日本冷凍運搬船業の動向
その他のタイトル Development of Refrigerator Ships in Japan
著者 沼田 昭夫
雑誌名 關西大學商學論集
巻 2
号 4
ページ 369‑399
発行年 1957‑10‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00021829
369
日本冷凍運搬船業の動向
五七
本邦水産業の資本主義的発展は基本的には漁場の拡張と漁船の拡充を中心として展開された︒漁湯から漁船基地
・消費地・加工地に到る漁獲物の海上輸送において︑漁場の遠隔化及び移動化傾向はその距離的・時間的延長を齋
らした︒漁獲物海上輸送の距離的克服は漁船の大型化・機動化によって一応解決されたが︑その時間的克服は輸送
時間の延長に加うるに漁拐期間の延長によって必然化しこ
A
に漁獲物の冷凍輸送が登場する︒それは漁獲物が腐敗②
性商品( p
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に属するというその商品的特殊性に起因する︒腐敗性防止策としては古来乾燥・塩蔵
・燻蒸・氷蔵などの方法が知られているが近代的水産業においてほ塩蔵︒罐詰と並んで氷蔵・冷凍冷蔵の方法がと
られた︒殊に冷凍冷蔵による方法は近代的冷凍冷蔵装置の発達とその礁船装備への普及によって過去の氷蔵による
海上輸送に代って漁獲物の品質保持の問題を解決してきた︒勿論それは陸上の冷蔵倉庫・冷蔵貨車などの発達に侯
つところも少くないが特に第二次世界大戦後の冷凍冷蔵設備の一般漁船への普及は近時の冷凍運搬船の発達と共に
注目されてよいであろう︒こ
4
に取上げた冷凍運搬船は専ら漁場からの漁獲物の輸送に従事する船舶を指し常時冷日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶ ︳ 9, ー
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冷凍運搬船粟の意義 序論 沼田昭
夫
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
凍冷蔵設備を有するものである︒その多くは母船式漁業に従事して船団の母船若くは単に冷凍運搬船として他の漁
船と共に出漁するのである︒③ 動物性蛋白質補給源としての食料資源・輸出産業において︑本邦水産業の占める地位は低くない︒本邦冷凍運搬
船業がその水産業の特殊性即ち生産物商品の腐敗性と︑資本制漁業を齋らした漁業遠洋化傾向とに支えられて展開
されたことは否めないであろう︒しかし冷凍運搬船業は漁獲物の海上輸送を専業として常に水産業に対して附随的
地位を保持するに止まり独自の産業部門を形成するに到らなかった︒結論的には本邦における冷凍運搬船業は水産
業特に沖合・遠洋漁業に依存してきたということがいえよう︒
第二次大戦において潰減的被害を蒙った本邦冷凍運搬船業は今日既に復興段階を完了し発展段階に入っていると
考えられるが水産業自体の問題と並行してなお解決さるべき問題を包蔵している︒その解明に何らかの示唆を与え
んとするのが小稿の意図するところである︒以下本邦冷凍運搬船の動向を第二次大戦後の事情に重点を置いて考察
することとする︒
山冷凍運搬始業とはいわゆる冷凍船による冷凍冷蔵貨物の輸送を指すのであるが︑外国における牛肉︑生果の輸送と異り我が
国においては冷凍貨物運送の専業として行われているのは殆ど全部が漁場からの漁獲物輸送に限られている︒以下本論の対象
とするところは直接冷凍運搬船業に従事しその機能を等しくする冷凍運搬船及び冷凍母船とする︒なお戦前は冷蔵運搬船とも
呼ばれていたが戦後は一般に冷凍運搬船と呼ばれている︒
図変質性商品ともいい主に食料品がこれに属する︒
③動物性蛋白質補給源として魚介類に対する依存度は高くその動物性食品における割合︵重量︶は八四・七彩︵農村︶︑七四・一彩(都市)に及び、また水産物輸出額の総輸出額に対する比は五•-=%を示す。(何れも昭和一―
10
年)(水産週報社「水産年鑑﹂昭和一き一年阪︱︱
1 1 1
︑一三七頁参照︶
五八
371
日本
冷凍
運搬
船業
の動
向︵
沼田
︶
︵二︶日本冷凍運搬船業の歴史的考察
めて衰退に転じた︒
五九
冷凍運搬船業の歴史的考察に入るに先立ちその背景をなした本邦水産業の近代における構造変化を一瞥しなけれ
いうまでもなく本邦漁業の本格的発展は明治後期以後の時代に属する︒明治年間に本邦漁業は沿岸漁業時代を形
成したがその後沿岸漁業は下降傾向に移って大正年間には沖合漁業全盛時代を現出し︑本邦漁業は漁群を追って沖
合にその漁場を求め漁船の大型化・機動化と能率的大型漁網の採用という優秀な生産手段を通じて全面的に沖合進
出を達成した︒また大正年間は水産罐詰と冷凍事業の急速な発達による鮭鱒罐詰及び塩鱒の輸出増加︑鮮魚の輸出
開始を以て水産貿易に一転換期を画した︒同年代は当時の漁業の中心をなした北洋漁業の発展期であると同時に南
方漁場への進出にも急速な進展を見せた時期である︒これらの中核は殆ど商業資本であって︑それは生産力の高い
企業経営によって魚価の高い魚群を追って沖合・遠洋漁業へ飛躍的発展を遂げた︒第一次世界大戦後日本漁業は遠
洋漁業において中小企業整理に迫られ特に北洋漁業は欧米市場と直結する罐詰製造業者を媒介として独占期に入り
② 昭和年代に入って沿岸漁業はその総漁獲高中に占める比率において漸次後退し漁獲高も昭和八年以降は発展を止
これに反して沖合・遠洋漁業は第二次世界大戦に到るまで発展を続け日本漁業の中心をなし
た︒大正初期までは遠洋漁業と略
M
同様に伸展した内地沖合漁業はその後いわゆる沖合漁業時代を現出し昭和初頭の一時的停滞を経て一般的機動化完了による零細小漁民層の部分的沖合進出に伴って昭和七年頃から再ぴ活況を呈
した︒他方遠洋漁業は内地沖合漁業の停頓にも拘らず資本層における漁船大型化を支柱として躍進を重ね特に北洋 捕鯨漁業・トロール漁業においても資本集中が推進された︒ ば
なら
ない
︒
上述の如き水産業の歴史的背景に登場する冷凍運搬船業はどの様な発展段階を経たのであろうか︒
本邦冷凍運搬船業の歴史を訪ねるとその前史に当るともいうべき氷蔵船による鮮魚輸送にまで遡らねばならぬ︒
明治一八年頃朝鮮下関間において帆船による氷詰魚の冷蔵運搬が行われ、ついで明治二三•四年頃三崎の人神田兵③ 造氏が東京へ氷詰鮮魚の輸送を行った︒氷蔵による鮮魚の海上輸送はこれらがその初期のものと見られている︒そ
の後明治四
0
年頃まで鮮魚の海上輸送は専らこの方法によっていたが︑同年頃初めて機械冷却装置を装備した冷蔵 は漸次関連部門を手中に収めて行った︒ その間本邦漁業の沖合・遠洋化に伴って漁獲物の商品特殊性の問題は漁獲物輸送範囲︑換言すれば出漁海域に限界を与える点で重視され︑明治後期に興り以後急速に進歩した罐詰製造業と冷凍事業にその解決策が求められた︒
この過程においても欧米市場と直結する食品貿易に結びついて遠洋漁業特に北洋漁業は罐詰製造業を媒介として集
中独占を実現した︒それは第一次世界大戦後世界恐慌に直面して水産資本の集中独占として顕現され巨大水産資本 る ︒ け
た︒ 第二次世界大戦後本邦水産業は購和条約発効直前まで占領軍の管理下に置かれ漁場・漁船・操業などの制限を受
これら占領軍の諸制約の解かれた後も国際的制約があって実質上は自由な操業を阻んでいるのが現状であ 邦水産業は一路衰退の道を辿らざるをえなかった︒ 日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
漁業︑少し遅れて南方漁業においては資本集中と財閥の進出が濃厚となった︒
その後準戦時体制から戦時体制に移行するに従い水産業にも統制は強化され︑戦場化に伴う漁場の縮少・大型漁
船や労働者の徴用・労働強化・漁業資源の濫獲︑生産手段の酷使などの結果その矛盾が漸次表面化するに到って本
六〇
373
. . . . . . . .
J
ヽ運搬船有漁丸(‑三七トン︶が建造された︒これがいわゆる冷凍運搬船業の胎動期突入であると考えられる︒しか
し有漁丸は建造の翌年露領から本土に向う途上沈没し︑以後鮮魚輸送は氷蔵船によって続けられるのみで冷凍運搬
・ ④
船業の進展は初期の段階において一頓座を来した︒その間に本邦漁業は沿岸漁業時代から沖合化の途上にあったが
遂に大正一
0
年に到って普通貨物船を改造した冷凍運搬船江之浦丸︵六五五トン︶が出現し冷凍運搬船業はこ4
に固いわゆる揺藍期に入る︒その後水産冷蔵奨励の実施と相侯って冷凍事業︵製氷・冷凍・冷蔵︶及び冷凍運搬船業の普及発達が急速に進められ︑それは大正末期までに目覚ましい成果を挙げ︑昭和年代に入っての冷凍運搬船業の第
一の発展期に結実する︒既に大正末期には冷凍運搬船隊は二九隻︑
らの改造をも含めての急速な増加の結果︑一応冷凍運搬船業の確立を終えたかに見えたが︑その担当者は水産業・
冷凍事業・海運業と区々で一、000トン以上の船舶は僅か八隻(二七•六彩)―一、九三八総トン(六七彩)に過
側
⑦
ぎず過半数は二
00
トン前後に止まっていた︒当時は遠洋漁業に基づく冷凍運搬船に対する需要も大きくなく︑政府の奨励策によって促進された冷凍運搬船隊の整備は︑大型船の経営不振に反してむしろ中小型船の順調な発達を
招来した︒これは当時の漁業の中心が未だ沖合漁業中心にとどまり遠洋漁業の段階に到達していなかったからであ⑧ る︒この傾向は昭和初期まで続く︒その後一般大型漁船の機動化を基軸として展開される遠洋漁業の発展を経て戦
時体制へと連なる第一の発展期に入る︒そしてこの間に中小型船の船質改善が行われると共に漸次大型船の進出も
見られ隻数にして一・三倍︑総トン数にして一・七倍となり第二次世界大戦直前には冷凍運搬船隊は三九隻︑約三
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︑0 0
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0
トンを擁するに到った︒これらの冷凍運搬船のその殆ど全部が漁獲物輸送に従事していたことは本邦冷U
凍運搬船業を特色づけるものである︒
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶ 一七︑八二八総トンに上り新造船の他貨物船か
まざるをえなかったのである︒ 日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
なおその間を通じて一貫して見られる現象は冷凍運搬船業が漁獲物の輸送を通じて常に水産業︵一部は冷凍事業︶
に直結していたということである︒だから冷凍運搬船業は水産業︵或いは冷凍事業︶と共に生成発展し水産業の独
占段階及びその強化の時期に到っては独自の産業部門としての弱さも加って遂に水産業の補助的産業部門として進
田第二次世界大戦に到るまでの本邦漁業の発展に就いては
近藤康男綱﹁日本漁業の経済構造︱一ーニ六頁︑
水産研究会﹁戦后日本漁業の構造変化田ー第一篇戦前・戦時における構造変化の特徴﹂九ー一四九頁
日本海洋漁業協議会﹁一九四0年の漁業実績﹂一ー一七0︑一九1ニーニ了八頁を参照︒
②沿岸漁業と沖合・遠洋漁業の総漁獲高中に占める制合の推移は次表の如くである︒
ー
•
2 3 洋
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10
14
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漁 彩
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1 1 9 2
1 8 2 1
6 2 3 8
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4 5 5 2
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日 ド
︑ 遠 洋 各 漁 業 の 区 別 に 就 い て は
六
375
. . . . . .
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農林省水産庁資科課編﹁水産業﹂ニ︱‑1ー四四頁︒音田六哉「沿岸漁業と沖合遠洋漁業の区分」「農林統計調査」一九五五年四月号四―――—四五頁を参照。
⑱日本倉庫業史編纂委員会﹁日本倉庫業史﹂七
0
四頁
︒ ぬ 冷 凍 運 搬 船 業 初 期 の 事 情 の 詳 細 は
農林省水産局﹁日本の魚類冷蔵運搬船﹂﹁日本冷凍協会誌﹂三巻一︱︱︱号︱二頁︑
粟屋良馬﹁我国冷蔵運搬船の発達の経過に就て﹂﹁日本冷凍協会誌﹂一巻三号ニニ頁を参照︒
稲見弥一郎﹁日本で鮮魚の冷蔵やその運搬の事業を始めた頃の昔話﹂﹁冷凍﹂三二巻一二五四号ニ︱︱ーー︱︱︱︱頁︑を参照︒
固水産冷蔵奨励規則︵大正一
1一年ー昭和︱一年︶による冷凍運搬船に対する奨励実績件数は左の通りである︒月3数 5 5 1 1 2 3 1 1 1
‑
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2 件
水N引 度 度り
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︶ 報 よ 年 年
年12131415234567891011‑
偉
大 正 昭 和
同規則による大正一1一年四月以降の冷凍運搬船奨励実績は︑昭和二年三月には一一隻冷鎗室容積七五八九一一一方択︵農林省﹁日
本における冷蔵事業の発達(‑)﹂﹁日本冷凍協会誌﹂一1一巻二九号ーニ頁︶︑同四年一
1 1月には一七隻二︑八一六トソ冷室収容力 約一
︑
000トン︵宮田弥治郎﹁冷凍冷蔵の話﹂1一七頁︶であった︒なお同奨励は冷凍運搬船の建造に対し船体と機関につい
てはその費用の一0分の1一を︑冷蔵設備に対しては一0分の五を奨励金として交付した︒
⑥大正一五年二月現在︒﹁日本冷凍協会誌﹂一巻一ー一号1一六ーニ七折込頁︒m大型冷凍運搬船は夏期鮭鱒漁業以外に有利な漁業を見出しえなかった︒農林省水産局﹁日本の魚類冷蔵運搬船﹂﹁日本冷凍
協会 誌﹂ 一
1一 殊
J︱ ︱
‑ 1
号一五頁︒
⑧大正一五年に一︱︱︱隻︵うち改造六︶一八︑一0一総トソが就業した︒︵冷室容稼六八八︑七
00
立方択︑冷却能カ一︑0九
四トン︶当時実在一
1 ‑ 0
隻中牛肉運搬に従事中の一隻を除いて全部魚類輸送の運搬船であった︒年間約八︑000トソ︵漁獲
高の約四%︶を輸送した︒また同じ頃氷蔵運搬船は一︑八六六隻︑一五︑000トン︑輸送能力七︑五
00
トンであった︒
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
「日本冷凍協会誌」三巻三一号ご一—一四頁。一一一巻二九号―-=頁。
⑨昭和十六年末現在の冷凍運搬船勢力は次の通りである︒隻数三九隻︑総トソ数一ーーニ︑五九七トソ︑冷蔵能力三七︑0八0
立
方米︑凍結能力二︑二八四・ニトソ︒高嶋一ー一郎﹁大東亜戦と漁船の冷却装置﹂﹁漁船﹂第一
1
‑
︱号一五ー一六頁︒
同年頃氷蔵船は一︑五
00
隻︵年間輸送嚢八
00
︑000貫︶であった︒日本倉庫業史編算委員会﹁日本倉庫業史﹂七一四頁
叫外国では魚類よりむしろ牛肉︑野菜︑果実の輸送に従事するものが多い︒
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6 1 .
因みに外国における事情を見ると一九一︱
‑0
年頃世界主要国冷蔵運搬船トソ数は米国八0︑000トン︑英国六九︑000ト ン︑仏国四五︑000トン︑伊国二0︑000トン︑で何れも日本一八︑000トンを上廻る勢力であった︒宮田弥治郎﹁冷
凍冷蔵の話﹂二0
頁 ︒
第二次世界大戦後の混乱期を経て復興した冷凍運搬船業の戦後の傾向を捉えるに先立ち戦後漁船隊の動向に目を
向けてみよう︒というのは戦後水産業は漁船︵鋼船︶建造から着手され冷凍運搬船は漁船復興過程の一環としてそ
の再建がはかられたからである。戦争による漁船の喪失は隻数にして一―•五彩、トン数において二八・ニ彩、そ
のうち大型鋼船は八四%に及んでい氾︒戦後復興期における漁船隊の実態においてその顕著な特徴は漁船の老朽化
と漁船の大型化を挙げることができる漁船の老朽化は戦後漁船隊の復興にも拘らず依然として改善されておらず︑② 特に沿岸漁業に従事する五トソ未満の漁船中でも多数の木造船は耐用年数を遥かに超えていた︒また一般的トン数
増加傾向と共に漁船の大型化は動力船特に遠洋漁業に従事する漁船の大型化において一層鮮明に現われている︵第
︵ 一
︶ 漁 船 の 大 型 化 と そ の 主 体
日 本 漁 船 隊 の 復 輿
六四
377
第 1 表
戦後漁船(総勢力)推移日 本 冷 凍 運 搬 船業の動向(沼田)
‑‑\竺昭和
2 2 1 同 231 同 2 4 同 2 5 1 同 2 6 同 2 7 I 同 2 81 同 2 9 同 3 0
隻 数 動 力 88
1 0 6 1 2 0 1 2 9 1 2 9 1 3 1 1 3 5 1 3 9 1 4 4
無動力
3 4 1 3 4 7 3 5 4 3 5 1 3 4 4 3 1 6 3 0 8 2 9 2 2 7 1
(千隻)
計 4 3 0 4 5 2 4 7 4 4 8 0 4 7 3 4 4 7 443 4 3 1 4 1 6
トン数 動 力
6 3 1 7 8 1 8 6 5 9 1 1 8 6 8 8 6 3 9 1 4 9 8 8 1 , 0 7 0
無動力
3 0 7 3 1 3 3 2 0 3 1 9 3 1 7 2 9 8 2 9 6 2 8 1 2 6 1
(千トソ)
計 9 3 8 1 , 0 9 4 1 , 1 8 5 1 , 2 3 1 1 , 1 8 5 1 , 1 6 1 1 , 2 1 0 1 , 2 6 9 1 , 3 3 1
平 均
動 力7 . 1 7 7 . 3 7
7 . 2 1 1 │ 泣 6 . 7 2 6 . 5 9 6 . 7 8 7 . 1 1 7 . 4 4
トン数 無動力0 . 9 0 0 . 9 0 0 . 9 1 0 . 9 1 0 . 9 2 0 . 9 5 0 . 9 6 0 . 9 6 0 . 9 6
(トン) 総勢力
2 . 1 8 2 . 4 2 2 . 5 0 2 . 5 7 2 . 5 0 2 . 6 0 2 . 7 3 2 . 9 5 3 . 1 9
(註)
水 産 庁 「 漁 船 登 録 に よ る 礁 船 統 計 表 」 綜 合 報 告 第
3号 よ り 作 成
第 2 表
鋼船建造許可状況 (許可隻数列)\ 数
第 会 社 次 個 人 会 社
個 人 5 1
会 社 1 2
個 人 7 4
I 会 社
1 個 人 6 0
会 社 個 人
I 会 社 28
1 個 人 1 9 9
I
第二次
1
ー4 7 5
第 一 一 一 次 ﹂
第 四
次
6
六 五
2
ー7
1 2 第五次
計 3 8
3 2
3ー
5 ︒
ー6
│ ̲ 2
ー︒ ー
2 1 1 3 0
3 1ー
5 0
0
│
5
5 9 1 1
2
3 4 2
ー2
8 5
6
5 ー 2
ー5 4 ー 3 7
282
3
ーー
ー
7
3 2
ー
1 2 6 4 2 2
(註)
宇 野 弘 蔵 他 監 修 「 日 本 農 業 年 報 」 I . p .7 2 より引用
日本
冷凍
運搬
船業
の動
向︵
沼田
︶
即ち それは大略次の如き事情に起因したものである︒戦後マッカーサー・ラインの設定によって日本漁業の漁④ 場は制限を受け︑戦前自由に操業した漁場の大部分を喪失した︒その結果巨大資本を混え外地復帰資本・軍需産業からの転換資本・新興資本などが入り乱れて沿岸憔業に集中的操業が行われたので競争の激化と沿岸漁業資源の涸渇化を招き数次に亘る漁場拡張と共に漁船は沖合・遠洋へその漁場を求めて活路を拓かんとした︒これらの努力は当然生産手段たる漁船の優秀大型化の必要性を生じ漁船大型化は漁区の拡張と共に表面化した︒
ここで戦後漁船復興過程において漁船勢力を決定的にした初期の段階の事情を探ることとする︵第二表︶︒
鋼船建造許可件数にこれを見れば一件三隻以上許可件数は個人に対しては僅か二件であるのに会社に対する許可件
数は五四件の多きに上っている︒そして第一次乃至第三次の初期の段階において会社に圧倒的多数の許可が与えら
れている︒これは丁度船価安・魚価高の時期に相当し︑その復金融資による漁船建造政策が︑巨大資本に代表され
る会社資本に対してはそれ以後の船価高・魚価安の時期に比して比較的有利且集中的に実施され︑戦後漁業の構造
的変化を促進した︒その結果会社資本は第三次鋼船許可までに概ね回復体制を整え︑第四次以降の代船建造方針に
よる漁船調整段階に先立って既に圧俄的勢力を保持するに到った︒この会社資本への鋼船建造許可集中傾向は︑隻数において僅か三•四彩にすぎない会社保有漁船がトン数においては三四・八彩の高率を占めていることによって
も明かな如く︑漁船の偏在集中と結びつくのである︵第三表
A )
︒しかもこの会社の保持する地位がその経営体数比
率の一%にも満たぬにも拘らず︵第四表︶上述の如き圧倒的勢力を有することは漁船保有構造のアンバランスを物
語っており︑漁船政策が実質的には少数会社に対する巨大資本中心のものであったことが首肯される︒従って沖合・
遠洋漁業の担当者である大資本に大型漁船集中の顕著なことが理解される︵第五表︑一事業所平均漁船トン数参照︶︒ ③ 一 表 ︶ ︒
六六
379
第
3表
A日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
経営体制別漁船所有比率 (単位一%)
漁船区分\無動力船
1
動 力 船I I
隻 数 隻 数l
トソ数 総災数1
I
I9 4 . 3
!8 9 . 0
!5 1 . 3 I 9 2 . 5 I
o . 5
I1 . 0
Io . 6
│
0 . 4 I 0 . 8 I 0 . 2 6 . 6 1 1 . 3 5 . 1 1
0 . 0 J 0 . 1
i0 . 8 I 0 . 0
!0 . 6
I3 . 4
I34.8
I1 . 6 1 0 0 . 0
I1 0 0 . 0
I1 0 0 . 0
I1 0 0 . 0
(註) 水芦庁「昭和
29
年第二次漁業センサス」より作成経営体
個人経営(漁家)
協 同
組 合
生
産組
合共
同 経
官
公
営
庁
0 . 6 0 . 2 4 . 3
会 社
計
第
3
表B
経営体制別動力船勢力慶営体翌
1
個t
漁経己I
協同組合1
生産組合1
共同経営I
官 公 庁1
会社 総
数1
I
I I
I I
I
隻数(災)
9 8 , 6 9 0 ! 6 0 2 I 4 1 9 I 1 , 3 1 9 ! 1 2 1 i 3 , s 2 3 I 1 1 0 , 9 1 4 /
トソ数,
1
│(トン)1
! 3 8 7 , 2 6 2 . 2 1 7 , 8 6 6 . 9 1 6 , 1 0 5 . . 2 j 8 5 , 4 7 7 . 7 i 5 , 7 7 9 . 2 ] 2 6 2 , 6 2 9 . 2 : 7 5 5 , 1 2 1 . 1
平均トソ' │
I l数(トン)
3 . 9 ; 1 3 . 1
I1 4 . 6 1 1 1 . 7 」 4 7 . 8 I 68.7'6.8
i
I
I水産庁「昭和
2 9
年第二次漁業七ソサス」より作成(註)
六七
第4表 経 営 組 織 別 経 営 体 数
I
個人経営協同組合生産組合1
│'i
共同経営噌公庁!会I │
経営体数
1 2 3 6 , 0 1 5 5 5 2 2 4 6 1 3 , 8 6 9 1 0 5 1
彩 1,3.8 0 . 2 0 . 1 5 . 5 0 . o
│
(註) 水産庁「昭和
2 9
年第二次漁業セ`ノサス」より作成叫総戚!
960 1 2 5 1 , 7 4 7
0 . 4 I 1 0 0 . 0
第 5 表 会社,事業所別漁船礁獲証構成;
ヽ ー ︑ ン 乎 数
卜
所 屯 業船 ( 3 9 事 漁
t
一 均
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︶
7 6 0 2
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事 漁
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︱
本 一資
︐
5 0 万 円 以 下 1 0 0 2 0 0 3 0 0 5 0 0 1 0 0 0
1 億 円 以 下
1 億 円 以 上
計
1 7 3 1 2 3 1 1 8 6 9 6 7 7 8 3 7
2 0 . 6 1 4 . 7 1 4 . 1 8 . 3 8 . 0 0 . 8 1 0 0 . 0
1 7 7 1 2 9 1 2 7 8 0 1 0 3 5 3 960
1 8 . 5
I 1 3 . 5
l1 3 . 2 8 . 3 1 0 . 7 5 . 5 1 0 0 . 0
1 , 8 5 0 1 , 8 3 0 3 , 3 0 0 4 , 7 0 0 5 , 6 0 0 2 3 , 7 0 0
5 3 7 8 9 7 1 6 7 2 2 0 258 2 9 0
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
(註) 水産庁「昭和 2 9 年 第二次漁業センサス」より引用
第
6表 水産五社の漁船所有状況
企 業 別 I
隻数 l ト ソ 数
五 社 計 6 7 2 2 0 3 , 4 4 7
(油槽船貨物船を除く計) ( 6 6 5 ) ( 1 3 2 , 6 1 5 )
大 洋 漁 業 ( 2 8 年 1 月 ) 3 8 8 1 0 9 , 1 2 5
日 本 水 産 ( 2 8 . 3 ) 1 1 6 7 4 , 3 0 3
日 魯 漁 業 ( 2 7 .11) 1 3 6 8 , 2 8 4
極 洋 捕 鯨 ( 2 7 .10) 2 4
│I 8 , 4 1 7
日 本 冷 蔵 ( 2 8 . 1 ) I 8 3 , 3 1 8
全国海水動力漁船 ( 2 7 . 1 2 ) 1 2 9 , 0 4 8 8 6 0 , 6 4 5
(註) 宇野弘蔵他監修「日本農業年報」 I l . p . 2 4 1 . より引用
六八
381
(4) (3) (2) (1)
六九
戦後行われた漁業民主化政策は食糧政策と関連して漁船隊の急速な復興をはかったのであるが漸次拡大されたと
固
はいえ制限された漁場と戦前を上廻る漁船隊の増大は漁業資源の自然増殖を超えた漁獲によって資源の涸渇と漁船の能率低下と激しい競争を惹起するに到った︒この様な事情の下に漁船政策は量的拡充から老朽船代替建造等の質
的向上に移され比較的充実していた以西底曳及び遠洋鰹鮪漁船には昭和二二年六月より︑その他の漁業にも二三年
︱一月以降は代船建造方針がとられた︒しかし昭和二七年度からの遠洋発展政策に伴って以西底曳・鰹鮪漁業の﹁特
例法﹂及び沖合漁業の﹁業種転換促進要項﹂による漁業転換の促進にひきつがれ︑全体として沖合・遠洋漁業にお
ける中小企業の発展がはかられたのである︒また︑漁船政策の綜合的計画として﹁動力漁船建造五ヶ年計画﹂が昭
和二八年にたてられた︒
かくして沖合・遠洋漁業は漸次活況を呈したが生産手段の充実には金融面の陰路と代船建造方針・減船整理によ
る漁船調整の問題に遭遇しなければならなかった︒遠洋漁業の操業許可と共に︑これらの点からも資本力を有し且
戦後間もなく漁船隊の復興体制を整えた大水産会社に漁船大型化傾向の主導権を握られたことは当然である︒
次に漁船大型化の主体をなした大資本水産会社の漁船独占集中傾向に目を向けてみよう︒
﹁農
林統
計調
査﹂
︱︱
一巻
四号
六頁
︒
宮城
雄太
郎﹁
最近
にお
ける
資本
漁業
の構
造﹂
戦時
消耗
船は
動力
付大
型漁
船が
多く
五 00
トソ
以上
の漁
船で
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七%
︵対
昭和
一四
年比
︶を
喪失
︑ま
た母
船式
漁船
は一
00
彩︑
運搬
船は
五二
︑五
彩︵
隻数
︶四
七︑
一=
%︵
トソ
数︶
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った
︒水
産新
聞社
﹁水
産年
報﹂
一九
四八
年阪
一八
ー一
九頁
︒
宇野
弘蔵
︑近
藤康
男︑
山田
勝太
郎︑
山田
盛太
郎監
修﹁
日本
農業
年報
﹂ I I
ニニ
七ー
ニニ
八頁
︒
小島
誠太
郎﹁
漁船
の大
型化
およ
び復
原性
の問
題﹂
﹁船
の科
学﹂
一
0巻
九号
四五
ー四
八頁
参照
︒
水産
新聞
社﹁
水産
年報
﹂一
九四
八年
阪一
四ー
一六
頁参
照︒
日本
冷凍
運搬
船業
の動
向︵
沼田
︶
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
固戦後の漁船隊が戦前の水準︵昭和一四ー一五年︶を超えたのは隻数においては昭和二二年︑トソ数においては同二四年︵但
し動力船のみのトン数は同二三年︑無動加船は同三0年現在超過を見ず︶平均トン数においては同一︱
10
年︵なお動力船・無動
力船 何れ も一
︱
10
年現在趙過を見ず︶︒
固﹁以西機帆底曳網漁業及び遠洋カツオ・マグロ漁業の許可等についての漁業法の臨時特例に関する法律﹂は昭和一﹁一0年七月
九日二年間の期問を経て失効となった︒
漁船大型化傾向は更に次の如き樺造的性格を明らかにする︒即ち先に極く少数と見られた会社のうちでも大資本
会社の地位はその生産手段において絶対的優位にあることである︒代表的水産五社の保有漁船トン数は全国海水面
漁船トン数の約四分の一に達する︵第六表︶︒就中大洋漁業は戦時中蒙った損害も比較的軽く戦後鋼船建造許可を
集中的に獲得しいち早く圧倒的勢力を確立し祖︒この様な漁船の大資本会社集中傾向は大型漁船の集中をも裏付け
として︵第三表
B )
漁獲高に如実に反映されて代表的水産五社を含む七大水産会社の一事業所当りの平均漁獲高は
それは大資本会社が遠洋漁業の出漁許可を独占的に受け能率的漁
図
③
業である母船式遠洋漁業において常にその独占的地位を占めて比較的漁価の高い漁獲物の生産を行ってきたことを
見れば明らかであろう︒既述の漁船政策を背景とした生産手段の充実と併行してこれら大資本会社は関連産業部門④ の一貫性実現と漁業部門系列化の強化を着々達成してきた︒
こ
4
において本邦漁船隊復興は実質的にほ大資本水産会社を中心として進められたことが明らかとなる︒それはかつての漁業生産の主要部分を占めた沿岸漁業の衰退とそれに代る沖合・遠洋漁業︑殊に後者の急速な発展を齋ら
した漁業構造の変化に起因する︒しかもその発展を可能ならしめた漁業金融が遠洋漁業に重点を置く大資本水産会 その他の水準を濫かに引離している︵第五表︶︒ ︵二︶大資本の独占化傾向 七〇
383
︵ 需︶
七
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(2) (1)
他方中小資本漁業の大資本水産への従属化は一層促進さ
れ︑殊に公海母船式漁業においては戦前の方式とは異り大資本会社の母船が小中漁業者の漁船を附属船として引率
して操業する方法がとられ︑経営方式では形式上は母船︵大資本︶と独航船︵中小資本・協同組合︶の共同経営で⑥ あるが漁獲物の商品化は母船側に掌握され︑それが生産・恐慌の危険性や労働者との対抗関係をも中小企業に転嫁
して大資本の最大利制潤獲得を可能ならしめ集中独占の強化を齋らした︒
以上の如き漁船隊の戦後の復興過程における冷凍運搬船業の動向は如何に進展したであろうか︒
﹁日本農業年報﹂
I l
1
一四一︱︱ーニ四六頁を参照︒例えば鮭鱒漁業における会社別実績比率推移は次表の如くである︒
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日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶ 社にその独占的発展の機会を与えたことは明白である︒
(4)
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⑱主な遠洋漁業の生産は次表の如くである︒
藩燐嘩還淫悔蹄汗拇
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
︵需
︶︑
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﹁日本農業年報﹂
I I
ニ四五ーニ五一頁
柏尾昌哉﹁日本の漁業﹂三四七ー一1一 五 一
1一
頁を 参照
︒ 固復金融資においてはその一三・七%が︑見返資金においてはその水産業に対するもののうち七七.%が夫
M
日本冷蔵・大洋漁業に︑日本開発銀行の水産業に対する融資のうち五五%が大洋漁業・日本水産・極洋捕鯨の捕鯨一一一社に︑また漁船建造資金六•五億円は一―-00トン以上の北洋漁業母船、遠洋鮪漁船に投入されている。「日本農業年報」
II
ニ0四ーニ0五頁。なお漁業金融に就いては︑
近藤 康男 編﹁ 日本 漁業 の経 済構 造﹂ 一ニ ニ︱
︱‑
│‑
︱︱
︱
‑ H
^ 頁︑
漁業問題研究会﹁漁業における再生産構造および財政金融にかんする討論会﹂
北原道貫﹁漁業信用基金制度に関する研究﹂を参照︒
囮
﹁ 日 本 農 業 年 報
﹂ I I
一九0│︱九一頁︑
﹁水産年鑑﹂昭和二九年阪一五0ー一五四頁及び昭和一︱
1
一1
年阪
七
385
る︒従ってその足跡は頗る着実なものであったといえよう︒ それは戦前外地に散在した漁業基地の喪失︑戦後の漁業遠洋化が漁獲物のより高度の鮮度保持を要求し冷
凍冷蔵設備の必要を増大したことによる︒遠洋漁業の発達は輸送距離・輸送時間の延長・許可漁業における競争・
遠洋漁獲物の水産貿易市場における拡張などによって戦前を凌ぐ冷凍運搬船への需要を誘発した︒それは冷凍運搬
船の能カ・性能の増大を要求しこ
4
に戦後本邦冷凍運搬船の地位は遠洋漁業との関連において一応確立したとみる② 勿論冷凍運搬船の漁船中に占める割合は小さいものであるが︑漁業における特殊性と戦後漁業の構造的変化が特
に冷凍運搬船の遠洋漁業における地位を高めたのである︒このことは近時における冷凍運搬船の発展と大型化傾向③ によって確認されるであろう︵第九表・第一
0
表︶︒しかもその初期において見た如き跛行的発達と異り︑戦後冷凍運搬船の辿った道は漁船の復興より遅れてむしろ需要に促されて復興し漸次本格的発展の段階に入ったと見られ
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
こと
がで
きる
︒
八表
︶︒
冷 凍 運 搬 船 業 の 戦 後 の 動 向
︵一︶戦後冷凍運搬船の地位
七
漁獲物は漁船によってその生産地である漁場から漁船基地・消費地︵或いは加工地︶へ輸送される︒その間の輸
送に従事するものにほ輸送を専業とする運搬船の他に一般漁船も含まれる︒しかし戦後漁業遠洋化と魚類統制徹廃
を契機として特に鰹鮪•以西底曳・トロール各漁業において冷凍冷蔵装置の据付普及が顕著となった
A
第七表・第第 7 表 冷 凍 設 備 塔 載 現 有 施 行 年 次 別 隻 数
\ 船 種
累 ! 同 同 同 同 同 同2
同8 2
同9
同計
以 前 2 2 2 3 24 2 5 2 6 2 7 3 0
運搬 船 1 1 2 1 1 1
゜゜ 5 9 1 2 4 2
官 公 庁 船 1
゜゜ 3 3 1 3 6 1 4 4 3 5
カツオ・マクや,, 2 1 3 1 6 2 1 0 1 8 2 8 5 4 1 2 4 1 1 8 3 8 5
卜
ロ ‑ I レ 7
゜ 1 ゜ , ゜ 1 ゜ 4 1 2 3
以 西 底 曳
゜゜ 011303 ゜ 8 7 1 7 7 6
旋 網
゜゜゜ 1 5 ゜゜゜゜゜ 6
.
本 釣゜゜゜゜゜゜゜ 1 ゜ 1 2
計 2 1 1 5 1 8 1 8 5 8 2 2 3 2 7 4 1 5 8 1 5 3 I 5 6 9
(昭和叩年 1 2 月末現在)
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
( 註 ) 水 産 週 報 社 「 水 産 年 鑑 」 昭 和 3 2 年 阪 p . 3 6 8
より作成第 8 表 漁 業 種 類 別 冷 凍 設 備 塔 載 漁 船 の 現 況 (昭和 2 9 年 1 2 月 3 1 日現在)
運 搬 船
官 公 庁 船
かつお•まぐろ B
ト ロ ー ル
旋 網 ( 網 船 )
一 本 釣以 西 機 船 底 曳 そ の 他
漁 業 種 類 良 唇 I
総卜G
るj 冷 蔵 喋 序 I
魚そl i 男 結 農 I G T I N │ R T I N │ H I NFIN
3 3 │ 8 9 , 0 8 1 4 , 4 2 1 . 1 6 2 , 9 3 6 1 , 1 2 0 . 5 2 , 7 0 0 ‑ 1 3 4
,卜9 1 0 ! I
3 1 9 , 7 8 6 5 9 6 . 7 5 , 4 4 0 4 8 , 2 3 1 6 1
1 ,2 6 7 1 6 7 , 3 2 1 1 4 , 8 3 0 . 8 1 6 1 , 5 0 1 1 3 3 4 . 2 1 2 5 2 1 1 I I
I I2 2 1 n , 4 7 6 I 9 7 4 . 8 1 8 , 0 4 1 1 1 2 3 . o l s 2 2 1 4 : 1 0 9 4 1 5 6 !
4 1 5 1 i ' ‑ '
4 1 9 1 1 8 3 , 7 9 9 1 1 1 , 1 5 8 . 1 1 1 4 1 , 6 3 9 1 1 , 6 2 5 . 9 1 ( 4 3 9 ) 1 ( 2 7 ) 1 ( 3 3 8 ) 1 ( 1 9 )
計 (平均)
6 1 1 , 0 7 8
ー
59 7 5 4 , 9 8 2
1 1 0 . 1 3 . 9 2 2 0 . 7
6 5 3
56 3 , 0 1 2
1 8 0 7 5 8 5
︐
4 1
1 8
80
5
7 1
10l
七四
(註)小川豊「わが国における漁船の冷凍設備について」「冷凍」 3 3 4 号 p . 1 2
より作成387
日本冷凍運搬船業の動向︵沼田︶
第
9表
冷凍運搬船トソ数別構成推移_—て:・ --~--·一—•
I\ ミ ミ 昭 和
2 8
年 , 昭 和2 9
年 昭和3 0
年1
昭和3 1
年含`f; >* : : ;
:計鳳計3[ : {
I ~-t 1
3
5 0
トソ以上31 1 31 21 1 21 41 1 4 1 0 0 / / I S I 21101 51 61111 5111 61 31 21 5 500// 5 5 3 3 6 6 1 │ 7 6 5 1 1 1 , 0 0 0
、, S I I 81 81 11 91 81 31111 61 4110!
│
5 , 0 0 0 / / 3 3 5 2│ 7 8 3 1 1
iI 10,000// 1 1 1 1 1 │ 1 1 1
I‑‑‑‑ 計 ‑ ‑ ‑ │22
‑I2 │ 2 4 │ 2 3 │ 1 0 : 3 3 1
I2 7 1037 2 │ │ 8 │ I 1 7 4 I 5 1
I(註) 水産庁編日本冷凍事業協会
1 : l j
「全国製氷冷凍工場名簿」1 9 5 3 , 1 9 5 5 ,
1 9 5 6
年阪より作成。女水産庁漁船課「大型漁船
( 8 0 0
屯以上)の冷凍装置」(昭和3 1
年7
月末)より作成。
*巨大賢本とは日本水産・大洋漁業・極洋捕鯨・日魯漁業・日本 冷蔵を指す。
七五
山 冷 凍 冷 蔵 設 備 普 及 に 対 す る 直 接 の 原 因 と な っ た も の は
昭和二五年の水産物統制価格の撒廃に求められる︒即ち
価格統制時代は質より量の時代であったが統制撒廃後は
魚価は騰喪して量より質の時代に転じ冷凍ものでなけれ
ば商品価値は低く評価された︒また戦後は︑戦前の中国
市場に代って欧米市場に冷凍鮪など遠洋漁獲物商品が進
出したことも注目に値する︒
②本邦冷凍巡搬船の漁船に対する比は隻数においてO•
0 yO.0
二六彩︑八・八彩︑対運搬船比は夫ミ〇・七六
0九%︑トソ数において七・ニ%︑︵対動力船比は夫
彩︑七六・一多︶である︒︵昭和一
1 1 0