第1部共通語化研究の視点
本研究は,方言調査によって得られた言語データを数量的に解析することにより,
日本語における共通語化の過程について分析するものである.
それに先立って第1章では,本研究で分析する「共通語化」に関する視点について 述べる.最初に本研究で用いる「共通語」の定義にっいて述べる,類似した概念であ
る「標準語」との関係のほか,「新方言」「ネオ方言」などの関連概念も含めて整理を おこなう.そして共通語化研究を方言研究のデータを計量的分析によっておこなう必 要性について説明し,最後に本研究の流れについて述べる.
第2章では,過去に国内でおこなわれてきた,方言データベースを用いた計量的研 究について概説する.大規模なデータの集約には多変量解析法が多く用いられており,
この分野で多大な成果を残した井上史雄の研究を中心に,データの集約法にっいて考
える.
第3章では,方言調査データを用いた計量的共通語化研究の実践として,フランス における事例を取り上げる.日本の方言だけでなく,海外の方言についても同様の枠 組みで分析できることを示し,また,問題点についても考察する.
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第1章序論
1.1.「共通語」とは
1.1.1.「共通語」と「標準語」
現代の日本tでは,「共通語化」が著しく進んでいるといわれる.一般的には,明治 以降の教育や,ラジオ・テレビなどのメディアの発達によって,「共通語」が急速に全 国に普及したとされている.
「共通語」という用語が最初に用いられたのは,国立国語研究所が1949年に福島 県白河市でおこなった調査においてである.報告書『言語生活の実態』(1951)では,
「全国どこでも通ずるようなことば」として「全国共通語」を規定している.「共通語」
は英語のcommon languageの訳語であり,言語に地域差がある状況において,共通に 通用する言語という意味である.
この「共通語」は,それまで使用されていた「標準語」に代わるものとして登場し た用語である.しかし現在でも,この「標準語」という用語は一般的に広く用いられ
ている.
「標準語」という単語が使用されたのは,英語学者岡倉由三郎が1890年に『日本 語学一斑』において,「一刻も早く方言をして標準語に帰伏せしめ」と述べたのが最初
といわれている(飛田1992).また,1895年には上田万年の「標準語に就きて」におい て「標準語」は,standard languageの訳で,「一国内に摸範として用ゐらるs言語」
と定義されている.すなわち,ここでいう「標準」とは,一定水準,という意味では なく,規範的という意味である.
1本研究における「日本」とは,大まかには,現代の国家としての日本の領域をさす.過去にお いても,もともと日本語のバリエーションが使用されていたとされる地域を念頭に置いている,そ のため,明治時代以降,戦前までに拡大した領土や,開拓以前の北海道における言語は取り上げな いが,日本の京・江戸・東京とは別の統治形態が存在していたかつての琉球王国の言語は取り上げ る.ただし,琉球の言語を日本語のバリエーションとみなすことは,琉球の言語を日本語の「方言」
とみなすことを意味していない.これは国家と言語の関係で決まるものであり,共通語化とも政 策・思想面で大きくかかわる問題であるが,本研究ではこの点については議論しない.
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1.1.2.「標準語」の中身
前述の国立国語研究所(1951)でも,「標準語」は,「なんらかの方法で国として制定 された規範的な言語」と定義され,それは「日本ではまだ存在しない」としている2.
ここで,「標準語」の中身が問題となる.前述の上田万年は「現今の東京語が他日 其名誉を享受すべき資格を供ふる」とし,また1904年には『尋常小学校読本編纂趣意 書』では「標準語」を「東京中流社会の言語」と規定している(イ1996).明治中期当 時すでに「言文一致運動」により文語文から口語文への移行が進み,その口語文の母 体が東京方言であったことを総合すると,「標準語」制定に関する議論は多くなされた
ものの,標準語の母体を東京方言とすること自体には,特に異論はなかったものと思
われる.
戦前においては,「標準語」の普及において方言は無用な存在であり,撲滅すべき 対象となった.特に「方言札」のような,方言使用を相互に告発させる指導方法は,
戦前の「方言撲滅運動」の代表事例とされた.しかし,実際には教育場面の言語でし かない標準語は,「読み」「書き」での習得は進んでも,地域社会では「標準語」を使 用する場面などなく,「聞く」「話す」といった面ではあまり効果が上がらなかったと
されている(真田1991).
戦後の民主化に伴い,国語教育においても改革がおこなわれた.この時の改革も明 治期と同様に表記中心のものであり,「標準語」の土台を東京方言とすることへの異論 はなく3,問題は方言を矯正し撲滅しようとした教育方針にあったとされた.
2これは,終戦によって,それまで「標準語」の教育に使用されてきた国定教科書が廃止された こととも関連する(飛田1992),
3石黒魯平は1950年に「標準語設定は各個人が設定者」と述べ,梅樟忠夫は1954年に「第二標 準語論」にて関西弁を第二の標準語とすべき,という論を展開しているが,いずれも,東京方言が 標準語の母体となることへの異論ではない.
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1.1.3.「共通語」の現実
戦後,国立国語研究所(1951)によって「共通語」という用語が登場する.『国語学 研究事典』(1977)での定義は,「国内に方言差があっても,それを越えて異なった地方 の人々が意志を通じあうことのできる言語」とされる.
この「共通語」という用語が広く使用されるようになった背景として,柴田(1977)
は,「標準語」という統制の象徴ともいえる用語に対する拒否反応があったと述べてい る.しかし,これに対して安田(1999)は,教育現場では1960年代まで「標準語」「共 通語」という用語が混乱していたことを指摘し,そもそも「共通語」が最初に使用さ れた1949年の白河調査の方針自体,「共通語からのずれ」を調査するという,方言差
を許容するはずの「共通語」の定義と矛盾しているとして,「共通語」の「標準語」と の違いに疑問を呈している.
さらに,こうした成立事情を抱えた「共通語」は,戦後の急激な「共通語化」によ って実際に全国の方言が衰退したことで,「標準語」との区別をより一層曖昧にしたと いえる.これは,「共通語」「標準語」両者の発想は異なるものの,志向する言語に基 本的に変わりがなかったことが関係すると思われる.
さらに前述の『国語学研究事典』の「共通語」の解説でも,「方言の共通語訳」とい う場合の「共通語」が,かっての「標準語」と内容的にあまりかわらないことを指摘 している.このようなことから,現在の「共通語」という用語もまた,かつての「標 準語」と同様に規範的な地位を持ってしまっていると思われる.さらに言えば,実質 的に,「共通語」と「標準語」の使い分けは,教育において使用した用語が,戦前は「標 準語」で,戦後は「共通語」だという,世代差でしかなくなったといえるのではない
だろうか.
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1.1.4.本研究における「共通語」
以上から,本研究における「共通語」は,作業上「標準語」「全国共通語」と同じ 扱いとする、これらの用語の定義上の違いを議論するには,対象となる言語にあまり 違いがないからである.
すなわち,本研究においては,国立国語研究所(1951)の「全国どこでも通ずるよう なことば」という「共通語」の定義を採用するものの,同時に,「ゆれは最小限とし,
なるべく語形は1つのみを認める」4,という規範的な側面をもった「標準語」に近い 内容となる.
さらに「東京方言」「東京語」との関係も問題になる.本来これらは定義上,地域 に限定された「方言」という概念があることから,「共通語」とは明確に分かれるはず である.しかし東京方言の全国的広がりによって,「東京方言」「東京語」もまた,「共 通語」との境界を曖昧にしていると思われる.この問題については,最終章のまとめ において考察をおこなう.
4 「共通語」 とみなされている語同士のゆれや,文体差によるゆれ等は許容する.
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1.2.共通語化における注目点の変遷
1.2.1.新しい言語現象
共通語化が進んでいるといっても,方言形から共通語形に交替する現象だけが起こ っているわけではない.方言内部でも常に新しい方言形式が生み出されている.しか
しこのことに対して注意が払われたのは1970年代半ば以降になってからであった.
それまでは,共通語の普及と方言の衰退は表裏一体の関係であり,共通語化に伴っ て方言は使用されなくなる,と考えるのが一般的であった.そのため伝統的な方言形 から置き換わる形で普及する語形が共通語形とは異なっていた場合,それに対する説 明が用意されていなかったといえるだろう.
井上(1971)では青森県下北半島での調査で,若年層に伝統的方言形とは異なる新し い方言形の存在に気づきながらも,それを言語地理学における例外的な現象と捉えて いる.これは当時の猛烈な共通語化の波の中で,方言の改新が見えにくい状況にあっ たと推測される.
方言内部での変化の方向は二つある.一つは言語内的な変化で,それまでその方言 の体系が持っていた言語変化の方向にしたがって変化を続けたと思われる.もう一っ は言語外的な変化で,多くは他の言語との接触による変化で,共通語化はこれに該当 する.また,両者が区別できない場合もある.内的変化の方向が共通語形に近づく方
向の場合である.
そうした,方言と共通語の間にある現象として,いくつかの概念が提唱された.井 上史雄の「新方言」(井上1985,1994など),真田信治の「ネオ・ダイアレクト」「ネオ 方言」(真田1990など),陣内正敬の「方言新語」(1996.2),佐藤和之の「変容方言」,
沖裕子(1992)の「気づかれにくい方言」など,さまざまである.
共通語化の進展に伴って,非共通語的事象に関して提唱されたいくつかの用語は,
伝統的方言の衰退を考える上でも重要な意味がある.1990年代に入り,早野(1996),
井上(1996.3)らによる整理も試みられた.以下,重要な概念をいくつか述べたい.
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1.2.2.新方言
「新方言」は,1970年代に井上史雄によって提唱された概念である.井上・鑓水
(2002)での定義によれば,
①新しい世代が ②非公的場面で用いる ③非共通語形のこと.
と単純化されているのが特徴である.例として,1980年代に東京都心部に普及した「ウ ザッタイ」(不快感をあらわす)をあげる.「ウザッタイ」は元来東京都下5の方言とさ れ,共通語形には存在しない.すなわち③があてはまる.また,世代差調査によって,
都心において当時の若年層のみが使用していることがわかった.これで①があてはま る.さらに,場面差調査によって改まった場面で用いられないことがわかり,②があ てはまる.これにより上記①〜③の条件を満たすため,新方言ということができる(井 上・荻野1984).
しかし,方言調査において常に場面差の質問をおこなうことは困難である.②につ いては,一般に方言調査が設定する「親しい知人に話すような言い方」「日常のくだけ た言い方」場面をもって非公式場面での使用とみなしており,公式場面での使用語形 の切り替えについては調べられていないことが多い.若年層の会話などから報告され る場合にも,公式場面では共通語形に切り替えられるものとして扱われる.
「新方言」は,後述する「ネオ方言」との関係について議論されることが多いが,
それよりも1970年代の方言研究の時代的背景との関係が重要である.1960〜70年代 は全国的に急速な共通語化に直面している状況であった.そのような中で,「共通語形 以外の語形が使用されるようになる事象」を発見したことが強調されるべき点であっ たと考えられる.これは,井上による①の定義が,かつては「若い世代になるにした がって」 (井上1985)と表現されていたことや,「方言」の定義が地域の問題ではな く②のように場面の問題として捉えられていることからもわかる.その後は,「新方言」
5島喚部・23区を除いた東京都多摩地方をさす.
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を「言語変化の一過程」(井上1996.3)として位置づけているように,かなり一般的な 定義に変化していったといえる.
「新方言」は「方言」であるにもかかわらず,定義に地域差に言及していないのは,
当初は東京新方言のような,広範囲の新しい非共通語形の普及を想定していなかった ためと思われる.定義がシンプルであるため,共通語化過程にあっても,非共通語形 である限りは「新方言」である.井上は,地域社会において公的場面で用いられる表 現は「地方共通語」をあげているが,その境界は曖昧になりやすい.
「地方共通語(地域共通語ともいう)」は,一定の範囲で広く通用する方言で,土 地の人が方言だと思っていないものをいう(柴田1988).例としては,西日本における
「ナスビ(ナス)」「キビス(かかと)」などがあげられる.文体的には,方言と共通語 の中間に位置すると考えられ,地域社会の個人はこの三者を使い分けることがあると
している(柴田1988).こうした問題は,「新方言」よりも「ネオ方言」でより深く議 論されることとなった.
1.2.3.ネオ方言
「ネオ方言」は,1980年代に真田信治によって提唱された「新方言」に近い概念で ある.元は「ネオ・ダイアレクト」とされていた(真田1987).共通語の干渉の結果生 じた新しい方言スタイルを指す.「ネオ(neo)」という語が採用されていることも,「新
(new)」との違いを表しているものと思われる6.
共通語に準ずる機能が重視されるときには,文体が低いとは限らない.新方言との 違いとして,以下の2点を挙げている.
6井上が「新方言」に new dialect という訳語をあてていたことも関係していると思われる,
真田は筆者との会話で「ネオナチはナチスにはなりえない」という例えをして,「ネオ方言」の「ネ オ」により,伝統的方言が共通語に干渉されて元には戻れなくなっているニュアンスを出している
という発言をしている.
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①体系性
②高い文体での使用
①の体系性については,特定の言語現象だけをみても規定するのは難しいと思われ る.「新方言」においては,現象同士の必然的結びつきの有無について重要視していな い(井上・鑓水2002).これは,新しい変化はそれぞれ異なった成立事情を持って生ま れていると考えられるからであり,体系性を重視する場合には,一定の集団の範囲で の安定した使用が必要となる.このことは,井上が「新方言」の定義に,地域の定義 を入れなかったことと関係している.伝播の方向性は,地域・世代・属性など多次元 に及び,一定の範囲を規定することが困難であるからであろう.
②の文体の高さの点で,「ネオ方言」が共通語と方言の両方の性格を有しているこ とがわかる.「ネオ方言」は,しばしば井上の新方言と対照的に論じられるが,共通語 より文体が低い,という点では井上の「新方言」定義にも合致してしまう.
前述のとおり,井上はこのような公でも使用可能の方言について,「地方共通語」
という概念をあげている(井上・鑓水2002).「ネオ方言」の例とされる,沖縄の「ウ チナーヤマトゥグチ」,奄美の「トン普通語」,鹿児島の「カライモ普通語」は,井上 の定義では「かつて地方共通語だったのが,全国共通語化の進行により,方言よりの ネオ方言の位置に移った」(井上・鑓水2002)ものとしている.このため,井上(1996.3)
は,概念としての重要性は認識しながらも,「ネオ方言」の安定した体系の存在には疑 問を呈している.
圧倒的な共通語への流れに抗する形で生まれている非共通語形の存在に重きを置 いた井上と,共通語化が方言の領域を侵食して誕生した「地域的特色を色濃く残した 共通語」を「方言」という用語で再定義した真田との視点の違いと解釈することも可 能であろう.本研究で扱う,共通語化の中で新しく誕生,もしくは残存している方言 形式については,ネオ方言の視点からの考察が可能であろう.
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1.2.4.気づかない方言
前述の「新方言」「ネオ方言」の研究がさかんになる1980〜90年代には,「方言だ と気づかれないまま使用されている方言」についての考察が相次いだ.この現象は,
「気づかない方言」(井上1986,早野1996など)や「気づかれにくい方言」(沖1992,
三井1997など)と呼ばれている.これらは「方言」の文脈で語られるよりも,「共通語」
の中で観察される現象として話題になる.「意識されない地域差」ということになるの だが,意識のされない場合について,定義上は以下の2つにわかれる.
①他地域との交流がないため気づかない場合 (公的な使用頻度が低い語など)
②共通語に語形が同じであるため用法の違いに気づかない場合
①の例として子供の遊びの名前がある.地域間の交流がないことや,成長にしたが って使用しなくなるために違いが意識されにくい.また,言語変化の初期段階は「気 づかない方言」になりやすい.つまり,ある地域内で新しい表現が生まれても,それ を「全国で使用されているはずだが,公式には用いられないだけ」と考え,単なる「俗 語」と捉えてしまうと,「気づかない方言」ということになる.
また,②のように,語形自体は共通語と共通する,という場合には,その用法が共 通語にはない,と意識された時点で,その語形に対して「方言」である,というレッ テルが張られ,急速に方言意識が強まる可能性もある.
時代背景という点では,1990年代以降という,共通語化がかなり進行した時代に,
このような現象が話題になったことが重要であろう.「気づかない」「気づきにくい」
といった命名には,「ここまで共通語化が進んでいるのに『まだ』気づかない」という ニュアンスがあり,それだけ共通語化が進展したという認識がうかがえる.
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1.2.5.東京語化
東京の文体の低い口語が全国に広がる現象をさす(井上1996.3).前述の「新方言」
「ネオ方言」「気づかない方言」は,「方言」寄りの用語である.それに対して,こち らは「共通語」寄りの用語であるが,文体の低さ,つまり改まった場面で用いられな いという点で方言的である.
井上(1994)は中央の共通語形が全国に拡散する様を「雨傘モデル」という模式図で 示したが,共通語形だけでなく東京方言もまた,マスメディアなどの影響によって文 体的に低い表現として周囲へ普及させる力がある.
東京ほどではないものの,大阪を中心とする関西方言も西日本では影響力があり,
近年は関西の芸能の全国的認知によって,弱いながらも関西方言が全国に広がる傾向 がみられる(陣内2003).これは東京語化と同じメカニズムで説明することができ,ネ オ方言などの他の概念と組み合わせて論じる必要があるだろう.
インターネットなどメディアの浸透と関連した現象という点で,2000年代である現 在の注目すべき現象といえるだろう.
1.2.6.まとめ
このように「共通語(標準語)」「新方言」「ネオ方言」「気づかない方言」「東京語」
といった用語は,相互に近い内容を含んでいる.表1−1は,これらの用語と「伝統的 方言」について,「使用域(×:狭い,△:広域,○:全国)」,「公的場面での使用(×:
不可,△:一部可,○:可)」,「新しい現象か(○)否か(×)」,という3つの側面か ら整理したものである.「新方言」の定義には地理的範囲についての定義がないため,
使用域は狭い場合も広い場合もある.また,「気づかない方言」についてはカッコ内が 使用側の意識である.このほかの分類基準としては,ネオ方言の定義にみられる体系 性の有無共通語からの影響などがあるが,ここでは示さない.
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使用域 公的場面 新しい現象
伝統的方言 × × ×
新方言 ×(△) X ○
ネオ方言 △ △
O
方言
@↑
@↓
、通語
気づかない方言 x(O) x(O) ×
共通語
o o
×東京語 △ △ X
表1−1・用語まとめ
従来は,地域に分裂した私的場面で用いる「伝統的方言」と,全国に広がる公的場 面の「共通語」という単純な構図であったが,共通語化の進展によって,従来の方言 が変質し,共通語に近い性格をもった言語になりつつある.
本研究では,伝統的方言の時代である『方言文法全国地図(GAJ)』のデータから,
東京語化が進行中の現代の若年層も対象とした調査データまでを扱い,日本語がどう 変遷してきたかについて考察するものである.
また,これらの用語がさかんに使用された時期は,それぞれ共通語化の進展に伴う 方言の位置づけの変化を背景としていると考えられる.このため,さまざまな用語の 定義が生まれたのは,むしろ必然ともいえる.
伝統的方言話者が急速に勢力を失いつつあった1990年代は,前述の用語の現象が 交差する状況にあったのだと思われる.年代別に並べると以下のようになる(表1−2).
公的場面での共通語化がほぼ完了することにより,興味は残存する方言のさまざまな 側面であったと思われる.
年代 用語 背景
〜1950 標準語 国民の言語の統一 1960 共通語 急速な共通語化が進む
1970 新方言 共通語化されない現象の「発見」
1980 ネオ方言 コード切り替えとしての方言 1990 気づかない方言 公式場面での共通語化の完了 2000〜 東京語 非公式場面への東京方言の流入 (関西方言の普及もこの流れ)
表1−2・用語と時代背景
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1.3.方言調査資料を用いた計量的な共通語化研究
1.3.1.方言調査資料
以上,「共通語」に関する用語の整理をおこなってきた.日本語における共通語化の 研究は,方言の衰退という側面からおこなわれてきたということがいえるだろう.
このため,共通語化に関する資料の多くは,方言調査資料から得ることができる.
すなわち,方言調査において,どのような属性の話者(被調査者)によって共通語形が 回答されるのかを分析することで,共通語化の構造の解明が可能となると思われる.
そのためには以下の2つの重要な側面を考慮する必要がある.それぞれ共時的側面と 通時的側面をあらわしている.
a.地域差 b.世代差
aの地理的分布を把握できる資料の代表は言語地図である.言語地図は,話者の生 育地点と回答語形との関係を地図上に記号で示したものである.共通語形の使用地点 を分析することで,地理的な共通語の勢力状況を解明することができる.
日本では国立国語研究所によって全国規模の言語地図が刊行されている.語彙に関 する『日本言語地図(LAJ)』と,文法・表現法に関する『方言文法全国地図(GAJ)』が ある.特に後者は電子データが公開されており,説明は第4章でおこなうが,全国規 模のデータベースとして非常に貴重なものである.共通語形の分布状況を分析すると いう本研究の利用にも適している.本研究における中核的な資料である.
一方,bの世代による違いを把握するためには,上述の言語地図が世代ごとに存在 すればよい.しかし調査地点数の多い言語地図を複数の世代分調査することは,コス ト上困難であるといえよう.そのため地理的には限定されるが,調査地点を一・直線上 にとって地点数を減らし,そのかわりに複数の世代を調査した「グロットグラム」と 呼ばれる調査がある.地点が限定されるため全国規模の調査は存在しないが7,世代ご
7近年は各地でグロットグラム調査が進んだため,全国規模の資料に近づきつつある.
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との共通語形の使用状況を分析することができる.本研究では,筆者が参加した北海 道・東北地方の調査データを用いる.また,「グロットグラム」も地点が一直線ではあ
るが地域差をみることができるため,本研究では,GAJの同一地域のデータを組み合 わせた分析も試みる.
1.3.2.計量的研究
以上より,本研究では,国立国語研究所によるGAJを中心に研究をおこなう.本論 文における目的は,大きくわけて以下の2点である.
1. 『方言文法全国地図』における共通語分布パターンの分析
2. 『方言文法全国地図』とグロットグラム調査を組み合わせた共通語化の分析
GAJにおける共通語形の分布を分析するとき,1項目1項目詳細に分析することも 考えられるが,大きくパターン化するような場合には,計量的な処理が向いている.
本研究では,方言調査データを,大きく3種類の集計方法によって分析している.
①各地点において共通語形を使用しているか否か ②都道府県単位で共通語形の使用率
③方言形と共通語形との間の距離
①と②は,共通語形の使用についてシンプルな集計となる.地点ごとにみると「使 用する」「使用しない」の2段階しかないカテゴリカルデータだが,都道府県単位で集 計する場合には「使用率」という形で連続量として扱うことができる.これは別の指 標と組み合わせる場合にも有用である.
③は,方言形とはいっても共通語形に近い語形と遠い語形とを区別して処理するこ とができる.距離の与え方については,研究者が言語的背景から決定する方法や,計 算によって求める手法がある.③もまた連続量として処理することができる.
また,本研究では,計量的分析方法として,多変量解析法を用いている.本研究で は上述①のようなカテゴリカルデータが多いため,林知己夫の数量化理論第皿類によ るパターン分類を中心に分析している.
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1.4.本研究の概要
以上のような方法で,本研究をおこなう.ここでは全章の概要を述べる.
第1部では,共通語化に関する研究の方法論について,理論面と実践面から述べる.
本章(第1章)では,主に共通語に関する関連概念の整理をおこなってきた.第2章 では,本研究の研究手法であるデータベースを用いた計量的研究について,先行研究 を概観する.第3章では,計量的研究の実践例として,フランスのパリ周辺地域の共 通語化に関する研究を示し,本研究の意義を述べる.
第2部では,GAJデータにおける共通語化の分析をおこなう.まず第4章で, GAJ データ全体を概観する.第5章では,助詞項目から,第6章では,動詞・形容詞の活 用項目からそれぞれ数量化3類という多変量解析を用いた考察をする.さらに,第7 章では,共通語と方言間の距離についても計量的に捉える方法として動的計画法を用 い,クラスター分析をおこなう.第8章では,日本語の二つの言語的中心と思われる 東京と京都の方言の影響力について「鉄道距離」という指標を用いて分析する.
第3部では,GAJデータを単体で分析するのではなく,他のデータと組み合わせて 分析する.ただし,GAJと同じような全国規模の調査はないため,主に東北・北海道 の太平洋岸を調査した項目を使用し,GAJデータを比較可能な形式に加工して,両者 のデータを組み合わせた分析をおこなう.
第9章では,東北・北海道グロットグラム調査(以下,TH調査)の結果を紹介する.
まずこのTH調査の結果を概観し,現在の共通語化の状況について考察をおこなう.そ して第10・11章では,TH調査とGAJとを組み合わせたデータを作成して, GAJの時代 から現代までの約80年間の日本語の変化について考察をおこなう.
最後の第4部では,これらの研究のまとめとして,第12章で共通語化のモデルに ついて考察する.また今後の課題についても述べる.
以上が全体の流れである.
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