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「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み : 夢想家から社会の一員へ

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(1)116. Akihiko. 島. NAKA])MA. 明. いることには疑いがない。というのは「修業時代」は、語り手はイロ. かきたてるような趣をそえた。こちらから打ち明けるよりも先に自分. 「また、マリア-ネの身の上も、彼女の態度にヴィルヘルムの情感を. におけるヴィルヘルムの歩み. 強めているらしかった」. (1). なものがあって、彼女の不安でさえも、かえってその愛情をいっそう. えたのである。ヴィルヘルムに対する彼女の情熱は'ほんとうに熱烈. 彼女のそぶりに不安と恥じらいとの入り混じった愛-るしい様子を与. ニ-(皮肉)を持って主人公に接している。夢想家の主人公から距離. 思える。. 使命」では'そのようなイロニ-はあまり見られない。例えばマリア -ネとの愛でも、作者は愛の喜びと悲しみを一緒に感じているように. の境遇を恋人に見破られてしまうのではないかという危倶の思いが、. えないとして、そのことをヴィルヘルムに隠していた。. 庇護を受けていた。そしてマリア-ネはノ-ルベルクの援助をやむを. ア-ネはヴィルヘルムと知り合いになる前から金持のノ-ルベルクの. ヴィルヘルムは女優マリア-ネを愛し、また愛される。しかしマリ. ィルヘルムが夢想家であることは、初めから示されている。. -VomTr抑umerzueinemMitg)iedderGesellschaft-. WilhelmsWeg)n"denLehrjahren".. 「修業時代」におけるヴイルヘルムの歩み -夢想家から社会の一員へ-. 一夢想家と幻滅 「ヴィルヘルム・マイスタ-の修業時代」は、その少し前に出たヴィ -ラン-の「ア-ガ-ン」と同じ-'夢想家の主人公が現実に接して 絶えず幻滅を経験し、その夢想癖から覚めて次第に外の世界と調和的. 中 を置いて、主人公の行為を見ている。「修業時代」の基になった「演刺. に生きていくことを学ぶ物語りである。夢想家の治癒をテ-マにして. 彦. 莞. ヴィルヘルムは夢想家である。世界を自分の願望のままに見る。ヴ 「修業時代」. 中島.

(2) 115. 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. 恋人に見えるが'特にそのような魅力的存在に見えるのは、舞台とい. はマリア-ネの真実の姿を知らない。彼にはマリア-ネが類いまれな. けのわらぶきの小屋などは、彼の心に太古の牧人世界ののどかな詩的. の子羊、汚いタフタ地でこしらえた滝、厚紙で作ったばらの木、表だ. つきながら天国にものぼった心地になった。あたりに置いてある剥製. 高まった。短い交際の後彼は彼女の愛情を勝ち得た。彼は彼女を愛し た、いや崇拝した。というのは、初めの内は彼女が舞台という妖しい 光のもとに現れてきて、芝居に対する情熱が初恋に輪をかけたからで によって、さらに高められ、養われ. ある。彼の若さは、彼に喜びをあふれるばかりに味わわせて-れたが、 (3). この喜びは、いきいきとした芸術 たのであった」. 々の陽光が再び彼の肢体に生気をみなぎらせ、胸をふ-らませて-れ. 返してみた。--そしてできるだけ高みに鞠けのぼり、過ぎ去った日. 「あの涙と悲傷を呼び戻す為に、過ぎ去った幸福のあらゆる情景を思い. スに働いて彼の心に痛烈な打撃を与える。. 絶望する。そしてかってはその事せの原動力であった想像力がマイナ. ヘルムはマリア-ネの実体を知った時裏切られたとの思いに駆られ、. 夢想家は赤裸らな現実が目の前に現れた時強い幻滅に陥る。ヴィル. ぐその後にマリア-ネが既に愛人がいることを語っている。. 語り手はヴィルヘルムを三倍も幸福であると言っておきながら、す. も幸福であったと言わなければならない」. 味わい尽-すこおとを許されたわれわれの主人公は、ほかの人の三倍 (5). 「このただ一度かぎりの体験(初恋)が与えて-れる喜びをぞんぶんに. らの友」と呼ぶ時には親しみの中にイロニ-(皮肉)が込められてい. 的に見ていることに疑いはない。語り手がヴィルヘルムをして「われ. このヴィルヘルムに対して、語り手は賛成しているのではな-、批判. (4). う場所を通しているからである。ヴィルヘルムは幼い噴から演劇が好. 「ヴィルヘルムは'夢中で赤い士官服を抱き締めた」. 自分の願望を投影するのだった。彼は舞台裏の現実の姿にも気づかな. のヴィルヘルムは豊かな想像力を持っていて、そして彼は外の世界に. てそれにはヴィルヘルム自身の想像力が与かっていた。夢想家として. マリア-ネの魅力は劇場というものを通して一層強められた。そし. (2). る。ロマンの冒頭には、マリア-ネは舞台姿の士官服のままで姿を現. 情景を呼び覚ました」. ものなら、その度に喜びに我を忘れ、骨組みの角材やこまいにへばり. 「彼女がまた舞台裏にもどってきて、やさしい目つきを送って-れよう. き. きであった。それで演劇の世界にあるものは特別の魅力を持つのであ. マリア-ネは二人の恋人の間にいて苦悩しているが、ヴィルヘルム. 中島. 「ヴィルヘルムのその魅力的な娘に対する欲望は、想像力の実に乗って. 0. る。. す。 ヽ -∨.

(3) 114. るような気がするたびに、足下の恐ろしい深淵をふりかえって、転落. れとわが身. 」の上な-苦い苦. 砕けてしまいそうなその深みを覗き込ん. の中にも身を投じては無理にも^. すれば五体がこなごなに が目を楽しませ、そ のような自虐の行為を-りかえしてはわ. を千々に引き裂いた」. 痛を味わった。こ. ヴィルヘルムはこのままでは破滅するしかないが、彼には天性、世 界を肯定的にみる力があった。彼は、竪琴弾きや、ミニヨンや、アウ レ-リエとは違ってこの世界を信頼する所があった。彼は運命が自分 の味方をしていると思う所がその現れである。ともか-やがてマリア. ヴィルヘルムの心には、舞台から国民を教育しょうという考えがま. だ生きていた。そして彼は長い間ためらった後、新しい劇団を作ろう. するメリ-ナに結局協力してその資金を提供することになった。この. 時点ではヴィルヘルムはまだメリーナの1座には属していなかった.. ちょうどその時或伯爵がメリ-ナに好意を示し、彼の劇団を雇うこと. にした。この時ヴィルヘルムは迷ったのだが、結局一緒に伯爵の館に 行-ことにした。. 「1方、ヴィルヘルムは1座と1緒に伯爵の館へついていったものかど. いう結論に達した。メリ-ナは、この有利な契約をつかんだ機会に借. -不との破局から受けた打撃からある程度回復した。この時点では彼 うかと思案していたが、いろんな意味で館に行った方がよさそうだと はおのれの詩人としての才能も否定し、舞台に立とうという気持も失. 金のせめて一部を返済したいと言うし、世態人情をいろいろ知りたい. と心掛けているヴィルヘルム自身の気持からしても、貴族社会を親し. い、父親の商売を熱心に手伝った。 これが本当の彼の気持ではなかった事は、間もな-彼が商用で出た. すれば人生について、自分自身や芸術について大いに啓発されるだろ. -知ることのできる機会を逃した-なかった。そういう社会に出入り. うと期待した。率直に言えば、美貌の伯爵夫人にもう一度近づきたい. 旅先で軽業師の一座の芸を見たとき、彼の心がそれに惹かれたことで 明らかになる。サ-カスの一座の花形美男美女'ナルツィスとランド. に美しい伯爵夫人と一層親し-なりたいという願望を持ち、またここ. こうしてヴィルヘルムは貴族社会に対して強い期待を抱き、また特. 知れば得るところが多いに違いないということで自分を納得させた」. る勇気はな-、むしろ一般論として、身分の高い富裕な社会を親し-. という気持が強-働いていたのだが、さすがの彼も、そこまで自認す. リネッ-が人々の中に引き起こした熱狂を見て'ヴィルヘルムはこう 言うのである。. 「俳優にしても作家にしても、いや、どんな人間にしても、高貴な言莱 や親切な行為によって世の人々にこれほどの感銘を与えることができ. では演劇も正し-評価されるだろうと思って貴族社会に近づいたので. たら、それを本望としないではいられないでしょうね。善良で高貴なI 人間にふさわしい感情をこの人達が肉体の芸でやってのけたような雷. ある。ここにヴィルヘルムの夢想家の鼻骨項が現れる。彼は貴族社会. 撃の早業でた-さんの人々の心に植えつけ、こんな風に人々を熱狂さ (7). 営. せることができたら'きっと素晴らしい気持がするでしょう」 「修業時代」におけるサィルヘルムの歩み. 中島. (8).

(4) 113. 「修業時代」 におのれの願望を投影した。. におけるヴィルヘルムの歩み. 時、ヴィルヘルムの朗読の邪魔になるとは考えなかったようだ。更に. にいた。伯爵夫人は、この魅力的ではあるが軽薄な女性を傍に呼んだ. 伯爵夫人の前に呼ばれると、がっかりしたことには、フィリ-ネが傍. の作品を紹介するように頼まれて、一生懸命準備をするのだが、いざ. 当てられている男を名優として目をかける。またヴィルヘルムは自分. かった.例えば伯爵は'メリ-ナ1座の中でも詰まらない端役を割り. 医者が語る所では、肉体的にはいかなる痕跡も残っていなかった。し. 告と取ったのである。夫人はこの後もそこに痛みを覚えていた。後に. 強-押されて胸に強い痛みを覚えた。それを彼女は迷信的に運命の警. 1の抱擁の際、彼女の胸にあるロケッ-(夫の肖像が入っている)を. て、迷信深-なったからである。また伯爵夫人はヴィルヘルムとの唯. 自分の幽霊を(実は伯爵の服を着せられたヴィルヘルム)見たと思っ. ムは小間物商人が商品を並べて口上を述べるのを我慢するしかなかっ た。結局彼は自作を朗読する時間が無-なってしまった。. ヴィルヘルムは貴族社会に実際に接してみるとその華美な表とは違. に掛ける夢は一向に衰えていなかった。それがあるから彼は再び舞台. で活躍することになる。その次に彼がやって釆た所は'すぐれた演劇. 人であるゼルロの所であった。ゼルロは天才的な演劇人であり、常設. の幸福、豊かな内面の本性から流れ出るあの幸福に対しては、彼らは. 「むしろ可哀想な人達なのだ。というのは僕らが最高の幸福と認めるあ. 願であるハムレッ-の上演を行うことができた。彼はハムレッーの役. 従って俳優としてまた脚本家として活動することになった。そして念. に参加した訳ではない。しかしいろいろためらった末ゼルロの要請に. 劇場の団長であった。むろんヴィルヘルムはすんなりとゼルロの劇団. めったに研ぎ澄まされた感受性をもっていないのだからね。友情とい. だがその後は失望が待っていた。観客は彼が期待していたような質の. を演じた。これは大成功であった。彼の夢は実現したように見えた。 (9). 高い芸術感覚を持っている訳ではなかった。秀れた芸術に対する理解. 俗を捨てて、敬慶主義の一派ヘルンフ--の団体に入る過程を見ても. 術家であると自惚れていた。ゼルロにしても観客に塘びて、金が入る. 又役者達も殆ど秀れた能力はないにもかかわらず自分がひとかどの芸. を持たず凡庸なものを評価した。ハムレッ-上演は直ぐ忘れられた。. 分かる。ロココ風の華美な生活をしていた伯爵夫妻が急に信仰深-杏. 伯爵夫人が美しいコケッ-リに過ぎないことは、後に彼女が夫と世. -無一文といっていい僕たち貧しい人間だけなんだ」. う幸福を豊かに味わうことを許されているのは、ほとんどあるいは全. い、中身が無内容であることを痛感した。. ヴィルヘルムは貴族社会に掛けた夢が破れて幻滅を覚えるが、舞台. て見るとその痛みは心気症から-るものである。. る気特になったのは1種の心気症の結果である。伯爵は自分の部屋で. ではなくて、むしろ迷信的な気持からであった。伯爵夫妻が世を捨て. って出家するのだが'その動機はしっかりした宗教的な確信とか体験. 至. そこへ入って来た小間物商人を退けることもしなかった。ヴィルヘル. だがその夢も直ぐに破れた。貴族達は演劇を正し-評価する力はな. 中島.

(5) 112. 意を引き付けるのを見た。彼自身の素質も俳優として生まれたのでは. なかった。又彼自身も自分の代りになった役者の方がもっと観客の好. 演劇に対して抱いていた高い評価が幻滅と変わるのを経験せざるをえ. が明らかになる。ヴィルヘルムの場合は、その運命観を見ると、彼の. ば「運命」と「偶然」について議論する。それによって彼等の世界観. 然」を考察すると明らかになって-る。作品の中で登場人物がしばし. この問題は、このロマンを貫いている中心的なテ-マ「運命」と「偶. ならば彼らの要求に屈するのは平気だった。こうしてヴィルヘルムは. ない事が明らかになった。こんな状態になって彼は自分の夢を追うの. 夢想家の面が顕著に見えて-ると言える。. (「塔の結社」. との間で「運. ちょうどこの時ヴィルヘルムは愛するマリア-ネと共にどこかで演. 命観の差が明らかにされる。. 命」と「偶然」について興味ある会話が交わされる。この時両者の運. から派遣されたヴィルヘルムを指導しょうとする使者). らませて自分を運命の寵児と見ていた時'「見知らぬ男」. まず、ヴィルヘルムがマリア-ネとの破局前、将来の期待に胸を膨. を断念する。彼は演劇から身を引-0 夢想家から覚めたヴィルヘルムはおのれの夢を追い、おのれの能力. の人々と知. のすべてを教育する代りに、自己の欲求を押さえ、社会の一員として、 社会の中で働-ように決心する。 選ばれたエリ--の集まりである、いわゆる「塔の結社」 り合い、その1員として迎えられる。. ヴィルヘルムの運命観. 過ちであることを知って'実社会に生きる能力をつけることになった. に広い世間に触れさせようとも考えていたのである。だがゲィルヘル. うどその時父親から商用旅行に行-よう命じられた。父親はその際彼. 劇人として活躍しょうと計画していた。それは狭い市民階級を抜け出 して本来の自分の生き方をしたいという願望の現れでもあったoちょ. という過程は、しかしそんなに単純に現れている訳ではない。或いは. ムはそれを自分の都合のいいように利用しょうと思った。彼は商用旅. ヴィルヘルムは現実に接して、自分の願望のまま世間を見る態度が. ヴィルヘルムは「教養」を積んで'某社合で生きる能力をつけた、と. 行にかこつけて父親の許から離れる絶好のチャンスだと思った。. の形で示していないことから後にそれを求める声があった。例えばシ. り喜んだのは、当のヴィルヘルム自身だった。かねてのもくろみを実. (Hauptidee)を要求している.という. ことは'ヴィルヘルムが幸せな結果に至るのが、彼の教養であるとは. 行する手段が手に入り、願ってもない好機が棚ぼた式に転がりこんで. 圧を逃れて、新しい、より高遺な人生行路を歩きだそうとする自分の. きたからである。彼の情熱は激し-燃え上がり、これまでの生活の重. におけるヴィルヘルムの歩み. 至. に幸せに至るのであろうか「修業時代」. 中島. 直ぐに見えて釆ないからである。いや、むしろ彼は絶えず計画をたて. ラ-はゲーテに「主要な理念」. (10). 行動するがいつも失敗している。それにも拘わらず彼はどうして最後. 「(父親は) そこでヴィルヘルムを呼んでこの決定が伝えれた。だれよ. いう明確な教えが示されたのではない。ゲ-テが「完成された」人間. 二.

(6) ililil. しヽ. 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. 冠 ていることをあげる。. 言う。そ⊥て自分の説の正当性について、自分の行為がうま-成功し. の好機を、自分を導-運命の手招きだと思った」. ずるならば自分の目論みの不吉な予感を感ずるべきだが'この時は全. は失業中の俳優メリ-ナである。その時ヴィルヘルムはもし前兆を信. 小さな旅で彼は駆け落ちしたが捕らえられた若い男女に会う。その男. う経験をすると'運命に従順になり、そういう摂理を信頼しょうとい. 達していた--そんな経験をなさったことはないでしょうか-こうい. 最後には、自分でも殆ど気づいていなかったような目標にちゃんと到. こうから好機がやってきて、予期しない出来事が次から次に起こり、. りですね、ふとしたことから或道をお歩きになる、すると、やがて向. -それを感じなかった。この世に起こる説明できない偶然的な出来事. ヴィルヘルムは故郷に帰って来て、本格的な旅の準備をする。そし. 「見知らぬ男」はそのような運命観を、自分の欲望に高い意志の(運. するのだ。さてその前彼が自分がまだ運命の庇護を受けていると自信 に満ちている時、「見知らぬ男」と運命と偶然について会話を交わす0 ここでヴィルヘルムは我々を支配している運命の存在を力説し、運 命が我々の最善を計って-れるという。. 「ではあなたは、運命をお信じにならないのですか-僕達を支配し、僕 達の為に万事を最善になるよう考えて-れる力をお信じにならないの. なっているだけではありませんか」. なんとも困ったものです、つまり理性を放棄して、性癖の言いなりに. 1種の理性を与え、それにしたがう事が宗教であるなどと考える人は、. 「若い頃から必然の中に悪意的なものを見る事に慣れていたり、偶然に. る。. 命の)働きという外観を与える、都合のいい考えに過ぎないと反論す. である。主観的な世界観の現れである。. な出来事が説明しがたいがうま-行った時それは運命の導きというの. ヴィルヘルムのこの運命観は全-彼の願望の投影である。さまざま. う気になるのではないですか」. メリ-ナの場合にはそんな風に思う気はなかった。Enge)が指摘して. は、ヴィルヘルムには自分の都合のいい時だけ運命と見ていた。この. 彼はまず小さな旅に出る。本格的な旅はその後になるはずだ。その. 「でも、これまでにこんな経験をなさったことはないでしょうか-つま. だとさえ思った。両親や身内の者たちもいつかはこの行動を称賛し祝. そしてヴィルヘルムは自分の行為は'この運命に従うことであると. ですか-」. (13). 福して-れるに違いないと確信し'願ってもない時に降ってわいたこ (;). きざす余地もなかった。彼は、父親をあざむ-この行為を神聖なこと. しまったので、彼の良心はみじんもぐらつ-ことな-、不安や心配の. 行動は完全に正しいと一点の-もりもないほどひたむきに信じ切って. 中島. いる通り、ヴィルヘルムは自分の都合の悪いものは運命とは思わな. (12). てあの運命的な夜が来る。その夜明けに彼はマリア-ネの不実を発見. 0.

(7) 110. il免田. 「ここでの問題は、どういう考え方をすれば、我々にとって最善のもの. はなはだ危険だということの例がここにも見られる。というのはこの. 化して、このロマンはこういう教訓を述べているのだと断定するのは. さらに「見知らぬ男」はカン-的な考えに立って言う.. に到達できるかということだけです。世界は、必然と偶然が織り成し. ロマンは一貫してイロニ-をもって述べられていて'その為に一つ一. ろ彼は最後まで失敗の連続であった。ここにこの作品の1 つのイロニ -が見える。或る箇所を取り出して、全体の構造から切り離して絶対. ている織物です。人間の理性は、その間にあって両者を統御する事が. つの言葉、格言は相対化されているからである。. の人と会った時'ヴィルヘ. できます。理性は必然をみずからの存在の根拠にします。そして偶然 を導き、制御し、利用するのです。この理性が確固不動のものであっ. まず初めてヴィルヘルムが「塔の結社」. 限して社会に尽-すことが大事であると言い、お互いに相手を説得で. てこそ、人間は地上の神と呼ばれるに値するのです」. 「見知らぬ男」は、我々全員に理解できないことについては、理性と. きずに別れた。そのようなことで、ヴィルヘルムはここで何か教養を. ルムは自己の願望を強-主張し、「塔の結社」の人はおのれの欲望を制. いう言葉を与えるべきではない'我々が理性と呼ぶものは、これらの. 積んだということにはならなかった。. 「ですから、幸福なのは、すべての人をその人なりに教育して-れる運. 彼は運命に選ばれた才能の持ち主、天才を称える。. 論をする。ここでもヴィルヘルムが運命を信じている姿が示される。. ヴィルヘルムは牧師と二人だけになった時、運命と偶然についての議. 使者であり、彼に芝居から手を引-よう警告する為に釆たのである。. 一人の田舎牧師と合う。実はこの牧師も「塔の結社」から派遣きれた. のは'田舎牧師とであった。彼が旅回りの役者達と船遊びをした時、. その次にヴィルヘルムが再び「運命」と「偶然」について議論した. 偶然のものを我々にとって最善なものに利用することのできる力のこ とであると言う。そしてそのような能力を自分の中に育てる必要を説. 「私は、自分と他人に何が役に立つかを知っていて、自分の勝手気ま. 言通りに行動したから幸せを得たとは明確に見えない所である。むし. ところが問題はそんなに単純ではないのは、ヴィルヘルムがその格. ように見える。. いく為におのれの願望をおさえようとと思うとき、その格言が正しい. 人々の持つ格言であり'ヴィルヘルムもずっと後に社会の中で生きて. 立つことを覚えなければならないと言う。この格言は「塔の結社」の. 「見知らぬ男」はおのれの限りない欲望を押さJえ、自分や他人に役に. まを押さえることのできる人のみが好きです」. (14). 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. 中島. それに対して田舎牧師は答える。. 命に面倒をみてもらえる人たちです」. (15). O.

(8) 109. 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. はつねづね人間の教師に理性をむしろ頼りにしたいと思っています。. いても運命に導かれているという信念を捨てる事な-、益々旅回りの. そしてここでも現れるのだが、ヴィルヘルムはこの牧師の忠告を聞. であるここまで私を導いて-れた運命をないがしろにしてもいいだろ. 「自分では指一本動かしたわけでもないのに'私の一切の願望の目的地. と田a,つ。. 導きを思う。ゼルロにぜひ協力して-れと言われた時それを天の指図. がゼルロの要請に従ってゼルロの劇場で働-決心をする時でも運命の. さらにヴィルヘルムの運命に対する信頼は、ずっと後まで続-。彼. 運命の英知に畏敬を捧げることはいささかも惜しみませんが、運命が. 「実に変わったご意見だと思いますが」とヴィルヘルムは言う。 「変わってなんかいませんよ」 と牧師は答える。そして運命に選ばれたと自負していて実は偶然そ うなったに過ぎない才能の危険を述べる。 「運命からすぐれた俳優になるように定められた人があると仮定しま しょう (だってね、運命がわたしたちにすぐれた俳優を与えて-れな いわけもありますまい)。ところが、不幸にも、偶然がその若者を人形 芝居に近づけたとします。そこで彼は、早-から-だらない、趣味の. うか」. も思わな-なり、それどころかなかなか面白いとさえ思い込み、わた. 後は失望が待っていた。変わりやすい観客の気持はすぐハムレッーか. して念願であるハムレッ-の上演を行い、大成功を収める。だがその. こうして彼はすぐれた演劇人であるゼルロと協力して活躍する。そ. したちにとって決して忘れられないどころか、ある種の愛着をどうし. ら離れていく。そしてゼルロとも経営で意見の相違をきたす。ゼルロ. ヴィルヘルムは牧師が人形芝居を持ち出したので狼狽する。その後. るのが本来の使命であるという従来の考えに疑問を抱-ようになる。. ではない事を知る。こうしてヴィルヘルムは、自分が演劇に身を捧げ. り合い'その二貝として迎えられる。その人合の儀式の際、かって故. その後彼は選ばれたエリ--の集まりである、「塔の結社」の人々と知 のれの歩みを考えさせられたのだ。ヴィルヘルムは、人形芝居を見た. る情熱は幼い頃の人形芝居から始まっていて、それで牧師の言葉でお. とする。またヴィルヘルム自身も自分の素質が俳優として生まれたの. は観客に楯びて、芸術は犠牲にして観客の喜びそうな出し物にしよう. ても断ち切れないあの若い頃に大切な印象や体験をこうして間違った. 悪いことに興味をもたざるをえな-なり、馬鹿げたものそうひどいと. (17). することはめったにないように思われますがね」. 劇団とのかかわりを深めてい-0. それを偶然に過ぎないと言う。. ことから始まる演劇への愛を運命の導きだと思っているのに'牧師は. 芙. 手足として使う偶然というものは、なんともぶきっちょではないでし ょうか。と言いますのは'偶然は、運命が決定したことを正確に実行. 「運命という家庭教師は、超一流ではあるが、月謝が高-つきます。私. 中島. 牧師の言うことを聞いているのみである。ヴィルヘルムの演劇に対す. 方向から受け取ることになってしまうのです」. (16).

(9) 108. 郷の町で会った「見知らぬ男」に会う。その男が現れて彼に話しかけ. (柑). 「もしかするとわたしたちは、運命や性格についてむしろ今こそ考えが 1致するかも知れませんね」. ヴィルヘルムが答えようとするともうその人物は消えてしまう。残 されたヴィルヘルムは次のようなひとりごとをつぶや-0. の運命観を正しいと認める. 「偶然の出来事がつながりをもつのだろうか-そしてわれわれが運命 と呼ぶものは単に偶然にすぎないのか-」. ヴィルヘルムは今はこの「見知らぬ男」. る所に見える。. 再三「塔の結社」からの使者が、ヴィルヘルムに演劇から手を引-. ように警告したがその警告をヴィルヘルムは聞き流していた。この点. の人達の所. から見ると、ヴィルヘルムが演劇活動を放棄するのは「塔の結社」 指導の結果ではない。. またヴィルヘルム自身が理性的に計画して「塔の結社」. に至ったのではない。むしろ偶然である。ゼルロの妹アウレ-リエは'. の主要メン. 死ぬ間際にヴィルヘルムに、自分の不実の恋人ロタ-リオに充てた手. 紙を託す。こうしてヴィルヘルムはたまたま「塔の結社」. の社会に入って行-ことになる。つまり「塔の結社」. バ-であるロタ-リオと会うことになるのである。それを機会に初め て「塔の結社」. の人々の所に至るのは、アウレ-リエの頼みという偶然の原因による ものだ。. 実は自分の都合のいいことを行うヴィルヘルムの行為は誤ちであるこ. どこにいるかも知らないでいる時、アマツォ-ネへの思慕は消えてい. ことがある。ヴィルヘルムはまだアマツォ-ネの誰であるか知らず、. またヴィルヘルムが初めて理性的に計画したことが'間違っていた. とが明らかになったようだ。だが事情はそんなに簡単ではない。前述. た訳ではないが、息子フェ-リクスの母親役としてテレ-ゼを選び'. 気になったようだ。こうして見ると、偶然に運命という名をかぶせて、. したようにこの作品はイロニ-が溢れていて、一つの局面だけを取り. しかしテレ-ゼへの求婚は全-理性的に行ったと言う。. きて-れました」. は、友情や愛鋼にしろ、好意や信頼にしろ、大手を広げて僕を. 「僕がこれまで目的も計画もな-呑気に、いや軽率に暮らしていた間. まず彼はそれまでは、外からの働きで動いていた事を認める。. テレ-ゼに求婚する。. (女武. の男が信ずるように、偶然を理性的に制御するの. 出すのは危険だからである。 この「塔の結社」. が本当の幸せに到達するかというと、この作品ではむしろそうなって いない点に注目しなければならない。 というのはヴィルヘルムが最後に、憧れの女性アマツォ-ネ 者)'即ち「塔の結社」の一員ナタ-リエと結婚して幸せな結末に至る 過程が、理性的な計画に基づいていない。むしろ「偶然」の結果によ 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. 中島. の. る。.

(10) 107. 「修業時代」. におけるヴィルヘルムの歩み. -よ-考えた末で自分の人生計画を建てたつもりです。僕の理性も同. キシの子サウルのように思えるものですからね。父親のロバを探しに. 「僕はあなたを見ていると、つい笑いださずにはおれません。あなたが. るものではないことは、このフリ-ドヒ自身が言っている。. ヴィルヘルムがナタ-リエを得たということは'理性的な計画によ. 宍. 意していました。そしてテレ-ゼさんの承諾を得られて僕の希望はす. に僕自身の内部から発した最初の決心だったかも知れません。僕はよ. 「テレ-ゼさんに結婚を申し込むという決心は、もしかしたら全-純粋. 中島 又テレ. くあしらわれていると信じている。. 周囲に溶け込むことができない。そして竪琴弾きも自分は運命に冷た. 地にあってはいつまでも異郷人である。彼女は言葉もよ-できない。. はこのロマンの中では滅びて行-しかなかった。ミニヨンはドイツの. 観的な世界観は幸せになる用件である。そのような能力を欠いた人物. して世界を見て、数々の失敗をした。それにも拘わらずこのような楽. ていた。運命の寵児であると信じていた。その為そのような眼鏡を通. プラスに思うのがそれである。彼は運命が自分に味方していると信じ. その答えは彼の世界に対する信頼にある。彼が偶然を運命の導きと. が続いた結果でないとすれば-. のであろうか-単に彼の「教養」だけでないとすれば-単なる偶然. どうしてヴィルヘルムはさまざまな失敗にもかかわらず幸せをえる. ある。つまりヴィルヘルムは偶然ナタ-リエという宝を得たというの. フリ-ドリヒはヴィルヘルムを聖書の中のサウルに比較している。. は見つかったo. アマツォ-ネへの思慕という心の中にある気持に逆らって、息子の. (ナタ-リエ). -ゼが本来愛していたロタ-リオとの結婚の障害はな-なっているこ とが判明した。そこでヴィルヘルムのこの求婚は間違いだったという ことなる。. そしてこの混乱から救ったのがロタ-リオやナタ-リエの末弟フリ -ドヒである。このフリ-ドヒは信頼しかねる人物である。フリ-ド ヒは理性的な人間ではな-、気ままに世の中を放浪していて、これま た気ままなフィリ-ネと一緒に暮らしている。その人物に最後の解決 の鍵が与えられたのである。. 「どんな冠がいただけますかね。どんな褒美を下さいますか---僕は. のものになりました-土の宝を. あなたがたにそうしていただけるだけの手柄を立てたのです。ナタリエ姉さんはあなた. (ヴィルヘルム). 掘り出した魔法使いは、はばかりながらこの僕です」. (21). だ。. を引き起こした。アマツォーネ. サウルは父のな-したロバを探しに出掛け、偶然王国を発見したので. でかけて王国を発見したサウルのようにね」. (22). 母親になる人を求めて求婚したこの理性的計画的行為は'しかし混乱. べて叶えられました」. (20).

(11) 106. 悩み多い苦しみの夜々を. 目的に達するのだということを」. あらゆる愚行や混乱にもかかわらず、より高い手に導かれて'幸せな. 「根本においては、全体は次のように言っているように見える。人間は. 涙ながらにパンを食べたことのない者 ベッ-に座って泣き明かしたことのない者は. 「偶然」. 「偶然」というのは登場人物か. をを指摘した。B-essinは「偶然」に歴史の理性の道具のような地位を. 経済論との関連から出発してゲ-テの小説を解明したB-essinの功績. この間題について、FetNerは、当時の歴史哲学とアダム・スミスの. う指摘がなされている。. 現れているが、それは実はゲ-テ時代の精神の中に共通していたとい. ものが本来その人の為になる働きをしているという現象がこの作品に. ら離れてより高い見地から見た時'このように個人の意図を妨害する. その人物の幸せを図っているのであるということになる。登場人物か. らはおのれの邪魔をするものに見えようと、より高い見地から見ると. すものである。そうしてみると、この. 「偶然」は彼の幸せを妨害するどころか最終的には彼の幸せをもたら. 度に「偶然」によってその意図を遂げる事ができない。ところがこの. さてヴィルヘルムは絶えず自己の幸せを求めて計画をたてるがその. より高い見地から見た. たのだ。それはヴィルヘルムのような人間に与えられる恩寵である。. つまりヴィルヘルムは彼を幸せに導-高い存在の力の働を受けてい. (2). おんみらを知らない、天の力よ. おんみらは私たちをこの世に引き入れ 哀れな者を罪に陥るがままにしておき やがて苦しみの手にゆだねてしまう すべての罪は'この世では報いを受けるゆ・he(響 と竪琴弾きは自分を悲惨な運命に陥れた天の力を嘆-0. アウレ-リエは心気症の傾向のある女性で、世界を皮肉な目でみる 傾向があった。幼い噴からの経験で男を低い衝動で動-人種としか見 ることがなかった。たまたま現れたロタ-リオがそういう偏狭な彼女 の目を開かせて-れたのであった。彼女は演劇にも真の情熱を持って 従事した。だがロタ-リオに捨てられてからは立ち上がることができ なかった。いつまでもおのれの運命を嘆いた。アウレ-リエがオフエ リアの役を演じた時迫真の迫力があったのも'彼女が自分の悩みをそ のまま現したからである。このような人は滅びてい-しかなかった。. それに対してヴィルヘルムのような世界を信頼する力のある人間は は本来表し難いものであ. (25). 幸せな結果が得られるのである。そのことについてゲ-テ自身が言っ ている。ゲ-テはこの作品の理念(イデ-). 三. 与えている。. 莞. るが強いて言えば次のようなものであると言った。 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み. 中島.

(12) 105. List. 「修業時代」におけるヴィルヘルムの歩み B】essinによると次のようになる。. Vernunft)は目標を抱いた統合の役割の中で、個人に無制限. の過程を認めがららこの矛盾を解決しょうとした。「理性の策略」(Die. 合するものを見つけなければならない。ヘ-ゲルは個の完全なる発展. も正しい社会秩序も欠かすことができないとすれば、個と全体とを統. ね返ってきて個人の不自由を招-ことになる。自律的に行動する個人. はないかという問題である。そのような混沌たる社全体制は個人には. なかったが、失敗した事によって開けてきた幸せであった。それで彼. ること、社会の有用な一員となることは、ヴィルヘルムには見えてい. 出来事はよいことだったのである。つまり愛するナタ-リエと結婚す. 彼の幸せをもたらすから最終的には彼の目論みの邪魔になった偶然の. はヴィルヘルムの敵であるかのように見える。しかしその失敗が逆に. 外の偶然の出来事によって邪魔されたのである。従って偶然の出来事. 計画を建て、実行する。しかしそれは失敗する。その失敗は彼の計算. der. の自律を許し、同時に個人には分からない形で、社会と歴史の理性の. は本来自分の幸福をもたらさないであろうことに懸命になって「偶然」. の個の利益をももたらすものである。その際へ-ゲルは、自己の利益. 済活動はお互いにからみあっているから、個の利益追及は必然的に他. に追及することによって全体の統合'進歩がえられると期待した。経. 本質的な点で合一するのを見た。アダム・スミスは個の利益を徹底的. かったのも当然である。. 教養を明確にして欲しいと要求にもかかわらずゲ-テがそれに応じな. は、教養ではなかった、ということになり、そうであれば、シラ-が. の考え方からすれば、ヴィルヘルムに最終的に幸せをもたらしたもの. 史哲学でいう歴史の理性のようなものである、というFetzerやBlessin. 急変」 (ein)etztlichinkalku)ablesUmsch)agen)というものがあると 考えたように、アダム・スミスは、個のエゴイステックな利益追及が 全体を損なわないでむしろ繁栄させるものは、「見えざる手」の働きで あるとした。その際個は二つの役割が与えられている。一つは主体的. L]と表す.S.14. 川GoethesWerkeBd.7,Wi)he)mMeistersLehrjahre.Hamburg)950,3下. をのみ追究する個の働きが'全体との調和に至るには「予測できない. 敗を与える偶然の出来事を支配するより高い存在がある、それは'歴. 見ている高い力、理性の道具であったというのだ。ヴィルヘルムに失. 手段として個人を用いるというのである。つまり個人は無制限の自律. この弁証法がゲ-テの小説にも見られるのである。ヴィルヘルムは. 与するのである。そしてそれによって個はまた利益を受けるのである0. がない。しかし自分でしらずして、理性の道具として全体の発展に寄. に自己の利益を追及する者である。彼は客観的な全体の発展を知る力. 叩闇. の力で失敗したのだが、その偶然は全体を(つまり本来の彼の幸せを). 近. を享受しながらしかし意識しな-ても歴史の理性の手段に使われて、. 由を許すと、悪意に支配された混沌たる社全体制に至ってしまうので. る社会秩序との関係を融合的に解決しょうとした。無制限な個人の自. 歴史哲学は'カン-以来、個人の自律と'他方には調和的に機能す. 中島. B-essinは更にへ-ゲルと古典国民経済学者アダム・スミスとの間に. それの目標を達成するというのである。. (26).

(13) 104. Eckermann‥GesprAche. Goethe,hrsg.von. におけるヴィルヘルムの歩み. Konzeption. einemNachwortvonGtitherFetzer,Mtinchen)988,S.702 radika)・liberale. senschaftundGeistesgeschichte49,)975.S.)90. MeistersLehrjahren3>.(n:DeutscheViete)jahrsschriftftirLiteraturwis・. ㈹Blessin,Stefan:Die. von. ㈱L).,S.)). Goethe.hrsg.Emi)Staiger,. ㈲dtvK)assik.]ohannWolfganGoethe.WilhelmMeistersLehr). und. ㈱L).〉S.)4 ㈱L).,S.57 L].,S.)4. ㈲L).,S.78 L).,S.)06. @L].,S.)54 ㈱L].,S.2)2 Briefwechse)zwischen. Frankfurt)966,S.295. ㈹Der. 仙L).,SA2 ㈹ManfredEngel:DerRomanderGoethezeit.Band(AnfAngein. Peter. KlassikundFrtihromantik.Stuttgart.Weimar.S.250 ㈹L).,S.7) ㈹L].,S.72. ㈹L].,S.(2) ㈹L).,S.)22 ㈹L).,S.276. ㈹L).,SA94 ㈹L).,S.534 帥L].,S.534 帥L).,S.608 鮒L].,S.6)0 ㈹L).)S.)37 ㈹]ohann. 「修業時代」. mit. <eWilhelm'ahre.Mit. ノヽ. Schiller. Houben,Wiesbaden1975,S. 中島. S S. H.(i.

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参照

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