社会調査の動向に関する基礎的分析
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American Sociological Review を用いて―
尾藤 央延・須永 大智(大阪大学) 狭間諒多朗(南山大学) 渡辺健太郎・齋藤 僚介(大阪大学 日本学術振興会) 1 変動期を迎えた社会調査 これまで、社会科学は、統計学的なサンプ リングにもとづく大規模な質問紙調査から、 少数の対象者に対するインタビューまで、 様々な社会調査にもとづくデータを用いて 研究を進めてきた。 しかし近年では、量的な社会調査をとり まく環境がめまぐるしく変化しつつある。 第一に、個人情報保護法、調査協力拒否の増 加などによる社会調査環境の悪化が挙げら れる(篠木 2010)。第二に、インターネット 調査の出現がある(石田ら 2009)。インター ネット調査の利点としては、調査コストの 低減、インターネットの特徴を生かした柔 軟な質問紙設計、従来型の調査では少数と なってしまう希少なサンプルへのアクセス 可能性などがある。しかし、人々の行動や意 識の分布を把握する観点からみて、サンプ ルの代表性を確保できない以上、インター ネット調査の役割はあくまで予備調査とし ての役割に留めるべきだという見解もある (轟・歸山 2014)。他方、因果関係の厳密な 検証という観点から、インターネット調査 を用いた実験も積極的に行われつつあり、 その利用に注目が集まっている(Salganik 2017=2019)。このほかにも、社会調査をとり まく環境の変化として、ビッグデータの台 頭や公的統計の利用に関する法制度の改正 が挙げられる(村上 2017; Salganik 2017 =2019; 瀧川 2019)。量的調査の実施者や収 集したデータを利用する研究者のあいだで は、社会調査をめぐるこうした変化にどの ように対応するのかについて、すでに多く の議論がなされている。また日本の社会科 学全体において、広く共有された問題認識 となっている(日本学術会議 2017)。では、 このような変動期をむかえた社会調査やそ れを用いた社会科学の研究において使用さ
れるデータには、どのような傾向を見出す ことができるのだろうか? 本稿では、現在の実証主義的な社会科学 をリードするアメリカにおいて、「どのよう な調査データ/調査法/分析が、どのよう に使用されているのか」を、文献調査によっ て明らかにする。なお、社会科学にはさまざ まな分野が含まれるが、本稿では社会学に 限定して検討する1。 文献調査の対象は、American Sociological Review(以下、ASR)掲載論文である2。分 析に用いるのは、2013 年~2017 年の5年間 に掲載された原著論文 241 本のうち、「計量 分析」に分類された論文 176 本である3。論 文の情報にもとづいて、データの種類・サン プリング・調査法・実験的手法の有無・分析 で使用した従属変数の単位(分析単位)など について、各項目をマルチアンサー形式で 分類し、コードブックを作成した4。 2 主流派をなす従来型社会調査 これまでのオーソドックスな社会調査と その利用法の典型としては、調査対象者個 人を無作為に抽出し、調査票を用いて調査 を行い、そのまま個人を分析するような研 究が挙げられる。もちろん、調査手法や方法 論は自らの研究の目的やよってたつ理論な どに応じて適切に選択されるべきである。 しかし、現時点で主流になっている社会調 査とその利用のあり方を明らかにしておく ことは、研究者自身が実施する調査や使用 するデータが社会調査全体においてどのよ うな位置にあるのかを把握しておくうえで 重要であると考えられる。では、変動期にお いて、こうした特徴をもつ従来型の社会調 査データはどのくらい使用されているのだ ろうか。 本稿では、母集団を代表する標本を何ら かの手法で無作為に抽出したデータを無作 為抽出に、そうでないものを有意抽出に分 類した。まず、無作為抽出データは約半数の 論文で使用されており、有意抽出と比較し てもその割合が多いことが分かる(図1)。 つぎに、クロス集計表で無作為抽出と サーベイデータの関係を確認する。サーベ イデータとは、個人を対象とした調査票を もつデータを指している。分析の結果、無 作為抽出データを使用した論文の中で、 サーベイデータを使用した論文は 91.7%を 占めており、無作為抽出データはサーベイ データで使用されている傾向がみられた (表1)。また、無作為抽出と個人単位の 関係をみていくと、無作為抽出データを使 用した論文の中で、個人単位の分析を行っ た論文は 85.7%であった。このことから、 無作為抽出データを使用した論文では個人 を単位とした分析をおこなっている傾向が みられた(表2)。したがって、無作為抽 出データを使用した論文は、その多くが サーベイデータ(個人を対象にした調査) を用いて、個人単位の分析をおこなってい ると推測できる。以上から、このような従 来型の社会調査データは依然として、計量 分析で使用されるデータのなかで主流であ
ることがわかる。 3 インターネット調査の利用動向 本節では、インターネット調査がどのよ うに使用されているのかを検討する。調査 法に関する実証研究では、他の調査法との 回答分布の違いやデータの代表性などイン ターネット調査がもつ特徴や問題点につい て多くの指摘がなされている(大隅 2004, 2005; 労働政策研究・研修機構 2005; 前田 2009; 轟・歸山 2014)。社会を観察・記述す るという意味での社会調査において、これ までインターネット調査の実施やそのデー タ使用に対して慎重な態度が求められてき た(大隅 2004, 2005; 労働政策研究・研修 機構 2005; 轟・歸山 2014)。他方、近年の 社会(科)学では、様々な環境や要因を統制 したうえでの因果関係を厳密に検証する ツールとして、実験(研究の枠組みをベース にしたデータや手法を含む)に関心が集 まっている。それと同時に、実験におけるイ ンターネット調査の利点にも関心が集まっ ている。実際、オンライン実験・サーベイ実 験のように、刺激の割り当てを研究者が自 由自在に操作することができるインター ネット調査の利点を生かした実験も積極的 に実施されつつある(Salganik 2017=2019)。 もし近年の社会調査で、インターネット調 査がよく使用されているならば、このよう な実験的手法と結びついた形で使用されて いる可能性がある。 調査法についての分布をみると、面接法 が最も多く(48.2%)、続いて割合の大きい 順に電話法、インターネット法、郵送法、集 合法、留め置き法となっている(図2)。こ の結果だけをみれば、電話法やインター ネット法は、調査法としてある程度普及し ているようにみえる。 しかし、どのように使われているのかを 詳細に把握していくと、電話法やインター ネット法は従来の面接法にとって代わる調 査法とはいえない。まず、電話法については、
パネルデータを収集する際の利用に代表さ れるように、他の調査法と併用した論文が 多く、補助的なデータ収集法として使用さ れていることがわかった。次に、インター ネット法についても、有意抽出データに該 当しない論文は全体の半分にあたることが わかった。そのうちほとんどが国勢調査や 大規模な社会調査(NLSY や GSS など)に おいて使用され、面接法など他の調査法と 併用されていた。他方で有意抽出データに 該当する論文には、実験が多く含まれてい る。 インターネット調査と実験の関係性につ いてもより詳しくみておきたい。まず、実験 的手法を使用した論文は増加傾向を示して いないものの、インターネット法を使用し た論文は増加傾向にあるようにみえる(図 3)。続いて、インターネット法と実験との クロス集計表をみると、実験とインター ネット法が同時に使われやすい傾向にあり、 その割合も高くなっている(表3)。実験と インターネット調査の親和性に関して、そ の背後にある関係性をより詳しく検討する べく、ここでは発行年とインターネット法、 実験という3変数の関連を考えてみよう。 周辺度数を統制したうえで、3つの変数の 関係性を捉えるために行ったログリニア分 析の結果が(表4)である。それぞれの関連 において、発行年が最近であるほどイン ターネット法を利用した論文である傾向、 インターネット法を利用しているほど実験 的手法を利用する傾向が確認できる。また、 適合度指標に基づけば、発行年と実験の関 係は独立であると仮定するほうがデータの 分布に適合的であることもわかった。この 結果は、近年になるほどインターネット調 査が用いられるようになり、その結果とし て実験が使用されるようになっていること を示している。したがって、実験デザインへ の関心の高まりがその実現方法の一つとし
てのインターネット調査の利用を促したと いうよりも、インターネット調査の発達と いう調査環境とその利用の変化が、実験デ ザインを採用する基盤を用意しているとい う解釈が適切であろう。 前節での結果と関連付けるならば以下の ような考察が可能である。例えば、キャリア 初期の研究者などは、研究業績を求められ ているにも関わらず、サンプルサイズの大 きな無作為抽出調査を実施するだけの資源 がない場合がある。しかし、実施コストの低 いインターネット調査なら実施できるだろ う。その場合、インターネット調査の特徴を 生かした実験的手法を用いて因果の探索を 試みることは、魅力的な研究デザインとし て研究者の目にうつるかもしれない。ただ し、これについては著者らの属性を含みこ んだ詳細な分析が今後必要である。 4 マクロ・ビッグデータの利用動向 最後に、その他のデータ(マクロデー タ・ビッグデータ)の利用動向についても 簡単に結果をまとめておこう。本稿の定義 では、マクロデータとは集団レベルかつ個 票に遡ることができないデータのことであ る。多くの場合、マクロデータは個人以外 を単位として分析されるか、外挿し個人を 単位に分析される。ここで、外挿とは、個 人が埋め込まれたマクロレベルの環境につ いての情報を、主たるサーベイデータとは 別に、新たに個人に割り当て、説明変数と して使用することを指す。ASR において は、マクロデータは約2割の論文で使用さ れている(図4)。この割合は、サーベイ データやパネルデータと比べると少ない。 マクロデータとサーベイデータの関係をク ロス集計表で確認すると、マクロデータと サーベイデータはそれぞれ個別で分析され る傾向にあり、併用した論文の割合は少な
い(表5)。マクロデータと個人単位の関係 をみてみると、マクロデータを使用した論 文は、個人以外を単位にした分析をおこな う傾向にあり、マクロデータを使って個人 を分析した、いわゆる外挿による分析は約 3割程度にとどまっている(表6)。近年の 公的統計の議論において、これまでデータ のアクセスがマクロデータだけに限られて いたのに対して、ミクロな個票データにも アクセスができるようになる点に注目がな されている。もちろん、社会学内での理論的 立場によっては、マクロデータでの分析に のみ意味があると主張する研究もあるだろ う。しかし同時に、マクロデータを分析する 論文や研究は、インターネット上でのデー タ公開やその利用権限の拡大といった今後 の展開次第では、個票に遡ったより精緻で 頑健な分析が期待できるという意味で、研 究上のフロンティアとなりうるだろう。 つぎに、ビッグデータの動向をみておこ う。本稿では、瀧川(2019: 17)を用いて、 (1)ソーシャルメディアやIoT のセンサなど を記録したデジタルトレースデータ、(2)政 府や公的機関の記録をデジタル化した政府 行政記録、(3)文学、学術論文、議会等の議 事録、裁判記録などの大規模テクストデー タをビッグデータと定義し、使用した論文 を調べた。ASR においてビッグデータを用 いた論文に該当したのは 10 本程度であった。 Curington ら(2015)は、出会い系サイト の 600 万人以上の登録者データの分析をも とに、出会い系サイトにおいて、多人種の ルーツをもつ人の方が「モテる」のかやどの 人種の組み合わせが「モテる」のかを明らか に し て い る 。 ほ か に も 、Hällstena and Pfeffer(2017)は、祖父の財産が、孫の教育 達成にどのような影響を与えたのかを、 1980 年~1996 年の間に生まれた 100 万人以 上の子どもの成績、父親・祖父の職業・学歴・ 収入・財産などを紐づけた多世代にわたる 行政記録をもとにした分析から検討してい る。Rijt ら(2013)は、2004~2009 年の間 個人単位)
に米国で公刊された新聞、週刊誌などの定 期刊行物、他国の英字新聞といった 2200 誌 から取得したデータにもとづく分析によっ て、一度得られた知名度が、どの程度、どの くらいの長さ続くのかを調べている。トッ プジャーナルゆえの査読期間の問題もあり、 最新の研究動向とはいえない可能性がある 点については一定の留意が必要だが、多く の論者が指摘するようにビッグデータは 徐々に新たな研究潮流になりつつあるとい えるだろう。 5 まとめ:今後に向けて 本稿では、ASR を対象とした文献調査か ら、社会調査データの動向について検討し てきた。変動期においても、従来型の社会調 査は少なくともデータの利用という点にお いては、今日でも主流をなしていることが 示された。本稿の立場からも、無作為抽出 データを用いた研究は依然として重要であ り、良質な無作為抽出データをいかに確保 するのかについての議論や施策はこれから も必要であるといえるだろう。インター ネット調査の一部は大規模調査で補助的な 役割を果たす一方で、厳密な因果関係を重 視する潮流に対しては、インターネット調 査が因果関係の検証ツールとして使用され ていることも示された。また、法整備による 公的統計のミクロデータへのアクセス可能 性やビッグデータの使用・それらの解析技 術の向上による、より細やかな因果メカニ ズムの解明(伊藤ら 2017; 瀧川 2019)が 研究上のフロンティアとして十分に期待で きることがデータによって裏付けられた。 ただし本稿の分析は、論文内での利用動 向に限ったものであることには留意が必要 である。本稿で使用した論文データの分析 において確かめられるのは、あくまで使用 されたデータがもつ性質やデータ利用とし ての普及だけである。例えば、本稿の分析に おいてインターネット法よりも面接法のほ うが多いからといって、面接法を使用した 調査がインターネット調査よりも多く実施 されていることをすぐさま意味するわけで はない。無作為抽出で面接法を使用した調 査は大規模な社会調査に多くみられること は明らかであるし、その多くは様々な研究 機関やデータアーカイブで公開されている。 本稿の分析から示唆されることは、ASR に 掲載された論文は二次分析が多く、結果と して大規模社会調査に特徴的な性質をもつ データの使用が多くみられたということか もしれない。これらについて把握するため には、今後は詳細なデータを用いたさらな る分析が必要とされるだろう。 謝辞 本研究は JSPS 科研費 JP18J20998、 JP19J20186、ならびに 2019 年度南山大学 パッヘ奨励金Ⅰ-A-2 の助成を受けたもので す。また、研究大会を通じて、研究発表に対 してご質問・コメントくださった全ての 方々に感謝申し上げます。
参考文献
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化の日英米比較」『理論と方法』Vol30(2), 165-180. 注 1 社会学では、様々なイシューについての社会調 査が多く実施されるため、今日の社会調査の中心 的な動向を知るという目的にとって、適している と考えられる。 2 個別の領域に特化せず、可能な限り多様なデー タに触れるべく、社会学分野の総合雑誌かつトッ プジャーナルであるASR を分析対象として選定 した。 3 研究方法は、太郎丸ら(2009)や山本・太郎丸 (2015)にしたがって分類した。 4 なお、このとき、調査やその方法などについて 記載が十分でない場合には、使用したデータの報 告書なども参照した。作業は分担して行ったが、 どれに分類すべきかただちに明らかでない場合に は再度、複数人での確認を行った。