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広域クラスターにおける地理的近接性と関係的近接性

region

)に対しては,組織的希薄性(

organizational thinness

),古くからの工 業地域(

old industrial region

)に対しては,ロックイン(

lock-in

)といった イノベーションバリアが強く作用するからである36)。さらにこうしたイノ ベーションバリアは大分県や宮崎県のイノベーション創出能力に影響を与え ているものと推察される。例えば,日本銀行大分支店によれば,2010年から 2012年の都道府県別特許出願・登録件数(人口千人当たり)をみると大分県 は出願件数は全都道府県中第39位,登録件数では同43位となっており,この 間,大分県の経済規模を表す県内総生産(人口一人当たり,2010年時点)が 全都道府県中第18位であることを踏まえると大分県は経済力に比して特許出 願・登録件数が低位に留まっていると評価され,大分県では研究開発活動が あまり活発でない可能性があること,また産学連携についても件数ベース及 び研究費受入額ベースのいずれにおいても足踏みしており,増加傾向にある 全国の動きとは違いがあることなどから,大分県のイノベーション創出能力 に強みがあるとは言い難いと分析している37)

ター形成が重要であるとしている38)。東九州メディカルバレー構想が,広域 クラスターを指向する医療機器クラスターであるとするならば,本研究の問 題意識で述べたように,広域クラスターにおける地理的近接性の「弱さ」は, 他の近接性,すなわち関係的近接性によってどの程度補完できるのだろうか。

この点については,

Hansen

(2015)の地理的近接性と関係的近接性の関係に 関する仮説が1つの参考となる(表11参照)。

表11に示したように,

Hansen

(2015)によれば,第一に,社会的近接性は 地理的近接性の代替が可能であり,重複している。第二に,制度的近接性は 地理的近接性の代替にはならないが,重複している。第三に,組織的近接性 は地理的近接性の代替が可能であるが,重複はしていない。第四に,認知的 近接性は地理的近接性の代替が可能であるが,重複はしていないとされる。

この

Hansen

仮説に従うならば,広域クラスターによって低下する地理的近

接性は,社会的近接性,組織的近接性及び認知的近接性によって代替可能で あるということになる。換言するとこれらの関係的近接性は,地理的近接性 の弱さを補完する機能を持っているものと考えられる。 そこで, この

Hansen

仮説に基づいて広域クラスターである東九州メディカルバレー構想の特徴を 整理すると以下のようになる。

第一に,東九州地域を構成する大分県と宮崎県は隣接県であり,九州全域 38) この指摘については,日本政策投資銀行(2017)p.47を参照。

表11 地理的近接性と関係的近接性の関係

関係的近接性 地理的近接性の代替 地理的近接性の重複

社会的近接性 Yes Yes

制度的近接性 No Yes

組織的近接性 Yes No

認知的近接性 Yes No

出所:Hansen (2015) p.1680より筆者訳出し作成。

の中では東九州地域において比較的共通した社会化による地域間関係が構築 されているものと推察され,その社会的近接性は適度な近接性として広域ク ラスターの地理的近接性の弱さを補完している。

第二に,一方,広域クラスターとしての東九州メディカルバレー構想では, 推進会議,試作・製品開発,医療機器展への出展などは,大分県と宮崎県そ れぞれが個別に実施しているケースが多く組織的な連携の度合いは低いため 組織的近接性は弱く,その結果,広域クラスターの地理的近接性を補完する には至っていない。

第三に,試作品や製品開発の内容から明らかなように,大分県と宮崎県そ れぞれのクラスターで開発されている医療機器関連製品は,広域クラスター の狙いである血液及び血管に関連する医療機器・器具以外のものが多く,そ のため2つのクラスター間の技術的知識の共有によるメリット,すなわち,

医療機器開発における認知的近接性は弱く,その結果,広域クラスターにお ける認知的近接性は,その地理的近接性の弱さを補完する機能を果たしては いない。

第四に,留意すべき点として,全体推進会議(図3参照)が定期的に開催 されており,これは一時的な地理的近接性(

temporary geographical proximity

) を意味しており,物理的近接性としての地理的近接性の弱さを多少は補完し ているものと推察される39)

7.結論にかえて

広域クラスターとしての東九州メディカルバレー構想は,大分県と宮崎県 の二県に跨がる画期的・挑戦的なクラスター形成の試みであるが,これまで 39) 一時的な地理的近接性(temporary geographical proximity)の概念については,

Torre and Rallet(2005)を参照。

の分析及び検討結果から明かなように,両地域の地域間イノベーションは活 発とは言えない。特に医療機器開発の段階における両地域の共同研究開発の 事例は確認することができない。このような事実は,広域クラスターにおけ る地域間の共同開発の困難性を示唆している。齊藤(2012)は,特許データ を用いた実証分析に基づいて共同研究活動における地理的近接性について考 察し,結論として組織間の共同研究の距離は狭く30

km

程度であり,既存研 究では特許の引用関係を用いて「知識波及」が測定され,特許引用の距離範 囲は非常に広いが,企業の集積の距離の範囲は30

km

程度で企業の集積と関 係が深いのは共同研究による「暗黙知の波及」であり,従来型のクラスター 政策の観点は依然として有効であるとしている。さらに齊藤の研究では組織 間の距離の重要性は共同研究を継続させる時ではなく,共同研究を開始する 時点において生じると分析している。こうした研究結果も広域クラスターに おける共同開発の困難性,すなわち,地理的近接性の弱さを関係的近接性で 補完することの限界性を物語っているのである。

し か し,一 方 で

Jönsson(2015)は,ICT(Informtion Communication and

Technology

)時代に対応した 第6番目の近接性概念 として,仮想的近接

性(

virtual proximity

)を提示し,その可能性について考察している。その中

Jönsson

は,仮想的近接性の概念は他の近接性概念の考え方ほどしっかり

と確立されている概念ではないとしつつも,仮想的近接性は地理的近接性に 対して補完機能あるいは代替機能を果たすものであり,また,インターネッ トフォーラムといった情報的空間(

informational space

)の中で我々は従来の 物理的空間における対面的相互作用(

face-to-face interaction

)と同じような 関係性を構築し自分のポジションを獲得することが可能であるとしている。

つまり,この

Jönsson

仮説が正しいとするならば,仮想的近接性は地理的近 接性の「弱さ」を補完する機能を持っていることから,クラスター形成にお いて広域化・国際化を指向している東九州メディカルバレー構想にとって,

仮想的近接性は

ICT

環境の加速度的な進化・普及も相俟って地域間イノ ベーションの活性化を考える上で重要な近接性概念に成り得るものと推察さ れる。

ところで,外枦保は,東九州メディカルバレー構想の意義と今後の方向性 について以下の3つを指摘している。第一に,同構想により地域の産業構造 の転換が緩やかではあるものの着実に進んでおり,地域産業の進化という意 味では新たな発展経路が形成されている。第二に,同構想は東九州の一体性 を意識させる取り組みであり,ほぼ時を同じくして大分市から宮崎市まで東 九州自動車道路によって結ばれたことから,東九州としての一体性を高める 取り組みが今後も求められる。第三に,同構想はローカルな取り組みに留ま らず,医療技術人材育成の拠点づくりを通じて東南アジア地域との連携とい う国を超えた取り組みになっており,産学官の連携を活かして将来的な販路 拡大を見据えたものになっている。以上である40)

確かに,外枦保が指摘しているように東九州メディカルバレー構想は緩や かではあるがクラスター形成を実現している。しかしながら,本稿の分析及 び考察から明かになったように広域クラスターとしての東九州メディカルバ レー構想には幾つかの課題があることは否定できない。そこで,最後に東九 州メディカルバレー構想の発展課題を提示し本稿の結びとする。

第一に,地理的近接性の弱さを関係的近接性や仮想的近接性により補完す る仕組みを工夫すること。第二に,国内外で開催される医療機器展示会といっ たテンポラリークラスターに対して両県は共同での企画・出展を行うことで 異種交配(

heterogenius

)を活性化し知識創造による地域間イノベーション を促進すること。第三に,東南アジア地域を視野に入れたクラスター形成の 広域化・国際化では,東南アジア地域からの留学生による社会的近接性を十

40) この意義と方向性については,外枦保(2017),pp.34‑35参照。

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