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広域クラスター効果が確認されない理由

既に図3で示したように,東九州メディカルバレー構想の推進会議は,全 体推進会議と大分県及び宮崎県それぞれの推進会議の二層構造になっている が,これは東九州メディカルバレー構想という広域クラスターの中に2つの サブクラスターが存在していることを意味しており,換言すると,大分県医 療ロボット・機器産業協議会及び宮崎県医療機器産業研究会の会員企業等は サブクラスターの構成要素とみなすことができる。そして,この2つのサブ クラスターの会員数は増加傾向にあることから,6年以上が経過した東九州 33) 総合特区の概要については,内閣府地方創生推進事務局ホームページhttp://www.

kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/sogotoc/index.html(2017年6月2日閲覧)を参照。

メディカルバレー構想は他の地域との連携も含めて規模を拡大していること が窺える。しかしながら,図4及び図5に示したように,構想開始以降の当 該地域の医療機器の生産金額は減少傾向を続けており,両県の新規医療機器 製造登録業者数は増加しているものの,明確な「広域クラスター効果」を確 認することはできない。そこで,その要因について考えてみると以下のよう になる。

第一に,地域間イノベーション(

inter-regional innovation

)の不足である34)。 東九州メディカルバレー構想は,実際には大分県と宮崎県の各々の医療機器 クラスターが広域クラスター内でサブクラスターを形成している構造になっ ており,この2つのサブクラスター間のイノベーション,つまり,地域間イ ノベーションが広域クラスター全体のイノベーションに繋がるはずであり,

それが敢えて「クラスターを広域化」した目的でもあると言えるだろう。し かし,そうした大分県と宮崎県の医療機器クラスター間で具体的な地域間イ ノベーションが発生しているとは言い難い。なぜならば,推進会議の開催 状況(表5参照),各々のクラスター企業及び大学などによる製品開発状況 (表3及び表4参照)が示すように九州ヘルスケア産業推進協議会との共同 展示及び共同開催などを除くと2つのクラスター間の相互作用によるイノ ベーションを確認することができないからである。

第二に,広域クラスターが掲げている目標と製品開発内容の乖離である。

東九州メディカルバレー構想の目標の1つは東九州地域において血液や血管 に関する医療を中心に産学官が連携を深め,医療機器産業の一層の集積と地 域経済への波及を図ることである。しかし,2つのサブクラスター企業及び 大学を中心に開発されている製品や試作品の殆どは当該産業集積の競争優位 である血液や血管に関連する医療機器及び器具ではない。製品開発の内容が 34) 地域間イノベーションと近接性の 関 係 に つ い て は,Lalrindiki and O’Gorman

(2016)を参照。

血液及び血管分野に固執する必要はない。しかし,より重要な課題は産学官 連携などによって開発された製品や試作品が血液や血管分野と関係がない機 器や器具のため,当該地域の大手医療機器メーカー(主要なクラスター企 業)が有している

SCN

に繋げられない点にある。個々の開発製品が上市し 当該地域の医療機器生産金額の増加に貢献するためには,それらの製品を市 場に流通させるための

SCN

,さらにはグローバルサプライチェーンネット ワ ー ク(

GSCN : Global Suppy Chain Networks

,以 下,

GSCN

と 表 記)と 共

存(

symbiosis

)する必要があり,そのためには当該地域の競争優位である血

液や血管に関連する大手メーカーが持つ既存の

SCN

GSCN

を活用するこ とが効率的である。しかし,表3及び表4に示した製品や試作品はそうした ネットワークとは連動し難い製品であるため,開発企業は有効と思われる

SCN

あるいは

GSCN

と独自に共存するか,あるいは自ら

SCN

を構築するか といったどちらかの方法を選択しなければならないが,そうした能力を持っ た開発企業は少ないのが現状であると推察される35)

第三に,広域クラスターに参画している企業,つまりクラスター企業にお けるイノベーションバリア(

innovation barrier

)の問題である。既に示した ように東九州メディカルバレー構想の会員企業には多くのモノづくり企業 (中小企業)が参画している。特に宮崎県の場合は会員企業の4割がモノづ くり企業(中小企業)であることが分かっている(表2参照)。これは,医 療機器分野への新規参入を希望する企業群とみなすことができるが,これを 地域イノベーションシステムの視点から見た場合,中小企業の医療機器分野 への参入には,イノベーションバリアが存在していることも無視することが できない。なぜならば,特定の産業集積地に属する機械関連中小企業の再活 性化を指向する医療機器クラスター形成の場合, 特定の周辺地域(

peripheral

35) クラスターとサプライチェーンとの共存の必要性については,北嶋(2016)を

参照。

region

)に対しては,組織的希薄性(

organizational thinness

),古くからの工 業地域(

old industrial region

)に対しては,ロックイン(

lock-in

)といった イノベーションバリアが強く作用するからである36)。さらにこうしたイノ ベーションバリアは大分県や宮崎県のイノベーション創出能力に影響を与え ているものと推察される。例えば,日本銀行大分支店によれば,2010年から 2012年の都道府県別特許出願・登録件数(人口千人当たり)をみると大分県 は出願件数は全都道府県中第39位,登録件数では同43位となっており,この 間,大分県の経済規模を表す県内総生産(人口一人当たり,2010年時点)が 全都道府県中第18位であることを踏まえると大分県は経済力に比して特許出 願・登録件数が低位に留まっていると評価され,大分県では研究開発活動が あまり活発でない可能性があること,また産学連携についても件数ベース及 び研究費受入額ベースのいずれにおいても足踏みしており,増加傾向にある 全国の動きとは違いがあることなどから,大分県のイノベーション創出能力 に強みがあるとは言い難いと分析している37)

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