7
語りによる過去の〈今ここ〉への立ち現れ
―― 狩猟採集民グイの談話分析より――
The Emergence of the Past in ‘Now-and-Here’ through Narratives:
Discourse analysis among the G|ui Foragers
菅原和孝
Kazuyoshi SUGAWARA
こんにちは。ご紹介にあずかりました菅原です。立教大学とのご縁は、
2005
年だったかと思 いますが、京都で社会言語科学会があったときの会長が平賀さんで、その学会のあと平賀さんと 夜明けまで酒を飲んで以来、良き飲み友達になりまして、そのご縁で2010
年の7
月だったと思 いますが、大学院の集中講義をさせていただきました。それで今回またお招きにあずかりまして、大変嬉しく思っております。
今ご紹介いただいたなかに、私の所属学会として日本文化人類学会の学会賞を受賞したという ご紹介をいただきましたけれど、社会言語科学会で講演を依頼されたときに、「私は文化人類学 のなかの異端だから、文化人類学では黙殺されていて、ここで講演を依頼されたのはとても光栄 だ」というような屈折した挨拶をしたことがあるんです。「異端」だとか「無冠の帝王」だとか言 っていたのに学会賞を貰うことになって、じつは忸怩たるものがありまして、私とずっと「コミ ュニケーションの自然誌」という研究会に関与しているチンパンジー研究者がいるんですが、彼 女はそれを聞いたとたん「カッコわりー」とか「断っちゃったら」と言いまして、どんな祝福のこ とばよりも嬉しいと私は思いました。
前置きはこれくらいにしまして、今日は「語りによる過去の〈今ここ〉への立ち現れ」というや やこしい題です。じつは学会賞受賞記念講演のタイトルは「『原野の人生』への長い道のり」とい うものでした。「原野の人生」というのは、私が残り時間のなかで絶対に書かないといけないと 思っている長大な民族誌ですが、それの基本的なモチーフを今日はお話するということにします。
私は最初、霊長類学から出発しました。
1973
年から宮崎県の幸島というフィールドで、群れ から離れたニホンザルの個体追跡という、まったく世の中の役に立たないような研究を始めま した。それと並行して、エチオピアのアワシュ国立公園という所で、ヒヒ類の調査をしてそれで 理学博士号を頂戴したわけです。じつは幸島での長い調査のときに、あまりいい写真が撮れな くて、ここ【スライド】ではヒヒの調査で代用しています。島に研究者が泊まる宿泊棟があって、ゲジゲジとかムカデがしょっちゅう出てくるすごく汚い小屋だったんですが、そこでバイブルの ようにして読んでいたのが、アメリカの社会学者のアーヴィング・ゴッフマンが書いた、日本 語の翻訳で『行為と演技』というタイトルの本で、これを偏愛していました。その最初にこうい
8
う文章がありまして、「相互行為
interaction
(すなわち対面相互行為)は、大まかに、双方が直 接身体的に相手の面前にあるとき、それぞれの行為主体が〔与え合う〕相互的影響と定義してお こう」。まったくなんの変哲もない、いってみたら陳腐な定義なんですが、ただ若い頃の私には、この「直接身体的に相手の面前にある」というこういう言いまわしがとてもしっくりしたという か、うっとりしたんですね。今になって振り返ってみると、そのあとの私の研究の原点、あるい は座標軸というのがこのことばだったと思います。今日はこの、直接的共在をキーワードにして お話したいと思います。
幸島のフィールドが原点ではあるんですが、よく考えますと私がこれから『原野の人生』とい う民族誌を書こうと思っている一番の出発点は、大学一回生のときに、その後親友となった寺 嶋秀明という男と「花の
S1
」と私たちが呼んでいた理学部1
組で出会ったことにあるんです。な ぜ「花のS1
」だったかというと、デモへの動員率が一番高かったのでそう自称していたんですが。寺嶋という男は、私に輪をかけた夢想家で、私ももちろん文学少年としてフォークナーの『八月 の光』くらいは高校生の頃に読んでいましたけれど、どこが面白いのかさっぱりわからなかった んですね。でも寺嶋はフォークナーがいかに素晴らしいかということを、綿々と私にかきくど いて、私もどうしてもフォークナーを読まなければいけない羽目になって、その後大学のあいだ、
フォークナーの翻訳書を耽読して、ペンギンブックスまで買ったりしたという、これが私にとっ てのエスノグラフィーの原点なので、そこに遡ってお話したいと思います。
フォークナーの本というのはまことに凝っていて、ここ【スライド】に翻訳書からスキャンし たページがありますが、これは地図なんですね。これはフォークナーがつくりだした架空の町、
ミシシッピー州ヨクナパトーファ郡ジェファーソンという町で、ここを舞台にして、夥しい小 説を書きました。フォークナーはそのジェファーソンの地図まで作って、自分の小説に出てくる 主だった事件をその地図上にプロットするということまでしているわけです。これからお話する、
一番前衛的な作品である『響きと怒り』、それから代表作の呼び声が高い『アブサロム、アブサロ ム
!
』についてご紹介します。これ【スライド】は私が苦労して作った、登場人物の家系図なんですが、ご丁寧にも生年とか 没年も記されているのは、フォークナーが小説の付録として、年譜や登場人物紹介のかなり長い ものを付けているんですね。つまり彼は通称「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるこの世界 の登場人物たちを、あたかもエスノグラフィーの実在人物のように非常に入念に用意したという ことです。
『響きと怒り』は
4
章構成になっていて、第1
章、第3
章、第4
章は1928
年の4
月の三日間 の出来事です。しかしそのなかに18
年も前の、1910
年にクウェンティンというハーバード大 学の学生が自殺した日の話が出てくる。それぞれ視点が違うんですが、一番最後だけいわゆる神 の視点、作者フォークナー自身の視点でふつうの小説の書き方をしていて、そこに黒人の召使い のディルシーという人が、非常に圧倒的な存在感で登場する。もう一つ、今日のお話の後半とか かわるので言っておきますが、ベンジーという人物は今では使われない差別語で「白痴」という ふうに訳されています。idiot
ですね。この白痴の青年の視点から描かれた第一章というのは とてつもなく過激な手法を追求していて、訳者解説によりますと、この一日のあいだにベンジー の意識というのは百二十数回のタイムスリップを起こしているんですね。ですから過去と現在の 区別がつかないかのような、そういうすさまじく前衛的な手法で書かれている。その問題は今日 のお話の最後に出てくると思います。そして『アブサロム、アブサロム
!
』の主人公は、トマス・サトペンという謎の人物でありまし9 て、この人物の人生が一体どんなものであったかということを、自殺したクウェンティンが自分 の父親、あるいはハーバード大学の寄宿舎の同室者であるシュリーブと会話して、トマスの謎の 人生がぼんやりと浮かび上がってくるという、非常に陰々滅滅たる小説です。トマス・サトペン というのは来歴がまったく不明なんですが、どうもインディアンから土地をだましとったらしく て、たくさんの黒人奴隷を引きつれてこのジェファーソンにやって来て、家門創立の野望に燃え てコールドフィールド家のエレンという女性と政略結婚をするんですね。コールドフィールド家 の家長の弱みを握って、ほとんど脅迫的な感じでエレンと結婚する。そして二人の子ども、ヘン リーとジュディスが生まれるんですが、彼は若い頃は黒人女と関係をもったり、妻が別にいたり したんですね。ヘンリーは都会に遊学して、そこでチャールズと親友になって、のちにチャール ズを妹のジュディスに紹介して、チャールズとジュディスは恋仲になる。しかしトマスはそれ が近親相姦であることに気づいて、二人の仲を無理やり裂く。最終的には、屋敷に寄食している 黒人のウォッシュという男の孫娘のミリーに子どもを生ませて、ミリーが産褥の床にあるときに、
ある決定的な侮辱のことばを投げつける。「お前が雌馬だったら、俺だってもっとやさしくして あげられたものを」みたいなことを言って、それを聞いたウォッシュは、ついに、今風にいうと キレてしまって、草刈鎌でトマスを殺害してミリーと新生児も殺して、自分も命を絶つという凄 惨な物語です。
私と寺嶋が、若い頃になぜこれほどまでにフォークナーのおどろおどろしい世界に惹きつけら れたかというと、私たちはその頃、エスノグラフィー、民族誌ってなんだろうということを問い かけるような教養ももちあわせていなかったのですが、非常に無意識的に、人間の、とくにディ ープサウスという所に特有な人間の独特な感情生活のあり方ですとか、残忍さとか、堅忍不抜と か、そういった独特な実存のあり方に強く惹かれたのではないかと思うんです。つまり、ほとん どエスノグラフィーと同じような言説の磁場に惹きつけられていったんだと思うんです。
そこで問題になるのは、前のスライドの最後に出しましたが、もし私がこれからカラハリ砂漠 を舞台にして『原野の人生』というタイトルの長大なエスノグラフィーを書くことができたとし て、それはヨクナパトーファ・サーガとなにがどう違うのかが、今さらのように気にかかってく るわけです。単純素朴に、フォークナーは完全に恣意的に虚構を描いたけれど、私が書いたこと は現実である、という区別は疑わしいと思うんですね。なぜなら、私がグイの人たちの語りを採 集している社会は、小学校教育が導入される
1984
年くらいまでは、完全な無文字社会だったん です。ですから、いわゆる歴史文書史料のようなかたちで、彼らの語っていることが、本当に現 実に起きたことかどうかを確証する手立ては一切ありません。ですから、フォークナーの虚構世 界との唯一の違いは、私とグイの人たちとが直接、身体的にお互いの面前にあったということだ けにあります。文化人類学という業界では、それが事例の記述とか、あるいはこういう場では録音資料の提 示、最近ではビデオ映像の提示といった、そういう証拠、つまり現実のシミュラクルというも のを提示するという手法によって、この直接的現前というものが浮かびあがるような仕掛けが さまざまにあります。しかし、先にも言いましたように、語りが記憶という心的表象(
mental
representation
)の外化(externalization
)だとしたら、その表象がどこまで過去の事実の忠実 な写像なのかは、永遠に不確定だろうというある種の懐疑論を乗り超えることはできない。そこ で、私がこれも若い頃から傾倒していたフランスの現象学的な哲学者であるモーリス・メルロ=
ポンティの『知覚の現象学』における言語論というものに、一つの手がかりを見いだした。私の フランス語はすっかり錆びついてしまったので、英語版を参考にして日本語の翻訳を一部改変し10
てありますが、「話されることばは真の身ぶり」であると。「それは身ぶりがその意味を内に含む のと同じようにその意味を内に含んでいる。このことがコミュニケーションを可能にしている。
他の人のことばを理解するためには、彼の語彙や統辞があらかじめ私に知られていなければなら ないのは明らかだ。しかし、このことは、単語群がそれらと連合した表象を私のなかに喚び起こ すように働いたり、それらが寄り集まって話者のもともとの表象を私のなかに再現する、などと いったことを意味するわけではない」。これはものすごく過激な、もっといえば荒唐無稽な主張 のようにも思えます。しかし、あえてこういったところに手がかりを求めることによって、先ほ ど申しあげた懐疑論、民族誌は語りから再構成される虚構と変わりがないのではないかという懐 疑論をなんとか乗り超えることができはしないかと考えるわけです。
そういうわけで、これからのお話は「語りの表情」と私が呼ぶものをいくつかの通路から照ら し出すということになります。
談話分析なので、一応言語の最低限の説明をしなければいけないですね。このグイ語という言 語はちょっと変わった言語なのでざっとお話をします。いわゆるブッシュマンの言語というのは、
コイサン諸語といわれまして、その中でもブッシュマンと呼ばれる人たちの話す言語は二系統に 分かれるんです。その一つは、非コエ語グループで、この【スライド】地図で示したもので、そ のなかで赤で囲ったものはすでに絶滅した人たちです。オランダ人入植者に迫害され虐殺され絶 滅していった人たちです。この非コエ語の統辞構造は、印欧語と非常に似ているといわれていま す。それに対して、コエ語グループというのは、現在大きな言語集団として残っているナマがあ りますが、かつては差別語でホッテントットといわれた牛牧畜民で、南部アフリカの沿岸部に住 んでいたんですね。ホッテントットと呼ばれた、ナマを含む人たちは自分たちを「コエコエ」と いうふうに自称していました。「コエ」というのは人間のことです。つまり「コエコエ」というの は「人のなかの人」という意味です。この「コエコエ」の言語と非常に近い言語が、ここに示して いるコエ語グループです。
私たちの調査対象は、そのなかでセントラル・グループといわれているガナとグイと呼ばれる 人たちです。基本文型を、今日はちょっとお見せする時間がないのですが、ジェスチャー分析の ときに使った資料から、ランダムに文をもってきました。「俺たち男二人は着くと、俺たちはそ れからそれをカレ(地名)のなかでヌーを見た」というふうに、機械的に日本語に置き換えてい けば文章が復元できるという、日本語と語順がよく似た言語ですね。この性質が、会話をインタ ラクションとして分析するときに、頻繁に同時発話とかユニゾンが登場しますが、語尾にユニゾ ンがきたときに、日本語とほとんど同じ語順で訳せるということが分析上非常に有利な性質にな っています。これを英語に翻訳してしまうと、ユニゾンした部分が文末であるということがまっ たくわからなくなってしまう。
これ【スライド】はさらにちょっと詳しい地図で、かなり雑駁なイメージですが、これを見る とグイとガナという二つの方言集団が中央カラハリ動物保護区という所を中心にして重なり合っ て分布している。重なり合っている部分では、当然両者の通婚関係がみられます。しかし面白い ことに、彼らはグイかガナかのどちらかに自分をアイデンティファイする。グイ語とガナ語が入 り混じったかたちで話されるということはまったくありません。方言の境界がずっと維持されて いる。それは彼らに言わせると、原則的に子どもはお母さんのことばを喋るようになり、お母さ んがグイだとしたら自分もグイにアイデンティファイするということになります。一番大きな特 性は、クリック子音という音素を非常に頻繁に用いるということですね。これはコイサン諸語 に共通する特徴ですが、とくにグイの場合は、クリック吸入音が
4
種類あって、そのそれぞれ11 に伴奏的な特徴というのが
13
種類つくので、全部で52
種類のクリック子音が産出されること になります。私と共同研究をしている、東京外語大学の天才音声学者・中川裕さんに言わせると、これは世界で二番目に複雑な音韻構造をもった言語だそうです。皆さんには耳慣れない口蓋垂破 擦放出音というものもあります。ちなみに一番複雑な音韻構造をもっているのは、グイより南側 に隣接しているコウという人たちなんですが、彼らは伴奏音がこんなにたくさんはないんですが、
吸入音としてもう一つ、両唇音という唇を打ち合わせる吸入音(インフラックス)をもっている ので、吸入音が
5
種類になっているんですね。それから、文法論的にいいますと、グイ語の著 しい特徴は人称代名詞がものすごく精密化しているということです。人称代名詞というのは、デ ィメンション(次元)ということばを使うと、基本的には三つのディメンションで組織されてい るといわれます。この【スライド】X
軸は、話者を包含するか排除する。それからY
軸は聞き手 を包含するか排除するか。そしてこのZ
軸のディメンションは、メンバーシップの数です。最小 メンバーシップか、非最小メンバーシップかという区別。それで人称代名詞というものが原則的 に、今の三次元でいったら立方体になりますが、そのすべての頂点に人称代名詞が、じっさいの 語形変化として出現する場合をコンプリート・パラダイム、完備したパラダイムというわけです が、グイ語はさらに複雑で、一つ一つの人称代名詞がジェンダーを弁別するし、さらに最小/
非 最小ではなくて、単数と双数と複数、ここでの双数というのは「二人だけ」、あるいは「二頭だ け」、ということですが、メンバーシップの数が3
種類ありますから、これだけの途方もない種 類の人称代名詞がじっさいに弁別される。しかし残念なことに、本当に悔しいことに、じつはこ れはコンプリート・パラダイムではないんですね。なぜならば、一人称単数のキレというのがジ ェンダーを区別しないんですね。男も女もキレなので。ここがもし、ジェンダーを区別していた ら、驚くべきコンプリート・パラダイムになるのですが、ここだけが完備性を損なっているんで す。実感していただくために漫画で描きますと【スライド】、二人称双数と複数というのがこんな ふうにあるわけなんです。簡単にいいますと、「男二人のあなたたち」というのはイツァオ、た だ男三人以上になるとイカオ、「女三人以上のあなた」というのはイザオで、女二人だけはイサ オで、男女全員含めるとイキョというふうになります。一人称双数と複数における包含と排除と いうのはこんなふうになります。「僕と君の二人だけ」というとアケビですね。だけど、第三者 の聞き手がいて、聞き手を排除したかたちで「僕とこの子の二人」というとイケビになる。
この人称代名詞がいかに便利かということについて、私がよく飛ばすくだらない冗談があり ます。退屈な飲み会にうんざりして、意中の彼女に「ねえ、僕と君の二人だけでどこかに消えな い?」というのは日本語で言うのはなかなか大変なんですが、グイ語を使うと、「アケビ、どこ か行こうよ」一発で言える。この驚くべき解像度、人間関係の微細な部分をすごい解像度で言語 化する。それだけじゃなくて、三人称の語尾が接尾辞として、動物の数だとか性を表すために使 われるので、たとえば雄ライオン一頭だけだとハムビだし、雄雌一頭ずつだとハムクラだし、雄 雌混在して三頭以上だとハムリになるというような、これが狩猟の獲物の情報を効率的に伝達す る、そういう力をもった言語なわけです。
伝統的には、毒矢を使った弓矢猟をしている。今日は動物の話はできないんですが、ざっと写 真だけお見せすると、肉として彼らにとって一番重要な食べ物は
6
種類の大型偶蹄類で、これ らを一括して「食う物=
コーホ」というふうにいいます。 ゲムズボック 、これは東アフリカで オリックスと言われていますね。それから ウィルデビースト 、これは東アフリカでヌーと呼 ばれている動物。それから ハーテビースト 。彼らは今動物保護区を追い出されて、その外側12
に住んでいるんですが、私たち調査チームは、思い切って動物保護区の中にキャンプサイトを予 約してそこに一泊だけしました。これ【スライド】はそのときの写真です。ものすごくたくさん のゲムズボックの群れですね。それからウィルデビーストもたくさん見られますし、ハーテビー ストもいますね。これ【スライド】は別の地域、ナミビアで写した写真なんですが、 クーズー それから、彼らにとって一番重要な エランド という、これは羚羊類のなかで一番大きいんで す。これ【スライド】は別の地域で写したキリン。それからあまり大きくないんですが、中型の 羚羊類でスプリングボック、これも非常に重要な肉です。それから彼らの神話で非常に重要な役 割を果たすダチョウ。
さて、これはどういうことかというと、もともと私の師匠の田中二郎先生がこの地域で、彼 が
26
歳の頃からずっと調査をしていたんですが、1979
年に遠隔地開発計画という政策によって、カデという所に定住しました。さらに、
1997
年に、政府の半ば強制的な政策で、ニュー・カデ と政府が名づけた人工的に設立された村に移住させられてしまって、現在に至るまでここで暮し ています。ニューカデは人口1200
人くらいの巨大な集落で、カデは一番大きな時でも600
人く らいでした。これ【スライド】はニューカデでのヤギ放牧です。これ【スライド】が私たち日本人 の暮しているニューカデでの日本人キャンプです。これから、語りの表情とはなにかというお話をしていきます。これ【スライド】は一番素朴な、
一つ一つの
word
の意味論的な水準における表情の例です。ここにあげたのはある国際ワークシ ョップでの、世界的に著名なカリフォルニア大学の言語人類学者、ウィリアム・ハンクスと私と のやり取りです。休み時間に、電子ジャーのお湯を入れにいったんですね。そのときハンクスが 私に“Is this water?”
って聞いたんです。そこで私は反射的に“No.”
って答えたんです。そうした らビルが“Coffe?”
と聞いたので、私は“No, hot water.”
と言ったら、ビルは呆れたようにティー バッグにお湯を注いで紅茶を飲んでいました。これは私がいかに英語が身についてないかとい うみっともない証拠なんですけれど、このときに私は初めて気づいたんですね。日本人にとって「水」というのは「お湯」と対立する「冷たい水」のことなんだなあ、と。だから日本人にとって の「水」とアメリカ人にとっての
“water”
というのは異なる表情を帯びているんだということを 今さらのように気づいて、そう考えると語りそれ自体に塗りこめられた表情というのは、翻訳が いくら可能でも、感覚的には代替不可能だということなんです。その例として、動物分類というものをちょっと見てみたいと思います【スライド】。グイの動 物分類、これは中川裕さんが洞察したことなんですが、彼らの民俗分類というのは中川さんが仮 に分類
P
、分類O
と呼んだ二つの独立した二項対立が重なり合ったものだというんですね。分類P
というのは、その動物が咬むかどうか。つまり人間にとって有害かそうでないかということで す。分類O
というのは、その動物が食べられるか食べられないか。そのときに面白いのが、こ の二つの基準における否定が名詞ではなくて、「役立たずである」という述語で呼ばれる。それ が ゴンアハー という述語です。だから、咬むことにおいて役立たずであるというのは、人間 にとって無害である。それから食うことにおいて役立たずというのは、食べられない。だから両 方において役立たずの動物が、 真のゴンアハー であって、それに対してヘビやサソリやムカ デといった、食うこともできないけど人に害をなすのは 真のパーホ=
咬む者である。これが人間にも拡張されるんですね。そうすると、こんな言い方がされます。「あの男は罠一 つ満足にかけられないような、ゴンアハーな奴だったけど、口が上手くて女を口説くことだけは めっぽう上手だった」とか。それから「あの男は本当に凶暴で、あれはパーホだ」とか。あるい はある老人は「俺たちは若い頃、パーホだった。よそのキャンプを襲って女を略奪したりした」
13 とか言っていました。
カラハリで暮していると、このゴンアハーというのが私たち日本人調査者の身体に染みついち ゃっているんですね。だから日本に帰って来ても、英語のゼミでまったくレジュメを作ってこら れない学生に対して、「お前はなんてゴンアハーな奴なんだ」とか、つい口走りたくなるんだけど、
そんなことを言っても伝わらないと思ってすごく悔しい思いをする。それとともに、私たちの身 体に染みついてしまった語の表情は、「疲れる」という自動詞 タウ 、この母音は緊張音ですが、
これが重複化すると能動的な意味を帯びます。ですから、 タウタウ というのは「疲れさせる」
「消耗させる」、これは関西でいうところの「ウザい」が一番ピッタリかなと思います。
フィールドでの例をお見せします。中川裕さんは私と同じで非常に小説が好きで、しかも彼は ちゃんと古典を持って来るので、大学生のときに一度読んでいた『白痴』をまた借りて、そのあ まりの面白さに私は深夜テントの中で「うおお、すごい」と吠えていたんですが、返すときに言 ったんです。「どうして、ムイシュキン公爵は、あんなに彼を愛してくれた令嬢アグラーヤを振 って、性悪女のナスターシャに夢中になったんだろう?」そうしたら中川君がすかさず「いやあ、
あれもなかなかタウタウな女ですよ」っていったので大爆笑しました。もう本当に、そうとしか いえない。また他の例では、私の愛するお弟子さんの女子の一人が、大学院ゼミで発表した別の 女子の発表を聞きながら、ものすごい馬鹿にしきったような笑みを浮かべていたので、私はあと で彼女に「おまえはすぐ顔に表情が出るから気をつけなさい。本当に馬鹿にしたような顔でニタ ニタしてたぞ」と忠告したら、彼女は「本当にタウタウな女だなあと思ったんですよ」と言って いましたので、私のお弟子さんの一部にはちゃんと共有されているんです。
これから、私がこの語の表情というものに目覚めた話をするために、かなりややこしい民族誌 的な背景を説明しなければいけません。じつはグイの人たちは、どうも
1970
年代の初頭まで男 性だけが参加できる秘密の成人式というものをやっていたらしい。儀礼キャンプで一ヵ月くらい 行われるんですが、そのときに一番活躍したのが“bull-roarer”
、うなり板と訳されますが、オ ーストラリア・アボリジニや北米原住民がよく使う祭具で、グイの人たちもこれを使っていたん です。これ【スライド】は、1984
年の8
月に、田中先生と私が一度再現させようといってシミ ュレーションしてもらったときの写真です。そこから再構成していくと、彼らの住むのは南半球 ですから、2
月くらいがちょうど一番暑い夏にあたりますね。その頃にしか見えない グワイカ オ という星が出ると、その星をめざしてひたすら歩いて行って、ある所まで行ったらそこで儀 礼キャンプをつくる。そこで入門者の青少年たちは、でかい男小屋に必ず横向きに、同じ方向を 向いて寝かされて、夜明けになって外に出てくると、年長者だけが焚火に当たっていて自分たち は寒さに震え、スイカのおかゆが主食になっているんですが、それを一列になって順番に木のス プーンで掬おうと思っても、手がかじかんでスプーンを落としてしまう。そうすると「そこまで」と言われて、「うしろに並んでいる奴らは食べたらダメ」ということを言われて、徹底的に苛め られる。でかい焚火を無理やり飛び越えさせられたり、というようなさまざまな試練を受けるん です。
語りの表情の一番極端なものは歌ですので、ちょっと歌をお聞かせします。これは字幕が被っ ていないのでわかりにくいかもしれませんが、真ん中に座っている方は白内障で、ずいぶん前に 失明してしまった年長者です。私はこの方にとても世話になりました。そして、私の会話分析の 師匠である調査助手のタブーカですね。それから言語能力が著しく発達した調査助手のカーカ。
過去の儀礼のときに歌われた男の歌をこれからお爺さんが歌ってくれます。
14
【歌が流れる】
これは最後にすごく面白いことを言っているんですが、カーカが「その歌は農牧民の歌だろ う?」と言うんですね。そうしたらこのお爺ちゃんはものすごく憤然として「農牧民の歌なんか じゃない、ブッシュマンの歌だ」と言ったんです。このあと、この儀礼の
authenticity
をめぐっ て年長者と青年とのあいだで、非常に複雑な交渉がみられて、それもすごく面白いんですが、今 日のテーマからは外れますのでこれくらいにしておきます。一カ月くらい、青年たちを儀礼キャンプに閉じこめてしごき抜いて、同時に非常に重要な知 識を伝授していくわけです。その重要な知識というのは「なにを食べてよいのか、なにを食べ たらいけないのか」。つまり動物の肉にかかわる複雑な食物規制というものを叩きこんでいた ようです。その食物規制のなかで一番重要なのが、 ショモ といわれる年長者と幼児しか食べ てはいけない肉です。その筆頭がアフリカオオノガン、 デウ という大きな鳥です。それか ら近縁のクロエリノガン、それから陸ガメなどです。しかしながら、グイの人たちというのは
opportunist
なんですね。ですからせっかくキャンプにたくさんのショモがあっても、キャンプに年長者があまりいないと、腐らせるのがもったいないので、そのときだけ青年に治療儀礼を施 して、その日だけは青年が食べても大丈夫というようなご都合主義的なことをするわけです。
これ【スライド】は私がじっさいに見た現場で、この年長者は自分の息子の嫁さん、つまり義 理の娘にこの日だけショモを食べさせる治療をしています。太ももに剃刀で傷をつけて、その傷 の血を脚になすりつけて、それから自分の手で手ずから彼女に肉を食べさせている。
先ほど螺旋形の角をもった美しいクーズーという羚羊類の写真をお見せしましたが、これ【ス ライド】は、クーズーの肉です。これは誰でも食べられる物なんですが、その肉に骨髄を混ぜ合 わせるとそれがショモになる。つまりショモというのは、動物のカテゴリーというよりも私たち でいうところの珍味ですね。これも中川君の発見したことです。私たちも「なんでガキがカラス ミなんて食うんだ? おいしさなんてわからんやろ」とか言って食べさせないですよね。それと 似たようなことです。ただ、「スガワラ、おまえは髭も白くて年長者なんだから食べたら?」と 言われて、うっかり食べたらとてもおいしくて、ついおかわりまでしたら、そのあと詳しくは言 いませんが生涯最悪の下痢に襲われて、「僕はまだ年長者じゃなかったんだ」と思いました。本 当に冗談ではなく死ぬかと思うくらい大変でしたよ。
これ【スライド】が今回あちらで写したデウの写真です。私もつい最近ウィキペディアで知っ たんですが、この鳥こそが空を飛べる鳥のなかで一番体重が重いそうです。これ以上重くなる とダチョウとかエミューみたいに空を飛べなくなる。先ほどから言うのを忘れていましたが、じ つはあの男性成人式には ホローハ という名前がついています。「ホロー」とはなにかというと、
じつはこの鳥の冠毛なんですね。「ハ」というのは「〜を持っている」という意味ですから、あの 男性成人式は、「アフリカオオノガンの冠毛を持つ」という意味の名前なんですね。
では、「いったいなぜそんな名前がついているのか?」という私の質問に対して、あとから登 場する、異常なまでのおしゃべり調査助手キレーホが、じつに興味深い釈義を与えてくれました。
まだ子どもたちが幼かった頃、私は日本をずっと空けている罪滅ぼしに、せっせと子どもたちに 絵本を描いて送っていたんですね。なぜかエスノグラフィーの最先端のデータが盛りこまれてい るという作品なんですが。キレーホの解説によると、成人儀礼が終わってからも年長者はしょっ ちゅううなり板の練習をさせるんだそうです。そのとき「お前が年長者になって、お前の罠にア フリカオオノガンが掛かったら、そのうなり板を鳴らして俺たちに知らせろ」という、そういう
15 教育を年長者から施される。それで、四十、五十になった頃、ついに罠に掛かったデウを食おう と彼は決意するんですね。それを丸焼きにして、いったん木の上に隠して何食わぬ顔で家に帰っ て、子どもたちには肉などを与えずに、夜になったら用を足すふりをしてそっと外に出て、先ほ どの所へ行って小さい焚火を起こして、うなり板を鳴らすと、これの意味がわかるのは爺さんた ちだけ。それで彼らは夜の闇のなかを音のするほうへ走り、デウの肉に舌鼓を打つという、そう いう話です。
これ【スライド】がキレーホがじっさいに語ったことの要約です。これは録音をいろんなふう に加工したら、すごく音が悪くなったので恐縮なんですが、ちょっと流してみます。
【話が流れる】
ここで、語りの表情ということで間投詞についてお話します。間投詞こそ、語りの表情がもっ とも濃密に表れるものですね。それがドラマチックなまでに日本中に知れわたったのが、例の
「じぇじぇじぇ」でありまして、私もそれ以来ずっと愛用しております。私が昔からずっと不思 議でならなかったのは、この「パーバ・エ」とか「マー・エ」とか「ママ・エ」といった間投詞で、
それはつまり親族呼称なんですね。「お爺ちゃん よ 」とか「おじちゃん よ 」あるいは「お婆ち ゃん よ 」とか「おばちゃん よ 」と呼んでいるわけです。私はこれを親族呼称だと思いながら も、カタカナで間投詞としてしか訳せなかったんです。それから、年長者に語りをしてくれとお 願いすると、彼らはなぜか「エヘー、パーバ・エ、あんたに話してやろう」とか、「ママ・エ」と 言って、なぜ自分が「爺ちゃん」と呼ばれなければいけないんだと、まったく得心がいかなかっ たんです。
私の師匠の田中二郎さんは、キレーホが異常なまでのおしゃべりだということにいつも感心し ていたんですが、あるとき「パープー(大口たたき)」という新しいことばを採取したら、二郎さ んはそれをいたくお気に召して、キレーホのことをそう呼ぶようになったんです。ところが、二 郎さんが先に日本に帰ってしまってから、キレーホが噂話をするたびに、二郎さんのことを「パ ープー」と呼ぶんですね。なので私は「『パープー』はお前の名前だ。二郎の名前ではない」と忠 告したら、キレーホは「俺と田中は交叉いとこみたいに仲良しなんだから、田中が俺を『パープ ー』と呼ぶんだったら、俺も彼を『パープー』と呼んでいいのだ」と言ったんです。
じつは私には「ゲムズボックの口」という仇名が付いているんですが、それは私が髭を生やし っぱなしにしていると、それが真っ白になるので、ゲムズボックの白く見える口の周りにひっ かけてそんな仇名をホアアヤという男から奉られたんですが、そうしたら私も彼のことをそう呼 んでよい。つまり、親しい者のあいだでは「呼称逆転」(
address inversion
)が許されるというか、奨励される。たとえば私がお爺さんにインタビューするとしますね。少なくとも、私がこの研究 を始めた頃は青年に毛が生えたくらいだったので、お爺さんから見れば私は孫のような存在。だ から私が彼を「お爺ちゃん」と呼ぶと想定されて、それを呼称逆転して彼が私を「お爺ちゃん」と 呼ぶ。私たち日本人を一番驚かせるのは、お母さんです。お母さんが、自分の子どもに向けて
「ギエ・エ」つまり「母ちゃんよ」って呼ぶんですね。しかもそこに子どもが男女三人以上いると、
人称代名詞の二人称と結合させて「ギエ−ハ−キョ・エ」と呼びます。つまり「母ちゃんたち、あ んたたちよ」と、母ちゃんが子どもに呼ぶ。これは反射的にはなかなか私たちにはできないと思 うんですが、これはまさに語りの表情であって、それが調査者にも徐々に「ああ、そういう表情 だったんだな」ということが身体に馴染んでいくということになります。
これから、全部で五つの例をお見せします。まずは私自身が年長者
KK
に発したあからさまな16
質問に
KK
が接触で応じたという例です。それから、デウを食うことを禁じるタブーを一時的に 解除する手続き、つまりそれはホローハという男性成人式の場においてそういう手続きをした ということを、年長者NK
が説明する。それから、Xp
というおばさんはグイではなくてガナ言 語集団に属する人なんですが、一人息子が知的障害者なんですね。しかも彼女にはズワズラとい う発狂の既往歴があるという話です。四番目は、1987
年に私自身が目撃した夫婦喧嘩の顛末を、その
18
年後に当の夫婦が掛け合いで語る。五番目が、1989
年に日常会話で言及された出来事 を16
年後に同じ話者に再現させたら、かなり忘れていることが発覚したというものです。そういう五つの事例を、まず
1
から4
までは一つの映像にしてあります。【1から4を見る】
まず一番目はたわいもない例なんですが、正直に言ってグイの人たちと暮しているのは非常 に居心地がよい。日本の職場でのくだらないストレスから解放されて、私はとてもフィールドで リラックスして暮らしていますが、その一つの秘密が、大げさにいうとグイの人たちの社交の間 身体性というか。私はここですごく不躾に「全部おれに話せ」とか言っているんだけど、そのと きにもこの年長者はそれを受けて、何気なく私のほうに触ってくるとか、あるいは彼の息子が昔、
非常に奇妙な病気になって死んでしまったことに水を向けると、「そのとおり、それを話してあ げよう」と言って私の膝を叩きながら話してくれる。そういった身体に染みついた彼らの生活形 式が調査者の身体にも流れこんでくるというのが、当たり前のことですけれど重要なことだと思 います。
もう一つ重要なことは、語りの相互参照です。このお爺さんの次男が昔死んでしまったという 話を、私は語りの達人であるキェーマという年長者から
1994
年に聞いたんですね。だけどキェ ーマは1996
年の初頭に突然病気で亡くなってしまって、このインタビューのときにはもう故人 だったんですが、私はキェーマから聞いた奇妙な話、つまりその少年は突然体が突っ張る病気に なってあっという間に死んでしまったという話を、私が体をのけぞらせてその病気を再現したら、彼はとっさにそれをわかって「キェーマがお前に語ったとおりだ」というふうに請けあった。つ まり語りというのはけっして孤立して出現するわけではなくて、同じ出来事に関する別の語り手 の語りと相互参照されうるということです。これがヨクナパトーファ・サーガとエスノグラフィ ーを隔てる非常に大きな特徴ではないかと思います。
二番目は、私が昔提起した身体配列というアイデアなんですが、私たちが過去の出来事を語り なおすときに、その出来事の根源に参与者の身体の特有の配置のされ方、あるいは特有の相互行 為のパターンというものがあって、それがコアになって私たちの記憶、あるいは過去語りという のは組織されるんじゃないか。前に中公新書に書いた例は、クラスで一番全共闘運動を引っ張っ ていた男に対して、私と数人の友人はどこか彼が自己欺瞞的だと考えて、彼を生協の食堂に呼び つけて、そこで彼を批判しようとしたんだけど、彼がきつねうどんを食べ始めたときに、湯気で メガネが曇らないようにとっさにメガネを外してきつねうどんを食べているのを見て、私は圧倒 的な悲しみの感情に襲われて、それからまったく彼を批判することができなくなった。つまり、
私にとっての大学闘争という、恐るべき政治的な出来事の記憶の根っこには、これがある。つま り
K
君がメガネを外してきつねうどんを食べていたという、独特の身体配列。それによって私は 大学闘争というものを自分なりに記憶し続けているのではないかというようなアイデアです そこで、このNK
おじさんがまず私をうろたえさせたのは、これより何日か前に彼の家で長い インタビューをしたときに、その最後にホローハの話をしてくれと言ったら、彼は「嫁さんのい17 る前で話せるわけないだろう」と言ったんで、「そうか」と思って「おれのキャンプに来て、その うちに話してくれ」と頼んでいったら、数日後にひょっこりと現れて、なんとわが調査助手が全 員出払っちゃっているときに来ちゃったんですね。だから、私は仕方なく自分の拙いグイ語でイ ンタビューしていたら、突然彼がまったく私の知らなかった身体配列を実演してくれた。この顛 末からわかるのは、語り手自身がすごく語りたいんだということです、あたりまえですが。私の ような異邦人に、やはり昔のことを心から語りたがっているというのが私にとっては面白い、力 づけられる発見でした。そしてなによりも、ここの場にユニークな身体配列が現成されている、
この「現成」ということばは、先ほど平賀さんがご紹介くださった『身体化の人類学』の序論にな ぜこの独特なことばを使うのかということが説明してあります。これは英語にすると、ヴァレラ という、オートポエイシス理論をつくりあげた一人が『身体化された心』という奇妙な本を書い ているんですが、そのキーワードが
“enact”
とか“enaction”
とか“enactive”
ということばなんで すね。このことばの奇妙な使い方、これを私は「現成する」と訳すのが一番ピッタリするんじゃ ないかと。これは道元の『正法眼蔵』で使われていることばだそうです。もう一人、現象学の最 大の親玉みたいなマルティン・ハイデッガーの著作に出てくる ヴェーゼン という動詞も日本 語では「現成」と翻訳されています。つまり、ある事柄が、その意味とともにこの場に立ち現れ るということです。語りの表情ということをいうのに、この三番目の例ほどはっきりした事例はないと思うのが、
この
Xp
おばさんの表情ですね【スライド】。これは誰が見てもある種の攻撃性と怒りが感知でき ると思うんです。私自身、「怖いな、このおばさん」って思いながらインタビューをしていたん ですが、その責任の一端は私にあるんですね。それは、このインタビューの時点で35
歳くらい の知的障害者の一人息子さん、すごく穏やかでいつもニコニコ笑って座っているような人なんで すけど、彼について彼女の親族の男たちから、非常に意外な見解を聞いたんですね。それは、幼 児のときはふつうの子だった、だけどお母さんが発狂して自分のおしっこを飲ませちゃったりし たから、「ピリピリ」つまり愚鈍になったのだというもので、複数の人からそういう差別的な見 解を聞きました。そして私は無謀にも、Xp
おばさん自身に「こんなことを言っている奴がいる けどどう思う?」ということを聞いちゃったんですね。さすがに「あなたはおしっこを飲ませた んだって?」とは言いませんでしたが、それを聞いたら彼女は非常に憤然として反論して、それ が彼女の怒りの表情の源になっていたということです。ここで重要なこととして、
Xp
おばさんは「私(菅原)自身の長男も自閉症による知的障害者 である」ということをよく知っています。それは最初の調査のときからすでに周囲に知れわたっ ていたし、これは1997
年のインタビューですが、その4
年前の1993
年に、私は家族を引きつ れてここに来て何週間か滞在しています。当然Xp
おばさんもそのとき私の長男を見ていて、私 の書いたもので「ゆっくん」という愛称で登場する長男のことをよく知っているんです。そうい ったコンテクストがあって、彼女はこういうことを言っています。 ガマ というのは、彼らの 超越者で私は「神霊」と訳しています。「神様が昔、私とおまえ男女二人をひどい目に遭わせた」。「私とおまえの男女二人は、こんなふうに見えるものたちを生んだ」。
ここで、彼女は私と彼女が共に知的障害者の親であるという仲間性(
co-membership
)を、彼 らの解像力の高い人称代名詞を駆使して投射している。本来、人間にとってもっとも根源的な仲 間性というのは、親と子のあいだに投射されるのが自然なんですが、こういった仲間性の投射が 行われると、それと釣り合ったかたちで、彼女にとっての息子、そして私にとってのゆっくんと いった存在が、同時にformidable
なもの0 0というカテゴリーにくくり直される。これは後知恵的18
な分析のようにも思えますけれど、このくらいのことばだったら私もインタビューの瞬間にリア ルタイムでわかっていますから、一方では彼女は自分にはっきりした仲間性を投射してくれたこ とを自覚しつつ、それを嬉しいと思いつつ、他方で「 もの はないだろう?」という感じで知的 障害者を もの と言い捨てる酷薄さに憮然とした記憶が鮮明にあります。いずれにせよこうい うかたちで仲間性が語りのなかで刻一刻と裁ち直されているということも、語りの表情の重要な 一面であるということです。
もう一つ、私が導入したい概念が「語りの話体」です。これもメルロ
=
ポンティからひっぱっ てくると、作家が「世界に住みつき、世界に対処する或る類型的な仕方」それを受肉した言語の 形式というのが、いわゆる「スタイル」ではないか。でも、私はここでこの「スタイル」という概 念を思いきって拡張して、「語り手」と「聞き手」を横断する相互行為の構造的な特性をも包みこ むような概念にしたい、と思っています。そのときに、このデータ4
が非常に印象的だと思う のは、まずここでこのおばさんは、夫が別の女と婚外性関係したことに腹を立てて、面当てに夫 の姻族にあたる青年と関係したという、そういうことを語っています。語り手のこのおばさんは、ツォエ という仇名でその青年に言及したんですが、私の調査助手が気を利かせて ツァレガエ ン という本名を補足してくれました。ツァレガエンのことは私は昔からとてもよく知っている んですが、内心愕然としたのは、この十何年か、私はこの恋人関係のことをちっとも知らなかっ たんですね。だから私はここで適当に相槌を打ってとぼけていますが、内心は愕然としているん です。
なによりも重要なことは、ここで夫が妻と語りの共同制作をしているということです。この前 のセグメントから、妻の語りを復唱したり引き取ったりしているんですけど、お見せしたこのセ グメントではザークつまり恋人関係で女の子が生まれたという非常に重要な情報を、夫のほうが 話しているんですね。
こういうことにあまり感心しすぎるとオリエンタリズムになりかねないのかもしれませんが、
たとえば日本でどこかの夫婦を訪問して、「昔、この人が浮気して私たちの夫婦喧嘩はすごかっ たのよ」みたいな話があけすけになされる、少なくとも私はそういう経験はありませんので、こ ういった経験はあまり日本人には身近ではない経験ですが、それをこのご夫婦の心理的特性みた いなものに還元して話すのはまったく的外れで、むしろこういう事例こそが、セクシャリティー に身を処すグイの人たちのやり方を貫く、一般的な態度としてこの場に現れていると考えたほう がいいのではないかと思います。
最後に残った「忘却」の例がかなり複雑なので、ざっと概略をお話します。私はあるときから、
人類学的なフィールドワークの非常に大きな特徴というのは、長く持続することだと考えてきま した。そして長い時間にわたって記憶が保存される、その仕組みを明らかにする絶好のチャンス ではないかということで、
1987
年から1992
年にかけて日常会話の収録と分析をしてきたんで すが、とくに89
年に、過去の出来事を日常会話のなかで言及するという、そういうデータが得 られたんです。1994
年から現在にかけて、年長者の生活史の語りを分析しながら、実験的手法 でこの89
年の日常会話で言及された過去の出来事を改めて再現させてもらうという、そういう フィールド実験を2
年にわたってやりました。今日お見せしようと思ったのは、こういった例 です。【話が流れる】
1989
年に、このNb
という女性が自分の母親Go
と一緒に日常会話で非常に素晴らしい掛け合19 いで
15
分くらい話していたんですね。その掛け合いの最後のほうに出てきたのが、Nb
の妹に あたるドエという女性が生んだ赤ちゃんの父親が、私の調査助手タブーカではないかと皆が疑っ たということでした。それでタブーカは「おれのしてもいないことで監獄に入れるのか」と抗弁 しているんですね。これは名言ですね。それで「濡れ衣」を意味する外来語の パキリーザ とい うのが人口に膾炙したと。ドエは、乳幼児健診で診療所に行ったときに、このNb
さん、じつは ノーバというんですが、ノーバたちに「あんたたちが呼んでいた名前はなんだっけ?」と言って 皆を呆れさせた。ノーバは、「なんで私たちがあんたの赤ちゃんの名前を知っていなきゃいけな いのよ」と言った。これを、ノーバ自身とその母親とが非常に見事に掛け合いで再現したという、じつに印象的なエピソードだったんです。
ところが、先ほどのビデオをご覧になったら予想がつくと思いますが、ノーバは
16
年後にこ のエピソードを想起することに、完全に失敗したんです。早い話が忘れているんですね。ここで、過去の出来事の再構成にとって「忘却」というのがもっとも興味深い問題であるとい うことが浮かび上がってきます。つまり「私たちにとって過去はどこに存在するのか?」と問う たときに、それは「個人の脳の海馬体のなかに存在するのか」とか、あるいは「再現する談話の 文脈のなかに過去が存在するのか」とか、いろんなことを考えるわけですが、もし忘却というも のが完全な非−存在、つまり「無」だとしたら、人が忘却するかぎりもう過去はどこにも存在し ないということになりかねません。
しかしここで物語論で有名なポール・リクールが『時間と物語』の中でこんなことを言ってい ますね。「客観性の信条(クレド)は、さまざまな歴史によって述べられる事実が互いにつながり あうことができ、そしてそれらの歴史の結果は互いに補完しあえる、というこの二重の確信にほ かならない」。私は先ほどから言っている『原野の人生』というのを、実証主義的に過去を再構成 する、そういう歴史学のようなものとしてはとらえていないんですが、それでもなお「誰かが忘 れている」という、その「誰か」の周囲に、たとえば「憶えている」という聞き手がいるとすると、
その語りの表情自体、つまり場を彩るぎくしゃくした表情自体が、複数の記憶がつながりあった り、補完しあったり、不整合だったり、矛盾しあったりしているという、そういうこと自体、つ まり、高木光太郎さんという記憶論で著名な生態心理学者のことばを借りれば「不在の穴」です ね。不在の穴の輪郭を、こういった語りの表情自体が浮かびあがらせるということではないかと 思います。
もう完全に時間を使い果たしました。じつは、このあとに時間に関する哲学的議論というのが あるのですが、それは今日は省くということで。私の主張は、われわれは往々にして時間を「流 れ」の隠喩としてとらえがちです。時間というものは直接経験できない事柄なので、どうせメタ ファーに頼るんだったら、川の流れなぞはまったく存在しない、流れの隠喩にとらわれないカラ ハリの原野的な時間のメタファーを取り戻すべきではないか。その時間のメタファーというのは、
時間というのを完全に人間の「歩く」という活動に還元してとらえるという荒唐無稽な提案なん です。
過去というのは、決して沈んだのでも流れ去ったのでもなくて、今も原野の一点に実在してい る、私が歩いて来た一つの場所であるというかたちで、過去をとらえ返すことができないかとい うことです。
私が学会賞をいただくのに「忸怩たるものがある」と言っていた一つの理由はこれ【スライド】
で、私はこの小説を書くために膨大な時間を費やしたんですね。だからその間まったく勉強して なかったんですね。なので、そのブランクを今とりもどすのはなかなか大変なんですが、全然売
20
れてなくて、誤植が十カ所くらいあるんですが、文庫化するときに直そうと思っていたら文庫に もされないのはかわいそうなので、皆さんご愛読をお願いします。
先から活躍してくれている、わが家のゆっくんの写真を最後にお見せして終わりたいと思いま す。最後に時間論を展開する時間がなかったのが心残りですが、まあこのへんで。