第9章
失認ならびに関連症状
1 . ま え が き 1 . 1 感 覚 、 知 覚 、 認 識 刺 激 対 象 の 物 理 的 特 性 を 知 る 働 き を 「 感 覚 」 と い う 。 感 覚 に よ っ て 得 た 刺 激 の 物 理 的 特 性 を 基 に 刺 激 対 象 の 印 象 ( 心 理 学 的 質 ) を 形 成 す る 過 程 を 「 知 覚 」 と い う 。 形 成 さ れ た印 象 を 「 知 覚 印 象 」 と い う1。 事 物 の 心 理 学 的 質 を 過 去 の 経 験 や 蓄 積 さ れ た 知 識 な ど を 統 合 し て 、 刺 激 対 象 の 属 性 を 明 確 に 把 握 し 意 味 を 正 し く 理 解 す る 働 き を 「 認 識 」 と い う2。 感 覚 と 知 覚 の 違 い が 最 も よ く 分 か る 例 は 色 彩 で あ る 。 周 知 の ご と く 、 ヒ ト の 視 細 胞 は 波 長 380n m か ら 780nmまでの電磁波(図9-1)に 反 応 す る 。 図 9 - 2 は ヒ ト の 波 長 視 感 度 曲 線 で あ り 、 横 軸 は 電 磁 波 の 波 長 、 縦 軸 は 波 長 弁 別 閾 ( 刺 激 が 異 な る こ と を 感 知 し う る 最 小 限 の 波 長 変 化 量 ) で あ る 。 波 長 の 長 い 方 や 短 い 方 の 閾 値 は 高 く 中 央 部 で は 低 い 。 こ の よ う に 電 磁 波 の 波 長 な ど の 刺 激 対 象 の 物 理 的 特 性 を 知 る 働 き が 感 覚 で あ る 。 刺 激 対 象 の 物 理 的 特 性 と 知 覚 印 象 の 性 質 、 強 度 と の 対 応 関 係 を 取 1 想起された知覚印象が「知覚表象」である。 2 この働きを多くの心理学書は「認知」と記してある。広辞苑には「認知:あることを認 め 知 る こ と 、 認 識 : 物 事 を は っ き り と 理 解 し 正 し く 判 断 す る こ と 」 と あ る 。 こ の 働 き は 認 識 と 呼 ぶ 方 が 正 し い 。 9-1り 扱 う 場 合 に 感 覚 が 問 題 と な る 。 図 9 - 2 電 磁 波 の 波 長 別 弁 別 閾 さ て 、 波 長 の 違 い は 「 色 相 」 の 違 い と し て 知 覚 さ れ る 。 波 長 は 連 続 変 量 な の で 色 相 も 連 続 的 に 変 化 す る は ず で あ る が 、 実 際 は そ う で は な い 。 図 9 - 3 に 示 す よ う に 、 我 々 は 可視 光 の 波 長 分 布 ( ス ペ ク ト ル ) が 変 化 す る と 「 質 的 」 に 異 な る 色 相 を 感 じ る 。 図 9 - 3 可 視 光 の ス ペ ク ト ル 分 布 と 色 相 図 9 - 4 は 「 ウ ェ ル ト ハ イ マ ー の 環 」 と よ ば れ る 図 形 で あ る 。 a で は 背 景 に 関 係 な く 一 つ の 環 と し て 一 様 の 明 る さ に 見 え 、 b 、 c で は 一 つ の 環 と し て は 見 え ず 、 背 景 の 影 響 を受 け て 異 な っ た 明 る さ の 半 環 に 見 え る 。 こ れ は 物 理 的 刺 激 強 度 が 同 一 で あ る 半 環 が 黒 い 背景 上 で は 白 の 知 覚 印 象 を 生 じ さ せ 白 い 背 景 上 で は 黒 の 知 覚 印 象 を 生 じ さ せ た の で あ る 。 これ が 知 覚 で あ る 。 物 理 的 刺 激 条 件 は 同 一 で も 知 覚 印 象 は 同 一 で は な い 。 知 覚 は 物 理 的 刺 激条 件 に 依 存 す る が 、 そ れ だ け に 規 定 さ れ る の で は な い 。 な お 、 a 、 b 、 c い ず れ の 場 合 にも 9-2
半 環 の 明 る さ は 同 じ と い う 感 覚 が 生 じ て い る は ず で あ る が 、 我 々 は そ れ を 体 験 す る こ とは な い 。 感 覚 は 現 象 と し て 明 瞭 に 体 験 さ れ る と は 限 ら な い 。 知 覚 と 認 識 の 違 い を 示 す 例 と し て 音 声 の 範 疇 的 知 覚 が あ る 。 こ れ は 刺 激 の 物 理 的 特 性 を 連 続 的 に 変 化 さ せ た 時 、 認 識 さ れ る 音 韻 は 連 続 的 に 変 化 せ ず 、 急 激 に あ る 音 か ら 他 の 音 へ 変 化 す る 現 象 で あ る 。 英 語 の[r]と[l]は、第三フォルマントの変 移 部 の 周 波 数 の 違 い に よ っ て 区 別 さ れ る 。 お よ そ 2,600Hz を境として、それより高 い 周 波 数 は[l]と判断され、それより低い 周 波 数 は[r]と判断される。すなわち範疇 的 知 覚 が 存 在 す る 。 ミ ヤ カ ワ ら は 、 英 語 を 母 国 語 と す る 米 国 人 と 日 本 語 を 母 国 語 と す る 日 本 人(10 年以上の英語教育を受 け て い る )を 被 験 者 と し て 、[r]と[l]の弁 別 実 験 を 行 っ た 。 刺 激 と し て/ra/もしく は/la/の CV(子音+母音)刺激が用いら れ た 。 第 三 フ ォ ル マ ン ト の 周 波 数 を 1,362Hz から 3、698Hz まで段階的に変化させた 15 種の刺激を用意し、その中から二つず つ を 対 提 示 し て そ の 異 同 を 弁 別 さ せ た 。米 国 人 は 、第 七 刺 激 を 境 に し て 、[r]の領域に属す る 刺 激 と[l]の領域に属する刺激は 80%以上の正答率で弁別出来るが、同じ[r]もしくは[l] の 領 域 に す る 刺 激 間 の 弁 別 の 正 答 率 は50%台に止まった。一方、日本人では、どの二つの 刺 激 を 対 に し て 提 示 し た 場 合 で も 、そ の 正 答 率 は 常 に 50%台であった。次に、上記の実験 で 用 い た CV 刺激から母音部分を除いた刺激(非音声刺激)を作製し、音声刺激と同じ手 続 き で 弁 別 実 験 を 行 っ た 。 こ の 条 件 で は 、 刺 激 間 の 周 波 数 の 違 い が 大 き い 程 正 答 率 が 高 く な っ た 。 ま た 、 米 国 人 と 日 本 人 と の 間 に 差 は 見 ら れ な か っ た 。 上 記 の 実 験 で 、CV刺激と非音声刺激は(第三フォルマントに関しては)物理的に同一で あ る に も 拘 わ ら ず 、前 者 に つ い て は 範 疇 的 知 覚 が 存 在 し 、後 者 に つ い て は 存 在 し な か っ た 。 9-3
ま た 、 英 語 を 母 国 語 と す る か ど う か が 結 果 に 大 き く 影 響 し た 。 日 本 人 で は 、 か な り 長 期の 英 語 教 育 を 受 け て い る に も 拘 わ ら ず 、CV刺激に対する範疇的知覚は成立していなかった。 こ の 結 果 は 我 々 に 以 下 の こ と を 示 し て い る 。音 声 認 識 は 一 般 の 聴 知 覚 と は 別 の 過 程 で あ る 。 刺 激 の 音 響 ス ペ ク ト ル 構 造 を 把 握 し た だ け で は 音 声 認 識 は 成 立 し な い 。 そ れ は 特 定 の 言語 体 系 を 背 景 と し て は じ め て 成 立 す る 。 つ ま り 英 語 の 音 韻 体 系 を 習 得 し て い な け れ ば 英 語の 音 韻 の 正 し い 認 識 は 出 来 な い の で あ る 。 こ の よ う に 特 定 の 経 験 と 知 識 を 背 景 と し て 成 立す る 刺 激 対 象 の 理 解 が す な わ ち 認 識 で あ る3。 図 9 - 5 フ ロ イ ド に よ る 語 表 象 と 対 象 表 象 と の 関 連 に 関 す る 模 式 図 3 「手を打てば/鯉は餌と聞き/鳥は逃げ/女中は茶を持つ/猿沢の池」という古歌があ る 。 認 識 の 本 質 を 31 文字で見事に表現している。 9-4
1 . 2 失 認 の 概 念 脳 損 傷 に 伴 っ て 感 覚 、 知 覚 、 認 識 の 各 レ ベ ル で 障 害 が 生 じ る 。 「 失 認 」 は 知 覚 、 認 識 レ ベ ル で の 障 害 で あ る 。失 認 の 語 を 最 初 に 用 い た の は フ ロ イ ド で あ る と 言 わ れ る 。彼 は 1891 年 に 刊 行 し た 「 失 語 論 」 の 中 で こ の 語 を 対 象 連 合 内 部 で の 連 合 障 害 の 意 味 で 用 い た 。 彼は 語 の 表 象 に つ い て 図 9 - 5 に 示 す 模 式 図 を 想 定 し た 。 そ し て 言 語 障 害 に 二 つ の 種 類 を 区別 し た 。 第 一 群 は 語 性 失 語 で あ り 、 語 表 象 の 個 々 の 要 素 間 の 連 合 だ け が 障 害 さ れ る 。 第 二群 は 失 象 徴 性 失 語 で 、 語 表 象 と 対 象 表 象 の 連 合 が 障 害 を 受 け る 。 症 状 と し て は 対 象 の 認 識の 障 害 が 生 じ る 。 こ れ を フ ロ イ ド は 「 失 認 」 と 名 付 け た の で あ る 。 以 降 、 失 認 は 刺 激 対 象の 認 識 障 害 を 意 味 す る 用 語 と し て 広 く 用 い ら れ る よ う に な っ た 。 諸 家 の 失 認 の 定 義 を 検 討 し て み よ う 。 フ ォ ン ・ モ ナ コ フ は 「 失 認 と は 平 常 よ り 熟 知 し て い る は ず の 感 覚 像 を 、 一 つ の 感 覚 器 ( 特 に 視 覚 、 聴 覚 、 触 覚 ) を 通 じ て 認 識 す る 、 も しく は そ の 特 徴 を 区 別 す る 能 力 の 障 害 で あ る 。 該 当 す る 感 覚 器 の 要 素 的 活 動 は 比 較 的 保 た れて い る か 軽 微 の 障 害 を 示 す の み で あ り 、意 識 と 言 語 も か な り よ く 保 た れ て い る 」と 定 義 す る 。 デ ジ ェ リ ン は 「 失 認 と は 再 認 の 障 害 で あ る 。 再 認 と は 、 い ず れ か の 感 覚 を 通 じ て 現 在 我々 が 観 察 し て い る 対 象 を 以 前 観 察 し た こ と が あ り 、 心 像 と し て 記 憶 に 記 録 さ れ た 対 象 と 同定 す る こ と を 可 能 な ら し め て い る 心 理 的 現 象 で あ る 」 と 定 義 す る 。 以 上 の 古 典 的 定 義 の 基 本 的 考 え は 現 代 の 失 認 の 定 義 に も 受 け 継 が れ て お り 、 一 般 に 以 下 の 二 つ の 条 件 を 満 た せ ば 失 認 と 診 断 さ れ る 。 1 ) 特 定 の 感 覚 器 を 通 じ て 行 わ れ る 知 覚 、 認 識 の 障 害 で あ る 。 従 っ て 他 の 感 覚 器 を 通じ て の 知 覚 、 認 識 は 保 た れ て い る 。 2 ) そ の 際 、 要 素 的 な 感 覚 障 害 、 一 般 知 能 障 害 、 意 識 障 害 な ど は 存 在 し な い か 、 上 記 の 障 害 を 説 明 す る に 足 る も の で は な い 。 失 認 は 全 て の 感 覚 様 相 で 出 現 す る と 考 え ら れ る が 、 神 経 心 理 学 で は 視 覚 、 聴 覚 、 体 性 感 覚 、 身 体 体 験 の 障 害 お よ び 病 識 の 障 害 が 伝 統 的 に 失 認 と し て 論 じ ら れ て き た4。 本 書 で も こ の 伝 統 を 踏 襲 す る が 、 こ れ は 嗅 覚 や 味 覚 に は 失 認 が 存 在 し な い こ と を 意 味 し な い こ とは 当 然 で あ る5。 4 身体体験や病識にはもちろん固有の感覚器は存在しない。視覚、聴覚、体性感覚の失認 と 身 体 体 験 、 病 識 の 失 認 は 厳 密 に 言 え ば 等 価 で は な い 。 5 実際、スモールらは両側扁桃体病変例で、味覚の弁別閾は正常であるが、甘、酸、塩、 苦 の 認 識 が 障 害 さ れ た 症 例 を 「 味 覚 失 認 」 と し て 報 告 し て い る 。 メ ン デ ら は 右 側 頭 葉 損 傷 に 伴 い 匂 い の 認 識 障 害 を 呈 し た 症 例 を 「 嗅 覚 失 認 」 と し て 報 告 し て い る 。 い ず れ の 患 者 に も 感 覚 レ ベ ル で の 障 害 は な か っ た 。 9-5
2 . 視 覚 の 障 害 2 . 1 皮 質 盲 、 視 野 障 害 、 大 脳 性 色 覚 障 害 2 . 1 . 1 皮 質 盲 脳 損 傷 に 伴 う 視 覚 の 障 害 と し て は ま ず 皮 質 盲 が あ げ ら れ る 。 こ れ は 感 覚 の 障 害 で あ る。 前 述 の ご と く 、 ヒ ト の 網 膜 の 視 細 胞 は 約 380nmから 780nmまでのごく狭い範囲の波長の 電 磁 波 ( 図 9 - 1 、 可 視 光 ) に の み 感 受 性 を 有 す る 。 視 細 胞 の 情 報 は 第 3 章 で 述 べ た 視覚 伝 導 路 を 介 し て 後 頭 葉 の 第 一 次 視 覚 野 に 伝 達 さ れ る 。 皮 質 盲 は 両 側 第 一 次 視 覚 野 の 損 傷に よ っ て 生 じ る 。 両 眼 の 視 力 は 全 く 失 わ れ る が 、 対 光 反 射 は 残 っ て お り 、 眼 球 運 動 、 眼 底所 見 も 正 常 で あ る 。視 覚 誘 発 電 位(VEP)は異常とする報告と正常とする報告がいずれもな さ れ て お り 、 皮 質 盲 と VEP との間に一義的関連は認められていない。皮質盲の原疾患は 脳 血 管 障 害 お よ び 脳 低 酸 素 症 が 最 も 多 い 。 外 傷 、 腫 瘍 に よ る も の は 少 な い 。 皮 質 盲 は 多 く の 場 合 一 過 性 で あ る 。 そ の 回 復 過 程 で は 、 ま ず 完 全 に 暗 黒 の 視 野 が ぽ ん や り し た 灰 色 で 照 明 さ れ た よ う な 明 る さ の 体 験 に 変 わ っ て ゆ く 。 次 に 周 囲 の 事 物 の 大 体 の印 象 が 感 じ ら れ る よ う に な り 、 確 実 な 方 向 定 位 が 可 能 と な る 。 次 ぎ で 事 物 の 輪 郭 が は っ きり と 見 え る よ う に な る が 、 並 ん で い る 二 つ の 事 物 の 弁 別 は ま だ 曖 昧 で あ る 。 色 彩 は 白 黒 の無 彩 色 の 弁 別 が 最 初 に 可 能 に な り 、 次 い で 赤 、 青 の 順 と な る 。 ま た 、 こ の 過 程 は 視 野 の 中央 よ り 周 辺 へ と 進 ん で ゆ く 。 皮 質 盲 の 患 者 で 特 徴 的 な こ と は 、彼 ら が 自 分 の 盲 目 を 自 覚 し て い な い こ と 、す な わ ち「 自 己 の 盲 目 に 対 し て も 盲 目 」 で あ る 。 こ の 症 状 は 1898 年アントンによって詳しい報告がな さ れ た こ と か ら 「 ア ン ト ン 症 状 」 と 呼 ば れ て い る6。 詳 細 は 本 章 第 5 節 で 述 べ る 。 皮 質 盲 は 両 側 性 の 後 頭 葉 病 変 で 生 じ 、 鳥 距 溝 の 両 壁 が 皮 質 下 白 質 ま で 損 傷 さ れ て い る 。 脳 血 管 障 害 例 で は 、 脳 底 動 脈 あ る い は 両 側 の 後 大 脳 動 脈 の 閉 塞 、 あ る い は 一 側 の 後 大 脳動 脈 と 対 側 の 中 大 脳 動 脈 の 閉 塞 に よ る 。 2 . 1 . 2 視 野 障 害 6 皮質盲患者が自己の障害を自覚しないことの最初の報告は 1893 年デジェリンらによっ て な さ れ た 。 9-6
後 頭 葉 の 損 傷 が 一 側 性 の 場 合 、あ る い は 部 分 的 な 損 傷 の 場 合 、種 々 の 視 野 障 害 が 生 じ る 。 網 膜 と 視 覚 伝 導 路 、第 一 次 視 覚 野 と の 間 に は 対 応 関 係 が あ り(「 網 膜 対 応 的 」と 呼 ば れ る )、 損 傷 さ れ た 部 位 に 応 じ て 図 9 - 6 に 示 す 視 野 障 害 が 生 じ る 。 す な わ ち 、 ど の よ う な 視 野障 害 が 生 じ る か は 視 覚 伝 導 路 の 損 傷 部 位 に よ っ て 規 定 さ れ る 。 従 っ て 視 野 障 害 の 様 相 か ら損 傷 部 位 を 推 定 す る こ と が 可 能 で あ る 。 図 9 - 6 視 覚 伝 導 路 の 損 傷 部 位 と 視 野 障 害 の 関 係 視 野 障 害 は 以 下 の ご と く 分 類 さ れ る 。 1 ) 同 名 半 盲 ~ 両 眼 の 視 野 半 分 の 欠 損 。 視 神 経 交 叉 部 よ り 後 方 の 損 傷 で 生 じ る 。 左 同 名 半 盲 と 右 同 名 半 盲 が あ る 。 2 ) 異 名 半 盲( 交 叉 半 盲 )~ 両 眼 の 反 対 側 視 野 半 分 の 欠 損 。視 索 前 方 の 損 傷 で 生 じ る 。 両 耳 側 半 盲 と 両 鼻 側 半 盲 が あ る 。 3 ) 四 分 一 半 盲 ~ 両 眼 の 視 野 の 同 部 位 の 四 分 の 一 が 欠 損 す る 。 側 頭 ・ 頭 頂 葉 領 野 の 損 傷 で 生 じ る 。 4 ) 暗 点 ~ 視 野 の 一 部 の 欠 損 で あ り 、 次 の よ う に 種 々 に 分 類 さ れ る 。 ① 場 所 に 関 し て : 中 心 暗 点 、 副 中 心 暗 点 、 盲 点 中 心 暗 点 、 周 辺 暗 点 、 輪 状 暗 点 。 ② 程 度 に 関 し て : 絶 対 暗 点 、 相 対 暗 点 。 9-7
③ 両 側 対 称 性 に 関 し て : 同 名 半 盲 暗 点 、 同 耳 側 半 盲 暗 点 、 同 鼻 側 半 盲 暗 点 、 上 側 半 盲 暗 点 、 下 側 半 盲 暗 点 。 視 野 障 害 の あ る 患 者 で は 「 補 充 」7と 呼 ば れ る 特 異 な 現 象 が 見 ら れ る 。1917 年ポッペル ロ イ タ ー に よ っ て 初 め て 報 告 さ れ た 。 図 形 の 一 部 が 視 野 の 欠 損 部 に 提 示 さ れ て も 図 形 全体 が 知 覚 さ れ る 。 補 充 は タ キ ス ト ス コ ー プ に よ る 瞬 間 提 示 で も 生 じ 、 実 際 に そ の 一 部 分 が欠 け て い る 図 形 を 提 示 し て も 生 じ る 。 そ の 後 の 研 究 に よ っ て 、 ① 非 連 続 図 形 よ り 連 続 図 形で 生 じ や す い 、 ② 複 雑 な 図 形 、 左 右 対 称 の 図 形 、 熟 知 し た 図 形 で は 生 じ に く い 、 ③ 健 常 視野 と 視 野 欠 損 部 に 異 な る 図 形 を 同 時 に 提 示 す る と 視 野 欠 損 部 の 図 形 は 知 覚 さ れ な い 、 ④ 残像 で も 補 充 が 生 じ る 、⑤ 患 者 に 刺 激 対 象 を 注 意 し て 観 察 す る よ う 指 示 す る と 補 充 は 減 弱 す る 、 ⑥ 視 野 障 害 を 自 覚 し て い る 患 者 は 補 充 を 示 さ な い 、 ⑦ 無 視 症 候 群 や 視 空 間 知 覚 障 害 を 有す る 患 者 は 補 充 を 示 し や す い 、 ⑧ 頭 頂 葉 病 変 例 で 出 現 し や す い 、 な ど の 事 実 が 明 ら か に され て い る 。 同 名 半 盲 で は 半 側 視 野 が 完 全 に 欠 損 す る 場 合 と 欠 損 側 で 網 膜 の 黄 斑 部 に 対 応 す る 部 分だ け が 小 さ く 残 っ て い る 場 合 が あ り 、後 者 を「 黄 斑 回 避 」と い う 。黄 斑 回 避 の 原 因 と し て は 、 ① 黄 斑 部 に 対 応 す る 皮 質 の 面 積 が 広 い の で そ の 全 て が 損 傷 さ れ る こ と は 生 じ に く い 、 ②黄 斑 部 は 両 側 の 後 大 脳 動 脈 か ら 二 重 の 血 液 供 給 を 受 け て い る の で 低 酸 素 症 に 対 す る 抵 抗 が強 い 、 な ど が 指 摘 さ れ て い る 。 半 盲 患 者 は 視 野 欠 損 と い う 視 覚 の 量 的 異 常 の 他 に も 以 下 に 述 べ る 様 々 の 質 的 異 常 を 示 す 。 1 )1920 年フックスは、半盲患者の視野は正常者のそれとは異なり、解剖学的な黄斑と は 異 な っ た 位 置 に 機 能 的 な 黄 斑 が 生 じ て こ れ を 中 心 と し て 網 膜 像 が 形 成 さ れ る こ と を 見出 し 、 こ れ を 「 偽 黄 斑 」 と 名 付 け た 。 こ の 新 し い 黄 斑 は 固 定 的 な も の で は な く 、 対 象 の 大き さ に よ っ て 変 化 し 、 大 き い 対 象 の 場 合 は 周 辺 に ず れ る 。 こ の 現 象 は 完 全 な ( 黄 斑 回 避 を伴 わ な い ) 半 盲 に お い て の み 生 じ 、 偽 黄 斑 の 方 が 本 来 の 黄 斑 よ り 高 い 視 力 を 有 す る よ う にな る と い う 。 2 ) 半 盲 患 者 で は 、 刺 激 対 象 の 視 野 内 に お け る 「 偏 位 」 が 生 じ る 。 こ れ は 視 野 障 害 の あ る 部 分 で も な い 部 分 で も 生 じ 、 多 く は 一 定 方 向 に 規 則 的 に 変 化 す る 。 ポ ッ ペ ル ロ イ タ ーに よ れ ば 視 野 の 中 心 に 向 か っ て ず れ て い く 傾 向 が あ る 。 キ ン グ に よ れ ば 、 凝 視 点 の 前 に おか れ た 図 形 は 全 て の 半 盲 患 者 で 偏 位 を 示 し 、 両 眼 視 で は 正 常 者 の 単 眼 視 に み ら れ る よ う な外 7 補充は健常者にも生じている。図形の一部が盲点に対応する視野に提示しても我々は完 全 な 図 形 と し て 知 覚 す る 。 9-8
側 へ の 偏 位 、 単 眼 視 で は 中 心 方 向 へ の 偏 位 が 生 じ る 。 3 ) 半 盲 患 者 は 視 野 障 害 を 補 償 す る か の ご と く 視 線 を 半 盲 側 に 向 け る こ と が 多 い 。 ま た 半 盲 側 の 刺 激 を 過 小 視 し 、 健 常 視 野 側 の 刺 激 を 過 大 視 す る ( 測 定 視 障 害 ) 。 4 ) 半 盲 患 者 に は 眼 球 運 動 障 害 が あ る 。 運 動 方 向 の 不 均 衡 ( 特 定 方 向 に の み 凝 視 点 が動 く ) 、 目 標 追 跡 の 障 害 な ど が 指 摘 さ れ て い る 。 5 ) 皮 質 盲 患 者 と 同 様 に 半 盲 患 者 で も 自 己 の 障 害 を 認 識 し な い 例 の あ る こ と が 知 ら れて い る ( 本 章 第 5 節 参 照 ) 。 2 . 1 . 3 脳 性 弱 視 脳 損 傷 者 で は 、 視 力 表 な ど に よ る 視 力 の 測 定 、 視 野 計 な ど に よ る 視 野 の 測 定 に お い て正 常 で あ っ て も 、 他 の 方 法 で 検 査 す る と 種 々 の 異 常 が 見 出 さ れ る 場 合 が あ る 。 マ イ ル ズ は視 野 計 に よ る 検 査 で は 正 常 で あ っ て も 臨 界 融 合 頻 度 (CFF)8に よ る 測 定 で は 明 ら か な 視 野 欠 損 を 示 す 例 が あ る こ と を 見 出 し た 。 バ イ 、 チ ュ ー バ ー と ミ ル ナ ー は 網 膜 の 特 定 部 位 を連 続 的 に 刺 激 し て そ の 感 覚 閥 を 測 定 す る と 、 脳 損 傷 者 で は 闘 値 が 次 第 に 上 昇 し た り 、 大 きく 変 動 す る こ と を 見 つ け た 。 フ ァ ウ ス ト は こ の よ う な 症 状 を 「 脳 性 弱 視 」 と 呼 ん だ 。 脳 損傷 に 伴 う 視 覚 感 覚 闘 の 異 常 に つ い て 、 ベ ン ダ ー ら は 以 下 の 研 究 結 果 を 報 告 し て い る 。 1 ) 閾 値 の 低 下 と 変 動 性 の 増 大 。 2 ) 視 野 の 各 部 位 に よ っ て 闘 値 が 著 し く 異 な り 、 視 野 の 断 片 化 と 分 裂 を 生 じ る 。 3 ) 両 側 性 の 後 頭 葉 損 傷 で は 中 心 視 で あ っ て も 周 辺 視 の よ う な 知 覚 特 性 を 示 し 、 形 態視 や 色 彩 視 は 不 良 と な る が 明 暗 弁 別 は 逆 に 良 好 と な る 。 2 . 1 . 4 隠 れ た 視 覚 2 . 1 . 4 . 1 臨 床 像 皮 質 盲 あ る い は 視 野 障 害 患 者 で い か な る 視 覚 機 能 も 廃 絶 し て い る の か ど う か に つ い て は 古 く か ら 議 論 が あ っ た 。 患 者 自 身 は 全 く 見 え な い と 主 張 す る に も か か わ ら ず 、 な ん ら かの 視 覚 を 有 す る の で は な い か と 推 測 さ れ る 行 動 を と る 患 者 が 時 折 観 察 さ れ て き た 。1970 年代 に な っ て ペ ッ ツ ェ ル ら 、 ワ イ ス ク ラ ン ツ ら 、 ペ レ ナ ン ら の 三 つ の 研 究 グ ル ー プ が こ の 問題 8 点滅する光刺激が提示された時、点滅の頻度が低い条件では明らかなちらつきが感じら れ る 。 頻 度 が 高 く な る と 次 第 に ち ら つ き の 印 象 が 弱 く な り 、 最 終 的 に は ち ら つ き が 感 じ ら な く な る 。 こ の 時 の 点 滅 頻 度 が 臨 界 融 合 頻 度 で あ る 。 9-9
に つ い て 組 織 的 研 究 を 行 っ た 。 ペ ッ ツ ェ ル ら の 研 究 は 外 傷 、 脳 血 管 障 害 に よ っ て 視 野 障 害 を 呈 し た 4 例 を 対 象 と し て 行 わ れ た 。被 験 者 の 課 題 は 視 野 欠 損 部 に 提 示 さ れ た 小 光 点 の 位 置 に 眼 球 を 動 か す こ と で あ る 。 被 験 者 達 は い ず れ も 何 も 見 え な い と 報 告 し て い る が 、 そ の 眼 球 運 動 の 大 き さ は 小 光 点 の提 示 位 置 が 遠 い 程 大 き か っ た 。 被 験 者 は 「 自 分 に は 何 も 見 え な い 」 と 述 べ た 。 ワ イ ス ク ラ ン ツ ら の 研 究 の 対 象 者 は 34 歳、男性である。動静脈奇形により右後頭葉切 除 を 受 け た 。 術 後 左 同 名 半 盲 を 呈 し た 。 実 験 で は 視 野 欠 損 部 に 種 々 の 刺 激 が 提 示 さ れ 、刺 激 提 示 位 置 の 視 野 内 で の 定 位 、 水 平 ・ 垂 直 弁 別 、 色 彩 弁 別 、 な ど が 検 討 さ れ た 。 結 果 は、 ① 提 示 位 置 の 定 位 で は 小 光 点 の 位 置 が 遠 い ほ ど 眼 球 運 動 は 大 き い 、 ② 提 示 位 置 の 指 さ しは 非 常 に 正 確 ( 誤 差 ±3.8°)、③水平/垂直弁別では正答率ほぼ 100%、④色彩の弁別につ い て は 不 明 、 で あ っ た 。 な お 、 こ の 場 合 も 被 験 者 は 「 自 分 は 何 も 見 え ず 、 反 応 は 全 く のあ て 推 量 で あ る 」 と 述 べ た 。 ペ レ ナ ン ら の 研 究 対 象 は 8 例 の 半 盲 患 者 で あ る 。 課 題 は 刺 激 の 形 態 弁 別 、 提 示 位 置 の 定 位 な ど で あ る 。提 示 位 置 の 定 位 は や は り 正 確 で あ っ た 。図 形 の 形 態 弁 別 は 不 可 能 で あ っ た 。 8 例 中 2 例 は 視 覚 伝 導 路 ( 視 索 ) 損 傷 に よ る 半 盲 で あ っ た 。 こ れ ら の 症 例 で は 提 示 位 置の 定 位 も 不 可 能 で あ っ た 。 以 上 三 つ の 研 究 は 、 後 頭 葉 第 一 次 視 覚 野 損 傷 に よ る 視 野 欠 損 部 に お い て も あ る 程 度 の 視 覚 が 存 在 す る こ と 、 特 に 刺 激 の 空 間 定 位 は 非 常 に 正 確 で あ る ( ワ イ ス ク ラ ン ツ ら の 症 例で は 健 常 視 野 と の 間 に 殆 ど 差 が な か っ た ) こ と を 示 し た 。 し か も 被 験 者 は 、 主 観 的 に は 刺激 を 全 く 知 覚 し て い な い 。 こ の 視 野 欠 損 部 に お け る 視 覚 機 能 を ワ イ ス ク ラ ン ツ は 「 隠 れ た視 覚 」9と 呼 ん だ 。 隠 れ た 視 覚 に つ い て は 、 そ の 後 も 報 告 が 相 次 い で い る 。 視 野 欠 損 部 に は 以 下 の 機 能 が 残 存 す る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 1 ) 刺 激 の 空 間 定 位 ~ 刺 激 が 視 野 の ど の 位 置 に 提 示 さ れ た か の 判 断 。 9 原語は“blind sight”である。しばしば「盲視」と訳される。これは日本語として何の こ と か 判 ら な い 。 「 見 え な い 視 覚 」 と 訳 さ れ た こ と も あ っ た が 、 こ れ も 日 本 語 と し て はか な り 変 で あ る 。 こ こ で は 「 隠 れ た 視 覚 」 と 訳 し た 。 そ の 理 由 は 二 つ あ る 。 “blind sight” は 一 見 視 覚 が な い と 考 え ら れ る 状 態 で あ る の に よ く 調 べ る と 種 々 の 視 覚 が 存 在 す る 。 すな わ ち「 隠 れ た 視 覚 」で あ る 。ま た 、辞 書 を 引 く と 分 か る よ う に 、“blind”にはもともと「隠 れ た 」 と い う 意 味 が あ る 。 そ の 意 味 で も 「 隠 れ た 視 覚 」 で あ る 。 9-10
2 ) 視 力 ~2.5~7.0/度の周波数のサイン波の弁別。 3 ) 線 分 の 傾 き の 弁 別 ~10°程度傾きが異なる2直線の弁別。 4 ) 色 彩 ~ 波 長 差 の 大 き い 色 彩 ( 赤 と 緑 な ど ) の 弁 別 は 可 能 。 波 長 差 の 小 さ い 場 合 は 困 難 。 5 ) 運 動 ~ 運 動 の 存 非 、 運 動 方 向 の 弁 別 。 6 ) 形 態 弁 別 ~ 形 態 弁 別 の 残 存 す る 可 能 性 を 示 唆 す る デ ー タ は 得 ら れ て い る が 明 瞭 な 結 論 は 得 ら れ て い な い 。 7 ) 注 意 ~ 視 野 欠 損 部 の あ る 場 所 に 特 に 注 意 す る よ う 指 示 す る と 成 績 が 向 上 す る 。 8 ) 顔 の 表 情 ~ 提 示 さ れ た 顔 の 感 情 表 現 ( 怒 り 、 悲 し み 、 な ど ) の 違 い の 弁 別 。 2 . 1 . 4 . 2 機 序 隠 れ た 視 覚 は ど の よ う な 神 経 機 構 に よ っ て 担 わ れ て い る の で あ ろ う か 。 網 膜 か ら 出 た 視 神 経 は 全 て が 外 側 膝 状 体 に 入 る の で は な く 、一 部 は 上 丘 に 投 射 し て い る( 図 3 - 2 3 参 照 )。 隠 れ た 視 覚 類 似 の 現 象 は 動 物 に お い て も 認 め ら れ 、 そ れ は 上 丘 と 関 連 す る こ と が 示 唆 され て い る 。 サ ル で 後 頭 葉 第 一 次 視 覚 野 を 両 側 性 に 破 壊 し て も 動 く 対 象 の 検 出 や 刺 激 の 定 位は 可 能 で あ る が 、 上 丘 を 同 時 に 破 壊 す る と こ の 機 能 は 失 わ れ る 。 上 丘 か ら は 視 床 枕 を 経 て前 線 条 野 へ と 向 か う 別 系 統 の 視 覚 系 の 存 在 が 知 ら れ て い る 。 網 膜 → 外 側 膝 状 体 → 線 条 野 の系 列 を 第 一 視 覚 系 と 呼 ぶ の に 対 し て 、 こ の 系 は 第 二 視 覚 系 と 呼 ば れ て い る(図9 -7)。その 機 能 に つ い て は 種 々 の 研 究 が あ り 、 1 ) 上 丘 の ニ ュ ー ロ ン は 円 形 も し く は 楕 円 形 の 大 き な 受 容 野 を も ち 、 運 動 刺 激 に 対 し て 敏 感 に 反 応 す る 。 ま た 上 丘 の 電 気 刺 激 で 眼 球 運 動 が 生 じ る 。 2 ) 視 床 枕 の ニ ュ ー ロ ン は 受 容 野 が 大 き く 、 刺 激 に 慣 れ や す い 。 運 動 刺 激 に 対 し て 強 く 反 応 し 、 方 向 選 択 性 を 持 つ も の も あ る 。 な ど の 点 が 明 ら か に さ れ て い る 。 こ の ニ ュ ー ロ ン の 特 徴 は 隠 れ た 視 覚 に 見 ら れ る 様 々 な現 象 と 類 似 し て い る 。 下 等 動 物 の 神 経 系 で は 上 丘 は 大 き さ の 点 で も 働 き の 面 で も 大 変 重 要な 位 置 を 占 め て い る 。 鳥 類 は 優 れ た 視 覚 を 有 し て い る が 、 こ れ は 上 丘 ( 視 蓋 ) が よ く 発 達し て い る こ と に 対 応 す る 。 ヒ ト の 神 経 系 で は 、 大 脳 の 著 し い 発 達 に よ っ て 上 丘 は 頭 蓋 内 の片 隅 に 追 い や ら れ 、 我 々 は そ の 働 き を 文 字 通 り 意 識 し な く な っ て し ま っ た 。 し か し 、 種 々の 原 因 に よ っ て 大 脳 皮 質 が 機 能 し な く な る 時 、 ヒ ト が そ の 遠 い 祖 先 か ら 引 き 継 い だ 上 丘 の存 在 が 浮 か び 上 が っ て く る 。 隠 れ た 視 覚 は 第 二 視 覚 系 の 機 能 の 現 れ で あ る と す る 見 解 が 提出 9-11
さ れ て い る 。 図 9 - 7 霊 長 類 に お け る 二 つ の 視 覚 系 隠 れ た 視 覚 を 有 す る 患 者 を 対 象 と し た 画 像 解 析 研 究 に お い て 以 上 の 推 測 を 支 持 す る デ ー タ が 得 ら れ て い る 。バ ー ビ ュ ア ー ら に よ れ ば 隠 れ た 視 覚 を 有 す る 症 例G.Y.の視野欠損部に 色 彩 刺 激 を 提 示 す る と 上 丘 の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 健 常 視 野 の 刺 激 で は 活 性 化 は 認め ら れ な か っ た 。 レ イ ら は 拡 散 強 調MRI画像10を 用 い て 隠 れ た 視 覚 患 者 の 視 覚 伝 導 路 を 検 討 し た 。 図 9 - 8 上 段 は 半 盲 は あ る が 隠 れ た 視 覚 の な い 患 者 の 結 果 で あ る 。 右 上 丘 か ら の投 射( 赤 )、左 上 丘 か ら の 投 射( 青 )は 病 側(HS side)、健側(Healthy side)いずれに対 し て も 非 常 に 弱 い 。 下 段 は 隠 れ た 視 覚 の あ る 患 者 の 結 果 で あ る 。 同 側 お よ び 対 側 上 丘 から 前 頭 眼 野 、 頭 頂 ・ 後 頭 葉 、 視 覚 連 合 野 、 第 一 次 視 覚 野 に 強 い 投 射 が 認 め ら れ た 。 上 丘 が隠 れ た 視 覚 の 成 立 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と の 有 力 な 証 拠 で あ る 。 10 第2章参照。 9-12
図 9 - 8 隠 れ た 視 覚 の な い 患 者 ( 上 段 ) と あ る 患 者 ( 下 段 ) の 拡 散 強 調 MRI 画像 A:前頭眼野、B:頭頂葉、C:視覚連合野、D:前頭葉、E:第一次視覚野
赤 : 右 上 丘 か ら の 投 射 、 青 : 左 上 丘 か ら の 投 射 。
2 . 1 . 5 色覚の障害 2 . 1 . 5 . 1 脳 性 色 盲 脳 の 病 変 に 伴 う 色 覚 の 異 常 に は 様 々 な も の が あ る 。 脳 損 傷 に 伴 い 色 彩 視 が 不 能 と な るも の を 「 脳 性 色 盲 」 ま た は 「 皮 質 性 色 盲 」 と 呼 ぶ 。 脳 性 色 盲 患 者 が 色 覚 を 喪 失 し た と 訴 える こ と は 希 で あ る 。 通 常 、 「 色 が 見 え に く い 」 「 色 が く す ん で 見 え る 」 「 色 が 薄 く な っ た」 な ど と 訴 え る 。 患 者 は 色 彩 の 弁 別 、 呼 称 、 照 合 が 全 く 不 可 能 と な る 。 石 原 式 色 盲 検 査 、フ ァ ー ム オ ー ム ・ マ ン セ ル 色 相 弁 別 検 査 で は 全 く で た ら め な 反 応 を 示 す 。 色 彩 の 明 る さ の弁 別 は 保 た れ て い る 。 障 害 の 程 度 は 様 々 で あ り 、 そ れ は 脳 損 傷 の 部 位 、 大 き さ に 依 存 す る 。 近 年 、 脳 性 色 盲 患 者 で は 多 少 の 色 覚 は 保 た れ て い る と す る 報 告 が な さ れ て い る 。 モ ラ ン ら の 報 告 し た 症 例M.S.は石原式色盲検査図版を通常の 30cm の距離で提示すると文字が読 め な か っ た が 2 m の 距 離 で は 読 め た 。30cm の距離では数字を示す色彩の境界が明るさの 境 界 に 妨 害 さ れ て 弁 別 困 難 と な る が 、 2 m の 距 離 で は 明 る さ の 境 界 が ぼ や け て も は や 弁別 出 来 な く な る た め 色 彩 の 知 覚 が 可 能 に な る と 考 え ら れ て い る 。 キ ャ ロ ウ ェ イ ら は 色 相 の違 い に 応 じ て 瞳 孔 反 応 が 変 化 し た 脳 性 色 盲 の 症 例 を 報 告 し て い る 。 こ の 現 象 は 刺 激 と 背 景と の 間 に 明 瞭 な 境 界 が あ る 条 件 に だ け 出 現 し 、 境 界 が あ い ま い な 条 件 で は 消 失 し た 。 脳 性 色 盲 で は 視 野 障 害 が ほ ぼ 全 例 で 認 め ら れ る 。 特 に 上 四 半 盲 が 多 い 。 種 々 の 視 覚 失認 が 合 併 す る 。 特 に 相 貌 失 認 、 純 粋 失 読 、 地 誌 的 記 憶 障 害 の 合 併 例 が 多 い 。 物 体 失 認 を 合併 し た 症 例 も 知 ら れ て い る 。 ポ ッ ペ ル ロ イ タ ー が 「 精 神 性 色 弱 」 と 呼 ん だ 症 状 は 緑 と 青 、 橙 と 黒 、 黒 と 白 な ど の 間の ニ ュ ア ン ス の 違 い の 弁 別 の 障 害 で あ る 。 ま た 、 彼 の 「 色 彩 感 減 弱 」 は 色 彩 の 弁 別 は 可 能で あ る が 時 間 の か か る も の で あ る 。 脳 性 色 盲 の 病 変 部 位 に つ い て は 以 下 の 報 告 が あ る 。 剖 検 例 で は 、 マ ッ ケ イ と ダ ン ロ ッ プ お よ び レ ン ズ の 症 例 で は 共 に 両 側 紡 錘 状 回 を 中 心 と し た 軟 化 巣 、 ハ イ デ ン ハ イ ム の 症 例で は 両 側 舌 状 回 か ら 鳥 距 溝 下 部 の 病 変 が 見 ら れ た 。 近 年 の CT 所見では、舌状回、紡錘状回 病 変 が 両 側 性 ま た は 右 大 脳 半 球 に 認 め ら れ て い る 。 脳 性 色 盲 は 両 側 後 頭 葉 下 方 の 損 傷 で生 じ る が 、 多 少 半 球 差 が あ り 、 や や 右 大 脳 半 球 優 位 の 傾 向 が 認 め ら れ る 。 ブ ー ビ エ ー ル らは 脳 性 色 盲 46 例の損傷部位をメタ解析した。結果は図9-9に示すごとくであった。左右 大 脳 半 球 い ず れ の 損 傷 で も 脳 性 色 盲 は 生 じ る が そ の 頻 度 は 右 で や や 高 い 。 損 傷 部 位 の 一致 度 は 右 後 頭 葉 内 腹 側 で 最 大 で あ っ た 。 図 9 - 9 に 機 能 画 像 解 析 に お い て 色 彩 特 異 的 反 応を 示 し た 領 野 の 前 方 ( 赤 ) お よ び 後 方 ( 黒 ) の 境 界 も 併 せ て 示 し て あ る 。 脳 性 色 盲 の 責 任病 9-14
巣 は 機 能 画 像 解 析 で 色 彩 特 異 的 反 応 を 示 し た 領 野 に ほ ぼ 一 致 し た 。 図 9 - 9 脳 性 色 盲 の 損 傷 部 位 の 重 ね 合 わ せ 2 . 1 . 5 . 2 選 択 的 脳 性 色 盲 ク リ ッ チ リ ィ は 「 周 囲 が 全 て 小 金 色 に 見 え る 」 と 訴 え る 症 例 を 「 黄 金 視 」 と し て 報 告 し た 。 物 品 や 景 色 の 色 調 が 変 化 し て 見 え る 症 状 は 小 山 ら に よ っ て も 報 告 さ れ て い る 。 患 者は 両 側 性 後 頭 葉 病 変 例 で あ り 、 「 景 色 が 黄 土 色 ・ 茶 色 っ ぽ く 見 え る 」 と 訴 え た 。 色 彩 弁 別能 力 に は 障 害 は な か っ た 。 詳 細 な 色 覚 検 査 に よ り 青 が 見 え に く く な り 、 相 対 的 に 黄 色 の 知覚 印 象 が 強 ま っ た と 考 え ら れ る 。 脳 病 変 に 伴 う 青 の 知 覚 障 害 は 他 の 研 究 者 に よ っ て も 報 告さ れ て い る 。 網 膜 上 で は 青 の 錐 体 の 数 は 他 の 錐 体 よ り も 数 が 少 な く 、 網 膜 か ら 第 一 次 視 覚野 へ の 青 の 入 力 も 少 な い た め 、 脳 損 傷 の 影 響 を 受 け や す い と 考 え ら れ る 。 2 . 1 . 5 . 3 半 側 色 盲 半 側 視 野 の み の 脳 性 色 盲 で あ る 。 純 粋 失 読 の 症 例 と し て 知 ら れ る 1892 年のデジェリン の 症 例 に 半 側 色 盲 が あ っ た こ と は 既 に 述 べ た 。 ア ル バ ー ト ら は 皮 質 盲 か ら の 回 復 過 程 で左 視 野 の み に 色 盲 を 呈 し た 例 を 報 告 し て い る 。 半 側 色 盲 は い ず れ の 後 頭 葉 の 損 傷 で も 対 側に 生 じ る 。 損 傷 部 位 は 両 側 性 の 場 合 と 同 様 腹 内 側 部 で あ る 。 9-15
2 . 1 . 5 . 4 色 覚 障 害 の 脳 局 在 以 上 の ご と く 、 色 覚 障 害 は 右 大 脳 半 球 後 頭 葉 と 関 連 が 深 い が 、 他 の 領 野 の 損 傷 で も 色覚 障 害 が 生 じ る 。 左 大 脳 半 球 後 方 損 傷 や 右 前 頭 葉 損 傷 な ど に 伴 い 色 覚 障 害 を 呈 し た 症 例 が報 告 さ れ て い る 。 2 . 2 幻 視 2 . 2 . 1 幻 視 の 臨 床 像 脳 損 傷 に 起 因 す る 幻 視 は 様 々 の 観 点 か ら 分 類 出 来 る 。 そ の 臨 床 像 は 次 の 二 つ が 区 別 され る 。 1)要素 性幻視~閃光・きらめき、突然の明るさの変化、色彩の出現など。患者は非常 に 強 い 光 源 の 出 現 を 感 じ 、 多 く は 色 彩 を 伴 う 。 明 確 な 形 態 を 取 る こ と は な い が 、 こ れ らが 動 い て い る も の と し て 感 じ ら れ る こ と も あ る 。 多 く は 一 側 視 野 に 出 現 す る 。 大 脳 皮 質 の電 気 刺 激 で 類 似 の 現 象 の 生 じ る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 2 ) 形 態 性 幻 視 ~ 明 確 な 形 態 、 大 き さ 、 色 彩 、 構 造 を 有 す る 事 物 が 幻 覚 と し て 体 験 さ れ る 。 そ の 明 瞭 さ の た め 患 者 は 時 と し て 実 際 の 事 物 と の 区 別 が 困 難 と な り 、 患 者 が 幻 覚 に対 し て あ た か も そ れ ら が 現 実 に 存 在 す る か の よ う に 行 動 し た 例 も 報 告 さ れ て い る 。 幻 視 は視 野 全 体 に 出 現 し 、 視 野 内 を 移 動 す る こ と も あ る 。 幻 視 の 出 現 す る 視 野 に 関 し て は 次 の よ う に 分 類 さ れ る 。 1 ) 視 野 欠 損 部 の 幻 視 ~ 眼 球 か ら 皮 質 第 一 次 視 覚 野 ま で の い ず れ の 部 位 の 損 傷 で も 生 じ う る が 、 視 放 線 、 皮 質 損 傷 に よ る も の が 最 も 多 い 。 要 素 的 幻 視 、 形 態 的 幻 視 、 い ず れ も出 現 す る 。 前 日 の 体 験 や 事 前 に 与 え ら れ た 刺 激 を 幻 視 と し て 体 験 し た 例 も 報 告 さ れ て い る。 グ ロ ー ニ ン グ ら に よ れ ば 、 視 野 欠 損 部 の 幻 視 は 欠 損 部 の 周 辺 か ら 生 じ 、 視 線 の 移 動 と とも に 変 化 し な が ら 視 野 欠 損 部 と 正 常 視 野 と の 境 界 ま で 動 き 、 そ こ で 消 滅 す る と い う 。 2 ) 健 常 視 野 に 生 じ る 幻 視 ~ き わ め て 稀 な も の と さ れ る 。 色 の つ い た 庭 園 や 花 の 像 が 見 え た と い う ペ ッ テ ェ ル の 症 例 、 す べ て の 色 彩 が 輪 郭 か ら 浮 き 上 が っ た よ う に 見 え 、 こ の浮 き 出 た 色 彩 が 外 界 に 投 射 さ れ て 見 え た と い う ワ イ ン ガ ル テ ン と シ ル ダ ー の 症 例 な ど が 知ら れ て い る 。 幻 視 に 限 ら ず 一 般 に 幻 覚 は 大 脳 皮 質 領 野 の 機 能 亢 進 あ る い は 異 常 活 動 と し て 理 解 さ れ る こ と が 多 く 、 脳 腫 瘍 、 脳 炎 な ど の 比 較 的 び ま ん 性 の 脳 疾 患 や て ん か ん の 症 例 で 多 く 認 めら れ る 。 他 方 、 脳 血 管 障 害 な ど の 局 所 的 損 傷 に お け る 機 能 低 下 や 機 能 欠 損 の 反 映 と 考 え られ 9-16
る 幻 覚 も あ る 。 文 字 、 語 、 無 意 味 文 字 列 な ど の 幻 視 が 出 現 し た 後 頭 ・ 側 頭 葉 領 野 損 傷 に伴 う 純 粋 失 読11の 症 例 が 報 告 さ れ て い る 。 ア ル ツ ハ イ マ ー 型 認 知 症 、 パ ー キ ン ソ ン 病 、 レ ビ ー 小 体 認 知 症 な ど で は 認 知 症 の 症 状 と し て 幻 視 が 出 現 す る 。 詳 細 は 第 1 3 章 お よ び 第 15 章 で 述 べ る 。 2 . 2 . 2 解 剖 学 エ カ ン に よ れ ば 、 幻 視 は 179 例の左大脳半球損傷例中 22 例(13%)、125 例の右大脳 半 球 損 傷 例 中 26 例(21%)に見られ、前者では要素性幻視 16 例(8.5%)、形態性幻視 4 例(2%)、体験性幻視(後述)3 例(1.6%)であり、後者ではそれぞれ 12 例(9.5%)、 12 例(9.5%)、2 例(1.6%)であった(重複例あり)。 幻 視 が 生 じ る 損 傷 領 野 と し て は ま ず 後 頭 葉 が あ る 。大 橋(1965)のまとめた結果による と 、後 頭 葉 損 傷 者 に お け る 幻 視 の 出 現 率 は 23%~29%である。後頭葉性の幻視は要素性幻 視 が 多 い 。エ カ ン ら の 研 究 で は 後 頭 葉 損 傷 に よ る 6 例の幻視中 4 例が要素性幻視であった。 ラ ッ セ ル と ホ ワ イ テ ィ も 外 傷 性 て ん か ん に お け る 前 兆 や 幻 覚 に つ い て 研 究 し 、 後 頭 葉 鳥距 溝 の 病 変 例 で は 明 確 な 形 態 を も た な い 幻 視 が 多 く 、 稲 妻 型 の 光 、 閃 光 、 色 の つ い た 雲 など の 幻 視 が 病 巣 対 側 の 視 野 に 生 じ る と 述 べ て い る 。 ペ ン フ ィ ー ル ド は て ん か ん 患 者 に 見 られ る 閃 光 、 き ら め く 星 、 彩 ら れ た 光 な ど の 視 覚 発 作 を 感 覚 発 作 の 一 つ に 数 え 、 後 頭 葉 全 体に そ の 起 源 を 求 め て い る 。 彼 は 後 頭 葉 の 電 気 刺 激 で も 要 素 性 幻 視 の 出 現 を 認 め て お り 、 17 野 の 刺 激 で は 反 対 側 の 視 野 に 幻 視 が 出 や す く 、 1 8 、 1 9 野 の 刺 激 で は 幻 視 が 脈 動 し やす く 刺 激 と 同 側 に も 見 ら れ る と し て い る 。 他 方 、 後 頭 葉 性 の 幻 視 が 全 て 要 素 性 幻 視 と は 限 ら な い こ と も 知 ら れ て い る 。 エ カ ン とバ ラ ド ッ コ に よ る と 、 同 じ 後 頭 葉 で も 、 内 側 面 の 刺 激 や 病 変 で は 要 素 性 幻 視 が 生 じ る が 、外 側 部 の 病 変 や 刺 激 で は 形 態 性 幻 視 が 生 じ 、 患 者 は こ の 幻 視 の 実 在 に 確 信 を も つ と い う 。フ ェ ス タ ー の 刺 激 実 験 で も 1 7 野 で は 閃 光 が 生 じ 、 1 8 野 で は 模 様 、 星 な ど の 単 純 な 形 態性 幻 視 が 、 1 9 野 で は 人 物 、 動 物 な ど の 複 雑 な 形 態 性 幻 視 が 認 め ら れ て い る 。 1 7 野 、 18 野 、 1 9 野 と の 機 能 的 な 違 い に つ い て 、 ニ ー ル セ ン は 、 1 9 野 は 視 覚 表 象 の 保 持 に 関 係し て お り 、 こ の 領 野 の 損 傷 で は 視 覚 認 識 や 視 覚 心 像 の 生 成 が 障 害 さ れ る の み な ら ず 、 夢 も見 ら れ な く な る と 述 べ て い る 。 ラ ッ セ ル と ホ ワ イ テ ィ も 頭 頂 ・ 後 頭 葉 領 野 の 病 変 で は 形 態性 幻 視 が 生 じ る こ と を 指 摘 し 、 こ の 領 野 は 視 覚 心 像 や 視 覚 的 記 憶 に 関 係 す る と 述 べ て い る 。 11 第7章参照。 9-17
以 上 を ま と め る と 、 1 7 野 に 限 局 さ れ た 病 変 で は 比 較 的 単 純 な 要 素 性 幻 視 が 生 じ る が、 1 8 野 お よ び 1 9 野 を 含 む 病 変 で は か な り 具 体 的 内 容 を 有 す る 形 態 性 幻 視 が 生 じ る 。 この 場 合 患 者 の 意 識 は 清 明 で あ り 、 病 識 は 保 た れ て い る の が 普 通 で あ る 。 側 頭 葉 に 起 源 を も つ 幻 視 は 形 態 性 幻 視 が 多 い 。 エ カ ン の デ ー タ で は 10 例の側頭葉性幻 視 例 の 6 例が形態性、4 例が要素性であった。側頭葉てんかんに見られる幻視も多くは形 態 性 で あ っ て 、 い わ ゆ る 「 夢 幻 状 態 」12の か た ち で 現 れ る 。 デ ゥ ・ ア ジ ュ リ ア ゲ ラ と エ カ ン に よ れ ば 夢 幻 状 態 の 幻 視 に は 2 種 類 あ る 。第 一 の も の は 非 現 実 感 、夢 幻 様 の 体 験 が 伴 い 、 こ の よ う な 感 情 が し ば し ば 幻 視 に 先 行 す る 。 こ の 際 の 幻 視 の 現 実 性 は さ ほ ど 強 く な く 、単 な る 視 覚 表 象 と 区 別 つ か ぬ こ と も あ る 。 第 二 の も の は 現 実 性 が も っ と は っ き り し て い て、 幻 視 だ け で な く 他 の 幻 覚 も 同 時 に 現 れ る こ と が 多 い 。幻 視 は 過 去 の あ る シ ー ン で あ り 、「 既 視 感 」、「 既 体 験 感 」13な ど を 伴 う 。幻 覚 発 作 ご と に 同 一 体 験 が 現 れ る こ と も 少 な く な い 。 患 者 は こ の 体 験 に 対 し て 全 く の 傍 観 者 で あ る 。 夢 幻 状 態 の 実 験 的 研 究 と し て は ペ ン フ ィ ー ル ド ら の グ ル ー プ に よ る 研 究 が よ く 知 ら れて い る 。 彼 は 夢 幻 状 態 を 表 9 - 1 の ご と く 分 類 し 、 そ れ ぞ れ 特 定 領 野 の 活 動 と 対 応 さ せ てい る 。 「 自 動 症 」 で は 最 初 咀 嚼 運 動 や 嚥 下 運 動 が 起 こ り 、 意 識 の 低 下 に 伴 っ て 種 々 の 自 動運 動 を 繰 り 返 す 。 意 識 は 完 全 に 失 わ れ る 。 「 解 釈 性 錯 覚 」 は 現 在 の 知 覚 体 験 の 変 容 で あ り、 ① 錯 聴 、 ② 錯 視 、 ③ 比 較 の 錯 覚 、 ④ 感 情 の 錯 覚 、 に 分 け ら れ る 。 体 験 性 幻 覚 は 患 者 の 過去 の 体 験 が 浮 か び 上 が っ て く る も の で あ り 、 ① 視 覚 型 、 ② 聴 覚 型 、 ③ 視 覚 聴 覚 合 併 型 、 ④そ の 他 、 夢 、 記 憶 、 フ ラ ッ シ ュ ・ バ ッ ク14な ど 、 の 4 型 に 分 け ら れ る 。 解 釈 皮 質 と は 主 に 側 頭 葉 外 側 面 で 前 方 は 側 頭 極 か ら 後 方 は 後 頭 葉 に お よ ぶ 領 野 で あ る 。 幻 視 は 解 釈 皮 質 全 般に わ た っ て 生 じ 、 特 に 右 大 脳 半 球 に 発 作 の 焦 点 が あ る 症 例 で 生 じ や す い と い う 。 表 9 - 1 ペ ン フ ィ ー ル ド の 夢 幻 状 態 の 分 類 発 作 ま た は 反 応 活 性 化 す る 脳 領 野 1 . 自 動 症 ( 健 忘 、 混 乱 ) 扁 桃 体 2 . 解 釈 性 錯 覚 ( 錯 覚 、 既 視 感 ) 解 釈 皮 質 3 . 体 験 性 幻 覚 ( フ ラ ッ シ ュ ・ バ ッ ク ) 解 釈 皮 質 12 意識障害の一種。観念にまとまりがなく自己の意思で制御出来ない感じがする。夢を見 て い る よ う な 状 態 で あ る の で こ の 名 が 付 け ら れ た 。 脳 炎 、 薬 物 中 毒 な ど で 認 め ら れ る 。 13 現在体験していることが過去にも体験したように観じられる現象。 14 過去の体験が突然ありありと再体験される現象。強い感情体験を伴う。 9-18
前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 幻 視 例 も 報 告 さ れ て い る 。 脳 刺 激 実 験 の 結 果 で は 、 前 頭 葉 の 刺 激 は 顔 の 幻 視 を 生 じ さ せ る 。 こ れ は 前 頭 葉 の 活 動 が 白 質 ( 下 前 頭 後 頭 路 お よ び 下 縦 束 ) を 介 して 後 頭 葉 に 伝 播 し た こ と に よ る と 理 解 さ れ て い る 。 皮 質 下 病 変 に よ っ て 生 じ る 幻 視 と し て 「 脳 脚 幻 覚 症 」 の 幻 視 が あ る 。 こ れ は 1922 年レ ー ル ミ ッ テ に よ っ て 最 初 に 報 告 さ れ た 。 脳 脚 被 蓋 の 病 変 に よ っ て 生 じ 、 赤 核 症 候 群15を 呈 す る 。 幻 視 は 多 く 夕 刻 に 現 れ 、 極 め て 強 い 感 覚 性 、 客 観 性 を も っ て 体 験 さ れ る 。 色 彩 のつ い た 植 物 、 人 物 、 動 物 、 あ る い は 万 華 鏡 の よ う に 線 、 縞 模 様 、 点 な ど が 出 現 す る 。 時 とし て 幻 触 、 幻 聴 を 合 併 す る 。 患 者 は こ の よ う な 幻 覚 に つ い て 妄 想 的 確 信 を も つ こ と は な く、 む し ろ 傍 観 者 的 で あ る 。 レ ー ル ミ ッ テ は こ れ を 睡 眠 機 能 の 解 体 に よ る も の で 、 睡 眠 の 活動 的 要 因 、 す な わ ち 夢 の 解 放 現 象 で あ る と 考 え た 。 実 際 、 睡 眠 障 害 で あ る ナ ル コ レ プ シ ーに お い て し ば し ば 幻 視 が 生 じ る こ と が 知 ら れ て い る 。 脳 脚 幻 覚 症 に 意 識 障 害 、 幻 覚 の 実 在感 を 伴 っ た 場 合 「 夢 幻 症 」 と 呼 ば れ る 。 夢 幻 症 の 患 者 は 豊 富 な 物 語 的 光 景 、 例 え ば 危 機 的状 況 、 監 禁 状 態 、 天 国 と 地 獄 の 光 景 と い っ た 様 々 な 光 景 を あ り あ り と 体 験 す る 。 こ の よ うな 体 験 に お い て は 幻 視 お よ び 現 実 事 象 の 幻 想 的 誤 認 が い り 乱 れ て い る 。 し か も 通 常 の 意 識障 害 と 異 な り 記 憶 欠 損 を 残 さ な い 。 メ イ ヤ ー ・ グ ロ ー ス に よ れ ば 、 夢 幻 症 は 病 的 睡 眠 の 解放 現 象 、 す な わ ち 夢 の 覚 醒 意 識 へ の 侵 入 で あ る 。 2 . 3 変 形 視 視 覚 に お け る 刺 激 対 象 の 形 態 、 輪 郭 、 大 き さ 、 運 動 、 色 彩 、 な ど の 知 覚 印 象 の 変 容 体験 を 変 形 視 と い う 。 個 々 の 事 物 の 知 覚 印 象 の 変 容 で あ る 要 素 性 変 形 視 と 三 次 元 空 間 に お ける 視 覚 印 象 の 変 容 で あ る 複 合 性 変 形 視 と に 分 け ら れ る 。 多 く は 発 作 的 に 短 時 間 出 現 す る が、 長 時 間 に わ た っ て 持 続 す る こ と も あ る 。 2 . 3 . 1 要 素 性 変 形 視 1 ) 計 量 の 変 容 ~ 物 品 が 大 き く ( 巨 視 ) あ る い は 小 さ く ( 微 視 ) 知 覚 さ れ る 。 あ る いは 事 物 が 縮 ん だ り 、 引 き 延 ば さ れ た り ( 伸 張 視 ) 、 押 し つ ぶ さ れ た り ( 偏 平 視 ) し て い るよ う に 知 覚 さ れ る 。 ゲ ル プ と ゴ ー ル ド シ ュ タ イ ン の 症 例 で は 視 野 欠 損 部 位 に 与 え ら れ た 刺激 は す べ て 微 視 を 引 き 起 こ し 、 視 野 の 健 側 と 患 側 に ま た が っ て 与 え ら れ た 刺 激 も 微 視 を 引き 起 こ し た 。 15病 巣 と 同 側 の 動 眼 神 経 麻 痺 、 対 側 の 不 全 麻 痺 と 不 随 意 運 動 。 9-19
2 ) 形 態 、 輪 郭 の 変 容 ~ 物 品 の 形 態 が 歪 ん で 見 え 、 ま た そ の 輪 郭 が ぼ や け て 見 え る 。輪 郭 が 断 片 化 し 輪 郭 に 切 れ 目 が あ る よ う に 知 覚 さ れ る 。 物 品 が 暈 を か ぶ っ て い る よ う に 知覚 さ れ る 。 ベ ン ダ ー と チ ュ ー バ ー の 症 例 で は 物 品 の 輪 郭 が き わ め て 不 安 定 に な り 、 い わ ゆる ガ ン マ ー 運 動 が 見 ら れ た 。 す な わ ち 輪 郭 が 縮 小 し た り 拡 大 し た り す る よ う に 感 じ ら れ 、凝 視 点 を 中 心 に 内 側 へ 巻 き 込 む よ う な 、 ま た 外 側 に 広 が る よ う な 運 動 が 知 覚 さ れ た 。 3 ) 色 彩 視 の 変 容 ~ 色 彩 の 見 え が 脳 損 傷 に 伴 っ て 変 化 す る こ と が あ る 。 上 記 の ゲ ル プ と ゴ ー ル ド シ ュ タ イ ン の 報 告 例 で は 色 彩 の 変 形 視 が あ っ た 。 患 者 は 物 品 の 色 彩 が 物 品 そ のも の か ら 離 れ て い る よ う に 感 じ ら れ 空 間 の 一 定 の 場 所 に 浮 い て い る よ う に 感 じ ら れ た 。 物品 に 手 を 触 れ る と 手 が 物 品 の 色 に 染 ま っ て 見 え 、 物 品 に 他 の 物 品 を 近 づ け る と そ れ が 色 に包 み こ ま れ る よ う に 感 じ ら れ た と い う 。 2 . 3 . 2 複 合 性 変 形 視 複合性変形視には多彩で様々な症状がある。以下はよく知られている症状である。この 他 に も 種 々 の 症 状 が 報 告 さ れ て い る 。 1)空間軸 の知覚の変化(傾斜視)~事物が傾いて知覚される。水平軸が右、あるいは 左 の 方 向 に 傾 く 。 床 が 傾 い て 感 じ ら れ る 。 2 ) 奥 行 知 覚 の 変 容 ~ 事 物 が 小 さ く 見 え る だ け で な く 、 よ り 遠 く 離 れ て 知 覚 さ れ る ( 遠 隔 視 ) 。 逆 に よ り 近 く に 感 じ ら れ る ( 近 接 視 ) 。 こ れ と は 逆 に 近 く の 事 物 が 極 端 に 近 く、 遠 く の 事 物 が 極 端 に 遠 く 感 じ ら れ る こ と も あ り 「 立 体 視 過 剰 」 と 呼 ば れ る 。 3 ) 運 動 知 覚 の 変 容 ~ 動 い て い る 事 物 が 静 止 し て 見 え 、 静 止 し た 事 物 が 動 い て い る よ う に 知 覚 さ れ る 。 事 物 の 運 動 速 度 が 異 常 に 速 く あ る い は 遅 く 知 覚 さ れ る 。 事 物 の 輪 郭 の みが 動 い て い る よ う に 感 じ ら れ る 。 4 ) 視 覚 保 統 ~ 刺 激 を 取 り 去 っ て も な お 視 覚 印 象 が 残 る 現 象 で あ る 。 時 間 的 な 保 続 で あ る 「 パ リ ノ プ シ ア 」 と 空 間 的 な 保 統 で あ る 「 空 間 性 保 続 」 に 分 け ら れ る 。 パ リ ノ プ シ アに つ い て は 深 田 と 高 橋 が 文 献 例 、 自 験 例 の 検 討 か ら 、 ① 臨 床 的 に は 、 視 覚 対 象 が 眼 前 よ り 取 り 去 ら れ た 後 に な お そ の 視 覚 表 象 の 全 部 ま た は 一 部 が 同 形 同 大 同 色 で 反 復 す る 。 こ の 像 は 注 視 方 向 に 現 れ 、 視 線 を 転 ず る と そ の 方 向 に 次々 に 移 動 し 多 数 に な る 。 動 く 対 象 の 虚 像 は 視 線 の 変 換 と 同 じ 効 果 を 示 し 、 高 速 度 写 真 の 連続 的 配 置 、 す な わ ち 流 星 の 尾 の よ う に な る 。 ② パ リ ノ プ シ ア の 持 続 時 間 は 数 分 程 度 が 多 い が 数 カ 月 に わ た る 場 合 も あ る 。 9-20
③ 視 野 障 害 、 他 の 変 形 視 、 て ん か ん を 合 併 す る 例 が 少 な か ら ず 見 ら れ る 、 ま た 失 語 、 失 行 、 失 認 な ど を 合 併 す る 例 も あ る 。 な ど の 点 を 明 ら か に し て い る 。 空 間 性 保 統 で は 上 着 の 縞 模 様 が 着 て い る 人 物 の 顔 ま で 広 が る 、 カ ー テ ン の 模 様 が 壁 にま で 広 が る 、な ど の 知 覚 印 象 が 生 じ る 。リ サ ー ジ ン 酸 ジ ュ チ ル ア ミ ド(LSD25)、ハシシュ な ど の 薬 物 の 効 果 と し て 類 似 の 現 象 が 生 じ る こ と が 知 ら れ て い る 。 5 ) 多 視 ~ 一 つ の 物 品 が 二 つ に も 三 つ に も 見 え る 。 ク リ ッ チ リ に よ れ ば 、 異 常 な 眼 球 運 動 が 黄 斑 部 以 外 の 点 に も 網 膜 像 を 結 ば せ る こ と に な り 、 複 数 の 網 膜 上 の 点 に 生 じ た 視 感覚 間 の 葛 藤 が 多 視 の 原 因 で あ る 。 2 . 3 . 3 変 形 視 の 解 剖 学 ベ ン ダ ー ら の グ ル ー プ は 脳 損 傷 者 の 知 覚 障 害 に つ い て 詳 細 な 検 討 を 行 い 、 変 形 視 は 後頭 葉 お よ び 頭 頂 ・ 後 頭 葉 病 変 で 最 も 生 じ や す い と 述 べ て い る 。 エ カ ン と ア ン ゲ レ ル グ ス によ れ ば 、右 大 脳 半 球 損 傷 に 伴 い 変 形 視 を 呈 し た 18 例で 5 例は後頭葉、8 例は側頭葉、9 例は 頭 頂 葉 損 傷 で あ っ た( 重 複 例 あ り )。13 例の左大脳半球損傷例では後頭葉損傷が大部分(11 例 ) で あ っ た 。 変 形 視 の 各 類 型 の 責 任 病 巣 は 以 下 の よ う で あ る 。 1 ) 要 素 性 変 形 視 ~ グ ロ ー ニ ン グ に よ れ ば 、 巨 視 、 微 視 を 示 し た 31 例のうち左大脳半 球 損 傷 例 は20 例、右大脳半球損傷例は 11 例である。またその病変部位は、巨視では側頭 葉 お よ び 側 頭 ・ 後 頭 葉 損 傷 が 多 か っ た 。 微 視 で は 側 頭 葉 損 傷 が 7 例 と 最 も 多 く 、 前 頭 ・側 頭 葉 損 傷 4 例、側頭・後頭葉損傷3例、側頭・側頂・後頭葉損傷3例であった。 2 ) 複 合 性 変 形 視 ~ グ ロ ー ニ ン グ に よ れ ば 、 空 間 軸 の 知 覚 の 変 化 の う ち 平 衡 機 能 の 障害 に 起 因 す る 症 例 で は 脳 幹 部 や 小 脳 の 損 傷 が あ り 、 大 脳 皮 質 で は 頭 頂 ・ 後 頭 葉 領 野 の 損 傷が あ る 。 パ リ ノ ブ シ ア の 病 巣 は 後 頭 葉 損 傷 が 最 も 多 く 、 頭 頂 ・ 後 頭 葉 損 傷 が こ れ に 次 ぎ 全体 の 約 70%を占める。大脳半球差は右損傷例 21 例、左損傷例 13 例で前者が多かった。 2 . 4 視 覚 失 認 2 . 4 . 1 物 体 失 認 ( 狭 義 の 視 覚 失 認 ) 患 者 は 物 品 を 視 覚 的 に 検 知 出 来 る が そ れ が 何 で あ る か を 言 語 的 に 説 明 、 定 義 し た り 、身 振 り な ど で そ の 使 用 法 を 示 し た り す る こ と が 出 来 な い 。 他 の 感 覚 様 相 を 通 じ て そ の 物 品が 呈 示 さ れ る と 直 ち に 認 識 が 成 立 す る こ と に よ っ て 失 語 と 区 別 さ れ る 。1890 年リッサウエル 9-21
は 視 覚 失 認 を 2 型 に 分 類 し た 。 第 一 は 「 統 覚 型 視 覚 失 認 」 で 知 覚 印 象 を 形 成 す る こ と の障 害 と 定 義 さ れ る 。 第 二 は 「 連 合 型 視 覚 失 認 」 で 知 覚 印 象 を 他 の 表 象 に 結 び つ け る こ と の障 害 と 定 義 さ れ る 。こ の 考 え に は 賛 否 両 論 が あ り 、百 年 以 上 に わ た っ て 論 争 が な さ れ て き た 。 以 下 各 々 に つ い て 検 討 す る 。 2 . 4 . 1 . 1 統 覚 型 視 覚 失 認 ( 狭 義 )16 リ ッ サ ウ エ ル に よ れ ば 、 要 素 的 感 覚 障 害 に よ ら な い 視 知 覚 の 障 害 で あ る 。 物 品 の 呼 称、 同 定 は も と よ り 模 写 や 写 生 ま で 障 害 さ れ る 。 し か し 要 素 的 な 感 覚 機 能 ( 明 暗 弁 別 、 色 彩弁 別 ) は 保 た れ る 。 患 者 に よ っ て は 輪 郭 線 を 指 で 辿 る こ と が 可 能 な 場 合 も あ る 。 稀 な 症 状で あ り そ の 存 在 が 疑 問 視 さ れ た こ と も あ る 。 特 に 問 題 と な っ た 点 は 要 素 的 な 感 覚 障 害 の 存在 で あ る 。20 世紀前半の報告例はこの点についての検討が不十分な症例が多く、統覚型視覚 失 認 は 感 覚 障 害 で あ る 可 能 性 を 否 定 出 来 な か っ た 。 そ の 後 厳 密 か つ 詳 細 な 検 査 結 果 を 基に 確 実 に 感 覚 障 害 の 存 在 が 否 定 し う る 統 覚 型 視 覚 失 認 が 次 々 と 報 告 さ れ 、 現 在 で は そ の 存在 が 広 く 認 め ら れ よ う に な っ た 。 同 時 に そ の 臨 床 像 は 非 常 に 多 彩 で あ る こ と も 明 ら か に なっ て き た 。 こ の 点 を 考 慮 し て フ ァ ラ ー は 統 覚 型 視 覚 失 認 を 、 ① 狭 義 の 統 覚 型 視 覚 失 認 、 ②知 覚 範 疇 化 障 害 ( 特 殊 な 刺 激 条 件 で の 知 覚 障 害 ) 、 ③ 腹 側 同 時 失 認 ( 刺 激 処 理 時 間 の 延 長に 伴 う 複 数 刺 激 の 処 理 の 障 害 ) 、 ④ 背 側 同 時 失 認 ( 一 時 に 単 一 の 刺 激 に し か 注 意 出 来 な いこ と に 伴 う 複 数 刺 激 の 処 理 の 障 害 ) の 4 型 に 分 類 し た 。 こ の う ち 第 三 と 第 四 は 通 常 の 意 味で の 統 覚 型 視 覚 失 認 と は 明 ら か に 異 な る 症 状 で あ る 。 本 書 で は 第 一 と 第 二 を 統 覚 型 視 覚 失認 と し て 扱 い 、 第 三 、 第 四 は 視 空 間 障 害 と し て 次 項 で 扱 う 。 フ ァ ラ ー の 定 義 に よ る 狭 義 の 統 覚 型 視 覚 失 認 の 症 例 と し て は 、 ベ ン ソ ン と グ リ ー ン バ ー グ の 症 例 が よ く 知 ら れ て い る 。 患 者 は 25 歳の男性で、一酸化炭素中毒後視知覚の重大な 障 害 を 示 し た 。 視 覚 的 に 提 示 さ れ た 対 象 の 知 覚 / 認 識 障 害 は 物 品 、 物 品 の 画 像 、 文 字 、身 体 部 位 な ど に 及 ん だ 。彼 は 物 品 の 模 写 に も 障 害 を 示 し た 。視 力 は 、少 な く て も 0.20 以上あ り 、 視 野 障 害 は な か っ た 。 色 彩 弁 別 に も 障 害 は な か っ た 。 し か し 同 じ 明 る さ 同 じ 色 で 形態 の み が 異 な る 二 つ の 図 形 の 弁 別 は 出 来 な か っ た 。 運 動 視 も 障 害 は な か っ た 。 物 品 に 触 れた り 、 そ の 音 を 聞 け ば 直 ち に 物 品 を 認 識 し た 。 日 本 人 の 症 例 と し て は 馬 渡 ら の 報 告 例 が よ く 知 ら れ て い る 。27 歳の男性で物品の知覚、 16 正確には「統覚型物体失認」と呼ぶべきであろうが、慣例で統覚型視覚失認もしくは略 し て 統 覚 型 失 認 と 呼 ば れ て い る 。 本 書 で も こ れ ら の 用 語 を 適 宜 使 用 す る 。 9-22
図 形 の 知 覚 、 模 写 な ど に 重 大 な 障 害 を 示 し た 。 特 に 線 分 知 覚 の 障 害 が 特 徴 的 で 、 横 線 、縦 線 、 直 角 の よ う な ご く 簡 単 な 図 形 の 模 写 さ え 不 可 能 で あ っ た 。 図 9 - 1 0 上 段 は 自 発 書字 お よ び 自 発 画 で 形 態 は か な り よ く 保 た れ て い る 。 一 方 図 9 - 1 0 下 段 は 線 の 模 写 で あ って 直 線 、 曲 線 と も 全 く 不 可 能 で あ っ た 。 図 9 - 1 0 統 合 型 視 覚 失 認 患 者 ( 馬 渡 ) の 自 発 書 字 、 自 発 画 ( 上 ) と 模 写 ( 下 ) 9-23
他 の 報 告 例 の 症 状 も 同 様 で 物 品 、図 形 、写 真 な ど の 知 覚 に 重 度 の 障 害 が あ り 、顔 の 知 覚 、 読 字 な ど も 障 害 さ れ る が 、 色 彩 の 知 覚 は 比 較 的 保 た れ て い る 場 合 が 多 い 。 な お 、 ア レ クサ ン ダ ー と ア ル バ ー ト の 症 例 で は 物 品 の 認 識 ( 呼 称 や 使 用 ) は 保 た れ て い た か 、 あ る い は形 態 知 覚 の 障 害 よ り 早 く 回 復 し た 。 前 述 の ご と く 、 統 覚 型 視 覚 失 認 の 臨 床 像 は 多 彩 で あ る 。 ハ ン フ リ ー ら は 後 頭 葉 外 側 部の 損 傷 に 伴 い 物 品 の 輪 郭 線 の 知 覚 が 障 害 さ れ た 例 を 報 告 し て い る 。 こ の 症 例 は 図 9 - 1 1に 示 す 図 形 で A や B の よ う な 表 面 の 凸 凹 を 知 覚 す る こ と は 可 能 で あ っ た が 、 C や D の よ うな 白 と 黒 の 境 界 線 ( 半 円 の 輪 郭 ) を 知 覚 す る こ と は 非 常 に 困 難 で あ っ た 。 類 似 の 症 例 は 大東 ら に よ っ て も 報 告 さ れ て い る 。 図 9 - 1 1 凸 凹 の 知 覚 と 輪 郭 の 知 覚 の 解 離 ミ ル ナ ー ら の 報 告 し た 症 例D.F.は物品の形態の知覚は不良であり描画も障害されていた。 従 っ て 物 品 の 認 識 ( 呼 称 、 物 品 と 関 連 す る 描 画 の 選 択 ) は 不 可 能 で あ っ た 。 彼 女 は 細 いス リ ッ ト の 方 向 に フ ロ ッ ピ ィ ・ デ ィ ス ク の 向 き を 合 わ せ る こ と は 出 来 な か っ た が 、 フ ロ ッピ ィ ・ デ ィ ス ク を 実 際 に ス リ ッ ト に 挿 入 す る こ と は 正 し く 遂 行 出 来 た 。 物 品 の 厚 み を 拇 指と 示 指 で 示 す こ と は 出 来 な か っ た が 、 物 品 を 指 で つ ま む こ と は 可 能 で あ っ た 。 物 品 の 大 きさ の 推 定 は 出 来 な か っ た が そ の 物 品 に 触 れ 掴 む こ と は 可 能 で あ っ た 。D.F.は通路に置かれた 9-24
様 々 の 大 き さ 、 形 態 の 障 害 物 を 巧 み に 避 け て 歩 く こ と は 可 能 で あ っ た が 、 障 害 物 の 形 状を 言 語 的 に 述 べ る こ と は 出 来 な か っ た 。 す な わ ち 、 こ の 症 例 で は 物 品 の 形 態 知 覚 や 認 識 は重 度 に 障 害 さ れ て い た が 、 物 品 の 視 覚 的 操 作 は 保 た れ て い た 。 ミ ル ナ ー ら は 、 物 品 の 知 覚・ 認 識 は 腹 側 視 覚 系17に 関 係 し 物 品 の 視 覚 的 操 作 は 背 側 視 覚 系18が 営 ん で い る た め こ の 解 離 が 出 現 し た と 考 え た 。 か つ て 統 覚 型 視 覚 失 認 を 巡 る 最 大 の 論 点 は そ れ が 感 覚 レ ベ ル で の 障 害 か 知 覚 / 認 識 レ ベ ル で の 障 害 か で あ っ た 。 現 在 、 前 述 の ご と く 、 統 覚 型 視 覚 失 認 は 感 覚 レ ベ ル の 障 害 で は説 明 出 来 な い と い う こ と で こ の 問 題 は 決 着 が つ い た 。 次 の 解 決 す べ き 問 題 は 統 覚 型 視 覚 失認 の 機 序 で あ る 。 患 者 は ご く 単 純 な 図 形 で さ え 知 覚 出 来 な い ( 図 9 - 1 0 参 照 ) 。 視 覚 情 報 処 理 の か な り 初 期 の 段 階 に 障 害 が あ る こ と は 明 ら か で あ る 。 サ ル の 大 脳 皮 質 の 約 半 分 近 く は 視 覚 に 関 係 し て お り 、30 を超える領野が区分される(図 4 - 1 0 参 照 )。こ の う ちV1 と呼ばれる領野はヒトの第一次視覚野に対応する。V1 のニ ュ ー ロ ン は 対 側 視 野 の 限 ら れ た 部 分 の 刺 激 に の み 反 応 す る 。こ れ を「 受 容 野 」と い う 。V1 の ニ ュ ー ロ ン は 受 容 野 が 丸 い ス ポ ッ ト 光 で 刺 激 さ れ た 時 に は 反 応 し な い 。 あ る 傾 き を 持っ た 細 長 い ス リ ッ ト 光 で 刺 激 さ れ た 時 強 く 反 応 す る 。 ス リ ッ ト 光 を 長 く す る と 反 応 が 抑 制さ れ 、 受 容 野 内 に 入 る 短 い ス リ ッ ト ( 線 分 ) に 強 く 反 応 す る ニ ュ ー ロ ン も 存 在 す る 。 短 いス リ ッ ト の よ う な 特 定 の 刺 激 属 性 に 反 応 す る ニ ュ ー ロ ン を「 特 徴 検 出 器 」と い う 。V1 には運 動 方 向 、 色 彩 、 コ ン ト ラ ス ト 、 な ど の 特 徴 検 出 器 が 存 在 す る 。 ヒ ト の 第 一 次 視 覚 野 に も同 様 の 特 徴 検 出 器 が 存 在 す る な ら 、 そ の 機 能 障 害 は 統 覚 型 視 覚 失 認 に 対 応 す る 症 状 を 呈 する と 予 想 さ れ る 。 統 覚 型 失 認 の 責 任 病 巣 に つ い て は 、CO 中毒、脱髄疾患のようなびまん性の疾患による も の が 多 く 、 そ の 病 変 部 位 に つ い て 詳 細 な 議 論 は 困 難 で あ る 。 視 覚 連 合 野 で あ る 後 頭 葉領 野 の 病 変 が 関 係 す る で あ ろ う こ と は 容 易 に 想 像 出 来 る 。上 記 ミ ル ナ ー ら の 症 例 D.F.の損傷 部 位 は 両 側 後 頭 葉 腹 外 側 部 で あ っ た ( 図 9 - 1 2 ) 。 ベ ン ソ ン と グ リ ー ン バ ー ク は CO 中 毒 例 の 多 い こ と か ら 、CO で侵されやすい後頭葉鳥距溝のニューロンの層性壊死によって コ ン ト ラ ス ト 、 辺 、 端 、 形 態 な ど の 視 覚 情 報 処 理 が 障 害 さ れ た の で あ ろ う と 述 べ て い る 。 17 第4章参照。 18 第4章参照。 9-25
図 9 - 1 2 統 覚 型 視 覚 失 認 例 D.F.の MRI 再構成画像(紫の部分が損傷部位) 後 頭 葉 外 側 部 の 両 側 性 損 傷 。 第 一 次 視 覚 野 と 紡 錘 状 回 は 保 た れ て い る 。
Right lateral:右外側、Left lateral:左外側、Posterior:後方、 Ventral:腹側、PO:頭頂後頭葉領野、LO:外側後頭葉領野 Fusiform gyrus:紡錘状回 2 . 4 . 1 . 2 統 覚 型 視 覚 失 認 ( 知 覚 範 疇 化 障 害 ) フ ァ ラ ー の 定 義 に よ る 知 覚 範 疇 化 障 害 の 患 者 は 、 日 常 生 活 で は 障 害 を 示 さ な い が 特 殊 な 実 験 条 件 で 視 知 覚 が 障 害 さ れ る 。 デ レ ン ジ 、 ウ ェ リ ン ト ン ら の 研 究 に よ れ ば 、 ① 通 常 とは 異 な る 照 明 条 件 で 撮 影 さ れ た 物 品 の 写 真 、 ② 通 常 と は 異 な る 角 度 か ら 撮 影 さ れ た 物 品 の写 真 、 ③ 輪 郭 が な く 陰 影 の み か ら 構 成 さ れ た 顔 の 画 像 、 な ど の 知 覚 で 障 害 の 存 在 が 明 か にな る 。 色 や 陰 影 、 凹 凸 な ど 刺 激 の 物 理 的 特 性 に 関 す る 情 報 処 理 障 害 に よ っ て 物 品 の 知 覚 が 障 害 さ れ る 場 合 が あ る 。 ハ ン フ リ ー ら の 報 告 し た 視 覚 失 認 例 は 、 一 部 の 野 菜 や 果 物 を 正 し く呼 称 出 来 た が 、 写 真 を 加 工 し て 野 菜 や 果 物 の 色 を 本 来 と は 異 な る 色 に 変 え て し ま う と 呼 称が 出 来 な く な っ た 。 フ ァ ラ ー に 従 え ば 知 覚 範 疇 化 障 害 に よ る 失 認 に 分 類 さ れ る 。 ウ ェ リ ン ト ン ら に よ れ ば 、 知 覚 範 疇 化 障 害 は 刺 激 対 象 を 記 憶 さ れ た 「 標 準 知 覚 表 象 」 に 9-26