ISSN 0915-7654
武庫川女子大学
言語文化研究所年報
第
1号
武庫川 女 子大学 言語 文化研究所年 報 第 1号 (1989)
創
刊
の
辞
日 晃 κ l 昭和63年 9月 1日 、本学 に言 語文化研究所 が創立 されてか ら、早 くも1年
半が経過 しようとしている。 創立年度 の後半は、言わば準備期間であ ったため、実際の活動は平成元年 4月に始 まる第2年
度 に入 ってか らであ った。 それ か らで も早 くも1年
近 く が過 ぎたが、本年度 当初に新たに研究員2名
を迎 えて、研究所は本格的な研 究活動 を開始 した。 この研究所は、社会の情報化 。国際化 の進展に言語研究者 の立場か ら対応 して い くため、情報の生産・処理に寄 与すべ き言語研究、言語文化 の交流 に 資す る言 語文化 の研究 を行 うこ とを 目的 と して創立 され た ものであ る。 そ うした創 立趣 旨に沿 って、研究所 の研究員 たちが1年
間研 究 を進 めた結 果 の一端 を、 ご報 告す る運 び とな った ことは ま ことに喜 ば しい ことで あ る。 今後毎年度1回
以上 の研究年報を発行す る予定に しているが、 と りあえず ここに、『 武庫川 女子大学 言語文化研究所年報』 の創刊 号を お届 けす る こ とにな った。 なにぶん、多忙 な学務や教 育活動の間隙を縫 っての研究で もあ り、 まだ初 年 度 の ことで もあ るか ら、 もと よ り研 究 の急速 な進展 を期待 す る ことは困難 であろ うし、 ご批判の余地 も多い ことと思 う。しか し、 ともか くも年報 の発 行 に漕 ぎつ けた研究員諸氏 の労 を多 とす ると ともに、各界諸賢 の厳 正な ご批 判 を仰 ぎた い。 なお、今 回は本学 非常勤 講師 で大 阪外 国語大学 教授 の井本英 一 氏か らも特別 のご寄稿をいただいた。 あつ く感謝の意を表す る。 創刊に あた り、一 言 ご挨拶 に代 え る次第 で あ る。 (本学学長・ 本研究所 所長)武 庫 川 女 子 大 学
言 語 文 化 研 究 所 年 報
第
1号
目
次
創
刊
の
辞
研 究 所 の 発 足
パ ロデ ィにみ る文体
│一文体の計量的分析をめざして―
外 国 におけ る
I]本語教 育の カ リキ ュラムにつ いて
一サンパウロ大学、プリンス トン大学、′ヽ―バー ド大学―
小説の文体 計量的分析 ′`ロデ ィ 文構造の類似性 文体の指標 日本語教育 カリキ ェラム構成 学習 目的 テキス ト日本語教員養成 の現状につ いて
初
物
の
話
キ ー フー ド キ ー ワー ド キ ー7-ド
キ ー フー ド キ ー ワー ド キ ー ワー ド日下
晃
清水
彰
1
佐竹
秀推
5
泉
基 博
20
紙谷
栄治
33
平 岡
照 明
47
清水
彰
59
イギ リス高等教 育機関 におけ る 日本 研 究
英国の 日本研究 日本 (語)研
究 日本 (語)カ
リキ ュラム ジャバ ンセンター『 占今琉歌集』 と『新撲琉歌集』
日本語教育 日本語教員養成 カ ソキュラム 日本語教育能力検定試験 外国人 日本語能力試験 沖縄 歌謡集 琉歌 伝本の系統 初穂 新嘗 お こげ 神のとり分 飛鉢井本
英
- 64
武庫川女子大学言語文化研究所年報 第 1号 (1%の
研 究 所
の 発 足
清
水
彰
何年 か前 か ら、 国文学科 の卒業生 で、 コンピュー ター・ ソフ ト開発 の企業 に就職す る者が 目立つ ようにな った。私を含めて、国文系の学科を選ぶ者に 理数系の学 問を好む人は少ない と思 っていた し、事実、武庫川女子大学 国文 学科 の学 生達 は 口を揃 えて、数学 は嫌 だ と言 う。 コンピューターの ソフ ト開発 とい うのは、 プ ログラ ミングの ことであると 理解 していた私に とっては、あの数式 の羅列の よ うに見え るコンピューター の プ ログラムと、数学様 いの国文学科卒業生 とが どうに も結 びつかない よ う に思えてな らなか った。そ こで、その道に明るい、かねて旧知 の大阪府立大 学教授樺 島忠 夫氏に、何 のつ いでであ ったか、そ んな話 を した ことが あ った。 そ の時、樺 島氏は次 の よ うな話 を して くれた。 従来 ソフ トの開発 に従 事 して きた人 は、確 か に 自然科学系 の学問 を して き た技術者が普通 である。 プ ログラムとい うものは、機械に指示を与 えるため の機械用の言語 を用 いる以上、それは当然 と言えば当然の ことである。 しか し、 コンピューターに出 し入れす る情報は人間のための情報であ り、人間の 情 報 は人 間 の言語 を用 い るのが普通 であ る。つ ま り、機械 を 出入 りす る情 報 は人間の ことばが中心 であ る。 とすれば、機械用 の言語に対 して、人間の言 語 の側か らのアプ ローチがあ って しか るべ きで、それが言語研究者の今後 の 新 しい方 向だ。 実業界で もすでにその ことには着 日していて、 日本語の専門 知識を持 った人の ソフ ト開発への参加が求め られているのだ。 もっと言えば、 機械用 の言語 を人間 の言語 で表現 で きる人 と してのテ クニカル・ ライ ターの 需要 が、急速 に増 大 して い るのだ。 概略 以上 の よ うな話 を聞いて、私 は 自分 の無知 を恥ず か しく思 うとと もに、 そ うした新 しい方向の研究は是非 とも必要だ と考 えるようにな った。 一 方、言語文化の国際化、 もっと端的に言えば、外国人や帰国子女に対する 日本語教 育の重要性 は、 日増 しに強 く叫ばれ るよ うにな り、国において も 日本語教 育専門技術者の育成 のための施策が とられ、それに対応 して、多 く の大学で、専門技術者の養成 コースが設け られた り、その教 育法 の研究が進 め られた りす るようにな った。本学 で も、数年前にブ ラジルのサ ンパ ウロ大 学 での客員教授 と しての経験 を持 つ泉基博教授 な どが、かね てか ら、そ うい う状況 に対処 す るため の体制 づ くりの必要性 を力説 していた。 また、本学固有 の問題 として、片方では大学院のあ り方を検討す る必要が 生 じていた し、他方では、短期大学部で国文学科 に言語文化 コース、英語学 科 に国際文化 コース とい う新 しい コースが ス ター トして、特 に 言語文 化 コー スは、他 の大学に類例 のない性格の コースであるだけに、それを どの ように 運営 してい くか とい うことが大 きな問題 で あ った。 それや これや の問題を、本学文学部長であ り、教学局長 で もある山本俊治 教授 を通 して学 長 に相談 した ところ、それ な らそれ らの問題 を総合 的に研究 す る研究機関を作れば良いとい うことにな り、英米文学科 の平 岡照明教授、 お よび、国文学科の泉基博教授 と私 との
3名
が、言語文化研究所設立準備委 員 を命ぜ られ た。それが 1988年6月 1日 の こ とである。 同年6月22日に第1回
設立 準備委員会を開催、 まず上記 した ような基本的 な考 え方を私か ら説明 して準備委員の共通理解を確立 した上、研究所 の基本 構 想 につ いて検討 した。 その 内容は、1)研
究所 は本学院 の教 育機関 た る大学 院 。大学・ 短大 とは別 な研究機閃 と して位置づけ ること2)研
究員 は専任 も しくは兼任 の教員 とす る こと3)研
究 テ ーマは ア.情
報 の生産・ 処理 に関す る言語 の研究 イ.言
語 文化の国際的交流に関す る研究 の二 つを中心 とす ること4)そ
のため必要な機械器具を整備す ること の4点
である。 第2回
の準備委員会は、同年 7月 6日 に開催 して、9月
1日 設立 を 目標 に、 設置 のための規程 案 の案文につ いて検討 し、成 案を得 て、学 長 お よび法 人理事会の承認を得 るべ く、所定の学内手続 きをとることを決定 した。 この ように して、昭和63年 (19“
)9月
1日付を もって「武庫川女子大学 言語文化研究所」が正式に発足 し、所長を学長が兼務、兼任研究員 として、 設立準備委員の3名
がそのまま発令された。設置場所は とりあえず清水研究 室 とす ることになった。設立後の第 1回 所内会議は、9月
21日に開催、次年 度におけ る活動を想定 しなが ら、昭和 “ 年度の必要予算の項 目を検討 し、機 械設備費、図書費、備品費、消耗品費、印刷製本費、通信費、旅費の諸項 目 とす ることを決定 した。 第2回
所内会議は10月 19日に開催 し、研究所に必要な基本図書を検討 した。 12月 7日 には第3回
所内会議を開催、次年度予算請求に計上すべ き機機器 具の機種等の選定について相談 した。 この頃、昭和 “ 年 4月 か ら、仮設置場 所を本学西館W25・W26の 2室
とす ることが内定 した。 次いで12月21日第4回
所内会議を開催、次年度の人事構想について相談 し、 助教授級 2名 、助手 1名 の採用を内定 した。 平成元年(1%の
4月 1日、研究員 として紙谷栄治・佐竹秀雄の両助教授 のはか、助手 として先浜真理が任命発令 され、実際に活動できる態勢ができ あがった。 4月 12日、本年度第 1回 所内会議を開催、配賦 された予算に基づ き、その 具体的執行のしかたについて相談 した。 4月26日、第2回
所内会議を開催、各自の研究課題を相互に確認 した。 8月31日、先浜助手が退職 した。 10月 19日、本年度補正予算が認められ ることにな ったので、その要求原案 を作成するため、第3回
所内会議を開催 し、あわせて、研究年報の基本構想 を確認 しあった。 12年 1月 8日 、第4回
所内会議を開催、研究年報の編集、退職 した助手の 後任人事、来年度の人事計画などを協議 した。 平成2年
1月 8日、非常勤副手 として前川由美が着任 した。 (本研究所教授)1988年 6月 1日 6月22日 7月 6日 9月 1日 9月21日 10月 19日 12月 7日 12月21日
1%9年
4月 1日 4月12日 4り]26日 8月31日 10月 19日 言 語文 化研究所の歩み 言語文化研究所 設立 準備 委員会設置 委 員 泉基博教授
清水 彰教授 平 岡 照 明教授 第一回委 員会 「研究所 の構想について」 第二 回委員会 「研究所 の規程について」 言語文化研究所設立 所 長
日下 晃学 長 研 究員 泉
基博教授
清水 彰教授 平岡 照 明教授 第一 回会議 「予算案につ いて」 第二 回会議 「基本図書につ いて」 第こ 回会議 「パ ソコン、 ワープ ロ等の購入について」 第四回会議 「来年度 の人員構成 について」 研究員 紙谷 栄治助教授
佐竹 秀雄助教授 助手
先浜 真理
着任 第一回会議 「予算配分について」 第二回会議 「研究課題について」 助手 先浜 真理 退職 第二回会議 「補正予算、研究年報について」 第四回会議 「研究年報編集、来年度の人員構成について」 12月 20日
武庫川女子大学言語文化研究所年報 第 1号 (1989)
パ ロ デ ィ に み る 文 体
一 文体 の計量 的分析 をめ ざ して一
佐
竹
秀
雄
1.
は しど,{こ 小説 の文体 を数 量的 に とらえ よ うとす る試 み と しては、安本 美典や樺 島忠 夫の研究がある。 安本 は、その著書『 文章心理学の新領襲 (誠信 書房 、1%0)で
、源氏物 語 の 「字治十帖」 とそれ以外の 「四十四帖」 とを比較 し、同一筆者 の手にな る か ど うかを、文体の面か ら検討 を加 えている。その際、以下に挙げ るよ うな 言語的 な指標 を立て て分析 してい る。各巻の長さ
/和
歌の使用度
/直
喩の使用度/声 喩の使用度/心 理描写
(文末 が 「 ゆ の類 である頻度) 文の長 さ′/色
彩語 の使用度/名
詞の使用度
/用
言の使用度
/助
詞の使用度
/助
動詞の使用度
/千
字
当た りの品詞数 これ らの うち、下線 を施 した 「各巻 の長 さ」「和歌の使用度」「心理描写」 は、特に源氏物語を分析す るための指標 である。それ以外 は、一般的な文章 の場合に も使 える指標 である。 一方、樺 島は、寿岳章 子との共著『文体の科学』(綜芸舎、1965)で
、表現 の違 い と言語の統計的性質 との関連性 について分析 した後、100人の 小説家 を取 り上げ、それぞれの文体の特徴 を数量的に示す試みを行 っている。樺 島 たちが取 り上げた指標 は次の ものである。品詞比率
/MVR(=形
容詞・形容動詞・副詞・連体詞の数―動詞の数
X100)/文
の長さ
/指
示詞の比率
/漢
語の比率
/色
彩語の比率
/表
情
語の比率
/接
続詞文の比率
/現
在止め文の比率
/引
用文の比率
これらの中で、
MVRは
、その表現や文章がものごとのありさま、ようす
を描写するものか、動きを描写するものかを測る尺度である。その値が大き
い ときは、形容詞・形容動詞・ 副詞・連体詞が比較的多い場合で、あ りさま を描写 してお り、逆 にその値が小 さいときは、動詞が多 くて動 きを描写 して い る可能性が高い と説明 されている。 また、表情語は、オノマ トペの類 で、 安 本 の声喩 とほぼ 同 じもの と考 えて よい もので あ る。 ところで、卜記の安本、樺 島の研究か らすでに四 半世紀 以上の月 日が経過 してい る。 しか し、その後 これ とい った新たな研究は見 られない。一方、そ の間に計 量的研究 は、 コンピュータの発展に伴 って、質的に も大 きな変化を とげてきた。そ こで、今一度、研究 の進展の 可能性を さ ぐってみたい。
2.ね
らい この論では、安本・ 樺島の両者が取 りLげ ている文体測定の指標を検討 し つつ、それ らは指標 として どれほ どの有効性をもっているのか、また、それ ら以外に どうい う指標を考えることができるか、について考察を加える。 その手がか りを得 るために、一つのパ ロデ ィ作品を取 り上げる。それは、*和
田誠『倫敦巴里』(話の特集編集室、1977) である。 この書物には、映画の場面を もじった り、風刺をきかせた りしたイ ラス トとともに、い くつかの文章や コピーのパ ロデ ィな どが多数掲載 されて いる。その中で、次に示す ような、川端康成 の『 雪国』 の冒頭 部分のパ ロ デ ィがある。それ も有名な小説家、エ ッセイス トの何人かの文体をまねた も のである。 野坂昭如のパ ロデ ィ(原文は縦書 き) 国境 の長 い トンネル抜 けれ ば まご う方な きそ こは雪 国。夜 の底 自 くな り、信 号所 に汽車が止 まると向側の座席か ら一人の女立ちLが
り、あれ よと見守 る うち、島村の前のガラス窓落 としたか ら雪 の冷気 いやが上に も流れ こむ。 女は と見 る と窓 い っば いにそ のむ ちむ ち した身体 の り出 し、 遠 くへ 叫ぶ よ うに 「駅 長はあん、駅 長はあん」 明 りを下げ て の っそ り雪 を踏 んで来た男、襟巻で鼻の 上まで包み、耳 には帽 子の毛皮垂れている。 さほ どに思わなか ったのだがその姿眺めれば も うそんな寒 さか と島村 あパ ロデ ィにみ る文体 らためて外を見 ると、鉄道 の官舎 ら しいバ ラッ ク山裾 に さむざむ と散 ら ば りそ こまでいかぬ うち、雪 の色、間に呑 まれていた。 「駅長はん、わてや、 ご機嫌 よろ しゅう」女がいい、駅長 と呼ばれた男 「なんや葉子はんやないか、お帰 り、また寒ぶな ったで」「弟がえ らいお 世話 にな ってい るそ うで」 和服 に外套 の駅 長、毛皮 の一つ一 つに しみ こむ寒 い立話切 りあげ たい と見え、も う後姿 とな り「ほんだ らお大事に」「弟を よう見た ってな」そ の声悲 しいは ど美 しく、高 い響 きのまま夜 の雪か ら木魂 して来 るようで、 女を窓 にの り出 させ た まま汽 車は また動 きだす。 池波正太郎のパ ロデ ィ (原文は縦書き) それは ……。 文 筆家・ 島村が、再び 〔湯沢温泉〕を訪れ るための汽車の旅であ った が、〔国境〕の長 い トンネルを抜け ると、 (あっとい う間に……) そ こは 鱈 国〕であ った。 信 号所 に汽 車が 止 まった。 外 を眺 め る と、 バ ラ ックが山裾 に寒 々 と散 らば って、 (雪の色が間に呑 まれ る ような……) 夜 であ った。 その時。 向側 の座席か ら娘 が立 って来 て、 島村の前のガ ラス窓を落 とした。 「ああ……実に、 さわやかな……」 お もわず 口にのぼせて、島村は胸 い っばいに窓か ら流れ こむ雪 の冷気 を吸 い こんだ。 この 自い夜の底は、 (やは り、東京 とは大分ちが う) のであ る。
娘はないっばいに乗 り出して呼んだ。
これ らは、もともと雑誌 「話の特集」に1970∼ 76年にかけて、数度に分け て連作 されたもので、パ ロデ ィの対象にされた小説家、エ ッセイス トは
2人
に及んでいる。その出来 ぐあいは、上の例か らも推測で きると思 うが、才人、 和田誠の作品らしく、 よく特徴をつかんだ もの となっている。また、 これ ら の作品が数度にわたって雑誌に連作 された事実や、単行本 として出版 された 当時にかな りの話題を呼んだ事実を思い合わせれば、パ ロデ ィとしての質の 高さは一般の人々に公認 された と言ってもよいであろ う。 和 田誠のパ ロデ ィ作品は、対象 とした人物 の文章の特徴を強 く映 し出 して お り、文学評論家は別に して も、多 くの人々に とって、パ ロデ ィとその対象 である人物の文章 との間に強い類似性を感 じさせ るものがある。 このことは、 その類似性に少な くとも広い意味での、あるいは、一般の人 々に意識され る 意味での文体が存在す ることを示す と考えられ る。つ ま り、パ ロデ ィには、 和田誠がその人物の文体の特徴 と感 じているものがこめられているのであっ て、同時にそれは、多 くの人 々が、その人物の文章のスタイルと感 じること のできるものだとい うことである。 そ こで、そのパ ロデ ィ作品の言語的な要素について計量的な分析をする。 そ して、マネをされた本人の文章について も同1様の分析を して、両者の比較 をす る。上述の意味における文体は、文章か ら受ける印象的な ものであ り、 漠然 とした ものである。 したが って、パ ロデ ィ作品 と本人の文章 との間の類 似性 とい うの も、当然のことなが ら漠然 とした感覚的な ものである。それに 対 して、言語的な要素についての計量的な分析は、数字の上での厳然たる事 実である。つま り、感覚的に類似 しているものが、数字の上で、 どの程度類 似 しているのか、それを調べたいのである。 「駅長さあん、駅長 さあん」:
やや甲高い声であった。│
と……。│
襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂 らした男が√雪を踏んで │ 近づいて来た。│
和 田誠 のパ ロデ ィか らい くつか の作 品 を選 び、それ とパ ロデ ィの対象に さ れ た本人の文章 とで、安本、樺 島の指標 の うち、いずれが似た数値を示すの か。 また、 も し、数字 の上で類似性 が見 られない指標 があるとすれば、それ は どうい う意味を持つのか。 さらに、すでに掲げ られている指標以外 の新た な指標 として、 どの よ うな ものが考 え られ るのか。そ うした点について考え てみた いので ある。つ ま り、安本、樺 島の掲げた指標の有効性を検証す ると ともに、文体 と意識 され るものを支 えてい る言語的事実が ど うい う点に存在 す るのかを さ ぐる ことをめ ざす。
3.調
査対象 調査 分析 の対象 と して取 り上げた のは、和 田誠 のパ ロデ ィ作 品 の方では、 次 に掲げ る7人
の小説家 の文章 をまねた ものである。 野坂 昭如五木寛之
池波 正太郎
田辺聖子
司馬遼太郎 村 上龍
横溝 正史 この
7人
を選んだのは、文章の特徴がかな り強 い作家であること、あるい は、パ ロデ ィの下敷 きに され た作品が容 易 に推 測 で き る場 合 であ る こ とと い った理 由に よる。 他方 、 これ らの7人
の本人 の小説 と して取 り上げた ものは次である。 タイ トルの次の年号は発表 された年 で、 カ ッコ内に示 した ものは、筆者が直接に 調 べた書物 の出版社 とそ の刊行年 で あ る。 野坂昭如『 エ ロ事師たち』
1%3年
(新潮文庫、1"0)
五木寛之『 さらばモスクフ愚連隊』1966年 (講談社文庫、1975) 池波正太郎 『鬼平犯科帳』六
1971年
(文春文庫、1978) 田辺聖子『夕 ごはんたべた?』 1975年 (新潮文庫、
1%の
司馬遼太郎 『 国盗 り物語』- 1%3∼
64年 (新湖文庫、1971) 村上龍『限 りな く透明に近 いブルー』1975年(講談社文庫、19■) 横溝正史
『犬神家の一族』1950年 (角川文庫、1972) これ らの作品の選択にあた っては、次のような考えを基に した。基本的に は、和 田誠がパ ロデ ィ作品を発表 した1970∼ 75年当時にあって、それぞれの パ ロァ ィにみ る文体
4.調
査結果(1)品
詞 の比率 とMVR
パ ロデ ィ作品お よび本人の文章について、文節単位 に単位切 りを して、品 詞の比率調査を行 った。ただ し、助詞・助動詞は除 き、 自立語についてのみ 集計 した。 そ の結果が次の図1で
あ る。 品詞 では、形容詞、形容動詞、副詞、連体詞、 感動 詞、接続 詞は値 が小 さいので、それ らは ひ とま とめに し、名詞、動詞 と それ 以外の三つに分けて帯 グラフとして示 した。上段がパ ロデ ィ作品、 下段 が本人の作品の結果である。なお、右端 にMVRの
値 を添 えてい る。 作家 のイ メージが強い作品、 あるいは、当時の話題作 で和 田誠がパ ロデ ィ作 品を書 いた ときに明 らかにそれ を下敷 きに した と分か る作 品を選ぶ ことに し た。例 えば、村上龍の場合は後者の典型的な例 である。 また、横溝正史の場 合は、 当時横溝 ブ ームで横溝 の過去の作 品が映画化 されて話題 を呼んでいた のだが、その話題作の一つが『犬神家 の一族』 であ った。 田辺聖 子の場合、 田辺聖子 自身の文章は、主人公が男性か女性か、 また、文末がデアル体かデ スマ ス体かで、印象がかな り異な る。そ こで、パ ロデ ィ作品が男性 が主人公、 デ アル体であ ったので、それ に合 った作 品で発表年代の近 い もの とい う理 由 で選んだ。 パ ロデ ィ作品は、Lに
掲げ た よ うに、五 千字 以 下の文章が全文であ り、い ずれ もそ のすべ てを調査対象 とした。それに対 して、本人の文章のほ うは、 サ ンプ リング調査を行 うことに した。各小説か ら100文 を無作 為抽 出 し、調 査対象 とした。 調査 した項 目は、安本、樺 島の指標 を中心に、次の八つである。品詞の比率
/MVR/漢
語の比率
/直
喩の多さ
/表
情語
(声喩
)の
比率
/色
彩語の比率
/指
示詞の比率
/文
の長さ
/文
末表現のパタン
以 下、 これ らにつ いて一 つ ず つ 見 て い こ う。パ ロァ ィにみ る文体 野 坂 昭 如 五 木 寛 之 池 波 正太 郎 田辺 聖 子 司馬遼 太郎 中 :そ の他 右 :動詞 52.8 20.8 26.4 51.0 19_3 29.7 11.0 15.1 31.4 53.8 18_2 28.0 56.0 13.4 46.4 18.8 34.8 47.6 18.0 34.4 57.4 8.9 33.7 52.0 14.5 33.5 50.0 11.9 38.1 47_8 14.5 37.7 53.3 16.8 29.9 20.7 30.8
MVR
71.1 56.7 31.0 42.9 61.5 39.9 48.7 48.9 26.5 38.1 31.3 37.1 53.7 60.5 村上龍 横溝 正史 これを見 ると、名詞の比率は だ木、司馬、横溝で少 し差が見 られ るものの、 だ いた いに おいて似 た数値 を小 している。そ して、注 目され るのは動詞の比 率 で、驚 くは ど近 い値 を示 して い る。最 も差 のあ る五木 の場 合 で さえ
29.0%
と31_4%で
、誤差 の範 囲程度 の差で しかない。 一方 、MVRは
、前述 した よ うに、形容 詞・ 形容動詞・ 副詞・ 連体詞 と、 動詞 との比 であ る。 もの ごとを述 べ る ときに、骨組 みだけを述 べ るか、 いろ い ろ形容をつけて述べ ようとす るかの態度 の違 い とかかわ る。 したが って、 そ の態度 に裏打 ちされた文体 の違 いが反映 され る可能性 のあるものである。 そ のMVRに
つ いての結果の値 は、一見かな り差 が認 め られ る。 しか し、池 波 を別 にす る と、本人 の場合 に50以 上の比較 的大 きな値 を とる野坂 と横溝 の 場合 は、パ ロデ ィ作 品 で も71.1と 53.7と 比 較的大 きな値 を と り、逆 に本人 の (上段:パロデ ィ作品、下段 :本人 の作 品) 図1.品
詞 の比率(%)と
MVR
左 :名 詞 60.0 29.0 53.5 30.6 48.5作 品 で40未 満 であ る司馬、村Lの場 合は、パ ロデ ィ作品で も26.5、 31.3と 小 さな値 を とっている。つ ま り、池波 の場合を別にすれば、
MVRの
値 は絶対 値 と しては、それ ほ ど近 くはないけれ ど、相対的には似 ていると言えるので ある。 ② 漢語 の比率 漢語 の比率 を求め るのは、漢語そのものの比率 を問題 に しているか らでは ない。本来は和語、漢語、外来語、混種語 の語種 の分布のあ りようを問題 に す るのが望 ま しい。 ところが、多 くの場合、外来語や混種語 は非常に少な く て、大部分は和語 と漢語 とで構成 されている。 したが って、和語 と漢語の う ち、一方の比率がわかれば他方 もわか るので、漢語を代表値 として取 り扱 っ てい る。その考 えに従 って示 したのが、次の表1で
あ る。 表1.漢
語 の比率(%)
野坂五木
池波
田辺
司馬
村上
横溝 (上段 :パ ロデ ィ作品、下段 :本人 の作品) これ に よると、 五木 と司馬の場合にはやや差が大 きいが、それ以外は、だ いたい近 い値を とっている。 ところで、語種を漢語 の比率 で代表 させたのは、上 に述べた ように外来語 や混種語がほ とん ど問題にな らない とい う前提があったか らであった。 とこ ろが、最近 の小説や一般の文章では、外来語の多 い ものがある。例 えば、今 回 の調査 で も外来語 の比率について示す と、表
2の
よ うにな る。 表2.外
来語 の比率(%)
野坂五木
池波
田辺
司馬
村上
横溝 13.9 17.3 13.0 21.2 12.9 11.1 17.0 17.0 21.8 27.9 11.1 9.4 18.2 19.3 11.0 6.7
2.2 0.2 3.0
0 1.4
0 5.6 6.9 0.7 (上段 :パロデ ィ作品、下段 :本人 の作 品) 1.4 4.5 1.4パ ロデ ィにみ る文体 本人 の作 品で い うと、五木や村 上の文章 は、外来語 が
7%近
くあ り、特 に 村 上 の場 合、漢 語 の9.4%と
あ ま り差 が ない。この ことを考 え る と、語種 の比 率 を漢 語 で代表 させ る ことは、やや 問題 が ある とい うことにな る。 ③ 直喩 の多 さ 「∼ の よ うに」「∼の ごとし」といった直喩表現が使われている箇所の多 さ を調べた。その結果が次の表3で
ある。表 の数値 は、直喩が 1000文節 当た り 何 回 出て くるか に よって示 した。・ 表3.直
喩 の多 さ (1000文 節 当た りの回数) 野坂五 木
池波
田辺 ・ 司馬
村 上
横溝 6.9 1.9 30.0 4.1 10.8 3.3 15.9 9.4 7.3 11.9 0
8.5 5.0
(上段 :パ ロデ ィ作 品、下段:本人 の作 品) 直喩に関 しては、数値の上での類似性はほとん ど認められない。 に)表
情語 (声喩)の
比率 ここで表情語 として数えたのは、「むちむち」「カランカラン」のようなオ ノマ トペで、その比率を全 自立語に対す る千分率によって表4に
示 した。 表4.表
情語 (声喩)の
比率 (‰) 野坂五 木
池波
田辺
司馬
村上
横溝 13.9 13.2 8.9 9.6 0 11.5 0 10.2 0 ││:,
5.4 4.4
0 3.7 (上段 :パ ロデ ィ作 品、下段 :本人 の作品) 野坂 と田辺 の場合 は近 い値 を とってい るが、それ 以外 は、パ ロデ ィ作 品で の出現率がゼ ロなので、全体 として類似性を認め ることはで きない ようだ。(5)色
彩 語 の比率 色彩 語 とい うのは色 を表す 語 で、 これ も全 自立語 に対す る千分率 を求 めた。 そ の結 果が表5で
あ る。表
5.色
彩 語の比率 (‰) 野坂五木
池波
田辺
司馬
村上
横溝 13.9 3.8 80.0 4.1 86.0 0 8.9 1.1 9.9 3.7 23.8 11.5 14.6 2.6
(L段
:パ ロデ ィ作 品 、 下段 :本人 の作 品) 色彩語については、直喩 と同様 、数値 の上での類似性は認めがたい。(6)指
示 詞の比率 指示 詞は、「これ・ この・ こんな・ それ 。そ の・ そんな 。あれ 。あの・ あ んな」 な どで、全 自立語に占め る百分率を求めた。それ を次 の表6に
示す。 表6.指
示 詞 の比率(%)
48.6 49.6 10.0 28.5 43.0 30.8 44.6 38.3 49.5 50.9 7.9 18.8 65.7 73.3 野坂五木
池波
田辺
司馬
村 上
横溝 野坂
五木
池波
田辺
司馬
村上
横溝 (上段 :パ ロデ ィ作品、下段 :本人 の作品) 表
6に
よる と、野坂 と可馬の場合は近 い値 を とっている。そのほかは、あ ま り似 ていない よ うだが、 よく見 ると、本人の数値が高 い場合にはパ ロデ ィ 作 品 も高 い数値 を示 し、逆 に本人 の数値 が低 い場合 にはパ ロデ ィ作 品 も低 い 値 を示 してい る。つ ま り、パ ロデ ィ作 品 と本 人 の文章 との数値 の多少 が対応 してい るのである。その意味で、指示詞 の比率にはある程度 の類似性が認め られ ると言え よ う。(7)文
の長 さ 調査 対象におけ る1文
の長 さの平均値 を、表7に
示 す。単位 は文節 である。 表7.文
の長 さ (文節数) 6.6 9.1 5.6 8.1 5.7 9.6 8.3 7.4 (上段 :パ ロデ ィ作 品、下段 :本人 の作品) 18.0 15.9 12.5 11.7 5.9 9.4表
7に
よる と、文 の長 さが長い野坂や横溝 に対 してはパ ロデ ィ作品で も長 くな って い る し、それ 以外 の作 家 の場 合 は比較的短 い値 を示 してい る。 それ ほ ど強 い類似性ではないが、それな りの類似性 は存在す るようだ。(8)文
末表 現 のパ タ ン 文末 と しては、現在形 で止 まって い るもの、過 去形 で止 ま ってい る もの、 そ の他 (体 言止めを含む)の
3種
類 に分け て調査 した。 ただ し、会話 部分 は 調査対象か ら省いた。その結果が図2で
、3種
類 の比率 を示 してい る (その 他 の比 率 を示す数値 は省略)。 なお、パ ロデ ィ作品で、田辺 と横溝 の場合、そ の他の比率 はゼ ロである。 図2.文
末 表 現 のパ タ ン 左 :現在 形 中:その他 右:過去形 野坂 昭如 60.0 20.0 48.8 25.6 五木 寛之 16.7 75.0 23.9 60.9 池波 正 太 郎 7.7 61.5 38.4 47.9 田辺 聖 子 58.3 41.7 66.7 27.1 司馬遼 太郎 44.4 50.0 59.6 36.4 47.6 38.1 51.1 37.2 横溝 正史 36.4 63.6 38_0 46.5 (上段 :パ ロデ ィ作品,下
段:本人 の作品) 図2に
よれば、それは ど似ていないよ うに見え る。 ただ し、パ ロデ ィの場 合、調査対象 となる文 の数が少 ない。会話文 を除 いた有効文数は、最低が野 村L
龍 パ ロデ ィにみ る文体坂 の
5文
で、多 くて村上の21文 である。その ことを考慮 に入れれば、それほ ど掛け離れていない と言えそ うである。5.考
察 上に述べてきた ことをまとめると、次のようになろ う。 ① 品詞の比率は比較的近 い値を示 している。特に動詞比率は非常に近 い。 また、MVRも
絶対値 としては近 くないが、相対的には類似性が 認め られる。 ② 漢語の比率 もかな り近い値を示す。 ③ 直喩、表情語、色彩語の比率は、差が大 きく数字の上の類似性を認 めることはむずか しい。それに比べると、指示詞の比率にはある程度 の類似性が認め られた。 ④ 文の長 さについては、それな りに近い値を とる。 ⑤ 文末表現のパタンは、一部に似ていないものもあるが、調査対象の 規模を考慮に入れ ると、類似性がまった くないわけではない。 まず、類似性 が認めがたい、③ の直喩、表情語、色彩語 について考 え よう。 これは、一つには、パ ロデ ィの文章が短い こと、そ して、限定 された場面で あ る ことの影響 が強 い と考 え られ る。.も ともと、直喩、表情語、色彩語な ど はそれほ ど多 く使われ るものではない。 したが って、限 られた場面や短い文 章では、た また ま使用 で もされ ない限 り出現 の比率 はゼ ロにな る し、逆 に、 短 い文章 中に偶然使用 され る と、 そ の比率 が実際 以上 に高 くな って しま うの で ある。 ただ し、 こうした問題点の存在は、文体 の指標 としてみた とき、それ らの 限界 を示す ことを も意味 す る。直喩 、表情 語、色彩語 な どを よ く使 う傾 向の あ る特定 の個人の文体を調べ る場合や、全文調査に よって文体 の比較をす る 場合 には、有効 な指標 にな るか も しれ ない。 しか し、多 くの小説 の文体 を数 量 的に とらえ よ うとす る よ うな条件 の下 では、それは ど有効 ではな い と思わ れ る。 他 方、類似性 が強 くて注 目され るのは、① の動詞比率 に関す る現象 であ る。名 詞 の比 率 もあ る程度 の類 似性 が認 め られ るが 、動 詞 の比 率 は非 常 に類 似性 が 強 い。 これ は何 を意 味す るの だ ろ うか。 これ につ い て、一 つ の推 測 が で き る。 それ を述べ る前に、 まず、④ で文 の長 さ、⑤ で文末表現のパ タンに も、そ れ な りの類似性が認め られた ことを確認 しておきたい。 また、③ で指示詞に つ いて もある程度 の類似性 が認め られた。 文 の長 さ、文 末表現 、指示詞 に共通す る ことの一つ は、それ らが文 レベル の問題 として関連があるとい うことである。文の長 さ、文末表現は もちろん、 指示詞 の存在 は文脈指示 とい うことで文 とかかわ る。表 現 をす る ときに、短 い文 を積み重ね るか、重文や複文 の長い文で表現す るか。文末の形は ど うい う形式 を選択す るか。指示詞を使 った述べ方をす る しかないか。 これ らは、 文 の レベル で、 しか も、 どの よ うな構造 の文 を使 って表現を行 うかの問題 と 関連す る。 そ こで、文 の長 さ、文末表現、指示詞な どに類似性 が認め られ るとい うこ とは、文構造の点で類似性 の存在が認め られ るのではないか と考 えることが で きるのである。 そ して、文構造のあ りよ うは動詞に も影響 を与 える。例 えば、 ・ 明 りを下げての っそ り雪を踏んで近づ いて来た男、襟巻で鼻の上 まで包み、 耳 には帽 子の毛皮垂れ て い る。 ・ 鼻の上 まで襟巻で、耳には毛皮 の帽子の男が、明 りを下げての っそ り雪を 踏 んで近 づ いて来た。 ・ 男が、明 りを手にのっそ りと雪を踏んで近づ く。 男は、鼻の上まで襟巻、 耳 には毛皮 の帽子 、そんないでた ちだ った。 これ らは、ほ とん ど同 じことを述べているが、述べ方が違 ってお り、下線 部 の動詞の数や現れ方 も違 っている。 以上 の ことか ら、動詞の比率の類似性 を、文の長 さ、文末表現のパ タン、 指示 詞 の比率におけ る類似性 と考 え合わせ るとき、パ ロデ ィ作品におけ る類 似性 は、文構造 におけ る類似性が大 きな役割 を果た していたのではないか と 推測 され るのであ る。 パ ロデ ィに み る文 体
そ もそ も文体を問題 にす るとき、語彙 と文構造 との
2面
の問題が存在す る。 一方、個 々の表現には、 どの ような ことが らを、 どの ような形式で、 とい う よ うに、内容 と形式 の面が存在す る。そ して、 これ らか ら、「形式:文
の構 造」「内容 :語彙」 とい った対応 が認め られ そ うであ る。 そ うであるな らば、上に述べた、動詞の比率、文の長 さ、文末表現 のパ タ ン、指示詞の比率におけ る類似性が、「形式 :文構 造」面 での類 似性 の現れ で あ るのに対 して、② の語種 比率 の類 似性 は、 どの種 の語 が使 われて い るか と い う意味において、「内容:語彙」 面 での類似性 の現れ と解 釈 す る こ とが で き よ う。 「形式:文構造」 と「内容 :語彙」 とに関 して言 えば、表情語 、色彩語 は 後者 にかかわ る もので あろ うが、 この調査 では、 それ らに類似性 が認 め られ ず 、動 詞 の比率、文 の長 さ、文末表 現 のパ タ ン、指示詞 の比率 な ど、「形式 : 文 の構 造」 にかかわ る ものに類似性 が強 く認 め られ た ことにな る。 この こと は、 ここでのパ ロデ ィ作品がすべて、内容 としては川端康成の『雪国』 の冒 頭部分 に限定 され て い る分だけ、パ ロデ ィの対 象 と した作家 に近 づ きに くい とい う条件 ともよく,符合す る。6.今
後 の課題 今 回の調査対 象 の一 つ は、和 田誠 のパ ロデ ィ作 品 とい うやや特殊 な性格 を もった ものであ る。 和 田誠 とい う個 人が、パ ロデ ィとい うものを ど う認識 し て い るか、そ して、パ ロデ ィ作 品を作 り上げ るときに どの ような態度で書 い たか 、 とい った ことが調査結果に対 して重要な意味を もっている。 さらに、 パ ロデ ィの原文が川端 の『雪 国』 の冒頭部分であ った とい う条件 も、結果を 左右 している可能性が強い。_ま
た、 ここで取 り上げた7人
の小説家が、パ ロデ ィ作 品を考 えるための調 査対象 として妥当であ ったのか、 また、そのパ ロデ ィ作 品 と対照 させ るため に選 んだ、本人 の作品は、本 当にそれで よか ったのかな ど、い くつかの問題 点が存在 してい る。 したが って、今回の結果か ら、文体の計量的研究に関す る論を一般化す るパ ロデ ィにみ る文体 に あた っては慎重でなければな らない。 しか し、少な くとも次 のことは言え るであろ う。 文体 の計量 的研究 と しては、当然、語彙 と文構 造 との両面 におい て進 め ら れ るべ きであ る。例 えば、語 彙 の面につ いていえば、単 に語種 に とどまらず 、 シ ソー ラスな どを利用 して、意味に踏 み こん で どの種 の語彙 が多 いのか と い った観点か らの分析 が考 えられ る。 また、文構造の面では、 コンピュータ を利用 しての機械的な文構造 の解析 の可能性 も予想 され る。ただ し、それ以 前 に、そ の基礎 とな る文構造 を いか に とらえ るかが、 さ しあた っての大 きな 研 究 テ ーマ とな ろ う。 (本研究所助教授)
武庫 川 女子大学言語文化研究所年報 第1号 (1“9)
外国にお ける日本語教育 のカ リキュラムについて
一サンパウロ大学、プリンストン大学、ハーバード大学―
泉
基
博
1. 1まじめ に 近年 、外 国におけ る 日本語学習者が、急速 に増加 して来 ていることは否め な い事実である。この ことは 「日本語能力試験 、結果 の概要 1988」 (国際交 流基 金、 日本国際教育協会)の
過 去5年
間 の 日本語能力試験 の受験者 (日本 語を母語 と しな い人)数
が、7019人 (1984年)、 13069人(1%5年
)、 17532人 (1986年)、 21240人(1%7年
)、 2“55人(1%8年)と
年 を追 うご とに増加 し てい る こ とか らも、は っき り言えることであ る。また、「 日本語教育能力検定 試験」(日本 国際教 育協会)が 1%7年
度 か ら実施 され始めた ことも、この こと を裏づけていると言 って良い と思 う。 この よ うな社会情勢を踏 まえて、本学 に も一昨年 9月 1日 に 「言語文化研究所」が設立 され、 日本語教育に関す る 問題 を研究 してい くことに な った。そ して今年度 の研究課題 の一つが 日本語 教 育に関す るカ リキ ュラムの検討である。そ こで この稿 ではサ ンパ ウロ大学(Brasil)、 プ リンス トン大学 (U_S_A)、 ハ ーバ ー ド大学
(U_S.A)の
日本 語教育 に関す る カ リキ ュラムにつ いての調査結果を まとめ、それに対す る検 討 お よび考察を加えてみ よ うと思 う。2.サ
ンパ ウロ大学 サ ンパ ウ ロ大学では文学部東洋語学科 日本語科 で 日本語教 育が行われ、受 講 生 は午 前 の部 と夜 間 の部 とに分かれ てい る。 カ リキ ュラムは下記の ように な ってい る。 午前 の部1年
次 ……現代語I、 現代語 Ⅱ、現代語 Ⅲ、 ラボI2年
次 ……現代語V、 現代語V(口
語文法)、 現代文学 I外国 におけ る 日本語教 育 の カ リキ ェラムにつ いて
3年
次 ……現代文学]、 古典語I(文
語 文法)、 文化史4年
次 ……現代 文学 皿、 古典語 Ⅱ (文 語文法)、 古典文学 夜 間 の部1年
次 ……現代 語 I、 現代 語n、 現代語 Ⅲ、 ラボI、 ラボ Ⅱ2年
次 ……現代 語V、 現代語V(口
語 文法)、 現代文学13年
次 ……現代文学 Ⅱ、 古典 語1(文
語文法)、 文化 史4年
次 ……現代 文学 Ⅱ、 古典語I(文
語文法)、 古典文学 カ リキ ェラムの内、 ラボは必修科 目ではない。又、科 日はすべて通年で半 期 ものはない。 1コ マの時間 は午前 の部が 100分 、夜間 の部が80分 で あ り、授 業 開始時間 は午 前の部が8時
、夜 間 の部が7時
∞ 分であ る。 カ リキ ュラムを 見てみ ると、 1、2年
次には 口語文法 を中心 と した現代語 をマ ス ターす るこ とに主眼が置かれていることがわか る (現 代語のテキス トはサ ンパ ウロ大学 の 日本語科が独 自に編集 した ものを使用)。 そ して2、 3、4年
次 では、その 上に現代文学の学習を積み重ね ることに よって、 よ り深い現代語のマスター を 目指 していることがわか る。 この流れ と並行 して置かれているものが3、4年
次 の古典 語、 古典文学 で あ る。 これ もマ ス ター方法 は現代語 の場合 と同 じ考え方である。そ して これ ら2つ
の流れを助 長お よび総合す るために置か れ てい る ものが3年
次 の文化史 であ る と考 え られ る。4年
間 の総 コマ数 にお け る これ らの 占め る割合 は、現代 語、現代 文学 が67%、 古典語、 古典文学 が 25%、 文 化史が8%で
あ る。 この比率 を 見て言 え る ことは、 古典語、 古典文 学 の比率が 高い とい うことであ る。 これ は卒業時 までに、 あ る程度 ハイ レベ ルの専門家 を養成 しようと している意識 のためか と思われ る。3.プ
リンス トン大学 プ リンス トン大学 の ジャパ ニーズ セ クシ ョンの カ リキ ェラムは下記の よ うにな ってい る。 初級 日本語I
通年1週
7時
間 (∞ 分 ×7回
) 初級 日本 語 口 通年1週
7時
間 (∞ 分 ×7回
) 中級 日本語I
通 年1週
5時
間 (5()分X5回
)中級 日本語 Ⅱ 通年
1遅
5時
間 (50分 ×5回
) L級日本語I
通年1週
2時
間 (50分X2回
) 上級 日本語 Ⅱ 通 年1週
2時
間 (50分 ×2回
) 現代語講 読前期 (秋
) 1週
1時
間 近代文学講読 後期 (春) 1週
1時
間 古典文学講読 前期 (秋) 1週
3時
間 古典文学講読 後期 (春) 1週
3時
間 古文書 、漢文入門 後 期 (春) 1週
∞分2回
日米文法比較研究・前期 (秋) 初級 日本語 I、1に
は ラボがそれぞれ3時
間組 み込 まれている。 1、1の
テ キ ス トは 『 Beginning JapaneSe』 (日 本 語 表 記 も 含 む)、『Reading
JapaneSe』 で 、
Iは
『 Beginning Japanese』 の1課
∼16課
と『ReadingJapanese』 の
1課
∼6課
であ る。 Ⅱは『Beginning Japanese』 の17課 ∼28課 と 『 Reading Japanese』 の7課
∼ 18課 である。中級 日本語 I、1に
もラボが 3時間組み込 まれている。
Iの
テキス トは『 Beginning Japane"』 の29課∼34課 と『Modern Japanese』 (Hibbett and ltamka)の
1課
∼9課
であ る。1の
テキス トは『Modern Japane"』 の10課∼24課 であ る。L級日本語 I、
1で
はラボはな くな り、
1で
は『Modern Japane"』 の25課 以降をテキス トと して 使用 し、1で
は 日本 の現代作家 の主作品を幅広 く使用 している。現代語講読 では テキス トとしては 主として英訳 された ものを使用 している。近代文学講 読 では『 夕鶴』(木下)、『水月』(川端)、『 壁』(阿部公房)等
が取 り上げ られ てい る。古典文学講読では、前期には古典文法を中心 に『伊勢物語』『 土佐 日 .d』『 源氏物 語』『 方丈記』 等 が取 り上げ られ て い る。後 期 には俳旬 、短 歌、 江戸時代の随筆等 が取 りLげられ てい るが 、英訳の 日本文学 のテキス トも使 用 され て い る。 この科 目の受講には条件が付け られてお り、前期 の受講者 あ るいは教授者の許可 した者 とな っている。 そ して1時
間 は講 義 で、後 の2時
間は セ ミナーであ る。 古文書 、漢文 入 門は、江戸 の 「侯文」等 の講義 である が、セ ミナー形式であ る。 この科 目の受講 に も条件が付け られてお り、現代 語講読 の受講者 、教授者 の許可 した者、 マ ス ター コース とな ってい る。 日米外 国に おけ る 日本語教育 の カ リキ ュラムにつ いて 文法比較研究 は、 日本 語 と英語 の文法 の違 いを徹底的 に教 え る もので あ るが、 受 講条件 とまで はいか な いが、少 な くとも中級 日本語 Iレベルお よびそれ と 同等 レベル の者 が望 ま しい とあ る。 さて カ リキ ュラムを見 てみ る と、 カ リキ ュラム構成 に大 きな特徴 のあ る こ とがわか る。初級 日本語 Iから上級 日本語nまでがすべて通年科 目で、 これ らに非常に多 くの時 間数を取 っていることである。そ して初級か ら中級、 11 級 に進 む につれ時 間数 が少な くな ってい る。特 に初級 日本語 1、 Ⅱでは、
1
週 にそれ ぞれ7時
間 も取 って い るLに、1時
間が他 の科 日と違 って60分 であ る。 これは初級 日本語 を集中的に行 うことに よって、 日本語の基礎 を徹底的 に教 え込 もうとしていることが カ リキ ュラム構成 には っき り現れていると言 え る。か りに初級 日本語 1と 初級 日本語1を
併 修す る と した ら、1週
に14時 間 日本 語 を学 習す る こ とにな る。 この方法 は外 国語 をマ ス ター させ るために は効果的方法であると思 う。初級 日本語 1、 Ⅱで の 中心 は “Spcaking"と
“
Hearing"で
あ る。そ して中級 日本 語I、1に
な る と、中心が “Reading"になる。 この辺 りまでの カ リキ ュラム構成 は非常に集中的であると言える。 これは即実用 とい う目的意識 に よる もの と思 う。 カ リキ ュラム構成 を全体か ら見てみ る と、時間数か ら言 うと現代語 に関す るものが87%、 古典語に関す る ものが
12%で
、現代語 に関す る ものが古典語 に関す る ものを圧倒 してい る ことがわか る。 カ リキ ュラムの構成 としては、現代語 の上に古典語を積み重 ね よ うとす る意識は見 られ るものの、その意識はあま り強 くない と言えると 思 う。4.ハ
ーバー ド大学 ハ ーバー ド大学 の ジャパニーズ ランゲ ジ コースの カ リキ ュラムは下記 の ようにな っている。1年
次 …… 日本 語1 1週
5時
間1年
次∼2年
次 … … 日本語1 1週
10時 間2年
次 …… 日本語 Ⅲl週
5時
間3年
次 …… 日本 語 Ⅳl週
5時
間4年
次 …… 日本語V l週
3回
*
日本語I∼Vの
名称は他大学 との比較 の便のために、私的に付 した。 ラボは カ リキ ュラム内に組 み込 まれていないが、すべての年次で随時に学 生が利用出来 るよ うにな ってお り、又利用す ることが勧 め られている。又、 科 目はす べて通年 で半期 ものはない。 日本語Iのテキス トは、すべ て ローマ 字 表記 の『Beginning Japanese』 (Jorden)で、補助資料 として 日本語の音節 表 と漢字 300字 を載せた ものを使用。 日本語 Ⅱは後述。 日本 語 皿の テキ ス ト は 日本語表記 の『Modcrn Japanese』 (Hibbett and ltamka)で 、ビデォ も使 用。 日本語Iは
、 日本語Iの前後期 と日本語 Ⅲの後期を カバ ーす るための も ので、テキス トはそれぞれの ものを使用。 日本語Vの
テ キス トは、ほ とん ど が 現 代 文 学 の ノ ン フ ィク シ ョンか ら取 った 独 自の も の (Hibbett andltamka)で
、 ビデ オ も使用 。 日本 語Vの
テ キ ス トは『Modcrn Japane錠 』 (Itasaka ct aL)で あ る。では全体の カ リキ ュラム構成 を見てみ ることにす る。 カ リキ ェラムを見 て まず気づ くことは、現代語の学習ばか りで全然古典語 に関す るものがない と い うことである。 しか しこれは、上記の カ リキ ュラムは『
EAST ASIA AT
HARVARD』
に よった ものであ り、『EAST ASIA AT HARVARD』
が 「A
Cuide for Freshmen and Sophomorer倒 であることに最大 の原 因があると思 う。 カ リキ ュラムの全体の時間構成 を見てみ ると、プ リンス トン大学 と同様 に大 きな特色が見 られ る。1年
次 の 日本語1は 1週
に5時
間で あ るが、 日本 語 Ⅱの1週
に10時 間を単純計算で 日本語 Iと 日本語 Ⅲに振 り分け ると、 日本 語Iは 1週
に10時 間 とい うことになる。2年
次 の 日本語 皿につ いて も1年
次 の 日本語 Iと 同 じような ことが言える。そ して3年
次の 日本語 Ⅳでは、1週
に5時
間 と極端 に時 間数 が減 ってい る。 これ は 日本語I、 Ⅲを集中的に行 う ことに よって、 日本語の基礎 を徹底的 に教 え込 も うと して い る こ とが カ リ キ ュラム構成には っき りと現れ てい ると言える。 日本語Iで
は談話 の形 を練 習 し、 日本語 が基礎 レベルでは あ るが流暢 にな り、簡 単な文構 造 をマス ダー す る ことに主眼が置 かれ て い る。す なわ ち、 ここでの中心 は “Spcaking"と
外 国に おけ る 日本語教 育 の カ リキ ュラムにつ いて である。 この辺 りまでの カ リキ ュラム構成は非常に集中的であると言える。 日本語 Ⅳにな ると、中心 が “
Reading"に
な る。 そ して 日本語Vで
は 更に 高 度 な “Readhg"に
な る と共に、作文 が入 って来 て い る。 日本 語Vに
作 文 が あ る とい うことは大 きな特徴 で あ る と言 え る。 以上の よ うに カ リキ ュラムを 見て来 る と、 カ リキ ュラムの全 体構成 は “Heanng"を
バ ックに、 “Speak― ing"―→“Reading"一→ ¬町iting"と な ってお り、そ の ウエイ トは “S“
ak―ing">“
Reading">“
W
ing"の
順 に置かれ てい る こともわか る。上記 の カ リキ ュラムには、古典語が全 く取 り上げ られていない ことにつ い て は前述 した と こ ろ で あ るが 、「Harvard Cour"s on Japan」 「Harvard
courses whch hclude Japan as Component」 には下記の ような科 目が置か れ てい る。
Harvard cOurses On Japan(the.Faculty of Arts and Sclences) コア カ リキ ュラム
、 外 国文化 (将 軍 の王国建 設 :日 本 の統一)、 歴史の研究 (東ア ジアの伝統 と変化 :日 本)、 文学 と芸術 (日本 の遺物) 文化人類学 文化人類学 (日本 の社会 と文化)、 文化 人類学 (日本 に お け る 自己 と社 会) 東 ア ジアの言語 と文 明 日本 の歴史 (前 期 :初期 の歴史 、後期:将軍 の王国)、 日本 の文学 (前 期 :文学史 、後 期 :現代 文学)、 日本語 (現代小説)、 日本語 (漱 石 と谷 崎)、 日本文学 (伝統 的 な小説)、 日本文学 (江戸文学 セ ミナ ー)、 日本文 学 (大 衆的 な江戸 小説 :セ ミナ ー)、 日本文学 (文学 と芸術 におけ る座 の 原理 :ConferenCe COur“)、 日本文学 (現代文学 セ ミナ ー)、 日本文 学 (韻文概観)、 日本文学 (奈 良、 平安朝の文学)、 日本語 (日本 語研究 の 素材 と方法 :プロセ ミナー) 経済学 経済学 (日本 の経 済) 美 術
美術 (日本 の版 画)、 美術 (初期 の 日本 の美術)、 美術 (日本 の美術 :セ ミナ ー) 政 治 学 政 治学 (現代 日本 の政治 と政治学)、 政 治学 (現代 日本 の外交政策) 歴 史 歴史 (日本 の歴 史 :セ ミナ ー) 言語学 言語学 (日本語 の構造)、 言語学 (日本語学 セ ミナー) 宗 教 宗教 (仏教 と 日本 の文化) 社会学 社会学 (日本 の労使関係)、 社 会学 (現代 日本 の営業 と社会)
Harvard Courses which lnclude Japan as One Coirlponcnt コア カ リキ ュラム 外 国文化 (産業 の東 ア ジア) 文化 人類学 文化人類学 (アジアの医療 システ ム:人類学 的観点) 経済学 経済学 (比較 に拠 る経済 システ ム) 美 術 美術 (美術史人 間:東アジア)、 美術 (東ア ジアの書道) 宗 教 宗教 (世界 の宗教 :相 違 点 と意見交換)、 宗教 (キ リス ト教 と仏教 の意見 交換)、 宗教 (東アジアの仏教史)、 宗教 (仏教 の哲学 的伝統)、 宗教 (美 学 と倫理学 の比較 か らの仏教)
以_上 「Harvard Courses on Japan」 と「:Harvard Courses Wilich lnclude
Japan as Onc Component」 の カ リキ ュラムを見 て来た のであ るが、両者 にお け るカ リキ ュラムは非常 に広分野 に渡 ってい る ことがわか る。特 に前者 の カ リキ ュラムは広 分野を カバー していることがわか る。 日本語教育の立場か ら
外国 に おけ る 日本 語 教 育 の カ リキ ュラムにつ いて 見た場 合は前者 の カ リキ ュラムの「東 アジアの言語 と文明」「言語学」の科 目 が中核になると思 うが、両者共に内容はハイ レベルの ものが組み込 まれてい る と言える。「ジャパ ニーズ ラ ング ジ ヨース」では全 く古典語が取 り上 げ られ ていない とい うことは、前述 した ところであ るが、 この 「東 アジアの 言語 と文 明」 の科 目内容 を見 てみ る時 、「ジ ャパ ニーズ ラング ジ コース」 に古典語が全 く取 り上げ られ ていないのは、な るほ どと うなずけ ると思 う。 す なわ ち、「ジ ャパ ニーズ ラング ジ
'―
ス」 では現代 語 のみを マ ス ター させ る ことに主眼があ り、 よ リハイ レベルな ものお よび古典語等については、 「Harvard COurws On Japan」 でマ ス ター させ よ うと しているのだ と思 う。 「HaⅣ
ard COur"s on Japan」 の カ リキ ュラムで特 に 目を引 くのは、 日本 語、 日本文学 に関す る科 目も相 当あ るが、それ 以外 の分野 の科 目が非常 に多 く組み込 まれている とい うことである。 これは一側面か らのみ 日本を理解 さ せ るのではな く、 日本を総合的に理解 させ ようとす るところに主眼があるか らだ と思 う。その配慮が カ リキ ュラム構成 には っき りと現れ ている と言える。 やや もす ると現在 の 日本では、 日先 の ことに とらわれ過 ぎるきらいがない と も言 えない現状か らす ると、 この カ リキ ュラム構成 を参考に して 日本の カ リ キ ュラムも改善す る余地 がある と思 う。5.プ
ラジルの 日本語教育の背景にあるもの 前項2.3.4で
サ ンパウロ大学、プ リンス トン大学、ハーバー ド大学の 日本語教育のカ リキ ュラムについて見て来たが、三大学のカ リキュラムを比 較 して見る時、二つのパターンに分け ることが出来ると思 う。すなわちサン パ ウロ大学 とプリンス トン大学、ハーバー ド大学 とにである。プ リンス トン 大学、ハーバー ド大学では、初級、中級(1年
次、2年
次)で
集中的に 日本 語を学習 させ ようとしているのに対 して、サ ンパ ウロ大学ではこれ らの大学 に比べて、1年
次、2年
次のカ リキ ュラム構成が集中的であるとは言えない か らである。語学教育の立場か ら言 うならば、プ リンス トン大学、ハーバー ド大学のカ リキ ュラム構成が よ り効果的であると考えられるのに、サ ンパウ ロ大学ではカリキュラム構成がこの二大学 と異なっているのは、それな りの理 由が あっての ことだ と思われ る。そ こで この ことにつ いて考察 してみ よう と思 う。 「 日本語能力試験」が
1%4年
か ら毎年世界各国(1%8年
は海外21ケ 国、但 しU.S.Aは
含 ます。U.S_Aに
つ いては後述す る。)で
、同一 問題 で、 同一 日時 に行われ てい るが、国別 の試験成 績 につ いては今 の ところ未公開に な ってい るので知 るすべ もないが、「 日本語能力試験」が実施 され る前の「1%3版
試行試験」(日本語教育学会)の
結果に よって もある程度の推察は出来 るのではないか と思 う。「1983版試行試験」の結果分析 (『外国人のための 日 本語能力認定試験に関す る調査研究の経過報告 Ⅳ』 日本語教育学会1%4年
3月30日)の
一例を見てみると、下記の ようになっている。 0つ 63) (0 α)) (10 1:Ю 0 ●3) (1) oED (60) 07) (11) (46) 〈17) 01) (“) (10 11 m 図-9
各国の平均値 と標準偏差( )内
は受験者の数を示す 上記 の図表についての説明は 「図-9に
、A、B両
試験 の国別 の平均値 、並 びに、標準偏差を示 した。標準偏差は、各国の得点の分布を対称 と仮定 し、 工 ′ ツ ト ポ ー ラ ン ド フ イ ′ , ン ド ノ ″ r , 7 , ド イ ア ● ● イ フ イ タ , 7 ベ ル ー プ ラ フ ル メ ■ シ ● 一〓 L マ ■ ´ンド オ ー ス ー , , 7 ● ● メ ′ ′ ラ テ タ 一 メ や ス タ ン フ ィ , イ ン マ レ ー シ ア ツ ン ガ ポ ー ル マ カ オ 一 ● ● 一 イ ン ● ネ ツ フ (12)(32) 腱 崚 0) (10) (94) ● 0) 03a ●つ (90) (34) (∞) (22) ●3)6) (137) (1つ● 6)外国 におけ る 日本語教育 のカ リキ ュラムについて 平均値 の 前後 に相 当す る長 さの線 を引 くことに よって示 した。各国 の得 点 の 分布が正規分布であるとすれば、 この線 の範囲以 内に約 “
%の
受験者 が含 ま れ る ことにな るが、云 々」とある。なおA試
験 の配点 は100点 で、B試
験 の配 点は 175点 であ る。文A、B試
験 の対象者 につ いては 「試験A一
日本語を150 時 間程度学 習 し、極 め て基本的 な文法・ 漢字 (150字程 度)、 語 彙 (800語程 度)を
習得 した者 を対象。試験B一
日本語 を300時 間程度学習 し、基本的な文 法・ 漢字 (500字 程度)・ 語彙 (1500語 程度)を
学 習 した者 を対象」 とあ る。 上記の「図-9」
(中華人民 共和 国は含 まれ て いないが)を
見てみ るに、ブ ラジル の成績が他国 よ り日立 って良い ことがわか る。 この最大の原因は何か とい うことを考 えて見 るに、 ブラジルには多数 の 日本人が移住 し、大 きな 日 系社会 (サンパ ウロでは80万 人 とも∞ 万人 と も)を
形 成 し、 プ ラジル 全 土 (サンパ ウロが中心ではあるが)に
日本語学校 (私 的学校、塾の ような もの も合 む)が
あ るとい うことであ る。 日本語学 校 の 正確 な数 はつかみ きれ ない が 、約3∞ 校 (生徒数2万
余人 、教師650余 人)以
上に よる と見 られ る。又、 ア リアンサ (日伯 文化連 盟)に
日本語普及セ ンターが設置 され、 ここを中心 に 日本語教育お よび 日本語教師の育成に熱心に取 り組んでいる。サ ンパ ゥロ 大学 の カ リキ ュラムは この よ うな実情 を踏 まえて組 まれ ているために、U.
S.Aの
二大学 の カ リキ ュラムと異な っている もの と考え られ る。U.S_Aの
カ リキ ュラム構成 とその成果につ いては、現在の ところ知 る すべ がな い。 それ は、「日本語能力試験」(国別 の試験成績については現在未 公開 であ るが)も
現在 の ところU.S.Aで
は実施 されてお らず、現在U.
S.Aで
は 日本語の能 力については、E.T.Sが J.P.T(日
本 語熟達 試験)を
実 施 してい るが、そ の結果 につ いては知 るすべが ないか らであ る。6.現
状 におけ る 日本語教育の課題 外 国人 に 日本語学 習志 向が年 々強 くな って来ているようであ るが、その最 大の原 因 は何 なのであろ うか。それには色 々な ことが考え られ ると思 うが、 その第一 の要因 としては、 まず 日本が経済大国であるとい うことであろ う。 第二 の要 因 としては、 日本 の理 科系の分野におけ る研究水準の レベルが非常に高いとい うことであろ う。第二の要因としては、 日本の文科系の分野特に 思想 (東洋思想