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ユネスコ無形文化遺産と民俗文化財 : 京都祇園祭の山鉾行事登録に向けての取り組み

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Academic year: 2021

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司会 ただいまより 2009 年度政策科学会春季公開講 演会を開催します。今回は京都市文化市民局文化芸術都 市推進室の村上忠喜様をお迎えし、「ユネスコ無形文化 遺産と民俗文化財、京都 園祭の山鉾行事登録に向けて の取り組み」をテーマにご講演いただきます。私、本日 の司会をつとめます政策科学部の高村と申します。講演 に先立ちまして政策科学会会長の小幡先生よりご挨拶 をいただきます。 小幡 2009 年度第 1 回目の行事として春季講演会を 開催させていただきたいと思います。 7 月 1 日から 園祭も始まるということで、今日、お 話を伺いたいと思います。政策科学部は学内と地域が連 携していろんなことをやっていくということで、地域共 創プログラムとか大学院 GP とかあって、京都市では町 家のところに学生を派遣させていただいております。地 域と大学が一緒になってやっていこうということです が、今日は面白い講演になるかと思いますが、よろしく お願いしたいと思います。 司会 それではご講演に入らせていただきます。村上 様、よろしくお願いいたします。 村上 はじめまして。京都市の文化財保護課で普及調 査係長をしております村上と申します。京都市文化財保 護課は普通の事務セクションと違って、職員の 8 割くら いが各専門分野の技師でして、異動がほとんどないんで す。私は民俗文化財の担当でして、今年から美術と両方 を受け持つことになりました。今年 9 月末から 10 月に かけてアラブ首長国連邦で第 1 回の無形文化遺産が決定 されるわけですが、京都市ではこの件で 2、3 年前から バタバタして、 園祭を候補として上げる算段をしてい たんです。今日は無形文化遺産と日本の無形民俗文化財 とのかかわりの中で、無形文化財の価値をめぐる話をさ せていただければと思います。 実は日本人の間ではあまり知られてはいないんです が、形のない文化を公的資金を投入して保護していく試 みは日本が世界に先駆けて行ってきたところでありま す。文化財保護法という法律が 1950 年にできるわけで すが、無形のものは当初は名前だけなのですが、昭和 29 年(1954 年)からは本格的な保護手法がとられてい きました。世界では有形のものの保護は以前からあるわ けですが、無形に関しては日本は半世紀以上の歴史を持 つ国だということです。それが今回、ユネスコがはじめ た無形文化遺産との間に少なからず「ズレ」がみられる。 その「ズレ」をめぐる話を今日はさせていただきたいと 思います。 去年 7 月 30 日、文化庁が国連教育機構ユネスコに国 内から 14 件の提案をされました。ユネスコのホームペー ジから見てみると 5 月に最終の審査を経て、それから何 も言ってこないので、おそらく予定通り、自動的に決定 という運びになると思いますが、日本からは雅楽、小千 谷縮(おじやちぢみ)、石州半紙の他に、日立風流物と か 園祭のような祭礼の文化財を上げていったわけで す。この契機となっていくのが、無形文化遺産保護条約 というもので、2003 年第 32 回ユネスコ総会で採択され たもので、締結国が 30 カ国に達した時点から 3 カ月後 に発効する規定であり、2006 年 4 月 20 日に発効しまし た。現在、締約国は 114 カ国です。ちなみに世界文化遺 産の締約国は 190 カ国弱くらい。形のない文化遺産を、 無形文化遺産(ICH)といいますが、無形文化遺産がこ れから認知されるようになってくると、ICH は就職試験 に出てくるやもしれません。いずれにしても、ICH とい うのがどうなっていくのか、今後、2、3 年先に評価が 大きく分かれるだろうと見込んでおります。全く相手に されない、世間的に認知を得ないものになるのか、それ とも相当な効果を発するものになるのかがはっきりし てくるのは、第 2 回の無形文化遺産登録が済んだ後くら いではないかと見込んでいます。それはなぜか。なぜそ ういうふうに見込んでいるのかということをめぐる話 を今日できればと考えております。

ユネスコ無形文化遺産と民俗文化財

─京都 園祭の山鉾行事登録に向けての取り組み─

講師 

村 上 忠 喜 氏

京都市文化財保護課

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まず条約による定義をなぞっておきたいと思います。 「「無形文化遺産」とは、慣習、描写、表現、知識及び 技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文 化的空間であって、社会、集団及び場合によっては個人 が自己の文化遺産の一部として認めるものをいう。この 無形文化遺産は、世代から世代へと伝承され、社会及び 集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応し て絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び 継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人 類の創造性に対する尊重を助長するものである。この条 約の適用上、無形文化遺産については、既存の人権に関 する国際文書並びに社会、集団及び個人間の相互尊重並 びに持続可能な開発の要請と両立するものにのみ考慮を 払う。」 ということであります。 定義のところだけ要約して分類すると、口承による伝 統及び表現、言語を含む、芸能、社会的慣習、儀式及び 祭礼行事、自然及び万物に関する知識および慣習、伝統 工芸技術、この範囲が無形文化遺産の例示となるわけで、 相当、幅の広い範囲が対象として組み込まれているわけ です。 ユネスコ事務局に出された提案リストが 111 件、その うち 14 件が日本から出ています。中国国内では 30 件く らいだったと思いますが、ユネスコの方で全リストが出 ていないので、どの国がどれだけ出ているか今のところ わかりません。 ということで、現在の状況がはっきりわからないので、 今回は、「人類の口承及び無形遺産の傑作宣言」、略して 傑作宣言と呼ばれるものを参考にして考えたいと思いま す。これは、2001 ∼ 2005 年にかけて 2 年に一回、ユネ スコ総会が行われたので、それに合わせて傑作宣言がさ れました。今回はじまる無形文化遺産のプレの位置づけ で行われたものです。ここでは第 1 回目には日本から能 楽、第 2 回に人形浄瑠璃文楽、第 3 回目に歌舞伎が出さ れました。これはいずれも国の指定文化財であるところ のものですが、最後の歌舞伎が出された時、欧米の諸国 からものすごく反発されました。それは歌舞伎は芸術 じゃないか。我々はオペラを傑作選出に出していない。 ロシアンバレエを出していない。にもかかわらずどうし て日本は歌舞伎を出してくるのか。そういうものは該当 しないということで揉めたらしいのです。これこそが日 本が 50 年前から文化財保護法に守られて無形の文化遺 産を保護してきた結果、たどりついた無形の価値づけの 仕方、差別化、問題はあるんですが、そういう過程を経 てきたものと、そうじゃないものとの差を如実に示して いると思います。 私は京都市に入る前は JT の研究員をしていまして、 中米で 3 年くらい調査をしていました。傑作宣言が行わ れた時、メキシコがディア・デ・ロス・ムエルトス(Día de los muertos)という日本で言うとお盆にあたる儀礼 ですが、メキシコ全土で行われる儀礼を推せんしていま す。メキシコシティでも、砂糖でつくったドクロを家の 前に並べたり、ベランダにドクロにウェディングドレス を着た骸骨が出てきたりします。この写真は西部地域の 墓場での先住民の死者の日の儀礼の様子です。つまり、 全土でやっている、広い範囲でやっている儀礼なのです。 日本のお盆儀礼がいろんな地域的なバリエーションがあ るように、すべて一括して傑作宣言に出している。隣の 国グアテマラに行くと、ラビナル・アチ(Rabinal Achí) という仮面劇を出しています。日本でいう民俗芸能のよ うなものを出している。このように国によってバラバラ で、傑作宣言で日本が仮に地蔵盆を出したとしたら、エッ と思う感覚はおわかりになりますかね。仮に大歌舞伎で はなくて、農村歌舞伎だけが傑作宣言になったら、日本 人の感覚からいくと、エッ、どうしてという感覚は 100 人いたら 100 人の人が持たれると思います。こういうこ とが起こっています。 もう一つ別の話です。2005 年に韓国が、ガンルンタ ノジェ(江陵端午祭)という端午の節句を、傑作宣言に 国として推薦した。これに対して中国はものすごく反発 をしました。中国としては情緒的に受け入れがたい、苦 痛だという記事が「21 世紀経済報道」に出ています。 これを端緒にして 2006 年 6 月に、毎年 6 月の第 2 土曜日、 これは 2 年に一度の締約国総会の直前にあたりますが、 国家遺産デーとすることを決めます。そして、ものすご い量の作業チームをつくっていく、組織化していきます。 1 年ごとに 500 程度の国家級の無形文化遺産と呼ばれる ものをノミネートしていく。そこから 30 件くらいを今 回、第 1 回無形文化遺産としてユネスコに対して候補物 件としてあげたわけです。かなりお金をつぎ込んで、中 国の方は無形文化の保護に大々的に乗り出していきま す。2006 年、端午の節句を申請した時、四川の方でター キー(太極図)を無形文化遺産にしようという動きがあっ たようです。このデザインは陰陽道のデザインです。韓

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国旗に使われているもので、明らかに中国は韓国に対す る報復の一つとしてターキーを出してきた。実際には推 せんしませんでしたが、どこかの和菓子屋のお家騒動の ように、うちが元祖だ、家元だといってもめる。そんな ことをいえば、日本の文化でもたどっていけば中国にた どりつくものがほとんどではないかと思いますが。そう いうことになった例もあるわけです。 さて、無形文化遺産が声高に言われるようになってき た理由の一つは南北問題があると言われています。文化 遺産が最新で 679 件あるわけですが、ヨーロッパが半分 以上を占めています。一方、90 件ある傑作宣言は、こ の比率を見ていただくとヨーロッパ(北米)が 23%、 アジア太平洋地域がグッと高い。アフリカもそうです。 いわば欧米に対してアジア、アフリカ、太平洋地域の文 化をすくいあげていくという意図は最初からあったわけ です。 先程お話をした傑作宣言ですが、最初、能楽が、次に 文楽が推せんされます。能楽にせよ、文楽にせよ、ユネ スコとしてはもうひとつフィットしない。そうではなく てもっと民衆自身が主体となって支えてきたものを何と かあげたい。それが歌舞伎を出した時に猛烈な反対を受 けた大きな理由です。それをクリアにするために、実は 一番いい素材が京都 園祭です。なぜかというと、日本 の無形文化の中で 園祭は別格なわけです。 園祭くら い歴史的に遡れる無形文化は他に見当たりません。かつ、 山鉾の形は全国の都市祭礼に多大な影響を与えてきたわ けで、いわば日本の無形民俗文化の一つのスターなんで す。日本人も 園祭の価値は認めざるを得ない。世界的 に見てもこれは、一般の民衆がやってきた祭りですから、 天皇家の行事でもなければ、公家貴族がつくったもので もない。一般庶民がやってきたものですから、ユネスコ も受け入れやすい。国内的にも国際的にも、両者が受け 入れやすい無形文化が 園祭だったので、はっきり申し まして 園祭は、国として無形文化遺産の代表として推 すことは間違いない。と、私どもも思っていました。い ろんな事情があってここまでずれこんできたのですが、 そういう意味で、準備だけは数年前からやっております。 ただ非常に難しいところもあることは事実です。 京都 園祭の山鉾行事。これが国の重要無形民俗文化 財の指定名称です。「京都 園祭の山鉾行事は、京都市 東山区祇園に祀られる八坂神社の祭りに行われる行事 で、夏に発生しやすい疫病を除けることを祈願して行わ れる。1,000 年近く前から始まったとされ、14 世紀から 15 世紀には山形に松等の常緑樹を挿した舁山を屋根の 上に真木がそびえる鉾等が出る祭りとしての形が整い、 16 世紀末頃には京都の町衆の富と心意気を示すように 豪華絢爛な織物などを幕として掛け、錺金具や彫り物な どにも凝るようになった。 この行事は巡行の順番を決めるくじ取りや山・鉾建て、 宵山、32 基の山鉾による巡行など多彩な行事が行われ、 それらの行事が町中(ちょうじゅう)と呼ばれる組織に よって運営されているなど特色が見られる。我が国の夏 祭りの発生や変遷を知る上で欠かすことのできない祭礼 である」。 これが英訳されてユネスコに提出されております。重 要無形民俗文化財の指定概要にはもう少し長い文章で出 されておりますが、この文章を頭に入れていただきなが らビデオを見ていただきたいと思います。 (ビデオ上映) 今のが 9 分 46 秒です。ユネスコには最終的に 10 分以 内と 1 時間のものを 2 つ提出することになりました。最 初につくったのは 2 時間のものだったのですが、 園祭 全体を 10 分にまとめるというのは難しいのですが、10 分でまとめなさいということになりました。 日本からの推せんは、次のように進んできました。平 成 19 年 6 月、文化庁内に無形文化遺産の特別懇話会が できます。クローズドな会で、日本の無形文化遺産の推 薦をどうするかが議論され、それを持ち越す形で 12 月 にオープンな特別委員会が設置されます。懇話会で下ご なしをして委員会につながれたわけです。ところがこの 時の段階でユネスコ事務局からはまだ、どういう申請書 を書けという指示が出ていなかった。去年(2008 年)8 月末までに申請書を出せと期限だけの指示はあったので すが。申請のボリュームさえもよくわからない。当然、 無形文化ですから、動画は要請されると考えて、2 時間 のものをつくりました。京都は前に文化遺産(「古都京 都の文化財」)の申請の経験があるので、比較的イメー ジし易いところがありました。文化遺産までは必要ない だろうけど、せめて傑作宣言くらいまでのボリュームか なと想像していたのですが、全然わかりませんでした。 園祭のような大型の祭礼になると、舞台芸能とは違い、 短時間で記録映像はつくれません。かつて撮ったものを 適当にアレンジしてもいいんですが、なかなかそういう わけにいかない。そこで数年前から撮り分けてつくって

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いったんです。ユネスコからフォーマットが出されたの が 1 年前の 7 月初旬でした。提出期限が同年の 8 月末で すから、いかに紛糾したかわかっていただけるかと思い ます。 テキストの方のフォーマットは簡便なものでした。簡 便な故に難しいところがあります。国指定の重要無形民 俗文化財である「京都 園祭の山鉾行事」は、7 月 1 日 の切符入りから、山鉾巡行の期間の山鉾町を中心とした 行事の総体です。そこには八坂神社を中心に行われる神 事は入ってこない。日本は先の大戦で負けたこともあっ て、国家神道を排撃して、文化財の世界でも特に無形に 関しては宗教色のあるものは一切廃しました。 しかしながら芸能は神事や仏事に伴って演じられてき たものです。どういうことかというと、日本には神様が たくさんいる。悪い神もいればいい神もいる。いろんな 神さんがいるわけで、たとえば仏教の法会が行われる時 に、その行事を邪魔する神が出てくる。すると法会を邪 魔する神様を別の場所でもてなすんです。もてなすため に芸能が発生する。山鉾もそうです。 園の神様は神輿 に乗って巡るわけで、それを邪魔する神を神輿巡行直前 の昼間にもてなす、そのツールが山鉾なんです。そこを 断ち切って、神事とか仏事は文化財指定はしません。宗 教そのものだから。芸能とかのみを抽出して文化財指定 してきたわけです。一つの信仰の形、無形文化があった とすると、それを分断して、片方だけを指定するという 形になる。日本人でも理解しにくいのですから、外国人 に祭の形を教えるのはなかなか難しい。文化財はそうい うふうにしてきたんですね。文化財は学問ではなく文化 財保護行政、あくまで行政施策ですから。 さて、無形文化遺産への推せんは、重要無形文化財、 重要無形民俗文化財、選定保存技術、この 3 つのカテゴ リーから選ぶことになりました。その中から、文化財を 保持している団体で同意を得たものを順にユネスコに出 していく。その際に、指定順に推せんしていく。重要無 形民俗文化財の祭礼のうち今年なったのは日立風流物と 園祭です。同じ指定年度であれば、日本列島を南北や 東西に分けて、地域別に千鳥のようにユネスコに推せん していこうということです。つまり、指定の時期の早い ものから、地域的なばらつきを持たせて推せんする。同 じ昭和 54 年の指定があったら、北へ先にいけば次の年 は南へ。最終的には国の指定を全部推せんしようという のが方針です。 いまひとつ国の方針としては、これまで文化財保護法 によって、指定等により保護措置を講じてきた。なので、 一応危機遺産はないというのが方針です。無形文化遺産 は世界遺産同様、代表一覧と危機リストの二つあるわけ ですが、我が国としては文化財保護法が守っているから 危機はない、というスタンスなのです。重要無形文化財 というのは芸能と工芸、重要無形文化財は、プロの芸能 で工芸美術。重要無形民俗文化財はアマチュアの芸能、 儀礼、祭礼。選定保存技術は文化財の屋根を修理する技 術だったり、文化財としての仏像を修理する技術、文化 財本体は別にあって、文化財を支える技術、技術ですか ら無形です。この 3 つから選ぶとしています。 危機リストはないというものの、実際やっている人は ものすごく少ない、二軒か三軒のものもあります。 園 祭は盛大だから問題ないと思われるかもしれませんが、 実際はそうではありません。柳田国男という民俗学者が 最初に言ったんですが、都市祭礼というのは人に見せる ための祭。村の祭は自分たちが参加するもので、村祭と 都市祭礼を分けたわけです。 ここで考えてみたいのは、都市祭礼には請負型が多い ということです。京都で言うと山鉾の町の中にいる住人 たち、それがプロデューサーであって、鉾を曳いたり、 山を舁いたりするのは外から雇ってきた。全部、出入り の人間にやらせていた。請負型なのです。中心にプロ デュースする人間がいる限り、鉾を曳いた人間が○○村 の人たちから△△工務店に変わろうが、それはまだ大丈 夫なのです。そういう意味では中心がしっかりしている から伝承力が高いお祭であるといえば、まさにその通り なのです。ただし、現在、中心のプロデュース力がある 人たちが、今後どうなるかというところにさしかかって います。そういう意味では、盛大にみえる 園祭も、安 閑としていられるわけではありません。 今日お話ししたかったことは、日本の文化財保護の考 え方とユネスコの無形文化遺産とのズレについてです。 冒頭に申しましたように大歌舞伎を出した時に、欧米か らバッシングを受けた。でも日本政府としては農村歌舞 伎を傑作宣言に出して大歌舞伎を出さないということは できない。国策としても、日本人の感覚としてもそれは ありえない。結局、文化財の指定主義は優品主義、重点 主義なんです。同じようなものが二つあれば、残りのい いもの、改造が少ないものを文化財指定にする。 それが生んできたのは文化財のヒエラルキーであり、

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明らかに世界文化遺産はその頂点にすわることになりま す。日本の国の中では。こういう構図はできている。無 形文化遺産の場合はどうなるのか、今後皆さんとともに 考えていくことになると思います。 無形文化遺産の保護条約の中では、文化的な多様性を 認めあいましょうということを言っているわけですが、 しかし一方では民俗行事、儀礼というのは、見方を変え れば差別の温床でもあったわけです。これは日本に限っ たことではありません。 園祭でもたとえば平成 13 年、 鉾に女性を上げるということで悶着したことがありま す。女性を乗せられない鉾がたくさんあります。こうし たクレームは毎年のように 園祭山鉾連合会にも入りま すし、僕も直接に手紙が回ってきて答えないといけない ことがしばしばあります。毎年、同じような回答を書き ますけど。実際、性差として存在することはたくさんあ る。性差だけでなく、インドの芸能などは低カースト内 で伝承されてきた文化であり、無邪気にそれを守ること は差別を助長することになりかねない。 もうひとつ、どう言いますか、空間的、時間的な変化 により生じた多様性をどう捉えるかということがありま す。それは先程、韓国の端午の節句の話をしましたけど、 もともと確かに中国の江南地方のものだったかもしれま せんが、それは数千年前に日本に入る、韓国に入る、ベ トナムに入る。そこでその地域に受け入れられて新たな 形の儀礼として根づいていく。これまで時間的なオリジ ナル、非オリジナル論争が実際発生してきているわけで すね。麺類のオリジナルは、うどんか、ラーメンか、ス パゲッティかという話と何ら変わらないわけで、そうい うバカな議論が今後起こらないとは言えない。また実際 起こっているわけです。無形文化遺産になったことで一 つの商品価値が上がることは、当然今後予想されること です。 文化遺産の例を見ていただきますと、日本からマカオ に渡航者数推移がこういうカーブを示しています。テロ 発生とか SARS で落ち込みますが、世界遺産登録でどん どん増加している。白川郷の場合も顕著で、年間 70 万 人くらい増加している。岩見銀山もそうです。こういう ことになるのですから、各市町村とか県が、観光集客に 世界遺産を利用しようとするのも至極当然です。しかし、 京都市としては少しスタンスは違いました。お高くと まっているようですが、 園祭ははっきり言ってこれ以 上来られると危なくて仕方がないので、市の観光部局の 方では一切コマーシャルはしていません。 園祭が無形 文化遺産の第 1 号にと市として取り組んだのは、あくま でも経済効果ではなく、名誉だけだったことを言い添え ておきたいと思います。 最後に、無形文化遺産が来年から本当の意味でのグ ローバル化していった場合、どういう対応があるか。い ろいろな問題に即した対応が必要とされると思います が、皆で知恵を出しあっていくことになると思います。 ご清聴ありがとうございました。 司会 村上さま、ありがとうございました。無形文化 遺産の定義、登録に関して、登録をめぐって各国の文化 の対立、違い、最後は登録に伴う文化の価値づけの問題 を含めて話していただきました。政策を学ぶ上でいろん なことを考えさせるヒントをいただく講演だったと思い ます。では続きまして会場からの質疑に移りたいと思い ます。 質問 政策科学部 3 回生です。 園祭が請負型だとい うことですが、僕自身がボランティアで 園祭に参加し た時に事前に学習とかしないまま、やり方だけを教わっ てやっていたのですが、ボランティアは熱いものはある と思いますが、達成感がないというか、ちょっと疎外感 を感じたんですが。 園祭はいいかもしれませんが、請 負型というのは浸透するのは難しいと感じたんですが、 その点をお聞きしたいと思います。 村上 請負型というのは確かに昔も同じだったと思い ます。お金をもらって、今はボランティアがありますが、 昔は同町に出入りしていた大工さんとか、近郊農村の方 を集めて鉾を曳かしていた。日当を出して。お祭と言っ ても達成感というより稼ぎにいっていた。今はボラン ティア組織ができて、学生さんでアルバイトの方もいれ ば参加して文化に触れようと思っていく人もいるでしょ うけど、中には入れないという感覚は受けたと思います が、それは多分、昔からそうだったと思います。請負型 の祭を保存するのは核の人の考え方を伝承していく、こ れしかないと思います。 石原 オリジナルな部分にかかわる点ですが、2 年ほ ど前に吉田孝次郎さん、山鉾町の明倫学区の自治連合会 長をされている方ですが、 園祭が決まった形の祭とし て展開されています。本来祭は地域の人たちの意向にし たがって変化していけるものだと。新たな変化をできな い 園祭は祭と言えるんでしょうかという話をお聞きし まして、なるほどと目からウロコが落ちて、今までその

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ようなことを思わなかったのでショックを受けたことが あります。また一方で、地域で同じ形を継続することし かできなくなっている実態があるのかなと思いますが、 それと地域の参画と、それに伴う変化について、文化財 登録によって何か軋轢があるのかどうか。具体的に克服 された例とか議論があれば、お聞かせいただければと思 いますが。 村上 今回のユネスコの無形文化遺産に関しては規制 力は全くないということは最初からわかっていましたの で、推せんへの同意はスッととれました。というのも、 国内法で守られていることが条件で、受けたからといっ てお金をもらえるわけでも何でもなく、逆に規制もない。 ただ従前通り国内法で保護しないとだめですので、拘束 力はあります。吉田さんが言われたことは吉田さん個人 としてそうだろうなと思います。文化財の指定を受ける ということは、基本的には凍結保存、無形も指定となる 限り凍結保存ですので、形を変えないままそのままやっ てもらうという、ただ実際、そんなことは不可能ですの で変更もあるわけですが。まあ規制力の根源に近いとこ ろにいるのは僕らであるのですが、 園祭に関しては ちょっと違うやり方もあって、たとえばこれは南観音の 見送りです。文化財保護行政では考えられないんですが、 園祭は有形と無形とダブル指定なので、見送りとかい うタペストリーを直す時も復元をする。タペストリーは 1 枚 3000 万円か 4000 万円位します。きれいに復元する。 復元する時に過去の技術を伝承し、伝承者も養成する。 だから高くつくわけです。それとは別に新しいデザイン、 新しい工芸作家に描いてもらって、この当時、京セラが 開発した人造ルビーを目に埋め込んでいます。新しいデ ザインのものに公金を出すということは他の文化財指定 の祭ではないと思います。聞いたことがない。 園祭だ けは国とは別にやっているというのはなぜかというと、 園祭の祭としての歴史性、神事があって山鉾というも のが、きらびやかに飾りたてる風流ですから、その歴史 性を丸ごと伝承しようということで公金を入れている。 それはいいかどうかは別です。そういうことで 20 数年 前からやっている。その意味では吉田さんがおっしゃっ た指定ということで凍結保存はありますが、もう一方で 園祭に関しては変化する歴史性を継承するために金を 出している。実際にやっている方々が多分、自由がきか ないという閉塞感はお持ちなんでしょうね。それは否定 できないと思います。文化財指定の話になってしまうの で、それはまた。文化財指定基準になるので、端的に言 うと、なぜ 園祭が指定されたかというと、日本の祭礼 文化の中の歴史的な偏差を示すという理由で指定されて いる。地域にとって大事かどうか、地域にとってどいう ような効果があったという見方が、実は文化財保護法で はつかみ切れていないのです。それは今後、当然、考え 直す必要があるとは思います。 司会 ありがとうございました。それでは最後に、今 日ご講演をいただきました村上様にもう一度拍手をもっ てお礼申し上げたいと思います。ありがとうございまし た。 最後に政策科学会副会長の安江先生より閉会の挨拶を お願いいたします。 安江 そろそろ 園祭の音が聴こえる頃、タイムリー なユネスコ無形文化遺産に 園祭が申請しているという お話をいただきました。お集まりいただきました皆さん、 講演者の村上さん、ありがとうございました。今日の話 を参考にして、それぞれの関心・研究に何らかのヒント があればよかったなと思います。今年の春季講演会をこ れで終わらせていただきます。どうもありがとうござい ました。 司会 それでは今日の講演会はこれで終了とさせてい ただきたいと思います。どうもありがとうございました。 追記 第 1 回推せん候補は最終的に全世界で 76 件となり、 日本からは 13 件が推せんされ、無形文化遺産登録を受 けた。 付記 本稿は、2009 年 6 月 26 日に行われた立命館大学政策 科学会主催による春季公開講演会の全記録である。

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