2
特別講演要 旨
動物 におけ るシー トか らの形づ くり
本 多 久 夫
新技術事業団 ・古里再生機構 プロジェ ク ト
我々は3次元の世界にいるのだか ら形 を3次元 で考 えるべ きだ とい う主張はいっけん正 しいよう に見 えるが,事 態 をやや こし くしている面が ある。
3次元でな く, とくに生物の形につ いては,2次 元 を基本 に考 えてい くと理解 しやす くな り,見通 しもよ くなる (拙著 「シー トか らの身体づ くり」
中公新書,
1 9 9 1 )
。ここでは3
次元空間の中で2
次 元的 なシー ト構造が変形す る様子 を頭 にえが きな が ら生物の形 を考 えてみたい。1.2次元 シー トは遺伝子 と形の橋渡 し
株皮動物の原腸肱形成 (図
1)
, 晴乳類の神経管 形成 (図2),眼や三半規管の形成 (図3, 4), 肺 の分 岐の形成 (図5) な どを思 い うかべ てほ し い。上皮組織 とよばれ る,細胞が集 まってで きた シー トが窪 んだ り,融合 した り,分離 した り‑‑・独特 の変形 をお こな う。 この結果,体 は上皮 シー トですみずみ までおおわれ るこ とになる (図6)0
これ らの変形過程 をさかのぼれば, 身体 のパー ツ は, 胞肱 とい う普通 は閉 じた曲面 であるシー トの
図1 ウニの原腸 睦形成
a
上 に運命予定地 図 としてプ ロッ トで きる (図7)0
す なわち,形は遺伝 子に よって決定 されていると 考 えれば,
遺伝 子
とい うスキー ムが成 り立つ。形の形成 の研究分 野
図3 神経管か ら眼の形成
網膜色素上皮
図4 耳の三半規管 とうず まき管の形成
図5 肺の形成
3
十
図6 身体は上皮 シー トによ りすみずみ までおおわれてい る
図7 ショウジ ョウバエ胞肱の運命予定地図
は,遺伝子が シー トに地 図 をか く段階 と, その地 図に従 って シー トがふ くらんだ り,折 れ畳 まれた りして形が で きる段階に分 け ることが で きる。す なわち,遺伝子が シー ト上 の細胞の性質 をいかに して決定す るか とい う研 究テーマばか りでな く, 性質 の決定 された細胞が力学の法則に よって どん な構造体 をつ くりあげ るか も重要 な研 究 テーマで ある。
2.
細胞極性 に基づ いて再構築 され るシー ト構造 シー トの変形 中に シー ト構造 をつ くっていた細 胞がいったん シー トでない細胞塊になってか ら再 びシー ト構造 をつ くるこ とがあ る。 甲状腺 ろ胞形 成,唾液腺の分枝体形成,皮ふの汗腺形成な どが そ うである。上皮細胞は多面体 の一方が ウラ (塞 底膜側) な ら他方はオモテ (自由空間側) とい う 極性 を形成す るこ とで, シー ト構造に復帰す る自 己形成能 をもつ のであ る。 この例 として甲状腺の 形成 を考 えてみ よう。く細胞のウラ ・オモチ〉
上皮細胞 では,細胞体 表面 に対 になったウラ(塞 底面,基底膜や 間質結合組織に面す る側, コラー ゲンに接触 しラ ミニンが存在す る) とオモテ (自 由表面,微繊毛や繊毛 な どが あ る)の面があるの が普通 であ る。
これに関 して二つの実験 を紹介 しよう。 そのひ とつ は,上皮細胞 を培養 してつ くった単層の細胞 シー トを使 ってお こな う。 培養皿の底 に細胞が敷 き詰 まって シー トがで きると, シー トの下側 に基 底膜が形成 され る。 これは コラーゲンや ラ ミニン な どでで きた膜 であって シー トのこの下側 をウラ とよぶ と, シー トの上側 はオモテである。 ここで 実験 として, オモテに コラーゲ ンを塗 ると,細胞 は下面ばか りか上面 までウラの環境に取 り囲 まれ るこ とにな る。 これは異常事態 であって, この ま ま培養 を続 け る と,細胞は この事態に対応 して, 増殖 をお こして細胞一個 の厚みの上皮 シー トの袋 をつ くる。袋 の外は基底膜 でおおわれたウラであ り,袋のなかには空間がで きオモテ面 (自由表面) がで きる。袋 を構成 している細胞に してみれば, 袋の外側方 向に ウラ, なか側 にオモテの一対 の面 がで きたこ とにな る。上皮細胞は このようにウラ・
オモテの方 向性 をもつ(Chambardetal.1981,Hall etal.1982).
もうひ とつの実験 は, 甲状腺 ろ胞 をとりだ して 培養す る実験であ る。 ろ胞は細胞一層の シー トが 閉 じた袋 になっていて外側が基底膜のあるウラで ある。 酵素 で基底膜 を処理 した後,培養条件 を変 える(血清の濃度 を高 くす る)。 こうして培養 を続 け ると, ろ胞の ウラ とオモテが逆転す る。 ろ胞の
4
培養液 に按す る側,す なわち外側がオモテにな り, ろ胞の内腔 は ウラになる。 この逆転 は細胞が動 い て逆転す るのではな くて,細胞のパー ツや なかみ が位置 を変 えて,すなわち,核, ゴル ジ体,微繊 毛, タイ ト結合 な どが配置替 えをお こ して逆転す るのであ る。 細胞の環境が変 わ って, それ までウ ラであった ところがオモテになるよ うに要請 され る と, もともとオモテであった ところが ウラに逆 転す るのである (Fujita,1988)0
く細胞のふ るまいのルール〉
この ような実験結果か ら,次の よ うな細胞のふ るまいのルール を仮定 した :
a.ウラの誘導
a‑ 1 .
ウラが形成 され る とこれ と按す る隣接 細胞の こちら側 にウラが誘導 され る。a‑2.隣接細胞の連続 した細胞面へ ウラを誘 導す る。
b.ウラ形成の制限
b‑ 1 .
細胞が ウラ面ばか りで取 り囲 まれ るこ とはない。必ずあ る大 きさのオモテ面 がで きる。b‑2.まわ りの細胞か ら支持 され ないウラ面 は退縮す る。
b‑3.ウラ ・オモテが反転す るこ とがあ る。
C.ウラ面 に対応 してオモテ面 (自由表面)が 誘導 され る。
図8 細 胞の塊か らシー ト構造が で きる
太 い 線 :ウ ラ面,十十十 :ウ ラ の 誘 導,×:退 縮, 点々 :オモテ空間
くシー ト構造形成過程 )
2次元ポロノイ (デ ィ リクレ) 多角形パ ター ン を使 って細胞の ウラ ・オモテ決定過程 を上記のル ールに従 ってた どってみ よ う(図8)O ひ とかた ま りの細胞の辺の ウラ ・オモチを仮 に ランダムに き めてみ る。 ルールに よってウラまたはオモテが支 持 された り, または消滅 してあ らたに決め られ る (ルール
a‑
1,b‑
1,b‑ 3 ) 。
このあ と,ウラ面 の 誘導がお こ り(a‑2), い くつかの細胞群が ウラ面7 /l
I:t 、!Il
日 小
tl t. ド
I: I:I. '川 /1.t、 ,':\、 ,I:):I:I.̲
′IJ Py,′'十、7 ‑̲‑̲I‑,/,\、、、:
‑‑\ヽ‑̲‑‑J一二一一」I̲‑̲‑̲‑̲
\ミ I.義
膜タンパク
脂質二重層
腸上皮細胞
腸上 皮 シー ト
輪状 ひ だ
図9 小腸 の フラ クタル的構 造
5
で囲 まれ る。つ ぎに支持 されないウラが退縮 して パ ター ンが整理 され(b‑2), オモテ空間が誘導 さ れ る(C)。 この過程 は甲状腺 ろ胞形成に対応す る ように考 え られ る。 唾液腺,汗腺形成 な ども基本 的にはこのルールに基づ いて理解 で きるようにお もわれ る。
このモデルは,実際は3次元の細胞塊 を 2次元 の図であ らわ した荒 っぽ いスケ ッチであ る。考慮 すべ きこ とはまだた くさんあ る。 形態形成の過程 で激 し くお こってい る細胞の並 び替 わ りや細胞分 裂 は無視 で きない過程 であるが これす ら考慮にい れていない。 しか し, は じめに細胞の塊があった ときに,全体 を支配す る高度 なシステム を必ず し も考 えな くて も,細胞が従 う少数 のルー ル を仮定 す るこ とで,上皮 シー トの秩序 あ る構造 の形成が 理解 で きるようにお もわれ る。
3.
シー トの フラクタル的構造生物体 を単純 に2次元 シー トの変形の結果 とは みな しに くい一 因は生物体 にみ られ るフラクタル 的構造にあるか もしれない。 た とえば,腸管 内壁 は吸収機能 向上 のため表面積 が大 きくなっている (図
9
)。内壁 に環状 ヒダが あ り,この ヒダ面に ぎ っ しりと繊毛突起が あ り,拭毛突起の表面 にはま た徴繊毛突起 があ る。 この何段階かの入れ子構造 の フラクタル次元 を求め ると2. 4
であった。これは, は じめ単純 なシー トであった ものが表面積 を大 きくす るよう入 りくんで複雑化す る。 その複雑 さの 程 度 を定量す ると3次元の方に0.4だけに じみ出た と解釈 で きる。 フラ クタルの概念が流布 されて久 しいが, フラ クタル を生物 の形においては この よ うに捉 えるこ ともで きるのであ る。 皮膚の表皮 ・ 真皮 間の膜構造 につ いて もこれ と似 た議論 が成 り 立つ。