そこで夏季休業はどのような趣旨で設けられているかを考えてみたい。  まず、米国について中山茂は(中山 1988:147–149)、①農業を手伝う期間を夏季休業、②ク リスマス前に学期末試験を終える、等、休業期間に関して学生の生活面を考慮していることを 述べている。これは、アメリカの高等教育に「よき市民」を育てるという目的があり、その運 営には、社会生活に支障のない学習期間(学期)が必要で
図 3 1年間の電気の使われ方の推移      http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_06/index.html  折しも、東北大震災(2011.3.11)により、東京電力の福島原子力発電所が被災し、電力の供 給不足が懸念されている今、大学という事業体も節電を考慮する必要がある。  もちろん、通常の電力消費を抑える努力も必要だが、セメスター制の学期運営が使用電力量 のピーク時にエアコンを稼働させている現実を直視するべきであろう。  近年、一部
図 6 4 年間の学習時間におけるカリキュラム・イメージ(筆者作成)     ※□は 1 単位を表し、年間30単位の学習時間を基に 4 年間を表した。  過去に行われた大学設置基準の改正では、外国語科目の単位数増が検討された際、専門分野 から大きな抵抗があり、後に専門教育の導入となる基礎教育科目新設となった経緯がある。こ のことからも、安易に初年次教育やキャリア支援科目を正課の科目・単位として位置付けるこ とは、誰にも公平に流れている時間という概念から、本来の大学教育の質を低下させる危険性 を孕んでいること

参照

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