駒澤大學佛教學部論集 第四十九號 平成三十年十月 三三
は
じ
め
に
た だ 今 、 ご 紹 介 に あ ず か り ま し た 大 野 で ご ざ い ま す 。 こ の よ う な 機 会 を 与 え ら れ ま し た こ と を 、 ま ず も っ て お 礼 を 申 し 上 げ ま す 。 本 日 、 掲 げ さ せ て 頂 き ま し た タ イ ト ル は 、 非 常 に 大 き な テ ー マ で あ り ま す 。 イ ン ド 仏 教 の 修 行 法 は 、 四 世 紀 頃 か ら 『 坐 禅 三 昧 経 』 な ど の 禅 観 経 典 と 共 に 、 中 国 に 伝 来 し ま し た 。 経 典 に よ っ て 、 修 行 法 に 統 一 ・ 一 貫 性 が な く 、 体 系 化 さ れ て い な い 状 況 で あ り ま し た 。 仏 教 が 仏 教 で あ る た め に は 、 戒 ・ 定 ・ 慧 の 三 学 の 体 系 が 完 備 さ れ て い な く て は な り ま せ ん 。 中 国 仏 教 に は 、 組 織 的 な 修 行 法 が あ り ま せ ん で し た の で 、「 定 学 」 の 体 系 を 築 く と い う こ と が 、 最 も 重 要 な 課 題 で あ っ た と い う こ と が で き ま す 。 中 国 天 台 の 開 祖 で あ り ま す 天 台 智 顗 ( 五 三 八 ― 五 九 七 ) は 、 こ の 課 題 に 正 面 か ら 取 り 組 み ま し た 。 如 何 に 大 乗 仏 教 の 修 行 法 と し て 体 系 化 し 、 成 立 さ せ 展 開 し た か と い う こ と を 、『 次 第 禅 門 』 と 『 摩 訶 止 観 』 と を 中 心 に お 話 さ せ て 頂 き た い と 存 じ ま す 。Ⅰ
仏
教
に
お
け
る
「
心
」
『 華 厳 経 』 巻 第 十 の 夜 摩 天 宮 菩 薩 説 偈 品 に は 、 人 が 心 を 造 り 続 け る 様 相 を 次 の よ う に 説 い て い ま す 。「 譬 え ば 工 画 師 の 諸 の 彩 色 を 分 布 す る が 如 く 、 虚 妄 に し て 異 色 を 取 る も 、 四 大 差 別 な し 。 四 大 は 彩 色 に 非 ず 、 彩 色 は 四 大 に 非 ず 。 四 大 の 体 を 離 れ て 別 公開講演中国天台における行の体系と心の対治法
大
野
榮
人
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三四 に 彩 色 あ る に 非 ず 。 心 は 彩 画 色 に 非 ず 、 彩 画 色 は 心 に 非 ず 。 心 を 離 れ て 画 色 な く 、 画 色 を 離 れ て 心 な し 。 彼 の 心 常 住 な ら ず 。 無 量 に し て 思 議 し 難 し 。 …… 心 は 工 画 師 の 如 く 、 種 々 の 五 陰 を 画 く 。 一 切 世 界 中 、 法 と し て 造 ら ざ る こ と な し 。 心 の 如 く 、 仏 も ま た 爾 り 。 仏 の 如 く 衆 生 も 爾 り 。 心 仏 及 び 衆 生 こ れ 三 無 差 別 な り 。 諸 仏 は 悉 く 、 一 切 は 心 よ り 転 ず る こ と を 了 知 す 。 も し よ く 是 の 如 く 解 す れ ば 、 彼 の 人 は 真 仏 を 見 る 。 心 も ま た こ の 身 に 非 ず 。…… 心 は 諸 の 如 来 を 造 る 。」 ( T 九 ・ 四 六 五 c ― 四 六 六 a ) と あ り 、 画 家 が 色 々 な 絵 の 具 を 使 っ て 絵 を 描 く よ う に 、 我 々 も 五 陰 ・ 十 二 入 ・ 十 八 界 を 作 動 さ せ る こ と に よ っ て 、 様 々 な 心 を 造 作 し 、 果 て は 造 作 し た 心 に 支 配 さ れ て 生 き る こ と に な り ま す 。 そ の た め に は 、 造 作 し た 心 を 対 治 し な け れ ば な り ま せ ん 。 し か し 、 心 に 実 体 が あ る わ け で は あ り ま せ ん 。 し か も 我 々 の 「 心 」・ 清 浄 円 満 の 「 仏 」 の 心 ・ 人 間 に 共 通 す る 「 衆 生 」 の 心 は 、 何 れ も 無 差 別 で あ り 、 心 は 仏 ・ 如 来 を 造 る と い い 、 心 は 不 可 思 議 な も の で あ る と い い ま す 。 こ の 文 は 、 後 の 『 摩 訶 止 観 』 の 円 頓 止 観 を 確 立 す る 上 で 重 大 な 影 響 を 及 ぼ す こ と に な り ま す 。
Ⅱ
『
次
第
禅
門
』
の
行
の
体
系
と
心
の
対
治
法
『 次 第 禅 門 』 は 、 智 顗 の 最 初 期 の 著 作 で あ り ま す 。『 大 品 般 若 経 』『 大 智 度 論 』 を 根 拠 と し て 、 イ ン ド 仏 教 以 来 実 修 さ れ て き た 行 の 実 践 法 を 『 次 第 禅 門 』 に 体 系 化 し た の で あ り ま す 。 一 . 対 治 さ れ る べ き 心 ― 十 種 非 心 ― 『 次 第 禅 門 』 巻 第 一 上 に は 、 心 に つ い て 、「 第 一 に 非 を 簡 ぶ と は 、 十 種 の 行 人 あ り て 、 発 心 修 禅 す る も 同 じ か ら ず 。 多 く 邪 僻 に 堕 在 し て 、 禅 波 羅 蜜 の 法 門 に 入 ら ず 。 何 ら を か 十 と な す 。 一 に は 、 利 養 の た め の 故 に 発 心 修 禅 す れ ば 、 多 く 地 獄 を 発 こ す 心 に 属 す 。 二 に は 、 邪 偽 の 心 生 じ て 名 聞 称 歎 の た め の 故 に …… 多 く 鬼 人 を 発 こ す 心 に 属 す 。 三 に は 、 眷 属 の た め の 故 に …… 多 く 畜 生 を 発 こ す 心 に 属 す 。 四 に は 、 嫉 妬 、 勝 他 の た め の 故 に …… 多 く 修 羅 を 発 こ す 心 に 属 す 。 五 に は 、 悪 道 の 苦 報 を 畏 れ 、 諸 の 不 善 業 を 息 む る が た め の 故 に …… 多 く 人 を 発 こ す 心 に 属 す 。 六 に は 、 善 心 安 楽 の た め の 故 に …… 多 く 六 欲 天 を 発 こ す 心 に 属 す 。 七 に は 、 勢 力 自 在 を 得 ん が た め の 故 に …… 多 く 魔 羅 を 発 こ す 心 に 属 す 。 八 に は 、 利 智 捷 疾 を 得 ん が た め の 故 に …… 多 く 外中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三五 道 を 発 こ す 心 に 属 す 。 九 に は 、 梵 天 処 に 生 ず る が た め の 故 に …… こ れ 色 無 色 界 を 発 こ す 心 に 属 す 。 十 に は 、 老 病 死 苦 を 度 し て 、 疾 か に 涅 槃 を 得 ん が た め の 故 に …… こ れ 二 乗 を 発 こ す 心 に 属 す 。」 ( T 四 六 ・ 四 七 六 a ― b ) と あ り 、 目 的 を も っ て 発 心 し 修 禅 す れ ば 、 逆 に 十 種 の 悪 心 を 発 こ す と い い ま す 。 煩 悩 を 対 治 す る た め に 修 禅 す る の に 、 逆 に 十 種 の 非 心 を 起 こ す と い う の で あ り ま す 。 現 実 の 我 々 の 心 は 、 造 作 し た 煩 悩 の 只 中 に あ り ま す 。 こ の 心 を 断 じ 尽 く し て 、 在 る べ き 本 来 の 菩 薩 の 方 向 へ と 転 換 す る た め に 、 具 体 的 な 修 行 法 の 体 系 を 確 立 し た の で あ り ま す 。 二 . 心 の 対 治 法 十 種 非 心 や 造 作 し た 煩 悩 の 心 を 対 治 す る た め に 、『 次 第 禅 門 』 巻 第 二 に は 、 禅 定 に 入 る 以 前 の 段 階 で 実 践 す る 方 便 の 行 で あ る 「 外 方 便 」 と 、 禅 定 に 入 っ て 実 践 す る 方 便 の 行 で あ る 「 内 方 便 」 に 二 分 し て 説 い て お り ま す 。 「 外 方 便 」 は 、 二 十 五 方 便 を い い ま す 。 ⑴ 具 五 縁 ( 持 戒 清 浄 ・ 衣 食 具 足 ・ 閑 居 静 処 ・ 息 諸 縁 務 ・ 得 善 知 識 )、 ⑵ 呵 五 欲 ( 色 ・ 声 ・ 香 ・ 味 ・ 触 )、 ⑶ 棄 五 蓋 ( 貪 欲 ・ 瞋 恚 ・ 睡 眠 ・ 掉 悔 ・ 疑 )、 ⑷ 調 五 事 ( 調 食 ・ 調 眠 ・ 調 身 ・ 調 息 ・ 調 心 )、 ⑸ 行 五 法 ( 欲 ・ 精 進 ・ 念 ・ 巧 慧 ・ 一 心 ) の 二 十 五 の 条 件 を 具 備 す べ し と い い ま す 。 「 内 方 便 」 は 、 修 禅 者 が 初 禅 以 下 の 禅 定 に 入 っ て 実 践 す べ き 五 種 の 修 行 法 で あ り 、 ⑴ 止 門 、 ⑵ 善 悪 根 性 、 ⑶ 安 心 禅 法 、 ⑷ 治 病 方 法 、 ⑸ 覚 魔 事 の 五 種 を 説 い て お り 、 禅 定 の 修 行 が す す む と 、 修 禅 者 の 心 の 中 に 現 わ れ て く る 内 面 的 な 障 害 に 備 え る た め の 綿 密 な 注 意 事 項 と 、 止 門 か ら 覚 魔 事 の 五 種 の 方 便 を 巧 み に 用 い て 、 深 い 禅 定 を 体 得 し よ う と す る も の で あ り ま す 。 ⑴ 「 止 門 」 は 、 修 禅 中 に 心 の 散 乱 を 防 ぐ た め 、 繋 縁 止 ( 心 を 丹 田 に 留 め る )・ 制 心 止 ( 覚 観 な ど を 起 こ さ な い 工 夫 )・ 体 真 止 ( 一 切 法 は 空 寂 で あ る と 体 解 ) を 実 践 す る の で す 。 ⑵ 「 善 悪 根 性 」 は 、 修 禅 中 に 起 こ る 善 悪 の 業 相 の 内 容 や そ の 現 れ 方 、 対 治 法 、 助 長 方 法 を 明 ら か に し て 適 切 に 処 置 し ま す 。 ⑶ 「 安 心 禅 法 」 は 、 修 禅 中 の 心 を 一 層 安 定 さ せ る た め に 、 随 便 宜 ・ 随 対 治 ・ 随 楽 欲 ・ 随 次 第 ・ 随 第 一 を 実 修 す る の で す 。 ⑷ 「 治 病 方 法 」 は 、 気 息 療 法 ・ 仮 想 療 法 ・ 呪 術 療 法 ・ 用 心 主 境 療 法 ・ 観 析 療 法 な ど に よ っ て 修 禅 中 の 禅 病 を 対 治 し ま す 。 ⑸ 「 覚 魔 事 」 は 、 修 禅 中 に 善 根 を 破 壊 し 、 智 慧 や 求 道 の 心 を 奪 い 去 り 、 悩 乱 さ せ る 魔 羅 が 現 れ る こ と が あ り ま す 。 魔 羅 の 煩 悩 魔 ・ 陰 界 入 魔 ・ 死 魔 ・ 欲 界 天 使 魔 を 対 境 と し て 修 禅 し ま す 。
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三六 三 . イ ン ド 仏 教 の 修 行 法 の 体 系 化 『 次 第 禅 門 』 巻 第 五 の 釈 禅 波 羅 蜜 修 証 に は 、 イ ン ド 仏 教 以 来 、 修 禅 者 が 実 修 し て き た 二 十 七 種 の 修 行 法 を 、 優 劣 の 次 第 に 分 別 し 、 菩 薩 の 境 地 に 至 る た め の 修 行 法 を 体 系 化 し て い き ま す 。 ま ず 、 大 き く 四 種 に 分 別 い た し ま す 。 す な わ ち 、 ⒈ 世 間 禅 、 ⒉ 亦 世 間 亦 出 世 間 禅 、 ⒊ 出 世 間 禅 、 ⒋ 非 世 間 非 出 世 間 禅 で あ り ま す 。 ⒈ 「 世 間 禅 」 は 、 ① 四 禅 ・ ② 四 無 量 心 ・ ③ 四 無 色 定 を 当 て ま す 。 ⒉ 「 亦 世 間 亦 出 世 間 禅 」 は 、 ④ 六 妙 法 門 ・ ⑤ 十 六 特 勝 ・ ⑥ 通 明 観 を 当 て ま す 。 た だ し 、 ④ ・ ⑥ は 智 顗 の 独 説 で あ り ま す 。 ⒊ 「 出 世 間 禅 」 は 、 対 治 無 漏 ( 行 行 無 漏 ) と 円 理 無 漏 ( 慧 行 無 漏 ) に 二 分 し 、 対 治 無 漏 を ⑴ 観 ・ ⑵ 錬 ・ ⑶ 熏 ・ ⑷ 修 に 四 分 し ま す 。 ⑴ 「 観 」 は 、 ⑦ 九 想 ・ ⑧ 八 念 ・ ⑨ 十 想 ・ ⑩ 八 背 捨 ・ ⑪ 八 勝 処 ・ ⑫ 十 一 切 処 を 当 て ま す 。 ⑵ 「 錬 」 は 、 ⑬ 九 次 第 定 を 当 て ま す 。 ⑶ 「 熏 」 は 、 ⑭ 師 子 奮 迅 三 昧 を 当 て ま す 。 ⑷ 「 修 」 は 、 ⑮ 超 越 三 昧 を 当 て ま す 。 縁 理 無 漏 と し て 、 ⑯ 三 十 七 道 品 ・ ⑰ 三 解 脱 門 ・ ⑱ 四 諦 ・ ⑲ 十 二 因 縁 ・ ⑳ 十 六 行 ・ ㉑ 十 智 ・ ㉒ 三 無 漏 根 を 当 て ま す 。 ⒋ 「 非 世 間 非 出 世 間 禅 」 は 、 ㉓ 九 種 大 禅 ・ ㉔ 十 力 ・ ㉕ 四 無 所 畏 ・ ㉖ 十 八 不 共 法 ・ ㉗ 首 楞 厳 等 百 八 三 昧 を 当 て ま す 。 イ ン ド に お い て 、 具 体 的 に ど の よ う な 修 行 が 行 わ れ て い た の か 、 ⑦ 九 想 を 例 に し て み て い き た い と 存 じ ま す 。 九 想 は 不 浄 観 と も い わ れ ま す 。 九 想 の 修 禅 者 は 、 坐 禅 を 組 ん だ 状 態 で 、 死 屍 を 現 前 に し 対 境 と し て 、 そ の 死 屍 か ら 目 を 離 す こ と な く 、 死 屍 が 変 化 し て 白 骨 に な る ま で 観 想 す る 修 行 法 で あ り ま す 。 こ の 修 禅 に よ っ て 、 肉 体 へ の 執 着 や 、 美 な る 対 象 に 貪 り の 念 を 取 り 除 か れ る と い い ま す 。 智 顗 は 、 中 国 に お い て は じ め て 、『 大 品 般 若 経 』『 大 智 度 論 』 を 根 拠 と し て 、 三 学 中 の 「 定 学 」 を 確 立 し 、 大 乗 仏 教 の 実 践 法 門 を 体 系 化 し て い く と い う 偉 業 を 成 し 遂 げ た の で あ り ま す 。
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三七 四 .『 次 第 禅 門 』 の 教 義 と 実 修 ― 菩 薩 の 発 心 ・ 禅 定 と 智 慧 ― ⑴ 『 次 第 禅 門 』 巻 第 一 上 に は 、 菩 薩 の 発 心 の 相 に つ い て 、 「第 一 に 、 云 何 ん が 菩 薩 の 発 心 の 相 と 名 づ く る や 。 い わ ゆ る 発 菩 提 心 な り 。 菩 提 心 と は 即 ち こ れ 、 菩 薩 は 中 道 正 観 を も っ て し て 諸 法 実 相 を も っ て 一 切 を 憐 愍 し て 大 悲 心 を 起 こ し 、 四 弘 誓 願 を 発 こ す 。 四 弘 誓 願 と は 、 一 に は 、 未 だ 度 せ ざ る 者 を 度 せ し む 。 ま た 衆 生 無 辺 誓 願 度 と い う 。 二 に は 、 未 だ 解 せ ざ る 者 を 解 せ し む 。 ま た 煩 悩 無 数 誓 願 断 と い う 。 三 に は 、 未 だ 安 ん ぜ ざ る 者 を 安 ん ぜ し む 。 ま た 法 門 無 尽 誓 願 知 と い う 。 四 に は 、 未 だ 涅 槃 を 得 ざ る に は 涅 槃 を 得 せ し む 。 ま た 無 上 仏 道 誓 願 成 と い う 。 こ の 四 法 す な わ ち 四 諦 に 対 す 。」 ( T 四 六 ・ 四 七 六 b ) と あ り 、 仏 道 修 行 は 、 中 道 正 観 す な わ ち 正 し い 智 慧 を も ち 、 諸 法 実 相 に よ っ て 真 実 を 真 実 の ま ま に 見 、 苦 悩 す る 人 々 を 救 済 す る 大 悲 心 を 起 こ し 、 四 弘 誓 願 を 修 禅 者 の 生 き 方 と す る と い う こ と で す 。 こ の 四 弘 誓 願 は 『 次 第 禅 門 』 に お い て 最 初 に 成 句 化 さ れ ま し た 。 ⑵ 『 次 第 禅 門 』 巻 第 一 上 に は 、 禅 定 に よ っ て は じ め て 智 慧 が 得 ら れ る と し て 、 「禅 に よ り て 智 波 羅 蜜 を 具 足 す と は 、 も し は 一 切 智 ・ 道 種 智 ・ 一 切 種 智 は 、 定 に 非 ざ れ ば 発 せ ず 。…… 行 者 は 、 よ く 禅 を 修 す る が 故 に 、 即 ち 十 波 羅 蜜 を 成 就 し 、 万 行 や 一 切 法 門 を 満 足 す 。 こ の 故 に 菩 薩 は 、 一 切 の 願 行 や 諸 波 羅 蜜 を 具 せ ん と 欲 せ ば 、 必 ず 禅 定 を 修 せ よ 。」 ( T 四 六 ・ 四 七 七 b ) と あ り 、 禅 定 の 実 修 に よ っ て 、 三 智 や 十 波 羅 蜜 が 具 わ る と い い 、 禅 定 と 智 慧 は 不 即 不 離 の 関 係 に あ る こ と を い い ま す 。 禅 定 を 修 し て 智 慧 を 導 き 出 し 、 心 の 中 に 生 起 す る 種 々 の 煩 悩 の 一 々 を 対 境 と し て 対 治 し 、 菩 薩 の 階 位 に の ぼ る と い う も の で あ り ま す 。 以 上 の よ う に 、 イ ン ド か ら 伝 来 し た 様 々 な 修 行 法 は 統 一 性 が な く 、 具 体 的 な 修 行 体 系 は 皆 無 の 状 態 で あ り ま し た 。 中 国 仏 教 界 に 在 っ て 、 天 台 智 顗 は 、『 次 第 禅 門 』 に お い て 、 イ ン ド 伝 来 の 修 行 法 を 優 劣 に 分 別 し 、 大 乗 仏 教 の 修 行 法 と し て 体 系 化 し 、 菩 薩 へ の 方 向 性 を 明 示 し た の で あ り ま す 。 禅 定 ( 定 学 ) に よ ら な け れ ば 、 智 慧 ( 慧 学 ) が 開 発 さ れ な い こ と を 明 確 に 位 置 づ け た の で あ り ま す 。
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三八
Ⅲ
『
摩
訶
止
観
』
の
行
の
体
系
と
心
の
対
治
法
と
円
頓
止
観
一 . 心 と は 何 か ― 一 念 三 千 ― 『 摩 訶 止 観 』 巻 第 五 上 に は 、「 そ れ 一 心 に 十 法 界 を 具 す 。 一 法 界 に ま た 十 法 界 を 具 し て 、 百 法 界 な り 。 一 界 に 三 十 種 の 世 間 を 具 し 、 百 法 界 は 即 ち 三 千 種 の 世 間 を 具 し 、 こ の 三 千 は 一 念 の 心 に あ り 。 も し 心 な く ん ば や み な ん 。 介 爾 も 心 あ れ ば 、 す な わ ち 三 千 を 具 す 。 ま た 、 一 心 は 前 に あ り 、 一 切 の 法 は 後 に あ り と い わ ず 。 ま た 、 一 切 の 法 は 前 に あ り 、 一 心 は 後 に あ り と い わ ず 。 た と え ば 、 八 相 が 物 を 遷 す が ご と し 。 物 が 相 の 前 に あ ら ば 、 物 は 遷 さ れ ず 。 相 が 物 の 前 に あ ら ば 、 ま た 遷 さ れ ず 。 前 も ま た 不 可 な り 、 後 も ま た 不 可 な り 。 た だ 物 に 相 の 遷 る を 論 じ 、 た だ 相 の 遷 る を 物 に 論 ず る な り 。 今 の 心 も ま た か く の 如 し 。 も し 一 心 よ り 一 切 の 法 を 生 ぜ ば 、 こ れ す な わ ち こ れ 縦 な り 。 も し 心 が 一 時 に 一 切 の 法 を 含 ま ば 、 こ れ す な わ ち こ れ 横 な り 。 縦 も ま た 不 可 な り 、 横 も ま た 不 可 な り 。 心 は こ れ 一 切 の 法 、 一 切 の 法 は こ れ 心 な る な り 。 故 に 縦 に 非 ず 横 に 非 ず 、 一 に 非 ず 異 に 非 ず 。 玄 妙 深 絶 に し て 識 の 識 る と こ ろ に 非 ず 。 言 の 言 う と こ ろ に 非 ず 。 故 に 称 し て 不 可 思 議 の 境 と な す 。 意 こ こ に あ る な り 、 云 々 。」 ( T 四 六 ・ 五 四 a ) と あ り 、 一 瞬 の 心 に 三 千 種 類 の 差 別 の 心 を も っ て い る と い い ま す 。 そ れ 故 に 、 種 々 の 煩 悩 を 瞬 時 に 造 り 続 け 、 そ の 煩 悩 に 束 縛 さ れ 執 着 し て 、 真 実 そ の も の を 見 る 目 を 失 っ て い ま す 。 し か し 人 間 の 本 質 は 、 造 作 し た 煩 悩 を 越 え 、 仏 に 近 づ く こ と の で き る 二 律 背 反 の 存 在 で あ る と も い え ま す 。 先 の 『 次 第 禅 門 』 は 、 基 本 的 に 種 々 の 煩 悩 の 心 を 対 治 す る た め の 修 行 体 系 で あ り ま し た 。 こ の 『 摩 訶 止 観 』 も 基 本 的 に は 造 作 し た 煩 悩 の 心 を 対 治 し ま す が 、 た た 単 に 対 治 す る だ け で は な し に 、 そ れ を 本 具 し な が ら 、 止 観 行 に よ っ て 、 世 間 相 常 住 ・ 諸 法 実 相 と い う 方 向 性 を 確 立 し て い き ま す 。 つ づ い て 『 摩 訶 止 観 』 の 修 行 体 系 を 検 討 し て い く こ と に し た い と 存 じ ま す 。 二 . 四 種 三 昧 心 を 一 つ の 対 象 に 専 注 し て 、 正 し い 智 慧 を 得 る た め の 止 観 行 を 、 身 体 の 立 ち 居 振 る 舞 い の 形 式 か ら 四 種 に 分 類 し た 修 行 法 で あ り 、 天 台 の 根 本 と な る 修 行 法 で あ り ま す 。 す な わ ち 、 ⑴ 常 坐 三 昧 、 ⑵ 常 行 三 昧 、 ⑶ 半 行 半 坐 三 昧 、 ⑷ 非 行 非 坐 三 昧 で あ り ま す 。中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 三九 ⑴ 「 常 坐 三 昧 」 は 、 九 十 日 間 に わ た り 坐 禅 を し て 心 を 静 め 、 実 相 を 観 ず る 修 行 法 で あ り ま す 。 ⑵ 「 常 行 三 昧 」 は 、 九 十 日 間 、 道 場 の 仏 像 の 周 り を 阿 弥 陀 仏 の 名 を 念 じ 称 え る 行 法 で 、 修 行 者 は 観 仏 す る と い う も の で す 。 ⑶ 「 半 行 半 坐 三 昧 」 は 、 方 等 三 昧 と 法 華 三 昧 が あ り ま す 。 方 等 三 昧 は 七 日 ・ 法 華 三 昧 は 三 七 日 ( 二 十 一 日 ) を 期 限 と し て 、 仏 像 の 周 囲 を 周 り 坐 禅 と を 兼 ね て 修 め 、 そ の 間 、 礼 仏 ・ 懺 悔 ・ 誦 経 な ど を 実 修 す る 修 行 方 法 で あ り ま す 。 ⑷ 「 非 行 非 坐 三 昧 」 は 、 随 自 意 三 昧 と も い い 、 善 ・ 悪 ・ 無 記 ( 非 善 非 悪 ) の 日 常 心 を 随 時 随 処 に 止 観 の 対 境 と し 、 善 心 ・ 悪 心 ・ 無 記 心 の そ れ ぞ れ が 、 本 来 空 な る こ と を さ と ら し め る た め に 、 未 念 ・ 欲 念 ・ 念 ・ 念 已 の 四 運 推 検 を す る とい う の で す 。 三 . 方 便 方 便 は 、 先 の 『 次 第 禅 門 』 巻 第 二 に 、「 外 方 便 」 と し て 二 十 五 方 便 が 説 か れ て お り 、 基 本 的 に 『 摩 訶 止 観 』 の 二 十 五 方 便 も 同 様 で あ り ま す の で 、 こ こ で は 省 略 い た し ま す 。 四 . 正 修 止 観 ( 円 頓 止 観 ) 1 . 十 境 二 十 五 方 便 を 具 足 し た 上 で 、 い よ い よ 天 台 止 観 を 正 修 す る こ と に な り ま す 。 例 え ば 、 常 坐 三 昧 と い う 坐 禅 の 状 態 に 身 を 置 き 、 数 息 観 を 用 い て 臍 下 三 寸 ( 九 、 三 ㎝ ) の 丹 田 に 心 を 止 め て 長 い 時 間 を 保 ち 、 正 修 の 観 法 で あ る 十 乗 観 法 、 た と え ば 観 不 思 議 境 の 一 心 に よ っ て 、 煩 悩 の 心 そ の も の で あ る 陰 入 界 境 な ど の 十 境 を 定 め 、 そ の 一 々 を 対 境 ・ 観 境 と し て 対 治 し て い く の で あ り ま す 。「 十 境 」 と は 、 ⑴ 陰 入 界 境 、 ⑵ 煩 悩 境 、 ⑶ 病 患 境 、 ⑷ 業 相 境 、 ⑸ 魔 事 境 、 ⑹ 禅 定 境 、 ⑺ 諸 見 境 、 ⑻ 増 上 慢 境 、 ⑼ 二 乗 境 、 ⑽ 菩 薩 境 で あ り ま す 。 こ の 十 境 の う ち 、 陰 入 界 境 の み は 常 に 修 行 者 の 身 心 に 現 前 す る も の で あ り ま す の で 、 必 ず 観 境 と す べ き で あ り ま す が 、 煩 悩 境 以 下 の 九 境 は 、 生 起 し た 時 に の み 観 境 と す べ し と い い ま す 。 ⑴ 「 陰 入 界 境 」 は 、 日 常 的 に 心 を 造 作 し て い る 五 陰 ・ 十 二 入 ・ 十 八 界 を ま ず 最 初 の 観 境 と し 、 そ の 陰 入 界 か ら 生 起 す る 心 を 、 十 乗 観 法 の 観 不 思 議 境 の 止 観 行 に よ っ て 対 治 す る と と も に 、 実 相 は 不 可 思 議 で あ り 、 即 空 即 仮 即 中 と 観 じ る 観 境 で あ り ま す 。
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四〇 ⑵ 「 煩 悩 境 」 は 、 観 心 の 修 行 が 進 む に つ れ て 、 貪 欲 ・ 瞋 恚 ・ 愚 痴 な ど の 様 々 な 煩 悩 が 生 起 し 、 そ れ を 止 観 の 対 境 と し ま す 。 ⑶ 「 病 患 境 」 は 、 常 坐 三 昧 や 常 行 三 昧 な ど の 止 観 行 を 実 修 す る に 当 た っ て 、 種 々 の 病 気 を 併 発 し ま す の で 、 こ の 病 患 を 止 観 の 対 境 と す る の で あ り ま す 。 ⑷ 「 業 相 境 」 は 、 無 量 劫 以 来 、 修 行 者 が 造 っ た 善 悪 の 諸 業 で 、 す で に 報 い を 受 け た も の や 受 け な い も の が 禅 定 中 に 出 現 し 、 そ の 心 を 止 観 の 対 境 と し ま す 。 善 悪 の 業 相 を 代 表 す る も の と し て 、 善 悪 相 を 六 度 に 、 悪 業 相 を 六 蔽 に よ っ て 説 い て い ま す 。 ⑸ 「 魔 事 境 」 は 、 魔 に 槌 楊 鬼 ・ 時 媚 鬼 ・ 魔 羅 鬼 が あ り 、 こ の 三 種 の 悪 魔 は 止 観 中 に 生 起 す る も の で あ り 、 対 治 法 と し て 、 槌 楊 鬼 は 戒 を 誦 し 、 時 媚 鬼 は そ の 名 を 称 え 、 魔 羅 鬼 は 空 観 に よ っ て 徹 底 し て 対 治 し ま す 。 根 本 的 な 対 治 法 と し て は 、 円 融 三 諦 の 原 理 に よ っ て 、 十 乗 観 法 を 適 用 す べ し と い い ま す 。 ⑹ 「 禅 定 境 」 は 、 魔 事 境 を 対 境 と す る 止 観 の 修 行 中 に 起 こ る 障 害 で 、 過 去 に 習 修 し た 禅 定 に 対 す る 執 着 心 で 、 止 観 行 に よ っ て 、 禅 定 へ の 偏 執 を 捨 て 、 虚 心 敬 虔 な 求 道 精 神 に 還 る こ と を 説 い て い ま す 。 ⑺ 「 諸 見 境 」 は 、 諸 見 は 禅 定 を 修 め る も の に あ り が ち な 独 断 的 な 邪 見 で あ り 、 北 地 に 非 常 に 多 か っ た と い い ま す 。 邪 見 に 結 び つ い た 禅 定 は 、 一 歩 も 進 展 し な い と い い 、 邪 見 の 諸 相 を 種 々 の 外 道 を 例 と し 、 止 観 行 に よ っ て 断 ず べ き 方 法 を 詳 説 し て い ま す 。 ⑻ 「 増 上 慢 境 」 は 、 諸 見 境 を 観 じ て 邪 見 を 脱 し た 時 、 や が て 自 己 の さ と り が 最 高 潮 に 達 し た と 妄 想 し や す い の で す 。 そ こ で 増 上 慢 境 を 新 た に 対 境 と し て 十 乗 観 法 を 適 用 す べ し と い い ま す 。 ⑼ 「 二 乗 境 」 は 、 自 利 の 別 な く 、 一 切 が 空 で あ る と し て 、 心 を 深 化 さ せ て い け ば 、 自 他 の 別 が な く な っ た つ も り で も 、 自 己 に 対 す る 執 着 、 あ る い は 空 だ 、 空 だ 、 と 言 い ま す と 、 今 度 は 空 に 対 す る 執 着 心 を 生 じ て き ま す 。 自 利 や 空 見 に 徹 底 的 に 執 着 し ま す 。 偏 執 が 起 こ っ て 二 乗 に 堕 落 し ま す 。 先 世 の 宿 習 が 生 起 す る の を 止 観 の 対 境 と し て 、 こ れ に 十 乗 観 法 を 適 用 す べ し と い い ま す 。 ⑽ 「 菩 薩 境 」 は 、 菩 薩 と い っ て も 小 乗 の 菩 薩 心 で あ り 、 小 乗 菩 薩 の 誹 謗 心 や 独 善 的 な 偏 執 を 取 り 除 く た め に 十 乗 観 法 を 適 用 す べ し と い い ま す 。 以 上 の よ う に 、 止 観 行 中 に お い て 、 我 々 は 常 に 十 境 と し て あ げ た 一 々 に 害 さ れ 続 け て い る ん だ 、 と い う こ と で す ね 。 我 々 の
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四一 心 意 識 は 、 常 に 十 境 を 造 り 続 け て い る と い う こ と で す ね 。 諸 種 の 心 を 我 々 が 自 ら 造 り 、 自 ら 造 っ た 心 に 害 さ れ 続 け て い る の が 現 実 で す 。 造 作 し た 煩 悩 を 如 何 に 対 治 し て い く か 、 と い う こ と が 、 我 々 に 課 せ ら れ た 重 要 な 命 題 で あ り 、 苦 の な い 人 生 の 方 向 を 生 き る に は 、 い ま 造 作 し た 心 を 、 瞬 時 に 対 治 す る と い う 仕 組 み を も た な く て は 、 自 滅 へ の 人 生 を 歩 む こ と に な り ま す 。 2 . 十 乗 観 法 陰 入 界 境 を は じ め 心 の 中 に 生 起 し た 十 境 は 、 自 我 の 心 と し て 、 煩 悩 に 束 縛 さ れ た 生 き 方 を 余 儀 な く す る も の で あ り ま す 。 十 境 を 対 治 し 、 与 え ら れ た 本 来 の 人 間 と し て の 心 を 取 り 戻 し 、 さ と り の 果 に 至 る 円 教 の 一 心 三 観 の 観 法 と し て 定 め ら れ た の が 、 十 乗 観 法 で あ り ま す 。 正 し く は 、 十 法 成 乗 観 と い い ま す 。 人 間 の 本 性 を 開 発 す る た め の 止 観 行 を い い ま す 。 ま た 、 十 乗 観 法 は 、 円 教 の 円 頓 止 観 で あ り ま す 。 一 心 三 観 に よ っ て 十 境 を 対 治 し て 、 真 実 そ の も の の 円 融 三 諦 に 入 る こ と を い い ま す 。 「 十 乗 観 法 」 と は 、 ⑴ 観 不 思 議 境 、 ⑵ 起 慈 悲 心 、 ⑶ 巧 安 止 観 、 ⑷ 破 法 遍 、 ⑸ 識 通 塞 、 ⑹ 道 品 調 適 、 ⑺ 対 治 助 開 、 ⑻ 知 次 位 、 ⑼ 能 安 忍 、 ⑽ 無 法 愛 の 十 種 を い い ま す 。 こ の 十 乗 観 法 が 、 天 台 の 本 命 の 修 行 方 法 で ご ざ い ま す 。 ⑴ 「 観 不 思 議 境 」 は 、 天 台 十 乗 観 法 中 に お い て 天 台 止 観 の 最 高 究 竟 の 行 で あ り 、 こ の 一 法 を 完 成 す る た め に 、 十 境 の 一 々 に 十 乗 観 法 を 適 用 す る と い い ま す 。 第 一 の 対 境 で あ り ま す 陰 入 界 境 に 対 し て 、 第 一 の 観 法 で あ る 観 不 思 議 境 を 適 用 し て 完 全 な 成 果 を 得 る こ と が で き れ ば 、 他 の 対 境 も 他 の 九 乗 観 法 も 必 要 な い と い う も の で あ り ま す 。 我 々 が 日 常 起 こ す 一 お も い の 心 の 中 に 人 生 の あ り と あ ら ゆ る も の ご と が 悉 く 具 わ っ て お り 、 三 諦 が 相 互 に 一 体 化 し て い る 不 思 議 な 妙 境 で あ る と 観 察 す る こ と を い い ま す 。 人 間 の 心 は 、 清 濁 を 和 合 さ せ て も っ て い ま す 。 だ か ら こ そ 、 清 濁 を 併 せ も つ と こ ろ に 仏 に な る 要 因 も 存 在 し て い て 、 清 な る も の だ け か ら 仏 に な る 要 因 は 生 ま れ て こ な い ん だ と い い ま す 。 観 不 思 議 と い う の は 、 そ う い う 意 味 で あ り ま す 。 我 々 の も っ て い る 心 が 不 可 思 議 そ の も の で あ り ま す 。 心 に 害 さ れ 、 ま た そ の 心 に よ っ て 我 々 人 間 が 救 わ れ て い く と い う 。 心 の 不 可 思 議 さ と い う こ と を 、 観 不 思 議 境 に お い て 説 い て お り ま す 。 ⑵ 「 起 慈 悲 心 」 は 、 円 教 無 作 の 菩 提 心 を 起 こ し 、 一 念 三 千 の 不 可 思 議 を 識 っ て 、 自 ら も こ の 不 思 議 を 体 解 す る と と も に 、 人 々 を し て こ の 利 益 を 受 け さ せ る た め に 四 弘 誓 願 の 心 を 発 こ し ま す 。 四 弘 誓 願 は 、 円 教 行 者 の 発 こ す べ き 誓 願 で あ り ま す の で 、 衆 生 ・ 煩 悩 ・ 法 門 ・ 仏 果 に 対 し て 何 ら の 偏 執 を 起 こ さ ず 、 即 空 即 仮 即 中 の 円 融 三 諦 の 実 相 に 即 し た 真 正 の 発 心 で あ
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四二 る と い い ま す 。 ⑶ 「 巧 安 止 観 」 は 、 詳 し く は 善 巧 安 心 止 観 で あ り 、 止 観 に よ っ て 心 を 法 性 に 安 ん じ る こ と を い い ま す 。 心 も 法 性 で あ り 、 法 性 を も っ て 法 性 に 安 ん じ る 定 慧 で あ る と も い え 、 止 観 行 に よ っ て 、 心 を 真 実 の 本 性 に 落 ち つ け さ せ る の で あ り ま す 。 ⑷ 「 破 法 遍 」 は 、 巧 安 止 観 の 修 行 に よ っ て 、 な お 完 全 に 定 慧 を 開 発 で き な い 場 合 は 、 な お 偏 執 が 残 っ て い ま す の で 、 こ れ を 対 治 す る と い う 観 法 で あ り ま す 。 ⑸ 「 識 通 塞 」 は 、 解 行 の 進 滞 す る 理 由 を 知 る こ と で 、 行 の 得 失 や 教 の 是 非 を 知 る こ と で あ り ま す 。 す な わ ち 、 智 に 従 っ て 理 に 達 し 、 や が て 仏 界 に ま で 悟 入 す る 向 上 の 道 と 、 情 に 動 か さ れ て 理 を 失 な い 、 塞 の 危 険 を 常 に 吟 味 し 、 塞 を 破 し て 通 を 助 長 し て 、 化 城 草 庵 を 越 え て 香 城 の 宝 所 に 到 達 す る と い う 観 法 で あ り ま す 。 ⑹ 「 道 品 調 適 」 は 、 四 念 処 ・ 四 正 勤 ・ 四 如 意 足 ・ 五 足 ・ 五 力 ・ 七 覚 支 ・ 八 正 道 の 三 十 七 道 品 を 巧 み に 適 切 に 調 停 す る こ と を い い ま す 。 そ れ ぞ れ の 人 が 機 根 な ど の 相 違 に 応 じ て 、 該 当 す る 道 品 を 適 用 し て 止 観 を 調 養 し 、 四 種 三 昧 を 成 就 さ せ る た め の 観 法 で あ り ま す 。 ⑺ 「 対 治 助 開 」 は 、 助 開 対 治 と も い い 、 と く に 鈍 根 に し て 遮 障 重 く 、 三 解 脱 門 を 体 解 で き な い 者 が 、 よ う や く 助 道 を 用 い て こ の 遮 障 を 排 除 す る と い う 観 法 で あ り ま す 。 ⑻ 「 知 次 位 」 は 、 上 の 七 種 の 観 法 を 修 行 し 、 自 己 の 現 在 の 行 位 を 正 し く 認 識 し 、 増 上 慢 や 卑 下 慢 を 防 ぐ た め に 、 理 即 ・ 名 字 即 ・ 観 行 即 ・ 相 似 即 ・ 分 真 即 ・ 究 竟 即 の 六 即 を 順 次 に 実 修 し て 、 最 後 の 究 竟 即 は 完 全 に 無 明 を 断 じ て 実 相 を 体 証 し 最 高 位 に 至 り ま す 。 ⑼ 「 能 安 忍 」 は 、 上 の 八 種 の 観 法 を 修 行 し 、 法 障 が 転 じ て 妙 慧 が 開 い た 時 、 内 外 の 誘 惑 を 拒 み 、 よ く 安 忍 し 節 制 す る と い う 観 法 で あ り ま す 。 煩 悩 ・ 業 ・ 禅 定 ・ 諸 見 ・ 慢 心 な ど が 内 の 賊 で あ り 、 名 利 ・ 眷 属 な ど の 誘 惑 が 外 の 賊 で あ り ま す 。 こ の 両 賊 に 誘 惑 さ れ ま す と 、 自 行 ・ 化 他 の 行 も 成 就 で き な い と い い ま す 。 ⑽ 「 無 法 愛 」 は 、 上 の 九 種 の 観 法 を 修 し て 、 十 信 位 を 成 就 し 、 心 の 内 外 の 障 を 去 っ て 六 根 清 浄 で も 、 ま だ 初 住 位 に 進 め な い 者 が い ま す の は 、 法 愛 を 生 ず る が た め で あ り 、 法 愛 に 徹 底 的 に 執 着 し て い る 段 階 を 去 っ て 、 進 ん で 真 実 の 実 相 の 世 界 に 入 る こ と を い い ま す 。
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四三 以 上 が 十 乗 観 法 で あ り ま す 。 心 中 に 造 作 し た り 、 生 起 す る 十 境 を 十 乗 観 法 に よ っ て 対 治 し 、 心 を 常 に 一 心 の 状 態 に 保 持 し 、 即 空 即 仮 即 中 の 一 心 三 観 に 自 己 の 心 を 統 括 し 続 け な く て は な り ま せ ん 。 す な わ ち 、 心 は 不 可 思 議 で あ る と い う こ と を 観 じ る こ と が 、 修 行 の 原 点 に 他 な ら ず 、 そ れ は 不 可 思 議 の 三 諦 の 真 実 の こ と わ り を 、 一 心 に 三 観 す る こ と で あ り 、 こ の 心 は 、 即 空 即 仮 即 中 で あ る と 明 ら か に み る の で あ り ま す 。 天 台 智 顗 は 、 イ ン ド か ら 伝 来 し た 統 一 性 の な い 修 行 法 を 、『 摩 訶 止 観 』 に お い て 、 四 種 三 昧 、 二 十 五 方 便 、 正 修 観 法 と し て 、 十 境 ・ 十 乗 観 法 を 円 頓 止 観 と し て 体 系 化 す る こ と に よ っ て 、 全 仏 教 の 修 行 方 法 で あ る 止 観 法 門 の 新 し い 総 合 統 一 を 実 現 し た の で あ り ま す 。 天 台 に よ っ て 大 成 さ れ た 止 観 法 門 が 、 諸 経 典 ・ 論 書 を 根 拠 と し て 大 乗 仏 教 の 修 行 体 系 が 構 築 さ れ た ので あ り ま す 。 仏 教 の 歴 史 的 展 開 か ら み た 時 、 天 台 智 顗 に よ っ て 大 乗 仏 教 の 修 行 法 の 体 系 が 築 か れ 、 は じ め て 三 学 の 「 定 」 の 体 系 が 確 立 さ れ た の で あ り ま す 。 と く に 中 国 の 宋 代 以 降 、 修 行 実 践 は 禅 宗 の 専 売 特 許 と な っ て お り ま す が 、 看 話 禅 に し て も 黙 照 禅 に し て も 天 台 止 観 の よ う な 具 体 的 な 修 行 法 の 体 系 は あ り ま せ ん 。 す で に 中 国 仏 教 界 で 認 知 さ れ て い た 天 台 の 円 頓 止 観 の 実 践 体 系 が な か っ た な ら ば 、 禅 宗 は 認 知 さ れ な か っ た の で は な い か と も 考 え ら れ ま す が 、 如 何 で し よ う か 。 五 .『 摩 訶 止 観 』 の 教 義 と 実 修 ― 円 頓 止 観 ・ 一 色 一 香 無 非 中 道 ・ 絶 待 止 観 ・ 即 空 即 仮 即 中 の 不 可 思 議 の 一 心 三 観 ― ⑴ 『 摩 訶 止 観 』 巻 第 一 に は 、 円 頓 止 観 は 一 色 一 香 無 非 中 道 で あ る と し て 、 「円 頓 と は 、 初 め よ り 実 相 を 縁 ず 、 境 に い た る に 即 ち 中 道 に し て 真 実 な ら ざ る こ と な し 。 縁 を 法 界 に 繋 け 、 念 を 法 界 に ひ と し う す 。 一 色 一 香 も 中 道 に 非 ざ る こ と な し 。 己 界 お よ び 仏 界 、 衆 生 界 も ま た 然 り 。 陰 入 み な 如 な れ ば 、 苦 の 捨 つ べ き な く 、 無 明 ・ 塵 労 す な わ ち こ れ 菩 提 な れ ば 、 集 の 断 ず べ き な く 、 辺 邪 み な 中 正 な れ ば 、 道 の 修 す べ き な く 、 生 死 す な わ ち 涅 槃 な れ ば 、 滅 の 証 す べ き な し 。 苦 な く 集 な き が 故 に 世 間 な く 、 道 な く 滅 な き が 故 に 出 世 間 な し 。 純 ら 一 実 相 に し て 実 相 の ほ か さ ら に 別 の 法 な し 。 法 性 寂 然 た る を 止 と 名 づ け 、 寂 に し て 常 に 照 ら す を 観 と 名 づ く 。 初 後 を い う と い え ど も 、 二 な く 別 な し 。 こ れ を 円 頓 止 観 と 名 づ く 。」 ( T 四 六 ・ 一 c ― 二 a ) と あ り 、 円 頓 に つ い て 、 中 道 実 相 の 真 実 相 は 、 一 色 ・ 一 香 な ど の 些 細 な 物 質 の 中 に も 遍 満 し て い て 、 あ り と あ ら ゆ る も の
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四四 は 、 す べ て 中 道 実 相 の 現 わ れ で あ る と い い ま す 。 全 て の も の を 、 我 々 の 分 別 識 か ら み れ ば 、 差 別 相 に み え ま す 。 し か し 実 相 と い う 面 か ら み れ ば 、 全 て は 平 等 相 で あ る と い い 、 差 別 相 な ど 何 も 無 い と い う の で あ り ま す 。 諸 法 実 相 の 中 に 生 き て お り ま す の で 、 四 諦 と い う 苦 集 滅 道 も あ り ま せ ん 。 あ り の ま ま の も の を あ り の ま ま に 見 て い き 、 真 実 を 真 実 の ま ま に 開 顕 し て い く 、 と い う の で あ り ま す 。 こ の 円 頓 止 観 を 常 に 我 々 の 頭 の 中 、 心 の 中 、 身 体 全 体 に 滲 み わ た ら せ て 、 日 々 や 瞬 時 の 生 き 方 の 中 に お い て 、 そ れ を 実 現 し て い か な く て は な り ま せ ん 。 ⑵ 『 摩 訶 止 観 』 巻 第 三 上 に は 、 絶 待 止 観 に つ い て 、 「今 言 う 絶 待 止 観 と は 、 横 竪 の 諸 の 待 を 絶 し 、 諸 の 思 議 を 絶 し 、 諸 の 煩 悩 、 諸 の 業 、 諸 の 果 を 絶 し 、 諸 の 教 、 諸 の 観 、 諸 の 証 等 を 絶 す 。 悉 く み な 不 生 な り 。 故 に 名 づ け て 止 と な す 。 止 も ま た 不 可 得 な り 。 観 は 如 の 境 に 冥 す 。 境 す で に 寂 静 清 浄 な り 。 な お 清 浄 も 無 し 、 何 ぞ 観 あ る こ と を 得 ん や 。 止 観 な お 無 し 、 何 ぞ 不 止 観 に 待 し て 止 観 を 説 き 、 止 観 に 待 し て 不 止 観 を 説 き 、 止 、 不 止 に 待 し て 非 止 、 非 不 止 を 説 く こ と を 得 ん や 。 故 に 知 ん ぬ 、 止 、 不 止 み な 不 可 得 な り 。 非 止 、 非 不 止 も ま た 不 可 得 な り 。 待 対 す で に 絶 す 、 即 ち 有 為 に 非 ず 、 四 句 を も っ て 思 う べ か ら ず 。 故 に 言 説 の 道 に 非 ず 、 心 識 の 境 に 非 ず 、 す で に 名 相 無 く 、 結 惑 生 ぜ ざ れ ば 、 則 ち 生 死 無 く 、 則 ち 破 壊 す べ か ら ず 、 絶 を 滅 し 、 滅 を 絶 す 、 故 に 絶 待 止 と 名 づ く 。 顛 倒 の 想 断 ず 、 故 に 絶 待 観 と 名 づ く 。 ま た こ れ 絶 の 有 為 を 絶 す る 止 観 、 な い し 生 死 を 絶 す る 止 観 な り 。 …… こ の 字 、 不 可 得 の 故 に 絶 待 止 観 と 名 づ く 、 ま た 不 思 議 止 観 と も 名 づ け 、 ま た 無 生 止 観 と も 名 づ け 、 ま た 一 大 事 止 観 と も 名 づ く 。 故 に 此 の 如 き の 大 事 は 小 事 に 対 せ ず 、 譬 え ば 虚 空 は 小 空 に よ っ て 名 づ け て 大 と な す に あ ら ざ る が 如 し 。 止 観 も ま た 爾 り 。 愚 乱 に よ っ て 名 づ け て 止 観 と な す に 非 ず 、 待 対 す べ き こ と 無 き 独 一 の 法 界 な る が 故 に 、 絶 待 止 観 と 名 づ く る な り 。」 ( T 四 六 ・ 二 二 a ― c ) と あ り 、 安 藤 俊 雄 先 生 が 指 摘 さ れ る よ う に 、 絶 待 止 観 は 円 教 止 観 の 理 念 で あ り 、 円 教 の 実 相 法 門 に お い て 、 煩 悩 即 菩 提 ・ 生 死 即 涅 槃 が 説 か れ て い る 以 上 、 止 観 法 門 に お い て も 、 本 来 断 ず べ き 煩 悩 も 、 新 た に 証 す べ き 菩 提 も な い の で あ り ま す 。『 法 華 経 』 方 便 品 の 「 世 間 相 常 住 」 の 偈 文 が 表 示 す る よ う に 、 世 間 相 が そ の ま ま 寂 光 土 の 妙 荘 厳 で あ り ま す 。 そ こ に は 作 意 し て 、 断 ず べ き 煩 悩 も 、 い ま さ ら 新 し く 証 す べ き 菩 提 も な く 、 煩 悩 即 菩 提 の 純 粋 生 命 の 中 に 任 運 自 在 の 生 活 を 続 け る こ と が 、 そ の ま ま 止 観 で あ り 、 仏 道 で あ り ま す 。 一 念 不 生 の 心 底 を さ と れ ば 、 低 頭 も 挙 手 も 積 土 も 弄 砂 も 、 そ の ま ま 仏 道 で あ り 止 観
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四五 で あ り ま す 。 こ の 非 止 非 観 の 止 観 が 、 す な わ ち 智 顗 の い わ ゆ る 絶 待 止 観 で あ っ て 、 こ れ を 法 華 円 教 の 止 観 の 理 念 と し て 高 説 し た の で あ り ま す 。 円 教 の 止 観 理 念 は 、 絶 待 止 観 で あ っ て 、 不 止 不 観 と 止 観 と の 対 待 の な い 止 観 で あ り ま す 。 作 意 の な い 現 実 生 活 そ の ま ま が 絶 待 止 観 で あ り ま す 。 こ れ は 円 教 に お い て 、 現 実 の 諸 法 が そ の ま ま 実 相 で あ る 、 と 説 く こ と と 対 応 す る も の で 、 円 教 の 実 相 を 観 心 に よ っ て 現 証 す る 実 践 止 観 で あ る 以 上 、 当 然 こ れ を 理 念 と し な け れ ば な ら な い の で あ り ま す 。 爾 前 の 諸 教 で は 諸 法 と 実 相 、 現 実 と 理 想 と を 隔 別 の も の と 考 え ま す の で 、 所 止 と 能 止 、 所 観 と 能 観 、 無 明 と 法 性 と を 対 立 的 に 考 え ま す 。 け れ ど も 円 教 で は 、 諸 法 即 実 相 と 説 く の で 、 諸 法 の 現 実 の 当 相 と 当 処 が 、 そ の ま ま 実 相 の 全 体 で あ り 、 理 想 国 土 で あ る と 示 し て い ま す 。 し た が っ て 、 能 所 、 事 理 の 対 立 を 設 け る こ と な く 、 非 止 非 観 を そ の ま ま 止 観 を す る の で あ り ま す 。 し か し 、 諸 法 の 現 実 が 、 そ の ま ま 理 想 の 実 相 で あ る と 知 解 す る の み で は 、 こ の 円 理 は 我 々 の も の と は な り ま せ ん 。 我 々 の も の に す る に は 、 こ の 円 理 を 体 証 し て 、 諸 法 即 実 相 ・ 煩 悩 即 菩 提 の 真 実 に 随 順 し て 、 一 切 の 分 別 や 執 着 の 迷 執 を 完 全 に 克 服 す る こ と で あ り ま す 。 そ し て こ の 克 服 の た め に は 、 十 境 ・ 十 乗 観 法 な ど の 円 頓 止 観 の 厳 粛 な 実 修 が 必 要 で あ り ま す 。( 『 天 台 学 ― 根 本 思 想 と そ の 展 開 ― 』 一 八 三 ― 一 八 四 頁 ) ⑶ 『 摩 訶 止 観 』 巻 第 五 上 に は 、 即 空 即 仮 即 中 の 不 可 思 議 の 一 心 三 観 に つ い て 、 「も し 法 性 と 無 明 と 合 し て 一 切 法 陰 界 入 等 あ る は 、 即 ち こ れ 俗 諦 な り 、 一 切 の 界 入 こ れ 一 法 界 な る は 、 即 ち こ れ 真 諦 な り 、 非 一 非 一 切 な る は 、 即 ち こ れ 中 道 第 一 義 諦 な り 。 是 の 如 く 遍 く 一 切 の 法 に 歴 る に 、 不 思 議 の 三 諦 に あ ら ざ る こ と な し 、 云 々 。 も し 一 法 一 切 法 な ら ば 、 即 ち こ れ 因 縁 所 生 の 法 、 こ れ を 仮 名 と な す 、 仮 観 な り 。 も し 一 切 法 即 ち 一 法 な ら ば 、 我 説 即 是 空 、 空 観 な り 。 も し 非 一 非 一 切 な ら ば 、 即 ち こ れ 中 道 観 な り 。 一 空 一 切 空 な ら ば 、 仮 ・ 中 と し て し か も 空 な ら ざ る な く 、 総 じ て 空 観 な り 。 一 仮 一 切 仮 な ら ば 、 空 ・ 中 と し て し か も 仮 な ら ざ る な く 、 総 じ て 仮 観 な り 。 一 中 一 切 中 な ら ば 、 空 ・ 仮 と し て し か も 中 な ら ざ る な く 、 総 じ て 中 観 な り 。 即 ち 中 論 に 説 く と こ ろ の 不 可 思 議 の 一 心 三 観 な り 、 一 切 の 法 に 歴 る も ま た 是 の 如 し 。」 ( T 四 六 ・ 五 五 b ) と あ り 、 円 教 の 立 場 で は 、 空 ・ 仮 ・ 中 が そ れ ぞ れ 一 諦 の う ち に 三 諦 を 具 え て 、 三 諦 が 区 別 な く 融 け あ っ て い る と い い ま す 。 こ れ が 、 即 空 即 仮 即 中 の 三 諦 で あ り ま す 。 す な わ ち 、 執 わ れ の 心 を 破 り ( 空 )、 す べ て が さ な が ら に 現 象 し て い る こ と を さ
中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四六 と り ( 仮 )、 絶 待 的 世 界 に 体 達 す る ( 中 ) こ と を 、 一 心 の う ち に お さ め と っ て 観 じ る の が 、 即 空 即 仮 即 中 の 三 観 で あ り ま す 。 な お 、 天 台 で い う 「 即 」 は 、「 当 体 全 是 の 即 」 で 、 円 教 の み の 所 説 で あ り ま す 。 善 と 悪 と の 二 つ が 、 そ の ま ま 一 で あ る よ う に 、 そ の も の の 全 体 が 、 そ っ く り そ そ ま ま で そ う い う も の で あ る 関 係 に あ る こ と を い い ま す 。 空 ・ 仮 ・ 中 が 円 融 相 即 し た 即 空 即 仮 即 中 が 、 円 頓 止 観 で あ り 、 一 心 三 観 で あ り ま す 。 こ れ が 即 空 即 仮 即 中 の 三 諦 ・ 三 観 で あ り ま す 。 言 い 換 え ま す と 、 天 台 で は 、 最 初 に 引 用 し た 『 華 厳 経 』 に 、「 心 仏 及 び 衆 生 こ れ 三 無 差 別 な り 」 と あ り 、 仏 界 は 高 遠 で 手 が 届 か ず 、 衆 生 界 は 広 汎 で 捉 え ど こ ろ が あ り ま せ ん 。 心 だ け は 身 近 で 要 と な り ま す の で 、 心 法 を 取 っ て 三 千 の 理 を 観 じ る の で あ り ま す 。 一 心 そ の も の が 、 三 千 の 三 諦 の 諸 法 を 具 え て 、 即 空 即 仮 即 中 で あ り ま す 。 即 空 は 、 一 切 の 妄 情 の 見 を 離 れ 、 相 対 的 思 念 の 跡 を 留 め ず 、 即 仮 は 、 十 界 三 千 の 差 別 の 相 を 明 ら か に 見 、 即 中 は 、 中 道 真 実 そ の も の を 心 そ の も の と 見 る こ と を い い ま す 。 こ れ が 、 一 心 三 観 で あ り ま す 。 煩 悩 の 心 を 即 空 即 仮 即 中 の 心 に 変 換 し 、 世 間 相 の 中 で 円 融 の 心 で 生 き る こ と を 実 現 し て い こ う と す る も の で あ り ま す 。
お
わ
り
に
ま だ 問 題 に し な け れ ば な ら な い こ と は 多 く ご ざ い ま す が 、 こ こ ら で 終 わ ら せ て 頂 き す 。 中 国 仏 教 界 に お い て 、 イ ン ド 伝 来 の 種 々 の 修 行 法 を 、 大 乗 仏 教 の 実 践 法 門 と し た 天 台 智 顗 の 『 次 第 禅 門 』 と 『 摩 訶 止 観 』 に 限 定 し て お 話 し さ せ て 頂 き ま し た 。 『 次 第 禅 門 』 は 、 天 台 三 種 止 観 の 中 で 「 漸 次 止 観 」 と 呼 ば れ 、 イ ン ド 伝 来 の 様 々 な 禅 法 を 四 種 の 立 場 か ら 分 別 し 、 三 乗 共 修 の 禅 法 と し て 体 系 化 さ れ た の で あ り ま す 。 心 を 一 つ の 対 象 に 専 注 し て 詳 ら か に 思 惟 し 、 定 と 慧 を 均 等 に し て 、 徹 底 的 に 煩 悩 を 対 治 す る と い う も の で あ り ま す 。 『 摩 訶 止 観 』 は 、『 法 華 経 』 の 実 践 法 門 と し て 体 系 化 さ れ た も の で あ り ま し て 、 天 台 三 種 止 観 中 、 究 極 の 「 円 頓 止 観 」 が 説 か れ て い ま す 。「 止 観 」 の 「 止 」 と は 、 諸 種 の 思 い を 止 め て 心 を 一 つ の 対 象 に 注 ぎ 、「 観 」 は 、 正 し い 智 慧 を 起 こ し て 対 象 を 見 る こ と で あ り 、 止 は 定 、 観 は 慧 に 相 当 し ま す 。 止 と 観 は 、 互 い に 他 を 成 立 さ せ て 、 仏 道 を 完 行 さ せ る も の で あ り 、 不 即 不 離 の 関 係 に あ り ま す 。中国天台における行の体系と心の対治法(大野) 四七 智 顗 は 、 止 観 を 相 待 止 観 と 絶 待 止 観 に 二 分 し ま す 。「 相 待 止 観 」 は 、 三 止 三 観 を 実 修 す る こ と で あ り 、 爾 前 の 諸 教 の 止 観 で あ り ま す 。 断 徳 ( 煩 悩 を 断 つ 徳 )・ 智 徳 ( 断 じ て 生 じ た 智 慧 の 徳 )・ 性 徳 ( 智 ・ 断 の 二 徳 は 不 二 で あ る と す る 法 性 の 徳 ) の 意 味 が あ る と い い ま す 。 「 絶 待 止 観 」 は 、 止 も 観 も 不 可 得 で 、 言 語 や 思 議 を 絶 し て い る と し て 、 不 可 思 議 止 観 ・ 無 生 止 観 ・ 一 大 事 止 観 な ど と も い わ れ ま す 。 人 間 の 煩 悩 を 単 に 否 定 す る だ け で は な し に 、 現 実 に 三 千 世 間 の 心 を 本 具 し て お り 、 本 具 し な が ら 一 心 三 観 に よ っ て 、 実 相 と い う 方 向 性 を 確 立 し て い く の で あ り ま す 。 煩 悩 と 同 居 し な が ら 、 一 念 を 一 心 の 管 理 下 に お い て 生 き て い こ う と す る も の で あ り ま す 。 と く に 重 要 な こ と は 、『 法 華 経 』 に お い て 、 仏 は 舎 利 弗 な ど の 多 く の 仏 弟 子 達 に 対 し て 、 将 来 に お い て 必 ず 仏 に な る で あ ろ う 、 と い う 記 別 を 授 け ら れ ま し た 。 し か し 、 仏 の 在 世 し て い な い 現 在 に お い て 、 仏 の 授 記 は 望 む べ き も あ り ま せ ん 。 し か し 、 『 法 華 経 』 が 『 法 華 経 』 で あ る た め に は 、 現 在 に お い て も 、 人 々 が 仏 へ 向 か う た め の 通 路 は 絶 対 に な く て は な り ま せ ん 。 天 台 智 顗 が 高 説 し た 『 摩 訶 止 観 』 の 十 境 ・ 十 乗 観 法 の 円 頓 止 観 こ そ 、 仏 の 授 記 に 代 わ る 修 行 法 と し て 位 置 づ け た も の と い い 得 る の で は な い か と 考 え ら れ ま す 。『 法 華 経 』 の 実 践 行 が 説 か れ た 『 摩 訶 止 観 』 で あ る か ら こ そ 、 授 記 に 代 わ っ て 、 人 々 が 自 ら 円 頓 止 観 を 実 修 す る こ と に よ っ て 、 仏 へ の 方 向 性 を 定 め 、 即 空 即 仮 即 中 の 真 実 の 理 を 体 得 し て も ら い た い と い う 願 い を も っ て 『 摩 訶 止 観 』 が 高 説 さ れ た も の で あ る と 考 え ら れ る の で あ り ま す 。 ご 静 聴 あ り が と う ご ざ い ま し た 。 【 参 考 文 献 】 安 藤 俊 雄 『 天 台 学 ― 根 本 思 想 と そ の 展 開 ― 』( 平 楽 寺 書 店 、 一 九 六 八 年 ) 大 野 榮 人 『 天 台 止 観 成 立 史 の 研 究 』( 法 蔵 館 、 一 九 九 四 年 ) 大 野 榮 人 『 天 台 次 第 禅 門 の 研 究 第 一 巻 』( 山 喜 房 仏 書 林 、 二 〇 一 二 年 ) 池 田 魯 参 『 摩 訶 止 観 を 読 む 』( 春 秋 社 、 二 〇 一 七 年 )