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論文題目 「海上物品運送人の定額賠償制度に関する研究」

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早稲田大学大学院法学研究科

2014年6月

博士学位申請論文審査報告書

論文題目 「海上物品運送人の定額賠償制度に関する研究」

申請者氏名 旭 聡 史

主査 早稲田大学教授 博士(法学) (早稲田大学) 箱 井 崇 史

早稲田大学教授 博士(法学) (神戸大学) 正 井 章 筰

早稲田大学教授 尾 崎 安 央

早稲田大学教授 博士(法学) (早稲田大学) 大 場 浩 之

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2 旭聡史氏博士学位申請論文審査報告書

早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程学生である旭聡史氏は、2014年2月3日、早 稲田大学学位規則第7 条第 1項に基づき、その論文「海上物品運送人の定額賠償制度に関 する研究」を早稲田大学大学院法学研究科に提出して、博士(法学)(早稲田大学)の学位 を申請した。後記の審査委員は、同研究科の委嘱を受けて、この論文を審査してきたが、

2014年6月23日、審査を終了したので、ここにその結果を報告する。

Ⅰ.本論文の構成と内容

(1)本論文の目的と構成

国際海上物品運送法は、1957年の制定以来、商法580条および同581条を準用すること により、国際海上物品運送人の運送品に関する責任についていわゆる定額賠償制度(運送 品に生じた損害に対する運送人の責任についてはその範囲を到達日における到達地の物品 価額に限定する制度)を定めていた。同法は、1968年の議定書による1924年の船荷証券統 一条約改正をうけて、1992年に、これらの規定の準用をやめ(商法580条3項を除く)、改 正議定書の採用した同種の制度を12 条の2 に規定した。こうした経緯から、わが国では、

商法580条と国際海上物品運送法12条の2は、ほぼ同趣旨として解されてきているところ、

本論文は、定額賠償を定める商法 580 条の沿革に遡りその法意を明らかにするとともに、

条約規定に関する国際的な理解を踏まえて国際海上物品運送法12条の2の規定に関するわ が国の通説的理解の妥当性を検証しようとするものである。

本論文は、序論、第1章「運送人の定額賠償の沿革」、第2章「商法の定額賠償規定の民 法の一般原則との関係」、第3章「国際海上物品運送法の定額賠償規定の解釈」および終章 で構成されている。

なお、第2章は筆者の既発表論文「商法580条による運送人の定額賠償に関する一考察」

(早稲田法学会誌64巻2号)を加筆修正したものであり、第3章は、同じく「海上物品運 送人の損害賠償の範囲について―国際海上物品運送条約の国際的理解をめぐって―」(早稲 田法学会誌62巻2号)を加筆修正したものである。

(2)本論文の内容

1)第1章「運送人の定額賠償の沿革」では、運送人の責任に関する定額賠償制度の沿 革が検討されている。

ここでの筆者の関心は、定額賠償制度がそもそもローマ法のレケプツム責任に由来する 運送人の厳格責任に対応するものとして認められてきたという理解から、現在の商法が厳 格責任を放棄して過失責任の原則を採用した以上、責任の制限ないし限定としての定額賠 償規定は理由がなくなったとの学説(竹田省教授)の指摘と一致する。

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第1節「ローマ法・レケプツム責任」では、運送人の責任原則を定めるわが国の商法577 条が1897年のドイツ商法典(旧商法典)429条および同431条を継受したことを確認し、

ドイツでは1861年の最初の商法典395条においてローマ法のレケプツム責任に由来する運 送人の厳格責任が規定されていたことを指摘する。そして、このような連続的関係をふま えて、『学説彙纂』第4巻9章に収載されている法務官(プラエトル)告示を法源とするレ ケプツム責任のローマ法における位置づけを詳細に検討している。ここでは、レケプツム 責任は船主であれば運送契約という双務契約に付随して成立する引受契約(受取行為によ り合意が擬制される)に基礎づけられたものであり、主たる契約に基づく訴権とは別個の ものとして通常の契約責任とは性質の異なる法定の特別責任であったこと、また、これに よる救済は、物品の財産的補償を目的とするものであり、滅失または毀損した物品の客観 的価値が賠償額と一致するものであったことを指摘する。また、レケプツム責任の責任主 体が船主、旅館の主人および厩舎の主人に限定されていたことに関連して、これらの者は 旅行者が旅の途中でこれらの者のサービスの提供を受けること、またその際に、これらの 者の支配下に携行品を委ねる必要があったことを共通点として着目し、レケプツム責任の 本質は、船主等に厳格な責任を課す必要があったというよりは、むしろ簡易・迅速な紛争 解決という、損害賠償請求者にとっての便宜のための制度を設けたのではないかとする仮 説を提示している。また船主等の過失(有責性)は問題とならず、旅客者の行為について まで責任を負わされるものであったことから、債務不履行責任ではなく、物に対する危険 の分配の制度であったと指摘する。

そして、運送契約とレケプツム責任との関係については、Zimmermann教授の所説を紹介 しつつ、もともと付随的な保証責任であったレケプツム責任が、あたかも運送契約に内在 的に伴うものとして運送契約の責任に厳格責任として取り込まれ融合されることになった との理解(筆者は、保管義務(custodia)の概念との混同という)に立ち、レケプツム責任 の固有の性質であった賠償額と物品価値との一致が損害賠償責任の一般原則のフィルター を通して評価されることになったとの仮説を示している。さらに、筆者は、このように運 送契約責任に取り込まれた結果、損害賠償の範囲の限定ないし責任制限としての側面が強 調されるようになったのではないかと指摘している。

第2節「旧商法における定額賠償」では、1890年(明治23年)に制定され、いわゆる商 法典論争のためにごく短期間施行されたにすぎない旧商法典の規定を検討する。まず、運 送人の責任原因に関する旧商法493条2項(海上物品運送人については旧商法901条3項)

について、運送人の免責を不可抗力など一定の事由に限定することにより、レケプツム責 任に由来する厳格責任を採用したことを確認している。また、旧商法では、商事契約の債 務不履行責任として、価額賠償と損害賠償の異なる2つが定められており、前者は債務不 履行において債務者が債権者に対して債務額または目的物の価額および利息を賠償するこ とであり、後者は他人に生じた損失およびその逸失利益を含めたすべての損害を賠償する ものであることを指摘して、それぞれを詳細に分析している。その上で、筆者は、この2

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つの賠償責任の関係は、あたかもローマ法におけるレケプツム訴権と双務契約に基づく訴 権との関係に共通するものであり、通常損害と特別損害、あるいはドイツ法の抽象的損害 算定と具体的損害算定とも実質的な共通性をもつことを指摘する。そして、このようにみ た場合の定額賠償は、損害賠償の一般原則の特則としての責任制限制度ではなく、目的物 についての危険が現在化したときのリスク分配の規定とみられるとの見解を示している。

2)第2章「商法の定額賠償規定と民法の一般原則との関係」では、一般法と特別法と の関係で理解されている民法416 条と商法 580条の実質的な関係が検討されている。一般 に、商法 580条は運送人の負うべき損害賠償責任の範囲について、民法 416 条の適用を排 除する特則であり、いわゆる定額賠償を定めたものと理解されている。筆者はこの点につ いて、商法580 条による損害賠償算定のルールが、一般規定たる民法 416条による損害賠 償原理の一環として理解されるものか(民法416条1項と同旨であり、単に同条2 項を排 除する趣旨)、それとも別の原理に基づくものであるかの検討が必要であると、問題を提起 する。

第1節「ドイツ法における運送人の定額賠償の位置づけ」では、商法 580 条および 581 条が1897年のドイツ商法典430条(当時)に由来することを確認した上で、ドイツ法の検 討を行っている。筆者はまず、ドイツ民法における債務不履行の損害賠償の一般原則を前 提として検討したのち、ドイツ商法典旧 430 条と一般原則との関係および同条の責任制限 規定としての効果を検討する。ドイツでは完全賠償を原則として、予見可能性などによる 損害賠償の範囲を制限する仕組みをもたなかったところ、旧 430 条は運送品の滅失または 毀損の場合に、運送人に普通の取引価格または普通の価格の賠償を義務づける抽象的損害 算定規定として、運送人の責任を制限する機能を有していた。また、同条が運送人に故意・

重過失がないことを条件として認められる点についても、これが責任制限の規定であると いうことで正当化されるものであったと指摘する。また、この規定は1861年の旧商法典396 条を踏襲するものであるところ、旧商法典ではレケプツム責任に由来する厳格な責任を負 っていたのに対して、1897 年商法典では過失責任の原則を採用した結果、厳格責任のいわ ば代償という説明ができなくなり、現在では、運送契約に特徴的に生じる損害リスクにつ いて、契約上のリスク分配の問題としてとらえた説明がなされていることを指摘している。

また、このような規定は運送人にとって有利であると同時に、立証責任の軽減という点で 荷主側にとっても利益となり、運送人に故意・重過失がある場合においても、民法の一般 原則による責任追及に加えて、なお商法の特別規定に基づく責任追及ができる点をとらえ、

ドイツ商法旧430条がリスク分配に関する特則であることを強調している。

第2節「イギリスにおける運送人の損害賠償責任の範囲」では、民法416条が、Hadley v.

Baxendale事件(1854年)で示された、いわゆるハドレー・ルールに依拠したものであるこ

とを示したのち、イギリスにおける損害賠償責任の一般原則と運送人の負う損害賠償責任 の範囲を検討している。イギリスにおいては、いわゆる制限賠償原理が採用されている点

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でドイツと異なり、損害賠償の範囲を制限する仕組みが一般原則として存在することによ り、個別の契約における当事者間のリスク分配を探ることを可能にしていた。運送人の損 害賠償責任については、イギリスにおいても運送品の到達地の市場価格を基準としており、

原則として請求者における具体的事情は考慮していないから、ドイツ商法典旧 430 条と共 通しているが、市場価格基準は「通常の算定基準」(normal measure)であって、一応の基準 と位置づけられるものであるから、ドイツ法と比較するとより柔軟な基準であると評して いる。また、間接損害については、損害の疎遠性(remoteness of damage)の基準の適用によ り解決され、運送契約における一般的、原則的なリスク分配として運送人の損害賠償責任 の範囲に含まれないとされている点でドイツ法と共通するが、イギリスでは具体的な事件 の事実関係いかんの問題であり、責任制限規定をもつドイツとはこの点で異なると指摘し ている。

第3節「運送人の賠償責任の範囲と民法の一般原則との関係」では、ドイツ法およびイ ギリス法の検討をうけて、日本法におけるこの問題を詳細に検討している。筆者は、まず 民法 416 条に関する学説の展開を分析している。ここでは、ドイツ民法に依拠した初期の 相当因果関係説と、これを批判して展開された保護範囲説・契約利益説を俯瞰しながら、

民法 416 条を相当因果関係の理論から切り離し、契約におけるリスク分配という観点から とらえ直す近時の有力学説である保護範囲説に立脚した場合の民法 416条と商法 580条と の関係について論じている。ここでは平井宜雄教授の所説を引用しながら、この立場によ れば、商法580条による抽象的損害は民法416条1項の趣旨と同じものといえることなど を指摘している。

次いで、筆者は、商法 580条および同 581 条の解釈そのものの検討を行っている。ここ では通説の形成過程として商法の立法当時からの学説の変遷を要領よくまとめている。ま ず初期の学説がドイツ法学説の影響を色濃く受けていたことを確認する。初期の段階では 鳩山秀夫教授の相当因果関係説を前提としつつ、商法 581 条の「一切ノ損害」は民法 416 条による損害の範囲と一致し、商法580条により運送人が責任を負うのは「受けたる損害」

に限られ、「失われたる損害」については責任を負わず、この「受けたる損害」は民法 416 条1項の通常損害に、「失われたる損害」は同条2項の特別損害と同視されるに至ったと評 価して、これが商法580条および同581条の解釈として通説化していったものと指摘する。

これに対して、近時の学説は、「受けたる損害」、「失われた損害」、さらには「相当因果関 係」の概念を用いず、端的に民法 416 条を参照して、特約がなければ運送品の滅失・毀損 による損害は通常損害の程度にとどめ、特別な事情による損害については運送人が予見し、

予見することを得べかりし場合にもこれを賠償すべき責任を負わず、また、通常の損害に ついても画一的処理のために賠償額を定型化して、実損害によらず、引渡しあるべかりし 日の到達地における運送品の価格を基準として算定するとしている点を指摘して具体的な 検討に入る。

筆者は、まず通説的な理解における商法580条、581条と民法の一般原則との関係を考察

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し、ドイツ商法典旧430 条の解釈を受け継いで、これを民法 416条の解釈に接合して形成 されたと評価する。そして、商法 580 条はそれにより画される損害賠償の範囲を因果関係 とは別のレベルでさらに限定する規定であり、責任制限の規定と位置づけられることにな らざるをえないとする。また、その根拠として考え出されたのが運送人の保護の趣旨であ るとした上で、運送人保護のあり方として商法 580 条の妥当性について論理的根拠を示す ことができるのかを疑問としながら、同条には立証責任の点で荷主にも有利な点を看過し ているのではないかと疑問を呈している。次いで、保護範囲論の立場から商法 580 条がど のようにみられるかを検討し、これを運送契約上のリスク分配の規定であるとして、民法 416条と商法580条の規定の趣旨は共通しており、運送契約という個別的な契約類型におけ る定型的な契約危険について民法 416 条の一般原則の適用を一部修正したうえで、これを 具体化、標準化したものととらえることができるとする。さらに筆者は、商法 581 条の定 める「一切の損害」について検討を加えている。

本節の最後には、「試論」の項が設けられており、ここで筆者は、民法416条の不法行為 責任への準用を否定する民法学説が優勢となるなか、商法580 条および 581条を運送法に 関する特別なリスク分配と損害額算定の基準を具現化したものとみて、定額賠償規定は損 害賠償の一般原則の例外としての責任制限規定ではなく、価額賠償ないし価額補償規定と 観念する可能性について言及している(筆者は、イギリス法におけるような損害賠償算定 のデフォルト・ルール程度の位置づけという)。そして、責任制限の必要については、これ を各輸送モードに応じた個別的な責任制限規定や当事者の個別的合意に委ねることによる 理論的純化の可能性を示唆している。そのうえで、これらの問題は損害賠償法の一般理論 との関係で定額賠償制度をどのように位置づけるかの問題であるが、保護範囲論が強調し た契約によるリスク分配を具体的な契約危険の性質に即して個別的に考察するという視点 が重要であり、運送契約におけるリスク分配に関する類型化の検討が必要であるとしてい る。

3)第3章「国際海上物品運送法の定額賠償の規定の解釈」では、第1章および第2章 での検討をうけて、わが国の国際海上物品運送法12条の2を検討している。

第1節「国際海上物品運送法12条の2 の解釈」では、わが国では1992年の国際海上物 品運送法改正により同条が設けられる以前から、同法は商法580 条および同581 条を全部 準用することにより運送人の定額賠償制度を国際海上物品運送人の責任に及ぼしており、

新たな12条の2についても、商法と同趣旨であると解されてきていることから、まずは商 法580条そのものを検討する。すなわち、明治32年制定時の立法資料や当時の文献からは、

定額賠償としての運送人の保護の考え方はみられず、現在の通説的理解とは相違があった ことを指摘している。

第2節「統一条約4条5項(b)の国際的理解」では、前章において示された問題意識の下 で、1968年のいわゆるヴィスビー・ルールによって採用され、国際海上物品運送法12条の

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2のもととなった条約規定の審議過程が検討されている。条約規定は、責任の限度額を設け るとの意図において提案されながら、その審議の過程において責任制限の趣旨を含まない ことが認識され、条約案としては賠償額の推定的な算定方法を定める趣旨へと変質して採 択された過程が示されている。ここで、筆者は、わが国の商法 580 条に関する通説的な理 解と異なる性質の規定としての条約規定の誕生を示唆している。続いて、ヴィスビー・ル ールによる条約改正後のこの規定に関する国際的理解として、責任制限の趣旨を否定する 立場と、これを肯定する立場とが併存していることを判例学説の検討により明らかにして いる。さらに、運送人の損害賠償責任の範囲について、その後の他の条約、すなわち 1978 年の国連海上物品運送条約(1992年発効、ハンブルク・ルール)および2009年に制定され た新たな国連条約(未発効、ロッテルダム・ルール)における各規定を検討し、それぞれ の起草過程においても、船荷証券統一条約4 条5項(b)が必ずしも責任制限の規定としては 評価されていなかったことを指摘している。最後に、「おわりに」として、ロッテルダム・

ルールではわが国の通説に近い理解が採用されているため、通説的理解が価値判断として 誤りであるとはいえないものの、国際海上物品運送法12条の2の解釈として単純に商法580 条と同趣旨と結論づけることは問題であり、同条項の趣旨および位置づけについて再検討 を要するとの主張がなされている。

4)終章では、本論文の総括がなされ、結論として、まず、運送人の定額賠償制度はも ともと運送品の損失に対する財産的補償を目的として、危険の引受けあるいは分配の性質 を有する「価額補償」というべきものであったのであり、賠償額の制限規定であるとみら れたのは、価額補償制度の目的からもともと内在する制約に過ぎないことが指摘されてい る。そして、輸送モードに応じた危険を反映しながら適切な危険および責任の分配を実現 するためには、定額賠償を価額補償における損害賠償額の算定規定と位置づけたうえで、

価額補償が妥当する事例と契約違反による損害賠償が妥当する事例を区別していくことが 必要であると主張している。

Ⅱ.本論文の評価

本論文の基礎となった筆者の研究は、海上物品運送人の運送品に関する責任の範囲を定 めた国際海上物品運送法12条の2の解釈に関して、わが国の通説的な理解が必ずしも国際 的な理解と一致するものではないとの問題意識から出発した。その検討の前提として、通 説がその基礎とする商法 580条の検討に遡り、あわせて一般法である民法 416 条との関係 について、ドイツ法およびイギリス法の関連規定および判例の分析を試みるが、ドイツ旧 商法の採用した運送人の厳格責任と損害賠償責任の範囲との関係をさらにローマ法のレケ プツム責任にまで遡って検討している。

本論文は、この研究を時系列的に再構成したものであるが、最も高く評価すべきは、最 後の第3章である。第3章では、筆者が主たる関心事とする国際海上物品運送法12条の2 の解釈が論じられている。国際海上物品運送法は、1992年(平成4年)の改正による12条

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の2の新設まで、商法580条(および商法581条)を準用していたという経緯から、改正 条約に基づき12条の2の規定を設けたのちも、同条は商法580条と同趣旨であるとする理 解がそのまま維持されわが国の通説となっている。本論文は、こうしたわが国の学説の態 度を厳しく批判している。わが国の学説が、1992 年の改正により新設された国際海上物品 運送法12条の2について、十分な検討を行うことなく従前の理解を漫然と踏襲したとの筆 者の批判についてはおそらく反論の余地はなく、条約改正の審議過程の克明な分析とその 後の外国の判例・学説の検討により国際的理解とわが国の通説との相違を明瞭に指摘した 本論文は、この一点においても、わが国の海法学界にきわめて大きな貢献をもたらす秀逸 な作品であるといえる。

筆者は、また商法 580条の通説による解釈そのものの形成過程を分析するため、第2 章 において、商法 580条と一般法である民法 416条との関係を論じている。ここでは、民法 416条の解釈について、保護範囲論の提唱者である平井宜雄教授の学説を十分に咀嚼し、さ らに中田裕康教授や潮見佳男教授による最新の学説や現在進行中の債権法改正の方向も踏 まえた周到な議論を展開している。それに加えて、それぞれの規定に関連するドイツ法お よび英法ついても原語資料に基づく精緻な検討がなされており、筆者の学識の高さを遺憾 なく示す作品となっている。特に、商法580 条と民法 416条の関係の分析は、民法学にお いても商法学においてもこれまで試みられたことがないところ、本論文はこの点について 民法と商法の関連性を遡ったわが国初の本格的な研究であり、双方からの議論の下地を提 供するものとなっている。筆者は、条文の沿革について、このように比較法を駆使した詳 細な研究を行っており、商法580 条と民法 416条をともに契約リスクの分配に関する規定 と解することを提唱しているが、これは今後の議論を契約リスク分配論それ自体に昇華さ せる方向性を示唆するものともいえ、その結論においても重要な意義が認められる。

このような研究を行った筆者の関心は、運送人の厳格責任が過失責任へと変化したこと による定額賠償規定の意義の変化へと向けられ、さらに第1章では、ローマ法のレケプツ ム責任にまで遡った検証が試みられている。第1章では、ローマ法の検討において、(i)レ ケプツム訴権は主たる双務契約(たとえば運送契約)に付随した別個の訴権であったが、

現代では契約違反に基づく損害賠償に一本化されているところ、定額賠償制度は、もとも と旅行者の携行品や運送品の返還またはそれに代わる財産的補償を迅速に実現する制度で あったこと、また、(ii)賠償額が物の客観的価値と一致することはこの制度の内在的かつ 固有の制約といえ、それがレケプツム責任と契約責任の一体化を通じて、定額賠償制度と して損害賠償法の枠の中に位置づけられた結果、これに対して損害賠償の範囲を限定する 制度であるとの評価(運送人保護の趣旨)が強調されてきたとの興味深い仮説を提示して いる。そして、運送人の定額賠償制度は、厳格責任の下では明確な存在意義が認められる が、過失責任の原則の下では従来とはその意義が異なってくるとの認識から、筆者は、運 送人の責任について厳格責任の原則を採用していた1861年のドイツ旧商法典と、過失責任 の原則を採用していた1897年のドイツ商法典との比較、およびわが国の1890年(明治23

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年)旧商法の検討を行っている。この検討において、レケプツム責任に由来する価額賠償 が運送契約上の損害賠償責任に取り込まれ、なおかつ定額賠償制度が維持された過程を示 すことにより、現在の定額賠償制度の存在意義については、少なくともそれが自明でない ことを明らかにしている。本論文は、これまで運送責任については歴史的な事実として言 及されてきたに過ぎないローマ法のレケプツム責任が、商法 580 条とも間接的な関係を有 していること、およびその関係の内容を明らかにするとともに、ドイツ法を経てわが国に 継受された商法 580 条の運送人の定額賠償規定に至る過程を詳細に分析するわが国におけ る初めての本格的な学術論文ともなっている。

このように、本論文は、まさに出色の作品というべきであるが、なおいくつかの問題な いし注文を指摘しておきたい。筆者は、商法 580条と民法 416 条の理論的関係性を示して いるが、いかなる理論構成を採用するかによって具体的な法的効果にいかなる違いが生じ るかといった点まで踏み込んだ指摘をすることができれば、より有意義な研究になったで あろう。また、ドイツ法に関して果敢に原書資料に挑戦しているが、さらにドイツ民法(損 害賠償法)そのものの検討もあれば、より説得的なものとなったと思われる。さらにいえ ば、商法 580 条については、延着損害との関係であるとか、実際の損害がより低額であっ た場合の取扱いなどについて従来から議論があり、筆者も冒頭において紹介しているが、

最終的にはこれらは本論文の主たる検討対象とはされなかった。商法 580 条を多面的に考 察した本論文の検討を通じて、これらの点にも一定の示唆を与えることができたのではな いかと思われるが、これはぜひとも次なる課題として挑戦してもらいたい。

もちろん、本論文の学術的価値の高さはすでに示したとおり明らかであって、これらの 指摘ないし要望は本論文の価値に関わるものではない。

Ⅲ.結 論

以上の審査の結果、後記の審査委員は、本論文の提出者が博士(法学)(早稲田大学)の 学位を受けるに値するものと認める。

2014年6月23日

審査員

(主査)早稲田大学教授 博士(法学)(早稲田大学) 箱 井 崇 史 早稲田大学教授 博士(法学)(神戸大学) 正 井 章 筰 早稲田大学教授 尾 崎 安 央 早稲田大学教授 博士(法学)(早稲田大学) 大 場 浩 之

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