137
従属的資本主義における従属の型と発展
中国のケースの再検討を中心に一 中 鳥 太 一 1 問 題 提 起 R・シルコットによれぽ,従属論者は過去10年以上にわたってマルクス主義 との理論的結合のために闘ってきたし,論争はラテン・アメリカの歴史的経験 に根ざす従属の様々な説明をめぐっておこなわれてきた。現在,従属理論ぱ特 定の地域研究或はケース・スタディの域を超えて,従来のマルクス・レーニン 主義の消極的な領域を発展させうる社会科学の理論分野となっている。 その基軸的命題は,簡単に言えば従属と発展の関係を理論的にどのように把 握・説明すべきかということである。従ってとりあげるべき問題は,近代化論 (段階論或は類型論を問わず)に象徴されるような経済量に還元された国家相 互間の,就中南北間の「従属」問題ではなく一無論それをも包摂するが一,こ の国際的従属の周辺国内部での発展構造への内化,換言すれば,縦の連節化の 枠組としての周辺における「従属的弓本主義発展一dependent capitalist devel一 ヨラ opment」の問題なのである。ブルジョアジーの立場からの近代化論は別とし て,マルクス・レーニン主義の立場からのこの聞題接近は,必然的に方法論的 な深い検討を伴うことになる。何故なら従来,最近までかかる問題の存在自体 が,帝国主義論の機械的解釈によって実質的にぱ否定されていたからである。 1) R H Chilcote, lssues of theory in dependency and Marxism, Dependency an. d marxism−Toward a resolution of the debate, edited by R H. Chilcote 1982 USA p. 3. L) F H. Cardoso, The consumption of dependency theory in the united states, Latin American Research Review vol, nv no 3, 1977, p, 17.従属と発展の関係について一つの答である「従属的資本主義発展」という概 念は,質的に新しい方法と内容をもった概念であるが,その方法と内容は現在 まで必づしも明らかにされていない。断案的に言ってそれは経済的範疇にある 概念というより,それを含むより大きな概念であると思われる。所謂「構造的 従属」の意味するところは,そのまま「従属的資本主義発展」ではないとして も,両者の関係は,周辺当事国における階級・集団の国際的・国内的な政治的 連節化の過程を媒介として有機的に結合しうると考えられる。 小論では,前半でこの概念の最も早い提起者であり,代表的な従属理論の研 究者であるF・H・カルドソ(Cardoso)の見解をとりあげ,その基本的内容 と方法を整理し,併せてその問題点を吟味しよう。次に後半部分では,実態的 なパラダイムとして1930年代から40年代末に至る中国国民党政権の下での中国 社会の「従属的資本主義発展」の問題を,前述の「従属的資本主義発展」の 「基準・指標」を念頭において,最近中国学界におけるこれに関する新しい 「従属理論」的見解の紹介・整理という形で再検討したいσ NI従属的資本主義発展の基本規定と方法 ヵルドソによれぽ,従属理論が周辺を規定する場合,論拠とする二種の潮流 としてECLA=ケインズ派とマルクス主義及び新マルクス主義があげられる。 ECLA(国際連合のラテン・アメリカ経済委員会)はヴァイナー的古典派比較 生産費に基く農工国際分業理論に反対するシンガー,ミ=ルダール等に依拠す る正統派秩序批判として現れ,プレビッシュとフルタードの見解に代表され る。しかし,これはプチ・ブルジョア的ナシ・ナリズムに近いものである。他 方,マルクス主義は通俗化され,それに新しい生命を吹きこもうとした新マル クス主義もイデオロギーの優越・先占により分析は屡々どっちつかずのものに なるはかなかった。例えば,アルチュセル=バリバールの構造主義的マルクス 主義は弁証法の運動の否定に導くし,G・フランクに就ては,問題を単純化し, 情況の特殊性を軽蔑し弁証法的な理論的シ」L・一マを創りえなかったとされる。 ただフランクは二重経済論に致命的打撃を与えたが,ECLAとマルクス主義
従属的資本主義における従属の型と発展 139 おうに現れた混乱に対する批判は是非半ばするものであった。カルドソは従属理論 における構造的従属について,植民地から民族国家への移行に照応する土着所 有階級の利害に答える新国家の創出とそれを媒介とする国際的資本主義と周辺 内部の階級・集団との同盟の成立を指摘し,それが対外的関係を国内化し「独 立」国家を創出し,「国民」の利害に答える用意のある,同時に国際的な経済 的支配の手段であるような関係の構造の型を意味するという。しかし,資本 的主義的拡張の諸形式(殖民地=重商主義,産業=金融的資本主義,多国籍化 した独占資本主義)は一般的・抽象的な意味で従属状況を説明するにとどまっ て,異った時間的契機において各周辺の土着経済におけるそれらの連節化が具 パ スペクテイフ体的・歴史的に分析される場合にのみ従属の型と発展(経済的・政治的農望) が説明できる。即ちカルドソによれば,これらの過程は抽象的な蓄積形式と してではなく,階級闘争と党派の同盟と対立がおこなわれる歴史的・社会過程 として把握されるべきである。このような闘争の中で従属の種々の形式が維持 され,資本主義発展の一般的条件が維持され,その限界が示唆され,他の社会 の 組織の形式が歴史的可能性として予見される。ここで彼の従属分析の方法が極 めてユニークな「構造」分析であることがわかる。重要なものは,階級闘争で あり,階級・集団の利害の再定義であり,矛盾の諸関係=ダイナミックスを維 持する政治的同盟の分析である。従属構造を形式的命題から成る「理論」とし て公式化することに極めて慎重で臆病である彼の方法は,国家=政治の次元を 土台としての経済との連節形式において構造の軸心として把える点でプーラン ツアスの視点に共通し,具体的全体を再構成する経験的分析が必要であるとす る点では,屡々マルクス主義陣営(マリニ)の中からマルクスの実証主義的社 らう 会学化と批判されるほどプラグマティックである。 3) lbid, pp. 9−12. 4) lbid, pp. 13−15.; F. H, Cardoso, Politique et developpement dans les societ6s d6pendantes, 1971, Paris p. 93. s) C. Henfrey, Dependency, modes oi production, and the class analysis of Latin America, Dependency and Marxism p, 24.
従属構造は歴史的運動の整版的所産である限りでは,それは常に階級と集団 の間の緊張を含んでいるし,それらが構造をダイナミックにさせるのであり, 構造の諸要素間で起る闘争において,諸変数の諸次元が危機にひんすることは ないが,不等で対立的な自然的,社会的利害,諸価値,私有の間の緊張は存在 し続ける。従って彼によれば「従属的資本主義発展」を言う場合,同時に必然 的に社会経済的搾取,所得の不等配分,ある経済の他の経済への従属等が語ら れることにな:る。 この意味で従属という範疇を問題にする場合従属の確認ではなく,発生して いるその形式が,従って周辺の工業化の意味が探求されるべきである。ラテ ン・アメリカでは1950年忌末まで国際資本は周辺の工業化に関心なく,根本的 関心は第一次産品の支配と搾取にあるという考え方が支配的であり,帝国主義 論もこの主張を強化したし,反帝闘争は同時に工業化を目指す闘争であった。 ところが従属論者は多国籍企業の下で周辺にある種の工業化が起っていること を示した。そして周辺の工業化と国内市場の国際化の局面は,周辺の民族ブル リ ダヘ ジョアジーが周辺の資本主義発展の指導者としての機能を繰かえすという主張 を批判させることになり,この観点から国家の問題が再定義されねばならなか ったし,官僚制=国家ブルジョアジーの周辺における役割が深く吟味されなけ ればならない。つまり周辺における資本主義発展を,単なる中心の資本蓄積の ’結果”と見ることを止め,周辺社会でこの過程が獲得した歴史的形態と拘り 始めるという枠組を正に問題の中心においたという意味で総じて社会学的イメ の 一ジにとり従属理論の効果は積極的であったとカルドソは総括する。 ロ つ 周辺資本主義発展の過程を考える為に二つの極をなす主張がある。一は従属 的資本主義は国内市場拡大を不可能とする労働の超搾取(絶対的剰余価値の搾 取)に基くから恒常的停滞と非発展を再生産するという見解。二は産業=金融 資本の周辺への挿入は,少くとも相対的剰余価値の再生産を加速することによ 6) The consumptlon of dependency theory in the united states, pp.17−!9. 7) Ibid, pp 19−20,Dependency and development in Latin America, Introduction to the sociology of‘Deve1Gp1ng socleties”, edited by H. Alav1&T. Shanin,1982 P.118.
従属的資本主義におげる従属の型と発展 141 り生産力を強化し先進国と同じ効果を生み出すという見解であるが,カルドソ は後者がすべての周辺に妥当しないとしてもヨリ矛盾的ではないと考える。発 展と従属とは両立しうるし,とび地或は殖民地経済よリダイナミックな従属形 式が存在する。 周辺としてのラテン・アメリカ(以下LA)諸国が世界市場へ参入する三種 う の方式が指摘される。(1)外国経済要素の導入を通じて一中米プランテーショ ン,チリ鉱山等,(2)土着生産者による資源の搾取に基く経済システムを通じて (ブラジルのコーヒ・プランテーション),(3)輸入代替を通じて。これは(2)の過 程を続けて引おこし国内市場の拡大を導く。前二者では±着支配階級と中心諸 国の代理人との間に明白な結合があり,これがオリガルシー国家としての出現 の条件であった。故に市場(’外国”市場)と土着利益の結合は,この非生産 的政治階級に支配された国家により媒介される。国家への委託は,(1)の状況下 では外国グループと契約する為であり,②の状況下では農業階級を準備する為 であった。従って(3)のケースのみが工業企業家と商工が国民的発展の主役とし て登場できる条件として現出する。この発展のプランは以下の条件と社会的圧 の力によって決定的に特徴づけられる。 ①経済的結果としての工業化に先立つ都市化 ② 市場と政治生活への参加を強制された下層階級の形成 ③ 都市の中産階級の形成。この階級は国家機構の部分的西堺を獲得する。 ④ このような政治=社会の枠組の中で輸出寡頭制はその絶対的支配を喪い 始め,織物と食料輸出によって生じた国内市場の拡大に照応する工業化により 創出される集団が,国民的な政治システムに限界的に参加しはじめる。実際に 企業集団が指導的立場にたっとき既に積極的な国家組織と市場が存在する。社 会勢力は国家機構の支配をめぐって競合し,投資と消費の政策決定に影響を及 ぼす可能性をめぐって競合する。 8) Politique et developpement., pp 83−84, 9) H. 1. Cardoso, The lndustrial Elite in Latin America. Underdevelopment 8J development, edited by H. Bernstein, !978, pp. 198−199.
⑤ 中産階級の技術的部門は,大衆の圧力によって生じる勢力不均衡とその 危険に関心をもって現われ,国家機構に政治的に参加する程度によって国家的 投資を通じて国民的独立を目標とする産業政策へのコミットを示す。 ⑥企業家は国家の保護の下にのみ産業発展の責任をもち,政府投資より生 じる拡大の利益を獲得した。というのは政府投資は輸入代替として私的投資の 利潤の新しい源泉を開拓したからである。 このシェーマは主要なLA工業国(ブラジル,チリ,メキシコ,アルゼンチ ン)にあてはまるが,この場合,市場の範疇は自由競争を含まない国家による 被保護市場である点が重要である。このような産業的発展は二重のサイクルを 持ち,平時には緩慢で非常時(例えば大不況)には概して急速である。特に後 者の場合,指導階級の,例えば基本部門への投資政策の適切性を形成する能力 ユの の程度に依存する。 つまり従属形式は,周辺の国内市場の構成の特殊な形態により,即ち国民国 家の定義によって,更に国内と外国の利害集団の同盟・対立の様々な型によっ パ スペクテイプ て単純から複雑なものにまで変化する。このような展望は,単に経済的実践 のみならず,社会的・政治的支配の結果として生産と市場のシステム(構造) を重視する視角によって市場の概念が再定義される時に政治的分析において正 当とされよう。故にもし従属分析の出発点が必然的に市場であるとすれば,一 般的・抽象的な夫が,異った利害を持つ集団の関係或は構造的に定義された機 会を有する集団間の関係という認識に到達した場合に分析の目標に達する。即 ちかれらの連結の特殊な様式が従属分析の範囲を構成する。 事実,19世紀を通じて「外向型発展」と呼ばれるLAと外国との関係は二つ エ の基本的方式に分けられる。一は,周辺の農業輸出者集団が国内生産システム の支配を守り,国際市場との関係を中心志向に再編成した行動の結果であり, 二は独立後の国家形成が覇権勢力の政治的利害の機能となったからであれ,輸 出部門を支配する民族集団が生産活動を維持する為の技術的・経済的条件を持 10) Ibid., pp.200−201. 11) Politique et d6veloppement., pp,81−82.
従属的資本主義における従属の型と発展 !43 たなかったからであれ,経済的拡張は生産システムを支配する外国資本の直接 投資を通じて実現されたケースである。 19世紀末に米国が英に代る新中心として,中心一周辺の関係は以下の三型に ヱわ 再編された。一は中心との関係で周辺の一種の限界化が現成するケースで,一 応国際市場との結合を維持でき輸出経済の維持に成功した国(アルゼンチン, ウルグァイ)でも,英国産業の農業補完物としての役割を喪い,農業大国たる 米国との連節化でも限界的な周辺経済は将来にわたり自己の経済を組織する可 能性を有しなかった関係。二は中心(米国)の周辺への産業投資による周辺国 の農業生産のとび地化。三は生産技術水準の上昇に基く殖民地的とび地化の場 合である。 これは経済的次元で把握された従属構造の二種のモデルの内,外部勢力の支 配下にあるとび地(輸出部門)経済の場合であり,投資決定の支配を通じて周 辺生産は中心経済の直接的延長として構成され,とび地部門と土着の生計・農 業部門との関係は実質的に存在せず,国際的交換関係は中央の市場の枠内で樹 立されるケースである。他はとび地が輸出部門として土着集団の支配下にある 「国民的従属」構造であり,二つの意味で周辺国の枠の中で生産過程の支配が 検証される。即ち,輸出生産に関係する国家政策による従属的国民市場の刺撃 として,投資決定は部分的には輸出生産の拡大と減少に依存するが,漸次国内 的決定の局面に移行する。次にこれは周辺の経済システム内部で資本の流通過 程=循環が労働力と土地利用・搾取による資本形成に基いて可能になったこと により達成される。そしてこの過程は,独立した輸出者集団と寡頭制(第二義 的役割)の闘争と同盟を前提とし,また対外的部門と内的従属者と新しい覇権 集団の異った連結を前提とする。国民的従属における生産の国民的部分の再強 化はオリガルシーと同盟する土着的生産者の能力に依存する。国民的秩序を創 る為の成功の機会は・支配階級が支配システムを強化する能力によって,輸出 (港湾独占・生産基本部門の支配・金融システム支配)を支配する国民的集団 によって独占化される「市場の状況」を通じて条件づけられる。この場合,官僚 12) Ibid., pp.83−84.
と軍部の組織は国家建設にとり決定的であり,支配の現実的土台を保証する為 に決定的であった。輸出部門の変化と発展を保証する第一次産品の処分可能性 が存在するから,搾取経済拡大の問題は経済的というより一層政治的なもので ある。国民的従属における指導階級の優位を保証する同盟体制は,近代的集団 (独立の輸出部門)と略伝統的集団”の関係の特殊な型に基いているが,この 同盟の制度的効果は国家機能が編成される方法に現成する。20世紀以降,この 従属国家モデルは,周辺国民経済が二つの新しい部門一土着産業とサービス部 門を含むその程度に応じて,上の二大集団の差異・対立を拡大する。中産階級 の圧力も重要となる。国民的従属は緩慢な支配形式であって従属の軸の再編成 を含み,二つの社会階級と外部との連結の型も区分されうる。このような従属 においては,対外商業の拡張と輸出生産の成長する資本化の経済的効果は,そ の経済的特殊性の機能で再定義される。生産システムの支配が国民的であると き資本主義生産様式の建設は輸出部門の制限を越えるし,他の部門の活動をダ イナミックにする。これらの経済社会の多様化は,とび地と異る土着国内市場 の形成に表現される。発展のこの機能は従属構造の内部で形成され,主体と見 倣される民族・土着ブルジョアジーの役割と政治行動の可能性は,彼等の打立 まの てた同盟システムの機能において変化している。 以上カルドソの従属理論の骨子だけを紹介的に整理してきたが,彼の従属的 エの 資本主義発展というシェーマは,C・ヘソフリーによれば,フランク=マリニ の一般的シェーマを実証的に換言したもので,その自身の説明はむしろ明確で はない。しかし,この批判はフランク==マリニの徹底した停滞説の立場(dev− elopment of underdevelopment)とカルドソの従属的発展の根本的な差を故意 に見逃していることは明らかであって,ヘンフリー自身も引用しているよう ユう に,その本質的矛盾にも拘らず,従属的発展を可能にするのは,自律性を増大 している国家の役割なのである。またカルドソが矛盾から抜出す何らかの道を 13) Ibid., pp.85−102. 14) Dependency and Marxlsm, PP.25−26. 15) Ibid., p.28.
従属的資本主義における従属の型と発展 145 レベノレ見出そうとしているのは,牽引車としての政治的次元に対してであり,政治的 次元が具体的情況を処理する歴史的方法として従属の概念への鍵であるとされ る。ヘンフリーは,この方法論的特微が同じくマルクス主義に関するその範囲 と限界への鍵であると言う。 しかし,カルドソの従属的資本主義発展という従属概念の設定が,方法的に は,政治的次元でプーランツアス的に言えば社会構成体(周辺)の多様な具体 的矛盾の凝縮と維持に反映されるような具体的実態に第一の優先権をおいて把 握されていることは,従来の方法に比べて極めて質的な差異を意図的に浮上ら せ,「公式」的説明を越えて,現実の周辺の状況と本質に接近できる理論的・ 実態的に「より堅実な足場に立つ」と評価されてよいと考える。禰) カルドソの所謂「従属的資本主義発展」の歴史的原型は,例えば30年代のブ ラジルのヴアルガス体制にみられる。旧来の覇権階級であるコーヒ寡頭勢力の 没落=政治的危機と大不況下に「権威主義」が登場し,伝統的政治階層と軍部 との同盟を結成する任務がヴアルガスに課され,このため伝統的権力構造に対 ユの し最小限の修正をおこなった「新国家」(エスタード・ノーヴォ)が登場できた。 この評価はクエバによっても「寡頭制が完全に一掃されることなく,単に脇役 にまわっただけで断絶がそれほど激しくなかったブラジルの場合」として確認 ユつ されている。このようなヴアルガス政権は「伝統的経済集団との関係において かなりの自立性をもつ一つの決定中枢をブラジルに与えた。各州問の関税障壁 が除去され,全国市場を統一し,種々の経済集団を中央権力の支持勢力とする 為制度化することを企図する諸政策がとられた。一連の半官半民の機関が伝統 的経済部門の利害を結合させ防衛する為創設された。こうして地方の政治集団 の仲介が弱められ,中央権力は直接に国内各地域の経済利益と結びついた。… ・・総ロ的諸集団の影響就中ブラジルの金融行政に対する彼等の影響はかなり低 下した。天然資源保護政策が確定され,基幹工業の確立が政府の最優先政策を /6)C.フルタード,山田睦男訳「ブラシルの開発戦略」昭48,15頁。 17) アグステイン・クエバ,アジア・アフリカ研究所訳「ラテンアメリカにおける資本 主義の発展」1981年,136頁。
とるに至った。……次第に明確になった直接投資政策を通して政府は,ブラジル に,鉱業,石油,発電と送電,製鉄,基礎化学の諸部門における重要な工業複 合体を与えた。」フルタードは極めて明快で説得的に国家による発展を説明す る。即ち外国貿易(輸出)の危機→財政危機の循環を克服する為のインフレ政 策の余儀ない選択が土着工業収益性の上昇をもたらしたこと,即ち輸入品の相 対価格が通貨切下の結果上昇し,国産品保護の機能を果すような輸入代替過程 ラ を進行せしめたことが指摘される。 ブラジルに代表される新国家の成立は,やはり寡頭制的国家とは質的に異っ うた「国民的従属」=「従属的発展」の構造と考えられよう。クエバによれば, LAの寡頭制国家とは現地ユンカー,輸出入大商人(買弁ブル),外国独占資本 の支配ブPックを中枢とする国家であり,ブラジルでは1920年代迄続いていた が,これに代る新国家の本質はもはや厳密な意味での前資本制的段階における 権力分散状況とは異り,いまやコーヒ・ブルジョアジーを後盾として再編成さ お れた新な権力状況であった。要するにブラジルの新しい従属的国家が主要権力 中枢として国家官僚と軍部と中産階級に新たに支持されて成立した点に質的な 従属的発展の枠をみるべきだろう。しかし,一方で社会構成の基本的な連続性 は,その断絶よりもはるかに大きいと考えられるから機械的・形式的区分或は 公式化は危険である。 他方,この段階でブラジル国家を対外的に「従属的資本主義発展」の方向に 導き,規定していた最大の要因は,疑もなくアメリカ帝国主義の新たな対応一 F・ルーズベルトの所謂善隣外交政策にみられる政策的転換であったと考えら れる。 18) フルタード,前掲書,16−17頁。 19)前掲書,17頁,ブラジル工業化についてはクエバ前掲書,166頁参照。 20) クエバ,前掲書,135頁。 21)前掲書,124−125頁。
従属的資本主義における従属の型と発展 !47 Ilr 1930年代以降における国民党政権下の中国の 「従属的資本主義発展」について LAと共に前述のような「従属的資本主義発展」構造の歴史的原型となって いるのは,中国革命に対応する旧中国の社会二成とくに国民党政権下の社会経 済体制である。1930年代の新国家による「従属的資本主義発展」のケースを内 包しつつ,!9世紀中ば以降のLA諸国と中国の従属的発展の状況は極めて共通 する特徴を有しているといえよう。先づ中心としての帝国主義的連節について ば,19世紀にぱ英の自由貿易帝国主義,古典的帝国主義を経てアメリカに代表 される新しい帝国主義(自由帝国主義)との密接な結合・対応形式を持ち,双 方の周辺的社会経済構成も半殖民地的輸出とび地制に基き前近代的伝統的社会 階級を権力中枢とする点において,また経済的従属の機能形式としては,とび 地的外向型発展より国家により保証された輸入代替への転換過程として把握で きる点で一つのパラダイムを構成しうる内容を有する。 ここでは,専ら1930年代から40年代末までの所謂中国官僚資本主義といわれ る体制についてその「従属的資本主義発展」構造を最近,再評価しはじめた代 表的な中国学界の主張の検討を通じて整理してみたい。 近年中国学界では中国近代化の研究の中で,国民党政権の全般的な,学際的 な協同研究が盛んにおこなわれ,とくに国民党政権の経済政策の評価,1930年 忌を起点とする中軸としての国民党国家資」k+ ==官僚資本の分析一その本質,特 徴,機能の評価,実態的研究 それらに基く中国革命の成長・転化過程の政治 的研究が具体的にとりあげられている。 しかし,全体の公式的次元一多くの教科書,政治的啓蒙書などに反映する一 では国民党政権の従属的な全溝鼠の性質の詳細な再吟味,再評価はおこなわれ ていないのであって,多少の技術的修正はあっても基本的には従来の陳伯達的 な規定一半封建・半殖民地社会の買弁的・封建的な私的利益集団一の範囲内に とどまっていると言えよう。 このような状況に対して主として上海社会科学院の社会科学者達の中から,
鋭い批判的論文が発表され,中国学界に大きな論争をまきおこし,学問的に新 しい潮流を形成している。これらが,いつれもマルクス・レーニン主義の立場 から客観的・科学的に国民党政権の再評価への理論的突破口ともなりつつある ことは注目すべきであろう。 ここでは代表的な三篇の論文をとりあげ,検討してみたい。上海社会科学院 お 経済研究所の杜悔誠は論文「官僚資本と旧中国社会性質」において旧中国の従 属的体制を広汎な視角から歴史的過程としてとりあげ,所謂半殖民地,半封建 社会におけるその構造的変化を検討している。以下その骨子をみよう。 旧中国の資本主義経済は,官僚資本と私人資本より構成されていたが,問題 は官僚資本を単に官僚の私的資本とみる点でこれは官僚資本の特質を否定する ことになる。官僚資本の基本的特質は,国家所有制の形式を通じて大ブルジョ ア階級集団の利益を実現するもので,いくらかの官僚の利益だけのものではな い点が確認されたことが劃期的である。これは国家所有を私人所有と弁別した 点で正確な従属的国家の次元の認識である。即ち「解放前中国官僚資本の基本 きき 特質は国家資本であるべきである。」次に国家資本としての官僚資本の形成と 地位について,これは旧中国の民族的危機及び国内の深刻な階級的矛盾との関 係で一緒のものである。清朝末期の初期官僚資本は規模は大きくはなかった が,その機械工業は経済・政治・文化の大変動を引起した。そして,中国近代 工鉱業総資本中の主要地位を占め,!872 1894年に78%を占めた。洋務運動 の直接結果であり,運動失敗後も宮僚資本は継続的に発展した。清朝覆滅後の 1913年に至り資本額は約2倍弱に成長し,北洋軍閥政府の期間はその発展は比 較的緩慢であった。 官僚資本の急速な発展は国民党政権下に起った。この基本的構成は四行の金 融独占化を基軸として急速に成立するが,その具体的内容は今まで私自身既に 詳述しているからここでくり返す必要はないが,1935年末には,官営工業の中 国工業資本中の比重は10%強に達していたことが確認される。抗戦を通じ中国 22)杜洵誠,宮僚資本与旧中国社会性質。社会科学,1982.11。 23) 前掲論文,65頁。
従属的資本主義におけ’る従属の型と発展 149 工業資本に占料る比重は70−80%に達したQではこの官僚資本の,国民党政権 下の中国経済に占める地位と機能はどのようなものであったか。先ずそれが中 国資本主義を発展させたことが指摘される。しかし,同時に中国官僚資本は帝 国主義・封建地主経済と密接に関連して民族資本の自由発展を妨害したことが 指摘される。その工業技術と資金はすべて外国,就中,米国に依存していたし, 戦後の工鉱建設五力試計画資金の54.5%が世界通貨ドル,即ち米帝国主義に依 存するものであった。 官僚資本の独占的位置を典型的に示したのは金融独占であったことが指摘さ れ,工業部門では1935年の!2%より1942年約70%,戦後は約80%に達したとさ れる。更に資源委の鉱業経営と国家輸出,中紡公司の例が指摘される。また商 業方面では,全国的な商業独占の組織があり,戦時には専売制,重要物資統制 が発展し,鉄道,交通等の外部経済もまた国家が独占していた。 農業方面では,官僚資本が直接掌握している大農場は不断に増加した。しか し,全国的にみて依然封建的地主経済が農村所有関係の主要地位を占めていた が,その機能は既に著しく異っていたことが指摘される。即ち,1921−25年段 階で農産品商品化率は不完全統計で平均52.6%,最高の地区では80%に達し, 農民生活資料の商品部分は平均34%,最高の地区は約60%に達していた。これ ぽ資本主義の商品と貨幣経済の要素が既に農村経済中にかなりの作用を起した ことを説明している。官僚資本が統治的地位を占めた以後,情況は一そう急激 な変化を発生せしめた。とくに抗戦時期には農業統舗をおこない,農民借款の 資金源の中で官僚資本(国家資本)としての合作社・銀行その他の公的金融機 関の比重は戦前の5%から1943年には84%に増大した。明らかに官僚資本と農 業経済の相互関係の中で前者が支配的地位にあることが指摘されている。かく て「このように,官僚資本は直接・間接的なさまざまの方法を通じて全国経済 をすべて支配しはじめた。」 では官僚資本(国家資本)からみた国民党下の中国の社会構成と特質はどの ように規定されるか。宮僚資本の状況と旧中国社会形態は密接に関連してい る。旧中国の半殖民地性とは一国が民族矛盾の中で従属国(半附属国)の地位
にあることを意味し,半封建とは,反面で半資本主義であることである。故に 旧中国の半封建(半資本主義)性は一つの変化の過程として把えられる。初期 の宮僚資本(時期にして19世紀後半より20世紀20年代前半まで)は全国経済を 支配することはできず,半封建,半資本主義社会の主要地位を占めたのは半封 建であり,基本的には「封建社会」の範疇に帰すべきであるとされる。しか し,国民党統治の時期に至って官僚i資本は全国の主要な経済命脈を独占し,半 封建経済は附属的地位におちてしまった。このことは「資本主義を主とする半 封建が国民党政権と結合し一緒になったもので,資本主義社会の範疇に帰され るべきものである。」また,北洋政府時期までの半封建社会は,前者から後者 へ転換する一種の過渡期ということができると説明される。 ある統計によれば,旧中国新式工業の工農業総生産額に占める比重は約10% にすぎないというが,この統計値は,工業資本に比べて一層強大な金融資本, 商業資本などを計算に入れていないことに注意せねばならぬ。次に,最も主要 なことは,一社会の性質は主としてこの社会に主導的地位を占める経済形態に よって決定されることである。例えば!890年段階で日本は後発帝国主義国にな ったが,その農業の工農業総生産額中の比重は72.3%に達し,小農経済が主要 な地位を占めていたが,このことは日本の社会性質が資本主義であることを決 して妨げなかった。 結局,杜氏の結論は,旧中国の官僚資本の発展過程は「中国の半封建形態が 封建社会から漸次資本主義社会の範疇に移行していったことと略々相応いる」 し, 「一般的に半殖民地,半封建社会と符合している」故に「当時の(国民党 政権)半殖民地・半封建社会は本質上,買弁的・封建的国家独占資本主義社会 あう である」ということになる。従って中国が資本主義段階をとびこしているとい う説は正しくないのであり,「独立の発展した資本主義段階を経ていないとい うのならば正確だが,それは資本主義段階を経ていないことではないのであっ て,この点を明確にすることが中国の現在の社会主義社会の性質を正しく説明 24)前掲論文,67頁。 25)前掲論文,67頁。
従属的資本主義における従属の型と発展 151 する助けになる」と結論している。(傍点一筆者) 杜氏の規定は旧来の勢力論的見解に対する科学的批判であり,国民党下の中 国に,従属的な,国家資本を基軸とする資本主義発展の段階が構造として正し く存在したことを論証したものとして評価されよう。 次に上海社会科学院のマルクス主義・毛沢東思想研究所の張舷燈氏は,論文 ア 「旧中国と新民主主義の社会性質は結局どのようなものか」において,一層明 確に国民党下の中国の社会構成が「買弁的封建的国家独占資本主義社会」であ ると指摘している。即ち,封建的生産関係が支配的地位を占めていたという旧 来の主流見解は全く妥当ではないと批判的に問題を提起して,官僚資本主義と いう従属的資本主義を中国社会との関連で問題にする。先づ官僚資本主義の量 的な経済構成を統計的に粗描しながら,それが「民族資本主義」の発展を制限 するのみならず,他方で全国経済の命脈を支配していたことを強調する。一 方,中国封建農村の数量的比重は国民経済の中で圧倒的であったが,分散的で 無力であり「全国経済では決定的作用をおこすことはできない。」主要矛盾の 主要側面が事物の性質を決定するという矛盾論の原理に基けば,全国経済命脈 を支配している買弁的・封建的国家独占資本主義が中国経済の性質と社会性質 を決定しなければならないことが強調される。故に張氏によれば,当時の中国 経済の性質と社会性質は,官僚資本主義である。更に,封建講ファッショ的と いう国民党政権の性質規定ぱ正しいとされるが,その独占資本とファッショの 結合的構成の中では,あくまで官僚資本を主体とする結合である。つまり一般 的に言って「半殖民地・半封建」とは同義反復ではなくて,他の反面は,半独 立と半資本であるから,実質的には国家独占資本主義を主体とする結合である とされる。蒋介石政権は旧三民主義をイデオロギーとしているが,総体的にみ れば,これは資本主義を主体とする文化である。張氏も杜氏と同じく,旧中国 (国民党下の中国)は資本主義範疇に属するので,封建主義の範疇に属するも のではないと断定し,資本主義段階とびこえ論を否定する。 26) 前掲論文,67頁。 27)張紹燈,旧中国和新民主主義的社会1生質到底是什広?,社会科学,!98!.4。
次に政治的な革命の任務からみて新民主主義は社会主義の範疇に属すると指 摘される。新中国成立後,彪大な官僚資本は接収され,国営社会主義経済が全 国経済の命脈を支配する指導的地位にあり,他の私人資本,小農経済等に比し て支配的な社会性質を決定できるものだとする。また新民主主義の政治は人民 民主主義独裁であり,実質上プロレタリア独裁であり,社会主義の性質に属す る。つまり総じて過渡期或は新民主主義時期の社会性質は,基本的に社会主義 範疇に属するのである。更に社会性質の改変のメルクマールを政治権力の性質 の変化・交替と見る点で,前述したカルドソの規定と照応する。 従って張氏によれば,人民共和国の成立は,旧中国より新中国への転化のメ ルマールとなり,半殖民地・半封建即ち,買弁的・封建的国家独占資本主義社 会の転化の開始,新民主主義から社会主義への転化のメルクマールである。中 国の後進性にも拘らず,旧中国の宮僚資本主義の支配的地位を否定すべぎでは ないと結論づける彼の見解も大体杜氏の視角と同じ線上にあり,批判の方法と 問題への接近も基本的には一致している点からみても,単に修辞的な表現と か,ためにする批判ではなく,極めて理論的な問題のとりあげ方であることが 理解されよう。 更に上海社会科学院哲学研究所の徐埜氏は,中国プロレタリアートの局限性 の論争において,中国プロレタリアートを中国革命の主体として確認し,中国 革命の主要任務は資本主義に反対することではなく,封建主義に反対すること であり,これが中国プロレタリアートの局限性を反映する基本標識であるとい う一方の見解を鋭く批判し,その主要任務が資本主義に反対することであると 指摘している点で毛沢東の革命の二重構造論のヨリ正しい解釈である。 また,興味ある見解として,中国に農村ブルジョア階級と農村プロレタリア 階級が存在しえなかったという「局限性」主張の論拠に対して,もし都市ブル ジョアジーとプロレタリアートの基準を援用して,中国農村における両者の存 在を否定するとすれば適切ではないとして,中国社会の階級構造が先進甲のぞ 28) 徐塑, ぐ試論中国無産階級局限性〉一一文質疑,社会科学,1981.1。
従属的資本主義における従属の型と発展 153 れに比べてヨリ複雑多様であるから中国の具体的状況(傍点一筆者)を見なけ ればならず,中国農村では封建的色彩をこく帯有しているが,資本主義搾取の 特質をも有する富農を農村ブルジョアジーに包含できるとし,農村プロレタリ アートについては,都市苦力,小工業,手工業の雇用労働者,商店店員,農村 雇農,ルンペンプロ等を含むものであることを指摘している。故にいうところ の「局限性」は中国の半殖民地的所産であって,中国労働者階級の弱さではあ っても,それらを誇大に拡張して局限性ということはできないと結論する。 以上,代表的な三人の研究者の主張を紹介的に整理したが,要点は毛沢東に よる中国社会規定が,従来の極めて政治的=党史的,また啓蒙的な固定的評価 に対して,ヨリ実態に即した科学的で客観的,学問的な評価の対象になってき ていること 種々の学聞的論争にみられるように一を示唆している。表現は慎 重に毛沢東規定の枠を守りながら,その幅の広い政治的規定の中に潜んでいた 曖昧さと不明確さが漸次,社会経済的簿成と政治的実践の問の問題として,換 言すれば旧中国における国民的従属=従属的資本主義発展の国内的構造として 認識され,克服されつつあることを示陵しているといえよう。 その方法については,1930年代中ばに中国でたたかわされた中国の資本主義 論争ともいうべき中国社会性質論戦と中国統一化論争の中で提起された方法的 諸問題と共通する一面と,30年代の論争での方法論的制約をのりこえた新しい 接近としての一面を持っているという意味で極めて興味深いものがある。この 新しい方法論の側面は,構造的接近における土台と政治的次元の連節化に象徴 されるが,その内容としての反映は,過去にはマルクス主義の概念として存在 しなかった「従属的資本主義発展」に凝縮されていると言えよう。 補註)JA. Caporaso, Behrouz Zare, An interpretation and evaluation of dependency theory, From dependency to development・strategies to overcome underdevelopment and inequality, edited by H. 1.,lufioz, 1981 p. 53.