磐田原台地の先土器遺物包含層の鉱物組成と成因
著者 磐田南高校地学部
雑誌名 静岡地学
巻 50
ページ 12‑18
発行年 1984‑11‑18
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025518
静岡地学 50号 (1984)
国南高校地学部*
1. (まじめに
には先土器時代の遺跡、が確認されたものだけで約60ケ所あり、静岡県の代表的
遺跡の集中地として知られているo 1982年春から年末にかけて豊田町広野(現豊田東小学校校庭)で 先土器時代から古墳時代までの複合遺跡の発掘調査が行われた。私たちはこの発掘調査に参加して、
遺物の出土する地層を調査し、試料の採集を行い砂粒の鉱物組成等をしらべた。
一般に遺物が出土する 田原台地をつくっている I1起源の磐田原レキ層の上にのる で、厚さは最大で約 340cm (京見塚遺跡)であるO この泥層は、レキ層の上に整合的にのる黄灰色と 褐色のまだら模様でノトレキ混じりの粘土がちの層(考古学者たちは鬼盤とよんでいる)と、その上の
シルトがちの層に大きく分げられ?遺物はシルトがちの層から出土するO 現在シノレトがちな層は 11の河原の砂麗による風成層、粘土がちな層は水成層と考えられているO これらの地層は発掘の時、
土の色や粒度などにより何層かに細分され、特に暗掲色のシノレト j習を考古学者たちは黒パンドと呼び 遺物出土の際に鍵腐として利用しているO
広野遺跡で採集した黒パンド中の 1/4""'‑'1/8m m砂粒の鉱物組成をしらべたところ、最大約7%の 火山ガラスが含まれていることが明らかとなった。この火山ガラス
によると、 AT(鹿児島県姶良火山灰、約21,000年前の鍵層、ガラスの屈折率1.500)に含まれている ものであることがわかった。そこで磐田原台地のATの分布、さらに泥層の色などによる地層区分と 鉱物組成との関係@シルトがちな層と粘土がちな層の分布及び成因をあきらかにしようとして 研究をおこなった0
2 .試料の採集と安全理
12地点、15ケ所から約 130f聞の試料を採集した(図 1)。これらの多くは全贈をほぼ10cmの
に区切り採集したものであるO 台地の西側の特徴(磐田原レキ層の上に粘土@シルトがちの層がのる) をもっ京見塚@広野、匂坂、東側の特徴(磐田原レキ層の上に赤味をおびたシルト層がのる)をもっ 鶴ケ池北 e神明の5地点の柱状図を図2に示す。
a)砂粒の鉱物組成
試料を次の方法で処理した。 ①試料を約50gとり乾燥させ秤量するO ②わんかけの要領でけん 濁成分を除去するO ③脱鉄処理:クエン酸ナトリウムとハイドロサノレブァイドを薬さじ一杯ずつ入 れ70""'‑'800Cで約15分間反応させるO その後溶液を流してから、水をそそぎ、わんかけの要領でにごり がなくなるまで水洗いをくりかえす。 ④有機物処理:35%過酸化水素水を 1""'‑'2滴加え、数分間湯
*
本研究は第28回日
は実際には粘土、シルトと区別できるほどの粒径の違いはみられないが、
28名
には色など つ
せん上で加熱処理を行い、水洗する。 ⑤処理の 終えた試料を乾燥させ秤量するO ⑥2、1/4、1/ 8mmのふるいで4種類の粒径の砂粒に分離し、
それぞれ秤量する(一部の試料は 1、1/2mmのふ るいも使い、砂粒の粒度組成をしらべた)。
次に双眼実体顕微鏡下で砂粒が観察できるよう
1/4~-1/8 m mの砂粒がほいったプレパラートを 作成した。このプレパラートは鉱物用スライドグ ラスにパンチによって 8ケ所穴をあげたボール紙 をはりつけ、穴の中に砂粒を全体で500f関前後に なるよういれ、そのよからカバーグラスをはり作
られた。これを約 20~幼倍の倍率で、色@光沢@
透明度⑨形などの特徴の差異により次のように 5 に区分した。
定形のものが多い。
で、形は は石英にくらべて透 明度が低く、光沢が弱いといわれるが、
区別をはっきりつける がなかったため、
火山ガラスー
うな形のものもあるO 山灰)の構成物であるO
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京晃塚 830122
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50cm
100 cm
150cm
200 cm
国2 柱状図
較する方式や、同一の試料の砂粒種についての含有率が10%以上からいた試料については、さらに新 こうして求めた
くは泥が主成分のためピペット法を用い、次のように処理した。 ①試料を約50g
②試料のはいった蒸発血に水を加え、よくこねながら泥水をつくり、 11メ をとりいれた。
たな人がチェックしてばらつきが少なくなるまでこれをくり 鉱物組成の結果を図4に
b)粒度分析 今回の試料の
⑤ るO
うっす。 ③最終的に試料をすべて 11メスシリンダーにいれ、 11の泥水をつ
④そのままでは凝集するので、分散剤として KOHを数粒くわえ、かきまぜ一晩放置するO スシリンダーに泥水
くるO とり乾燥さ
液温を測定した後、すぐメスシリンダーを振とうさせ、静置するO ⑥ それぞれの粒径に棺当する 10cm沈蜂時聞をしらべ、その時間になった ら20mlホールピペットで、けん濁液を採取するO ⑦採取したけん濁 液を乾燥させ秤量するO
ピペット法を用いた場合、 1/16m mよりあらい粒子は静止後わずか
o O.2mm
25秒(水温250C)で10cm沈降するので、誤差が生じやすい。そのため '
1/16、1/32mmの粒度に対しては 2度実験をした。またピペット法で上 国3 代表的なAT起源 火山ガラスのスケッチ 記⑥までの処理の終えた残液を 1/2mm、200mesh*のふるいにとおし、
それぞれのふるいに残った砂粒を乾燥させ秤量し、砂粒の鉱物組成をしらべるとき求めたふるい法に よる砂粒の粒度組成の値と比較し、誤差を少なくするよう努力した。こうして求めた粒度分析の結果 を図5に示す(京見塚、広野、鶴が池北の試料は謂査対象の地層のすべてを含んでいる)。
3.考
1 .考古学者が黒パンドと呼んでいる暗褐告シルト層中には AT起源の火山ガラスが含まれてい ることがわかった。特に 5% 以上含まれている場所が広野、 3~5% が京見塚、匂坂、銚子塚、
山田原で警台地西側では AT起源の火山ガラスを含む層を鍵層として利用できるO ただし静詞県 東部の沼津付近のニセローム(AT層)といわれる地層の AT起源の火山ガラス含有率をしらべる
と約20%もあり、磐田原は少なすぎるように思われるO これは堆積当時の環境か、その後の保存 状態の違いによるものと思われるO
2.風化生成物と思われる をした岩片(アカと分類したもの)は、台地西側ではラ AT 起源の火山ガラスの含まれる より下位になると増える傾向があり、 AT起源の火
山ガラスを含む層より古いか新しいかの地層区分に使えそうであるO
3.台地北部の銚子塚、山田原では、堆積後地層が少し乱された感じでAT起源の火山ガラス しているO
4.考古学者が鬼盤と呼んでいる粘土がちな地層は、京見塚、広野、大藤から 10点、ほど採集した。
820813の弘、 15の石英、長石の含有率が他の試料にくらべて極端に少ないほかは、シルトがちの躍の 鉱物組成と大きな違いがなく、成因の違いを求める決め手にはならなかった。しかし
水に溶けている酸化マンガンや鉄分が植物の根の枯れた後にしみこみ、それによってできたと考えち れる黄灰色と掲色のまだら模様がみちれること、小レキを比較的多く含むことから警鬼盤誌水成層と 判断したO
5.一方シルトがちな麿は予鬼盤のようなまだち と種類及び形が似ているO シノレト層の厚さは東の
く、レキも少ない。現在の砂塵中の鉱物 ということから風成層と判断した。
6 .成因の異なる鬼盤とシノレトがちな層とでは異なった粒度組成がみちれるかもしれないと予測し ていた。しかし粒度分析結果は鉱物組成と間様に大きな違いはみられなかった。
はない。 1/16mmのふる
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831022 匂坂上
石 英 ・ 長 石 10 30 50 70
830218 山田原遺跡
石 英 ・ 長 石 10 30 50 70
01 02 黄 03 04 05
一061
08 黄 灰 色I一09
10
830423 鶴ケ地北
10 30 50 70
830808 神明中北
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岩片(態化物) シロ
90 I 10 I 10 30 50 10
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警機翠鉾笥 警警
ガラス 岩片(感化物)
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カ 50
カ 30 50
その地 lガラス 10
そのffulガラス
2.8
10.2
1.1 1.0 0.3
0.9 0.6
0.2 0.2 06
0.6
7. 1/16、1/32mmの粒度の所に注目すると、
地西側の広野、京見塚にくらべて台地東側の鶴ケ池 の方が 1/32m m以 下 の 細 か な 粒 子 の 占 め る 割 合 い が 10%以上多く、 5の判断を裏づける結果とみてよ さそうであるO
8.台地東側のシルトがちな層は赤茶色をしてお り、AT起源の火山ガラスの濃集部分もなく、層厚も うすい。今回の研究の結果、この層も西側同様風成
と判断できるO
9.以上のような結果および考察から、 10万年ほ ど前(リスーウルム間氷期)に厚い磐田原レキ庸を 堆積した天竜J!Iの流路は東から西へと変わり、台地 の東半分の方が先に隆起した。一方西半分は天竜JI/ の流路が現在と同じ位置になったころ、後背湿地の ような地形となり粘土がちな地層が堆積した。その 後、西半分も隆起し、天竜J!Iからの砂塵が強い西風
にのって台地上にたい積しはじめた。そのころから 人がすみついた。というような変還を推定した。
今回のまとめは以上のとおりであるが雪今後の課 としては、それの試料を集めて今回の結論の正し さを確認するO 今年のはじめ予備実験としてはじめ た花粉分析(広野、京見塚の試料について分析した
京見場:。
83012201 02 03 04 06 07 08 09 11
84071407 09
鶴ケ地 83042301
03 04 06 07 08
図5 粒度組成
が、花粉が検出されなかった)を磐田原レキ潜下位の小笠泥層から沖積麿までの試料について実施し、
磐田原の古気依の変遷を解明するなどを考えているO
謝辞:今回の研究にあたって磐田市立郷土館の山崎克巳氏、京都平安博物館の山下秀樹氏、群馬大 学の新井房夫教授、東海大学海洋学部の檎井尊氏、磐田南高校現科助手の本間好子さんに協力をいた だいた。
参 考 文 献 磐 磐
く御礼を申しあげるO
(1979) 磐田の自然
(6984) 匂 坂2号遺跡及び遠江国分寺周辺遺跡発掘概報 会 (1983) 広野北遺跡発掘概報
野尻湖火山灰グループ (1984) 火山灰分析の手引
地学団体研究会 (1982) 自然をしらべる地学シリ…ズ「土と 砕屑性堆積物研究会編 ~1983) 堆積物の研究法