• 検索結果がありません。

<論説>証券取引規制における排除命令制度

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<論説>証券取引規制における排除命令制度"

Copied!
26
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)証券取引規制における排除命令制度. 論 説. 証券取引規制における排除命令制度 芳賀 良 1.はじめに 2.アメリカにおける排除命令制度の沿革と概要 3.排除命令の発令要件 4.考察 5.むすび. 1.はじめに 緊急差止命令(金融商品取引法 192 条)は、 アメリカの差止命令(Injunction) の制度を範として、 投資者保護の観点から、 法令違反行為を事前に禁止し、 又は、 現在行われている法令違反行為を停止するものである 1)。アメリカの連邦証券 1)旧証券取引法 192 条について、田中誠二=堀口亘『再全訂コンメンタール 証券取引法』 1118 ~ 1119 頁(勁草書房,1996 年)参照。また、日本の緊急差止命令の規定が、アメリ カの証券法の規定に倣ったことについて、神田秀樹=黒沼悦郎=松尾直彦編著『金融商 品取引法コンメンタール 4 ― 不公正取引規制・課徴金・罰則』475 頁〔藤田友敬〕 (商事 法務,2011 年) 。なお、アメリカ法における差止命令制度の概要については、拙稿「金融 商品取引法における緊急差止命令-法令違反行為を予防するための緊急差止命令に関す る若干の考察-」横浜法学 24 巻 2・3 号 29 頁以下(2016 年)参照。 1.

(2) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 諸法においては、差止命令制度に加えて、排除命令(Cease-and-Desist Order) という制度が設けられている。アメリカ法においては、違法行為に対する法令 上の措置として、差止命令と排除命令という二元的な構成が取られていること になる。この点は、日本法と異なるところである。差止命令制度と比較して、 排除命令制度の機能とその発令要件は、どのような差異があるのか、という点 を明らかにすることは、日本法における緊急差止命令の機能を考察する上でも、 重要な示唆を得られる。そこで、 本稿は、 アメリカの証券取引委員会(Securities and Exchange Commission;以下、“SEC” とする。 )による排除命令制度を比 較法の対象として、証券取引規制における排除命令制度について、立法論的考 察を行うこととする 2)。. 2.アメリカにおける排除命令制度の沿革と特徴 本節においては、まず、アメリカの証券規制の分野における排除命令制度の 立法過程について分析する 3)。次に、排除命令制度における手続を概観し、本 制度の特徴を描写することとする。. 2)本稿における排除命令制度の分析は、主に以下の文献に依った。  Andrew M. Smith, SEC Cease-and-Desist Orders, 51 Admin. L. Rev. 1197 (1999).  Stephen J. Crimmins & Mitchell E. Herr, SEC Resolves Long-Standing Questions About Its Cease-and-Desist Remedy, 33 Sec. Reg. & L. Rep. (BNA) 1084 (July 23, 2001).  Dhaivat H. Shah, The Care and Feeding of an SEC Cease-and-Desist Order: The Commission Defines Its Authority through In the Matter of KPMG Peat Marwick, LLP, 25 Hamline L. Rev. 271 (2002).  Thomas Lee Hazen, Treatise on The Law of Securities Regulation §16:41 (2016).  Marc I. Steinberg, Securities Regulation 1177-1178 (7th ed., 2017).  10 Louis Loss, Joel Seligman & Troy Paredes, Securities Regulation 943-952 (5th ed. 2018). 3)本節の分析は、主に、Smith・前掲注(2)1200 頁以下に依拠した。 2.

(3) 証券取引規制における排除命令制度. (1)排除命令制度の沿革 ア.立法までの背景 アメリカの証券規制の分野において、排除命令の必要性は、1970 年代から 主張されていた 4)。この見解によれば、①差止命令による救済は、時折、SEC により濫用されていること、②差止命令と排除命令の発令要件が異なることを 前提に、排除命令は、違反行為発生の蓋然性がない者に対する有用な救済手段 であることが主張されていた 5)。 そ の 後、1987 年 に 取 り ま と め ら れ た「不正 な 財務報告 に 関 す る 全米委 員 会」 報 告(Report of the National Commission on Fraudulent Financial Reporting;以下、 「Treadway 委員会報告」とする。 )が、排除命令について 言及している 6)。まず、Treadway 委員会報告の任務は、 「詐欺的な財務報告 を導き得る原因とその発生率を減少させる処置を明らかにすること」にある 7)。 Treadway 委員会報告は、不正な財務報告を抑止するという観点から、 「SEC は、証券諸法違反(securities law violation)を認定した場合に、排除命令を 発令する権限を有すべきである」ことを推奨している 8)。その根拠として、各 事例に応じた柔軟な対応が可能となることを挙げている 9)。なぜなら、差止命 令と異なり、排除命令は、投資会社の役員又は取締役の欠格事由のような差 4)Smith・前掲注(2)1200~1201 頁。 5)Arthur F. Mathews, The SEC and Civil Injunctions: It’s Time to Give the Commission an Administrative Cease and Desist Remedy, 6 Sec. Reg. L.J. 345, 346 (1979) . な お、Smith・前掲注 (2)1201 頁。 6)National Commission. on. Fraudulent Financial Reporting, Report. of the. National. Commission on Fraudulent Financial Reporting (1987). Treadway 委員会報告の位置付けに ついては、柿﨑環『内部統制の法的研究』 (2005 年,日本評論社)92 頁以下を参照。 7)Treadway 委員会報告・前掲注(6)1 頁。 8)同上 65 頁。 9)同上 66 頁。 3.

(4) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 止命令の強い副作用を伴わないことから、差止命令よりも緩和された手段と 位置付けられるからである 10)。そして、① SEC が、将来の違反行為に係る 相当な蓋然性を示す十分な証拠を欠く事例と② SEC が、副作用があまりにも 激烈で、差止命令が不適切であるため、差止命令による救済を躊躇している 事例の場合、排除命令の存在は、不正な財務報告の抑止を増進するとしてい る 11)。 イ.制定の過程 SEC は、前述 し た Treadway 委員会報告 の 一定 の 推奨 に 対応 す る た め、 1988 年 9 月に、法案を議会に提出した 12)。そして、1989 年 1 月に、SEC は、 一定の修正を伴った法案を再提出している 13)。この SEC 法案には留意すべき 点がある。それは、Treadway 委員会報告の推奨が財務に係る詐欺的違反行 為を射程にしていたのにもかかわらず、SEC 法案は、新しい民事救済の射程 を広範な証券諸法違反に及ぼしている点である 14)。もっとも、当初、SEC は、 排除命令 の 必要性 に つ い て 懐疑的 な 立場 で あった 15)。即 ち、連邦議会下院 (House of Representatives)が設置する委員会の公聴会(1989 年 7 月 19 日開催) において、当時の SEC 委員長は、法案に排除命令が含まれていない趣旨につ いて、 「委員会(筆者注:SEC)の立場は、証券取引所法 15 条 (c) 項 (4) 号に基 づいて発せられる諸命令が、本質的に、差止命令よりも緩やかな執行手段とし て、財務詐欺の事例において必要とされる排除命令である、という事実に基づ 10)同上。 11)同上。 12)S. Rep. No. 101─337, at 4 (1990). 以下、この文献を「上院報告書」として引用する。 13)同上。 14)H.R. Rep. No. 101─616, at 15 (1990). 以下、この文献を「下院報告書」として引用する。 15)Smith・前掲注(2)1202~1203 頁。 4.

(5) 証券取引規制における排除命令制度. いている」としている 16)。 上記のように、当初、SEC は、排除命令制度の創設に対して慎重な立場で あった。その後、SEC は、排除命令の創設について方針を転換している 17)。 即ち、連邦議会上院(Senate)が設置する委員会の公聴会(1990 年 2 月 1 日 開催)において、当時の SEC 委員長は、 「提案された排除命令は、差止命令と 比較して柔軟な行政的救済方法を提供するため、 委員会(筆者注:SEC)にとっ ても便益がある。この排除命令は、委員会が、証券規制違反行為(securities violations)の程度の差異を認識するという方法により、違反行為を位置付け ることができる。差止命令の付随する影響が不必要又は適切でない場合におい て、排除命令が、委員会をして、長期化する交渉や訴訟なしに、事案を解決す ることを可能とする。このような権限は、また、委員会に、単発的な(isolated) 違反行為を犯し、且つ、投資者への脅威がほとんどない者に対する代替的な救 済方法を提供するのである」と証言している 18)。 SEC は、1990 年 2 月 9 日 に、排除命令権限 を 創設 す る 修正案 を 議会 に 提 出した 19)。下院報告書によれば、 「排除命令権限は、莫大な事件数を抱える. 16)Securities Law Enforcement: Hearings on H.R. 975 Before the Subcomm. on Telecomm. and Fin. of the House Comm. on Energy and Commerce, 101st Cong. 59 (1989) (statement of David S. Ruder, Chairman, SEC). この公聴会は、下院のエネルギー及び通商委員会(Committee on Energy and Commerce)が 設置 す る 通信及 び 財 務 小 委 員 会(Subcommittee on Telecommunications and Finance)で行われたものである(同上 1 頁以下) 。 17)Shah・前掲注(2)280 頁。 18)Securities Law Enforcement Remedies Act of 1989, Hearings on S. 647 Before the Subcomm. on Sec. of the Senate Comm. on Banking, Hous. and Urban Affairs, 101st Cong.56─57 (1990) (written statement of Richard C. Breeden). なお、脚注を省略して引用した。この公聴会は、銀行・ 住宅・都市問題委員会(Committee on Banking, Housing and Urban Affairs)が 設置 す る証券小委員会(Subcommittee on Securities)で行われたものである。 19)上院報告書・前述注(12)5 頁、下院報告書・前掲注(14)39 頁。 5.

(6) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 連邦地方裁判所 か ら 緊急停止命令 や そ の 他 の 非常救済手段(extraordinary emergency relief)を得るために、現在求められている連邦裁判所からの発令 要件を充足することなく、違法行為に対して迅速な救済措置を可能とするもの である」と位置付けられている 20)。つまり、排除命令が行政的措置であるこ とから、迅速な運用が可能であることを指摘しているものと思われる。同時に、 下院報告書は、差止命令と比較して、排除命令は実務的な優位性があることを 強調している 21)。即ち、 「差止命令を課すことが、結果として、不必要あるい は不適切な付随的結果(collateral consequence)が伴う場合、 ・・・ (中略) ・・・ 排除命令の発令権限は、委員会(筆者注:SEC)に、長期化する交渉や訴訟な しに、事案を解決する余地を認める。また、排除命令の発令権限は、委員会を して、単発的な違反行為を犯し、且つ、投資者への脅威がほとんどない者に対 して、他の代替的な救済手段を課すことも認めている」とする 22)。つまり、排 除命令に不要・不適切な付随的救済がないことを前提に、迅速な運用が可能で あることを示している 23)。また、排除命令に不要・不適切な付随的効果がな いことを前提に、差止命令と異なり、単発で行われており、投資者への脅威が 軽微な違反行為に対しても、排除命令を課すことができることを指摘している。 このように、下院報告書は、排除命令の特徴として、差止命令との比較にお いて、①迅速性と②拡張性を挙げているのである。また、SEC における排除 命令制度創設の必要性については、商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission;以下、“CFTC” と す る。 )や 連邦取引委員会(Federal Trade Commission;以下、“FTC” とする。 )などの連邦機関には、排除命令が 20)下院報告書・前掲注(14)23 頁。 21)Loss, Seligman & Paredes・前掲注(2)第 10 巻 946 頁注(21)参照。 22)下院報告書・前掲注(14)23~24 頁。 23)差止命令に係る付随的救済については、拙稿「付随的救済- AI による相場操縦の抑止 に関する研究」横浜法学 27 巻 3 号 141 頁以下(2019 年)を参照。 6.

(7) 証券取引規制における排除命令制度. 既にみとめられているが、従前まで SEC には排除命令が認められていないこ とも挙げている 24)。 次に、上院報告書は、 「一般に、排除命令は、法に違反した行為や慣行に従事 することを控えるように、ある者に命じる行政的救済である。本委員会は、排 除命令を課す権限が、ある特定の事例に係る事実と状況について、柔軟に対応 する SEC の能力を高める、と確信する。また、排除命令権限は、現時点におい て利用できる執行救済方法を課すことが不適切である一定の行為や慣行に対し て適用することができる有益な執行手段を、SEC に与える」とする 25)。他方、 上院報告書は、改正前の時点において、差止命令を得る方法も存在すること も指摘する 26)。しかし、同報告書は、 「差止命令は、常に適切ではない」とす る 27)。その理由として、差止命令に伴う付随的結果が不必要又は不適切であ ることを挙げている 28)。 そして、 上院報告書は、 排除命令の利点を次のように述べる。 即ち、 「立法によっ て与えられる排除命令権限に基づいて、SEC は、被告が差止命令の付随的結果 を避けることを求めるため長期化する交渉や訴訟なしに、事案を解決できる。 また、排除命令権限は、SEC に、単発的な違反行為を犯し、且つ、投資者への 脅威がほとんどない者に対する代替的な救済方法を与える。更に、事件数が極 端に集中する連邦裁判所の性質を所与の前提とすると、審理されるべき事件が 相当程度遅延する結果となるが、行政的な排除命令を発令する権限により、SEC は、 より適時な方法で違反行為や慣行に対応することができる」とする 29)。なお、 24)下院報告書・前掲注(14)23 頁。 25)上院報告書・前掲注(12)17 頁。 26)同上 17 ~ 18 頁。 27)同上 18 頁。 28)同上。 29)同上。 7.

(8) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 上院報告書も、SEC における排除命令制度創設の必要性については、CFTC や FTC など他の連邦機関に認められているが、従前まで SEC には排除命令が認め られていないことも挙げている 30)。上院報告書も、下院報告書と同様に、排除 命令の特徴として、差止命令との比較において、①迅速性と②拡張性を挙げて いる。 . (2)排除命令制度の特徴 ア.排除命令の類型 証券取引規制 に お け る 排除命令 の 1 つ と し て、証券取引所法 21C 条 が 定 める排除命令がある 31)。排除命令には、終局的排除命令(Permanent Ceaseand-Desist Order)と 暫定的排除命令(Temporary Cease-and-Desist Order) に大別される。終局的排除命令制度は、告知(Notice)と聴聞(Hearing)の 後に、認定手続を経て、法令に違反している(is violating) 、違反した(has violated)又は違反しようとしている(is about to violate)場合に、排除命令 を発することができるとするものである(21C 条 (a) 項)32)。上記の「違反した」 という文言が、将来における違反行為の発生可能性という要件との関係で問 題となる(後述) 。 暫定的排除命令制度は、違反行為が①資産の消滅若しくは転換、②投資者 に対する重大な侵害、又は③公益への重大な侵害を招来する可能性がある場 30)同上 19 頁。 31)排除命令は、①証券法(Securities Act of 1933)8A 条(15 U.S.C.§78h-1 (2012)) 、②証券 取引所法(Securities and Exchange Act of 1934)21C 条(15 U.S.C.§78u-3 (2012)) 、③投 資会 社 法(Investment Company Act of 1940)9 条 (f) 項(15 U.S.C.§80a-9(f) (2012)) 、④ 投資顧問法(Investment Advisers Act of 1940)203 条 (k) 項(15 U.S.C.§80b-3(k) (2012)) に規定されている。日本法との比較という観点から、本稿における考察の対象を証券取 引所法 21C 条に限定した。 32)15 U.S.C.§78u-3 (a) (2012). 8.

(9) 証券取引規制における排除命令制度. 合には、認定手続が完了する前に、排除命令を発することができるとするも の で あ る(証券取引所法 21C 条 (c) 項 (1) 号)33)。暫定的排除命令 の 趣旨 は、 投資者や公益に対する侵害行為を防止するため、当該行為を迅速に排除する ことにある 34)。証券取引所法 21C 条 (c) 項 (2) 号によれば、暫定的排除命令は、 ブローカー・ディーラーなど法定の者を対象とする場合にのみ認められる措 置である 35)。 イ.手続 連邦証券諸法 に 違反 す る 嫌疑 に つ い て 調査 す る の は、SEC の 執行局 (Division of Enforcement)で あ る。排除命令 に 関 す る 手続 の 概略 は、次 の よ う に な る 36)。ま ず、SEC に よ り、手 続 開 始 命 令(Order Instituting Proceedings)が発令されることにより、手続が開始される 37)。被審人に対し ては、告知がなされ、聴聞の機会が与えられなければならない 38)。SEC が行 政法審判官(Administrative Law Judge)を任命した場合には、聴聞は、当該 33)15 U.S.C.§78u-3(c)(1) (2012). 34)下院報告書は、暫定的排除命令の趣旨について、次のように述べる。即ち、 「暫定的排 除命令の有用性は、排除命令手続の完了前に、投資者に対する重大な侵害、公益への重 大な侵害、又は、資産の消滅・転換を防止する必要がある場合において、委員会をして、 緊急的行為を取ることを可能とさせる。それ故、提案された立法は、とりわけ継続的な 行為によって投資者が危険性に晒されている場合において、委員会に迅速な執行手続を 開始する権能を授ける」と(下院報告書・前掲注(14)25 頁) 。 35)15 U.S.C.§78u-3(c)(2) (2012). なお、日本法においては、業務改善命令による対応が可能な ので、アメリカにおける暫定的排除命令についてはこれ以上詳論しない。 36)手続の概略について、Shah・前掲注(2)273~274 頁に依拠した。また、アメリカにおけ る行政法審判官制度については、 宇賀克也 『アメリカ行政法 [第 2 版] ( 』弘文堂, 平成 12 年) 121 頁以下参照。 37)SEC Rules of Practice, 17 C.F.R. § 201.200 (2018). 38)同上。 9.

(10) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 行政法審判官が行う 39)。行政法審判官は、事実認定と法的判断等を記載した 第一次的決定(Initial Decision)を発する 40)。SEC は、当事者の申立てがある 場合や自らの判断により、当初決定を再審査することができる 41)。当事者の 申立てや SEC の再審査がなければ、当初決定が確定する 42)。 ウ.法的効果における排除命令と差止命令の差異 排除命令の発令要件を検討する前提として、排除命令と差止命令における法 的効果の差異を概観することとする。排除命令と差止命令の法的効果について、 ①当該命令に違反した場合の直接的効果、②排除命令の発令に伴う付随的効果、 ③懲戒的効果に分類できる 43)。 (ア)命令違反の直接的効果. 第一に、命令に違反した場合の直接的効果について概観することとする。 直接的効果 と し て、①裁判所侮辱罪(Contempt of Court Penalty)と ②民事 制裁金(Civil Penalty)が検討対象となる。排除命令と差止命令において、そ れぞれの命令違反に係る直接的効果が異なるのは、命令違反行為に対して裁 判所侮辱罪の適用があるか否か、という点である。即ち、排除命令は、行政 上の措置であることから、差止命令と異なり、排除命令違反行為に対して、 裁判所侮辱罪が自動的に適用されるものではない 44)。この点において、差止 命令の違反は、排除命令の違反よりも深刻な法的効果を導き出すことが指摘 39)SEC Rules of Practice, 17 C.F.R. § 201.110 (2018). 40)SEC Rules of Practice, 17 C.F.R. § 201.360 (2018). 41)SEC Rules of Practice, 17 C.F.R. § 201.411 (2018). 42)SEC Rules of Practice, 17 C.F.R. § 201.360(d) (2018). 43)‌SOX 法 や Dodd-Frank 法( Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)制定以前の分類方法について、Smith・前掲注(2)1217 頁以下を参照。 44)Loss, Seligman & Paredes・前掲注(2)第 10 巻 946 頁。 10.

(11) 証券取引規制における排除命令制度. されている 45)。 他方、民事制裁金については、まず、証券取引所法に違反する行為(21A 条 の場合を除く)を行った者や排除命令に違反した者に対して、SEC の訴えに基 づいて、裁判所は民事制裁金を課すことができる(証券取引所法 21 条 (d) 項 (3) 号)46)。従って、SEC は、裁判所に申し立てることにより、差止命令又は排除命 令の違反行為者に対して、民事制裁金を課すことを求めることができる。民事制 裁金の賦課という点では、差止命令と排除命令との間に差異はないといえる。 上記のように、差止命令の違反行為に対する直接的効果は裁判所侮辱罪の適 用がある。他方、排除命令の違反行為に対しては、直接的効果として、民事制 裁金の賦課される場合がある。民事制裁金も制裁である以上、その影響は賦課 される金額や賦課される対象者の経済状況に依存する。そのため、民事制裁金 を、性質が異なる他の制裁と単純に比較して、その軽重を判定することは困難 であると思われる 47)。 また、SEC も、排除命令手続において、告知及び聴聞の機会を経て、法令 違反者に対して民事制裁金を課すことができる(証券取引所法 21B 条 (a) 項 (2) 号)48)。この規定により、SEC は、独自に、排除命令手続において、民事制裁 金を課すこともできる。このため、排除命令の場合、SEC は、排除命令に対 する違反行為がなくとも民事制裁金を課すことができる。このことから、排除 命令は、差止命令よりも強力な制裁手段を有している、と評価することも可能 45)Smith・前掲注(2)1218 頁。 46)15 U.S.C.§78u (d) (3) (2012). 47)なお、従来から、排除命令の違反者に対して民事制裁金を課すことが、状況によっては、 違反者に深刻な影響をもたらすことも指摘されていた(Smith・前掲注(2)1218~1219 頁) 。 48)15 U.S.C.§78u-2 (a) (2) (2012). 本条 は、Dodd-Frank 法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)929P 条 (a) 項により新設された規定である。以下を参 照。Marc I. Steinberg, Securities Regulation : Liabilities. and. Remedies §12:03, available. at Lexis Advance. 11.

(12) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). である。そうであるならば、排除命令は、差止命令と比較して、深刻な法的効 果を伴わない、と解することはできないであろう。上記のように、排除命令と 差止命令との間には、裁判所侮辱罪の適用の有無という違いがある。もっとも、 この違いをもって、差止命令が排除命令よりも深刻な法的効果を導き出すと断 定することは困難である。 (イ)命令の発令に伴う付随的効果. 第二に、命令の発令に伴う付随的効果を概観しよう。付随的効果として、① 付随的禁反言(Collateral Estoppel)と②利益の吐出し(Disgorgement)が検 討対象となる。 まず、上記①の付随的禁反言である。Parklane Hosiery Co. v. Shore 事件判決 は、 「付随的禁反言の法理において、 ・・・ (中略) ・・・第二の訴訟は前訴(筆 者注:第一の訴訟)と異なる訴因に基づくものであり、前訴における判断は、 前訴において実質的に争われ、且つ、必然的に前訴の結論に結びつく争点を、 再訴訟から排除する」とする 49)。そして、この付随的禁反言は「同一の争点 について、同じ当事者又は利害関係人との再訴訟を行う負担から訴訟当事者を 保護すること、及び、不必要な訴訟の防止により司法経済を促進すること、と いう二重の目的を有する」とされる 50)。つまり、付随的禁反言には、訴訟当 事者の保護と司法経済の促進という 2 つの異なる目的が包含されているのであ る。そして、差止命令における付随的禁反言は、 「もし本案審理の結果として インジャンクションが下された場合には、当該被告に対して投資者が提起する 民事訴訟において、被告はインジャンクションで認定されたところと異なる主 張をすることを妨げられる」とする法理である 51)。 49)Parklane Hosiery Co., Inc. v. Shore, 439 U.S. 322, 326 n.5 (1979). 50)同上 326 頁。 51)黒沼悦郎『アメリカ証券取引法[第 2 版] 』 (平成 16 年,弘文堂)233 頁。なお、同文献 において、“Collateral Estoppel” は、 「既判力」と訳出されている。 12.

(13) 証券取引規制における排除命令制度. ところで、排除命令の執行手続を行うのは、前述の通り、裁判所ではなく、 SEC である。SEC の執行手続は、後続する民事損害賠償訴訟において、排除 的効果を有しうるか否かについて確定的な見解はない、という指摘がなされて いる 52)。しかし、一般に、裁判所は、付随的禁反言の適用について、広範な 裁量権を有している 53)。また、 付随的禁反言に関連する法理として、 既判力(Res Judicata)という概念がある。これは、 「前訴において本案に関する判決がな されたことにより、この訴訟と同一訴訟原因に基づく同一当事者又は利害関係 人による第二の訴訟を行うことが、禁止される」というものである 54)。この 既判力について、United States v. Utah Constr. & Mining Co. 事件判決は、 「行 政機関が、司法的能力において行為し、且つ、訴訟の適切な機会を有する当事 者の面前において、適切に事実による争点を解決した場合、裁判所は、静謐を 確保するために既判力を適用することに躊躇しない」と判示した 55)。つまり、 行政機関が、適正な手続に基づいて準司法的な機能を果たす場合には、当該 行政機関の判断には、既判力と同様の効果が与えられるのである 56)。従って、 この付随的禁反言は、差止命令に限定されるものではなく、SEC の行政手続 にも適用される余地がある 57)。従って、 上記①の付随的禁反言の適用において、 差止命令と排除命令との間に大きな差異はないことが指摘されている 58)。. 52)Loss, Seligman & Paredes・前掲注(2)第 10 巻 615 ~ 616 頁。 53)Parklane Hosiery Co., Inc. v. Shore,439 U.S. 322 (1979). Hazen・前掲注(2)§16:32。 54)439 U.S. 322, 326 n.5. 55)384 U.S. 394, 422 (1966). 56)Loss, Seligman & Paredes・前掲注(2)第 10 巻 616 頁。 57)Hazen・前掲注(2)§16:32 参照。ま た、Smith・前掲注(2)1219 ~ 1220 頁 は、判例法 理(United States v. Utah Constr. & Mining Co., 384 U.S. 394 (1966))を 引用 し て、排除 命令にも付随的禁反言が容易に適用されうることを指摘している。 58)Smith・前掲注(2)1220 頁。 13.

(14) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). そして、上記②の利益の吐出しについてである。差止命令の場合、付随的 救済としての利益の吐出しが、判例法上、認められている 59)。排除命令の場 合も、SEC は、利益の吐出しを命じることができる(証券取引所法 21B 条 (e) 項)60)。このように、利益の吐出しという法的効果において、差止命令と排除 命令との間に差異はない、と評価することができる。 (ウ)懲戒的効果. 第三に、専門職に対する懲戒的効果について概観することとする 61)。専門 職に対する懲戒処分は、SEC 実務規則(Rule of Practice)102 条 (e) 項が規定 している 62)。本条によれば、SEC は、 「如何なる者」に対しても、SEC の所管 する業務を停止、制限又は禁止することができる 63)。本条は懲戒的規定とし て利用され、本条の主な対象は会計士と弁護士であるとされている 64)。懲戒 規定の適用について、差止命令と排除命令に明文上の区別はないので、差止命 令と排除命令との間に差異はない、と評価することができる。 (エ)まとめ. 上記の分析を要約すると、次のようになる。まず、①命令違反の直接的効果 として、㋐裁判所侮辱罪と㋑民事制裁金が挙げられる。裁判所侮辱罪の適用に 59)拙稿・前掲注(23)147 ~ 148 頁参照。 60)15 U.S.C.§78u-2 (e) (2012). 61)ア メリカ法における専門職に対する懲戒的効果は、州法や自主規制を含めて多様であ る(詳細は、Smith・前掲注(2)1221 ~ 1225 頁) 。本稿では、排除命令と差止命令の差 異が顕著に表れる連邦法に限定し、且つ、法曹に対するものに限定することとする。な お、専門職に対する懲戒的効果に類似するものとして、証券取引所法 21 条 (d) 項(15 U.S.C.§78u(d) (2012))等が規定する役員等の解任命令がある。役員等の解任命令につい ては、拙稿・前掲注(23)159 ~ 160 頁参照。 62)17 C.F.R.§201.102 (e) (2018). なお、制定法(証券取引所法 4C 条)にも同様の規定がある。 15 U.S.C. § 78d-3 (2012). 63)Hazen・前掲注(2)§16:34。 64)同上。 14.

(15) 証券取引規制における排除命令制度. ついて、差止命令と排除命令との間に差異がある。しかし、民事制裁金の賦課 という点では、差止命令と排除命令との間に差異はないといえる。次に、②命 令の発令に伴う付随的効果として、㋐付随的禁反言と㋑利益の吐出しが挙げら れる。付随的禁反言の適用において、差止命令と排除命令との間に大きな差異 はないとされている。また、利益の吐出しにおいても、差止命令と排除命令と の間に差異はない。そして、③専門職に対する懲戒的効果についても、差止命 令と排除命令との間に差異はない。 差止命令の場合、付随的救済の影響という観点から、過酷な救済方法として 位置付けられている 65)。このことは、差止命令の発令要件を厳格化する方向 に作用している。他方、排除命令においても、差止命令類似の付随的効果があ ることが分かった。このことが、排除命令の発令要件を考察する際の一つの視 座となろう。. 3.排除命令の発令要件 (1)問題の所在-差止命令の発令要件との比較- 前節で分析したように、排除命令は、 「法令に違反している(is violating) 、違 反した(has violated)又は違反しようとしている(is about to violate) 」場合に、 発令することができる(証券取引所法 21C 条 (a) 項) 。これに対して、 差止命令は、 法令に違反する行為を「行い又は行おうとしている(is engaged or is about to engage) 」場合に、発令することができる(証券取引所法 21 条 (d) 項 (1) 号)66)。 排除命令は、 法令に 「違反した」事実のみで発令できるのか、 という問題が生じる。 65)拙稿「金融商品取引法における緊急差止命令の取消しと変更」横浜法学 26 巻 3 号 63 頁 以下(2018 年)参照。 66)15 U.S.C. §78u(d)(1) (2012). なお、連邦証券諸法における差止命令に係る法令上の文言の 差異については、拙稿・前掲注(1)32 ~ 34 頁参照。 15.

(16) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). より具体的には、未来の時点で、違反行為が発生する合理的な見込みがあるか どうか、換言すれば、 「将来における法令違反行為の発生に関する相当な蓋然性」 の有無が排除命令の発令要件になるのか、という問題である。 この点について、排除命令の趣旨が、単発的な違反行為を犯し、且つ、投資 者への脅威がほとんどない者に対して、差止命令に代替する措置を新設するこ とにあれば、差止命令の発令要件である「将来における法令違反行為の発生に 関する相当な蓋然性」は不要となる、と解するのが自然である。 以下では、審決例と判例の動向を概観することとする。. (2)審決例と判例 ア.審決例 排除命令の発令要件に関して、 「被審人による類似の証券諸法違反行為が将 来において相当に見込まれる場合のみ、委員会(筆者注:SEC)が排除命令を 課しうるのか、あるいは、基本的な違反行為自体を超えた付加的な事情を証明 する必要はないのか、ということについて論争がある。委員会も控訴裁判所も 未だこの論争を解決していない」という指摘がなされていた 67)。この問題に 終止符を打った重要な審決例が、証券取引所法 21C 条に基づく排除命令の発 令の可否が問題となった KPMG Peat Marwick LLP 事件(以下、 本件を 「KPMG 審決」とする。 )である 68)。 KPMG 審決は、まず、 「排除命令を発令するいかなる場合においても、将来にお いて違反行為が発生するというある程度の蓋然性が必要である」と述べている 69)。 これは、排除命令を発令するためには、将来において違反行為が発生する何らか. 67)Matter of Flanagan, 2000 SEC LEXIS 123, at *120 (Jan.31, 2000). なお、本節における審決 例の分析については、Crimmins & Herr・前掲注(2)1084 頁以下に依った。 68)2001 SEC LEXIS 98 (Jan. 19, 2001). 本件は、 会計監査人の独立性が問題となった事案である。 69)同上 *101 頁。 16.

(17) 証券取引規制における排除命令制度. の可能性の存在を発令要件とするものと解される。そして、 「もし、将来において 違反行為が発生する可能性に係る危険が全くなければ、排除命令の措置目的を見 出すことができない」とする 70)。つまり、将来において違反行為が発生する可能 性に係る危険が全くなければ、排除命令を発令する意義がない、というのである。 KPMG 審決は、上記のような解釈を前提に、将来において違反行為が発生 する危険は、反証がない限り、過去の違反行為を証明することにより、当該危 険性の証明も充足するとして、次のように述べている。 「 『ある程度の』危険(“some” risk)は必要であるが、排除命令の発令を 正当化する上で、その危険は重大なものである必要はない。反対の証拠 がない限り、違反行為の認定が、将来において違反行為が発生する十分 な危険を生じさせるのである。言い換えれば、かつて被審人が法に違反 したことを証明する証拠が、高い確率で、被審人に排除命令を命じるに 値する反復の危険を証明しているのである。言い換えれば、かつて被審 人が法に違反したことを証明する証拠は、また、高い確率で、被審人に 排除命令を命じるに値する反復の危険を示しているのである。71)」 このような解釈を前提に、KPMG 審決は、1990 年改正法の制定史や他の連 邦機関における排除命令を分析している 72)。この分析の後、KPMG 審決は、 排除命令の発令要件について、議会は、将来における違反行為発生に係る危険 に関する証明の程度が、差止命令に要求される程度よりも著しく下回るものと したとしている 73)。 70)同上 *101 頁。なお、脚注を省略して引用した。 71)同上 *102 ~ *103 頁。 72)同上 *104 頁以下。 73)同上 *114 頁。 17.

(18) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). また、排除命令を発令するためには、差止命令と同様に、 「違反行為の深刻さ、 当該違反行為が単発的なものか反復されるものか、被審人の主観的状態(state of mind) 、将来において違反行為が行われないことに対する被審人の真摯な保 証、当該違反行為の害悪性に対する被審人の認識、被審人が将来において違 反行為を行いうる機会の有無」という諸要因が考慮されるとする 74)。加えて、 排除命令の場合には、 「違反行為が最近のものか否か、違反行為による投資者 又は市場への害悪の程度、同じ手続で求められる他の制裁との文脈における 排除命令による救済的な機能」という諸要因も考慮されるとする 75)。そして、 KPMG 審決は、上記諸要因に関する「この調査は、将来において違反行為が 発生する『相当な蓋然性』 (“reasonable likelihood” of future violations)の有無 を決するものではなく、我々の裁量を導くものである」と述べている 76)。 KPMG 審決は、上記のように、排除命令を発令するためには、将来におい て違反行為が発生する可能性に係る「ある程度」の危険が存する必要があると する。次に、この危険を判定するための考慮要因として、①違反行為の深刻さ、 ②当該違反行為が単発的なものか反復されるものか、③被審人の主観的状態、 ④将来において違反行為が行われないことに対する被審人の真摯な保証、⑤当 該違反行為の害悪性に対する被審人の認識、⑥被審人が将来において違反行為 を行いうる機会の有無、⑦当該違反行為が最近のものか否か、⑧違反行為によ る投資者又は市場への害悪の程度、⑨同じ手続で求められる他の制裁との文脈 における排除命令による救済的な機能を挙げている。また、過去の違反行為を 証明することにより、将来において違反行為が発生する可能性に係る「ある程 度」の危険の証明も充足するとする。 74)同上 *116 頁。 75)同上。 76)同上。なお、本審決について、下記の判例も参照。KPMG, LLP v. SEC, 289 F.3d 109 (D.C. Cir. 2002). 18.

(19) 証券取引規制における排除命令制度. イ.判例 上記審決例の考慮要因について検討した判例として、WHX Corp. v. SEC 事 件判決が挙げられる 77)。本件の公開買付者(WHX)は、実施する公開買付け において、対象会社の①基準日株主及び②当該基準日株主から委任状の交付を 受けた基準日後の株主のみを当該公開買付けの対象者とする条件を、当初、定 めていた 78)。この条件が、対象会社株主の平等な取り扱いを求める証券取引 所法規則 14d-10(以下、 「全保有者ルール」 (All Holders Rule)とする。 )に抵 触するのか、という点が問題となった 79)。本件事案の特徴は、SEC が、本件 公開買付けを禁止する執行訴訟の提起を決定した後に、公開買付者は上記条件 を迅速に撤回した点にある 80)。 本判決は、上記公開買付けから約 1 年後に開始された証券取引所法 21C 条 に基づく排除命令の手続に係るものである 81)。まず、裁判所は、制裁に関す る SEC の判断を尊重し、当該制裁が裁量の範囲内に属するか否か、法令に適 合している否かを確認するのみであることを指摘する。即ち、 「我々は、制裁 の選択に関する SEC の決定に対して、大いなる敬意を払う。 『ある制裁が、恣 意的か否か、衝動的か否か、裁量の濫用か否か、又は、法令に従っているか否 か』を調査するのみである」と、本判決は述べている 82。他方、排除命令の発 令が SEC の定立した基準に適合しているか否かも、裁判所は審査できること も明言する。即ち、 「しかし、審査は、委員会(筆者注:SEC)が、排除命令 を発令するための自身が設定した基準を遵守しているか否かを確認することを 77)362 F.3d 854 (D.C. Cir. 2004). 78)同上 856 頁。 79)同上 856 ~ 858 頁。なお、証券取引所法規則 14d-10 については、以下を参照。17 C.F.R. § 240.14d-10. 80)WHX Corp. v. SEC 事件判決・前掲注(77)858 頁。 81)同上。 82)同上 859 頁。 19.

(20) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 包含する」とする 83)。 次に、本判決は、SEC の主張として、①排除命令の発令という裁量を行使 するためには、将来において違反行為が発生するある程度の危険について証 明しなければならないこと、②上記危険を判定するために、KPMG 審決が定 立した考慮要因が適用される旨を指摘している 84)。これに対して、本判決は、 「しかしながら、委員会(筆者注:SEC)の議論は、排除命令の発令を支持し得 るこれらの要因をどのように合理的に適用するか、という説明に失敗している」 とする 85)。このような判断を行った最大の根拠は、SEC の議論を前提にすると、 過去の違反行為があれば、事実上、自動的に排除命令が発令されてしまうこと に求められている 86)。議論の前提となる SEC の見解は、 「WHX は公開会社と して設立され且つ運営されていること、及び、将来において法令違反を行う機 会が与えられていることから、将来において違反行為発生の十分な危険がある」 という点に集約される 87)。本判決は、SEC の上記見解を前提にすると、 「将来 における違反行為が発生する危険」という要件は、①被審人が規則に違反した こと、及び、②被審人が市場から退出しないなど再犯の可能性があることによっ て充足する旨を指摘する 88)。そして、 「第一の条件(筆者注:上記①)は、委 員会(筆者注:SEC)が過去の行為に基づいて排除命令を求める場合はすべて 満たされ、且つ、第二の条件(筆者注:上記②)は、ほとんどの場合に満たさ れることを想起すると、これ(筆者注: 「将来における違反行為が発生する危険」 という要件)は、排除命令の正当化を判断する際の重要な考慮要因とすること 83)同上。 84)同上。 85)同上。 86)同上。 87)同上。 88)同上。 20.

(21) 証券取引規制における排除命令制度. は極めて困難である」とする 89)。そして、本判決は、 「委員会(筆者注:SEC) 自身、ほぼ必然的に推定された将来の違反行為発生の危険に基づいて『自動的 (automatic) 』に排除命令が発令される、という考え方を否定している」と判示 して 90)、SEC の上記主張の矛盾点を指摘している。 ま た、本判決 は、①全保有者 ルール の 文言 に 解釈 の 余地 が あ る こ と、② SEC 職員の警告に即時に従わないことが違反行為の深刻さに至ることについ て十分な説明がなされていないことから、違反行為の深刻さに係る認定する根 拠が欠けていることも指摘している 91)。そして、上記以外の諸要因が存在す ることも示されていないとする 92)。 本判決について、 「排除命令を得るためには、SEC は、証券諸法の違反行為 を証明し、且つ、なぜこのような制裁が適切なのかについて、正当と認められ る説明をしなければならない」と解されている 93)。また、排除命令を発令す るためには、 「単独で単発の違反行為の存在のみでは不十分であろう」とされ ている 94)。. 4.考察 (1)排除命令の趣旨と発令要件 まず、排除命令の立法資料を総括すると、排除命令には不要・不適切な付随 的効果がないことを前提に、排除命令は、①差止命令と比較して、迅速な発令 が可能であること(迅速性) 、②差止命令と異なり、単発で投資者への脅威が 89)同上。 90)同上。 91)同上 859 ~ 861 頁参照。 92)同上 861 頁。 93)Steinberg・前掲注(2)1178 頁。 94)同上。 21.

(22) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 軽微な違反行為に対しても、排除命令を課すことができること(拡張性)を有 していることが指摘されている。このことから、排除命令は、不適切な付随的 効果がないことを前提に、迅速な運用が可能であり、また、単発で投資者に実 害が少ない軽微な違反行為に対応できる救済手段として創設されたことが分か る。つまり、排除命令は、当初、差止命令による救済の過酷さと過酷な救済に 伴う手続の厳格さを克服する制度として設けられたのであろう。 排除命令には差止命令類似の「救済の過酷さ」がないという前提が、排除命 令の発令要件にも影響を及ぼしている。差止命令の場合、付随的救済による影 響という観点から、差止命令は過酷な救済方法として位置付けられているので、 発令要件も厳格なものとならざるを得ない。そのため、差止命令は、将来にお いて違反行為が発生する相当な蓋然性を発令要件とする。他方、排除命令の発 令要件は、差止命令と異なり、将来において違反行為が発生する可能性に係る 「ある程度」の危険が存することで足りるとされている。この発令要件の違いは、 差止命令と排除命令の付随的効果の差異がある場合に正当化される。 このように、排除命令制度は、差止命令よりも発令要件が緩和されている点 に特徴があるといえる。つまり、排除命令の発令要件として、差止命令の発令 要件である将来における違反行為の発生に係る相当な蓋然性は求められていな いが、将来における違反行為の発生に係る危険性の存在、換言すれば、排除命 令を発令するためには、違反行為発生の可能性は必要とされている。そのため、 違反行為が発生する可能性の高低について、排除命令の発令要件は、差止命令 よりも低い水準での証明で充足される、と評価できる。 将来における違反行為の発生に係る危険性を判定する考慮要因として、判 例・審決例は、前述のように、①違反行為の深刻さ、②当該違反行為が単発的 なものか反復されるものか、③被審人の主観的状態、④将来において違反行為 が行われないことに対する被審人の真摯な保証、⑤当該違反行為の害悪性に対 する被審人の認識、⑥被審人が将来において違反行為を行いうる機会の有無、 ⑦当該違反行為が最近のものか否か、⑧違反行為による投資者又は市場への害 22.

(23) 証券取引規制における排除命令制度. 悪の程度、⑨同じ手続で求められる他の制裁との文脈における排除命令による 救済的な機能を挙げている。上記①乃至⑥は、差止命令における考慮要因と同 様である 95)。証明の水準は、排除命令の方が差止命令よりも低いもので足り るのであるが、考慮要因は、排除命令の方が差止命令よりも多いことになる。 そして、前節で検討した判例によれば、このような諸要因の存否を裁判所が 判断できるように、排除命令を得るためには、SEC は、違反行為の証明はも ちろん、排除命令が制裁として適切である旨の根拠を説明する必要がある。こ のようなことから、立法当初とは異なり、単発的な違反行為のみを根拠に、排 除命令を発令することは困難であると解されている。考慮要因の多様性と排除 命令の事案適合性という要請を鑑みると、実際には、将来の違反行為発生に係 る危険性は、証明の程度において、将来の違反行為発生に係る相当な蓋然性と 極めて類似してくるものと思われる。 また、排除命令の発令要件が差止命令よりも緩和されている点を正当化する 根拠は、 「救済の過酷さ」の差異であった。問題は、排除命令に、差止命令と 同様の「救済の過酷さ」があるか否かである。ここで、差止命令と排除命令の 効果面の差異をまとめることとする。まず、①命令違反の直接的効果として、 ㋐裁判所侮辱罪と㋑民事制裁金が挙げられる。裁判所侮辱罪の適用について、 差止命令と排除命令との間に差異がある。しかし、民事制裁金の賦課という点 では、差止命令と排除命令との間に差異はないといえる。次に、②命令の発令 に伴う付随的効果として、㋐付随的禁反言と㋑利益の吐出しが挙げられる。付 随的禁反言の適用において、差止命令と排除命令との間に大きな差異はないと されている。また、利益の吐出しにおいても、差止命令と排除命令との間に差 異はない。そして、③専門職に対する懲戒的効果についても、差止命令と排除 命令との間に差異はない。このように、排除命令の付随的効果は、制定後の改 正によって強化されている。そのため、排除命令の発令要件が、差止命令の発 95)拙稿・前掲注(1)47 ~ 54 頁参照。 23.

(24) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 令要件よりも緩和することを正当化する事情が変化していると評価できる。排 除命令違反の効果が差止命令と大きな差異がないとすれば、排除命令の発令要 件の緩和を正当化する根拠が揺らぐことになる。排除命令の発令においても、 差止命令と同様に、将来において違反行為が発生する相当な蓋然性を要件とす る余地があるように思われる。. (2)日本法への示唆 日本の金融商品取引法は、排除命令制度を有しない。①発令の迅速性や②適 用範囲の拡張性の観点から、緊急差止命令の運用に窮する場合がありうるとす れば、排除命令制度の導入も一つの選択肢である。もっとも、金融商品取引業 者等に対しては、業務改善命令という法的手段がある。金融商品取引業者等に 限定されるが、アメリカの排除命令と類似する代替的措置があるのである。そ して、アメリカ法においては、排除命令の発令は主に行政的手続によって行わ れていた。日本法において、発令の迅速性に着目して、排除命令制度を導入す る場合には、課徴金制度の審判手続と類似した発令手続も併せて整備する必 要がある 96)。このような発令手続の当否も含めて慎重な対応が必要となろう。 これらの事情を鑑みれば、緊急差止命令違反の法的効果が罰則(金融商品取引 法 198 条 8 号)に限定されている段階で、①発令の迅速性や②適用範囲の拡張 性の観点から緊急差止命令のみでは対応できない事例が、現時点において我が 国で起こり得るのか、という疑問が生じる。 ところで、我が国の緊急差止命令について、民事制裁金のような違反行為に 対する直接的効果はもちろん、利益の吐出しのような付随的効果も法定されて いない。第一義的には、緊急差止命令について、このような法的効果が必要な のか、あるいは、具体的にどのような法的効果が必要なのかを検討する必要が 96)‌課徴金制度の審判手続について、黒沼悦郎『金融商品取引法』 (有斐閣,2016 年)741 ~ 742 頁参照。 24.

(25) 証券取引規制における排除命令制度. ある 97)。そして、仮に、排除命令を導入するとすれば、排除命令にも直接的 効果や付随的効果を定めるべきか否かも検討しなければならない。緊急差止命 令と排除命令にそれぞれ直接的効果や付随的効果が法定され、且つ、緊急差止 命令と排除命令に係る法的効果と同様である場合には、排除命令の発令要件を 緊急差止命令よりも緩和することは困難であると思われる。そうであるならば、 ①発令の迅速性や②適用範囲の拡張性の観点から、排除命令制度を導入する必 要性も再考しなければならないであろう。. 5.むすび 本稿では、アメリカの証券取引規制における排除命令制度を概観した上で、 排除命令の発令要件を分析した。そして、日本法の視点から、排除命令制度の 有用性を考察した。アメリカの排除命令は、差止命令よりも発令要件が緩和さ れている点に特徴があるといえる。即ち、差止命令の発令要件である将来にお ける違反行為の発生に係る相当な蓋然性は、排除命令の発令要件として要求さ れていない。他方、排除命令においても、将来における違反行為の発生に係る 危険性の存在は発令要件として求められる。換言すれば、排除命令を発令する ためには、違反行為発生の可能性は必要となる。そのため、違反行為が発生す る可能性について、排除命令の発令要件は、差止命令よりも低い水準での証明 で充足される、と評価できる。排除命令違反の効果が差止命令と大きな差異が ないとすれば、このような発令要件の緩和をどこまで正当化できるのかを再検 証する必要性も無視できない。 97)拙稿・前掲注(23)141 頁以下は、AI による相場操縦に局面を絞って、立法論として、 緊急差止命令における付随的救済の必要性とその在り方を検討したものである。他方、 専門職に対する懲戒的効果の導入は、弁護士自治の要請に抵触する恐れがあるので、困 難であると解する。 25.

(26) 横浜法学第 28 巻第 1 号(2019 年 9 月). 日本の金融商品取引法は、排除命令制度を有しない。緊急差止命令の運用に 窮する場合があるとすれば、排除命令制度の導入も一つの選択肢である。仮に、 日本法において排除命令制度を導入し、且つ、緊急差止命令と排除命令にそれ ぞれ直接的効果や付随的効果を法定するならば、排除命令の発令要件について は、緊急差止命令と排除命令に係る法的効果を比較しつつ慎重な検討が必要で あると考える。 本稿において、排除命令の発令要件を巡る背景を検討することにより、日本 法においては、まずもって、緊急差止命令の法的効果について立法論も含めて 検討する必要性が明らかとなった。例えば、緊急差止命令の付随的効果の 1 つ として想定される利益の吐出しにおいて、剥奪する利益が実際に得た利益より 多額である場合には、当該利益の吐出しは、違反者にとって制裁と同様の効果 がある。緊急差止命令の付随的効果を検討する際には、利益の吐出しと類似の 効果を有する課徴金制度など既存の制度との関連性も考慮する必要がある。予 防的観点から機能する緊急差止命令が、違反行為に対する制裁制度とどのよう に協働することができうるのか、という問題が伏在しているように思われる。 . 【2019 年 7 月 15 日脱稿】. 【付記】本稿は、JSPS 科研費 JP17K03452 の助成を受けた研究成果の一部であ る。. 26.

(27)

参照

関連したドキュメント

国連海洋法条約に規定される排他的経済水域(以降、EEZ

1)異常状態発生時に原 子炉を緊急に停止し,残 留熱を除去し,原子炉冷 却材圧力バウンダリの過 圧を防止し,敷地周辺公

新設される危険物の規制に関する規則第 39 条の 3 の 2 には「ガソリンを販売するために容器に詰め 替えること」が規定されています。しかし、令和元年

3:80%以上 2:50%以上 1:50%未満 0:実施無し 3:毎月実施. 2:四半期に1回以上 1:年1回以上

[r]

② 

それゆえ︑規則制定手続を継続するためには︑委員会は︑今

・原子炉冷却材喪失 制御棒 及び 制御棒駆動系 MS-1