Title
移民に関する新聞記事−明治四〇年−
Author(s)
田港, 朝和
Citation
史料編集室紀要(18): 71-161
Issue Date
1993-03-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/7392
Rights
沖縄県立図書館史料編集室
〈 史 料 紹 介 〉
移
民
に
関
す
る
新
聞
記
事
明
治
四
〇
年
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田
港
朝
和
今 回 の 移 民 に 関 す る 新 聞 記 事 は 『 琉 球 新 報 』 の 明 治 四 〇 年 の 一 年 だ け を 検 索 し 収 録 し た 。 移 民 統 計 ( 『 沖 縄 県 史 』 7 移 民 編 ) に よ る と 、 明 治 四 〇 年 は 沖 縄 移 民 史 上 二 番 目 に 多 い 数 の 移 民 が 送 り 出 さ れ て お り 、 移 民 先 国 と し て は 従 来 の ハ ワ イ 、 メ キ シ コ 、 フ ィ リ ピ ン 、 ニ ュ ー カ レ ド ニ ア 、 ペ ル ー に く わ え て は じ め て カ ナ ダ 移 民 が 送 り 出 さ れ た 年 で あ る 。 沖 縄 移 民 史 上 一 番 目 に 多 い 数 の 移 民 が あ っ た の は 、 前 年 の 明 治 三 九 年 で 四 六 七 〇 人 で あ る 。 し か し こ の 数 は 、 海 外 旅 券 下 付 数 で あ っ て 実 際 に 渡 航 し た 移 民 の 数 で は な か っ た 。 収 録 の 働 の 記 事 「 県 下 の 移 民 総 数 し ( 一 月 十 七 日 ) に よ る と 身 体 検 査 不 合 格 者 、 許 可 を 受 け て 何 か の 理 由 で 渡 航 し な か っ た 者 な ど を 差 し 引 く と 実 際 渡 航 し た 移 民 の 数 は 四 千 人 に 足 ら な い だ ろ う と 指 摘 し て い る 。 今 回 、 近 代 の 徴 兵 忌 避 の 一 つ の 手 段 と し て 移 民 と な っ て 海 外 へ 逃 れ た 事 例 を 一 件 だ け 収 録 す る こ と が で き た 。 一 く ち に 移 民 と は い っ て も さ ま ざ ま な 社 会 的 矛 盾 を 内 抱 し た の が 移 民 で あ っ た よ う に お も わ れ る 。 な お 収 録 に あ た っ て は 、 旧 漢 字 を 新 漢 字 に あ ら た め た 他 は そ の ま ま と し 、 必 要 に 応 じ ( 注 ) を 付 し て お い た 。 一 71 一明
治
四
十
年
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広
告
〔
一
月
一
日
〕
布 畦 移 民 取 扱 フ 希 望 者 ハ 御 来 談 ア レ 那 覇 区 字 久 米 二 六 二 九 番 地 湖 城 方 ク ニ ン ダ 大 門 運 天 小 湯 屋 ノ 奥 入 門渡
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( 注 ) ° 三 日 ∼ 五 月 二 三 日 迄 掲 載 。②
広
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〔 一 月 一 日 〕布
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直 二 出 発 セ シ ム 至 急 申 込 マ レ那
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( 注 ) 三 ∼ 十 五 日 迄 掲 載 。㈹
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従 前 ノ 通 リ 今 後 モ 菰 二 萬 居布
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( 注 ) 三 ∼ 十 五 日 ま で 掲 載 。㈲
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〔
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月
一
日
〕
新
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着 物 並 羽 織 類外
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民
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布
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新
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種
右 者 今 般 着 荷 仕 候 二 付 年 末 及 年 始 ノ 御 祝 儀 ト シ テ 特 別 大 勉 強 大 割 引 ヲ 以 テ 差 上 候 間 続 々 御 購 求 之 程 奉 願 上 候那
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一 72 一( 注 ) 三 日 、 古 着 商 ㊧ 太 田 安 三 郎 五 日 、 八 日 に 掲 載 。
㈲
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人
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会
〔 一 月 五 日 〕 昨 四 日 午 后 四 時 よ り 県 下 各 移 民 会 社 の 業 務 代 理 人 一 同 主 人 と な り 奈 良 原 知 事 始 め 官 民 の 重 な る も の 八 十 余 名 を 風 月 楼 に 招 き て 酒 宴 を 催 し た り㈲
布
畦
通
信
〔 一 月 八 日 〕 十 二 月 十 四 日 発 在 ホ ノ ル ・ 府 球 陽 生 ヘ ヘ ヘ へ 《 桑 港 問 題 桑 港 学 童 問 題 に 就 て は 米 国 に て も 将 た 日 本 に て も 大 分 世 論 沸 騰 し 或 い は 近 き 将 来 に 於 て 開 戦 と も な る 可 き か の 如 く 取 り 沙 汰 す る も の あ り 従 っ て 新 聞 紙 の 如 き も 大 分 八 ケ ま し く 論 じ 立 つ る 如 く な る も 身 実 際 米 領 内 に あ り て 手 近 く 観 察 す れ ば 本 問 題 も 決 し て 其 声 の 大 な る が 如 く 実 際 に 大 な る 問 題 に あ ら ざ る 事 を 知 り 得 る な り 今 の 大 統 領 ル ー ズ ベ ル ト 氏 在 任 す る 問 は 日 米 間 の 平 和 を 破 る が 如 き 虞 は 万 に 之 れ な し と は 当 地 在 留 の 同 胞 も 又 白 人 有 力 者 等 も 一 同 に 認 る 所 な り 従 っ て 我 沖 縄 県 人 諸 氏 の 布 畦 に 渡 航 せ ん と す る も の 日 米 戦 争 に 杞 憂 を 抱 き 其 出 発 を 見 合 せ ん と す る が 如 き は 無 用 の 取 り 越 し 苦 労 に 属 す 故 に 依 然 従 来 の 如 く 陸 続 渡 航 し て 可 な り ヘ ヘ ヘ へ A 増 給 問 題 此 程 迄 は 布 畦 耕 主 組 合 に て 日 本 人 労 働 者 に 対 す る 給 料 額 を 一 定 す る の 規 約 あ り し が 近 来 之 を 廃 し 各 耕 地 思 ひ く に 其 状 況 に 照 し 増 減 す る を 得 せ し む る 事 と な れ り 而 し て 内 地 人 の 米 国 に 転 航 す る も の 多 か り し 為 め 各 耕 地 共 労 働 者 の 不 足 非 常 に て 当 今 は 殊 に 砂 糖 製 造 の 季 節 に 向 ひ し 事 と て 給 料 も 一 層 騰 貴 し 普 通 廿 二 弗 以 上 に 在 り 我 沖 縄 県 人 は 実 着 に し て 勤 勉 な る を 以 て 至 る 所 の 耕 主 に 歓 迎 さ れ つ ・ あ り 布 畦 八 島 の 耕 地 に て 五 六 万 の 労 働 者 な れ ば 糖 業 の 経 営 は 充 分 な る を 以 て 行 々 は 我 沖 縄 県 人 の み を 以 て 此 大 な る 労 働 を 占 有 す る 事 は 差 し て 困 難 な ら ず と 信 ず 我 県 当 局 に あ り て 益 益 袋 に 注 意 を 払 ひ 県 人 渡 航 の 奨 励 に 其 力 を 致 さ れ ん 事 を 希 望 す ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 金 当 地 の 邦 字 新 聞 当 ホ ノ ル ・ 府 に は 四 個 の 邦 字 新 聞 あ 一 73 一り 而 し て 其 中 最 も 発 行 部 数 多 く し て 各 耕 地 に て 愛 読 せ ら る ・ は 布 畦 日 々 新 聞 な り と 口 紙 数 は 八 ぺ ー ジ に し て 時 々 英 文 を 掲 載 し 邦 人 側 の 意 見 を 西 洋 人 間 に 発 表 し 我 邦 の 利 権 拡 張 に 努 め つ ・ あ り 其 社 長 は 今 よ り 十 五 年 前 我 沖 縄 県 第 三 課 々 員 た り し 事 あ る 鶴 島 半 蔵 氏 に し て 岸 本 第 二 部 長 と は 懇 親 の 間 柄 な り と か 聞 く 能 く 我 県 下 の 事 情 に 精 通 し 我 県 人 に 対 す る 同 情 頗 る 多 し
の
本
県
の
海
外
移
民
数
〔 一 月 九 日 〕 去 る 明 治 三 十 二 年 に 本 県 よ り 布 畦 移 民 の 出 稼 ぎ あ り し を 初 め と し 爾 後 海 外 移 民 の 数 は 年 々 増 加 し 一 昨 年 三 十 八 年 に は 千 名 以 上 に 達 し た る も の 昨 年 に 至 り て は 十 一 月 紅 に 既 に 三 千 余 人 の 移 民 あ り た れ ば 十 二 月 末 迄 に は 三 千 五 百 人 以 上 に 達 し た る な ら ん 今 三 十 二 年 移 民 開 始 以 来 の 海 外 移 民 数 を 掲 く れ ば 左 の 如 し三
十
二
年
布
畦
二
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三 十 六 年 全 四 五 【 布 畦 二 六 三 三 十 七 年 マ ニ ラ メ キ シ コ三
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移
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一 月 よ り 十 一 月 迄 明 治 三 十 二 年 に 始 め て 二 十 七 名 の 移 民 あ り し が 翌 三 十 三 年 よ り 五 年 迄 は 移 民 全 た く な か り し な り㈲
布
畦
移
民
数
〔 一 月 十 日 〕 布 畦 移 民 の 数 を 一 箇 月 約 四 千 人 に 増 加 せ ん と の 議 略 決 定 し 居 た る に 其 後 現 在 の 移 民 輸 送 機 関 の 尚 十 分 な ら ざ る 等 の 点 よ り 当 初 の 計 画 を 変 更 し て 本 年 一 月 よ り は 其 の 数 を 二 千 九 百 七 十 五 人 と な し た る が 右 に 就 て は 現 在 の 桑 港 排 日 問 題 と 何 等 か 関 係 あ る も の ・ 如 く 伝 ふ る も の あ る も 事 実 は 決 し て 然 ら ず 過 般 米 国 大 統 領 が 特 に 布 畦 に 於 け る 日 本 移 民 の 状 勢 を 視 察 せ し め た る 結 果 は 頗 る 良 好 な る 報 告 一 74 一を 得 つ ・ あ れ は 來 る 五 六 月 頃 に も 至 ら ば 当 初 の 計 画 通 り 一 箇 月 四 千 人 の 渡 航 を 許 す に 至 る べ く 排 日 問 題 と は 何 等 の 関 係 な き 者 な り と 当 局 者 は 語 れ り と い ふ
㈲
布
畦
通
信
(
承
前
)
〔
一
月
十
日
〕
十 二 月 十 四 日 発 在 ホ ノ ル ・ 府 球 陽 生 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ ム ト ラ ホ ー ム 患 者 布 畦 に て は 前 陳 の 如 く 労 働 者 不 足 の 為 め 続 々 日 本 人 の 渡 航 を 歓 迎 す れ ど も ト ラ ホ ー ム 眼 病 患 者 の 上 陸 は 絶 対 的 に 之 を 拒 絶 す る が 故 に 毎 便 船 百 名 に 付 五 七 名 の 送 還 者 を 出 す を 例 と せ り 然 れ ど も 之 れ は 悉 く 内 地 人 に 限 り 我 沖 縄 県 人 に は 殆 ど 皆 無 な り 之 れ 蓋 し 我 沖 縄 県 内 に は 幸 に し て 此 病 毒 が 蔓 延 し 居 ら ざ る に 由 る 可 し 併 し 乍 ら 該 病 は 激 烈 な る 伝 染 力 を 有 す る を 以 て 旅 館 宿 泊 中 又 は 汽 船 航 海 中 な ど 該 病 患 者 の 使 用 せ る 枕 、 手 拭 、 金 盟 等 を 媒 介 と し て 知 ら ず く の 間 に 伝 染 し ホ ノ ル ・ 着 港 の 後 検 疫 官 の 為 め オ メ く 上 陸 を 拒 絶 せ ら れ 送 還 せ ら る ・ の 不 幸 に 口 す る 事 も 屡 々 あ り 故 に 渡 航 者 は 神 戸 、 横 浜 等 に 至 る ま で の 問 に 於 け る 旅 館 滞 在 中 及 び 船 中 な ど 充 分 眼 病 伝 染 の 予 防 に 警 戒 す る 事 甚 だ 緊 要 な り と す 斯 の 如 き は 渡 航 者 一 生 の 浮 沈 問 題 故 貴 紙 上 に も 特 に 之 が 養 生 法 に 就 き 専 門 家 の 所 説 を 掲 げ 地 方 当 局 者 の 注 意 を 喚 起 せ ら れ ん 事 希 望 に 絶 へ ず △ 旅 館 の 選 択 新 渡 航 者 到 着 の 後 に 於 け る 運 命 に 関 し 最 も 注 意 を 要 す る 可 き は 旅 館 の 選 択 に 在 り 目 下 当 地 に は 二 十 余 軒 の 日 本 人 宿 屋 業 者 あ り て 旧 宿 屋 組 合 十 二 軒 を 除 く 他 の 新 旅 館 は 昨 年 或 は 今 年 に 至 り て 設 立 せ し も の と て 営 業 の 基 礎 も 従 て 確 固 た ら ず 為 に 敦 れ も 誇 大 な る 山 師 的 な 広 告 を 為 し 或 は 横 浜 神 戸 等 に 客 引 を 出 し て 甘 言 を 以 て 盛 ん に 旅 客 を 誘 ひ 居 れ り 而 し て 我 沖 縄 県 人 の 如 き は 横 浜 又 は 神 戸 等 に あ り て は 殊 更 に 事 情 に 通 ぜ ざ る 為 め 種 々 の 甘 言 に 欺 か れ 当 地 着 の 後 其 意 外 に 驚 く も の も 決 し て 勘 か ら ず 余 が 目 撃 し 経 験 せ る 所 に よ れ ば 旧 宿 屋 組 合 中 の 神 州 屋 旅 館 を 以 て 最 も 我 同 県 人 投 宿 に 至 便 の 好 旅 館 な り を 信 ず 旧 旅 館 主 今 中 幾 太 郎 氏 と 云 へ る は 原 籍 広 島 県 人 に し て 当 国 に 渡 航 後 已 に 二 十 年 に 及 び 西 洋 人 及 日 本 人 間 に も 最 も 能 く 知 ら れ し 当 市 の 有 力 家 な り 然 れ ば 到 着 後 職 業 を 得 る 一 75 一に も 氏 の 手 を 経 れ は 特 殊 の 便 宜 を 得 る の み な ら ず 旧 館 に 我 島 尻 郡 真 壁 間 切 真 栄 平 村 出 身 の 玉 城 武 彦 氏 事 務 員 と し て 働 き 口 県 人 止 宿 者 の た め 諸 種 の 便 宜 を 供 し 居 れ り 而 し て 旧 旅 館 は 口 口 口 鉄 道 停 車 前 に あ れ ば エ ワ タ ン ブ ロ に 往 来 す る に は 最 も 便 利 の 地 な る の み な ら ず 波 止 場 及 移 民 局 に も 道 程 遠 か ら ず 故 に 余 は 我 県 人 諸 氏 の 新 た に 渡 航 す る も の は 今 後 必 ず 他 の 旅 館 に 至 ら ず し て 特 に 右 の 神 洲 旅 館 に 投 宿 す る を 以 て 最 も 万 全 な り と 忠 告 せ ん と 欲 す ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ △ 台 湾 製 糖 会 社 の 機 械 当 ポ ル ノ ・ 鉄 工 場 は 製 糖 機 械 製 作 に は 世 界 中 最 も 進 歩 せ る 趣 に て 昨 年 は 墨 国 製 糖 会 社 よ り 大 機 械 製 作 の 注 文 を 受 け 之 を 供 給 し て 非 常 の 好 評 を 博 し た る が 更 に 本 年 は 我 邦 台 湾 製 糖 会 社 の 機 械 製 作 注 文 を 受 け 頻 り に 製 作 中 な り と 云 ふ 我 沖 縄 県 の 糖 業 も 今 後 追 々 と 発 達 を 為 し 斯 の 種 の 大 機 械 を 注 文 す る の 機 運 に 会 せ ん 事 こ そ 望 ま し け れ ( 完 )
㈹
布
畦
移
民
取
扱
数
〔
一
月
十
一
日
〕
昨 十 日 迄 に 通 知 さ れ し 一 月 中 の 布 畦 移 民 取 扱 人 員 は 二 十 余 移 民 会 社 の 内 十 一 会 社 の み に て 男 三 百 〇 八 名 女 三 百 〇 五 名 に て 他 の 十 余 会 社 は 未 だ 通 知 な し と 云 ふ㈹
移
民
の
出
発
〔 一 月 十 一 日 〕 九 日 出 港 の 平 壌 丸 に 布 畦 移 民 九 十 四 名 同 日 の 金 沢 丸 に て一
名
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け
出
航
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り
㈹
南
風
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間
切
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移
民
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数
〔 一 月 十 二 日 〕 作 三 十 九 年 十 二 月 末 日 調 査 に か ・ る 島 尻 郡 南 風 原 間 切 の 移 民 現 在 数 は 布 畦 移 民 百 三 十 七 名 に て 其 の 送 全 額 三 千 七 百 五 十 六 円 外 に 馬 尼 刺 移 民 一 名 あ り㈹
広
告
〔 一 月 十 二 日 〕 新 流 行 の和
洋
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貨
類
小
間
物
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一 76 一御 入 用 の 御 方 は 平 尾 分 店 に 御 出 で な さ い 布 畦 移 民 の 御 方 へ は 特 に 大 割 引 い た し ま す 那 覇 区 西 警 察 の 側
平
尾
分
店
( 注 ) 十 三 日 ∼ 二 月 九 日 迄 掲 載 。㈹
県
下
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移
民
総
数
〔
一
月
十
七
日
〕
其 の 筋 の 調 査 に よ れ ば 昨 年 三 十 九 年 一 月 よ り 十 二 月 末 日 迄 に 於 て 渡 航 を 許 可 せ ら れ た る も の 男 女 合 せ て 四 千 二 百 八 十 九 人 に し て 之 を 移 民 地 別 に す れ ば 左 の 如 し 布 畦 四 千 八 十 六 人墨
西
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人
(
内
女
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人
)
秘
露
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一
人
(
女
は
一
人
)
而 し て 布 畦 移 民 の 許 可 は 女 子 其 半 数 を 占 む る 様 な れ ど も 実 際 に 渡 航 し た る も の は 極 め て 少 数 に し て 男 移 民 の 百 分 の 一 に も 足 ら ざ る の み な れ ば 其 他 の 不 合 格 移 民 及 び 許 可 を 受 け て 渡 航 せ ざ り し 者 等 を 差 し 引 く と き は 実 際 に 渡 航 し た る 布 畦 移 民 は 約 二 千 人 位 な ら ん 之 に 二 所 の 渡 航 者 を 合 す れ ば 約 二 千 一 二 百 人 程 に 達 す る な ら ん か 蓋 し 去 る 三 十 二 年 前 則 ち 本 県 移 民 の 当 初 よ り 今 日 迄 に 於 け る 移 民 数 の 景 況 を 見 る に 三 十 三 年 三 十 四 年 三 十 五 年 の 三 年 間 は 暫 く 衰 へ 三 六 年 よ り 又 盛 に な り 昨 年 は 殊 に 彩 し か り し が 其 間 即 ち 既 往 八 年 間 に 於 て 渡 航 を 許 可 せ ら れ た る 移 民 の 累 計 は 六 千 七 百 七 十 五 人 な れ ど も 前 述 の 如 く 布 畦 移 民 の 如 き は 女 子 の 許 可 を 受 け た る も の 半 数 を 占 め 実 際 渡 航 し た る 者 は 極 め て 少 数 な る を 以 て 現 に 渡 航 せ る 本 移 民 の 総 数 は 四 千 人 に は 足 ら ざ る べ し ㈲ 南 米 に 於 け る 日 本 移 民 〔 一 月 十 八 日 〕 秘 露 に は 日 本 労 働 者 数 百 渡 航 し 居 れ り 伯 刺 西 爾 国 サ ン ボ ウ ロ 州 に て は 議 会 の 問 題 と 為 り 居 り 或 は 拒 絶 と な ら ん 憂 ひ あ り 智 利 及 び 亜 爾 然 丁 は 契 約 移 民 は 実 行 し 難 し 然 る に 是 等 諸 国 は 皆 労 力 を 要 す 亜 国 の 如 き は 収 穫 時 期 に 迫 り た れ ば 欧 洲 よ り 渡 航 し 来 る 農 夫 日 日 平 均 十 人 に 当 る 大 抵 は 伊 太 利 人 、 西 班 牙 人 な り 三 十 八 年 来 露 国 人 の 来 る も の 多 く 同 年 中 に 一 万 人 内 外 三 十 九 年 は 九 ヶ 月 間 に 一 万 五 千 人 一 77 一な り 日 本 労 働 者 を 亜 国 に 誘 ふ に は 個 人 的 渡 航 と 資 力 を 要 す 欧 洲 よ り 渡 来 の 者 は 皆 自 費 な り 日 本 よ り も 移 民 会 社 の 手 に 依 ら ず 独 立 渡 航 と 資 力 あ る 人 の 資 本 注 入 を 要 し 以 て 地 面 を 買 ひ 共 同 的 経 営 を 図 る べ し 日 本 商 業 も 外 国 人 の 手 に 在 て 日 本 人 の 商 店 は 小 き 雑 貨 店 一 の み 外 国 商 人 の 横 浜 と 取 引 す る 高 は 一 個 年 百 万 円 以 上 な り 日 本 の 資 力 あ る 商 人 は 一 考 を 要 す る な り と い ふ
㈹
布
畦
渡
航
中
の
死
亡
〔 一 月 二 十 三 日 〕 島 尻 郡 高 嶺 問 切 大 里 村 九 百 九 十 七 番 地 高 嶺 松 金 ( 十 九 年 三 月 生 ) と い ふ は 布 畦 出 稼 の 為 め 東 洋 汽 船 会 社 の 楠 保 丸 に 乗 船 し 布 畦 へ 渡 航 の 途 中 客 年 十 二 月 十 四 日 病 死 し た る 由 に て 全 船 長 よ り 遺 産 目 録 と 共 に 事 の 次 第 を 書 き 添 へ 在 ホ ノ ル ・ 帝 国 領 事 宛 通 知 し た り し に 全 領 事 よ り 横 浜 海 務 署 へ 回 送 し 来 り け れ ば 更 に 外 務 省 通 商 局 長 の 手 を 経 て 本 県 知 事 へ 転 送 す る こ と ・ な り し が 其 死 体 の 始 末 に 就 き て は 未 だ 何 等 の 通 牒 も な き 由 而 し て 其 遺 産 の 数 々 は 紋 帳 一 帳 、 木 綿 単 衣 一 枚 、 三 尺 帯 一 筋 、 ネ ル シ ャ ツ ニ 枚 、 ネ ル ジ ュ ボ ン 下 二 枚 、 紺 足 袋 参 足 ゲ ー ト ル 一 足 、 空 雑 嚢 一 個 、 腹 巻 一 皮 、 帯 一 本 、 夏 冬 帽 子 各 一 個 、 柳 行 李 一 個 、 雑 品 入 手 提 カ バ ン 一 個 、 金 六 十 二 円 六 十 銭 、 米 金 五 弗 五 仙 な り し と い ふ㈹
全
国
郵
便
貯
金
の
激
増
本 県 と は 大 違 ひ〔
一
月
二
十
五
日
〕
本 県 に 於 て は 布 畦 移 民 の 資 金 吸 収 そ の 他 或 る 特 種 の 事 情 に 基 い て 金 融 逼 迫 せ る 為 め 近 年 郵 便 貯 金 の 趨 勢 は 払 戻 高 漸 次 増 加 す る と 共 に 預 入 高 も 従 て 減 少 の 傾 向 あ る こ と 毎 度 本 紙 に 報 道 せ し 如 く な る が ( 以 下 省 略 )㈹
移
民
の
出
発
〔
一
月
二
十
五
日
〕
去 る 二 十 二 日 出 港 の 平 壌 丸 に て 海 外 移 民 十 三 名 神 戸 へ 向 け 出 航 し 昨 日 出 港 の 廣 運 丸 に て 移 民 口 十 六 名 出 発 せ り㈹
首
里
区
布
畦
移
民
の
状
態
一 78 一〔 一 月 三 十 日 〕 全 区 に 於 け る 布 畦 移 民 は 三 十 七 年 二 月 よ り 始 ま り 本 年 一 月 廿 四 日 ま で 渡 航 の 許 可 を 得 た る 者 合 計 百 二 十 三 人 に 達 せ る が 此 内 既 に 米 本 国 に 転 航 せ る 者 も 少 か ら ざ る べ し 之 等 移 民 の 送 金 は 直 接 郵 便 局 に 就 い て 調 査 を 為 さ ざ れ ば 或 は 正 確 な る 金 額 を 知 る に 難 か る べ き も 兎 に 角 区 役 所 に 就 い て 聞 き た る 所 に 依 れ ば 過 去 三 十 七 年 三 十 八 年 の 二 年 間 に 於 て 送 金 し た る 移 民 の 数 は 三 十 七 年 二 月 よ り 三 十 八 年 二 月 ま で に 渡 航 の 分 三 十 七 名 中 二 十 五 名 に 止 ま り 其 送 附 金 額 も 又 三 十 七 年 中 は 六 百 八 十 九 円 に し て 三 十 八 年 中 は 千 四 十 一 円 に 過 ぎ ざ る 有 様 に て 之 を 一 人 の 平 均 額 に す る 時 は 三 十 七 年 中 二 十 七 円 余 に し て 三 十 八 年 中 は 四 十 一 円 余 な り ( 注 ) 『 沖 縄 県 史 』 第 19 巻 三 一 六 頁 収 録 。
㈹
昨
年
度
中
頭
郡
移
民
の
送
金
額
〔 一 月 三 十 日 〕 首 里 区 内 布 畦 移 民 の 送 金 高 に 就 て は 別 項 記 載 の 如 く な る が 中 頭 郡 の 海 外 移 民 の 昨 年 度 中 の 送 金 高 も 全 郡 役 所 に て 各 間 切 役 場 の 報 告 に 基 い て 既 に 調 査 を 終 了 し 猶 ほ 金 額 の 正 皓 を 得 ん 為 め に 各 郵 便 局 の 取 扱 へ る 為 替 に 依 り て 調 査 を 続 け つ ・ あ る が 今 そ の 間 切 役 場 の 報 告 に 依 っ て 見 る 時 は 全 郡 下 の 海 外 移 民 の 数 は 布 畦 千 六 百 七 十 九 人 米 国 二 十 六 人 墨 国 十 一 人 ニ ュ ー カ レ ド ニ ア 九 十 二 人 馬 尼 刺 六 人 合 計 千 八 百 十 七 人 に し て 是 等 移 民 の 昨 年 度 中 の 送 金 額 は 布 畦 十 五 万 千 九 百 〇 六 円 余 米 国 四 千 七 百 五 十 九 円 余 墨 国 四 百 二 十 円 ニ ュ ー カ レ ド ニ ア ニ 千 四 百 十 八 円 余 馬 尼 刺 八 十 円 合 計 十 九 万 九 千 五 百 八 十 四 円 余 に し て 移 民 の 出 稼 に 依 り て 昨 年 度 中 一 ヶ 月 平 均 一 万 三 千 二 百 五 十 七 円 余 の 資 金 が 全 郡 内 に 流 入 せ る を 知 る べ く 之 を 一 人 一 ケ 月 の 送 金 額 平 均 に す る 時 は 大 凡 そ 七 円 内 外 と な る べ き な り 今 之 を 別 項 首 里 区 移 民 の 為 替 金 額 と 対 照 す る 時 は 海 外 出 稼 は 平 常 よ り 労 働 に 熟 せ る 郡 部 の 子 弟 が 割 合 に 成 功 し つ つ あ る の 趨 勢 を 知 る べ き が 如 し ( 注 ) 『 沖 縄 県 史 』 第 19 巻 三 一 五 頁 収 録 。⑳
移
民
の
出
発
〔 二 月 二 日 〕 一 79 一昨 日 の 便 に て 海 外 移 民 八 名 出 発 し た り ㈹ 移 民 業 界 の 二 分 派
〔
二
月
三
日
〕
昨 年 春 ま で 中 国 派 と 東 京 派 に 分 れ て 対 峙 し 来 れ る 移 民 業 者 も 移 民 同 盟 会 の 下 に 悉 く 糾 合 せ ら れ 一 先 づ 小 康 の 姿 な り し に 過 般 外 務 省 が 一 方 に は 毎 月 の 布 畦 移 民 数 を 限 る と 共 に 地 方 に は 移 民 会 社 の 資 本 額 は 按 分 し て 取 扱 移 民 数 を 割 当 つ る こ と ・ な り た る 為 最 も 多 数 を 占 む る 十 万 円 以 下 の 移 民 会 社 に 至 り て は 昨 今 一 箇 月 僅 に 十 人 内 外 の 割 当 を 受 け 百 円 の 手 数 料 を 収 む る も 周 旋 人 へ の 口 銭 を 差 引 く と き は 漸 く 一 箇 月 七 十 五 円 の 実 収 あ る に 過 ぎ ず 而 も 店 舗 を 構 へ 店 員 を 使 役 し て 営 業 を 継 続 す る 以 上 、 七 十 五 円 の 収 入 に て は 営 業 費 は 愚 か 家 賃 に す ら 足 ら ざ る 程 な る に 日 本 マ マ 殖 民 会 社 の 如 き 後 進 会 社 が 単 に 公 称 資 本 額 の 貌 大 な る の 故 を 以 て 三 百 人 の 移 民 を 割 当 ら る ・ が 如 き 不 権 衡 を 生 じ 当 業 者 間 の 不 平 頗 る 高 し 加 ふ る に 日 本 移 民 大 陸 移 民 の 両 社 は 移 民 同 盟 会 の 牛 耳 を 執 り て 専 横 の 処 置 多 く 近 く は 太 平 洋 汽 船 ト ラ ス ト と 黙 契 し て 移 民 の 利 益 を 省 み ず 梢 も す れ ば ト ラ ス ト 庇 護 の 挙 動 に 出 で た る 為 特 に 関 西 移 民 界 の 感 情 を 害 し た る 傾 き あ り 去 二 十 四 日 東 京 に 開 催 せ ら る べ き 移 民 業 者 大 会 に 於 て 三 十 の 移 民 会 社 中 二 十 七 八 は 各 会 社 移 民 取 扱 員 均 分 を 主 張 し 日 本 殖 民 、 大 陸 等 の 反 対 あ る も 議 会 井 に 外 務 省 に 向 て 運 動 す る の 覚 悟 に て 多 数 派 は 場 合 に よ り 分 裂 を 画 す べ く 然 ら ざ れ ば 必 要 な き 増 資 を 遂 げ て 表 面 と 突 飛 な る 資 本 増 加 を 試 む る も の 続 出 す る に 至 る べ し㈲
二
月
中
の
移
民
取
扱
数
〔
二
月
三
日
〕
昨 日 迄 に 通 知 さ れ た る 各 移 民 会 社 二 月 中 の 取 扱 人 員 は 日 本 殖 民 男 女 各 四 十 名 明 治 殖 民 男 五 十 五 名 女 五 十 四 名 晩 成移
民
男
女
各
三
十
名
三
丸
商
会
男
三
名
女
二
名
海
外
移
民
男
女
各
三 名 中 国 移 民 男 十 五 名 女 十 四 名 皇 国 移 民 男 女 各 十 名 森 岡移
民
男
女
各
五
名
山
陽
移
民
男
女
各
三
名
帝
国
移
民
男
五
名
女
二
名 に て 外 に 仙 台 移 民 、 金 尾 、 大 陸 移 民 の 三 会 社 は 未 だ 通 知 な し と い ふ 一 80 一㈲
移
民
の
出
発
〔
二
月
五
日
〕
二 日 出 港 の 京 城 丸 に て 海 外 移 民 十 五 名 神 戸 へ 向 け 出 発 し た り ( 注 ) 十 六 日 に も 掲 載 。館
員
喜
舎
場
盛
章
全
玉
城
正
廣
全
宮
城
加
真
㈲
広
告
〔 二 月 十 五 日 〕 布 畦 渡 航 者 へ の 急 告◎
沖
縄
旅
館
○
沖
縄
県
人
会
本
部
一 、 渡 米 、 帰 朝 、 其 他 乗 船 手 続 一 、 領 事 館 及 ビ 銀 行 二 関 ス ル 諸 続 一 、 各 移 民 会 社 二 関 ス ル 諸 手 続 一 、 市 内 及 ビ 各 耕 地 労 働 ノ 周 旋 右 特 別 勉 励 ヲ 以 テ 町 噂 、 実 直 、 迅 速 ヲ 旨 ト シ 御 便 利 ヲ 計 リ 御 取 扱 可 申 候 間 続 々 御 来 宿 ノ 程 奉 願 候蟻
燵
裾
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街
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郵
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三
五
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館
主
豊
平
良
模
㈲
布
畦
移
民
旅
館
に
就
て
〔 二 月 〃 十 ⊥ ハ 日 〕 布 畦 移 民 着 布 後 の 投 宿 に 関 し 外 務 省 よ り 其 筋 へ 左 の 如 き 申 進 あ り た る に よ り 全 文 を 掲 げ て 一 般 布 畦 渡 航 者 の 参 考 に 資 せ ん 移 民 取 扱 人 の 渡 航 周 旋 に 係 る 布 畦 自 由 移 民 は 「 ホ ノ ノ ・ 」 港 に 上 陸 す る や 布 畦 砂 糖 耕 主 同 盟 会 は 彼 等 の 希 望 に 従 耕 地 行 を 周 旋 致 し 居 り 候 右 は 間 接 に 新 移 民 の 渡 米 を 妨 遇 す る 手 段 と な り 又 該 同 盟 会 は 移 民 の 希 望 に 任 せ て 労 働 口 を 与 ふ る の み に し て 強 制 的 態 度 に 出 ず る こ と な き を 以 て 何 等 の 差 支 な き の み な ら ず 移 民 に 取 り て も 上 陸 後 の 宿 賃 並 に 耕 地 行 旅 費 等 を 節 約 す る を 得 る 等 彼 我 利 便 勘 か ら ず 候 処 近 来 渡 航 す る 移 民 は 着 布 後 直 ち に 耕 主 同 盟 会 の 勧 誘 に 応 じ て 耕 地 労 働 に 赴 く も の は 僅 々 其 一 割 内 外 に 過 ぎ ず し て 其 他 は 一 旦 「 ホ ノ ル ・ 」 に 上 陸 し て 数 日 一 81 一乃 至 数 週 日 間 宿 屋 又 は 親 戚 朋 友 の 許 に 起 臥 し 多 少 の 空 費 を 為 し た る 後 渡 米 す る か 又 は 一 時 耕 地 に 赴 く の 情 況 に 有 マ マ 之 候 邦 帝 国 総 領 事 に 於 て 内 査 す る に 右 は 本 邦 に 於 け る 或 る 移 民 会 社 又 は 移 民 取 扱 業 務 代 理 人 其 他 移 民 に 関 係 を 有 す る 事 務 員 中 窃 か に 「 ホ ノ ル ・ 」 市 に 於 け る 渡 米 周 旋 人 た る 或 る 旅 館 業 者 と 気 脈 を 通 じ 移 民 に し て 「 ホ ノ ル ル 」 到 着 の 上 は 直 ち に 同 市 に 上 陸 し て 某 々 旅 館 に 投 宿 す べ き 様 移 民 に 云 ひ 聞 か せ 依 り て 以 て 「 ホ ノ ル ル 」 の 上 陸 人 渡 米 を 懇 悪 す る や の 疑 ひ 有 之 就 中 「 ホ ノ ル ル 」 市 に 於 る 渡 米 周 旋 業 者 た る 漢 口 旅 館 の 如 き は 広 告 的 の 小 形 荷 札 を 製 し 本 邦 内 地 に 配 付 し あ る 趣 今 般 総 領 事 館 事 務 代 理 に よ り 稟 報 有 之 候 条 目 今 布 畦 移 民 の 渡 航 周 旋 方 に 関 し て は 尚 ほ 充 分 御 注 意 相 成 候 様 致 度 若 し 右 様 不 都 合 の 取 扱 を な す 者 マ マ 発 見 候 は マ 御 取 調 の 上 報 告 相 成 度 此 段 事 近 候 也
㈲
渡
航
者
と
徴
集
猶
予
〔 二 月 〃 十 ⊥ ハ 日 〕 海 外 渡 航 適 齢 者 に し て 徴 収 猶 予 せ ん と す る も の は 在 留 地 領 事 若 し く は 公 使 の 在 留 証 明 証 を 添 へ 徴 兵 署 へ 願 出 す べ き 規 定 な れ ど も 在 留 地 の 公 使 又 は 領 事 よ り 証 明 書 を 得 る 暇 な き 場 合 に は 旅 行 券 の 下 付 を 受 け た る 地 方 長 官 の 証 明 書 を 得 四 月 十 五 日 迄 に 問 切 役 場 を 経 て 郡 役 所 へ 願 書 提 出 す べ き な り を 前 年 度 の 徴 兵 適 齢 者 に し て 矢 張 旅 行 券 の 下 付 を 受 た る 地 方 長 官 よ り 証 明 書 を 得 て 徴 収 猶 予 を な し た る も の は 更 に 領 事 若 く は 公 使 に 証 明 書 を 受 け 本 年 度 の 徴 兵 署 へ 提 出 す べ し と㈲
布
畦
渡
航
者
心
得
〔 二 月 十 七 日 〕 布 畦 自 由 移 民 の ホ ノ ル ・ 府 に 上 陸 す る や 同 地 移 民 局 内 に 於 て 身 体 及 携 帯 品 の 検 査 を 受 け 時 々 合 衆 国 検 事 も 出 張 調 査 を な す を 例 と す 然 る に 近 来 渡 航 す る 移 民 の 内 に は 軍 服 を 着 用 し た る 侭 上 陸 し て 検 査 を 受 け ぬ 其 携 帯 品 中 に は 勲 章 紀 章 を 有 す る 為 め 検 査 官 吏 の 注 意 を 惹 き 時 々 軍 人 探 偵 な る べ し と の 説 伝 を 流 布 し 新 聞 紙 の 記 事 に 上 る こ と あ る を 以 て 同 地 に 赴 く べ き 移 民 例 へ 軍 籍 に あ る も 軍 服 及 勲 章 其 他 人 目 を 惹 き 易 き 物 品 は 此 際 携 帯 す べ か ら ず と の こ と な り 一 82 一㈲
広
告
〔 二 月 一 二 十 詣 ハ 日 〕 メ キ シ コ 国 炭 坑 行 移 民 募 集 ノ 予 報 近 日 ノ 内 募 集 ス 自 弁 金 百 入 拾 円 希 望 者 諸 君 ニ ハ 至 急 来 談 ア リ タ シ 那 覇 上 ノ 倉肥
後
孫
左
工
門
( 注 ) ∼ 三 月 三 日 迄 掲 載㈹
布
畦
航
路
競
争
〔
二
月
二
十
八
日
〕
布 畦 航 路 を 独 占 せ る 太 平 洋 汽 船 会 社 の 強 敵 た る 仏 国 サ ル ジ ュ ー ル レ ユ ニ 汽 船 会 社 定 期 船 マ ミ ラ ル ス リ ー シ ョ ン 号 は 十 八 日 横 浜 へ 入 港 欧 洲 よ り 積 来 れ る 荷 物 を 一 旦 陸 揚 し た る 上 更 に 神 戸 に 回 航 し 同 港 よ り 布 畦 移 民 と 桑 港 行 貨 物 を 積 み 横 浜 に 引 返 し 来 る 二 十 六 日 ホ ノ ル ・ に 向 ひ 出 帆 す る 筈 な る が 今 航 海 は 反 対 船 ド ー リ ッ ク 号 と 競 争 す る も の に て 貨 物 運 賃 半 額 即 ち ホ ノ ル ・ 桑 港 共 米 貨 二 弗 三 十 仙 、 布 畦 移 民 船 賃 邦 賃 四 十 五 円 尚 今 回 よ り は 移 民 の 為 浴 室 を 設 け 一 航 海 に 二 回 入 浴 せ む る 設 備 な り と 云 へ ば 移 民 等 に 取 り て は 益 便 利 な る べ し㈹
広
告
〔
三
月
二
日
〕
布 畦 行 移 民 取 扱 フ 那 覇 区 字 東 上 ノ 蔵 善 興 寺 小 路業
務
代
理
人
山
城
宗
蔭
( 注 ) ∼ 二 十 八 日 迄 掲 載 。 ㈱ 米 国 移 民 法 改 正 に 就 て〔
三
月
五
日
〕
左 掲 は 全 国 移 民 会 社 同 盟 会 有 志 よ り 本 社 の 主 宰 宛 に て 寄 稿 し 来 れ る も の な り 昨 今 外 報 の 喧 伝 す る 米 国 移 民 法 改 正 の 眼 目 は 現 在 布 畦 県 に 在 留 し 又 今 後 同 県 に 渡 航 す る 我 が 日 本 移 民 の 米 本 土 に 住 居 を 移 転 す る こ と を 禁 ず る に あ り 米 国 領 土 内 に 於 て 住 居 移 動 の 自 由 を 有 せ ざ る も の は 従 来 一 の 支 那 人 あ る の み 一 83 一米 国 政 府 は 一 千 九 百 二 年 に 発 布 せ る 法 律 を 以 て 島 領 地 ( 布 畦 、 比 律 賓 の 如 き ) に 在 留 す る 支 那 人 が 其 住 居 を 米 本 土 に 移 転 し 又 は 甲 群 島 に 在 る 者 の 乙 群 島 に ( 例 せ ば 布 畦 よ り 比 律 賓 へ い く が 如 し ) 移 住 す る こ と を 禁 じ た り 伊 太 利 人 旬 牙 利 人 は 勿 論 土 耳 古 入 と 錐 も 此 の 如 き 束 縛 を 受 く る こ と な し ( 改 正 案 実 施 の 暁 に 於 て も ) 何 と な れ ば 彼 等 の 政 府 が 移 民 に 対 し て 旅 行 券 を 発 行 す る に 当 り て は 米 国 内 の 一 地 方 を 限 定 せ ざ れ ば な り ( 臼 本 政 府 は 一 昨 年 以 来 布 畦 行 移 民 に 旅 行 券 を 下 附 す る と き 其 旅 券 面 に 、 布 畦 に 限 る の 文 字 を 挿 入 す る こ と ・ な せ り ) 右 改 正 案 が 我 国 民 を 侮 辱 し 支 那 人 に 与 へ た る と 等 し き 不 当 の 取 扱 を 我 同 胞 の 上 に 与 ふ る も の た る こ と 明 な る が 更 に 其 の 実 施 せ ら る ・ 後 の 結 果 を 列 挙 せ ば A 米 国 に 於 け る 我 が 植 民 事 業 を 挫 折 せ し む べ し 布 畦 よ り 他 の 州 へ 移 動 す る と 同 時 日 本 よ り 直 接 に 米 本 土 に 行 く こ と は 是 迄 通 り 我 が 政 府 に 於 て 禁 止 す べ き を 以 て 我 が 移 民 は 今 後 一 人 も 米 本 土 に 行 く こ と を 得 ざ る べ し 米 国 太 平 洋 沿 岸 諸 州 に は 凡 そ 四 万 の 邦 人 あ り 彼 等 の 内 鉄 道 事 業 に 従 事 し 或 は 自 ら 菓 園 農 業 を 営 む も の 少 か ら ず 是 等 は 為 め に 労 働 の 供 給 を 得 る に 道 無 く 其 事 業 中 廃 の 止 む 無 き に 至 る も の 少 か ら ざ る べ し 、 折 角 萌 芽 せ る 殖 民 事 業 は 菰 に 一 大 頓 挫 に 出 会 ふ べ し 《 移 民 保 護 の 根 本 主 義 に 反 す 現 に 布 畦 に 在 る 我 が 移 民 に 関 し て は 砂 糖 耕 主 等 も 朝 近 大 に 其 待 遇 を 改 善 す る の 必 要 を 感 じ 賃 銀 を 増 加 し 住 居 を 改 築 し 或 は 進 で 幾 分 の 土 地 を 賦 与 す る 等 着 々 実 行 の 歩 を 進 め つ ・ あ り 然 に 一 朝 移 民 が 住 居 移 動 の 自 由 を 失 ふ に 於 て は 彼 等 は 唯 砂 糖 耕 主 の 指 定 す る 賃 銀 待 遇 に 満 足 せ ざ る を 得 ざ る べ く 資 本 主 の 負 担 に 属 す る 一 切 の 改 善 事 実 は 中 廃 せ ら れ 移 民 の 賃 銀 待 遇 は 是 よ り 契 約 移 民 時 代 の 昔 に 逆 行 す る こ と 無 き を 保 ぜ ず ( 布 畦 行 移 民 は 一 種 の 契 約 労 働 な り と の 説 は 誤 解 な り ) 去 る 三 十 四 年 以 来 布 畦 に 行 く 移 民 は 純 然 た る 自 由 移 民 に て 労 働 契 約 に 依 る も の は 一 人 も 無 し 布 畦 旅 行 券 の 下 附 が 米 本 土 行 に 比 し 容 易 な る は 我 布 畦 県 に 対 し て は 移 民 ( 法 律 上 労 働 を 目 的 と し て 渡 航 す る 者 ) の 渡 航 を 許 可 す れ ど も 米 本 土 に 対 し て は 絶 対 に 其 渡 航 を 禁 止 す る が 故 に 本 土 に 行 か ん と す る 者 は 渡 航 許 可 を 出 願 す る に 当 り 商 業 修 学 域 は 他 の 目 的 を 称 し 必 ず 労 働 を 目 的 と す る も の に あ ら ざ る こ と 一 84 一
を 証 明 せ ざ る べ か ら ず 此 に 於 て 地 方 庁 は 出 願 人 が 果 し て 商 人 或 は 学 生 と し て 必 要 の 資 本 を 有 す る を 詮 議 す 是 れ 渡 航 許 可 を 得 る に 当 り 両 者 問 難 易 の 別 あ る 所 以 に し て 契 約 移 民 な る が 故 に 易 く 自 由 移 民 な る が 故 に 難 き に あ ら ざ る
な
り
A 我 が 移 民 が 劣 等 階 級 に 属 す と の 主 義 確 立 せ ら る に 同 じ 本 邦 移 民 の 布 畦 其 他 の 米 領 地 へ 行 く も の は 平 均 一 年 一 万 人 以 内 な り 昨 三 十 九 年 は 最 も 多 数 な り し が 二 万 人 に 達 せ ず 去 れ ば 布 畦 渡 航 者 が 尽 く 米 本 土 に 移 転 し た れ ば と て 米 国 の 労 働 界 に 影 響 を 及 ぼ さ “ る は 言 ふ 迄 も 無 し 我 に 於 て 此 の 如 く 移 民 の 渡 航 を 制 限 す る に 係 は ら ず 尚 之 に 満 足 せ ず 進 で 移 民 の 住 居 移 動 の 自 由 を 剥 奪 せ ん と す る は 邦 人 を 以 て 支 那 人 と 同 一 視 す る に 外 な ら ず 然 か も 支 那 人 に 対 し て は 彼 等 其 固 有 の 風 俗 を 墨 守 し 米 国 の 文 明 に 同 化 せ ず 又 生 活 程 度 の 低 き 四 億 の 人 々 を 有 す る 彼 等 続 々 渡 米 す る に 於 て は 米 国 の 経 済 界 を 撹 乱 す べ し と の 口 実 あ り し に 邦 人 に 対 て は 米 国 の 学 者 に 於 て 米 人 と 共 に 修 学 す る が 故 に 不 都 合 な り 新 文 明 を 阻 害 す る が 故 に 危 険 な り と 頗 る 矛 盾 せ る 議 論 を 為 せ り 要 す る に 日 本 人 は 支 那 人 と 共 に 亜 細 亜 人 な る が 故 に 之 を 排 斥 せ ざ る べ か ら ず と い ふ に 過 ぎ ざ るな
り
蓋 北 米 に 於 け る 我 民 族 の 発 展 を 断 念 せ ざ る べ か ら ず 彼 れ の 主 張 に は 一 の 至 理 な し 然 か も 之 を 承 諾 せ ざ る を 得 ず と せ ば 是 れ 其 蟄 屈 す る な り 今 の 譲 歩 は 最 終 の も の な ら ず し て 却 て 之 が 為 め に 排 斥 熱 の 気 焔 を 高 し め 盆 々 非 理 の 要 求 を 持 出 さ し む る に 至 る や 必 せ り 渡 航 禁 止 を 以 て 根 本 の 解 決 を な す は 大 に 過 て り 頑 冥 な る 米 国 労 働 者 の 苦 情 は 一 切 の 米 国 渡 航 を 禁 じ 現 在 の 居 留 民 を 尽 く 引 揚 ぐ る に 至 ら ざ れ ば 止 ま ざ る べ き な り㈹
移
民
の
出
発
〔 三 月 五 日 〕 一 昨 日 出 港 の 広 運 丸 に て 海 外 移 民 三 十 五 名 出 発 せ り ( 注 ) 六 日 に も 掲 載 。働
特
別
広
告
〔 三 月 五 日 〕 久 茂 地 二 四 九 〇 西一
移
民
取
扱
事
務
所
移 転 ス 平 方 上 ノ ヒ ラ ノ 下 一 85 一⑯
往
来
〔 三 月 月⊥ ハ 日 〕当
山
久
三
( 前 略 ) A 酒 井 謙 氏 の 来 県 熊 本 移 民 合 資 会 社 員 酒 井 謙 氏 墨 国 移 民 募 集 の 県 に 付 来 県 池 畑 店 に 投 宿 せ り ㈹ 移 民 輸 送 禁 止 と 在 布 畦 日 本 人 の 反 対 〔 三 月 八 日 〕 在 布 畦 本 邦 人 よ り 帝 国 通 信 社 へ 左 の 如 き 電 報 達 し た る由
米 国 議 会 は 布 畦 よ り 日 本 移 民 の 米 国 に 輸 送 す る を 禁 止 す る の 法 律 を 可 決 し た り 同 法 律 は 日 本 の 威 厳 を 傷 つ け 且 つ 布 畦 に 於 け る 日 本 人 の 利 益 を 減 却 す る も の な る を 以 て 布 畦 在 住 の 日 本 人 は 同 法 律 に 対 し 強 硬 な る 反 対 を な す こ と に 一 決 せ り 内 国 同 胞 が 当 地 居 留 民 と 共 同 し て 当 局 者 に 向 ひ 同 法 の 施 行 に 反 対 せ ら る ・ や う 勧 告 せ ん こ と を 希 望 す㈹
墨
西
其
移
民
〔 三 月 八 日 〕 熊 本 移 民 合 資 会 社 の 助 役 松 井 氏 墨 西 其 移 民 募 集 の 件 に 付 来 県 の 事 は 既 報 の 如 し 全 会 社 は 去 三 十 一 年 四 月 其 筋 の 許 可 を 得 て 専 ら 布 畦 行 移 民 取 扱 を 為 せ し が 三 十 三 年 墨 西 其 炭 磧 会 社 と 契 約 移 民 の 約 束 を 為 し 爾 来 引 続 き 同 国 行 移 民 の 周 旋 を 為 し 居 れ り と の 事 に て 近 日 の 中 に 当 地 よ り 同 移 民 募 集 に 着 手 す る 由 な る か 応 募 者 の 心 得 と な る へ き 事 項 を 左 に 摘 載 す ぬ 「 メ キ シ コ 」 国 「 メ キ シ コ 」 国 は 北 亜 米 利 加 洲 の 南 部 に 位 し 北 緯 十 五 度 よ り 岩 三 度 西 経 八 十 七 度 よ り 百 十 七 度 の 問 を 占 め 其 延 長 南 北 一 千 九 百 五 十 哩 東 西 平 均 四 百 哩 あ り 此 国 は 久 し く 以 前 よ り 我 国 と 条 約 を 結 び 親 交 の 間 柄 に て 其 国 運 は 近 時 益 々 隆 盛 に 赴 き 文 明 の 程 度 著 し く 進 歩 し た る 一 大 共 和 国 な り A 雇 主 と 就 業 地 雇 主 は 「 メ キ シ カ ン 、 コ ー ル 、 エ ン ド 、 コ ー ク ス 、 コ ム パ ニ ー 」 ( 墨 国 炭 磯 会 社 ) と 称 す る 北 米 合 衆 国 「 ニ ュ ー 、 ザ ー セ ー 」 州 の 商 事 会 社 に し て 墨 国 「 コ ア ウ イ ラ 」 州 の 「 ラ ス 、 エ ス ペ ラ ン サ ス 」 に 支 社 を 置 き 一 86 一同 州 に あ る 其 所 有 磯 山 の 事 務 を 総 轄 せ り 又 此 度 移 民 の 就 業 す る 場 所 は 同 地 方 な る 「 ラ ス 、 エ ス ペ ラ ン サ ス し 炭 磧 「 ラ ス 、 コ ン キ ス タ 」 炭 磧 及 其 地 附 近 に あ る 諸 炭 磧 に し て 前 年 来 全 社 よ り 送 り た る 和 歌 山 、 三 重 、 福 島 、 香 川 、 岡 山 、 富 山 、 高 知 、 福 井 、 諸 県 の 移 民 が 労 働 し つ ・ あ り 《 仕 事 は 石 炭 採 堀 及 之 に 関 係 し た る 労 働 に て 前 年 来 全 社 よ り 送 り た る 各 地 移 民 就 業 地 の 例 を 記 す れ ば 磧 山 は 一 磧 区 を 区 分 し て 五 十 灰 乃 至 三 百 沢 に 別 ち 移 民 一 人 毎 に 五 十 腿 の ( 一 区 画 一 ル ー ム と 称 す ) を 受 持 ち 石 炭 を 堀 り 取 る も の に て 鉄 道 に 坑 外 よ り 坑 内 に 通 じ 運 搬 車 は 其 働 き 居 る ル ー ム 附 近 ま で あ る に よ り 移 民 は 石 炭 を 採 掘 し て 其 貨 車 に 積 み 自 己 の 番 号 札 を 各 車 に 附 す る と き は 坑 外 下 付 願 を 始 め 総 て の 手 続 は 会 社 に 於 て 之 を 周 旋 す べ し A 手 数 料 及 雑 入 費 墨 国 行 き 移 民 の 用 意 す べ き 金 額 の 概 算 は 左 の 如 し 会 社 手 数 料 二 十 五 円 ○ ○ ○ 汽 船 、 汽 車 費 賃 ( 米 金 六 十 一 弗 三 拾 仙 ) 凡 百 廿 二 円 六 十 銭 上 陸 地 よ り 汽 車 中 食 費 凡 六 円 ○ ○ ○ 検 査 費 、 消 毒 費
壱
円
五
十
銭
合
計
百
五
十
五
円
拾
銭
( 此 他 郷 里 よ り 乗 船 地 ま で の 旅 費 と 旅 券 下 附 及 契 約 用 印 紙 代 五 十 六 銭 乗 船 地 滞 在 費 一 日 五 十 銭 全 上 荷 物 運 費 艀 賃 五 十 八 銭 を 用 意 す べ し ) 右 の 内 往 行 汽 船 、 汽 車 賃 日 本 迄 大 凡 百 廿 円 余 は 移 民 に 於 て 三 ヶ 年 の 契 約 を 満 足 に 終 了 し た る 時 は 奨 励 賞 与 の 趣 旨 を 以 て 返 済 せ ら る べ し ( 以 下 次 号 )㈱
広
告
〔 三 月 九 日 〕 ○ メ キ シ コ 移 民 ヲ 取 扱 フ 志 望 者 ハ 至 急 申 込 ア リ タ シ事
務
所
那
覇
区
字
東
大
通
東 洋 移 民 会 社肥
後
孫
左
衛
門
業 務 代 理 メ キ シ コ 行 移 民 ニ シ テ 渡 航 費 借 用 御 希 望 ノ 御 方 ヘ ハ 迅 速貸
金
御
周
旋
可
仕
候
那
覇
区
字
東
大
通
林
秀
太
郎
一 87 一( 注 ) ∼ 十 四 日 迄 掲 載 。 ㈹ 肥 後 、 林 秀 氏 と 墨 西 其 移 民
〔
三
月
十
日
〕
肥 後 孫 左 衛 門 、 林 秀 太 郎 の 両 氏 今 般 東 洋 移 民 会 社 の 墨 西 其 移 民 を 取 扱 ふ こ と ・ な り た る 由 な る が 事 務 所 那 覇 区 字 東 千 六 百 二 十 四 番 地 ( 東 町 屋 通 り ) に 設 け た り㈹
墨
西
其
移
民
の
心
得
(
続
)
〔 三 月 十 二 日 〕 A 気 候 夏 期 は 炎 暑 の 候 と 錐 も 朝 夕 は 凌 ぎ 易 く 冬 季 は 雪 を 見 る こ と も 稀 な り 且 つ 空 気 乾 燥 な る が 故 に 最 も 健 康 に 適 し 風 土 病 の 如 き は 殆 ん ど な く 最 も 移 民 に 適 し た る 気 候 な り 但 し 全 土 炭 山 地 の 事 な れ ば 四 面 荒 蓼 眼 を 慰 む る も の な く 我 日 本 の や う な る 愉 快 の 地 に あ ら ざ る 事 勿 論 な れ ば 外 国 と 聞 き て 徒 ら に 好 き 土 地 の 如 き 妄 想 を 抱 き 其 地 に 至 り て 失 望 の 余 り 仕 事 を 怠 り 又 は 帰 国 を 思 ひ 立 つ 如 き 事 な き や う 充 分 覚 悟 し て 渡 航 す べ し 《 日 本 よ り の 道 順 「 メ キ シ コ 」 行 移 民 は 通 例 是 迄 は 北 米 合 衆 国 を 通 過 せ る ゆ へ 先 つ 横 浜 に て 米 国 医 師 の 厳 重 な る 眼 の 検 査 あ り て 折 角 の 応 募 者 も 大 半 は 不 合 格 と な る 恐 あ り し に つ き 本 社 に 於 て 特 に 墨 国 直 航 の 汽 船 を 約 束 し て 差 立 つ る 事 と な し た り 先 つ 横 浜 よ り 墨 国 の 南 端 「 サ リ ナ ク ル ー ズ 」 に 直 航 し ( 此 間 凡 廿 五 六 日 間 ) 同 所 よ り 汽 車 に て 同 国 の 北 端 た る 就 業 地 に 達 す る も の に て 此 問 の 距 離 千 三 百 五 十 哩 余 凡 そ 三 四 日 間 を 要 す A 移 民 の 資 格 希 望 者 は 必 ず 左 の 各 項 に 相 当 す る も の に て 父 母 及 び 戸 主 の 許 諾 を 得 べ き 者 と す 年 齢 十 七 才 以 上 四 十 二 才 以 下 の も の 身 体 無 病 健 康 に し て 常 に 労 働 に 従 事 せ る も の 職 業 炭 鉱 労 働 に 経 験 あ る も の 若 く は 従 事 せ ん と す る も の 兵 役 に 関 係 な き も の 保 証 相 当 の 財 産 あ り て 役 場 の 証 明 を 有 す る 二 人 の 保 証 人 を 立 つ る 事 炭 坑 に 適 合 し た る 人 に し て 渡 航 を 志 願 す る も の は 各 自 便 宜 の 地 に て 医 師 の 健 康 診 断 書 を 取 り 保 証 人 資 産 証 明 書 及 び 戸 籍 謄 本 二 通 を 添 へ 会 社 に 申 込 み 会 社 と 移 民 と の 契 約 一 88 一の 際 金 六 円 を 納 む べ し 然 れ ば 渡 航 許 可 願 旅 券 下 附 願 を 始 め 総 て の 手 続 は 会 社 に 於 て 之 を 周 旋 す べ し
㈹
布
畦
耕
主
と
当
局
者
〔 三 月 十 四 日 〕 北 米 加 州 に 於 け る 学 童 事 件 が 遂 に 移 民 転 航 問 題 に 到 着 せ し め た る は 在 布 畦 砂 糖 耕 主 が 積 年 の 宿 題 た る 本 邦 移 民 の 布 畦 よ り 転 航 す る を 禁 遇 す る の 目 的 を 達 す る に 至 り た る な り 抑 々 転 航 問 題 の 起 因 た る や 同 島 に て 本 邦 人 以 外 他 に 適 当 者 を 求 む る 能 は ず 同 島 の 盛 衰 は 本 邦 労 働 者 の 供 給 如 何 に よ り て 決 せ ら る ・ が 如 き 実 状 な る に 本 邦 労 働 者 の 賃 金 は 白 人 に 比 し 低 廉 ( 邦 人 は 近 時 値 上 げ の 結 果 漸 く + 九 弗 、 白 人 は 廿 二 弗 ) な る を 以 て 我 労 働 者 は 屡 々 耕 主 に 対 し 白 人 同 様 の 賃 金 増 加 と 待 遇 を 改 め ん 事 を 要 求 す る も 耕 主 の 顧 み る 所 と な ら ず 該 運 動 毎 に 耕 主 の 依 頼 を 受 け た る 斎 藤 領 事 の 鎮 圧 す る 所 と な り 其 目 的 を 達 す る 事 を 得 ず 不 平 絶 ゆ る 時 な か り し が 偶 々 近 来 米 国 太 平 洋 諸 州 に 事 業 勃 興 し 米 国 資 本 家 は 本 邦 労 働 者 を 歓 迎 す る を 以 て 在 布 畦 を 去 り て 米 国 本 土 に 転 航 す る に 至 れ る を 以 て 斎 藤 領 事 は 耕 主 の 請 託 を 受 け 我 国 通 商 当 局 者 と 協 議 の 結 果 一 昨 年 よ り 布 畦 行 移 民 に 下 附 す る 渡 航 免 状 に 布 畦 に 限 る と の 文 字 を 加 へ て 転 航 者 を 防 止 せ ん と せ る も 我 政 府 制 裁 力 は 米 国 内 に 及 ば ず 且 つ 旅 行 の 自 由 は 米 国 憲 法 の 保 護 す る 処 な れ ば 斯 る 欺 満 的 手 段 は 毫 も 其 功 を 奏 せ ず 益 々 労 働 者 の 欠 乏 を 感 ず る に 至 れ り 是 よ り 先 き 耕 地 団 体 に て 此 形 勢 に 対 し 種 々 協 議 の 末 一 昨 年 九 月 総 代 と し て 耕 主 の 一 人 ス フ ワ ン カ ス 氏 と 同 団 体 日 本 人 労 働 部 主 任 た る 邦 人 小 野 健 三 郎 氏 布 畦 に 生 れ 布 畦 に 成 長 せ る 邦 人 を 添 へ 本 邦 に 派 遣 し 当 局 者 に 対 し 種 々 交 渉 あ り た る 結 果 当 局 者 は 昨 年 二 月 斎 藤 領 事 の 帰 朝 を 命 じ 其 意 見 に 基 き 六 月 布 畦 移 民 に 対 す る 従 来 の 方 針 を 変 革 し 従 来 一 ケ 月 五 百 人 の 制 限 一 躍 四 千 人 に 増 加 す る に 至 り し が 当 時 此 変 革 に 対 し 転 航 防 止 の 根 本 問 題 た る 賃 銭 値 上 げ を 計 ら ざ る 以 上 到 底 転 航 防 止 の 途 な く 之 を 実 行 せ ず 単 り 渡 航 者 制 限 の み 拡 大 す る 結 果 は 益 益 転 航 者 の 激 増 に よ り て 勢 ひ 日 米 間 の 紛 議 を 惹 起 す る に 至 る べ き を 警 告 す る 所 あ り た る も 当 局 者 は 之 に 対 し 毫 も 耳 を 假 さ ず 遂 に 日 米 事 件 を 醸 成 す る に 至 れ り 而 し て 亦 耕 主 は 最 初 よ り 転 航 激 増 の 趨 勢 は 国 際 問 題 を 惹 起 す る に 至 る べ き を 予 想 一 89 一し 其 際 に 当 り て 禁 遇 方 法 の 制 定 せ ら れ ん 事 を 企 図 し 今 回 の 学 童 事 件 を 好 機 と し て 転 航 問 題 を 提 唱 し 大 統 領 を し て 耕 主 と 年 来 密 接 の 関 係 あ る 移 民 局 長 サ ー ジ ア ン ト 氏 を 派 遣 し た る … 機 会 に 同 局 長 に 秘 策 を 牒 し て 大 統 領 を 説 得 し 遂 に 妥 協 案 と し て 転 航 禁 遇 案 を 成 立 せ し め 弦 に 積 年 の 希 望 を 貫 徹 す る に 至 れ る も の な れ ば 我 当 局 も 日 米 の 関 係 に 於 て 今 日 形 勢 を 招 致 せ る 責 任 は 免 れ ざ る 所 に し て 殊 に 当 局 者 の 移 民 政 策 は 常 に 斎 藤 領 事 の 報 告 に 基 き 斎 藤 領 事 は 嘗 て 移 民 会 社 が 布 畦 に て 勢 力 旺 盛 を 極 め た る 所 謂 会 社 時 代 に あ り て 会 社 よ り 請 託 を 容 れ て 移 民 の 利 害 を 等 閑 に 付 し 会 社 勢 力 失 墜 の 後 は 専 ら 耕 主 と 親 密 な る 関 係 を 保 持 し 布 畦 在 留 邦 人 問 に 不 信 用 の 声 高 き 人 物 な れ ば 斎 藤 領 事 を 中 間 に 介 し た る 耕 主 対 我 当 局 者 の 関 係 に 付 て 奇 怪 な る 風 説 を 流 布 す る も の あ り と 云 ふ
㈹
広
告
〔
三
月
十
五
日
〕
北 米 メ キ シ コ 移 民 募 集 眼 の 検 査 な し 、 人 員 に 限 り あ り至
急
申
込
あ
れ
( 注 ) 十 ⊥ ハ R [、大
城
兼
義
方
熊
本
移
民
合
資
会
社
酒
井
謙
十 七 臼 に も 掲 載 。㈲
首
里
の
布
畦
渡
航
者
〔 三 月 一 十 ↓ ハ 日 〕 去 る 一 日 以 来 其 筋 へ 申 達 し た る 全 区 内 の 布 畦 渡 航 希 望 者 は 六 十 九 名 な り㈲
広
告
〔 三 月 十 九 日 〕 北 米 メ キ シ コ 移 民 百 五 十 人 大 至 急 募 集 眼 の 検 査 な し 〆 切 後 は 暫 く 募 集 な し熊
本
移
民
合
資
会
社
池
畑
方
酒
井
謙
大
城
兼
義
方
全
人
( 注 ) ∼ 三 十 一 日 迄 掲 載 。 一 90 一㈲ 海 外 県 民 よ り 送 金 額
〔
三
月
二
十
二
日
〕
去 三 十 九 年 布 畦 及 米 国 へ 在 留 の 本 県 人 よ り 送 金 の 額 は 左 の 如 く な り と い ふ那
覇
区
首
里
区
島
尻
郡
中
頭
郡
国
頭
郡
合
計
六
千
弐
百
八
拾
壱
円
弐
拾
九
銭
壱
万
六
百
拾
七
円
六
拾
五
銭
弐
万
弐
千
五
百
六
拾
五
円
五
銭
拾
五
万
弐
千
九
百
拾
円
弐
拾
壱
銭
五
厘
四 万 六 千 七 百 弐 拾 九 円 四 拾 九 銭 七 厘弐
拾
参
万
九
千
百
参
円
七
拾
銭
弐
厘
右 は 郵 便 局 の 調 査 に 係 る も の に し て 郵 便 局 に 依 ら ざ る 送 金 額 は 其 外 な り と 知 る べ し 因 に 一 昨 三 十 八 年 中 郵 便 局 経 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 由 の 送 金 額 は 六 万 一 百 八 十 九 円 九 十 参 銭 弐 厘 な り と㈹
平
安
座
通
信
(
二
)
〔
三
月
二
十
二
日
〕
( 前 略 ) A 布 畦 移 民 近 頃 出 稼 人 の 希 望 者 多 く 数 年 前 皆 無 な り し 遠 征 思 想 も 今 日 は 大 に 豊 富 と 相 成 口 来 候 目 下 の 移 民 数 殆 ど 百 名 に 上 ぼ り 月 弐 十 円 つ ・ は 平 均 一 人 の 送 金 に て 合 計 二 千 円 口 当 分 村 に 落 ち 居 り 候 も 只 今 は 全 く 此 の 金 も 移 民 を 出 発 せ し め 居 り 候 故 金 融 切 迫 口 候 但 し 今 後 村 の 発 展 も 多 大 な ら ん と 存 じ 候 ( 後 略 )㈹
広
告
〔 三 月 二 十 四 日 〕 ㊥ 布 畦 移 民 夫 婦 連 ハ 申 込 ノ 前 後 二 抱 ラ ズ 早 速 取 扱 フ 島 尻 申 頭 国 頭 郡㊧
事
務
員
入
用
定 住 者 二 限 ル 日 本 殖 民 合 資 会 社業
務
代
理
人
大
城
兼
義
( 注 ) 二 十 六 日 、 二 十 七 日 に も 掲 載 。㈹
広
告
〔 三 月 二 十 四 日 〕布
畦
移
民
夫
婦
連
迅
速
取
扱
業
務
代
理
人
中
村
渠
栄
信
( 注 ) ∼ 五 月 二 十 三 日 迄 掲 載 。 一 91 一㈲
広
告
〔 三 月 に 一 十 ⊥ ハ 日 〕布
畦
移
民
夫
婦
連
迅
速
取
扱
業
務
代
理
人
比
嘉
昌
輝
( 注 ) ∼ 五 月 二 十 三 日 迄 掲 載 。㈹
布
畦
労
働
者
の
移
住
地
〔
三
月
二
十
八
日
〕
米 国 政 府 が 本 邦 布 畦 在 留 労 働 者 の 米 国 転 航 を 防 遇 せ ん 為 め 其 移 民 法 を 改 正 し て 其 入 国 を 禁 止 し た る は 本 邦 労 働 者 の 米 国 に 於 け る 発 展 に 対 し て 最 大 打 撃 な る が 右 に 関 し 布 畦 コ ン マ ー シ ャ ル 、 ア ド ヴ ァ … タ イ ザ ア の 伝 ふ る 所 に 依 れ ば 同 法 の 改 正 は 絶 対 的 に 本 邦 労 働 者 の 入 国 を 禁 止 す る 能 は ず 彼 等 は 尚 同 改 正 法 律 の 下 に 於 て 米 国 に 転 住 の 途 を 見 出 す を 得 べ し 即 ち 先 づ 加 奈 太 若 く は 墨 国 に 入 り 同 国 よ り 更 に 米 国 に 入 込 む は 法 律 の 禁 止 せ ざ る 所 な る を 以 て 此 方 法 に 依 る 時 は 米 国 に 入 込 む は 毫 も 難 事 に あ ら ず 是 れ 本 邦 布 畦 労 働 者 が 執 る べ き の 唯 一 方 法 に し て 彼 等 は 其 の 墨 国 に 赴 く を 以 て 頗 る 御 宜 と 為 せ り 是 れ 同 国 に 於 け る 賃 銀 は 一 日 墨 銀 三 弗 の 上 直 段 な る に 基 く も の に し て 布 畦 自 由 新 聞 の 報 ず る 所 に て は 近 日 墨 国 転 航 の 計 画 日 墨 両 国 人 間 に 成 立 し 第 一 回 布 畦 労 働 者 墨 国 輸 送 の 為 め 船 舶 雇 入 の 交 渉 開 始 せ ら れ た る 由 彼 等 が 今 日 に 至 る ま で 何 故 に 此 の 好 移 民 地 な る 墨 国 に 転 航 せ ざ り し か と 云 ふ に 其 気 候 の 彼 等 に 適 せ ざ る 所 よ り 其 最 先 の 移 住 者 の 多 く は 熱 病 に 侵 さ れ 失 敗 に 終 り た る こ と あ り し が 為 な る が 今 日 に 於 て は 是 等 衛 生 上 の 設 備 も 完 全 し 予 防 の 方 法 に 於 て は 是 等 も 経 験 に 富 め る を 以 て 遂 に 此 決 心 を 為 す に 至 り た る も の に し て 彼 等 が 墨 国 に 入 り た る 後 同 国 に 止 ま る か 之 れ よ り 米 国 本 土 に 入 か は 其 自 由 な る 選 択 に 任 ず る を 得 べ し 左 れ ば 今 後 如 何 に 法 律 改 正 し て 日 本 労 働 者 の 布 畦 喰 止 策 を 講 ぜ ん と す る も 遂 に 無 益 の 業 に 終 べ し 云 々㈱
広
告
〔 三 月 二 十 九 日 〕 ◎ 布 畦 行 移 民 取 扱 フ 但 夫 婦 連 ハ 特 二 迅 速 取 扱 フ 一 92 一(
注
)
那 覇 区 字 東 上 ノ 蔵 善 興 寺 小 路業
務
代
理
人
山
城
宗
蔭
∼ 五 月 二 十 五 日 迄 掲 載 。㈱
国
頭
片
信
〔 三 月 三 十 日 〕 三 月 二 十 八 日 発国
頭
生
( 前 略 ) A 金 武 間 切 は 流 石 は 移 民 の 元 祖 丈 け あ り て 出 稼 者 の 成 績 概 し て 良 好 に 有 之 候 年 々 海 外 よ り の 入 金 相 当 に 有 之 為 め に 同 間 切 の 土 地 の 売 買 価 格 は 漸 次 騰 貴 す る 模 様 に 有 之 候 ( 後 略 )㈹
墨
西
其
炭
坑
の
破
裂
〔 三 月 三 十 一 日 〕 東 洋 移 民 会 社 の 関 係 せ る 南 米 墨 西 寄 炭 坑 破 壊 し 為 め に 本 県 人 を 七 名 死 傷 せ り と い ふ 尚 ほ 詳 し き こ と は 次 号 に 記 載 す べ し㈱
墨
国
炭
坑
爆
発
の
概
況
〔 四 月 二 日 〕 去 る 二 月 十 八 日 墨 国 コ ア ウ ヰ チ 洲 ラ ス エ ス ペ ラ ン サ ス 炭 薩 の 一 部 に 於 て 瓦 斯 爆 発 の た め 死 傷 者 を 出 し た る 旨 を 以 て 羅 災 移 民 氏 名 及 当 時 の 状 況 等 東 洋 移 民 会 社 よ り 報 告 あ り た る 大 要 を 左 に 記 載 せ ん 本 県 人 の 死 傷 者 死 者 呉 屋 仁 和 、 新 里 親 仁 、 岸 本 良 仁 、 大 城 蔵 一 負 傷 者 亀 谷 幸 助 、 豊 里 友 益 、 小 波 津 徳 二 月 十 八 日 午 前 八 時 十 分 墨 西 寄 コ ン キ ス タ 炭 坑 第 三 炭 坑 の 瓦 斯 俄 然 爆 発 し 当 時 坑 内 に 在 り し 移 民 十 九 名 の 中 十 三 名 は 惨 死 を 遂 げ 残 り 六 名 中 一 名 は 微 傷 を 受 け 他 の 五 名 は 一 時 瓦 斯 吸 入 の 為 め 甚 し く 疲 労 の 体 な り し も 漸 次 回 復 し 各 自 宅 に 於 て 休 養 中 な り と い ふ 斯 く て 右 十 三 名 き 死 体 は 翌 十 九 日 共 同 墓 地 へ 埋 葬 し た る 由 に て 当 日 右 急 報 に 接 し て 各 所 各 炭 坑 よ り 集 ま り 来 り た る 数 多 の 人 々 入 坑 し 医 師 も 亦 数 多 応 急 の 手 当 を 為 さ ん と て 入 坑 し て 捜 索 し た る が 何 分 該 坑 は 坑 口 よ り 奥 迄 は 一 哩 余 に も 達 す る を 以 て 意 の 一 93 一如 く な ら ず 炭 破 会 社 支 配 人 の 如 き も 救 助 の 為 め に 入 坑 し て 瓦 斯 に 酔 ひ 人 に 扶 け ら れ て 蘇 生 す る を 得 た る も 之 が 為 め 終 日 起 つ 能 は さ り し 程 に て 全 日 午 前 九 時 頃 よ り は 死 体 生 存 者 共 続 々 と し て 出 で 来 り 早 速 病 院 へ 収 容 し た る も 大 ヘ ヘ ヘ へ 概 の も の は 昏 酔 し 前 記 本 県 人 豊 里 友 益 の 如 き も 病 院 に 於 て 一 時 は 酒 乱 の 如 く 騒 ぎ 狂 ひ た る も 夕 刻 よ り は 回 復 し 又 ヘ ヘ ヘ へ 全 亀 谷 幸 助 は 八 時 四 十 五 分 頃 自 ら 歩 行 し 来 り 微 傷 だ も な ヘ ヘ ヘ へ く 自 宅 に 帰 れ り と 云 ふ 全 小 波 津 徳 は 午 后 一 時 四 十 五 分 頃 救 出 さ れ 暫 時 病 院 に 於 て 治 療 し た る 後 退 院 し た る 由 ( 注 ) 『 沖 縄 県 史 』 第 19 巻 三 二 三 頁 収 録 。