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C6203 0257 東九州メディカルバレー構想の事例に基づいて 利用統計を見る

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1.問題の所在

既に超高齢社会に入った日本では,ヘルスケア産業の形成と充実が重要な 社会課題となっている1)。こうした中,各都道府県では,医療機器産業を中 心とするヘルスケア産業クラスターの推進が活発化している。日本のクラス ター政策は,Porter(1998)によるクラスター理論の影響を受け,経済産業 省による産業クラスター政策及び文部科学省による知的クラスター創成事業 が各々2001年及び2002年から開始されたことが端緒となっているが,現在, 展開されているヘルスケア産業クラスターもその流れを受けた事業として位

1) 総人口に対して65歳以上の高齢者人口が占める割合を高齢化率という。世界保健 機構(WHO)や国連の定義によると高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」, 14%を超えた社会を「高齢社会」,21%を超えた社会を「超高齢社会」という。日 本は1970年に高齢化社会になり,1994年に高齢社会になった。2007年には21.5%と なり既に超高齢社会にある。

広域クラスター形成における多様な近接性

―― 東九州メディカルバレー構想の事例に基づいて ――

1.問題の所在 2.先行研究レビュー 3.戦略的分析概念とスキーム

(2)

置づけることができる。一方,殆どのヘルスケア産業クラスター事業が都道 府県単位で推進されている中にあって,東九州メディカルバレー構想は,大 分県から宮崎県に跨がる東九州地域において血液や血管に関する医療を中心 に産学官が連携を深め,医療機器産業の一層の集積と地域経済への波及,さ らにはこの産業集積を活かした地域活性化と医療の分野でアジアに貢献する 地域を指向する産業政策である。換言すると東九州メディカルバレー構想は, 大分県と宮崎県の企業及び大学,行政機関など多様なアクターによって構成 される広域クラスターとみなすことができる。しかし,クラスター形成にお いて地理的範囲が拡大することはアクター間のコミュニケーションが疎遠に なるといった問題を発生させる。所謂,地理的近接性(geographical proxim-ity)の弱さといった問題である。では,広域クラスターを指向している東 九州メディカルバレー構想は,こうした地理的近接性の弱さをどのような方 法で補完しながら,地域間イノベーション(inter-regional innovation)を実現 しようとしているのだろうか。本研究の問題意識はその点にある。そこで, 本稿では東九州メディカルバレー構想という広域クラスターにおける近接性 について,地理的近接性と関係的近接性(relational proximity)に焦点を当 て広域クラスターにおける地域間イノベーションについて分析及び考察を試 みる。

2.先行研究レビュー

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については,日本政策投資銀行(2014)による日本の医療機器クラスター形 成に関する調査レポート,同(2017)によるものづくり企業の医療機器産業 への参入可能性に関する調査レポート,研究については,田中(2014)によ る医療産業クラスターと地域活性化に関する研究,北嶋(2014)による医療 機器クラスターの日韓連携に関する研究,同(2015)による医療機器クラス ターにおける中小企業の新事業展開に関する研究,同(2016)による医療機 器クラスターとサプライチェーンの共存に関する研究,同(2017)によるク ラスター・ライフサイクルモデルから見た日本の医療機器クラスターに関す る研究などがある。さらに,本研究の対象である東九州メディカルバレー構 想については,日本政策投資銀行(2012)による調査レポート,大分県の医 療機器産業については,日本銀行大分支店(2014)による医療機器産業を含 む大分県の産業クラスターに関する調査レポート,外枦保(2017)による研 究などがある。

一方,本稿で使用している近接性概念を用いた実証的研究については,田 柳(2007),齊藤有希子(2012)及び木南,古澤(2014)などがある。また, 近接性とイノベーションに関する理論的研究についてはBoschma(2005), 近接性と知識波及に関する研究についてはCapello and Faggian(2005),地 域クラスターにおける近接性の役割に関する研究についてはVas(2009), 地理的近接性と他の近接性の関係に関する研究についてはHansen(2015), 近接性の視点から地域間イノベーションを捉えた研究についてはLalrindiki

and O’Gorman(2016)などがあり,近接性とイノベーションやクラスター

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3.戦略的分析概念とスキーム

3.1 近接性概念の5つの次元

本研究の戦略的分析概念である近接性(proximities)は複数の次元で構成 されている。すなわち,地理的近接性(geographical proximity),認知的近接 性(cognitive proximity),組織的近接性(organizational proximity),社会的近 接性(social proximity)及び制度的近接性(institutional proximity),以上の 5つである。以下ではこれらの近接性概念について概説する。

第一に,地理的近接性とはアクター間の物理的距離を意味する。換言する と,複数のアクターの物理的空間(physical space)での位置を意味する。そ のため地理的近接性はアクター間の物理的距離として客観的な計測が可能で ある2)。また,この近接性は認知的近接性との結合により相互学習の発生を 促すが,社会的,組織的,制度的近接性によっても代替可能であり,他の近 接性に対しては十分条件でも必要条件のどちらでもないとされる3)。

第二に,社会的近接性とはアクター間の社会化(socialization)の類似性 を意味し,この概念は関係的空間(relational space)に属する。換言すると, この概念は社会化のプロセスで生じるアクター間の共通経験と深く関係して いるため,関係的時間の影響を受ける点に特徴がある。さらに,この概念は 埋め込み(embeddedness)に関する研究までその起源を ることができる4)。 つまり,経済的関係性は多少なりとも常に社会的文脈(social context)に埋 め込まれており,同様に社会的結びつき(social ties)あるいは社会的関係

性(social relations)は経済的成果に影響を及ぼすといった考え方である。

例えば,アクター間に親族関係や友人関係による共通経験を基盤とした信頼

2) 但し,地理的近接性と関係的近接性など他の変数との因果関係を仮定した場合,

他の変数の値が量的か質的かによって因果関係の数量化には限界が伴う。 3) この指摘に関しては,Boschma(2005)を参照。

(5)

(trust)が構築されている場合,彼らの関係性は社会的に埋め込まれており, 企業間取引といった経済的行為に影響を与えるのである。

第三に,制度的近接性とは社会や組織の維持に必要とされる制度,法律, 規制,規定,ルールの類似性を意味する。また,この概念は外在的(external) な場合と内在的(internal)な場合に区別される。つまり,外在的な制度的 近接性はアクター間を取り巻く制度的環境に近く,例えば企業の海外展開で はその地域の制度や法律との近接性が企業のイノベーション活動に影響を与 える。一方,内在的な制度的近接性の場合は,例えば企業間の業務提携など ではA社とB社の制度(社内の各種制度,規則,商慣行等)の類似性が提 携効果に影響を与える。つまり,制度(institution)という概念は集合的行 為における一種の“膠(glue)”の役割を果たしている。さらに,この制度 という概念は形式的(formal)と非形式的(informal)にも分類される5)。そ のため外在的制度は形式的な制度的近接性,内在的制度は非形式的な制度的 近接性に類型化されるものと考えられる。なお,この制度的近接性は社会的 近接性及び組織的近接性と強く相互連結(interconnect)する特徴がある6)。

第四に,組織的近接性とはアクターを企業などの組織レベルに置き換えた 場合に用いられる概念であり,組織間の類似性の度合いを意味する。換言す ると,この概念は企業などの組織文化(organizational culture)と深く関係す る概念であり,産学官連携活動など異なる組織文化を持ったアクター間の相 互作用に対して認知的近接性と同様に影響を与える関係的空間に属する概念 である。

第五に,認知的近接性とはアクター間の準拠枠(reference frame)の共通 性・共有性を意味する。換言すると,この概念は複数の関係的空間における 認識的距離の度合いとみなすことができる。つまり,この認知的近接性の強

5) この分類については,Edquist and Johnson(1997)を参照。

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物理的空間

知識波及の前提条件

物理的(地理的)近接性 関係的近接性

関係係的空間(ローカルレベル)

認知的近接性 ・ 同じセクターに対する企業の近接性

(専門化経済)

・ 異なるセクターにおける企業の近接性

(多様化経済)

・ 大学及び研究機関の近接性

組織的近接性 社会的近接性

制度的近接性

関係資本

領域的な知識普及の経済

クラスター (イノベーション)

地理的な知識の波及 集団的な学習

弱(認知的距離の長短)は,例えば産学官連携活動のように企業,大学,公 的機関といった複数の異なるタイプのアクターによって取り組まれる新製品 開発事業などの成敗に影響を与えることになる。

3.2 クラスター形成と近接性のスキーム

上述のように,近接性の5つの次元は地理的近接性と関係的近接性に大別 されるが,これらは,組織,企業,地域などのイノベーション及びクラス ター形成において重要な役割を果たす。Capello and Faggian(2005)に基づ いてそのスキームを示すと図1のようになる。この図から分かるように地理 的近接性は同じセクターあるいは異なるセクターにおける企業の近接性や大

図1 イノベーション及びクラスター形成における近接性の役割

(7)

学及び研究機関に影響を与える。一方,認知的近接性,組織的近接性,社会 的近接性及び制度的近接性で構成される関係的近接性は,相互作用すること で関係資本を生み出し,集団的な学習に影響を与える。最終的に地理的近接 性と関係的近接性は,領域的な知識普及の経路を作り出しイノベーションや クラスター形成に影響を与える。そこで,本稿ではこのスキームに基づいて 東九州メディカルバレー構想の分析を試みる。

4.東九州メディカルバレー構想の活動概要

本節では,既存資料及び関連ホームページ資料に基づいて,東九州メディ カルバレー構想の活動概要とその効果について整理する7)。

4.1 構想の概要

!1 構想策定とその後の経緯

東九州メディカルバレー構想は,平成22(2010)年10月に「東九州地域医療 産業拠点構想(東九州メディカルバレー構想)」として策定・公表されたも のである8)。大分県・宮崎県(2017)によればこの構想策定の背景として次 の3点を挙げている。第一に,大分県から宮崎県に広がる東九州地域には, 旭化成メディカルMT㈱,川澄化学工業㈱,東郷メディキット㈱を中心とす る血液・血管関連の医療機器メーカーが多数立地し,これらのメーカーの多 くの製品は世界一,あるいは日本一のシェアを有し,東九州地域は生産額や 製品シェアにおいて血液・血管関連の医療機器産業の世界有数地域となって いる。第二に,医療関連産業は景気変動の影響が比較的少ない安定した産業

7) 既存資料及びホームページ以外の情報源には,筆者が東九州メディカルバレー構

(8)

であり,特に当地域に集積する血液・血管関連の医療は,幅広い医療分野を 支える基礎的な治療方法へと進化し,今後,さらに発展する可能性を秘めた 医療分野である。第三に,国は,「新成長戦略」において,高い成長と雇用 創出が見込まれる医療・介護・健康関連産業を日本の成長牽引産業として明 確に位置付け,ライフ・イノベーション(医療・介護分野革新)を戦略分野 と定めている。以上である。

ここで,平成18(2009)年6月の構想の提唱から平成28(2016)年4月まで の経緯を示すと表1のようになる。この表が示すように,平成22年(2010)年 10月の同構想が策定・公表された翌年の平成23(2011)年には,大分県と宮崎 県両県において相次いで医療機器産業に関する研究会が設立されている。さ らに同年12月には「東九州メディカルバレー構想特区」として地域活性化総 合特別区域に指定されている。ところで,日本政策投資銀行(2012)の調査 報告によれば,同構想は旧㈱旭化成クラレメディカル9)の社長が医療機器を テーマとして地域活性化を検討したいといった考えを行政サイドに提案した ことが端緒とされ,その結果,行政サイドが主導する取り組みではなく,大 手企業の要請及び要望に対して行政が答える形で構想の策定が行われたとさ れる10)。

9) 旭化成クラレメディカル㈱は旭化成メディカル㈱と統合され2012年4月より旭化 成メディカル㈱となっている。詳細については,旭化成メディカルホームページ・ プレスリリース記事を参照。https://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/news/2011/ze111221. html(2017年5月8日閲覧)

(9)

!2 構想の主要参画機関

同構想の主要参画機関は,企業,大学及び行政によって構成される産学官 連携となっている。企業からは,旭化成メディカル㈱,川澄化学工業㈱,メ ディキット㈱,大学からは国立大学法人大分大学,国立大学法人宮崎大学, 学校法人立命館立命館アジア太平洋大学及び学校法人順正学園九州保健福祉 大学,行政機関からは,大分県及び宮崎県が参画している(図2参照)。

表1 東九州メディカルバレー構想の経緯 平成21(2009)年

6月 構想の提唱

8月 大分県・宮崎県連絡会の設置 平成22(2010)年

1月 「大分県・宮崎県協同で構想策定に取り組むこと」を公表 2月 東九州地域医療産業拠点構想研究会の設置

10月 「東九州地域医療産業拠点構想(東九州メディカルバレー構想)策定・公表 平成23(2011)年

8月 大分県医療機器産業新規参入研究会の設立 10月 宮崎県医療機器産業研究会の設立

10月 川澄化学工業㈱・県の寄附により大分大学医学部に「臨床医工講座」を設置(∼平成26年) 12月 「東九州メディカルバレー構想特区」として地域活性化総合特別区域に指定

平成24(2012)年

2月 宮崎県・延岡市の寄附により宮崎大学医学部に「血液・血管先端医療学講座」を設置 6月 地域活性化総合特別区域計画を認定

ASEAN諸国における透析分野を中心とした日本式医療システムの普及促進

(大手医療機器メーカーと共に国,JICA・JETRO・CLAIR事業などの積極的な活用)

地場企業による医療機器開発における総合特区推進調整費の活用(∼平成27年) 平成25(2013)年

日本製医療機器の保守管理技術者(臨床工学技士相当)の育成事業開始 平成27(2015)年

4月 大分大学医学部臨床医工学センターの新設(研究開 発・海外人材受入拠点構想)

平成28(2016)年

4月 大分県医療ロボット・機器産業協 議会の設立

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立命館アジア 太平洋大学

保健福祉大学 大分大学

川澄化学工業㈱

メディキット㈱

宮崎大学 旭化成 メディカルMT㈱

約100カ国,3,000名の留学生が在籍

健康マネジメントプログラムを有し海外医療従事者を受入

臨床工学科を有し,全国トップクラスの医療機器のトレー ニング施設を保有

医学部附属病院として西日本で唯一の治験中核病院 医療技術の研修施設「スキルスラボセンター」を保有

人工腎臓や人工心肺,カテーテルや採血・輸血・輸液シ ステム等の医療機器・医薬品の製造・開発

人工透析用留置針,輸液用静脈留置針,血管用カテー テルの製造

研究開発に関わる医療倫理に関する学内体制を全国トッ プレベルで運用

人工腎臓や血液浄化(アフェレシス)機器の製造・開発 ウイルス除去フィルターの製造・開発

九州

東郷

!3 構想の目標とアジアに貢献する4つの拠点づくり

上記の主要参画機関による東九州メディカルバレー構想の目標は,東九州 地域において血液や血管に関する医療を中心に産学官が連携を深め医療機器 産業の一層の集積と地域経済への波及,さらにはこの産業集積を活かした地 域活性化と医療の分野でアジアに貢献する地域を指向している。また,アジ アに貢献する拠点づくりについては,第一に,研究開発の拠点づくり,第二 に,医療技術人材育成の拠点づくり,第三に,血液・血管に関する医療拠点

図2 東九州メディカルバレー構想の主要参画機関(企業及び大学)

出所:東九州メディカルバレー構想関連ホームページより抜粋。

http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/shoko/kogyo/medical_valley/valleydesign/index.html

(11)

東九州メディカルバレー構想推進会議

企業:旭化成メディカル㈱,川澄化学工業㈱,メディキット株

大学:大分大学,宮崎大学,立命館アジア太平洋大学,九州保健福祉大学 行政:大分県,宮崎県

東九州メディカルバレー構想 大分県推進会議

企業:旭化成メディカル㈱,    川澄化学工業㈱

大学:大分大学, 立命館アジア太平洋大学,    大分県立看護科学大学,日本文理大学 団体:大分県工業連合会, 大分県医師会 (臨時)日本政策投資銀行, 大分銀行,

   豊和銀行, 三菱東京 UFJ 銀行 行政:大分県

東九州メディカルバレー構想 宮崎県推進会議

企業:旭化成メディカル㈱, 旭化成㈱    東郷メディキット㈱

大学:宮崎大学, 九州保健福祉大学 団体:宮崎県産業振興機構,宮崎県工業会,    宮崎県医師会,医療機器産業研究会,    日本政策投資銀行,宮崎銀行,    宮崎太陽銀行

(臨時)三菱東京 UFJ 銀行

行政:宮崎県, 延岡市, 日向市, 門川町   

づくり,第四に,医療機器産業の拠点づくり,以上の4つに取り組んでい る11)。

!4 構想の推進体制

大分県と宮崎県に跨がる同構想では,地域間連携を図るため定期的に推進 会議が開催されている。ここで同構想の推進体制を示すと図3のようになる。 この図から分かるように,大分県と宮崎県各々に推進会議が設定されており,

11) 詳細については,大分県・宮崎県(2017)を参照。

図3 東九州メディカルバレー構想推進会議の構成

(12)

両者を統合推進する機能として東九州メディカルバレー構想推進会議(以下, 全体推進会議と表記)が設立されている。この推進体制の特徴は,第一に, 企業,大学及び行政の産学官連携構造が全体推進会議の中核に位置づけられ ていること。第二に,両県の推進会議には多様な団体が参画していること。 第三に,旭化成メディカル㈱は,全体の推進会議だけでなく,大分県と宮崎 県の両方の推進会議の主要メンバーになっていること。第四に,宮崎県推進 会議には,県に加えて市や町も参画していること。以上を指摘することがで きる。

4.2 構想の活動状況

!1 クラスター企業群の拡大

既に表1に示したように,東九州メディカルバレー構想の策定後,平成23 (2011)年8月には大分県医療機器産業新規参入研究会,同年10月には宮崎県 医療機器産業研究会が設立されている。設立当初の会員企業ついては,大分 県医療機器産業新規参入研究会が40社,宮崎県医療機器産業研究会が32社で あったが,2017年には大分県医療機器産業新規参入研究会の会員企業数は122 社に拡大,また宮崎県医療機器産業研究会も79社まで拡大しており,東九州 メディカルバレー構想全体の会員企業数は201社に達している。なお,大分 県医療機器参入新規参入研究会は平成28年度に「大分県ロボットスーツ関連 産業推進協議会」(平成26年3月設立)と統合され「大分県医療ロボット・ 機器産業協議会」となっており,各支援機関数は大分県医療ロボット・機器 産業協議会が19団体12),宮崎県医療機器産業研究会が18団体13)である。

換言すると,こうした同構想の会員企業数の拡大は,各々のクラスター企 業群の拡大とみなすことができるが,これはクラスター・ライフサイクルモ

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デル(cluster life cycle model)の視点で捉えると東九州メディカルバレー構 想(医療機器クラスター)は,既存の産業集積(existing industrial district) を基盤にしながら,医療機器産業における非クラスター企業群をクラスター 企業群にシフトさせることで広域クラスターを発生,成長させているものと 考えられる。また,これらの医療機器関連の研究会や推進協議会は,医療機 器クラスターを推進するためのクラスター促進者(cluster facilitator)と類似 した機能を果たしているものと考えられる14)。

!2 会員企業の立地と業種領域

大分県医療ロボット・機器産業協議会会員企業の立地状況については122 社のうち51社が大分市に集中している15)。しかしながら,他の企業は各市町 に立地しており,医療機器関連企業及び当該分野への参入を希望している企 業が県内各地に分散している傾向を窺い知ることができる。また,医療系以 外の大学も会員になっている点は同協議会の特徴と言える。一方,宮崎県医 療機器産業研究会について同研究会名簿に基づいて会員企業の業種領域別構 成を割り出してみると表2のようになる。この表から明らかなように医療福 祉系企業の合計は会員企業全体(支援機関を除く)の25%を占めているが, 同様に,製缶・板金・溶接・プレス加工を始めとするモノづくり系企業の合 計は40%となっており,同研究会の会員はモノづくり系企業のウェイトが高 いことが窺える。

14) クラスター・ライフサイクルの視点に日本の医療機器クラスターに関する研究に ついては, 北嶋(2017)を参照。 また, クラスター促進者の概念については,Ingstrup and Damgaard(2011)を参照。

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!3 地場企業による医療関連機器の開発状況

平成22年10月の東九州メディカルバレー構想の策定に伴い,その後,大分 県及び宮崎県の中小企業では医療関連機器の開発が活発化している。その状 況を整理すると表3及び表4のようになる。表3は大分県における医療関連 機器開発の状況である。表のとおり大分県では地場の中小企業により様々な 医療関連機器の開発が行われているが,特に平成24年度の徳器技研工業㈱に よる「足踏式吸引器」は平成25(2013)年4月に,平成25年度の㈱デンケンに よる「二筋同時電気刺激装置」は平成26(2014)年10月に商品化を実現し上市 している。また,表とは別にエスティケイテクノロジー㈱では在宅用人工呼 吸器の開発を平成25(2013)年から開始している16)。

表2 宮崎県医療機器産業研究会会員の業種領域別構成

業種領域 企業数 小計構成比(%)

医療機器製造業 5 "

' ' # % ' ' &

医療介護系企業:20(25.3)

医療機器販売業 5

医薬品製造業 1

医療機器メーカー 5

介護・福祉機器 3

医療機関 1

設備関係 4 " ' ' ' $ ' ' ' &

モノづくり系企業:32(40.5)

製缶・板金・溶接・プレス加工 4

切削・機械加工 5

樹脂成形・ゴム加工 6

電気・電子部品 6

表面処理 3

金 型 4

IT関連 5

その他 22

小 計 79

支援機関 18

合 計 97

補足:支援機関には大学,銀行,工業会,法律事務所,市など多様な機関が含まれて いる。

(15)

表4は宮崎県における医療関連機器開発の状況であるが,宮崎県では未だ 調査及び研究開発段階の傾向が強く当該補助金で商品化に至ったケースは確 認されない。但し,この表とは別に安井㈱のように自社製品として医療機器 を開発し平成28(2016)年11月から販売を開始しているケースもある17)。

16) 同社の製品開発の概要については,平成27年度「医工連携事業化推進事業」成果 報告シンポジウム資料を参照。

17) 同社のブランド医療機器は「コウプライト」(一般的名称:鈎 クラス分類:一 般医療機器クラスI)という商品名で11月28日よりユフ精器株式会社を総販売元と して販売が開始されている。詳細については同社ホームページhttp://www.yasui-kk. co.jp/を参照(2017年5月12日閲覧)。

表3 大分県の医療関連機器の開発状況

年度 開発テーマ 事業主体 本社所在地

平成24年度 薬効分析支援システム ㈱シーエイシー 大分市

小型パルスオキシメータ ㈱ホックス※ 速見郡日出町

足踏式吸引器 ㈱徳器技研工業※ 宇佐市

内視鏡手術用鉗子 ㈱大分精密工業※ 中津市

平成25年度 二筋同時電気刺激装置 ㈱デンケン※ 由布市

車いす用安全ストッパー ㈱AKシステム 由布市

マイクロバブルリハビリ装置 ㈱ナノプラネット研究所 国東市

平成26年度 自己導尿可視化訓練装置 ㈱シェルエレクトロニクス 大分市

壁掛け式吸引器装置 ㈱徳器技研工業※ 宇佐市

多項目迅速診断装置 ㈱キューメイ研究所※ 大分市

平成27年度 歩行器の電動化装置 ㈱ブライテック 大分市

持続吸引システム用汎用デバイス ㈱徳器技研工業※ 宇佐市

在宅用見守りシステム ㈱エイビス 大分市

平成28年度 後付式車いす用足漕ぎユニット ㈱AKシステム 由布市

徊検知システム ㈲大分サーバー 大分市

補足:この開発テーマは大分県医療関連研究開発補助金での支援事例である。※は「医療機 器」に該当する研究を意味する。

(16)

表4 宮崎県の医療関連機器の開発状況

年度 開発テーマ 事業主体 本社所在地

平成23年度 重度障害者QOL改善のための顔表 面筋電位・眼電位を用いたインター フェース機能の開発

宮崎大学 宮崎市

リハビリテーション用荷重コント

ロール装置の開発 ㈲マキタ義肢製作所 都城市

平成24年度 自動痰吸引システムの開発※ アルバック機工㈱ 西都市

平成25年度 抗体医療器/酵素等生産に用いる培 養装置に特化したマイクロバブル SPGスパージャーの開発

キヨモトテックイチ㈱ 日向市

低侵襲手術用の身体変換手術台の 開発※

㈱昭和 延岡市

TOT,TVT,TVM手 術 器 具( 刺 針)の実用化開発※

㈱システム技研 都城市

ロコモーティブシンドローム診断・

検診用計測機器の開発 三和ニューテック㈱ 宮崎市

がん治療用製剤の即時調製のための デバイス開発※

エス・ピー・ジー・テクノ㈱ 宮崎市

平成26年度 医療機関で多目的に使用できる真空 ポンプの可能性調査※

アルバック機工㈱ 西都市

耳鼻科領域におけるチタン合金を使 用したオリジナル医療器具実現への 可能性調査※

森山工業㈱ 延岡市

平成27年度 軽量化放射線遮 製品開発の事業可 能性調査※

吉玉精鍍㈱ 延岡市

人間基礎移動能力衰退進 (ロコモ 年齢)測定システムの事業可能性 調査

宮崎大学 宮崎市

高機能プラスチック製手術器具の

開発※ 安井㈱ 門川町

補足:この開発テーマは宮崎県産学官共同研究開発補助金での支援事例である。※は「医療機器」 に該当する研究を意味する。

(17)

!4 推進会議及びセミナー等の開催

構想の策定以降,大分県と宮崎県の両県では各県の推進協議会が中心と なって推進会議,講演会,セミナーなどが開催されている。特に大分県では 構想推進大会が毎年開催されている(表5参照)。また両県は東九州メディ カルバレー構想として両県の企業が開発した製品や試作品を「MEDTEC Ja-pan」18)や「HOSPEX Japan」19)にも積極的に出展し販路拡大を行っている20)。

18) 日本で開催されるアジア最大の医療機器展である。

19) 日本で開催される「病院・福祉設備機器展」,「病院・福祉給食展」,「医療・福祉 機器開発テクノロジー展」の3つの展示会で構成される専門展示会である。 20) 医療機器や介護福祉機器等の関連する各種展示会への出展状況については,同構

想関連ホームペ ー ジhttp://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/shoko/kogyo/medical_ valley/(平成29年5月15日閲覧)を参照。

表5 東九州メディカルバレー構想の推進会議及びセミナーの開催状況

開催時期 開催テーマ

平成22(2010)年11月3日 宮崎県:東九州地域医療産業拠点構想推進大会 平成22(2010)年11月6日 大分県:東九州地域医療産業拠点構想推進大会 平成24(2012)年2月17日 大分県:東九州メディカルバレー構想推進大会 平成24(2012)年12月27日 東九州メディカルバレー構想フォーラム 平成25(2013)年2月13日 大分県:東九州メディカルバレー構想推進大会 平成26(2014)年1月24日 大分県:東九州メディカルバレー構想推進大会 平成27(2015)年2月23日 大分県:東九州メディカルバレー構想推進大会 平成27(2015)年7月8日 大分県:大分県ロボットスーツ関連産業推進協議会総会

及びロボット関連産業振興セミナー

平成27(2015)年9月4日 宮崎県:東九州メディカルバレー構想5周年記念大会 平成28(2016)年1月13日 宮崎県:東九州メディカルバレー特別セミナー&技術展

示会

平成28(2016)年2月10日 大分県:東九州メディカルバレー構想推進大会 平成28(2016)年3月5日 宮崎大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科:耳の日市民講

座(講演会・相談会)

平成29(2017)年2月10日 東九州メディカルバレー構想特別セミナー 出所:東九州メディカルバレー構想関連ホームページ

http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/shoko/kogyo/medical_valley/valleydesig

(18)

!5 日本式医療システムのASEAN展開

既述したように,同構想では,アジアに貢献する拠点づくりとして,研究 開発の拠点づくり,医療技術人材育成の拠点づくり,血液・血管に関する医 療拠点づくり及び医療機器産業の拠点づくり,以上の4つに取り組んでいる。 具体的には東九州メディカルバレー構想に参画している大学によるASEAN 地域への日本式医療システムの普及活動が活発化している。例えば,東九州 メディカルバレー構想に参画している大分大学(大分県由布市)では,独立 行政法人国際協力機構(JICA)の「2014年第1回開発途上国の社会・経済 開発のための民間技術普及促進事業」として国際協力機構(JICA)及びオ リンパス株式会社と共同で日本の優れた医療技術並びに医療機器のアジアへ の普及を目指し,タイ王国の医師に対して内視鏡外科手術の指導を平成27年 度から2年間にわたって実施している。この研修指導では,医学部消化器・ 小児外科学講座の猪股教授を中心とした専門チームにより,タイ王国へ医師 を派遣し,大分大学には受け入れ研修が計画されている。また2015年1月に はタイ王国ラチャウィティ病院と学術交流協定を締結し,同大学とラチャ ウィティ病院の臨床・学術・教育・文化の発展を目指した相互交流を目的に 臨床的な研修活動や共同研究活動,研究者・医療スタッフの交流などを行っ ている。さらに2016年2月にはJETRO(日本貿易振興機構)「海外有識者招 聘事業(タイ王国・透析分野)」の一環として,タイ王国の腎臓専門医を始 めとする産学官関係者10名が同大学医学部附属病院を視察している21)。

同様に東九州メディカルバレー構想に参画している九州保健福祉大学(宮 崎県延岡市)は,日本の優れた医療技術及び機器の海外展開の一環としてタ イ王国で準備してきた「国際トレーニングセンター」を2016年11月に国立キ ング・モンクート工科大学で開設している。同センターには世界最高水準と

(19)

される日本製人工透析器が導入されており,同大学では現地の学生や医師に 機能や操作方法を学んで貰うことによって日本製医療機器の販路拡大に繋げ

ると共にASEAN地域の治療技術の向上に貢献したいとしている。また,

2017年8月にはタマサート大学にも同様のセンターが開設される計画となっ ている22)。

!6 地域間連携の拡大

同構想では,新規参入支援,販路開拓支援における連携事業として,大分 県,宮崎県及び九州ヘルスケア産業推進協議会23)の三者が連携し,展示会の 共同開催や共同出展に取り組んでいる。平成28年度の共同開催としては「医 療機器メーカーの技術展示・マッチング会in本郷」(本郷展示会),共同出 展としては「HOSPEX Japan 2015」及び「国際福祉機器展」が挙げられる (共同開催,共同出展の実績については表6参照)。さらに,同構想の関連で は大分県,福岡県,宮崎県の三県連携で地方創生加速化交付金を活用し,平 成28年度に「九州連携医療機器産業拠点形成推進事業」の一環として,連携 する三県を中心とする九州地域の製造業と東京都本郷地区を中心とした専業 医療機器メーカーによる九州地域の医療現場でのニーズ探索を含めたマッチ ング会を開催し,医療機器メーカーと地場ものづくり企業が相互に持つ強み を活かし,マッチングの機会を提供し,医療機器産業への参入加速化,集積 促進を図っている24)。

22) この取り組みについては,「西日本新聞」2016年8月31日掲載記事を参照。 23) 九州地域において「 健康寿命』が延伸する社会の構築」を図るためには,地域

(20)

5.近接性の5つの次元による分析

上述の東九州メディカルバレー構想の概要及び活動内容を踏まえて,本節 では東九州メディカルバレー構想の対象地域の医療機器生産金額の推移を確 認した上で,広域クラスターとしての東九州メディカルバレー構想について, 近接性の5つの次元から分析する。

5.1 医療機器生産金額の推移からの示唆

東九州メディカルバレー構想は平成22(2010)年10月の策定・公表から既に 6年以上が経過しているが,この間,大分県及び宮崎県の医療機器生産金額 はどのように変化したのだろうか。まず,大分県と宮崎県それぞれの医療機 器生産金額の推移を示す(図4参照)。この図が示すように医療機器生産金 額では全国上位にランキングされる大分県の生産金額が大幅に減少し続けて いることが分かる。一方,全国ランキングは高くないものの宮崎県の医療機 器生産金額は2013年以降徐々に増加する傾向にある。次に,大分県・宮崎県 合計の国内医療機器生産金額構成比の推移を示す(図5参照)。この図から 明かなように2009年には8.7%を占めていた構成比は,大分県の生産金額の 大幅な減少により2015年には5.5%と7年間で3.2ポイント低下している。こ

24) 福岡県の推進組織は,「ふくおか医療福祉関連機器開発・実証ネットワーク」で ある。 以上を含め詳細に地域間連携の動向については, 大分県・宮崎県 (2017) 参照。

表6 大分県,宮崎県及び九州ヘルスケア産業推進協議会の連携活動

展示会名 出展企業数* 開催場所 開催時期

本郷展示会(共同開催) 16 医科器械会館 2016年11月9日

HOSPEX Japan 2015(共同出展) 10 東京国際展示場 2015年11月25日∼27日 国際福祉機器展(共同出展) 6 東京国際展示場 2016年10月12日∼14日 注:*は大分県・宮崎県ものづくり企業の合計値。

(21)

140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0

平成21年(2009)年 平成22年(2010)年 平成23年(2011)年 平成24年(2012)年 平成25年(2013)年 平成26年(2014)年 平成27年(2015)年 大分県

宮崎県 123,961 13,790 118,168 14,392 112,083 15,356 103,057 13,046 96,434 14,371 96,591 15,401 91,051 15,673 生産金額(百万円)

2,500,000 2,000,000 1,500,000 1,000,000 500,000 0

生産金額(百万円) 構成比(%)

平成21年(2009)年 平成22年(2010)年 平成23年(2011)年 平成24年(2012)年 平成25年(2013)年 平成26年(2014)年 平成27年(2015)年 全国生産金額

構成比(大分・宮崎合計)

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1,576,198 1,713,439

1,808,476 1,895,239 1,905,492 1,989,497 1,945,599 8.7 7.7 7 6.1 5.8 5.6 5.5

図4 大分県と宮崎県の医療機器生産金額の推移

出所:厚生労働省『薬事工業生産動態統計』より筆者作成。

図5 大分県・宮崎県の医療機器生産金額の構成比の推移

(22)

のように,東九州メディカルバレー構想が本格的に開始された2012年以降, 当該地域の生産金額及び全国構成比は明かに減少・低下していることから, 同構想が当該地域の医療機器生産金額の拡大にプラスに作用しているとは言 い難い状況にある。

このような統計的事実は,広域クラスター形成のあり方を検討する機会を 我々に提供している。すなわち,東九州メディカルバレー構想では広域クラ スター形成に向けて様々な取り組みが推進機関を中心に積極的に展開されて いるものの,未だ当該地域全体の医療機器生産金額の増加には繋がっておら ず,寧ろ,大分県の生産金額の大幅な減少に伴って当該地域全体の生産金額 は東九州メディカルバレー構想開始以降,減少傾向を続けている。つまり, この統計的事実は,広域クラスターに限らず,クラスター企業(産学官連携 など)から生み出される試作品や新製品が短期間のうちに上市し,域内の業 績向上に貢献できるわけではないことを如実に示している25)。さらに,この ようなクラスター形成による新事業展開や新製品開発は,既存産業集積 (existing industrial districts)内ではどのように位置づけられ,さらに,これ までの産業集積の過程で構築されてきたサプライチェーンネットワーク (SCN : Supply Chain Networks,以下,SCNと表記)とどのように連結する ことが可能なのかといった問題を提起している。

こうしたクラスターとSCNの関係に関する研究については,Han(2009) を挙げることができる。Hanは産業クラスターとSCNの関係については, 次のような特徴があると指摘している。第一に,SCNの結節点(node)と しての企業は実体(entity)を構成している。第二に,産業クラスターは

(23)

SCNの中で地理的に集中している。第三に,産業クラスターは,SCNの確 実な進展に対して質的な環境を提供する。第四に,SCNの確実な進展はク ラスターの全体的レベルの向上を促す。以上である。さらに,このHanの 研究を踏まえて北嶋(2017)は,クラスター形成の中で開発された医療機 器・器具及び部品をSCNに乗せるためには,コネクテッド企業(connected firms) の存在が重要であり, より正確に言えば, コネクテッド機能 (connected

function)が必要であると主張している。

5.2 近接性の5つの次元よる分析

以下では,Capello and Faggian(2005)のクラスターと近接性に関するス キーム(図1参照)に基づいて東九州メディカルバレー構想における多様な 近接性について分析する。

!1 推進本部と事業主体の物理的距離

表3に示した大分県医療関連研究開発補助金での支援事例を大分県の医療 機器クラスターにおける具体的製品開発行動として捉え,大分県庁の所在地 である大分市と各製品開発の事業主体の本社所在から各々の地理的近接性と して物理的距離と移動時間を「Googleマップ」26)の機能により示すと表7の ようになる。大分市以外に本社所在地がある市町村は,速見郡日出町,宇佐 市,中津市,由布市,国東市の5箇所である。この表が示すように中津市及 び国東市の場合は物理的距離は70km強,移動時間は70分強とある程度離れ ているものの,速見郡日出町や由布市の場合は物理的距離は25km未満,移 動時間も40分である。以上から大分市との物理的距離が100km以上で移動 時間も120分以上かかるようなケースは存在しておらず移動時間の平均値は

(24)

1時間未満となっている。

次に表4に示した宮崎県産学官共同研究開発補助金での支援事例の場合は 宮崎市以外に本社所在地がある市町村は,都城市,西都市,日向市,延岡市, 門川町の5箇所となっている(表8参照)。この表が示すように,宮崎市と 最も離れている延岡市の場合は物理的距が98.8km,移動時間が82分となっ ているが,全体的に宮崎市との物理的距離が100km以上で移動時間が120分 以上かかるようなケースは存在しておらず移動時間の平均値は1時間程度に 留まっている。

表7 大分県の医療機器クラスターの推進本部と 事業主体の物理的距離

事業主体所在地 最速ルート(通常の交通量)

時間(分) 距離(km)

速見郡日出町 40 24.2

宇佐市 54 55.1

中津市 74 73.7

由布市 40 22.5

国東市 72 73.5

平均値 56 49.8

出所:「Googleマップ」を使用し筆者作成。

表8 宮崎県の医療機器クラスターの推進本部と 事業主体の物理的距離

事業主体所在地 最速ルート(通常の交通量)

時間(分) 距離(km)

都城市 55 48.0

西都市 38 31.7

日向市 69 74.6

延岡市 82 98.8

門川町 75 86.3

平均値 63.8 67.88

(25)

それでは,広域クラスターとして東九州メディカルバレー構想を見た場合, その地理的近接性はどうなるだろうか。1つの参考となる物理的距離は図3 に示した東九州メディカルバレー構想推進会議の推進を担当する大分県庁と 宮崎県庁の距離である。この二者の最短ルートを同様の方法で求めると物 理的距離は206km,移動時間は165分(2時間45分)となり,頻繁に対面的

(face-to-face)なコミュニケーションを展開するには距離と時間がかかる状

況にある27)。石倉他(2003)の指摘に従い,クラスターの距離と範囲は「車 や電車で1時間から2時間で移動できる距離」をするならば,広域クラス ターとしての東九州メディカルバレー構想の地理的近接性は「弱い」と言わ ざるを得ない。そのため東九州メディカルバレー構想では,活動状況から窺 えるように大分県の医療機器クラスターと宮崎県の医療機器クラスターが広 域クラスターの“サブクラスター”として機能することで広域クラスターと しての地理的近接性の弱化をある程度低減しているものと推察される。

!2 共同出展による知識普及

東九州メディカルバレー構想の活動は6年以上が経過し,その間,広域ク ラスターとしての東九州メディカルバレー構想を構成している企業,大学, 行政機関,銀行といった多様なアクターの間では認知的近接性がある程度醸 成されてきているものと推察される。具体的には表5及び表6に示したよう に推進会議及びセミナーの開催や大分県,宮崎県及び九州ヘルスケア産業推 進協議会の連携による展示会の主催や共同出展は,アクター間の認知的近接 性,すなわちアクター間の準拠枠(reference frame)の共通性・共有性の場

(26)

を提供しているものと推察される。特に大分県と宮崎県の展示会への共同出 展は,サブクラスターである両県の医療機器クラスターにおけるアクター同 士の相互理解を深める場として機能しているものと考えられ,こうした展示 会への共同出展は,各々の製品をアピールし顧客を獲得するといった顕在的

機能(actualized function)のほかに,大分県,宮崎県各々のアクター間の相

互作用による知識普及と知識創造の場といった潜在的機能(potential func-tion)を果たしており,これはテンポラリークラスター(temporary cluster) の機能とみなすことができよう28)。

!3 知識普及の新たな経路づくり

図3に示したように,東九州メディカルバレー構想の推進組織は全体を統 括する全体推進会議と大分県と宮崎県それぞれの推進会議の二層構造になっ ているが,全体推進会議のアクターは各県の主要アクターで構成されている ことから組織的近接性を調整するメカニズムが機能しているものと推察され る。さらに,旭化成メディカル㈱は3つの推進会議全てに参加しており,組 織的近接性を強める働きがあるものと考えられる。また,大分大学,九州保 健福祉大学によるタイ王国の大学や医療機関との国際連携,大分県,宮崎県 及び九州ヘルスケア産業推進協議会の地域間連携は,柔軟で開かれた組織的 配置による知識普及の新たな経路づくりを意味している29)。

!4 社会化のプロセス

社会的近接性を客観的データに基づいて正確に分析することは困難である が,社会的近接性がアクター間の社会化(socialization)の類似性に基づく

28) テンポラリークラスターの機能については,Maskell, Bathelt and Malmberg(2005), また,サプライチェーンとの関係については,北嶋(2016)を参照。

(27)

ものとあることを手掛かりに図4に示した大学の入学者の出身地に注目して みたい。なぜならば,大分大学及び宮崎大学の入学者の出身地は,それまで 彼らが生活していた地域社会を意味し,それは彼らの社会化に影響を与えた と考えられるからである。つまり,同じ県の出身者の社会的近接性は他県の 出身者の社会的近接性よりも相対的に「強い」と仮定されるからである。表 9は大分大学と宮崎大学の入学者の出身地を九州・沖縄地域とそれ以外の地 域,大分県,宮崎県のカテゴリー別に集計した結果である。

表から分かるように大分大学も宮崎大学も入学者の出身地が九州・沖縄地 域の比率が8割弱と圧倒的に高くなっている。また,大分大学の入学者の県 内比率は34.8%,宮崎大学は40.0%と県内出身者が4割前後を占めている。 以上の結果から,こうした入学者の出身地は,「同じ九州の出身である」あ るいは「大学の同窓である」といった共通経験によって東九州メディカルバ レー構想という広域クラスターを構成しているアクター間の社会的近接性の 強さに対して将来に亘り影響を与えるものと考えられる30)。

ところで,広域クラスターにおけるアクター間の社会的近接性を考える上

30) 大分大学及び宮崎大学の卒業生が,県庁,関連団体及び県内企業に就職すること もクラスター内のアクター間の社会的近接性の強さに影響を与えるものと考えら れる。

表9 社会的近接性の指標としての大学入学者の出身地

大学 入学者の出身地(%)

九州・沖縄 九州・沖縄以外 大分県 宮崎県

大分大学 77.2 22.8 34.8 3.9

宮崎大学 77.3 22.7 4.3 40.0

注:大分大学は平成27年度データ,宮崎大学は平成28年度データによる。

出所:「大分大学広報誌No.46(2016年春)」及び「宮崎大学案内2017」より筆者作成。 http://www.oita-u.ac.jp/webpamphlet/BundaiOita/46/index.html#page=5(2017年5月31日閲覧)

(28)

で図4に示した他の大学にも注目してみたい。まず,立命館アジア太平洋大 学(大分県別府市)について言及する。立命館アジア太平洋大学(APU)は, 「自由・平和・ヒューマニティ」,「国際相互理解」,「アジア太平洋の未来創 造」を基本理念として大分県と別府市,さらに国内外の広範な人々の協力を 得て2000年4月に開学している。現在は約90ヶ国・地域から約5,800名の学 生が学ぶ大学となっており,学生の約半数の2,900名が国際学生,教員の約 半数も外国籍で多文化・多言語環境を提供する大学となっている31)。ここで 同大学の地域別の学生数を示すと表10のようになる。

この表が示すように,同大学の地域別学生数では,圧倒的にアジア地域が 多くなっている。さらに同資料から多い順にその内訳を見てみると大韓民国 が517人,ベトナム社会主義共和国が493人,中華人民共和国が445人,イン ドネシア共和国が362人,タイ王国が273人,バングラディシュ人民共和国が 108人となっており,これら6カ国の合計は2,198人(国際学生比率:74.6%, APU学生比率:37.3%)に達する。このようにアジア地域の学生数が多い

31) この概要については同大学ホームページ参照。

http://www.apu.ac.jp/home/about/content178/(2017年5月31日閲覧)。 表10 立命館アジア太平洋大学の地域別の学生数

地 域 学生数* 国際学生比率(%)** APU学生比率(%)***

アジア 2,589 87.9 44.0

中 東 11 0.4 0.2

アフリカ 43 1.5 0.7

北米・中南米 78 2.6 1.3

オセアニア 46 1.6 0.8

欧州・ロシア・CIS 180 6.1 3.1

注:データは2017年5月1日付のものである。

*学生数は,学部学生数,大学院学生数,科目別履修生等の合計。 **国際学生比率は,国際学生数2,947人に占める割合。

***APU学生比率は,国際学生数2,947人と国内学生数2,940人の合計5,887人に占める割合。

出所:「立命館アジア太平洋大学国・地域別学生数」http://www.apu.ac.jp/home/about/content57/

(29)

ことは,彼ら卒業生を通じて大分県とアジア地域との社会的近接性が地理的 近接性の弱さを補完する形で強まる可能性を示唆しており,それは同大学が 参画している東九州メディカルバレー構想の目標である「アジアに貢献する 拠点づくり」に対しても効果を発揮するものと考えられる。

次に, 九州保健福祉大学 (宮崎県延岡市) については, 既述したように 「国 際トレーニングセンター」を2016年11月に国立キング・モンクート工科大学 で開設し,日本製人工透析器の機能や操作方法を現地の学生や医師に学んで 貰うことによって日本製医療機器の販路拡大に繋げると共にASEAN地域の 治療技術の向上に貢献している。これは,地理的近接性の弱さに対して,国 際的な共同事業を活用して両者の社会的近接性をある程度強め,同時に日本 式医療システムの学習による認知的近接性の強化とみなすことができる。一 方,同大学のある延岡市は,平成23(2011)年2月に東九州メディカルバレー 構想との連携に主眼を置いた「延岡メディカルタウン構想」32)を策定してい るが,同市では医療機器の操作等を行う臨床工学技士や薬剤師を養成してい る九州保健福祉大学を重要な地域資源として位置づけており,九州保健福祉 大学と延岡市との間には地理的近接性を基盤とした社会的近接性が形成され ているものと考えられる。

!5 クラスターの広域化による知識普及

東九州メディカルバレー構想は,日本の医療機器に関する制度,規制,ク ラスター関連政策といった諸制度に基づいて制定されたものであるが,さら に平成24年7月には内閣府地方創生推進事務局が進めている総合特区(地方 活性化総合特区のライフ・イノベーション分野)に認定され,その進 は平 成27年度まで国による評価の対象となっていることから,同構想の活動はこ

(30)

の総合特区の目的との制度的近接性を強める傾向にあるとみなすことができ る33)。また,大学を通じた海外の大学への知識普及では,日本と対象国との 医療制度に関する相互理解が不可欠となるため,この点においても制度的近 接性が重要となる。いずれにしても東九州メディカルバレー構想は,国内外 において地域間連携を拡大する方向にあることから,こうしたクラスターの 広域化における知識普及,集団的な学習及びイノベーションでは地域間の制 度的近接性の影響が増加するものと推察される。

6.広域クラスターの近接性に関する考察

5つの近接性の次元による分析から明らかなように,東九州メディカルバ レー構想では,近接性の5つの次元が広域クラスター形成に影響を与えてい る可能性が確認された。そこで,本節では東九州メディカルバレー構想の活 動概要と近接性概念による分析から得られたファインディングスに基づいて, 広域クラスターにおける近接性について考察する。

6.1 広域クラスター効果が確認されない理由

既に図3で示したように,東九州メディカルバレー構想の推進会議は,全 体推進会議と大分県及び宮崎県それぞれの推進会議の二層構造になっている が,これは東九州メディカルバレー構想という広域クラスターの中に2つの サブクラスターが存在していることを意味しており,換言すると,大分県医 療ロボット・機器産業協議会及び宮崎県医療機器産業研究会の会員企業等は サブクラスターの構成要素とみなすことができる。そして,この2つのサブ クラスターの会員数は増加傾向にあることから,6年以上が経過した東九州

(31)

メディカルバレー構想は他の地域との連携も含めて規模を拡大していること が窺える。しかしながら,図4及び図5に示したように,構想開始以降の当 該地域の医療機器の生産金額は減少傾向を続けており,両県の新規医療機器 製造登録業者数は増加しているものの,明確な「広域クラスター効果」を確 認することはできない。そこで,その要因について考えてみると以下のよう になる。

第一に,地域間イノベーション(inter-regional innovation)の不足である34)。 東九州メディカルバレー構想は,実際には大分県と宮崎県の各々の医療機器 クラスターが広域クラスター内でサブクラスターを形成している構造になっ ており,この2つのサブクラスター間のイノベーション,つまり,地域間イ ノベーションが広域クラスター全体のイノベーションに繋がるはずであり, それが敢えて「クラスターを広域化」した目的でもあると言えるだろう。し かし,そうした大分県と宮崎県の医療機器クラスター間で具体的な地域間イ ノベーションが発生しているとは言い難い。なぜならば,推進会議の開催 状況(表5参照),各々のクラスター企業及び大学などによる製品開発状況 (表3及び表4参照)が示すように九州ヘルスケア産業推進協議会との共同 展示及び共同開催などを除くと2つのクラスター間の相互作用によるイノ ベーションを確認することができないからである。

第二に,広域クラスターが掲げている目標と製品開発内容の乖離である。 東九州メディカルバレー構想の目標の1つは東九州地域において血液や血管 に関する医療を中心に産学官が連携を深め,医療機器産業の一層の集積と地 域経済への波及を図ることである。しかし,2つのサブクラスター企業及び 大学を中心に開発されている製品や試作品の殆どは当該産業集積の競争優位 である血液や血管に関連する医療機器及び器具ではない。製品開発の内容が

(32)

血液及び血管分野に固執する必要はない。しかし,より重要な課題は産学官 連携などによって開発された製品や試作品が血液や血管分野と関係がない機 器や器具のため,当該地域の大手医療機器メーカー(主要なクラスター企 業)が有しているSCNに繋げられない点にある。個々の開発製品が上市し 当該地域の医療機器生産金額の増加に貢献するためには,それらの製品を市 場に流通させるためのSCN,さらにはグローバルサプライチェーンネット ワ ー ク(GSCN : Global Suppy Chain Networks,以 下,GSCNと 表 記)と 共

存(symbiosis)する必要があり,そのためには当該地域の競争優位である血

液や血管に関連する大手メーカーが持つ既存のSCNやGSCNを活用するこ とが効率的である。しかし,表3及び表4に示した製品や試作品はそうした ネットワークとは連動し難い製品であるため,開発企業は有効と思われる SCNあるいはGSCNと独自に共存するか,あるいは自らSCNを構築するか といったどちらかの方法を選択しなければならないが,そうした能力を持っ た開発企業は少ないのが現状であると推察される35)。

第三に,広域クラスターに参画している企業,つまりクラスター企業にお けるイノベーションバリア(innovation barrier)の問題である。既に示した ように東九州メディカルバレー構想の会員企業には多くのモノづくり企業 (中小企業)が参画している。特に宮崎県の場合は会員企業の4割がモノづ くり企業(中小企業)であることが分かっている(表2参照)。これは,医 療機器分野への新規参入を希望する企業群とみなすことができるが,これを 地域イノベーションシステムの視点から見た場合,中小企業の医療機器分野 への参入には,イノベーションバリアが存在していることも無視することが できない。なぜならば,特定の産業集積地に属する機械関連中小企業の再活 性化を指向する医療機器クラスター形成の場合, 特定の周辺地域(peripheral

(33)

region)に対しては,組織的希薄性(organizational thinness),古くからの工 業地域(old industrial region)に対しては,ロックイン(lock-in)といった イノベーションバリアが強く作用するからである36)。さらにこうしたイノ ベーションバリアは大分県や宮崎県のイノベーション創出能力に影響を与え ているものと推察される。例えば,日本銀行大分支店によれば,2010年から 2012年の都道府県別特許出願・登録件数(人口千人当たり)をみると大分県 は出願件数は全都道府県中第39位,登録件数では同43位となっており,この 間,大分県の経済規模を表す県内総生産(人口一人当たり,2010年時点)が 全都道府県中第18位であることを踏まえると大分県は経済力に比して特許出 願・登録件数が低位に留まっていると評価され,大分県では研究開発活動が あまり活発でない可能性があること,また産学連携についても件数ベース及 び研究費受入額ベースのいずれにおいても足踏みしており,増加傾向にある 全国の動きとは違いがあることなどから,大分県のイノベーション創出能力 に強みがあるとは言い難いと分析している37)。

6.2 広域クラスターにおける地理的近接性と関係的近接性

日本政策投資銀行では,医療機器の産業特性とクラスター形成における地 理的近接性の重要性について次のように指摘している。すなわち,多品種少 量の市場構造によって大手医療機器メーカーと中堅・中小医療機器メーカー からなる医療機器産業において,事業化プロセスを内製化し,地理的に広域 性を持ってサプライチェーンを構築できる大手医療機器メーカーを例外とし て,地域ごとに賦存する技術シーズや臨床ニーズといったポテンシャルを活 用し医療機器産業の事業化を図るためには,地理的近接性を活かしたクラス

36) 地域イノベーションシステムにおけるイノベーションバリアについては,

(34)

ター形成が重要であるとしている38)。東九州メディカルバレー構想が,広域 クラスターを指向する医療機器クラスターであるとするならば,本研究の問 題意識で述べたように,広域クラスターにおける地理的近接性の「弱さ」は, 他の近接性,すなわち関係的近接性によってどの程度補完できるのだろうか。 この点については,Hansen(2015)の地理的近接性と関係的近接性の関係に 関する仮説が1つの参考となる(表11参照)。

表11に示したように,Hansen(2015)によれば,第一に,社会的近接性は 地理的近接性の代替が可能であり,重複している。第二に,制度的近接性は 地理的近接性の代替にはならないが,重複している。第三に,組織的近接性 は地理的近接性の代替が可能であるが,重複はしていない。第四に,認知的 近接性は地理的近接性の代替が可能であるが,重複はしていないとされる。

このHansen仮説に従うならば,広域クラスターによって低下する地理的近

接性は,社会的近接性,組織的近接性及び認知的近接性によって代替可能で あるということになる。換言するとこれらの関係的近接性は,地理的近接性 の弱さを補完する機能を持っているものと考えられる。 そこで, このHansen 仮説に基づいて広域クラスターである東九州メディカルバレー構想の特徴を 整理すると以下のようになる。

第一に,東九州地域を構成する大分県と宮崎県は隣接県であり,九州全域

38) この指摘については,日本政策投資銀行(2017)p.47を参照。 表11 地理的近接性と関係的近接性の関係

関係的近接性 地理的近接性の代替 地理的近接性の重複

社会的近接性 Yes Yes

制度的近接性 No Yes

組織的近接性 Yes No

認知的近接性 Yes No

(35)

の中では東九州地域において比較的共通した社会化による地域間関係が構築 されているものと推察され,その社会的近接性は適度な近接性として広域ク ラスターの地理的近接性の弱さを補完している。

第二に,一方,広域クラスターとしての東九州メディカルバレー構想では, 推進会議,試作・製品開発,医療機器展への出展などは,大分県と宮崎県そ れぞれが個別に実施しているケースが多く組織的な連携の度合いは低いため 組織的近接性は弱く,その結果,広域クラスターの地理的近接性を補完する には至っていない。

第三に,試作品や製品開発の内容から明らかなように,大分県と宮崎県そ れぞれのクラスターで開発されている医療機器関連製品は,広域クラスター の狙いである血液及び血管に関連する医療機器・器具以外のものが多く,そ のため2つのクラスター間の技術的知識の共有によるメリット,すなわち, 医療機器開発における認知的近接性は弱く,その結果,広域クラスターにお ける認知的近接性は,その地理的近接性の弱さを補完する機能を果たしては いない。

第四に,留意すべき点として,全体推進会議(図3参照)が定期的に開催 されており,これは一時的な地理的近接性(temporary geographical proximity) を意味しており,物理的近接性としての地理的近接性の弱さを多少は補完し ているものと推察される39)。

7.結論にかえて

広域クラスターとしての東九州メディカルバレー構想は,大分県と宮崎県 の二県に跨がる画期的・挑戦的なクラスター形成の試みであるが,これまで

(36)

の分析及び検討結果から明かなように,両地域の地域間イノベーションは活 発とは言えない。特に医療機器開発の段階における両地域の共同研究開発の 事例は確認することができない。このような事実は,広域クラスターにおけ る地域間の共同開発の困難性を示唆している。齊藤(2012)は,特許データ を用いた実証分析に基づいて共同研究活動における地理的近接性について考 察し,結論として組織間の共同研究の距離は狭く30km程度であり,既存研 究では特許の引用関係を用いて「知識波及」が測定され,特許引用の距離範 囲は非常に広いが,企業の集積の距離の範囲は30km程度で企業の集積と関 係が深いのは共同研究による「暗黙知の波及」であり,従来型のクラスター 政策の観点は依然として有効であるとしている。さらに齊藤の研究では組織 間の距離の重要性は共同研究を継続させる時ではなく,共同研究を開始する 時点において生じると分析している。こうした研究結果も広域クラスターに おける共同開発の困難性,すなわち,地理的近接性の弱さを関係的近接性で 補完することの限界性を物語っているのである。

し か し,一 方 でJönsson(2015)は,ICT(Informtion Communication and

Technology)時代に対応した“第6番目の近接性概念”として,仮想的近接

性(virtual proximity)を提示し,その可能性について考察している。その中

でJönssonは,仮想的近接性の概念は他の近接性概念の考え方ほどしっかり

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