第4部まとめ
第2・3部において,『方言文法全国地図』「東北・北海道グロットグラム」のデータ を利用して,近代から現代までの日本語の共通語化の様子を概観してきた.
第12章では全体のまとめをおこなう.日本語における共通語化の段階を示し,今 後の日本語の展望をおこなう.また,研究の今後の可能性についても述べる.
第12章共通語化のモデル
12.1.各章のまとめ
本研究は,方言データベースの語形を計量的に分析することで,共通語化の過程に ついての理論構築を試みたものである.
12.1.1.GAJ以外の地域での予備的分析
GAJデー・・一一一タを取り扱う前に,第1部の第3章において,共通語化についての試験的 考察を,フランス語の方言データを用いておこなった.パリ周辺の言語の共通語化へ の方向を仮定して,方言形に得点を与え,各地点の共通語度を定めた.そして,クラ スター分析をおこなうことによって地域区分をおこなった.地点で語形の併用があり,
共通語に近い語形を優先させると現在の共通語化の経路が,また方言形に近い語形を 優先させると過去の共通語化の経路が浮かび上がることがわかった.
また,クラスター分析のほかに,多次元尺度構成法(MDS)を当該地域のデータに適 用し,言語の類似度を二次元空間に表した.言語が隣接地域と連続的な関係にあるこ とから,結果は,ほぼ実際の地理的位置関係を保った.そのため,地理的関係と矛盾 が生じる場所に特徴があらわれている.
日本では,これまで井上史雄による一連の共通語化研究があったのだが,海外にお 249
いても同様の手法で考察できることがわかった.
12.1.2.GAJにおける共通語形の分布パターン
12.1.2.1.数量化3類による分析
第2部においては,まず本研究の中心的データである,GAJにおける共通語化の構 造を分析することに主眼をおいた.
GAJの話者の平均生年は1911年であり,現代からみれば,伝統的な方言を多く使用 しているという印象が強い.話者の言語形成期にあたる1920年代当時は,まだテレビ は存在しておらず,ラジオ放送がようやく開始されようとした時代である.しかし学 校教育の影響による共通語化は始まっていたと思われる.
第4章では,GAJのデータの性格と,単純集計の結果に関する結果を示した.その 結果は,関東を中心として共通語形の使用率が高く,東北・九州において低いことが
わかった.
第1集は助詞項目,第2,3集の活用形項目と,大きく二つに分類される.そこで,
助詞項目と活用形項目を別に集計したところ,共通語使用率に大きな差があった.助 詞項目は,活用形項目よりも共通語化が進行しており,事前に両者を分離して解析を おこなうことによって,共通語化の状態をより細かく分析することが可能になると考
えた.
そのため,第5章では,まず助詞項目について数量化3類による分析をおこなった.
関東と関西の間には明確な違いは出ず,非共通語地域として,琉球,東北,九州地方 が,特徴としてあらわれた.
助詞という基礎的な語彙であることを考慮すれば,近年の共通語化ではなく,長い 時代にわたって変化せず,本州中央部に広範囲に広がっていると考えるべきであろう.
「共通語化」という視点であえていえば,京都を中心としたかっての中央語が関東に も及んでいる,と解釈するのが自然であろう.
次に第6章で活用形項目の分析をおこなった.活用形項目とは,動詞や助動詞の活 用を中心とする項目である.助詞項目との最大の違いは,琉球の多くの地点で共通語 使用が全くないため,分析対象外となったことである.活用形は助詞以上に共通語と かけ離れていることがわかる.数量化3類の分析では,関東中心,関西中心,周圏分 布,という3つの構造が現われた.しかし関東のみで使用される語形は全国的にはあ まり用いられておらず,共通語の形成の上では,活用形項目もまた,関西方言が中心 になっていることが明らかになった.
こうして,数量化3類による分析から,共通語形の使用率自体は関東地方が高いも のの,関西地方に支えられた語形が共通語として採用されている,という構造がわか
った
12.1.2.2.新たな指標を導入した分析
第7章では,共通語形と方言形の間を「共通語度」の導入によって連続的処理をし て分析を試みた.第5・6章の数量化理論では共通語形か否かだけのデータであったた め,第3章で提唱した共通語形へと変化する中間的な状況も考慮にいれた指標を導入
した分析が必要であると考えた.そのため語形の一致を計算する方法として,パター ンマッチングの手法であるレーベンシュタイン距離を採用した.マッチング字の文字 列の比較に際しても,単なる一致ではなく音声問距離を使用した.音声問距離は,生 成音韻論における弁別素性表を数値化して音声間の相関係数をもとめたものである.
これにより各回答語形と共通語との距離である「共通語度」を計算し,GAJ第1〜3 図のクラスター分析をおこなった.結果は,第1章の助詞項目では周圏分布が,第2・
3章の活用形項目では東西対立がみられ,第5〜6章の結果が確認されることになった.
「共通語度」の場合には,琉球と共通語の間の距離も計算され,位置づけることがで
きた.
また,第8章では,GAJにおける共通語普及の初期段階とみられる状況について,
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井上史雄の提唱する「鉄道距離」という指標を用いて,共通語だけでなく,東京方言 や,京都方言どれだけ普及しているのか,という視点から分析した.東京方言は23 区の話者2人の回答を「東京語」に,京都方言は京都市,高槻市,大阪市の3人の回 答を「京阪語」とみなし,それらの言語との一致率を求めた.
その結果,京阪語は広範囲に分布しているのに対して,東京語の分布は関東周辺に 限定的という結果が出た.井上(1990.3)にみられるような,近代以降の東京中心の共 通語化についての影響が限定的に関東周辺部に広がっているだけで,近代関西方言は 近畿周辺に広がりつつある状況がうかがえる.LAJにおいて徳川(1972)にもみられる 周圏論的分布についてはGAJにおいてもみられることが予想される.また,京阪語に は関東におけるもう一つの山がみられるが,東京語の場合は京阪語側に山がみられな いことからも,京阪語は東京語に影響を与えているが,東京語は京阪語に影響を与え ていないことがわかる.東京語が「言語島」となることを説明するものでもある.
12.1.3.東北・北海道グロットグラム調査とGAJの組み合わせ
第8章までで,1920年代までの日本語の共通語化の状況がわかった.その後の共通 語化の展開は,GAJから調べることは出来ないため, GAJと比較可能な現代の方言調査
と組み合わせた分析をおこなった.使用したデータは,北海道と東北地方太平洋岸で 実施されたグロットグラム調査結果(TH調査)で, GAJ第1〜3集とは30項目が重複し ており,GAJ世代(1911年生まれ)を調査当時の90代と仮定することで,共通語化の変 遷をGAJと連続して捉えようとした.
その前に,第9章では,GAJとの比較ではなく,TH調査全体の分析をおこない,東 北・北海道における共通語化の現状について考察をおこなった.若年層になるにつれ,
北海道・東北地方の独自性が失われ,東京からの影響が強くみられることがわかった.
また,老年層では言語に旧藩の枠組みが反映されており,共通語化のパターンを見る 上では有用であることがわかった.
っつく第10章からは,GAJとTH調査に共通する30項目について分析をおこなった.
第10章では単純集計結果を用いて,共通語化に関していくつかの角度から分析した.
その結果,共通語化の中心が,地方の大都市中心から直接東京の影響下におかれつっ ある状況がみられた.若年層では東京語からの直接的影響がみられる.交通やメディ アの発達との関係が推測される.また,共通語化のパターンは全体としては旧藩領下 の方言の枠組みを反映しているが,若年層では崩壊しっつあることがわかった.
第11章では,さらに多変量解析によって,分析をおこなった.第10章では共通語 形しか取り上げなかったが,第11章では方言形も加えたデータを作成した.数量化3 類を適用して方言形と共通語形の分布パターンをみた.その結果,第1軸と第2軸に,
それぞれ地域差と年齢差が綺麗に反映した.これは方言分布における2大要素がデー タから抽出されたことを示し,グロットグラムの有用性を示したといえよう.
さらに第3軸には,GAJの語形から変化していた語形,すなわち「新方言」がみら れ,主に70代,50代の回答が反映していることがわかった.
これらの結果から,東北地方における共通語化のモデルとして,地域差の減少,方 言形のバリエーションの減少,そして,地域独自の変化の衰退,という3つの方向性 をみることができた.
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12.2.共通語化の5段階
これまでの結論をもとに以下,共通語化を5つの段階について,それぞれ考察して
いく.
12.2.1.第1段階・江戸時代まで一京都中心の「共通語化」
第1段階は,江戸時代前期までの状況である.この段階の日本語については,文献 からしか知りえない.江戸幕府は開かれたとはいえ,人口や経済の中心は依然として 関西地方にあった.日本語の中心は京都の中央語のみである.
しかし,徳川(1972)や井上(2003.7)が算出したように,年速1km程度の地伝いの非 常にゆるやかなものであり,国民国家成立以前の日本語の規範は書き言葉のみであり,
話し言葉の言語的統一についての合意形成などはなく,言語の統合はみられない.
そのため,方言周圏論にみられるように,その影響が全国に及ぶうちに,中央で新 しい変化が生じたり,逆に,地方で変化が生じても中央からの矯正がなかったりする ことで,言語は分岐したままの状態になる.
12.2.2.第2段階・明治初期まで一東京中心の共通語化の基礎固め
第2段階は江戸時代後期から明治初期までの状況である.GAJの前段階と思われる.
江戸時代中期になり,日本の実質的な中心が京都から江戸に移動する.日本語の中心 も江戸に移動したため,東日本においては,京都の影響力が落ちることになった.
西日本においては依然として影響力は強いまま,東日本にも新たな核が出来たと考 えるべきである.しかし,第1段階と同様に中央が周辺に対して矯正をおこなわない 状態では,江戸・東京方言も京都方言と同様に,年速1kmの地伝いのゆるやかな伝播 のままである.第8章の鉄道距離による「東京語」の勢力からわかるように,江戸・
東京語の影響は関東地方にのみ影響を及ぼしたものと推測される.
江戸方言が上方方言の影響を受けて,周囲の方言と異なった「言語の島」(田中1983)
となっていることもあり,結果として,江戸・東京の言語が共通語としての性格を帯 びることとなった.明治中期以降の東京中心の共通語化の基礎固めの時期だったとい
える.
12.2.3.第3段階・昭和中期まで一共通語化の初期段階
第3段階は,明治時代から昭和中期までを指す.明治政府が成立してから,高度経 済成長期の前までであろう.「東京山の手の教養層」の言語と,書き言葉を基盤とした
「標準語」が形成された.教育制度の普及や,書き言葉における言文一致体の成立,
ラジオの普及など,GAJの話者の言語形成期には,共通語(標準語)を習得する環境 が整った時期であるといえる.
第4〜7章におけるGAJにおける共通語形の分析でもわかるように,共通語は東京 を含めて日常の言語ではなく,使用場面は改まった場面だけに限定的に使用されるも のであった.理解言語としての普及は進んでいるものの,使用言語には至っていない
と思われる.
第8章の鉄道距離による「京阪語」の勢力をみても,京都・大阪の言語の影響は,
東日本に及ばなくなっただけであり,西日本では強い影響力を保持したままと考えら
れる.
12.2.4.第4段階・現在まで一共通語化の段階
第4段階は,高度経済成長期以降の昭和後期である.テレビの普及により,共通語 化は急速に進展した.しかし高年層を中心に方言形を聞くことができる.そのため研 究においては世代差が重要視された.
この時代の特徴は,共通語と方言をスタイルとして使い分けることが多く,老年層 の伝統的方言とは異なる新しい方言体系として「ネオ方言」が注目されるようになっ
た.
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言語の分岐の流れは弱くなり,各地で独自の変化とは別に,共通語の影響を受けた 新しい形が生まれることが出てきた.このことが,「新方言」や「ネオ方言」という現 象の発見につながったといえる,第11章において「新方言」の世代とされた30代〜
50代は,ほとんどの人が共通語を使用可能である.
また,テレビは,ニュv・・一・ス報道などの公的以外の要素を強く持ったメディアであり,
ドラマやバラエティ番組などは,くだけた話し言葉を放送に流す必要に迫られた.く だけた共通語として採用されたのは東京方言であり,上からの共通語化とともに,下 からの東京語化も進展したと思われる.
12.2.5.第5段階・現在以降一東京語化の段階
第5段階は,現在を指す.共通語化がほぼ完了した状態で,ほぼ全ての人が共通語 を使用することができる.この状態で,共通語化は完了といってよいだろう.
第9章における東北地方における若年層の言語使用をみると,共通語能力が非常に 高いだけでなく,東京語能力が増していることがわかる.アクセントとイントネーシ ョンの習得が問題にはなるものの,東日本の若年層は,日常使用においても東京方言 の使用が可能になりつつある.
第4段階では,テレビの影響力を挙げたが,現代は,話し言葉にとどまらず書き言 葉における東京語の普及がみられる.メディアとしては,マンガの吹き出しからの東 京語の普及や,インターネットの発達にともない,電子メールや掲示板などで,口語 をそのまま文章に書く「第二の言文一致」(井上1994)による東京語の普及がみられる
53.
53近年は,携帯電話のメールや,インターネットのチャットといったリアルタイムに近い文章の やり取りが進んでおり,さらに東京語化は進んでいるものと思われる.
12.3.「東京語化」の時代
東京語化の時代は,共通語時代の一極集中とは事情が異なる.方言を使用しなくな ったということではないが,共通語化時代以降の「方言」のさす実態は,かつての「地 域共通語」(柴田1988)に近くなっている.柴田の定義では「ある限られた地域で,方 言のほかに広くおこなわれる言語」で「土地の人々は『方言』と思っていない」とし ているように,「広域」かつ「公的場面」で使用可能な「非共通語」の存在である.
もともと共通語と方言の関係は対等でなく,公私の関係として定義されてきた(安 田1999).公的場面での共通語化の完了は,私的場面への共通語化を促す.
しかし,テレビドラマや,アニメ,バラエティ番組といったくだけた場面において は,共通語では丁寧すぎるのであり,くだけた表現をする場合にはどうしても方言を 使用せざるをえなくなる.
その場合,東京方言は,影響力という点では,他の方言と比較して非常に強いもの の,政治的,教育的統制のない状況では,唯一の地位にあるとはいえない.
図12−1は,陣内(1996.8)による,現代鹿児島方言のモデルである.老年層は,伝 統的方言とネオ方言である「からいも普通語」を,若年層は,標準語(共通語)と「か
らいも普通語」とを対比させている.
方言志向タイプ
(高年層に多い)
標準賠志向タイプ
(若年眉に多い)
注:点線の矢印は遠言から標準語に切り換える話者がいる可能性を示す
図12−1・鹿児島市におけるスタイル切り替え(陣内1996.8)
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現代のコミュニケーションは,いくつかの地域性を含んだメディアによってなされ ている.日本全国に普及し,東京語の普及に貢献している.放送網も,テレビについ ては全国ネット部分については東京語化を促進させるが,ネットの範囲によっては方 言的要素が生まれる.西日本では関西の番組が勢力をもち,さらに九州では福岡の番 組が勢力をもつ.こうした日本語が多重構造になっている状態は特に西日本にみられ,
陣内(1996.2)では,福岡市における丁寧な言葉の中での4段階の改まりについて図 12−2のように示している
「そこを間違ってしまいましたからね」
①ソコオマチガッテシマイマシタカラネ ②ソコ,マチガッチャイマシタカラネ ③ソコ,マチゴーテシモータカラデスネ ④ソコバマチゴーテシモータケンデスネ 改まり
全国共通語
東京方言
西日本共通語
博多方言
①②③
④
打ち解け 改ま.りの程度と當語変種(福岡市)
図12−2・福岡市における4変種のミックス(陣内1996.2)
一方,東日本では,第9章でもみられたように,東京一極集中の状態が著しく,東 北や北関東,甲信越を巻き込んで東京語の普及が今後も進行していくと思われる.
なお,東日本が一様化し,西日本に多様性が残る状態は,大西(2002)の「東西B型
(P)」分布モデルにも似ている.大西のモデルは東西対立の分布ののち,周圏分布の放 射がおきたが東日本には到達しなかった状態の分布を指す(図12−3).
現代は言語的中心が東日本にあるため,一概にこのモデルは適用できない.しかし,
東日本全体が,「東京語一方言」という単純な二重構造になるのに対して,西日本では 東京語の影響が完全に及ばずに何重もの言語構造をなす.この点で,大西のモデルと 類似した状態になる54.東西日本はフォッサマグナ地帯によって現代でも交通の分断 があり,西日本は東日本の影響を受けにくいことや,東日本は首都圏を除けば人口が 少ない上に首都圏に近いため,単一的になりやすい側面があることなどが考えられる.
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初期の東西A型(P)
図12−3・大西(2002)による東西B型(P)の成立仮説
54西日本への放射の上位に,東日本からの放射の層ができる点で,大西仮説の現代への適用は困 難になる.さらに,東目本の一様性も東日本に強力な中心があることが原因と考えると,西日本の 多様性も西目本の放射力が弱いためということになる.
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12A.今後の課題
12.4.1.多変量解析を用いた研究について
本研究においても,大半の章で数量化3類やクラスター分析といった多変量解析を 用いて分析してきた.明らかになったことの多くは,これまでに個々の地図から語ら れてきたこと以上の結果が出たといえるが,全体的な傾向については単純集計におい てもおおむね解釈可能な結果であった.これは,言語地図のデータベースを用いた量 的な研究自体が少なかったため,マクロ的に概観した分析が少なく,単純集計の結果 から知る必要があった,ということがある.結果として,本研究が単純集計と多変量 解析の両方の結果を確認することになったともいえるだろう.
この点については,GISソフトの普及などにより,単純集計ではあっても計量的分 析が進展することが重要と思われる.GISソフトはデータを地図上に視覚的にあらわ すことができるため,言語外の指標などとの組み合わせた分析にも適している.この ことは,第2章での井上史雄の研究でも述べたように,データ縮約における有効な指
標探しにも影響する.今後のデータベ・・一・ スを用いた研究の発展が望まれる.
12.4.2.語形間距離の算出について
本研究は,言語変化の過程の分析を,なるべく客観的な手続きのみでおこなうこと を目指しており,第8章のように,音声的な処理についても出来るだけ手順を示しつ つ分析した.音素間距離の算出方法や動的計画法によるマッチングの妥当性という問 題点は残っている.これについてはHEERINGA(2004)がオランダ語に特化したように,
日本語の音韻体系にある程度の特化することも必要かと思われる.
しかし語形間距離については現状では実験的な色彩が強いため,他の章では依然と して完全一致による算出に基づく解析をおこなったため,第3章で示した共通語形と 方言形の中間段階を設定する必要性は,第8章でしか実現していない.
KAWAGUCHI(2007)は第3章の研究を発展させて,共通語形から離れた語形には大き
な値を与えたほうが,結果がより明確になることを示している.これは,川口が各語 形の歴史を踏まえた重み付けをしていることとも関係している.語形間距離の意味に ついて,より精緻な検討の必要性を示唆しているといえるだろう.
12.4.3.「東京語」・「京阪語」について
このほか,データベースを利用して共通語化以外の側面から再集計することにより,
東京方言や京阪方言の広がり具合を観察することができた.第7章でおこなった語形 間距離の算出や,第11章における方言形を考慮にいれた多変量解析にみられるように,
方言形に視点をあてる必要性を示したものである.
本研究では共通語化を調べるために共通語形の使用を中心に分析したが,日本語が 関東と関西の二つの極をもっているということは,方言形から,とくに西日本の方言 からの分析が不可欠であることを表わしているといえよう.
第8章での鉄道距離という指標によって,関西方言の勢力の大きさを示すことがで きたが,これは関西方言に限ったことではないだろう.半沢(2007)は,宮城方言にお ける「宮城性」と鉄道距離が関係していることを示している.鉄道距離は,単に地理 的条件を考慮にいれた位置関係の指標というだけでなく,地域の核となる言語の普及 という観点の重要性を示したともいえる.グロットグラムや言語地図によって,この ようなことは言われてきたが,鉄道距離と使用率という単純化の重要性を示したとい
える.
今後はGISソフトの利用が進み,方言データと文化・社会的な統計資料とを組み合 わせることによって,複雑なモデルの構築が可能になるだろう.また,それにともな って,鉄道距離とは別の単純化の発見にもつながるだろう.
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12.4.4.過去の調査との比較方法について
グロットグラム調査を通じて,若年層の言語の共通語化が著しいことがわかった.
同時に,老年層の言語が,GAJ世代の言語から変化していることもわかった.そして,
両者をっなげた第10・11章の研究で,両者が連続性をもっていることが確i認された.
地域差は,今後もなくなることはないものの,従来のような,はっきりとした差は 徐々に失われつつあり,今後は,過去に調査したデータを分析することが重要になる
であろう.
また,現代における方言調査もまた,過去の調査データとの比較によって,活用さ れるべき部分は多いだろう.鳥谷(2006)は過去の言語地図をデータベース化する必要 性をとなえ,鑓水(2007)ではそのためのツールを開発している.
GAJのデータベースが公開されたことによって,今後はGAJのデータの再分析や独 自の調査と組み合わせた多彩な研究が広がることが予想される.ただしフィールドワ ークは調査の条件や,調査者の能力などに負うところが大きいため,データの安易な 統合が危険であることは注意する必要があるだろう.
12.4.5.今後の可能性について 12.4.5.1.GAJデータを利用した研究
LAJデータである「河西データ」が語彙項目であったのに対して,本研究の中核を なすGAJの第1〜3集は,文法項目,特に助詞,動詞,形容詞を扱っている.河西デ ータが事前に分布がわかりやすいものを選定している(真田1982)のに対して,ほぼ全 ての項目を扱っているという点では,より客観的であるといえる.
しかし現状では第4集以降を分析対象としていない.第4集以降は表現法項目とさ れ,必ずしも見出し語だけが共通語ではない項目である.本研究では分析対象外とし たが,項目をみると受身・可能表現や,アスペクト表現など,文法項目として無視で きない項目も多く,個別に吟味すれば共通語を定めることが可能な項目である.例え
ば可能表現などは,実質的に可能の助動詞や,可能動詞の質問に近く,活用形項目に 加えても問題は少ないと考える.
12.4.5.2.グロットグラムを利用した研究
本研究でGAJ以降の時代のデータとして使用した東北・北海道グロットグラム調査 のデータだが,これは本研究においては最大の制約となっている.
一っは地域の問題である.共通語化のモデルとして,方言の衰退に伴う共通語の普 及という単純化したモデルを描いたが,西日本では,関西方言が「西日本共通語」と
して,共通語とは別の地位をしめつつある.東北地方の共通語化の考察は,東日本の モデルを構築する上ではよいかも知れないが,西日本における関西方言の位置づけを 無視することは出来ないため,実証的な分析は今後の大きな課題である.
また,グロットグラム自体の問題もある.グロットグラムは地域を線でカバーする ため,単純なモデル化には向いているが,詳細な分析をする際には,経年的な面状の 方言データを準備する必要がある.
グロットグラムを全国に広げることで実質的に面状の方言データを整備すること も可能である.このためには広範な研究者同士の連携も重要となるだろう.
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