外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と
在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見
新 藤 慶・清 水 喜 義
群馬大学教育実践研究 別刷
第36号 153~163頁 2019
群馬大学教育学部 附属学校教育臨床総合センター
外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と
在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見
新 藤 慶
1)・清 水 喜 義
2) 1)群馬大学教育学部学校教育講座 2)群馬大学大学院教育学研究科非常勤講師 外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見 新藤 慶・清水喜義The Teacher’s Interest in the Educational Support for Children with roots
in Foreign Countries and the Findings of Educational Sociological Researches
on Foreign Children and Education in Japan
Kei SHINDO
1), Kiyoshi SHIMIZU
2)1)Department of Education, Faculty of Education, Gunma University 2)Part-time Lecturer, Graduate School of Education, Gunma University
キーワード:外国につながる子ども、教師の関心、実践的な貢献
Keywords : Children with roots in Foreign Countries, Teacher’s Interest, Practical Contribution (2018年10月31日受理) 1 研究の目的 1950年代半ばから展開された「教育科学論争」は、 「教育現場・問題の社会調査を通じて実践的な貢献を 行おうとする志向性」と、「社会科学として教育事実 を客観的に研究しようとする立場」の間になされた論 争であった(橋本 2018:49)。結果として、日本教育 社会学会は後者の立場に重点を置くこととなり、この 方針に反発を覚えた多くの会員が脱会することとなっ た。そのため、日本の教育社会学者は、「教育現場に 実践的な貢献をする」というよりは、「教育事実を客 観的に研究する」ということに力点を置くことになっ てきた。 しかし、この20年くらいの間に、志水(1996)や酒 井(2014)らに代表されるように、教育社会学におけ る臨床研究の重要性が提起されてきた。そこでは、 「現場に根ざす」こと、あるいは教育現場の「とらえ 直し」が志向される(清水睦美 2018)。先の教育科学 論争での論点と必ずしも一致するわけではないが、 「教育現場に実践的な貢献をする」ということが、日 本の教育社会学においても重視されるようになってい るといえる。 そのなかで、筆者(新藤)は現在、教育社会学・地 域社会学の立場から、ブラジル人を中心としたニュー カマーの子どもの教育に関する教育・研究に従事して いる。実際に、教職大学院で、ニューカマーの子ども の教育に関する授業を担当し、教員免許状更新講習 では選択必修の「国際理解及び異文化理解教育」を 受け持っている。しかし、これらの授業を通じて、現 場の教師たちに「実践的な貢献をする」授業がどこま でできているかは心許ない。そこで、本研究では、外 国につながる子どもを支えるための支援や学校運営に 対し、現場の教師たちがどのような関心を持ち、それ らの関心に対し、教育社会学領域を中心としたニュー カマー研究の知見をどのように結びつけることができ るかを明らかにすることを目的とする。本研究を通じ 群馬大学教育実践研究 第36号 153~163頁 2019
て、ニューカマーの子どもの教育をめぐる研究の「実 践的な貢献」について、一つのあり方を提示すること につなげたい。 2 研究の方法 本稿では、大きく2つの研究を行う。第1に、外国 につながる子どもの支援と学校運営に関する教師の関 心を把握するものである。これについては、筆者らが 担当している教職大学院での授業で得られたデータを 用いる。 筆者らは、群馬大学教職大学院で、2014年度から、 前期に「多文化共生教育の課題と実践」(必修)、後 期に「外国籍児童生徒の支援と学校運営」(選択)と いう授業を担当している。研究者教員の新藤は、ブ ラジル人を中心としたニューカマーの教育に従事し てきており(関連業績としては、品川・新藤 2011; 品 川 ほ か 2003; 新 藤 2003a,2003b,2018; 新 藤・ 岡田 2008;新藤・小野寺 2009;新藤・菅原 2009a, 2009b;新藤ほか 2009)、実務家教員の清水は、ブラ ジル人やペルー人など日系南米人の集住地域として知 られる群馬県大泉町で長らく教諭・教育行政・管理 職の立場からニューカマーの子どもの教育に従事し、 ブラジルのサンパウロ日本人学校の校長も務めている (関連業績として、大泉町教育委員会 2004;清水喜義 2011)。この2人のティーム・ティーチングで進めて いる。前期の「多文化共生教育の課題と実践」は、群 馬県に多く居住する在日ブラジル人を中心に据え、公 立学校、ブラジル人学校、不就学とブラジルでの教育 をテーマとして、座学と、実際の学校現場でのフィー ルドワークを組み合わせつつ、最後は国際理解を進め る授業づくりを行うところまでを扱っている。 後期の「外国籍児童生徒の支援と学校運営」では、 やはり学校現場や教育委員会でのフィールドワークを 取り入れつつ、座学の部分では、毎回関連文献を題材 としながら、院生各自の経験や問題関心をもとに、 ディスカッションを主体とした授業構成になってい る。院生には、その回で取り扱う文献について、内容 の要旨と疑問点・論点をまとめたレジュメを用意し、 報告することを課している。文献は、関連文献を40本 程度載せた文献リストを提示し、そのなかから選ぶ か、あるいは院生自身が探して報告することにしてい る。文献自体は、群馬県の事例を扱ったものを中心と しつつ、他地域や、ブラジル・ペルー以外のエスニシ ティの子どもを対象としたものも含めている。 そこで、本稿では、この院生が用意したレジュメに 記載された「論点」に着目する。「論点」は、報告者 が報告を用意する過程で、授業において参加者に意見 を尋ねたいと感じた点であり、外国につながる子ども についてそれぞれの院生が関心を持つ部分だと捉えら れる。群馬大学教職大学院の院生は、現職教員と学部 卒のストレートマスターからなるが、比率はおおむね 3:1であり、またストレートマスターも入学前、あ るいは在学中にほとんどが教員採用試験に合格してい るため、教職大学院の院生の関心は、ほぼ教師の関心 と捉えられる。 なお、「外国籍児童生徒の支援と学校運営」は、 2014年の受講生が1名、2015年度は0名、2016年度は 2名、2017年度は10名であった。2014年度は1名の受 講だったため、このときのデータを紹介することは 特定の個人と結び付けてとらえられる可能性があるた め、複数の受講生がいた2016年度と2017年度の授業を 対象にデータを提示する。これらのデータから、外国 につながる子どもの支援に関する教師の関心を抽出す る。 第2に、これらの教師の関心と、教育社会学的 なニューカマー研究の知見との関連を探る。志水 ら(2014)は、在日外国人と教育に関して『教育社 会学研究』に掲載された論文として、志水(2000)、 倉石(2001)、児島(2001)、額賀(2003)、清水睦美 (2004)、鍛治(2007)、中島(2007)、広崎(2007)、 佐 久 間(2008)、 三 浦(2012)、 薮 田(2013)、 山 本(2014)の12本を紹介している。さらに、志水ら (2014)以降に発表された在日外国人と教育に関する 研究として、韓(2015)と金南(2016)を加えること ができる。これらは、志水ら(2014)によれば、「在 日韓国・朝鮮人研究の時代」、「ニューカマー研究の時 代」、両研究を架橋するような「批判的発展の時代」 と整理できる。このように、研究の展開があり、その なかに位置づきつつ、それぞれに固有の問題設定がな された諸研究ではあるが、第1で取り組む教師の外国 につながる関心との関連で知見を捉え直した場合、ど のような「実践的な貢献」がなしうるかを検討してい きたい。
155 外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見 3 外国につながる子どもの教育支援に関する 教師の関心 3.1 2016年度の状況 2016年度の「外国籍児童生徒の支援と学校運営」で 取り上げた論文と、その際に報告者の院生が挙げた論 点は以下の通りである。 ①川口(2008) a.外国人児童生徒に対する心理的なサポートとは、 どのようなものが考えられるか。 b.どのように教師間で連携を取るべきか、多忙感に つながり、より敬遠されないか。 ②野山(2015) a.学校におけるグローバル・シティズンシップ教育 の取り組みとその可能性について。 b.「21世紀型能力」等を育成する学習内容にはどの ようなものがあるのか。 c.教員養成や教員研修のシステムが必要ではない か。 ③松尾(2012) a.海外滞在経験のない教師が、日本人性に気付き実 践を行うためにはどうするべきか。 b.一人の教師の取り組みで変わるのではなく、学校 全体や地域全体で取り組むことは難しいのか。 c.この様なモデルを、他の学校に広げていくために はどうしたらよいか。 d.小学校にも応用が可能かどうか。 ④金南(2016) a.外国人学校と公立学校、外国人学校間、外国人学 校と市民をつなげるためには、どのようなことが 求められるのか。 b.インターナショナルスクールへ進学した場合、そ の後の進路にどのような影響があるのか。 c.学校間交流を促進させる支援の在り方には、他に どのようなものがあるのか。 d.外国人学校の日本社会における役割や可能性に は、どんなことがあるのか。 ⑤孕石・野村(2015) a.実現可能かどうか。 b.素地のない学校において、このシステムは活用で きるのか。 c.在籍学級での指導、教科学習での指導に生かして いけるか、どう生かしていけるか。 3.2 2017年度の状況 続いて、2017年度の授業で取り上げた論文と、その 際に挙げられた論点は、以下の通りである。 ①新倉(2011) ・日本人教( マ マ )師対象とした多文化に関する教師教育はど のようにあるべきか、また、その内容はどのような ものがよいか。 ②川﨑(2010) a.イスラム教徒の保護者から「昨年度の水泳の授業 については参加せず見学したため保健体育の成績 が悪かった。今年度は高校進学を考え、水泳の授 業については男女別で実施して成績を出してほし い」との要望が来た。そのように対処するか。 b.イスラム教徒のため弁当を持参している児童(小 学校6年生)の保護者から「クラスで弁当を持参 していることを周囲からからかわれるため、個人 的な指導ではなくクラス全体を指導してほしい」 との連絡がきた。どのように対処するか。 c.外国籍児童・生徒が在籍する学校において、学校 長としてどのような点に留意して学校経営にあた るか。 ③田尻(2014) ・「特別の教育課程」としての日本語指導を進めるに 当たって、次の点を整理してみましょう。 a.現在の自校でできること。 b.新たに整えなくてはいけないこと。 ④徳永(2008) a.勤務校または、歴任校で外国籍児童・生徒の夢や 希望について話したこと、感じたこと。 b.外国籍児童生徒へのキャリア教育について。
⑤山ノ内(2014) a.外国人児童生徒の支援として、どんな支援をして きましたか(学習支援・進路支援・友人作りな ど)。 b.外国人児童生徒の『居場所』作りとして、学級・ 学校ではどんなことができるか。 ⑥岩本(2006) a.「大泉国際教育技術普及センター」の役割と活動 状況について。 b.既存の小中学校を解消して新たに「インターナ ショナルスクール」を設置することは、現実問題 可能なのか。 ⑦若林(2015) a.なぜ、フィリピノ語(タガログ語)を母語とする 生徒の進学率が低くなってしまっているのか。 b.なぜ、外国人受験生は、その条件を満たしている に(も関わらず、「海外帰国者等入学者選抜」を申マ マ ) 請していないのだろうか。 c.進学できなかった外国人生徒(今回は189人中71 人)は、次にどういう進路が考えられるか。どう いう支援をすることができるか。 ⑧三浦(2012) a.学校外教育としての教会の営みや、ニューカマー たちのニーズに対して、学校側は今後どのように 理解、協力ができるのか(部活動などと関連し て)。 b.現場では、マイノリティとしての外国人に対し て、生活や文化、言語などの価値観を押し付けて いないだろうか。 c.世代間の差違に対して、今後心配されることはあ るだろうか。 ⑨池上・末永(2009) a.先生方の学校や地域の日本語学級や国際教室につ いて教えてください。 b.日本語指導助手、バイリンガル教員等がいなくて 大変だったことは何ですか? c.日本語指導助手、バイリンガル教員等がいなくて も、私たちにできることは? ⑩神谷(2013) a.学校の権力テクノロジーを縮小することの、良く ないところはありますか? b.「『夜間中学』こそ本来の教育のあるべき姿であ る」、と論じられることがしばしばあります。そ れに対して、「それは権威階級からのもの言いで ある」との批評・批判・非難もあります。「夜間 中学こそ、本来の教育のあるべき姿」と言えるで しょうか? このように、院生によってはロールプレイのような 形で論点を提示するなど、多様な形になっている。ま た、そもそもそれぞれの論文で対象としている主題に 沿う形で論点が提起されていることも多い。ただし、 これらを全体として分析した場合、どのようなことに 関心が生じていると捉えられるだろうか。 3.3 論点からみる外国につながる子どもの教育支 援に関する教師の関心 そこで、これらの論点を、KHCoderを用いて分析 した。その結果、頻出語を抽出した結果、表1のよう になった。一つの論点を一つの文書としてカウント し、3文書以上に登場した17語を挙げた。これをみる と、「学校」「外国」「教育」「生徒」など、当然といえ ば当然の語句が頻出語の上位にランクインしている。 表1 頻出語上位17語 抽出語 文書数 学校 12 外国 8 教育 8 生徒 8 児童 7 可能 5 指導 5 教師 4 進学 4 日本語 4 外国籍 3 学級 3 学習 3 教員 3 考える 3 支援 3 進路 3
157 外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見 さらに、これらの語の関連性の強さを調べるために 共起ネットワークを作成したところ、図1のように なった。ここでは、関連性の強さを示すJaccard係数 が0.2以上のものが描画されるようになっている。ま た、強い共起関係ほど太い線で表され、出現数の多い 語程大きい円で示されている。 これをみると、「学校」というもっとも出現度の高 い語句は、その他に特定の強い結びつきを持つ語がな いことがわかる。一方、「外国」に関しては、図の下 の方に位置づいている。ここでは、「児童」「生徒」と ともに、「進路」や「進学」といった語と結びついて いる。つまり、1つ目の教師の関心として、「外国に つながる子どもの進学・進路」というものがあること がうかがえる。ここの関連では、「インターナショナ ルスクール」といった語句も登場しているが、外国に つながる子どもの進路を考えた場合、インターナショ ナルスクールという発想が生じ得るという点でつな がっていると捉えられる。 一方、2つ目に、「教育」については、右下に位置 づいており、「夜間中学」や「本来」、「姿」といった 言葉がつながっている。これは、神谷(2013)を扱っ た際の論点であり、ややこの文献に特殊な関心とい える。一方、教育の上に目を転じると、「活動」「今 後」「役割」「国際」「学級」といった語がつながって いる。このあたりからは、「国際学級」といった外国 につながる子どもを受け入れる場についての今後の活 図1 論点における頻出語の共起ネットワーク
動や役割が関心の一つとなっていることがうかがえ る。その点で、「外国につながる子どもの教育の今後 の活動・役割」が2つ目の教師の関心と捉えられるだ ろう。 また、3つ目に「指導」という語句が左の中ほどに 位置づいている。ここには、「教員」「日本語」「助手」 「バイリンガル」、そして「システム」といった語が連 なっている。ここからは、「日本語指導助手」や「バ イリンガル教員」といった、正規の教師のほかに「外 国につながる子どもの教育をサポートするシステムの あり方」について関心が向けられていることがわかる。 さらに4つ目に、左上に「教師」という語句が位置 づいている。ここには、「日本人」「文化」「内容」と いう語が結びついている。ここからは、「外国につな がる子どもに、日本文化に基づいた学習内容を提供す ること」についての関心が見出される。 そのほかにもいくつかの関係がみられるが、表1の 頻出語に関わる部分としては、以上の4つの関心が抽 出された。そこで、これらの教師の関心に対し、在日 外国人に関する教育社会学的研究はどのような知見を 提示しているだろうか。 4 外国につながる子どもの教育支援に関する 教師の関心と在日外国人の教育社会学的研究 の知見との関係 4.1 「外国につながる子どもの進学・進路」との関連 それでは、ここからは2節で確認した『教育社会学 研究』に収載された在日外国人の教育を扱った14本の 論文の知見と、教師の関心との関連をみたい。まず、 「外国につながる子どもの進学・進路」については、 志水(2000)において、「初期においては小・中学校 における適応の問題が焦点化されていたが、今では高 校・大学進学を中心とした進路選択の問題へと、教育 上の課題が広がっている」(志水 2000:23)と指摘さ れている。別の角度からいえば、1990年の入管法改正 に伴い、日系南米人の増加が始まり、それに伴う日系 南米人の受け入れから10年が経って指摘され始めた進 路の問題は、それから20年近くたった現在でも継続し た問題となっていると捉えられる。その点では、外 国につながる子どもの問題は、2000年ごろに新たな フェーズに入って以来、基本的な構図は変わってい ないとも受け止められる。志水の研究では、ブラジル 国籍の子どものうち、日本国籍も持つ者は、帰国子 女枠で高校受験をした事例が紹介されている(志水 2000:34)。 倉石(2001)では、公立高校への進学を希望する韓 国籍の中学生の進路指導において、教師が「君の成 績ではとてもだめだ。(中略)それより君は韓国籍だ し、朝鮮語や民族の歴史、地理などを学ぶことのでき る建国高校はどうか」と提案すると、当該生徒が「あ んな朝鮮のあつまる学校はいやだ」と答えたという 事例が紹介されている(倉石 2001:48)。ここでは、 この生徒が「オレを高校へ入らせなかったら先生をう らむで」と凄んだということもあり、生徒の「非合理 性」の表象が達成されていると分析されている(倉石 2001:48)。ただし、「朝鮮のあつまる学校はいやだ」 との返答からは、当該生徒が韓国籍でありつつも、韓 国籍コミュニティに入ることへの抵抗感を有している ことがわかる。そこには、韓国籍コミュニティに入る ことが日本社会での生きづらさにつながり、そことは 距離を取るために公立高校への進学が必要と生徒が考 えている様子も読み取れるかもしれない。日本社会に おける差別や処遇の問題を考えた場合、外国につなが る子どもの進路は重要な問題となる。 外国につながる進路の問題を正面から扱ったのは、 広崎(2007)である。広崎は、「高校入試では日本 語により学力が測定されるため、日本語でハンディ キャップを背負っているニューカマー生徒の場合、 本来の学力の高さに関わりなく低ランクの高校に入 学することになる」(広崎 2007:228)と、ニューカ マー生徒の高校進学における日本語能力の問題を指摘 する。一方、「小学校4~6年で来日し、来日前に第 一言語を基盤とした学力の育成が図られている場合に は、来日後の日本語習得と日本語での学力の育成も順 調に進み、日本語を基盤とした学力をある程度身につ けた状態で高校入試に臨み、実力を発揮し、低ラン クではなく、学力相応のランクの高校に進学しうる」 (広崎 2007:229)とし、来日時の年齢がポイントと なることに触れている。これに対し、中学生で来日し た生徒の場合は、「日本語を基盤としない教科(数学 や英語)で得点することができる」(広崎 2007:230) 部分はあるが、日本語が必要な教科は、やはり学力に 見合ったレベルよりは低い達成度となる。その結果、
159 外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見 進学先は「全日制の場合入学定員がなかなか埋まら ないような『下位校』であることが少なくない」(宮 島・鈴木 2000:170(広崎(2007:230)に引用))と いうことになる。そのうえで、進路多様校である商業 高校に通う中国系ニューカマー生徒の事例研究から、 「業績主義的な将来展望を有し、進学を希望していて も、それを実現させるための情報が不足している」と いうこと、さらに「国境を渡ることによって、言語と いう資源が無効化され、言語を基盤とした学力の育成 が継続してなされない」(広崎 2007:241)といった 問題点を指摘する。 さらに、中国帰国生徒を中心に、中国出身生徒の進 路規定要因を探ったのは鍛治(2007)である。鍛治 は、クロス集計や重回帰分析など数量的な分析を試み た結果、高校進学については、「日本における在学開 始学年に代表される移民世代」が、大学等への進学に ついては、「中国における父職に代表される社会経済 的地位から、それぞれ強く規定されていることが明ら かになった。なお、この結果については、中学教員に とっては『中学校で渡日した生徒のみならず、どうい うわけか就学前から日本にいる生徒もなかなか高校に 進学してくれない』ということが、高校教員にとって は『中国で家が農家だった生徒は大学等への進学が困 難』ということが、それぞれにとっての教育課題であ ると言い換えることも可能だろう」(鍛治 2007:341) と指摘する。そして、「ニューカマーの学業達成を論 じる上で、常に民族性と階級性の両方を考慮するこ とがいかに大切であるかを教えている」(鍛治 2007: 342)とする。 このように、進路問題は、つねに外国につながる子 どもに関わる重要な問題と位置づいてきたことがうか がえる。そこでは、言語面でのハンディキャップとい う外国につながる子ども特有の問題だけでなく、教育 社会学で一般に議論される出身階層と教育達成との結 びつきも見出された。そのなかで、どのような進路を 選ぶかがその後の日本社会への編入のあり方を左右す ることから、外国につながる子どもが抱える複合的な 問題に対処していく必要性が浮かび上がった。 4.2 「外国につながる子どもの教育の今後の活動・ 役割」との関連 次に、「外国につながる子どもの教育の今後の活 動・役割」について考えていきたい。ここでは、「公 正な教育方法」という観点から日米のマイノリティ生 徒に対する教師の対応の違いを分析した額賀(2003) が参考となる。額賀は、Banks & Banks(1997)を 参照しつつ、「公正な教育方法」を、「教室における教 師の教授活動の過程を問題にし、とりわけ社会的不利 益を被る立場にいる人種的、民族的、文化的集団に属 す生徒(中略)が民主的社会の有能な成員として必要 な知識、スキル、態度を身に付けられるよう、教師 が学習環境を整備する活動を意味する」(額賀 2003: 66-7)と説明する。この「公正な教育方法」の観点か らの分析により、日本の学校では「『関係をつくる授 業』という教師の指導観がニューカマー生徒のニーズ に対する教師の認識をにぶらせ、特に物理的資源の 再配分の障害になっていることを指摘」(額賀 2003: 79)している。これは、調査対象となった小学校の 教師が、外国につながる児童が「ほかの子とうまく コミュニケーションができない」「関係づくりができ ない」ことに深い懸念を示しており、教師は「関係 をつくる授業」を重視していたこと、さらに「視覚 的」「体験的」に理解できる教材を別に用意するなど の「物理的資源の再配分は目に見えやすいため、ほか の生徒から『ずるい』『ひいきだ』と非難され、『関 係をつくる授業』の秩序を乱す危険性がある」(額賀 2003:78)状況にあったことを示している。つまり、 平等な関わりのもと、「関係をつくる」ことを志向す る日本の教師のあり方が、外国につながる子どもの ニーズとミスマッチを起こしている可能性を指摘して いる。ここから額賀は、「ニューカマーの異質なニー ズを教師と生徒が認めることから『関係をつくる』授 業に移行することの必要性」(額賀 2003:79)を提起 している。 一方、佐久間(2008)は、東京都江戸川区のインド 国籍の人々を対象としながら、かれらの「子どもは地 域の学校に通わず、インターナショナル・スクールや 独自のインド人学校に通っている(中略)。日本の公 立学校に子どもの姿がみえない」(佐久間 2008:128) ことを指摘している。その理由は、「言語の問題であ り、日本の学校教育では英語がおろそかになる」こ と、そして、同化教育の強さ、いじめの対象になる危 険が挙げられる(佐久間 2008:129)。その根底には、 インド国籍の人々が「日本を定住、永住先とはみてい
ない」(佐久間 2008:129)ことがあるとされる。こ のように、家庭の考え方もあり、日本の学校であって も、日本社会で生きていくことだけを考えるのは難し い。その結果、「今後外国人児童・生徒が増える状況 のもとでは、生活指導をよき『日本人』にするだけで なく、よき『市民』とする観点からの指導も重要にな る」(佐久間 2008:138)と述べる。つまり、シティ ズンシップ教育の必要性が提起されている。 さらに、三浦(2012)は、フィリピン系エスニック 教会の教育的役割の分析を通じて、「画一的な日本の 学校文化の中で、ニューカマーの子どもが同化を強い られる」という問題の解決にとって「重要となるのが 学校外教育」(三浦 2012:208)だとしている。特に、 「地域の学習支援室」のような「日本人側がニューカ マーの子どもに必要であろうと判断して作り出した もの」は「必ずしも当事者のニーズを反映したもの ではないこともある」(三浦 2012:208)とする。そ のなかで、「社会的弱者としてだけでなく、日本社会 を生き抜く主体的個人としてのニューカマー」(三浦 2012:208)の営為をみていく必要性を指摘する。そ の点では、戦後日本において、当事者による外国につ ながる子どもの教育実践の場としてもっとも大きな蓄 積を持つものの一つが朝鮮学校である。 しかし、朝鮮学校は、他のエスニック・スクールに 比べて、政策に大きく左右されてきた状況もある(韓 2015)。そのなかで、子どもたちの最善の利益をどう 実現するかが、社会に問われる。 その際、コリア系エスニック・スクールと、中学校 区との相互の関わりを分析した金南(2016)の研究も 参考となる。金南は、このエスニック・スクールが 「教育理念の実現を見据えて地域社会との関係構築を 積極的に進め」(金南 2016:128)てきたことと、こ の中学校区が、人権・同和教育の実践の蓄積を持つこ とがベースとなり、互いの相互変容がもたらされたこ とを描き出す。つまり、互いが歩み寄りながら変わっ ていくという過程が見出されている。 これらはいずれも、外国につながる子どもの教育 ニーズをふまえた教育の展開が求められていることを 示している。日本の学校だからといって日本社会だけ を相手にするのではなく、むしろグローバルな社会を 想定して子どもを送り出す視座が必要とされている。 このことは、日本の子どもたちにとっても有益なもの となるだろう。 4.3 「外国につながる子どもの教育をサポートする システムのあり方」との関連 このように、外国につながる子どものニーズをふま えた対応を考えた場合、正規の教員以外からのサポー ト体制を整える必要も生じてくる。そのなかで、公立 中学校に設置された「日本語教室」について知見を提 示しているのが児島(2001)である。児島は、対象と する「日本語教室」が、「移動のたびに日本人の教師 や生徒からは目に触れにくい、原学級から遠く隔たっ た部屋があてがわれた」といったように、「周辺化」 している状況をまず指摘する(児島 2001:70)。その こともあり、日本語教室担当の非常勤講師は、「職員 室にも居づらいし、自分にとっても日本語教室が憩 いの場だった」(児島 2001:73)と語っている。その ような日本語教室のなかで、担当講師は、校内におけ る日本語教室とそれ以外の間に存在する「境界枠」の 「パイプ役」を担うことで、既存の「境界枠」のあり 方に変容をもたらす側面が見出された。このことか ら、「教師とて既存の環境に単に受動的に順応してい くだけの存在ではない。時にはそれを捉え返し、自ら を新たに位置づけながら、同時に周囲の環境をも変 えていく『行為的主体(agent)』となり得る」(児島 2001:80)と指摘する。つまり、教師によって日々再 生産されるかに思われる学校文化は、教師によって新 たなものが生産される側面も見出されている。 このような再生産構造のなかの新たな生産の側面 は、一見、外国につながる子どもに寄り添ったと捉え られる活動の側にも存在する。薮田(2013)は、在日 コリアンの「通名使用」に対し、教師たちが「本名を 呼び名のる実践」を対象に研究を行っている。「本名 を呼び名のる実践」は、外国につながる人々が、本名 を名乗っても差別をされない「本名が使える環境づ くり」(薮田 2013:211)といった目標を志向してい る。しかし、それは「『名のらされる』ことへの戸惑 い」(薮田 2013:200-1)を惹起し、「社会状況が変 化しない限り、様々な差別を警戒して卒業後再び『通 名』に戻すという事例も多く見られる」(薮田 2013: 200)。このように、「従来の実践が象徴としてきた 『通名から本名へ』というストーリーの揺らぎ」(薮 田 2013:212)がみられる。そこには、この実践自体
161 外国につながる子どもの教育支援に対する教師の関心と在日外国人と教育に関する教育社会学的研究の知見 が、「これまで在日コリアンの生徒を対象の中心に据 えていた」ところ、「ベトナムルーツの生徒、ダブル の生徒など様々な状況にある『外国にルーツをもつ生 徒』を対象におさめたことから生まれた実践目標の転 換」(薮田 2013:212)を経験したことが影響してい る。そして、実践に関わる教師や支援者たちが、「迷 いや慎重さ」のなかで、「自分たちの実践が、目の前 の子どもの状況に対して妥当かどうかを確認」(薮田 2013:213)していくという積み重ねがみられるよう になった。 これらの知見から、原学級の外にある外国につなが る子どもをサポートする人々がきっかけとなって、外 国につながる子どもの教育支援を再帰的に捉え返し、 外国につながる子どもの処遇を再生産する構造に変革 をもたらしていることが明らかになったといえる。 4.4 「外国につながる子どもに、日本文化に基づい た学習内容を提供すること」との関連 現状では、日本の学校は日本社会で暮らすために子 どもを社会化する機関となっている。そのため、外 国につながる子どもであっても、日本の学校(一条 校)に通う場合、そこで教授される内容は日本文化に 立脚したものとなる。そのことが、外国につながる子 どもに弊害をもたらすケースとして一つ想定できるの は、帰国をした場合である。山本(2014)は、日本か らブラジルに帰国した10~20歳代の青年たちへの調査 から、ブラジルへ移動した子どもたちの進路選択を 規定する要因として、日本との関係をめぐる「切断」 と「接続」の物語を抽出した。つまり、日本との関係 を「切断」して、ブラジルでの大学進学や就労に向か うグループと、日本との関係を「接続」することで、 再渡日して日本での進学や就労を実現したり、ブラジ ルでの不本意な進学・就労をしたりするグループが存 在するということである。これらの移動の物語で自身 の選択や状況を意味づけることは、かれらの「生存戦 略」(山本 2014:299)とされている。 この状況をふまえれば、日本文化に基づく教育は、 外国につながる子どもたちに、日本との「接続」の物 語を喚起することになるかもしれない。そのこと自体 は、直ちに問題をもたらすわけではない。しかし、 「人々の国際移動が加速していくなか『いかなる国で も生活できる』ケースもあれば『いずれかの国』を選 ばなければ生活が困難となるケースが存在している」 (山本 2014:298)実態をもとにすれば、日本にとど まり得ない子どもたちに、ある種の「見果てぬ夢」を 持たせることになる。しかし、それはまた逆の場合も 想定できる。母国の文化をベースとしたとしても、母 国にとどまり得ず、日本での生活を余儀なくされるの であれば、それはまた逆の「見果てぬ夢」を抱かせる ことになる。つまりは、いずれの国・文化にだけ拠る のではない形で、外国につながる子どもなりの生存を 支える文化との接触を保障することが求められるだろ う。 5 おわりに 清水睦美は、学校現場における教育社会学者の臨床 的役割に関する論考のなかで、「『現場で、この観点 からの説明を加えることは可能か』『この観点から、 データを読み直すことは可能か?』などといった問い が持ち上がり、それが自らを『現場』へと導いてもい く」(清水睦美 2004:123)と述べている。これは、 研究者としての現場との関わりのなかでの心境である が、「現場」と「研究の知見」との双方向の往還を描 くことは重要である。とりわけ、本稿でこだわったの は、現場への「実践的な貢献」であった。その結果、 不十分ながら、以下の諸点が明らかとなった。 第1に、外国につながる子どもの教育支援に関する 教師の関心は、「外国につながる子どもの進学・進路」 であった。この問題に対し、教育社会学的な知見は、 言語面でのハンディキャップとともに、出身階層の影 響によっても、外国につながる子どもの進路が左右さ れる状況を明らかにしていた。このことは、外国につ ながる子どもへの支援が、言語面の不利だけでなく、 階層に規定される学習に向けたある種のハビトゥスに 起因する不利益を小さくする方向でなされる必要があ ることを示している。 第2の教師の関心は、「外国につながる子どもの教 育の今後の活動・役割」であった。これに対する知見 は、外国につながる子どもの教育ニーズをふまえた教 育の提供の重要性を語っていた。グローバル化の進 展がみられる今日の社会にあっては、日本社会だけを 目指した学校教育のあり方は日本の子どもにとっても 不十分なものとなる可能性があり、外国につながる子
どもの存在をきっかけに、グローバルレベルの射程を 持った学校教育の構築が求められるとも捉えられる。 第3の教師の関心は、「外国につながる子どもの教 育をサポートするシステムのあり方」であった。これ に対応する知見は、原学級の外側から、外国につなが る子どもの教育支援のあり方が再帰的に捉え返され、 学校文化の再生産構造に楔が打ち込まれるというもの であった。原学級や学校文化の「本丸」が、日本語教 室や校外の支援活動などからの影響をどれだけ柔軟に 受け止め、外国につながる子どもの教育支援の改善に つなげる用意ができるかがカギとなろう。 そして第4の教師の関心は、「外国につながる子ど もに、日本文化に基づいた学習内容を提供すること」 であった。このことは、母国に戻った際に、日本との 「切断」の物語を構築できない際に、母国での不適応 をもたらしかねないという知見と関連づけられた。た だし、母国の文化ならよいというものでもない。トラ ンスナショナルな移動が進むなか、2度目、3度目の 移動がかなわない子どもたちも確実に存在する。その ような子どもたちに対しては、いずれかの国の文化だ けに触れさせるのではなく、関係するすべての国に関 わる文化に触れる機会を保障し、いずれにも対応でき る状況を確保することが求められるだろう。 以上、外国につながる子どもの教育支援についての 教師の関心と研究の知見を関連づけて捉えた。教師の 関心の抽出方法も、研究の知見の対応のさせ方も課題 を抱えており、両者をより精緻なものとすることが望 まれる。ただし、外国につながる子どもの教育支援に 対する「実践的な貢献」を志向したささやかな試みの 一つとして、本稿を位置づけられたらと願う。 [付記] 本稿は、2016~2020年度日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)(研究課題「ブラジル人の子どもの教育を支え る保護者―教師・学校関係についての実践的研究」、課題番号 16K04600、研究代表者・新藤慶)に基づく研究成果の一部であ る。 [文献]
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