四 七 駒 澤 短 期 大 學 佛 論 集 第 十 二 號 二 〇 〇 六 年 十 月 凡 例 一 、 本 稿 は 、 拙 稿 ﹁ ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 一 ︶ ︱ ﹁ 三 蔵 義 ﹂ ﹁ 十 二 部 経 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ﹂ ︵ ﹃ 駒 澤 短 期 大 学 仏 教 論 集 ﹄ 十 一 号 所 収 、 二 〇 〇 五 年 十 月 ︶ の 続 編 で あ る 。 二 、 テ キ ス ト に つ い て は 大 正 蔵 経 四 四 巻 所 収 の ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ を 底 本 と し た 。 他 の テ キ ス ト は 卍 続 蔵 経 九 六 巻 所 収 、 駒 澤 大 学 図 書 館 蔵 版 本 ︵ 延 宝 二 年 ︶ ・ 中 野 小 左 衛 門 板 行 を 参 照 し た 。 し か し 、 完 全 な 対 校 は 行 っ て い な い 。 三 、 ﹃ 国 訳 一 切 経 ﹄ 和 漢 撰 述 部 、 五 三 巻 、 諸 宗 部 十 、 ︵ 大 東 出 版 、 一 九 四 一 年 一 月 第 一 次 発 刊 、 一 九 六 九 年 第 二 次 校 訂 発 行 ︶ を 参 照 し た 。 本 書 は 辻 森 要 修 氏 に よ る 訳 釈 研 究 な の で 、 ﹃ 辻 森 訳 註 ︵ 一 ︶ ﹄ と 略 す 。 四 、 以 上 は ﹁ 一 ﹂ 拙 稿 に 順 じ た も の で あ る 。 こ の 他 に 、 本 稿 よ り 註 記 中 に 科 文 を 付 し た 。 こ の 科 文 は 、 ﹁ 仏 性 義 ﹂ の 構
﹃
大
乗
義
章
﹄
の
研
究
︵
二
︶
︱
︱
﹁
仏
性
義
﹂
註
釈
研
究
︱
︱
岡
本
一
平
成 が 少 し 複 雑 な た め で あ る 。 記 号 は ︵ Ⅰ ︶ ① の 順 番 に 使 用 す る 。 ︵ Ⅰ ︶ ∼ ︵ Ⅴ ︶ に よ っ て 、 ﹁ 仏 性 義 ﹂ 全 五 節 の 大 綱 を 示 し 、 ∼ に よ っ て 各 節 を 細 分 化 し 、 に よ っ て 等 の 項 目 を 更 に 細 分 化 し た 。 一 例 を 挙 げ れ ば 、 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② で あ る 。 こ の 科 文 の 目 的 は 、 大 正 蔵 経 四 四 巻 所 収 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ と の 対 応 を 容 易 に す る た め に あ る 。 そ こ で ︵ ︶ 内 に 、 大 正 蔵 を に よ っ て 表 記 し 、 四 四 巻 と い う 巻 数 を 省 略 し 、 頁 数 と 上 中 下 の 段 落 、 及 び 行 数 を 表 記 し た 。 一 例 を 挙 げ れ ば ︵ 四 七 二 上 四 行 ︶ で あ る 。 そ の 他 、 註 記 内 の 指 示 を 右 記 の 科 文 に よ っ て 指 示 し た 。 五 、 又 、 ﹁ 一 ﹂ 拙 稿 に お い て 大 正 蔵 経 の 脚 註 の 対 校 テ キ ス ト を ﹁ 原 本 ﹂ ﹁ 甲 本 ﹂ と 表 記 し た が 、 に 変 更 し た 。 六 、 左 記 の 略 号 は 本 稿 に お い て 使 用 す る も の で あ る 。四 八 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︱ ﹁ 仏 性 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ︵ 岡 本 ︶ 略 号 ﹃ 宝 性 ︵ 高 崎 ︶ ﹄ ⋮ 高 崎 直 道 ﹃ 宝 性 論 ﹄ ︵ 講 談 社 、 イ ン ド 古 典 叢 書 、 一 九 八 九 年 ︶ ﹃ 宝 性 ・ 無 差 別 ︵ 高 崎 ︶ ﹄ ⋮ 高 崎 直 道 ﹃ 宝 性 論 ・ 大 乗 法 界 無 差 別 論 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 新 国 訳 一 切 経 、 論 集 部 、 一 九 九 九 年 ︶ ﹃ 如 来 蔵 ︵ Ⅰ ︶ ﹄ ⋮ 高 崎 直 道 ﹃ 如 来 蔵 思 想 ﹄ ︵ 法 蔵 館 、 一 九 八 八 年 ︶ ﹃ 形 成 ﹄ ⋮ 高 崎 直 道 ﹃ 如 来 蔵 思 想 の 形 成 ﹄ ︵ 春 秋 社 、 一 九 七 四 年 ︶ ﹃ 本 覚 批 判 ﹄ ⋮ 袴 谷 憲 昭 ﹃ 本 覚 思 想 批 判 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 一 九 八 九 年 ︶ ﹃ 荘 厳 経 論 ﹄ ⋮ 袴 谷 憲 昭 ・ 荒 井 裕 明 ﹃ 大 蔵 荘 厳 経 論 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 新 国 訳 大 蔵 経 、 瑜 伽 行 派 、 一 九 九 三 年 ︶ ﹃ 道 元 仏 教 ﹄ ⋮ 袴 谷 憲 昭 ﹃ 道 元 と 仏 教 ︱ 十 二 巻 本 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 道 元 ﹄ ︵ 一 九 九 二 年 ︶ ﹃ 唯 思 論 考 ﹄ ⋮ 袴 谷 憲 昭 ﹃ 唯 識 思 想 論 考 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 二 〇 〇 一 年 ︶ ﹃ 縁 起 と 空 ﹄ ⋮ 松 本 史 朗 ﹃ 縁 起 と 空 ︱ 如 来 蔵 思 想 批 判 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 一 九 八 九 年 ︶ ﹃ 禅 批 判 ﹄ ⋮ 松 本 史 朗 ﹃ 禅 思 想 の 批 判 的 研 究 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 一 九 九 四 年 ︶ ﹃ 仏 教 論 ︵ 上 ︶ ﹄ ⋮ 松 本 史 朗 ﹃ 仏 教 思 想 論 ﹄ 上 ︵ 大 蔵 出 版 、 二 〇 〇 四 年 ︶ ﹃ 中 仏 批 判 ﹄ ⋮ 伊 藤 隆 寿 ﹃ 中 国 仏 教 の 批 判 的 研 究 ﹄ ︵ 大 蔵 出 版 、 一 九 九 二 年 ︶ 註 釈 篇 ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ 仏 性 義 五 門 分 別 釈 名 一 弁 体 二 料 簡 有 無 内 外 三 世 当 現 之 義 三 明 因 義 四 ︵ 3 ︶ 説 性 所 以 五 ︵ Ⅰ ︶ 釈 名 一 ︵ 4 ︶ 第 一 に は 釈 名 な り 。 ︵ 5 ︶ ︵ 6 ︶ ︵ 7 ︶ ︵ 8 ︶ 仏 と は 是 れ 其 の 中 国 の 言 な り 。 此 に 翻 じ て 覚 と 名 づ く 。 妄 を 返 し 真 に 契 い 、 実 を 悟 る を 覚 と 名 づ く 。 仏 を 挙 げ て 性 を 樹 て る が 故 に 仏 を 明 か す な り 。 ︵ 9 ︶ 言 う 所 の 性 と は 、 釈 に 四 義 有 り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ ① 一10 に は 、 種 子 因 本 の 義 な り 。 言 う 所 の 種11 と は 、 衆 生 の 自 ︵ ︶ 実 た る 如 来 蔵 性12 が 、 大 覚 を 出 生 し 、 仏 の 与 に 本 と 為 る 。 之 を ︵ ︶ 称 し て 種 と 為 す 。 種 は 猶 お 因 の ご と き な り 。 故 に ﹃ 経13 ﹄ に 説 い て 言 わ く 、 ﹁ 云 何 が 性 と 名 づ け る や 。 性 と は 所 謂 る 阿 耨 菩 提
四 九 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︱ ﹁ 仏 性 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ︵ 岡 本 ︶ ︵ ︶ 中 道 の 種 子 な り 。 ﹂ と 。 ﹃ 大 智 論14 ﹄ の 中 に 亦 た 云 わ く 、 ﹁ 性 と は ︵ ︶ 本 分 の 種15 と 名 づ く 。 黄 石 中 に 有 る 所 の 金 性 ・ 白 石 の 銀 性 の 如 く 、 一 切 衆 生 に 涅 槃 性 有 り 。 ﹂ と 。 斯 の 文 に 顕 ら か な り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ ② 二16 に は 、 体 の 義 を 性 と 名 づ く 。 体17 を 説 く に 四 有 り 。 一 に ︵ ︶ ︵ ︶ は18 、 仏 因 の 自 体 を 名 づ け て 仏 性 と 為 す 。 謂 わ く 、 真 識 心19 な り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ 二 に は20 、 仏 果 の 自 体 を 名 づ け て 仏 性 と 為 す 。 所 謂 る 法 身21 な り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ 第 三 に は22 、 通 じ て 仏 因 と 仏 果 と に 就 い て 同 一 の 覚 性23 を 名 づ け て 仏 性 と 為 す 。 其 れ 猶 お 世 間 の 麦 の 因 と 麦 の 果 と は 同 一 の 麦 性 な る が ご と し 。 是 の 如 き 一 切 な り 。 当 に 知 る べ し 、 是 の 性 ︵ ︶ ︵ ︶ は 因 果 に 異 な ら ず24 。 因 果 は 恒 に 別 な る も 、 性 体 は 殊 な ら ず25 。 此 ︵ ︶ の 前 の 三 義 は 、 是 れ 能 知 性26 な り 。 衆 生 に 就 い て 局 り 、 非 情 に ︵ ︶ ︵ ︶ は 通 ぜ ざ る な り 。 第 四 に は27 、 諸 法 の 自 体28 を 通 説 す る が 故 に 、 名 づ け て 性 と 為 す 。 此 の 性 は 、 唯 だ 是 れ 諸 仏 の 究 め る 所 の み な り 。 仏 に 就 い て 、 諸 法 の 体 性 を 明 か す を 以 っ て の 故 に 、 仏 性 ︵ ︶ と 云 う な り 。 此 の 後 の 一 義 は 、 是 れ 所 知 性29 に し て 、 其 の 内 外 に 通 ず る な り 。 斯 れ 等 は 皆 な 是 れ 体 の 義 を 性 と 名 づ く な り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ ︵ ︶ ③ 三30 に は 、 不 改 を 性 と 名 づ く31 。 不 改 に 四 有 り 。 一 に は32 、 因 の 体 は 不 改 な り 。 之 を 説 き て 性 と 為 す 。 是 の 因 は 常 に 果 と 為 ら ざ る を 説 き て 不 改 と 為 す と 謂 う に は 非 ず 。 此 れ は 因 時 に 就 ︵ ︶ ︵ ︶ い て 、 随 縁 し 及33 び 非 因 と 為 る べ か ら ず 。 故 に 不 改 と 称 す34 。 故 ︵ ︶ に ﹃ 経35 ﹄ に 説 い て 言 わ く 、 ﹁ 若 し 衆 生 を 殺 せ ば 、 仏 性 を 喪 滅 し 、 ︵ ︶ 是 の 処 有 る こ と 無 し 。 ﹂ と 。 又 復 た 説 い て 言 わ く36 、 ﹁ 因 の 不 改 と は 、 得 果 の 時 に 、 因 の 名 は 改 ま る と 雖 も 、 因 の 体 は 亡 ぜ ず 。 ﹂ と 。 因 の 体 は 即 ち 是 れ 如 来 蔵 性 な り 。 顕 れ て 法 身 と 為 れ ど も 、 体 は 変 易 す る こ と 無 し 。 有 為 が 果 を 得 て 因 謝 す る が 如 き に は ︵ ︶ 非 ず37 。 体 に 就 い て 論 ず る を 以 っ て の 故 に 、 不 改 と 名 づ く 。 二 ︵ ︶ に は38 、 果 の 体 は 不 改 な り 。 説 き 名 づ け て 性 と 為 す 。 一 た び 得 ︵ ︶ れ ば 常 然 に し て 、 壊 す べ か ら ざ る が 故 に 。 第 三39 に は 、 因 果 の ︵ ︶ 自 体 に 就 い て 通 じ て 不 改 を 性 と 名 づ く 。 麦40 の 因 果 は 麦 性 の 不 改 な る が 如 し 。 不 改 を 以 っ て の 故 に 、 麦 を 種 え れ ば 麦 を 得 て 、 余 物 を 得 ず 。 是 の 如 き 一 切 な り 。 仏 性 も 亦 た 爾 り 。 仏 因 と 仏 果 と は 、 性 が 不 改 な る が 故 に 、 衆 生 は 究 竟 し て 、 必 ず 当 に 仏 ︵ ︶ に 為 り 、 余 法 に 作 ら ざ る べ し 。 ﹃ 経41 ﹄ が 説 く 仏 性 の 旨 要 は 斯 に ︵ ︶ 在 り 。 第 四42 に は 、 諸 法 の 体 実 を 通 説 し て 、 不 改 を 性 と 名 づ く 。 ︵ ︶ 復 た 縁 の 別 に は 内 外 ・ 染 浄 あ り と 雖 も43 、 性 実 は 平 等 ・ 湛 然 に ︵ ︶ し て 、 一 味 な る が 故 に 不 改 と 曰 う44 。 此 是 れ は 、 第 三 の 不 改 を 性 と 名 づ く な り 。 ︵ ︶ ︵ ︶ ④ 四45 に は 、 性 の 別 を 性 と 名 づ く 。 性 の 別 に は 四 有 り 。 46 一 に ︵ ︶ は 、 因 性 は 果 に 別 異 な る を 明 か す 。 二47 に は 、 果 性 は 因 に 別 異 ︵ ︶ な る を 明 か す 。 第 三48 に は 、 通 じ て 因 果 の 体 性 は 非 情 に 別 異 な ︵ ︶ る に 就 く 。 故 に ﹃ 経49 ﹄ に 説 い て 言 わ く 、 ﹁ 非 仏 性 た る 一 切 の 草 ︵ ︶ 木 石 等 に 為 い て 仏 性 を 説 く 。 ﹂ と 。 四50 に は 、 一 切 諸 法 の 理 実 は 、 情 相 虚 妄 の 法 に 別 な る に 就 い て 、 之 を 名 づ け て 性 と 為 す 。 故 ︵ ︶ に ﹃ 経51 ﹄ に 説 き て 言 く 、 ﹁ 如 来 蔵 と は 、 我 ・ 衆 生 に は 非 ず 。 命
五 〇 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︱ ﹁ 仏 性 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ︵ 岡 本 ︶ ︵ ︶ に 非 ず 、 人 に 非 ず 。 ﹂ と 。 又 復 た ﹃ 経52 ﹄ に 言 わ く 、 ﹁ 仏 性 は 陰 ・ 界 ・ 入 の 中 に 住 す る と 雖 も 、 而 も 実 に 陰 ・ 界 ・ 入 に 同 じ か ら ︵ ︶ ざ る な り 。 ﹂ と 。 此 の 界53 は 別 な る を 以 っ て の 故 に 、 名 づ け て 性 ︵ ︶ と 為 す 。 仏 性 の 名 義 、 庶54 も ろ 判 ず る こ と 是 の 如 き な り 。 ︿ 訳 註 ﹀ ︵ 1 ︶ 科 文 ︵ 四 七 二 上 四 行 ︶ 。 ﹁ 章 題 ﹂ 。 ︵ 2 ︶ 大 正 蔵 本 文 に ﹁ 五 門 五 別 ﹂ と あ る が ﹁ 五 門 分 別 ﹂ の 誤 字 と 見 做 し 改 め る 。 ︵ 3 ︶ こ の ﹁ 五 門 分 別 ﹂ に 関 す る 本 来 の 存 否 は 不 明 。 各 節 の 冒 頭 に 一 致 し な い 場 合 も あ る 。 利 便 性 を 考 慮 し て 、 各 節 の タ イ ト ル と し て 採 用 す る 。 以 後 、 一 々 註 記 し な い 。 ︵ 4 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ﹁ 釈 名 一 ﹂ ︵ 四 七 二 上 七 行 ︶ 。 ﹁ 仏 性 ﹂ の 語 義 解 釈 。 -﹁ 仏 性 ﹂ の 原 語 は 多 く の 場 合 、buddha-dhatu と い う 複 合 語 で あ る 。 以 下 、 慧 遠 は ﹁ 仏 ﹂ と ﹁ 性 ﹂ と に 分 け て 解 釈 す る が 、 原 語 は 複 合 語 な の で こ の 区 別 は 正 し い 判 断 と 思 わ れ る 。 但 し 、 彼 の 原 語 に 関 -す る 知 識 は 不 明 。 慧 遠 は ﹁ 仏 ︵buddha ︶ ﹂ で は な く ﹁ 性 ︵dhatu ︶ ﹂ の 解 釈 を 重 視 し て い る 。 近 代 に お け る 仏 性 の 研 究 に は 枚 挙 に 暇 が な い 。 松 本 史 朗 ﹃ 縁 起 と 空 ﹄ 二 六 四 ︱ 二 六 七 頁 、 袴 谷 憲 昭 ﹃ 道 元 仏 教 ﹄ 二 一 〇 ︱ 二 一 四 頁 、 ﹁ 本 覚 思 想 と ﹃ 法 華 経 ﹄ ﹂ ︵ ﹃ 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 論 集 ﹄ 二 一 号 、 一 九 九 〇 年 十 月 ︶ 一 一 八 ︱ 一 一 九 頁 参 照 。 ︵ 5 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ﹁ 仏 ﹂ ︵ 四 七 二 上 七 行 ︶ 。 ﹁ 仏 ﹂ の 語 義 解 釈 。 ︵ 6 ︶ ﹁ 中 国 ﹂ の 原 語 はmadhyade s´a で ﹁ 中 イ ン ド ﹂ の 意 味 。 ︵ 7 ︶ ﹁ 此 ﹂ と は ﹁ 中 国 ︵Chaina ︶ ﹂ で あ る 。 -︵ 8 ︶ ﹁ 仏 性 ﹂ に お け る ﹁ 仏 ﹂ が ﹁ 釈 尊 ︵S ´akyamuni ︶ ﹂ に 限 定 さ れ ず 、 ﹁ 覚 る こ と ﹂ 一 般 と し て 解 釈 さ れ て い る 。 し か も 、 そ の ﹁ 覚 り ﹂ の 内 容 は ﹁ 返 本 還 源 ﹂ 的 な 解 釈 で あ る 。 -︵ 9 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ﹁ 性 ﹂ ︵ 四 七 二 上 八 行 ︶ 。 ﹁ 性 ︵dhatu ︶ ﹂ の 意 味 は 、 ① ﹁ 種 子 因 本 の 義 ﹂ 、 ② ﹁ 体 の 義 ﹂ 、 ③ ﹁ 不 改 の 義 ﹂ 、 ④ ﹁ 性 の 別 の 義 ﹂ の 四 つ あ る と さ れ る 。 ︵ 10 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ① ﹁ 種 子 因 本 之 義 ﹂ ︵ 四 七 二 上 九 行 ︶ 。 ﹁ 性 ﹂ = ﹁ 如 来 蔵 性 ﹂ を ﹁ 仏 ﹂ の ﹁ 種 子 ﹂ ﹁ 因 ﹂ ﹁ 本 ﹂ と 解 釈 す る 。 ま た 、 こ の 三 語 は 同 義 語 と 見 做 さ れ て い る 。 ︵ = ︶ ﹁ 種 ﹂ の 原 語 はb ja か 。 ︵ 12 ︶ ﹁ 如 来 蔵 性 ﹂ と い う 表 現 に つ い て は 典 拠 未 詳 。 ︵ 13 ︶ ﹃ 涅 槃 経 ﹄ 巻 第 二 七 ﹁ 師 子 吼 菩 薩 品 第 十 一 之 一 ﹂ に 、 ﹁ 善 男 子 。 仏 性 者 、 即 是 一 切 諸 仏 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩 提 中 道 種 子 。 ﹂ ︵ 大 正 蔵 一 二 ・ 五 二 三 下 ︶ と あ る 取 意 。 こ の 経 文 は 、 ﹁ 性 ﹂ を ﹁ 種 子 ﹂ と 解 釈 す る 典 拠 。 取 意 と 経 文 と の 差 異 は 、 主 語 を ﹁ 性 ﹂ と す る か ﹁ 仏 性 ﹂ と す る か で あ る 。 こ の 用 例 よ り み れ ば 、 慧 遠 が ﹁ 仏 性 ﹂ と い う 語 の 中 で ﹁ 性 ﹂ の 方 を 重 視 し て い る こ と は 容 易 に 推 定 で き る 。 ︵ 14 ︶ ﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 第 三 二 に 、 ﹁ 法 性 名 為 本 分 種 。 如 黄 石 中 有 金 性 白 石 中 有 銀 性 。 如 是 一 切 世 間 法 中 皆 有 涅 槃 性 。 ﹂ ︵ 大 正 蔵 二 五 ・ 二 九 八 中 ︶ と あ る 取 意 。 こ の 一 文 も 、 ﹁ 性 ﹂ を ﹁ 種 子 ﹂ と 解 釈 す る 典 拠 。 取 意 と ﹃ 大 智 度 論 ﹄ の 一 文 と の 差 異 は 二 つ 。 第 一 の 差 異 は 、 主 語 を ﹁ 性 ﹂ と す る か ﹁ 法 性 ﹂ と す る か に あ る 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ の ﹁ 法 性 ﹂ の 原 語 は 不 明 。 ﹁ 如 ﹂ ﹁ 法 性 ﹂ ﹁ 実 際 ﹂ の 三 語 に お け る ﹁ 法 性 ﹂ に 相 -当 す る な ら ば 、dharma-dhatu で あ ろ う 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る こ の 三 語 に つ い て は 、 ﹃ 中 仏 批 判 ﹄ 一 七 四 ︱ 一 八 〇 頁 、 袴 谷 憲 昭 ﹁ ﹃ 大
五 一 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︱ ﹁ 仏 性 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ︵ 岡 本 ︶ 乗 大 義 章 ﹄ 第 一 三 問 答 の 考 察 ﹂ ︵ ﹃ 駒 澤 短 期 大 学 仏 教 論 集 ﹄ 第 九 号 、 二 〇 〇 三 年 十 月 ︶ 参 照 。 第 二 の 差 異 は 、 ﹁ 一 切 衆 生 ﹂ と ﹁ 一 切 世 間 法 ﹂ と で あ る 。 こ の 差 異 が 本 質 的 な 差 異 な の か 判 断 し が た い 。 慧 遠 が ﹁ 一 切 世 間 法 ﹂ を ﹁ 一 切 衆 生 ﹂ に 改 め て 引 用 し た 理 由 は 、 お そ ら く ﹁ 涅 槃 ﹂ を ﹁ 衆 生 ﹂ に 限 定 し 、 そ こ か ら ﹁ 非 情 ﹂ を 除 外 す る か ら で あ ろ う 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ 自 体 も 同 じ 考 え な の か 不 明 。 ︵ 15 ︶ 大 正 蔵 本 文 に ﹁ 本 人 分 種 ﹂ と あ る が 、 そ の 脚 註 に よ り ﹁ 人 ﹂ を 除 く 。 慧 遠 の 特 徴 で あ る 四 字 の 文 体 と 、 所 引 の ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に 順 じ て も 正 し い と 思 わ れ る 。 ︵ 16 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② ﹁ 体 義 ﹂ ︵ 四 七 二 上 一 五 行 ︶ 。 ② ﹁ 体 の 義 ﹂ は 、 ﹁ 仏 因 の 自 体 ﹂ 、 ﹁ 仏 果 の 自 体 ﹂ 、 ﹁ 仏 因 仏 果 の 同 一 覚 性 ﹂ 、 ﹁ 諸 法 の 自 体 ﹂ で あ る 。 ︵ 17 ︶ ﹁ 体 ﹂ は こ の ﹁ 四 義 ﹂ の 中 で ﹁ 自 体 ﹂ ﹁ 性 体 ﹂ ﹁ 体 性 ﹂ と も 言 い -換 え ら れ て い る 。 サ ン ス ク リ ッ ト 語 のsvabhava に 相 当 す る の で は な い か と 推 定 す る 。 根 拠 は 、 科 文 ︵ Ⅱ ︶ ︿ 性 の 十 分 説 ﹀ 中 の -﹁ 体 性 ﹂ の ﹁ 体 ﹂ の 原 語 がsvabhava だ と い う こ と に あ る 。 こ の ﹁ 体 性 ﹂ は ﹁ 如 来 蔵 ﹂ ﹁ 法 身 ﹂ ﹁ 真 如 ﹂ を 内 容 と し 、 こ の 三 語 は ﹁ 体 の 義 ﹂ 中 の ﹁ 仏 因 の 自 体 ﹂ = ﹁ 真 識 心 ﹂ 、 ﹁ 仏 果 の 自 体 ﹂ = ﹁ 法 身 ﹂ 、 ﹁ 諸 法 の 自 体 ﹂ に 基 本 的 に 一 致 す る と 思 わ れ る か ら で あ る 。 ﹁ 真 識 心 ﹂ と ﹁ 如 来 蔵 ﹂ と が 同 義 で あ る こ と に つ い て は 、 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ 巻 第 三 ﹁ 八 識 義 ﹂ に ﹁ 阿 梨 耶 者 、 ⋮ 名 別 有 八 。 一 名 蔵 識 。 如 来 之 蔵 為 此 識 故 。 ⋮ 五 名 真 識 。 ⋮ 六 名 真 如 識 ﹂ ︵ 大 正 蔵 四 四 ・ 五 二 四 下 ︶ を 参 照 。 こ こ で 慧 遠 は 、 第 八 識 ﹁ 阿 梨 耶 識 ﹂ に 八 種 の 異 名 を 数 え 、 そ の う ち 第 一 の ﹁ 蔵 識 ﹂ は ﹁ 如 来 之 蔵 ﹂ の こ と で あ り 、 第 五 は ﹁ 真 識 ﹂ 、 第 六 は ﹁ 真 如 識 ﹂ な の で 同 一 と 判 断 で き る 。 ︵ 18 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② ﹁ 仏 因 自 体 ﹂ ︵ 四 七 二 上 一 五 行 ︶ 。 ︵ 19 ︶ ﹁ 真 識 心 ﹂ に つ い て は 前 註 ︵ 17 ︶ 参 照 。 ︵ 20 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② ﹁ 仏 果 自 体 ﹂ ︵ 四 七 二 上 一 六 行 ︶ 。 ︵ 21 ︶ ﹁ 法 身 ﹂ に つ い て は 前 註 ︵ 17 ︶ 参 照 。 ︵ 22 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② ﹁ 通 就 仏 因 仏 果 ﹂ ︵ 四 七 二 上 一 七 行 ︶ 。 ︵ 23 ︶ ﹁ 同 一 の 覚 性 ﹂ と は 、 ﹁ 真 識 心 ﹂ と ﹁ 法 身 ﹂ と が ﹁ 同 一 ﹂ で あ る こ と を 意 味 す る 。 ︵ 24 ︶ こ の ﹁ 是 性 、 不 異 因 果 ﹂ と い う 一 文 は 少 し 複 雑 で あ る 。 問 題 は ﹁ 因 果 ﹂ の 解 釈 で あ る が 、 こ こ で は ﹁ 因 ﹂ は ﹁ 衆 生 ﹂ 、 ﹁ 果 ﹂ は ﹁ 仏 ﹂ を そ れ ぞ れ 意 味 し て い る と 思 わ れ る 。 そ の 根 拠 は 、 直 後 に を ﹁ 衆 生 ﹂ に 限 定 し て い る か ら で あ る 。 ﹁ 性 ﹂ は ﹁ 衆 生 ﹂ ︵ ﹁ 困 ﹂ ︶ や ﹁ 仏 ﹂ ︵ ﹁ 果 ﹂ ︶ と 同 じ と い う 意 味 。 ︵ 25 ︶ こ の ﹁ 因 果 恒 別 、 性 体 不 殊 ﹂ は 、 ﹁ 衆 生 ﹂ と ﹁ 仏 ﹂ は 常 に 別 で あ る が 、 そ の 根 底 に あ る ﹁ 性 体 ﹂ は 同 一 で あ る と い う 意 味 。 直 前 の 麦 の 比 喩 を 参 照 す れ ば 理 解 し や す い 。 ︵ 26 ︶ ﹁ 能 知 性 ﹂ は ﹁ 能 知 の 性 ﹂ と 読 み 、 ﹁ 認 識 す る も の の 性 ﹂ ﹁ 認 識 主 体 の 性 ﹂ と い う 意 味 。 具 体 的 に は ﹁ 真 識 心 ﹂ ﹁ 法 身 ﹂ で あ る 。 ﹁ 能 知 ︵ 能 く 知 る も の ︶ ﹂ と は 、 ﹁ 衆 生 ︵sattva ︶ ﹂ の こ と で あ り 、 ﹁ 認 識 す る 側 ﹂ を 意 味 す る 。 玄 奘 がsattva を ﹁ 情 ︵ こ こ ろ ︶ 有 る も の ﹂ と 解 し て 、 ﹁ 有 情 ﹂ と 訳 し た こ と は 有 名 。 ﹁ 能 知 ﹂ と ﹁ 情 ﹂ と は ほ ぼ 同 義 で あ り 、 玄 奘 の ﹁ 有 情 ﹂ と い う 訳 語 の 背 景 は こ の 辺 り に あ る の だ ろ う か 。 慧 遠 が ﹁ 能 知 ﹂ の 語 を 用 い 、 丁 寧 に ﹁ 衆 生 ﹂ と 限 定 す る の は 、 い う ま で な く ﹁ 衆 生 ﹂ と ﹁ 非 情 ︵ こ こ ろ 無 き も の ︶ ﹂ と を 区 別 し た い か ら で あ る 。 ﹁ 衆 生 ﹂ と ﹁ 非 情 ﹂ と の 区 別 は 、 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ④ 、 ︵ Ⅲ ︶ ① で も 再 説 さ れ る 。 そ れ ら で は ﹁ 草 木 石 ﹂ ﹁ 山 河
五 二 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ の 研 究 ︵ 二 ︶ ︱ ﹁ 仏 性 義 ﹂ 註 釈 研 究 ︱ ︵ 岡 本 ︶ 大 地 非 情 物 ﹂ に ﹁ 性 ﹂ を 認 め る も 、 ﹁ 涅 槃 ﹂ ﹁ 成 仏 ﹂ を 認 め て い な い 。 即 ち 、 慧 遠 は ﹁ 非 情 有 性 ﹂ を 主 張 す る が ﹁ 非 情 成 仏 ﹂ を 主 張 し な い 。 鎌 田 茂 雄 ﹃ 中 国 華 厳 思 想 の 研 究 ﹄ ︵ 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 六 五 年 ︶ 四 四 〇 ︱ 四 四 一 頁 参 照 。 詳 し く は 、 後 註 ︵ 266 ︶ 参 照 。 ﹁ 能 -知 性 ﹂ と ﹁ 所 知 性 ﹂ と の 区 別 は 、 サ ー ン キ ャ ︵Sam · khya 、 数 論 ︶ の 思 想 に お け る ﹁ 精 神 原 理 ︵purus · a ︶ ﹂ と ﹁ 原 質 ︵prak r · ti ︶ ﹂ と の 区 別 に 類 似 す る よ う に 思 う 。 ︵ 27 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ② ﹁ 諸 法 の 自 体 ﹂ ︵ 四 七 二 上 二 〇 行 ︶ 。 ︵ 28 ︶ ﹁ 諸 法 の 自 体 ﹂ は 、 ﹁ 内 外 ﹂ の ﹁ 諸 法 ﹂ に 共 通 す る ﹁ 所 知 性 ﹂ で あ る 。 科 文 ︵ Ⅲ ︶ ① に よ れ ば 、 ﹁ 内 ﹂ は ﹁ 衆 生 ﹂ 、 ﹁ 外 ﹂ は ﹁ 山 河 大 地 非 情 等 物 ﹂ で あ る 。 こ の ﹁ 内 外 ﹂ に よ っ て ﹁ 一 切 法 ﹂ を 示 し て い る 。 ︵ 29 ︶ ﹁ 所 知 性 ﹂ は ﹁ 所 知 の 性 ﹂ と 読 み 、 ﹁ 認 識 さ れ る も の と し て の 性 ﹂ ﹁ 認 識 対 象 の 性 ﹂ と い う 意 味 。 科 文 ︵ Ⅱ ︶ ③ ﹁ 能 所 二 分 ﹂ に よ れ ば 、 ﹁ 所 知 性 ﹂ と は 、 ﹁ 如 ・ 法 性 ・ 実 際 ・ 実 相 ・ 法 界 ・ 法 住 ・ 第 一 義 空 ・ 一 実 諦 等 ﹂ で あ る 。 詳 し く は 後 註 ︵ 92 ︶ ︵ 93 ︶ ︵ 94 ︶ ︵ 95 ︶ 参 照 。 ︵ 30 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ③ ﹁ 不 改 義 ﹂ ︵ ︵ 四 七 二 上 二 三 行 ︶ 。 ﹁ 不 改 ﹂ は 変 化 し な い こ と 。 ︵ 31 ︶ ﹁ 性 ﹂ を ﹁ 不 改 ﹂ と 規 定 す る 先 駆 者 に は 曇 鸞 ︵ 四 七 六 ︱ 五 四 二 ︶ が い る 。 曇 鸞 の ﹃ 無 量 寿 経 論 優 婆 提 舎 願 生 偈 婆 籔 槃 頭 菩 薩 造 竝 註 ﹄ ︵ ﹃ 浄 土 論 註 ﹄ と 略 称 ︶ 巻 上 に お い て ﹁ 又 言 、 性 是 必 然 義 ・ 不 改 義 。 如 海 性 一 味 、 衆 流 入 者 、 必 為 一 味 、 海 味 不 随 彼 改 也 。 ﹂ ︵ 浄 土 全 一 ・ 五 下 ︶ と あ る 。 早 島 鏡 正 ・ 大 谷 光 其 ﹃ 浄 土 論 註 ﹄ ︵ 仏 典 講 座 23 、 大 蔵 出 版 、 一 九 八 七 年 ︶ 一 〇 四 ︱ 一 〇 五 頁 に よ れ ば 、 ﹃ 浄 土 論 註 ﹄ の 典 拠 は 、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 一 九 ︵ 大 正 蔵 二 五 ・ 一 九 九 上 ︱ 中 ︶ と ﹃ 華 厳 経 ﹄ ︵ 大 正 蔵 九 ・ 五 七 五 中 ︶ と さ れ る 。 ど ち ら も 、 一 つ の ﹁ 海 ﹂ と 複 数 の ﹁ 川 ﹂ の 比 喩 で あ る が 、 ﹁ 性 是 必 然 義 ・ 不 改 義 ﹂ と い う 主 張 を そ の ま ま で は 見 出 せ な い 。 従 っ て 、 ﹁ 性 ﹂ を ﹁ 不 改 ﹂ と 規 定 す る の は 、 曇 鸞 自 身 の 学 説 で あ ろ う 。 慧 遠 は 、 ﹁ 性 ﹂ に つ い て ﹁ 不 改 ﹂ だ け で な く ﹁ 一 味 ﹂ も ま た 多 用 す る 。 お そ ら く 、 彼 は 曇 鸞 説 に 親 し ん で い た と 思 わ れ る 。 一 般 に 、 善 導 ︵ 六 一 三 ︱ 六 八 一 ︶ を 基 点 に し て 浄 土 思 想 を 考 え る 際 に 、 曇 鸞 は そ の 先 駆 者 、 慧 遠 は そ の 批 判 対 象 と 見 做 さ れ る 。 し か し 近 年 、 ジ ョ ア キ ン ・ モ ン テ イ ロ 氏 や 袴 谷 憲 昭 氏 の 研 究 に よ っ て 、 曇 鸞 と 善 導 の 思 想 に は 異 質 な 側 面 が 多 く 、 む し ろ 曇 鸞 と 吉 蔵 と の 思 想 的 共 通 面 が 指 摘 さ れ て い る 。 ジ ョ ア キ ン ・ モ ン テ イ ロ ﹃ 天 皇 制 仏 教 批 判 ﹄ ︵ 三 一 書 房 、 一 九 九 八 年 七 月 ︶ 一 五 五 ︱ 一 九 三 頁 、 同 ﹁ 二 種 深 信 の 思 想 的 な 意 味 に つ い て ︱ 善 導 に お け る 如 来 蔵 思 想 批 判 ︱ ﹂ ︵ ﹃ 同 朋 大 学 仏 教 文 化 研 究 所 紀 要 ﹄ 一 六 号 、 一 九 九 七 年 一 月 ︶ 、 袴 谷 憲 昭 ﹃ 法 然 明 恵 ﹄ 八 五 ︱ 九 一 頁 、 同 ﹁ 吉 蔵 ﹃ 観 無 量 寿 経 疏 ﹄ と 浄 土 思 想 ﹂ ︵ ﹃ 平 井 俊 榮 博 士 古 稀 記 念 論 集 ・ 三 論 教 学 と 仏 教 諸 思 想 ﹄ 所 収 、 春 秋 社 、 二 〇 〇 〇 年 ︶ 、 同 ﹁ 是 報 非 化 説 考 ﹂ ︵ ﹃ 駒 澤 短 期 大 学 研 究 紀 要 ﹄ 二 九 号 ︵ 1 ︶ 、 二 〇 〇 一 年 ︶ 参 照 。 ﹁ 不 改 ﹂ ﹁ 一 味 ﹂ と い う 規 定 よ り み れ ば 、 曇 鸞 と 慧 遠 の ﹁ 性 ﹂ の 概 念 は よ く 類 似 性 し て い る 。 両 者 は 、 菩 提 流 支 や 勒 名 摩 提 の 訳 経 論 を 中 心 に し て 思 想 形 成 を 遂 げ た の だ か ら 当 然 で あ ろ う 。 ︵ 32 ︶ 科 文 ︵ Ⅰ ︶ ③ ﹁ 一 因 体 不 改 ﹂ ︵ 四 七 二 上 二 三 行 ︶ 。 ︵ 33 ︶ 大 正 蔵 本 文 に ﹁ 返 ﹂ と あ る が 、 脚 註 に よ っ て ﹁ 及 ﹂ に 改 め る 。 ︵ 34 ︶ ﹁ 性 ﹂ は ﹁ 因 時 ﹂ = ﹁ 衆 生 ﹂ に お い て は 、 ﹁ 随 縁 ﹂ で あ り 、 ま た