セントラルコマンド機能を生成する脳幹神経回路 (101) 1. 運動時の中枢性循環調節研究の経緯とセントラル コマンド 歩行などの運動は動物が生命を維持するための原始的機 能であり(探索・求愛行動や闘争・逃走反応など),運動 時に見られる急性の自律性生体反応(頻脈・昇圧といった 循環反応など)は恒常性維持に必要な生体適応である.自 律神経制御の根源は脳にある.運動時にはどのような中枢 メカニズムで自律神経系が制御され,頻脈・昇圧などの循 環反応が生成されるのであろうか. 運動時の循環調節における中枢の重要性は,19 世紀末 にはスウェーデンの生理学者 Johansson(草創期のノーベ ル生理学医学賞委員であり,議長も務めた)によって実験 根拠をもって指摘されていた6).Johansson は 1893 年に 発表した論文において,ウサギ・イヌの後肢を受動的に動 かした際よりもウサギ・イヌが自発的に後肢を動かした際 の頻脈応答がより大きかったことから,「筋活動によって 生じる骨格筋由来の作用」よりも「運動する意志による脳 由来の作用」が循環系に大きく影響すると考えた.20 世 紀に入ると運動時中枢性循環調節の重要性はヒトでも言 及された.デンマークの生理学者 Krogh(骨格筋毛細血 管の制御機構に関する研究で 1920 年ノーベル生理学医学 賞受賞)と Lindhard は 1913 年に発表した論文において, 当時の先端技術「心電図記録」を用いて,ヒト三輪車運動 の開始前から運動中の心拍数変化をモニターした結果を報 告した11).運動開始直後の一拍目から心拍数増加を確認 し,その迅速な反応から脳内の“cortical irradiation”に よる心拍数制御を推察した.これらの報告から一世紀以上 経ち,動物の生命維持の根幹とも言える運動時の中枢性循 環調節メカニズムを理解する学術的意義は明らかであるに も関わらず,その解明研究は停滞している. セントラルコマンドとは,運動時の中枢性循環調節メカ ニズムの概念である.セントラルコマンドは脳研究分野で は元来,中枢性の指令信号全般を指す,広範囲な意味合い をもった単語のはずである.しかし,1972 年に米国の生 理学者 Mitchell らがヒトの「運動制御のために生じる脳 シグナルの量」と「運動時の呼吸循環応答の量」との因果 性を示した論文4)においてその脳シグナルをセントラル コマンドと記述して以降,この単語が運動時の自律性生体 反応を誘起する脳由来のシグナルを意味する固有名詞とし て使われることが多くなった. Mitchell は,セントラルコマンドを以下のように定義し ている.セントラルコマンドとは,脳の中心部より生じ, 骨格筋収縮と自律神経系の変化とをパラレルに引き起こす シグナルである(… , a signal arising in a central area of the brain causes a parallel activation of skeletal muscle contraction and of autonomic nervous system changes (now termed ‘central command’))13).しかし,セントラ
ルコマンドの実体について,この概念以上に分かっている ことは少ない.例えば「①セントラルコマンドは脳のどの 領域から,どのようにして,生じるのか」,また「②セン トラルコマンドはどのような脳内回路を経て自律神経系に 至るのか」についての情報はなく,「セントラルコマンド ● 第 72 回日本自律神経学会総会 / シンポジウム 5 / 次世代を切り拓く自律神経研究 司会:安部 力・中村和弘
セントラルコマンド機能を生成する脳幹神経回路
木場智史 奈良井絵美
キーワード: 運動,自律神経系,光遺伝学exercise, autonomic nervous system, motor control, optogenetics
抄録:運動時に見られる急性の自律性生体反応(頻脈・昇圧など)は恒常性維持に必須の生体適応である.運動 時の循環調節における中枢の重要性は 19 世紀末には指摘されていたにも関わらず,そのメカニズムの解明研究は 現在でも進んでいない.本稿では「運動時の中枢性循環調節メカニズムの解明」を念頭に,セントラルコマンド (運動を発現するために脳で生じる,骨格筋収縮と自律神経系の変化とをパラレルに引き起こすシグナル)の機能 生成を担う脳内回路を解析する意義とそれにまつわる知見,そして今後の課題について論じる. (自律神経,58:101–104, 2021) 鳥取大学医学部統合生理学分野 〒 683-8503 鳥取県米子市西町 86
自律神経 58 巻 1 号 2021 年 (102) 持つ抗酸化物質を投与することで抑制される10)こととも 整合する.RVLM は交感神経系に出力するセントラルコ マンドの脳内回路のハブ領域と考えられる(図 1). RVLM の興奮性を制御する上位脳領域はどこであろう か? 筆者らはコレラ毒素サブユニット b や逆行性アデノ 随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた逆行性の神経ト レースをラット脳に行い,RVLM への投射領域を調査し た.大脳皮質において検出した RVLM 投射神経細胞体の シグナルはまばらであった一方で,視床下部も含む脳幹に おいてはシグナルが密集した領域をいくつか確認した.そ の一つに視床下部室傍核(PVN)がある.RVLM は PVN から投射を受ける(PVN-RVLM 経路)ことはよく知ら れており,この経路は交感神経活性能を持つと考えられ ていた15)16)が,その直接証拠はなかった.そこで筆者ら は PVN-RVLM 経路の交感神経活性能の証明に取り組ん だ.チャネルロドプシンを発現させる順行性あるいは逆行 性 AAV ベクターをラット PVN あるいは RVLM に注入 し,麻酔下で RVLM あるいは PVN に青光を照射するこ とで PVN-RVLM 経路を光遺伝学刺激すると,交感神経活 性および昇圧・頻脈が起こることを確認した.これらの自 律生理反応は,RVLM にイオンチャネル型グルタミン酸 受容体(AMPA 型および NMDA 型受容体)の阻害薬を 注入することで抑制された.また共焦点顕微鏡観察から, 小胞グルタミン酸トランスポーターを発現したグルタミン 酸作動性 PVN-RVLM 神経軸索末端が RVLM C1 神経の細 胞体/樹状突起と近接していたことから,両者はシナプス 接合するものと考えられた.これらの結果から,グルタ ミン酸作動性 PVN-RVLM 神経から単シナプスに RVLM C1 神経へとつながる神経経路は,RVLM でグルタミン酸 を放出することで交感神経活性を起こすと結論した9).ま た Fos を発現する PVN-RVLM 神経はトレッドミル運動 を行ったラットでは増加したことから(未発表),PVN-とは何か」という問いは未解決である.①は興味深くも, 解決の難しさが予想される学術的問いであろう.一方で② については,自律神経系から上行方向に辿ることが出来る かもしれない.そして②を解決すれば,①の解決の緒をつ かむ可能性もあろう.筆者らは②に対するアプローチか ら,セントラルコマンドの機能生成に携わる脳内回路の解 析を進めている.将来的にはその脳内回路を根拠として, これまで概念として記述されてきたセントラルコマンドの 実体が明らかになることが期待される. 2.セントラルコマンドの脳内回路 脳幹網様体の構成領域であり,アドレナリン作動性 C1 神経の細胞体が多く存在する延髄吻側腹外側野(RVLM) は,循環中枢の一つである.脊髄に起始する交感神経節前 線維に直接投射するプレモータ神経を含んでおり,その半 数以上は C1 神経である5).RVLM 刺激は交感神経活性を 引き起こす1)ことから,RVLM が運動時に興奮するなら ば運動時の交感神経活性反応に関与する可能性がある.た だし RVLM より内側に位置する領域:延髄吻側腹内側野 (RVMM)も交感神経活性領域であり,精神ストレス時に は RVLM ではなく RVMM が興奮する3).RVLM および /あるいは RVMM は,運動によって興奮するのだろう か? 筆者らは神経活性標識タンパク質 Fos の発現をラッ ト脳から検出する免疫染色実験から,随意的トレッドミル 走行運動によって活性化する延髄腹側領域を調査した12). 非運動ラットと比較して運動後ラット RVLM において顕 著な Fos の発現上昇を見出した一方で,RVMM では Fos の発現は増加しなかった.この結果から,延髄の循環中枢 のうち RVLM は運動特異的に興奮する領域であり,運動 時交感神経活性に関わる可能性が考えられた.この結論 は,ラット中脳歩行誘発野(MLR)の刺激による交感神 経活性と交感神経性の昇圧が,RVLM に神経抑制作用を 図 1 セントラルコマンドの中枢回路に関する知見と今後の課題.MLR: mesencephalic
locomotor region, 中脳歩行誘発野.PVN: hypothalamic paraventricular nucleus, 視床下部室 傍核.RVLM: rostral ventrolateral medulla, 延髄吻側腹外側野.
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1) Abbott SB, Stornetta RL, Socolovsky CS, et al. Photostimulation of channelrhodopsin-2 expressing
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Abstract
Hypothalamic-brain stem circuits generating central command function
Satoshi Koba and Emi NaraiDivision of Integrative Physiology, Tottori University Faculty of Medicine, Tottori 683-8503, Japan
Exercise or locomotion is required for survival in mammals, and autonomic cardiovascular adjustments to exercise are necessitated for homeostasis. Brain mechanisms underlying the acute autonomic changes are not fully understood. Central command is defined as a signal that arises in a central area of the brain and causes a parallel activation of skeletal muscle contraction and of autonomic nervous system changes. Our research effort has recently been devoted to exploring central circuitries to generate central command function. This article discusses recent findings and future research direction.