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日本佛教學協會年報 第14号 008鈴木宗忠「胎藏曼荼羅の原始形態としての大悲胎藏生曼荼羅」

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(1)

由 一 小

一、胎藤憂茶繕の設展形態と原始形態

今 と L で胎藤長茶羅の原始形態と一目ふのは.犬日経に現れた憂茶羅を指すのである。胎競憂茶羅と一民へば.誰でも その標本として弘法大師が支部から将来した現園胎戴長茶羅を想起するであらう。勿論現園の胎蔵憂茶羅も、大日経 に基く長茶羅であるには遺ひたいが.然しそれは大日経そのものに現れた長茶羅ではたい。私は胎蔵長茶羅には大別 すると二つの形態があると考へて、大日経に現れたものをその原始形態と一民ひ‘大日経に基くものをその脇氏展形態と 233 稽するととにする。胎蔵憂茶羅の性質を明にするには.固よりその殻展形態を軽んや J るととは出来ね。けれどもそれ は胎蔵憂茶羅の資料としては‘第二次的たものでるって、第一戎的たものではたい。その第一次的資料は、何蕗まで も原始形態である。私の胎蔵長茶羅を研究する目的は、申すまでもなくその性質を明にする所に存するが故に、と h では先づ主としてその原始形態を問題にするのは、恐らくは嘗然のととであらう。 然し今胎蔵憂茶羅の原始形態を問題にするにしても.私はその脇氏展形態から出費するのが便宜であると考へる。何 故なれば.初に述ぺた如く、胎蔵呈茶羅と云へば‘世の人は普通にその種展形態の一である現園受奈羅に親んで居る

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からである。現園長茶羅は十三犬院と稽し、その虚位を一部すと‘周知の如く、第一聞の如きものである。 と L に注意すべきは、現固の胎蔵塁茶羅は大日経に基くその殻展形態の一であるとは云っても、その原始形態とは 非常に懸け離れて居るから、前者は後者の解明には左程に役立たないと一広ふととでるる。胎蔵量茶羅の原始形態の解 明に役立つべを殻旧民形態には、私見に依れば、その標本的たものとして、こっ存する。胎碕固像と胎蔵奮園様がそれ である。何故たれば、胎蔵量茶羅にはこ系統が存して居るが‘とのこつの畏茶羅はそれ

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\その一を代表するからで ある。即ち胎蔵量茶羅の二系統とは、一一は善無長系とも一匹ふべきもので、胎蔵国像はその代表的なものであり、こは 不定系とも一回ふべきもので.胎碕醤国様はその代表的なものである。苔無長系に属するものには、胎蔵間像の外に. 阿闇梨所停、嬬大儀軌、蹟大儀軌等の諸品又茶羅があり、不安系に属するものには、胎寂奮闘様の外に、西臓に悌陀程 岨耶の憂茶羅があるが.現園の胎擁長茶羅も、との系統である。 先づ胎描園像から述べると、国珍が大中九年︿﹀・ロ・

83

に、長安で思し、拍碕諸母様一容として、 日本に将来 235 したものである。その愛物は、大正競経では、園像第二容に、熊谷直之氏所蔵の二審本と久原文庫所臓の一谷本︵上 部官︶が載って居るが‘大村西崖氏の僻教画像集古では、二軸となって居る。今その庄位乞示すと、大関第二闘の如を も の で あ る 。 とれか善無畏の作であるととは、その巻末に﹁中天笠圏那蘭陀寺三蔵法師於大唐束郡河南府大聖善寺器出﹂とある ので明である。猪ほ善無長が大日躍を語すると共に、園保を作製したととは、大日経琉に母一茶羅の諾簿乞説明して、 ﹁主︵形相皆如聞説﹂とか、若くは﹁兵如間中所示品﹂とあるので、一佐賀に推定するととが出来る。とれは裂牧の大問 経 序 ︵ 積 一 賊 第 一 一 瞬 第 三 十 六 套 第 一 冊 二 七 頁 ︶ に . ご 一 一 蹴 和 上 親 し く 起聖衆極圏一愈

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袋地契及手印闇 都集長茶羅国一錦 を粉精したとある中の﹁都集憂茶羅国﹂に賞り、 叉海雲の付法記ハ大豆成五一、士八三頁﹀に、三臓が作製したとるる 大見虚遮那形像画様撞儀一傘 標職撞儀法一念 契印法一巻 の中の﹁犬見直遮那形像圃様﹂に古るものであらう。 戎に胎賦奮圃様に就いて述べると、 とれも胎賦間像と等しく、国珍が支那から将来したものである。然し彼と此と はその窮した場所も年時も同一ではゑい c 伎は既に述ぺたやうに、大中九年の八月に長安で寓したものであるが、此 はその前年の大中八年の多に越州の開元寺で寓したものである。犬正競経では.国像第二容に、武藤山治氏所競の一 237 晶也が載せてあり、大村氏の併設国像集古では、 る 。 一軸となって居る。今その座位を示すと、大略第三国の如きものであ との憂茶羅に於て、先づ不思議に思はれるのは、第三重の甫方にあるぺき除蓋障が北方に、北方にあるべき地蔵が 西方に、西方にあるべき虚空識が甫方に

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るととである。とれば大日程の原本では、﹁南方に除蓋障を霊け﹂とあっ たのが、漢詩では﹁右方に於て大名稿の除蓋障を作れ﹂としたのに基くものであらう。何故たれば、党語では南方は

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却であるが、とれは右方と一足ふ意味もあるから、漢語ではとれ乞右方とした誌は ω に、とれに基いた園作者が‘ 除蓋障を大日の右方、即ち北方に重いた結果‘順戎に間違って来たと考へられるからである。 共にとの受茶羅ば誌の作であるかと一足ふに、その作者は‘明記せられては居たいが、それが不信系に属するととは

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との憂茶羅は普無長系の胎購園像と異るからである。胎蔵圃像は善無畏が 大日経疏と関聯して作ったものであるから、無論それは善無畏系の胎臓受茶羅である。然るに胎賦諸国圃様は‘質物の 上から見ても、陪蔵固像とは明に同一ではたい。既にそれは善無畏系でないとすれば.消極的論詮に依って、それは 不思一系でたければ友らね。何故たれば.前に述ぺたやうに.胎蔵号一茶羅に於ては‘惑は無長系と不室系とは.矛盾の開 疑はれない c その理由を謹ペると、第一、 との長茶羅は不窓の胎碕毘茶羅観に一致するからである。胎藤間像と胎購奮闘様との相 遺賠の童心は、韓迦の位置に存する。胎蔵奮闘様では、それ段第二重に在って・第一重の中塞に位する如来に近接す るが、胎賦園像では、それば第四重の帝轄と同居し、如来からは遣に隔在する。他の方面かム見ると.韓迦の位置の 相違は、同時に叉文殊の位置の相遣である。轄迦が如来から隠在ずる胎販問像では、文殊が如来に註接し‘とれに反 して樫迦が如来に近接する胎窺奮園様では、文殊は如来から隔絶する。との賠から不塁の胎世間受茶羅離を見ると.そ 係に在るからである。第二、 れは胎蔵園像ではたくして、正しく胎賠奮闇様である。彼は﹁郡部陀羅尼目﹂ハ大王殿一八、八九八頁﹀の中に. 中憂茶羅外、叉有三種長茶羅‘一切如来長茶羅、韓迦牟尼受茶羅、文殊師利憂茶羅、此受茶羅名大悲胎戴号一茶羅、 と一去って居る。然し不室はとれに就いて委しい解躍は興へて居ない。不室系の胎蔵長茶羅翻に詳細た解轄を施して居 るものは、西臓の備陀墨阻耶である。伎は六日程に闘し買略二疏を書いて居るが、とれには胎蔵量茶羅の説明が存す る ハ 樵 品 群 雲 氏 ﹁ 受 茶 羅 の 研 究 ﹂ 参 照 ﹀ 0 4 んも伎は善無長のやうに親しく胎戴受茶羅を作製した形跡は喝ないが、との説明 に基いて量茶羅を作ると、それは胎蔵官園様の如まものとたるべきであらう。との意味に於て、私は胎時間奮園様の作 者は、積極的論詮に依って、不空系に属すると一足ふのである。 胎一蹴間像と胎一蹴奮国様とは、かくのごとく共に胎蔵憂茶羅なあるが、系統を悶刊にし. 4 問 者 ば 諮 問 無 畏 系 と 一 五 は れ 、 益 田 無長の大日経疏に闘聯し‘後者は不注系と一五はれ‘備陀程咽恥の註疏に闘脱船する c そしてとのこ系統の相違貼の重心 239

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一方から見ると、四時迦の位置であるが、他方から見ると、文殊の位置である c とのとと左明にする詰めに、私は 爾受茶羅の性質を吟味し、出来るむら一ば、とれを鍵として‘胎碕塁茶羅のとの稜長雨形態から・その原始形態へ翻及 しようと考へる。 は 胎諸問国像も胎蔵奮闘様も、同様に四重憂茶羅である。その第一重は‘如来壇とも一再はるべきもので、用者大陸同様 である。即ち中央に中華があり、そとに大日左中心とし、その周囲に四伸四菩薩が安置せられる。中藍の左右に観自 在と金剛識があり、上に大印がるる。かやうに第一重の如来壇が護展の雨形態に於て一致するのは、それが原始形態 から出て来たとと乞示して居る。賢際大日経に現れた原始形態乞検するに、第二患の如来壇は、との護展の雨形態に 存するものと大した相遣はない。 次に第二重であるが、胎一蹴国像の第二重には‘回大護が安置せられる。とれは胎蔵奮園様には、・少しも似たものは なく、全く胎蔵国像に特有たものである。その性質を吟味すると、胎競園僚の註記に依れば、第二塁の此方を蓮華替 族とし、その南西及び四六護を金剛部容族として居るから一、中富と大印とを併部とし.第一室と第二重とを併ぜて. 悌部.蓮華部.金剛部の一一一部聖衆としたととは明である。さうすると大護壇は.胎碕間像に於ては、調立せる第二重 であるとは云っても、その性質の上から見ると‘第一震の如来壇に附属するものと考へ・なければならぬ。然らぽ胎蔵 国像のとの性質は如何して生じたかと云ふに、私見に依れば、それは大日経に現れた胎蔵長茶羅の原始形態に基くの で あ る 0 4 んも大日経に於ては、犬護壇は第二具紘口問の大長茶羅にもなければ、叉第十一秘密長茶羅口聞の三昧耶長茶羅 にもない。然し第八字愉口聞の法皇茶羅を見ると.第一霊の絡の所に‘﹁戎に四方に於て四大護を霊け﹂と同門頭して、 東方に無畏結護者.北方に壊諾怖結護者、西方に難降伏結護者、南方に金剛無勝結護者な邸中げて居る。故に胎賦固像 の大護壇が範左とれに取ったととは疑はれたい。けれ H ともとの法長茶羅に於て位、その直後に﹁第二分に於て臨時迦牟

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尼を議すペし﹂とあるから‘ との犬護壇は、胎賎同僚のそれとは異り、明に第一一息一に附属して居たのである。胎蔵固 像の大護壇が、名儀上では、第二豆として猫立せるにも拘らや、性質の上から見ると、前にも述べたやうに、第二回一 に附属して居るのは、恐らくはかゃうた由来に基いたものであらう。 それは何れにしても.胎蔵間保に於ては.大護型は名儀上では第二重であるが‘賓質上ではそれは第一重に問属す る。然らぽその賀質上の第二重は何であるかと一五ふに、名儀上の第三主に在る文殊壇が正しくそれである。とれを胎 碕奮国様に封照すると.それは第二霊の組迦壇に相嘗する c 胎碕固像に於て、文殊の占める位置は‘とれを胎蔵奮園 様に求めると、それは轄迦の占める位置である。換言すれば、との雨曇茶羅に於ては‘同一た位置が、異った聖傘に 依って占められて居る。私が前にとの雨塁茶羅は、等しく胎蔵長茶羅であっても.系統乞異にすると一再ったのは、 L を指したのである ι とのととは第三重を吟味すると、その意味が一賢明になる。 と 陪靖国像に於ては、名儀上から一五へば‘第四重であるが、既に述べた理由に因って、賓質上から一再へぽ、その第三 241 重をなすものは、帝鰐︵四時迦︶である。とれ乞胎藤宮固様に求めると. それは第三重の文殊である。と t A でとの雨者 を封照して吟味すべきであるが、 その前に明にしなければならないととがある。 それは胎碕園像に於けるとの帝樺 ︵ 躍 迦 ︶ の 性 質 で あ り 、 叉胎競奮園様に於ける第四重の帝躍の性質である。同時国像に於ては、理迦壇は帝醒壇に橋 入せられるが‘胎蔵奮国様に於ては、との雨壇は別立せられる。然らばとの悶 4 4 の相違は如何して生じたかと一目ふに、 私見に依れば、それは大日経に現れた胎蔵是茶羅の原始形態に基くのである c 勿論大日経に現れた陪賦受茶羅に於て は、理迦壇と帝程壇とは別立せられるやうなととはなく、たピ四時迦壇のみが存する。四時迦培一の基本的た形態は、第二 具縁口聞の大愛茶羅に現れたものであると思ふが‘とれには東方に緯迦、南方に閤摩、北方に帝棒、西方に諸地紳が安 置せられる。第十一秘密受茶羅口聞の三味耶受茶羅に於ても‘それは大韓同様である。然るに第八字輪口聞の法長茶羅に

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なると、種調壌の中から帝韓壇の別立する傾向が着取せられる。との傾向はこの方面に於て現れる。第二との緯迦 壇に於ては、たど器調卒尼王のみが安置せられる。とのととはとの培一中の他の諸隼が別立して、新に一一間唯一宏形成する 傾向と見るととが出来る。第二、それと同時に、と L でほ同大護壇に於ても、叉文殊壇に於ても、東方を帝程、北方 を夜叉、西方友龍、南方友焔摩として居る c とれば鰐訓培一の諸舎であるから、とのととは程迦壇の外に、帝轄を中心 として、一壇が形成せられて居るととを一不すものでは友からうか。たど四時迦壇に於ては、穣迦は中心として東方に、 帝躍は北方に居るが、四伸”迎壇ジ一別立する詰めに、理迦を除いて帝糟をその跡に据へ、帝躍の跡はその傍に居た夜叉を 据へたものである。との理化を長茶羅に表現すると、二形態となる。一は臨調培一には四時迦の外に別に聖曾はたいから、 とれを帝糧壇に揖入するととが出来る。との場合に於ては、回開迦を帝轄の下にでも置くの外はないであらう c それが 胎癒間像である。こは程迦壇を別立するとすれば.その無内容を補ふ詰めに、帝韓培一の内出砕をそのま L 持って来るの 外はたいであらう。それが胎蔵官同様である。かやろに吟味して来ると、との雨憂茶羅に於ける樫迦噴及び帝騨壊は、 その性質の上から見て、大日経の第八字輪品の法長茶羅に由来したととが創刊る。従ってとれを原始形態へ戻すと、胎 自問国像の帝四時︵稗遡︶壇は、穂、迦堵一に還元し.胎賠詰固様の帝耀壇は、四時迦壇へ蹄入するととにたる。さうすると結 局の所第三重は、胎販問保では鰐迦とたり、胎賦諸国様では文殊とたるわけであお。 とれを第二重と的照するに、かしとでも同一な位置が、同昆茶経に於ては異った聖母に依ハ J て占められた如く、 と a A でも同一な位置が、同様に岡昆茶器に於ては、異った聖隼に依って占められる。即ち第二重の位置が‘胎琉国保で は、文殊に依って占められ.胎蔵事国椋では‘樫迦に依って占められた如く、第三重の位置が陪碕闘傑では、耀迦に 依って占められ、胎照宮闘桟 J V は、文殊に依って占められる。然じ古賀の上から見ると、胎燕園像と胎琉信園様と吟じ は.第二重と第三重とが全く制倒する。耐長茶羅は等しく胎

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長茶羅であっても.その系統の異るととが、と L に 不 一

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って全両的に明にたる。けれ

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もとの際注意すべきは、雨鳥文茶羅は系統が異ると一五っても、根本・に於ては‘同一な所 があると云ふととである。 っその第一室は共に如来塙一である。二.その基本的形態から一広へば、共に如来、韓迦. 文殊の三塙一から成ーする。たいム珪ふ所は、稗迦と文殊とが、順序を異にし.その何れかビ第二重に在るか、若くは第 三重に在るかに坦ぎないのである。即ち胎賦固像では、如来‘文殊、開迦の順序であるが.胎荊奮闘様では‘如来、 程迦‘文殊の順序である。然らばとれは何に由来するかと一五人に、私見に依れば‘ そ れ は 大 日 経 に 現 れ た 胎 古 概 要 一 茶 羅 の解躍に基くのである。とれを鍵として、我 K 仕その種展形態から、その原始形態へと朔るととが出来る。 大日経に現れた胎蔵量茶羅に於ては、第二兵縁口聞の大長茶羅左見ても、第八字輪品の法憂茶羅を見ても.叉第十一 恥密受茶羅口問の三昧耶長茶羅左見ても、何れもコ一重塁茶羅であって、第一章一は如来壇‘第二震は緯迦壇、第三重は文 殊壇である。然るに善無畏は‘その胎競受注小羅に闘する本質親の上から、との順序な否定した。即ち大日経疏第五位唱 に . 243 己安立第一隻茶羅上背諸傘覚、弐佐第二院霊躍迦牟尼、阿閤梨言‘此中第二日記隠密話耳.荒川牝中向外、官以程迦牟 尼春属詩第三院、今則以耽屋建那法門特属誌第一、鰐迦牟尼生身容属待第二‘諸菩蕗在悲智之間上求下化.故詩第 一一一、所以如此五文者、此是如来密蔵‘詩防諸慢法人不従師受者、賢明乱経文、故須口停相付山匂 とある。伎は慢法の人が師に従って教を受けないとするのた防ぐ詰め一に、如来が故意に経文を凱院したと見たのであ る ι そとで善無長系の胎蔵量茶羅観の基本形態は、如来、文殊、樺迦とたる。との基本形態を元にして、とれに第八 字輪口聞の法皇茶羅に現れた聞大護の思想佐取り、更にその樺迦壇の考へ方を入れると、既越の如く.胎醸園像の四霊 長茶羅が生十るわけである。 黙しと L の経文に胤股があるとするのは、普無長系に限るととであって、不信一派位決してとれに賛成したい。前に

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も引いたやうに、不思一はその都部陀結尼目に‘ 中長茶羅外、叉有三種憂茶羅、 と轄解して、大臼経に現れた胎議長茶羅の原始形態をそのま L に認めた。備陀喜四耶も、その胎荷受茶羅に関する本 一切如来呈茶羅、理迦牟尼憂茶羅、文殊師利長茶羅、此問史茶羅名大悲胎蔵憂茶羅. 質翻の上から、と t A に経文の凱脆あるとは考へない 憂茶羅の原始形態が、そのま L 基本形態となる。との基本形態を一苅にして、とれに第八字輸口問の法皇茶羅に現れた鶴 迦壇観、郎ち糧迦壇を雨分して、四帽迦壇の外に、帝程壇乞別立する考へ方を取り入れると、既症の如く.胎諸奮闘様 ︵ 栂 尾 氏 ﹁ 受 茶 羅 の 研 究 ﹂ 九 二 瓦 参 照 υ 。故に不室系に在つては、胎蔵 の 四 重 愛 茶 羅 が 生 キ ノ る わ け で あ る 。 かやうに吟味して来ると、胎蔵品五茶一維の護展形態である胎窺園像及び胎蔵沓国様は、その性質に順臆して還元せら れ、その基本形態として、何れも三室長茶羅を得るととになる。時蔵国保の基本形態は、如来、文殊、理趣であるが、 胎碕奮園様のそれは、如来、程迦、文殊である。との中で、前者は一種調特の陪蔵品又奈羅であるが、後者は大日経に 現れた胎蔵是茶羅の原始形態そのま L である。私がと a A で問題とするのは、胎碕長茶羅の原始形態であるから・との 目的の詩めには、一種調特の胎蔵易一茶羅である胎照固像の基本形態は暫らくとれ左除外し、車に胎碕月五茶羅の原始形 態に外ならない肘賦沓固様の革本形態に注意すれば足りるであらう。そとでその陸位を一日すと、大略第四国の如きも の で あ る 。

二、胎藤長茶羅の形式と内容

大 日 経 に 現 れ た 胎 古 同 盟 茶 目 維 の 原 始 形 態 は 、 既 に 述 べ た 如 く 、 一 二 重 一 長 茶 羅 で あ っ

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、 第 一 一 朗 一 は 如 来 噴 、 第 二 重 は 四 時 迦 補 償 、 第 一 一 一 首 一 は 文 殊 壊 吃 あ る 。 と れ ば 謂 は い A 内界の上から、胎碕月五茶羅左足たものである。践し胎碕呈茶話の性質を明

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にするには、内存の上から考察すると共に‘叉形式の上からも吟味したければならぬ。 形式の上から見ると、胎時間受茶羅の原始形態には、一一一種の相違がある。換言すれば、 それは三様の憂茶羅となって 現れて居る。大憂茶羅、注品交茶羅、一二昧耶長茶羅がそれである。と e A に形式と一五ふのは、呈茶羅に現れる童館左表現 する仕方のととである。形相で表現するのが大憂茶羅であり、字母で表現するのが法皇茶羅であり、三昧耶形で表現 するのが三昧耶霊祭羅である。然らばとの表現の相遣は、何に由来するかと一区ふに、それは身口意三業の相遣に外な らぬ。聖傘は何れも三業を有すると考へられるが故に、とれを表現するには、コ一業の一を象徴として用ふるととが出 来 る c 先づ大受茶羅の象徴とする形相は、 一五ふまでもたく聖隼の身業である。 大 日 経 で は 、 との塁茶羅は漢詩第二具縁 品‘詳しく一匹へば入長茶羅具縁民言口問第二に現れる。賦課もとの品は第二口聞であるが‘ その品名は長茶羅建立の秘密 民言の碕となって居る。とれに就いてはとれ以上特に説明するの必要は‘なからう。 ・択に法長茶羅の象徴とする字母は、聖傘の口業である。何故たれば、字母は語一音を去すもので、聖傘の口業はとの 中に現れるからである。とれを法皇茶羅と一五ふのは、語音には聖隼の説法が現れると考へられるからであらう。大日 躍 で は 、 との塁茶羅は漢詩第八字輪口問、詳しく一五へば時字輸長茶羅行口問第八に現れる。碕語では、字輪口聞は第十品と なり、その品名は字輸を関誌する口聞である。 最後に三昧耶是茶羅の象徴とする三味耶は型徐の官業である。如何してさうなるかと一五ふに‘一二昧耶は党語では

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山︶と一五ふ意味で、型傘が意を衆生に行かせるととであるから、普通に大悲 五くは本誓と諒する。っさり型傘の意業である。然しとの立業は無形のもので、衆生には列らぬから、そとでその象 徴として、蓮華とか金剛とか一五ふ一区ふ聖母の持物を問ふる。 とれが三昧耶形である。 との三昧耶形で表現した長茶羅

(15)

が 、 一 ニ 昧 耶 品 且 茶 罷 に 外 た ら ぬ 。 大 口 躍 で は 、 と の 品 工 茶 雑 は 漢 詩 第 十 一 一

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軒 目 的 丸 事 詩 口 聞 に 悶 れ る 。 荊 諜 で は と の 口 即 伏 第 十 との三様の是茶羅 は、大躍に於て同一であると一五ってよい。既に民占述べた如く、少くとも大日経に現れた原始形態の上では、陪減曇 その品名は秘物愛茶羅配属設する口山である。 形式の上から凡ると、胎蔵受茶蘇にはかやろに三様の恒別があるが‘然し内詳の上から見ると、 三口 聞 と な っ て 居 り . 茶羅は何れも如来壇、理迦壇、文殊援の三道長一茶羅である。尤も股密に一五へば、内容の上から見ても、 との三様の憂 茶羅には、多少は直別がたい’わけではない。 一‘呈茶羅の諸傘が最も詳細に現れて居るのは、具縁品の大憂茶羅であって、とれに弐ぐものは秘密受茶羅口聞の三 味耶憂茶羅である c との二塁茶羅に比較すると‘字輪品の法長茶探は極めて簡素に出来て居る。古来大長茶羅や三昧 耶是茶羅は‘種々と粉給せられ居るが、とれに反して法昆茶羅にゑると、少くとも胎琉長茶羅に闘する限りでは、絵 り一に童かれて居ないのは、とれが詩めではたからうか。 二‘ご一様の胎競受奈羅には精粗の直別があると共に、その賓質にも多少の相還がある 0 4 んも大憂茶羅と三昧耶憂茶 247 羅とは、賓質に於ても、大開同様であるやうに思はれるが、法号一茶印刷にたると、他の二長茶緯に比較して.賞質上の 特色がある。たとへば第二塁の如来壇の経に回大護を説くが如き‘第二重の程抑一壇に於て、その聖傘として、たけ A 迦牟尼王を安置するが如き、叉四大護ゃ、第三重の文殊壇に於て、東方を帝盟、北方を夜叉、西方を龍、南方を焔摩 とするが如きがそれである。とれが詰めに、後になってその護民受茶羅に、種々の田明、固が出て来たのである。 かやうに内容の上から見ても.三様の胎碕長茶羅には、多少の直別があるけれいとも.然し構想の上か久考へると、 との三様の長茶羅は、大間同一の内容を有する三重愛茶羅であると去って差支ないであらう。さうすると胎荷受茶羅 は大日経に現れた原始形態で見ると‘形式上には相違があるが‘内容上では同一であると一一一日ふととにたる。

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既に胎琉長茶羅が、形式の上から見ると、大法三の三様長茶羅となり・内容の上から見ると、如来日開迦文殊の三重 憂茶羅であるとすれば、その本質もとの形式と内容とから引き出さるべをものであるととは勿論でるらう。然し私は とれを明にする準備として.先づ胎競長茶羅の名稲から吟味しようと思ふ。 胎 藤 長 茶 羅 は 精 密 に 一 五 へ ば 大 悲 胎 蔵 生 品 交 茶 罪 で あ っ て 、 と れ を 焚 語 で 去 す と . 富 山 げ ゲ ︸

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である。古来支部や日本では、普通に胎蔵憂茶羅と云って、大悲を省いて居るが、その性質から一再へば.寧ろ 胎蔵を省いて、大悲長茶羅とすべきものではたからうか。私見に依れば、胎原生︵の母ぴ町山戸門 H H V F 2 1 m w ︶ と 一 匹 ふ の は ‘ 母胎の中に蔵せられた胎児が出生すると一再ふ意味で、それは胎生するとと、若くは簡単に一足へば、生やるととで.謂 はいふ用詞であって、盟詞ではない。換言すれば、胎照生には内容はたい。と L で胎生若くは生の内容とたるものは、 大悲と長茶羅であって、大悲は能生の躍であり、与一茶羅は所生の聞である。故に胎減憂茶羅の本質は、その名稿から 一 再 へ ば . 大 悲 か ら 生 キ ノ る 長 茶 羅 で あ る ι とれを一般的に去すと‘胎蔵且毘茶羅の本質は慈悲であると一疋ふととにたる。 従 っ て 本 質 の 上 か ら 一 一 足 へ ぽ 、 それは胎賦畏茶羅ではなくして‘大悲長茶羅でなければたらぬ。尤も大悲胎賦生長茶羅 とれとは異った解糖もある。それに依れば、大悲は法、払川摘は喰で、二者は共に明日詞である。陪減とは 母胎のととで、それがとの中に托生した胎児を育成して.出生せしめるが如く‘如来の大悲も、その恩恵に浴する衆 生を育生し教化して、窓口提乞成就せしめると一五ふのである。然しとの解躍に依るも、能生は大悲‘所生は長茶羅であ るから、胎賊品一茶羅の本質が、慈悲であるとするととは、前の解轄と時現りはない。 の 名 稽 に は 、

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陪蔵量茶羅の本質が慈悲でるるととは、大日症の上から見ても. 又その註疏の上から見ても、確賓にとれ七佐保詮す るととが問来る。先づ大日経の上から述べると.その漢詩第二具紙品の中に、胎古畑畏茶羅の性質を説明して、 叉秘密主哀感無謹衆生界故、是大悲胎碕生長茶羅民義、 と一去って居る。との意味には少しく不明た所もあるが、強ひて併科すると.大悲胎荷生長茶羅の憤大な意義は.如来 の大悲に依って、衆生を救済するととに在るとして居るゃうである。蔵語にはと L の 所 が 、 無設の有情界を悉く救関するものであるが故に、 秘 密 主 よ 、 復次に此の康大ゑ憂茶羅は、 大悲陪照生と稿せられ る 。 とたって居る。何れにしても‘大日経が胎荷受茶読の本質を慈悲としたことは疑はれたい。 弐に大日経の註疏に就いて述べると、悌陀思岨耶はその疏の中で‘ 大悲胎賊生とは、 との長茶羅は大悲から生やるもので、備が一切智々を得た後、大悲の力で、身等の無重斑巌のと 249 の憂茶羅を出生するが故に、大悲から生やると一五ふのでるる。陪蔵とは生の根源で‘かの大悲はとの長奈羅を生や る所依とたるからである。 と一五って居る。との解躍は向下門の上から見たものであ一る。所謂従果向因の解躍である。とれと共に悌陀樫咽耶は‘ 向上門の所謂従国向果の解程も可能であると考へたゃうである。然し私は胎燕長茶羅の本質に関する悌陀嬰阻耶の解 躍としては、向下門のそれのみを誼嘗と認 b .向上門のそれは取らたい。何れとのととに就いては.後に再び論やる であらう。善無畏も大日程疏の第三容に、胎蔵憂茶羅が大悲長茶雑であるととを説明して. 若白木無謹‘則従中胎一々円、各流出第一重種 A 門、従第一重一 K 門、各流出第二重種 k 門、従第二重一々門.各 流出第三重程 k 門 。

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と 一 去 っ て 居 る 。 彼 の 白 木 議 一 一 辺 と 一 五 ふ の は 、 悌 陀 開 佳 咽 耶 の 向 下 門 に 営 り 、 所 謂 従 果 向 悶 の 解 揮 で あ 一 る 。 者 無 畏 J h 悌 陀 阿 佐 岨耶と等しく、胎蔵品正茶羅の本質に闘して、向下門の解揮を用ふると共に、向上門のそれも可能であると考へたゃう である。伎はとれを行悶至果の解躍と一足って一去るが、それは従国向果である。然

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私はと L で も 伸 陀 智 一 咽 耶 の 場 合 に 於けると等しく、白木垂誼の解轄を誼首と認め、行因至果のそれは取らない。何れとのととに就いても、後に再び論 やるであらう。 猶ほ胎世間受茶羅の本質が慈悲であるととは、 とれを金剛界長茶羅と比較するととに因って益々明に・なると考へる。 金剛界長茶羅は胎減員茶羅と共に、秘密悌設の二大受茶羅であると一試はれるが、本質の上から一足へぽ、伎と此との聞 には根本的た相還がある。金剛界長茶羅はとれを哲語で表すと、︿

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色白である。界とは盟とか国と か 一 足 ふ 意 味 で あ る か ら 一 . 金 剛 界 受 茶 羅 と 一 同 ふ の は 、 八 一 主 剛 堂 開 と し 、 若 く は 悶 と す る 是 認 山 ︺ 維 の と と で あ る 。 そ と で 金 問 の意味であるが、とれば物守一打ち昨︿限 γ 間た錨物であるかム、印月刊には古来煩慌た断ち切る翠とか定に雪へられて居 る。さうすると金剛界長茶羅は、胎琉 r受茶羅のやろに、如来の慈悲在京したものではたくして、如来の定翠友一不した ものであるととは疑はれ友い。少くとも原始形態の上で一五へぽ‘胎荷量茶羅が如来の衆生救済七 f 一 表 し た も の で あ る の に 封 し て ‘ 金 剛 出 作 品 ι 茶維は衆生が如来泣を成就するとと左表したもの吋にあると考へたければたらぬ。 然るに支那や日本では、古来防府是茶続を理長茶羅とするのに封して‘令一剛山仲良茶羅を符是茶続とたし、同様に本 有と修生、物と心と一五ふ風に、色 K と封立して考へて居る。との針立旧山想は利に由来するかと一五ふに、その根本とす る所は‘かの六大思想に法くものではたからうか。即ち胎賦長茶羅左五大企茶維と友し.金剛界長茶羅な識大畏茶羅 と、なしたととが、その基礎になって、物と心、理と智、本有と修生と一五ふ風に、悶長茶羅を相封立させて考へるとと にたったのではなからうか。金剛界長茶経乞識大是茶羅としたととは‘別に不思議ではないやうにも忠はれる ι 何故

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との畳茶揺は元来定慧の憂茶羅であるから、六大の中では、それが識大に属するととは、特に考へるまでも たく、識が時やれば智になるからである。然じ一胎賊品工茶経乞五大受茶織としたととは如何なる理由に基いたものであ ちうか。とれに就いて思ひ附くととは、大日経の第一位心品に一切智々を五大に警へたととである。即ちと a A で は 一 た れ ば 、 切抑日 K を 慮 忠 一 界 に 嘗 へ て ‘ 世隼壁一如鹿塁間外離一切分別、無分別無無分別、如是一切智智離一切分別、無分別無無分別、 と 一 五 ひ 、 順 + 引 に 大 地 、 火 界 、 風 界 、 水 界 に 母 一 へ て 居 る 。 け れ ど も と れ は 胎 蔵 長 茶 羅 を 五 六 円 ザ 一 茶 羅 と し た と 一 再 ふ 詮 擦 に はたらね。何故たれば、と L に在る一切智 k は大日如来には遠ひないが、それは法身としての大日如来であって、決 して憂茶羅に現れた本隼としての大日如来なはたいからである。換言すれば.と a A で 一 切 智 弘 ご 乞 五 大 陀 警 へ た の は 、 法身としての大日如来は、空たものであるととを示したのに過ぎたいからである。 251

問、胎藤長茶羅の本質に関する雨設とその批剣

胎蔵憂茶羅は、その本質の上から云へぽ‘大悲長茶羅である。換言すれば、その本質は慈悲である。乙れは一方と の与一茶羅の現れた大日程そのもの L 上から見ても.叉他方との長茶羅を金剛界憂茶羅に比較して見ても、疑ふ飴地の ないととは、私が前節に述ペた所である。然しとの本質の解躍に関しては.大日経の註樟者である悌陀磨町耶と菩無 畏との聞に、相官ゑ相遣が存する。私は胎荷受茶羅の性質左徹底的に明にする詩めに.進んでとの開設を批到しよう と 忠 ふ 。 悌陀屋阻耶に依れば‘胎蔵憂茶羅は大日如来が衆生済度の局めにその三無査荘厳の活動を示したものである。とれ を詳しく一五ふと‘如来がその色身を種止に表現したものが身無毒旺巌である。同校に如来の種 k の説法を表現したも

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のが語無蓋荘巌であると共に、その種、河の本誓の心左表現したものが意無重斑巌である。悌陀屋町耶が胎碕憂茶羅の 本質に闘して、かゃうゑ解揮を施したのは、犬日経の第一住心口聞に依ったものであらう。住心口問の所謂通序には、大 日如来が加持力に依って、身無謹庇巌賦役示現すると共に、語意千等の無重賠償問問を示現するととが述べられて居 る。との趣意に由って、胎寂長茶羅は衆生左救済するが故に犬悲長茶羅と稿せられると云ふ文句を解轄すると‘との 長茶羅は大日如来の三無輩出 μ巌の活動

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示した、ものとたるのである。私は前に胎蔵是奈羅は、その形式の上から云へ ば、大法三の三様畏茶羅となるが、その内容の上から云へば.如来‘程遡、文殊の三霊長茶羅であると一去った。今と れを悌陀開住町耶の陪蔵品李会報に関する本質視に嘗てほめて考へると.との解躍は胎蹴塁茶羅を形式の上から見たもの である。兵縁日聞に現れた大是茶羅は、確に如来の身無重荘厳の活動乞示したものと考へるととが出来る。同様に字輪 品に現れた法長茶羅は、如来の語無藍荘巌乞示したものであると共に、秘密長茶羅口聞に現れた一二昧耶長茶羅は、如来 の意無重症般を示したものであると見るととが出来る。 形式に重きを置いて、胎碕 O 一 茶 羅 の 本 質 を 考 察 す る と 、 悌 陀 寝 阻 耶 の 解 明 伸 も . 一 一 一 様 式 は 、 車 に 胎 一 同 長 茶 器 に 現 れ る の み で は な く し て 、 同 様 に 令 一 間 界 一 段 茶 羅 に も 現 れ る 。 は.との三様式の外に、もう一つ第四の錆座長茶器と一五ふのがある。掲摩は事業で、身語意を綜合したものに首る、 との様式は確に金剛界昆茶羅の特色と稿してよい。けれ H とも前三の絞式は‘胎疏長茶羅にもあるが、同様に令一聞界長 茶羅にもあるから、とれを胎燕盈茶羅の特色と一五ふわけには行かね。故にこの三様式に重きを置いて、胎一蹴品又茶羅の 本質を考察しても、それは十全であるとは許されたいマあらう。との意味に於て、私は帥陀開伎町耶の意見に満足する 一位は是認せられる。然し犬法三の た い ふ 金 問 界 品 交 茶 羅 に 於 て ζ とは出来ないのである。 尤も彼にも胎蔵品五茶経の内容を顧慮して、その本質翻を説いた所はある。内容の上から一五へば‘胎蔵長茶羅は、鼠

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等 し く 、 に述べた如く.少︿とも六日経に現れた原始形態に於ては、如来、四時迦、文殊の順序匂あるが、悌陀開伎明耶は不思一と その組織を説明して居る。伎に依れば、初の二重に於ては.六悲胎臓から身無 との順序をその A C L に 認 め 、 議荘厳を示現する。第一一政一はその基本である大定悲智の首相を椋峨し、第二重はとの犬定悲符から出現する稗迦乃至 帝轄の蝿型化身を表示する。そして第三重は、初二軍の示現せる身店般の仰の境智そ詮悟する泊めに、行者が文殊乃至 虚窓蔵の翻智を修得し、その心にも備と等しい大悲胎碕長茶羅を生やるに至るととを表示するぺ僻尾氏﹁受茶絡の研究﹂ 九 ご 頁 参 照 L3 との解躍は胎照日正茶羅の本質問としては‘向上円であって、向下円ではたい。それは所謂従国向果の解 轄であ一って、所謂従果向悶のそれではない。前にも辿ぺたやうに・悌陀開住町耶は胎蔵品 X 茶羅の本貨に閲しては、向下 門の所謂従果向困の解鰐右主として居るが、それと同時に向上門の所謂従悶向果のそれも認めて居る。郎ち疏の中に、 或は又との長茶羅から大悲笠出生すると一五ふ義もある。それはとの是茶器の円から如来の功徳の法である大悲等を 出 生 し ‘ 一切智々を成就せしめるが詩めである t 253 と あ る の が そ れ で あ る ハ 栂 尾 氏 前 掲 書 六 四 頁 参 照 ﹀ 。 然 し 私 は 胎 碕 長 茶 一 維 の 一 本 質 問 と し て は 、 との解揮を遁嘗と認めると とは出来ぬ。私見に依れば‘大乗秘密併設が、その理想賓現である成仰立以て、大日如来の加持力に依るとする黙に 於ては、それは大悲他力の教である。けれ H ともとの中には純粋他力的な大日経宗と比較的自力的友金剛頂宗との別が ある。故に受茶羅の本質に闘しても、金剛頂︵一万の金剛界呈茶経には、向上門の自力的な解標を取るべきであると共に、 大日経宗の胎蔵長茶経には、向下門の他力的な解躍な取らなければたらぬ。との意味に於て、私は今の場合併陀塵岨 耶の向上門の白力的な解揮を捨てるのである。 弐に善無畏にたると.大日如来が衆生を救済すると一五ふ胎燕憂茶羅の本質は、菩提心靖国・大悲話根‘方便話一究支 と一再ふ所謂三句に依って解耀せられる。犬日経疏第五に、

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如上所説、菩薩心待問、大悲詩根、 属‘以是義故、詩大悲胎蔵品叉茶羅也、 方 便 詩 究 寛 者 、 部是心賓相華墓犬悲胎蔵開敷、 以 大 悲 方 使 、 現作三重普門谷 と あ る c との三何は備陀屋町耶の解臨時に現れた三無量班院の句と等じく、六日経の第一住心品に出て居る。然し披は 犬日経の通序に泊ぎないが、此は買に六日経の買髄とも一五ふぺ事?ものである。伸陀窪町耶が伎の匂を用ひたのは、既 に述べた如く、胎蔵憂茶経の形式に重きそ置いたわけであるが、益口無畏が此の勾を用ひたのは、その内容に重きな置 いたわけである。換言すれば、悌陀開伎町耶は三様長茶羅の上から胎蔚長茶羅の本質を解躍したのであるが、善無長は 一 一 室 長 茶 羅 の 上 か ら と れ を 解 明 同 じ た の で あ る 。 然らぽ三霊長茶羅の上から胎蔵品旦茶雑の本質を解躍するとは如何いふととであるかと一足ふに、官有無畏に依れば、叶市 一霊は菩提の徳乞一不し.第二重は大悲の徳を一不し、第三震は方便の徳左一不す。た H A と a A T 注意すペ・をは、胎蔵憂茶羅 に於ける三重の順序が、大日経に現れた原始形態では、如来.緯迦、文殊とたって居るが、伎はとれ乞境改して如来、 文殊・四何迦となしたととである。彼の考へる所なは、大日粧を見ると.第一章一はよいが、犬悲の徳左一不す文殊等が第 三重にたり、方便の徳を一店す輯迦が第二重にたり・一二重の順序が菩提心、大恋、方便となって居たい。そこで彼は私 の前に述べた如く、慢法の人乞坊がうとして、故意に怖が経文友飢股したものと考へて、コ一一旦旦茶維の順序乞如来、 文殊、樫迦と建更したのである。かくして伎は大日経疎第三に、 然以如来加持故、従仰ザ山口捉白設之徳.現八業中胎殿山河‘従金剛密印、現第一重金剛手等諸内容属、絶大悲高行.現 第二五一摩珂陸坪諸大谷属、従 t u 門方便‘現第三重一切衆生菩見随類之身、 と一五って居る。善無田氏が胎蔵品工茶羅の本質乞解明判ずるのに・形式の相速に顧慮するととなく・翠に内容の階段に注目 玄 に い 平 凡 と 一 五 ふ べ さ で あ る 。 し た と と は 、 ↓ リ ’ V 人 £ L r

良 市 ・ 4 0 ψ J 、 月 ト H かくして始めて胎賦昆茶経の本質が明に吃られるからであ

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る。然し彼がその長茶羅のご一軍一の順序を境更したととには賛成するととが出来ぬ。何故なれば、との訟は大日経の原 形を破壊するのみでたく、それが詰めに却って胎賦憂茶羅の本質を不明瞭たらしめるからである。

私は今胎蔵長茶羅の本質に閲する白設を述べる順序となった。 顧みるとと L に至るまでには、相官た迂飴曲折乞経過じた。先づ陪賦憂茶羅に閲して、人の親んで居る護展形態か ら出費して‘その原始形態を求め︵一︶.+引にとの原始形態に形式と内容の別あるととを明にして、胎蔵菱茶羅の本質 一方六日経の上から見ると共に、他方金剛界長茶羅をも参照 し て ‘ 陪 蔵 品 瓦 茶 羅 の 本 質 が 慈 悲 で あ る と と を 定 め ︵ 一 ニ ︶ ‘ 進 ん で 愈 K その本質翻に入り・形式に重きを置く悌陀開笹川耶 誌と内容に重さを置く韮口無畏読と左批到した︵四︶。とれが今までに私の辿って来た大躍の径路である。 離を建てる基礎を堅めたが︵二︶、更にその準備として、 255 私が胎蔵憂茶羅の本質観に闘して‘悌陀塵岨耶の形式読友捨てヘ善無畏の内容説左採ったととは、既に述べた通 りである。胎賦塁茶羅の本質である慈悲は、その内容左たす三霊長茶羅に注目しゅ広ければ、とれを明にするととが出 来ないと信ゃるからである。然し善無長が大日経の本文に見院があるとして、との三重の順序を費更し、如来、文殊‘ 程迦としたととには反封する。そとで私はとれ乞吟味したがら、自訟を謹べるととにする。 勿論善無長が胎賦皇茶羅の第一重階壇に、菩提白詮の描加が現れて居るとするととには異論はたい。絞はとれ左設明 し て 、 然以如来加持故、従悌菩提白龍之徳、現八葉中胎蒔身、従金剛密印、現第一重金剛手等諸内容属‘ と 一 民 う て 居 る o と L で先づ注意すべきは‘彼が苔提心の徳が現れて、第一一民一の如来型とたるのは.如来の加持力に凶る

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とするととである。前にも趨ぺた如く、成悌が大日如来の加持力に基いて生やるととは‘濁り犬日程宗に限ら示、金 との意味に於て、密教は他力の款であると信やる。さう 剛頂宗も同様で二般に一再へば、 大衆秘密悌訟の特色である。 行、西方の阿繭陀は詮情、北方の鼓一日目撃は担撰註示して居る。かくして示現した報身としての大日如来は、その性質 として、積極的な相徳と泊極的な断徳を具有する。持者は上ぃ々の救世と併母に玩れ、役者は下方の不動左降三世に現

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荏 山 三手 すると大日経宗の理想賓現乞示す胎競 塁茶羅の第一如来壇が、菩提心に依ヲ て 展 開 す る の も 、 そ の 根 底 を 一 五 へ ば 、 大 日如来の加持カに基くべきは無論のと とである。弐にとの是茶羅の第一重が、 如何して菩提心に依って展開するかと 一五ふに、それは法身としての大日如来

J の 賢 憧 は 十 点 口 掠 心 の 第 一 肘 段 で あ る 護 心 を一示し.以下順次に南方の開政華は修 ある。菩無長がと がそれであって‘四菩擦はその同位で 報身として出現する。東南北西の四仰 が、衆生済度の矯めに、菩提心に依って t A に八業中胎琉身と 栴するものが、 と れ に 外 止 な ら ぬ 。 東 方

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れる。更にとの大日如来は、その如来智︵遍知印﹀から‘ご犬作用を護揚する。それは智慧と慈悲であって、前者は 左方の執金剛となり、後者は右方の蓮華手とたる。善無長がと主に従令一剛官印‘現第一霊金剛手等諾春麗と一広ふのは それである。如来の作用としては、国より智慧も慈悲も、共に大切ではあるが、然し衆生誠何度を本質とする胎盟問憂茶 羅としては、特に慈悲に重きを置かたければたらぬ。謂はど智慧は手段であって、その目的は慈悲である。慈悲の表 現としての蓮華手から、第二重の稗迦壇が展開して来るのである。 然し善無長に依れば、蓮華手が大悲の徳左京すものとして、第二重に現れて来るものは、煙迦壇ではたくして、文 殊檀である。伎はとれそ説明して、 従大悲高行、現第二重摩詞塵唾諸大容層、 私はとれには賛成するととが出来ぬ。私見に依れば、胎競憂茶羅に於て、犬悲の徳の現れる第三重 は.文殊壇ではなくして、矢張り四時迦壇である。大悲と一同へぽ‘とれを備に就いて考へると.それは礎化身のととで ム ﹂ 云 っ て 居 る 。

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ある。第一重に於ては、法身としての大日如来が、菩提心の徳を去す箆めに、報身として出現したが‘と L では報身と しての大日如来は、大悲の徳 b L 表す詩めに、更に同盟化身として出現する。それが程迦である。大日経の第一住心品に、 彼得一切智智、詩無量衆生、賢潰分布、随種々趣種 K 性欲、程 k 方便道、宜話一切智智、或聾開一架道、 道、或大一架道.或五通智道、或願生天、或生人中及龍夜叉乾闇婆乃至説生摩喉羅伽法、 或縁費乗 とれを示したものと見るととが出来る。さうすると胎賊長茶羅に於て、大悲の徳の現れる第二重は、韓 迦壇で−なければたらぬ。臨時迦壇には、東方に四時迦が安置せられると共に、南方に焔摩があり、北方に帝躍があり、西 方に諾地紳がある。との階壇に於て、韓迦と他の諾舎との闘係は如何であるかと一再ふに、私見に依れぽ.何れも管大 日如来の躍現ではあるが.程迦が中心で.他の諾舎は、共に鯉迦の守護紳とも一疋ふべきものである。此等の諸隼は、 と る る の は 、

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韓迦の説法を助ける詩めに現れて来たものであって、臨時迦を離れては、別に存在するものではたい。さうすると第二 震の樟迦壇に於ては、大日如来の臆現は、樺也一一容であると一再つでも差支ないであらう。 戎に第三重階壇に就いて趨ペると、強口組⋮畏は大悲の徳 b z ∼表す第二震は、文殊壇であるとした結果、方梗の徳を表す 第三重は、官然回開迦壇であるとした。伎はとれを説明して、 従普門方便、現第三重一切衆生喜見随類之身、 と 一 五 つ て 居 る 。 私はとれにも賛成するととは出来ね。私見に依れば、胎戴畏茶羅に於て、 は.轄迦壇では訟くして‘矢張り文殊壇である。成程方便も、備に就いて一疋へば‘大悲と等しく設法のととであるか 方便の徳の現れる第三重 ら、とれだけで見ると、説法の場合に於けると等しく・それは賢化身であるとすべきである。然し方便を以て究寛と 鵡すと一区へば‘それは方便即ち究支であると考へられるから‘ とれを伸に就いて見ると、大悲を根と錯すと一五ふ場合 に於けるが如くに、単にとれを捷化身とするととは出来ぬ。との場合に於ては、方便の饗化身がそのま L 究寛の法身 で 喝 な け れ ば ゑ ら ぬ 。 か L る備は如何なる備であるかと一五ふに、私見に依れば、それは等流身である e 等 流 身 と 一 再 ふ の は、能化の備が所化の衆生と同一形相をゑすととであるから、今の場合に就いて考へると、能化の饗化身が、そのま t A 法身大日如来とたるととである。凡ての菩院がとれに外ゑらぬ。菩躍は悌の前身で、それは衆生乞揖化するが詩め に、種 KA な 身 を 現 や ノ る 仁 多 く の 本 生 諒 は . ζ のとと友一不じたものでは・なからうか。かやうに考へると、凡ての菩薩は 犬 日 の 等 流 出 ガ で あ る と 一 五 ふ と と が 出 来 る 。 大 日 経 の 第 一 位 心 口 聞 に ‘ 若有衆生臆伸皮者、邸現伸身、或現控聞身、或現緑覧身、或諸口監身、或党天身、或那羅延‘枇沙門身、乃至度摩羅 伽人非人等身、各各向彼一言雪‘位種 A 威 儀 ・ と あ る の は も との意味た示したものであらう c さうすると始戴憂茶羅に於て B 方便の俸の現れる第三重は.文殊壇で

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たければたらぬ。文殊壇には、東方に文殊が安置せられると共に‘南方に除蓋障があり、北方に地寂がありも西方に 虚空蔵がある。文殊壇に於ける文殊と他の諾傘との闘係は如何であるかと云ふに、緯調璽に於ける樫迦と他の諾傘と のそれとは、多少具るものがある。樫迦壇に於ては‘既に越べたやうに、大日の直接に臨現するのは稗迦一一等であっ て、他の諸傘は何れもその守護一脚とも一再ふべきものである。然るに文殊壇に於ては、私見に依れば、他の諸菩躍の位 置は、文殊菩躍のそれとる一く同等である。たど文殊菩薩は文殊壇に於ける代表的危聖隼であって、と S A で は 文 殊 一 一 等 を皐げると‘他の諸傘はとれに含まれると一式うてもよいのである。要するに胎蔵量茶羅の本質である慈悲が、その三 霊長茶羅に現れて居ると考へて、とれそ住心品の三何で解躍した酷に於ては、私は議官無畏の所設に賛成するが、然し 伎が経文に乱股があると見て、第二重と第三重との位置を顛倒したととには反劃する。私は何慮までも経文のま L の 一ニ章受茶羅に、胎賦員茶羅の本質が現れて居ると考へるのである。 私は如上の趣旨を一層明にする箆あに、と a A にかの四種法身設を援用したい。四種法身設とは、大日如来はその身 性の上から見ると、自性身、受用身、費化身、等流身の四種があると一五ふのである。との思想段、無着の橋大衆論の ご一身詑に基いたのではたいかと患はれるが、それが明に現れたのは‘不空語の聖位修詮法門経︵大正競一八、二八七 頁︶であらう。とれを胎蔵憂茶羅にあてはめると、第一自性身は第一一亘中塞の大日如来であ忍 C 4 んも畏茶羅に現れた 259 大日如来は、既に受用身の位に在るもので、自性身としての大日如来は、受用身としての大日如来の奥に含まれて居 ると解すべきものではたからうか ι 第二受用身は同じ︿第一章一中墨の費盤、開敷華.阿踊陀、鼓音聾の四併である。 そして第三饗化身は第二重の鶴迦である。と a A までの所は、犬躍に於て、問題はたいであらう。そとで問題にたるの 段、第四の等流身が第三重の文殊等であると云ふととである。 等統身とは如何たる意味であるかと一宮ふに、とれな党語でますと、 H A r u

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w m v u 記 であらう。倶合論などに山ハ厨

(28)

五果と去ふことが説かれて居る。その一中に同類国︵

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E H U官官︶が起るとせられるが、との同類国等流果から等流身と一五ふ思想が出て来たのであらう。とれ を併に就いて一再へば、能化の悌と所化の衆生とが、形相在同じくし‘言音を同じくするととで、一口に一目へば示現救 済でるる。一不現救慣の敦は、秘密併設の超らたい前に、既に確に存在した。その最も著しい一例は、親者菩躍が三十 一二身を現じて、衆生を救済すると一民ふのがそれである。翻菅菩躍の示現救済を説いた経典は、普門品と一試はれ‘法華 経の流通分の中に入れられて居る。とれは法華経の悌陀である四時迦が、その等流身としての観音菩薩と・なって、衆生 左救済するととでるるから、大一束秘密伸較に於て、大日如来がその等流身としての文殊菩薩等とたりて、血流生を救済 すると異る所はたいと一五ってよからう。けれども観音が稗迦の等流身としての一部現救渚を読くと一匹ふとの普門品は、 経典成立の上から考へると、初めから法華経の中に含まれたものではなくして、伎にたってとれに附加せられたもの であるから.示現救済の思想は‘法華悌軟に於ては、猫ほ未完成の欣態に在ったと一去は‘なければたらぬ。との思想が 完全に現れて来たのは、恐らくは秘密伸設がその初であらう。かくして私は胎蔵憂茶羅は秘密悌教の示現救済を表現 したものとして‘その第三重の文殊壇に於ける文殊等の諸菩躍は.大日如来の等流身であると考へるのである。 今までの所ではも三霊長茶羅を吟味するのに、私は胎蔵塁茶羅の真髄を表示すると一五はれるかの三何を規準として、 主として一章一毎に別々にその性質を趨ペて来たが、 と L でその締結として、 専ら一二重の相互関係を検討したいと思 よ、

三蓑品交茶羅は.胎蔵憂茶羅の本質の上から一五へぽ、各室別々に併立するものではなくして、その相互の聞には、上 下の闘係がある c との際とれには二の場合が考へられる。一は上から下に向ふもので、それは向下円である。こは下 から上に向ふもので、それは向上円である。上から下に向ふとは、備陀が衆生を下化するととであるから、それは普

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通に従果向悶の関係と云はれる。下から上に向ふとは、衆生が菩提を上求するととであるから、それは普通に純国向 果の関係と一再はれる。とれを賢際に就いて見ると、胎戴呈茶羅の本質は、同世話の如く、大日如来刑衆生を下化する慈 悲でるるから・一ニ霊長茶羅の相互関係は、向上門でゑくして‘向下門で・なければゑらぬ。私はとれを手段目的の闘係 と 稽 し た い 。 先づ第一室と第二重との闘係を足るに、第一重の如来壇は、菩提心の徳を表すと一匹はれるが、とれば既に述べた如 く、法身としての大日如来が、菩提に依うて、報身として出現するととである。然しとの際法身が報身となるのは、 それ自身が目的ではたい。顕教の例へば海士悌教に於て、法身が阿摘陀備と一区ふ報身として出現するのは、衆生左救 開するが詩めであると共に、事責上もとの目的を謹するととが出来る。換言すれば、海士併設に於ては、法身が報身 とたるのが貝的である。然るに密教・特に大日経宗になると‘第一一阜の如来壇に於て、大日如来が報身となっても、 との報身は直接に衆生を救済するととも出来・なければ、又それが目的でもゑい。と t A でそれが報身とたるのは、第二 重の樺迦壇に下り、措型化身とたって‘衆生 b L 救済しようとするが渇めである。換言すれば、第一重に於て、大日如来 が報身となるのは・謂はど手段であって、その目的は第二軍に下って・鑓化身となるが詩めでるる。 けれ

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も進んで考へると、大日経宗の敬意に依れば‘第二重の躍麹壇に於ては、大日如来の費化身である程迦は、 その説法に依って、直接に衆生を済度するととは出来ぬ。然らばとの質化身は如何にして衆生救済をなすととが出来 るかと一再ふに、それが詩めには、との饗化身は第三重の文殊壇に下って、等流身とならたければならぬ。と a A に 第 二 重と第三重との関係が生十る。 261 第二重の費化身とたるが詩めであるか ら・それは単に手段となるだけであって、目的となるととはない。然るに第二重に於て、それが費化身とたるのは、 第一重の報白河から見ると‘それは確に目的でるる。黙しそれはと L で は 京 生 を 抗 相 反 す る と と は 出 燕 − 添 い し 、 旋 門 J て そ 第 一 重 に 於 て ・ 大日如来が報身とたるのは、

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れが衆生を済度する詩めには‘第三重に下って、等流身とならたけれぽたらぬから‘その賠から見ると、第二重の建 化身は手段であって、その目的は第三重の等流身である。換言すれば、第二重の鍵化身は、第一重の報身から見ると、 目的であるが、第三重の等流身に封すると、それは手段である。故にと L にも手段目的の関係がある。 然るに第三重の文殊壇に於ける文殊等の等流身にたると‘ る。故に等流身は第二重の嬰化身に削到して目的とたるばかりであって、何れに関しても、それは決して手段とたるや うたととはゑい。換言すれば、第三重の等流身は、それ自ら究究目的である。要するに三重憂茶羅に於ては、法身と しての大日如来は、先づ第一重で報身とたり、戎にとの報身が第二霊で踊型化身とたり、最後にとの饗化身が第三重で 等流身とたって、始めて胎碕憂茶羅の本質である慈悲乞完成するわけである。 かやうに考へると、胎寂憂茶羅の内容である一二霊長茶羅の相互関係は‘向下門に依って、完全にとれを解明すると とが出来る。との陪藤長茶羅の本質翻に就いては、善無畏の所誌もとれに異るととなく、伎は向下門左自本埜越と稽 し、私が前に引いた如く、大日程疏の第三容に、 若自本埜述、則結中胎一々門、各流出第二重種々門、経第二重一々門、各流出第三重種々門、従第二重一 k 門、各 流出第三重種 k 門 、 と一足って居る。然しとれと同時に、伎は 若行悶至果‘則第三軍之所引時成就、能通第二重、第二重之所引揖成就、能通第一一阜、第一重之所引掃成就、能見 中 胎 摘 、 大日如来は始めて下化衆生の宿望を遂げるととが出来 とも述べて居る。と L に行国至果とあるのは‘無論向上門のととで、とれは大日経︷一戒を金剛頂宗と等しく、自力的危 抑 制 教 と す る 考 で あ る 。 私 は 飴 賦 長 奈 羅 の 本 質 観 と し て は 、 と れ は 決 し て 五 官 で た い と 信 歩 る 。 ハ 一 七 、 一 一 一 、 一 一 一 ﹀

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