バングラデシュ農村部における思春期少女能力開発プログラムの
子ども婚に与える影響
―子どものエンパワーメントと人権アプローチ(RBA)の視点からの考察―
国際学研究科博士後期課程 許 真 キーワード: 人権アプローチ、子ども権利、エンパワーメント、ジェンダー、 ノン・フォーマル教育、バングラデシュの子ども婚はじめに
人権アプローチ(Rights Based Approach 以下、RBA)は、1990年代の初めからいくつかの 機関により採用されつつある手法である。実施機関によって異なるが、その内容、方法論とし ては、2003年、各種の国連機関が参加したワークショップで採択された「人権に基づく開発協 力へのアプローチ:国連機関の共通理解に向けて」が、国連機関の共通の原則としての認識さ れつつある[川村2005: 85–102]。そのなかの第3項は、責務の担い手と権利保持者の能力強化 の必要性に言及したものである。「責務の担い手」および「権利の保持者」の能力強化(エンパ ワーメント)という視点を中心におくことにより、開発が権力者による供与ではないという視 点が確認されることになる。 1990年代の開発における人権の主流化という流れに並行して、子どもをみる視点も大きく転 換し、1989年に国連総会で採択された子どもの権利条約によって、子どもが権利の主体に位置 づけられることになった。これまでの「子どもの基本ニーズを満たす」という視点から、「子ど もの権利を実現する」ためのアプローチへと転換することになったのである[勝間 2005a : 45–56]。子どもの権利条約は、国際的な規範にしたがって、その実現のために適切な立法的、 行政的、その他の手段を取るよう義務付けてきた。つまり、子どもの権利条約を署名および批 准した国の政府と地域社会は、子どもの権利の実現について義務を負う主体として位置づけら れる。 エンパワーメントは、研究者によって焦点のあて方や定義には違いがあり、それぞれの立場 に沿った定義が考えられているが、これらを参考にしつつ、本論文における子どものエンパワ ーメントは、子どもの権利の実現へ向けた過程に注目した「子どもの能力強化」との意味で使 用する。子どものエンパワーメントの過程を促進するためには、人権アプローチの観点から、 子どもの権利の実現について履行義務を負う政府や地域社会への働きかけも不可欠である。 家父長制の社会環境で育ってきた少女は自分自身の価値を実際より低く見がちで、正当な自 信や自尊心を持つことができない。子どもを有害なものから身を守ることができるようにする
ためには、 子ども婚の定義や子ども婚が権利侵害であることや、子ども自身が子どもの権利を はっきり認識し、それらを啓発できるコミュニケーション力を育てる必要がある。それと同時 に、家族や地域社会が子どもの権利の意味や、権利条約や法律を理解し、周囲の大人が子ども の権利を擁護できる力をつける必要もある。 南アジアにおける先行研究をみると、ネパールの女子の場合、学校のある、ないに関わらず、 また教育費の額に関わらず、学校に通わせたくない親が多い[菅野2008: 1 –19]。橋本は、イン ド農村部の多くの親は、息子が将来自分の面倒をみてくれることと強く信じる傾向が強いた め、息子と娘への期待の差を縮める意識化が必要であると述べている[橋本2005: 137−143]。 彼の研究によると、弱い立場の女性の地位向上にエンパワーメントが有効である事例が多数報 告されているが、思春期の少女のエンパワーメントの試みを報告したものは少ない。 しかし、勝間によると、タリバンの支配下のアフガニスタンでは、タリバンが女性の就労の 禁止や女子教育の停止を政策として揚げたため、ユニセフの履行義務者の能力強化の対象は、 差別的政策をとっていた教育省ではなく、抑圧されていた市民社会へ向けられることになり、 その結果、特にホーム・スクール支援を通して地域社会の強化が試みられたのである[勝間 2005b: 157–180]。 本論文が対象とするバングラデシュは子どもの権利条約を批准しているため、政府が最終的 に履行義務を負うことになるが、子どものエンパワーメントについて、政府によって十分な活 動が効果的に行われてきたとは言いがたい。このような、履行義務を負う主体である政府が権 利の要求に対して応えようとしても、それに必要な能力を十分に持っていない場合は、政府と ともに履行義務を負う地域社会の能力を強化することが必要とされる。 このような現状のなか、ここでは、バングラデシュの地元NGOが行うプログラムである、農 村部における思春期少女(12歳∼ 19歳)能力開発プログラムをとおしたエンパワーメントの あり方に焦点を当てて考察する。すなわち、エンパワーメントとしての思春期の子どもを対象 とするジェンダー教育と、ジェンダー教育を受けた子どもたちによる地域社会の能力強化の過 程に注目した。
1.バングラデシュ農村部における子ども婚と子どもエンパワーメント・プログラム
国際社会からの要請とバングラデシュ政府のイニシアティブによって初等・中等教育への就 学、労働市場への参加などについて女性の状況は改善され、近年、女性の労働市場への参画は 男性よりも急速に進んでいる。しかし、伝統的慣習、社会・宗教的価値観により、女性は資本、 技術、ノウハウへのアクセスが限られている状況である。女性は食糧、教育、健康などの面に おいて世帯内でも差別を受け、子ども婚、拷問、酸を投げる、ダウリー1)、誘拐、レイプ、人 身売買などの女性に対する暴力も深刻である[大橋2009: 81 –91]。 特に、多くの政府機関やNGOにより子ども婚をなくすための取組みが行われているにもか かわらず、バングラデシュの村の親たちは18歳未満の娘を嫁がせ続けている。バングラデシュ の20 ∼ 24歳までの女性の約3分の1が15歳までに結婚している。また、18歳の誕生日を迎えるまでに結婚する少女たちは66%にものぼる。子ども婚により、女子の教育や就労が困難にな るだけでなく、若年妊娠が起こり、少女たちに深刻な健康被害をもたらす。若くして結婚させ られた少女たちの妊産婦死亡率は高い[ユニセフ2011]。子ども婚の根本的な原因として、早 期に嫁がせると結婚持参金が減ることや、未婚のままでいることで性暴力を受ける恐れがある ため、親は娘を成人前に嫁がせようとする。 子ども婚に関しては、これまで様々な取組みが行われてきた。例えば、バングラデシュ政府 は 1994 年以降、結婚を延期した少女たちを対象に中学校向けの奨学金制度を設けている [Raynor 2006]。1929年に制定された子ども婚制限法(Child Marriage Restraint Act)では、親 が18歳未満の子どもを嫁がせることは違法であると定めている。政府は子ども婚を禁止する ための介入を行っているが、現地NGOのスタッフによると、親たちは密かに娘を早くに嫁が せ、法律が適用されないケースが頻繁に発生している。 バングラデシュの703の教育関連NGOのなかで、252のNGOが思春期プログラムを実施し ているが、思春期プログラムといってもリプロダクティブ・ヘルスに偏っていることで、援助 の実験場とも呼ばれるバングラデシュで、思春期の若年を対象にしたイニシアティブは十分に 実施されていなかった[Nath 2004]。しかし、最近では、子ども婚を助長する社会における女 性の地位の低さと貧困問題を解決するために、国際機関でも様々なプロジェクトをとおして、 バングラデシュの農村部で政府役人、地方のリーダー、両親を対象にジェンダー面での研修を 行い、思春期の少女たちをバックアップする環境作りに配慮している。 例えば、若い女性や子どもにエンパワーメントは欠かせないという視点を取り入れて、バン グラデシュ 女性・子ども省は、2001年からユニセフとローカルNGO との協力で、バングラデ シュの農村部の女性問題局を通して本格的にキショリ・アビジャン(KISHORI ABHIJAN) 2) と呼ばれる思春期少女能力開発エンパワーメント、子ども婚防止プロジェクトを展開した。 しかしながら、キショリ・アビジャンプログラムは、新しいプロジェクトではなく、地域を ベースとした二つのローカルNGO、BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)の 思春期子ども開発プログラム(Adolescent Development Program 以下、ADP)と CMES (Center for Mass Education in Science)の思春期少女プログラム(Adolescent Girls Program 以下、AGP)を拡大したものである。AGP(1991年から)とADP(1993年から)は、バングラ デシュ国内最初の思春期プログラムで、思春期の子どものグループを対象地域に形成し、それ らのグループを対象に子ども婚、ダウリー、子どもの権利、ジェンダー、リプロダクティブ・ ヘルス、女性の能力開発などの啓発活動を行うもので、プログラム参加の後には子どもたちが 地域で友人や近所の人へ啓発活動を拡大することを目的としている。 ADPとAGPと名称は異なるが、現地調査によって、二つのNGOの活動には大きな差がない と明らかになった。本研究では CMES のプログラムに焦点を当てているが、その理由は、 BRACに比較して規模は小さいが、長年にわたってバングラデシュの農村部における子どもの エンパワーメントに関わってきた、草の根レベルの教育専門NGOであることと、外部研究者 によるCMESの活動に関する具体的な調査報告書などがまだ出されていないことである。
CMESは、1981年、草の根の教育専門NGOとして、ノン・フォーマル教育に加えて技術教 育を最優先課題として活動を始めた。ローカルNGOの制度的、財政的面での課題が残ってい ることから、必ずしもすべての地域でプログラムの実施が進められてはいないが、全国の24地 域にて、2万人以上の子どもたちがCMESのプログラムに参加している。CMESは、教育が人 間開発と経済的エンパワーメントの両面において、重要な役割を果たすという理念を持ち、地 域の貧困家庭の出身で、ドロップアウトした子どもを主な活動対象にしている。 授業の内容は、第1学年∼第8学年のレベルまでをカバーし、公教育の初等教育(第1 ∼第5) と前期中等教育(第6 ∼第8)に準じている。また、地域に基盤を置いて、草の根活動を中心に、 ドロップアウトした子どもたちに国の教育課程に基づく教育を提供する一方、ドロップアウト の原因が経済的なことから、実用的な教材やカリキュラムの開発(技術、ジェンダー・エンパ ワーメントなど)を重視するなどの取組みをもち、教育の機会を奪われた子どもが貧困に陥る という、貧困の悪循環を断ち切ろうとする特徴がある。 CMES のノン・フォーマル教育における、特筆すべき取組みは二つある。まず、村社会の利 点を十分生かす地域社会との協力を強調した点である。教師は、主に地域出身のカレッジ3)レ ベルの教育を受けた女性が多数で、校地は地域のドナーによって永久的に提供される。このよ うに、地域の資源を動員し、地域住民をエンパワーするための仕掛けと場を設けているのであ る。もう一つは、ジェンダー・エンパワーメント・プログラムである。カリキュラムのなかに ジェンダーの視点を取り入れて、週1回、ジェンダー教育が行われる。バングラデシュの公教 育なかでは、未だにジェンダー教育が行われていない点を考慮に入れると、CMESジェンダー 教育は特筆すべき取組みといえる。ジェンダー教育プログラムは、当初は補助的プログラムと して行われていたが、1991年から、CMESの主要なプログラムとして始まった。 AGPプログラムは、1990 年代に、「子どもの権利」アプローチと「ジェンダーと開発」 (Gender and Development)アプローチを取り入れて、CMESが独自に開発したものである。 1996年には、 世銀の「10 Innovative Programmatic Approaches Towards Working with Adolescent Girls」にも選ばれ[CMES 2008]、途上国における思春期少女エンパワーメント・ プログラムのモデルにもなっている。 AGPは、バングラデシュの農村部で教育、食べ物など基本的な権利から差別される思春期の 少女のために、学校終了後の持続的な教育、就業のための職業訓練、さらに性・健康に関する 教育を行っているエンパワーメント・プログラムである。少女自身が学ぶ力をつけることで、 子ども婚やダウリー習慣による悪循環を断ち切ることを目的とし、収入向上プログラムととも に、彼女たちの自己実現の支援も行っている。 2012年現在、66,998 人が参加しており、最近は、様々な国際的ドナー(UNICEF, Plan International, SIDA等 )が資金協力をしている。AGPの取組みをとしては、12 ∼ 19歳の子ど もがショミティ(グループ)を形成して、子ども婚、ダウリー慣習、性、人権と法律、ジェン ダーに関する重要なテーマを毎週の会合で話し合う「ジェンダー・セッション」、月一度、地域 の全AGPショミティが集まり、クリケットなどのスポーツを楽しみながら、子ども婚などの社
会問題について意見・情報を交換、その解決方法を見出したりする「月例会議」、子どものピ ア・リーダーが中心となって、子ども婚を未然に防ぐため、早く子ども婚をさせようとしてい る親たちの元を訪ねて説得する「社会活動」、経済的な理由で、早くに嫁がされた少女たちに、 裁縫や刺繍などの訓練を支援する「生計活動」、月2回 、AGPのスタッフとピア・リーダーが、 地域中等学校を訪問、生徒を対象に子ども婚、ダウリー、性知識について教える「学校ジェン ダー・プログラム」(全国114校、22,800人参加)、子ども婚やダウリー慣習について地域社会 の関心を高めるため、定期的に行われる音楽会や寸劇などを行う「青年移動活動グループ」が ある。その他、AGPを支える、地域社会のローカル・サポート・グループのプログラムもあ る。
2.現地フィールド調査 ― 対象と分析
途上国の思春期女子能力開発プログラムの意義とその課題を念頭に置きながら、CMES の AGPプログラムを事例として、現地フィールドワークを行なってきた。 まず、本調査の前に調査の設計のため、2009年6月、バングラデシュ首都、ダッカ、BRAC のADPプログラムのキショリ(KISHORI、思春期)クラブで、少女たちのジェンダーの認識に ついての予備調査(参与観察やインタビュー、ADP参加者少女164人)を行った。BRACのADP については、評価報告書が出ているため、予備調査に適切と考えた。まず「親は娘が結婚する 際、稼ぎ先にダウリーを払うべきか」について参加者が否定的に考えていることを明らかにし た(否定143人(87%)、肯定21人(13%))。この結果は、思春期女子能力開発プログラムが、 ダウリー習慣の防止に関する子どもの認識にポジティブな影響を与えていることを示してい る。ジェンダーに関する認識、例えば、「結婚しても仕事はできるのか」(否定13人、肯定151 人)、「女性には離婚する権利があるのか」(否定25人、肯定139人)などのように、「男は外、女 は内」といった伝統的なイスラムの家族観から脱却し、男女双方が責任を担うべきと答えてい た。 しかし、「子どもができたら仕事は続けられるのか」については164人のなか、61人が否定的 に考えていた。この結果は、ジェンダー認識の問題だけではなく、保育園など 女性が仕事と子 育てを両立できる環境を整えて、安心して子どもを預け、働く権利が保障されるレベルまでで きていない、バングラデシュ社会のインフラストラクチャーに関係することであると、インタ ビューをとおして明らかにした。最後に「自分の幸せな生き方とは何のか」という質問に対し ては、結婚を唯一の救いとみなすという答えを予想したが、意外にも、高等教育(大学以上)を 受けて経済的に自立して、誰かに依存せずに生きていきたいと考えている女子が100人(約60 %)を超えていて、教育の重要性を深く認識しているのが明らかになった。 一方、2009年10月の本調査では、AGP プログラム参加者と非参加者、両方を念頭に置きな がら、プログラムとエンパワーメントとの関係に注目した。プログラムが、子ども婚とダウリ ーをなくし、ジェンダー認識を高める上で効果があったのかどうか、を検証しようとしたので ある。バングラデシュのタンガイル県に1 ヶ月滞在して、思春期の子どもと生活をともにしながら、AGPスタッフと話し合いを重ね、アンケートと聞き取り調査を行った。 調査地のタンガイル県は、首都ダッカからバスで約2時間30分、ダッカ西北約100KM(図 1)に位置する。サリー(バングラデシュ民族衣装)の織工場で有名なタンガイル県は、2011年 時点で、世帯数870,102、人口3,605,083人、性別人口は、男性1,757,370人、女性1,847,713人、 約70%の世帯が農業に従事している。タンガイル県のウポジラ4)のスタッフによると、地域社 会が中心となって子ども婚およびダウリー禁止のため、キャンペーンやセミナーなどが行われ てはいるが、村の親たちは密かに娘を早くに嫁がせていて、地方レベルでの子ども婚に関する 客観的なデータはまだ存在していなかった。AGPグループは、タンガイル県の全地域に広がっ ている。調査は、25のAGPグループを対象に行った。 図1 タンガイル県の地図 [CMES 2007] AGPは、プログラムで学んだ知識を実践し、行動 に昇華させることを目指していたので、まず、参加 者と非参加者の子ども婚とダウリーに関する認識 には、どのような差異が存在するのかを本調査にお ける第1のリサーチクエスチョンにし、それに答え るため、「子ども婚やダウリーについて知っている のか」「結婚の際に新郎側にダウリーを払うべきか」 「結婚できる年齢は」の 3 つのアンケート項目を設 定、プログラム参加者と非参加者の少年、少女各50 人、合計200人をサンプルとしてアンケート調査を 実施した。読み書きができない子どもたちは、 CMESスタッフによるインタビュー形式で行った ため、回収率は100%となった。また、アンケート に加えて、プログラムの全コースでの参与観察、さ らに、グループのなかの既に結婚または、離婚した 30人の少女を対象にして、インタビューに基づくケ ース・スタディを行った。 まず、アンケート調査の結果としては、図2と図 3が示すように、「子ども婚やダウリーが禁止されて いることを知っているか」と「結婚の際に新郎側にダウリーを払うべきか」の二つの質問につ いては、参加者と非参加者ともにほとんど全てが、子ども婚は未来に悪影響を及ぼすことを知 っており、ダウリー習慣をなくすべきであると考えている。 以上のように、参加者と非参加者の認識には大きな差は見られなかった。その理由について は、最近のTVドラマ、新聞、メディアが子ども婚とダウリー習慣の認識に大きな役割を果た していることが 非参加者である中等学校生とのインタビューから明らかになった。そこで、第 2のリサーチクエスチョンとして、知識が行動に結びついているかを調査した。
図 2 子ども婚やダウリーの禁止についての 知識:AGP 参加者と非参加者別人数 図 3 ダウリーの是非についての意見 :AGP 参加者と非参加者別人数 両者の行動の間には差がみられた。たとえ、AGP非参加者が、子ども婚とダウリー習慣の社 会への悪い影響について十分認識してはいても、子ども婚とダウリーは彼らの父親、兄などの 男性保護者や男性親戚などによって決められるものであり、どのように対処すれば良いのか、 この対応方法などについては知らなかった。一方で、図4と図5が示すように、AGP参加者の 80%以上が、AGPで学んだ知識を家族と友達と共有し、また子ども婚をやめさせようとした経 験がある。これは、AGP参加者に特徴的であり、このことからプログラム参加の行動への効果 は大きいと言えるだろう。 図 4 AGPで学んだ知識を家族と友達と 共有するのか 図 5 子ども婚をやめさせようとした 経験はあるのか 子どもたちは、AGP グループから借りてきた本や雑誌などを読み書きができない親にも読ん であげている。 内容は、子ども婚やダウリーなどについてであるが、物語形式になっていて、 親の興味を引く内容である。また、AGP収入向上プログラムに参加した後、経済力を持つよう になった子どもは、家庭のなかで、結婚などについての意思決定を含め、大きな発言力を持つ
ようになった事例がいくつもみられた。 図 6 結婚できる年齢についての知識 また、図6が示すように、「結婚でき る年齢」に関しては、AGP参加者は、 全員女子 18 歳、男子 21 歳というバン グラデシュ憲法が定める結婚が可能な 年齢を知っていたが、AGP非参加者の なかでは、正確な年齢を知らないのか、 無回答もあった。参与観察の後、個別 インタビューで子ども婚と結婚年齢に ついての思春期の少女たちの発言が論 理的、説得的であったため、筆者がど こで習ったのかと聞いたところ、彼女 らは自信を持って AGP グループから 学んだと答えた。 一つのグループ(平均40人)のなかで、5 ∼ 6人ぐらいが、子ども婚または、既に離婚して いて、もっと小さい時からプログラムへの参加が望まれた。ケース・スタディによると、「ダ ウリーが少ないと、結婚後も更なるダウリーを要求され続け、その要求が満たさなければ、花 嫁は、いびられ、いじめられ、果ては、自殺するケースも後を絶たない。一夫多妻婚制はイス ラム法において認められており、花婿はダウリーを得るために、再婚を繰り返し、ダウリーを 得る」のが現状である。そんな状況のなか、父親が同じでも異母兄弟姉妹が10人以上のAGP 参加者も多数存在した。家庭の経済的負担を減らすため、結婚している男に娘を嫁がせるなど、 その悪循環は更に続く。CMESは、子ども婚で教育・職業の機会に恵まれていなかった少女た ちに、職業訓練の機会を提供して、コース修了の後には、収入が得られるように支援している。 以下では、AGPに参加している 二人の少女のケース・スタディを 紹介する。 ・RITA (仮名)14歳(既婚、AGP 参加期間 2年) 最貧困層の家庭出身 のRITA の親は、早くに嫁がせるとダウリーが減るという経済的な理由 から12歳の RITA を嫁がせた。当時、肌が白く綺麗で、容貌の優れていたRITA は花婿側から ダウリーは要求されていなかったが、結婚後、姑による肉体的な暴力及び言語暴力を受けて苦 しまされたあげく、AGPグループに参加することになった。もし、結婚する前にグループに参 加することができたら、生理が始まると結婚せざるを得ないなどの誤った思い込みや偏見を持 っていた親を説得し続け、学校を終えるまで結婚せずにいられたと RITA は熱く語っている。 ・ANOWARA (仮名)16歳、(離婚、AGP 参加期間 3年) ANOWARAの親は、 未婚のままでいると性暴力と婚前妊娠の恐れがあると考え、 ANOWARA が13歳の時、嫁がせた。親はダウリーを用意するため土地を売却し借金までした が、夫は薬物中毒で、結婚初期から更なるダウリーを要求したり、暴力が絶えず、多額の借金
を背負ったまま離婚した。離婚の後、AGPスタッフによる家庭訪問を契機に、AGPグループに 参加した ANOWARA は、CMESの裁縫・刺繍トレーニングなどの収入向上プログラム教育を 受け、将来は自分の力で自分の店をもち家族を支えたいと語った。 最後に、参加者を対象にして「AGPプログラムの参加期間」について調査したところ、100 人のなかで、一年以上参加している子どもの数は、70人を超えていた(図7)。「AGPのなかで、 一番有益なプログラム」としては、少年、少女ともに、グループを形成して、毎週子ども婚と 妊娠、ダウリー慣習などの重要なテーマを話し合える「ジェンダー・セッション」プログラム を挙げた(図8)。それに加えて、ジェンダー・セッションは、貧困がゆえに、教育を受けられ ない村の子どもたちのエンターテインメントとしても、重要な役割を果たすことがスタッフの インタビューで明らかになった。 図 7 AGPプログラム参加期間 図 8 AGPのなかで一番有益な プログラムは何か また、非参加者を対象にした「AGP活動について知っているのか」についてのインタビュー では、非参加者100人のなか、70人(少年34人、少女36人)が知っていると答え、子ども婚や ダウリー慣習について地域社会の関心を高めるため、ピア・リーダーによる 定期的に行われる 音楽会や寸劇などの活動が、非参加者の好奇心を刺激していることが明らかになった。
3.考察 ― エンパワーメントとライツベース・アプローチを用いた AGP プログラム
の分析
ここでは、AGPプログラムにおける子どもの能力強化と履行義務を負う主体との関係をみて みよう。権利が守られてない子どもが、その権利が実現されるよう主張すると同時に、その権 利を実現しなければならない義務について地域社会が理解し実行するプロセスを念頭に置く。 子ども婚などの古い習慣から子どもを保護すると同時に、少女が潜在的な能力を十分に発揮で きるようにすることが重要であるという人権アプローチの視点から、権利主体である子ども と、履行義務を負う親と地域社会のエンパワーメントについて考察する。AGPプログラムのコースに参加した子どもは、徐々にエンパワーメントされていき、終了後 には、CMESが提供するプログラムが求める要請や役割が、参加者自身に明らかになることが 期待されていた。AGPプログラムでは、貧しい家庭の思春期の子ども一人一人が自分にも権利 があることを知り、子ども婚の被害の危険から自分を守るために「結婚したくない」と親と周 辺の大人に主張できるようになること(エンパワーメント)と、思春期の子どもが、地域の一 員として子ども婚の廃絶に活躍できるようにエンパワーされることをめざしており、そのため に子どもの能力強化を行っていた。 AGPでは、少女が同年代の男女と一緒に過ごせることによって、社会化を支援し、また自己 表現を行う機会などを提供することにより、社会的な面で能力を向上させている。プラダンは、 途上国の農村女性エンパワーメントの指標として、能力の発揮と資源の管理能力、そして自信 と自尊感情をあげているが[Pradhan 2003]、性教育や人権教育、将来の可能性に対する意識 向上、職業訓練支援などをとおして、AGPに参加した思春期の少女たちは、自らが立ち上がっ て行動する意思と能力を育てていた。AGPメンバーは、CMESのノン・フォーマル教育にも参 加しており、CMESは、読み書き、算数、生活技能といった、重要な基礎および職業スキルま で、少女たちに身につけさせていた。 十分なスキルと資金、リソースに欠けるローカルNGOがこのエンパワーメント・アプロー チを十分に実践するには困難も伴うが[甲斐田2011 : 19 –33]、CMESは、独自に定めているエ ンパワーメント指標(GEI)によって、プログラム参加と思春期の子どもの実際の生活の向上 などのAGP活動の有効性について測定しようとしている。プログラムの参加と寄与を参考に して、ビジネス活動、社会貢献活動、そしてリーダーシップ などによって測られ、半年に一度、 子どもごとに点数が集計される。GEIのモニタリングによって、AGPプログラムの有効性は常 にチェックされているのである。 特に、子どもエンパワーメントの観点から、筆者が注目したのは、ピア・リーダーによる、 子どもから子どもへの啓発活動である。このピア・リーダーたちは子どもの権利の観点から状 況をアセスメントできるように研修を受け、グループ形成の能力も強化される。ピア・リーダ ーは子どもの権利、ジェンダー、リプロダクティブヘルス・ライツ、女性の能力開発などにつ いて、同年代の子どもたちに知識を伝えながら、地域社会の子どものロール・モデルとなって いる。筆者が、インターンとして参加したタンガイル県の事務所には、過去のピア・リーダー の経験を踏まえて、ジェンダー教育担当として活躍をしているスタッフもいた。 一方、AGPを成功させるためにはローカルNGOの力だけではなく、地域社会の理解も不可 欠であり、また親と協力していかなければならない。バングラデシュの農村部では伝統的な価 値観が根強く、村社会の長老組織や宗教家を含めた地域共同体の支援なくしては村民の意識変 革は成り立たない。バングラデシュでは、国レベルから、県レベルにわたって、子ども婚とダ ウリー習慣から子どもを守ろうとする法律や政策などはあるが、汚職が蔓延し、その仕組みづ くりにおいて行政の能力が強化されるといった大きな変化はまだもたらされていない。政府よ る法の厳格な執行が期待できない現状では、子どもの権利に基づくアプローチとエンパワーメ
ント・プログラムによって、子ども自身と地域のリーダーが子どもの権利条約とその関連法を 学ぶことにより、法律の理解を高め、法の執行が高まることが、子ども婚の削減に重要だろう。 地域社会の啓発も重要という視点から、CMESは、地域のリーダーおよび親たちが中心となっ たローカル・サポート・グループ(LSG)の活動を通じて、子ども婚などの少女が学校へ行く ことを妨げる障壁を地域社会から積極的に取り除いていた。 筆者の参与観察よれば、子ども婚を未然に防ぐためのAGPの地域社会エンパワーメントの 取組みは次のようなものである。まず、AGPのピア・リーダーが中心となって、 子ども婚をさ せようとしている親たちの元を訪ねて説得する。失敗した場合、第2段階では、その地域出身 の馴染みのAGP担当スタッフが足を運ぶ。第2段階でも説得できなかった場合は、第3段階と して、AGPのLSGが訪問する。それまでうまく行かない場合は、最終段階として、ウポジラ委 員会メンバーやウポジラ委員会の委員長などの地域社会のリーダーまで動員するというプロセ スである。これは、子どものエンパワーメントから始まって、地域社会の理解者を作って行動 させるという、責務履行者のエンパワーメントに展開させるプロセスであり、実際により多く の人の関心を集めて、徐々に地域全体を巻き込んでいた。 なお、親の参加は、エンパワーメントの結果として捉えられると同時に、その他の実現され ていない権利について責務の履行を働きかける可能性を秘めている点で、親のエンパワーメン トの過程をさらに促進するという側面もある。責務履行者の主体である親も、子ども参加の権 利を知り、その重要性を知ることが、子どもの権利実現のカギとなるという視点から、早くか らCMESでは、地域社会の親グループを対象にして、毎週ワークショップを開いて、情報を交 換し、子ども婚やダウリー習慣の問題を分かち合っていた。何があっても気軽に相談できるこ とを伝えるため、 読み書きのできない村の親たちに音楽会、寸劇を上演、その地域出身の馴染 みの女性スタッフが講演を行うなど、親が子どもの権利などを学び、子どもを保護することの 重要性を認識する機会を提供するため、親の心を動かすことから取り組んでいた。 図 9 子どもを結婚させようとしている近所の親を説得するAGP 活動のスキーム 1段階 ピア・リーダーたちが子どもを結婚させようとしている親を訪問 ↓ →失敗 2段階 その地域出身のAGP担当スタッフが足を運ぶ ↓ →失敗 3段階 ローカル・サーポターグループ(LSG)が訪問 ↓ →失敗 4段階 ウポジラ委員会(地域社会のリーダー)メンバーが訪問 ↓ 地 域 の エ ン パ ワ ー メ ン ト →失敗 5段階 ウポジラ委員会の委員長が訪問 (現地観察をベースにして筆者作成)
実際、CMESに勤めてから22年目になる地域出身の女性スタッフは、何度も子ども婚をさせ ようとする親を説得して止めさせた経験がある。経済的な理由で、早期に娘を結婚させようと した親も、裁縫や刺繍などの訓練を支援するCMESの職業プログラムによって説得される。ま た、最初は全く聞き耳を持ってくれなかった親も、CMESの説得プロセス(図9)を通じて影響 を受け、いつの間にかプログラムの協力者になって、他の親を説得したりする。この親による 親のエンパワーメントは、保守的な村社会において、近所の年長者男性による説得とともに、 良い波及効果をもたらしている。
おわりに
数々の先行研究から分かるように、古くからの慣習として行われた子ども婚とダウリー習慣 をなくすためには、これらを禁止する法律の制定と、この問題についての権利主体者の意識啓 発や情報提供が必要である。また、責務履行者である親と地域社会の意識が低いことが、子ど も婚に関係してくるのであれば、ノン・フォーマル教育により、親や地域社会に対して子ども の教育の必要性が啓発されると、少女が若いうちに結婚せず、高等教育まで受ける可能性が増 える。CMESの思春期女子能力開発プログラムのエンパワーメント事例から、その可能性はあ ると言えるだろう。 今後の課題としては、バングラデシュの公教育におけるジェンダー教育である。政府や NGO、市民社会が一体となって、子ども婚の悪影響を人々に広く伝えるための大規模な啓発プ ログラム、ジェンダーの視点に立った教育が行われていくことが重要である。現在、CMESが 地域の公立中等学校の生徒を対象にしたジェンダー教育を行っているが、ローカルNGOだけ でフォローを行うことは難しい。NGOのボトムアップ・アプローチを政府が活用することに なると、このような取組が、一部の農村部での働きかけに留まらず、バングラデシュ全土での 取組みとなって、より継続的となり、内発的な社会変化へとつながっていく可能性が期待され る。注
1) アムネスティ・インターナショナルの2010年のバングラデシュ報告によると、ダウリーの金額が少 なくて女子が殺された事件が21件、警察が把握している女性への暴力も3,413件である。 2)キショリ・アビジャン(KISHORI ABHIJAN): ベンガル語で「思春期の旅」の意味。 3) バングラデシュの教育制度は、5年制の初等教育を終えた後、5年制の中等教育、その後に2年間カ レッジで学ぶという仕組みになっている。 4) ユニオンとウポジラ: バングラデシュの行政単位。村に当たるのは「ユニオン」、その次に大きい単 位が郡に当たる「ウポジラ」である。県に当たる単位が「ジラ」で、最大の単位が州にあたる「ディ ビジョン」という。ユニオンには村議会が存在し、村人の選挙で議員が選ばれ、男女問わず議員に なることができる。AGPグループの親の中にも議員を務めていた人がいた。和文参考文献(五十音順)
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