lSSN 0915-7654
武庫川女子 大学
言語文化研究所年報
第
8号
武 庫 川 女 子 大 学
言 語 文 化 研 究 所 年 報
第
8号
月次
言語文化研究所の活動の概要
混 ぜ 書 き の 条 件 ―小学 校 国語 科 教科 書を デ ー タ と して 一佐 竹 秀 雄
5
混ぜ書 き 読みに くさ 標準表記 短単位 一語意識表現の一斑 ∼ウチとツト∼
西崎
′ヽとガ亨
19
ウチ・ ツ トの意識 文末表現 (常体 と敬体) 書 く こ と の 指 導 ― フランスの入門期指導論5-―市川
真文
35
女子大生の漢字意識
キ ー ワー ド キ ー ワー ド キ ー フー ド キ ー ワ ー ド Chantcpages 草書体 文字学習 書 くこと岸本
千秋
45
漢字 仮名 女子大生武庫 川女 子大学 言語 文化研究所 年報 第8号 0996,
言語文化研究所の活動 の概要
:.1996年
度の調査研究(1)小
学校国語科教科書の語彙調査 この研究は、小学校の教科書で指導 されていることばを調査することに よって、現在の語彙教育上の問題点をさぐるとともに、国語教育に関す る 基礎資料を得ることを 目的 とする。 言語文化研究所では、若者 (学生)の
言語の分析を行っている。若者語 の現在を理解するためには、彼 らの言語能力形成の点で重要な影響を与え ると推測 される、小学校の国語教育についても調査する意味がある。 また、 国語史研究の観点か らも、現代のことば教育のデータが必要であ り、その ために も国語科教科書の調査は有効な もの となろ う。 今年度の主な作業は、次の2点
である。 ① 国語教科書の全文を一定の単位に分割 したデータをもとに、文脈付 き総索引(KWIC)を
作成 した。 ② 原文 データ、及び、単位切 リミスの修正を行 った。 この結果、データを部分的に使 うことが可能になった。その一つの試み が、本報告書で佐竹秀雄が報告 している「 混ぜ書 きの条件一 小学校国語 科教科書をデータとして一 」である。 来年度には、語彙表を作成す る予定である。(2)学
生の言語意識の調査研究 この研究の 目的は、学生たちが ことばを どう使い、 どう解釈するかの調 査を通 して、若者の言語意識の本質をさぐることにある。若者 (学生)の
言語意識の分析を通 して、 日本語の将来を考える基礎 データを得ようとす るものである。 今年度は、「 女 らしさの意識における男女学生の差」 と「 漢字使用に対 す る嗜好度」をテーマとした。いずれ も、特別学期の期間中に、学生に対す るアンケー ト調査を行い、その結果を分析 した。 前者の結果については
LCり
ぽ―と5号で、後者の結果についてはLC
りぼ―と6号で報告 した。そ して、後者の漢字の問題については、 さらに 本報告書で、岸本千秋が「 女子大生の漢字意識」 として くわ しい分析結果 を報告を している。2.1996年
度の刊行物等(1)言
語文化研究所年報第7号 前年度 (1995年度)に
おける研究成果の報告 として、以下の論文を掲載 して刊行 した。 佐竹 秀雄 :女 らしさのイメージ 西崎亨 :歌謡の中の 日本語∼「 おまえ」「 あんた」∼ 市川 真文 :就学前の読みの意義 岸本 千秋 :店 の主張― タウンページの広告を資料 として一 清水
彰 :「かすか」 と「 ほのか」
(2)研
究 レポー ト(LCり
ぼ ―と)5号
・6号
1996年度において、「 学生の言語意識の調査研究」の題 目の もとに行 っ たアンケー ト調査の結果を簡単な分析をつけて報告 した。各号のタイ トル と内容は次の通 り。 第5号
:いまどきの女 らしさPan I∼具体例編∼ 学生たちが「 女 らしさ」 とい うことばか ら思い浮かべる女性の具体 的なイメージを、男女比較の形でまとめたもの。女 らしさに対す る 男女のギ ャップが明らかになった。 第6号
:愛 され る漠字、嫌われ る漢字 女子大生を対象に、語を表記す る場面で漢字 と仮名のいずれを好む か、また、漢字に対 してどの ような意識を もっているかを調査 した もの。3.言
語文化セ ミナーの開催 1996年10月 24日 (木)午
後2時40分か ら、本学S-24教
室において、「 愛 される漢字、嫌われる漢字」 と題 して、言語文化セ ミナーを開催 した。 講師に、神戸学院大学教授樺島忠夫氏を迎 え、「 日本人はなぜ漢字を捨て なか ったか」 との題 日で、 日本語や 日本人の言語生活において、漢字が どの ようにかかわ りがあ ったか、 また、今後 もどうかかわるかについて講演をい ただいた。講演に先立 って、研究所か らは佐竹秀雄が漢字に関する調査結果(LCり
ぼ―と5号の内容)を
報告 した。 講演のあと、学外か らの参加者をま しえて討論を行 った。4.科
学研究費補助金による研究 1995∼96年度、「「女らしさ」の意味・用法・イメージに関する記述的研究」 (基盤研究 〔C〕)と
い うテーマで、科学研究費補助金を得た。研究を遂行 するにあたっては、次の研究メンパーで、毎月、研究会を開き、個別テーマ について議論するとともに、全体テーマに関する討議をも行った。 研究代表者:佐竹 秀雄 (言語文化研究所 教授) 研究分担者:西崎亨 (文学部 教授) 研究協力者:岸本 千秋 (言語文化研究所 助手
)/福
井 淳子 (大学院 生)/高
橋 博美 (大学院生)/田
野村千寿子 (前助手) 1996年度は、その最終年度に当たるため、研究成果報告書を刊行した。収 録論文は次の通 りである。 佐竹 秀雄 :「 女 ら しさ」のイメージ 西崎亨 :「 女 っばい」の言語学 岸本 千秋 :女 らしさにおける男女の意識差 高橋 博美 :フ ァッション雑誌における「女 らしさ」 田野村千寿子 :大正期の「 女 らしさ」――雑誌『 女性』を資料 として一 福井 淳子 :マナー書にみ られ る「女らしさ」
5.事
務報告(1)組
織 所 長 :佐竹 秀雄 (言語文化研究所教授) 研究員 :西崎亨 (文学部国文学科教授) 研究員 :市川 真文 (文学部 国文学科助教授) 研究員 :平 岡 照明 (文学部英文学科教授) 助 手 :岸本 千秋 (言語文化研究所非常勤助手)
(2)研
究所の移転 1996年11月にアネ ックス6階
へ移転 した。移転に伴い、設備も一部充 実 した。武庫川女子大学言語文化研究所年報 第 8号 (1996)
混ぜ書 きの条件
一 小学校 国語徹 科書 を デ ー タと して一 佐 竹 秀 雄:.混
ぜ書きの出現理由 現代日本語の表記法の問題点の一つに混ぜ書きがある。たとえば、先年マ スコミをにぎわ したオウム真理教の一連の事件の一つに、「猥谷さんラチ事 件」と呼ばれていたものがあった。これを雑誌では「仮谷さん拉致事件」と 表記していたものもあったが、新間の場合には、ほとんど「仮谷さんら致事 件」としていた。「拉致」を「 ら致」と書いていたのである。 このように、 一つの語を漢字と仮名とを混ぜて書 く書き方を混ぜ書きと呼ぶ。混ぜ書きは 読みにくいという理由から、表記上避けるべきだとされている。 にもかかわらず、このような表記が現実になされるのは、「拉致」の「拉」 が常用漢字表にないためである。『常用漢字表』の前文によれば、 この表は、法今、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活 において、現代の国語を書き表す場合の漠字使用の目安を示すものであ る。 と述べ られている。つま り、新聞や雑誌では、常用漢字表にない漢字 (表外 漢字 と呼ぶ)は
使用 しないことが期待 されているのである。そ して、常用漢 字表を守 ることが、新聞では比較的 よく行われているために、混ぜ書 きが生 じやす くなる。他方、雑誌ではその規制は、新聞に比べるとかな り緩やかで ある。そのために、混ぜ書 きも見られ るが、「 拉致」 とい う表外漢字が使わ れ る例 も見 られるとい う状態にある。 こうした混ぜ書 きは「 ら致」以外にも、 「 ひ素」(砒素)、「 と博」(賭博)、「 ほ乳類」(哺乳類)、「 揮 ごう」(揮亀)、 「 山ろ く」(山麓)、「 たい積」(堆積) などさまざまな例がある。 しか しながら、混ぜ書 きは一般の現実社会では、それほ ど多 くは出て こないと考え られている。確かに、上に挙げた例 も限 ら れた分野の ものが多 く、 日常生活の中でそ う頻繁に使 うものではない。「 ら 致」に しても、たまた ま特異な事件であったために、新聞紙上で数多 く使わ れたものの、そ うでなければ使用頻度は小 さいものであろ う。 ところが、混ぜ書 きが出現す る可能性の高い世界がある。小学校の国語科 の教科書である。小学校で学ぶ漢字については、
6年
間で総数1,006字の学 習漢字が決め られてお り、その うち、 どの漢字を どの学年で学ぶか とい う漢 字の配当学年 まで も定められている。 したが って、教科書では語表記につい て、学年 ごとの漢字使用上の制約が加わることになる。その学年以前で提出 す る漢字で書ける語は漢字で示せ るが、そ うでない語については、なんらか の処理を しなければならない。 た とえば、「 学習」とヽヽう語の場合、「学」は1年の提出漢字であるが、「 習」 は3年
の提出漢字である。そのため、3年
生以上なら「 学習」 と表記できる が、2年
生以下の教科書では「習」を使えないので、「が くしゅう」 と全部 を仮名書 きす るか、「 学 しゅう」 と混ぜ書 きに しなければならない。 また、「 段階」 とい う語の場合は、「 段」が6年
、「 階」が3年
の漢字であ る。 したが って、「 段階」 とい う漠字表記は6年
にな って初めて使えること にな り、5年
生までは「 だんかい」または「段かい」 と表記することになる。 あるいは、表現を変えるとい う方法 もある。「 段階」 とい う語が「 段階を追 って考え よう」などとい う文脈で使われているのであれば、「段階」の代わ りに、「 順序」に置 き換えることも可能であろ う。ただ し、「 順」は4年
、「 序」 は5年
の配当漢字なので、「順序」に換えて しまうのは5年
生の教科書でな いとできないことになる。 いずれにせ よ、配当漠字が原因で漢字で書けない場合には、(a)そ
の語すべてを仮名書 きにす る。 ⑤ 混ぜ書 きにする。(c)そ
の語を意味の似た語に置 き換える (表現を変えて しま う)。 などの処理方法が とられる。そ して、 これ らの うち(c)の方法は、条件が整わ ないとできないものであ り、簡単なのは前の二つである。 ところが小学校で混ぜ 書 きの条件 は、漢字教育にかな り力点が置かれているため、一度学習 した漢字はなるべ く漢字で書いたは うが学習効果が上がるとい う考え方がある。そ うしたこと もあって、
0も
敬遠 されがちである。その結果、⑤の混ぜ書 きが選ばれるこ とが多 くなるのである。 こうした理由か ら混ぜ書 きの多い小学校教科書の語表記データを使 って、 以下では、混ぜ書 きが どのようなものであるかについて分析することをめ ざ す。調査対象に用いた ものは、大阪書籍平成8年
度版小学校教科書「 こくご」 1∼6年
各上下の全12冊である。2.混
ぜ書きの定義 最初に、混ぜ書 きのデータを取 り出そ うとした。その段階で問題になった のは、混ぜ書 きとい う概念はあるが、混ぜ書 きについての定義が十分に明 ら かにされていないとい うことであ った。 前節に挙げた「 ら致」や「 は乳類」は確かに滉ぜ書きの例 として挙げ られ るのであるが、それ らを混ぜ書 きだ と判定するのは、 「 一つの語が漢字部分 と仮名部分 とか ら構成 されていて、その仮名書 き 部分は本来漢字書 きされるべ きものである。」 とい う程度の大まかな基準に よっている。 そこで、 とりあえず この大 まかな基準を元に考えを進めることに しよう。 す ると、 この基準には三つの要素が認め られ る。 第1は、一つの語における現象だ とい うことである。その意味で、たとえ ば、「 もの しり博士」「 つ うきん列車」「 一生けんめい」などは どうなるかが 問題にな って くる。 これ らの例は、広義の混ぜ書 きの概念には含 まれるか も しれないが、一般 にい う混ぜ書 きとは認めがたい。つま り、一語をどのよう に認定す るか とい うことが、混ぜ書 きの定義 とかかわって くるのである。一 般に混ぜ書 きとして問題になるのは、比較的短い長 さの語である。 第2は
、漢字部分 と仮名部分の両者が併存すること。 しか し、両者が存在 すればすべて滉ぜ書 きになるとい うわけではない。当然のことながら、活用 語を漢字で書いた ときに送 り仮名があ って、その結果両者が併存するとヽヽう場合は除かれる。併存 して も混ぜ書 きとは認めがたい例がほかにもないかに ついて検討する必要があると思われる。 第
3は
、仮名書 き部分が本来漢字書 きされ るものだ とい うこと。 この「 本 来」 とヽヽう部分が問題 である。「 本来漢字書 き」であるか どうかが決定 され るには、その前提 として標準表記が明確になっていなければならない。 とこ ろが、 日本語における標準表記の実態は明確ではない。 以上の3点
にかかわ る問題点を分析 しなが ら、混ぜ書きの条件を明らかに したい。つま り、語表記データの中か ら混ぜ書 きと認定できるものを抽出す るステ ップを通 じて、混ぜ書きの条件を検討す る。具体的には、語表記デー タについて、その個 々の例が混ぜ書 きの条件に当てはまるか どうかの検討を 加えなが ら、混ぜ書 き候補の語彙を次 々に絞 り込む とい う方法を とる。 3.「 一つの語」― 混ぜ書き定義の要素① 小学校の教科書からすべての語彙を取 り出した。その中から滉ぜ書きに該 当するものとそ うでないものとに分離する操作を行 う。最初の段階で行った 操作は、次の通 りである。 ① 小学校教科書の語彙を自立語の単位で取 り出す。 ② その語彙の うち、一つの単位内で漢字部分と平仮名部分とを含むもの を取 り出す。 ③ その結果の語彙か ら、平仮名が活用部分であるものを除 く。 これによって、第1段階の混ぜ書 き候補を得たわけだが、 これはまさしく前 節で述べた、混ぜ書 きの大 まかな基準の段階に等 しい。そこで、以下、 これ で得 られた混ぜ書 き候補データを検討 しながら、混ぜ書 きデータを絞 りこむ ことをめ ざす。 まず、第 1の 要素「一つの語」について検討する。先に述べた ように、混 ぜ書 きが問題になるのは、比較的短い語である。そ こで、国立国語研究所の 語彙調査 (現代新聞3紙調査)で
、短い語の単位 として扱われた短単位を利 用す ることを考える。短単位の考え方の基本は、次のような ものである (筆 者の要約に よる)。現代語 として意味を担 っている単位を最小単位 と名づけ、それを基本 に設定す る。一般の語については、その最小単位が独立 して使われてい る場合は、最小単位その ものを短単位 とし、結合 して使われている場合 は1次結合を短単位 とす る。 最小単位 とい うのは、たとえば「 月」や「読む」 といった ものであ り、漢 語の場合は漢字1字
1字
が最小単位 となる。 したがって、「愛」や「 情」 も 1最小単位である。そ して、「 愛が必要だ」の「 愛」の ように、独立 して使 われているときは1最小単位で1短
単位 とな り、「愛情が必要だ」の「愛情」 のように二つの最小単位が結合 して使われている場合は、その複合語が短単 位 となる。 さらに、「 愛情運が強い」の「愛情運」のような場合は、「 愛情」 が「愛」 と「 情」の1次結合の結果であ り、「愛情運」は「 愛情」に さらに 「運」が2次
結合 した結果である。 この場合は、1次
結合の「 愛情」が1短
単位で、残 りの「運」はそれだけで1短単位 となる。 なお、複合語の場合で も、た とえば「 さくら屋、ひか り号、イスラム教、 アラブ人、 ラテン語」の ように、「 会社、店、乗 り物、団体、宗派、商品、 民族、言語」などを表す場合で、その種類に統一 して付け られ る下線部の よ うな ものは、それだけで1短
単位 とされる。つ ま り、「 さくら屋」は「 さく ら」 と「 屋」に分けて、それぞれを1短単位 とす るのである。 また同様に、 「 阪神地方、富士 山、淀川、大阪駅」のように地形や場所な どの名前で類榎 念を表す部分は、それを1短単位 とす る。 教科書の語表記データで、先の①∼③の操作結果を見ると、それ らには、 「 自己 しょうかい」「 せつめい文」「 犬 ごや」「 い も類」「 いわ し屋」 といった データが含まれている。 これ らは、先に も述べた ように、一般に言 う混ぜ書 きには当たらない。短単位の概念を適用することに よって、 こうしたデータ を混ぜ書 き候補の第1段階か ら取 り除 くことになる。 短単位の規定に関 しては、 さらに、 接頭語・接尾語・形式名詞・補助用言などの付属要素や、助詞、助動 詞はそれだけで一短単位 とす る。 とい うものがある。たとえば、「 お話、お母 さん、犬 ども、春め く、寒がる、コー ト内、言 いに くい、遊 びがて ら、」の下線部は、それだけで短単位 とな る。教科書の語表記 データで これ らに該 当す るものには、「 まっ黒」「 小 ぎつ ね」「 い しめ っ子 」「 村 じゅ う」「 まとめ方」「 住みやす い」「 出に くい」「 多す ぎる」 な どがあ った。 「 一 つの語」 を短単 位 の語 と して処理す る と、 多 くの場 合は うま くい った が、やや問題の残 るものもあ った。「 歩道 き ょう」「 丸 木ば し」「 子 ども」「 友 だち」「 ご飯 」「 人が ら」「 事 が ら」「 間が ら」 な どであ る。 「歩道きょう」「丸木ば し」は、それぞれ「歩道
+き
ょう」「丸木+ば
し」 で、語構成は「(0+○
)+○
」 タイプである。2次
結合の語なので「一つ の語」の条件には当てはまらないことになる。 しかし、全体としての意味の 結合度が高 く、やや読みにくさを感 じる向きもあろう。その点で混ぜ書き的 である。 「子ども」「友だち」「 ご飯」「 人がら」「事がら」「間がら」は、いずれも 接頭語または接尾語を含むものであ り、やは り「一つの語」の条件からはず れてしまう。 しか し、どの語も使用頻度が高く、一語 としての意識の強い語 といえよう。その意味では、混ぜ書きと認めたい語である。ただし、混ぜ書 きと認めるとしても、読みにくいものかというと、そ うとも言えない。上に 挙げた表記形式が現実社会においてある程度一般に使われてお り、使用頻度 が高いだけに、人々がそれになしんでいて、それほどの違和感をもっていな いと思われるからである。 以上のことから、一部の接辞に関 しては問題があることを認識 し、それら を滉ぜ書き候補に残すことにした上で、既述①∼③による教科書の語表記 データに対 して、次の①の操作を加えることにした。 ④ 短単位に分割 して、漢字部分と仮名部分を含むものに限定する。4.活
用語の送 り仮名の存在― 混ぜ書き定義の要素(2) 第2は、漢字部分 と仮名部分が併存す ることであ った。先に、活用語の場 合に送 り仮名の存在によって漢字 と仮名が併存 しても、それは混ぜ書 きとは 認めない と述べた。それは活用語が単純語の場合であ ったが、次に、二つの活用語が1次結合 した複合語の場合について検討 しよう。 ここまでの段階で、二つの活用語が1次結合 してできた混ぜ書 き候補 とし て残 っているものには、次の ようなものがあった。 ω 青 ざめる
言いかえる
売れのこる
書 きうつす 聞 きちがえる
切 りたおす
指 ししめす
見つける 見お くり
引きのばす
古 さびた
読み くらべる ③ あけ放す
あふれ出る
うき上がる
お し流す かへ り見る
くり返す
ころげ落ちる
し分け だき寄せ る
つけ加える
ぬ き書 き
ね起 き 上のの グループは「 漢字表記
+仮
名表記」 タイブ、Oグ
ループは「 仮名表 記+漢
字表記」 タイプである。 これ らの例を見る限 り、混ぜ書きのために読 みに くくて問題になるものは「 し分け」「 ね起 き」 ぐらいであろ うか。特に、 (A)グループは問題がない といって よいだろ う。 日本語の文章における文節表 記の基本は「 漢字始ま り、仮名終わ り」であ り、そのパタンが読みやすさの 上で意味がある(注)。 ③ グループの表記はそのパ タンと同 じであ り、それゆ え、読みに くさがないと思われ る。 さらに、「青 ざめる」「古 さびた」以外は、 前部分の活用語に送 り仮名があ り、その存在が二つの活用語の結合部分を明 示す る役割を果た している。その結果、滉ぜ書 きの読みに くさを減 している と考えられ る。 ③ グループは0グ
ループに比べれば、やや読みやす さは劣るが、「 し分け」 「 ね起 き」以外は、 さは ど問題があるとも思えない。「 し分け」「 ね起 き」が 問題になる理 由は どこにあるのだろ うか。おそ らく「 し」「 ね」 とい う1字 の後に漢字が続 くことに原因があ りそ うに思われ る。仮に、「 き替える」(着 替える)、「 に通 う」(似通 う)、「 み送る」(見送 る)な
どとヽヽう表記がなされ る場合を想定すれば、「 仮名1字十漢字表記」は問題があると思われる。「 す る」や「 寝 る」に送 り仮名がない ことが、後の語 との結合部を明確にできな いと考えられる。つま り、④ グループでの前部分の活用語の送 り仮名の存在 注 文献1、 文献 2で 、文節の基本形が「 漢字始 ま り、仮名終わ り」で、それに よぅ て意味の塊の認識が容易になることを説明 している。が、混ぜ書 きの読みに くさを減 じていた ことと表裏をなしているのである。 ところで、上 の
0グ
ループでは、「漢字始 ま り、仮名終わ り」 と「 前部分 の活用語の送 り仮名の存在」 との二つが、混ぜ書 き的な要因をな くしていた。 それならば、後部分が活用語でな くて も同 じはずである。つまり、「 漠字表 記+仮
名表記」で「 活用語+非
活用語」の例 としては、0空
きかん売 りもの
送 りがな
切れは し 立てふだ
食べ もの
願いごと
読み もの などがあ った。やは り、問題 となる混ぜ書 きだ とは言い難い。 それでは、 さらに(3)グループに対応するものはどうか。つま り、「仮名表 記
+漢
字表記」で「 活用語+非
活用語」 とい うタイプである。 これ も具体的 な例を挙げると、(D)え
顔かけ声
きれ 目
ため息 つ り橋
にぎ り飯
は り紙
わた り鳥 などがある。やは り問題になるのは「 え顔」 とい う「仮名1字
+漢
字表記」 であろ う。 そ こで、「 し分け」「 ね起 き」「 え顔」のよ うな表記形を除いて、活用語で始まる
1次結合も混ぜ書き候補から削除する。つまり、次の⑤を操作として
加 え る。 ⑤ 前部分が活用語の 1次結合によってできた混ぜ書き候補は削除する。 ただし、「仮名 1字+漢
字表記」タイプのものは削除しない。5.標
準表記との関係一一混ぜ書き定義の要素(3) 第 3の 要素は、仮名書き部分が本来漢字書きされるものだとい うことであ り、その前提として標準表記の条件を考えることが必要になってくる。 そこで、その問題を具体的な例で考えるために、⑤の操作の後に残ってい るものについて、タイブ別に用例を示 してみよう。 【漢語】 《漢字+仮
名》階だん、活や く、休けい、交かん、新せん、発くつ 《仮名+漢
字》かん字、きょう味、けん命、こう水、こう日、しゅん間混ぜ書 きの条件 【混種語
=漢
語十和語】 《漢字十仮名》絵かき、気もち、気むずか しい、歩はば、役だつ 《仮名+漢
字》よう日 【混種語=和
語+漢
語】 《漢字+仮
名》場めん、船ちん、道 じゅん、大ぜい 《仮名+漢
字》おく地、かげ絵、ぬま地、ぶた肉、わき役 【和語】 《漠字+仮
名》足あと、暗やみ、心がけ、下がき、巣あな、近づ く、手 ぬ ぐい、名まえ、花びら、昼ね、身ぶ り、夕 ぐれ 《仮名+漢
字》あさ日、あぜ道、うら口、かぺ紙、け糸、さか上が り、 すぎ林、す立つ、つつ口、はね組み、むかし話 これらのほかに、ここまで保留扱いにしてきたものとして、次の二種がある。 【接辞】:子ども、友だち、ご飯、人がら、事がら、間がら 【―字の仮名+漢
字】:ね起き、え顔、 し分け、す立つ 上に示 した表記をながめて、まず、漢語に関しては、基本的に漢字表記が 標準表記であると判断してもよかろう。 混種語に関 しては、「漢語+和
語」と「和語十漢語」の2種
類がある。 前者の場合、《漢字+仮
名》すなわち、漢語部分が漢字表記のものは混ぜ 書きの抵抗感が うすい。特に、「絵かき、気もち、気むずか しい、役だつ」 のように、仮名表記部分が活用語であるものは、混ぜ書きとは思いに くい。 他方、《仮名+漢
字》の「 よう日」は混ぜ書きと判断されるものであろう。 滉種語のもう一種、「和語+漢
語」の場合、《漢字+仮
名》の「場めん、船 ちん、道 じゅん、大ぜい」も、混ぜ書きと判断され ようが、「 よう日」より は読みにくさは少ない。おそらく、漢字始まりという条件が作用 しているも のと思われる。それに対 して、《仮名+漠
字》の「 おく地、かげ絵、ぬま地、 ぶた肉、わき役」は、理屁の上からは混ぜ書きであろうが、混ぜ書きがもつ 表記としての違和感は小さい。 こうしたことからは、「漠語部分の仮名書き」が混ぜ書きの条件として、 そして「仮名始まり」が読みにくさの条件として働いていると思われる。和語について も、混種語 と同 じく 《漢字
+仮
名》は、混ぜ書きの抵抗感が 少ない ものが多い。特に、「心がけ、近づ く、花び ら」は、ほぼ標準表記 と 考えられ る。「身ぶ り、夕 ぐれ」も、あま り抵抗感がない。それに比べて、「 下 が き、昼ね」あた りは読みに くい。「 書 く、寝 る」 とい う動詞が、漢字表記 が慣用的に漢字で書かれるせいであろ う。 他方、《仮名+漢
字》は、混ぜ書 きと認めていいと思われ る。特に「け糸、 す立つ」のように「 仮名1文字 十漢字」は読みに くい。 以上のことか ら、標準表記については、次のような仮説が考えられる。*漢
語部分は漢字が標準表記である。*和
語部分が語の前要素になった場合は、漢字が標準表記である。*和
語部分が語の後要素になった場合は、その部分の表記の慣用の度合 いが標準表記であるか否かを決定する。 なお、標準表記に関 しては、漢字の規制の問題がからむ。最初にも述べた とお り、表外漢字は仮名書 きされる傾向にあ り、その結果仮名書きが標準表 記の ようになって しまう場合 もある。た とえば、「 闇」「 畦」は表外漢字であ り、「 やみ」「 あぜ」 と表記 され ることが多い。その結果、仮名書きが標準表 記 と認められ、それによって、上に出てきた「暗やみ」や「あぜ道」 も標準 表記ふ うとなってきている。 したが って、混ぜ書きの条件の要素に、標準表記から外れることを厳格に 適用す ると、「 暗やみ」や「 あぜ道」は混ぜ書 きか らもれて しま う。 もとも と、表外漢字のために生 じた滉ぜ書きのはずのものが、混ぜ書きから除外さ れ るとヽヽう矛盾が生 じるのである。その意味では、慣用をあま り強い条件に してはならないと思われる。 6. :bオフリに 以上に述べてきた ことをもとに、あらためて混ぜ書 きについて整理すると、 次のようになる。(1)語
表記において、漢学部分 と平仮名部分を含むものを混ぜ書きとい う。0)混
ぜ書きにおける語は、一語意識が明確なものである。混ぜ書 きの条件
(3)次
のものは、(1)、 ②の条件を満た していても混ぜ書きか ら除外す る。*送
り仮名によって漢字 と仮名が併存するもの。*複
合語で前部分が活用語のもの。ただ し、その活用語が仮名1字で 示 される場合は除外 しない。*和
語で、《漢字+仮
名》の タイプは、その表記の慣用の度合いが強 いもの。(4)混
ぜ書 きの問題点は読みに くさにあったが、上の条件で混ぜ書 きと認 定 され るものの間に も、読みに くさに程度の差が存在す る。 滉ぜ書 きの大 まかな定義 としては、最初に 「 一つの語が漢字部分 と仮名部分 とか ら構成 されていて、その仮名書 き 部分は本来漢字書 きされ るべ きものである。」 としていた。 これは基本的には間違 っていないが、送 り仮名の存在が大 きな 要因になっていた。つ ま り、漢字部分から仮名部分、あるいは、その逆の変 わ り目に送 り仮名が存在す ると、そ こに切れ 目が感 じられ、「 一つの語」 と い う意識が うすれ、混ぜ書 きでな くなって しまう。 また、本来漢字で書かれ るか否かに関 しては、語種による差があ り、漢語 や滉種語は ともか く、和語に関 しては、その語の表記の使用の実態、すなわ ち慣用 とのかかわ りが多 くて、その語の品詞性などに よって一律に混ぜ書き か否かの決定をす ることはできない。 なお、(4)で述べた、混ぜ書 きと認定 され るものの間に読みに くさの程度差 が存在す ることも、また、混ぜ書 き認定の困難 さの原因の一つになっている といえよう。 文 献1.佐
竹秀雄 (1984)「文字の性質 と使い方」〈講座 日本語の表現2『
日本語 の働 き』―平仮名・片仮名・句読点の役割 と用法―、筑摩書房)2.佐
竹秀雄 (1989)「現代 日本語 文字 ‐表記」(『言語学大辞典』第2巻
、 三省堂)資料 小学校 国語教科書 における混ぜ書 き一覧
( )内
の数字は出現回数 【漢語 】 《漢字+仮
名》 愛 じょう (1) 一 らん (1) 応 えん (1) 階 だん (7) 感 じょう (2) 金 ぞ く (2) 警 しょう (2) 結 こん (1) 光 いん (1) 混 らん (1) 事 け ん (1) 自た く (1) 地 めん (5) 信 こ う (1) 推 こ う (1) 雪 ぺ ん (1) 台 ざ (5) 地 い き (2) 通 きん (1) 天 じょう (2) 特 ち ょう (4) 破 か い (7) 貧ぼ う (1) 分 たん (1) 《仮 名+漢
字》 あ く手 (1) か ん急 (1) か ん点 (1) げ き場 (1) こ う日 (7) しつ間 (1) しゅん間 (3) しん察 (1) そ う庫 (2) 圧 と う (1) 運 ど う (1) 音 ど く (1) 学 しゅ う (4) 休け ヽヽ(10) 空 しゅ う (5) 形せ き (2) 結 ろん (1) 交か ん (3) 昨ば ん (1) 時 こ く (1) 実け ん (1) 修 し ょく (1) 親せ き (1) 水そ う (3) 戦 と う (1) 題 ざい (1) 茶わ ん (2) 鉄ぼ う (2) 1民と う (1) 土ひ ょう (2) 発 くつ (5) 服 そ う (1) 毎ば ん (1) あん内 (3) かん字 (5) きゃく本 (4) けん術 (1) こん虫 (4) しゅうヌ、(1) じゅん金 (1) せ っ戦 (2) そ う式 (2) 一 しゅん (1) 英 ゆ う (1) 開 こん (1) 活や く (4) 牛 しゃ (1) ラ││かヽヽ(1) 軽 べつ (1) 原 こ う (1) 公みん (1) 死が い (7) 地 しん (1) 自てん (1) 願 じょ(2) 新せ ん (3) 図か ん (3) 先ば い (1) 大 じゃ (5) 直せつ (1) 鉄 ぼ う (4) 同 じょう (1) 内 よ う (8) 比 か く (1) 仏 だん (1) 養 し ょく (2) えん岸 (1) か ん者 (1) き ょう味 (8) け ん命 (6) さい近 (1) じゅ う身 (1) じゅん番 (1) せ ん水 (1) そ う立 (1) ― しょ (1) 円ば ん (1) 回 しゅ う (1) 花び ん (1) 記 ろ く (1) 警 か い (1) 決か い (1) 原ば く (2) 黒ば ん (2) 資げん (2) 地 ぞ う (1) 自ど う (1) 証 こ (2) 信 らい (1) 正か く (2) 対 こ う (1) 体そ う (5) 直けヽヽ(1) 転 きん (2) 冬み ん (3) 肺 えん (1) 便せ ん (1) 文 し ょう (1) 洋そ う (1) か条 (1) かん単 (2) け い続 (1) こ う水 (2) さ く文 (2) しゅう念 (1) しょう談 (4) せ ん面 (1) そ う列 (1)たん検
(1)
ちゅう車 (1) にゅう牛(1)
ねん土 (3) ふん囲気(1)
へい会 (1) ゆ う大│(2)
よく日 (5) りょう手(1)
ろ う下 (1) 【混種語=漢
語+和
語】 《漢字+仮
名》 絵か き(5)
気がか り(1) 気づ く(16)
気むずかしい(2) 歩はば(3)
役だつ (1) 《仮名+漢
字》 よう日 (9) 【混種語=和
語+漢
語】 《漢字+仮
名》 大ぜい(6)
場めん (9) 《仮名+漢
字》 あつ地(1)
お く地 (1) すな地(9)
どろ地 (5) はん長(1)
ぶた肉 (2) 【和語】 《漠字+仮
名》 秋ぞら(1)
朝 もや (1) 足 ど り(1)
足ぶみ (3) 雨 だれ(1)
息 づか い (1) 石 ころ(3)
命 がけ (3) 風 あな(1)
片 づ く (1) 神か くし(1)紙
くず (1) 木 のぼ り(1)
黄 ばみ (1) 草む ら(4)
口 ぐせ (4) 黒かみ(1)
黒 ね こ (1) 心 が まえ(5)
木づ ち (2) 潮ふ き(1)
鹿 お ど り (1) 島かげ(1)
自 じら (1) 外がわ(1)
竹 うま 〈4) 竹やぶ(10)
近 よる (2) 月あか り(1)
手 がか り (1) 手 さ ぐ り(1)
手 さげ (2) 手ぬ ぐい(8)
手 もと (1) 船 ちん(1)
道 じゅん (3) てい防 (1) は く物 (1) ぼ う空 (2) よ く年 (3) 気 だて (1) 気 もち (29) 役 わ り(4) かげ絵 (3) ぬま地 (16) わ き役 (2) 足あ と (32) 足 もと (2) 息 つ ぎ (1) 貝が ら (2) 片づけ る (1) 空 だ る (1) 草 い きれ (1) 首か ざ り (1) 木かげ (2) 酒だ る (1) 下 が き (4) 白さぎ (10) 竹が き (1) 力つ く(1) 手がみ (1) 手づ くり(1) 時お り(1) とっ風 (2) び ょう写 (1) │■う修た(2) りく地 (2) 気づか う (1) 福ぶ くろ (1) か た方 (1) はい色 (4) 足 お と (1) 穴 ご も り (3) 石け り(1) 顔つ き (2) 金 もうけ (3) 川べ り(1) 草かげ (2) 暗やみ (4) 心がけ (7) 魚 と り(1) 下 しき (1) 巣あな (8) 竹 ざる (1) 力まかせ (1) 手がら (1) 手つだ う (5) 年 こし(2)年 よ り(1) 仲 よ く (2) 名の り(3) 根づ く (1) 花び ら (4) 日ざ し (1) 日で り(1) 火なわ (2) 前ぶれ (1) 水 くみ (1) 道す じ (2) 耳 も と (2) 日だつ (1) 山ぞい (1) 夕 ぐれ (3) 夕やみ (1) 横 だお し (1) 《仮名
+漢
字》 あさ日(2) うばIF(1)
えさ場 (3) かべ紙 (1) ごま塩 (1) す ぎ林 (1) すそ分け (1) つつ 口 (2) ひ と足 (1) ひ と目 (1) まえ足 (1) みやげ話 (1) よそ行 き (1) わた雲 (1) 【その他】 間が ら (2) 友だち (27) ね起 き (1) 年わか い (1) 仲 よ し (1) 名 まえ (24) 根 もと (4) 花 よめ (4) 左 どな り (1) 人かげ (1) 日もち (1) 右 どな り (1) 水 た ま り (2) 道 の り(2) 耳 よ り(1) 日つ き (1) 山のぼ り(1) 夕だち (1) 雪 どけ (1) 理 づめ (1) あぜ道 (2) うら口 (3) か た先 (1) くつわ虫 (2) さか_Lが り (6) す き焼 き (1) す立 ち (4) とな り村 (2) ひ と息 (3) ひ と り立ち (2) ま く開け (1) むか し話 (2) わか棄 (1) 子 ども (57) ご飯 (8) 戸 だな (1) 名 づけ る (1) 波 うつ (1) 歯 がゆ い (1) 日かげ (1) 左は し (1) 人 ごみ (1) 昼ね (3) 右は し (1) 水ぶ くろ (1) 道ば た (8) 麦わ ら (3) 山お く (2) 山 も り (1) 夕ば え (1) 雪 わた り (1) 事 が ら (38) え顔 (3) あ ら海 (1) うら手 (1) かた手 (1) く り拾 い (1) さざ波 (1) す じ道 (1) そ よ風 (1) な ま り色 (2) ひ と吸い (1) はね組み (11) まつ虫 (3) もの知 り(1) わか者 (2) 長 ぐつ (1) 名の る (2) 波 だつ (1) 橋 がか り (5) 日が さ (1) 日づけ (3) 人 さし (1) 星 くず (1) 水 あめ (1) 水べ (2) 身ぶ り (4) 目がけ る (2) 山 くずれ (2) 夕がた (4) 夕やけ (4) 指 さす (3) いね作 り (1) うろ こ雲 (1) か た雪 (1) け 糸 (1) しも焼け (1) すず虫 (4) たたみ糸 (1) の き下 (1) ひ と続 き (1) は ら只 (1) まゆ根 (1) ゆめ見る (1) わ た入れ (1) 人が ら (6) し分け (1)武庫川女子大学言語文化研究所年報 第 8号 (1996)
表
現
の
一
斑
∼ ウチ と ツ ト∼
西
崎
亨
: いわんと欲することがなんであろ うとも、それを言いあらわすには一 つの言葉 しかない。それをいきいきと躍動 させるには一つの動詞 しかな く、その性質を規定す るのに一つの形容詞 しかない。だか ら、それが見 つか るまで、その言葉を、その動詞を、その形容詞を、探 さなければな らない。断 じていいかげんな ところで満足 してはならない。 上に引用 したのはモーパ ッサ ン『 ピエールとジャン』(杉捷夫訳)の
序文 である。因に、 フローベルが弟子のモーパ ッサ ンに説いた「 一語説」 として あま りに有名な ものであるが、表現 と言 うことを云 々す る場合の基底をなす ものであろ う。 表現に関わって、北原保雄博士は『表現文法の方法』(1996 大修館書店) において、「 表現を理解す ると言 った場合の『 表現』は もの (作品 ‐文章) を意味 し、表現をす ると言 った場合の『表現』はこと (行為)を
意味するが、 きま り(文法)に
従 って、 ことが ものを構成生産す るのである。 ものにおけ るきま りを解明す ることによって、 もの自体についての理解 も深 くなるし、 ことにおけるきま りも解明される。表現 (作品)に
よって文法が解明 され、 その文法に よって表現 (行為)が
的確になされ るようになる。 これを要する に、 もの とこととの両面を有する『表現』 とその両面にかかわる『文法』 と の関係を考えるとい うことである。」 とす る。 「 表現をよみ、意味を とる」 とい うことは、様 々な要素を考慮 し、 ことば の もつルールの把握 と、語 と語 との間にみ られ る認識対象の整理 と、それに 基づいた同一性の認識に よってなされ る営みである。言語は二個の人格に よって加担 された表現行為であるので、二個の人格を一個の表現主体 として統 合 され ることに よって、言語は言語 としての働 きを持つ ことになる。従 って、 一個の表現主体 としての統合の指向が「表現をよむ」 と言 うことでな くては な らない。 書記言語に よる表現は、 日本語的な考え方や表現意図が言語 とい う形式 (ルール
)に
よって定着 した ものであ り、その表現のもつ意味 と表現 された 形式 との関連を書記されたもののなかに見いだす一つの試み として、以下に 若千の例によって浅見を述べてみたい。2-1
住井すゑ rわが生涯 生きて愛 して闘 って』(岩波書店)を
例に。 本書はフ リージャーナ リス トの増 田れい子 (住井すゑの娘)が
聞 き手 とな って母を取材す る形の対談集である。第一部か ら第五部か らな り、増 田の、 きょうはひ とつ長い長い ものがた りを してもらお うと思ってます。わ た し、出かけた さきで言われ るんです。「 お母 さんは住井すゑ先生です ね」 って。 ウソつ くわけにいかないか ら「 ハイ」 って言 うと、「 日本の 宝です、大切に して くだ さい」 と言われた りす る。 ところが、わた しとい う娘 (二女)は
母、住井すゑについては とんど 知 らないのです。知 らない うちに母は九二歳、わた しは六五歳になって しまった。 このへんでひ とつ、探検 してみ よう、そんな潮 どきかなと思 ってテー プレコーダを持 ってきました。すゑ さんは、 自分について語 りたがらな いタイブなんですね。でもきょうは失礼 してひ とつ、はだかに しよう、 「 先生」をはだかに してみ ようと………。 と言 うところから始まる。 この部分での聞 き手 (増田れい子)の
基本的文体は、 思 ってます言われ るんです
知 らないのです
表現 の一班 持 って きま した
タイプなんですね の よ うに敬体の「です・ます体」を基調 としている。 ところが、 この部分に続 く「 母親 (住井すゑ
)の
生涯」を聞いて行 く部分 か らは、聞 き手 と しての文体が一変す る。a
生 まれ た場所 は?。b
理 由は?。c
つ ま り漢好だ った。d
子孫 ってわけ?。 e :造作 は大 きか っ′こ?。f
それ で き ょうだいはなん人?。g
『 橋 のない川』が で きた こ とは。h
夕御飯 ののおかずは?。i
ごはんは麦め し?。j
ごはんはやわ らか く炊 くのね。(略)や わ らか い ごはんなのね。(略) 閲 西の スタイルなのね。 以上は先に挙げた聞 き出 しに続 く聞 き手の会話部分を順に10例 列挙 した もの である。 このa∼
jには所謂「 敬体」に類す る文体は全 く見 られず、む しろ ぞん ざいな「 体言。」「 体言 は。」止め の聞 き方 が 多 く、 最初 の「 です ・ ます 体」 あ るいは「 先生」 と呼びかけた姿勢 とは呼応 しない。 以下、本書の第一部か ら第五部 にわたる文末表示を概略す る。 第一部 では、a
∼ の?。(例
∼育 ったの?
∼違 うの?)b
∼のね。(例
∼お もしろか ったのね)c
∼ね。(例
∼な るわけね ∼変わ らないね)d
∼だね。(例
∼商売 なんだね ∼時代だね) 等 の型 が多 く、質 問 の形式 と して も「 ∼体言?」「 ∼体言は」がその基 本を なす。因に、所謂「 敬体」は全 く見 られ ない。 第 二部 では、第一部 と同 じく「 ∼の?。 ∼のね。∼ね。」のはか「 ∼の。 ∼ よね。」等 の文 末表現の型がその多 くであ るが、小見出 し「 ふ た りの暮 ら し」にな って、0
それ ぞれ結婚式をな さいま したね。 。 住井すゑ発生の結婚式 とい うのはあ ったんですか、なか ったんです か? 。 い くらぐらい くれ ま した?0
い まは アニメです よ。 ところでパパは カネもうけの方は ダメで した ね。0
仕事 して気を病 んで病気になるのです よ。 (略)呼
吸 困難に成 るん です よね。 のように「 です 。ます」「 なきる」と言った所謂「敬体」が混用される。因 に、小見出し「『相剋』 と『大地にひらく』・『婦人戦線』・『 発禁いくた び』」でも「∼ことです・∼すゑさんは小説や評論をのせています・∼文章 があ りますので・∼書かれています・∼さかのぼ ります力■ ∼お礼の仕事で すよ・解説にもなるんですからね」(各一例)の
ように混在する。 第二部の例えば「牛久へ」「 東京のかあちゃん」では、0
∼予定なのですが、∼ふたつ。∼見つけました。∼探 したのです。 ∼きました。∼いたのです。∼わたしです。∼小説です。∼思います が、∼ ドラマです。∼するのですが、∼対立 します。∼あ ります。∼ なんですね。∼しましたよ。(「牛久へ」)0
∼きました。∼だった。∼きたんですよ。∼ですが、∼かしら。∼ ですよね。∼だらけでね。∼飼っていた。∼です。∼でした。∼ある んですよね。∼着いた。∼3000人。∼いるんですよ。∼なのですよ。 ∼ですけど、∼ですが、∼いたのね。∼ していた。∼したのね。∼く れた。∼ですからね。∼うれ しくてね。∼できたの。∼驚きましたよ。 (「東京のかあちゃん」)0
∼だしね。∼でしたよ。∼でしたけれどもね。∼のね。∼車井戸。 ∼おっかないんですよ。∼そうで。∼のね。∼ですから、∼のね。∼ からね。(「東京のかあちゃん」) のように「 です ‐ます」を基調として話 されている。(注 各例は各々が一 会話文を示している。)表現 の一班 第四部・第五部にも「敬体」の「です・ます」は用いられるが、その混用 の程度は少ない。
2-2
-方
、 イ ンタ ピューを受け る側 の住井すゑ の場 合 につ いては ど うか。O
∼中心ですね。 ∼や っていた。 ∼いたわね。 ∼ですね。 ∼わけ よ。 ∼やめ ま してね。0
∼は じめた。∼つぶれ て しま う。∼やめ ました。∼で したよね。 ∼ だ ったんです。 ∼ とい った。∼協力ね。0
∼話 よ。∼ ことがある。 ∼ じゃなか ったんだ、 ってね。0
∼教わ らない。∼ とヽヽう。∼家柄だ。 ∼死にま したんです。0
∼浴びた。∼落 とした。O
∼ですか ら。∼死に ま した。O
知 らなか った。∼でね。 ∼みて くれ たのです。 ∼に来た。∼ した も んです。∼死に ま した。∼でね。O
漬物 よ。0
∼いれないの。 ∼みたいですね。0
∼ とかね。∼味噌漬け。∼なの。∼にす る。 ∼がいる。 ∼ですね。 ∼に きた。∼ して くれ と。 以上は、住井の答えの部分を対談の初めか ら10例 、その文末を中心に抜 き出 した ものであ る。 この抜粋例 も「 敬体」つ ま り「 です・ ます」 と「 常体」 とが混在 してい る が、聞 き手 (増田)の
部 分に見 られ るの とは、その混在 の仕方には異 な りが 認 め られ る。 因に、住井 につ いての現れ方 (混在 の仕方)は
最 後 まで大 体 同 じ様相を示 している。3-!
2-1で
見 た聞 き手 (増田れ い子)の
極め て馴れ馴れ しく思われ る「 常体」 と「 です ・ます」を基調 とす る「 敬体」の混在 とイ ンタビューを受け る側 (住井すゑ
)の
「敬体」 と「常体」の混在について少 しく考えることとす る。 文体 としての「 敬体」は所謂「 敬語表現」に因るのが一般的である。 敬語が、動作の為手・動作の受け手・聞 き手あるいは所有者などに対 して の敬意を表すのは当然の ことではあるが、敬語の具体的効果にはさまざまな ものがある。a
「 あ らたま り」の気持ちb
「 皮肉」の気持ちc
「 隔て」の気持ちd
「軽蔑」の気持ちe
「品格保持」の気持ちf
「装飾誇示」の気持ちg
「威厳誇示」の気持ちh
「 崇め」の気持 ちi
「儀礼・社交」の気持ち 等 々が話 し手の気持ちとして想定出来 よう。 もっとも、 これ らのいづれ もの 場合 も敬意を表す と言 う「 敬語」本来の働 きに由来す るものであるが、以上 の如 き意味分類の他に「表現をよむ」場合には別の視点のあることも心すべ きであろ う。 牧野成一氏に「敬体を使 う相手は原則 として ツ トの大人で、話 しことばで は、相手が ウチの人なら常体 (だ体、動詞、形容詞の辞書形)を
使います。 常体形は ウチの人用ですか ら「 ウチ形」、敬体形は ツ トの人用ですか ら「 ソ ト形」 と呼ぶ」(『ウチとツ トの言語文化学 一文法を文化できる』アル ク)と
言 う指摘がある。山下秀雄氏の「 動詞におけ る待遇表現は、い くつ もの要素 がか らみ合 っていますが、基本的には『 話 し手』から見て、「 聞 き手』が『 う ち』の人か『 よそ」の人か とい う視点、それか ら、文の『 主語』が、「 聞 き 手』 と『 話 し手』 とどちら側に属する人か とい う視点 ―このか らみ合いが中 心 とな ります」(『日本のことば とこころ』講談社)、 草薙裕氏の「 視点 とは、 相手を 自分か らどうい うように見るか とい うことである。 ここでは話者が文 の中の要素に対 して、それを自分の方か ら見るか、別の立場か ら見るかである。(中略
)こ
れは 日本の社会における内外の関係 と大 きな関連を もってい る」(『日本語はお もしろい』「敬語の難 しさは視点の移動にある」講談社) 等 も同一の視点に よる見解である。 待過表現 といわれ る「 敬語」については、話 し手 と開 き手あるいは又話 し 手にとっての話題の中での人物 (対象)と
の間の関係を示す ものであるとい う視点を よ り重視すべ きであろ う。3-2-:
ここで視点を変えて、聞き手である増田れい子のイ ンタピューの中での住 井すゑをどのように呼んでいる (呼称)か
について見てみ よう。例えば、0
すゑ さんは、 自分について語 りたが らないタイプなんですね。0
すゑ さんは手が大変に器用で、わた したち四人の子 どもの服は全部縫 って くれた し、……。0
ところで、すゑ さんは結婚式 とか葬式 とか、そ うい う形式の嫌いなひ と。しか し、……。0
かはるさんについてひ と言触れてお くと、すゑ さんの右腕 とも左腕 と もなって きた、わた したち家族にとっては貴重な存在なのね。 の様に、母親である住井すゑを「すゑ さん」 と呼ぶ。 それに対 して父親が話題になる場合には、0
バパ との出会いはいつになるの? 。 で……結局パパは退社するのね。0
パパの病気、あれは一種の良心病ね。 のように「 パパ」 と呼ぶ。因に、0
……、 うちの親父さんはどんなものにでもす ぐ返事書 くんだから、…。0
うちの規父さんはず っと個でいたのですね。 のように「親父さん」と呼ぶものが二例見える。 「パパ」「親父」 とい う言い方については詳細にその意味付けについて考察 の必要があろ うが、概ね各 々は「 父の愛称的な呼び方」「 父親の くだけた言 い方」(r角川 類語新辞典』)で
あろ う。増田れい子は「 あ とが き」では「 関心 と憂慮が集中 して しまう母である」 「 ナマものは決 して食べないのが、母の食卓の クセである」のように、すべ て「 母」 と記 し、「 住井すゑ」 とい う名前は「 母住井すゑ との対談を……」 とい う例のみである。 「 母」 とヽヽう呼称は自らを娘であることを意識 してのものであるが、対談 中の「すゑ さん」 とい う呼称は対談の相手を第二者 と意識 してのものであろ う。従 って、「 母」には対談の対象を「 ウチ」、「 すゑ さん」には対象を「 ン ト」のものと意識する姿勢が見られ よう。 対談の対象である「母親」を、増 田れい子はその対談の中で、その呼称に おいては 自分 とは「 ント」の存在 として捉えようとする姿勢で一貫 している。 ところで、対談の中で「 父親」については、二例の「親父」を例外 として、 全てを父の「愛称的呼称」としての「 パパ」を用いる点は、増田れい子の「 ウ チ」意識の極めて強い表出 とみるべ きであ り、「親父 さん」は更に強い「 ウ チ」意識の表出となるべ きものである。
3-2-2
「『 あ ぐり」の うちあけはな し」(『潮』1997-5)は
、吉行あ ぐり、吉行 和子母娘の対談記録であるが、同 じ母娘の対談で もその状況はかな り異なる。 娘である古行和子は、「 お母 さんは若いころか ら」と対談の始めに一度「 お 母 さん」を用いるが、あ とはすべて「 あなた」 と呼称する。0
あなたが稼 いだお金全部使い切 って死んだんだか ら、ハ ンパ じゃない わね。0
そ うい うところがあなたの元気の秘訣なんだ。 。 そ うい う人なの、あなたは。何でも事後承諾なんだか ら。 等の如 くである。因に、母 (あぐり)も
娘 (和子)の
ことをすべて「 あなた」 と呼称す る。母子間のお互いの呼称 としての「 あなた」の意味付けについて は詳細な分析が必要ではあろ うが、お互いを対等 と意識す る場合の呼称 と見 てお く。 次に、文末表現について少 しくふれてお く。表現の一班
0
以前、淳之介さん と対談 した とき、お兄さん、肉親 と話す とい うのは どうしていいかわかんないって困 ってた。でもお母 さんは若いころか ら、 お客様に接 しているから人に合わせて喋 るのはわ りに平気 よね。0
いいの よ、合わ して。 ところでNHK朝
の連続 ドラマ『 あ ぐり』が始 まったけ ど、 自分のことが ドラマになるって どんな気持ち? 等のように、敬体の「 です・ます体」は用いない。 。 ……。そ うい う意味では感謝 しています。 。 私だって心配 していることを、 くれ ぐれ もお忘れにな りません ように。 。 ……左右見るだけで走 り抜けた りは絶対なさいません ように。0
これ も愛情が言わせる言葉だ と思 ってお関 きください。 のように、待遇表現を用いる箇所があるが、 これ らの部分は対象 (母)に
対 してのある種改 まった気持ちの表出の表現であるので、 この対談の全体の基 調をなす「 常態」の表現 とぎくしゃくす る点は全 くない。 従 って、「 ウチ」の表現を基調 とす る、 この吉行あ ぐりと吉行和子の母娘 対談は読者に極めて素直に受け入れ られる曖かみを感 じさせ る文体 となって いる。3-3
文体における「 常体」 と「 敬体」 とは、話 し手の「文中の要素」に対 して の意識が「 ウチ」のものであるのか、「 ツ ト」の ものであるのか と言 う「 話 者 (書き手)と
聞 き手 (読み手)」 の「 関わ り空間」 と言 う観点で言語空間 においては重大な視点である。 ところで、 この ような視点では先に示 した『 わが生涯 生 きて愛 して闘 っ て』の間 き手 (増田れい子)の
コ トパにおける常体 と敬体の混在はどのよう に解釈で きるであろ うか。 聞 き手の第一声 (話の切 り出 し)は
、「 です・ます」を用いた「敬体」に よる、所謂「 ツト形」であるが、第二声からは全 く「常体」、所謂「 ウチ形」 によってイ ンタビューは進め られてい く。 先に、吉行あ ぐり・吉行和子親娘の対談の例を示 したが、そこでの娘 (吉行和子
)は
「常体」を基調 として母 (吉行あ ぐり)と
対談 し、「 敬体」を用 いる場合は、明らかに「あらたまり」の気持ちを示そ うとする状況が見られ る点に限 られ る。 しか し、住井すゑ・増田れい子親娘の対談の場合について は、「常体」 と「 敬体」が混在す るものの、その用いる部分の内容について 識別 し得るような区別はない。あ くまでも混在は恣意的 と見るべ きであろ う。 特別な理由の顕在 しなtヽ「 常体」「 敬体」の混在を どの ようにみ るべ きであ ろ うか。 「 敬体」を用いた表現は、相手 (この場合聞き手)と
の間に、ある距離を 置 く客観的姿勢を読み手に与えるものであるが、「 常体」に因る表現は、相 手に対す る親密 さ・気安 さと言 った思いの表れの姿勢を読み手に与えるもの となる。 牧野成一氏は前掲書の中で、「 ウチ とン ト」の転換について「(略)。 全体 としては、はかの座談会がそ うであるように、 もちろん圧倒的に ツ ト形で話 が進め られていますが、随所に ウチ形への転換が起 きています。一番転換が 起きやすいのは、ある事柄が発言者の頭の中で固定 したイ メージのように映 像化 している場合 とか、長い間考えていて確信のようなものに結晶 している 場合です。」 と述べる。 聞 き手である増 田れい子はジャーナ リス トとして読者を意識 し、住井すゑ とい う人物を、 自分 とは「 ン ト」の存在 として客観的に捉えていこうとす る 姿勢が始めに見られ る。「先生」 と呼ぶのも同 じ意図に因るものであろ う。 しか し、「 ウチ」の関係を現す「 常体」をその文体で、 と りわけ住井すゑの 生い立ちの部分が「常体」のみで進め られ るところに、ジ ャーナ リス ト増田 れい子ではな く、住井すゑの娘増田れい子が前面に立つ。従 って、読者には 住井すゑを主観的心情 ―親密感・親愛感・帰属感―に よって捉え把握 しよう とす る、聞き手の姿勢が浮 き彫 りされ る。 ジャーナ リス ト増 田と娘増 田の共 存が極めて鮮明に感 じられ る文体 となっている。 従 って、「 常態」で進め られている部分に住井のある種の実像が、「 敬体」 で進め られている部分に住井のある種の虚像が見え隠れす るとい う印象を読 者に与える結果にな っている。表 現 の一班 ところで、受け手である住井すゑの方は、全体 として「 常体」を基調 とす るが、例えば、 知 らなか った。 ところで この母が村では珍 しく、昔、女の子で学校へ 行 った子でね。だか らわた しの勉強を見て くれたのです。 父親は岩次郎 といってムコに来たひ と。父は寺子屋の師匠になる目的 で勉強 したひ とだか ら、漢籍、老子、荘子を持 ってムコに来た。夜にな ると老子、荘子を講義 して関かせ るんで、みんな メイ ツクした もんです。 70歳ぐらいで死にました。(第一部 「 家族」の項) の如 く、「 常体」「 敬体」が混在 しているが、会話のまとま りの最後の部分を 「 です・ます」で結んでいる。 この ような型が全体の中で、特に 日立つ訳で はないが全体に散見す る。「 ツ ト」への敬意の表出が、会話の終わ り部分の 「 敬体」によつて表現すれば、文の途中が「 常体」であ って も良い点を考慮 すれば、住井の姿勢の方が淡 々とした、読者を意識 した平常心で推移 してい ると思われ る。 対話における情意性を「 待遇性」において把握す るの も一つの方法である。 伝達に関わる相手意識が待遇意識によって性格づけ られ ることについては特 に留意すべ き点である。
4-1
夏 目漱石『 坊 っちゃん』を例に。 漱石の自筆原稿が編集者や印刷所の不明で理解 されず、訂正 され改重 され た ものの多いことは よく知 られている。本文の異動には、用字・用語‐文法 等種種の場合があるが、 ここでは、原稿 と初版本 (『蒻籠』所収)に
おける 文法事象一例を取 り上げ る。a
ほめ られ るおれ よ りも、′まめる本人の方が立派な人間だ。(原稿) ※『姜籠』では、「 本人の方は立派な人間だ」b
生 きてるものでな くつちや、か うび くつ く訳がない。(原稿) ※『 義籠』では、「 び くつ く訳はない」c
す ぐには返事が出来かねて (原稿)※『鶉籠』では、「 返事は出来かねて」 のように、原稿が助詞「が」で表記す るされる部分が、初版本では助詞「 は」 で表記 されるものが三例見られる。
4-2
「 ∼は」 は既知 の情報 を表 し、「 ∼が」 は未知 の情報 を表 す もの と し、 そ の既知 と未知の組み合わす基本文型 として、a既
知 は 未 知b未
知 が 既 知c未
知 が 未 知d既
知 は 既 知 が知 られている。dに
ついて大野晋博士は『 日本語の文法を考える』で「 ど うせ 日本人は 日本人だ」等の例をあげるが、北原保雄博士は「言語表現は、 何か新 しい情報を伝達す るためのものであるか ら、この型 (注d)は
、伝達 のための表現 としては、ほ とん ど無意味なものである。」(『日本語の世界6 日本語の文法』)と
する。(1)は
める本人の方が立派な人間だ。(2)は
める本人の方は立派な人間だ。 (1)は b・cの
いづれかであるが、 この場合はcで
ある。(2)はaに
当たるもの であるが、「 が」で表示 された「 ほめる本人の方」は未知の情報であ り、話 し手 (書き手)に
とっては未だ「 ツ トの情報」であ り、「 は」で表示 された 「 ほある本人の方」は既知の情報であ り、話 し手 (書き手)に
とっては、既 に「 ウチ化された情報」であることを意味する。 清はおれの事を慾がな くつて、真直な氣性だ と云つて、ほめるが、ほ め られる俺 よ りも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢ひた くなつた。(原稿本文に よる) 「 ほめる本人の方」が「 ツ トの情報」であれば、次の「 何だか清に逢ひた く なった」 と言 う文 と呼応 しない。呼応 させ るためには、「 ほめる本人の方」 が「 ウチ化 された情報」でな くてはならない。表現 の一班 しば らくす ると、何だかび くび くと糸にあたるものがある。おれは考 へた。 こいつは魚に相違ない。生 きてるものでなくつちや、か うびくつ く訳がない。(原稿本文による) 「 び くつ く訳」に指示副詞「 か う」が上接す る点を考えれば、「 び くつ く訳」 は「 ウチ化 された情報」である必要がある。「 ∼でな くつちや」 とも呼応す る。 人を頼んで懸合ふて見ると、遠山さんで し古賀 さんに義理があるか ら、 す ぐには返事が出来かねて一まあ よう考へて見や う位の挨拶を御 したの ちゃがなもし。すると赤 シヤツさんが、手蔓を求めて遠山さんの方へ出 入をお しる様になつて、 とうとうあなた、御嬢 さんを手瓢付けてお仕舞 ひとのちゃがなもし。(原稿本文による) この場合において も、「 ∼義理があるか ら」「 まあよう考へて∼」 との関係で 考えれば、「 返事」は「 ウチ化 された情報」であることが必要である。 当該三侃の場合、原稿の助詞「 が」表記の部分は、前後の関係か ら「 は」 に よって表記 し、[は」に よって表示 され る情報が「 ウチ化」 されているこ とが妥当 とヽヽう点では、初版本の本文が意味的には穏当である。 従 って、原稿の ように「 が」の場合にはどのように「 よむ」べ きか、検討 の要す るところであろ うが、文 としては不整脈のそ しりをまぬがれないであ ろ う。 原稿 と初版本 との「 が」 と「 は」 との違いが、作者 自身による訂正である のか、活字化する場合の編集者に よる訂正であるのかは明らかには じえない。 しか し、「 が」表記か「 は」表記か と言 うことは、その情報内容に対す る書 き手の意識の表示 として大 きい違いがある。 5 表現 に関わ って「 ウチ」 と「 ツ ト」 と言 う観点を考えてみた。 日本人は昔か ら「 ウチ ・ツ ト」の意識をは っき りと持 ってお り、人 と人 と の関係を「 親」 と「 疎」 とで区別を して来た。
大野晋博士は ウチとン トについて「 日本語の社会では、ウチの人間の間で 言葉 を交わ し、 ツ トなる人間はよそ者 として排除 して しまい、それはいわば 恐怖の対象、妖怪などと同列に扱 って、そ こに人間関係を結ぼ うと努めるこ とは少なか った。だか ら日本語の表現には、誰にで も事実だけが分かるよう な、客観的な中性的な表現が乏 しく、常に親疎の観念の伴 う表現が多か った。 また親 しくよく知 り合った中だけで言葉を交わすか ら、そこには省略が多い。 従って事実の文脈を知 らない人間には、表現 された言葉だけを頼 って事態を 知ろ うとしても困難な ことが少な くないのである。(『日本語の文法を考え る』